
ピアノ協奏曲第19番は第14番から続く6曲の作品群の最後の作品であり、それぞれ味わいのある作品だが、第20番以降の、音楽史に燦然と輝くスーパーな曲に比較されると、どうしても地味な存在であると言わねばならない。とうてい他の作曲に見ることはできない、モーツァルトの孤独な心の淵をこれでもか、これでもかと表現するような晩年の作品群の中でも、特にピアノ協奏曲の分野はその真骨頂とも言えるだろう。
この第19番に関しては、第3楽章は主題が示された後いきなり始まるフーガに、その特徴を見出すことができる。一通りオーケストラによる音楽が続いた後、今度はピアノが登場して音楽に絡んでいく。相当複雑な音楽なのだろうが、そう感じさせないところがモーツァルトの凄いところだ。第1、2楽章はとても心が落ち着く音楽である。私はこの第2楽章がとても好きだ。この音楽はその後に続く20番以降のピアノ協奏曲の第2楽章に見られるような、何か底抜けのするような寂寥感に襲われることはない。20番以降では唯一そういう音楽である第26番に近い。そうしているからというわけではないのだが、メロディーがきれいなので、車窓風景を眺めながら聞く音楽に相応しい。
ところで第26番を引き合いに出した理由はもうひとつある。この第19番は「小戴冠式」と呼ばれることがあるからだ。第19番と第26番は1970年のレオポルト2世の戴冠式のために、モーツァルト自身によって演奏された。
マレイ・ペライアはアシュケナージやバレンボイムと同時期に、丸で競うようにモーツァルトのピアノ協奏曲全集を録音した。丁度アナログ録音からデジタル録音に移行する70年代から80年代の初め頃だったと思う。これらの演奏に共通するのは、弾き振りであるということだ。そしてペライア盤はその中でももっとも完成度が高く、曲による出来不出来のムラも少ないと思っていた。私はだから、この全集がボックス・セットで安売りされたとき、迷わずこれを購入した。信じられないくらい安かった。
だが今ではもう、録音から30年以上が経過した。演奏の方はまったく色あせることはなく、今でも「戴冠式」などはベストな演奏の一つだと思うが、このCDの最大の欠点はその録音にある。少し大人しく、そして硬いのである。CDが発売され始めた頃に言われた最大の欠点が、この硬さではないかと思う。もしかするとリマスターすることによって、その欠点が補われる可能性がある。だが今のところ、SONYから発売されたボックス・セット以降、再発売されたという話は聞かない。
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