2026年3月7日土曜日

読売日本交響楽団第656回定期演奏会(2026年3月5日サントリーホール、鈴木優人指揮)

 J・S・バッハの大曲「マタイ受難曲」を聴くのは、これで四度目になる。我が国を代表する世界的バロック演奏団体「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いる鈴木雅明氏の長男、鈴木優人氏は、いまやバロックにとどまらず幅広いレパートリーを自在に振る指揮者だ。2020年から読売日響の「クリエイティヴ・パートナー」として活躍してきたが、その任期もそろそろ終わりを迎えるらしく、この3月には三つのプログラムが並んだ。

その最初を飾ったのが「マタイ受難曲」である。ただし、今日よく耳にする古楽器による原典志向の演奏ではなく、1829年にメンデルスゾーンが蘇演した版を用いたものだ。かつては通常のオーケストラがビブラートも控えず、やや厚みのある響きで演奏することも珍しくなかったが、いまではすっかり時代の流れが変わった。それでもメンデルスゾーン版、しかも読響のモダン楽器となれば、古楽とはまた違う風合いが立ち上がる。その違いを確かめたくなり、急遽チケットを手に入れた。過去の「マタイ」にも必ず同行してくれた妻も、平日の夜だというのに職場から駆けつけてくれるという。

サントリーホール2階席右側は、舞台に並ぶ二つのオーケストラのうち左側の音がよく届く場所だ。一方でソリストは正面を向いて歌うため、こちらはその横顔を眺める形になる。丁寧な対訳リーフが挟まれたプログラム・ノートが配られ、会場四か所には字幕も設置されている。定期演奏会とあって客席は満員で、読売日響らしい独特の空気が漂っていた。

「マタイ」は登場人物がとにかく多い。このため主要人物以外は、合唱団(バッハ・コレギウム・ジャパン)の数名が巧みに兼ねていた。これがまた見事で、この曲を十八番としてきた彼らの実力を改めて感じさせる。東京少年少女合唱隊も加わり、第1部後半で清らかな歌声を響かせたのも印象的だった。通奏低音はチェンバロではなく、指揮者正面のチェロとコントラバスが担い、オルガンは舞台右袖に控えている。

福音史家はアメリカ人テノールのザッカリー・ワイルダー、イエスはバスのドミニク・ヴェルナー。イエスが歌う場面では、通奏低音が深みのある伴奏を添え、その存在感を際立たせる。一方、この演奏には唯一の女声として森麻季(ソプラノ)が登場し、いくつかのアリアを歌い分ける。カウンター・テナーのクリント・ファン・デア・リンデも加わった。

四人の独唱のうち、福音史家とイエスはまずまずの出来といったところだが、他の二人──森麻季とカウンター・テナー──は前半こそやや落ち着かず、むしろ合唱団の中からユダやペテロを歌う声の方がよく通った。それでも後半には調子を取り戻し、森麻季が「哀れみたまえ」を満を持して歌い上げたとき、会場にはしみじみとした空気が広がった。

全体として後半は、前半とは比べものにならないほど充実していた。音楽的な聴きどころが多いこともあるが、特にヴァイオリン・ソロやフルート独奏は、奏者が立って演奏したこともあって、聴衆の集中を一気に引き寄せ、クライマックスの輝きを放った。

約2時間の演奏会で、一般的な「マタイ」からは省かれた部分もあった(配布された対訳リーフはバッハ・コレギウム・ジャパンによるものだが、どの箇所が省かれているかまでが詳細に表記されており、保存しておく価値がある)。しかし、2時間という長さはむしろ心地よい。モダン楽器の演奏家が滅多にレパートリーとしない「マタイ」も、こうして聴くとまた新たな魅力を見せる。一度このブログでも真剣にこの曲を取り上げたいと思いながら、いまだ果たせずにいる。バロック時代の最高峰ともいえる「マタイ受難曲」は、これから復活祭に向けて欧米で演奏ラッシュを迎える。3月に来日公演が多いのは、この期間、彼らが本国での活動を優先するためだと、以前どこかで聞いた。今年4月には、サントリーホールでバッハ・コレギウム・ジャパンによる「マタイ」の公演も予定されている。


2026年3月6日金曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番ヘ長調作品102(P: レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)

若きバーンスタインがニューヨーク・フィルと共演したショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番を、私はアンドレ・プレヴィンがピアノ独奏を担当していると思っていた。だが、プレヴィンが弾いたのは第1番の方で、第2番はバーンスタインの弾き振りである。録音は1958年というから、ステレオ初期のかなり前の演奏。そしてこの年は、作曲の翌年ということになる。そしてそれはまた、バーンスタインとニューヨーク・フィルが雪解けのモスクワで凱旋公演を果たした頃でもある。

バーンスタインのピアノがどれほどの巧さなのかはよくわからないが、アルゲリッチやユジャ・ワンのように、このような曲を技巧的に弾き倒すのも面白いが、このような簡単に見える曲はゆっくりと噛みしめるような演奏も素敵である。この曲は息子のマクシムのために作曲された。当時マクシムは、レニングラード音楽院の学生だった。その後指揮者として父の曲の初演を行うなど活躍したが、よく知られているように、彼は父親が亡くなったあとアメリカに亡命した。

子犬の競走のような明るい第1楽章を経て、驚くのは第2楽章の、丸でショパンのようなロマンあふれる第2楽章である。一転して静かな曲調になると、しばらくしてピアノがゆっくりと甘美なメロディーを奏で始めるのである。私は初めてこの曲を聞いたとき、これは本当にショスタコーヴィチの曲なのかと思ったほどである。

開発を入れず始まる第3楽章は、再び軽快な曲である。どこかジャズ風でもあるこの曲を、バーンスタインは明暗の表情をつけつつリズミカルに演奏している。大作曲家が若いころに書きそうに思えるような曲ながら、これはそこそこ技巧が要るのかもしれない

2026年3月3日火曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35(P:マルタ・アルゲリッチ、アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団)

「冬来たりなば春遠からじ」というが、今年の冬はあっという間に過ぎ去り、早くも桜の開花の季節が始まろうとしている。にもかかわらず、今日は朝から冷たい雨。おまけにイランで戦争が始まるというニュースが流れ、世の中はどこか暗いムードに包まれている。

ショスタコーヴィチについて調べていて、彼が第1回ショパン・コンクール(1927年)に出場し、優勝こそ逃したものの名誉賞を受けていたことを初めて知った。つまり彼は、作曲家としてだけでなくピアニストとしても相当な腕前だったということになる。ショスタコーヴィチの残した作品は、オペラから交響曲、室内楽まで膨大な数に上るが、ピアノ協奏曲は2曲しかない。その2曲は、第1番が1933年、第2番が1957年の作曲。この間にはヒトラーと戦った第2次世界大戦があり、さらに戦後には恐ろしいスターリン独裁期が続いたことを思わずにはいられない。

先日、N響定期で第2番の方を聴き、その美しい第2楽章に深く心を打たれた。では第1番はどのような曲だったか、改めてきちんと聴いてみようと思った。かつてどこかで耳にしたような気もするが、私の所有する『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂)には赤鉛筆で聞いたことを示すチェックが入っているものの、ほとんど記憶にない。調べてみると録音はそこそこあり、人気作品であることがわかる。

その中で私の心をとらえたのが、マルタ・アルゲリッチによるルガーノ音楽祭2006のライブ録音だった。指揮はアレクサンドル・ヴェデルニコフ、オーケストラはスイス・イタリア語放送管弦楽団。ヴェデルニコフはロシアの指揮者だが、新型コロナウイルスにより亡くなったという。なお、この作品は単なるピアノ協奏曲ではなく、トランペットが大きな役割を果たす。正式なタイトルは「ピアノ、トランペット、弦楽合奏のための協奏曲」である。この演奏でソロ・トランペットを務めているのは、日本でもおなじみのセルゲイ・ナカリャコフだ。

第1楽章の冒頭から、何とも印象的である。短いフレーズがアイロニカルで、どこかヘンテコリンな味わいを持つ。そして突然、高速のピアノが駆け込んでくる。さらにトランペットが追い打ちをかける。さまざまな要素が交錯して面白いが、音楽が破綻しているわけではない。どこかパロディー的な趣がある。

第2楽章は一転して真面目な緩徐楽章で、意外にロマンチックだ。しかしそこはソビエトの音楽。どこか醒めていて、心の奥に冷徹な心情が表現されているように感じる。最近よくドラマを見るのだが、その挿入音楽のようにシーンの裏側に潜む心理を照らし出す。特に後半には不安なムードが漂い、どこか寂しく孤独な感情を呼び起こす。

この曲は4楽章構成だが、第3楽章は非常に短く、一気に演奏されるため気がつくと終わっている。続く第4楽章へのパッセージのような位置づけで、次第にエネルギーが蓄積していく。そして第4楽章。疾走する超絶技巧が一気に駆け抜けるさまは圧巻である。もちろんトランペットも存在感を示す。途中、ゆっくりとしたトランペットのソロが登場し、可笑しみのあるアクセントとなるが、すぐに行進曲風のショスタコーヴィチ節が炸裂し、興奮が高まる。どこか掛け合い漫才を見ているような面白さがある。このような音楽がアルゲリッチに合わないはずがない。ライブ収録された演奏は、瞬く間に拍手喝采となる。

このCDにはピアノ協奏曲第1番のほか、「2台のピアノのためのコンチェルティーノ」、さらにピアノ五重奏曲ト短調が収められている。夢うつつの中でピアノ五重奏曲を聴いていると、どこか「古くてモダン」な世界に連れていかれたような気がした。「懐かしい」とか「ロマンチック」というのでもなく、「悲しい」とか「気が滅入る」というのでもない。ただそこに音楽が存在し、心が静かに整っていくような感覚。もしかするとショスタコーヴィチの不思議な魔法は、こうしたところにあるのではないかと思った。¥

この曲の初演は大成功を収め、ショスタコーヴィチの出世作となった。作曲者自身の録音も残されているが、モノラルで音は古い。一方、最新のユジャ・ワンによる演奏(アンドリス・ネルソンズ指揮ボストン交響楽団)は録音も良く、非常に素晴らしい。

2026年2月28日土曜日

NHK交響楽団第2059回定期公演(2026年2月20日サントリーホール、ヤクブ・フルシャ指揮)

何と渋いプログラムだろうか。後期ロマン派を代表する大作曲家の、しかし滅多に演奏されない曲が2つ。まず前半にドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(独奏:ヨゼフ・シュパチェク)、後半がブラームスのセレナーデ第1番。私はいずれも実演では初めて聴く。指揮のヤクブ・フルシャは、これまで都響に時々客演していたらしいが、その演奏も私は初めて。初めて尽くしのN響定期公演に、しかしながら私は大いに期待を寄せ、事実、その通りの名演奏になった。

シュパチェクもフルシャもチェコ人で、郷里も近いらしい。シュパチェクはチェコ・フィルのコンサートマスターを務めていたが、フルシャはそのチェコ・フィルの音楽監督に就任することが決まっており、いわば同じ国の心が知れた音楽家同士、おそらく息の合った演奏を繰り広げてくれるであろう、と判で押したように書かれているのは当然のことである。いつものサントリーホールの2階席で、私は二人の登場を待った。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、かつてはほとんど知られていなかったが、最近ではよく聞く作品でもある。冒頭から憂愁を帯びた、あのドヴォルザーク節である。一度も聞いたことがなくても、日本人にとってはどこか懐かしく感じられる。これだから我が国にはドヴォルザークのファンが多いのか、などと考えながら耳を傾ける。

私は毎回、金曜日に行われるN響B定期2日目の会員だから、当然のことながら仕事が終わってサントリーホールへ駆けつけるわけだが、開演が19時だから通常、夕食には間に合わない。欧米では20時開演のところが多く、この場合はゆっくり食事が可能だが、日本では夕食の時間が取れない(かと言って終演後は食事の時間としても遅すぎる)。ところがこの日は仕事が早く片付き、私は18時には会場に到着してしまった。付近のレストランを徘徊していると、安くて美味しそうな店が見つかった。そこで初めて、コンサート前に食事をすることにした。しかも誘惑に負けてビールを一杯。これがいけなかった。

当然の帰結として睡魔が襲ってきたのだ。耳には心地よい音楽。必死にこらえてはいたが、とうとう耐えかねてうとうとする私の苦痛をよそに名演が続く。それにしても、2階席向かって右寄りのS席で聴くN響の響きは悪くない。この席で定期的に聴くことによって、私はオーケストラの音というものが、聴く位置によって随分変わることを今さらながら発見した。もちろん曲によってオーケストラの編成が違うし、指揮者の腕次第でもある。おそらく200年以上も歴史のあるオーケストラの音に正解はないのだろう、とも思う。

しかし私たちはまた、バランスよく録音された媒体で音楽を聴くことに馴染んでおり、レコーディング・エンジニアが作った音というものが理想的な音であると信じていたりする。実際は、それ自体いわば「調整された」サウンドであって、そんな音に聞こえるはずはない、ということも多いのだが、実演ではその音にならない。いや、実演で聴く音波の密度は録音された媒体とは本来一味も二味も違い、より新鮮でヴィヴィッドなのだが。

さてヴァイオリン協奏曲のような場合、ソリストとオーケストラのバランスという要素や、そもそも目で見ている演奏家の息遣いなどといった要素も加わるのだから、これはもうほぼ偶然の産物といえる。もとより聴き手のコンディションが最大の波乱要因であることは間違いない。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、珍しいことに第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。私はその切れ目も感じないまま気持ちよく過ごした。そしてしばしの休止のあと、第3楽章に入った。演奏は次第に熱を帯びて集中度が高まり、とてもいい名演になっていった。息の合ったヴァイオリンとオーケストラが見事に絡み合った様は、今後テレビで放映されたら見てみたい(放映されるのは初日の公演だが)。

アンコールにはドヴォルザークの「ユモレスク」を弦楽三重奏に編曲したものがあった。よく知っている曲が聞こえてくると、会場は静まり返り、そのあと盛大な拍手が沸き起こった。休み時間にロビーに出てみると、早くもアンコール曲のタイトルを知らせる張り紙が掲示されていた。この掲示の写真を撮る人が多いのだが、会場のホームページに後日掲載されるから、何もわざわざ争うように写真に収める必要はないと思っていた。ただこの日は、そういう人も少なかったので、写真に撮ってみた。

後半のブラームスは、眠りも醒めて音楽を心から楽しむことができた。このセレナーデ第1番ニ長調は、ブラームスがまだ20代のころの作品で、あまり演奏機会に恵まれないのだが、実に素敵な曲である。全体が春のような明るさに満ちており、立春を迎えた2月に聴くのには大いに相応しい。

第1楽章の親しみやすいメロディーは一度聴いたら忘れられないが、N響の中音域の素晴らしい音が、弦楽器といい管楽器といい実に素晴らしく、前半のドヴォルザークもそうだが、こういう中欧の音楽がまた真価を発揮するオーケストラのような気がする。とにかく夢見心地(本当に寝てしまった前半とは違うが)で時間が経つのも忘れるような気持ちであった。特に第2楽章から第3楽章にかけては、ディスクで聴くと退屈に思えてくることもしばしばだったが、さすが実演で集中して聴くと、これは紛れもなくブラームスの音楽である。以降、交響曲の緩徐楽章などで耳にする音楽である。言ってみれば、ブラームスの「田園交響曲」と呼ばれる第2番をずっと聴いているような感じ。

終楽章になって舞曲風のリズムになり、明るさを増した音楽は心地よい風を吹かせながら、45分に及ぶ曲が終わる。静かに聴き入った客席は、終始うっとりするような気持ちになっていたのではないだろうか。暖かい拍手に包まれながら、この日のコンサートは終わった。盛大な迫力に満ちた曲で終わるコンサートも良いが、このようなきっちり演奏された玄人好みの選曲も悪くない。ブラームスにはもう1曲、同時期に書かれたセレナーデ第2番というのもあって、これらを1枚に収めたディスクは数多い。今度ゆっくり聴いてみようと思いながら会場を後にした。


2026年2月20日金曜日

R・シュトラウス:歌劇「アラベラ」(The MET Live in HD Series 2025~26)

 かつて NHK-BS 放送がまだ生き生きとしていた頃、クラシック音楽の番組は今よりもはるかに多かった。日本の演奏会の映像だけでなく、海外のオペラ公演を記録したものや映像作品なども放映されていたから、私はそれらを VHS テープに録画してラベルを貼り、大切に保管していた。

その中に、ゲオルク・ショルティがウィーン・フィルを指揮した R. シュトラウスの歌劇「アラベラ」(グンドゥラ・ヤノヴィッツほか)があった。これは Unitel が制作した映像作品で、今でも同曲の代表的なものである。ショルティは 1959 年に「アラベラ」をウィーン・フィルと録音しており(ルチア・ポップほか)、その評価はいまもって色褪せることがない。ショルティ/ウィーン・フィルの《アラベラ》は、録音盤も映像盤も決定盤のひとつといってよい。

NHK が「アラベラ」を放送したのは深夜だったので、私はその冒頭だけを見ただけで眠ってしまった。続きは録画したものを見るつもりだった。大学生の頃である。ところが、手元にあると、いつでも良いなどと考えて、なかなか見ることがない。とうとう私は、その録画してあったショルティの「アラベラ」を一度も見ることがなかった。その後 DVD 化されるなどしたようだが、未だに見ていないのは恥ずかしい限りだが事実である。

あれから 40 年が経過し、ついに Met LIVE で「アラベラ」の上演が取り上げられた。そして何ということか、2025 年秋にニューヨークで上演されたこの公演が、かつてショルティのビデオにもなったものと同じ、伝説的なオットー・シェンクによる演出なのである。METではなんと半世紀もの間、同じ演出が延々と続いていることになる。それはあのフランコ・ゼッフィレッリの「ラ・ボエーム」と並んで、いや、もしかするとそれ以上に長い間上演され続けているプロダクションではないかと思う。

今回、東劇で見た 2025 年上演の「アラベラ」は、今となってはちょっと考えられないくらい古めかしいが、3つの幕に合わせて少しずつ異なる、古風で典雅な時代のウィーンの香りをきちんと再現している。指揮はニコラス・カーターで、まだ 40 代と若いが、その切れ味は鋭く、ショルティを思い起こさせるメリハリのある音楽づくりで全体を引っ張ってゆく。音楽は、他愛のない会話にゴージャスなメロディーをふんだんに盛り込んだ、全編これシュトラウス節である。「ばらの騎士」ほどの華やかさはなく、「影のない女」ほどの衝撃もないが、ホフマンスタールの台本による計6つの共同制作のうち「アラベラ」が最後で、ヒトラー政権が誕生した1933年に初演された。二人の仲たがいなど数々の逸話が残されているが、ホフマンスタールは、息子の自殺に打ちひしがれ、とうとうこの作品の完成を見ることなく没した。

落ちぶれた貴族で貧窮生活を余儀なくされながらもホテル住まいをしているヴァルトナー伯爵(バスのブリンドリー・シュラット)とその夫人(メゾ・ソプラノのカレン・カーギル)は、美貌の長女アラベラ(ソプラノのレイチェル・ウィリス=ソレンセン)を富豪に嫁がせようとし、逆に次女ズテンカ(ソプラノのルイーズ・アルダー)は生活費節約のため男として育てられる。ここで、表題役アラベラを歌うには相当なドイツ語能力が要求されるが、ウィリス=ソレンセンは米国人ながらドイツ語が堪能である。もちろんソプラノ歌手として一級の歌声を有しており、その気品に満ち、かつ十分に芯のある声量は、言い寄る多くの男性の中でも、わざわざ遠くから訪ねてきた真摯な大金持ちマンドリカ(バス・バリトンのトマス・コニエチュニ)を選ぶ。ひそかにアラベラを好いていたマッテオ(テノールのルイーズ・アルダー)は、男友達だと思っていたズテンカが、実は何と女性であり、しかも自分を好いていたことを知って、こちらもめでたく結ばれる。

このようにストーリーは紆余曲折が多く、しかも荒唐無稽。間違えばオペレッタになりかねない台本に、シュトラウスは大真面目な音楽をこれでもかとばかりに注ぎ込む。作曲を楽しんでいるような光景が目に浮かぶのは私だけだろうか。聴きどころはいくつもあり、第1幕の姉妹による二重唱と迫力のある幕切れ、第2幕のマンドリカとアラベラの二重唱、そして何と言っても第3幕の最後のシーンである。そしてもう一人、重要な役がある。舞台でたびたび登場し、見事なコロラトゥーラを披露するフィアッカーミリ(ソプラノのジュリー・ロゼ)である。各幕には時折ワルツが自然に挿入され、音楽に華を添える。特に第2幕は舞踏会のシーンである。

正直に告白すると、私はこの上映のうち第1幕を、睡魔に襲われてほとんど覚えていない。しかしこれは映画館だからこそできる贅沢である。ワイン片手に豊穣で美しい音楽を身を沈めながら、しばしうたた寝気分を味わうのは極上である。そのためだけに映画館に足を運んでもよい。ちゃんと見たくなったらもう一度見ればいいのだし、いや、そうでなくても第2幕、第3幕と、ずっと絢爛な音楽が続くので、十分に作品を味わい尽くすことができる。

2026年2月10日火曜日

NHK交響楽団第2057回定期公演(2026年2月8日/NHKホール、フィリップ・ジョルダン指揮)

今回のN響定期は、少し変わったプログラムだった。前半がシューマンの交響曲第3番「ライン」、後半がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」の3曲(ソプラノ独唱:タマラ・ウィルソン)。同時代のドイツ人作曲家とはいえ、シューマンとワーグナーの音楽は似ても似つかない。「ライン川」という共通点で並べたのだろうが、どこか取ってつけた印象が拭えない。それでも後半のワーグナーが目当てだったので、久しぶりにAプロのS席を購入して出かけた。

前日から降り続いた雪が代々木公園の木々に積もり、まるでクリスマスツリーのように光っている。どんよりした空と刺すような寒さの中、空気だけは澄み切っていて気持ちが良い。人も少なく、こういう日は原宿から歩くのも悪くない。衆議院議員選挙の投票を済ませ、開園20分前にNHKホールへ到着した。

悪天候のせいか客席はやや空いており、当日券も出ていたのには驚いた。何しろ今日の指揮者はフィリップ・ジョルダンである。N響初登場、しかも1回限りのプログラム。ウィーン国立歌劇場の音楽監督を辞任したばかりという話題性もある。辞任の理由は「意見の相違」という毎度のパターンだが、このポストが難しいのは周知の通りだ。

それでも劇場育ちの指揮者として、特にワーグナーの評価は高い。しかも今回は「神々の黄昏」終幕の3曲を続けて演奏するという。これを逃す手はないと、シーズン初めからチラシに丸をつけて待っていた。幸い予定も空き、数日前に行けることが決まった。

前半の「ライン」は、シューマンが入水自殺を図った頃の作品ではあるが、私は精神医学の専門家ではないので、そこに病的な影を感じることはない。むしろ健康的で明るい作品だと思う。予想通り、演奏は悪くなかったが特筆すべきものもなく、どちらかといえば退屈だった。こうなると、前半からワーグナーをやってくれればよかったのに、と勝手なことを考えてしまう。「ニーベルングの指環」は名曲の宝庫だし、ワーグナーの交響曲なども一度実演で聴いてみたい。

しかし、20分の休憩を挟んで始まった後半は、同じオーケストラとは思えないほど音色が変わり、ドラマ性を踏まえた音作りが見事だった。

「ジークフリートのラインへの旅」が始まると、一気にワーグナーの世界へ引き込まれる。これが同じライン川を描いた音楽とは到底思えない。ワーグナーのそれは、悠久の流れの中に滔々と広がる独自の世界だ。6台のハープが並ぶ壮観な舞台で、ひとりの奏者が舞台裏へ移動する。楽器のバランスは完璧で、2階席にも十分に響く。

NHKホールは広すぎるほどだが、だからといって大音量で押し切るとバランスが崩れる。ジョルダンは初登場とは思えないほど音量のセンスが良く、さすがカペルマイスター出身のマエストロだ。「ラインへの旅」が終わると間髪入れずに「葬送行進曲」へ。舞台は一気に重々しく深刻な展開へ移る。

まるで早回しの映像や映画の予告編を見ているようで、このスピード感についていくのは少し大変だ。だが、これはいつものことでもある。四夜にわたる「指環」を通しで観たことのある人なら、あの長大な物語の最後に「葬送行進曲」が始まる瞬間の震えるような感動を知っているだろう。しかし、抜粋として聴くと、あの“麻薬のような陶酔感”にはどうしても届かない。もちろん承知の上で聴いているのだが、そう思うとどうしても、前半には「ラインの黄金」や「ジークフリート」の場面を入れてほしかった、などと考えてしまう。シューマンではなく。

それでも、この日の「葬送行進曲」は圧巻だった。そして続く「ブリュンヒルデの自己犠牲」。舞台には焼け落ちるヴァルハラも、燃えさかる炎も、ラインの水底も見えない。それでも想像力が勝手に補い、舞台の記憶と重なって没頭してしまう。

いつの間にか登場したアメリカ人ソプラノ、タマラ・ウィルソンの熱唱は、オーケストラの盤石なサポートに支えられ、ホール奥まで響き渡った。わずか40分ほどに凝縮されたワーグナーが見事に目の前に蘇り、演奏が終わると万雷のブラボーと拍手。歌手と指揮者は何度もカーテンコールに応え、難しいソロを見事にこなしたオーケストラの奏者たちにも、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年2月5日木曜日

プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品100(トゥガン・ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団)

 1月のN響定期で、トゥガン・ソヒエフが振るプロコフィエフの交響曲第5番を聴き、すっかり魅了されてしまった。あの熱気と構築感が忘れられず、帰宅後にいろいろ調べてみたところ、ソヒエフはすでにこの曲を録音しており、CDも出ていることがわかった。オーケストラは当時の首席指揮者を務めていたベルリン・ドイツ交響楽団。レーベルはSONY、発売はもう10年も前になる。

プロコフィエフの5番は人気曲だけあって、録音は実に多い。私が最初に聴いたのは、ロシア人指揮者による古いメロディア盤のLPだったと思う。自分で初めて買ったのは、デュトワ指揮モントリオール交響楽団の新譜。カラヤン盤もあって、どちらにするか迷った記憶がある。これらは今でもセル盤などと並んで代表的な名演として語られている。

プロコフィエフの交響曲といえば、まず「古典交響曲」と呼ばれる第1番が思い浮かぶが、それに次いで広く知られてきたのがこの第5番だ。「古典交響曲」は、彼がサンクトペテルブルク音楽院を卒業したばかりの頃の作品で、すでに才能が鮮やかに開花している。

一方、第5番が書かれたのは第二次世界大戦中のソビエト。そこに至るまでには、プロコフィエフの長い放浪生活があった。これは当初の予定を大きく超え、実に17年にも及ぶ。「古典交響曲」完成後、彼はシベリアを横断して日本へ渡り、サンフランシスコ行きの船を待つ数か月を東京で過ごした。その後アメリカに渡り、ニューヨークで作曲生活を続けながら、ラフマニノフら同郷の音楽家とも交流を深めている。

アメリカで数年を過ごした後、1920年にはパリへ移住。ディアギレフやストラヴィンスキーなど、多くのロシア出身芸術家が集まる環境で、プロコフィエフもその一員として活動した。ストラヴィンスキーとは複雑な関係にあったものの、互いに刺激を与え合ったことは間違いない。

しかし欧米での活動は順風満帆とはいかず、1930年代に入ると演奏機会も収入も伸び悩む。一方でソ連政府からは作品委嘱や生活の保証を含む厚遇が提示され、こうした事情が重なって1936年に祖国への帰還を決断する。政治的というより、創作環境を求めた選択だったのだろう。

こうして祖国に戻ったプロコフィエフだが、その頃ソ連はナチス・ドイツとの戦争の真っただ中だった。想像を絶する時代の中で作曲が進められ、1945年に彼自身の指揮で初演される。祖国への思いが込められたこの初演は大成功だったという。同じ年には、ボストンでクーセヴィツキ指揮によるアメリカ初演も行われている。戦勝国同士という背景に加え、プロコフィエフがアメリカ滞在時に多くの音楽家と交流していたことも影響しているのだろう。

第1楽章は、霧の中からゆっくりと姿を現すように始まる。その曖昧さがしばらく続き、やがてプロコフィエフらしい明晰で複雑な旋律が絡み合い、象徴的な主題と結びついていく。続く第2楽章はスケルツォ風で、スピード感がたまらない。クラリネットからヴァイオリンへ、さらに打楽器、金管へと音が次々と飛び火し、オーケストラの技巧が存分に楽しめる。

第3楽章は静けさを取り戻すが、初めて聴いたときは少しとりとめがなく感じた。しかし途中から重々しい響きが加わり、ロシア的な陰影が立ち上がる。そしていよいよ第4楽章。冒頭では第1楽章の主題が回帰し、そこから一気に加速していく。

クラリネットの超絶技巧的なフレーズを弦が追い、打楽器が絡み、どこか諧謔味すら漂う。ソヒエフはこの部分を、オーケストラがついてこられるぎりぎりの速度で突き進み、まるでサーキットレースを見ているようなスリルがある。主題が何度も姿を現し、演奏者も聴衆もどんどん熱を帯びていく。気がつけばコーダに突入し、あっという間に終わる。まさにソヒエフの真骨頂といえる名演だ。

読売日本交響楽団第656回定期演奏会(2026年3月5日サントリーホール、鈴木優人指揮)

 J・S・バッハの大曲「マタイ受難曲」を聴くのは、これで四度目になる。我が国を代表する世界的バロック演奏団体「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いる鈴木雅明氏の長男、鈴木優人氏は、いまやバロックにとどまらず幅広いレパートリーを自在に振る指揮者だ。2020年から読売日響の「クリエイ...