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2026年6月15日月曜日

NHK交響楽団第2067回定期公演(2026年6月14日NHKホール、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮)

優れた指揮者のもとでは、一体化したオーケストラの響きが、まるでひとつの楽器になったかのように3階席にまで鮮やかに届く。90年代前半、この席の常連だった私には信じられないことだが、最近のN響は本当に巧くなった。。

今シーズンのN響Aプログラム最終回を指揮したのは、オランダの指揮者ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めるなど、世界各地の名門オーケストラを率いてきた国際的な指揮者だが、日本ではその実績の割に知名度が高いとは言えない。

私はかつて、彼が香港フィルハーモニー管弦楽団を指揮したワーグナーの「ニーベルングの指環」の録音を聴き、その確固たる音楽作りに目を見張ったことがある。しかし実演に接する機会はなかなかなかった。興味深いことに、彼は香港のみならず台湾や韓国などアジア各地のオーケストラのシェフを務めてきたほか、フランスやアメリカにも活動の拠点を置いてきた。熱心なファンが少なくないのも頷ける。

その音作りは、史上最年少でコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを務めた経歴からも想像できるように、弦楽器を中心に据えた精緻で明晰なものだと思っていた。しかし実際に接してみると、予想以上に情熱的な指揮者だった。3階席から見ても、その大きな身振りはよく伝わる。音響の天才的なバランス感覚のもと、各楽器は見事に溶け合いながらも埋没せず、大きな振幅を描く。音楽を聴く喜びをこれほど味わわせてくれるコンサートも珍しい。

4段階評価なら迷わず星4つを付けられる演奏会に、私はこれで3日連続で通ったことになる。東京のクラシック音楽界は、それほどまでに充実している。実際、この週にはチケット完売のため行くことがかなわなかった演奏会(エベーヌ四重奏団によるベートーヴェン・チクルス)まであった。

プログラムの冒頭は、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲。この曲は祝祭的な名曲としてたびたび演奏されるが、ヴァン・ズヴェーデンの指揮で聴くと、その充実ぶりがひと味違う。N響の豊かなサウンドが冒頭から満開である。彼がワーグナーを得意としているからこその選曲なのだろう。だが、このような指揮者なら、どんな作品を振っても聴いてみたいと思わせるものがあった。

続いて舞台中央に置かれたピアノの前に、ピアニストのコンラッド・タオが登場する。中国系アメリカ人で、自ら作曲も手がける音楽家だ。

モーツァルトのピアノ協奏曲第17番が始まると、その伴奏からして絹のようにしなやかでエレガントな音色に圧倒される。さらに、広大なNHKホールの3階席にまで十分届くピアノの美しいメロディーが、耳を洗い心を揺さぶった。「この曲はこんなにも魅力的だったのか」と、何度聴いたか知れない作品でありながら発見の連続である。

第1楽章のカデンツァは、まるでベートーヴェンが弾いているかのようだった。これは彼自身によるものだろうか。そして第2楽章のカデンツァには、どこかバッハを思わせる趣があった。久しぶりに実演で聴くモーツァルトだったが、これは私の経験した演奏のなかでも最も完成度の高いものとして長く記憶に残るだろう。

アンコールで演奏されたラヴェル「マ・メール・ロワ」より「妖精の園」も、このピアニストの才能を鮮烈に印象づけた。特に終盤、鍵盤上を左右に行きつ戻りつしながら展開される演奏は、ダイナミックでありながら綿密だった。

私は長年、バルトークの音楽を苦手としてきた。民族音楽を題材にした初期作品くらいしか聴かなかったのである。しかし彼の代表作の多くは、むしろ晩年に書かれている。

今回プログラムを読んでいて知ったのだが、バルトークは私と同じ骨髄性白血病を患っており、「管弦楽のための協奏曲」を作曲した頃にはすでに闘病生活のなかにあったという。これで一気に親近感が湧いたというと語弊があるかもしれないが、「これは聴かなければならない」と思ったのである。

「食わず嫌い」という言葉があるが、私にとって「管弦楽のための協奏曲」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、そしてR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」は、いわば「聴かず嫌い」の代表格だった。しかしヴァン・ズヴェーデン指揮のN響によって、その状況を克服する絶好の機会が巡ってきた。そして舞台にずらりと並んだ大編成のN響から聴こえてきたのは、紛れもなく世界最高水準の音楽だった。

今やN響は、欧米の有名オーケストラと比べても遜色のないレベルに達していると思う。聴いていて惚れ惚れするその演奏は、後方の弦楽器奏者でさえ身体を揺らし、ときに管楽器群は号砲のような響きを放つ。全奏で鳴り響いても濁りはなく、その一方でヴィオラや第2ヴァイオリンが独特の風合いを添え、音楽に繊細な彩りを与える。

オーケストラを聴く楽しみとは、まさにこのような音の万華鏡を味わうことに尽きる。優れた指揮者のもとでは縦の線が整い、千変万化するテンポにも迷いがない。ヴァン・ズヴェーデンは職人的な厳密さと情熱を兼ね備え、この大作を見事に引き締めていった。

終楽章のアレグロが感動的なフィナーレを迎えると、満場のブラボーが飛び交った。本人もよほど手応えを感じていたのだろう。何度もカーテンコールに応えるなかで、少し茶目っ気を見せながら客席に手を振っていたという。もっとも、私の席からはその様子を直接見ることはできなかったのだが。

2026年4月25日土曜日

NHK交響楽団第2061回定期公演(2026年4月16日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

最近、音楽を聴いても、以前のように心が震える瞬間が少なくなったように感じている。年齢を重ね、感性が鈍ってしまったのかと思うこともある。若い頃は時間もお金も限られていたからこそ、わずかな機会を逃すまいと満を持して会場に向かい、胸を高鳴らせながら音楽を待ち受けたものだ。あの頃の自分は、演奏が進むにつれて「もう終わってしまうのか」と切なく思った。欧米から来日する音楽家ともなれば、次に聴ける機会はないかもしれない。その思いが、音楽への渇望をいっそう強くしていた。

どんなに悪い席でも構わなかった。多少演奏が荒くても、目の前で音が鳴っているという事実だけで胸がいっぱいになった。しかし今は違う。耳が肥えたと言えば聞こえはいいが、むしろ感受性が摩耗してしまったのかもしれない。

今回、サントリーホールで聴いたファビオ・ルイージ指揮によるマーラーの交響曲第5番は、なぜ自分が感動しなかったのか、正直よく分からない。オーケストラは過去にも増して集中し、アンサンブルは見事で、日本でも屈指の水準にあると感じた。音色は磨かれ、細部まで神経が行き届き、欠点を探す方が難しいほどだ。それでも、どこか物足りなさが残る。

演奏側に原因があるのか、聴き手の問題なのか。第4楽章のアダージェットはロマンチックで、呼吸も十分に感じられたのに、心が動かない。理知的に偏っているわけでもなく、叙情美が欠けているわけでもない。ただ、音楽に「ゆとり」がないように思える。型にはまり、そこから自由に身をひるがえす余白がない。客観性はあるのに、音楽の揺らぎや遊びが抑え込まれているようで、優等生的な印象が拭えない。

人工的な完成度で魅了するマゼールのような個性があるわけでもなく、素朴な情熱で感性を揺さぶるタイプでもない。すべての教科で80点を取る秀才のような音楽で、そつがないが、どこか決定的な一撃に欠ける。こうしたタイプの指揮者は少なくないが、音楽は本来もっと多様で、多面的であるべきだと思う。その結果が、マーラー特有の曖昧な方向感や、遠い世界へ誘われるような感覚を薄めてしまっている。音楽が漂わず、その場にとどまってしまう。聴衆は常に目の前の音に向き合わされ、次第に疲れてしまう。まるで新入社員が上司に囲まれた酒席で酔えないような息苦しさがあり、どんな料理も味わえないのと似ている。

一方、前半のモーツァルトのクラリネット協奏曲は実に素晴らしかった。ルイージの音作りは、モーツァルトに不可欠な浮遊感と音の美しさを見事に引き出していた。N響のアンサンブルも精緻で、クラリネット独奏(N響主席の松本健司)は安心して身を委ねられる出来だった。30分ほどの間中、懐かしい気持ちが胸に広がった。かつて、秋の夕暮れにこの曲の第2楽章を繰り返し聴きながら、最晩年のモーツァルトの心に思いを馳せた日々があった。少年時代の音楽の記憶がよみがえり、懐かしさと嬉しさが入り混じった。

2025年11月24日月曜日

NHK交響楽団第2050回定期公演(2025年11月21日サントリーホール、ラファエル・パヤーレ指揮)

もともとN響のB定期は、やや玄人好みの選曲だと思っていた。従来からN響では、同じ指揮者が約1か月間滞在して、3つのプログラム計6回の公演を指揮する。公式には記されているわけではないが、Aプロは指揮者の十八番、Cプロはポピュラー作品が中心に組まれているものと思われる。しかしN響もいまや世界的指揮者を多く招聘することによって、長い期間マエストロを、極東の島国に拘束しておくことは困難になったように思われる。今シーズンで言えば、移動に伴う疲労が心配な超高齢のヘルベルト・ブロムシュテット、首席指揮者のファビオ・ルイージ、それにウクライナ戦争であらゆるポストを辞任したロシア人、トゥガン・ソヒエフを除けば、毎回指揮者が入れ替わる。11月はAとCが名誉音楽監督のシャルル・デュトワで、Bのみベネズエラ人のラファエル・パヤーレとなっていた。

デュトワのC定期は世紀の名演だったと聞いている。ここで演奏されたラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」(全曲)には、私もできれば行きたった。しかしあの広いNHKホールで、演奏を堪能しようと思えば1階席の中央に座る必要があり、それには座席の確保が困難な上、席自体がやや狭く視界も良くない(端の席はほぼ絶望的)。しかも夜の渋谷の雑踏、もしくは休日の代々木公園のお祭り騒ぎの中を会場に向かうのは、私にとってもはや苦行である。そういうわけで、最近NHKホールに出向くのは避けている。

そのデュトワがB定期も振るかと思いきや、そうではなかった。年間会員としてはちょっと残念だったが、こればかりは仕方がない。そういうわけで今月は、パヤーレの登場である。パヤーレを私はかつて一度聞いている(2017年)。ところが今回配布されたプログラム・ノートによれば、彼のN響への初登場は2020年2月と記されている。これはどういうことかと思ったら、定期公演の話であった。私が出かけたのは「N響『夏』」と呼ばれるコンサートで、ここはいわば若手指揮者による名曲プログラム。実はほとんど印象は残っていないが、聞いたという事実は覚えていたので、まだましな方である。

そのパヤーレも、今やモントリオール交響楽団のシェフに抜擢されたようだ。ベネズエラ生まれと聞けばドュダメルを思い出すが、独自の音楽教育プログラム「エル・システマ」のホルン奏者出身とのことである。しかし今回のプログラムは、新大陸の音楽ではなくドイツ音楽、それもシューマン、モーツァルト、それにリヒャルト・シュトラウス。言わば王道の選曲と言うべきか。だから曲は名曲ばかりでも、これは指揮者にとっての意欲的プログラムであると思われた。B定期としてのこだわりは、そういうところだろうか。

さて、シューマンの「マンフレッド」序曲は、かつてフルトヴェングラーのCDで聞いたくらいで、ほとんど知らない。シューマン独特の、あのくすんだ音色がN響から聞こえてくる。指揮はこの曲だけ完全な暗譜で、指揮台は置かれていなかった。特に心に残るようなわけでもない平凡な演奏が終わって、舞台左奥に置かれていたピアノを、どうやって舞台中央に運ぶのか、私はこれまで何度もサントリーホールに通っているが、ちゃんと見るのはこれが初めてである。

舞台は階段状になった半円形の台が設えてあり、指揮者を中心に後方の奏者ほど高い位置に並んでいる。この階段を乗り越えるため、何と舞台の一部の段差が電動装置によって切り取れたように沈み、そこの部分だけがフラットになったのだった。その作業のため、第1及び第2ヴァイオリンのセクションは一時退場を余儀なくされた。このような舞台の準備作業を、私は興味深く見ながら、次のプログラム、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番を待った。

再び舞台の階段が正常位置に戻り、ヴァイオリン奏者の椅子が並べられると、団員たちの一部が再登場。ピアノのC音を合図にチューニングが開始された。程なくしてソリストを務めるエマニュエル・アックスと指揮者が登場した。

アックスと言えば、私は子供のころから録音で知られているアメリカ人のピアニストで、ヨーヨー・マと競演した録音などで良く知られているが、実演で聞くのは実はこれが初めてである。そしてモーツァルトのピアノ協奏曲第25番もまた、実演で初めて聞く曲である。この曲はハ長調で書かれており、モーツァルトのハ長調と言えば、「リンツ」や「ジュピター」などが思い浮かぶ。いずれも壮大でストレートな華やかさを持った曲で、誤解を恐れずに言えば、奏者を選ぶというか、なかなか難しい曲に思われる。

だからかどうかはわからないが、この25番のピアノ協奏曲は、いい曲と思うのだが演奏されることは少ない方だ。パヤーレはその最初音を、ふわっとしてスッキリとした音色で始めたのは印象的だった。アックスのピアノがまた、モーツァルトに相応しく、雑味なく響く。全体に好感の持てる演奏ではあったのだが、それ以上でもそれ以下でもない。もしかするとパヤーレの音作りは、やや雑なところがあって、細やかな音の表情や音色の変化に乏しく、N響はうまく取り繕ってはいるがちょっと平凡な演奏に終始したように感じた。しかしアックスのピアノは何とも素敵で、その真骨頂はアンコール曲(ショパンのノクターン第15番)で示されたと言って良いだろう。

休憩を挟んでオーケストラが倍増され、舞台上にずらりと並んだ姿は壮観だった。リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」と言えば、毎年数多くの公演がなされる名曲中の名曲だが、たしかにこの曲ほどオーケストラの醍醐味を味わわせてくれる曲もない。にもかかわらず、私はかつて2回しか聞いていないのは意外であり、しかもそのうちの1回は、すでに忘却の彼方にあった。今回検索してみると、2020年1月にN響で聞いている。しかもこの時の会場もサントリーホール、指揮はファビオ・ルイージ、ゲスト・コンサートマスターはライナー・キュッヘルとなっている。

私が聞いた位置が悪かったのか、それとも体調が悪かったのか、あるいはこの曲についてまだあまり多くを知らなかったのか、そのあたりはよくわからないが、その前に初めて「英雄の生涯」を聞いた時の読売日本交響楽団による演奏会(2015年3月のサントリーホール、指揮はジェラール・コルステン)はよく覚えているので、ルイージの演奏はどこか物足りなかったのかも知れない。

さてその「英雄の生涯」のパヤーレだが、これは前半のプログラムにおけるやや精彩を欠いた演奏に比べると、少なくとも私の個人的な印象としては悪くなかった。というよりも、結構よかったんじゃないかと思っている。もしかするとパヤーレの音は、どこかフランス風のオーケストラのように平べったく、しかしながら色彩感は豊かであった。この結果、何とも言えないようなムードを醸し出していた。全体として見た場合に、ずっとうっとりとして自然に身を任せておけばいいような気分が私を被い、それは最後まで続いた。

なぜかとても心地が良く、聞いているだけで気持ちが満たされるような感覚は、オーケストラの技量によって作り出されたのか、指揮者の意図するところだったかのかはよくわからない。しかしこの丸で韓国ドラマを見る時のような、魔法のようにしっとりとした演奏は、まぎれもなくオーケストラを聞くことの喜びを感じさせてくれた。饒舌なヴァイオリン・ソロを弾いたコンサートマスターは、長原幸太だった。そしてファゴットもホルンも小太鼓も、十分に巧く、そつがない。そのことが演奏に余裕を与え、指揮者が大きな身振りでドライブする姿が上滑りすることもなかった。

客席全体がこの演奏を良いと感じたかどうかは、正直なところわからない。N響の定期となるとほぼ会員で埋まっているから、皆相当耳の肥えた人たちである。そしてこの演奏にはブラボーはなかった。感動しているのは私だけかとおもった。ところが、消えかけていた拍手がわずか数人に減ったにもかかわらず、それを熱心に続けている人がいる。そしてその拍手は、あろうことか次第に大きくなってゆき、オーケストラが退場してしばらくしても絶えることはなかった。よく見ると、私の隣の席のいつもの夫婦も、珍しく退場せずにずっと拍手している。

「一般参賀」などと揶揄されるコロナ禍後の指揮者に対するちょっと大げさな反応には、少し辟易している。この若手指揮者に対し、東京のリスナーは良い印象を持って帰ることを土産に、今後の成長を見守りたいという老婆心に導かれている要素がないとも言えないかも知れない。しかし、私はまた自分がそうであったように、この演奏には(すくなくとも後半の「英雄の生涯」に限れば)、実にいいものだったと素直に思った人が、一定数いたということだ。それを証明するかのように、長い時間の後、再び舞台に指揮者が登場した時には、多くのブラボーが叫ばれたのだ。

そもそも我が国には、クリスマスを祝う伝統はない。にもかかわらず、いやだからこそというべきか、東京では早くもクリスマス・ムードになっていた。サントリーホール前の噴水にもクリスマスツリーがお目見えし、階上には赤と緑の垂れ幕が下がっている。一層華やいで見えるこの頃、いつのまにか11月も後半になって師走の足音が聞こえてきている。長く夏が続いた今年は、もう少し秋を楽しみたかった、という本音を言い出すまもなく、来る年の準備に追われるのだろうか。そいうえば、在京オーケストラの来シーズンのプログラムが出そろった。会場前で配布される大量のチラシの束を繰りながら、早くもカレンダーに注目のコンサート情報を書き込んでいる。

2025年11月19日水曜日

ハーゲン四重奏団演奏会(2025年11月13日トッパンホール)

地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を出て首都高速5号線の高架をくぐり、神田川沿いにしばらく歩くとTOPPANホールがある。ソロ・リサイタルや室内楽向けの小さなホールだが、今年25周年を迎え、毎年数多くのコンサートが開かれているから、そこそこ定評のあるホールと言ってもいい。同じ規模のホールは都内各地にあって、銀座の王子ホールのように単独のホールもあれば、東京文化会館小ホールやサントリー・ホールのローズ・ホールのように、大ホールに併設されたところもある。私は、主に室内楽が専門のTOPPANホールに行くのは、実は初めてである。

少し不便な場所にありながら、世界的な演奏団体がここを使用することは多い。そして世界屈指の四重奏団であるハーゲン四重奏団も、ここの常連である。いやそれどころか、解散を決めた彼らは、TOPPANホールを最後の公演地とすることを決めたそうだ。そのファイナル・プロジェクトの第1弾が催されることとなった。

私は滅多に室内楽の演奏会には行かないが、こうなると話は別である。一応クラシック音楽を趣味とする人間として、ハーゲン四重奏団の演奏会に行くのも悪くない、と思った。そもそも熱心な聞き手からすると、何とも不謹慎な話である。言わばウィーン・フィルの演奏会にだけ出かける俄かクラシック・ファンと同じである。そしてウィーン・フィルのチケットが取りづらいのと同様に、ハーゲン四重奏団のチケットも発売即完売。私が辛うじて手にできたのは、3日ある演奏会の最終日。クラリネットにイェルク・ヴィトマンを迎えたクラリネット五重奏曲のみの演奏会で、その前半には彼自身が作曲した作品が日本初演される。

このような玄人好みの演奏会に、私は仕事を早々に切り上げてしばし睡眠をとり、満を持して出かけた。何せ静寂さが際立つホールで、うとうととしようものなら大変である。そしてまさしくその通りの聴衆で、これほど品のいい客層の演奏会に出くわしたことはない。身なりがよく気品が漂っている。かといって、熱狂的な感覚むき出しの人々とも違う。さらには、このヴィトマンが作曲したクラリネット五重奏曲は、何とレントが40分も続くというではないか!まさにこれはTOPPANホールの聴衆向けの音楽で、沈黙と音楽との境界線を行くような作品だそうである。

プログラム・ノートによると、楽譜上で"TOPPAN Staccato"と敢えて記載されている部分がいくつかあって、ここを最弱音で弾くことが求められているそうである。それを他のホールでどう演奏するのか、よくわからないが、この曲はこのホールの音色に触発されて作曲された。そして私が初めて感じたTOPPANホールの音響は、これまでのどの小ホールにも増して素晴らしいものであったことは確かである。舞台に立つ演奏家も、ホールの持つ響きの良さと、静かな聴衆との間いに生じるインティメントに感応し、このような音楽の作曲、演奏に及んだのだろう。

ハーゲン四重奏団は、ザルツブルクのモーツァルテウムの奏者で結成された四重奏団であり、その構成は4人の兄弟である(現在、第2ヴァイオリンは交代)。1981年には活動を開始しているというから経歴はかなり長いが、ウィーンの伝統を受け継ぐ四重奏団かどうかはわからないが、アマデウス四重奏団、アルバン=ベルク四重奏団のあとを受け継いだオーストリアのグループとして、ドイツ・グラモフォンなどに多くの録音がある。私もベートーヴェンの何曲かを持っている。そのベートーヴェンを本当は聞きたかった(第2夜)が、これは仕方ないだろう。

四重奏団に混じってクラリネットのヴィトマンが登場する。丁度私の位置(前から4列目の左端)からは、そのクラリネットだけが、第1ヴァイオリンの影になって見えない。音楽の始まりは、まさに静寂からの境界ギリギリの音の「生まれ」で、その瞬間から何かが始まりそうな予感が果てしなく続く。レントといっても音の強弱はあり、現代音楽でもあるからそれまでに聞いたことのないような音色に、新鮮なものが詰まっている。弦楽器の様々な奏法は、長い歴史のなかで育まれ、多様にして多彩かつ良く知られているが、クラリネットとなると私などはあまり馴染みがない。それで、この40分余りの間中、私は興味津々であった。

クラリネットという楽器の表現力の広さに感心したのだが、中でもまるで尺八のような音で、幽玄なムードがただよう部分など。どこか能舞台を見ているような錯覚に捕らわれた。かと思うと、やはりそこは西洋音楽の伝統に回帰するような部分もある。クラリネット五重奏曲と言えば、何と言ってもモーツァルトとブラームスが2大巨峰で、この2つの曲に太刀打ちできるものはないと言ってもいいくらいである。当然、作曲者はそのことを意識するわけで、これらの曲のモチーフが使われているようだ。

熱心な聴衆は音楽が終わると、盛んに拍手をしてブラボーさえ飛び交った。作曲家を目指す学生や、現代音楽に興味のある聞き手が揃っていたのだろう。にしても、このような音楽に生で触れることは、もうないだろうと思った。やはり音楽は一期一会の芸術であり、そのことがいい、と年を取ると感じるようになった。

20分の休憩時間は、階上のカフェで過ごす。そして後半のプログラムは、ザ・クラリネット五重奏曲とも言うべきモーツァルトである。何度も聞いて耳にタコができているような曲だが、勿論私にとっては初めてのライブ。有名なメロディーが始まった。その演奏は終始安心して聞いていられる、完璧の、まさに夢のような時間だった。この曲に触発されたブラームスは、それ以上に素晴らしいクラリネット五重奏曲を残している。この2つの曲をカップリングしたディスクは多い。

ハーゲン四重奏団に委託され2009年には作曲されたヴィトマンの作品が、今日の白眉だったかも知れない。その意味では、モーツァルトの有名な曲は、まるでアンコールのように気さくな気分で、奏者がどう考えていたかはわからないが、終演後にアンコールはなかった。モーツァルトの方が、有名曲だけあって聴衆の拍手は大きかったが、前半にあったようなブラボーは聞くことがなかった。

このフィナーレ・シリーズは今後も続くようで、今回はパート1と記されている。私はそんなこと知らなかったので、ちょっと何か拍子抜けである。だがTOPPANホールの音響の素晴らしさと、ハーゲン四重奏団の生の演奏、それに新しいクラリネット五重奏曲の日本初演に、満足な一夜であった。

2025年9月24日水曜日

読売日本交響楽団第144回横浜マチネーシリーズ(2025年9月21日横浜みなとみらいホール、ケント・ナガノ指揮)

私はケント・ナガノという指揮者について、あまりよく知らなかった。実際、彼は日本のオーケストラをほとんど指揮したことはない。今回日本の常設オケに客演するには、1986年に新日フィルを指揮して以来の実に39年ぶりということだった。彼は日系アメリカ人3世であり、しかも奥様も日本人だという割には、日本での演奏機会が少なかったようだ。日本を避けてきたのだろうか、とさえ思っていた。

過去の彼のインタビューを聞くと、意見が非常に醒めていて冷たいという印象があった。カリフォルニア生まれの知識人らしく実にクールでドライ。だから音楽も、などと考えていた。私が所有していたCDはわずか2枚で、一つはリヨンの歌劇場のオーケストラを指揮したドリーブの「コッペリア」、そしてモントリオール交響楽団を指揮したベートーヴェンの「エグモント」と第5交響曲をカップリングした一枚である。これらの2枚のCDはとても素敵なので、愛聴盤でさえあるのだが。

そういうわけでこのたびの来日で読響を指揮すると分かった時も、実際どうしようかと迷った。プログラムは2種類あって、ひとつはマーラーの交響曲第7番。最も演奏機会の少なかったマーラーこの難曲が、最近はプログラムに上ることが多いが、私の場合さほど喜んで聞きたくなる曲ではない。一方、もう一つのプログラムは、シューベルトの「グレイト」交響曲である。「グレイト」は誰が指揮しようと聞きたくなる曲なので、私はこちらの方を選んだ。会場は横浜のみなとみらいホールの1回限りで、日曜日のマチネー。席はまだある。というわけで、秋風がようやく吹き始めた週末に私はひとり出かけることとなった。

桜木町で国電を下り、重慶飯店で期間限定のアヒルの玉子入り月餅餅を買う。そのあと長い歩道を歩いてみなとみらい地区へ。右手には日本丸とその向こうに遊園地が見える。この横浜ならではの光景は、やはり気分が変わっていいものだ。そしてビルの中に入ると、フィレンツェのジェラート屋があった。つまらないカフェでもコーヒー1杯500円するのは当たり前の昨今、ビールでも飲もうものなら軽く1000円近く取られるインフレ日本で、アイスクリームが税込み500円というのは安い。私もあのフィレンツェのアイスクリームは懐かしいから、ここでラズベリー入りのソーダを注文して時間を調整。横浜に来る楽しみがまた増えたことが嬉しい。横浜から直接みなとみらい線に乗ったのでは、ここには来られない。

会場のロビーから見えるコンベンション・センターの風景も、東京の他の会場では見えることがない風景である。そこで今度はビールを飲む。これも600円と良心的。このようにして上演前のひとときをプログラムを見ながら過ごした。このような贅沢な時間もまた、コンサートの一部である。

本日のプログラムは3つ。まず前半は野平一平の「織られた時IV〜横浜モデルニテ」という作品。世界初演だそうである。冊子によれば、近代化の象徴とも言える横浜の光景を音にして、前衛的な雰囲気も含めた作品と本人が解説している。教会の鐘の音に模したファンファーレで始まり、我が国初の鉄道や汽船の音などもモチーフになっているようだ。ナガノは8分余りのこの曲を丁寧に指揮、会場にいた作曲者も登壇して喝采を浴びていた。

続く曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番で、数あるモーツァルトのピアノ協奏曲には珍しい短調の曲である。このような曲を取り上げるのは、実力あるピアニストの意欲だろうか。そのピアニストはイタリア人のベネデット・ルポ、私は初めて聞く。もちろんこの曲も実演はおそらく初めて。ところが演奏が始まって驚いたのは、その音色の粒立ちの格調高い気品である。モーツァルトを弾くに相応しい確かなタッチと、ほとんど飾って見せないストレートな表現。すべての音符が考え抜かれ、理想的な強弱レベルで明晰に聞こえてくる。例えていえば、グルダに似ている、という感じだろうか(もっともグルダは録音でしか聞いたことがないのだが)。

第2楽章でのオーケストラは、そのピアノを側面から寄り添い、確かなリズムを刻む。席が良かったからかも知れないが、読響の音ももはやヨーロッパのレベルである。第3楽章のカデンツァに入る部分など惚れ惚れする響きは最後まで続き、同じように感じ入った聴衆も多かったに違いなく拍手も多い。何度もカーテンコールに応えてルポは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾いた。これも惚れ惚れとする印象を残した。サービス満点の演奏だった。

休憩を挟んでのシューベルトは、「天国的に長い」とされる曲だが、いい演奏で聞くことになるといつまでも聞いていたいと思う曲に変身する。ところが今回の演奏時間の記載を見ると約48分と書かれていた。これは繰り返しを一切しないことを意味していると思ったが、実際そうであった。そもそもこの曲をすべて繰り返して演奏するには、演奏家によほど覚悟がないと難しいのだろうし、聴衆がそれについて来られるのかが気がかりである。実際、この曲の間中、いや前半でさえも、私の両隣のご婦人は終始居眠りをしておられる始末。いやそれだけではない、後方の席にいた拍手をいち早くする高齢男性も、演奏中は熟睡。いつ果てるともわからない音楽を生で聞きながら眠るのは、さぞ気持ちがいいに違いない。

ところがその演奏は、私はこれまで聞いたシューベルトの曲中、最高の部類に入る名演奏になったことは疑いがない。第1楽章から、そのバランスといい継続的な完成度といい、申し分がないだけでなく、オーケストラがすこぶる上手いと感じた。もしビデオ収録されていたら見てみたいが、どうもそういうこともなさそうで残念である。だがそこに居合わせた聴衆は、この演奏のレベルの高さを確信していた。終演後、間を置かずして圧倒的に盛大なブラボーが沸き起こったことも、そのことを示している。

読響の定期で、これほど大きな拍手を聞いたのは初めてである。そしてこの曲をここまでの完成度で、しかも長い時間維持し続けたことはちょっとしたものだ。特に私が一番注目している第3楽章のトリオの部分を、ナガノは十分な時間を保って演奏した。ここを中途半端に通り抜ける指揮者が多い中で、私は初めて理想的な演奏に巡り合った心境だった。CDでスタジオ録音されたものなら(例えばアバドの演奏)、ゆっくりと時間をかけてこれを理想的な演奏に仕上げることもできよう。しかし実演となると、なかなか難しいと思われる。そもそも長い曲を覚悟しているブルックナーの場合とは、ちょっと事情が異なる。

第4楽章のリズムが淡々と進みつつも気迫のこもった演奏は、次第にオーケストラも聴衆も熱を帯びて聞き入る。もっと長く聞いていたいと思う演奏になってゆく。それにしても読響の木管楽器の巧さが際立つ。まわりを見ると、皆さんまだ船を漕いでいる。熱を帯びた演奏家や一部聴衆と対照的なのが実に面白く愉快である。実は今、名古屋へと向かう新幹線「のぞみ」に乗って、昨日のコンサートを思い出しながらこの文章を書いているが、まるでその車窓風景のように快速に進む音楽が、とうとう終わりを迎えた時、割れんばかりの聴衆が指揮者を何度も舞台へ呼び戻し、それはオーケストラが退散しても続いたことは、言うまでもない。

最高の読響の演奏、最高のシューベルトの余韻を残しながら会場を後にしようとしたとき、何と「サイン会場」と書かれたプラカードを持った係員がいるではないか。聞くと「今日は特別のようです」とのことだった。私もプログラム冊子を持って行列に。インタビューで聞くナガノの醒めたコメントとは違い、こんなにも熱い演奏をする指揮者とは思わなかった。そして一人一人にサインをする指揮者とピアニストに、私は「これまで聞いた中で最高のシューベルトでした」と話しかけると、とても喜んで笑顔で答えてくれた。そういうわけで、これは忘れ得ぬコンサートになった。

帰りはみなとみらい駅で恒例の「シウマイ」を買って、そのまま電車へ。家から1時間とかからない横浜にも、これからは時々出かけたいと思った。このホールは、場所も座席の心地も音響も悪くはない。ただあの最前列席の目の前に張り巡らされた金属線が、舞台の視界をさえぎらなければもっと心地よいのに、と思った。

2024年1月14日日曜日

東京都交響楽団第991回定期演奏会Cシリーズ(2024年1月13日東京芸術劇場コンサートホール、下野竜也指揮)

朝から快晴だった空がにわかに曇りはじめ、雷雨となって初雪が降った。コンサートが終わったら路面が濡れている。この間わずか2時間あまり。昨今の天候不順を象徴するかのような、なかなか大変な一日だなあ、と思った次第。

都響の定期を聞くために池袋まででかけた。Cシリーズとなっているこの演奏会は、わずか1日だけのコンサートである。指揮は鹿児島生まれの下野竜也で、先週聞いた東京音楽コンクール優勝者記念演奏会に引続き3回目。私は広島交響楽団を指揮した「エグモント」の演奏をテレビで見て以来のファンである。だが経歴を観ると、本格的に音楽を志したのは遅く、年齢も私よりたった3歳しか違わない。しかし徐々に頭角を現しているように見え、内外の各地のオーケストラからはひっぱりだこである。

最近は行くべき演奏会をプログラムで決めている。今回は今年生誕200周年を迎えるブルックナー、しかもその交響曲第1番である。ブルックナーが作曲した最初の交響曲(習作を除く)で、それなりの完成度があり楽しい曲なのだが、演奏される機会はとても少ない。そしてプログラム前半にはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番K491が演奏される(ピアノ独奏:津田裕也)。この2曲、ともにハ短調である。今回のコンサートに足を運ぶ理由はもちろんブルックナーだが、その前に弾かれるK491が決め手でもあった(なぜなら私は、同じ時間帯に横浜で演奏される小泉和裕のチャイコフスキー「冬の日の幻想」と迷ったのだが、プログラム前半のソリストが先日聞いたばかりのヴァイオリニストだったことが大きい)。

もっとも公演が始まって最初に演奏されたのは、バッハの「G線上のアリア」であった。オーケストラとともに静かに登場した指揮者は、思いを込めてこの曲を指揮、静謐な中に温もりを湛えた演奏は、能登半島地震の被災者に捧げられた。

モーツァルトのピアノ協奏曲はほとんどが長調で作曲されており、短調の作品は第20番K466とこの曲だけである。劇的なK466に比べると地味だが味わい深い作品で、特に心情が胸に迫る第2楽章が大好きだ。ただ私がこれまでに聞いたこの曲の演奏は2回ともN響定期で、まだ若かったからいつも3階席だった。アンドレ・プレヴィンの演奏もそういうわけで記憶に残っていない。そんな反省もあって、今回は1階席の前から5列目。ピアニストの息遣いまで感じられる席に陣取った。ここからは弦楽奏者が譜面をめくる音も聞こえるが、管楽器と打楽器は全く見えない。

さて津田裕也という仙台生まれのピアニストを聞くのは初めてだったが、彼は優しくも心を込めてこの作品を演奏し、余計なものをできるだけ加えないその真摯な姿は、モーツァルトの魅力を引き出すのにもっとも重要な点であることを熟知しているかのようだった。ほのかに暗いメロディーは、そのまま曲を通して揺らぐことはなく、そのことがいっそうこの曲の統一的な心情ーそれは絶望感と言ってもいいかも知れないーを引き立てた。思えば一向に支援の進まない被災地の状況に、お正月から私たちは焦り、怒り、そして今では祈ることをも通り越して憐れんでいるのである。後年のモーツァルトの心情を垣間見るような、ごく自然な演奏に私はとても好感をもった。

鳴りやまない拍手に応え、カーテンコールは3回にも及び、アンコールにベートーヴェン の「6つのバガテル」より第5番ト長調が演奏された。この美しい曲をしみじみとききながら、メンデルスゾーンが聞いてみたいと思った。帰宅して検索してみると、何と彼のメンデルスゾーン作品集がリリースされているではないか。しかもその中に私が愛する「無言歌集」のいくつかが収録されている。これは是非聞いてみたいと思った。

休憩時間に再開されたバー・カウンターでコーヒーを飲む。席に戻ってみると何と周りにいた人の何人かがいなくなっている。これらの人々はモーツァルトを聞いだけで帰ってしまったのだろうか。私の右斜め前に座っていた人もどこかへ消えて、私の位置からは障害なく指揮台が見えることを嬉しく思った。今から始まるブルックナーの交響曲第1番は、もちろん初めて実演で聞くのだが、遅咲きのブルックナーらしく最初から晩年の作品と変わらない充実した作品である。

もっとも今回演奏されるのはウィーン稿(1890/91年)というもので、これは最初の出版時の稿(リンツ版、ノヴァーク版などと言われる)とは異なるものだ。改訂作業はブルックナーが交響楽団第8番を書いた後に1年以上を費やして行われているから、その完成度は晩年のそれに引けを取らないのではないかと想像がつく。ただ私は他の作品と同様に、ブルックナー作品の稿による違いに疎いので、ちょっと聞いただけでは良くわからないのである。

ただこの交響曲第1番に関しては、印象が随分違うように思う。端的に言えば、速くて鳴らしまくるリンツ版に比べ、ウィーン版はより円熟味が増している。いわゆるブルックナーの音楽に慣れ親しんだ身としては、ウィーン版の方がしっくりくる。例えば第3楽章のテンポは、ウィーン版の方がいくぶん遅めである。

第1楽章はいわゆる「ブルックナー開始」ではなく、そのことに少し驚くが、全体に聞きやすい曲である。第2楽章アダージョもブルックナーをずっと聞いていたいと思いたくなるに十分で、これは実演で聞いてもまったくその通りであった。演奏にムラがなくて、つまりは完成度が高い証拠だろう。そして第3楽章!「生き生きと」と題されたスケルツォは、前方で見ているとヴィオラと第1ヴァイオリンの掛け合いが楽しく、終楽章の情熱的な高揚も見事だった。

もう少し余韻に浸っていたかった気もするが、すぐにブラボーが多く交じった拍手が沸き起こり、指揮者も満足した様子で何度も舞台に登場、各楽器の合間を進んでプレイヤーと握手を繰り返し、最後に楽譜を高らかに持ち上げて喝采をさらっていた。ブルックナーを得意としていた朝比奈隆の助手の経歴もある下野は、日フィルの定期でも第3番を指揮する予定だ。私はこれで聞いていないのが第2番だけとなった。都響のブルックナー・チクルスは昨年秋に小泉和裕が振っている。これも名演だったようで、私は聞き逃したのを後悔しているのだが、知る限り今のところ第2番のコンサートは見当たらない。

薄暗くなった池袋の街を早々に出る。いつのまにか気温が一気に下がって真冬の寒さになっていた。火照った体を心地よく鎮めながら、これはまさしくヨーロッパの冬のようだと思った。

2023年7月25日火曜日

モーツァルト:歌劇「魔笛」(The MET Live in HD Series 2022-2023)

モーツァルトは、いわゆる「ダ・ポンテ三部作」において、それまでの常識を覆し人間性あふれるドラマとしてのオペラ作品を世に問うた。しばしばいわれているように、これらの作品(「フィガロの結婚」、「コジ・ファン・トゥッテ」、「ドン・ジョヴァンニ」)は、極めて下世話な内容ですらある。ちょうどフランス革命が起きて、その影響がウィーンへの波及しようとしている頃、音楽は一部上流階級のものから一般市民のものへと移りつつあった。しかし、そのモーツァルトが作曲したひとつの頂点とも言うべき作品「魔笛」については、再び古い世界に回帰しているように見える。

例えば、この物語は時代設定も場所も不確かである(紀元前のエチオピアと言われたりする)。確かに、キリスト教的価値観はさほど感じられず、それまでヨーロッパが規範としてきたモラルからかなり逸脱しているように見える。しかし、それに代わって登場するのは、秘密結社フリーメーソンの何とも形容しがたい教条主義である。特に第2幕で繰り広げられる数々の試練をカップルに課す集団は、ザラストロを頂点として密会を催し、しばしば意味不明の儀式を繰り返す。

このような効果を薄めるかのように、パパゲーノという非常に庶民的かつ魅力的なキャラクターがアンチテーゼとして登場し、モーツァルトは彼にこそ魅力的なアリアを数多く作曲している。「魔笛」のテーマは、いわば二つの世界の対比であり、時に価値の逆転が試みられる。オペラ先進国イタリアの言葉で書かれた、ありのままの人間性を表現する新しい趣向は、ドイツ語圏では時期尚早だった。だがこの作品は、ウィーンの庶民のための劇場で、数多くの効果音をふんだんに盛り込み上演された。メルヘンの仮面まとった「魔笛」も、そのときどきの時代に通じるヒューマンなドラマ性を表現することは可能であり、その余地は充分にある、と現代の演出家も考えたのであろう。このたびMETで、長らく続いたテイモアのファンタジックな演出の後を受け、新しいサイモン・マクバーニーの舞台が、このようにして出来上がった。

ここではいくつかの斬新な演出が試みられた。まず、驚くべきことに広大なオーケストラピットは、通常の深い場所から舞台のすぐ近くの高さにまで吊り上げられ、客席からもよく見える。役者に変わって演奏されるフルートやグロッケンシュピールを担当する奏者と歌手が、しばしば交流する。幕間のインタビューでマクバーニーが語っているように、初演当時、オーケストラは舞台にもっと近かったのだ。それだけではない。舞台正面に映し出されるプロジェクションへの投影と様々な効果音が、舞台で生で演じられるのである。

その様子は、旧来の演出と最新鋭の演出が混在するという面白いもの。例えば序曲が始まり、スタッフが黒板に「AKT1」などと書いていくと、それがそのままカメラを通して、紙芝居のように、筆跡と共に舞台のスクリーンに映し出される。一方、パパゲーノが鳥を追いかけるとき、その鳥の姿と音を表現するのはノートの切れ端を持った黒子たちで、これをパタパタと揺らすことで鳥を表現している。また、パパゲーノがボトルに入った水をごくごくと飲むときの音は、舞台右横の効果音担当者によって、演技と同時にマイクを通して拡声される。このような斬新な取り組みによって、舞台は台詞のシーンにおいてさえ集中力を切らすことができない。

集中力を維持するだけの推進力を与えるのは、この演出だけではない。コントラルト歌手だったナタリー・シュトゥッツマンによる指揮がまた見事の一言に尽きる。彼女の音楽は古楽奏法も踏まえたもので、私はあの素晴らしいクラウディオ・アバドの演奏を思い出した(このアバドの「魔笛」は、私が入院中に病室で聴いた当時の新譜で、一気に流れるように音楽が進む様子がとりわけ印象に残っている)。

モーツァルトとシカネーダーが試みた価値の転換は、「ダポンテ三部作」だけでなく「魔笛」の隠れたテーマでもあったのだろう。そのことを強調するように、この舞台は現代における価値の大転換を推し進めてみせる。まず登場するタミーノ演じるのは小柄な黒人ローレンス・ブラウンリー(テノール)である。美しく透き通った声の持ち主である彼を、この舞台の主人公に抜擢した、ということだが、そもそもタミーノを黒人歌手が演じることなど、少し前までは考えられなかった。蛇に襲われた彼は3人の侍女によって服をはぎ取られ、下着姿となる。その3人の侍女は、大変失礼ながら美人ぞろいという風貌ではない。

一方、悪の象徴であるモノスタトスを、スーツを着た白人ブレントン・ライアン(テノール)が演じる。さらに過激なことに、3人の童子に至っては、まるでストリート・チルドレンのようにみすぼらしくやせ細り、ぼろ布をまとっている。極めつけは夜の女王で、彼女は腹黒い側面をことに強調して醜悪な容姿の上、車椅子に座って「夜の女王のアリア」を歌い切る。ここまでくると、もはや少し悪趣味ではないかとさえ思えてくる。高貴なはずの役が醜く、悪の権化はさらに低俗な様相を放つ。だから、まるで地獄絵のように暗く惨めなのだが、そこに流れるのはまぎれもなく、モーツァルトの清らかなメロディーに他ならない。ダークサイドが思う存分強調されているにもかかわらず舞台を観て辛くないのは、新しい効果満載の演出と絶え間ない美しい音楽の故である。

私がもっとも感心したのは、パミーナを初めて通しで歌ったというエリン・モーリー(ソプラノ)。登場人物の中で彼女が一番「普通」である。パミーナに登場人物の標準ラインが引かれている。夜の女王役のキャスリン・ルイック(ソプラノ)は、定評ある驚異的な歌声だが、その頂点すなわち第2幕「復讐の炎は地獄のように燃え」で超絶技巧が炸裂し、演技を含め圧巻である。彼女はカーテンコールでもひときわ大きな声援を得ていたが、自身も感極まって涙をこらえていたところを見ると、会心の出来だったのだろう。ザラストロを歌うスティーヴン・ミリング(バス)は貫禄のある歌声を会場に響かせる。

一方、大活躍のパパゲーノはピアノも得意とするトーマス・オーリマンス(バリトン)。有名なアリア「娘か可愛い女房が一人」でグロッケンシュピールを自ら引いて歌いこなす。パパゲーノは要所要所で愛すべきキャラクターを演じるが、オーケストラの前にも設けられた細い通路(いわば「花道」)で演じ、さらに彼はそこから観客席にまで降りて歌うのだ。見慣れた「魔笛」の演出にはこれまで数々のものに接してきたが、まだこのような演出が可能だったのかと感心しきりであった。

最近、私はコンサートに出かけてもあまり感動することはなく、同じプログラムを聞いた人がtwitterなどで「涙を流した」などという表現に接するたびに、自分は今や心のゆとりを失い、ついには感動する心を持たなくなってしまったのだろうかと思っていた。しかし、この「魔笛」の映像を見ながら、私は久しぶりに聞くモーツァルトに耳を洗われ、次々と現れる斬新な演出に釘付けとなり、体は硬直、目頭が何度も熱くなった。これほど心を動かされたMETライブは久しぶりである。

モノスタトスと怪獣たちが魔法の音色によって次第に融和されていくシーンは輪になって踊るダンスとなるなど、ことごとく新しい試みが施され発見の連続である。そして最大の特徴は、最後のシーンで夜の女王が地獄に堕ちることはなく、パミーナと和解することだ。パミーナは、自分の母親である夜の女王と熱く抱擁を交わす。これこそが新しい創造で価値の逆転である。感動的でマジカルな舞台、モーツァルト、そして暑い休日の午後の銀座だというのに、客席はそれまでの公演に比べてもまばらだったのはなぜだろうか?おそらく原因は二つある。一つはチケットが高額だからだ。いつの間にか値上げされている。もう一つは、新調された客席の椅子が中途半端に心地悪く、腰を痛めかねない角度になっているからだ。

とは言え、それらを覚悟してでもこの公演を見る価値はある。「魔笛」の直前に演じられた新演出の「ドン・ジョヴァンニ」(ここでも指揮はナタリー・シュトゥッツマンである)を見逃したことを後悔した。だが、東劇ではまもなく夏休み恒例のアンコール上映が始まる。このシーズンに見逃した作品を、このチャンスに見ることができる。今から楽しみである。

2023年4月23日日曜日

紀尾井ホール室内管弦楽団第134回定期演奏会(2023年4月21日紀尾井ホール、トレヴァー・ピノック指揮)

プログラムに上ると可能ならすべて聞きに行きたいと思う曲がある。シューベルトの長大な交響曲第8番ハ長調、いわゆる「グレイト・シンフォニー」は私にとってそういう曲である。名曲だけに毎年何回かはどこかの団体によって演奏されているし、レコードの枚数も限りがない。実際、実演で聞くこの曲はその長さが気にならない。それどころかいい演奏で聞くと、いつまでも聞いていたいとさえ思う。

私がかつて実演でこの曲を聞いたのは4回ある。そのうち2回は鮮明に覚えているが、あと2回は記憶にない。鮮明な方は、サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団とミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊によるものである。サヴァリッシュのシューベルトは、それだけで間違いがないとも言えるが、ここで私は第3楽章トリオ部分の美しさに開眼した。ミンコフスキの方は、何といってもリズムの楽しさで、特に第4楽章の乗りに乗った演奏に舌を巻いた。そう考えると、記憶にない方の2つの演奏、すなわちノリントン指揮とパーヴォ・ヤルヴィ指揮のいずれもNHK交響楽団による演奏は、なぜ印象がないのかわからない。もしかすると聞いた座席の位置が良くなかったのかも知れない。

そのシューベルトの「グレイト・シンフォニー」を英国のピリオド奏法で名を馳せた指揮者、トレヴァー・ピノックが指揮する。この指揮者を聞くのは初めてである。プログラムの前半には定番のモーツァルトも用意されているから、これは「買い」だと思った。かつてドイツ・グラモフォンから発売されていたバロックからモーツァルトに至る一連の演奏は、一世を風靡したかのような感さえあった。ブリュッヘン、アーノンクールなどと並んで、80年代の古楽器ブームの最盛期に登場したピノックのCDを、私も何枚か持っている。

そのピノックも77歳だそうで、昨年(2022年)からは紀尾井ホール室内管弦楽団の第3代目の首席指揮者に就任したそうである。私は紀尾井ホール室内管弦楽団を聞くのは2回目である。もう5年前の丁度同じ日になるのだが、ハイドンの「十字架上のキリストの7つの言葉」を聞いており、紀尾井シンフォニエッタ東京から名称を変更した団体の技量の高さはすでに体験済みだから、きっといい演奏会になるに違いないと確信した。

ピノックはシューベルトの「グレイト」を指揮するの当たり、特にメッセージを寄せていて「シューベルトの交響曲第8番は、私にとって宝物のような作品であり、人生のあらゆる要素が詰まった体験と省察のための音楽です」と語っている。彼にとってこの曲を振ることは、特別なことなのだろう。だからこの日の演奏会は、とどのつまりは「グレイト」に集中し、そこにほとんどすべてエネルギーを傾けたと言っても過言ではないだろう。最初の曲「イタリア風序曲」の丁寧で明るいサウンドは、いわば「グレイト」のためのウォーミングアップといったところだが、一音一音の色付けにこだわりが感じられて大変好ましい演奏に仕上がっていた。

一方のモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」は、ピノックの定番中の曲である。ところが何と、私はこの曲の実演を聞くのが初めてであった。ピノックは無難にこの曲を指揮したと思う。ただ私はどことなく、練習不足の感が否めなかった。オーケストラの音色、特に弦楽器のそれに、何となく洗練されたものが感じられなかったからである。音がやや艶を欠いていて、どこかアマチュアの団体が演奏しているような感じである。そう思ったのは、後半のプログラムではまったく違った素晴らしい音に変貌していたからである。

ただピノックはチェンバロの奏者でもある。チェンバロという楽器は、音が上部に「キン」と突き抜けるようなところがあって、もしかするとそういう音作りなのかも知れないと思った。シューベルトではむしろロマン派のアンサンブルになっていたがモーツァルトでは、敢えてもっと賑やかな古典派の音にしていたのかも知れない。

紀尾井ホールという会場を私は好ましく思っていない。その理由は最寄りの駅から遠いことに加えて、トイレが不思議なことに地階と2階にしかないというおかしな構造をしていることによる。このため大多数の1階席の聴衆は、階段を上り下りしないと用を足せないのだ。我が国におけるクラシック音楽のリスナーは近年、特に高齢化が著しく、この階段の上り下りには拒絶感を抱く人も多いのではないか。だからかどうかはわからないが、これだけ素敵なコンサートなのに、客席は6割程度しか埋まっていない。もったいない話である。

シューベルトの交響曲第8番について、音楽評論家の森朋平氏が大変素敵な文章を解説に記している。それによれば、若い頃はモーツァルトをモデルにしていたシューベルトも、病に侵されるようになるとベートーヴェンが目標となった。「治ったと思っても回帰してくる関節と頭の痛み」によって死を意識する若き作曲家は、それまでのような「”歌”や”抒情”に耽溺しない、古代の叙事詩を読み上げるごとき偉業」を成し遂げる。それは「4か月におよぶザルツブルク方面」への旅行を皮切りにゆっくりと形をなしていった。

病気と死の恐怖にさいなまれながら、彼は長大な作品を残す。その冗長なまでの(私はそうは思わないが)長さに「演奏不可能」とレッテルを張られたこの作品は、後年シューマンによって見いだされ、メンデルスゾーンによって初演されるまで日の目を見ることはなかった。私が衝撃を受けたのは、その頃のシューベルトがローマの友人に充てて書いた手紙の一節である。「もう二度と目覚めなければいいのに」と、彼は書いているのだ。私の患う病魔もこの状況に似ている。驚くべきことにシューベルトはそんな苦境の中でこの曲を作曲したのだ。そこにはシューベルトの並々ならぬ決意が感じられる。「未完成」とは対照的に、この曲はシューベルトのポジティブな側面が横溢している。しかしその中に時に垣間見せる内省的な瞬間が、この作品の奥深い魅力である。

さてピノックの「グレイト」だが、結論から言えば、大変感動的であった。オーケストラのアンサンブルの見事さは、前半とは異なって群を抜いていた。特に終楽章でのリズム感のよい集中力は、できればもう一度聞いてみたい。ただ、第2楽章ではもう少し表情付けがあっても良かったと思う。中間部で一気に静かになるところ。ここで吹く心の隙間風こそが、私がシューベルトを愛する理由なのだ。

同じことは第3楽章のトリオにも言える。あまりに健康的で明るい演奏なのだ。だがこの抒情的な部分の美しさは例えようがない。できればここはゆっくりとした演奏で聞いたみたいものだ。その前後は威勢が良くていい。このコントラストの妙をつける演奏に、私はまだ出会っていない。ただでさえ長いこの曲で、弛緩させることなく集中力を維持することに気を取られるあまり、この第3楽章のしっとりとしたメロディーが、いつも不完全なものに終わるように私は感じてしまう。

いくつかの不満はあるとはいえ、高い水準でこの曲を聞くことができた喜びは、何をおいても特筆すべきだろうと思う。そしてシューベルトの魅力を、またいつか実演で聞いてみたいと思う。生ある限り、私はシューベルトを愛し、そしてシューベルトの曲を聞き続けたい。あのピアノ・ソナタの全集を、私はそのために買い求め飾ってある。

長大な曲の最後の一音が鳴り終わったとき、フォルティッシモで終わる曲にしては珍しいことに長い静けさが保たれた。多くの聴衆の中に、音楽の一部とも言える静寂をぶち壊す人がいなかった。そのことで今日の演奏会の品の高さがうかがえようか。ブラボーこそわずかではあったが、これには指揮者も満足した様子だった。木管楽器を始めとする奏者の技量の高さにも驚かされた演奏会が終わると、何と小雨が降り始めていた。4月とは思えない暑さの中を、赤坂見附の交差点まで歩くと、紅潮した頬も次第に緩み、新橋の雑踏に塗れるころには深遠なシューベルトの心の闇も、どこかへと消えて行ってしまうようだった。

2023年3月24日金曜日

オーケストラ・アンサンブル金沢第39回東京定期公演(2023年3月22日サントリーホール、広上淳一指揮)

さわやかな春の風が吹き抜けていくコンサートだった。かねてより一度は聞いてみたいと思っていたオーケストラ・アンサンブル金沢は、定期的に東京でも演奏会を開いているので、聞こうと思えばチャンスはいくらでもある。特に2018年に芸術監督となったミンコフスキとの演奏には、私も大いに興味を抱いていたのだが、コロナ禍で演奏会がどうなったかもわからず、気が付いてみると広上淳一が「アーティスティック・ディレクター」とやらに就任していた。

広上と言えば、このコロナ禍に私が何度か出かけ、名演奏に酔った日本人指揮者のひとりである。京響とのマーラーや都響とのベートーヴェンが記憶に新しい。ハーモニカを片手にリハーサルを行い、全身をくねらせて踊りながら指揮をするユニークな姿も印象的だが、そのようにして表現される音楽が極めて正統的でしかも生気に溢れ、耳だけでなく目が離せない。明るく陽気な音楽であることも素敵だが、生理的な説得力がある。音楽はまず楽しくなければならない、という感じである。

その広上の指揮するシューベルトの交響曲第5番、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番(独奏:米元響子)、それにベートーヴェンの交響曲第2番がプログラムである。例年よりずいぶん早く桜が満開となった東京で、何と素敵なプログラムだろうと思った。直前にコンサートがあることを知るのはいつものことだが、もちろん今回も当日券があることがわかり、その座席を調べるとP席を含め安い席がまだ売り出されている。サントリーホールはどこで聞いてもいい音がするから、今回はむしろ指揮者が良く見える席にしようと、2階左手の真横に陣取ることにした。

ここのところ2日に1回のペースでコンサートに来ているが、オーケストラの第1音が鳴ったとたんに、広上の音は素敵だと思った。音に艶があって、光っている。オーケストラの技量もいいからか、開放的で弾けている。そうだ、やはりこのようでなくては。どうしても比較してしまうが、大野和士の都響やバッティストーニの東フィルからは聞こえなかった清涼感とリズム感が耳を打つ。これは指揮者の腕だと思う。

そういうわけで、シューベルトがわずか19歳の時に作曲した第5交響曲に私は聞きほれた。まるで小川に水が流れていくように、さらさらと進む音楽は、それ自体非常に瑞々しいのだが、その一音一音の音の表情付けが、また聞いていて嬉しくなるほどに面白いのだ。第2楽章になると、そのことがいっそうよくわかる。

ヴァイオリニストの米元響子は、プロフィールによれば史上最年少でパガニーニ・コンクールに入賞したとのことである。1997年のことだから、もう20年以上も前のことになるのだが、私はこれまで聞いたことがなかった。日本人も今や多くのプレイヤーが国際的に活躍しており、そのすべての人の演奏を聞くことは不可能に近い。白いドレスで登場した彼女は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を丁寧に演奏した。面白かったのは、ヴァイオリニストが体を揺らしながら演奏するそばで、指揮者も同じように踊っている姿である。だが笑うというのではない。なぜなら聞こえてくる古典派の音楽は、決して歪でもなければ、変に局所を強調するわけでもない。にもかかわらず、細部にまで表情が豊かであることは、その指揮姿と実は表裏一体であろう。

第4番のコンチェルトは、その前後の2曲に比べると地味で目立たないが、この作品も作曲家が19歳の時の作品である。新しい発見だったのは、この曲の各楽章に印象的な独奏部分(カデンツァ)が挟まれていることだ。米元も含め、肩ひじ張らずに自然体の演奏を繰り広げる。何の小細工もない。が、とても新鮮。演奏が終わって拍手が続くと、彼女は何とパガニーニの奇想曲から第24番をアンコールに演奏した。

休憩を挟んでいよいよベートーヴェンとなる。私がここ数年聞き続けてきたベートーヴェンの交響曲も、いよいよ第2番の番となった。この曲、私は大のお気に入りで、とりわけ第2楽章のラルゲットのメロディーを愛するのだが、この曲がまた春の音楽である。第1楽章冒頭の一音から広上節がさく裂し、序奏が終わると一気にほとばしり出る主題は、手を向ける方向を少し変えると音の表情も見事に変化。このシーンはそのまま録画して何度も見てみたいと思うほどだ。ティンパニの強打が心地よく、木管楽器の味わいも絶妙である。

それにしても広上の音楽は、速かったり遅かったりすることがなく、その印象的な指揮姿とは対照的に極めてオーソドックスである。にもかかわらずこれほどの興奮を覚えるのは一種のマジックと言ってよい。ライブではないと味わえないものがあるとも言える。オーケストラも乗ってくる。会場は8割程度の入りで、いつもとは違う客層だった。ネクタイをした人が多く、何となく聞きなれていない感じ。もしかするとスポンサー企業の招待客や地元金沢の人が大勢来ていたのかも知れない。にもかかわらず静まり返った聴衆からは、終演後の大きな拍手が贈られ、一部にはブラボーも飛んだのはコロナが終息してきている証拠である。

マイクを持って挨拶をした指揮者は、このオーケストラが岩城宏之によって創立されたことなどを紹介し、アンコールにレスピーギの曲を演奏した。18時半といういつもより早く始まったコンサートも21時になり、私も幸せな気分でアークヒルズを後にした。

オーケストラ・アンサンブル金沢は、石川県を拠点に活躍する有数の室内オーケストラだが、その設立が1988年とかなり古い。そのことを私は最近知ったのだが、これほど有名になったのは、演奏を記録したCDなどがリリースされ始めた頃だったと思う。それから20年以上が経過し、私も初めて耳にしたその演奏は、世界に引けを取らないほど艶のある魅力的な音色にあると思った。私はこのコンビで、是非ビゼーの交響曲やプロコフィエフ、それにハイドンの作品を聞いてみたい。金沢に住んでいれば、定期会員になりたいとも思った。

2020年8月12日水曜日

モーツァルト:セレナード第7番ニ長調「ハフナー」K250(フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ)

モーツァルトには「ハフナー」の名の付く管弦楽曲が2つある。そのうちの1つが1776年に作曲されたニ長調のセレナードK250である。もう一つの交響曲第35番ニ長調K385は1782年の作品で、この頃にはモーツァルトは、すでにウィーンに出てきていた。後期六大交響曲の最初の作品でもあるK385とは異なり、「ハフナー」セレナードはザルツブルク時代の若きモーツァルトの作品である。「ハフナー」とはモーツァルトが親しくしていた一家の名で、ザルツブルクの市長も務めた富豪だった。ハフナー家に依頼されて、モーツァルトはこれらの曲を作曲した。

「ハフナー交響曲」は20分程度の短い曲だが、「ハフナー・セレナード」は1時間にも及ぶ長大な曲である(もっとも交響曲の方は、もともとセレナードだったものから抜粋されたのだが)。モーツァルトはこのセレナードを、ハフナー家の結婚式の前夜祭のために作曲した。そして、この楽団の入場のために別の曲を作曲した。それが行進曲ニ長調K249である。多くのCD録音では、この2つの曲がこの順番に演奏されていることが多い。ここで紹介するフランス・ブリュッヘンによる演奏もまた同じである。

長い演奏時間を要する「ハフナー・セレナード」を聞くと、丸で2つの交響曲作品を聞いたような気持になる。第1楽章はアレグロを中心としたソナタ形式、第2楽章はアンダンテ。ここでソロ・ヴァイオリンが活躍する(これは第4楽章まで続く)。第3楽章メヌエット、第4楽章はロンドとアレグロである。ここで作品が終わったかのように感じるが、この曲はまだまだ続く。第5楽章は再びメヌエット、第6楽章がアンダンテ、第7楽章はみたびメヌエット、そして終楽章はアダージョで始まり、アレグロ調で終わる。

第8楽章まである曲が1時間もかかるのは、ひとつひとつ楽章が平均7分にも及ぶような長い曲だからである。なので、聞いていると徐々に退屈するかと思いきや、そこはモーツァルト、天才的な美しいメロディーの連続で心地よい。屈託のない若い頃の作品であるにもかかわらず、音楽的な充実度には驚くべきものがある。特にブリュッヘンの演奏で聞くと、若々しいエネルギーの迸りによって、ともすれば急ぎ過ぎる傾向がやや抑えられて、大人の響きになっている。

ハフナー・セレナードを聞きながら、猛暑の古都を歩きたくなった。 

今年の夏は、長く続いた梅雨が明けると一気に猛暑となった。湿度は相変わらず高いが、ある日の関東平野は快晴の青空だった。私が原体験として持っている夏の日。雲は沸き、光あふれる夏の一日を、私は古都鎌倉の散策に費やした。関東の他の地域とは違い、ここは中世の街である。さほど広くない土地に、寺や神社がひしめく。その狭い路地を人々が群れを成して歩いている。だがその道も少しそれると、静かで時間が止まったような路地が出現する。鎌倉の面白いところだ。出会ったお寺に詣でると、そこは長い年月を経た有名な古刹 だったりする。そう、できればガイドブックを持たずに歩くと面白い。目立たない標識と勘を頼りに、行ったり来たり。たとえ道に迷ったとしても、それはそれで発見がある。

2020年7月29日水曜日

モーツァルト:ディヴェルティメント集(トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団)

ディヴェルティメントというのはよくわからない分野の管弦楽曲で、一昔前は「喜遊曲」などと訳されていたが、どういうわけかモーツァルト以外の作曲家の例はほとんどお目にかかれない。ずっと後になって、バルトークやバーンスタインにディヴェルティメントの名が付く作品があるが、それはかつてのモーツァルトの作品を意識して作られたのだろう。

そのモーツァルトのディヴェルティメントと言えば、辞典によれば十曲以上も作曲されているようだが、規模や楽器編成は随分自由である。セレナーデとの区別もよくわからない。他にシンフォニアや初期の交響曲、あるいはカッサシオンといったものとの違いも。そして最も良く演奏されるK136からK138までの3曲は、実は弦楽四重奏曲に分類されていたりする(「クラシック音楽作品名辞典」(井上和男編、三省堂))。

 難しい話は音楽評論家にまかせよう。これらの作品には気軽に楽しめる作品が多いのだから。K136のニ長調は、これらのディヴェルティメントの中でも最も良く知られているが、我が国の場合、その理由はもしかしたらサイトウ・キネン・オーケストラにあるのかも知れない。小澤征爾らによって結成されたこのオーケストラは、丸で同窓会のような団体だったかつての頃には、いつもこの曲を演奏していた。恩師斎藤秀雄の厳しいトレーニングでは、何度も繰り返し合奏させられたのだという。磨き抜かれたそのサウンドは確かに見事で、一糸乱れぬアンサンブルというのはこういうものか、などと思ったものだが、今から思えば編成も大きく、ちょっと厚ぼったい。

もともとこの曲が弦楽四重奏曲だったことを考えると、私が良く聞くトン・コープマンの演奏がスッキリしていて好ましい。洗練された音色とリズムにより、大変軽やかで上品である。梅雨空の続く湿気の多い日本の夏に、一服の清涼剤といったところ。

変ロ長調K137は、一連の作品の第2曲目だが、これはちょっと風変わりな曲だ。というのも緩徐楽章で開始されるからである。そして第2楽章こそが、まるで通常の第1楽章のような快活な曲だ。まだ古典派の様式の確立過程にあった当時の作品には、例えばハイドンの初期の交響曲にも、このような楽章構成が見られる。ハイドンの交響曲を、かつて順にすべて聞いてきたので驚くには値しないが、モーツァルトの作品では珍しいと思う。これらの作品を作曲したのはモーツァルトがまだ若干16歳の頃で、1772年のことだった。

一方、ヘ長調K138では再び通常の「急ー緩ー急」の形態に戻る。K136同様に、どこまでも優雅な第2楽章など、聞いている間に心地が良くて、どこの曲を聞いているのかもわからなくなってしまいそうになる。そのようにしてK136からK138までの3曲は、まさに快く遊び心満点のかわいい曲で、たまに聞きたくなる。

このCDには、さらにもう1曲、K251が収められている。第11番目となるディヴェルティメントには、K136-138とは違い管楽器が登場する。オーボエとホルン。楽章も6楽章まであって演奏時間は30分程度と規模がやや大きい。解説によればこの曲は、姉のナンネルの誕生日(霊名の祝日)のために作曲された。ザルツブルクでのことである。

姉思いのモーツァルトの心情は、男ばかりの兄弟で育った私にには理解しにくい部分が多い。それはさておきK251は、フランス風の雰囲気に溢れている。第2楽章、第4楽章がそれぞれメヌエットで、最終楽章の第6楽章はフランス風のゆったりとした行進曲となっている。通常の「急ー緩ー急」の第1楽章、第3楽章、第5楽章に上記のフランス風楽章が挟まった感じである。第3楽章にあたる緩徐楽章は秀逸で、聞いていて何とも心地よいし、第5楽章はロンド形式で聞きどころが多い。これで終わってもいいのに短い終楽章が始まり、曲を締めくくる。全体に管楽器が目立つ。


【収録曲】
ディヴェルティメントニ長調K136
ディヴェルティメント変ロ長調K137
ディヴェルティメントヘ長調K138
ディヴェルティメント第11番ニ長調K251

2020年3月12日木曜日

モーツァルト:戴冠式ミサハ長調K317(S:キャスリーン・バトル他、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

モーツァルトとしばしば対立したザルツブルクのコロレド司教は、コンパクトなミサを好んだようだ。その結果、モーツァルトは凝縮された中にも見事なミサ曲を作曲した。「戴冠式ミサ」として知られるハ長調のミサ曲K317は、20曲にも及ぶモーツァルトのミサ曲の中で、ひときわ輝いて見える。明るく、推進力に満ち、聞いていると幸せな気分になる。

けれどもモーツァルトがこの曲を作曲したのは、失意のパリ旅行から帰還した頃で、丁度20歳を迎えた時期だった。苦しい環境が信じられないくらいに、この時期のモーツァルト作品は充実してくる。明確に個性と言うものが感じられ、それはゆるぎないものとなり、その後の飛躍を確かなもであると確信させるほど説得力のあるものだ。

冒頭の「キリエ」でいきなり音響的に圧倒的な感覚に包まれる。派手だと言ってもいい。合唱の壮大なハーモニーに混じって、ソプラノとバスが歌う。間もなく始まる「グローリア」も大合唱で始まる。華やかで推進力に満ちた歌、リズミカルな三拍子、聞いていると嬉しさがこみ上げる

次の「クレド」でも、その大規模に構築された音楽はまだ続く。「クレド」は最も長いパートさが、それでも6分程度の曲だ。そしてさらに「サンクトゥス」もまた、きらびやかでカラフルな2分間。ここまで一気である。

一方、「ベネディクトゥス」ではややテンポも落ち、少し落ち着くが、それもつかの間のことだ。気が付くと最後の「アニュス・デイ」。ここはまるでオペラのアリアのようにソプラノが歌う。美しく、音楽的である。だが、それも3分もしたら次第に盛り上がり、コーダとなって高らかに終わる。全部で25分。何という完成度か、と思う。

その後に作曲された大ミサ曲もレクイエムも、未完成に終わった。そしてこれらの曲はどちらかというと暗い。それに対して、この戴冠式ミサは、まさに典礼に相応しかろう。実際、この曲はプラハで行われたレオポルト二世の戴冠式で演奏され、その名が定着したらしい。

ヘルベルト・フォン・カラヤンは、カトリック教徒でもあったが、かねてよりバチカンでの演奏会を希望していたらしい。当時のローマ法王、ヨハネ・パウロ二世の快諾によりそれが実現したのは1985年6月のことだった。当時カラヤンは、君臨したベルリン・フィルとの関係が大いにこじれていたためか、オーケストラにはウィーン・フィルが選ばれている。ローマのサン・ピエトロ大聖堂で執り行われたこの時のミサは、バチカン放送等により録音、録画された。

独奏は当時のオペラ歌手を揃え、大変豪華である。キャスリーン・バトル(ソプラノ)、トゥルデリーゼ・シュミット(アルト)、エスタ・ヴィンベルイ(テノール)、フェルッチョ・フルラネット(バス)、そしてウィーン楽友協会合唱団。冒頭の「キリエ」から圧倒的に気迫に満ちている。おそらく大きな残響は、うまく処理されて気にならない。

ウィーン・フィルの気合もすさまじいが、それでもオーボエを始めとするソロ部分は、まさにウィーンの歌、そして響きである。カラヤンのライブは、実際のミサの間に挟まれ、その全体の録音が発売された。DVDとCDでこの様子を時系列で知ることもできるが、私が持っているのは「戴冠式ミサ」のみをつなぎ合わせ、ブルックナーの「テ・デウム」とカップリングした廉価盤の一枚である。

シンフォニックな響きに圧倒されつつも、とりわけ印象に残るのは「アニュス・デイ」におけるバトルの歌声である。「フィガロの結婚」 のアリアにも似ていると言われるこの部分になると、カラヤンはぐっとテンポを抑え歌に寄り添う。カラヤンがライブで見せる即興的なリズム処理は、至って職人的であることがここでも証明されている。

カラヤンのこの曲の演奏を聞くと、他の演奏はなぜか聞きたくなくなる。なので、実は私は他の演奏を知らない。それではいかにも、と思ったのでカラヤンの古い方の演奏を聞いてみることにした。演奏は1975年でベルリン・フィル。ソリストはアンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)、アグネス・バルツァ(メゾ・ソプラノ)、ヴェルナー・クレン(テノール)、ジョゼ・ヴァン・ダム(バス)と豪華。合唱はウィーン学友協会。「レクイエム」などとカップリングされて発売されている。

カラヤンのより整ったスタジオ録音の演奏は、ライブとままた異なる見事なものだと感心した。まるで違う曲を聞くようだと感じることもある。ただ終曲のソプラノだけは、バトルの透明で若々しい響きに、どうしても心を奪われてしまう。

2020年3月11日水曜日

モーツァルト:ミサ曲ハ短調K427(417a)(S:アーリーン・オジェー、フレデリカ・フォン・シュターデ他、レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団)

おそらく史上最も感動的なハ短調ミサのライブ演奏のひとつは、1990年4月、バイロイトにほど近いバイエルンの片田舎にあるヴァルトザッセン修道院内のカトリック教会で行われた。指揮台に立ったレナード・バーンスタインはその半年後に、ソプラノを歌ったアーリーン・オジェーは3年後に亡くなってしまった。しかしこの時の映像が残されたおかげで、私たちは今でも、崇高にして神秘的な大ミサ曲を鑑賞することができる。

コンサートはまず、モーツァルトが書いた最も美しい合唱曲「アヴェ・ヴェルム・コルプスK618」で始まる。わずか3分余りの大変短いこの曲は、妻コンスタンツェの療養を世話した合唱指揮者のために、死のわずか半年前に作曲された。天国的な美しさと諦観に満ちた、透き通るような合唱曲である。バーンスタインは心を込て、この曲を指揮している。

次に演奏されるのが、アーリーン・オジェーを迎えてのモテット「エクスルターテ・ユビラーテK165 (158a)」である。我が国では「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」などとして知られ、特に第3楽章「ハレルヤ」が有名である。軽やかな若き日のモーツァルト作品を、バーンスタインは何も付け加えることなく、自然で美しく演奏している。

この2つの、おまけというには豪華すぎるプログラムの後で、ハ短調ミサが始まる。教会での演奏会は、慣例に従い拍手がない。バーンスタインは静かに曲を始めるが、その真摯で飾り気のない指揮姿は、事前の予想通りである。テンポは遅いが、重々しくはない。バーンスタインは晩年、ウィーンを始めとするヨーロッパ各地で、数々の歴史的演奏を繰り広げてきた。丁度2年前にはモーツァルトの「レクイエム」が同じバイエルン放送響と、数か月前にはベルリンの壁崩壊を祝福するベートーヴェンの第九演奏会などを指揮している。

バーンスタインはこの時すでに病気に侵されていた。私たち日本人は、最晩年のバーンスタインの指揮姿と言えば、札幌で開かれたパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)でのシューマンの交響曲を思い出す。かなりつらそうに指揮する姿は、往年の元気一杯の青年の面影はなく、痛々しいほどの指揮ぶりだった。だが、このビデオに登場するバーンスタインは、まだそれほどエネルギーを失ってはいない。

バイエルン放送合唱団のせいきあふれる気迫のこもった合唱に乗って、オジェーは気高い歌を披露する。オジェーはアメリカ人だが、ドイツで大活躍したソプラノで、バッハのカンタータを始めとする透き通った歌声は、今でもファンが多い。にもかかわらず、彼女は50代の若さで亡くなってしまった。このビデオは彼女の歌を聞く(見る)ことができるという点でも、大変貴重である。

バーンスタインは生涯、ライブの人だった。この映像を見るとき、私たちは音楽の力がライブでこそ力を与えられ、聞くものを説得するレベルに昇華する様を体験することができる。すべての音楽が終わっても拍手はされない。ただそこに響き渡るのは、教会の鐘の音である。ビデオはその鐘が鳴る止むまでの間、起立したままのバーンスタインと教会の内部を映し続ける。この時間的な一致は、偶然によるものだろうか。

なお、出演陣については以下の通り。アーリーン・オジェー(ソプラノ)、フレデリカ・フォン・シュターデ(メッゾ・ソプラノ)、フランク・ロパード(テノール)、コルネリウス・ハウプトマン(バス)、バイエルン放送合唱団、交響楽団。同じコンサートを収めたCDも発売されている。重厚長大型の大ミサ曲は、古楽演奏にはない魅力があるのも確かである。

2020年3月10日火曜日

モーツァルト:ミサ曲ハ短調K427(417a)(S:クリスティアーネ・エルツェ、ジェニファー・ラーモア他、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団)

昨年N響の定期で聞いたヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるモーツァルトのハ短調ミサ曲が、先日テレビで放映された。インタビューでブロムシュテットは、これがモーツァルトの最も美しい音楽、などと語っていたが、初めて実演に接した私としてはそうも思えないままコンサートが終わり、戸惑いの中を帰宅した。決して悪い演奏ではなかったのだが。

これは聞きこみが足りないからなのだろうと思い、一度真剣に聞かなくてはならないと考えていたところ、「フリーメイソンのための葬送音楽」のヘレヴェッヘの録音に出会った。この録音では「フリーメイソン」に何と歌詞が入っていて、「マイスタームジーク」とタイトルが付けられている。そしてその後に、このハ短調ミサが始まった。

ミサ曲ハ短調(あるいは大ミサ曲)は、モーツァルトがウィーンにて作曲した宗教音楽で、「レクイエム」に次ぐ規模を誇る。カラヤンやバーンスタインといった有名指揮者に加え、数多くの古楽演奏者も録音しているが、わが国では上演される機会はさほど多くはない。それでも宗教音楽には一定のファンがいるようで、Webで触れているブログは多い方だ。合唱団などで歌ったことがある人が、それなりの人数いることが要因ではないかと思う。

この曲の作曲にまつわるいきさつとしては、父レオポルトが反対したコンスタンツェとの結婚を何とか認めてもらおうとしたこと、しかし多忙を極めるモーツァルトは予定のザルツブルクへの帰還まで完成が間に合わず、結局未完に終わったことでいくつかの補筆版が存在すること、などが挙げられる。作曲の動機は、妻がソプラノ歌手として技量があることを示すためであったと言われている。またその初演の経緯から、この作品を重厚長大にすることによって、自分を見くびったザルツブルクへのし返しの意図があったのではとも言われている。

どのようないきさつがあったにせよ、重要なことはモーツァルトがこの作品を、誰からの依頼にもよらず、自らの意志で作曲したという事実である。これは「レクイエム」とも異なり、モーツァルトのミサ曲では唯一のことであるとされる。

このヘレヴェッヘ盤は「ベーレンライター版、シャペル・ロワイヤルによる校訂版」と記されているが、調べてみるとべーレンライター版は、1956年にオーケストレーションのみの補筆を行ったランドン版に非常に似ているらしい。細かい版の違いまではよくわからないが、昨年N響定期で聞いたのもこのべーレンライター版である。これらはほぼ同じと考えて良いようだ。

「キリエ」「グローリア」「クレド」「サクトゥス」そして「ベネディクトゥス」の5つの部分から成る。ただし、完成しているのは「キリエ」「グローリア」及び「サンクトゥス」のみで、「クレド」は一部のみ、「ベネディクトゥス」は再構成されることにより完成された。作られるはずだった「アニュス・デイ」に至っては未完である。このため演奏は尻切れトンボのように終わる。

第1曲「キリエ(主よ、憐れみたまえ)」は悲壮感いっぱいの厳かなムードで始まる。しかし中間部では長調に転じ、ソプラノの透明で一条の光の差すような慰めの歌となる。初演時、ここをコンスタンツェは歌ったそうだ。キリエはこの1曲のみ。

第2曲「グローリア(神に栄光あれ)」は長い。全部で8つの部分から成る。まず力強い合唱(第一部:Gloria in excelsis Deo)が、次に流れるような音楽に乗って、二人目のソプラノが登場する(第2部:Laudamus te)。一通り登場したところから、音楽はいよいよ厚みを増して行く。まず合唱が(第3部:Gratias agimus tibi)、続いて二人のソプラノによる二重唱が(第4部:Domine Deus)、さらには二重合唱が続く(第5部:Qui tollis)。そしていよいよテノールが加わり(第6部:Quoniam tu solus) で、二人のソプラノと3重唱、そして終盤に向け合唱が音楽を盛り上げてゆく(第7部:Jesu Christe、第8部:Cum Sancto Spiritu)。

第3曲「クレド(我信ず、唯一の神)は未完成だったが、補筆され2つの部分から成る。まず合唱が歌われた後(第1部:Credo in unum Deum)、一人目のソプラノによって長い歌が歌われる(第2部:Et incarnatus est) 。ここが全体の白眉とも言える部分で、モーツァルトのソプラノに託す思いがひしひしと感じられる秀逸な曲である。「クレド」はすべて3拍子の曲である。

第4曲「サンクトゥス(聖なるかな)」は短い合唱のみの曲だが、大規模で輝きに満ちている。後半はフーガとなって2部の合唱が複雑に絡み合う。続いて終曲となるのが第5曲「ベネディクトゥス(祝福あれ)」である。ここで4人のソリストと二部合唱がすべて登場する。5分程度の短い部分だけが再構成されている。高らかに歌い上げられるが、短いのでもう少し聞いていたいと思いながら、未完成の大ミサ曲は終わる。
 
ヘレヴェッヘ盤は、古楽器を使用しているが、音楽は極めて充実しており、完成度の高さが際立つ。いくつかの演奏を聞いたが、この演奏が一番だと思った。ソプラノがクリスティアーネ・エルツェとジェニファー・ラーモア、テノールがスコット・ワイヤー、バスがペーター・コーイ、合唱はシャペル・ロワイヤル、コレギウム・ヴォカーレとなっている。

2020年3月6日金曜日

モーツァルト:「フリーメイソンのための葬送音楽」ハ短調K477(479a)(クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

モーツァルトが1785年に作曲した「フリーメイソンのための 葬送音楽」は、わずか8分程度の(演奏によってはもっと短い)曲ながら、厳粛なムードに溢れ、旋律は重々しく憂いに満ち、それでいて一種の明るさも感じさせる秀逸な作品である。その理由は、ここにグレゴリオ聖歌の諸要素をちりばめているからと言われている。

私は昔、ブルーノ・ワルターによるモーツァルトの管弦楽曲集というLPを買って、その中に収められていた「フリーメイソンのための葬送音楽」を初めて聴いたことは先に書いた。この演奏は今もってこの曲の代表的な録音である。久しぶりに聞いていると、ワルターにしかできないような、慈しむような、深いため息の出るような演奏である。しかしながらこの短い曲は、そもそも録音がそう多いわけではなく、滅多に演奏されることもないから、私も長い間、聞くことはなかった。

最近になって(と言っても90年代のことで、30年近くも前になってしまったのだが)クラウディオ・アバドがベルリン・フィルを振って入れた交響曲の何曲かのCDに、この曲が挟まれていた。この曲は、そういう形でしかリリースされないので、わざわざこのために買う、というものでもない。従って、偶然耳にすることになったのだ。そういえば昔、ワルターの演奏で聞いたなあ、などと思いながら、「パリ」交響曲が終わっても再生停止をためらっていたら、何とこの演奏が初めて聞くような新鮮さに溢れているではないか。

クラシック音楽の演奏と言うのは不思議なもので、もともとの曲が持つ要素に付け加わって思いもかけないような相互作用をもたらす。すべての聞き手に、というわけでもないのだが、いい演奏はいいタイミングで演奏されると、それが化学反応を起こし、さらに相乗効果によって増幅され、曲自体の魅力を超えるのか、そもそもの魅力が引き出されるのか、そのあたりはよくわからないのだが、いずれにせよ普段聞いてきたものとは全く違う印象を聞き手に与える。この偶然の出会いは、実演だけでなく録音された演奏でも生じる。だからクラシック音楽は面白い。

アバドはベルリン・フィルを指揮して録音した「フリーメイソンのための葬送音楽」 は、丸でついでに収録されてように目立たないが、その演奏はスキっと新鮮で透明感があり、かつての演奏にはない魅力が感じられる。このアバドの演奏に触発されて、他にも数々の演奏を聞いてみた。ケルテスやベームのような往年の名演奏もあるが、昨年亡くなったペーター・シュライアーによる演奏(シュターツカペレ・ドレスデン)の元気の良い演奏や、ノリントンの滅法早い演奏(なんと3分台)などが見つかった。その中で、ヘレヴェッヘによる演奏は、なぜか合唱が入っており、独特の雰囲気がある。これは丸で教会にいるような厳かな気持ちになり、気が引き締まる特別な印象を残す。

しかしアバドの持つ、より自然で、それでいて適度に引き締まった演奏は、かえって聞くものの心を打ち、自己を見つめる気持ちにさせる。その丁度良いバランスは、他の演奏からはなかなか感じられることはなかった。

モーツァルトは亡くなるまでの7年間をフリーメイソンの会員として過ごした。フリーメイソンのための音楽は他にもあるし、あの歌劇「魔笛」についてはその関連性がしばしば指摘されている。だが難しい話はさておき、この音楽は短いながらも美しく、数多くの低音用木管楽器が使われて、それらの上に乗った弦楽器が波うつように心に押し寄せてくる様は、あの「レクイエム」にも通じる厳かな気分にさせるものである。

2020年3月5日木曜日

モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調K525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団)

モーツァルトが1787年、父レオポルトの死の直後に作曲したセレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、知らない人もいない程有名な曲である。モーツァルトという名を知らない人がもしいたとしても、この曲はおそらく耳にしているだろう。例えば私は数か月に一度、友人と東武東上線の大山駅前商店街へ食事に行くが、この電車の池袋駅における発車音楽が、「アイネ・クライネ」の第3楽章のメロディーである。

私が記憶する限り最初に聞いたクラシック音楽もまた、「アイネ・クライネ」だった。おそらくは小学1年生くらいの頃。我が家にあった貧弱なステレオ装置でドーナツ盤のレコードをかけた。45回転。そこで流れてきたのは、ゲオルク・ショルティ指揮のイスラエル・フィルが演奏する「アイネ・クライネ」だったことが判明している(録音は1958年)。

その後、中学生になって初めて自分のお金で買ったレコードが、また「アイネ・クライネ」を含むモーツァルトの管弦楽曲集だった。指揮はブルーノ・ワルター、演奏はコロンビア交響楽団。ちょっと厚ぼったい古い録音だったが、近所の小さなレコード屋にもそれは置かれていて、しかも廉価版だった。友人と放課後に待ち合わせて買いに行き、家のステレオ装置で順に聞いていった。このレコードには、「アイネ・クライネ」のほかにいくつかの歌劇の序曲等が収録されていた。

慎重に針を下ろして順に聞いていくたびに、深い感動が押し寄せてきた。序曲の中では初めて聞く「劇場支配人」序曲や「コシ・ファン・トゥッテ」序曲の溌剌としたメロディーに、逐一この曲もいいなあ、などと友人と話しながら、一曲ずつ聞いていった時の新鮮な気持ちは今でもよく覚えている。録音の良し悪しなどは関係なく、むしろモーツァルトとはこういうものかといった感動は、初めて自腹を切って買い求めた興奮と混ざって忘れ難いものだった。

その最初にセレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は収録されていた。ワルターの演奏は、冒頭の部分で、一瞬溜を打つようなところがある。このわずかな「間」が忘れられない。ワルターという指揮者は、なるほどモーツァルトをこういう風に演奏するのか、これがまさしく本物の味わいなのだろう、などと友人たちと話した。

第2楽章の深くしっとりとしたアンダンテも、ゆったりと時にテンポを変えて色を付ける。音楽というのはこういう風に演奏するものか、などと奇妙に納得した。第3楽章のトリオに至っては、何かさわやかな風が吹いてくるように覚えた。第4楽章のアレグロ、そこでもまた一糸乱れないアンサンブルは私たちを惹きつけた。あまり何度も聞くとすり減るからと、半透明のシートがおれしわくちゃにならないように丁寧に入れて、さらに盤が曲がらないように注意しながら棚に仕舞った。思えばCDにはそのような愛着が沸かない。CDでも盤面を汚さないようにという思いはあるが、あの溝を見ただけで曲のどの部分かがわかるようなLPレコードの味わいはない。例え録音され再生可能となった音楽でも、限りあるはかないものであることを思わずにはいられないからだ。

モーツァルトがどのような動機でこの曲を書いたのかは、実はわかってない。私が驚くのは、こんな簡素な曲が晩年に作曲されていることだ。童心に帰ったように、こんな小品をモーツァルトは書いた。だがこれは私の勝手な気持ちだが、子供のような無邪気さで聞くけるかと言えば、そうではない。なぜかこの曲は楽しくない。第1楽章の有名すぎるメロディーも、今となってはほとんど聞くこともない。世界中の音楽家が演奏しているが、あまり元気よく演奏されるのも好きではない。だからこの晩年のワルターの演奏が、今もってしっくりくる。

なお、このワルターのディスクの最後には「フリーメイソンの葬送音楽K477」が収録されている。この曲だけは深く悲しい音楽だが、初めて聞いた時にも「こういう音楽もあるのか」と思ったものだ。この演奏はワルターでなければ味わえないものを持っているが、なかなか他の演奏に出会うこともないし、演奏会で取り上げられることもない。だから長らく忘れていた。それが最近になって、ある演奏がきっかけでこの曲の新たな魅力を発見した。そのことについては、次回に書くことにしようと思う。

2020年3月4日水曜日

モーツァルト:協奏交響曲変ホ長調K364(Vn:オーギュスタン・デュメイ、Va:ヴェロニカ・ハーゲン、ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ)

モーツァルトの5つのヴァイオリン協奏曲はすべて10代の頃の作品で、簡素にして軽快で朗らか。ヴァイオリンの歌うメロディーが風に乗って、さわやかなメロディーが横溢する魅力的な作品には違いないが、後年に見るような深い悲しみは感じられない。もともとヴァイオリンの明るい楽器の性質上、それは致し方がないと考えていたのだろうか。けれども、パリからの帰還後、ザルツブルクで作曲されたヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364は、二つの弦楽器の魅力を、それまでにない手法で引き出している。

この作品でモーツァルトは、ヴィオラというやや目立たない楽器を、ヴァイオリンにも比肩し得るパートに仕立て上げたている。例えば、通常はオーケストラのヴィオラ・パートをヴァイオリンと同様、二つに分離している。また独奏については、次のように記されている。
独奏ヴィオラは全ての弦を通常より半音高く調弦すること(スコルダトゥーラ)を指定している。独奏ヴィオラのパート譜は変ホ長調の半音下のニ長調で書かれている。弦の張力を上げることにより華やかな響きとなり、更にヴィオラが響きやすいニ長調と同じ運指になることで、地味な音色であるヴィオラがヴァイオリンと対等に渡り合う効果を狙ったのである。(Wikipediaより)
このため、同じ程度の技量を持つヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者が交互に同じ旋律を弾くと、同程度に存在感を持ち、まさに協奏しているという感じになる。そして協奏交響曲という性質上、オーケストラにも同じ程度の存在感が与えられている。

とはいってもこの曲のオーケストラの編成では、弦楽器を除けばオーボエとホルンのたった2種類の管楽器が付け加えられているにすぎない。にもかかわらず、時折これらの楽器が加わる様は、聞いていて非常に印象的である。弦楽器もピチカートを用いて、これらの楽器を浮き立たせているあたり、なかなか憎い。

長い序奏から独奏楽器が混じりながら、スーッと入って来るあたりも実に麗しい。メロディーをまずはヴァイオリンが、続いてヴィオラが交互に繰り返すから、その対比が楽しい。時に独奏やオーケストラはテンポをわずかに落とし、流れがたゆたう。第1楽章の展開部では、その傾向が一層顕著である。これは楽譜にも書いてあるのだろう(どの演奏も同じだから)。でもやりすぎてももたれるし、そうでなければ素っ気ない。この微妙なバランスは、奏者の息が合っていないと上手くいかないだろう。室内楽的な呼吸が必要である。

この曲の第2楽章は、夜に聞く孤独なラジオのように非常にロマンチックである。もしかしたら、これがベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲にも引き継がれた弦楽器を独奏とする協奏曲の、いわば新局面ではなかったかとさえ思えてくる。長く11分余りに及ぶこの楽章を含め、規模の点でも他にない長さである。特に弦楽四重奏のような後半部分は、下手な演奏で聞くとちょっとつらい。

私がこの曲を初めて知ったのは、我が家にあった一枚のLPからで、独奏がギドン・クレーメルとキム・カシュカシャン。それにニクラウス・アーノンクールが指揮するウィーン・フィルが加わる。アーノンクールの演奏、いや古楽器奏法によるモダン楽器の演奏、というのは初めての経験だった。いつもと違うウィーン・フィルの響きに戸惑いを覚えたものの、第1楽章冒頭の独特のアクセントが病みつきになった。だが今から思えば、全体的にやや不完全な感じも否めない。

もう少しオーセンティックな演奏も聞いてみたいと思っていたところ、新譜のCDが発売された。 独奏がイツァーク・パールマンとピンカス・ズーカーマン、ズビン・メータ指揮イスラエル・フィルというもの。この演奏は、オーケストラも含めいずれの楽器も低くチューニングされており、非常にジューイッシュな演奏で好き嫌いが分れるような気がした。どことなく即興的でもあり、オイストラフやスターンなどの往年の名盤を意識してはいるが、新感覚には程遠いものだった。

そもそもこの曲の第2楽章アンダンテは、過剰にロマンチックに演奏すべきではないと思う。なぜなら第3楽章との対比において、あまりにバランスが悪いような気がするからだ。深く沈んだ演奏が終わると、何とも拍子抜けがするほどに快活なメロディーが流れてくる。この問題を解決するには、少しの期間が必要だった。2000年に入り、とうとうこの曲の理想的な演奏が登場した。フランス人のオーギュスタン・デュメイとオーストリア人のヴェロニカ・ハーゲンを独奏に迎えての一枚は、室内楽的な精緻さの中に、抑制の効いた即興性に満ちた、類まれな完成度を誇っていると言える。

カメラータ・アカデミカを指揮しているのは、ヴァイオリンの独奏を兼務するデュメイである。どういう指揮ぶりかは耳だけではわからないが、オーケストラの自発性がないとこういう演奏にはならないのは明らかで、そういう意味でこの演奏は、まさに理想的な協奏交響曲である。ヴィオラのヴェロニカ・ハーゲンは、ハーゲン四重奏団のヴィオラ奏者で、技量的にも申し分ない。

しっとりと落ち着いた第1楽章、夜の部屋で聞くレトロな第2楽章、一転して快活となる第3楽章の理知的な戯れ。どの瞬間をとっても新鮮な感覚に満ち溢れた演奏である。

2020年3月3日火曜日

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K551(カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

日本にまだ4つしか民放FM局がなかった私の中学生時代(1980年前後)、民放でもクラシック音楽の番組が制作されていた。その日はどういうわけか、普段は聞かない土曜日の朝7時台の番組を聞いていた。夢うつつのままベッドにもぐりながら、手を伸ばしてラジオのスイッチを入れ、当時来日して評判だったカール・ベームの演奏を取り上げるのを聞いたのである。

来日ライブではなく、その日はレコードの再生だったと思う。曲はモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」で、これはベームの十八番と言える曲。ベルリン・フィルの演奏だったか、新しいウィーン・フィルのものだったかは定かではない。そしてその曲が流れることを知っていたのは、今では廃刊となったFM雑誌によってだった。ベームの「ジュピター」を聞けるのだから、さっそくエア・チェックとなったわけである。

だが中学生にとって朝はつらい。ラジオのスイッチを入れたものの、準備していたカセット・テープのスイッチONが放送開始に間に合わず、仕方なく私は惰眠を貪りながら、再び眠りに入った。ところが、である。あのゆったりとした第3楽章が、頭上に置いたスピーカーから聞こえてくると、私は電流が体に流れるような気持に襲われた。目がぱっちりと覚め、そのあと第4楽章のコーダまでの間中、硬直した体を横たえながら、ベームの「ジュピター」に聞き入った。エーゲ海の島に降り注ぐ満点の星空のように、その音楽は私を宇宙へと誘った。なるほど、これが「ジュピター」か、と私は感動し、学校へと急ぐ時間はおろか、その日一日中、この音楽が耳から離れることはなかった(「ジュピター」を聞いたのはこれが初めてではない)。

ベームの演奏の凄さは、このような音楽を「ただ」その音楽に語らせることである。一見武骨に見えるその中から、稀にとてつもない神がかり的なものが引き出されてゆく。それは聞き手と演奏者の魂のサイクルの偶然の一致からもたらされるのだろうか。ブルックナーの音楽のように、そういう瞬間が存在した。少なくともその日の私には、後にも先ににもただ一度だけの奇跡的な時間が存在した。

ベームの「ジュピター」は2種類あって、古いベルリン・フィルとの全集の中の一枚と、後年ウィーン・フィルを指揮してのものがある。指揮者の高齢化に伴って、より自然にゆったりとオーケストラに主導権を委ねているのが後者である。私の好みだけでなく、客観的に見ても断然素晴らしいのは前者、すなわちベルリン・フィル盤だ。1959年の録音だが、とても良い。ただひとつだけ残念なのは、今では当たり前の繰り返しが省略されていることだろう。

第40番では使われなかったティンパニやトランペットが使われている。ハ長調の特徴を生かして、冒頭から壮大で華麗な曲である。ここで音楽はしばしば休止を挟む。その呼吸感が、初めて聞いた時から印象的だ。止まって、そして一気に広がる音楽は、すべての楽章に亘り、命を吹きかけられて推進力を持って突き進む。「ジュピター」は木星。バーンスタインの指揮したニューヨーク・フィルのレコードのジャケットには木星の写真が付けられていたのを思い出した。

第2楽章の深々としたメロディーは全体の白眉だという人も多い。アンダンテ・カンタービレ。もっと歌ってもいいのだが、ベームは武骨にそっけなく進む。でもそれが、今の感覚に合っているようにも思う。つまりポルタメントなどの細工は少なく、それが現代的で好ましい。やはり休止して広がる弦楽器に、孤独で悲しいが毅然と自己を見つめる厳しさを感じる。

第3楽章はメヌエットとはなっているが、もはやこれは舞曲ではなく、聞かせるための三拍子だろう。ベームの演奏は遅いが、そのゆったりとしたなかにも宇宙が広がる感覚は、この演奏の中心的な部分だと思う。上記に書いたように、私はここで雷に打たれた。第3楽章の最後の音が、そのまま第4楽章の最初の音につながってゆく。

第4楽章の高度で複雑なフーガについては、もう何も語ることができない(リヒャルト・シュトラウスは「天国にいるかの思いがした」と書き残している)。どんな演奏で聞いても、ここの部分は白熱し、圧倒的な感覚に見舞われる。曲の力があまりに「凄い」ので、演奏の良し悪しや好き嫌いは意味をなさない。ただただあきれるほどに深く、そして大きい。まさに峻厳なる「ジュピター」である。

モーツァルトの「三大交響曲」は、モーツァルト音楽の集大成と言ってもいい。彼が獲得したすべての要素が詰め込まれている。この後に交響曲を作曲しなかったモーツァルトは、わずか3年ほどして帰らぬ人となった。あまりに早い天才の死だったが、すべての仕事をやり遂げたと言われても信じてしまう。そんな生涯だった。

2020年3月2日月曜日

モーツァルト:交響曲第40番ト短調K550(ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団)

新型コロナウィルスによる感染拡大の影響で、重苦しいムードが続いている。宅勤務ともなれば朝から妻の愚痴を聞かねばならず、仕事の能率は低下の一途をたどる。日本の住宅事情では広い書斎を持つサラリーマンなどほぼ皆無だから、同様の状況は全国に広がっていると推測できる。ここに登校禁止となった息子が加わると、もはや最悪の状況である。ひとり逃避するわけにもいかない。

そんなとき、しばし仕事を中断してイヤホンで聞くモーツァルトの音楽がどれほどの癒しになることか。「走る哀しみ」と小林秀雄が表現したト短調交響曲は、そんな心情を一層鎮めてくれる。もはや誰も認めてくれる者もいなくなった天才は、激減する収入になすすべもなく、寒さにうち震えながら妻の愚痴や子守りにも耐え、どこで披露するかも定かでない珠玉の作品を作り続けたのだから。

私はウィーンのシュテファン大聖堂裏手Domgasse 5にあるモーツァルトの家(Mozarthaus)を訪ねたことがある。200年以上も前に建てられたアパートは今もそこにあり、普通に人が暮らしている。その中の一室が、モーツァルトが実際に暮らしていた部屋で博物館になっているが、これはモーツァルトが暮らしたウィーン市内の約10か所のアパートのうち、現存する唯一のものだそうだ。ここに彼は1784年から1787年まで暮らした。コンスタンツェとの結婚の2年後から、「三大交響曲」が作曲されれる前あたりということになる。

この家を見た私の感想は、案外狭くて暗いというものだった。大都会ウィーンの中心部にあるので、それは仕方がないのだろう。日の当たらない部屋で、子供の泣く声も常に聞こえてきたかも知れない。そんな状況がモーツァルトの音楽にどのような影響をもたらしたかは、よくわからない。

交響曲第40番は彼のたった二つの短調で作曲された交響曲のうちのひとつで、いずれもト短調。その第1楽章はモーツァルトの中でも最も有名なメロディーである。これを聞いた人は、「これがモーツァルト」と頭に刻印が押されるくらいのインパクトを受ける。私もその例外ではなかった。

日本短波放送(現ラジオNIKKEI)の長寿番組「私の書いたポエム」のテーマ音楽がこの曲である。ある日、いつものように短波放送を聞いていたら、雑音の中からK550が聞こえてきた。このメロディーを、私はすでに知ってはいたが、どういうわけかその時に聞いた音楽が未だに忘れられない。誰の演奏かもわからない(勝手にワルターだと思っている)。中学生の頃だった。日曜日の夜に、アナウンサーの大橋照子と長岡一也がリスナーから届く詩を朗読する番組は、放送開始から45年もたつが今でも続いている(久しぶりに聞いてみたところ、ここでのK550はポップス調にアレンジされたものだった。これがかつてもそうだったかはわからない)。

ト短調交響曲をレコードで聞いてみようと思ったのは、そのあとくらいだった。第1楽章以外の部分を聞いてみたかったのだ。我が家にはただ1種類のレコードがあった。すでに擦り切れそうなほど再生されたせいか、プチプチと鳴る雑音に混じってスノーノイズまで入っているそのレコードは、ジョージ・セルの指揮したものだった。キビキビとした第1楽章は、それまで聞いたことのあるこの曲のどの演奏よりもすらすらと流れてゆく。ルバートを聞かせたロマンチックな演奏が多い中で、これは私に新鮮な感動をもたらした。

第二楽章も淡々としているが、その中にほのかに見え隠れする情緒は、いつもは退屈だと感じていた緩徐楽章も素敵な曲に聞こえた。そして第3楽章では、左右に分離した弦楽器が一方は高い音を、もう一方は低い音を奏でるアメリカ風ステレオ効果によって、構成力のきっちりとしたメヌエットが手に取るようにわかり、とても印象的だった。演奏はそのままフィナーレに突入し、セルの一点の曇りもない音色と、まるでメトロノームで測ったかのようなリズムで最後まで淡々と駆け抜ける。

セルのモーツァルトはこのように、一切の妥協を許さない完璧な音作りで、その中にこそ宿る音楽への真摯な態度が、曲の持つ本来の魅力を飾ることなく表現し、その中に秘められた情感をも炙り出す。いまでは少なくなった質実剛健の演奏だと思う。第4楽章の激情的な音楽も、淡々と演奏されるとかえって胸に突き刺さる。

以来、様々な演奏でこの曲を聞いたが、実際にはなかなかしっくりくる演奏がない。曲の評判とは逆に、いい演奏が現れないのはどうしてか。同様の感想を持つ聞き手も多いようだ。モーツァルトの曲でも交響曲第40番ともなれば、いつのまにかコレクションを紹介するブログの書き手も多い。いくつかを読んで、その推薦盤を調べて見たが、みなさんいろいろ書かれていて興味深い。まだ聞いたことのない数多くのディスクがあるが、私は今もってセル一択である。

2020年3月1日日曜日

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K543(ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団)

モーツァルトの交響曲を順に取り上げている。気が付くともうあと「三大交響曲」を残すのみとなった。ケッヘル番号は500番台に入り、いわゆる「晩年」の作品に突入したことになる。といっても36歳で夭逝したのだから、「三大交響曲」が作曲された1788年はまだ32歳である。だが35番以降の作品の充実度は、目を見張るほどに進化している。とりわけ最後の3つの交響曲については、神業とも言うべき水準の作品であることは素人にも明らかである。

いわゆる「三大交響曲」、すなわち第39番変ホ長調K543、第40番ト短調K550、及び第41番ハ長調K551がどういう理由で作曲されたかは明らかではない。また生前に初演されたのかも不明である。謎めいたその理由について、研究者でなくとも理由を探すことは興味がある。だがこれまで定説になったものは、ない。にもかかわらず驚くべき完成度を誇ると同時に、その作曲期間はわずか4か月。しかもそれぞれの作品が、異なった趣きを持ち、様々な方向に光を放っている。

モーツァルトはこの時期、すでに作曲家としての評判は落ち、移り気の早いウィーンでは予約演奏会もできなくなっていたと言われている。モーツァルトが音楽史に名を残す理由は、オペラ分野を除けば、このような逆境にも関わらず芸術的志向を強め、必ずしも大衆受けをするわけではない作品を作り続けたことにある、と思う。これはピアノ協奏曲だけでなく交響曲においてもそうだった。例えば楽器編成から考えて、この3つの交響曲を同じ日に演奏することを前提にしているとは考えにくい。「三大交響曲」に見るモーツァルトの新しい作品への探求の結晶は、プロの音楽関係者を意識してか、誰にでもわかる単純なものではない。あらゆる音楽的試みを駆使し、それまでの知識や経験を総動員している。

この第39番では、珍しいことにクラリネットが多用されている。第2楽章のカンタービレにおいても弦の後で鳴っているのが聞き取れるし、終楽章でもフルートやファゴットに混じって時折顔を出すが、もっとも明確にわかるのは第3楽章のトリオだろう。クラリネットが使われる代わりにオーボエが省かれている。 そのことが全体にまろやかなスパイスを与る結果となっているが、全体的には構造がしっかりしした作品だと思う。冒頭の序奏の和音は、まるで神の啓示が現れるような荘重なもので、時に不協和音を交えて厳かに奏でられるメロディーを聞くだけで、私などはモーツァルトに「圧倒」される。

第1楽章のほとばしり出る主題と、トランペットも交えて繰り返される音楽の骨格は、私が初めて聞いた演奏がジョージ・セルの指揮だったこともあってな極めて印象的だった。おそらく親しみやすさという観点では、この交響曲は最高峰ではないかと思う。

初春の昼下がり。最近、私は明るい陽射しに誘われて近くの小径を散歩しているが、今日はこの第2楽章を聞いている。ぽかぽかした陽気が、実によく合う。まだ肌寒く、ときおり物悲しい気持ちになる日本の春には良く似合うなあ、などと感心していると第3楽章に入った。ここはそれまでに聞いて来た交響曲の単なるメヌエットとはとても異なる。リズムを刻む3拍子を、セルはキビキビと切れ味鋭く、一切の妥協を許さない。けれどもクラリネットが入っているせいか、ポルカのようにどこかのんびりとした風情が漂う。

私が現在、もっともよく聞いているのはジェフリー・テイトが指揮した全集の中の一曲である。CDでデビューした頃の演奏で、首席指揮者をつとめていたイギリス室内管弦楽団を振っている。弟がこのCDを買ってきたとき、そのプロフィールに「クレンペラーの再来」などと書かれていたのを思い出す。確かに車椅子に乗った指揮者という側面もあったが、隅々に及ぶ音の広がりや安定感、それでいて飾り気のないアンサンブルなど確かに共通点も多いなと思った。

その全集は80年代に完成し、どの曲をとってもすこぶる完成度が高く、いまもって最も優れたモーツァルトの交響曲全集と思う。そして嬉しいことには、この演奏あたりから繰り返しをきっちりと行っていることだ。このブログで取り上げたこれまでのモーツァルトの演奏は、ワルターであれスイトナーであれ、LP時代の名演には違いがないが、収録時間の関係で繰り返しが省略されるのが慣例だった。音楽評論家の故・宇野功芳氏は「全神経を集中して提示部を聴き終え、さてその次は、と胸をはずませていると、いちばん初めに戻ってしまう。これでは緊張力が急になくなる。」(「宇野功芳のクラシック名曲名盤総集編」講談社)と書いているが(交響曲第38番「プラハ」のジェイムズ・レヴァインの演奏について)、 私は一般的にはそうは思わない。いい演奏はいつまでも聞いていたいからだ。

CD時代の演奏の標準は、特に終楽章であっても楽譜の指示通りに繰り返すことだから、むしろ古い演奏を聞いていると「あれ、もう終わってしまうの?」と思ってしまう。セルやベームの歴史的名演奏が、明らかに損をしていることになる。第4楽章のまるで行進曲のようなメロディーは、初めて聞いた時から大好きな曲である。このテイトによる演奏も、終楽章の再現部をきっちり反復しており、長い。でも演奏が素晴らしいので、大変喜ばしい。もちろん緊張が失われることもない。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...