2021年4月29日木曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(14)マリス・ヤンソンス(2006, 2012, 2016)

もう1年以上が経つというのに、一向に終息の兆しが見えない新型コロナ禍の中にあって、あろうことか腰を痛めて半年が経つ。このようなときにこそ、明るい気持ちになりたいと始めた過去の「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」に関する記事も、折り返し地点に達した。カラヤンが歴史的な登壇を果たした1987年から数えても30年以上もあるのだから、これを全部聞くというのは無謀とも言うべきものだ、と最初は思った。

だが、とうとう2006年のコンサートについて書くときが来た。といってもここから先の20年足らずの期間は、実際のところいくつかの年を除き(例えば、2008年のジョルジュ・プレートル)、あまり筆が進まない。毎年のようにわくわくと新年を過ごしていた90年代に比べると、思い出に残るコンサートも減って印象が薄い。これは私だけが持つ感想だろうか。

まあここまで聞いて来たのだから、これから先の2021年までの演奏についても、少しは触れておきたいと思う。実際のところ、ウィンナ・ワルツを主体としたこのコンサートは、万全を期した名門オーケストラと世界的指揮者が、年に1回だけ繰り広げるハレの舞台で、色とりどりの花が所狭しと会場を飾り、それをいくつものシャンデリアが照らす光景は豪華絢爛。知らず知らずのうちに音楽は興に乗って、パフォーマンスや新年の挨拶もあり、誰が演奏してもそれなりに楽しい。思えば2000年代に入り、登場する指揮者にも少しずつ変化が訪れて、より国際的な年中行事となって完成されていった感がある。

そんな中で迎えた2006年のニューイヤーコンサートには、マリス・ヤンソンスが初めて指揮台に立った。ヤンソンスは旧ソビエト連邦、ラトビア共和国の生まれで、レニングラード・フィルの指揮者としてキャリアをスタートさせた。私の場合、オスロ・フィルと録音したショスタコーヴィチやシベリウスの交響曲、それにストラヴィンスキーの名演奏などが思い出に残っている。

ヤンソンスがウィーンに留学していた頃があるとは知らなかったが、ドイツ系の音楽が得意という印象はなく、ましてウィンナ・ワルツのような曲が得意であるという評判も聞いたことはなかった。だから、ニューイヤーコンサートの指揮者に選ばれたことを知った時、正直に言えば意外な感じだった。登場する指揮者のマンネリ化と高齢化が進む中で、ウィーン・フィルとしても新しい指揮者を迎えたかったのだろう。当時の世界的指揮者の中で、誰が相応しいかと慎重に検討した結果、ヤンソンスが無難な選択だったのかも知れない。

そのヤンソンスの2006年のコンサートは、前半にワルツが2曲もあり、「春の声」と「芸術家の生涯」という有名曲が並んでいる。この2曲の演奏では、なかなかいい滑り出しとなっているにもかかわらず、後半のコンサートは、やや失望するものに終わっている。その原因は、パロディを中心としたプログラムの安直さにあるのではないだろうか。

2006年はモーツァルトの生誕250周年にあたり、モーツァルトの音楽が多数演奏された年だった。そこで後半のプログラムの2曲目には、何とモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されたのである。この演奏は当然悪くはないのだが、ニューイヤーコンサートに登場すると非常に違和感がある。これは1991年のアバドの時を思い起こさせた。

さらにこの曲に続き、ヨーゼフ・ランナーがモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」や「魔笛」のメロディーを取り入れたワルツ「モーツァルティアン」なる曲が演奏された。良く知られたメロディーが次々に登場するこの曲は、ただ1度だけ聞くには面白いが、それ以上でも以下でもないもので、平凡な曲と言えばほめ過ぎの感さえある。まあ記念の年だし仕方がないと思っていると、今度は「芸術家のカドリーユ」なる全編パロディの曲が登場する。

後半に演奏されたもう一つのワルツ「親しい仲」も喜歌劇「こうもり」のワルツで新鮮味に欠け、そしてこの頃から、ヤンソンスの演奏がどこか一本調子でワルツの雰囲気がやや乏しい平凡な演奏になっていくのである。映像で見ていると「電話のポルカ」での携帯パフォーマンスなどを楽しむこともできるが、辛うじて「入り江のワルツ」を除けば、ポルカでさえも表情の変化に乏しく、シュトラウスの音楽の惰性的な部分が露わになってしまい、早い話やや飽きる。全部で23曲にも及ぶこのコンサートで、私は初めて長いと感じたのだった。

このパロディ風の曲が続くプログラムは、次の登場となった6年後の2012年でも顕著である。その極めつけは「カルメンのカドリーユ」で、ワルツ「楽しめ人生を」といくつかのフランス風ポルカを除き、演奏に工夫が見られない。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「鍛冶屋のポルカ」でウィーン少年合唱団が登場するのは、昔のアバドやメータの演奏を思い出させるが、練習不足なのかどことなく荒っぽい。そして「ペルシャ行進曲」から「うわごと」、「雷鳴と電光」へと続く後半の部分にいたっては、もう音楽が惰性的でさえある。さらに言えば、チャイコフスキーの作品が挿入され、ここにも違和感が否めない。結局、目を引くのはハンス・クリスティアン・ロンビーというデンマークの作曲家による「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」くらいだ。有名な曲を並べているにもかかわらず、あまり楽しめない。2006年よりも多い24曲もの作品を並べたこのコンサートも、私にとっては印象の薄いものだった。

おそらくヤンソンスは、2000年代に入って小澤征爾を皮切りに次第に無国籍化、平凡化を余儀なくされるこのコンサートの象徴的な存在となった。そう書くとメータはどうなるのか、といった反論が聞こえてきそうだが、このたび改めて過去の演奏会を聞きなおして感じるのは、アバド、マゼール、メータといった指揮者は、この波を何とか乗り切っている事実である。だが、どう指揮者や時代が変わろうと、このどうしようもない訛り文化を、誇り高く守り抜いているのは、他でもないウィーン・フィルであることは疑う余地がない。

ヤンソンスの最後の登場は、それからさらに4年後の2016年のことであった。3回目の登場を果たしたのは、この間に新しく加わったジョルジュ・プレートル、ダニエル・バレンボイム、そしてフランツ・ウェルザー=メストよりも早かった。そしてこの時のヤンソンスは、最初の登場から10年が経過していた。だがだれも、これが彼の最後のニューイヤーコンサートになるとは思っていなかった。

ニューイヤーコンサート75周年という記念の年にヤンソンスは再登場し、やはり重く平凡な演奏を聞かせてはいるが、この時期の低迷ぶりを考慮すれば、このコンサートは平均以上の聞かせるものとなってはいる。それは珍しくも魅力的な曲を配したプログラムの工夫によるところが大きい。

まずシュトルツの「国連行進曲」なる曲で開始されるが、シュトルツと言えばウィンナ・ワルツ演奏の第1人者であることは前に書いた。そのシュトルツはまた、いくつかの曲を作曲しており、その中の1曲が取り上げられたことになる。この曲はニューイヤーコンサートで演奏された最も新しい曲ではないかと思う。

久しぶりに聞く「宝のワルツ」を経てツィーラーの「ウィーン娘」という曲が始まる。ハープの調べに乗って口笛が聞こえてくるこの曲は大変に美しく、夢見心地のうちに曲が進行する。まさにニューイヤーコンサートに相応しい曲である。ヤンソンスによるニューイヤーコンサートのプログラムは、オペレッタの序曲やギャロップ、それに他国のワルツ作品ありと、その多彩さが魅力である。

その頂点になるのは、フランスのシュトラウスと言われたワルトトイフェルのワルツ「スペイン」であろうか。この曲はシャブリエの同曲をアレンジしている点で、例のパロディ路線を継承している。なぜかヤンソンスが演奏すると、違った曲にさえ聞こえてくる。同様にまるで交響曲のような「天体の音楽」もいいが、ウィーン少年合唱団の歌声が混じるポルカ「歌う喜び」と続く「休暇旅行で」も、聞きなれたこの曲が新鮮に蘇り、楽しいことこの上ない。エドゥアルド・シュトラウスとヨハン・シュトラウス1世の曲がそれぞれ2曲、さらにはヘルメスベルガーの曲まで登場し、「ため息のポルカ」では楽団員の声も混じる2016年のコンサートは、何と2時間にも及ぶ長さだった。

精一杯の仕草とサービス精神で魅せるヤンソンスの指揮は、この3年後の急逝によってもはや聞くことはできなくなってしまった。私はヤンソンスの実演を、異なるオーケストラにより3回聞いているが、不思議なことに思い出の残っているものは少ない。そういうことを考えながら、ニューイヤーコンサートの演奏に耳を傾けていると、その理由が何かわかるような気がした。

 

【収録曲(2006年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「狙いをつけろ!」作品478
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ことづて」作品240
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「女性賛美」作品315
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」作品271
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジブシー男爵」より「入場行進曲」
9. モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
10. ランナー:ワルツ「モーツァルティアン」作品196
11. ヨハン・シュトラウス2世:ギャロップ「愛のメッセージ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:「芸術家のカドリーユ」作品201
14. ヨハン・シュトラウス2世:「スペイン行進曲」作品433
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「親しい仲」作品367
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「クラプフェンの森で」作品336
17. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
18. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「電話」作品165
19. ヨハン・シュトラウス2世:「入り江のワルツ」作品411
20. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
21. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
22. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
23. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2012年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「祖国行進曲」
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「市庁舎舞踏会」作品438
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「あれか、これか」作品403
4. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
6. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「騎手」作品278
8. ヘルメスベルガー:「悪魔の踊り」
9. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
11. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペール・ギャロップ」作品42
12. ロンビー:「コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ」
13. ヨーゼフ・シュトラウス「鍛冶屋のポルカ」作品269
14. エドゥアルト・シュトラウス:「カルメン・カドリーユ」作品134
15. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「パノラマ」
16. チャイコフスキー:バレエ「眠りの森の美女」から「ワルツ」
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:「ピツィカート・ポルカ」
18. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
19. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「燃える恋」作品129
20. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
21. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「雷鳴と電光」作品324
22. ヨハン・シュトラウス2世:「チック・タック・ポルカ」作品365
23. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
24. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲作品228

【収録曲(2016年)】
1. シュトルツ:「国連行進曲」作品1275
2. ヨハン・シュトラウス2世:「宝のワルツ」作品418
3. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「ヴィオレッタ」作品404
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
5. ツィーラー:ワルツ「ウィーン娘」作品388
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「速達郵便で」作品259
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」序曲
8. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「羽目をはずして」作品168
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
10. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「歌う喜び」作品328
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
12. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ニネッタ侯爵夫人」より第3幕への間奏曲
13. ワルトトイフェル:ワルツ「スペイン」作品236
14. ヘルメスベルガー:「舞踏会の情景」
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ため息のギャロップ」作品9
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
17. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
19. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

日本フィルハーモニー交響楽団第760回定期演奏会(2024年5月10日サントリーホール、カーチュン・ウォン指揮)

今季日フィルの定期会員になった理由のひとつが、このカーチュン・ウォンの指揮するマーラーの演奏会だった。昨年第3番を聞いて感銘を受けたからだ。今や私はシンガポール人のこの若手指揮者のファンである。彼は日フィルのシェフとして、アジア人の作曲家の作品を積極的に取り上げているが、それと同...