2026年4月11日土曜日

ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98(カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ブラームス最後の交響曲である第4番ホ短調は、彼の最高傑作であることに、おそらく疑う余地はないだろう。音楽的な知識をさほど持ち合わせていなくても、あるいはブラームスの本質を知らない人が聴いても、そう感じさせるだけの力を持っている。無駄のない骨格、ロマンティックで豊穣な響き、緻密にして多彩に変化するリズムやハーモニー。どの側面から見ても完成度は申し分なく、演奏を変えて聴いても常に味わい深い。後半の楽章に至っては、興奮を禁じ得ないほどである。

そのような曲だけに人気も高く、古今東西の名演奏・名録音は枚挙に暇がない。私がクラシック音楽を聴き始めた頃、我が家には何枚かのレコードがあった。思い出すままに記すと、フルトヴェングラー、トスカニーニ、セル、クレンペラーなどなど。そこに当時の新盤、バーンスタインのウィーン・フィル盤も加わった。知人の家に行けば、さらにS=イッセルシュテット、カラヤン、ワルター、あるいはケルテスの名盤もあり、私はそれらを広い居間で聴かせてもらったのを覚えている。

同じ曲を、演奏を変えて何度でも聞く。クラシック音楽の楽しみのひとつは、この「聴き比べ」にあると言える。それには一定数のディスクが必要であり、過去の名演奏を一通り網羅していることが望ましい。でないと、より詳しい人からは軽く見られるのが落ちである。「もっといい演奏があるのに、この人は知らないのだな」という、軽蔑をもにおわせる無言の視線が注がれる。クラシック音楽とは、このように恐ろしい趣味でもある。

さて、そのような我が家の「ブラ四」(通はこう呼ぶ)コレクションに、また一枚のLPが加わった夜のことを、私は忘れることができない。ちょうどデジタル録音が始まった頃、ドイツ・グラモフォンの黄色いジャケットに、どこかニヒルな表情の顔写真。誰だ?この人は。私の父は、まだ中学生だった私がすでに床に就いているにもかかわらず、自宅のステレオ装置を鳴らした。

一家7人が暮らす昭和の木造住宅である。ふすま一枚を隔てただけの隣室にも、その音はダイレクトに届いた。しかも大音量で。そこで聴こえてきたのは、ブラームスの交響曲第4番。だが、私はこの曲をまだあまり知らなかった。多くの人がそうであるように、私は第1楽章冒頭の、前奏なしで始まる主題だけを知っていた。よく聞いていたのはワルター晩年の演奏で、それはとてもゆったりとしていて、ロマンに満ちた、まるで映画音楽のような演奏(と私には思えていた)だった。

だが、父が再生した演奏は、そのようなものではなかった。音楽が始まるや否や、ぐいぐいと引き込まれていく。テンポはかなり速く感じられた(実際にはそれほどでもないのだが)。第1楽章の途中で私は興奮状態に置かれ、目は冴え、それどころか布団の中で汗ばむほどに高揚していった。

第2楽章の静かなメロディーでさえ、集中力を失わない緊張感と生き生きとしたバランスに圧倒されたが、第3楽章の冒頭が鳴り響いた瞬間、まるで最終コーナーを回った競走馬のような疾走ぶりに、私は完全に放心状態となってしまった。

この演奏こそが、当時の最新盤であったカルロス・クライバーのものだった。カルロス・クライバーはまだ若手の部類に入っていたが、すでに「伝説の指揮者」と呼ばれていた。何しろレパートリーは極めて少なく、実演も録音も滅多にお目にかかれない。しかし、ごくたまに現れては歴史的名演を残す。それまでにリリースされていたのは、ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」(デビュー録音)と、ベートーヴェンの交響曲第5番、第7番くらいであった。

しなやかでありながら圧倒的な集中力。類まれな興奮と、まるで鍛え抜かれたアスリートが放つような生物的な美しさ。それは独特の指揮姿にも表れていたが、当時のファンにはそれを知る術がなかった。知られていたのは、あの巨匠エーリッヒ・クライバーの息子であるということくらいである。後に知ったことだが、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」、ヴェルディの歌劇「椿姫」、あるいはシューベルトの「未完成交響曲」といった、完成度の高い名曲ばかりを取り上げていた。そのクライバーが選んだブラームス作品が、この第4交響曲だったのである。

ウィーン・フィルが顔を紅潮させ、身を乗り出すようにして熱演を繰り広げている様子が、スタジオ録音からも手に取るように伝わってくる。そのようなことは滅多にない。彼は100%の完成度でなければ音楽を世に出さないのである。その職人気質にウィーン・フィルのメンバーは心底惚れ込み、以後、さまざまな問題があってもなお、この指揮者に熱い思いを寄せ続けた。それが後のR・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」やニューイヤー・コンサートの名演につながっていく。

第1楽章はソナタ形式で書かれている。この曲は19世紀の終わり頃に作曲されたにもかかわらず、どこか古風な印象を残す。その最大の理由は、この冒頭のメロディーにあるのではないだろうか。ヴァイオリンが休符を挟んで上下の音を行き来する。専門的には3度の下降、6度の上昇。このモティーフは楽器を変えながら幾度となく現れる。分離と融合が自然に流れる心地よさ。ロマンティックでありながら、どこか理性を失わない確固たる構造を持つ。そこにブラームスの精神性が感じられる。

第2楽章では「フリギア旋法」という用語が登場する。私の知識では十分に理解できているとは言えないが、ピチカートが印象的である。ホ長調に転じて明るさを感じさせつつ、ゆったりとしたアンダンテが続く。単純でありながら複雑な世界である。

さて第3楽章は、トライアングルが鳴る非常に印象的な楽章である。ブラームスの交響曲における第3楽章は、いずれも個性的である。第1番の切れ目のない構成からすでにそうであり、第3番には単独で取り出したくなるような美しい旋律がある一方、この第4番では絢爛で豪快な性格を持つ。興奮に満ちていくこの楽章を、クライバーは一気呵成に畳みかける。

そして終楽章である。構造は極めて複雑とされるが、理屈を考えながら聴く必要はないだろう。シャコンヌ(パッサカリア)という、バロック時代に由来する技法が用いられているというが、決して古風なだけの音楽ではない。むしろ斬新で劇的である。古典的な骨格を保ちながら、その内実は極めてロマン的であり、しかも革新的である――それこそが最終到達点としてのブラームスの魅力である。

最後に一言。この曲を「人生の秋」を感じさせる、憂愁を帯びた作品とする見方がある。しかし本当にそうだろうか。ブラームスがまだ53歳の頃の作品であり、自ら「最高傑作」と認めていたものが、達観に基づく音楽であるとは私には思えない。この作品において彼は一つの頂点に到達し、その先へ進む必要がなくなったのではないか。これは最も完成度の高い、そして野心に満ちたブラームスの作品であると私は考える。カルロス・クライバーによる演奏は、その若々しさと情熱が、年を重ねてもなお漲っていることを示す、極めて斬新なものである。

2026年4月1日水曜日

ブラームス:セレナード第1番ニ長調作品11(リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団)

今年は例年より早く桜の開花が宣言され、春の気配が静かに、しかし確かな足取りで近づいている。10年前に歩き始めた東海道五十三次の旅も、まもなく草津に到達する。京都までは、あと少し。日本橋を出てからの歳月を思えば、コロナや腰痛といった幾つもの困難を越え、よくここまで辿り着いたものだと、早朝の東海道新幹線の車内でひとり感慨にふける。

今、ブラームスの「セレナード第1番」を聴き始めた。

若々しさと穏やかさが同居するこの音楽は、今日のような少し肌寒い曇り空に、しっとりと寄り添う。いわばブラームスの「田園シンフォニー」とでも呼びたくなる風情で、交響曲第2番に付されることのある副題を思い起こすが、こちらの方が若々しい分、むしろ伸びやかで自由に息づいている。交響曲という形式の枠から解き放たれているからだとも思う。

三島を過ぎ、静岡県に入ってもなお空は重く曇り、富士の姿も望めそうにない。それでも、よくここまで歩いてきたものだと、ふと胸の奥で思い返す。

第2楽章に入る。引き続き牧歌的で、3拍子の穏やかな舞曲が、春の朝の空気にぴたりと溶け込む。ホルンが柔らかく響き、中間部へと移る。聴き入っているうちに、いつの間にか第3楽章へ。さらにゆったりとした牧歌的な旋律が流れ、私を乗せた「のぞみ」は静岡市内に入り、雲間から淡い陽光が差し込んできた。

それにしても、なんと平和的な音楽だろう。世界では戦禍が絶えず、暗い報せが日々流れ続けている。エネルギーの逼迫が生活を揺るがす未来も、もはや遠い話ではない。先行きの見えない不安に心が沈みがちな中で、こうした平穏と幸福に満ちた音楽に触れると、忘れていた大切な何かがふと胸に戻り、思わず息を呑む。

第3楽章も静かに幕を閉じる。弦と木管を主体とした音楽は、ほのかなロマンを湛えながら、ひたすらに平和的である。こうした曲を聴いていると、ブラームスはシューベルトやシューマンよりも、ずっと健康的で、まっすぐな精神の持ち主だったのではないかと思えてくる。だからこそ、彼はベートーヴェンを深く敬愛したのだろう。15分に及ぶこの楽章は、実に見事だ。

新横浜を出た頃に聴き始めた「セレナード第1番」は、長大な前半の3楽章を終え、木管が軽やかに導く第4楽章へと進む。第4楽章と続く第5楽章は短いながら、全体に小気味よいアクセントを添える存在だ。音楽は決して急いだり沈んだりせず、自然な呼吸のまま流れていく。

列車は早くも浜松付近を走っている。金管で始まるわずか2分あまりの第5楽章はスケルツォであり、最終楽章への前奏のように聴こえ、気分をそっと切り替えてくれる。ホルンとオーボエの掛け合いが愛らしく、3拍子の音楽は行進曲風に変わり、気持ち浮き立つ桜のシーズンを迎えた日本の空気とどこか響き合う。

第1楽章の冒頭と、この第6楽章の旋律はとりわけ印象深い。幸福感を増しながら、音楽は確かな足取りで終結へ向かう。豊橋を過ぎる頃、「セレナード第1番」は力強く幕を閉じた。空はわずかに明るさを増したようだが、まだ曇りがちだ。雨の心配はなさそうである。こういう日は歩くのにちょうどよい。京都まで、あと30分余り。

シャッフルされたSpotifyのAIは、ブラームス「大学祝典序曲」を選んだ。なるほど、今日は新入学の季節にふさわしい、陽気で快活な響きだ。「セレナード」のあとに聴くには、なんとも相応しい小品である。

若きブラームスの瑞々しい感性があふれる2つの「セレナード」の録音はいくつかあるが、わが国では長らく、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルのレコード一択だった。1980年頃の録音である。

それから40年以上が過ぎ、今日私が耳を傾けているのは、リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏である。テンポはやや速めで、ビブラートを抑え、イタリア風の軽やかさと旋律の輪郭を際立たせた名演。耳を洗うような清新な録音でもある。

2026年3月17日火曜日

ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲第1番、第2番(リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)

ショスタコーヴィチの音楽を聴き始めたころ、こんな曲があったのかと思った。それはちょうど、リッカルド・シャイーがコンセルトヘボウ管弦楽団とジャズに関する曲を集めたCDを新発売し、それが目に留まったのである。「なぜソビエトの作曲家がジャズを?」と思ったものだ。

一般にジャズとは、米国南部を源流に持つアフリカ系アメリカ人(黒人)の音楽として発展した。その軽妙さと即興性、独特のリズムを持つ音楽をソビエトに紹介した人物がいたのだろう。しかし、そのままの形でソビエトに持ち込まれたわけではなくロシア流にアレンジされ、原型から大きく変化したものだと言ってよい。

シャイーの指揮で聴くショスタコーヴィチのジャズ作品集は、とてもリラックスして軽妙だが、どこか洗練されておりモダンである。もっとも作曲されたのはいまから100年ほど前でもあるので、古きレトロな香りが充満している。いってみれば、サロン音楽、あるいはダンス音楽といったムードである。

ここで話は少し脱線するが、米国で活躍し、時にジャズの要素を取り入れた作曲家にロシア系アメリカ人が多いことは興味深い。ジョージ・ガーシュイン、アーロン・コープランド、それにレナード・バーンスタインといった誰もが知るアメリカ人作曲家は、みなロシア系、しかもユダヤ人の血を引いている。そのユダヤの音楽をショスタコーヴィチもしばしば引用し、交響曲をはじめとする作品に取り入れているのは、さらに興味深いと言える。

さて、ソビエトにおけるジャズは、本家アメリカのものとは異なり、体制的なバックアップもあって流行した側面がある。ショスタコーヴィチは数々の映画やアニメーションの音楽を作曲しているが、これらの作品もいわば彼の本業を少し離れたユーモラスで打ち解けた作品である。その面白さは一度聴くとよくわかる。シャイーの軽やかで明るいリズムが、その傾向に拍車をかけている。

ジャズ組曲第1番(1934)は8分程度の曲ながら印象的である。ワルツ、ポルカ、フォックスロットの3つの部分からなる。一方、第2番(1938)は、1999年に発見され2000年になるまで初演されなかった作品とは異なり、ここでは「舞台管弦楽のための組曲第1番」が収録されている。約25分の曲で、これがかねてより「ジャズ組曲第2番」とされていた。シャイーの演奏は1991年のものだから、「ジャズ組曲第2番」と表記されている。

8つの部分から成り、さまざまな他の作品からの転用も多くなされているようだ。まあそんなことはともかく、ムード音楽のような気軽さでソビエトのジャズに耳を傾けてみたい。1922年に誕生したソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)は、ゴルバチョフによる改革に失敗し、1990年代初頭に崩壊してしまった。ショスタコーヴィチの人生(1906–1975)は、そのほとんどをソ連時代に過ごさざるを得なかった稀有な芸術家である。彼が残した数多くの交響曲については、また別の機会にゆっくり聴いてみたい。とかく難解なショスタコーヴィチの音楽にも、こんな気さくに聴けるものだってあるのだということが、私などはとても人間的で嬉しいことのように思えてくる。

なお、本CDにはピアノ協奏曲第1番、および「タヒチ・トロット」としても知られる「二人でお茶を」が添えられていて、サービス満点である。

2026年3月16日月曜日

ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」(The MET Live in HD Series 2025-26)

ジョルダーノの歌劇「アンドレア・シェニエ」は、ヴェリズモ・オペラの中でも屈指の名作でありながら、これまで Met Live で取り上げられることがなかった。理由はおそらく明快で、主役を担える理想のテノールがなかなか見つからなかったのだろう。私自身、この作品を実際に観るのは今回が初めてである。とはいえ、オペラ好きとしては、いつまでも避けて通れない作品でもあった。

ディスコグラフィを眺めれば、往年の名テノールたちがこの作品に挑んできた歴史が見える。ディ・ステーファノ、ゴッビ、デル・モナコといった大御所たち。さらにドミンゴ、パヴァロッティ、カレーラスと続く黄金時代。しかし、その後は途切れてしまう。そんな中、今回の MET が選んだのは、近年ほとんど専属歌手のように活躍しているポーランドのピョートル・ベチャワ(アンドレア・シェニエ)。相手役にはブルガリアのソニア・ヨンチェヴァ(マッダレーナ)、そしてもう一人の主役とも言えるジェラール役にはロシアのイゴール・ゴロヴァテンコが名を連ねた。

東欧の三人がニューヨークに集い、フランス革命時の実話をもとにしたイタリア・オペラを歌い上げる。指揮者は MET Live には初登場ながら、すでにここの首席客演指揮者を務める若き俊英ダニエーレ・ルスティオーニ。しかも今年から都響の首席客演指揮者にも就任するというから、日本の音楽ファンとしては期待が膨らむばかりだ。

舞台はニコラ・ジョエルの演出で、第1幕冒頭には巨大なソファが運び込まれるという大胆な幕開け。音楽はイタリアらしい情熱を湛えつつも、プッチーニほど甘美に傾かず、どこか古い伝統の香りを残している。その古風さが批評家には物足りなく映ることもあるようだが、聴き手にとってはむしろ魅力の一つだ。何しろ、このオペラには聴きどころが実に多い。

第1幕のハイライトは、詩人シェニエのアリア「ある日青空を眺めて」。最高音 B♭ が2度も現れる難所で、幕間のインタビューでベチャワ自身がそのプレッシャーを語っていた。さらに第4幕冒頭には「5月のある美しい日のように」というアリアが控え、気品と信念を兼ね備えた歌唱が求められる。まさにテノールが主役のオペラであり、ソプラノでさえ脇に回るほどだ。

そのソプラノの見せ場は第3幕、マッダレーナがジェラールに懇願する名アリア「母は死んで」。一方、ジェラールにはその前に「祖国の敵」という力強いアリアが用意されている。どちらもガラ・コンサートで頻繁に取り上げられる名曲で、単独でも十分に舞台を支える力を持つ。

そして終幕には、断頭台へ向かう二人が歌う壮絶な二重唱「君のそばにいると、僕の乱れた心も」が待っている。かつて MET の資料室長だった P・クラーク氏は、この場面について「ここで身震いしない人は脈拍を確かめた方がいい」と語っている。けだし誇張ではない。

表題役のシェニエは、若い詩人である。しかし幕が開いてまず登場するのは、革命前の貴族生活を楽しむコアニー家の下僕ジェラールで、彼は冒頭からアリアを歌う。一方、同じサロンに令嬢のマッダレーナが登場。詩人シェニエの歌う即興詩にジェラールともども魅せられる(第1幕)。

5年後。ここからがややこしい。恐怖政治が吹き荒れる中で今や革命政府の要人となったジェラールと落ちぶれたマッダレーナが再会。ジェラールはマッダレーナに告白し、シェニエも登場して決闘を交えるが、ジェラールは2人を逃がす(第2幕)。

今回のMET Liveでは、第1幕と第2幕、第2幕と第3幕の間にそれぞれ休憩があり、そのあと第3幕と第4幕は続けて上演された。この後半は集中力が欠かせない見どころの連続である。反革命分子として捕らえられたシェニエを、マッダレーナは体と引き換えに助けてほしいとジェラールに懇願。その姿勢に心を打たれたジェラールは、2人を許す決意をするのだが、時すでに遅し(第3幕)。2人は高潔な死を歌い断頭台へと向かう(第4幕)。

アリアを含め、記憶に残るキャッチーなメロディーがないあたりが、プッチーニには及ばないところ。名舞台の映像を見慣れた人には物足りなさもあるかもしれないが、私のように初めて全編を観る者にとっては、新鮮な驚きの連続だった。指揮者ルスティオーニの自然でダイナミックな音楽づくりも心地よく、アリアが終わるたびに客席からブラボーが飛び交う。イタリア・オペラならではの熱気を、休日の朝にたっぷり味わうことができた。

2026年3月7日土曜日

読売日本交響楽団第656回定期演奏会(2026年3月5日サントリーホール、鈴木優人指揮)

 J・S・バッハの大曲「マタイ受難曲」を聴くのは、これで四度目になる。我が国を代表する世界的バロック演奏団体「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いる鈴木雅明氏の長男、鈴木優人氏は、いまやバロックにとどまらず幅広いレパートリーを自在に振る指揮者だ。2020年から読売日響の「クリエイティヴ・パートナー」として活躍してきたが、その任期もそろそろ終わりを迎えるらしく、この3月には三つのプログラムが並んだ。

その最初を飾ったのが「マタイ受難曲」である。ただし、今日よく耳にする古楽器による原典志向の演奏ではなく、1829年にメンデルスゾーンが蘇演した版を用いたものだ。かつては通常のオーケストラがビブラートも控えず、やや厚みのある響きで演奏することも珍しくなかったが、いまではすっかり時代の流れが変わった。それでもメンデルスゾーン版、しかも読響のモダン楽器となれば、古楽とはまた違う風合いが立ち上がる。その違いを確かめたくなり、急遽チケットを手に入れた。過去の「マタイ」にも必ず同行してくれた妻も、平日の夜だというのに職場から駆けつけてくれるという。

サントリーホール2階席右側は、舞台に並ぶ二つのオーケストラのうち左側の音がよく届く場所だ。一方でソリストは正面を向いて歌うため、こちらはその横顔を眺める形になる。丁寧な対訳リーフが挟まれたプログラム・ノートが配られ、会場四か所には字幕も設置されている。定期演奏会とあって客席は満員で、読売日響らしい独特の空気が漂っていた。

「マタイ」は登場人物がとにかく多い。このため主要人物以外は、合唱団(バッハ・コレギウム・ジャパン)の数名が巧みに兼ねていた。これがまた見事で、この曲を十八番としてきた彼らの実力を改めて感じさせる。東京少年少女合唱隊も加わり、第1部後半で清らかな歌声を響かせたのも印象的だった。通奏低音はチェンバロではなく、指揮者正面のチェロとコントラバスが担い、オルガンは舞台右袖に控えている。

福音史家はアメリカ人テノールのザッカリー・ワイルダー、イエスはバスのドミニク・ヴェルナー。イエスが歌う場面では、通奏低音が深みのある伴奏を添え、その存在感を際立たせる。一方、この演奏には唯一の女声として森麻季(ソプラノ)が登場し、いくつかのアリアを歌い分ける。カウンター・テナーのクリント・ファン・デア・リンデも加わった。

四人の独唱のうち、福音史家とイエスはまずまずの出来といったところだが、他の二人──森麻季とカウンター・テナー──は前半こそやや落ち着かず、むしろ合唱団の中からユダやペテロを歌う声の方がよく通った。それでも後半には調子を取り戻し、森麻季が「哀れみたまえ」を満を持して歌い上げたとき、会場にはしみじみとした空気が広がった。

全体として後半は、前半とは比べものにならないほど充実していた。音楽的な聴きどころが多いこともあるが、特にヴァイオリン・ソロやフルート独奏は、奏者が立って演奏したこともあって、聴衆の集中を一気に引き寄せ、クライマックスの輝きを放った。

約2時間の演奏会で、一般的な「マタイ」からは省かれた部分もあった(配布された対訳リーフはバッハ・コレギウム・ジャパンによるものだが、どの箇所が省かれているかまでが詳細に表記されており、保存しておく価値がある)。しかし、2時間という長さはむしろ心地よい。モダン楽器の演奏家が滅多にレパートリーとしない「マタイ」も、こうして聴くとまた新たな魅力を見せる。一度このブログでも真剣にこの曲を取り上げたいと思いながら、いまだ果たせずにいる。バロック時代の最高峰ともいえる「マタイ受難曲」は、これから復活祭に向けて欧米で演奏ラッシュを迎える。3月に来日公演が多いのは、この期間、彼らが本国での活動を優先するためだと、以前どこかで聞いた。今年4月には、サントリーホールでバッハ・コレギウム・ジャパンによる「マタイ」の公演も予定されている。


2026年3月6日金曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番ヘ長調作品102(P: レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)

若きバーンスタインがニューヨーク・フィルと共演したショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番を、私はアンドレ・プレヴィンがピアノ独奏を担当していると思っていた。だが、プレヴィンが弾いたのは第1番の方で、第2番はバーンスタインの弾き振りである。録音は1958年というから、ステレオ初期のかなり前の演奏。そしてこの年は、作曲の翌年ということになる。そしてそれはまた、バーンスタインとニューヨーク・フィルが雪解けのモスクワで凱旋公演を果たした頃でもある。

バーンスタインのピアノがどれほどの巧さなのかはよくわからないが、アルゲリッチやユジャ・ワンのように、このような曲を技巧的に弾き倒すのも面白いが、このような簡単に見える曲はゆっくりと噛みしめるような演奏も素敵である。この曲は息子のマクシムのために作曲された。当時マクシムは、レニングラード音楽院の学生だった。その後指揮者として父の曲の初演を行うなど活躍したが、よく知られているように、彼は父親が亡くなったあとアメリカに亡命した。

子犬の競走のような明るい第1楽章を経て、驚くのは第2楽章の、丸でショパンのようなロマンあふれる第2楽章である。一転して静かな曲調になると、しばらくしてピアノがゆっくりと甘美なメロディーを奏で始めるのである。私は初めてこの曲を聞いたとき、これは本当にショスタコーヴィチの曲なのかと思ったほどである。

開発を入れず始まる第3楽章は、再び軽快な曲である。どこかジャズ風でもあるこの曲を、バーンスタインは明暗の表情をつけつつリズミカルに演奏している。大作曲家が若いころに書きそうに思えるような曲ながら、これはそこそこ技巧が要るのかもしれない

2026年3月3日火曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35(P:マルタ・アルゲリッチ、アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団)

「冬来たりなば春遠からじ」というが、今年の冬はあっという間に過ぎ去り、早くも桜の開花の季節が始まろうとしている。にもかかわらず、今日は朝から冷たい雨。おまけにイランで戦争が始まるというニュースが流れ、世の中はどこか暗いムードに包まれている。

ショスタコーヴィチについて調べていて、彼が第1回ショパン・コンクール(1927年)に出場し、優勝こそ逃したものの名誉賞を受けていたことを初めて知った。つまり彼は、作曲家としてだけでなくピアニストとしても相当な腕前だったということになる。ショスタコーヴィチの残した作品は、オペラから交響曲、室内楽まで膨大な数に上るが、ピアノ協奏曲は2曲しかない。その2曲は、第1番が1933年、第2番が1957年の作曲。この間にはヒトラーと戦った第2次世界大戦があり、さらに戦後には恐ろしいスターリン独裁期が続いたことを思わずにはいられない。

先日、N響定期で第2番の方を聴き、その美しい第2楽章に深く心を打たれた。では第1番はどのような曲だったか、改めてきちんと聴いてみようと思った。かつてどこかで耳にしたような気もするが、私の所有する『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂)には赤鉛筆で聞いたことを示すチェックが入っているものの、ほとんど記憶にない。調べてみると録音はそこそこあり、人気作品であることがわかる。

その中で私の心をとらえたのが、マルタ・アルゲリッチによるルガーノ音楽祭2006のライブ録音だった。指揮はアレクサンドル・ヴェデルニコフ、オーケストラはスイス・イタリア語放送管弦楽団。ヴェデルニコフはロシアの指揮者だが、新型コロナウイルスにより亡くなったという。なお、この作品は単なるピアノ協奏曲ではなく、トランペットが大きな役割を果たす。正式なタイトルは「ピアノ、トランペット、弦楽合奏のための協奏曲」である。この演奏でソロ・トランペットを務めているのは、日本でもおなじみのセルゲイ・ナカリャコフだ。

第1楽章の冒頭から、何とも印象的である。短いフレーズがアイロニカルで、どこかヘンテコリンな味わいを持つ。そして突然、高速のピアノが駆け込んでくる。さらにトランペットが追い打ちをかける。さまざまな要素が交錯して面白いが、音楽が破綻しているわけではない。どこかパロディー的な趣がある。

第2楽章は一転して真面目な緩徐楽章で、意外にロマンチックだ。しかしそこはソビエトの音楽。どこか醒めていて、心の奥に冷徹な心情が表現されているように感じる。最近よくドラマを見るのだが、その挿入音楽のようにシーンの裏側に潜む心理を照らし出す。特に後半には不安なムードが漂い、どこか寂しく孤独な感情を呼び起こす。

この曲は4楽章構成だが、第3楽章は非常に短く、一気に演奏されるため気がつくと終わっている。続く第4楽章へのパッセージのような位置づけで、次第にエネルギーが蓄積していく。そして第4楽章。疾走する超絶技巧が一気に駆け抜けるさまは圧巻である。もちろんトランペットも存在感を示す。途中、ゆっくりとしたトランペットのソロが登場し、可笑しみのあるアクセントとなるが、すぐに行進曲風のショスタコーヴィチ節が炸裂し、興奮が高まる。どこか掛け合い漫才を見ているような面白さがある。このような音楽がアルゲリッチに合わないはずがない。ライブ収録された演奏は、瞬く間に拍手喝采となる。

このCDにはピアノ協奏曲第1番のほか、「2台のピアノのためのコンチェルティーノ」、さらにピアノ五重奏曲ト短調が収められている。夢うつつの中でピアノ五重奏曲を聴いていると、どこか「古くてモダン」な世界に連れていかれたような気がした。「懐かしい」とか「ロマンチック」というのでもなく、「悲しい」とか「気が滅入る」というのでもない。ただそこに音楽が存在し、心が静かに整っていくような感覚。もしかするとショスタコーヴィチの不思議な魔法は、こうしたところにあるのではないかと思った。¥

この曲の初演は大成功を収め、ショスタコーヴィチの出世作となった。作曲者自身の録音も残されているが、モノラルで音は古い。一方、最新のユジャ・ワンによる演奏(アンドリス・ネルソンズ指揮ボストン交響楽団)は録音も良く、非常に素晴らしい。

ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98(カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ブラームス最後の交響曲である第4番ホ短調は、彼の最高傑作であることに、おそらく疑う余地はないだろう。音楽的な知識をさほど持ち合わせていなくても、あるいはブラームスの本質を知らない人が聴いても、そう感じさせるだけの力を持っている。無駄のない骨格、ロマンティックで豊穣な響き、緻密にし...