2026年5月25日月曜日

第2064回NHK交響楽団定期公演(2026年5月24日NHKホール、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮)

広大なNHKホールの3階席にも、十分な音量と最適なバランスでオーケストラの豊穣な響きが届いたのには驚かされた。昔から幾度となくこの席に通ってきたが、いつもそうとは限らない。これは指揮者次第ということになるのだろう。このたび11年ぶりにN響定期に登場したミヒャエル・ザンデルリンクは、このホールの難しい音響空間の特性を即座に把握し、わずか1回の定期公演でその真価を発揮したように思える。彼は、主に東独で活躍したあのクルト・ザンデルリンクの息子であり、私とは1歳違いである。クルトはブラームスを得意とし、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮した交響曲全集はいまなお名盤とされている。

そのミヒャエルが、2つのブラームス作品を取り上げた。前半はヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(独奏:クリスティアン・テツラフ、ターニャ・テツラフ)、後半はシェーンベルクがオーケストラ用に編曲したピアノ四重奏曲第1番である。交響曲は含まれず、何とも渋い選曲と言わねばならない。特に後半のピアノ四重奏曲第1番は、私も実演で聴いたことがなく、いつかぜひ一度と思っていた作品だ。最近は演奏される機会も増えているが、なかなか足を運ぶことができなかった。

N響の定期は2日間、同じプログラムで行われる。A定期は土曜日の夕方と日曜日の午後。私は今回、日曜日の午後に渋谷へ向かい、長い時間をカフェで過ごしたあと、屋台でごった返す代々木公園の並木道を抜けて会場入りした。当日券は多く余っており、意外に思ったのだが、安い席を確保できたのは有難かった。そして懐かしい3階へ。前方正面に近い席は悪くないのだが、唯一の難点は奏者がよく見えないことで、こればかりはどうしようもない。

二重協奏曲の冒頭でオーケストラが鳴り響いた途端、十分に良い音が3階席にまで迫ってくることに驚いた。間髪を入れずチェロとヴァイオリンが決然と音を会場に轟かせる。その自信に満ちた表情は、この曲がいまや十分に名曲として定着し、数々の名演奏を重ねてきた歴史を思わせる。1983年3月、イスラエル・フィルが日本公演を行った際、大阪で聴いた同曲が、私にとって4度目の海外オーケストラ体験だった。指揮はズービン・メータである。

私はこの聴き慣れない曲を、オイストラフとロストロポーヴィチによる演奏(ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団)で予習し、当日に臨んだ。この日の演奏会のソリストは、同楽団の首席奏者だった2人である。しかし、ラジオからエアチェックしたその演奏は、テープの質も手伝って冴えないばかりか、籠もった音が遠くで鳴っているような、か細いものだった。私のラジカセでは、到底この曲の真価はわからない。そして大阪フェスティバルホールの2階席最後列という学生割引の席もまた、この曲を味わうには不十分だった。

二重協奏曲という作品は、ブラームス作品の中でも地味な存在であり、しかもソリストを二人必要とすることから、演奏される機会はめったになかった。私が今回実演で聴いたのも、実に43年ぶりということになる。だが、いまでは数多くのソリストがこの曲を取り上げ、次々と新鮮で見通しの良い演奏がリリースされている。

ターニャとクリスティアンという兄妹が奏でるチェロとヴァイオリンは、まさにこの曲にうってつけである。それぞれのテクニックも相当な切れ味を持ち、ソリストとして活躍していることは言うまでもないが、数々の室内楽で証明済みの、息の合った見事なアンサンブルは、この難曲の見通しを明るく照らし、すでに自分たちのレパートリーとして完全に血肉化しているという自信を感じさせるものだった。

このようにして、3階席の奥まで届くオーケストラと二人のソリストの丁々発止のやり取りに耳を傾けた。演奏が終わるとブラボーが沸き起こったのも当然である。N響の奏でるブラームスの懐かしい響きは、しばし私を往年の記憶へと引き戻してくれた。

2人はそのままアンコールとしてコダーイの二重奏を演奏したが、これがまた相当な名演で、しかも長大だった。ブラームス以上に技巧的な要素を要求される曲であり、もしかすると本領はこちらでこそ発揮されたのかもしれない。とにかく盛況のうちに前半は終了した。

後半ではオーケストラがさらに増員された。その多くは打楽器である。ブラームスのピアノ四重奏曲を、アルノルト・シェーンベルクがオーケストラ用に編曲したこの作品は、実に風変わりで面白い。なにせ、あの「十二音技法」を生み出したシェーンベルクが、よりによって古典性へ回帰する作風のブラームスに手を加えるのである。ところが意外なことに、シェーンベルクはブラームスを深く敬愛しており、この作品でも音符をほとんど変えることなく、その様式を尊重したのだった。

その結果、冒頭に現れる音楽はまさにブラームス節そのものである。しかしシェーンベルクの色彩豊かなオーケストレーションによって、数々の楽器が加わり、表現力は大きく増している。時に華麗ですらあり、音楽が進むにつれてその傾向はさらに強まる。最終楽章では、まるで「ハンガリー舞曲」を聴いているかのような感覚にさえなった。

長身のザンデルリンクは、実に見通しの良い演奏でこの曲を完全に手中に収めていた。それを短い練習時間でN響に演奏させる力量は、素人の私から見ても並大抵のものではないだろう。すでにライプツィヒのオーケストラとともにこの曲を録音しているようだが、そうした経験もあってか、まさに面目躍如たる演奏だった。最終楽章ではN響も奮い立ち、このオーケストラの力が遺憾なく発揮されたと言える。やはり個々のソリストの力量において、N響は他のオーケストラより一頭地を抜いている。

コーダもぴたりと決まり、どよめきにも似たブラボーと拍手が会場を覆った。幾度も舞台に呼び戻された指揮者は、各奏者と握手を交わした。このザンデルリンクといい、東響を振ったエラス=カサドやヴィオッティ、さらには我らが山田和樹といい、優れた若手指揮者の登場が相次いでいる。彼らがここ東京にしばしば登場することは嬉しい。実に朗らかな気分にさせてくれたコンサートだった。

2026年5月23日土曜日

東京都交響楽団第1044回定期演奏会(2026年5月21日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)


米国で最も著名な作曲家のひとりで、ミニマリズムの正統的な後継者のひとりであるジョン・アダムズが、一昨年に引き続いて都響の指揮台に立った。2年前に行われたアダムズの公演は、彼自身が日本のオーケストラを指揮して自作を演奏するという歴史的なものだった。記録によれば私もこの日、「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」、それに有名な「ハルモニーレーレ」を聴いている。この日は日本の作曲家の姿も多く見かけ、いつもとは違った雰囲気に圧倒されたのを覚えている(https://diaryofjerry.blogspot.com/2024/01/9922024118.html)。

今回の演奏会には、再び彼自身の作品を中心に3つの曲のプログラムが組まれた。このうち最初の演目は、日本初演となる「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」という作品で、日本語に訳せば「内気で感傷的な音楽」などとなるのだろうが、近年の傾向に倣って、原題のままカタカナ表記とするのが流行りのようである。だが、どちらの言語で表現しようと、そのタイトルの意味には解説が必要だろう。

幸いブックレットは、彼自身が自作を解説した部分を中心に、大変読み応えのあるものだった。それによれば、おおよそ表現者たる芸術家は、「ナイーヴな人格を持つ人」と「センティメンタルな人格を持つ人」に分かれるのだという。これはドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの論で、シラーと言えば、あのベートーヴェンの「第九」の歌詞で有名な、あのシラーである。

シラーによれば、自分と周囲の環境、そして自分の内面が一致している芸術家(ナイーヴ)と、それが芸術の発展に伴って失われ、今や理想としてのみ存在するものとして追い求める芸術家(センティメンタル)に分かれるのだという。大雑把に言えば、自然に自己矛盾なく作品が創作できた時代の人と、芸術的なものを意識せざるを得なくなった、自意識過剰の時代を生きざるを得なかった人。

この2つの立場の違いを意識して本作品は作られた、云々のような解説が掲載されているのだが、では実際どんな音楽なのかとなると、多くの現代音楽作品の解説同様、音楽以上に難解である。特に本作品は日本初演。事前に聴くこともできない(実演でなければ、そういうわけでもないのだが)。

45分の曲は3つの楽章から成っている。舞台上に並んだ大規模なオーケストラには、見たこともないような打楽器が所狭しと並べられていたようだが、私の座席の位置(1階席10列目)からはよく見えない。この大規模な演目は、後半に設定されてもよさそうなものだったが、前半になっていた。これは指揮者(作曲家)の意向を反映していると考えるのが妥当だろう。

第1楽章が「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」。20分にも及ぶ楽章は、例の小刻みなリズムが絶え間なく続き、その合間に様々な楽器が入り乱れながら、次第に規模を増していく。よく指揮者のタクトを見ると、拍子がくるくると変わっていく。8拍子だったと思ったら3拍子になる、という具合。漂う音楽。

第2楽章は「人間の母」という。「母の死と、男あるいは女が汚れなき幼年期の状態に願うこと」を呼び起こす人間の潜在意識を表現している。これが「ナイーヴ」と「センティメンタル」の葛藤である、というのである。

ここで印象的だったのは、増幅器を用いたギター(エレキ・ギターみたいなもの)が、間隔を置いて舞台左袖奥から聞こえてきたことだ。このギターの音は、とても鮮烈に聞こえるのだが、音楽とうまく調和しているようでもなく、かといってバラバラでもない。その微妙なハーモニーは、そういう音楽だからなのか、それとも演奏がおかしいのか、よくわからない。

第3楽章「リズムへの連鎖」。オーケストラがさらに規模を増し、圧倒的なエネルギーで聴衆を興奮に巻き込む。ストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の終わりを聴いているような感覚、とでも形容するくらいしか思い浮かばない。音楽が終わると同時に沸き起こったブラボーと拍手は、終演時を上回るほどだった。

指揮者としてのアダムズは、きっちりと指揮するので精いっぱい、という感じで、指揮者のプロが振ればもっと刺激に満ちた演奏になったようにも思われた。しかしこの表現には注意が必要だろう。彼自身が書いている。「作曲家であると同時に指揮者でもある者は、公と私、外向性と内面性、内面生活と外面生活の間の過酷な分断という厳しい衝突を日々経験する」(プログラム・ノート)。作曲家として自作を指揮することには、聴く者には簡単にはわからない葛藤があるのだろう、と思った。だからこの曲は、その境遇を理解している、指揮者であり、かつ作曲家でもあるエサ=ペッカ・サロネンに捧げられたそうだ。

休憩時間を挟み演奏されたのは、アイヴズの「答えのない質問」であった。この曲は短い作品だが、演出がとても凝っている(改訂版)。まずP席に4つの譜面台が設置され、そこに登場したのは3人のフルートと1人のクラリネット奏者。そして驚くべきことに、彼らを指揮するために副指揮者が指揮者の前に着席。さらに音楽が始まると、2階席の奥からトランペットが響いてくるという仕掛け。

このトランペットが、まるで勘違いしたかのように唐突に、周囲の調和を無視するような(つまりは下手を装ったような)感じで吹き出すのである。それに対して、しどろもどろな応答をする4人の木管奏者。この対話が舞台空間を利用してやり取りされる間、小編成のオーケストラは静かな音を終始奏でていた。

今回のプログラムで、なぜアイヴズの音楽が挿入されたのかは、解説に様々書かれているが、同じニュー・イングランドをルーツに持つ作曲家の先駆者として、敬意を表したということだろうか。いや、もっと深い意味があるのかもしれない。後年の作品と若い頃の作品の間に挟まれた、わずか6分の小曲は、前衛的な音楽の「答えのない質問」を続けてきた彼自身の創作の経歴を表しているのかもしれない。アイヴズがそうであったように。

さて最後の「ハルモニウム」もまた大きな曲で、これだけ次々と凝った曲が聴けるのは、何とも贅沢極まりないことである。演奏する方は大変なことだろうと思う。だが都響は今回も素晴らしい仕事をこなしたと思う。そして合唱団!

P席に陣取った新国立劇場合唱団は、ミニマル音楽における合唱という新しい地平を行く曲を、見事に表現し尽くしたと思う。その難しさは、これもまたプログラム・ノートによるのだが、実際にはいくつものパートに分かれているそうだ。それがばらばらにならず、一定のリズム感覚を生理的に高めながら、時にグレゴリオ聖歌のような静謐な部分も交えて(実際、歌詞の英語がラテン語のように聞こえるときがあった)、見事にオーケストラと溶け込んでいるのである。

この曲はアダムズがまだ若い頃の作品で、いわば野心作であろうと思う。作品は3つの楽章から成り、それぞれ3つの詩を用いている。第1楽章「否定でしか表せない愛」、第2楽章「私が死のために立ち止まることができなかったから」、第3楽章「大荒れの夜」。会場に字幕の用意はなされなかったが、歌詞がプログラムに掲載されているのは親切なことである。

いつもとは違う音楽体験。おそらく現代音楽の難解さを理解できない多くの聴衆も、それを求めて来ているのだろう。そしてアダムズの音楽は、身を任せて聴いていれば、まるで麻薬のように身体に陶酔感をもたらすようなところがある。

来年80歳になる作曲家は、世界中で多くの記念コンサートを控えているのだそうだ。何度もカーテンコールに応え、会場を立ち去りがたい多くの聴衆からは、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年5月17日日曜日

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)


良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んで聞き所を心得ているし、演奏による違いもすぐに実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。あまりにも有名過ぎて普段なら敬遠するのだが、今回は違った。

東京交響楽団が新しい音楽監督に就任する、まさにその就任披露の演奏会。これまでに音楽監督だったのは、秋山和慶、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノット。ヴィオッティは4代目ということになる。そのヴィオッティ、私はイタリア人だと思っていたのだが、実はローザンヌ出身のスイス国籍であることが判明した。1990年生まれの若干36歳ながら、ウィーン・フィルの定期にも登場する世界的な指揮者である。

そのローザンヌにかつて2か月ほど滞在したことがあるので、あの世界一綺麗な(と思っている)町で育った指揮者に特別な興味を覚えた。私がローザンヌに滞在していたのは、学生だった頃の1990年夏だったので、彼の生まれた年である。急な斜面に建ち並ぶ中世の街並みと古い教会、その合間を縫う石畳の向こうにはレマン湖が見え、さらにはフランス・アルプスの高峰がそびえている。

よくこれほどの指揮者を、東京交響楽団は次の音楽監督に迎えることができたのだと思う。プロフィールを読むと、2014年、東響とは彼の指揮者人生において初めてオーケストラとなる演奏会を指揮をしたそうである。しかも代役。以来、このオーケストラとは何度か共演を続けてきているようだが、私は彼を聞く初めてのコンサートだった。就任披露となっていることもあり、会場は特別な雰囲気に満ちていた。チケットは完売し、あとから妻を誘おうとしたが、それは果たせなかった。

ベートーヴェンの交響曲第1番は1800年に初演され、マーラーの交響曲第1番はその約100年後に初演された。いずれも音楽史の転換点となる節目の年であり、その象徴的作品に他ならない。まさにベートーヴェンの交響曲第1番によって「芸術」としてのクラシック音楽の「始まりの始まり」となり、そしてマーラーの交響曲第1番によって、その「終わりの始まり」が示されたと言える。19世紀の最初と最後の作品を並べたのが、今宵のプログラムというわけである。

さて、拍手に迎えられてオーケストラが席に着くと、やがて指揮者が現れた。ヴィオッティは深々とお辞儀をしたのが印象的だった。タクトを下した瞬間に響いたのは、まぎれもなくベートーヴェーンの和音。序奏に引き続き、勢いよく第1楽章のメロディーが流れた。音は少し硬いという印象。やはり緊張のせいかもしれない。最近には珍しく、右手最前列がチェロである。

私はコロナ禍の始まった2020年、ベートーヴェン生誕250年の年に企画されていた数多くのコンサートに出かける予定だったが、ほぼすべてが中止を余儀なくされてしまった。そのことが残念で、以来、ベートーヴェンの交響曲が演奏されるたびに、各曲1回は聞くことにしてきたが、それも今回の第1番、そして来月の第8番(オスモ・ヴァンスカ指揮東響)でめでたく終わる予定である。

第3楽章から第4楽章にかけては、そのまま続けて演奏されたのは印象的だったが、その演奏が終わるころにはオーケストラも少しずつゆとりが生まれてきたように感じられた。無難に演奏を終えたのだろうが、これはこの曲としては高水準の名演だったと思う。ハ長調の曲は難しい。ヴィオッティは特に古楽器風の音作りではないようにも思えたが、やや残響が少ないようにも思った。集中力が並々ならぬ思いを伝えていた。若い、エネルギッシュな指揮だったが、それだけではなく、聞き所を押さえて十分に音楽的であった。

いつものようにトイレには長い行列ができ、後半のプログラムを待つ。私は今回、2階の後方ブロックの最前列であった。しかしここからはオーケストラの全体が見渡せ、悪くない。NHKホールならS席の距離である。しばらくして4管編成に増強されたオーケストラが登場、最上段にまで弦楽器奏者がいるのは、さすがに壮観である。

第1楽章のかすかな響きで音楽が開始すると、やがてクラリネットが、トランペットが、徐々に音楽は大きくなってやがて太陽がパッと姿を現す。そのクレッシェンドの印象的なシーン。この曲は聞きどころが満載である。ヴィオッティの指揮はここでも少し硬く感じられたが、それも第2楽章の鋭く刻むスケルツォで、彼は自信を深めていったように見える。この第2楽章のリズムは私のこだわる部分だが、これまでに聞いてきたどの演奏よりもエキサイティングだった。そして中間部の繊細さも!

第3楽章は「巨人」の白眉ともいえる楽章だ。まず冒頭のコントラバス。通常はソロであるフレーズを、何と彼は奏者全員で弾かせた。さらに中間部では、ハープの独特な響きに伴われて、マーラーの心の奥底を垣間見るようなシーンとなるが、彼はそのことを十分心得ており、その表情付けには圧倒された。しかもこれまで聞いたことのないような、新しい音楽に聞こえてきたのはちょっと意外だった。

楽章の間だというのに、静まり返った会場は、第4楽章のシンバルの一撃を指示するタクトに全体の視線が注がれていた。咳をしたり、座りなおしたりすることもできないくらいに体が硬直し、その霊感に圧倒されていたのだ。そのようにして始まった長い第4楽章は、まるで魔法にかけられたような圧倒的なものだった。展開部の弦楽器のアンサンブルは、それはもう感涙にむせぶような気持ちにさえなったのだ。

圧巻のコーダに至っては、ホルン奏者が総立ちとなり、会場が震えるような音量の中を突き進んだ。演奏が終わると爆発的な拍手とブラボーが送られたのは当然のことだった。各奏者を順に讃え、指揮者も長々とお辞儀を繰り返す。オーケストラが去っても会場を去る人は少なく、拍手と歓声が続く。そして再び姿を登場した長身のマエストロは、舞台を歩き回って手を振り、この就任披露が大満足の結果となったことを観客とともに祝っていた。

2026年5月16日土曜日

NHK交響楽団第2063回定期公演(2026年5月15日サントリーホール、山田和樹指揮)

いつの間にか山田和樹は、わが国を代表するスター指揮者になってしまった。昨年はついに、日本人としておそらく(近衛秀麿、朝比奈隆、小澤征爾、佐渡裕に次いで)5人目となるベルリン・フィルの指揮台に立った。それ以前にもモンテカルロやバーミンガムのオーケストラを指揮しており、ドイツを拠点とした生活は相当に多忙を極めていると想像される。

それにもかかわらず、日本での活動も実に活発だ。ついこの前までは読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めていたことが記憶に新しいし、東京混声合唱団での活動も続けている。さらに来シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の芸術監督に就任するというから驚くほかない。エラス=カサドやソヒエフらと並び、若手指揮者のトップランナーとして走り続けている。

そんな山田の指揮を、私はかつてN響の定期で触れている。記録によれば2016年1月、ビゼーやストラヴィンスキーの作品をNHKホール3階席で聴いたときの記憶が鮮明に残っている。10年前なので、彼はまだ36歳という若さだ。だが当時すでに、自ら主宰する横浜シンフォニエッタの録音で知られ、私も瑞々しく躍動感に満ちたビゼーの交響曲に感動した覚えがある。N響の定期公演は記憶に残らない回も多いが、この演奏会は今でもよく覚えている。

今回の演奏会でも、山田の指揮は見事というほかなかった。まるで長年ともに演奏してきたオーケストラのように自在に操る手腕は、やはり才能としか言いようがない。日本人同士で気心が知れ、日本語でコミュニケーションできるという利点はあるにせよ、同じ条件で誰もがこうなるわけではない。しかも今回のプログラムは、日本人の作曲家を含む、滅多に演奏されない作品ばかりでだった(N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」)。

  • 山田一雄:交響詩「若者のうたえる歌」
  • カール・アマデウス・ハルトマン:葬送協奏曲(ヴァイオリン独奏:キム・スーヤン)
  • 須賀田磯太郎:交響的序曲 作品6
  • パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」

こうした珍しい作品は、素人目には練習も大変だろうと思うのだが、山田はまるで何十回も取り上げてきたかのように軽やかで、余裕を感じさせる指揮ぶりだった。作品全体をしっかり把握し、指示も的確。オーケストラは安心してついていきアンサンブルに乱れがない。バランスも絶妙で、特定の楽器が強すぎたり弱すぎたりすることもなかった。

山田一雄は元祖「ヤマカズ」で、1985年までN響を指揮していた我が国の音楽家だが、この「若者のうたえる歌」は1937年の戦前の作品である。初めて聴いた印象としては、非常に現代的な感性に彩られているということだ。武満徹の作品のように、日本的な音階が新古典的衣装をまとっている。マーラーは、幼少期に親しんだ民謡を作品に取り入れたように、若き山田一雄もまた、民謡のメロディーをそっと織り込んだのだろうか。そんな想像が頭をよぎった(もちろん素人の感想で、事実は不明だ)。

今回取り上げられた作品は、いずれも1930年代の日本とドイツの作品である。つまり二つの世界大戦の狭間に位置し、マーラーのすぐ後の世代にあたる。マーラーの弟子でナチスに追われたユダヤ人スプリングハイムという人物が日本に逃れたことで、2人の邦人作曲家に大きな影響を与えたらしい(プログラム・ノートによる)。

とはいえ、それぞれの立場は少しずつ異なる。ヒンデミットはユダヤ人ではなかったが、ナチスによって退廃的と批判され、とうとうアメリカへの亡命を決意した。一方ハルトマンは、左翼としての批判を受けながらもナチの時代を生き延び、1963年に亡くなるまで8つの交響曲を含む作品を残した。そのハルトマンの「葬送協奏曲」は4楽章から成るヴァイオリン協奏曲である。韓国系ヴァイオリニスト、キム・スーヤンはオーケストラと見事な共演を見せ、前半のゆったりした曲にやや飽きかけた頃、一転して激しく速い楽章に突入すると、山田の若々しい指揮に伴って、ぐっと聴きごたえのある音楽へと進化していった。これは「ファシズムを打倒するロシアの革命歌」だという。

アンコールでは、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調より第3楽章をたっぷりと演奏した。隣り合う2本の弦を同時に弾く奏法は、まるで二人のヴァイオリニストが演奏しているように聞こえる。その響きが、近代に蘇った新鮮な音として耳に届いた。アンコールにバッハを選んだのには、このようなポリフォニックなものを強調して見せるとう意図があるのではないかと感じた。

休憩を挟んで演奏された須賀田磯太郎の「交響的序曲」は、当時の時代背景にあって明るく、祝祭的な雰囲気を持つ。横浜の資産家として不自由ない生活を送ったことが、その楽天性に影響しているのかとも思ったが、実はこの作品は皇紀2600(1940)年を記念して作曲され、山田耕筰の指揮で初演された、いわば体制賛美の曲である。

プログラム最後はヒンデミットの「画家マティス」。すでに古典的作品の風格すら漂うが、私は今回が初めての実演だった。ヒンデミットには先にオペラ版「画家マティス」があり、それを交響曲に仕立てたのが1934年。その経緯は片山杜秀氏の解説に詳しい。日本初演は1936年、斎藤秀雄の指揮による(世界初演はフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

ヒンデミットは1963年まで生き、多くの作品を残したが、この「画家マティス」が最も有名だ。ただしモデルとなった「マティス」とは、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトのことで、フランスの画家アンリ・マティスとは別人である。私はそのことすら知らなかった。作品はフーガやポリフォニーなど古い形式を多用し(これがヒンデミットの特徴とされる)、コラールも用いられる宗教的色彩も濃い。

しかし、現代音楽でもあるこの曲は大規模で壮麗な響きが続く曲である。ここで少し下世話な話になるのだが、平日夜のコンサートは職場のストレスを引きずりがちで、気持ちの切り替えが難しい。だがこの日の音楽は、開演前にサントリーのワインで少し酔いを回らせていたにもかかわらず硬直していた脳に、心地よい混乱を与えてくれた。雑念を追い払うように、あるいは雑念に寄り添うように、音楽が響いてくる。

無味乾燥な音がひたすら鳴っているような錯覚にとらわれる瞬間もあったが、N響は今日も一糸乱れぬ、気合の入ったアンサンブルで、この若き日本人指揮者に全幅の信頼を寄せているように見えた。終演後、各パートを回って握手を交わす山田の姿からは、暖かい人柄がひしひしと伝わり、熱狂的な拍手は長く続いた。会場では山田の最新アルバム、ドイツ・グラモフォンからリリースされたウォルトンの交響曲集(バーミンガム市交響楽団)が販売されていた。なるほど、今日聴いた作品の性質とどこか通じるものがある、と感じた。

2026年5月6日水曜日

シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調(Vn: アンティエ・ヴァイトハース、アンドルー・マンぜ指揮北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団)

ゴールデンウィークの真っ只中、今日も東海道新幹線に乗って京都へ向かっている。朝から全席満席で、外は雨。車窓に当たる雨粒は真横に流れ、山々は霞んで見える。田植えを控えた田んぼには水が張られ、いつもの初夏の風景が広がっていた。

連休の始まりにふさわしい明るい曲を、と最初は思った。しかし、どこか進んで陰鬱な気分に寄り添ってくれる音楽はないだろうか、と考えたとき、ふとシューマンのヴァイオリン協奏曲を思い出した。そういえば、この曲についてはまだ書いていなかった。

「のぞみ」が小田原を通り過ぎるころ、Spotifyでこの曲を再生した。ヴァイオリン独奏はアンティエ・ヴァイトハース。調べてみると、私と同い年の1966年生まれのドイツ人女性だという。指揮はアンドルー・マンゼ、オーケストラは北ドイツ放送フィル。2020年の録音。彼女は室内楽的な活動を中心にしているようだ。日本での知名度は高くないが、誠実で温かい演奏をする人だと感じた。

今でこそ録音は増えたが、この曲は大作曲家の作品にしては演奏される機会が少ない。もしかすると、演奏家を選ぶ曲なのかもしれない。澄んだ音で、アクセントをきっちり刻み、六度跳躍のような難所をしっかり決められれば、シューマンらしい印象的な音楽になる。ブラームスにも言えることだが、シューマンはより繊細な注意が必要なのだろう。しかし、このヴァイトハースの演奏は、マンゼの献身的なサポートもあって、メリハリがあり、とても美しく仕上がっている。

この協奏曲はシューマンの遺作であり、死後長い間、日の目を見なかった。だが、紛れもなくシューマンの音楽であり、第1楽章の広がる感覚は、まるで平野の空をグライダーで滑空するようだ。ワーグナー的とでも言うか。

列車が天竜川を越えるころ、雨は上がったが、空はまだどんよりしている。今日の新幹線の車窓から眺める新緑の景色は、この曲によく似合っている――そんなことを思っているうちに、長い第1楽章が終わった。列車は浜名湖の湖面をかすめるように走り抜けていく。

第2楽章は第1楽章に比べると短く、ゆったりとした夢を誘うような美しい音楽だ。ヴァイオリン協奏曲における長大な第1楽章、短い緩徐楽章、そしてロンド風の第3楽章という構成は、ベートーヴェンが確立し、ブラームスやチャイコフスキーも踏襲した形式である。シューマンもまた、その伝統の中にいる。第2楽章から第3楽章へと切れ目なく続く構成は、全体に明るく健康的な印象を与える。

しかし、クララ・シューマンはこの曲を「決して演奏しないように」と忠告したという。理由は、シューマンがライン川に身を投じる直前に書いた「天使の主題による変奏曲」と酷似しているからだとされる。結局、この協奏曲が初演されたのはナチス政権下の1937年。依頼を受けたヨアヒムではなく、ゲオルク・クーレンカンプがカール・ベーム指揮ベルリン・フィルとともに演奏し、その模様は短波放送で全世界に流されたという

2026年4月29日水曜日

東京交響楽団第739回定期演奏会(2026年4月26日サントリーホール、パブロ・エラス=カサド指揮)

前回出かけたコンサート(N響定期)に関する記事で、最近あまり演奏会で感動することがなく、これは年齢によるものだろうか、などと書いた。しかし、これは間違っていた。このたび聴いた東京交響楽団の演奏会の素晴らしさと言ったら! 前半のシューベルトといい、後半のブルックナーといい、何も言うことができないくらいに完成度が高く、これは本当に東響の演奏会なのだろうか、とさえ思ったほどだ。指揮者が良ければ、オーケストラの良し悪しなどたいした問題ではない。逆に、指揮者がつまらないと、いかにオーケストラが取り繕おうとしても限界があるということだ。

私はこの四半期、6月までの東響の演奏会に「4回券」という仕組みで会員となった。これは好きな4回のコンサートを自由に組み合わせて、割引のチケットを購入することができるというものだ。東響の今年の演奏会は、私が注目するものが前半に集中している。このため、この仕組みは大変ありがたい。そしてその最初のコンサートがサントリーホールで開かれた。久しぶりの東響である。

その指揮は、何とパブロ・エラス=カサド。前回の来日で指揮したN響定期を私は聴き逃しているから、これは思いがけないことだった。その演奏の素晴らしさはラジオでも明らかだった。たしかファリャの「三角帽子」だったと思う。そして、彼は今やウィーンにもベルリンにも登場する売れっ子指揮者となっている。私は昨年末、久しぶりにバイロイト音楽祭のライブ収録をNHK-FMで聴いたが、その中で「パルジファル」を指揮したのがエラス=カサドだった。彼は毎年のようにバイロイトに出演しているらしい。

その彼が、よく東響の指揮台に立ってくれたと思う。そしてプログラムがいい。前半はシューベルトの「未完成交響曲」、後半がブルックナーの交響曲第6番である。いずれも渋い選曲。そして指揮者の力量がストレートに出る曲ではないかと思う。サントリーホールの1階席は久しぶり。A席なので後方の端である。だがそんなことは、まあどうでもいい。新橋で昼食を済ませ、銀座線に乗って溜池へ。会場前の広場には骨董市のような催しが開かれていて、気候もいいからだろう、大勢の人が集まっている。その合間を縫うようにしてエントランスに向かう。

大作曲家が未完に終わった曲を、弟子や後世の作曲家が補筆する例は多い。モーツァルトの「レクイエム」はもっとも有名だが、他にもマーラーの交響曲第10番、ブルックナーの交響曲第9番、あるいはプッチーニの歌劇「トゥーランドット」なども完成版としてよく演奏される。しかしシューベルトの、今では第7番と呼ばれる交響曲は、そのようなことにならない。理由は簡単で、この曲を補筆してしまうと「未完成」ではなくなるからだ。シューベルトの「未完成」は「未完成」であることに意味がある。だが、本当はこの曲をシューベルトの意思を継いで作曲することなど、誰もできないからではないかと思う。

「未完成交響曲」のユニークさは、当時としても画期的だったのだろう。ベートーヴェンが「暗い」と言って敬遠したロ短調(プログラム・ノート)という調性もさることながら、それまでシューベルトが作曲したどの交響曲よりも長く、そして深いのだ。

「未完成交響曲」はベートーヴェンの「運命交響曲」と並んでクラシック音楽の定番のカップリングであり、大変よく演奏されたのだが、私が初めて「未完成交響曲」を聴いたとき、これは何とも静かな曲だと思った。音楽はゆったりとして速くなることがない。最初は少しためらったが、その魅力に惹かれるのに時間はかからなかった。にもかかわらず、実演で「未完成交響曲」を聴くことは少ない。私もこれが確か4回目に過ぎない。けれども「未完成交響曲」は、第1楽章も第2楽章も大変ダイナミックであり、時に深く沈むかと思えば、懐かしいメロディーが心の底をえぐり、大音量の切実な波が押し寄せてくる。変化に富んだ曲は、迫力もあって聴き所満載である。

その「未完成交響曲」の最初の静かな出だしは、どこか落ち着かないムードの曲なのだが、エラス=カサドはそれからわずか数分後には演奏家を完璧に掌握し、聴衆の心を鷲掴みにした。音のバランス、ハーモニーの職人的妙味は、あのN響の常連であるソヒエフでも感じる天才的な音楽感覚ではないかと思う。我が国にも山田和樹がいるが、この3人はヨーロッパでも引く手あまたのスター指揮者へと昇っている。

シューベルトで心の底から感動した私を含む聴衆は、音楽が終わっても拍手をすることが数十秒ほどできなかった。長い静寂に会場が浸った。そして暖かい拍手。前半でエラス=カサドは東響の会員を驚かせたに違いない。となれば、自然に後半のブルックナーへの期待が高まる。いつもと違って顔を紅潮したような人が多かったような気がしたのは気のせいかもしれないが、私はその気持ちを落ち着かせるべくドリンクのカウンターに並んだ。

ブルックナーの交響曲第6番は地味な曲だが、私が最初に感動したブルックナーの交響曲で、思い入れが強い。しかし、この曲は作曲家の存命中にはほとんど演奏される機会がなく、したがってあのブルックナーの交響曲につきものの「版」の問題は存在しないに等しい。皮肉なことにこの曲は「大きな反響を呼ぶことも、厳しい批判を集めることも」なく、「改訂を決意するような機会すらなかった」(プログラム・ノート)のである。しかし、ブルックナーの死後2年がたって、ようやく全曲通しての初演がなされた。その時の指揮は、何とグスタフ・マーラー(ウィーン・フィル)だったようだ。

エラス=カサドがブルックナーを得意としているのかどうかわからないが、第4番をすでに録音している。それを聴いたことはないのだが、今回の演奏も終始力強く自信に満ちており、と同時にブルックナーに必要な独特の間合いは、この曲も完全に掌握しているからこそ達成されたものと言ってよい。よくブルックナーは自然に任せて表現することが重要、などと言われるが、それとは対極の、いわゆる「統制型・攻撃型」のブルックナーとしては、これは最高峰の出来栄えであった。

それを可能ならしめたのは、何といってもこの日の東響のアンサンブルの素晴らしさで、まるで神がかったように一糸乱れぬ姿は、1時間にも及ぶ演奏時間中、途切れることがなかった。この手腕はオーケストラの各プレイヤーによることは明白だが、指揮者がそうさせていたと思う。魔法のように、その指揮はオーケストラを乗せていった。特に第2楽章の美しさといったら!

演奏が終わって、長い静寂のあと大歓声が沸き起こったことは言うまでもない。カーテンコールを繰り返すたびにそのボリュームは大きくなった。コロナ禍以降、オーケストラが退席してもしつこく拍手が続き、再び指揮者が舞台に現れる「一般参賀」の光景は最近では珍しくないが、どことなくわざとらしい感じがしてきている。だがこの日は違った。明らかに再登場を求めるスタンディング・オベーションに加わった聴衆は、全体の半数近くいたのではないだろうか。それほど感激し、満足度が高かったということである。そういうわけで、コンサートに通うのが楽しくなった。次回はいよいよ第4代音楽監督に就任するロレンツォ・ヴィオッティのお披露目演奏会である。

2026年4月25日土曜日

NHK交響楽団第2061回定期公演(2026年4月16日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

最近、音楽を聴いても、以前のように心が震える瞬間が少なくなったように感じている。年齢を重ね、感性が鈍ってしまったのかと思うこともある。若い頃は時間もお金も限られていたからこそ、わずかな機会を逃すまいと満を持して会場に向かい、胸を高鳴らせながら音楽を待ち受けたものだ。あの頃の自分は、演奏が進むにつれて「もう終わってしまうのか」と切なく思った。欧米から来日する音楽家ともなれば、次に聴ける機会はないかもしれない。その思いが、音楽への渇望をいっそう強くしていた。

どんなに悪い席でも構わなかった。多少演奏が荒くても、目の前で音が鳴っているという事実だけで胸がいっぱいになった。しかし今は違う。耳が肥えたと言えば聞こえはいいが、むしろ感受性が摩耗してしまったのかもしれない。

今回、サントリーホールで聴いたファビオ・ルイージ指揮によるマーラーの交響曲第5番は、なぜ自分が感動しなかったのか、正直よく分からない。オーケストラは過去にも増して集中し、アンサンブルは見事で、日本でも屈指の水準にあると感じた。音色は磨かれ、細部まで神経が行き届き、欠点を探す方が難しいほどだ。それでも、どこか物足りなさが残る。

演奏側に原因があるのか、聴き手の問題なのか。第4楽章のアダージェットはロマンチックで、呼吸も十分に感じられたのに、心が動かない。理知的に偏っているわけでもなく、叙情美が欠けているわけでもない。ただ、音楽に「ゆとり」がないように思える。型にはまり、そこから自由に身をひるがえす余白がない。客観性はあるのに、音楽の揺らぎや遊びが抑え込まれているようで、優等生的な印象が拭えない。

人工的な完成度で魅了するマゼールのような個性があるわけでもなく、素朴な情熱で感性を揺さぶるタイプでもない。すべての教科で80点を取る秀才のような音楽で、そつがないが、どこか決定的な一撃に欠ける。こうしたタイプの指揮者は少なくないが、音楽は本来もっと多様で、多面的であるべきだと思う。その結果が、マーラー特有の曖昧な方向感や、遠い世界へ誘われるような感覚を薄めてしまっている。音楽が漂わず、その場にとどまってしまう。聴衆は常に目の前の音に向き合わされ、次第に疲れてしまう。まるで新入社員が上司に囲まれた酒席で酔えないような息苦しさがあり、どんな料理も味わえないのと似ている。

一方、前半のモーツァルトのクラリネット協奏曲は実に素晴らしかった。ルイージの音作りは、モーツァルトに不可欠な浮遊感と音の美しさを見事に引き出していた。N響のアンサンブルも精緻で、クラリネット独奏(N響主席の松本健司)は安心して身を委ねられる出来だった。30分ほどの間中、懐かしい気持ちが胸に広がった。かつて、秋の夕暮れにこの曲の第2楽章を繰り返し聴きながら、最晩年のモーツァルトの心に思いを馳せた日々があった。少年時代の音楽の記憶がよみがえり、懐かしさと嬉しさが入り混じった。

第2064回NHK交響楽団定期公演(2026年5月24日NHKホール、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮)

広大なNHKホールの3階席にも、十分な音量と最適なバランスでオーケストラの豊穣な響きが届いたのには驚かされた。昔から幾度となくこの席に通ってきたが、いつもそうとは限らない。これは指揮者次第ということになるのだろう。このたび11年ぶりにN響定期に登場したミヒャエル・ザンデルリンクは...