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2026年6月13日土曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第671回定期演奏会(2026年6月12日サントリーホール、佐渡裕指揮)

コンサート直前のプレトークで佐渡は、このマーラーの交響曲第3番第1楽章冒頭のメロディー(ホルンの重奏)が、ベートーヴェンの交響曲第9番を下敷きにしたブラームスの交響曲第1番第4楽章のメロディー(直前まで全国ツアーで演奏していたそうだ)と、調性こそ異なるもののほぼ同じであると語った。この曲ほど、マーラーの自然への賛美が貫かれた作品もないだろう。それは紛れもなく、彼が自ら建てた作曲小屋で感じた自然への畏敬や神秘がベースになっている。

プログラム・ノートにもあるように、これはマーラーの「田園交響曲」である。おそらく静かに流しているだけでも心地よく聴いていられる作品だ。その長さは約1時間40分に及び、マーラーの交響曲の中でも最長である。もちろん休憩はないから、演奏する側にも聴く側にも相応の覚悟が求められる。

そんな大作も近年ではしばしば取り上げられるようになり、今回は音楽監督の佐渡裕が自ら指揮を執る。新日本フィルは一連のマーラー作品を順次取り上げており、私は昨年、第9番を聴いた。その公演も完売が続き、この不況下にあってなお盛況である。

その新日本フィルは、もしかすると今がかつてないほどの充実期なのではないかと思わせた。私の座席の条件が良かったのかもしれないが、オーケストラの各パートがほどよく溶け合い、それは独唱(メゾ・ソプラノの藤村美穂子)、合唱(晋友会、東京少年少女合唱隊)にも共通していた。

舞台裏から響く打楽器や金管のソロでさえ、舞台上のオーケストラとの重なりがこれほど完璧に聴こえたことはない。弦楽器のまとまり、木管との溶け合い、さらには打楽器の力強さに至るまで、この作品でここまで完全な融合を感じた記憶はなかった。

私はこれまでの演奏を思い返した。そもそもこの長大な作品が演奏会で取り上げられる機会は、かつてそれほど多くなかった。マーラーの交響曲の中でも第3番は、とりわけ大規模な編成を必要とする。私にとって最初の実演体験は、NHK交響楽団とシャルル・デュトワによる演奏会だった。この時のことは意外なほど鮮明に覚えている。ただ、会場が広すぎて音が遠く、感動したとは言い難かった。

それから長い年月が過ぎ、数年前には日本フィルの演奏会でも聴いている。指揮者が誰だったか思い出せずにいたが、記録を確認するとカーチュン・ウォンだった。もっとも私は、本来であれば広上淳一が音楽監督として最後に指揮する京都市交響楽団の特別演奏会でこの曲を聴くはずだった。その時の独唱も藤村美穂子である。彼女はこの公演のためだけに、わざわざドイツから帰国していた。

ところが、折しもコロナ禍だった。少年合唱団が十分な練習を行えないという事情から、プログラムは「巨人」へ変更された。藤村は「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を歌った。それはそれで素晴らしかったが、やはり第3番を聴きたかった私は、日本フィル定期でこの作品を見つけ、サントリーホールへ足を運んだのである。

以上、私は過去に2回、第3番を聴いたものと思っていた。ところが記録を検索してみると、実はもう一度聴いていた。それはファビオ・ルイージとN響がヨーロッパ公演で取り上げる予定の曲を事前に定期演奏会で演奏した時のことだった。しかし、この演奏会については、それを聴いた事実さえ忘れているというありさまである。わずか1年前のことにもかかわらず、記憶にほとんど残っていないコンサートとは、一体何だったのだろうかと思う。

それに対して今回の佐渡裕の演奏は、おそらく一生心に残るだろう。この作品の持つ深みをあらためて味わい、新たな発見へ導かれたことは言うまでもない。それは冒頭からコーダまで続き、一瞬たりとも退屈することがなかった。

佐渡は、もしかすると今や巨匠への道を歩み始めているのではないかと思った。ここで聴かせた演奏は、力みの目立つものではない。余計な力を抜きながらも音と音との均衡を重視し、その響き方に細心の工夫を凝らしているように感じられた。自然で、さりげない。しかしだからこそ、そこに職人的な矜持が見える。

そういえば若い頃の佐渡の音楽には、力が入りすぎて時にバランスを欠き、どこか空回りしているような印象があった。しかし今はそうした面影はない。むしろ音楽そのものが一回りも二回りも成熟している。その根底には、音楽を奏でる喜びが確かに感じられる。

長大な第1楽章で見せる圧倒的な推進力、第2楽章の諧謔味あふれる自然な表情、第3楽章での見事なソロとの融合。そして突如として降臨するメゾ・ソプラノの豊かな歌声によって、会場は一気に神秘的な空気に包まれる。続く合唱が始まると、聴衆は固唾をのんで耳を傾けた。終楽章の冒頭は、まるでバーンスタインを思わせるような愛情深さに満ちている。そこから徐々に高まり、深く波打つように昂揚していく様は、まさに感動的だった。

タクトが下ろされると、誰かがブラボーと叫び、それに呼応するように大きな拍手が沸き起こった。それは10分以上続いただろうか。長い旅から帰ってきた時のような充足感は、言葉では表現できない。各パートと熱く握手を交わし、独唱者も合唱団も一体となって、この日の成功を祝っていた。

月末にはフィリピンでのコンサートを控えているらしい。先日発生した地震災害への寄付を呼びかけるため、自ら募金箱を手に会場出口に立ったマエストロのもとにも、多くの人々が集まっていた。

2026年5月17日日曜日

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)


良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んで聞き所を心得ているし、演奏による違いもすぐに実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。あまりにも有名過ぎて普段なら敬遠するのだが、今回は違った。

東京交響楽団が新しい音楽監督に就任する、まさにその就任披露の演奏会。これまでに音楽監督だったのは、秋山和慶、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノット。ヴィオッティは4代目ということになる。そのヴィオッティ、私はイタリア人だと思っていたのだが、実はローザンヌ出身のスイス国籍であることが判明した。1990年生まれの若干36歳ながら、ウィーン・フィルの定期にも登場する世界的な指揮者である。

そのローザンヌにかつて2か月ほど滞在したことがあるので、あの世界一綺麗な(と思っている)町で育った指揮者に特別な興味を覚えた。私がローザンヌに滞在していたのは、学生だった頃の1990年夏だったので、彼の生まれた年である。急な斜面に建ち並ぶ中世の街並みと古い教会、その合間を縫う石畳の向こうにはレマン湖が見え、さらにはフランス・アルプスの高峰がそびえている。

よくこれほどの指揮者を、東京交響楽団は次の音楽監督に迎えることができたのだと思う。プロフィールを読むと、2014年、東響とは彼の指揮者人生において初めてオーケストラとなる演奏会を指揮をしたそうである。しかも代役。以来、このオーケストラとは何度か共演を続けてきているようだが、私は彼を聞く初めてのコンサートだった。就任披露となっていることもあり、会場は特別な雰囲気に満ちていた。チケットは完売し、あとから妻を誘おうとしたが、それは果たせなかった。

ベートーヴェンの交響曲第1番は1800年に初演され、マーラーの交響曲第1番はその約100年後に初演された。いずれも音楽史の転換点となる節目の年であり、その象徴的作品に他ならない。まさにベートーヴェンの交響曲第1番によって「芸術」としてのクラシック音楽の「始まりの始まり」となり、そしてマーラーの交響曲第1番によって、その「終わりの始まり」が示されたと言える。19世紀の最初と最後の作品を並べたのが、今宵のプログラムというわけである。

さて、拍手に迎えられてオーケストラが席に着くと、やがて指揮者が現れた。ヴィオッティは深々とお辞儀をしたのが印象的だった。タクトを下した瞬間に響いたのは、まぎれもなくベートーヴェーンの和音。序奏に引き続き、勢いよく第1楽章のメロディーが流れた。音は少し硬いという印象。やはり緊張のせいかもしれない。最近には珍しく、右手最前列がチェロである。

私はコロナ禍の始まった2020年、ベートーヴェン生誕250年の年に企画されていた数多くのコンサートに出かける予定だったが、ほぼすべてが中止を余儀なくされてしまった。そのことが残念で、以来、ベートーヴェンの交響曲が演奏されるたびに、各曲1回は聞くことにしてきたが、それも今回の第1番、そして来月の第8番(オスモ・ヴァンスカ指揮東響)でめでたく終わる予定である。

第3楽章から第4楽章にかけては、そのまま続けて演奏されたのは印象的だったが、その演奏が終わるころにはオーケストラも少しずつゆとりが生まれてきたように感じられた。無難に演奏を終えたのだろうが、これはこの曲としては高水準の名演だったと思う。ハ長調の曲は難しい。ヴィオッティは特に古楽器風の音作りではないようにも思えたが、やや残響が少ないようにも思った。集中力が並々ならぬ思いを伝えていた。若い、エネルギッシュな指揮だったが、それだけではなく、聞き所を押さえて十分に音楽的であった。

いつものようにトイレには長い行列ができ、後半のプログラムを待つ。私は今回、2階の後方ブロックの最前列であった。しかしここからはオーケストラの全体が見渡せ、悪くない。NHKホールならS席の距離である。しばらくして4管編成に増強されたオーケストラが登場、最上段にまで弦楽器奏者がいるのは、さすがに壮観である。

第1楽章のかすかな響きで音楽が開始すると、やがてクラリネットが、トランペットが、徐々に音楽は大きくなってやがて太陽がパッと姿を現す。そのクレッシェンドの印象的なシーン。この曲は聞きどころが満載である。ヴィオッティの指揮はここでも少し硬く感じられたが、それも第2楽章の鋭く刻むスケルツォで、彼は自信を深めていったように見える。この第2楽章のリズムは私のこだわる部分だが、これまでに聞いてきたどの演奏よりもエキサイティングだった。そして中間部の繊細さも!

第3楽章は「巨人」の白眉ともいえる楽章だ。まず冒頭のコントラバス。通常はソロであるフレーズを、何と彼は奏者全員で弾かせた。さらに中間部では、ハープの独特な響きに伴われて、マーラーの心の奥底を垣間見るようなシーンとなるが、彼はそのことを十分心得ており、その表情付けには圧倒された。しかもこれまで聞いたことのないような、新しい音楽に聞こえてきたのはちょっと意外だった。

楽章の間だというのに、静まり返った会場は、第4楽章のシンバルの一撃を指示するタクトに全体の視線が注がれていた。咳をしたり、座りなおしたりすることもできないくらいに体が硬直し、その霊感に圧倒されていたのだ。そのようにして始まった長い第4楽章は、まるで魔法にかけられたような圧倒的なものだった。展開部の弦楽器のアンサンブルは、それはもう感涙にむせぶような気持ちにさえなったのだ。

圧巻のコーダに至っては、ホルン奏者が総立ちとなり、会場が震えるような音量の中を突き進んだ。演奏が終わると爆発的な拍手とブラボーが送られたのは当然のことだった。各奏者を順に讃え、指揮者も長々とお辞儀を繰り返す。オーケストラが去っても会場を去る人は少なく、拍手と歓声が続く。そして再び姿を登場した長身のマエストロは、舞台を歩き回って手を振り、この就任披露が大満足の結果となったことを観客とともに祝っていた。

2026年4月25日土曜日

NHK交響楽団第2061回定期公演(2026年4月16日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

最近、音楽を聴いても、以前のように心が震える瞬間が少なくなったように感じている。年齢を重ね、感性が鈍ってしまったのかと思うこともある。若い頃は時間もお金も限られていたからこそ、わずかな機会を逃すまいと満を持して会場に向かい、胸を高鳴らせながら音楽を待ち受けたものだ。あの頃の自分は、演奏が進むにつれて「もう終わってしまうのか」と切なく思った。欧米から来日する音楽家ともなれば、次に聴ける機会はないかもしれない。その思いが、音楽への渇望をいっそう強くしていた。

どんなに悪い席でも構わなかった。多少演奏が荒くても、目の前で音が鳴っているという事実だけで胸がいっぱいになった。しかし今は違う。耳が肥えたと言えば聞こえはいいが、むしろ感受性が摩耗してしまったのかもしれない。

今回、サントリーホールで聴いたファビオ・ルイージ指揮によるマーラーの交響曲第5番は、なぜ自分が感動しなかったのか、正直よく分からない。オーケストラは過去にも増して集中し、アンサンブルは見事で、日本でも屈指の水準にあると感じた。音色は磨かれ、細部まで神経が行き届き、欠点を探す方が難しいほどだ。それでも、どこか物足りなさが残る。

演奏側に原因があるのか、聴き手の問題なのか。第4楽章のアダージェットはロマンチックで、呼吸も十分に感じられたのに、心が動かない。理知的に偏っているわけでもなく、叙情美が欠けているわけでもない。ただ、音楽に「ゆとり」がないように思える。型にはまり、そこから自由に身をひるがえす余白がない。客観性はあるのに、音楽の揺らぎや遊びが抑え込まれているようで、優等生的な印象が拭えない。

人工的な完成度で魅了するマゼールのような個性があるわけでもなく、素朴な情熱で感性を揺さぶるタイプでもない。すべての教科で80点を取る秀才のような音楽で、そつがないが、どこか決定的な一撃に欠ける。こうしたタイプの指揮者は少なくないが、音楽は本来もっと多様で、多面的であるべきだと思う。その結果が、マーラー特有の曖昧な方向感や、遠い世界へ誘われるような感覚を薄めてしまっている。音楽が漂わず、その場にとどまってしまう。聴衆は常に目の前の音に向き合わされ、次第に疲れてしまう。まるで新入社員が上司に囲まれた酒席で酔えないような息苦しさがあり、どんな料理も味わえないのと似ている。

一方、前半のモーツァルトのクラリネット協奏曲は実に素晴らしかった。ルイージの音作りは、モーツァルトに不可欠な浮遊感と音の美しさを見事に引き出していた。N響のアンサンブルも精緻で、クラリネット独奏(N響主席の松本健司)は安心して身を委ねられる出来だった。30分ほどの間中、懐かしい気持ちが胸に広がった。かつて、秋の夕暮れにこの曲の第2楽章を繰り返し聴きながら、最晩年のモーツァルトの心に思いを馳せた日々があった。少年時代の音楽の記憶がよみがえり、懐かしさと嬉しさが入り混じった。

2025年12月31日水曜日

マーラー:交響曲第9番ニ長調(クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

このブログでは、クラシック音楽の各作品に対し、その曲の良さを最も感じさせてくれると思う演奏を原則1つ選んできた。言わば私にとっての「ベスト盤」ということになる。そしてとうとう、マーラーの作品も交響曲第9番となった。この曲はマーラーが完成させた最後の作品である。

私にとっての「ベスト盤」を選ぶに際して、その曲のすべての録音を聞くわけにもいかないし、それほどの時間もない。しかし私は特定の作品のみ、限られた演奏で聞く方ではなく、なるべく多くの作品を様々な演奏で聞いてみたいと考える方だ。そしてできることなら、古い演奏ではなく新しい演奏から選びたいと思っている。一般にクラシック音楽の愛好家は、古い定評ある演奏や掘り出し物を漁る傾向が強いから、これはちょっと変わっていると言える。また新しい演奏は、ディスクとしては高価であることが多い上に、まだ評価が定まっていないというハンディがあり、とかく敬遠されがちでもある。だが私は、なるべく今の時代に相応しい演奏を聞きたいと思っている。

とはいえ古い演奏が嫌いであるわけでもない。私がクラシック音楽を聞き始めた少年時代、我が家にあったLPレコードは、フルトヴェングラーやトスカニーニなどのモノラル録音が中心だった。ワルターのモーツァルトには、今では聞けなくなった優雅な響きが感じられたし、クレンペラーのベートーヴェンには揺るぎない格調高さがあった。だが、これらは今の時代に聞けなくなって久しいスタイルで、時代が経過した今では同じような演奏が成立しないだろう。そして常に芸術は進化しなければならない。現代における存在価値が問われているからだ。

さてマーラーの第9交響曲だが、この作品には初演したブルーノ・ワルター以降、数多くの録音が残されているのは周知の事実である。そんな中で私が初めて自分のお金で購入したのは、ジョン・バルビローリがベルリン・フィルを指揮した一枚だった。理由は至極単純で、この演奏のみが1枚のCDに収まっていたからだ。だが今から考えると、音質が犠牲になったのではないだろうか。どことなく弛緩した、聞こえが悪い演奏に思えて、とうとうこの演奏から遠ざかってしまった。ベルリン・フィルが実演での素晴らしさから、スタジオ録音を申し出たといういわくつきの録音だったのだが。

当時の我が家にあった比較的新しい演奏は、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団によるもので、LP2枚組。ボックスに入れられて特別な存在感も感じさせるものだった。この演奏で聞く第4楽章に、まずは感動を覚えた。LP片面いっぱいに収録された長いアダージョを繰り返し聞いては、マーラーがテーマとした「死」とは、この音楽の意味するところなのか、などと考えていた。

デジタル録音の時代に入ろうとしていたころ、ベルリンで立て続けに2枚のライブ盤がリリースされた。ひとつはレナード・バーンスタインがベルリン・フィルに客演した時の放送録音から編集されたもので、バーンスタインのベルリン・フィルとの共演はこれが最初で最後。バーンスタインはこの他に、ニューヨーク時代の全集やウィーン・フィルとのビデオ、さらにはコンセルトヘボウ管との録音もあって、さすがにマーラーに生涯を捧げた指揮者らしく、いずれも超のつく名演である。

このライブ盤に触発されたのか、ベルリン・フィルの帝王、ヘルベルト・フォン・カラヤンはこの曲をスタジオ録音した直後に、さらにライブ盤をリリースしたのには驚いた。このライブ盤の第9は精緻を極めた演奏で、今もって評価は高い。当時の新しいマーラーの録音と言えば、この他にはクーベリックとハイティンクが知られていた程度だった。

ベルリン・フィルとのマーラーの第9交響曲は、その後を継いだクラウディオ・アバドによって頂点を極めたと思う。私がこの曲の私的なベスト盤に選んだのは、アバド2度目の全集となるベルリン・フィルとの演奏である(1999年)。アバドはこの翌年、がんの手術を受けている。復帰後も数々の名演奏を成し遂げたアバドだが、病後の風貌の変化に驚いたのは私だけではない。そんなアバドの名演のかなでも、これは屈指のものではないかと思う。

さて、マーラーの第9交響曲である。

この曲はよく「純器楽に回帰した作品」と言われる。たしかに歌曲を組み込んだ第2番から第4番、あるいは第8番や「大地の歌」のように、マーラーの交響曲はベートーヴェンと並ぶほどに改革の軌跡であって、純器楽的な第5番から第7番にしても、音楽は野心的で難解である。それに輪をかけて複雑極まりない作品が、第9番だと思っている。その「複雑さ」を音楽的に説明するのは、学者レベルの音楽的知識が欠かせず至難の業である。ただ、聞いていて感じるのは、その複雑さ(難解さ)は、斬新な音色がする(というのももちろんあるが)といったものに加えて、一見それまでと同じ音楽の衣装をまとっているかのようでありながら、一体どこをどう聞いているのかわからなくなっていく、まさにその不思議な体験による。

わかりやすく言えば、繰り返しに見えて実はそうではないということではないだろうか?音楽が二度と同じフレーズを繰り返さず、楽器が異なっていたり、少し音符が違っていたり。それがえんえんと続く。そのために演奏に向き合う集中力を、指揮者も楽器奏者も、そして聴衆も要求されるからだ。この曲を演奏する側も、そして聞く側も、この「一見わかりやすいように見えて実は複雑極まりない音楽」に対峙しなければならない。カラヤンをして「物凄いエネルギーが要る」と言わしめたものの正体を、一体どのように理解すればいいいのか。このブログでこの曲を取り上げることも、やはりとてもチャレンジングなのである。

第1楽章は自由なソナタ形式とされており、調性もニ長調となっているが、これが単純なソナタ形式ではないことは有名である。むしろソナタ形式の残骸が残っている程度に変質させられ、もはや原型をとどめていないくらいになっている。今とは違って、実演が唯一の体験だった初演当時において、演奏を繰り返し聞くことはたやすいことではなかった。私のような時間のない素人と同じである。だから、その複雑さの説明(は、今では多くの音楽家、評論家によって書かれている)をすることは控えるし、それを事前に読んで理解すべきなのか、という根本的な問題に突き当たる。そもそも音楽は、ひとまず頭で理解するものではなく、感じるものではないのか。

だが、それにしてもこの音楽の異常なまでの難しさが、音楽家の探求心に火をつけるのは事実だろう。前作の「大地の歌」の最後のモチーフを引き継ぎ、それまでの多くの作曲家が残したあらゆる「別れ」や「死」のテーマを引用した楽譜は、後の作曲家だけでなく多くの学者の分析の対象となった。作曲に関係する文献も、ベートーヴェンの時代にはなかった様々な情報が、マーラーの時代になると膨大なものになって残っている(妻の証言など)。それを知ったほうがいいのか、知らないほうがいいのか。だが、ブルーノ・ワルターがこの曲を初演した1912年は、まだ録音というメディアがなかった。いくら多くが語られたとしても、音楽自体は演奏された直後には消えてしまう芸術でしかなかったのだ。

そういう意味でこの曲を聴くことは、作曲家、指揮者、そして聴衆の間に一度限りの真剣勝負を挑む格闘技の様相でさえある。その様子をそのままライブ収録したものが多いのが頷けるのは、そのためかもしれない。冒頭の低いハープが聞こえてきたとき、マーラー特有の世界が目の前に現れ、私たちは一気に長い旅に出るような感覚にとらわれる。それは人間が最後に迎える「最期」への長い旅路である。

第2楽章に進もう。マーラーの交響曲には各楽章に饒舌な指示がなされているが、ここは「ゆったりとしたレントラーのテンポで、いくぶんぎこちなく大いに粗野に」となっている。3拍子のファゴットに導かれて弦楽器がリズムを刻む。この刻みは鋭角的であるのが好きだ。そしてこのマーラーならではの諧謔的な踊りは、精緻を極める難しさとは裏腹に、どこか醒めた感覚と深刻な動悸が交錯する混乱の様相を呈しているように感じる。バーンスタインのように「大いに粗野」であるのもいいが、私はアバドのここの演奏に、残響を廃しビブラートを抑えた現代的な新しさを感じる点で大いに好感を持っている。

第3楽章に入ると、音楽はいよいよ複雑さを極めていく。私の文章力では、この錯乱した音楽をどう表現すればいいのかわからない。第2楽章のようなスケルツォ的ではないのいだが、「ブルレスケ」となっている道化師のような滑稽さと、それを冷めた目で見ているもうひとりの自分が、時に入れ替わり、あるいはともに舞踏を踊るような錯覚を覚えるとき、この楽章はまた第2楽章の続きであり、形体を変えたもう一つのアイロニー(マーラーが好んだ)、あるいは喜劇的表現ではないかと思えてくる。実演で聞くと、この楽章はオーケストラは必死である。そして次第に熱を帯びてくる様子が手に取るようにわかる。

興奮に満ちた第3楽章のコーダが、この曲のクライマックスのひとつであるとすると、その対照的ないまひとつのクライマックスは第4楽章である。打って変わって音楽は深刻なものとなる。いよいよここから死に絶えるまでの30分近く、起伏を繰り返しながら最後は静かに曲を閉じる。圧倒的な名演奏になると、聴衆は拍手をするのも忘れて放心状態になるようだ。その間1分はあっただろうか。アバドのベルリンでのライブ録音には、わざわこの間の(すなわち曲が終わってから拍手が始まるまでの静寂を含む)時間が、一つの独立したトラックとして収録されている(右写真)。

作曲家は9番目の交響曲を作曲することに極めて神経質だったようだ。ベートーヴェンが「第九」で音楽芸術の頂点を極めたように、そして「第九」以降は交響曲を作曲しないまま逝去したことに、とりわけ「死」の亡霊に怯えるマーラーは、この「9番目の交響曲」をいかに回避するかに悩んだ、と言われている。良く知られているように、それゆえマーラの9番目の交響曲は番号がなく、「大地の歌」と呼ばれている。

これは素人の私の勝手な想像だが、マーラーは自らの交響曲の集大成を「第8番」で実現しようとした。声楽付きの、まるでカンタータのような作品、これは明らかにベートーヴェンの「第九」を意識したものである。これに対し「第9番」とは銘打たなかった「大地の歌」は、歌曲を中心に据えた独特の作品と言って良く、これを自らの集大成としたようにも思えない。むしろここで試みられた新しい境地は、その先へ受け継がれた。そして「第9番」である。人生のモチーフとも言うべき「死」をテーマとしながらも、マーラーの健康状態は優れ、創作意欲も旺盛だったようだ。だからこれほど複雑精緻な作品を一気に書き終えた。ほとんど改訂の後は見られないという。

ベートーヴェンが「第九」の直後に「荘厳ミサ」という大規模作品を書き、その分野ではまたひとつの別の頂点を極めたように、マーラーもまた「その先」へと歩みを進めようとした。マーラーはこの作品を自らの「最後の作品」とは考えていなかったかもしれない。それは未完の第10番にも着手したことからも明らかである。さらに進化した音楽技法を取り入れた第10番の第1楽章(完成された最後の管弦楽曲)では、そのことが顕著にわかる。丁度ベートーヴェンが、ピアノ・ソナタと弦楽四重奏の分野で、さらなる新しい境地を目指したように、マーラーもまた芸術に終わりはないと考えた。だが多忙を極めた日常に病魔が襲った。交響曲第9番は、常に進行形だったマーラー芸術の、結果的に最後の頂上となった。

芸術家が表現する観念的な「死」とは異なり、実際の人生の「死」はもっと生々しく、直接的である。マーラーは幼い娘を亡くし、自らも先天的な心臓病を患っていたとされる。私も余命宣告を受けたことのあるがん患者である。だからといって、この曲が持つ「死」のテーマを、それゆえに深く受け止めることができるか、と問われたら回答に窮するだろう。実際の「死」は突然襲い、そして難しいことを考える間など与えてくれないのではないか(いや、そのほうがいい)。ここで表現されているのは、マーラーを含む人間の「死」だけではない。その後に新しい音楽へと引き継がれてゆかざるを得なくなった芸術としての音楽、とりわけその象徴とされる「交響曲」の、あるいは「シンフォニスト」の「死」である。第1交響曲を作曲してからわずか20年、ベートーヴェンが「エロイカ」を書いてからわずか100年で、芸術としての音楽は「死」を迎えたのである。

2025年7月29日火曜日

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団演奏会(2025年7月27日ミューザ川崎シンフォニーホール、高関健指揮)

決して気を衒った演奏ではない。ただしっかりと楽譜に忠実に、そして誠心誠意音楽を正攻法でまとめた演奏ながら、これほど共感に満ち、聞くものを幸福にする演奏にはそう出会えるものではない、と感じたコンサートだった。特にプログラム前半、小山実稚恵を独奏に迎えたベートーヴェンの「皇帝」は、私の涙腺をしばしば刺激し、この聞きなれた曲がこうも素直に、立派に表現されていることを心の底から喜んだ。

ミューザ川崎シンフォニーホール、で毎年夏に開催される「フェスタ・サマーミューザ」は今年でもう21年になるそうだ。2005年にこの催しが始まった時、私は闘病中で、その存在すら知らなかった。2018年に初めて出かけ、以後何度か行ったことがある。梅雨明け直後の猛暑の首都圏で、国内オーケストラを中心としたプログラムが連日続くというものだ。川崎駅前の雑踏に気が滅入り、いつもちょっと足を遠ざけてしまうのだが、今年はオープニング・コンサートに「言葉のない指環」(ワーグナー/マゼール編)があって、これに行ってみようと思っていた。

しかし考えることはみな同じようだった。このプログラムは早々に売り切れてしまった。仕方がないから他に面白そうなのはないかと探していくと、私の予定が空いている日に開催されるものとしては、7月27日(日)東京シティ・フィルの演奏会が目に留まった。プログラムは前半がベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(独奏:小山実稚恵)、後半がマーラーの交響曲第1番「巨人」という名曲プログラム。私は小山実稚恵も指揮者の高関健も聞くのが初めてだから、丁度いいと思った。このお二人は、長年東京で毎年限りない数のコンサートを開いているが、どういうわけか私はまだ未経験ということが決定打となり、2階席(といってもオーケストラ後方)を買い求めた。

そして後から知ったことには、この演奏会も満員御礼、すなわち早々にチケット完売となったのだ。首都圏在住のクラシック音楽ファンは、やはりこのような名曲プログラムが好きである。そして私も夏の音楽祭では、こういうのがまあいいか、と思った。「皇帝」と「巨人」、どちらも大好きな曲である。それにも増してこのような企画が20年以上も続き、しかも盛況なのは嬉しいことである。そこには聴衆を裏切ってこなかった歴史があるのだろう、と思った。毎回オーケストラを変えて、様々な指揮者が様々な曲を披露する。その中には学生のオーケストラもある。料金はリーズナブル。

ミューザ川崎シンフォニーホールというところは、音響自体は悪くないのだが、構造が少し変わっていて螺旋状に縦長の形状をしている。どの席からもちょっと視界が悪い。私の座った2階席からも、各楽団員を真横か後から眺める位置だが、その3割程度はそもそも見えない。もっとも指揮者とピアニストは丸でテレビカメラのように良く見える位置なので、悪くはない。落ち着いた衣装で登場した小山とは別の通路から高関が指揮台へ。熟年の演奏会といった雰囲気で、客層も年齢層がかなり高め。

「皇帝」の冒頭の和音が丁寧に鳴り響いた時、私は「そうだ、この音だ」と思った。ベートーヴェンがロマン派の香りを高めつつ、ピアノという楽器の魅力を最大限に引きだそうとした大コンチェルト。それをたっぷりと、味わう。伴奏パートを担うオーケストラの指揮がピタリとポーズを取る間際に、ピアノが阿吽の呼吸でフォルテを連打する。大規模なソナタ形式もわかりやすいこの曲は、味わいのあるカデンツァ的部分(ベートーヴェンはこの曲に「カデンツァ」は不要と記し、それに合わせるかのように自らが作曲した独奏部分を挿入した)で最高潮に達する。それにしてもシティ・フィルからは紛れもないベートーヴェンの絹のような音色が出てくるのが嬉しい。

その様子は第2楽章にも弾きつがれ、うっとりと耳を傾けているうちに第3楽章へ。静謐な中から徐々に主題を醸し出す第3楽章の入口の絶妙な指揮と独奏が、このような角度から明確にわかる演奏に興奮した。以降、変奏を繰り返しながら悠然と進む「傑作の森」の例えようもない幸福感を、私はこの曲を聞くたびに味わう。演奏がというよりは、これはもう曲の魅力が勝っている。ただその魅力を損なわずに演奏してくれればいい、と思う。今日の演奏は、たとえ少しのミスがあろうとも、それはそれで実演の妙味でさえあるのであって、ライブの醍醐味は決して完璧な演奏であることではない。そういう風にして、長い前半の演目が、大盛況のうちに終わった。期待していたアンコールは、何とショパンの「夜想曲」第2番だった。この有名な曲を私は第1人者の名演で触れる時、そこにはショパン弾き(彼女はショパンコンクールの入賞者でもある)ならではの確たる息遣いと音色が感じられた。好感を持って、私は小山の初めての演奏会を心から楽しんだ。

20分の休憩を経てオーケストラがスケール・アップされ、マーラーの「巨人」が始まった。この演奏は後半になるにつれて良くなっていった。あまりに何度も聞いている局なので、どうしてもその比較になってしまう。例えば第1楽章の主題が出るところはもう少し印象的にならないか、第2楽章のリズムはもう少し跳ねないか、第3楽章の中間部は別世界に焦がれるように...と。しかしこの演奏が、少々違和感を覚えた原因は、もしかすると利用されたスコアによるものかも知れない。プログラムによれば本公園では「ラインホルト・クービックによる2019年校訂版」が日本で初めて使用される、とのことである。スコア研究の第1人者たる高関のこだわりを感じるが、ではそれがどういう違いがあるのかと追えば、それはよくわからない。

冒頭のバンダなどでしょっと聞き苦しいミスもあったシティ・フィルだったが、オーボエやホルン(終楽章では起立した)の熱演もあり、最後は大団円となった。若い団員が多い同オーケストラを聞くのは、私が東京で音楽を聞き始めてから30年以上がたつにもかかわらず2回目である。魅力的なプログラムが安価に聞けるなら、もう少し足を運んでもいいと思った。

2025年4月30日水曜日

NHK交響楽団第2036回定期公演(2025年4月27日NHKホール、ファビオ・ルイージ指揮)

N響は来る5月、オランダのアムステルダムで開かれる「マーラー・フェスティヴァル2025」に、アジアのオーケストラとして初めて登場し、首席指揮者ファビオ・ルイージの下交響曲第3番と第4番を演奏するらしい。これは画期的なことだと思われるが、その公演に先立ち5月の定期公演では、同じプログラムが演奏される。今回出かけたA定期では、交響曲第3番が取り上げられた。

交響曲史上おそらくもっとも長大なこの作品は、普通に演奏しても100分に達する大曲である。女声合唱、少年合唱、それにアルトの歌手も必要とする。このたびの独唱はロシア人のオレシア・ペトロヴァで、彼女はこれまでたびたびN響とも共演しているようだが、私は初めて聞く。一方、合ペトロヴァ唱団はオランダでは地元の団体を起用するようだが、今公演では東京オペラ・シンガーズとNHK東京児童合唱団が受け持った。広い舞台に何段にも設えられた合唱席が高らかと並び、大規模なオーケストラを含め壮観である。

3800人も収容するNHKホールは、紅白歌合戦を開催するために設計されたため、クラシック音楽のコンサート会場としては広すぎて音響が悪いことで有名である。でもこのような大規模な作品では、このくらいの広さを必要とするのだろうか。そして2日ある両公演ともチケット完売というのも珍しい。3階席の隅にまで誰か座っている。その私も3階席の脇の最前列である。ここからだとグラスがないと表情を見分けることは難しい。

マーラーの交響曲第3番は、3つある「角笛交響曲」の真ん中の作品だが、長い曲にもかかわらず静かで精緻な部分が大半を占め、集中力を絶やさず演奏することは並大抵のことではあるまい。コーラスが歌うのは第5楽章に限られるので、最初から登場すると待ち時間が長いし、途中で退場すると緊張感が失われる(本公演では第1楽章の後に合唱が、第2楽章のあとにソリストが登場し、第5楽章を歌い終わった時点で着席した)。

さてその演奏だが、私の数少ないこの曲の経験(たった3回)の中ではベストであり、おそらくこの演奏を上回るものに今後出会う事はないと思われた。気合の入った演奏は、第1楽章冒頭からの、異様にも感じられる凝縮度を見ればよくわかるくらいで、ルイージも緊張を隠せないくらい。大きな身振りでグイグイとひっぱってゆく。そのことが、ちょっと演奏に堅苦しさを与えたと思う。もう少し余裕があるととは思ったが、それも30分にも及ぶ第1楽章では、そこそこ大きな音も鳴って聞きごたえがあるし、客席もまだ体力があるので、胸に熱いものを心に感じつつこれから始まる長い旅への期待を膨らませる。

それにしても今回の聴衆は、とても思い入れが強い人たちが大挙して押し寄せているように見えたし、オーケストラも首席奏者揃い踏みの布陣である。8本のホルンが冒頭で奏でるユニゾンもまるで単一の楽器のように見事で、それに続く2つのティンパニ、3つのシンバルもピタリと揃っていた。

長い第1楽章が終わっただけで相当疲れたが、まだ音楽はそのあと1時間以上続く。第2楽章と第3楽章はいわゆるスケルツォ風だが、ここの聞き所は満載である。だからまだ緊張感は抜けない。特に第3楽章にはあの長いポストホルンの独奏がある。私はここの部分に入った時、その奏者がどこにいるのかを、何度も何度も目を皿のようにして探したが見当たらない。あとでわかったのだが、奏者は舞台裏にいたようだ。だがその音色はまるで舞台前面で演奏しているかのように朗々と会場にこだまし、見事というほかないものだった。

長大な第1楽章といい、精緻を極める中間楽章といい、CDなどで落ち着いて聞くことになれすぎていると、ミスなく演奏して当然と思ってしまう。このような長い曲ほど、実演に接する機会が少ないので、つい完璧に演奏されてしかるべきなどと思ってしまうが、それはとんでもない間違いで、実際には音楽は一期一会の芸術である。客席と演奏者が一体となって作り上げる時間の連続が、最高にエキサイティングであり、またいとおしくもある。

第4楽章のペトロヴァの声が聞こえてきたとき、低く垂れこめた雲の合間から光が差すような瞬間に身震いを覚えたのは私だけだっただろうか。マーラーの曲ではしばしば化学変化が生じ、ある瞬間から会場全体が一種の神がかり的モードに入ることがある。今日の演奏会の場合、このあたりだったと思う。ここから先、特に終楽章の見事な弦のアンサンブルをまるで雷に打たれたように聞き入ったのは、私だけではない。徐々に築かれるクライマックス、長い長い道のりのあとに到達する愛の賛歌。だが第3番は第2番と違ってただ熱演をすればいいだけの曲ではない。

聞かせ所のうまい指揮者がオーケストラとがっぷり四つに組んで、最高の聴衆を得たときにのみ実現され得る音楽の奇跡が、あったと思う。もっと頻繁にコンサートにでかける余裕があれば、あるいはもっと完成度を上げた演奏に出会える可能性はあるかも知れない。だが、私に許された制限の中では、この曲のベストだと思うことにしようと思う。5月11日のコンセルトヘボウでの演奏会は、現地でビデオ収録される予定だそうで、NHKで後日放送されるだろう。その時に今回の演奏を思い出しながら、よりこなれた演奏(になっていることを期待する)に酔いたいと思う。

とにかくN響の持てる力が十二分に発揮された演奏会だった。演奏が終わっても指揮者がタクトを下ろし終えるまで音を立てる者はいなかった。そしてあふれ出すように始まった拍手とブラボーが、これほどにまで大きかったことを私は知らない。満員御礼のNHKホールをあとにして、新緑の眩しい代々木公園でやさしい風に吹かれながら、いくつかのフレーズを思い起こしていた。これはこの作曲家の「初夏」の音楽である。

2025年1月28日火曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第660回定期演奏会(2025年1月25日すみだトリフォニーホール、佐渡裕指揮)

久しぶりに聞いた佐渡裕の指揮は、オーバーアクション気味だった若い頃に比べ随分落ち着いたものになったと感じた。新日本フィルは佐渡を音楽監督に迎えてから、快進撃を続けていると言って良いだろう。特に彼の指揮するコンサートのチケットは、入手困難になりつつある。今年2年目となる24-25シーズン中最大の聞きものであるこの日の演目は、マーラーの交響曲第9番である。

バーンスタインの弟子として自らを紹介する彼にとって、バーンスタインが残したマーラーの交響曲全集は、クラシック音楽史上の遺産と言ってもいいだろう。そのマーラーの最高作品とも言える第9交響曲を指揮するとなると、それはもう一大事である。満を持して入魂の演奏が期待できる。そのように感じていた東京のクラシック音楽ファンは大勢いたであろう。当然というべきか、25日のすみだトリフォニーホールでの公演、および翌26日のサントリーホールでの公演のいずれもが早々に売り切れてしまったのだ!

私は仕方なく、諦めていたところへ1通のメールが届いた。なんと僅かな枚数のチケットを売っているというのである!前日24日のお昼頃である。この時ほど在宅勤務の有難さを思ったことはない。さっそく昼休みに新日フィルのサイトへアクセスしたところ、赤坂の方は売り切れていたが、すみだの方は空席があったのだ!丁度妻も在宅勤務の日だったため、即彼女を誘い、2枚のチェットを入手することができた。S席1階の左端で悪くない。しかも会員だからか、eチケットだからかよくわからないのだが、少し割引もあった。

会場にはまず、マイクを持って佐渡自身が登場し、55年前の大阪万博の頃に来日したカラヤン&ベルリン・フィルと、バーンスタイン&ニューヨーク・フィルのことについて話した。この時のプログラムは、カラヤンがベートーヴェン・チクルスだったのに対し(我が家にもプログラム冊子があった)、バーンスタインは当時まだあまり知られていなかったマーラーの交響曲第9番を演奏したとのことだった。小学生だった佐渡少年は、これをきっかけにマーラーに目覚めていった、云々について軽やかに喋った。

佐渡は京都生まれである。関西人として感じるのは、こういう時の京都人は(そうでなくても、かも知れないが)、あまり本心をさらけ出して心情を語るようなことはしない。むしろあえて何事もないかのように振舞う。しかしそこには並々ならぬ情熱が込められているかも知れないのだ。「80分を超えるかもしれないが、ゆったりとお楽しみください」とさりげなくプレトークを終えた彼は、一旦舞台から去り、チューニングのあと再び登場。振り下ろした指揮棒から流れてきた音楽は、実に自然で、気を衒ったところはなく、それでいて豊穣にして確信に満ちた足取りである。

カラヤンをして「大変疲れる」とさえ言わしめたこの難曲を、いともこなれた手つきで指揮する姿を見て、佐渡の指揮も円熟味を帯びてきたと感じたのだった。私はかつて、N響定期に初登場した「アルプス交響曲」や、新日フィルとのヴェルディの「レクイエム」を聞いたことがあったが、これらはいずれも90年代のことで、彼自身まだ若かった。まるでバーンスタインをコピーしたような身振りが印象的で、ちょっと音楽が上滑りしているときもあったように思う。だが、あれから30年近くが経過して聴く音楽は、より自然体であった。この難曲を軽やかに指揮することは、ものすごく難しいだろう。

ずっと同じような調子で流れている音楽が、惰性に陥ることなく、常に新しいフレーズに聞こえてくる。実際、この長い曲にあって、単純な繰り返しは一切存在しない。派手な打楽器や合唱こそ伴わないにもかかわらず、音楽の凝縮度は一貫して非常に高く、緻密である。両端にアダージョを配するという意外性もあって、長い曲を集中力を持って聞かせるのは並大抵のことではない。だがこの日の演奏は、それを実現していた。第2楽章の中盤以降に至ってオーケストラに自信がみなぎってきたことはよくわかった。第3楽章の後半での迫力は、この日の演奏のクライマックスだった。

長めの休止を経て流れ出る第4楽章の、豊穣にして繊細な音楽は、マーラー音楽の集大成である。ランプの灯が静かに消えていくように、最弱音が長く続くコーダを、これほどにまで見事に表現した演奏は私自身初めてだった(とはいうものの、この曲を実演で聞くのは3回目に過ぎないのだが)。おそらく興ざめだったのは、その最高に美しい瞬間に、若干の咳があったことだ(それも1回だけではない)。このことによってだろうか、手をおろした(佐渡は第4楽章ではタクトを持っていなかった)指揮のあとに沸き起こった拍手には、少し戸惑いが感じられた。もっと余韻に浸りたい気持ちと、早く拍手をしたい気持ちが交錯していた。あの咳がなければ、もっと落ち着いた拍手になったのではなかろうか。定期会員で占められた客席は、だれしもがこの難曲を知り尽くしているわけではない。

だが、そういう外的要因を別にすれば、最高位の水準にあった演奏だったと思う。翌日のサントリーホールの公演では、どのような演奏になっているのだろうかと想像する。それでも諦めていたこのコンサートに行くことができたのは幸運だった。音楽に完成度が増した佐渡裕の演奏に、これからはもっと頻繁に出かけたいと思った。

2024年5月12日日曜日

東京交響楽団第96回川崎定期演奏会(2024年5月11日ミューザ川崎シンフォニーホール、ジョナサン・ノット指揮)

マーラーの「大地の歌」が好きで、生で聞ける演奏会が待ち遠しかった。今シーズンの東京交響楽団の定期演奏会にこのプログラムがあることを知り、チケットを手配したのが4月ころ。私にしては早めに確保した演奏会だった。にもかかわらず客の入りは半分以下。私の席の周りににも空席が目立つ。マーラーは人気があるし、ジョナサン・ノットという東響の音楽監督も割合好評だと思っていたから、これは意外だった。

プログラムは前半に武満徹の「鳥は星形の庭に降りる」という曲(1977年)と、ベルクの演奏会用アリア「ぶどう酒」という作品(1929年)。ベルクの方は十二音技法の作品で、これを現代音楽と考えると前半はそういう曲が続く。どちらも私は初めて聞く作品で、「ぶどう酒」には独唱(ソプラノの高橋恵理)を伴う。合わせて半時間程度の長さで、丁度いいと思っていたら睡魔に襲われた。残念でならない。

今日も関東地方は快晴で気温が上昇している。眠くなるのは仕方がないが、初めて聞く曲でも一生懸命耳を傾けようと意気込んできたはずである。前日には夜更かしもせず、睡眠を十分にとって目覚め、昼食も軽めに済ませたつもりだった。これはどういうことだろう。だが音楽は過ぎ去ってしまい、もう二度と聞くことはできない。コンサートに集中できないのは、もはや歳のせいなのかも知れない。

コーヒーを飲んで眠気を覚まし、後半の「大地の歌」に挑む。座席は舞台に向かって右側の真横で、オーケストラが半分しか見えない。ハープやマンドリンといった楽器が犠牲になっている。そして歌手は向こうを向いて歌う。代わりに指揮者や木管楽器が良く見える。このような席でもサントリーホールではそこそこ音がいいと思っているが、ミューザ川崎シンフォニーホールではどうもそうはいかないように感じた。いやもしかしたら、これは指揮者の無謀な音作りによるのかも知れない。

私はジョナサン・ノットという指揮者とは、あまり相性が良くないようだ。これまでに出かけた彼のコンサートで感動したことがあまりない。むしろ音量がやたら大きく、指揮が目立ちすぎるのである。この結果バランスが悪く、せっかくオーケストラが好演しても音楽的なまとまりに欠けるような気がするのは私だけだろうか。似たようなことが、バッティストーニ指揮の東フィルにも言える。今回の演奏会の場合、私の着席した位置からは、二人のソリスト(メゾ・ソプラノのドロティア・ラングとテノールのベンヤミン・ブルンス)がオーケストラの音に埋もれてしまう。正面で聞いていたらもう少しましだったかも知れないが、それでもこの指揮者は力強い指揮で音楽の情緒を壊していると感じることが多いから、あまり変わらなかったのではないか。

真横での鑑賞の今一つの問題点は、各楽器の音がばらけてしまう点にある。サントリーホールでは上部に設えられた反射板のお陰か、その欠点はやや補正されている。しかし川崎のホールはむき出しである。にもかかわらず、正面の座席が少ない。2階席からは螺旋状になっており、左右非対称というのも落ち着かないが、いわば大きな筒の中にいるような感じである。そうだ、東響の定期演奏会は通常、サントリーホールでも行われるから、そちらの方で聞くのがいいのかも知れない(チケットは若干高い)。

結局、私はこのマーラーが残した最も美しい作品を、あまり楽しむことができないまま演奏会が終わってしまった。ここのところ、勇んでいくコンサートが期待外れに終わることが多い。客観的にはオーケストラが巧く、欠点は少ないのにそう感じている。原因は、次の3つのうちのどれか、もしくはその組み合わせである。①聞く位置が悪い、②体調が良くない、③耳が肥えてしまった。今後は厳選したコンサートをいい位置で聞くこととしたい。そう切に思った演奏会だった。

なお、「大地の歌」を聞くのは2回目。1回目のインバル指揮都響の演奏があまりに良かったので、その時の感銘を超えることができなかった、ということかも知れない。それにしてもノットの音楽は、どことなく無機的で表面的だと感じている。

2024年5月11日土曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第760回定期演奏会(2024年5月10日サントリーホール、カーチュン・ウォン指揮)

今季日フィルの定期会員になった理由のひとつが、このカーチュン・ウォンの指揮するマーラーの演奏会だった。昨年第3番を聞いて感銘を受けたからだ。今や私はシンガポール人のこの若手指揮者のファンである。彼は日フィルのシェフとして、アジア人の作曲家の作品を積極的に取り上げているが、それと同時にマーラーの作品を順に演奏している。それでもさすがに、第9番ともなると演奏する方だけでなく、聞く側も覚悟がいる。

このマーラーが完成させて最後の交響曲は、声楽を含まず、楽章も4楽章構成と一見純器楽作品に回帰している。そのため親しみやすいと考えるのは禁物で、各楽章の構成は大変入り組んでおり、複雑極まりないのも事実である。どのように複雑であるかを記述するには音楽的な知識を要するので、私には書けない。幸い深澤夏樹氏によるプログラム・ノートに詳しく書かれているので、開演前のわずかな時間をその読解に充てた。

私はこの作品を鑑賞するのは3回目である。ただ以前の2回はほとんど記憶がない。1回目はヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団で、記録によれば1992年11月(第1185回定期公演)となっている。30年も前のことである。まだ東京に出てきたばかりの頃で、仕事の帰りにNHKホールへ駆けつけ、ほとんど居眠り状態で3階自由席で聞いたのだろう。

2回目はベルナルト・ハイティンク指揮ボストン交響楽団(1995年11月カーネギーホール)である。このコンサートは記憶に少し残ってはいるが、やはり後の方の席で聞いたこともあって、どんな演奏だったかを思い出すことはできない。定評あるハイティンクの指揮なので、それなりに感銘を受けたはずである。だが私はこの作品をちゃんと理解するには早すぎた。

ここのところの私は生活の区切りをつけたいと思っていて、最近はクラシック音楽のコンサートでも、それまでにあまり触れてこなかった重要作品を立て続けに聞いている。オペラの「トリスタンとイゾルデ」や「エレクトラ」についてはすでに書いたが、それと並行してブルックナーとマーラーの最後の3つの交響曲作品、すなわちブルックナーの第7番、第8番、第9番、マーラーの「大地の歌」、第9番、それに第10番が取り上げられる場合には、時間を何とかやりくりして聞いている。これらの作品は規模が大きく(補筆版を含む)、音楽的にも難解である。プログラムに休憩時間がないことも多い。

けれども人気があって、プログラムにのぼることは結構多い。マーラーの交響曲第9番も、毎年どこかで演奏されているような気がする。来年は佐渡裕指揮新日フィルの演奏会も予定されているようだ。そういうわけで今回の日フィルの演奏会も、二日目については売り切れてしまったようだ。私は金曜の第1日目の会員なので、その指定席(1階A席、向かって左手)に向かう。すでに管楽器のメンバーは舞台上に揃っており、やがて弦楽器の方々が登場した。

冒頭の演奏が始まってすぐ、私はオーケストラの音がいつもと違うような気がした。聞く位置によるからだろうか、あるいは演奏のせいか。ちょっと違和感があって、それは第1楽章の後半まで気になったが、全体にどことなく集中力が続かない。私は直前まで多忙な時間を過ごしていたので、平日のコンサートではよくあることだと思うことにした。ただ日フィルはとても良く鳴っている。いつものようにカーチュン・ウォンの指揮は細かく敏感で、まるでパントマイムのように指揮台で見事に踊っている。

マーラーの第9交響曲は「死」を意識する作品と言われている。だが私が今回聞いた演奏からは、絶望的な悲壮感もなければマーラー独特の厭世観も少なかった。それもまだ30代の若手が演奏するのだから当たり前ではないか、と思う。いやこういう演奏があってもいいと思う。ウォンもそのことは意識していて、彼は「今の自分にしかできない演奏」もあるのではないかと語っている(4月のプログラム・ノート)。

第2楽章のワルツはスケルツォ風だが、この楽章も軽やかであったし、第3楽章の「ロンド・ブルレスケ」では打楽器も入って大いに盛り上がり、賑やかだった。プログラムにも書かれているように、マーラーがこの作品を作曲したのは、決して死に怯えながら、というわけではなかった。実際、本当に「死」を意識する時、人間は創作などしていられないはずだ。新しいものを創り出すエネルギーがあるのは、「死」の恐怖から一時的にでも開放されているか、あるいはそれを意識する時間を忘れるだけの気力が残っている証左である。これは私自身の経験からそう思う。マーラーがテーマとした「死」は、そういうわけで差し迫った自身の「死」というよりも、もう少し観念的な「死」の概念であろう。あるいは娘の「死」の記憶か。

そう思ったとき、今日のコンサートがわかったような気がした。この作品はマーラーのそれまでの作品の延長上にあって、決して昔に回帰した作品ではない。むしろその次の第10番で試みようとしたような二十世紀の音楽への挑戦だったと見るべきではないか。すると純音楽的な意味で、まず器楽曲の新鮮さ、すなわち聞こえる音楽の透明かつ明晰な感覚(それはシェーンベルクに通じるような)を終始維持していることに気付く。ウォンはそう意識していたかはわからないが、よくありがちなマーラーの粘っこい、どろどろとした音楽としてこの作品を表現していない。

それはあの第4楽章の長大な「アダージョ」でも同様だった。ただこの楽章は、様々なモチーフを回帰し、最後は消え入るように弦楽器が長いアンサンブルを響かせる。その時の会場と舞台が一体となった感覚は奇跡のように静かで、しかも宇宙的な広がりを持っていた。会場が物音ひとつしない協力的な姿勢を貫けることができたのは、会場の聴衆のほぼ全員が、この音楽に思いを寄せ、演奏をリスペクトしていたからであろう。指揮者が腕を下ろすまでの長い時間(彼は第4楽章では指揮棒を持っていなかった)、会場は静まり返っていた。その時間は30秒も続いたであろうか。

やがて静かに拍手が始まり、2度目に指揮者が登場したときには一斉にブラボーが飛び交った。ホルンを始めとする管楽器の奏者をひとりずる立たせながら、満面の笑みを受かべて拍手に応えた。その風貌から、決して背伸びをせず、自身の「今演奏できる」マーラーをとことん演奏しきった充実感が感じられた。最近ではオーケストラが立ち去っても、ソロ・カーテンコールを促す拍手が続くことも多いが、今回はその人数も多く、この指揮者が今や大変な人気者になっていることがよくわかった。

多忙な日々を送っていると想像するが、来年にはついに「復活」がプログラムに上っている。今から楽しみである。

2024年3月1日金曜日

東京都交響楽団演奏会(都響スペシャル)(2024年2月23日東京芸術劇場、エリアフ・インバル指揮)

長男が生まれた時、大いなる喜びと同時に大変なことになったと思った。それまで経てきた人生の十数年を再び経験しなければならない。自分自身ここまで来れたのも奇跡のようなものなのに、それとまた同じだけの日数を、課題に都度直面しながら対処していかなくてはならない。とてつもなく長い時間が待ち受けているように感じた。あれから18年が経ち、いよいよ大学受験の年となった。大学受験ともなると、定期考査とは違い持久戦である。一夜漬けが意味をなさない代わりに、終わってもさあこれから自由だと簡単に気持ちが切り替わるわけではない。むしろ茫然自失腑抜けのように、暫くは何もしたくない心境に陥るものだ。

私は当事者ではなく、親の立場である。それでも、というよりはだからこそ、特にこの1年間は、かなりの心的配慮を重ねてきたつもりである。そうと悟られないよう最新の注意を払い、平静を装いつつも心は到底穏やかではなかった。これは入院生活と似ていると感じた。そしてそれが開けた日、 つまり試験が終わった日は、ちょうど退院の日に相当する。この先どうなるかわからないのは、合格発表までの期間と同じだ。まずは終わってホッとする。次第に喜びが湧いてくる時があるとすれば、それは数日経って気持ちに少しの余裕が生じてくる頃である。それまでは、とりとめのない日々を送る。そのようにして少しずつ元の気持ちを取り戻していく。

こんな時にはどんな音楽を聞きたくなるのだろうか。先行きの明るい状態であれば(私も初めての入院時はそうだった)、ウィンナーワルツでも聞いて踊り出したくなる気分だろう。 だが生死の間をさまよい、とりあえず退院の許しを得て帰宅したものの、この先どうなるかわからないような不安定さの中では、そんな単純な音楽など聞きたい気持ちになれなかった。どういう曲がしっくりくるか。私はクラシック音楽の中でいろいろ考えた挙句たどり着いたのが、マーラーの交響曲、それも後年のそれらであった。私は第7番のシンフォニーを聞き、初めて何かが分かったような気がした。喜びと絶望が入り乱れ、 半分気が狂ったのではと思うような曲が、私に安らぎを与えた。マーラーの交響曲との向き合い方について、その発展の変遷を頼りにたどっていく。すると、希望の見える若い頃の作品がやがて混乱、絶望、そして、祈りに変わり、最後は諦め、受容、悟り、そしてとうとう死後の世界への憧憬へと昇華していくことがわかった。

未完の交響曲第10番は、そんな マーラーが最後にたどり着かざるを得なかった場所ではなかったか。そうだ、 第10番を聞こう。息子の合格発表を待ちながら、私は持病が刻一刻と悪化の一途をたどり、この先どうなるかもわからないという絶え間ない恐怖の中で、家族には平静を装い自らの意識をもだましながら仕事と家庭生活を続けてきた。毎日が体調との戦いで、それでも少し元気な日があれば、外に出かけている。数年前に痛めた腰、歩くと痛い足、そして満足に物が食べられない日常の中で、今日は2ヶ月ぶりに特急列車に乗って房総半島を南下、館山市にある坂東三十三箇所巡りの最終目的地那古寺へと向かう。コロナ禍となってから本格的に始めたこの寺巡りは、積極的に自動車を使い、ほぼ毎回日帰りで東京から出かけてきたが、それでも何年もかかった。いよいよ最後は結願だから、こういう時に行くのがふさわしい。嬉しいことに、ここのところ候が悪かったが今日はよく晴れている。

京葉線の無機的な車窓風景を眺めながら、昨日聞いたエリアフ・インバル指揮でマーラーの交響曲第10番を聞いている。息子の将来への第一歩は、どういう結果となるにでよ、まもなく少し前進するだろう。私の今後は少し深刻だが、それも息子の進学で気持ちはかなり楽になる。特にこの1年間は、2つ以上の問題が私にのしかかり、押しつぶされそうな日々に耐えてきた。毎月のように、体調が良い時だけは行動に出て全国を歩き回り、そうでない時は音楽を聴いていた。その一区切りに相応しい絶好のタイミングで、今回のコンサートの存在を知った。それは1月のことだった。不安に耐えきれなくなるような日に、昨年夏に訪れた 能登半島を大地震が遅い、私が滞在した輪島の中心部も壊滅的な被害を被った。数百人が命を落とし、数万人が家を失った。元日の悲劇は、それまで静かに暮らしていた多くの人々を、一瞬のうちに不幸のどん底に突き落とした。

先の見えない 不安や予期せぬ不幸は、限られた人にだけ降りかかるものではない。だからマーラーの音楽には普遍性がある。この未完に終わった第10番は、長い間単一楽章、すなわち「アダージョ」として知られてきた。私がかつて一度だけ実演で聞いたこの曲の演奏も「アダージョ」だけだった。この時、「嘆きの歌」や歌曲を含む全ての管弦楽作品を聞き終えたのだった。ところが第10番の交響曲は、続く第2楽章以降にも多くのスケッチが残っており、マーラーはそれらを完成させようとしていたのは明白である。とすれば、それらを何とかして完成させ演奏するのが個人の意志でもある。デリック・クックはその意思を継ぎ、全曲を補筆完成させた。全5楽章あるこの補筆版は、今やこの曲の演奏のデファクトスタンダードとして 演奏会で取り上げられるようになってきている。今回東京芸術劇場(池袋)で聞いたインパルによる都響の定期演奏も このクック補筆版であった。

ここで このクック版が、どのように作られ、何がどうなのか といった細かいことはここには書かない。それよりもむしろ、私は毎日心の混乱状態を少しずつやりくりして、何とかコンサートに出かけるだけのほんのわずかな 体力と気力を持つように努めたこと、そして薬の副作用の眠気や腰痛の中にあってなお、2階席の片隅に腰を下ろし なんとか70分の間、このマーラーの演奏に耳を傾けたことについて書かなければならない。演奏を楽しんだのかと聞かれると、とてもそうではない。だが退屈だったわけでは決してないし、ビオラの冒頭のアンサンブルが聞こえてきた時から、すさまじいまでの美しさに唖然として目からウロコが落ち、フルートをはじめとする木管楽器の惚れ惚れとする独奏が加わると、体が硬直するようなほどの感動的体験だったと言わねばならない。これがいつも聞いている都響の音かと思った。

不思議な時間だった。 どこを切り取っても同じような曲が1時間以上続く。この曲はそれまでのマーラーの作品とはやや異なり、どこか散文的で浮世離れしている。だから私の心境によく合っていた。インバルの演奏が、オーケストラにいつもとは違う感覚を与えていた。何十年にも亘りマーラーの名演を繰り広げてきた関係性ゆえに実現できたものだと思う。実際、このコンビはこれまで、2回ものマーラーチクルスを完成させていて、録音もされ大変評価が高い。この10番も前回(2014年)が空前の名演だったことが至る所で語られている。私は2回目のチクルスの最後の方で聞いた「大地の歌」が、もうこれ以上ないほどの大変な名演奏だったことを昨日のことのように覚えている。

私を乗せた特急「わかしお1号」勝浦行きは、つのまにか千葉市内を通り抜け、外房地方を走っている。九十九里浜の向こうから昇る朝日が眩しい。それにしても都響はうまかった。インバルの解釈がどうなのかは正直よくわからないのだが、オーケストラの音色に終始驚きっぱなしだった。完全にマーラーの音だった。中低音の厚みに木管が絡み、金管が咆える。大太鼓が第4楽章で何度も打ち鳴らされる。コーダで静かに消えていく永いメロディーを、私はまぶたを閉じて聞き入った。目から情報を入れたくはなかったのだ。 前日の平日マチネーを含め2日間、ほぼ満席だった会場は物音一つしない。音楽が消え行って静寂の時が永遠に続くのではないかとさえ思われた。指揮者がゆっくりと腕を下ろし、やがて拍手とブラボーが乱れ飛んだ。88歳にもなるマエストロは幾度となく舞台に呼び戻され、オーケストラが去った後でさえもそれは2回に及んだ。

マーラーが想像し表現しようとした死後の世界を、私もやがては体験することになるのだろうか。でもそんなことはない。この1年間、このことを毎日のように考えてきたけれど、それはもっと後になってからで良いのだ。私はまだそんなに年老いてもいないと思っている。しかしマーラーはこの作品を完成させずに、1911年旅立ってしまう。50歳の時であった。

那古寺から館山市内を望む

2023年10月16日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第754回定期演奏会(2023年10月13日サントリーホール、カーチュン・ウォン指揮)

終演後の拍手が20分近くも続く演奏会など、そう滅多にあるものではない。来日した世界的オーケストラの演奏会ではない。日フィルの新しい首席指揮者に就任したシンガポール生まれの若手、カーチュン・ウォンの就任披露を兼ねた定期演奏会である。プログラムは、マーラーの交響曲第3番。音楽史における最も長い交響曲の部類に入る休憩なしの1時間40分。ホルン8人、シンバル7台を含むフル・オーケストラに加え、一人の独唱(アルト)、女声合唱団、少年合唱団が加わる。

採算に合わないのだろう。何かの記念となる名目でもない限り本番の演奏に出会うことはない。私は昨年3月京都で、広上淳一の京都市交響楽団の常任指揮者の最後の演奏会にて、この曲を聞くはずだった。そのために藤村美穂子をドイツから招聘し、万全の体制でこの公演が行われるものと思っていた。ところがコロナの影響で合唱団の練習ができなくなり、あえなく別のプログラムに入れ替わってしまったのだった。過去に私がこの曲を実演で聞いたのは、シャルル・デュトワがNHK交響楽団を指揮した2015年の定期公演ただ1回のみ。この時に演奏はもちろん素晴らしかったが、NHKホールというところは広すぎるせいか、集中力が続かないことが多い。前の方で聞いていないと、なかなか印象的なものにならないのだ。

自然の描写を主体とした比較的静かな部分が多く、マーラーの交響曲の中ではもっとも明るい音楽だと思う。多数の楽器が様々に絡み合い、バンダを含む各楽器の音色の微妙な変化を聞き分ける必要がある。なかなかオーケストラ泣かせの曲なのだろうと想像がつく。それが100分も続くわけだから、間違うととてつもなく退屈なものになってしまうだろう。指揮者もよほど自信がないと、この大曲を指揮しきれないのではないか。これが第2番「復活」だと、「終わりよければすべてよし」となるのだが。

日フィルの定期は同じプログラムが2回あって、今回は金曜夜と翌土曜のマチネであった。土曜の演奏会は完売していた。私の聞いた金曜の演奏会もほぼ満席だったから、前評判は極めて良かったのだろう。それも彼が、これまでに積み上げてきたこのオーケストラとの実績によるものだ。

2016年にマーラー国際指揮者コンクールで優勝した若きアジアの俊英は、破竹の勢いで世界中のオーケストラの演奏会に出場しているが、その彼が我が国のオーケストラ演奏を数多くこなしてくれることに喜びを感じている。何でもそのコンクールの前から日本にも住んでいるようであるから、日本での活動に支障はないものと思われる(我が国に住居を持つ有名な外国人は結構多い)。私はコロナ禍に見舞われる少し前、兵庫県の芸術文化センターのオーケストラを彼が指揮する演奏会のチケットを両親にプレゼントしたことがある。だが私は、この指揮者にこれまで縁がなかった。それが今回かなったというわけである。

実際いつにも増して期待が高まった。前もってマーラの第3交響曲の演奏をいくつか聞いてみた。ドゥダメル指揮ベルリン・フィル、アバド指揮ウィーン・フィルなどである(本ブログで過去に取り上げたのは、ブーレーズ指揮ウィーン・フィル、初めて聞いたのはショルティ指揮ロンドン交響楽団だった)。そして今は、バーンスタインの演奏に耳を傾けながら、この文章を書いている(ニューヨーク・フィルハーモニック)。

さてその演奏だが、これは圧倒的な大成功だったと言えるだろう。日フィルがこれほど巧く演奏した例を私は知らない。特に弦楽器のアンサンブルは精緻を極めた。第6楽章は特に、極上のビロードのように深みのある色艶と光沢感が絶妙だった。終始集中力を欠かさず、いつまでも永遠に続くように思われた。何度も訪れるホルンの重奏も、時に不安定な時もあったが致命的な物ではなく、トランペットも舞台裏から聞こえるポストホルンも、さらには2台のハープや木管楽器と良く溶け合った。

シュタインバッハにある別荘でわずか2年のうちに書きあげられた交響曲第3番は、明るい雰囲気に満ち溢れた、ハンブルク時代の最後を飾る、マーラーの作品の中では自由で希望に満ちた作品である。それは彼の自然賛歌であり、美しい情景描写と心理描写に彩られている。冒頭こそファンファーレの大音量が鳴り響くがそれも最初だけで、あとは全6楽章、耳を澄まして聞く微弱音や弱音機を伴った金管ソロなどが続き、大音量の爆発を期待すると裏切られ続く。終楽章のコーダでクライマックスが築かれるものの、マーラーにしてはむしろ控えめで、その感動も長い道のりを経た後に底から湧き上がる精神的高揚感が勝っている。その意味でブルックナーやワーグナーのような作品に接する時のような気持ちになる。他のマーラー作品では、「大地の歌」が音楽的にこの部類に入ろうか。

カーチュン・ウォンの演奏は冒頭から気合の入ったものだった。オーケストラを含め少し緊張していたのだろう、雄弁に両手を駆使し、時には大きなゼスチャーで体を揺らして細かく指示する割には、オーケストラが大人しく思われた。だが、実際の演奏会ではいつもこのようなものである。それがどこかで化学変化を起こし、奇跡のような時間に突入することが稀にある。今回それがやってきたのは、第1楽章のコーダに向かう手前、チェロの重奏からだった。私の見立てでは、この数小節を境にオーケストラの音色が変わった。自信をつけた各楽団員が、それまでに見せたことがないようなレベルのアンサンブルを奏で始めたのである。

実演を聞く楽しみは、まさにこのような一期一会の時間に立ち会えることである。紛れもなくそれが起こった。長い第1楽章が終わって一旦指揮台を降りた時、オーケストラは再度チューニングを行った。合唱団とソリストは最初から舞台に登場し、微動だにせず出番を待っている。まるで赤ん坊を抱くような慈しみを持って、静かな音楽は進む。

カーチュン・ウォンの指揮はあらゆる指示を細かく出す。それが好みの分かれるところだろう。陶酔しすぎず、あくまで理性的な側面を残すことに、この指揮姿が貢献しているのかも知れない、と思った。だがかといってロマンチックな側面が犠牲になっておらず、若々しくて情熱的でもある。交通整理のような指揮姿で有名なロリン・マゼールの指揮を思い出させたが、決して無味乾燥で醒めた演奏にはなっていない。むしろオーケストラとの関係が今後深まったら、よく反応する個性的な演奏が生まれるのではないかと期待している。

1時間程が経過して3度目のチューニングを終えると、山下牧子(メゾ・ソプラノ)の歌唱が、舞台右側の壇上から聞こえてきた。第5楽章ではそこに、女声のハーモニア・アンサンブルと東京少年少女合唱隊が加わる。特に東京少年少女合唱隊の透き通った一糸乱れぬ歌声は、「ビムバム」という印象的な歌詞が何度も登場して独特の印象を残す。この歌唱が入る2つの楽章と最終楽章は、通して演奏される。

第6楽章は第1楽章と対照をなすものだが、自然描写が心理描写に置き換わってより高く、昇華されてゆく感を味わう。大野和士は解説で、この部分を天井に開かれた扉が開き、そこに入ってゆくような感じだと話しているが、そのような高まりは30分近くをかけて徐々に、確実に進んでいく。弦楽器のアンサンブルが例えようもなく美しいが、それを見事にやってのけた今回の日フィルは、圧巻の出来栄えであった。会場の誰もがその演奏に心を打たれた。この曲の最上の演奏のひとつが、今、示されているという感覚。消えては去っていく実際の音楽を、その時にだけ居合わせた人たちとだけ共有している感覚。演奏者と聴衆が一体となって、マーラーの音楽に酔いしれた。

指揮者が長いポーズをとって指揮棒を下ろさない。その間中、雷に打たれたように静まり返った。おそらく最も行儀のいい聴衆が、何も乱すことなく、この長い時間を静寂の中に留めた。やがて沸き起こる拍手と歓声が会場を覆ったとき、指揮者はまず歌手に走り寄り、続いて金管セクションに赴いた。これから長い拍手の時間だった。2つの合唱団と指揮者、さらにバンダで活躍したプレイヤーが何度も舞台に呼び出される。続いてセクションごとに立たせ、それを会場の各方向を向いてお辞儀を繰り返す。指揮者が去っても楽団員は残り、起立を拒む。そして楽団員と合唱団が全員引き上げるまでの長い時間、拍手が絶えることはなく、むしろそれは大きくさえなった。しばらくして指揮者がひとり舞台に登場すると、さらに大きな歓声が沸き起こった。

これほど満足した演奏会は、なかなかないものだ。そして今後、カーチュン・ウォンの演奏会が多く組まれているのも嬉しい。彼はアジアの作曲家の作品を多く取り上げたいと話しており、それと有名曲を組み合わせたプログラムが予告されている。チャイコフスキーのような聞きなれた作品でも、彼の演奏で聞いてみたいと思う。だから、やはり健康を維持して時間と経済力をつけないと、と前向きに誓った一日だった。

2023年3月17日金曜日

東京都交響楽団演奏会(都響スペシャル)(2023年3月16日サントリーホール、大野和士指揮)

大きな物体を全体に写そうとすると、被写体を縮小して表示させる必要がある。ディスプレイの大きさは限られるからだ。あるいは地図で、より大きな範囲を一定の表示領域に印刷しようとすると、縮尺は小さくせざるをえない。マーラーの「復活」は、当時拡大傾向にあった「巨大ホールという楽器を目一杯鳴り響かせるべく、マーラーが20世紀に送り出した、新時代のための交響曲だった」(プログラム「月刊都響」3月号より)。だから、全体像を把握しようとすると、音楽はどうにもちいさくなりがちではないか、などと思った。少なくとも第1楽章の、あの長い交響詩「葬礼」の音楽は、ちょっとぎこちないように感じた。そしてここをあまりに気宇壮大に鳴らすと音楽が徐々に弛緩し、あるいは極度に集中力を高めると、エネルギーが後半に続かない。私が過去に接した演奏も、この曲が内在する問題点を浮き彫りにしていたように思う。ただそれも、1時間余りを経て到達する終楽章の圧倒的なスケールを前にすると、まあそれも仕方ないし、どうでもよい、という風になるのだが。

大野和士の指揮する音楽の特徴は、私の感想でいうと、その見通しの良さにあると思っている。彼はオペラのような長い作品であれ、まずは全体の大きさを把握し、その次に構成を考えている。その結果、非常にバランスよくまとまって破綻がない。全体像を見えやすくすると、しかしながら各箇所を取り出してみたときに、ちょっと物足りない。これは対象物(音楽)に起因するものであって仕方がないと思う。先発完投型の投手が、時にヒットを打たれたりすることと似ている。要所を抑えれば勝てるので、破綻しなければいいのだ。

だがこの日の「復活」は、第1楽章こそ「立ち上がりのぎこちなさ」を感じたものの、特に第3楽章以降はしり上がりに調子を上げ、終楽章にいたってはテンポを速めたり遅くしたりして大いに聞きごたえのある演奏になっていった。とりわけ私が驚いたのは、合唱の見事さである。この曲の合唱と二人の独唱に、これほど聞き入り、そして感動を覚えた演奏はなかった。これは大野の指揮が、やはり合唱を含めた全体像を的確に把握し、その要点を抑えているからに他ならないのだろう。例えば、ソプラノが合唱の中からすうーっと浮き上がる。隣でメゾソプラノも歌いだす、といった細部が、大きな全体の中でハイライトされ聞き手に届いた。こういう体験はこれまでになかった。聞き手である私に「復活」の全体を見通すゆとりが醸成されたから、というよりも、やはりこれは指揮と歌手の力量によるものだろうと思う。以上が、この演奏に関する私の「客観的な」感想である。

コロナ禍により幾度かにわたって中止を余儀なくされたマーラーの交響曲第2番「復活」の演奏会が、第970回定期演奏会として開催されることになり、同じプログラムがサントリーホールでも演奏される(都響スペシャル)とわかって以来、この演奏会を楽しみにしていた。前評判がいいのかチケットは早々に売り切れたものの、私のところに届いた電子メールには、追加発売があると書かれていた。これは何かの縁だろうと思った。この日は野球の試合などもあるが、「復活」には代えられない。そういうわけで手にしたS席は、1階後方の最前列。2人のソリストに中村恵里(ソプラノ)、藤村美穂子(メゾ・ソプラノ)という世界的に活躍する歌手を配し、合唱は新国立劇場。申し分がない。

毎週木曜日は、朝から新宿のオフィスへ出社することになっていて、この日は会社の帰りにあたる。久しぶりのサントリーホールには大勢の人出で、仲には「チケット求む」のプラカードを持った人までいる光景は、長らくお目にかかっていない。嬉しいことにマスクの着用もうるさく言われなくなって(そもそも音楽鑑賞中は言葉を発しないのに!)、ようやく日常を取り戻した感のある光景にしばし気持ちがやわらぐ。ここ数日の東京は初夏を思わせる陽気が続き、しかも天候が良い。日差しも明るくなって、私もコートを着ていない。そういう期待の高まる演奏会は、大変な名演だったようで演奏者が退場しても拍手が鳴りやまず、「復活」でこれほど感動したことはない、などといった感想を言う人が非常に多い。だが、音楽とは難しいものである。私個人の感想としては、そうではないことを言わねばならない。ただ、それがすべて演奏に起因するわけでもなさそうなのだ。

これは個人の日記であって、しかるべき公平性を求められているわけではない。そういうことは音楽評論家、もしくは音楽ジャーナリストに任せておけばいい。ただ、人の目に触れる文章であることは事実であり、私もすべてをここに赤裸々に綴るわけにもいかない。以下、非常に個人的な内容になることをお断りした上で、筆を進ませていただく。

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私は今月の初めに、幼馴染の友人を亡くした。これは急なことで、正月に知らせを受けたときには、もう幾日も余命がないとのことだった。私は慌てて手紙を書き、写真集などを送って励ました。しかしそれどころではない様子で返事は来ず、この間ずっと気になっていた。今月初めになって急に奥さんからメッセージが届き、家族に看取られて旅立ったとのことだった。私は関西まで通夜に出かけ、その足で実家にも帰省した。家族思いの彼は無類の歴史好きで、高校生の私を歴史散歩のようなことに誘って歴史好きにさせたことは、ついこの前のことのようである。私は20年以上前に大病を患い、何度か生死の間を彷徨ったのだが、いまでも辛うじて生きながらえている。その私より先に、まだ元気だった彼が逝くというのは意外であった。私は病後の体調維持と気分転換に歴史散歩を再開し、それは日本各地に及んでいる。全国に散らばる旧い友人を訪ねつつ、老後は旅行に励もうと考えている。その時、近畿地方南部の拠点として彼を訪ね、一緒に楽しく過ごそうと考えていた。その思いが果たせなくなった。

通夜の翌日、私は生まれて初めて堺市にある大仙古墳群などを精力的に回り、堺市旧市街にも足を延ばした。気温が20度を超える初夏の陽気で、貸自転車をこぐ私も汗まみれとなったが、告別式の時間中、そういうことをして時間を過ごした。私はずっと彼のことを考え、そして自分や彼の家族に与えた彼の存在の意味を問うた。つい1週間前の出来事を、私は「復活」の第1楽章を聞きながら思い出していた。これは死の音楽である。

通夜の間中、彼が好きだったビートルズの音楽が流れていた。私は自分の葬儀に、どんな曲を流してほしいか考え、そしておおよそその曲を決めている。このブログにも書いたが、それはモーツァルトのピアノ協奏曲K595で、演奏はエミール・ギレリスのピアノによるもの(カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)。この思いは今も変わらないが、ここに「復活」の第2楽章も加えたいと思った。この楽章はレントラーと呼ばれる南ドイツの舞踊音楽で、「きわめてのどかに」と書かれている。死者が復活するまでの時間遷移において、春の野を行くような音楽が奏でられる。K595の第2楽章に私はその雰囲気を感じるのだが、これは単なる陽気な踊りではない。したがってそのことを意識してか、これまでの名だたる名演奏の録音も、ただ明るい音楽にはなっていない。唯一(私が知る限り)小澤征爾の演奏が、陽気なセレナーデだと思う。でもそれでもいいのではないか?私のこだわりは、むしろそのときの静謐さにある。だからマーラーは第1楽章から間をおいて(最低でも5分!)この曲に入るように指示した。実際の演奏会で、どうしてこれを遵守しないのか、不思議である。

今回の演奏を聞きながら、私はそういうことをとりとめもなく考えていた。大変美しい演奏ではあったが、集中力がなく、どことなく落ち着かない感じでもあったように感じられたのは、私の方に原因があるのだろうか。ただ都響の音の響きが、ちょっと艶に欠ける。そのことが惜しいとも思った。

合唱とソリストが登場したのは、第3楽章に入る前だった。以降、3つの楽章はポーズを置かずに演奏された。第3楽章の「流れるような」音楽は秀逸だった。このあたりから、音楽にメリハリが出てきたように思う。友人の葬儀が終わって実家に帰省した私は、この間に叔父が亡くなっていたことを知る。私の病気に時にはいろいろ気遣って東京にまでお見舞いに来てくれた叔父だから、そういうことがあれば駆けつけたいと思っていたが、知らせがなかった。私はそれが少しショックだった。第3楽章の「子供の不思議な角笛」のメロディーに耳を傾けながら、私の心はちょっと乱れていた。

翌朝早々に実家を出て、私は20代の頃まで過ごした大阪北部の街を歩いていた。まだ行ったことのなかった道や公園に足を向けた。汗ばむ陽気はこの日も続いていた。私は小学生以来大学生になるまで一緒だった友人に30年ぶりに会った。コロナ禍の前、彼に何度か会おうとしたが、実家で母親を介護する彼にその時間は取れなかった。その後コロナ禍となり、私も連絡を控えていたが、その母親は亡くなり彼にも時間ができたようだ。一人っ子の彼は、母親の我儘を無視できず、献身的に介護したのだろう。だがそれは尋常なレベルではなかった(と彼は言った)。そのことが原因かはわからないが、会社を辞める直前までいったらしく、離婚もしたようだ。ここで私は、親子の関係、あるいは最後の看取り方について考えた。昔と変わらず穏やかに話す彼の表情からは、そのような身内の介護の実態は伝わってこない。けれども辛い日々だったのではないかと想像する。母親への鎮魂歌とはいったいどのようなものだろう。心の闇がそのまま墓場まで持って行かれる。もしかすると当事者でさえ、その闇を自覚することなしに。

にわかに低いメゾ・ソプラノの声が会場にこだまするとき、私はいつもはっと驚く。長い「復活」でこんなに印象的な瞬間はない。我が国を代表するワーグナー歌手である藤村美穂子の歌唱が、これにうってつけであることは間違いがない。このあたりから音楽が引き締まってくる。「復活」の第4楽章。「原光」と題されたその歌に、闇の中に差し込む光を見る。死者復活までのトランジション。ここでの「復活」とはイエス・キリストの神としての復活だから神々しい。そして音楽はそのまま長大な第5楽章へと流れ込む。だが、終楽章に入っても合唱が加わるまでには、まだしばらく時間がかかる。オーケストラのみの音楽が、時に舞台裏からも聞こえ、会場にこだまし、盛り上がっては静かになる、といった起伏を繰り返す。それはあのマーラー独特の(というよりは現代人としては日常の)神経症的かつやや分裂気味の音楽である。私の心情は、このような音楽に非常にマッチしていた。私はこのたび多くのことが私の心に押し寄せ、気持ちにゆとりを欠いている。さらには何年も続く体調不良と死に対する不安、そしてこの時期にあっては花粉症や長く続く口内炎、腰痛、白内障といったものすべてが、私の音楽鑑賞をより困難にしているという事実に直面している。

マーラーの音楽はこのように、私の心を投影しているかのようだ。ただ少なくとも第1番「巨人」から第5番あたりまでは、まだ錯綜した感覚が少ない。第6番あるいは第7番あたりが、ちょっと錯乱気味の心理に合っている。大野和士は来シーズンの幕開けを第7交響曲で飾るようである。その演奏会にも出かけてみようかと思いながら、その前に予定されている2つのハンガリー系音楽の演奏会(バルトークとリゲティ)にも注目している。そのような音楽の方が、大野和士の音楽に似合っているような気もしているからだ。

2022年9月22日木曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第975回オーチャード定期演奏会(2022年9月19日Bunkamuraオーチャードホール、バッティストーニ指揮)

今年初めて東フィルの定期会員になって、毎月のように演奏会に出かけることになったが、これまでのところコロナで中止されたのが1回、予定が入って行けなかったのが2回、そして今回も仕事が重なった。1年前からスケジュールが固定されるため、それを避けて予定を入れることにしていたが、それでも急な変更や中止が結構あるもので、なかなかやりくりが難しいと感じている。

もっとも今回は、予定していた9月16日のサントリー定期に行けないことがわかったのが1か月以上前のことだった。この場合、定期会員には振替という便利な制度がある。チケットを別の日の同じプログラムのチケットと交換してくれるのである。私はこれを初めて利用することになった。

ところが会員向けホームページを見ても、その制度があるということだけで、どうすればいいのか書かれていない。前回7月の定期では、残念ながら「振替可能期間」に間に合わなかったのだが、今回も間に合うかどうかわからない。そこで、書かれていた電話番号に電話をしたところ、まだ期限内であることが判明した。その締め切り日は、チケットとともに送られてきた案内に記載されているのだという。調べてみると、確かにあった。

そこで振替を申し出たところ、古いチケットを指定の住所へ郵送するようにとのことであった。私はこの古風なやり方に感動し、さっそく便せんに内容をしたためて切手を貼り、郵便ポストへ投函した。あとで新しいチケットが送付されてくるのかと思いきや、それはなく、当日会場の指定場所で受け取れるのだという。私は東フィルの会員証を忘れずに財布に入れ(これはIDがあれば不要だった)、会場へ足を運んだ。席は指定できない。けれども1階中央のなかなかいい席だった。これはこれで、どこで聞けるか当日までわからないという楽しみもあるな、と思った。

前置きが長くなったが、今回のコンサートはイタリア人で首席指揮者のアンドレア・バッティストーニである。1987年生まれの彼は若干35歳ということになるが、その活躍と人気ぶりは東京では確かなものがある。私も川崎で聞いたレズピーギ以来の2回目。2016年以降わが国と関係が深く、これまで何度か演奏していると思ったマーラーだったが、何とこれが初めてとのことであった。交響曲第5番は、オーケストラだけで演奏可能なマーラー作品の中で比較的短く(それでも70分はある)、プログラムに上ることが多い。

だがこの日は、マーラーに先立ち、リストが作曲したピアノ曲「巡礼の年」第2年「イタリア」より「ダンテを読んで」を管弦楽曲に編曲した作品が演奏された。編曲をしたのは指揮者バッティストーニ氏であり、これは世界初演という触れ込みだった。18分ほどの曲で、オーケストラは結構な規模だった。自ら作曲も手掛けるバッティストーニは、しばしば自作を演奏会の演目にしているようだが、私はこれが初めてであった。

ところが私は残念なことに、その作品のすばらしさ、演奏の良しあしについて書くことができない。なぜなら「経験したことのない」台風の襲来と猛暑で睡眠不足の私は、音楽が始まるや否や睡魔に襲われたからだ。右隣の老人も同様だった。結構大きな音が鳴っていたのだが、音量と睡眠への欲望は、この際関係がないように思われた。コンサートではしばしばこういうことがある。そうでなくても残暑が続き、天候不良の多い今年は、例年になく疲労が溜まり、9月のコンサートはちょっとつらいのだ。

後半のプログラム、すなわちマーラーの交響曲第5番は大のつく名演だった。悠々とした出だしから、興奮に満ちた第5楽章の終結部まで、一糸乱れぬアンサンブルは常に緊張感に満ち、しかも音楽的だった。第4楽章のアダージエットも情感豊かで言うことはなく、指揮者の構成力は自身に満ち、金管楽器、特にホルンを筆頭に技術的な水準も最高位に達していたと思う。

だが私はこれから、どういうわけかこの演奏が、特に前半部分において心に響かなかったことを告白せねばならない。それは大変残念なことだが、事実である。後半、特に第5楽章に至っては、熱演のエネルギーが私の体をゆすり、見ごたえのある結果となった。それでもなお、これは見ごたえであって、聞きごたえではない。何故か?

これから書くことは、ひとりのリスナーの正直な意見、あるいは告白である。それはBunkamuraオーチャードホールという会場が、私の愛するオーケストラの音を再現してくれないということに尽きる。

思い起こせば、私がこのホールに前回出かけたのは、1998年のことである。以来20年以上、私はこの会場から遠ざかっていた。それは意識的にである。ここのホールで聞く音楽が、どうにも好きになれないのである。人工的な音、それがこじんまりとして何か箱の中で鳴っているような感じ。それは1階の中央であれ、3階の上部であれ同じだった。

私は音響工学の専門家ではないから、よくわからない。言ってみればこれは、好きか嫌いかの問題なのかもしれない。多くのクラシック専用ホールは、今ではオーケストラの周りを客席が取り囲んでいる。このことによってオーケストラの音が横方向にも開放されている。このことに慣れてしまったのかも知れない。NHKホールのような巨大なホールでは、舞台の左右にも広く、従って同様のことがいえる。しかし多くの市民会館のような多目的ホールでは、舞台のオーケストラの響きは、その中に閉じ込められ、前方にのみ音が届く。

私はBunkamuraオーチャードホールで聞く音響は、近くで聞いているにもかかわらず、何故かやたら反射音のみを聞いているような感じである。中音域を特に強調する管の長いスピーカーを通してラジオを聞いているような感覚が、人工的で嫌味なものとして私の耳に残る。これは私だけの問題なのかも知れないが、このようなことは他の会場ではあまり感じないのも事実で、東フィルについてもサントリーホールで聞く場合には、もう少し開放的でナチュラルである。

今回私がBunkamuraオーチャードホールに出かけたのは、冒頭で書いたようにサントリーホールでの演奏会を振り替えたからである。今回の東フィルの定期は、東京で会場を変えて3回行われており、合わせて新潟県長岡市での演奏を加えると、4回の演奏会が同じプログラムで行われた。会場ごとに異なる響きにオーケストラの音がどのように変化しているか、興味はあるのだがこれらを聞き比べることもできない。ただ私がこれまでBunkamuraオーチャードホールで聞いた演奏会に、あまり感動的だったものがない。そういうわけで、大変残念なことに、今後もこのホールに出かけることはほぼないであろう。ついでに言えば、オペラシティにあるコンサートホールも、私とは相性が良くない。ここも長方形の形状をしており、段差の少ない客席から舞台が見えにくい。もっともここは我が家からも遠いので、わざわざここのホールに出向くこともほとんどない(オペラパレスは別だが)。

サントリーホールが開館するまで東京には、クラシック専用ホールというのが存在しなかった。その後、全国各地にホールができたが、私はサントリーホールで聞くのが最も好きだ。そして次に好きなのは、東京文化会館である。しかし東京文化開館は古くて客席が狭く(何と傘を置くところがない!)、席によっては正面を向かない(高い階の席は苦痛である。カーネギーホールを思い出す)。案外音響がいいと思ったのは東京芸術劇場だが、ここは池袋という辺境の地にあって周りの風紀は悪く、人の流れが一定しない駅のコンコースを分け入って進むうちに、音楽の余韻が吹き飛んでしまう。これは渋谷にも当てはまる。ミューザ川崎シンフォニーホールも駅の雑踏は最悪だが、さらには会場が縦に高い風変わりな形をしており、ベストな位置というのがよくわからない。ついでに言えば、錦糸町のすみだトリフォニーホールは、そもそもコンサートが少ないのであまり経験はないのだが、やはり感動したコンサートは少ない。

2022年4月5日火曜日

マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌曲(Ms: クリスタ・ルートヴィヒ、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

かつて我が家にあったクリスタ・ルートヴィヒによるマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を久しぶり聞いてみたら、その深々とした中にもほのかな明るさも垣間見える知的な歌声に、この曲の魅力を再度発見したような気になった。カラヤンのサポートがまた秀逸で、他の歌手による演奏はあまりよく知らないが、この曲は彼女の録音で「決まり」とさえ思うほどである。1974年のセッション録音。同様にリュッケルトの歌詞に音楽を付けた「亡き子を偲ぶ歌」とのカップリングだった。

「リュッケルトの詩による5つの歌曲」には曲順の指定がない。従ってどのような順に演奏するかは、様々である。だが、もっとも長く深遠な「私はこの世に捨てられて」が後半、特に最後に置かれることが多いようだ。最近私が実演で聞いた藤村美穂子によるものもそうだった。しかし、ルートヴィヒのCDでは同曲が先頭に置かれている。実演と録音という違いがあるにせよ、このことによる曲の印象の違いは明確だ。一気にマーラーの世界に入り込んでしまうのだ。従って曲全体に対する輪郭がはっきりと浮かび上がり、集中力が増す。おそらくカラヤンのことだから、こういうことを計算に入れたに違いない。まだLPレコードが主流だった時代なので、CDのように曲順は自由に組み替えて再生することはできなかった。

ルートヴィヒとカラヤンによる「リュッケルトの詩による5つの歌曲」の曲順は、以下の通りである。

  1. 私はこの世に捨てられて  Ich bin der Welt abhanden gekommen
  2. 美しさゆえに愛するのなら  Liebst du um Schönheit
  3. 私の歌を覗き見しないで  Blicke mir nicht in die Lieder!
  4. 私は仄かな香りを吸い込んだ  Ich atmet' einen linden Duft
  5. 真夜中に  Um Mitternacht

歌詞を読むと、これはやはりマーラーの心情(テーマ)をそのまま反映したようなものである。救いようがないくらいに暗く絶望的。そこまで悲観的にならなくても良いのにとさえ思う。というのは、彼は精力的に作曲や指揮をこなし、多忙を極めた音楽活動がそれほど救いようもないようなものではないからだ。私はマーラーの死因が、ニューヨークとウィーンを頻繁に往来し多数の演奏会をこなしたことによる過労死ではないかとさえ思っている。同じユダヤ人だったメンデルスゾーンと同様である。

丁度交響曲第4番と第5番辺りの、音楽家としてもっとも脂の乗り切っていた時期、ウィーン宮廷歌劇場のシェフも務めるマーラーの妻となるのはアルマだった。長女も生まれる。言ってみれば人生の絶頂期に、かくも悲観的な曲を書いた。リュッケルトの詩による「亡き子を偲ぶ歌」がそれである。「子どもがいない人が、子どもを失った人が、こんな恐ろしい歌詞に作曲するのするのであれば、まだ分かる」(アルマの回想録、1904年)。詩を書いたフリードリヒ・リュッケルトでさえ、そうだった。アルマは書いている。「あなたは壁に悪魔を描いて、悪魔を呼んでいるようなものよ!」(村井翔・著、音楽の友社「マーラー」より)。そしてそのことが現実的になる。

「芸術が人生を模倣する」のか「人生が芸術を模倣する」のか、それは定かではないが、このあと交響曲第6番で掲げたように「3回の打撃」がマーラーを現実に襲うのは周知の事実である(宮廷歌劇場の解任、長女、次女の死)。おそらく彼のように悲観的な人間は、予め悲劇が自身を襲った時に備え、あえて最初から悲劇的であろうとした。そのことによって、彼は来るべき試練を予見的に慰め、困難を乗り越えようとしたのかも知れない。これが計算された予定行動だったとしたら、彼ほど独善的な人間はいないだろう。だが私はそう感じる。しかし、だからといって現実に彼を襲った悲劇は偶然だったことも確かだ。偶然の悲劇を、彼は前もって予想することで、精神的平静を保ったのではないか。

「リュッケルトの詩による5つの歌曲」の歌詞を読むと、その孤独な心情がマーラーのものであるかの如くに思われてくる。「私の歌を覗き見しないで」というのもまた、自尊心が持てないでいる芸術家の吐露であり、「真夜中に、どの星も私に微笑まなかった」と歌うのは、彼自身である。そのマーラーが「この世から姿を消した」と言い放っている。強いて言えば絶望感がもたらす余裕さえ感じるのだから、屈折と皮肉と言うしかない。だがそう片付けてしまうには、あまりに人生は過酷である。悲劇の予感は、しばしば的中するのだ。

なお、本曲にはピアノ伴奏版とオーケストラ伴奏版が存在する。私は後者を好むが、それはやはりマーラーは、交響曲作曲家(シンフォニスト)だったからで、管弦楽こそマーラーの真価が発揮されていると思うからだ。また、この曲はバリトンやソプラノで歌われることも多い。しかし、私はこのルートヴィヒのように、メゾ・ソプラノによる歌唱が好きである。歌詞が女性を第1人称にしていることと、翳りを伴った声で聴きたいということが理由である。これは「大地の歌」でも同様だ。

2022年3月21日月曜日

京都市交響楽団第665回定期演奏会(2022年3月13日京都コンサートホール、広上淳一指揮)

新型コロナウィルスの爆発的流行を受けて、中止や公演内容の変更を余儀なくされた演奏会は数知れない。京都コンサートホールで開催された広上淳一を常任指揮者とする最後の公演も、その一つである。演目がマーラーの交響曲第3番から第1番へ変更されたからだ。これは出演を予定していた少年合唱団が、練習できなくなったことによる。そういうアナウンスがあったのが2月の下旬、公演の数週間前のことである。この最終公演を楽しみにしていたファンは多いだろうと思う。ただ、曲目に変更があったとしても、開催できたことを喜ぶべきかも知れない。そしてこの公演は、その前評判に違わず忘れ得ぬ名演となった。

私は昨年(2021年)の秋、東京で開催された京響の演奏会を聞いて、広上の指揮するマーラーの演奏が大変面白く、また的を得たものであることを初めて経験したことは、このブログにも書いた。その時演奏されたのは、ベートーヴェンとマーラーの、いずれも交響曲第5番という意欲的なプログラムで、まずはこのオーケストラの演奏水準に驚くと同時に、広上の楽天的でユニークな指揮に惹きつけられた。京響だけでなく彼は、どのオーケストラでも同様に、曲の表情を全身を持って表現する。一見、滑稽にさえ思われるその指揮姿も、曲のニュアンスを演奏者に伝える手段として大いに機能している。そしてそれが見ていても面白いし、聞いていてもツボを得ている。

マーラーの交響曲第5番が、これほどにまで雄弁に真実味を持って私に迫ってきた演奏を聞いたのは初めてだった。東京での最終公演となるその演奏会でマイクを握った指揮者は、京都に是非聞きに来てくださいと述べた。その最終公演が、今回の第665回目となる定期演奏会で、そのチケットは2月に発売された。

私は遅まきながらこのチケットを知った時、もう売切れてしまっていることを覚悟していた。ところが2日あるどちらの公演も、まだ多くの席が残っていたのである。週末のマチネとあらば、東京ならこのような記念すべき演奏会はたちまち売り切れる。しかし京都では絶対的なファンの数が少ないのだろう。だから当日になってからでも、思い立ってコンサートに出かけることができる。ニューヨークでもどこでも、これは普通である。私は大阪の出身だから京都でのコンサートとなると誘うことができる人もいる。そういうわけで、初めての京都コンサートホールに出かけることになった。

例年になく寒い冬が続いた今年も、3月に入って急に暖かくなり、特にこの週末からはまるで初夏を思わせる陽気となった。3月11日から関西入りした私は、仕事を休んで古都の小旅行となった。2日間奈良のホテルに宿泊し、斑鳩や飛鳥の里を散策しては古寺を訪ね、外国人も修学旅行生もほとんどいない閑散とした中で世界遺産、国宝、それに重要文化財の数々を見て回った。奈良では旧い友人に会い、万延防止措置の出ていない街で遅くまで飲むことができた。

そういう充実した日々の最後に京都に移動。地下鉄を北山駅で降りるとすぐそこにコンサートホールはあった。まだ新しいクラシック専用のホールは、京都にこそ相応しいと思うが、そういうホールができたのは最近になってからである。そしてその館長にも選ばれたのが、2008年からシェフを務める広上氏である。東京生まれの江戸っ子が、古都のオーケストラを指揮するのは面白いが、これがピタリと上手く行ったのだろう。京響はメキメキと実力をつけ、「今や世界に誇れるオーケストラ」にまでなったと、開演前のプレトークで紹介された。

マーラーの交響曲第3番に代わって演奏されることになったのは、広上の師匠でもある尾高惇忠の女声合唱曲集「春の岬に来て」から「甃(いし)のうへ」と「子守唄」。それに藤村美穂子(メゾ・ソプラノ)を迎えてのマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌曲」、それに交響曲第1番「巨人」である。そもとも出演を予定していた合唱団(京響コーラス)は、わずか2週間でこの合唱曲に対応したそうである。一方、藤村はわずかこの2日間のコンサートのためだけにドイツから帰国し、隔離生活も終えて会場入りしたと紹介された。

当日券に並ぶ多くの人たちも無事客席に着いて、舞台背後の客席にディスタンスを取って女声合唱団が入場した時、これから始める曲が何とマスクを装着したまま歌われることを知った。これは驚きだったが、どこか春霞でもかかったような効果があったのかも知れない。尾高の曲は、オーケストラによる伴奏で演奏された。特にわずか24歳で夭逝した立原道造の詩による「子守唄」には「靄(もや)に流れる うすら明(あか)り」という歌詞がある。「眠れ、眠れ」と繰り返されるその歌詞を聞きながら、これは昨年2月に亡くなった尾高に対する広上の鎮魂歌だったと思う。

藤村美穂子が登場し、会場が一層晴れやかになった。マーラーの歌曲「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を、彼女は心を込めて歌った。すでにCDも出ている藤村のこの作品への愛着は、配布されたプログラムに掲載されていた歌詞対訳が自らの翻訳であることからもわかるような気がする。交響曲で言うと丁度第5番のあたりに書かれ、あの有名な「亡き子をしのぶ歌」の頃である。もっとも「亡き子をしのぶ歌」は、リュッケルトが書いた詩10作品に対して作曲されたもののうち5つが採用されており、残りの5つが「リュッケルト歌曲集」である。ここで管弦楽による伴奏が付けられたのは4曲であり、「美しさゆえ愛するのなら」だけはピアノ伴奏版しか残されていない(従って、通常はブットマンによる編曲版が用いられる)。

曲順の指定もないようだが、今回の演奏では「美しさゆえ愛するのなら」が先頭に置かれ、続いて「私の歌を見ないで」、「優しい香りを吸い込んだ」、「真夜中に」と続き、次第に深淵な世界へと入ってゆく。最後の「私はこの世から姿を消した」では、やはりマーラーの「死」への拘りが最高点に達するが、このような順序は実際の演奏会でも聞いていてよくわかった。藤村のこの作品への思いが、終演後にも見てとれた。彼女は感極まって、涙を浮かべていたようにも見えた。深々とお辞儀を繰り返す彼女に、客席からは大きな拍手が続いた。マーラーの交響曲第3番では、わずか6分しか出番のなかった彼女が、そのためだけにドイツから帰国するのも相当なものだが、この「リュッケルト」に変更されたことで私たちは、より長く、そして深く彼女の歌を味わうこととなった。

休憩を挟んで演奏されたマーラーの交響曲第1番は、新たな出発の音楽である。私の知人も自らの通夜でこの曲を流していた。まだ駆け出し音楽家だったマーラーの最初の交響曲(最初はカンタータ)であるこの曲には、すでにマーラーらしい着想に溢れ、後年の9曲に及ぶ交響曲の先駆けに相応しい内容を持っている。広上は丁寧にこの曲を指揮し、特に第3楽章の中間部という最大の聞きどころでは、コントラストを浮き上がられて少年時代を回想し、終楽章のトゥッティでは一瞬止まって音楽を爆発させる要所を抑えた指揮ぶり。ツボを心得た指揮ぶりが、彼の真骨頂である。

オーケストラも弦楽器奏者の最後列に至るまで体を揺さぶる熱演に、聞いている方も力が入るが、決して力み過ぎないところが広上のいいところだろう。コーダの部分ではホルンだけでなく、トランペットの奏者も起立してより迫力を増し、圧倒的なアンサンブルが炸裂、会場が沸きに沸いた。

何度も呼び戻される指揮者は、各パートを回って奏者を立たせた。そして何度目かの登場で遂にマイクを持ち、10年以上にも及ぶ京響での活動を総括した。アンコールに尾高の「子守唄」をもう一度、ということになり再び合唱団が登場、合わせてこのたび対談する2人の奏者への花束贈呈など、盛沢山の演出が終わったのは、もう5時を過ぎていたように思う。

最終公演と言っても広上は「別に今生の別れではない」とおどけ、これからもコンサートを指揮すると言う。そして遭えなく変更となったマーラーの交響曲第3番を、そのうちリベンジ演奏したいと宣言した。

公演が終わったら私は、一緒に出掛けた義妹としばしお茶をしたあと地下鉄に乗り、京都駅へと急いだ。コロナ禍であるというのに人でごったがえず地下街でお弁当を買い込み、新幹線「のぞみ」で東京までの2時間。心地よい余韻に浸りながら、新幹線から夜の車窓風景を眺めた。東京と関西を往復しながらコンサートに通うのは、ちょっとした贅沢である。でもなかなか捨てがたい魅力である。もうちょっと交通費が安ければいいのに、といつも思うのだが。

2021年11月7日日曜日

京都市交響楽団・東京公演2021(2021年11月7日サントリーホール、指揮:広上淳一)

まるで魂が乗り移ったような演奏だった。

長年、常任指揮者などを務めた広上淳一が京都市交響楽団を率いるのは、来年2022年3月までとなった。京響の2年ぶりとなる東京でのコンサートは、このコンビとしては今回が最後となる。常任指揮者としての「ファイナルコンサート in 東京」と題されたチラシを見たのは先月の下旬だった。演目はベートーヴェンとマーラーのいずれも交響曲第5番。前者がハ短調、後者は嬰ハ短調。凡そ100年を隔てて作曲されたこの2曲は、それぞれ新しい境地へと踏み出す交響曲であると同時に、モチーフにおいても大きな関連性がある。広上は大胆にもその2曲をプログラムに配し、真っ向から勝負するというチャレンジングなもの。14年に及ぶ関係の有終の美を飾るものとなるかは、勿論当日の出来次第。音楽は決して事前に作り置きしておくことのできないものだからだ。

ベートーヴェンの冒頭で、聞きなれた主題が鳴り響いた時、私はとても新鮮なものを感じたのは不思議ですらあった。配置は昔からの標準的なもので、左からヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの順。古楽器奏法が主流の現在、むしろ懐かしい響きである。しかもテンポはゆっくり目。主題提示部の繰り返しは省略。たっぷりと旋律を歌わせ、自らも道化師のように踊る広上の姿に、こちらも釘付けとなるのに時間はかからなかった。このような「古典的な」ベートーヴェンは随分久しぶりに聞くな、などと思いつつ、それがここまで新鮮に響くには何か理由があると考えた。それは広上が、すべてのフレーズ、すべての和音に至るまで、ここはこういう音でなければならないという確信に満ちた音作りを目指しているからではないだろうか。

広上の演奏に接するのは初めてである。最近ではNHK交響楽団にもたびたび客演しているし、東京生まれの指揮者なので勿論のことながら、東京での活躍が多い。にもかかわらず、私はこれまで広上の生演奏に接したことがなかった。それなのに、初めて聞く彼の指揮するオーケストラが、京都のオーケストラであるというのも何か不思議な感じである。第1楽章のオーボエのカデンツァ以外では、オーケストラの自発性に任せているというよりは、細部にまでこだわって指揮をしているように思えた。ただそれが威圧的ではなく、開放的で明るいのは、その滑稽とも思える大袈裟な指揮姿からではないだろうか。

第2楽章もたっぷりと歌わせ、聞きなれた音楽が何故かとても嬉しいくらいに新鮮だ。きっちりと、しかし曖昧さもなく進むが、それについて行くオーケストラの技量も確かなものだと感じた。そして第3楽章の低弦の響き。最近の我が国のオーケストラも、かつてのように薄っぺらい低音ではなくなって、むしろヨーロッパのそれに近い。しかし第3楽章までですでに非常に朗らかな感じがしてしまうため、第4楽章の歓喜はむしろ控えめに感じられた。第4楽章でも主題提示部の繰り返しはない。これはプログラム自体が長いためだろうか。

私はこの曲をこれまでにどのくらいコンサートで聞いているか、過去のメモを手繰ってみた。印象には残っていないものの、結構な回数であることが判明した。今回の第5交響曲の演奏は、その過去の記録に照らしても、これほどまでに印象に残った演奏はないと思った。聴衆が期待しているのはこんな演奏ではないか、と広上は考え、その実践をしているように思われた。だから後半のマーラーに、期待が膨らんだ。ただマーラーの交響曲第5番は、ホルンやトランペットを始めとして、結構な技巧が要求される。京都市交響楽団は、その期待に応えられる技量があるのだろうか、と私は少し心配だったのが正直なところだ。だがこれは杞憂に終わった。

私は広上の指揮に限らず、この地方自治体が運営するオーケストラを聞くのも初めてだった。いや実際には、2回目ということもできる。それは小学生の頃、体育館で聞いた出張演奏会の小さなアンサンブルが、京響だったからだ。今から50年近く前のことである。私の通っていた小学校は、大阪府の北部にあった。私の通っていた小学校の音楽の先生は、音楽室に高額なオーディオ装置や楽器などを配備し、児童には楽器を触らせてばかりいる大変ユニークな方で、この先生がその年に招へいするオーケストラを決める時、「京響が一番真面目でいい」と言っていたのを覚えているのだ。まだ何もわからない小学生の授業の中で、そういうことを言った。それ以来、京響は私にとって、いつかは聞くべきオーケストラとなっていた。けれども当時、一番人気は大フィル。大阪から京都に出かけて行くのも不自由なら、京都に音響のいいホールもなかった。

東京に来てからは、関西のオーケストラを聞く機会もほぼなくなった。しかし2008年に京響の常任指揮者に広上が就いてから、京響の技量は飛躍的に上昇し「黄金時代をもたらした」(プログラム・ノートより)とのことだった。私は初めて聞く広上の指揮する演奏会に、京響を選んだ。そしてそのことが大正解だったことを、マーラーの奇跡的な大名演によって確信するに至る。オーケストラの巧さだけでなく、それを引き出した手品師のような広上の指揮が、これほどにまで聴衆を惹きつけるのかと思った。

マーラーの冒頭はトランペットの響きで始まる。モチーフはベートーヴェンのそれと同じ3連符とフェルマータ。しかし100年後のクラシック音楽は、非常に複雑だ。長いマーラーの演奏は、聞いてゆくと今どこにいるのかもわからないような世界に入ってゆく。交響曲第5番の、比較的構造の明確な曲であってもまたしかりである。第1楽章の重苦しく闘争的な音楽。悲劇的な第2楽章。こういった場面をたっぷりと、体を左右にゆすりながら、時に大きくジャンプしては向きを変え、丸でパントマイムのように軽やかに踊る。オーケストラはその表現に寄り添い、最大限の技量をもってついてゆく。この一糸乱れぬ関係は、長年に亘って築かれたものであることを感じさせ、さらにはかなりの量の練習が施されたのではないかと想像するに十分であった。

奇跡的に、まるで魂が乗り移ったようにオーケストラと指揮が一体化してきたと感じたのは、第3楽章からだった。この長いスケルツォを千変万化するリズムやフレーズの中に表現しきった彼らは、続く有名なアダジエット(第4楽章)で、さらに深化したアンサンブルを響かせた。指揮者の正面に配置されたハープと、100%の音量を鳴らす弦楽器の絡み合い。一音ごとに響きに重みを増すフレーズに合わせ、指揮はこれでもか、これでもかとオーケストラを引き立ててゆく。時に唸り声が響く。その楽章が終わったとき、会場が物音ひとつしない静寂に包まれた。消えてゆく音に合わせ、かすかに目を閉じた私は、終楽章でのホルンの響きに身を寄せ、流れては澱み、大胆に鳴らされては消え入るように染み込むマーラー・マジックに翻弄されることとなった。難しい音楽が次から次へと現れ、重なり、大きくなって会場を満たすときでさえ、広上の確信に満ちた指揮は、驚くべきほど雄弁なものだった。こうなればオーケストラも、乱れることなく心がひとつになって、実力以上の力量が示されることとなる。すべての楽器の、すべての奏者が体を揺らし、思いっきり力を込めて弾く。後方にいる弦楽器奏者までもが、まるで魔法にかかたかのように熱演を繰り広げる。その有様は、聴衆にも乗り移ったかのようだ。

全部で2時間20分以上に及んだコンサートが、さらに長い間、拍手の嵐に包まれた。何度も舞台に呼び出された指揮者は、オーケストラが去っても熱心な聞き手に応えた。「アンコールはありません」などと会場に向け挨拶をした広上は、「京響がとても個性的なオーケストラに成長した」というようなことを云った。私はこれまで、そのあまりに大袈裟でひょうきんな指揮姿に、いったいどういうコンサートをする指揮者なのかとこれまで思ってきたが、今日の演奏を見て明確に判った。両手だけでなく、顔の表情、時に両足までも駆使しながら、体のすべてを通して音楽を伝えようとする姿は、それゆえにオーケストラのあらゆる部分に明確な指示を出す。そのユニークな指揮と演奏が一体になった時、驚くような名演奏が誕生する。本日の演奏は、まさにそのことを実体験することとなったのだった。

このような個性的な指揮が、歳をとるとしづらくなってゆかないか心配である。けれども少なくともあと何回かは、京都でこの組合せの演奏会が予定されている。特に注目すべきは、文字通り最後の演奏会となる来年3月の定期である。この時取り上げられるのは、マーラーの交響曲第3番だそうである。私は帰省を兼ねて、京都まで聞きに行こうかとも思っている。

2020年1月14日火曜日

第1930回NHK交響楽団定期公演(2020年1月12日NHKホール、指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)

今年最初のコンサートは、クリストフ・エッシェンバッハの指揮するN響定期である。曲目はマーラーの「復活」。「復活」とはキリストの復活のことだが、マーラーの「復活」は、かつてのベートーヴェンの「第九」がそうであったように、宗教の枠を超えた意味を持っている。終楽章に至って到達する「生きるために死ぬ」という死生観は、悲観的というよりは肯定的で、高らかに生への賛歌が歌われる合唱入りの90分にも及ぶ野心作である。ハンブルクでハンス・フォン・ビューローの葬儀に参列した際に、丸で雷に打たれたかのような啓示を得て作曲が進められたという逸話はつとに有名である。

一体自分は、どこからきてどこへ向かうのか。先行きが見えない現代社会において、この曲が与える感銘は、今もって新鮮かつ圧倒的である。何人もの人が、この曲を聞いて音楽家になろうと思ったと話している。

私も初めてこの曲を実演で聞いて心を揺さぶられた一人だ。1996年2月のニューヨークでウィーン・フィルの公演があった時、カーネギーホールの2階右脇からオーケストラを見下ろすバルコニー席でこの曲を聞いた。指揮は小澤征爾だった。直前に作曲家、武満徹が亡くなったこともあり、バッハの「G線上のアリア」を拍手なしで演奏した直後だった。第1楽章冒頭の弦の轟きと、その後に続くトゥッティに圧倒された。その後は舞台に釘付けとなったが、この主題が再現されると、ふたたび心を打ちぬかれた。

第2楽章の丸で天国にいるようなアンダンテは深い愛情に満ちたもので、小澤のなみなみならぬ集中力が、オーケストラを丸でひとつの楽器のように操り、珍しく静まり返ったニューヨークの聴衆の中で、ウィーン・フィルの弦楽器を陶酔させるほどに美しく響かせる雄弁なものだった。

ところがこの時の演奏の記憶は、そのあとの3つの楽章についてはほとんど残っていない。圧倒的な規模に私の心がついて行かれなかったからなのだろう。最後まで続く感銘をもう一度経験したくて、小澤征爾がサイトウ・キネン・オーケストラを指揮してこの曲を演奏した時、私は東京文化会館の3階席を買って出かけた。この時の演奏はライブ収録されてCDでも売り出され、ディスク大賞にも輝いたから、非常な名演だったのだろうと思う。私はここでやっと第3楽章の静かに流れて行くスケルツォ(それは「子供の不思議な角笛」の一節でもある)の特徴あるリズムに触れ、それに続くアルトの歌「原光」(この時のソロはナタリー・シュトゥッツマン)が、会場を金縛りにするほど見事で身の毛が立つほどの硬直した感動を覚えたのを記憶している。

これで第4楽章までのこの曲を、何とか知り得た感じがしたのだが、「復活」は第5楽章に全体の半分近くの時間を要する曲で、ここに最大のエネルギーが注がれている。合唱団は第1楽章から舞台奥にスタンバイしているが、最後の何度も押し寄せる爆発的なエネルギーと、繊細で心の奥を覗くような部分とが交互に現れるマーラーの世界が存分に味わえる。バンダとの掛け合い、二人の独唱、オルガンも加わったその規模は、会場を超えて鳴り響くかの如くである。バーンスタインがエジンバラで振ったロンドン響との記念碑的映像では、教会の天井などが何度も映し出されるのが印象的だった。

エッシェンバッハという指揮者は、このバーンスタイン系に属する指揮者だと思う。ヤルヴィやルイージのように、きっちりとメリハリをつけて職人的に演奏する指揮者ではなく、むしろ情念が音楽を語ることへ重心が置かれている。彼のピアノでもそうなのだが、それは外面的な美しさなどは期待できない。オーケストラにあっては、個々のプレイヤーが持つ音楽への理解が、総合的な力によって自発的に統合され表現されるのを助けるといった感じだ。だから、演奏するのはなかなか大変だろうと思うし、今回のような1回限りの客演では、なかなかその真価が表れにくいのではないか。

前置きが長くなったが、私は今回のN響の演奏で、再びこの曲に新たな発見を数多くしたと言って良い。一階席前方に着席した私はオーケストラの音をおそらくは理想的な形で把握することができた。後半、とりわけ第4楽章の冒頭で藤村美穂子が「赤い小さな薔薇よ」と歌い始めると会場の空気が一変した。その瞬間から私は、時にこみ上げてくるものをこらえきれなった。第5楽章で繰り広げられる新国立劇場合唱団の深い祈りは言うに及ばず、代役だったソプラノのマリソル・モルタルヴォも悪くはなかったと思う。前方の席で聞くと時折舞台裏から響くバンダと、舞台上の楽器が重なる微妙なバランスも手に取るようにわかった。

いつのまにか80歳にもなるエッシェンバッハは、決して派手な指揮でもなければオーケストラを煽るようなこともしない。けれども時にテンポをぐっと落とし、オーケストラの自発的な曲への理解が、総体として奏でるハーモニーに寄り添う。楽団員に芸術家としての素養を問う真剣な作業でもあるかのようだ。前半の楽章を聞く限り、これはやはり短期間に成し遂げるにはいささか不十分な結果だったと思わないこともない。弦楽器、とりわけヴァイオリンの音が、いつになく貧弱に聞こえたのは気のせいだったのだろうか。上手く弾いているのだが、共感が伝わってこない。

エッシェンバッハが求めるのは、深いところでの音楽の理解と、それを個々人が表現することによって成し遂げられる総体的な情念の昇華。それがたとえ失敗し、暗く、陰鬱なものであっても、それはそれでかまわない、と言う冷徹な諦観があるようにも思えてくる。ただ、かつてラン・ランを迎えたパリ管とのベートーヴェンでは、そういう意味で高度な音楽的結実が見て取れた。第1協奏曲の第2楽章が、これほど美しいと思ったことは、先にも後にもないのだ。

久しぶりにゆったりとした「復活」を聞いた気がした。エッシェンバッハとマーラーが、どこかで融合する奇跡を期待したが、残念ながらそういうことはなく安全運転に終始したと言って良い。第5楽章において、満員にも関わらず静寂を保つ中で、オーボエが、フルートが、そしてメゾ・ソプラノが、丸でそこだけに光を浴びている風景のように心の内面を照らした。大きなブラボーが繰り返される中、私はまた「復活」の演奏を聞き終えて、さらにまたマーラーの音楽が聞きたくなる思いだった。

帰宅してメールを読むと、早くも来シーズンの演目が速報されてきた。マーラーはヤルヴィとの第3番がある。その前に、今シーズンの最後にはケント・ナガノによる第9番が控えている。今年も楽しみなコンサートが目白押しである。

2019年9月23日月曜日

NHK交響楽団第1919回定期公演(2019年9月21日NHKホール、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ)

マーラーはとりわけ好きな作曲家だが、かといってマーラーばかり聞くわけではない。演奏会でも交響曲第5番のようなポピュラーな曲であっても、これまでに聞いた実演はたった2回だったと思う。ディスクではもう少し聞いてはいるが、それでもこのヤルヴィの演奏を聞いて、初めて聞く曲のような気持がしたのは実に不思議なことだ。

思うにこれまで聞いたヤルヴィ/N響による数々の演奏では、その曲の魅力を再発見することが多かった。マーラーで言えば、第1番「巨人」、第4番、ブルックナーの第3番などである。今回のマーラーの第5番もまた、全編それまで聞いたことのないような体験の連続で、それだけでこの演奏が類稀な名演奏であったことがわかる。会場を覆った聴衆からは、私がかつてN響で聞いたことのないような大きなブラボーが鳴り渡ったことからも、それは証明できる。

そのマーラーに行く前に、プログラムの前半に演奏されたリヒャルト・シュトラウスの歌劇「カプリッチョ」から「最後の場」について。シュトラウス最後のオペラとして名高い「カプリッチョ」は、上演に2時間余りを要する作品だが、室内楽的な精緻さを持つフランス風の作品である。私はまだ見たことはないのだが、ソプラノの聞かせどころの多い作品のようだ。シュトラウスはこの作品を自らの総決算と位置付けた。

その最後の場では、間奏曲「月光の音楽」から始まって、主人公マドレーヌ伯爵令嬢が歌うソネットにより締めくくられる。約20分のこの部分を、ルーマニア生まれのヴァレンティーナ・ファルカシュが歌った本公演で、私は見事に睡魔に襲われた。それは音楽が始まってすぐのことだった。隣の熱心な聞き手(背の高い彼はとりわけ大きな拍手をした)には申し訳ないのだが、もう片方の隣では、私よりも先に居眠りが始まっていたから、私はまだましな方だった。

おそらくその原因は、歌い手の少し物足りない歌唱にあったのではないかと思っている。1階席の最後尾ではあったが、音楽は直接響く位置にあって、そのことは歴然だった。ホルンを始めとするN響の音色は、とても繊細かつ饒舌だったことを考えると、この演奏は少し物足りなさを残したと思う。けれどもそれは、後半のマーラーと比較しての話かも知れない。実際、平均点は出ていたように思う。このマーラーは、現在聞き得る中で最高の演奏だったとさえ思うからだ。

そのマーラーの交響曲第5番は、やはりホルンが大活躍する。特に第3楽章の長大なスケルツォでは、第一奏者をわざわざ別の特別な位置に移動させ、その演奏を目立たせた。このホルンの上手さは、シュトラウスから始まって交響曲の序奏でも顕著だった。ホルンの音色が舞台のあらゆる壁に反射して増幅され(ホルンは聴衆とは逆の方向に音を出す)、それが耳元へ届く。ホルンがこんなにも印象深く聞えることはまれであり、しかもそのテクニックが冴えわたる様子は、我が国のオーケストラで聞くことはまずない。ところが今日のN響は全く違っていた。これはもう本場の演奏そのものである。

そればかりではない。金管のセクションの完璧な演奏は、トロンボーンやトランペットを含め、圧巻の出来栄えだった。木管楽器の、先を宙に浮かせて吹くシーンの多いこの曲で、その木管楽器の上手ささえも目立たなくさせてしまうような技術的水準は、楽器の弾けない私がいくら形容詞を並べたところで表現できるものではないだろう。そしてティンパニ!音の強さでつける表現の見事さ、そして第4楽章における印象的なハープ!

弦楽器のアンサンブルが最高度において合わされていたことはもやは言うまでもない。N響の中低音の素晴らしさは、それがまるで単独の楽器であるかの如くであり、ヤルヴィの、ややもするとケレン味の多い指揮に呼応して、見事な瞬間を作り出してゆく。そのライヴ感はちょっと興奮する。オーケストラを乗せてゆく感覚は、私の乏しい音楽経験で言えば、マゼールのような芸術的センスを思い出させるが、音楽はそれほどクールではない。とはいえマーラーの世界にどっぷりと分け入っていくタイプではないところが、好みとしての評価が分かれるところかも知れないが。

そういうわけで技術的な観点では申し分のない演奏は、随所に聞かせどころを多く捉えた見事なものだった。第1楽章から第4楽章まで、この曲はともすればただやかましい曲に聞こえるのだが、決してそうではない、十分に注意が払われ、音楽的な部分が見て取れた。まるで吹く風がすーぅと吹き抜け行くように鮮やかさなパッセージ、過去の記憶を蘇らせる一瞬の淋しさ、適度に緊張感を強めたり弱めたり、丸で魔法にかかったように音楽が変化するのを目の当たりにして、これは緩急自在な、どこか能や歌舞伎の世界にでも通じるような静と動の交わり。

このように第1楽章から第3楽章までは発見の連続だったが、有名な第4楽章アダージエットでも、その表現はため息がでる。そして圧巻の第5楽章。コーダでピタリと決まった時の興奮は最高潮に達した。もし私がこの日のコンサートについて、たったひとつ難点を言うとすれば、それはもはや音楽家についてでもなければ、聴衆についてでもない。1階席の構造上の問題である。N響のS席は1階と2階の中央にあるが、ここの席は前の方に行けば行くほど見えにくい。また席の傾斜が緩く、ただでさえ狭い隣との間隔が、前後においても同様になる。これを回避するためには、通路沿いの席に座ることだが、これはなかなかむつかしい。結果的に、背筋を伸ばして前の席の人の頭の間から舞台を窺うしかないのである。

後方の席は、音が目立って衰弱するから、結局どこで聞いても満足な達成感を得ることは難しい。サントリーホールであれば、おそらくこの問題は生じないだろう。けれどもN響のデッドな音は、むしろNHKホールの方が合っているというのが最近の私の印象だ。だが、それも前方の席に限られるのではないか。

私の2019~20年のシーズンは、このようにして始まった。N響の今シーズンの目玉は、10月のソヒエフ、12月のブロムシュテットと盛沢山。1月にはマーラーの「復活」(指揮はエッシェンバッハ)が、6月には第9番(同、ナガノ)がある。シュトラウスも1月には「4つの最後の歌」(ソプラノはオポライス)と「英雄の生涯」(指揮はルイージ)、5月に「アルプス交響曲」(同、ヤルヴィ)が控えている。とても待ち遠しい。

猛暑続きだった夏が去って、台風シーズンが到来。まだまだ不順な天候の続く今年の9月に、次第につらくなっていく我が身の健康を案じながら、渋谷へと続く並木道を歩いた。吹く風が木立をわすかに揺らし、湿気のある風が私の頬を撫でた。

2019年3月22日金曜日

ベルリン放送交響楽団演奏会(2019年3月20日、東京文化会館)

平成の30年間は「失われた30年」と丁度重なり、バブル崩壊後すなわち昭和の終わりをゆるやかに下る、失意と閉塞の時代でもあった。平均化すれば縮小していく経済は、この国をなだらかに「金持ち国」から「貧乏国」へと導こうとしている。だから、我が国を訪れる欧米のクラシック音楽家は、この先もうなくなってしまうのではないか、と長い間危惧してきた。

それでも我が国には、ヨーロッパに劣らないほどの愛好家がまだ多くいて、来日する音楽家を心待ちにしている。21世紀に入って20年近くたとうとしている最近でも、毎年多くのオーケストラやソロ演奏家が東京を訪れる。毎日どこかのコンサート会場で、世界を代表する団体の公演が繰り広げられ、時にはバッティングすることも多い。地元の演奏家がこれに加わり百花繚乱の様相を呈する我が国のクラシック音楽界の状況は、ここ東京が、ウィーン、ベルリン、ロンドン、ニューヨークなどと並び、世界の音楽の中心地であるとさえ思える。いやそうなってもう久しい。

毎年3月頃の、丁度イースターの前の時期になると特に多くなる来日演奏家の公演は、今年3月20日も赤坂のサントリーホールでは、グスターボ・デュダメル指揮ロス・フィルが、上野の東京文化会館では、ウラディーミル・ユロフスキーが指揮するベルリン放送交響楽団の演奏会が、ちょうど同じ時刻に始まるという事態となった。しかもプログラムでマーラーの「巨人」をどちらも取り上げると言う偶然が重なる。

もっとも私は、今や来日のオーケストラ公演は年に一度程度しか行かないし、その理由は昨今の座席代の高騰にあるので、デュダメルを一度は聞いてみたいと思いながら、S席2万9千円という目の玉が飛びでるような価格を見てあっさりと断念。いくらなんでも、それはおかしい、なとどぼやいていたところ、もう片方のベルリン放送響の方は、まだB席が残っていて1万1千円となっている。しかもソリストにレイフ・オーヴェ・アンスネスが招かれてブラームスの協奏曲第1番を弾くという(ちなみにロス・フィルは何とユジャ・ワンである!)。しかも「巨人」は嬉しいことに「花の章」付きという。これは聞き逃す手はない。年末にはカレンダーに印をつけ、満を持して3階席の最前列を確保した。

ところが3月に入って、私のもとにある手紙が郵送されてきた。おもむろに開封すると、そこには何とアンスネスが昨年より肘を痛めており、プログラムをブラームスのピアノ協奏曲第1番からモーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K467に変更するというのである。並行して開催されるリサイタルは中止されるものの「 来日公演を強く希望する本人の意思を尊重して」オーケストラ公演には予定通り同行するというのである。私の行く公演は一連の日本ツアーの初日に当たり、主催は都民劇場。プログラムの最初には、これも予定になかったモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲が組まれた。

来日の初日、しかもプログラムの変更。客席は満席とは言い難く、特に1階席を中心に空席も目立つ。観客に高齢人が多いのは最近では珍しくないが、今日は特にその傾向が強い(若い人を見かけない)。通常なら嫌なものが頭をよぎる事態である。ところが舞台に登場したオーケストラから出て来たドイツの音楽は、やはり本場物を思わせる音色に伴われ大変充実したものだった。ユロフスキーは細身の長身から的確に各パートを指揮する。私は初めて聞く指揮者だが、最初の「フィガロ」の音感覚から好印象を持った。

待望のアンスネスは、チューニングを終えたオーケストラが静かに待機する長い時間のあとにようやく登場し、どういう音楽になるのかと固唾を飲んで見守ったが、そのモーツァルトからは、やはり世界を股にかける第一級のピアニストからしか聞こえないような、明確で綿密な音楽に、一気に引き込まれていった。第1楽章の展開部で見せるニュアンスの変化は、CDなどで聞く巨匠の録音からはあれこれと批評され、またその通り聞きとれるのだが、実演で感じ取れることはなかなかない。けれども今日のアンスネスの弾くK467の表情は、淡い緑から少し濃い緑に変化するようなかすかなものでありながら、微妙な部分にまで神経を行きわたらせたものである。それは丁度、日向から日陰に入るというよりは、陽射しが次第に増してゆく春の陽気であり、薄雲にわずかに陰ったり、また晴れたりといった丁度今の季節に合っている。

第2楽章の微妙なアンダンテは、思い入れたっぷりの演奏を聞きたがるが、ここではすっきりとしていて、それでいて表情が確信的である。第3楽章の愉悦に満ちたロンドも、それほど難しい音楽ではないが、こうやってきっちりと第1級の名演奏で聞くと、これ以上にないような幸福感に満たされた。もしかするとブラームスでなくても全く良かったのではないだろうか。モーツァルトの有名曲を、これほどきっちりと演奏された名演奏に接する機会など、実際なかなかないものである。「真の傑作」は「美しさとユーモア、ソリストとオーケストラの間で交わされる気品に満ちた会話に溢れ」、この「魔法のような」音楽を心行くまで楽しんだ観客の大きな拍手に応え、何とアンコールまで演奏されたのは驚いた。ショパンの夜想曲第4番が弾かれるわずか数分の間に、今度は表情を一気に変えて集中力を増し、音の変化が紡ぎだす色の変化が、まるでスポットライトが舞台を照らしているかのようさえ感じられる。空気はいっそうさえ渡り、もしかすると私がこれまでに聞いたどの演奏よりも美しいピアノ演奏だったとさえ思う。

それにしてもベルリンのオーケストラは、モーツァルトを「おらが音楽」として自信たっぷりである。テクニックだけを見れば昨今のN響の方が、もしかすると上かも知れない。けれどもゆとりを持って弾く木管の味わいには、本場のオーケストラでないと表現できないものがあるというようなこともわかる。だから後半の「巨人」への期待は大いに高まる。そして第1楽章の「さすらう若人」の主題が聞こえて来た時には、実演でこの曲がこれほどに精緻に聞こえたことはなかったような気がした。

コンサートで「巨人」を、私は何回も聞いてきた。聞くたびにそれなりに感動的な曲で、演奏する側としては重宝するであろう。けれども全編を通していい演奏はあまりない。実演ゆえの興奮がもたらす効果に惑わされているが、昨年聞いたアラン・ギルバートの演奏など「終わり良ければ・・」の典型だったし(これでは「花の章」も台無しである)、これまで最高と思ってきたパーヴォ・ヤルヴィも第2楽章までは雑然としていた。 ヤルヴィを上回ったファビオ・ルイージも第1楽章は関心できなかった(もとより広いNHKホールの3階席では、音楽の感動も音波と共に減衰する)。

それに比べるとユロフスキーの指揮するベルリン放送響の今回の演奏は、私の「巨人」鑑賞史上断トツの第1位だった。第1楽章のピアニッシモの冒頭から横一列に並んだ8人のホルンが起立するコーダまで、聞きどころが満載で興奮の連続だった。ミスタッチがなかったわけではない。だがそんなことは何ら問題なく、音楽の統一感とそのライブならではの新鮮さ、そしてそれをおそらくはきっちりと目指す音楽の形の中に表現するプロの腕前は、まだ若作りと言われたこの曲が、すでに後半の交響曲につながる壮大で深遠なマーラーの世界を、その冒頭から持っていることを意識させるものだった。

特に第2楽章「花の章」は滅多に聞くことができないが、これほどにまで美しく実演で聞けたことが何より嬉しい。うっとりとする春のような、まさにこの季節に相応しいこの楽章は、間をあけず第3楽章(通常の第2楽章)につながっていった。その見事さ!この楽章の緊張感に満ちたスケルツォが、興奮を再び呼び覚ます。

静かに始まるコントラバスに耳を傾け、子供の頃に聞こえた行進曲を回想するマーラーが、つかの間見せる童心への回帰と懐かしさ。誰にも見せられないナイーブな心の弱さを、第3楽章の中間部で聞くことができる。この部分が私にとって最大の聞きどころでもある。ユロフスキーは優等生的ではあるが、決して醒めた指揮をするわけではない。身振りはそつなく器用にまとまってはいるものの、聞こえてくる音楽は中庸にしてフレッシュである。第4楽章に至っては、オーケストラの熱演も加わって、見事な演奏に終始する。全編1時間以上にもなるハイブリッド版「巨人」(様々な稿を混ぜたもの)で、オーケストラをその気にさせそれを維持するのは大変なことだ。だが、この日の演奏は、その稀な名演だったと思う。もしかするとそういう演奏は、常日頃から行われているのかもしれないが、人生の間にそう何度も聞くことができるわけではない。だから今日のアンスネスのモーツァルトとユロフスキーの「巨人」は、いいつまでも心に残る演奏になるだろう。

新しい人生への出発の季節でもある春を、私たち日本人は桜とともに待ちわびる。そんな3月の公演に相応しいプログラム。大規模な演奏会のために来日する数多くの団員はみな、日本での演奏が楽しそうだ。そしてそのことが感じられる演奏会だった。さらに驚くべきことに、このような曲の後にもアンコールが演奏された。バッハの「G線上のアリア」をマーラーが編曲したバージョンは、厚い弦楽器による今では珍しい響きだが、そのことがかえって新鮮でもあった。そう、今回の公演のテーマはマーラーだそうである。妻が行くことになっているサントリーホールの公演(は一連の最終公演でもある)では、マーラーの編曲したベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されるらしい。きっと大規模で熱い演奏になるだろう。そしてその頃には、桜の花も満開になっているはずだ。

2018年10月4日木曜日

読売日本交響楽団演奏会(2018年10月3日、東京芸術劇場)

マーラーの交響曲第8番は、そう何度も実演に接する曲ではないのだが、私は2度目である。もっとも前回は1992年のことで今から四半世紀以上も前、ということになる。この時も今回と同じ読売日本交響楽団だった(第300回定期演奏会)。これは偶然である。

ただ25年もたつと私も50代になり、楽団員も大多数が入れ替わっている。その時指揮したズデニェク・コシュラーはもうずいぶん前に亡くなった。だから同じオーケストラで聞くといっても、ほとんど違う演奏家だということになる。指揮者の井上道義は、当時すでに人気を確立していた名指揮者だったが、もう70代にさしかかったそうだ。スキンヘッドの容姿と長い手を表情豊かにくねらせて大きく指揮する姿は昔から変わらず、元気で茶目っ気たっぷりだが、数年前に病気を患ったようで、そのことによって音楽に変化があったかどうか、そのあたりは私もあまり聞いていないのでわからない。

読響がこの一日だけのコンサートに、どうしてこの曲を選んで演奏したのかは不明である。ただこの日の演奏会は東京芸術劇場の主催だった。そのため黒い表紙のプログラム・ノートが配られた。雨続きだった東京もようやく秋の気配が濃厚となり、涼しい風も吹き始めた10月。池袋に私は会社を終わると直ちに駆けつけた。チケットは売り切れ。長いエスカレータを乗り継ぎ、今日はS席でこの大規模な曲を味わう。

マーラーの交響曲はこれまですべて一度は聞いているが、深遠な長い旅路へ連れ出してくれる演奏に出会うかどうか、それは聞いてみなければわからない。この第8番はその規模に圧倒されて、演奏する側も相当気合が入るし、聞く方も身構える。けれども壮絶な第1部と、終結部以外に長い第2部の物語が存在する。ここの精緻でロマンチックな部分が聞きどころだとわかったのは最近のことである。思えば26年前に接したこの曲も、オーケストラと指揮者、それに合唱団が繰り広げる迫真の演奏とは裏腹に、等身大の曲の魅力を味わうだけの余裕が、少なくとも私にはなかった。だから、今回はそういう時間を経た後での再挑戦と言うことになる。

第1番「巨人」、第2番「復活」、第3番、それに先日聞いた第4番、さらには「大地の歌」で私は、もうこれ以上望めないだろうと思うような演奏に接している。第8番でも同じことが起こるかどうか、それは聞いてみないとわからない。今回の演奏は、しかし私を十分に満足させる感動的な演奏であったことは確かである。客観的に考えれば、もっと完璧な演奏は存在すると思う。だがそこに私が接することができるかどうかは、相当怪しいのであって、そういう意味で私のマーラー演奏会史に深い印象を刻んだことは間違いない。

もっとも素晴らしかったのは、TOKYO FM少年合唱団だったと思う。舞台に向かって右上の2階席前方に位置した彼らは、みなが小学生だったのではないかと思うような顔をしていたが、大きく口をあけて一生懸命ラテン語とドイツ語で歌う歌詞を、すべて暗譜で歌っていることに驚いた。この曲における特に第2部の少年合唱団の印象は、涙が出るほどにきれいだ。

次に素晴らしかったのは4人の女声陣たち。ソプラノの菅英三子、小川里美、森麻希、アルトの池田香織、福原寿美枝。早々たる布陣の歌声が会場にこだまする時、その声は大勢の合唱やオーケストラにも負けない迫力が際立っていた。

彼女らは第1部では舞台の後、合唱団の最前列に並んでいたが、後半になると男声陣が指揮者の前に移動し、森麻希は舞台上のオルガンの位置に移動。残った3人がそのまま合唱団の前に残っていた。その舞台上のオルガンの横には、金管楽器が何人も並び、クライマックスのトゥッティをさらに強調する。その凄まじさ!

男声陣は少し弱かったが、それも相対的な話であって、まあこの長い曲を無難に歌ったと言える。テノールは、フセヴォドロ・グリフノフ、バリトンに青戸知、それにバスがスティーヴン・リチャードソン。

舞台後方と2階席前方に並んだ数百人の合唱団は、首都圏の音楽大学に通う学生たちで、この日のために結成された合同コーラスだったが、人数も多く熱演である(指揮は福島章恭)。ここは少しアマチュアの香りがしたが、よく練習していて、それぞれのパートが引き立ち聞きごたえがある。特に向かって左側2階席に並んだ女性の十数人は、第2部になって白いジャケットを身に付けると言うヴィジュアルを意識した力の入れよう。さらには舞台上方に日本語の字幕まであるという至れり尽くせりの演出である。

思えばCDなどで聞くこの曲の合唱では、どこのパートをどの人たちが歌っているかなど、細かいことはよくわからない。けれども実演で見ると手に取るようにわかり、その楽しさは十分である。歌わないときの表情までも含め、音楽は実演に勝るものはないと今回も実感した。そして井上のダイナミックな指揮ぶりは、やや一本調子のようなところがないとも言い切れないが、聞きごたえ、見ごたえは十分。弛緩することはなく、全体を良くとらえており、特に第1部の後半と第2部のコーダは見事という一言につきる。私は背筋を伸ばし、しばし圧巻の音量に身を委ねる。

第2部での中間になると、随所に聞きどころとなるメロディーが続く。ハープ、チェレスタ、それにマンドリンまでもが加わる。そういったフレーズのひとつひとつを、微妙なニュアンスまでも磨きにかけ、表情付けが行われたかと言われれば、実際はもう一歩とも思った。だが、そういう細かい部分も、後半の怒涛のような盛り上がりになれば、一気に身は引き締まり、このパワーに負けてはならぬと構えて聞く。

読響は明らかに26年前のオーケストラとは、比べ物にならない程数の技量であることは確かであった。そして、マーラーの演奏会もごく当たり前となった今、余裕させ感じられる。ソロパートをもう少し印象的に聞かせたり、といった細かい部分は、指揮に負うものだろう。ということは今回のコンサート、全体的に十分満足の行く完成度だった。

割れんばかりの拍手が10分は続いたと思う。嬉しそうな出演者と、満足そうな観客が一体となって、このマーラーでもっとも明るく祝祭的な曲の魅力を味わうことができた夜だった。機会があれば、勿論他の演奏も聞いてみたいが、残り少ない人生の中で、一体そういう機会が訪れるのかどうか、それは神のみが知るところである。だから私はこの演奏会を大切にしたいと思ったし、それは見事に達成されたのだった。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...