2026年1月31日土曜日

NHK交響楽団第2056回定期公演(2026年1月30日サントリーホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

ロシアのウクライナ侵攻でフランスのオーケストラの音楽監督を辞任した、北オセチア生まれのトゥガン・ソヒエフは、モスクワのボリショイ劇場の音楽監督の座も投げうってフリーランスとなった。しかし彼の実力は、世界が認めざるを得なかったようだ。その後もベルリン・フィルやウィーン・フィルの公演に呼ばれ、ついに来年(2027年)のニューイヤーコンサートの指揮台に立つことが発表されている。

多忙を極めるソヒエフが毎年のように来日し、毎回1か月もの期間東京に滞在して、3シリーズ計6回の定期公演に登場してくれることは、東京の音楽ファンにとって嬉しいことこの上ない。私も2016年以来、機会あるごとに出かけてきたが、毎回名演である。そして今年もまた、私にとって10回目となるソヒエフの演奏会に出かけることになった。サントリー定期の会員として、今回はオール・ロシア・プログラムが組まれている。

最初の曲はムソルグスキーの歌劇「ホヴァンシチナ」から前奏曲「モスクワ川の夜明け」であった。この作品はリムスキー=コルサコフの編曲版がよく知られているが、今回はショスタコーヴィチの編曲によるものだった。もっとも私はほとんど聴いておらず、その違いはよくわからないが、作曲年代から考えてショスタコーヴィチ版の方が規模が大きく、チェレスタなどの楽器が使われるようだ。ソヒエフはこの5分ほどの曲を丁寧に演奏した。早朝のモスクワに居合わせるかのようなムードが漂い、その魔法のような音楽作りに見とれるばかり。

プログラム2曲目は、ピアニストの松田華音(かのん)を迎えての、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番である。私は恥ずかしながら、この曲を聴くのは初めて。しかも松田のピアノも初めてであった。プロフィールによると、松田は高松生まれ。6歳でモスクワに渡り、モスクワ音楽院を首席で卒業したとある(2019年)。今となってはロシアに留学するのは大変なことだろうが、彼女の場合、少し早かったのが良かった。とはいえ、あの寒いロシアに若干6歳から留学するなど、想像の域を超えている。

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は2曲あり、こちらは後の方(1957年)。2つの作品の間に第2次世界大戦があり、ソビエトの社会状況は大きく変わっていることは周知の事実である。1957年頃といえば、中学生の歴史の教科書でも触れられているように、デタント(雪解け)が進んだ頃である。それだからか、このピアノ協奏曲第2番もどこか明るく快活である。

この第2楽章を聴いて、私は少し驚いた。ショスタコーヴィチの音楽といえば無機的な響きを想像するのだが、ここは何とロマンチックな音楽で、ショスタコーヴィチでもこういう曲を書いたのかと思わせるようなものだった。ショパンかドイツ音楽を思わせる。松田は何度も舞台に呼ばれ、当然のことのようにアンコールを弾いた。会場の出口であとで確認したところ、これはシチェドリンの「ユモレスク」という曲だったようだ。

20分の休憩を挟んでの演目は、プロコフィエフの交響曲第5番であった。舞台上に多くの楽器が並び壮観である。プロコフィエフを得意とし、録音も行っているソヒエフの十八番である。いつものように指揮棒を持たず、時折すくい上げるようなジェスチャーで各楽器へ細かい指示を出す。もう少し前の方で見ていたら(それはサントリーホールの場合、P席でもいいかもしれない)、その面白さを堪能できただろう。

ソヒエフの音楽を聴きながら、いつもながら雑味のない、極めてバランスの取れたその音楽をどう表現すればいいのかと考えた。すると卑近な例が思い浮かんだ。先日、近江の有名な酒蔵を訪れた時に買った純米大吟醸の日本酒が思い出されたのだ。ソヒエフの音楽は決して大音量を出すわけではない。私はカラヤンの音楽を聴いたことはないのだが、もしかすると、その絶妙なバランスは天性のものかもしれない。しかし各楽器は抑制された息苦しいものではなく、むしろ陽気に解き放たれ、奏者は自信を持って弾いているように感じる。

第1楽章の冒頭から終楽章のコーダに至るまで、ソヒエフの解釈は揺るぎなく、完璧であった。N響はいつも思うのだが、プロコフィエフが大変似合う。そしてソヒエフの魔法にかかると、いっそう輝きを増す。弦楽器奏者が椅子から立ち上がらんばかりに体を揺らし、管楽器が掛け合う。その合間に響く打楽器、ピアノ、ハープ。実演ではやはり終楽章のアレグロが手に汗握る様相を呈した。いつもの醒めたものとは違い、間髪を入れず沸き起こる拍手とブラボー。そうか、N響のサントリー定期でもこれほどの熱狂があるのかと思った。

ソヒエフのN響との次回の共演は、早くも今年11月に開催されるようだ。しかも3つのプログラムはいずれも魅力的で、私はすべてのコンサートに足を運ぶことも検討している。Aプログラムのプロコフィエフ(ヴァイオリン:神尾真由子)とショスタコーヴィチ(交響曲第8番)、Bプログラムのラフマニノフ(ピアノ:カントロフ)とチャイコフスキー(「くるみ割り人形」)、そしてCプログラムのベートーヴェン・チクルスの一部(交響曲第2番と「田園」)である。

2026年1月17日土曜日

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲(ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 お正月といえば、とかく午前中である。元旦とは元日の朝のことを言うし、初日の出を見ると一年の始まりにふさわしい気持ちになるものだ。お正月の朝は、新鮮な気分にさせてくれる。だが、お正月の夕方も良い。特に、日の暮れる直前の、冬の雲がところどころ色を変え、やや紫がかった空に漂っているかと思うと、夕日が当たって色がさまざまに変化するのを眺めているうちに、時間のたつのも忘れて見入ってしまう。日の短い1月のことだ。午後4時頃ともなると、そういう時間になる。外はひっそりとし、静まりかえっている。

恒例のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートまで、まだしばらく時間もある。そこで、晴天続きの今年の元日は、ほろ酔い気分で散歩に出かけた。耳にはチャイコフスキー。今日はマンフレッド交響曲を聞いている。チャイコフスキーには、番号の付いた6曲の交響曲のほかに、「マンフレッド交響曲」という作品があって、これはストーリーを元に作られた標題交響曲である。ベートーヴェンの「田園」がその起源だと習ったが、その後ベルリオーズの「幻想交響曲」で大きく飛躍した。リストはあの大きな「ファウスト交響曲」を、シベリウスは「クレルヴォ交響曲」を、リヒャルト・シュトラウスは「アルプス交響曲」を書いている。

チャイコフスキーにバイロンの劇詩「マンフレッド」を元にした交響曲作曲の依頼が舞い込んだのは、依頼主のバラキレフがベルリオーズに高齢を理由に作曲を断られたからである。私はここで、ベルリオーズがチャイコフスキーと重なる年代を生きていたことに、改めて思いを馳せるのだが、チャイコフスキーはこの仕事を受諾し、時間はかかったが見事な一時間余りの曲を作った。ちょうど交響曲第4番と第5番の間のことである。

私は長年この作品に接することがなかった。しかし、今ではチャイコフスキーが作曲した7曲の交響曲の中で、最も気に入っている。かつては少なかった演奏の頻度も、最近は増えているように思える。作品の魅力に気づく人が多くなってきたのだろうか。今、私が聞いているウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルによる演奏は、2006年にリリースされたライブ録音(2004年)である。思うにチャイコフスキーには、このような物語付きの曲が親しみやすく、よく似合うと思う。語弊があるかも知れないが、通俗的な名曲にこそ、チャイコフスキーらしい抒情性がストレートに、遺憾なく発揮されているように思う。

その素晴らしい抒情性は第1楽章から全開である。陰影に富んだ出だしは、どこか歌劇の前奏曲のようである。「アルプスの山中を彷徨うマンフレッド」。そもそもバイロンの「マンフレッド」なる物語の内容を知らないままこの曲を聞いてきたのだが、ここがアルプスを彷徨うシーンだとは知らなかった。恋人を死に至らしめたことを苦しんでいるということだが、私にはやはりロシアの大地の香りがしている。そして勝手に、その荒涼とした大地を想像している。後半ではハープの音も交じって少し色がつくと、いっそう悲しさも倍増されるような気がする。そして緊迫感に満ちたコーダになだれ込む。この第1楽章は、チャイコフスキー渾身の力が込められている楽章である。

第2楽章は「アルプスの妖精」。小刻みなフルートが、妖精の飛び交う様子を音楽にしている。やがてとてもロマンチックな主題が流れてきて、明るく楽しげな様子に、聞いている方も嬉しくなる。まるでバレエ音楽のように気さくに聞けるところがいい、かわいらしい曲である。

さて、第3楽章冒頭もまた、苦しいほどのなつかしさを感じさせる曲である。「山人の生活」と題されたこの部分は、穏やかな中に明るさも感じさせ、そうかと思うと軽やかな3拍子に乗って牧歌的な歌声も聞こえてくる。民謡風と言ってもいいのではないかと思うほど親しみやすいこの楽章まで聞いてくると、これは原作が抽象的で難しいことで損をしているだけではないか、と思えてくる。それにしても晴れた冬の空に、これほど似合う曲はないのである。

ユロフスキの演奏は非常な名演だが、ライブ録音である。楽章間には観客の音が収録されている。そして満を持して最も長い第4楽章「アリマーナの地下宮殿」が始まる。速くやや支離滅裂なこの楽章の出だしだけを聞くと、とても退屈でただうるさいだけの曲に聞こえてくるかも知れない。だから最初から、できるだけ見通しのよい演奏で聞かなければならない。突進する最初の部分も終わって、苦悩と激情に見舞われた部分でさえ、いっとき舞曲風になりどこか明るく、「悲愴」のような救い難い気持ちにはならない。どこかオペラの終幕風でもある。

この終楽章を特徴づけるのは、何とオルガンも登場する長大なコーダである。初めて聞いた時、いきなりオルガンの音が聞こえてきて、私は一体何事が起こったのかと思った。荘厳にしてレクイエム風の音楽は、マンフレッドの苦悩を解放し、静かに幕を閉じる。長い沈黙のあと拍手が沸き起こる。このユロフスキ盤マンフレッド交響曲は、この作品の演奏の中でもひときわ注目すべき演奏である。

2026年1月1日木曜日

謹賀新年

 
2026年の年頭に当たり、新年のご挨拶を申し上げます。

ますます混迷する世界情勢において、いまだ戦争がなくならず、生活格差が拡大するなど、憂慮すべき事態が絶えません。暮らしにくくなる日常で、少しでも平和で落ち着いた方向に向かうことを祈念しながら、今年も音楽に耳を傾けたいと思っています。

令和8年元旦

2025年12月31日水曜日

マーラー:交響曲第9番ニ長調(クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

このブログでは、クラシック音楽の各作品に対し、その曲の良さを最も感じさせてくれると思う演奏を原則1つ選んできた。言わば私にとっての「ベスト盤」ということになる。そしてとうとう、マーラーの作品も交響曲第9番となった。この曲はマーラーが完成させた最後の作品である。

私にとっての「ベスト盤」を選ぶに際して、その曲のすべての録音を聞くわけにもいかないし、それほどの時間もない。しかし私は特定の作品のみ、限られた演奏で聞く方ではなく、なるべく多くの作品を様々な演奏で聞いてみたいと考える方だ。そしてできることなら、古い演奏ではなく新しい演奏から選びたいと思っている。一般にクラシック音楽の愛好家は、古い定評ある演奏や掘り出し物を漁る傾向が強いから、これはちょっと変わっていると言える。また新しい演奏は、ディスクとしては高価であることが多い上に、まだ評価が定まっていないというハンディがあり、とかく敬遠されがちでもある。だが私は、なるべく今の時代に相応しい演奏を聞きたいと思っている。

とはいえ古い演奏が嫌いであるわけでもない。私がクラシック音楽を聞き始めた少年時代、我が家にあったLPレコードは、フルトヴェングラーやトスカニーニなどのモノラル録音が中心だった。ワルターのモーツァルトには、今では聞けなくなった優雅な響きが感じられたし、クレンペラーのベートーヴェンには揺るぎない格調高さがあった。だが、これらは今の時代に聞けなくなって久しいスタイルで、時代が経過した今では同じような演奏が成立しないだろう。そして常に芸術は進化しなければならない。現代における存在価値が問われているからだ。

さてマーラーの第9交響曲だが、この作品には初演したブルーノ・ワルター以降、数多くの録音が残されているのは周知の事実である。そんな中で私が初めて自分のお金で購入したのは、ジョン・バルビローリがベルリン・フィルを指揮した一枚だった。理由は至極単純で、この演奏のみが1枚のCDに収まっていたからだ。だが今から考えると、音質が犠牲になったのではないだろうか。どことなく弛緩した、聞こえが悪い演奏に思えて、とうとうこの演奏から遠ざかってしまった。ベルリン・フィルが実演での素晴らしさから、スタジオ録音を申し出たといういわくつきの録音だったのだが。

当時の我が家にあった比較的新しい演奏は、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団によるもので、LP2枚組。ボックスに入れられて特別な存在感も感じさせるものだった。この演奏で聞く第4楽章に、まずは感動を覚えた。LP片面いっぱいに収録された長いアダージョを繰り返し聞いては、マーラーがテーマとした「死」とは、この音楽の意味するところなのか、などと考えていた。

デジタル録音の時代に入ろうとしていたころ、ベルリンで立て続けに2枚のライブ盤がリリースされた。ひとつはレナード・バーンスタインがベルリン・フィルに客演した時の放送録音から編集されたもので、バーンスタインのベルリン・フィルとの共演はこれが最初で最後。バーンスタインはこの他に、ニューヨーク時代の全集やウィーン・フィルとのビデオ、さらにはコンセルトヘボウ管との録音もあって、さすがにマーラーに生涯を捧げた指揮者らしく、いずれも超のつく名演である。

このライブ盤に触発されたのか、ベルリン・フィルの帝王、ヘルベルト・フォン・カラヤンはこの曲をスタジオ録音した直後に、さらにライブ盤をリリースしたのには驚いた。このライブ盤の第9は精緻を極めた演奏で、今もって評価は高い。当時の新しいマーラーの録音と言えば、この他にはクーベリックとハイティンクが知られていた程度だった。

ベルリン・フィルとのマーラーの第9交響曲は、その後を継いだクラウディオ・アバドによって頂点を極めたと思う。私がこの曲の私的なベスト盤に選んだのは、アバド2度目の全集となるベルリン・フィルとの演奏である(1999年)。アバドはこの翌年、がんの手術を受けている。復帰後も数々の名演奏を成し遂げたアバドだが、病後の風貌の変化に驚いたのは私だけではない。そんなアバドの名演のかなでも、これは屈指のものではないかと思う。

さて、マーラーの第9交響曲である。

この曲はよく「純器楽に回帰した作品」と言われる。たしかに歌曲を組み込んだ第2番から第4番、あるいは第8番や「大地の歌」のように、マーラーの交響曲はベートーヴェンと並ぶほどに改革の軌跡であって、純器楽的な第5番から第7番にしても、音楽は野心的で難解である。それに輪をかけて複雑極まりない作品が、第9番だと思っている。その「複雑さ」を音楽的に説明するのは、学者レベルの音楽的知識が欠かせず至難の業である。ただ、聞いていて感じるのは、その複雑さ(難解さ)は、斬新な音色がする(というのももちろんあるが)といったものに加えて、一見それまでと同じ音楽の衣装をまとっているかのようでありながら、一体どこをどう聞いているのかわからなくなっていく、まさにその不思議な体験による。

わかりやすく言えば、繰り返しに見えて実はそうではないということではないだろうか?音楽が二度と同じフレーズを繰り返さず、楽器が異なっていたり、少し音符が違っていたり。それがえんえんと続く。そのために演奏に向き合う集中力を、指揮者も楽器奏者も、そして聴衆も要求されるからだ。この曲を演奏する側も、そして聞く側も、この「一見わかりやすいように見えて実は複雑極まりない音楽」に対峙しなければならない。カラヤンをして「物凄いエネルギーが要る」と言わしめたものの正体を、一体どのように理解すればいいいのか。このブログでこの曲を取り上げることも、やはりとてもチャレンジングなのである。

第1楽章は自由なソナタ形式とされており、調性もニ長調となっているが、これが単純なソナタ形式ではないことは有名である。むしろソナタ形式の残骸が残っている程度に変質させられ、もはや原型をとどめていないくらいになっている。今とは違って、実演が唯一の体験だった初演当時において、演奏を繰り返し聞くことはたやすいことではなかった。私のような時間のない素人と同じである。だから、その複雑さの説明(は、今では多くの音楽家、評論家によって書かれている)をすることは控えるし、それを事前に読んで理解すべきなのか、という根本的な問題に突き当たる。そもそも音楽は、ひとまず頭で理解するものではなく、感じるものではないのか。

だが、それにしてもこの音楽の異常なまでの難しさが、音楽家の探求心に火をつけるのは事実だろう。前作の「大地の歌」の最後のモチーフを引き継ぎ、それまでの多くの作曲家が残したあらゆる「別れ」や「死」のテーマを引用した楽譜は、後の作曲家だけでなく多くの学者の分析の対象となった。作曲に関係する文献も、ベートーヴェンの時代にはなかった様々な情報が、マーラーの時代になると膨大なものになって残っている(妻の証言など)。それを知ったほうがいいのか、知らないほうがいいのか。だが、ブルーノ・ワルターがこの曲を初演した1912年は、まだ録音というメディアがなかった。いくら多くが語られたとしても、音楽自体は演奏された直後には消えてしまう芸術でしかなかったのだ。

そういう意味でこの曲を聴くことは、作曲家、指揮者、そして聴衆の間に一度限りの真剣勝負を挑む格闘技の様相でさえある。その様子をそのままライブ収録したものが多いのが頷けるのは、そのためかもしれない。冒頭の低いハープが聞こえてきたとき、マーラー特有の世界が目の前に現れ、私たちは一気に長い旅に出るような感覚にとらわれる。それは人間が最後に迎える「最期」への長い旅路である。

第2楽章に進もう。マーラーの交響曲には各楽章に饒舌な指示がなされているが、ここは「ゆったりとしたレントラーのテンポで、いくぶんぎこちなく大いに粗野に」となっている。3拍子のファゴットに導かれて弦楽器がリズムを刻む。この刻みは鋭角的であるのが好きだ。そしてこのマーラーならではの諧謔的な踊りは、精緻を極める難しさとは裏腹に、どこか醒めた感覚と深刻な動悸が交錯する混乱の様相を呈しているように感じる。バーンスタインのように「大いに粗野」であるのもいいが、私はアバドのここの演奏に、残響を廃しビブラートを抑えた現代的な新しさを感じる点で大いに好感を持っている。

第3楽章に入ると、音楽はいよいよ複雑さを極めていく。私の文章力では、この錯乱した音楽をどう表現すればいいのかわからない。第2楽章のようなスケルツォ的ではないのいだが、「ブルレスケ」となっている道化師のような滑稽さと、それを冷めた目で見ているもうひとりの自分が、時に入れ替わり、あるいはともに舞踏を踊るような錯覚を覚えるとき、この楽章はまた第2楽章の続きであり、形体を変えたもう一つのアイロニー(マーラーが好んだ)、あるいは喜劇的表現ではないかと思えてくる。実演で聞くと、この楽章はオーケストラは必死である。そして次第に熱を帯びてくる様子が手に取るようにわかる。

興奮に満ちた第3楽章のコーダが、この曲のクライマックスのひとつであるとすると、その対照的ないまひとつのクライマックスは第4楽章である。打って変わって音楽は深刻なものとなる。いよいよここから死に絶えるまでの30分近く、起伏を繰り返しながら最後は静かに曲を閉じる。圧倒的な名演奏になると、聴衆は拍手をするのも忘れて放心状態になるようだ。その間1分はあっただろうか。アバドのベルリンでのライブ録音には、わざわこの間の(すなわち曲が終わってから拍手が始まるまでの静寂を含む)時間が、一つの独立したトラックとして収録されている(右写真)。

作曲家は9番目の交響曲を作曲することに極めて神経質だったようだ。ベートーヴェンが「第九」で音楽芸術の頂点を極めたように、そして「第九」以降は交響曲を作曲しないまま逝去したことに、とりわけ「死」の亡霊に怯えるマーラーは、この「9番目の交響曲」をいかに回避するかに悩んだ、と言われている。良く知られているように、それゆえマーラの9番目の交響曲は番号がなく、「大地の歌」と呼ばれている。

これは素人の私の勝手な想像だが、マーラーは自らの交響曲の集大成を「第8番」で実現しようとした。声楽付きの、まるでカンタータのような作品、これは明らかにベートーヴェンの「第九」を意識したものである。これに対し「第9番」とは銘打たなかった「大地の歌」は、歌曲を中心に据えた独特の作品と言って良く、これを自らの集大成としたようにも思えない。むしろここで試みられた新しい境地は、その先へ受け継がれた。そして「第9番」である。人生のモチーフとも言うべき「死」をテーマとしながらも、マーラーの健康状態は優れ、創作意欲も旺盛だったようだ。だからこれほど複雑精緻な作品を一気に書き終えた。ほとんど改訂の後は見られないという。

ベートーヴェンが「第九」の直後に「荘厳ミサ」という大規模作品を書き、その分野ではまたひとつの別の頂点を極めたように、マーラーもまた「その先」へと歩みを進めようとした。マーラーはこの作品を自らの「最後の作品」とは考えていなかったかもしれない。それは未完の第10番にも着手したことからも明らかである。さらに進化した音楽技法を取り入れた第10番の第1楽章(完成された最後の管弦楽曲)では、そのことが顕著にわかる。丁度ベートーヴェンが、ピアノ・ソナタと弦楽四重奏の分野で、さらなる新しい境地を目指したように、マーラーもまた芸術に終わりはないと考えた。だが多忙を極めた日常に病魔が襲った。交響曲第9番は、常に進行形だったマーラー芸術の、結果的に最後の頂上となった。

芸術家が表現する観念的な「死」とは異なり、実際の人生の「死」はもっと生々しく、直接的である。マーラーは幼い娘を亡くし、自らも先天的な心臓病を患っていたとされる。私も余命宣告を受けたことのあるがん患者である。だからといって、この曲が持つ「死」のテーマを、それゆえに深く受け止めることができるか、と問われたら回答に窮するだろう。実際の「死」は突然襲い、そして難しいことを考える間など与えてくれないのではないか(いや、そのほうがいい)。ここで表現されているのは、マーラーを含む人間の「死」だけではない。その後に新しい音楽へと引き継がれてゆかざるを得なくなった芸術としての音楽、とりわけその象徴とされる「交響曲」の、あるいは「シンフォニスト」の「死」である。第1交響曲を作曲してからわずか20年、ベートーヴェンが「エロイカ」を書いてからわずか100年で、芸術としての音楽は「死」を迎えたのである。

2025年12月29日月曜日

チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」(マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団)

 ロシア最大の作曲家チャイコフスキーは、「マンフレッド」を含む計7曲の交響曲を残している。私が彼の交響曲の中で特に好きなのは第5番で、最近では第1番にも魅力を感じている。しかし、一般に彼の最高傑作とされるのは「悲愴」と題された第6番であり、この点について私も異論はない。ただし、この曲が果たして“親しみやすい”作品かと問われれば、正直なところ答えに窮してしまう。

4つの楽章のメロディーは耳にタコができるほど繰り返し聴いてきたし、実演にも数多く接してきた。その中で自分にとっての白眉は、カーネギーホールのシーズンこけら落としで聴いた、小澤征爾指揮ボストン交響楽団の演奏である。しかしそれほどの名演に接しても、作品全体としてのバランスや心地よさを感じることはない。ネガティブな主題に満ち、聴いてすっきりするわけでも、深い内省を促すわけでもない。私にとって「悲愴」は、どこか風変わりで、付き合いにくい作品だった。

第1楽章冒頭の暗いモチーフからして陰気である。「白鳥の湖」やピアノ協奏曲第1番を知っていると、これがチャイコフスキーの音楽の中でもやや異質なものであると気づく。どこか神経症的で躁鬱的な気配があり、とりわけ第1楽章中盤の突如として爆発する部分が象徴的だ。抒情的なメロディーがしばらく続いた後に突然炸裂するあたり、チャイコフスキーが自らの芸術性を必死に追い求めた結果、あえてこうした音楽を書いたのではないかと思わせる。バレエなら踊れなければならず、オペラなら舞台展開や歌手の魅力をどう伝えるかに腐心する。純音楽である交響曲こそ、彼が真剣に芸術性を追求した場だったのだろう。

「悲愴」とは広辞苑によれば「悲しくいたましいこと」とある。私たちがよく使う「悲壮」とはニュアンスが異なり、「あわれでありながら勇ましいこと。悲しい結果が予想されるにもかかわらず雄々しい意気込みのあること」とされる。私がこの交響曲に抱いていた印象はむしろ後者で、第3楽章などには威勢のよい部分もあるため、「悲壮」の方がふさわしいと思っていた。

もっとも、これは日本語訳に伴うイメージであり、原題は “Pathetique” である。語源は pathos と思われ、「哀れな悲しみ」といった意味合いだ。ひたすらに悲しい感情には、「悲壮」より「悲愴」がふさわしい。あらためて聴き直してみると、第1楽章は苦悩、第2楽章は不安定な情緒、第3楽章は妄想的な虚無感に基づく哀れな行進、そして第4楽章は絶望。全編にわたり、憐憫の情さえ受け付けないほどの悲痛さが貫かれていることがわかる。

この曲を聴き始めたころ、私は第1楽章の爆発的な部分や第3楽章の勇ましい大音量に圧倒され、管弦楽を聴くことの面白さを感じていた。実演では、第3楽章で曲が終わったと勘違いしたのか、あるいは演奏の迫力に興奮したのか、一部の聴衆が拍手をしてしまうことも珍しくない。しかししばらくして、この曲の重心は第4楽章にあり、そこへ向けて音楽をどう構築するかが表現上の最大の焦点であることに気づいた。「悲痛な叫び」を音楽として味わうことの難しさ。とはいえ、この曲の人気が衰えないのは、少し穿った見方をすれば、前半3楽章の表現の多様さに理由があるのかもしれない。

チャイコフスキーは死の直前にこの曲を作曲したが、「死」を意識して書かれたわけではない。彼の死は感染症による突然のもので、それまでは元気に他の作曲家の舞台にも姿を見せていたほどであるから、これは偶然と言うべきだろう。こうしてロマン派後期ロシア音楽史上の最高傑作が誕生した。終楽章を暗いアダージョで終えるという少し大胆な試みも結果的には成功し、マーラーの作風にも影響を与えたようだ。

演奏は星の数ほどある。カラヤンなどは数えきれないほど録音しているが、私が初めて聴いたのもカラヤンの演奏だった。どの演奏をコレクションに加えるか、CDが主要メディアだったころ私は大いに悩んだ末、若き日のマリス・ヤンソンスがノルウェーのオスロ・フィルを指揮した1枚を選んだ。これは全集の一部で、どの演奏も名高いが、Chandos というレーベルは日本ではさほど有名ではなく、輸入盤で入手するしかなかった。久しぶりに聴き返してみても、今なお高水準の演奏だと感じる。

この記事を書きながらインターネット・ラジオでロンドンの Classic FM を聴いていたところ、偶然にも「悲愴」の終楽章が流れてきた。少し聴いただけで「なかなかいい演奏だ」と思い、さっそくホームページで調べたところ、カリーナ・カネラキスという女性指揮者がロンドン・フィルを振った演奏であることがわかった。2024年11月のライブ収録とのことだが、これほど聴き慣れた曲にも、なお新たな名演が生まれていることに深い感銘を受けた。

2025年12月10日水曜日

ベッリーニ:歌劇「夢遊病の女」(The MET Live in HD Series 2025–2026)

荒唐無稽なストーリーを持つ歌劇《夢遊病の女》を理解するには、想像力が必要だ。主役のアミーナ(ソプラノのネイディーン・シエラ)は美しい女性だが、孤児として水車小屋で育てられた。舞台はスイスの田舎の集落で、そこは閉鎖的な社会である。彼女は自身の出自へのコンプレックスと、閉ざされた環境でしか生きられない不遇さに、強いストレスを抱えて成長したはずだ。それが「夢遊病」という形で表れている。本当の自分は、強く抑圧され、表出を許されない。だが夜になると、別の――いや、本来の彼女が姿を変えて彷徨い、無自覚のまま幽霊のように村に現れる。

ところがベルカント時代の、あまりに陽気で美しいベッリーニの音楽は、こうした暗い側面を覆い隠してしまう。ヴェルディの時代になると、「薄幸な女性」の心理がより細やかに描写される。《椿姫》を挙げるまでもなく、それは儚く美しく、そして残酷である。しかしアミーナという役柄には、そこまでの心理の闇を感じるのが難しい。想像力を大きく補ってもなお、深く描きにくい役である。

そんな作品を、新演出として担ったのが、かつてテノール歌手として一世を風靡したメキシコ出身のロランド・ヴィリャソンである。閉鎖社会に生きるアミーナの心理を、過度に現代風に寄せるでもなく、かといって古めかしくもない絶妙な距離感で描いている。歌を中心に据えながらも、物語の要点を的確に押さえた秀逸な演出である。いくつか気づいた点を記しておこう。

まず舞台には、スイスらしいアルプスの高峰が大きくそびえている。その前には複数のドア(各住居を示すのだろう)に囲まれた村の広場が広がる。合唱団が演じる村人たちの、閉鎖的で因習に縛られた生活はこの広場で展開される。そこへ旅人として現れる謎のロドルフォ伯爵(バスのアレクサンダー・ヴィノグラドフ)は、なんと山のほうから塀を越えて梯子で下りてくる。外の世界が「越えるのも困難な高い壁」で隔てられていることの象徴だろう。

塀の上、すなわち山々を背景に、アミーナの“分身”とも言うべき無言の女性が登場し、アミーナがアリアを歌うたびに同じ仕草でシンクロする。古い慣習に押しつぶされそうになる彼女の無意識の本心が、夢遊病の際にこのもう一人の女性として舞台上に具現化しているのだ。

外の世界を知る徳の高い伯爵は、夢遊病を理解しており、夜中に彷徨う彼女の無実を証明しようとしている。しかし、アミーナの婚約者エルヴィーノ(テノールのシャピエール・アンドゥアーガ)は、一度は熱烈に愛した彼女を誤解から責め、自暴自棄になる。そして伯爵が宿泊することになった宿屋の女主人であり、アミーナの“元々の”恋敵でもあるリーザ(ソプラノのシドニー・マンカソーラ)に言い寄って結婚しようとする。この浅はかな行動について、アンドゥアーガ本人が「尊敬できない役柄だが、困難な歌にエネルギーを集中している」と語ったインタビューが面白かった。

このプロダクションは今シーズンのMET Liveの開幕演目である。幕開けにベッリーニを置くのは斬新だが、ベルカント作品の難しさを考えると冒険でもある。だが満を持して歌手を揃え、この分野の気鋭であるリッカルド・フリッツァを指揮に起用したことで、本公演の成功が裏付けられたことは容易に想像できる。

歌手に目を向けよう。私は近ごろの体調もあり、長時間の映画や公演にやや疲れていて乗り気ではなかった。映画仕立てのライブ上映であり、急いで観る必要もない。東劇では3週間のロングランだし、夏にはリバイバルもある。しかも私は、ナタリー・デセイとファン・ディエゴ・フローレスが出演した2008年のジマーアマン演出の名プロダクションを観ており、昨年の新国立劇場の舞台も記憶に新しい。「無理して行かなくても……」という気持ちは確かにあった。

しかし映像が始まり、冒頭でリーザを歌うマンカソーラのアリアが聞こえてきた瞬間、私は一気に画面へ引き寄せられた。めくるめくベルカントの歌声に、思わず身震いしたのである。彼女は主役ではない。主役はアミーナ役のシエラで、彼女は今もっとも注目すべきアメリカのベルカント・ソプラノだ。相手役エルヴィーノを歌うスペイン出身のアンドゥアーガについては、冒頭でゲルブ総裁が「若き日のパヴァロッティを思わせる」と述べていたが、私は声質や風貌から、むしろ若き日のカレーラスを思い起こした。

ロドルフォ伯爵を歌ったヴィノグラドフはロシア出身。若いながらも艶と威厳を備え、高貴な雰囲気が抜群である。二人のソプラノが恋敵として対照をなす点も舞台の見どころだが、声に個性を持つマンカソーラがとりわけ印象的だった。ただ、やはり舞台はシエラの独壇場である。アミーナの聴きどころは多く、どれも素晴らしいが、最大のハイライトはやはり第2回目の夢遊病のシーンだ。夢遊状態で歌うアリアと、そこから目覚めて歌うアリアとで、歌の性質がどれほど変化するかが見どころである。舞台がガラリと明るくなるなどの工夫があってもよいのでは、といつも思うのだが、今回もそうした演出はなかった。

ただし、舞台左手から階段が現れ、傾いた村の扉の上からアミーナの“分身”と触れ合う。彼女は外の世界――伝統に縛られない新しい世界へと向かっていく。恋敵リーザとの抱擁は、女性としての感覚を共有する象徴的な場面であり、その後、例の階段を上って村の外の世界へ羽ばたこうとするところで幕となる。

息もつかせぬ歌声に寄り添い、繊細なルバートを交えながらも歌手をしっかり導く指揮者の音づくりは見事というほかない。そのおかげで出演者たちは難度の高いアリアを次々と熱唱する。2幕のオペラが終わるころには、心の底から充足感が押し寄せてきた。音楽を聴く楽しみ、歌と舞台を味わう喜び――その時間を持つ幸福を深く実感した3時間であった。

2025年12月9日火曜日

NHK交響楽団第2052回定期公演(2025年12月5日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

イタリア・ジェノヴァ生まれの指揮者ファビオ・ルイージが、パーヴォ・ヤルヴィの後任としてN響の首席指揮者に就任してから三年が経過した。ルイージとN響の関係は、観客の好みを超えて一種の発展と成長を遂げ、そうでなければ到達し得なかったであろう音楽的表現のレベル、関係性を獲得しつつあるように思えてくる。9月定期のメンデルスゾーンにも、今回のサン=サーンスにも、同様の傾向が感じられた。

直線的でこれ以上ないスピード。体を大きく揺らしながらそれにくらいついていくN響メンバーからは、かつて見たこともないエネルギーが感じられる。各プレイヤーは身を乗り出し、必死の形相でさえある。何か一線を越えたような表現力、それを生み出す開き直ったような覚悟とエネルギーが、首席以外のプレイヤーからも如実に感じられる。このさまはライブで演奏を見る楽しみでもある。上品な日本のオーケストラで、このような果敢で集中力の高い演奏は、かつてあまり感じられることはなかった。もっともそれを成功させているのは、各プレイヤーの高い技量が前提になっているのだが。

そのようにしてルイージのN響は、今やかつてない高みに達しているように思えてくる。12月定期を聞いて、その思いを新たにした。B定期2日目、クリスマスの飾り付けがこのシーズン独特の華やかなムードを高める中、3つの曲が演奏された。まず我が国を代表する現代の作曲家、藤倉大の新曲で、N響委嘱作品の「管弦楽のためのオーシャン・ブレイカー~ピエール・ブーレーズの思い出に~」。勿論世界初演である。渡された解説によると、この作品はロンドン在住の藤倉が見つけた雲の本にインスピレーションを得て作曲したとのことである。しかし題名に「オーシャン」という名詞が使われており、これは「雲」をヒントに「海」をモチーフとして描いた作品ということになるのだろうか。

いずれにせよ、「雲」あるいは「海」が持つ絶え間ない分子の動きと光、あるいはその変化を音にしている。少なくともそういう風に聞くことになる。オーケストラは大編成で、ヴィブラフォンも登場するが、音楽自体は親しみやすい。テンポがあまり動かないからかも知れない。激しい部分もあって、聞いたことがない楽器の組み合わせによる音の変化を楽しむ。ルイージは丁寧にこの曲を演奏し終え、舞台から作曲家が登場すると大きな拍手に見舞われた。約15分の曲だった。

ピアノが中央に配置され、続くフランクの「交響的変奏曲」が演奏された。ここでピアノ独奏を務めたのは若きイスラエル人の俊英、トム・ボローであった。もっとも私はこの曲を聞いたことがなく、丸でピアノのための小協奏曲のような佇まいを15分余りにわたって楽しむことになった。フランクはベルギーの作曲家だが、フランス音楽に分類され、実際、フランス風のメロディーが聞こえてくる。

ピアノの音からは、自信たっぷりにほとばしる若いエネルギーを感じるので、そのことが何か嬉しいのだが、特にアンコールとして演奏されたJ. S. バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006」から「ガヴォット」(ピアノ版、ラフマニノフ編)の方が、何か彼自身の瑞々しさをストレートに伝えていたように思う。もっといろいろな作品(特にベートーヴェン)を聞きたいと思った。

後半のプログラムはサン=サーンスの「オルガン交響曲」であった。サントリーホールの正面に設えられたパイプ・オルガンの前に登場したソリストは、近藤岳であった。作曲家でもある彼は、ときどきNHKの音楽番組にも登場しているそうである。

この「オルガン交響曲」を何と形容すれば良いのか迷うのだが、冒頭に書いたようにめっぽう速く、一気に演奏されたので、その様子に見とれているうちに終わってしまった、という感じである。とにかく第1楽章が始まると直に、並々ならぬ勢いでグイグイと進むさまは壮観でさえあった。第1楽章の後半、すなわち通常の交響曲では第2楽章に相当する緩やかな部分は、いよいよオルガンが登場して通奏低音のように底を支え、弦楽器から大変にロマンチックなメロディーが聞こえてきてうっとりする曲である。ところが今回の演奏は、そういう部分に酔う間を(少なくとも私には)与えてくれなかった。

迫力に満ちた第2楽章は、打楽器やピアノも交じって大変カラフルな曲だが、ここでもルイージは煽るかのようにオーケストラをドライブし、それに食らいついてゆくオーケストラとのやりとりを見るのは、奮い立つような時間だ。こういう演奏は実演でしか見ることができないとも思えてくるので、これは貴重である。ともすれば我々は、録音されたメディアでの音楽体験に依存しずぎているのが事実で、本来音楽は実演で聞くものである、ということを思い出させてくれる。

ルイージの指揮は、まるでトスカニーニが生きていたらこんな演奏だったのかなあ、などと少し考えてみたりしたが、つまりは空回りしているわけではなく、オーケストラが一皮むけた状態で必死になっている。かつてのN響ではなかった光景が生まれつつある。そのような関係性を構築し、完成度を高めつつあるこのコンビは、そこそこ評価されてよいだろうと思う。だが、音楽そのものに魂が宿っておらず、どこかに置き忘れてきた感がある。その結果、後から考えてどのような音楽だったかを思い出すことができない。つまりは心に残らないような部分がある。そこが今後の課題であり、リスナーとしての注目すべき部分だと思った。

NHK交響楽団第2056回定期公演(2026年1月30日サントリーホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

ロシアのウクライナ侵攻でフランスのオーケストラの音楽監督を辞任した、北オセチア生まれのトゥガン・ソヒエフは、モスクワのボリショイ劇場の音楽監督の座も投げうってフリーランスとなった。しかし彼の実力は、世界が認めざるを得なかったようだ。その後もベルリン・フィルやウィーン・フィルの公演...