2024年1月23日火曜日

大阪フィルハーモニー交響楽団第56回東京定期演奏会(2024年1月22日サントリーホール、尾高忠明指揮)

大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、大フィル)は、大阪市生まれの私にとって「おらが街のオーケストラ」である(いやそれこそ大阪弁で「うっとこの楽団」とでも呼ぼうか)。ここではそのことを前提に、独断で言いたいことを書くことを最初にお断りしておきたい。

大阪府の衛星都市にある、私の通う小学校の体育館に、小規模なオーケストラがやってきて「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」とか「おもちゃの交響曲」などを演奏したのは大フィルだった。私の母も歌ったアマチュア合唱団とともに「第九」の演奏会が開かれ、外山雄三の指揮で聞いたの最初のコンサート体験も、もちろん大フィル。中学生になって自分のお金で初めて出かけた演奏会も大フィルの「第九」。朝比奈隆の指揮する演奏会も、まだまだ当日まで券があった。そういうわけで、私は大フィルとともにクラシック・コンサートの道を歩み始めたと言ってもいいくらいである。

ところが、当時の大フィルはあまり上手いとは言えなかった。特に「第九」となると第4楽章の途中までは、プカプカやっている感じ。お客さんんもコーダだけをお目当てにしている感じで、どうも気分が悪い。朝比奈隆という音楽監督が君臨して、このオーケストラは日本で2番目に巧いということになっていたが(山本直純が「一にN響、二、三がなくて四が大フィル」と言っていた)、私には信じられなかったのである。

その大フィルが朝比奈としばしば取り上げ、録音しては評論家から恐ろしいまでの高評価を得ていたのがブルックナーだった。私はそれがよくわからなかった(今でもわからない)。ブルックナーのような音楽、すなわち管楽器のアンサンブルが決して乱れてはならず、弦楽器の重厚さが命とも言うべき音楽、いわばクラシック中のクラシック音楽を、あの大フィルが演奏するというのが私にはジョークに思えていた。ベートーヴェンの「田園」をやれば木管が外し、「エロイカ」をやればホルンがこけるのが常だった。薄っぺらい音のブラームスや、やかましいだけのチャイコフスキーの「いったいどこがええねん!」といつも思っていたのである。

90歳になっても現役として活躍した朝比奈(は晩年になるほど神がかり的な人気が出ていた)がついに逝去し、大フィルは井上道義の時代を経て大植英次がシェフとなると、次々と新しい試みがなされた。もともと新しい物好きの大阪人だから、これは受けた。その大植の後を尾高忠明が次ぐと分かった時、私は意外に思った。生粋の東京人の尾高が、果たしてどのように大フィルを指揮するのか。だがこれがなかなか良いというのである。尾高も東京ではできないような野心的な試みを、目一杯やっているように思う。関西だからできる良さ、というのがあるのは私も良くわかる。そこで私は、かつて大植英次でブルックナーの交響曲第9番を聞いて以来となる東京定期演奏会に、久しぶりに出かけることにしたのである。

月曜日のコンサートとあって、客の入りは7割程度だっただろうか。それでもプログラムがブルックナーの交響曲第6番となるとファンの食指は動く。私はあまり知らなかったのだが、すでにこのコンビによる演奏会は随分開かれていて、順番にCDも発売されている。プログラムの前半はテレビドラマのために作曲された武満徹の「波の盆」という曲で、演奏が始まって静かで美しい演奏にうっとりと聞きほれることになった。初めて聞く曲で、これほどしみじみ懐かしいと思った曲はない。それがいつまでも続く。武満らしい音、例えば鉄筋とハープが同時になるような音がちりばめられ、残響の多いサントリーホールに響く時、会場は静まり返り、私もなぜか涙が出るほどだった。解説によればこの曲は、1983年に日本テレビ系で放映されたのだそうだ。当時私は高校3年生だった。

「波の盆」を尾高は札幌交響楽団と録音している(Chandos)。帰宅して検索し聞いてみたのだが、これは今回の演奏よりもゆっくりとした演奏で、ここまでくるとちょっとしんどい。大フィルとの演奏の方が、もう少し明るくて私は好きだ。13分の曲が終わると20分の休憩時間となる。会場にはどことなく関西人風のいでたちの人が目立つ。ヘアスタイルや顔つきが、男女とも皆さん関西風。

さてブルックナーである。第6番は私が初めてこの作曲家に大感動を覚えた曲である。なぜだかわからないのだが、フムラーというポーランド人の指揮するN響定期をNHKホールの3階席で聞いた時である。私は少し眠くなり、そしてそこから目が覚めるとオーケストラがかくも見事に鳴り響くのかと驚くほどの名演奏となっていた(私だけがそう思ったのかも知れない)。以降、第4番、第7番、第3番、第8番、第9番の順に名演奏のブルックナーに出会うたびにこの作曲家が好きになり、そして今年、生誕200周年の記念の年を迎えた。

第6番は第2楽章がとりわけ素晴らしいが、そのほかの楽章も聞きやすく、第7番や第8番の陰に隠れはするものの、とてもいい曲である。そのブルックナーを、今の大フィルがどう演奏するか。昔に比べると技術は飛躍的に向上し、磨きがかかったアンサンブルが満を持して東京の舞台に登場する。昔から東京に出てくる大阪人の、やや自意識過剰気味の精神構造は、坂田三吉の例を筆頭に少し恥ずかしいくらいなのだが、尾高はそこをうまくくすぐって、というよりも自らが先頭に立って、ちょっと意外な演奏をしてみよう、と心に思ったのかどうかは想像の域を出ないのだが、まあそのような、つまりブルックナーにしては随分と大袈裟で、しかも迫力ある演奏になったというのが第一印象である。

細かいことはどうでもいい。私はこの演奏を聞きながら、大阪の街を回想していた。いつもは中央ヨーロッパの自然、特にアルプスの高峰を思い出すブルックナーが、本当に驚くべきことに、大阪の街、すなわち雑然としながらも情緒満点のあの街の雰囲気に、実によくマッチしているのである。金管楽器が号砲を鳴らすかと思った次の瞬間、ぐっと哀愁を帯びたメロディーが顔をのぞかせ、しばらくするとメランコリックに木管が、軒先を散歩するような足取りで通り過ぎる。これは近代的な都心部を歩きながら、その横丁に居酒屋や商店街ががやがやとひしめく大阪の街そのものであると思った。

だから大フィルのブルックナーは、本物のブルックナーとは違って妙に土着的、世俗的である。大フィルの音もあまりきれいではない。しかし大フィルにしかできないブルックナーの表現があると思った。私は朝比奈のブルックナーを聞いたことが(実演では)ないのだが、もしかすると相当前から、このような演奏をしていたのだろうか。これはこれで、面白いのである。私の好きなブルックナーとは違うが、大フィルのブルックナーはどこまでも大阪的で、それゆえに大阪生まれの私もそれなりに親しめるような気がする。もしかするとベートーヴェンもチャイコフスキーも、同様に関西風のだしが混じっているのかも知れない。それが大阪の魅力であり、限界である。

音楽に限らず、あらゆる芸術であれスポーツであれ、徹底して個性的な表現がもてはやされる風土に育まれ、それをわざと強調してみせるようなところが大阪人の心にはある(京都とはずいぶん異なるのだ)。その大阪の伝統を大フィルは西洋音楽の分野で継承していることを嬉しく思った。たとえシェフが東京育ちの尾高であっても、それはこの感覚を本質的に理解し、自らの音楽的な意思として体現することを楽しんでいるとさえ感じる。そのことがとても気持ち良い。クラシックかて、しょせんそんなもんでっせ、ちゃいまっか?

2024年1月21日日曜日

NHK交響楽団第2002回定期公演(2024年1月20日NHKホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

N響の新年はトゥガン・ソヒエフで始まる。1月の定期公演3つは、昨年も今年も、そして来年もこのロシアの指揮者が受け持つ。次第に人気を上昇させている彼の音楽は、まるで魔法のように会場に溶け込み、オーケストラからはそれまでに聞いたことのないような完成度の音楽を紡ぎだす。それはNHKホールの3階席でも同じだろうか?私はこのたび、久しぶりに3階席に座ったが、確かにオーケストラの音は普段と違って綺麗である。迫力も満点。だが、間近で見ることの多かったこれまでとは違って、やや醒めた印象を持ってしまうのは仕方がないのかも知れない。

つまり生で聞く演奏は、視覚的要素も大きいということである。そのことを改めて実感した次第。そう、いつもNHKホールの後方の席は、あまりよく見えないことによって、音の印象まで損なっているということである。これを避けるには1階席に座るしかない。しかも両翼はオーケストラ全体が後姿になるくらい幅が広いので、音も拡散してしまう。直接波がしっかり届く1階席の中央のみが、真に満足できる位置と言えるが、その1階席は傾斜が浅くて前の人に隠れるし、N響は舞台の後方に並ぶので最前列以外のプレイヤーが見えない(やたら肩が凝る)。

さて、ソヒエフの音楽はこのような悪条件にもかかわらず極めて精緻で、一音一音が確信に満ちている。フレーズの長さも各楽器の強さも、すべてが的確である。驚くのは、そこまで精密な指示をしておきながらオーケストラが伸び伸びと弾いていることだ。褒めることで実力を発揮する駅伝チームのように、オーケストラから実力以上の力を引き出す、というとどこまでわかって書いているのか、と言われそうだが、まあ素人から見てそういう風に思うのである。

Cプログラムは休憩なしの1時間。そのためにわざわざコンサート会場へ足を運ぶのがちょっとつまらない気もするのだが、その短いプログラムの最初にリャードフの交響詩「キキモラ」が演奏された。年代的には20世紀初頭で、マーラーの時代。プロコフィエフは弟子にあたる作曲家だから、後半のプログラム「ロメオとジュリエット」の前に置かれるに相応しいということだろうか。

その「ロメオとジュリエット」は有名なバレエ音楽で、通して演奏すれば2時間半を要する大曲だが、その中から抜粋された組曲がコンサートではよく取り上げられる。それでも第1組曲から第3組曲まであって、全部を演奏するとそれなりの時間を要することから、さらに抜粋されることがほとんどである。今回はその抜粋をソヒエフが行い、演奏順序も入れ替えて45分程度の組曲に仕上げている。その演奏順は以下の通り。

  1. モンタギュー家とキャピュレット家(組曲第2番第1曲)
  2. 少女ジュリエット(組曲第2番第2曲)
  3. 修道士ロレンス(組曲第2番第3曲)
  4. 踊り(組曲第2番第4曲)
  5. 別れの前のロメオとジュリエット(組曲第2番第5曲)
  6. 朝の踊り(組曲第3番第2曲)
  7. アンティル諸島から来た娘たちの踊り(組曲第2番第6曲)
  8. 朝の歌(組曲第3番第5曲)
  9. ジュリエットの墓の前のロメオ(組曲第2番第7曲)
  10. 仮面(組曲第1番第5曲)
  11. タイボルトの死(組曲第1番第7曲)

「ロメオとジュリエット」では有名な第2組曲がよく演奏されるが、ソヒエフ版も第2組曲を基準として最初の5曲は組曲2番を順に並べたもので、有名なメロディーが続く。第5曲まで行ったところで第3組曲から「朝の踊り」が差しはさまれるが、この第3組曲は滅多に聞く機会がない。2分ほどの短い曲だが、バレエが目に浮かぶような楽しい曲で威勢がよくソビエト風。

第2組曲に戻って静かで不安定な「アンティル諸島から来た娘たちの踊り」となり、そして再び第3組曲から「朝の歌」。いずれもバイオリンのソロ(本日は郷古廉)が活躍する。そして第2組曲に戻り悲劇的な「ジュリエットの墓の前のロメオ」が胸を打つ。消え入るように音が遠ざかってゆく間、広い会場が静まりかえる。ここまではストーリー通りなのだが、最後の2曲は第1組曲からのメロディーである。「仮面」の行進曲風のメロディーは、ちょっとしたアクセントになっていた。そして最後は「タイボルトの死」。弦楽アンサンブルの速いリズムに乗って、多くの楽器が競演する様は興奮に満ちたもので、このコンサートの最後に相応しい音楽的効果を生んでいた。

今東京で、ソヒエフは何を演奏しても行ってみたい指揮者である。来週はサントリーホールで「エロイカ」のコンサートが予定されているのだが、大いに残念なことにすべての席は早々に売り切れている(同じ演目が大阪でもあるが、これも完売)。ソヒエフのベートーヴェンは昨年聞いた第4番の名演が思い出されるので、これは是非とも聞いてみたいのだが、それが叶わないのはもどかしい。そして来年は、とうとうショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」が組まれている。

冒頭に述べたが、改めて思うにNHKホールの3階席はさほど音の悪い席ではない。にも拘わらず演奏が印象に残らないのは、視覚的な印象に乏しいからだ。だからなるべく前の方で聞いた方がいい。もちろん前で聞くと音もいい。聴覚と視覚にそれぞれ半分ずつの値段を払っていると考えるべきかも知れない。それにしても何十年もコンサートに通いながら今までわからなかったのは、そういうことだったのだ!

2024年1月19日金曜日

東京都交響楽団第992回定期演奏会(2024年1月18日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)

コンサートの会場で配られる大量のチラシの中に「これは事件だ!」と書かれたものが目に留まった。現代で最も有名な作曲家の一人ジョン・アダムズが都響の定期を振るというのである。アダムズは1947年生まれだから、76歳ということになる。私は現代音楽に疎く、グラスなどとともにミニマル音楽の担い手という程度の、ありきたりの評判しか知らないのだが、自作を世界各地のオーケストラで指揮することも多く、欧米では引っ張りだこのようである。

そのアダムズが来日し、我が国のオーケストラを初めて指揮する。都響は在京のオーケストラの中でも近年特に意欲的なプログラムを組んでいるが、今シーズンの目玉のひとつがこのコンサートであることは疑いようがない。プログラムは当然すべてがアダムズの作品で、前半には本邦初演となる「アイ・スティル・ダンス」(2019年)、それに弦楽四重奏団との協奏曲「アブソリュート・ジェスト」(2011年)、後半には代表作「ハルモニーレーレ」(1985年)となっている。弦楽四重奏団には若きドイツのエスメ四重奏団が登場する。私にとってのアダムズは、2019年にN響定期で聞いた「ハルモニーレーレ」以来だが、この時に指揮をしたのは当曲を初演したエド・デ・ワールトだった。

コンサートは2日同じプログラムで行われる。最初がサントリーホール、翌日が東京文化会館である。アダムズの人気がどれほどあるのかわからないが、相当玄人好みであることは確かだろう。2日間、会場を埋めるだけの聴衆がいるのだろうかと思ったが、そこはさすが東京である。多くの音楽関係者、学生なども含め結構な人で会場が埋まっており、その雰囲気もいつもと違い興奮に満ちていた。あとで知ったが、我が国の有名な作曲家や評論家が詰めかけ、それに現代音楽のもう一人の第一人者で、コロナ禍を機に日本への移住を決めたテリー・ライリーもいたそうである。あちこちで挨拶を交わす人が多数。

多くの打楽器を含むオーケストラが舞台いっぱいに並び、やがて指揮者が登場すると熱い拍手。間もなく日本初演の「アイ・スティル・ダンス」が始まった。わずか8分の曲ながら、初演したマイケル・ティルソン=トーマスは「スーパー超絶技巧曲」と評したそうである。2階席奥からはよくわからなかったが、和太鼓やエレクトリック・ベースも登場する。だからというわけではないが、まあ素人の私には「祭り」の音楽に聞こえる。

続く「アブソリュート・ジェスト」については詳しい解説が必要である。配布されたブックレットには作曲者本人による長い文章が掲載されている。ここにそのまま掲示したい思いに駆られるが、著作権上それが可能かよくわからない。よってここに一部を抜粋したいと思う。まずこの曲の特徴は弦楽四重奏と競演するということである。その形態が音楽上どう成立するのか、とても興味深かったのだが、アダムズは「単純に配置の問題」がある他にも、両者の「アンサンブルを同時に成り立たせるのは」極めて困難だと語っている。舞台上で指揮者の周りに登場したエスメ四重奏団は、チェロ奏者以外起立したままだった。長身で若い彼らのみがカラフルな衣装をまとい、存在感が示された。そして驚異的に、弦楽四重奏がオーケストラに溶け込みつつも独自性を発揮し、決して埋もれない。それはやはり技巧性によるものが大きいと思う。

音楽はストラヴィンスキーの「プルチネルラ」を聞いて触発されたそうだが、全編に亘って様々な曲の主題などが登場する。その多くがベートーヴェンであり、弦楽四重奏曲やピアノ・ソナタの曲も含まれるが、聞いていてわかりやすいのは交響曲のいくつかである。このようなものをパロディーと呼ぶのは、たとえAbsolute Jestが「徹底的な悪ふざけ」という意味であっても的を得ていないのかも知れない。なぜなら解説書には、「最も純粋に『創造的な』作業」であり、多くの大作曲家と同様に「他の作曲家の音楽を内面化し、『自分のものとする』手法」であると述べている。

25分にも及ぶこの複雑な曲を聞きながら、飽きることはなかったが、この曲の初心者としては全体に何を聞いてるのかよくわからない混乱が生じたのは事実である。それが意図されたものかどうかはよくわからない。演奏かは相当大変だったようにも思う。あっけにとられるまま終わったが、満場の拍手は鳴りやまず、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番より第2楽章がアンコールに演奏された。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏は現代音楽にも通じるような融通無碍さを持っていることは多くの人が語っているが、こうして最新の現代音楽の直後に聴いて違和感がないどころか、その連続性のようなものも感じることができる。逆説的にベートーヴェンの先進性が強調されたような気がした。

後半の「ハルモニーレーレ」については、もはや古典的とも言えるくらいにこなれた作品として録音も多く、私も実演2回目である。検索をしてみると、初演したエド・デ・ワールトを筆頭に、サイモン・ラトルやパーヴォ・ヤルヴィ、それにベルリン・フィルをアダムズ自らが指揮した演奏などがヒットする。冒頭から延々と続く和音の連続は、妻に言わせれば「レコードの針が飛んだような」曲である。全般にアダムズの作品は、まるでモーツァルトのようにずっと音楽がワンワンと鳴っている感じだ。編成も大きく、エネルギッシュでリズムの変化が面白い。そして「ハルモニーレーレ」はその中に緩徐楽章とも言える部分が何回か現れ、それは後期ロマン派に通じるムードが漂う。

様々な要素の延長上にある現代音楽をちゃんと聞こうとすれば、中世の音楽から古典派、ストラヴィンスキーやシェーンベルクに至るまで、音楽史を俯瞰して理解している必要がある。だがアダムズは、そうでなくても楽しめる音楽である。特に「ハルモニーレーレ」のような作品は、作曲されてからすでに40年近くが経過していることを思わずにはいられない。私が音楽を聞き始めた1970年代に「春の祭典」がそうであったように、本作品は各地のオーケストラのレパートリーとして定着していきそうな気がする。それにしてもアダムズの音楽は、ずっと聴いていると一種の陶酔感をも感じる麻薬のような音楽だと思った。

ひとりのアマチュア・リスナーとしては、よくわからないなりに多くの発見のあった演奏会だった。おそらく芸術作品というのは、そういうものだろうと思う。音の重なりが表現する多様な感覚に、まだ新しいものがあるのだということに改めて驚くとともに、ベートーヴェンの音楽がかくも多様で先進的なものとして再現され得る可能性を秘めていることに感動した。猛烈なブラボーの嵐は楽団員の退場後も続き、指揮者とクヮルテットが再度舞台に登場。残った大勢の聴衆の拍手を受けていた。

2024年1月17日水曜日

読売日本交響楽団第634回定期演奏会(2024年1月17日サントリーホール、セバスティアン・ヴァイグレ指揮)

セバスティアン・ヴァイグレという東ドイツ出身の指揮者は、2019年から読売日本交響楽団の常任指揮者を務めており、しばしば定期演奏会に出演している。しかし私はここのところ読響の演奏会からは遠ざかっており、一度聞いてみたいと思いつつも、これまでヴァイグレの演奏に触れる機会はなかった。

そこで、いいプログラムがあればと思っていたところ、1月の定期が丁度私のスケジュールにも合い、好都合であることが判明した。直前ではあったものの、席はまだ埋まっておらず、私は2階左手のS席を押さえることができた。オール・ドイツ・プログラムで、ワーグナーの歌劇「リエンツィ」序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、それにリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」である。ここでベートーヴェンの独奏は、若きスウェーデンのエース、ダニエル・ロザコヴッチが登場する。ロザコヴッチは初来日というわけではないが、若干22歳で、すでに数枚のディスクをリリースしており、その中には本日の演目、ベートーヴェンも含まれている(伴奏はゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル)。

そのロザコヴッチの経歴は神がかり的でさえある。かつてアンネ=ゾフィー・ムターが15歳でカラヤンと共演したとき衝撃を抱いたものだったが、彼は9歳でデビュー、15歳でドイツ・グラモフォンと専属契約を結んでいるそうだ。すでにリリースされている協奏曲のCDにベートーヴェンが含まれているのは驚きである。

このたびの演奏会の目玉は、プログラム前半に置かれたこのベートーヴェンであることには疑いがなかった。まだワーグナーらしい曲調に乏しい「リエンツィ」序曲が威勢よく演奏されたあと、舞台の椅子が若干並び変えられ、指揮者とともに長身のロザコヴッチが登場した。舞台上部にはいつになく多くのマイクロフォンが垂れ下がっており、これは何らかの収録が行われるであろうと思われた。

ヴァイオリン協奏曲の序奏と主題が始まってもごく平凡に振舞っていたヴァイオリニストが最初の音を出した時、意外にも線が細く、音にさほど特徴があるわけでもないなと思った。それでもオーケストラと指揮者は淡々と演奏を続け、長い第1楽章も終わりかけた時、急に音楽が変質した。それは有名なヨアヒムのカデンツァに入った時だった。繊細ながらも集中力を保つヴァイオリンは、ひとつひとつのフレーズに精神を注ぎ込み、満員の聴衆を長い間釘付けにした。微動だにせず独奏に耳を傾ける指揮者とオーケストラを真横に見る絶好の位置からは、その迫力が手に取るようにわかる。

第2楽章は、その神秘的な競演の場であった。この曲がこれほどにまで説得力を持ち、美しく思ったことはなかった。ただ残念なことに、ホルンの音が外れた。ヴァイグレはホルン奏者出身だから、ここは残念に思ったのではなかろうか。以降、ホルンの不安定さは、この演奏に玉にキズだったことは隠しようがないが、まあ実演ではそれは仕方がないことで、そういうハプニングも含め、静まり返った聴衆と演奏家の筋書きのない相互作用が、実演に接するときの楽しさでもある。

第2楽章の後半から、そっと第3楽章に入るまでの数分間は、音楽が永遠に続くとさえ思われた。おそらくここに生じたケミストリーは、実演でしか作用することがない驚異的な美しさだった。繊細に、静かに、丁寧に、音楽の集中力とその持続。そこから醸し出される繊細で強靭な音楽。そして第3楽章に至ってのすばらしいロンドは、そのカデンツァを含め、天国的な瞬間の連続と化した。オーケストラの中ではファゴットが秀逸で身震いがするほど。

演奏が終わって多くのブラボーが飛び交ったのは当然のことであった。情動的な演奏ではなく、かといって円熟味があるわけではない。若々しいと言えばそうなのだが、品があって落ち着いている。まさにベートーヴェンがうってつけだと思ったが、チャイコフスキーも聞いてみたい。そう思っていたら、すでにリリースされているようで、ロビーでCDが売られていた。何度も舞台に呼び戻されたロザコヴッチは、アンコールにバッハのソナタを演奏した。

これだけで満足感いっぱいのコンサートだったが、休憩時間のあとはシュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」の演奏となった。舞台には100名を超える団員が所狭しと居並び、P席上部のオルガンにも光が当たる。有名な序奏に引き続いて、まるで結婚式に相応しいようなメロディー。そこから続く音の饗宴は、若干支離滅裂気味ながらこの作曲家を聞くときの醍醐味であるオーケストレーションが堪能できる。

ベートーヴェンでは異音のしたホルンも6名に増員されていたが無難にこなし、チェロをはじめとする弦楽器最前列奏者の複雑なソロも決まって、耳の機能がフルに試されるような時間。約30分程度だが、オーケストラの機能が十分引き出されたことによって、豊穣で起伏に富む表現が手に取るように伝わってくる。やはりオーケストラは近くで聞くのが良い。特にサントリーホールの脇の2階席はオーケストラ全体が見渡せ、指揮者と奏者のやり取りが見て取れるのでお気に入りだ(ただ音は分裂気味)。

久ぶりに聞く読響の演奏も、かつてに比べると上手くなったと思った。若いプレイヤーも多く、今後の演奏が楽しみである。読響の聴衆もまた独特の雰囲気があるのだが、次回はどの演奏会にでかけようかと、配られた年間プログラムの冊子を見ながら思い悩んでいる。

2024年1月14日日曜日

東京都交響楽団第991回定期演奏会Cシリーズ(2024年1月13日東京芸術劇場コンサートホール、下野竜也指揮)

朝から快晴だった空がにわかに曇りはじめ、雷雨となって初雪が降った。コンサートが終わったら路面が濡れている。この間わずか2時間あまり。昨今の天候不順を象徴するかのような、なかなか大変な一日だなあ、と思った次第。

都響の定期を聞くために池袋まででかけた。Cシリーズとなっているこの演奏会は、わずか1日だけのコンサートである。指揮は鹿児島生まれの下野竜也で、先週聞いた東京音楽コンクール優勝者記念演奏会に引続き3回目。私は広島交響楽団を指揮した「エグモント」の演奏をテレビで見て以来のファンである。だが経歴を観ると、本格的に音楽を志したのは遅く、年齢も私よりたった3歳しか違わない。しかし徐々に頭角を現しているように見え、内外の各地のオーケストラからはひっぱりだこである。

最近は行くべき演奏会をプログラムで決めている。今回は今年生誕200周年を迎えるブルックナー、しかもその交響曲第1番である。ブルックナーが作曲した最初の交響曲(習作を除く)で、それなりの完成度があり楽しい曲なのだが、演奏される機会はとても少ない。そしてプログラム前半にはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番K491が演奏される(ピアノ独奏:津田裕也)。この2曲、ともにハ短調である。今回のコンサートに足を運ぶ理由はもちろんブルックナーだが、その前に弾かれるK491が決め手でもあった(なぜなら私は、同じ時間帯に横浜で演奏される小泉和裕のチャイコフスキー「冬の日の幻想」と迷ったのだが、プログラム前半のソリストが先日聞いたばかりのヴァイオリニストだったことが大きい)。

もっとも公演が始まって最初に演奏されたのは、バッハの「G線上のアリア」であった。オーケストラとともに静かに登場した指揮者は、思いを込めてこの曲を指揮、静謐な中に温もりを湛えた演奏は、能登半島地震の被災者に捧げられた。

モーツァルトのピアノ協奏曲はほとんどが長調で作曲されており、短調の作品は第20番K466とこの曲だけである。劇的なK466に比べると地味だが味わい深い作品で、特に心情が胸に迫る第2楽章が大好きだ。ただ私がこれまでに聞いたこの曲の演奏は2回ともN響定期で、まだ若かったからいつも3階席だった。アンドレ・プレヴィンの演奏もそういうわけで記憶に残っていない。そんな反省もあって、今回は1階席の前から5列目。ピアニストの息遣いまで感じられる席に陣取った。ここからは弦楽奏者が譜面をめくる音も聞こえるが、管楽器と打楽器は全く見えない。

さて津田裕也という仙台生まれのピアニストを聞くのは初めてだったが、彼は優しくも心を込めてこの作品を演奏し、余計なものをできるだけ加えないその真摯な姿は、モーツァルトの魅力を引き出すのにもっとも重要な点であることを熟知しているかのようだった。ほのかに暗いメロディーは、そのまま曲を通して揺らぐことはなく、そのことがいっそうこの曲の統一的な心情ーそれは絶望感と言ってもいいかも知れないーを引き立てた。思えば一向に支援の進まない被災地の状況に、お正月から私たちは焦り、怒り、そして今では祈ることをも通り越して憐れんでいるのである。後年のモーツァルトの心情を垣間見るような、ごく自然な演奏に私はとても好感をもった。

鳴りやまない拍手に応え、カーテンコールは3回にも及び、アンコールにベートーヴェン の「6つのバガテル」より第5番ト長調が演奏された。この美しい曲をしみじみとききながら、メンデルスゾーンが聞いてみたいと思った。帰宅して検索してみると、何と彼のメンデルスゾーン作品集がリリースされているではないか。しかもその中に私が愛する「無言歌集」のいくつかが収録されている。これは是非聞いてみたいと思った。

休憩時間に再開されたバー・カウンターでコーヒーを飲む。席に戻ってみると何と周りにいた人の何人かがいなくなっている。これらの人々はモーツァルトを聞いだけで帰ってしまったのだろうか。私の右斜め前に座っていた人もどこかへ消えて、私の位置からは障害なく指揮台が見えることを嬉しく思った。今から始まるブルックナーの交響曲第1番は、もちろん初めて実演で聞くのだが、遅咲きのブルックナーらしく最初から晩年の作品と変わらない充実した作品である。

もっとも今回演奏されるのはウィーン稿(1890/91年)というもので、これは最初の出版時の稿(リンツ版、ノヴァーク版などと言われる)とは異なるものだ。改訂作業はブルックナーが交響楽団第8番を書いた後に1年以上を費やして行われているから、その完成度は晩年のそれに引けを取らないのではないかと想像がつく。ただ私は他の作品と同様に、ブルックナー作品の稿による違いに疎いので、ちょっと聞いただけでは良くわからないのである。

ただこの交響曲第1番に関しては、印象が随分違うように思う。端的に言えば、速くて鳴らしまくるリンツ版に比べ、ウィーン版はより円熟味が増している。いわゆるブルックナーの音楽に慣れ親しんだ身としては、ウィーン版の方がしっくりくる。例えば第3楽章のテンポは、ウィーン版の方がいくぶん遅めである。

第1楽章はいわゆる「ブルックナー開始」ではなく、そのことに少し驚くが、全体に聞きやすい曲である。第2楽章アダージョもブルックナーをずっと聞いていたいと思いたくなるに十分で、これは実演で聞いてもまったくその通りであった。演奏にムラがなくて、つまりは完成度が高い証拠だろう。そして第3楽章!「生き生きと」と題されたスケルツォは、前方で見ているとヴィオラと第1ヴァイオリンの掛け合いが楽しく、終楽章の情熱的な高揚も見事だった。

もう少し余韻に浸っていたかった気もするが、すぐにブラボーが多く交じった拍手が沸き起こり、指揮者も満足した様子で何度も舞台に登場、各楽器の合間を進んでプレイヤーと握手を繰り返し、最後に楽譜を高らかに持ち上げて喝采をさらっていた。ブルックナーを得意としていた朝比奈隆の助手の経歴もある下野は、日フィルの定期でも第3番を指揮する予定だ。私はこれで聞いていないのが第2番だけとなった。都響のブルックナー・チクルスは昨年秋に小泉和裕が振っている。これも名演だったようで、私は聞き逃したのを後悔しているのだが、知る限り今のところ第2番のコンサートは見当たらない。

薄暗くなった池袋の街を早々に出る。いつのまにか気温が一気に下がって真冬の寒さになっていた。火照った体を心地よく鎮めながら、これはまさしくヨーロッパの冬のようだと思った。

2024年1月9日火曜日

第21回東京音楽コンクール優勝者コンサート(2024年1月8日、東京文化会館)

お正月休みが終わったと思ったら、すぐに3連休となった。本来なら趣味の街道歩きか、もしくは近郊へのドライブなどに出かけるところである。天候も良く連日快晴が続いている。東京を訪れるには冬に限る、とどこかの国の旅行ガイドには書かれているそうだ。

しかし今年のお正月は、カレンダーの並びが悪いことに加え、コロナ明けで帰省ラッシュが再来したため、結局どこへも行かず家でじっとしていた。そうしたら大地震や旅客機の事故が発生し、旅行気分ではなくなってしまった。そして3連休も「傘寿記念・桂文枝独演会」と散歩くらいにしか外出していない。あまりも侘しいので、何か音楽会でもと検索したところ、東京文化会館で「東京音楽コンクール優勝者コンサート」というのが開かれることがわかった。コントラバス、ファゴット、ピアノのそれぞれの優勝者をソリストに、3つの協奏曲が演奏される。そのプログラムの面白さもさることながら、オーケストラが下野竜也指揮新日フィルというから悪くない。値段も3000円以下と手ごろである。そこで急に思い立ち、開演3分前に会場に到着、当日券を買って2階席へ。

クラシック音楽のコンサートは、何の口上もなく始まるのが通例である。しかしこの日は出演者の紹介のため、元テレビ朝日のアナウンサー、朝岡聡が登場した。彼は手際よくこのコンクールのあらまし、それから登場する演奏者のプロフィールなどを紹介、チューニングも終えて最初の曲、ロータのディヴェルティメント・コンチェルタンテが始まった。ロータは映画音楽で有名なイタリアの作曲家で、近年は彼のクラシック音楽作品がよく演奏されるが、この曲は大変珍しい。なぜならこの曲は、コントラバスの協奏曲の趣があるからである。

ソリストは本コンクール弦楽部門の優勝者である水野斗希という若干二十歳の若者で、すらっとした体格ながら大きな楽器を携えて登場、普段あまり聞くことのできないコントラバスの独奏を楽しむことができた。2023年に始まったこのコンクールは、まだ歴史が浅いが、これは彼が生まれた年でもあり、そして本日成人式を迎えるとのことである。ヴァイオリンやチェロなど、奏者の多い弦楽部門でコントラバスの奏者が優勝するのは初めてだそうだ。

冒頭、下野の指揮するオーケストラが大変心地よい響きで驚かされる。下野の指揮というのは、派手ではないが安定しており、アンサンブルの見事さはなかなかのものだと感心している。東京文化会館のデッドな響きにも巧く対応し、バランスの良さが際立つ。そこの重厚なコントラバスの響きが重なる。

結構長い曲で全4楽章はあっただろうか。軽やかでイタリアの光を感じる作品に、しばし心を奪われる。重音やフレジオレットといった、オーケストラ・パートとしてはまず演奏されることのない技巧も駆使した曲は、一聴の価値があると思ったが、なかなかこういう曲を二度と聞くこともないだろうとも思った。今日もっとも関心したのは、この曲のこの演奏だったかもしれない。

続いては木管部門の覇者である保崎佑という方が登場。彼は音楽学の博士課程も修めた経歴の持ち主で、年齢は先の水野より10歳年上である。ファゴットもまたオーケストラでは最低音を担う楽器で、独奏を務める作品は少ない。有名なモーツァルトの作品もあるが短い曲。それに比べると今回演奏されたロッシーニの協奏曲は、歌うように流れるロッシーニの爽やかな音楽が魅力的な作品である。

ところがこの曲は、出版されたのが2000年代に入ってからだと朝岡が説明する。自筆譜が存在しておらず、正確にはロッシーニの作品であるかどうかはわからないそうだ。まあそれでもロッシーニだと思って聞けば、そのように信じることができる。リードを曲の途中で何度も変えながら、安定感のある演奏を披露して拍手を誘っていた。彼は観客の投票によって決まる「聴衆賞」というのも受賞しているそうだ。

休憩後はピアノ部門の優勝者である佐川和冴という25歳のピアニストが登場、選んだ曲が何とベートーヴェンの第2番のコンチェルトだった。この曲は第1番に先立って作曲されたことは有名で、度重なる改訂を経てベートーヴェンらしさも十分に感じられる素敵な作品だが、演奏される機会は最も少ない。だが彼はこの曲がもっとも好きだと話す。そしてベートーヴェンが自らこの曲を初演したのは、丁度彼と同じ25歳だったというから思い入れが強い。そして彼は大きく体をゆすりながら、まるでモーツァルトのように朗らかに、この曲を披露した。深々とした第2楽章は特に素晴らしく、オーケストラも献身的だった。どこか女性ピアニストを聞いている感じだった。

クラシック音楽に造詣の深いベテランの司会によって、この日のコンサートは通常以上に引き締まって楽しめることになったのは間違いない。そして最後にソリスト3名が再び登場、会場の大きな拍手を受けて、まだ初々しい表情が素敵である。2024年の最初のコンサートでは、このような新鮮な気持ちを感じることとなった。少し寒いがそれでも例年よりは温かい年明けの上野公園も、17時を過ぎればすっかり日が暮れて、大勢の人々が家路を急ぐ。東京文化会館と上野駅は50メートルくらいしか離れていないので、歩いても1分とかからない。その短い距離を爽やかな新春の風が、心地よく吹き抜けていった。

2024年1月8日月曜日

チャイコフスキー:交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」(クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団)

私が育った家には数多くのクラシックのLPレコードが並んでいたが、どういうわけかロシア物が少なかった。チャイコフスキーも例外ではなく、あったのはパウル・ファン・ケンペンが指揮する交響曲第5番のモノラル録音のみ。仕方がないから私はこのレコードばかりを聞いていた。

チャイコフスキーには交響曲が6曲あって、このほかに「マンフレッド交響曲」というのも含めると7曲ということになる。このうち第4番から第6番「悲愴」までの3曲が突出して有名で、録音も多い。一方、第1番から第3番までの曲は、それぞれ「冬の日の幻想」、「小ロシア」、「ポーランド」というタイトルが付いているにもかかわらすあまり演奏される機会がない。私がクラシック音楽を聞き始めたころには、この3曲を演奏したレコードは、カラヤンによるものだけが知られていた。

それでもカラヤンが演奏しているとなるとそれなりに名曲なのではないかと想像した。だがわが国で新たにリリースされる演奏には一向にこれらの曲が含まれることはなく、私にとってこれらの曲は、遠い存在であった。私は優先順位から、チャイコフスキーの作品としてはピアノ協奏曲第1番とヴァイオリン協奏曲、そして「悲愴」、弦楽セレナーデの順に聞き始め、以来長らくチャイコフスキーの作品に触れることはなくなってしまった。交響曲第4番でさえ大学生になってから、三大バレエ曲でもその後、という具合である。だが今ではチャイコフスキーの作品で一番好きなのは、「白鳥の湖」と歌劇「エフゲニー・オネーギン」である。

中学生の頃、私の家には毎週のように友人のO君が遊びに来ていて、彼とはうちにあったLPレコードを順番にかけて楽しんでいたが、一通りの有名曲を聞き終えて私が、他に聞いてみたい曲はないか、と聞いたところ、チャイコフスキーの交響曲第1番だと答えた。私よりもずっと真剣にチャイコフスキーの作品に親しみ、その魅力に開眼していたのかどうかよくわからないのだが、彼は確かにそう言ったのである。

チャイコフスキーの交響曲第1番は、「冬の日の幻想」というタイトルが付けられている。英語ではWinter Dreamと訳されている。作曲者自らが名付けたその副題だけで、あの憂愁を帯びたチャイコフスキーのメロディーが聞こえてくるようではないか。だが私にとってこの曲はずっと謎の曲であり続け、初めて曲を聞いたのはたった数年前のことである。最近では演奏される機会も多くなったこの曲の魅力は、そのタイトル通りの美しさである。まだ若かった頃の作品ではあるが、親しみやすいメロディーが、私をまだ見ぬロシアへと誘ってくれる。

第1楽章と第2楽章はまさに「冬の日」にぴったりの曲で、この文章を書いている正月7日の朝も、関東地方には低く雲が垂れ込め、その隙間から朝日が差し込んでいる。陰影に富んだメロディーをいかに表現しているかが、私がチャイコフスキーの作品を聞く時の指標である。これは緩徐楽章、すなわちゆったりとしたメロディーの独断場と言える。「冬の日の幻想」の第2楽章もまた、この曲最大の聞きどころではないかと思う。だがチャイコフスキーはこの楽章を、「陰気な土地」などと題している。どんよりと曇った湖は、それだけでも陰鬱である。

音楽は45分くらいかかる長い曲で、チャイコフスキーの交響曲はすべて同じくらい長いのだが、形式的にはしっかりとしていて第3楽章は3部形式のスケルツォである。この中間部に置かれているのはワルツで、チャイコフスキーのワルツにも独特の陰を帯びた美しい作品が多いが、ここの音楽もまた愛すべき旋律である。

これに続く第4楽章フィナーレは、最初民謡風のゆっくりとした「チャイコフスキー節」で始まり、最後には大規模でクライマックスとなるのだが、非常に健康的で明るい曲である。全曲を通して何度も聞いているうちに、次第にこの曲が気に入るようになった。近年ではしばしば実演もされているようだから、できればコンサートで聞いてみたいと思っている。

録音された演奏では、この曲の魅力を最初に教えてくれたクラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団のものが気に入っている。イタリア人がアメリカのオーケストラと演奏した1991年のディスクは、ロシア的な濃厚さに明るさがもたらされて、物憂いメロディーが程よく中和されている。特にアバド流に洗練された第2楽章は秀逸だと思う。

2024年1月3日水曜日

謹賀新年

2024年の年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。

元日の夕方に大規模な地震に見舞われ、お正月気分も吹き飛んでしまいました。恒例のウィーン・フィルによるニューイヤーコンサートも、今年はテレビ・ラジオとも放送が中止となり、後日改めて放送されるとのことです。津波警報が出ている中では仕方がないことでしょう。このような事態は、この中継放送が始まって以来、初めてのことと思います。

そうでなくても、今年は国内政治や国際情勢、さらには経済にも大きな変化が訪れるでしょう。社会的にも世相が変わりつつあるような気がします。

今年記念の年となる作曲家は、何といっても生誕200年のブルックナーでしょう。すでに数多くの演目がコンサートに登場しています。我が国にはブルックナー・ファンが多く、人気がありますので期待が高まるところです。

私は日フィルの定期会員になって、3月から毎月コンサートに出かけます。その中には、下野竜也によるブルックナーの交響曲第3番や、カーチュン・ウォンによるマーラーの交響曲第9番が含まれています。

その下野竜也は1月に都響とブルックナーの交響曲第1番を指揮します。また3月には大野和士が第3番、9月に第7番を、6月にはインバルが1000回記念となる定期演奏会に第9番(SPCM追補版)を、さらに7月にはフルシャが「ロマンティック」を振るようです。都響はこの他にも作曲家ジョン・アダムズを迎えての自作自演もあり、目が離せません。

夏の白米千枚田(輪島市)
読響、新日本フィルにも注目すべきコンサートがあります。またN響はソヒエフ(1月)、エラス=カサド(2月)、エッシェンバッハ(4月)などが登場。マーラーやショスタコーヴィチの大曲も毎月のようにどこかのオーケストラが演奏するなど、どの演奏会に足を運ぼうか悩むほどです。

さて、能登半島の輪島市は朝市で有名ですが、地震による火災で壊滅的状況になってしまいました。昨年8月に私は能登半島を周遊し、輪島にも滞在しましたが、もうあの街並みはなくなってしまったのでしょうか。まだ救助活動が夜を徹して続けれられており、一人でも多くの方が救助されることを願ってやみません。写真は昨年夏の早朝の朝市通りと棚田です。

在りし日の朝市通り(輪島市)

東京交響楽団第96回川崎定期演奏会(2024年5月11日ミューザ川崎シンフォニーホール、ジョナサン・ノット指揮)

マーラーの「大地の歌」が好きで、生で聞ける演奏会が待ち遠しかった。今シーズンの東京交響楽団の定期演奏会にこのプログラムがあることを知り、チケットを手配したのが4月ころ。私にしては早めに確保した演奏会だった。にもかかわらず客の入りは半分以下。私の席の周りににも空席が目立つ。マーラー...