2026年9月19日土曜日

「行進曲」―世界に冠たる日本のマーチ―(武藤英明指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

通常「行進曲(マーチ)」と言えば、オペラやバレエの中で繰り広げられる特定のテーマに沿ったものを除けば、軍隊や警察のような組織が統制を取って行進するための実用的なものである。一般に吹奏楽団と呼ばれる音楽隊は、このような曲を演奏しながら行進するので、弦楽器や大きな打楽器は含まれない。指揮者もいないか、もしくは先頭を歩いて拍子を取る程度なので、基本的には単純な2拍子である。

そのような行進曲は、大きくヨーロッパ型とアメリカ型に分かれる、とかつてラジオで山本直純氏が語っていた。山本氏によれば、ドイツを中心としたヨーロッパ型の行進曲は幾分足取りが遅く、それに対してアメリカ型のマーチは、速くて威勢がいいということだった。そしてそこに、明治時代になって軍事力の近代化を急ぐ日本の行進曲も登場した。

我が国の行進曲は、ごく簡単に言えば戦前の作品と戦後の作品に分かれる。戦前は軍歌風で、中間部に歌詞を伴って歌うメロディー部分が含まれている。「愛国行進曲」などがその例だろうか。一方、戦後はスポーツ中継などのテーマとして、このような政治的意図を感じさせない曲が中心になった。とはいえ、1980年代頃までは、国体や高校野球に限らず、運動会でも一糸乱れず行進することがもてはやされていた。これは世界的な傾向だったと思うが、今ではオリンピックでもそういう行進の仕方はしない。

スポーツ大会の「民主化」に伴って、実用的な行進曲の需要は消えたのかもしれない。しかし、我が国の古典的行進曲をフル・オーケストラ用に編曲して演奏する決定的な一枚が登場していたことに、私は最近気づいた。そのアルバムには「世界に冠たる日本のマーチ」などと威勢よい副題がついていてやや気持ち悪いのだが、演奏は実に堂々とした、歯切れの良いものである。それを何とロンドン・フィルが演奏している。

指揮は武藤英明で、桐朋学園を卒業し、主にチェコで活躍している指揮者だが、日本のオーケストラへの登壇も多いようだ。ただ、私はまだ実演に接したことはない。レーベルは我が国のEXTON(オクタヴィア・レコード)で、ここは数多くの日本人による演奏を精力的にリリースしているが、当盤もその一枚である。収録された曲を見ると、戦前・戦後をバランスよく交えたものだが、少し短い。私としては、戦前のものなら「愛国行進曲」、戦後のものであれば「若い力」や「大空」あたりが欲しかったところである。何せフル・オーケストラによる行進曲集は貴重なので、もう少し欲張って欲しかったというのが正直な感想。

最後になぜか「鉄腕アトム」が入っているのはご愛嬌というものだろう。だとすれば、「アンパンマン・マーチ」でも「トトロ」でも良かった気がする


【収録曲】(すべて武藤英明の編曲による)
  1. 古関裕而:オリンピック・マーチ
  2. 團伊玖磨:祝典行進曲
  3. 古関裕而:栄冠は君に輝く
  4. レイモンド服部:行進曲「コバルトの空」
  5. 吉本光蔵:君が代行進曲
  6. 瀬戸口藤吉:軍艦行進曲
  7. 奥村一:行進曲「太陽の下に」
  8. 川崎優:行進曲「希望」
  9. 大沼哲:立派な青年
  10. 古関裕而:スポーツショー行進曲
  11. 黛敏郎:スポーツ行進曲
  12. 高達雄:鉄腕アトム

2026年9月9日水曜日

ブラームス:合唱曲集(マリリン・ホーン(S)、ロバート・ショウ指揮アトランタ交響楽団・合唱団)

ブラームスのもっとも有名な合唱曲が「ドイツ・レクイエム」であることは疑う余地がないが、それ以外にも短い曲がいくつかあって、いずれもレクイエムと似てしみじみと味わい深く、ひとつひとつが素晴らしい作品である。しかし、合唱団を伴うこれらの曲が実際の演奏会で取り上げられることは少なく、ディスクへの録音でも、交響曲のカップリングとしてひっそり存在している程度である。

だが、いろいろ探していたら、4つの合唱付き作品を収録したものが見つかった。アメリカの有名な合唱指揮者、ロバート・ショウがアトランタ交響楽団を指揮した一枚である。そして「アルト・ラプソディ」に加わるアルト独唱には、重鎮のアメリカ人マリリン・ホーンが参加している。少し聴いてみると、実にこれが素晴らしかったので、ここで取り上げることにした。

【収録曲】

  1. 「アルト・ラプソディ」作品53
  2. 「運命の女神の歌」作品89
  3. 「哀悼の歌」作品82
  4. 「運命の歌」作品54

まず「アルト・ラプソディ」だが、これは上記の中では最も有名で、かつ演奏されることが多い作品である。ゲーテによる「冬のハルツの旅」からの断章が用いられており、アルト独唱と男声合唱が用いられる。3つの部分から成り立っており、人間嫌いの世捨て人が感じる心の痛みを表現している。ここで世捨て人とは、失恋したブラームス自身ではないか、という解釈がある。

こう書くとブラームスに叱られるかもしれないのだが、この曲の出だしはワーグナーの楽劇を彷彿とさせる。もっとも、ブラームスとワーグナーは、派閥として弟子同士が対立していたのであって、当人同士は尊敬し合っていたと言われている。そう思って聴くと、この曲はワーグナー風のブラームスという特殊なものに思えてくる。後半のアルト独唱と合唱の天国的な融合は、聴いていて心が洗われるようだ。

次の「運命の女神の歌」は、別の「運命の歌」と混同してしまいそうになるが、こちらもゲーテの詩から歌詞が採られている。「タウリスのイフィゲーニエ」という戯曲の第4幕らしい。ここの歌詞は、神々を恐れる人間の歌である。ブラームスはもう50歳になろうとしていたが、この時期に大いなる不安を抱えていたようである。そう思って聴くからか、この曲にはシューマンのような不安定さと、ブラームスの力強さが混在している。実際、この曲を絶賛したのはクララ・シューマンだったようだ。

3番目の「哀悼の歌」というのは初めて聴いた曲だったが、やはり美しい混声合唱を伴い、時にハープの音も聞こえるが、冒頭とコーダをはじめとしてしばしば奏でられるオーボエが印象的な曲だった。ブラームスらしい底堅い力強さと繊細さが感じられる。その名の示す通り、これは亡くなった人を哀悼するもので、やはり「ドイツ・レクイエム」の線上にある曲とも言えるだろうか。

収録された最後の作品は「運命の歌」である。これもまた素敵な曲である。私はかつてクラウディオ・アバドの指揮するディスクで感動した覚えがある。最初は管弦楽のみの序奏で始まるが、やがて女声合唱が静かに歌い始め、次第に男声も加わっていく。何と心が落ち着く曲だろうか、と改めて思う。ところが中間部になると、激しく緊張感のある曲調に変化する。トルコからのギリシャの独立戦争が背後にあるテーマだが、これは原詩であるフリードリヒ・ヘルダーリンの「ヒュペーリオン」の歌詞に由来する。

合唱が付いているのは第2部までで、最後はオーケストラのみの曲となる。言葉よりも音楽が、より饒舌に、そして真摯に胸に迫る、と考えたのかもしれない。天国的な雰囲気に変化する音楽は、自然への賛歌ともいうべき昇華の中で、十数分の曲を静かに閉じる。

さて、私は1995年に米国ニューヨークに滞在していたことを、これまでに何度か書いた。そして私は幾度となくカーネギーホールやリンカーン・センターに馳せ参じていたのだが、毎月の演奏会を記した縦長のリストを見て驚いたのは、ロバート・ショウがいまだ現役でコンサートの指揮をしていたことだった。トスカニーニとの共演もある指揮者だったロバート・ショウの「LIVING STEREO」と題されたシリーズに録音された生々しいアナログ・サウンドのLPレコードが小学生時代の我が家にもあったのを覚えている。

もう80歳にもなる彼は、自身が設立した合唱団を解散した年(1967年)にアトランタ交響楽団の指揮者に就任している。そしてこのディスクも、そのアトランタのオーケストラと合唱団を指揮している。

一方、マリリン・ホーンについても、長年現役を続けたメゾ・ソプラノの大御所で、やはり私のニューヨーク時代にコンサートを開いていた記憶がある。そして彼女は、2026年の今でも92歳で健在である。改めて調べてみると、彼女はロッシーニやベッリーニなどのベルカント・オペラを得意とし、数々の名声を博したようだ。これもやはり1960年代が中心の話であって、それ以降も現役を続けた点で、ロバート・ショウと同時期に生きた古きアメリカのクラシック音楽家の栄光を感じる。それがデジタルの時代になって、テラークの名録音で蘇った当盤は、もはや遺産級のディスクであると言ってもいいのではないだろうか。

2026年8月18日火曜日

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それをモロッコからモーリタニアに続く砂漠地帯を舞台に展開する。

有楽町にあるそこそこ広い映画館に座った私を、重低音のリズムが襲った。映画が始まって長い間、容赦なくそれが続く。振動は四方八方から聞こえてくる。やがてそのリズムに合わせて自然に体が動き、勝手勝手に踊りだす。「レイブ」と呼ばれるらしい。Wikipediaによれば、主に1980年代後半から1990年代初頭にかけてイギリスで流行した若者文化で、麻薬との併用によってエクスタシーを得るようなパーティーが盛んに行われた。スクリーンではモロッコの砂漠で、レイブのパーティーに集まったヨーロッパの若者たち。いずれも、浮浪者、あるいは世捨て人のような人たちで、それぞれの背景はよくわからないが、世間から離れ、もはや生きる意味など失ってしまったような風貌である。だが考えてみれば、いつ自分がそうならないとは限らないのが、今の世の中ではないか。

この映画には、ヨーロッパで始まった第三次世界大戦のニュースと、迫りくる軍事組織が時に登場する。レイブ・パーティーに参加する若者は、そこから逃げ惑うように自動車を走らせ、次の会場を目指す。辛うじて現世の中を生きている。

一方、まだ世捨て人にまでなったわけではないスペイン人の主人公ルイースは、愛する娘がレイブに参加すると言って家を出て行ってしまったらしい。彼は息子のエステバンを伴ってモロッコの砂漠に出かけ、写真を見せては消息を尋ねるが、誰も知らない。しかし、別の場所で次のパーティーがあると聞き、移動する一隊に加わる。人目を避け、目的地に着くまでの行程は、狭い急斜面の道の連続で困難を極める。パンフレットにあるような「父が娘を探すロードムービー」とは桁違いの描写が続く。そして幾度となく繰り返される重低音の音楽も。

次のパーティー会場まで、いったいどういう風に行くというのだろう。あまり計画性はなく、行き当たりばったりのようにさえ見える。いや、彼らはすでに死後の世界との境を歩いているのだということが、次第にわかる。そして突如起こる事故や事件に、見る者は震撼し、目を覚ます。主人公を含め最後まで登場人物の背景も関係もわからない。極限状態に置かれ、人間が取りうる行動の選択肢がなくなっていく悲しさと、それを宿命として受け入れなければならないと悟る、死の直前の恐怖。それにしても一体何を描こうとしているのだろう。見終わると疑問が長く続く。そんなことを深く考えさせられるこの映画は、カンヌ国際映画祭に出品され、4冠に輝いた。 

2026年8月17日月曜日

映画:「大統領のケーキ」(2025年、イラク・アメリカ・カタール)

私にとって湾岸危機(1990年)と、それに続く湾岸戦争(1991年)は衝撃的な事件だった。ちょうどそのころ、夏の間だけ私はスイスに滞在していて、帰国の際にはイスラエルやエジプトなどに寄って帰ろうとしていたからだ。しかしサダム・フセイン(イラク)がクウェートに侵攻すると、多くの西側諸国の市民を人質にとった。その中にもちろん日本人もいた。

湾岸戦争が起こっても、フセインの独裁政権はなくならなかった。しびれを切らしたアメリカは、大量破壊兵器を増産しているとしてイラクを攻撃(2003年)することになるが、それまでの間も延々と恐怖政治は続き、外国からの経済制裁がさらに追い打ちをかけた。圧政下で犠牲になるのは、いつも無名の一般市民、それも弱い立場の人々である。ただでさえ過酷な砂漠の国で、貧しい暮らしを耐えしのぐのは容易なことではない。特に老人や子供にとって。

南部メソポタミアのデルタ地帯に住む若干9歳の少女ラミアは、すでに両親を失い、祖母と2人で極貧生活を送っている。ある日少女は、学校に遅刻しただけで、昼食として持参したリンゴを先生に盗まれる。見ていてそれだけでも腹が立つのだが、軍事政権下の学校は、それ自体が体制維持の容赦なき隷属装置となっている。権力に歯向かうと市中引き回しの刑が待っている(実はこれは、江戸時代や太平洋戦争中の我が国とさほど変わらない)。そんな中でラミアは、あろうことか大統領の誕生日を祝うケーキを作る担当にさせられてしまう。

フセインは全国の学校に、自らの誕生日を祝うケーキを作るよう命じていたのである。これに何の根拠もないし、そもそもケーキを作るにも材料が不足していて手に入らないし、お金もない。しかも、たった2日間で仕上げる必要があるのだ。そこに追い打ちをかけたのは、高齢の祖母がもはや仕事を続けられなくなるという事態だった。祖母はラミアを町に連れて行き、彼女を養子に出すことにする。しかし彼女はその怪しい様子を嗅ぎ取って脱走する。愛する雄鶏ヒンディを伴って。ここまでは、検索すると表示される「ネタバレ」以前のあらすじである。

差し支えない範囲でもう少し書こう。彼女には同級生の男の子の友人サイードがいた。彼は父親に連れられて遊園地でスリの手伝いをさせられているのだが、逃げたラミアはそこに合流し、一緒にケーキの材料を探すことになる。わずか1日の間に、材料を探し回る2人の小学生と、ラミアを探す祖母の様子が描かれてゆく。だが、極度の食糧難のイラクにあって、誰も手など差し伸べてくれない。それが、たとえあどけない少年・少女であっても。

この映画のポスターに「実話から生まれた感動作」などと書かれている。「感動」を『広辞苑』で調べると、「深く物事を感じて心を動かすこと」とだけ書かれていて、それはポジティブな局面だけでなく、ネガティブな局面でも使われる可能性を排除していない。しかし一般に人々が「感動する」というとき、それはいい意味でのことである。こういうとき「新明解国語辞典」(三省堂)の出番である。そこにはこう書いてある。「美しい行為・話・芸術作品などを見たり聞いたりして、人間の理想に触れた感じがして、充足感を覚えること」。

後者の解釈に従えば、この作品を私は決して「感動的」だとは思わない。いや、むしろその逆で「絶望的」である。なぜなら、登場する人物のほとんどすべてが悪人なのである。大人たちのような立場の人間でも、平気で子供をいじめ、搾取し、罵倒する。長く続く独裁政治と貧困が、いかに人々の心を荒廃させているか、その様子は容赦ない。それでも子供たちは健気に生きている。そして彼らに手を差し伸べてくれる大人が、まったくいないというわけでもない。偶然にもたらされるそれが、わずかな救いである。

この映画のトーンは砂漠のように極めて乾燥しており、感傷的なシーンなど皆無である。そのことが一層リアルに、見ているものの心を突き刺す。登場人物はすべて素人から採用されたという。監督の実経験をもとに、圧政下のイラクで起こっていた様々なエピソードをつなげた本作品は、カンヌ国際映画祭で2つの賞を受賞した。実話をベースにしている点で、そして今もなお戦禍の絶えない中東で起こっているであろう庶民の耐え難き生活は、この映画のような感じだろうかと貧弱な想像を働かせたりするが、それは我が国がかつて辿った道でもある。

ケーキは辛うじて完成し、当日学校へ持参するが、そこにとんでもない事態が生じる。その内容は書かないが、この映画のひとつのキーは、ラミアとサイードが時に行う「にらめっこゲーム」である。瞬きをした方が負けという単純なものだが、これが何を意味しているのだろうか。最後のシーンを見ながら、そのことを考えた。そしてこれは、独裁政治というものがどれほどの悲惨な状況をもたらすのか、ということを主題としながら、そこに空爆を繰り返す米国の大義なき戦争をひそかに批判しているとも言える。このたびの米国によるイランへの軍事作戦の結果、イラクは石油の輸出量が激減し、国内経済は崩壊寸前だと言われている。イラク人の監督によって、このような映画が作られたことは画期的である。だが、その状況は現在でも続いていることを忘れてはならない。

2026年8月16日日曜日

下野竜也プレゼンツ!音楽の魅力発見プロジェクト第13回(2026年8月15日すみだトリフォニーホール)

チケット予約サイトを見ていたら目に留まったのがこのコンサートだった。下野竜也が自ら企画し、司会を務め、新日本フィルを指揮するらしい。すでに13回目というが、私はこのような企画があったことをこれまで知らなかった。よく見ると、今年の出し物はブルックナーの交響曲第4番「ロマンチック」(ハース版第2稿)である。それは何と終戦記念日であるお盆真っただ中の8月15日。真夏にのんびりブルックナーに耳を傾けるのも悪くないな、などと考えた。いわば「レクチャー・コンサート」だからチケットも安い。

まあ素人向けの気さくなコンサートを思っていた。実際、前半に行われた「特別レクチャー」では、ホール前面のパイプオルガンを覆い隠すように大きなスクリーンが設置されている。マイクを持って登場した下野は、まず滝廉太郎の「花」を演奏し、隅田川とブルックナーの関係を説明(!)した。「徹底解剖」というほどのアカデミックな話は一切なく、時折冗談を交えながら、楽しいトークとなった。こういうコンサートなら、オーケストラも気さくにやっているのだろうと思っていた。しかし、後半に行われた全曲の演奏は、素人騙しのレベルなどではなく、ブルックナーの魅力を引き出す大名演だったと思う。うちとけた雰囲気が、かえってオーケストラの気持ちに余裕を持たせ、そのことが演奏を自然な形で立派なものにした。その手腕はもちろん、指揮者にある。

私は今回、前方の真ん中という絶好の位置に座ることができ、真っ白な衣装のオーケストラを壮観に眺めることができた。それは対向に配置され、左右のヴァイオリンがシンメトリックに響く。奥からは低音のコントラバスと管楽器の数々。教会に勤めたブルックナーの音楽には、その対称的な響きが相応しいと考えた。唯一の不満は、前に座った人の背が高く、丁度指揮者だけが見えにくかったことだ。だから音楽に集中した。そしてその音楽は、これまで何度聴いたかわからないこの曲の魅力を、再発見するものだった。

もしかすると下野竜也は、ブルックナーと相性がいいのかも
しれない(すでに「第00番」以外の曲はすべて振っているそうだ)。ただ、この長い曲の魅力を徹底解剖するには、少し時間が足りなかった。ブルックナーの交響曲全体を俯瞰するのであれば、もう少し他の作品や版の違いにも言及してほしかった気もする。いや、これはむしろ、夏休みに地元の方々を招待して行われるポピュラーなコンサートと理解すべきか。まあ彼自身「一切のクレームは受け付けません」とジョークを飛ばしながら、心からコンサートを楽しんでいるように見えた。

新日本フィルは楽団員が若返り、佐渡裕の時代になって技術的に巧くなっているように感じる。最後に来年度の演目を少し演奏したが、それは何とベートーヴェンの「第九」だった。このさわりだけの演奏もなかなか立派だったが、これは行かねばならぬ。思わぬところで見つけた真夏のコンサートに満足した一日だった。

2026年8月1日土曜日

ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編)(ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ルツェルン交響楽団)

シェーンベルクが編曲したブラームスのピアノ四重奏曲第1番は、実に面白い曲だ。第1楽章の出だしはまさにブラームスの音楽そのもので、「本人がオーケストレーションを書いた」と言われても疑いようのないムードで始まる。しかし、それが徐々に変化してゆき、やがてブラームスの作品では見られないような楽器が顔を出し始める。最終的にはスケールが豊かに拡張され、色彩感あふれるダイナミックなオーケストラ曲として締めくくられる。決してシェーンベルク自身の作風に変貌するわけではないのだが、ブラームスの元の楽想からは確実に解き放たれていく。

ブラームスを敬愛してやまなかったシェーンベルクが、この若きブラームスの傑作の編曲をオットー・クレンペラーに勧められたのは、彼がアメリカ西海岸へ移住した頃のことである。このときすでに60歳を過ぎていた。シェーンベルクは編曲の理由について、「私はこの作品が好きだが滅多に演奏されず、しかも優れたピアニストが演奏するとそのパートが強調されすぎてバランスが崩れてしまう。全てのパートが均等に聴こえるようにしたかったのだ」と語っている。さらに「ブラームスの書法を忠実に守り、もし彼が今オーケストレーションを施したとしても、同じ結果になったはずだ」と付け加えた。楽曲の構造自体はそのままで、音符を変えるような操作は一切行っていないという。だが、実際の響きを耳にすると、この言葉はにわかに信じがたい。

では、実際どのようにしてブラームスの音楽が変貌を遂げていくのか。それこそが、この曲を聴く最大の大醍醐味だ。原曲を知らなくても、ブラームスの音楽に親しんだ人なら「えっ、ブラームスの曲でこんな楽器使う?」と驚く瞬間が必ず訪れる。だが、これは本当にシェーンベルクが狙った効果なのだろうか。何度も聴き込むうちに、私は「これこそがまさに彼の意図だったのだ」と確信するようになった。

なぜなら、「ブラームスからの逸脱」は早くも第1楽章の終盤で姿を現すからだ。もっとも、主題があまりにもブラームスらしくロマンチックなため、一見すると気づきにくい。続く第2楽章の流れるようなメロディも、聴き始めはまさにブラームス的でこの上ない。しかし、中間部を過ぎたあたりで、ブラームスらしからぬ打楽器たちがひょっこりと顔を出す。

しかし、ブラームスらしさの枠にとどまっているのは第3楽章の冒頭までだ。出だしこそ牧歌的でブラームスそのものなのだが、途中から行進曲風の展開になると、多彩な打楽器群が登場して独特のムードを醸し出す。聴いていてとにかく楽しいのだが、「あれ、自分はいま誰の何という曲を聴いていたんだっけ?」と一瞬我に返ってしまう。もっとも、それもしばらくすると、まるで壮大な交響曲のような響きへと引き戻されるのだが。

シェーンベルクは、自身が切り開いた十二音技法のような現代的テクニックをここで駆使しているわけではない。にもかかわらず、ブラームスの時代からほんの少し先の未来にある音楽の予兆を見事に捉えている。原曲の魅力を損なうことなく、もしブラームス自身が編曲していたら決して生まれなかったであろう音楽へと仕立て上げているのだ。そもそもブラームスの原曲にそれだけの深さがあり、すでに新しい時代の芽を蓄えていたことを、シェーンベルクが誰よりも熟知していたからにほかならないからではないだろうか。

終楽章は、元々ジプシー風のロンド(ハンガリー風)である。原曲のままでも目まぐるしいリズムの変化が絶妙で実に楽しいのだが、シェーンベルクの見事な管弦楽法によって、まるでピアノ連弾用の『ハンガリー舞曲』が絢爛豪華なオーケストラ曲へと生まれ変わった。全編がまさにチャルダーシュの熱気に満ちあふれており、ここでもブラームスの他の作品ではお目にかかれないような楽器が登場して、ちょっとした興奮をもたらすこと請け合いである。何の楽器が飛び出すかは、実際に聴いてのお楽しみとしておこう。

シェーンベルクによって新しい時代の光を浴びたブラームスは、不思議で格別な魅力を放つようになった。近年でこそ演奏される機会が増え、それに伴って原曲の魅力も再発見されているが、録音の数となるとまだまだ少ないのが現状だ。名盤として名高いドホナーニ指揮ウィーン・フィル盤も捨てがたいが、個人的には、実演を聴く機会に恵まれたミヒャエル・ザンデルリンクによる新しい録音を名演として推したい。

ザンデルリンクと言えば、シュターツカペレ・ドレスデンと歴史的名盤であるブラームス交響曲全集を残した名指揮者、父クルト・ザンデルリンクの姿が思い浮かぶ。息子であるミヒャエルは、当初特に音楽家になることを期待されていたわけではなかったようだが、気がついてみれば3人の兄弟全員が指揮者として活躍しているのだから、血筋というのは面白いものだ。

2026年7月30日木曜日

バルトーク:管弦楽のための協奏曲(小澤征爾指揮シカゴ交響楽団)

有名曲でもどうにも馴染めない曲というのがある。私にとってバルトークの代表作「管弦楽のための協奏曲」は、まさにその一つだった。他にはストラヴィンスキーの「火の鳥」、R・シュトラウスの「ドン・キホーテ」、あるいはベートーヴェンの「荘厳ミサ」も加えていいかもしれない。馴染めない要因は定かではないが、往々にしてあるのは「いい演奏」に出会えていないというケースだ。自分にとってしっくりくる演奏、魅力を再発見させてくれる演奏を「いい演奏」と呼ぶのなら、出会うまでとにかく探し続けなければならない。

ところでバルトークは、私とよく似た血液疾患を患い、それが原因で亡くなった作曲家である。しかも「管弦楽のための協奏曲」は、自らの死期を悟っていた闘病中に一気に書き上げられた作品だ(当時は病名が本人に知らされることはなかった)。アメリカへ亡命したものの生活に馴染めず困窮していたバルトークを心配し、多くの音楽仲間が支援を申し出た。ボストン交響楽団の指揮者だったセルゲイ・クーセヴィツキーもその一人である。

わずか数か月で書き上げられたこの曲はクーセヴィツキー(の財団)に献呈され、彼の指揮で初演された(1944年)。短期間で作曲されたとは信じられないほど充実した内容であり、バルトーク晩年、いや生涯における最高傑作の一つである。40分にも及ぶ5楽章構成の楽曲は、多彩な楽器が組み合わされた大規模な編成となっている。

第1楽章(序奏)は静かに始まるが、やがてほとばしるような勢いを増し、性急な音楽へと変化する。「死・絶望」と解説されることもあるが、実際この曲は、亡くなったクーセヴィツキー夫人への追悼作品として委嘱された経緯を持つ。金管楽器が入り乱れ、特に終盤における全金管楽器によるカノンは大きな聴き所だ。

第2楽章(対の遊び)は小太鼓のリズムが印象的で、ここで主役となるのは木管楽器群である。遊び心が垣間見え、諧謔的なムードが漂う。金管楽器は音量を抑え、弦楽器もピチカートを多用する。続く第3楽章(エレジー)は、8分に及ぶ弔いの音楽だ。とはいえ、そこはバルトーク。不協和音によって悲しみは湿度を失い、むしろ悲痛な叫びを表現しているかのようだ。そして第4楽章(中断された間奏曲)に入ると、リズムの面白い東欧の民謡風な楽曲となる。バルトークが優れた民俗音楽の研究家でもあったことを思い出させてくれる、短いながらも変化に富んだ楽章だ。

ホルンによる印象的な重奏で始まる終楽章(フィナーレ)は、まずこの冒頭がどれほど鮮烈に響くかが聴き所となる。続いて、急速なテンポによるヴァイオリンの迫力ある合奏(無窮動)が打ち寄せる。ここでもハンガリーの民族的なメロディーが溢れているが、テンポの速さも相まって聴く者は次第に興奮を禁じ得なくなる。

初演後、数多くの録音が残されたが、その多くは米国のオーケストラによるものだった。当時、米国の主要オーケストラの指揮者はほぼすべてヨーロッパ出身者であり、その多くがハンガリー系、つまりバルトークと同郷の演奏家たちであった。ジョージ・セル、アンタル・ドラティ、ユージン・オーマンディ、そしてフリッツ・ライナー。同じ白血病で亡くなるフェレンツィ・フリッチャイもそうだ。後年にはゲオルク・ショルティがシカゴ響と名演を残している。

私は1980年頃の『レコード芸術』の裏表紙に掲載されたデッカ(DECCA)の広告を今でも忘れることができない。だが、期待して聴いたこのショルティによる演奏は、私にさほどの感動を残さなかった。この曲の録音史においてはシカゴ交響楽団による演奏が軸となっているように思えるが、フリッツ・ライナーによる1955年の名録音(ステレオ)と双璧をなす……いや、それ以上に私の心を捉えて離さないのが、当時35歳だった若き小澤征爾の演奏である。1970年に録音されたこの盤は、ちょうどライナー盤とショルティ盤の端境期に位置している。

私が長年探し求めてきたこの曲の決定盤は、最終的にこの小澤盤へと行き着いた。今聴いても湧き立つような興奮を覚え、もの凄い集中力で一気に迫ってくる。ハンガリーの民族的なリズムが強調された表現は、実に鮮やかで見事だ。もし最初にこの演奏に出会えていたら、もっと早くこの名曲を好きになれていたに違いない。

「行進曲」―世界に冠たる日本のマーチ―(武藤英明指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

通常「行進曲(マーチ)」と言えば、オペラやバレエの中で繰り広げられる特定のテーマに沿ったものを除けば、軍隊や警察のような組織が統制を取って行進するための実用的なものである。一般に吹奏楽団と呼ばれる音楽隊は、このような曲を演奏しながら行進するので、弦楽器や大きな打楽器は含まれない。...