2026年6月15日月曜日

NHK交響楽団第2067回定期公演(2026年6月14日NHKホール、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮)

優れた指揮者のもとでは、一体化したオーケストラの響きが、まるでひとつの楽器になったかのように3階席にまで鮮やかに届く。90年代前半、この席の常連だった私には信じられないことだが、最近のN響は本当に巧くなった。。

今シーズンのN響Aプログラム最終回を指揮したのは、オランダの指揮者ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めるなど、世界各地の名門オーケストラを率いてきた国際的な指揮者だが、日本ではその実績の割に知名度が高いとは言えない。

私はかつて、彼が香港フィルハーモニー管弦楽団を指揮したワーグナーの「ニーベルングの指環」の録音を聴き、その確固たる音楽作りに目を見張ったことがある。しかし実演に接する機会はなかなかなかった。興味深いことに、彼は香港のみならず台湾や韓国などアジア各地のオーケストラのシェフを務めてきたほか、フランスやアメリカにも活動の拠点を置いてきた。熱心なファンが少なくないのも頷ける。

その音作りは、史上最年少でコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを務めた経歴からも想像できるように、弦楽器を中心に据えた精緻で明晰なものだと思っていた。しかし実際に接してみると、予想以上に情熱的な指揮者だった。3階席から見ても、その大きな身振りはよく伝わる。音響の天才的なバランス感覚のもと、各楽器は見事に溶け合いながらも埋没せず、大きな振幅を描く。音楽を聴く喜びをこれほど味わわせてくれるコンサートも珍しい。

4段階評価なら迷わず星4つを付けられる演奏会に、私はこれで3日連続で通ったことになる。東京のクラシック音楽界は、それほどまでに充実している。実際、この週にはチケット完売のため行くことがかなわなかった演奏会(エベーヌ四重奏団によるベートーヴェン・チクルス)まであった。

プログラムの冒頭は、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲。この曲は祝祭的な名曲としてたびたび演奏されるが、ヴァン・ズヴェーデンの指揮で聴くと、その充実ぶりがひと味違う。N響の豊かなサウンドが冒頭から満開である。彼がワーグナーを得意としているからこその選曲なのだろう。だが、このような指揮者なら、どんな作品を振っても聴いてみたいと思わせるものがあった。

続いて舞台中央に置かれたピアノの前に、ピアニストのコンラッド・タオが登場する。中国系アメリカ人で、自ら作曲も手がける音楽家だ。

モーツァルトのピアノ協奏曲第17番が始まると、その伴奏からして絹のようにしなやかでエレガントな音色に圧倒される。さらに、広大なNHKホールの3階席にまで十分届くピアノの美しいメロディーが、耳を洗い心を揺さぶった。「この曲はこんなにも魅力的だったのか」と、何度聴いたか知れない作品でありながら発見の連続である。

第1楽章のカデンツァは、まるでベートーヴェンが弾いているかのようだった。これは彼自身によるものだろうか。そして第2楽章のカデンツァには、どこかバッハを思わせる趣があった。久しぶりに実演で聴くモーツァルトだったが、これは私の経験した演奏のなかでも最も完成度の高いものとして長く記憶に残るだろう。

アンコールで演奏されたラヴェル「マ・メール・ロワ」より「妖精の園」も、このピアニストの才能を鮮烈に印象づけた。特に終盤、鍵盤上を左右に行きつ戻りつしながら展開される演奏は、ダイナミックでありながら綿密だった。

私は長年、バルトークの音楽を苦手としてきた。民族音楽を題材にした初期作品くらいしか聴かなかったのである。しかし彼の代表作の多くは、むしろ晩年に書かれている。

今回プログラムを読んでいて知ったのだが、バルトークは私と同じ骨髄性白血病を患っており、「管弦楽のための協奏曲」を作曲した頃にはすでに闘病生活のなかにあったという。これで一気に親近感が湧いたというと語弊があるかもしれないが、「これは聴かなければならない」と思ったのである。

「食わず嫌い」という言葉があるが、私にとって「管弦楽のための協奏曲」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、そしてR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」は、いわば「聴かず嫌い」の代表格だった。しかしヴァン・ズヴェーデン指揮のN響によって、その状況を克服する絶好の機会が巡ってきた。そして舞台にずらりと並んだ大編成のN響から聴こえてきたのは、紛れもなく世界最高水準の音楽だった。

今やN響は、欧米の有名オーケストラと比べても遜色のないレベルに達していると思う。聴いていて惚れ惚れするその演奏は、後方の弦楽器奏者でさえ身体を揺らし、ときに管楽器群は号砲のような響きを放つ。全奏で鳴り響いても濁りはなく、その一方でヴィオラや第2ヴァイオリンが独特の風合いを添え、音楽に繊細な彩りを与える。

オーケストラを聴く楽しみとは、まさにこのような音の万華鏡を味わうことに尽きる。優れた指揮者のもとでは縦の線が整い、千変万化するテンポにも迷いがない。ヴァン・ズヴェーデンは職人的な厳密さと情熱を兼ね備え、この大作を見事に引き締めていった。

終楽章のアレグロが感動的なフィナーレを迎えると、満場のブラボーが飛び交った。本人もよほど手応えを感じていたのだろう。何度もカーテンコールに応えるなかで、少し茶目っ気を見せながら客席に手を振っていたという。もっとも、私の席からはその様子を直接見ることはできなかったのだが。

2026年6月14日日曜日

東京交響楽団第741回定期演奏会(2026年6月13日サントリーホール、オスモ・ヴァンスカ指揮)

オーケストラが同じでも、指揮者が変わるだけで見違えるほど巧くなり、聴き慣れた名曲にも新たな発見が生まれる――そんなことを改めて実感した演奏会だった。

フィンランドの名匠オスモ・ヴァンスカが昨年に引き続き東京交響楽団の指揮台に立ち、ベートーヴェンの交響曲第8番とラフマニノフの交響曲第2番を披露した。ヴァンスカのベートーヴェンといえば、私にはBISに録音されたミネソタ管弦楽団との演奏が強く印象に残っている。確か「第九」だったと思うが、オーケストラは極限まで研ぎ澄まされ、古楽器奏法の精神の極致を実現したかのような鮮烈な演奏だった。

あれから20年近くが経った。今回の演奏はモダン楽器によるもので、しかも弦楽器は16型という比較的大きな編成である。私は1階席の端(A席)で聴いたため、音響面では必ずしも理想的とは言えなかったが、プログラムによれば初演時は第1ヴァイオリンが18人もいて、今回より大きな規模だったという。つまり、ベートーヴェン自身が指揮した初演も当時としてはかなり大規模な編成であり、オリジナルの姿に近いと言える。

そのような大編成でありながら、細部への神経の行き届いた精緻な表現には心を奪われた。第8交響曲はベートーヴェンが古典的作風へ回帰した作品であり、その造形美の完成度は全交響曲中でも屈指だろう。無駄をそぎ落とした音楽は苦悩の影を感じさせず、明るく楽天的な気分に満ちている。

第2楽章の小刻みなリズムはメトロノームの発明に触発されたことで有名だが、一音一音に込められた音色の変化が実に魅力的だった。第3楽章トリオではホルンが活躍し、プラハへ向かうベートーヴェンの高揚感まで彷彿とさせる。長大な第4楽章のコーダが終わると間髪を入れず拍手が起こり、この演奏会の成功を予感させた。

30分ほどの前半が終わり、20分の休憩となる。

今シーズン前半の東響は、思わず足を運びたくなる公演が目白押しだった。私は4回券を購入し、4月のパブロ・エラス=カサド、5月の新音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティ、そして6月のオスモ・ヴァンスカと沖澤のどかという顔ぶれを選んだ。どの公演もプログラムの魅力が大きかったことは言うまでもない。

実はヴァンスカを聴くのは今回で3度目になる。最初は2008年、読売日本交響楽団とのベートーヴェンで、第4番や第8番を指揮した。当時は全集録音の時期だったが、不思議なことに私の印象はそれほど強く残っていない。同じ作品を聴いているにもかかわらず、今回ははるかに深く心に響いた。座席の違いなのか、オーケストラの違いなのか、それとも聴き手である私自身が変わったのか。

2度目は東京都交響楽団と、十八番のシベリウスだった。交響曲第5番から第7番までを取り上げた公演で、評判も高く、東京文化会館に集まった熱心なファンの熱気をよく覚えている。しかし演奏自体には既視感があり、驚きという点ではやや物足りなかった。また東京文化会館は音が拡散しやすく、個人的には集中しにくいホールでもある。

それに対して今回のラフマニノフは、東響の演奏史のみならず、日本における同曲の演奏史の中でも屈指の名演だったのではないかと思う。前半で示された細部への徹底したこだわりは、後半でさらに大きな成果を生んだ。精緻を極めた結果、オーケストラの表情は千変万化し、それでいて全体のバランスは絶妙である。その響きの統御ぶりは、まさに職人的。ヴァンスカは時折身をかがめ、次の瞬間には舞台上で跳ね上がる。決して大柄な指揮者ではないが、その身体表現がオーケストラの集中力を最後まで維持していた。

日本フィルのカーチュン・ウォンや広上淳一にも独特の身体表現があるが、ヴァンスカの場合は、ときにオーケストラへ主導権を委ねるような瞬間がある。そこで音楽はかえって自由さを増し、一気に飛翔する。

第1楽章は比較的遅いテンポながら、どこかシベリウスを思わせる寂寥感と、ロシアの大地を感じさせる重厚さが絶妙に融合していた。
色彩感あふれる第2楽章のスケルツォも見事だったが、やはり白眉は第3楽章である。抒情的な旋律が次々に現れ、ヴァンスカの音楽に完全に同化したオーケストラからは、うっとりするような歌が延々と紡ぎ出された。

このアダージョでは、ヴァンスカはトランペット奏者を舞台裏で演奏させた。その効果は抜群だった。音が分離して聞こえることなく、舞台上のオーケストラと自然に溶け合い、幻想的な響きを生み出していたからである。

そして大団円となる第4楽章。抒情性に満ちたラフマニノフの音楽は、チャイコフスキーとは異なる洗練された都会的な感覚を備えている。もちろん、この作品が書かれた時点ではまだアメリカ亡命前である。それでも彼はロシア音楽の最も美しい歌を交響曲の中へ注ぎ込み、通俗性に陥る寸前で踏みとどまりながら、壮麗で華やかなコーダへと導いていく。

1時間近くに及ぶ大作を存分に堪能した。終演後には大きなブラボーと拍手喝采が続き、その熱狂は10分以上にわたって鳴りやまなかった。

2026年6月13日土曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第671回定期演奏会(2026年6月12日サントリーホール、佐渡裕指揮)

コンサート直前のプレトークで佐渡は、このマーラーの交響曲第3番第1楽章冒頭のメロディー(ホルンの重奏)が、ベートーヴェンの交響曲第9番を下敷きにしたブラームスの交響曲第1番第4楽章のメロディー(直前まで全国ツアーで演奏していたそうだ)と、調性こそ異なるもののほぼ同じであると語った。この曲ほど、マーラーの自然への賛美が貫かれた作品もないだろう。それは紛れもなく、彼が自ら建てた作曲小屋で感じた自然への畏敬や神秘がベースになっている。

プログラム・ノートにもあるように、これはマーラーの「田園交響曲」である。おそらく静かに流しているだけでも心地よく聴いていられる作品だ。その長さは約1時間40分に及び、マーラーの交響曲の中でも最長である。もちろん休憩はないから、演奏する側にも聴く側にも相応の覚悟が求められる。

そんな大作も近年ではしばしば取り上げられるようになり、今回は音楽監督の佐渡裕が自ら指揮を執る。新日本フィルは一連のマーラー作品を順次取り上げており、私は昨年、第9番を聴いた。その公演も完売が続き、この不況下にあってなお盛況である。

その新日本フィルは、もしかすると今がかつてないほどの充実期なのではないかと思わせた。私の座席の条件が良かったのかもしれないが、オーケストラの各パートがほどよく溶け合い、それは独唱(メゾ・ソプラノの藤村美穂子)、合唱(晋友会、東京少年少女合唱隊)にも共通していた。

舞台裏から響く打楽器や金管のソロでさえ、舞台上のオーケストラとの重なりがこれほど完璧に聴こえたことはない。弦楽器のまとまり、木管との溶け合い、さらには打楽器の力強さに至るまで、この作品でここまで完全な融合を感じた記憶はなかった。

私はこれまでの演奏を思い返した。そもそもこの長大な作品が演奏会で取り上げられる機会は、かつてそれほど多くなかった。マーラーの交響曲の中でも第3番は、とりわけ大規模な編成を必要とする。私にとって最初の実演体験は、NHK交響楽団とシャルル・デュトワによる演奏会だった。この時のことは意外なほど鮮明に覚えている。ただ、会場が広すぎて音が遠く、感動したとは言い難かった。

それから長い年月が過ぎ、数年前には日本フィルの演奏会でも聴いている。指揮者が誰だったか思い出せずにいたが、記録を確認するとカーチュン・ウォンだった。もっとも私は、本来であれば広上淳一が音楽監督として最後に指揮する京都市交響楽団の特別演奏会でこの曲を聴くはずだった。その時の独唱も藤村美穂子である。彼女はこの公演のためだけに、わざわざドイツから帰国していた。

ところが、折しもコロナ禍だった。少年合唱団が十分な練習を行えないという事情から、プログラムは「巨人」へ変更された。藤村は「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を歌った。それはそれで素晴らしかったが、やはり第3番を聴きたかった私は、日本フィル定期でこの作品を見つけ、サントリーホールへ足を運んだのである。

以上、私は過去に2回、第3番を聴いたものと思っていた。ところが記録を検索してみると、実はもう一度聴いていた。それはファビオ・ルイージとN響がヨーロッパ公演で取り上げる予定の曲を事前に定期演奏会で演奏した時のことだった。しかし、この演奏会については、それを聴いた事実さえ忘れているというありさまである。わずか1年前のことにもかかわらず、記憶にほとんど残っていないコンサートとは、一体何だったのだろうかと思う。

それに対して今回の佐渡裕の演奏は、おそらく一生心に残るだろう。この作品の持つ深みをあらためて味わい、新たな発見へ導かれたことは言うまでもない。それは冒頭からコーダまで続き、一瞬たりとも退屈することがなかった。

佐渡は、もしかすると今や巨匠への道を歩み始めているのではないかと思った。ここで聴かせた演奏は、力みの目立つものではない。余計な力を抜きながらも音と音との均衡を重視し、その響き方に細心の工夫を凝らしているように感じられた。自然で、さりげない。しかしだからこそ、そこに職人的な矜持が見える。

そういえば若い頃の佐渡の音楽には、力が入りすぎて時にバランスを欠き、どこか空回りしているような印象があった。しかし今はそうした面影はない。むしろ音楽そのものが一回りも二回りも成熟している。その根底には、音楽を奏でる喜びが確かに感じられる。

長大な第1楽章で見せる圧倒的な推進力、第2楽章の諧謔味あふれる自然な表情、第3楽章での見事なソロとの融合。そして突如として降臨するメゾ・ソプラノの豊かな歌声によって、会場は一気に神秘的な空気に包まれる。続く合唱が始まると、聴衆は固唾をのんで耳を傾けた。終楽章の冒頭は、まるでバーンスタインを思わせるような愛情深さに満ちている。そこから徐々に高まり、深く波打つように昂揚していく様は、まさに感動的だった。

タクトが下ろされると、誰かがブラボーと叫び、それに呼応するように大きな拍手が沸き起こった。それは10分以上続いただろうか。長い旅から帰ってきた時のような充足感は、言葉では表現できない。各パートと熱く握手を交わし、独唱者も合唱団も一体となって、この日の成功を祝っていた。

月末にはフィリピンでのコンサートを控えているらしい。先日発生した地震災害への寄付を呼びかけるため、自ら募金箱を手に会場出口に立ったマエストロのもとにも、多くの人々が集まっていた。

2026年6月11日木曜日

NHK交響楽団第2066回定期公演(2026年6月4日サントリーホール、ステファヌ・ドゥネーヴ指揮)

オール・フレンチ・プログラム。指揮者も独唱もコンサートマスターもフランス人。テーマは夏、そして海。NHK交響楽団の今シーズンBプログラム最後のコンサートを聴くため、仕事を終えてサントリーホールに駆け付けた。翌日から出雲への旅行を控えていたため、本来金曜日の2日目を1日目に振り替えることに成功したものの、早朝の出発を控え、どことなく落ち着かない。

こういう時は、バーカウンターで少しアルコールを飲むに限る。ザ・プレミアム・モルツの小瓶を飲み干し、振り替えられた席へ。だがそこは、いつもより少しだけ前方の、より良い席だった。ほどなくしてオーケストラが登場し、最初の曲、オネゲルの交響詩「夏の牧歌」が演奏された。

私は初めて聴いた曲だが、初夏のすがすがしさを感じる作品である。指揮はステファヌ・ドゥネーヴで、私は過去に一度聴いている。その時の印象はさほど残っていない。ただ、NHKホールいっぱいに鳴らした「ローマの松」のエンディングで、パイプオルガンも加わった迫力に圧倒された記憶はある。

「夏の牧歌」はスイスの田舎の風景を音楽にしたものだ。冒頭のホルンの響きが、アルプスを望む朝の静かな情景を表現していることは明白で、私もかの国で夏の2か月を過ごした者として、忘れ難い思い出である。もう40年も前のことになるが、その時撮影した写真から、この曲の光景に合うものを選んで貼っておきたい。

続くベルリオーズの歌曲「夏の夜」は、恋人を失った孤独と寂寥感を表した狂おしい曲。私は面白いことに、実演をこれまでに何と3度も聴いている。ムーティ指揮フィラデルフィア管の演奏(独唱:バーバラ・ヘンドリックス)も見事だった(彼女はコリン・デイヴィスとこの曲を録音し、私も購入して愛聴していた)が、最も感動したのは小澤征爾指揮ボストン響の来日公演で、独唱はスーザン・グラハムだった。日本人によるものとしては、若杉弘指揮都響(独唱:緑川まり)を覚えている。

さて、今回はフランス人のガエル・アルケーズというメゾ・ソプラノであった。彼女の歌声はどちらかというとリリカルなもので、この曲の行き場のない苦悩の表現が十分だったかは評価の分かれるところだろう。また、曲としてのまとまりや集中力はやや乏しく、今はやりの美しい声が前面に出た印象である。

後半はイベールの「寄港地」で始まった。この曲は地中海の寄港地をめぐる旅の音楽で、ローマから始まり北アフリカを経てスペインのアンダルシア地方に戻る。いわば音の旅行記のような作品で人気も高い。情緒にあふれ、色彩感豊かな曲なのだが、どういうわけか今回の演奏からそのような旅情が伝わってこない。フランス音楽に必要なちょっとしたアクセント、あるいはその隙間に漂う間合いが感じられない。これは指揮者の意図がオーケストラに伝わるまでの十分な時間が確保されなかったからではないか、と思うことにした。

最後の曲、ドビュッシーの交響詩「海」でも、その傾向は変わらなかった。大編成のオーケストラに打楽器群も活躍する規模の大きな曲が表現するのは、「海」のさまざまな情景である。この想像力豊かな曲を聴くとき、私はやはり葛飾北斎の「富嶽三十六景」を思い浮かべてしまうのだが、それは出版された楽譜の表紙に印刷されていたからで、当時日本画はちょっとしたブームだったのだろう。けれども決して駿河湾をモチーフに描いたわけではなく、アジア的な作品でもない。いや、ドビュッシー自身、この曲を書いたのは内陸部においてだった。

暗譜で指揮するドゥネーヴは日本びいきの指揮者で、とても愛想がいい。演奏が終わって各奏者と握手を交わし、長いカーテンコールに応えていた姿は好感の持てるものだった。どことなくフランス人にありがちな自意識過剰気味のムードに彩られてはいたが、もう少し緻密な演奏になるまでこなれた落ち着いた音楽になれば、もっと感銘を受けたであろう。

音楽の感じ方は人それぞれである。聴く位置によっても、聴く側の体調によっても、演奏の印象は随分異なる。N響のサントリー定期は今シーズンはこれで終わり。来シーズンは改装のため3回しか開かれない会員権を更新する気はなく、早々にキャンセルしてしまった。創立100周年を迎えるN響の次期プログラムは、ベートーヴェンの交響曲・ピアノ協奏曲の全曲演奏会を目玉に、有名指揮者が次々と登場する。だが、それらから何を聴くかはまだ迷っている。

2026年5月25日月曜日

第2064回NHK交響楽団定期公演(2026年5月24日NHKホール、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮)


広大なNHKホールの3階席にも、十分な音量と最適なバランスでオーケストラの豊穣な響きが届いたのには驚かされた。昔から幾度となくこの席に通ってきたが、いつもそうとは限らない。これは指揮者次第ということになるのだろう。このたび11年ぶりにN響定期に登場したミヒャエル・ザンデルリンクは、このホールの難しい音響空間の特性を即座に把握し、わずか1回の定期公演でその真価を発揮したように思える。彼は、主に東独で活躍したあのクルト・ザンデルリンクの息子であり、私とは1歳違いである。クルトはブラームスを得意とし、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮した交響曲全集はいまなお名盤とされている。

そのミヒャエルが、2つのブラームス作品を取り上げた。前半はヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(独奏:クリスティアン・テツラフ、ターニャ・テツラフ)、後半はシェーンベルクがオーケストラ用に編曲したピアノ四重奏曲第1番である。交響曲は含まれず、何とも渋い選曲と言わねばならない。特に後半のピアノ四重奏曲第1番は、私も実演で聴いたことがなく、いつかぜひ一度と思っていた作品だ。最近は演奏される機会も増えているが、なかなか足を運ぶことができなかった。

N響の定期は2日間、同じプログラムで行われる。A定期は土曜日の夕方と日曜日の午後。私は今回、日曜日の午後に渋谷へ向かい、長い時間をカフェで過ごしたあと、屋台でごった返す代々木公園の並木道を抜けて会場入りした。当日券は多く余っており、意外に思ったのだが、安い席を確保できたのは有難かった。そして懐かしい3階へ。前方正面に近い席は悪くないのだが、唯一の難点は奏者がよく見えないことで、こればかりはどうしようもない。

二重協奏曲の冒頭でオーケストラが鳴り響いた途端、十分に良い音が3階席にまで迫ってくることに驚いた。間髪を入れずチェロとヴァイオリンが決然と音を会場に轟かせる。その自信に満ちた表情は、この曲がいまや十分に名曲として定着し、数々の名演奏を重ねてきた歴史を思わせる。1983年3月、イスラエル・フィルが日本公演を行った際、大阪で聴いた同曲が、私にとって4度目の海外オーケストラ体験だった。指揮はズービン・メータである。

私はこの聴き慣れない曲を、オイストラフとロストロポーヴィチによる演奏(ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団)で予習し、当日に臨んだ。この日の演奏会のソリストは、同楽団の首席奏者だった2人である。しかし、ラジオからエアチェックしたその演奏は、テープの質も手伝って冴えないばかりか、籠もった音が遠くで鳴っているような、か細いものだった。私のラジカセでは、到底この曲の真価はわからない。そして大阪フェスティバルホールの2階席最後列という学生割引の席もまた、この曲を味わうには不十分だった。

二重協奏曲という作品は、ブラームス作品の中でも地味な存在であり、しかもソリストを二人必要とすることから、演奏される機会はめったになかった。私が今回実演で聴いたのも、実に43年ぶりということになる。だが、いまでは数多くのソリストがこの曲を取り上げ、次々と新鮮で見通しの良い演奏がリリースされている。

ターニャとクリスティアンという兄妹が奏でるチェロとヴァイオリンは、まさにこの曲にうってつけである。それぞれのテクニックも相当な切れ味を持ち、ソリストとして活躍していることは言うまでもないが、数々の室内楽で証明済みの、息の合った見事なアンサンブルは、この難曲の見通しを明るく照らし、すでに自分たちのレパートリーとして完全に血肉化しているという自信を感じさせるものだった。

このようにして、3階席の奥まで届くオーケストラと二人のソリストの丁々発止のやり取りに耳を傾けた。演奏が終わるとブラボーが沸き起こったのも当然である。N響の奏でるブラームスの懐かしい響きは、しばし私を往年の記憶へと引き戻してくれた。

2人はそのままアンコールとしてコダーイの二重奏を演奏したが、これがまた相当な名演で、しかも長大だった。ブラームス以上に技巧的な要素を要求される曲であり、もしかすると本領はこちらでこそ発揮されたのかもしれない。とにかく盛況のうちに前半は終了した。

後半ではオーケストラがさらに増員された。その多くは打楽器である。ブラームスのピアノ四重奏曲を、アルノルト・シェーンベルクがオーケストラ用に編曲したこの作品は、実に風変わりで面白い。なにせ、あの「十二音技法」を生み出したシェーンベルクが、よりによって古典性へ回帰する作風のブラームスに手を加えるのである。ところが意外なことに、シェーンベルクはブラームスを深く敬愛しており、この作品でも音符をほとんど変えることなく、その様式を尊重したのだった。

その結果、冒頭に現れる音楽はまさにブラームス節そのものである。しかしシェーンベルクの色彩豊かなオーケストレーションによって、数々の楽器が加わり、表現力は大きく増している。時に華麗ですらあり、音楽が進むにつれてその傾向はさらに強まる。最終楽章では、まるで「ハンガリー舞曲」を聴いているかのような感覚にさえなった。

長身のザンデルリンクは、実に見通しの良い演奏でこの曲を完全に手中に収めていた。それを短い練習時間でN響に演奏させる力量は、素人の私から見ても並大抵のものではないだろう。すでにライプツィヒのオーケストラとともにこの曲を録音しているようだが、そうした経験もあってか、まさに面目躍如たる演奏だった。最終楽章ではN響も奮い立ち、このオーケストラの力が遺憾なく発揮されたと言える。やはり個々のソリストの力量において、N響は他のオーケストラより一頭地を抜いている。

コーダもぴたりと決まり、どよめきにも似たブラボーと拍手が会場を覆った。幾度も舞台に呼び戻された指揮者は、各奏者と握手を交わした。このザンデルリンクといい、東響を振ったエラス=カサドやヴィオッティ、さらには我らが山田和樹といい、優れた若手指揮者の登場が相次いでいる。彼らがここ東京にしばしば登場することは嬉しい。実に朗らかな気分にさせてくれたコンサートだった。


2026年5月23日土曜日

東京都交響楽団第1044回定期演奏会(2026年5月21日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)


米国で最も著名な作曲家のひとりで、ミニマリズムの正統的な後継者のひとりであるジョン・アダムズが、一昨年に引き続いて都響の指揮台に立った。2年前に行われたアダムズの公演は、彼自身が日本のオーケストラを指揮して自作を演奏するという歴史的なものだった。記録によれば私もこの日、「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」、それに有名な「ハルモニーレーレ」を聴いている。この日は日本の作曲家の姿も多く見かけ、いつもとは違った雰囲気に圧倒されたのを覚えている(https://diaryofjerry.blogspot.com/2024/01/9922024118.html)。

今回の演奏会には、再び彼自身の作品を中心に3つの曲のプログラムが組まれた。このうち最初の演目は、日本初演となる「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」という作品で、日本語に訳せば「内気で感傷的な音楽」などとなるのだろうが、近年の傾向に倣って、原題のままカタカナ表記とするのが流行りのようである。だが、どちらの言語で表現しようと、そのタイトルの意味には解説が必要だろう。

幸いブックレットは、彼自身が自作を解説した部分を中心に、大変読み応えのあるものだった。それによれば、おおよそ表現者たる芸術家は、「ナイーヴな人格を持つ人」と「センティメンタルな人格を持つ人」に分かれるのだという。これはドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの論で、シラーと言えば、あのベートーヴェンの「第九」の歌詞で有名な、あのシラーである。

シラーによれば、自分と周囲の環境、そして自分の内面が一致している芸術家(ナイーヴ)と、それが芸術の発展に伴って失われ、今や理想としてのみ存在するものとして追い求める芸術家(センティメンタル)に分かれるのだという。大雑把に言えば、自然に自己矛盾なく作品が創作できた時代の人と、芸術的なものを意識せざるを得なくなった、自意識過剰の時代を生きざるを得なかった人。

この2つの立場の違いを意識して本作品は作られた、云々のような解説が掲載されているのだが、では実際どんな音楽なのかとなると、多くの現代音楽作品の解説同様、音楽以上に難解である。特に本作品は日本初演。事前に聴くこともできない(実演でなければ、そういうわけでもないのだが)。

45分の曲は3つの楽章から成っている。舞台上に並んだ大規模なオーケストラには、見たこともないような打楽器が所狭しと並べられていたようだが、私の座席の位置(1階席10列目)からはよく見えない。この大規模な演目は、後半に設定されてもよさそうなものだったが、前半になっていた。これは指揮者(作曲家)の意向を反映していると考えるのが妥当だろう。

第1楽章が「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」。20分にも及ぶ楽章は、例の小刻みなリズムが絶え間なく続き、その合間に様々な楽器が入り乱れながら、次第に規模を増していく。よく指揮者のタクトを見ると、拍子がくるくると変わっていく。8拍子だったと思ったら3拍子になる、という具合。漂う音楽。

第2楽章は「人間の母」という。「母の死と、男あるいは女が汚れなき幼年期の状態に願うこと」を呼び起こす人間の潜在意識を表現している。これが「ナイーヴ」と「センティメンタル」の葛藤である、というのである。

ここで印象的だったのは、増幅器を用いたギター(エレキ・ギターみたいなもの)が、間隔を置いて舞台左袖奥から聞こえてきたことだ。このギターの音は、とても鮮烈に聞こえるのだが、音楽とうまく調和しているようでもなく、かといってバラバラでもない。その微妙なハーモニーは、そういう音楽だからなのか、それとも演奏がおかしいのか、よくわからない。

第3楽章「リズムへの連鎖」。オーケストラがさらに規模を増し、圧倒的なエネルギーで聴衆を興奮に巻き込む。ストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の終わりを聴いているような感覚、とでも形容するくらいしか思い浮かばない。音楽が終わると同時に沸き起こったブラボーと拍手は、終演時を上回るほどだった。

指揮者としてのアダムズは、きっちりと指揮するので精いっぱい、という感じで、指揮者のプロが振ればもっと刺激に満ちた演奏になったようにも思われた。しかしこの表現には注意が必要だろう。彼自身が書いている。「作曲家であると同時に指揮者でもある者は、公と私、外向性と内面性、内面生活と外面生活の間の過酷な分断という厳しい衝突を日々経験する」(プログラム・ノート)。作曲家として自作を指揮することには、聴く者には簡単にはわからない葛藤があるのだろう、と思った。だからこの曲は、その境遇を理解している、指揮者であり、かつ作曲家でもあるエサ=ペッカ・サロネンに捧げられたそうだ。

休憩時間を挟み演奏されたのは、アイヴズの「答えのない質問」であった。この曲は短い作品だが、演出がとても凝っている(改訂版)。まずP席に4つの譜面台が設置され、そこに登場したのは3人のフルートと1人のクラリネット奏者。そして驚くべきことに、彼らを指揮するために副指揮者が指揮者の前に着席。さらに音楽が始まると、2階席の奥からトランペットが響いてくるという仕掛け。

このトランペットが、まるで勘違いしたかのように唐突に、周囲の調和を無視するような(つまりは下手を装ったような)感じで吹き出すのである。それに対して、しどろもどろな応答をする4人の木管奏者。この対話が舞台空間を利用してやり取りされる間、小編成のオーケストラは静かな音を終始奏でていた。

今回のプログラムで、なぜアイヴズの音楽が挿入されたのかは、解説に様々書かれているが、同じニュー・イングランドをルーツに持つ作曲家の先駆者として、敬意を表したということだろうか。いや、もっと深い意味があるのかもしれない。後年の作品と若い頃の作品の間に挟まれた、わずか6分の小曲は、前衛的な音楽の「答えのない質問」を続けてきた彼自身の創作の経歴を表しているのかもしれない。アイヴズがそうであったように。

さて最後の「ハルモニウム」もまた大きな曲で、これだけ次々と凝った曲が聴けるのは、何とも贅沢極まりないことである。演奏する方は大変なことだろうと思う。だが都響は今回も素晴らしい仕事をこなしたと思う。そして合唱団!

P席に陣取った新国立劇場合唱団は、ミニマル音楽における合唱という新しい地平を行く曲を、見事に表現し尽くしたと思う。その難しさは、これもまたプログラム・ノートによるのだが、実際にはいくつものパートに分かれているそうだ。それがばらばらにならず、一定のリズム感覚を生理的に高めながら、時にグレゴリオ聖歌のような静謐な部分も交えて(実際、歌詞の英語がラテン語のように聞こえるときがあった)、見事にオーケストラと溶け込んでいるのである。

この曲はアダムズがまだ若い頃の作品で、いわば野心作であろうと思う。作品は3つの楽章から成り、それぞれ3つの詩を用いている。第1楽章「否定でしか表せない愛」、第2楽章「私が死のために立ち止まることができなかったから」、第3楽章「大荒れの夜」。会場に字幕の用意はなされなかったが、歌詞がプログラムに掲載されているのは親切なことである。

いつもとは違う音楽体験。おそらく現代音楽の難解さを理解できない多くの聴衆も、それを求めて来ているのだろう。そしてアダムズの音楽は、身を任せて聴いていれば、まるで麻薬のように身体に陶酔感をもたらすようなところがある。

来年80歳になる作曲家は、世界中で多くの記念コンサートを控えているのだそうだ。何度もカーテンコールに応え、会場を立ち去りがたい多くの聴衆からは、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年5月17日日曜日

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)


良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んで聞き所を心得ているし、演奏による違いもすぐに実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。あまりにも有名過ぎて普段なら敬遠するのだが、今回は違った。

東京交響楽団が新しい音楽監督に就任する、まさにその就任披露の演奏会。これまでに音楽監督だったのは、秋山和慶、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノット。ヴィオッティは4代目ということになる。そのヴィオッティ、私はイタリア人だと思っていたのだが、実はローザンヌ出身のスイス国籍であることが判明した。1990年生まれの若干36歳ながら、ウィーン・フィルの定期にも登場する世界的な指揮者である。

そのローザンヌにかつて2か月ほど滞在したことがあるので、あの世界一綺麗な(と思っている)町で育った指揮者に特別な興味を覚えた。私がローザンヌに滞在していたのは、学生だった頃の1990年夏だったので、彼の生まれた年である。急な斜面に建ち並ぶ中世の街並みと古い教会、その合間を縫う石畳の向こうにはレマン湖が見え、さらにはフランス・アルプスの高峰がそびえている。

よくこれほどの指揮者を、東京交響楽団は次の音楽監督に迎えることができたのだと思う。プロフィールを読むと、2014年、東響とは彼の指揮者人生において初めてオーケストラとなる演奏会を指揮をしたそうである。しかも代役。以来、このオーケストラとは何度か共演を続けてきているようだが、私は彼を聞く初めてのコンサートだった。就任披露となっていることもあり、会場は特別な雰囲気に満ちていた。チケットは完売し、あとから妻を誘おうとしたが、それは果たせなかった。

ベートーヴェンの交響曲第1番は1800年に初演され、マーラーの交響曲第1番はその約100年後に初演された。いずれも音楽史の転換点となる節目の年であり、その象徴的作品に他ならない。まさにベートーヴェンの交響曲第1番によって「芸術」としてのクラシック音楽の「始まりの始まり」となり、そしてマーラーの交響曲第1番によって、その「終わりの始まり」が示されたと言える。19世紀の最初と最後の作品を並べたのが、今宵のプログラムというわけである。

さて、拍手に迎えられてオーケストラが席に着くと、やがて指揮者が現れた。ヴィオッティは深々とお辞儀をしたのが印象的だった。タクトを下した瞬間に響いたのは、まぎれもなくベートーヴェーンの和音。序奏に引き続き、勢いよく第1楽章のメロディーが流れた。音は少し硬いという印象。やはり緊張のせいかもしれない。最近には珍しく、右手最前列がチェロである。

私はコロナ禍の始まった2020年、ベートーヴェン生誕250年の年に企画されていた数多くのコンサートに出かける予定だったが、ほぼすべてが中止を余儀なくされてしまった。そのことが残念で、以来、ベートーヴェンの交響曲が演奏されるたびに、各曲1回は聞くことにしてきたが、それも今回の第1番、そして来月の第8番(オスモ・ヴァンスカ指揮東響)でめでたく終わる予定である。

第3楽章から第4楽章にかけては、そのまま続けて演奏されたのは印象的だったが、その演奏が終わるころにはオーケストラも少しずつゆとりが生まれてきたように感じられた。無難に演奏を終えたのだろうが、これはこの曲としては高水準の名演だったと思う。ハ長調の曲は難しい。ヴィオッティは特に古楽器風の音作りではないようにも思えたが、やや残響が少ないようにも思った。集中力が並々ならぬ思いを伝えていた。若い、エネルギッシュな指揮だったが、それだけではなく、聞き所を押さえて十分に音楽的であった。

いつものようにトイレには長い行列ができ、後半のプログラムを待つ。私は今回、2階の後方ブロックの最前列であった。しかしここからはオーケストラの全体が見渡せ、悪くない。NHKホールならS席の距離である。しばらくして4管編成に増強されたオーケストラが登場、最上段にまで弦楽器奏者がいるのは、さすがに壮観である。

第1楽章のかすかな響きで音楽が開始すると、やがてクラリネットが、トランペットが、徐々に音楽は大きくなってやがて太陽がパッと姿を現す。そのクレッシェンドの印象的なシーン。この曲は聞きどころが満載である。ヴィオッティの指揮はここでも少し硬く感じられたが、それも第2楽章の鋭く刻むスケルツォで、彼は自信を深めていったように見える。この第2楽章のリズムは私のこだわる部分だが、これまでに聞いてきたどの演奏よりもエキサイティングだった。そして中間部の繊細さも!

第3楽章は「巨人」の白眉ともいえる楽章だ。まず冒頭のコントラバス。通常はソロであるフレーズを、何と彼は奏者全員で弾かせた。さらに中間部では、ハープの独特な響きに伴われて、マーラーの心の奥底を垣間見るようなシーンとなるが、彼はそのことを十分心得ており、その表情付けには圧倒された。しかもこれまで聞いたことのないような、新しい音楽に聞こえてきたのはちょっと意外だった。

楽章の間だというのに、静まり返った会場は、第4楽章のシンバルの一撃を指示するタクトに全体の視線が注がれていた。咳をしたり、座りなおしたりすることもできないくらいに体が硬直し、その霊感に圧倒されていたのだ。そのようにして始まった長い第4楽章は、まるで魔法にかけられたような圧倒的なものだった。展開部の弦楽器のアンサンブルは、それはもう感涙にむせぶような気持ちにさえなったのだ。

圧巻のコーダに至っては、ホルン奏者が総立ちとなり、会場が震えるような音量の中を突き進んだ。演奏が終わると爆発的な拍手とブラボーが送られたのは当然のことだった。各奏者を順に讃え、指揮者も長々とお辞儀を繰り返す。オーケストラが去っても会場を去る人は少なく、拍手と歓声が続く。そして再び姿を登場した長身のマエストロは、舞台を歩き回って手を振り、この就任披露が大満足の結果となったことを観客とともに祝っていた。

NHK交響楽団第2067回定期公演(2026年6月14日NHKホール、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮)

優れた指揮者のもとでは、一体化したオーケストラの響きが、まるでひとつの楽器になったかのように3階席にまで鮮やかに届く。90年代前半、この席の常連だった私には信じられないことだが、最近のN響は本当に巧くなった。。 今シーズンのN響Aプログラム最終回を指揮したのは、オランダの指揮者ヤ...