それにもかかわらず、日本での活動も実に活発だ。ついこの前までは読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めていたことが記憶に新しいし、東京混声合唱団での活動も続けている。さらに来シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の芸術監督に就任するというから驚くほかない。エラス=カサドやソヒエフらと並び、若手指揮者のトップランナーとして走り続けている。
そんな山田の指揮を、私はかつてN響の定期で触れている。記録によれば2016年1月、ビゼーやストラヴィンスキーの作品をNHKホール3階席で聴いたときの記憶が鮮明に残っている。10年前なので、彼はまだ36歳という若さだ。だが当時すでに、自ら主宰する横浜シンフォニエッタの録音で知られ、私も瑞々しく躍動感に満ちたビゼーの交響曲に感動した覚えがある。N響の定期公演は記憶に残らない回も多いが、この演奏会は今でもよく覚えている。
今回の演奏会でも、山田の指揮は見事というほかなかった。まるで長年ともに演奏してきたオーケストラのように自在に操る手腕は、やはり才能としか言いようがない。日本人同士で気心が知れ、日本語でコミュニケーションできるという利点はあるにせよ、同じ条件で誰もがこうなるわけではない。しかも今回のプログラムは、日本人の作曲家を含む、滅多に演奏されない作品ばかりでだった(N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」)。
- 山田一雄:交響詩「若者のうたえる歌」
- カール・アマデウス・ハルトマン:葬送協奏曲(ヴァイオリン独奏:キム・スーヤン)
- 須賀田磯太郎:交響的序曲 作品6
- パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」
こうした珍しい作品は、素人目には練習も大変だろうと思うのだが、山田はまるで何十回も取り上げてきたかのように軽やかで、余裕を感じさせる指揮ぶりだった。作品全体をしっかり把握し、指示も的確。オーケストラは安心してついていきアンサンブルに乱れがない。バランスも絶妙で、特定の楽器が強すぎたり弱すぎたりすることもなかった。
山田一雄は元祖「ヤマカズ」で、1985年までN響を指揮していた我が国の音楽家だが、この「若者のうたえる歌」は1937年の戦前の作品である。初めて聴いた印象としては、非常に現代的な感性に彩られているということだ。武満徹の作品のように、日本的な音階が新古典的衣装をまとっている。マーラーは、幼少期に親しんだ民謡を作品に取り入れたように、若き山田一雄もまた、民謡のメロディーをそっと織り込んだのだろうか。そんな想像が頭をよぎった(もちろん素人の感想で、事実は不明だ)。
今回取り上げられた作品は、いずれも1930年代の日本とドイツの作品である。つまり二つの世界大戦の狭間に位置し、マーラーのすぐ後の世代にあたる。マーラーの弟子でナチスに追われたユダヤ人スプリングハイムという人物が日本に逃れたことで、2人の邦人作曲家に大きな影響を与えたらしい(プログラム・ノートによる)。
とはいえ、それぞれの立場は少しずつ異なる。ヒンデミットはユダヤ人ではなかったが、ナチスによって退廃的と批判され、とうとうアメリカへの亡命を決意した。一方ハルトマンは、左翼としての批判を受けながらもナチの時代を生き延び、1963年に亡くなるまで8つの交響曲を含む作品を残した。そのハルトマンの「葬送協奏曲」は4楽章から成るヴァイオリン協奏曲である。韓国系ヴァイオリニスト、キム・スーヤンはオーケストラと見事な共演を見せ、前半のゆったりした曲にやや飽きかけた頃、一転して激しく速い楽章に突入すると、山田の若々しい指揮に伴って、ぐっと聴きごたえのある音楽へと進化していった。これは「ファシズムを打倒するロシアの革命歌」だという。
アンコールでは、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調より第3楽章をたっぷりと演奏した。隣り合う2本の弦を同時に弾く奏法は、まるで二人のヴァイオリニストが演奏しているように聞こえる。その響きが、近代に蘇った新鮮な音として耳に届いた。アンコールにバッハを選んだのには、このようなポリフォニックなものを強調して見せるとう意図があるのではないかと感じた。
休憩を挟んで演奏された須賀田磯太郎の「交響的序曲」は、当時の時代背景にあって明るく、祝祭的な雰囲気を持つ。横浜の資産家として不自由ない生活を送ったことが、その楽天性に影響しているのかとも思ったが、実はこの作品は皇紀2600(1940)年を記念して作曲され、山田耕筰の指揮で初演された、いわば体制賛美の曲である。
プログラム最後はヒンデミットの「画家マティス」。すでに古典的作品の風格すら漂うが、私は今回が初めての実演だった。ヒンデミットには先にオペラ版「画家マティス」があり、それを交響曲に仕立てたのが1934年。その経緯は片山杜秀氏の解説に詳しい。日本初演は1936年、斎藤秀雄の指揮による(世界初演はフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。
ヒンデミットは1963年まで生き、多くの作品を残したが、この「画家マティス」が最も有名だ。ただしモデルとなった「マティス」とは、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトのことで、フランスの画家アンリ・マティスとは別人である。私はそのことすら知らなかった。作品はフーガやポリフォニーなど古い形式を多用し(これがヒンデミットの特徴とされる)、コラールも用いられる宗教的色彩も濃い。
しかし、現代音楽でもあるこの曲は大規模で壮麗な響きが続く曲である。ここで少し下世話な話になるのだが、平日夜のコンサートは職場のストレスを引きずりがちで、気持ちの切り替えが難しい。だがこの日の音楽は、開演前にサントリーのワインで少し酔いを回らせていたにもかかわらず硬直していた脳に、心地よい混乱を与えてくれた。雑念を追い払うように、あるいは雑念に寄り添うように、音楽が響いてくる。
無味乾燥な音がひたすら鳴っているような錯覚にとらわれる瞬間もあったが、N響は今日も一糸乱れぬ、気合の入ったアンサンブルで、この若き日本人指揮者に全幅の信頼を寄せているように見えた。終演後、各パートを回って握手を交わす山田の姿からは、暖かい人柄がひしひしと伝わり、熱狂的な拍手は長く続いた。会場では山田の最新アルバム、ドイツ・グラモフォンからリリースされたウォルトンの交響曲集(バーミンガム市交響楽団)が販売されていた。なるほど、今日聴いた作品の性質とどこか通じるものがある、と感じた。









