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2022年6月17日金曜日

東京都交響楽団第953回定期演奏会(2022年6月13日東京文化会館、小泉和裕指揮)

かつてオンラインで都響のチケットを購入したことがある私の元へ、一枚の葉書が届いた。6月13日の定期公演の内容を知らせるものだった。今月の指揮は終身名誉指揮者・小泉和裕で、メンデルスゾーンの「宗教改革」とベートーヴェンの「エロイカ」。なかなかいい組み合わせだと思ったが、この日は月曜日。翌日以降も仕事が控えるサラリーマンとしては、あまり気乗りのしない曜日である。

ところが都響からは、当日券の発売を知らせる電子メールも届く。見てみたらS席からC席まで多くの席が残っているようだった。このプログラムの公演は1回のみ。全力投球のコンサートとなるか、名曲ばかり故の惰性的なコンサートなのか。どうにも判別がつかない。それでもC席なら高くはないし、それに翌日は午後から会社に行けばいいということになって、私は4年ぶりとなる東京文化会館へ出かけた。当日券は電子チケットのみの扱いで、電源を入れたスマホをかざして入場する。とうとうクラシック音楽の世界にも、電子化の波が押し寄せた。思えば90年代に入った頃から、あの懐かしいチケットの半券を取っておくことはなくなった。プレイガイドがオンライン化され、共通の用紙に印字しただけの、無味乾燥なものになったからだ。そのため、確かベルリン・フィルを聞いた時には、わざわざ「記念チケット」なるものが入り口で配られた。席の表示はない単なる紙であった。

新型コロナの蔓延に最も深刻な影響を受けたのは、悲運の作曲家ベートーヴェンだったかも知れない。またとない生誕250年記念を、世界中の音楽家が祝おうとしていた矢先のことだったからだ。ほぼすべてのコンサートがキャンセルされた。そういうことを埋め合わせるべく、私は最近ベートーヴェンの交響曲をプログラムに見つけては、そのコンサートに出かけることになった。特に昨年の秋以降、奇数番の作品に触れてきた。順に第5番、第7番、第9番「合唱」という順だった。となれば次は第3番「英雄」。これまで何度触れてきたかわからないベートーヴェンの交響曲も、特に第3番などは20年近く遠ざかっている。あんなに何度も聞いた作品なのに、名演奏の記憶が薄れてしまった。専ら安い席で聞いていたからだろうか。特にNHKホールの3階席で聞いた演奏会には、ほとんど思い出がないのは、偶然なのか。

コロナ・パンデミックは、私に日本人演奏家を見直すきっかけを与えてくれた。これまで機会がありながら、聞く機会のなかった指揮者やソリストに巡り合うこととなった。広上淳一のパントマイムのような楽しい指揮や、秋山和慶の職人的な名演奏の数々に混じって、小泉和裕のスタイリッシュで集中力のある演奏が心に残っていた。考えてみれば、日本中のオーケストラを指揮してきた小泉の、もっとも関係の深いオーケストラが都響であり、そしてその定期演奏会にレギュラーで登場する彼のプログラムには、その真価が発揮されるような曲が並んでいる。今回もそうで、メンデルスゾーンの「宗教改革」というのも、滅多に演奏される曲ではないが大いに魅力的である。トスカニーニからカラヤンを経て続くメンデルスゾーンの演奏スタイルが、カラヤン・コンクールの覇者となった小泉に引き継がれているのは、どう考えても明らかである。そしてあのフィルハーモニア時代から名演奏を繰り広げたカラヤンの流線形「エロイカ」も、また小泉によって継承されているのだろうか。そんなことを考えながら、会場へと急いだ。

久しぶりの上野駅は、改札口が変わってあか抜けた感じになっていたが、上野動物園へと続く大通りの雰囲気は、昔パンダが初めてやってきた70年頃の記憶と変わらない。そして文化会館の少し狭い通路や、部分的に死角となる両サイドの上階席も、今やレトロな香りが立ち込める。都の所有する施設だから、ここと池袋の芸術劇場が都響の主な活動拠点である。その音響効果を熟知している組合せの公演に、何かとても嬉しい気分となり、期待が高まっていった。そして、「宗教改革」の最初の音がなりひびいたとき、そのことが現実のものとなったのだ。

この曲の冒頭はコラールを配した厳かな雰囲気で始まる。ゆったりと流れる中音域の弦楽器に乗って、管楽器がこれらのメロディーを奏でる時、東京のオーケストラにして中欧の響きが自信を持ってなっていることに心を打たれた。やがて始まる主題からは、メンデルスゾーン節になる。思い切りよく飛ばしてゆく小泉の指揮にオーケストラが付いてゆく。ほとばしるような熱い演奏になるのに時間はかからなかった。やはり今日のコンサートは「当たり」だと感じた。

第2楽章の明るいスケルツォは、民謡風のメロディーの中間部が特徴。歌うような素朴なメロディーと、重厚で壮麗な教会音楽が同居しているのが本作品の面白い(中途半端な)ところ。「宗教改革」は番号で言えば第5番だが、これは彼の若干21歳の頃の作品である。プロテスタントに改宗したメンデルスゾーンは、自らの意志で本作品の作曲にとりかかる。様々な紆余曲折に翻弄され、結局この作品が世に出たのは、メンデルスゾーン死後のことだった経緯は、ブックレットに詳しく記載されている。

弦楽器の旋律が美しい第3楽章は短いが、このような曲に私はもっともメンデルスゾーンらしさを感じたりする。そして第4楽章は続けて演奏された。ここで音楽は再び教会風に戻り、高らかな賛歌となっていく。教会風な崇高さがあるかと思えば、やや通俗的なメロディーが織り込まれるとてもユニークな作品に思えてくるのだが、演奏の魅力を感じるにはわかりやすく、演奏していても楽しいのではないかと推測したりする。メロディーが親しみやすく、いつも音楽が推進するロマン派前期の音楽は、とりわけ小泉の指揮に合っていると感じた。ロマン派前期の作品で言えば、私は彼の指揮で、シューベルトの「グレート・シンフォニー」を聞いてみたい。

さて、20分の休憩を挟んで次はベートーヴェンの「エロイカ」である。この曲の最初の和音は、音楽史を変えた和音だ。小泉はそこを一気に響かせた。その集中力と音のややデッドな響きは、何といったらいいのだろう、もう天才的な音のバランスと強さであって、この一音が続く50分近い演奏を決定づけるほどのインパクト。私はこの「英雄」の第1楽章を聞くたびに、ソナタ形式の主題はどれか、などと考えて行くのだが、かつて一度も成功したことはなく、第1主題の繰り返しがあったかどうかくらいで(今回はなし)、聞いているうちにそんなことはどうでもよくなっていく。音楽の流れは大河が勢いよく流れて行くようで、いつまでも聞いていたい。ゆっくりとした演奏も悪くはないが、小泉のように颯爽と駆け抜けてゆく演奏がモダンで一時期の流行スタイルであった。

第2楽章、葬送行進曲。思うに東京文化会館の響きはかなりデッドである。だからオーケストラの響きが直接的に会場にこだまして、その強さが弛緩すると音楽は崩れるようなところがあるが、小泉・都響の集中力はこれが絶えることはなく、大フーガを始めとするこの曲の聞かせどころをどんどんこなしてゆく様は見事である。それにしても「エロイカ」は、何という作品なんだろ。

後半が腑抜けになるような演奏が多い中で、第3楽章のホルンのトリオを含め、一気呵成に続ける。ここで気を抜くわけには行かない。だからできるだけ早く、前へ。そして第4楽章の冒頭へ流れ込む。もちろん休止はほとんど置かず。流れ出る第4楽章の変奏曲に身を委ねながら、私はベートーヴェンが交響曲に持ち込んだ壮大なドラマを見ることになる。私が愛してやまない第4楽章は、ベートーヴェンのもっとも明るい側面が出た素晴らしい曲で、第2番に次ぐ造形美が感じられる。

都響が燃えた演奏が終わり、大歓声に包まれる。小泉自身会心の出来だったのではないだろうか?何度登場したか知れない都響の定期でありながら、その挨拶の身振りなどから、それは如実に感じられた。いつまでも聞いていたい音楽が終わったことに、久しぶりに淋しさを感じた。1回限りの月曜日の定期演奏家は、決して気を抜くことなく、むしろ本当に聞きたい人が聞きに来る熱いコンサートのように感じた。私はまたこのコンビを気に入ってしまった。次回は9月23日(祝日)、「田園」ほかが演奏される。プロムナード・コンサートと題されるマチネシリーズは、サントリーホールである。

2022年6月11日土曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第970回定期演奏会(2022年6月8日サントリーホール、ミハイル・プレトニョフ指揮)

ニュースによればロシアはウクライナと交戦状態にあるらしい。ロシアにとってウクライナは長年の友好国であり、ロシア音楽の数々も両国の文化を讃えている。まるで兄弟喧嘩のような戦争に国際社会は過剰に反応し過ぎではないかとさえ思われるのだが、一方的に領土を侵略したロシアに対する制裁は厳しく、ロシア人の音楽家が来日することも危ぶまれている。にもかかわらず、3月に引続き、奇才ミハイル・プレトニョフが東フィルの定期演奏会に登場したことは大変喜ばしいことだった。

会場に入ると、その舞台に並べられた楽器群に驚いた。弦楽器は向かって左手から第1バイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン。左手奥にコントラバスが並ぶのは今ではさほどめずらしくない。ところが多くの打楽器群が、本来なら居座る管楽器のセクションにずらりと並んでいるのだ。その楽器の数々は、いろいろあり過ぎて目で確認することはできない。配布されたブックレットから転記すると、次のようなものである。

  • ティンパニ
  • 打楽器Ⅰ(カスタネット、カウベル、ボンゴ、ギロ、小太鼓、チューブラーベル、ヴィブラフォン、マリンバ)
  • 打楽器Ⅱ(トライアングル、クラヴェス、ギロ、ウッドブロック、タンバリン、小太鼓、ヴィブラフォン、マリンバ)
  • 打楽器Ⅲ(トライアングル、クロタル、マラカス、ギロ、カバサ、鞭、テンプルブロック、小太鼓、テナードラム、大太鼓、タムタム、グロッケンシュピール)
  • 打楽器Ⅳ(トライアングル、ハイハットシンバル、タンバリン、トムトム、大太鼓、シンバル、タムタム)

舞台に登場する打楽器奏者はたった5人で、これだけの楽器を操る。一方、何と管楽器が不在なのである。この楽器編成で演奏されるのは、ビゼーの「カルメン」をシチェドリンがバレエ音楽に仕立て上げたものである。まだ実在の作曲家は今年生誕90年を迎えるそうだ。バレリーナだった妻の依頼によるこの作品は、ソビエト時代の1967年にボリショイ劇場で初演されている。これは私が生まれた翌年である。「カルメン」は有名曲のオンパレードだが、それが上記のような楽器編成でどうアレンジされているか、興味が尽きない。

静かに始まった序奏では、ベルが「ハバネラ」のメロディーを厳かに奏でるシーンから始まった。以降、音楽はビゼーの様々な音楽から採用されているし、順序は必ずしも原曲の歌劇とは異なっているが、ストーリー性とモチーフは維持されていて、この曲が持つ本来のテーマはむしろわかりやすく強調されているのは、やはりバレエ音楽という性格からか。

例えば第2曲は第4幕への前奏曲から採用されているが、これは第1幕への前奏曲と同じメロディーだから、違和感はない。しかしそこに悲劇性が早くも暗示される、といった具合。そして「運命のテーマ」、衛兵の交代、ハバネラといった一連の音楽が続き、第7曲であの美しい第3幕への間奏曲が聞こえてくる。フルート独奏が際立つこの曲を、弦楽器でのみ演奏する。そして第8曲では「アルルの女」の「ファランドール」までもが演奏された。

全体で約45分の曲を、プレトニョフはいつものようにほとんど休止させることなく繰り出して行く。集中力を絶やさないようにと、楽章間の休止を設けず演奏を再開する指揮者は近年多いが、プレトニョフもその一人である。しかし時に私は、もう少しゆくりと物語を楽しみたいと感じることも多い。闘牛士とカルメンが舞台上でどのように踊られるのか、私はバレエというものをほとんど見ないし、その面白さもあまりわかっていないのだが、このシチェドリンによる意欲的な作品は、ビゼーの音楽の巧みさを別の視点で浮かび上がらせることに成功していると同時に、斬新で才気に溢れるその作曲技法によって、シチェドリン自身の面目躍如ともなっているようだ。

カルメンが公衆の前で遂に刺し殺され(それはコントラバスによって表現された)、終曲では序奏で奏でられたベルによる「ハバネラ」が、まるで夜のセヴィリャの街にこだまするように厳かに響いて物語が締めくくられた。打楽器を担当した5人の奏者に惜しみない拍手が送られ、プログラムの前半が終了した。

後半は、チャイコフスキーの名曲「白鳥の湖」である。バレエ音楽だけを取り上げるこのコンサートが、私にとて大変魅力的だったのは、何より「白鳥の湖」の大ファンだからである。

ロビーに出て、久しぶりにバーカウンターで「プレミアム・モルツ」などを飲みながら、ブックレットに目を通す。チャイコフスキーの名曲にもはや解説は不要だろう。有名な「情景」などに混じって繰り出される世界各国の興に乗った踊り。その音楽は楽しいの一言に尽きる…と思っていた。ところが、今回のプレトニョフによる特別編集版には、そういった数々の名曲が見当たらないのである!

解説書によれば今回の版は、チャイコフスキーの音楽を研究し尽くしたプレトニョフにこそ可能なもので、舞台の縮小版のような編集になっているとのことである。つまり有名旋律を並べ、ストーリー性が無視された組曲版に抗い、舞台音楽の縮小版が出来上がったのだ。何とそこでは、有名な「4羽の白鳥」や「チャルダーシュ」などの名旋律までもが姿を消し、変わって6つの楽章に見立てて音楽的な連関を重視している。私が実際に聞いた印象では、これはもはや「交響詩」のような音楽であった。

それもこれもチャイコフスキーの音楽が優れているからだろうと思う。「白鳥の湖」は、いくつかの場面を割愛してもなお、バレエなしの音楽だけで聴かせるだけのものを持っているのだ。プログラムの前半のシチェドリンの「カルメン」だって、それだけで聞いて実に楽しいバレエ音楽だったこととも共通する。ロシアにおけるバレエ音楽の底力こそ、今回のプログラムでプレトニョフが意識した構成ではないだろうか。

前半に舞台中央に陣取った打楽器は、後半ではいつもの規模に縮小され、代わって並んだ管楽器が活躍することとなった。オーボエが、クラリネットが、物憂いロシアのメロディーを奏でる時、私は名状しがたい気持ちにさせられる。そしてハープの特筆すべき上手さ!ロシアはまだ見たことのない土地だが、いつかゆっくり旅行してみたいと思っていた。それがこの度の戦争で、またもや遠のいてしまった。だが、私のロシア音楽に対する愛着は、今回の演奏会を通してむしろ高まったと言っていい。

本来ならブラボーが吹き荒れるはずの聴衆も、マスクをして行儀よく拍手をする。だがその大きさと長さから、今回の演奏がとても満足の行くものだったことがわかる。4月にまたもや腰を痛めて以来、少し遠ざかっていたコンサートへも、私は出かけて行きたい気持ちになった。音楽を聞く喜びを忘れかけていた、私の暗澹たる日常に、かすかな光明が差し込んできた。健康を取り戻すことができれば、一気にまたコンサートや旅行に出かけてみたい。ロシアの大地に鮮烈な「春の祭典」がやって来るように。

2022年5月1日日曜日

バッハ・コレギウム・ジャパン演奏会(2022年4月17日、ミューザ川崎シンフォニーホール)

復活祭の前日にJ. S. バッハの不朽の名作「マタイ受難曲」を、我が国を代表する古楽団体バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)で聞いた(指揮:鈴木雅明)。ミューザ川崎シンフォニーホールの舞台の左右に2つのオーケストラが分れ、その背後にソリストを含む合唱団が配置されている。正面にはチェンバロ、その左右に通奏低音を担う楽器群、奥にオルガンが陣取る。大きなホールながら客席はほぼ満員で、次第にコロナ禍の非日常が薄れつつあることを実感する。3時間余りに及ぶ大作を、こんなに多くの人が心待ちにしていたのか、と思うと胸が高まる。マチネとしては少し遅い16時開演。終演は19時過ぎとアナウンスされている。

ここのところの関東地方は、曇りがちで雨が降る日も多く、その前は夏を思わせる暑い日が続いたので、この時期特有の季節の変わり目の神経質な陽気である。それでも人出は多く、いつもながら川崎駅前の混雑状況には驚かされる。これは、渋谷でも池袋でも横浜でも、コンサートホールのある都市は同様である。その中を、深遠なるバッハを聞きに行く。もっともバッハには10人もの子供がいて、家の中は常に騒々しかったと推測できる。バッハはそのような状況でカンタータを書き、オルガンを弾いた。おそらく現代と違うのは、街中で騒音が溢れていなかったことだろう。演奏家でなければ、教会の中でしか音楽を聞くことはできなかったからだ。

「マタイ受難曲」については多くの文献や書物で紹介されているが、ごく簡単に言えばキリストの受難の物語で、福音史家(エヴァンゲリスト)が物語の進行を語り、福音書に基づく様々なエピソードが音楽によって表現されている。第1部(前半)は過越しの祭りでの最後の晩餐のシーン。ユダによる裏切りによってイエスは予言通り捕えらえる(約70分)。第2部はイエスの尋問とペテロの否認、そして十字架にかけられたイエスの苦しみと復活に至る物語である(約100分)。

バッハ・コレギウム・ジャパンは「マタイ受難曲」を毎年この時期(復活祭の頃)に演奏しており、その回数は100回近くに及ぶそうだ。そのことを含め、「マタイ受難曲」の聞きどころをを鈴木自らが解説した事前の講座の模様を、音楽評論家の加藤浩子が報告するミューザ川崎シンフォニーホールのオフィシャル・ブログが、この曲に対する鈴木の考え方を知る上で大変役に立つ(https://www.kawasaki-sym-hall.jp/blog/?p=14717)。

それによれば、バッハがこの曲を書いた時代には、それまで神格化されていたイエスが、「苦しみ」を持つ一人の人間としての性質に焦点が当てらていること、それを表現するテクストと音楽における「三重構造」が随所に見られる、ということが特徴であるとのことである。詳細はここでは書かないが、「マタイ受難曲」における発見は、多くの音楽家や聞き手の興味の対象であり、その深さは限りなく大きい。私のような一音楽愛好家にはなかなかわかるものではないのだが、それでも「マタイ受難曲」は聞いていて面白い。それなりの発見があるからだ。

「苦しみ」を抱くイエスは、舞台ではバス(加耒徹)によって気高く歌われる。イエスが歌うシーンは、すぐにわかるように工夫されている。弦楽器や通奏低音が、そうとわかる和音を奏でるからだ。これは絵画における威光の音楽版と考えることができる。イエスが何かを語る時、常にこの和音が鳴っている。それにしても加耒の歌うイエスの、気品と威厳を同時に持ち合わせる格調高さは、群を抜いていた。これほどピタリと役にはまった声はないとさえ思った。

一方物語の進行をつかさどるのはテノールのエヴァンゲリスト(トーマス・ホップス)である。彼は加耒とはまた違った声の響きで、こちらは淡々と物語の進行を歌う。鈴木はその「語り」の導入の部分でさえ、細かく指揮してオルガンとの導入部分の一致が乱れないようにしていた。音楽は弛緩なく淡々と進み、舞台には合唱に混じったソリストが舞台前面やオルガンの左右に行ったり来たり。その様子を見ているだけでも、次はどんなシーンになるのかと興味が沸く。視覚的にも工夫された演出だったが、それも音楽の完璧とも言える緊張の持続があったからだろう。歌も楽器もみな世界クラスの巧さだが、しいてあと一人独唱を挙げるとすれば、私の場合、アルトのパートを歌ったペンノ・シャハトナー(カウンター・テナー)だろう。

BCJの器楽ソリストについては、もう何も言うことはない。ヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー、オーボエ、オルガンなどみな我が国を代表する名手揃いである。その中でも指揮者の正面に置かれたチェンバロを、息子の鈴木優人が弾いたことは驚きだった。そのことは会場の張り紙によって知らされ、ブックレットに記載はなかったので、急遽決まったことなのかもしれない。鈴木優人もいまや我が国を代表する指揮者として活動が目覚ましいが、大学生の頃からBCJのチェンバロを務めていたから、手慣れたものである。音楽が始めるとゆったりと音符に身を沈ませ、体を左右に揺らした。これは他の奏者も同様だった。長い「マタイ受難曲」への船出を、このようにして会場に示していた。

今回聞いたのは、ミューザ川崎シンフォニーホールの狭い1階席であった。前から12列目というのはおそらくベストなポジションに近いのではないか。楽器も歌声も直接響く。次から次へとアリア、コラール、そして二重合唱が繰り返され、息つく間もなく音楽が進行する。その熱量に圧倒されっぱなしだった。これほどにまでエネルギーを感じた演奏会はないくらいだった。それだからか、大変疲れた。舞台裏の席の上部には、日本語の字幕も付けれれていたのは大いに嬉しいことだった。

演奏が終わって静寂がしばし続き、そして割れんばかりの拍手となった。何度も舞台に登場した鈴木は、すべての歌い手、器楽奏者を順に立たせ、今回の演奏がとても素晴らしい演奏であったことを印象付けた。ソリストや楽器奏者については、誰が何を歌ったかまではここに書き切れないので、ブックレットのページを張り付けておく。主な配役は次の通りである。

ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ、中江早希
アルト:ペンノ・シャハトナー、青木洋也
テノール:トマス・ホップス(エヴァンゲリスト)、櫻田亮
バス:加耒徹(イエス)、渡辺祐介

BCJは「マタイ受難曲」を再録音し、リリースしたそうである。そうでなくともあの膨大なカンタータを毎年取り上げて、とうとう全曲演奏、録音を達成した団体は、世界を見渡してもそう多くはない。しかも演奏の水準は、キリスト教の伝統が希薄な我が国にあって、大変高い。そういう団体が、春には「マタイ受難曲」を、クリスマスにはヘンデルの「メサイア」を毎年取り上げては演奏をしている。私も2001年のクリスマス・イブに「メサイア」を聞いて以来のことだった。「マタイ受難曲」に至っては、かつてたった一度だけ、実演で聞いているのみである(2005年、コルボ指揮ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル)。これほどポピュラーな作品であるにも関わらず、CDも立った一組有しているに過ぎない。

これを機に、「マタイ受難曲」のCDでも久しぶりに聞いてみようと思う。


2022年3月21日月曜日

京都市交響楽団第665回定期演奏会(2022年3月13日京都コンサートホール、広上淳一指揮)

新型コロナウィルスの爆発的流行を受けて、中止や公演内容の変更を余儀なくされた演奏会は数知れない。京都コンサートホールで開催された広上淳一を常任指揮者とする最後の公演も、その一つである。演目がマーラーの交響曲第3番から第1番へ変更されたからだ。これは出演を予定していた少年合唱団が、練習できなくなったことによる。そういうアナウンスがあったのが2月の下旬、公演の数週間前のことである。この最終公演を楽しみにしていたファンは多いだろうと思う。ただ、曲目に変更があったとしても、開催できたことを喜ぶべきかも知れない。そしてこの公演は、その前評判に違わず忘れ得ぬ名演となった。

私は昨年(2021年)の秋、東京で開催された京響の演奏会を聞いて、広上の指揮するマーラーの演奏が大変面白く、また的を得たものであることを初めて経験したことは、このブログにも書いた。その時演奏されたのは、ベートーヴェンとマーラーの、いずれも交響曲第5番という意欲的なプログラムで、まずはこのオーケストラの演奏水準に驚くと同時に、広上の楽天的でユニークな指揮に惹きつけられた。京響だけでなく彼は、どのオーケストラでも同様に、曲の表情を全身を持って表現する。一見、滑稽にさえ思われるその指揮姿も、曲のニュアンスを演奏者に伝える手段として大いに機能している。そしてそれが見ていても面白いし、聞いていてもツボを得ている。

マーラーの交響曲第5番が、これほどにまで雄弁に真実味を持って私に迫ってきた演奏を聞いたのは初めてだった。東京での最終公演となるその演奏会でマイクを握った指揮者は、京都に是非聞きに来てくださいと述べた。その最終公演が、今回の第665回目となる定期演奏会で、そのチケットは2月に発売された。

私は遅まきながらこのチケットを知った時、もう売切れてしまっていることを覚悟していた。ところが2日あるどちらの公演も、まだ多くの席が残っていたのである。週末のマチネとあらば、東京ならこのような記念すべき演奏会はたちまち売り切れる。しかし京都では絶対的なファンの数が少ないのだろう。だから当日になってからでも、思い立ってコンサートに出かけることができる。ニューヨークでもどこでも、これは普通である。私は大阪の出身だから京都でのコンサートとなると誘うことができる人もいる。そういうわけで、初めての京都コンサートホールに出かけることになった。

例年になく寒い冬が続いた今年も、3月に入って急に暖かくなり、特にこの週末からはまるで初夏を思わせる陽気となった。3月11日から関西入りした私は、仕事を休んで古都の小旅行となった。2日間奈良のホテルに宿泊し、斑鳩や飛鳥の里を散策しては古寺を訪ね、外国人も修学旅行生もほとんどいない閑散とした中で世界遺産、国宝、それに重要文化財の数々を見て回った。奈良では旧い友人に会い、万延防止措置の出ていない街で遅くまで飲むことができた。

そういう充実した日々の最後に京都に移動。地下鉄を北山駅で降りるとすぐそこにコンサートホールはあった。まだ新しいクラシック専用のホールは、京都にこそ相応しいと思うが、そういうホールができたのは最近になってからである。そしてその館長にも選ばれたのが、2008年からシェフを務める広上氏である。東京生まれの江戸っ子が、古都のオーケストラを指揮するのは面白いが、これがピタリと上手く行ったのだろう。京響はメキメキと実力をつけ、「今や世界に誇れるオーケストラ」にまでなったと、開演前のプレトークで紹介された。

マーラーの交響曲第3番に代わって演奏されることになったのは、広上の師匠でもある尾高惇忠の女声合唱曲集「春の岬に来て」から「甃(いし)のうへ」と「子守唄」。それに藤村美穂子(メゾ・ソプラノ)を迎えてのマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌曲」、それに交響曲第1番「巨人」である。そもとも出演を予定していた合唱団(京響コーラス)は、わずか2週間でこの合唱曲に対応したそうである。一方、藤村はわずかこの2日間のコンサートのためだけにドイツから帰国し、隔離生活も終えて会場入りしたと紹介された。

当日券に並ぶ多くの人たちも無事客席に着いて、舞台背後の客席にディスタンスを取って女声合唱団が入場した時、これから始める曲が何とマスクを装着したまま歌われることを知った。これは驚きだったが、どこか春霞でもかかったような効果があったのかも知れない。尾高の曲は、オーケストラによる伴奏で演奏された。特にわずか24歳で夭逝した立原道造の詩による「子守唄」には「靄(もや)に流れる うすら明(あか)り」という歌詞がある。「眠れ、眠れ」と繰り返されるその歌詞を聞きながら、これは昨年2月に亡くなった尾高に対する広上の鎮魂歌だったと思う。

藤村美穂子が登場し、会場が一層晴れやかになった。マーラーの歌曲「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を、彼女は心を込めて歌った。すでにCDも出ている藤村のこの作品への愛着は、配布されたプログラムに掲載されていた歌詞対訳が自らの翻訳であることからもわかるような気がする。交響曲で言うと丁度第5番のあたりに書かれ、あの有名な「亡き子をしのぶ歌」の頃である。もっとも「亡き子をしのぶ歌」は、リュッケルトが書いた詩10作品に対して作曲されたもののうち5つが採用されており、残りの5つが「リュッケルト歌曲集」である。ここで管弦楽による伴奏が付けられたのは4曲であり、「美しさゆえ愛するのなら」だけはピアノ伴奏版しか残されていない(従って、通常はブットマンによる編曲版が用いられる)。

曲順の指定もないようだが、今回の演奏では「美しさゆえ愛するのなら」が先頭に置かれ、続いて「私の歌を見ないで」、「優しい香りを吸い込んだ」、「真夜中に」と続き、次第に深淵な世界へと入ってゆく。最後の「私はこの世から姿を消した」では、やはりマーラーの「死」への拘りが最高点に達するが、このような順序は実際の演奏会でも聞いていてよくわかった。藤村のこの作品への思いが、終演後にも見てとれた。彼女は感極まって、涙を浮かべていたようにも見えた。深々とお辞儀を繰り返す彼女に、客席からは大きな拍手が続いた。マーラーの交響曲第3番では、わずか6分しか出番のなかった彼女が、そのためだけにドイツから帰国するのも相当なものだが、この「リュッケルト」に変更されたことで私たちは、より長く、そして深く彼女の歌を味わうこととなった。

休憩を挟んで演奏されたマーラーの交響曲第1番は、新たな出発の音楽である。私の知人も自らの通夜でこの曲を流していた。まだ駆け出し音楽家だったマーラーの最初の交響曲(最初はカンタータ)であるこの曲には、すでにマーラーらしい着想に溢れ、後年の9曲に及ぶ交響曲の先駆けに相応しい内容を持っている。広上は丁寧にこの曲を指揮し、特に第3楽章の中間部という最大の聞きどころでは、コントラストを浮き上がられて少年時代を回想し、終楽章のトゥッティでは一瞬止まって音楽を爆発させる要所を抑えた指揮ぶり。ツボを心得た指揮ぶりが、彼の真骨頂である。

オーケストラも弦楽器奏者の最後列に至るまで体を揺さぶる熱演に、聞いている方も力が入るが、決して力み過ぎないところが広上のいいところだろう。コーダの部分ではホルンだけでなく、トランペットの奏者も起立してより迫力を増し、圧倒的なアンサンブルが炸裂、会場が沸きに沸いた。

何度も呼び戻される指揮者は、各パートを回って奏者を立たせた。そして何度目かの登場で遂にマイクを持ち、10年以上にも及ぶ京響での活動を総括した。アンコールに尾高の「子守唄」をもう一度、ということになり再び合唱団が登場、合わせてこのたび対談する2人の奏者への花束贈呈など、盛沢山の演出が終わったのは、もう5時を過ぎていたように思う。

最終公演と言っても広上は「別に今生の別れではない」とおどけ、これからもコンサートを指揮すると言う。そして遭えなく変更となったマーラーの交響曲第3番を、そのうちリベンジ演奏したいと宣言した。

公演が終わったら私は、一緒に出掛けた義妹としばしお茶をしたあと地下鉄に乗り、京都駅へと急いだ。コロナ禍であるというのに人でごったがえず地下街でお弁当を買い込み、新幹線「のぞみ」で東京までの2時間。心地よい余韻に浸りながら、新幹線から夜の車窓風景を眺めた。東京と関西を往復しながらコンサートに通うのは、ちょっとした贅沢である。でもなかなか捨てがたい魅力である。もうちょっと交通費が安ければいいのに、といつも思うのだが。

2022年3月18日金曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第966回定期演奏会(2022年3月10日サントリーホール、ミハイル・プレトニョフ指揮)

 「高い城」は峻厳に聳え、「モルダウ」は急流を下って大河となり、「ボヘミアの森と草原」はまるで飛行機から眺めるように広大である。「4度目の正直で実現」となった今回のミハイル・プレトニョフ指揮によるスメタナの連作交響詩「わが祖国」(全曲)演奏会は、引き締まったテンポと一糸乱れぬアンサンブルで、あっという間に私たちをボヘミアの大地へと誘い、聞き惚れているうちに終わってしまった。曲間の休息をほとんどおかず、丸で1つの連続した曲であるように演奏した結果、集中力は持続され、すべての楽器から深い息遣いと、明瞭な音色のコントラストが聞き取れた。

プレトニョフは東フィルととても良好な関係を保っているように思われた。プログラムによればその関係は、2003年から20年近くに及び、特に2015年からは特別客演指揮者の地位にあるという。今シーズンの定期演奏会にも、この3月に続いて5月にも登場する。しかしコロナ禍によって今回のプログラムは、3度に亘って延期されたようだ。私はそのことを知らなかったが、彼はプログラムをそのまま維持し、やっとのことで今回の演奏にこぎつけたのだ。演奏する側も聞く側も、それなりの思い入れがあっただろうと思う。だからというべきか、平日のプログラムにもかかわらず、客席は満席に近かった。

私にとってプレトニョフの演奏に接するのは2回目である。初回は彼がまだ若いピアニストとして名声をほしいままにしていた時期、丁度ソビエトが崩壊してロシアが混乱を極めていた頃に設立したロシア・ナショナル管弦楽団を率いての来日公演があった。だがここでの私の印象は薄い。どことなく慌ただしい演奏で、オーケストラのプレイヤーは実力者揃いであるものの、アンサンブルはまだ成長の余地を残していたように思う。混乱した政治情勢下で、自立して収入を確保することはたやすいことではなかっただろう。次々と落ちぶれてゆくかつての名オーケストラに代わって、新しい時代の息吹を感じさせてはくれたが、彼自身がピアノで見せる斬新さには及ばなかった。

そのピアニストとしてのプレトニョフは、私にとって瞠目のディスクだったベートーヴェンのユニークなピアノ協奏曲全集が何といっても記憶に残る。特に「皇帝」はこのブログでも触れた私の同曲の愛聴盤である。そこで聞かれる奔放でしかも考え抜かれた表現は、この曲の新しい境地を開いたようにも思う。この時プレトニョフは、ピアノがいい、と思った。CDではピアノ演奏に徹するためか、別に指揮者を置いている。

スメタナの「わが祖国」は、チェコにゆかりの演奏家によって演奏される以外は、あまりお目にかかることがない。愛国心の塊のような音楽に、なかなかアプローチがしにういのだろうか。我がコバケンも「プラハの春」でチェコ・フィルを指揮しているから十八番であるのは当然で、私もその演奏を一度聞いている。それ以外では、ピンカス・スタインバーグがN響を指揮した演奏が思い出に残っているが、いずれにしても曲の魅力を十全に引き出したその演奏は、曲の魅力を伝えて止まない名演だった。

そこにプレトニョフは、曲の魅力だけでなく、新しい演奏のアプローチを試みた。ロシア人の彼がボヘミアに寄せる思いはどういうものか、よくわからない。もしかすると同じスラヴ民族という共感が、彼のこの曲へのこだわりを形成しているのかもしれない。純音楽的な意味においても、この曲は魅力的である。「モルダウ」こそ有名だが、その他の交響詩、とりわけ後半の3つは、本来の重心がここにおかれるべき音楽的霊感に満ちたものである。全6曲中、私は「ボヘミアの森と草原から」が最も好きである。

プレトニョフの演奏は、俯瞰的にこの音楽を眺め、バランスの良い構成に仕上げていたように思う。そして彼の真骨頂は、従来の慣習にとらわれない曲の解釈と、メリハリの付けた音の構築にあると思う。テンポは常に少し早めでありながら、急ぎ過ぎている感じはしないのは、アクセントがきっちりと保たれ、力を入れる音と、少し抜く音が明確にされている。そのことが音楽に呼吸を与える。長距離ランナーが有酸素運動によって安定した走りを持続するように、彼の音楽は健康的で力強い。安定して集中力が維持される結果、演奏家も高度なソロ部分を雄弁に表現できるような気がする。「モルダウ」におけるフルート、「シャールカ」におけるクラリネット、「ボヘミアの森と草原から」におけるオーボエや弦のフーガなどである。

私はこれまでに聞いて来た「わが祖国」とは少し異なる新鮮なものをこの演奏に感じることができた。プレトニョフの指揮による東フィルの演奏が、これほどにまで人気があるその理由がわかったような気がした。同じ思いだった聴衆も多いのだろう。その熱烈な拍手に応えて、定期演奏会としては大変珍しいことに、彼はバッハの「G線上のアリア」をアンコール演奏した。この曲に、一体どのような意味が込められていたのだろうか?2年以上に及ぶコロナ禍を経験した社会への慰め、不幸にして亡くなった人々への哀悼、そして昨今のウクライナ情勢に端を発する平和への祈り。それぞれがいろいろな意味を考えたことだろう。弦楽アンサンブルが、ここでも見事なコントラストを見せながら、私はこんなに表情豊かで美しい「G線上のアリア」を聞いたことはなかったと思った。

とても速い演奏のように思えたが、終わってみると9時近くになっていた。赤坂アークヒルズの夜景も徐々に日常を取り戻しているように思える。明日からは休みを取って奈良、京都を巡る。古寺を訪ね、友人と会食を楽しむ予定である。京都では、広上淳一の指揮する京響最後の公演を聞くことも予定に入っている。早朝の新幹線に乗るため、早く床に就くことにしようと、足早に会場を後にした。

2022年3月9日水曜日

ジャパン・ナショナル・オーケストラ(特別編成)演奏会(2022年3月6サントリーホール、ギター:村治佳織、ピアノ:反田恭平、デスピノーザ指揮)

不祥事が絶えない東芝が、今でもクラシック音楽の普及に務め「東芝グランドコンサート」を年1回開催してくれていることは、誠に喜ばしいことである。今年でもう41回目となるこの冠コンサートに、私は久しぶりにに行くことになった。久しぶりと言っても1985年の第4回以来なので、40年近くの間隔が空いている。この時は若干30歳のサイモン・ラトルがフィルハーモニア管弦楽団を率いて来日公演を行った。

会場で売られていたプログラム(内容の割に1000円と高い。だが価格は昔と変わらない。これは何とかしてもらいたい)には、これまでのすべての招聘アーティストが記載されていた。私は第2回のコーロディ指揮ブダペスト・フィルと、第3回の小林研一郎指揮アムステルダム・フィルの演奏会にも出かけている。当時まだ高校生だった私にもチケットが買える海外からのオーケストラ・コンサートとして、大変貴重な存在だった。

そのコンサートが未だに続いていて、先日も社長が辞任したばかりの東芝が、このコンサートをいつまで続けてくれるのかわからないが、今年のプログラムは大変魅力的に思われた。まずオーケストラがスペイン国立管弦楽団(指揮はダービッド・アフカム)、と来ればプログラムはスペイン物が中心となり、その中に「アランフェス協奏曲」が含まれるのは当然のことである。このギター・ソリストが村治佳織である。一方、もう片方のプログラムには、昨年ショパン・コンクールで見事に第2位に輝いた反田恭平が凱旋公演を行うというもの。私は日程の都合から、日曜日にサントリーホールで行われる村治佳織の方を選んで、妻の分と2枚のチケットを買った。実は私にとって村治は、是非とも一度は聞いてみたい音楽家だったからだ。

東京・台東区生まれの彼女はまだ10代の頃から世界的に活躍し、東京でも数多くのリサイタルを行っているから、これまでに聞く機会がなかったのが不思議である。彼女がナヴィゲータを務めるFM番組は私も良く聞いていたし、CDでも数多く触れてきた。しかし2010年代に入って、彼女は大きな病気を患っていることを告白し、長い闘病生活に入った。これは私のとってもショックだった。丁度私も同じような闘病をしてきたから、他人ごとではないと思ったからだ。

その彼女が見事に復活し、再びCDや演奏会で演奏を披露することができるようになった時、私は大変嬉しく思ったのである。ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」というのも実演で聞いたことはないし、何せギターという楽器のコンサート自体、私にはこれまで縁がなかった。そういうわけで私が選んだプログラムに大いに心待ちにしていたのは、当然のことだった。

ところがアクシデントが発生した。折からのコロナ禍でスペイン国立管弦楽団の来日が中止になったのである。私の家にも郵便が送られてきたのは1月頃だった。他にも数多くのコンサートが中止を余儀なくされるような中にあって、もはやショックというよりは諦めに近い感覚が私を襲った。だが、よく読んでみると主催者がとった行動は大変喜ばしいものだった。何と2つのプログラムが融合し、2人のソリストによるそれぞれの協奏曲が、同じ舞台で聞けるというものだったのだ。もちろん希望すれば払戻しにも応じると書いてある。そして案内のよれば、冒頭にロドリーゴの「アランフェス協奏曲」(独奏:村治佳織)、後半にショパンのピアノ協奏曲第1番(独奏:反田恭平)、さらにはその間にメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」が演奏される、とある。意外にもずべての曲が、私にとっては初めて実演に接する曲である。

オーケストラは反田が主宰する「ジャパン・ナショナル・オーケストラ」なる団体を特別編成したものとなっている。指揮はイタリア人のガエタノ・デスピノーザ。これだけ盛沢山のプログラムとあっては、チケットをそのまま保持し、会場に駆け付けた人は大変多く、私にとってはコロナ禍にあって初めての満員の演奏会になった。会場に女性の姿が多い。東京マラソンが2年ぶりに開催された快晴の東京で、待ち遠しい春を感じるコンサートに、私はウキウキしながら足を運んだ。

村治佳織は赤いドレスに身をまとい、指揮台左手に備えられた椅子に腰かける。その前にはマイクがセットされており、指揮台の前にはスピーカーが。ギターという楽器の性質上、どうしても音量にバランスを欠く本作品において、独奏楽器の音量を補正することは半ば当然の措置であるようには思われた。

ギター独奏で静かに始まる序奏とオーケストラによる主題は、いつもながらこれから遠足に出かけるときのようなウキウキした気持ちにさせられる。村治は慣れた手つきで弾く。木管楽器を始めとしてオーケストラもなかなかうまく、若い演奏家が中心のこの団体の実力を感じさせる。第2楽章のコーダ部分が、染み入るように消えて行くと、おもむろに開始された第3楽章は再び心地よいリズムのロンドとなる。拍手に応えて彼女は、モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」という曲をアンコール演奏して客席に応えた。

メンデルスゾーンの「イタリア交響曲」は演奏の難しい作品ではないだろうか?本来はドイツ音楽ながら、イタリア風の流れるようなメロディーが主流を占める。この両者のバランスがどちらに偏ることなく両立する演奏を、私はアバドのもの以外に知らない。デスピノーザの演奏も悪くは決してないのだが、どことなく全体に力が入っていて、饒舌すぎるのか何なのかわからないまま曲が終わってしまった。先日聞いた井上道義を思い出す。どことなく似ているような気がする。

休憩に入った時点で1時間以上が経過し、後半はショパンのピアノ協奏曲のために舞台上にピアノが運ばれてきた。反田恭平が登場すると客席からひときわ大きな拍手が起こった。私も本来聞けないはずだった彼の登場に喜び、初めて聞くショパンの協奏曲に耳を傾けた。何度聞いてもこの曲は、胸が締め付けられるような青春の音楽で、紅茶とケーキの香りがする「ザ・クラシック音楽」と私はいつも感じている。

かつてよく指摘されたオーケストレーションの平凡さも、最近ではそれをカムフラージュする演奏が多く、感情を込めて弾くこの曲のオーケストラ部分もなかなか素敵な演奏が多い。そして今回の演奏は、そのようなオーケストラの真摯な共感に支えられて、ピアノが全く完璧に鳴り響く圧倒的な演奏だった。

私はこれまで、オーケストラの演奏と共演する数多くのピアニストの演奏を聞いて来たが、前評判に比してさほどでもないと感じた演奏は多い。これは運が悪かったのだと思っているが、今回聞いた反田の演奏は、過去のどの演奏よりも素晴らしく、そのダイナミックな表現がまるでベートーヴェンのように聞こえた。ピアノという楽器の力を十分に発揮しているのである。「ブラボー」が禁止されている会場で、オーケストラの終わるのを待たずして拍手が始まった聴衆の熱狂的な拍手に応えて、「英雄ポロネーズ」をアンコール演奏した。その表現がまたユニークで説得力があり、満場の拍手を再びさらうと、今度はマイクをもって話し始めたのである。

会場に再び村治佳織が登場し、今回偶然にも共演することになった同じコンサートのために、2人でアンコールをやるという知らせに、もう終わるのだと思っていた会場が再び沸いた。しかもそこにマエストロまでが登場、ピアソラの「アヴェ・マリア」を3重奏で演奏するというオマケが付いた。

コンサートが終わったのは5時前で、すでに3時間が経とうとしていた。スペインのオーケストラは聞けななかったが、それを補って余りある充実したコンサートに聴衆は満足した。休憩時間には曇っていた空が、再び明るく青くなった。いつのまにか5時を過ぎても太陽が残っている。春はもうそこまで来ている。ビルの合間に吹く乾いた心地よい風を頬に受けながら、家路についた。

2022年3月6日日曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第964回サントリー定期シリーズ(2022年2月25日サントリーホール、井上道義指揮)

今年は初めて東フィルの定期会員になった。東フィルのシーズンは1月から始まるから、10月までの計8回の定期演奏会をサントリーホールで聞く。今シーズンのプログラムはなかなか魅力的で、私好みの指揮者、そして曲が多い。仕事で行けなくなる日は、空いていれば同じ定期の別の会場に振り替えてくれる。そういうわけで、90年代にN響や読響の定期会員だった時以来、実に30年ぶりに特定のオーケストラの演奏を定期的に聞くことにした次第である。

定期会員になることのメリットは、何といっても1回あたりの料金が安いことだが、定期演奏会ほどオーケストラが真剣に取り組む演奏会はないのではないか、と思うほどに充実したものが多いということも魅力である。プログラムはオーケストラが特にこだわって選んだ選曲で、玄人好みのものが多いのも特徴だ。これとは別に開催される名曲プログラムが手抜きであるとは思わないし、有名曲をどのように聞かせるかを体験する楽しみもないわけではないが、過去の定期会員の経験から、初めて聞く曲、あるいは指揮者がこだわって演奏する曲こそが、プロの奏者の本領発揮、腕の見せ所となることが多いように思う。

定期会員になることで、1回だけの演奏会なら敬遠するプログラムでも否応なしにチケットが送られてくるので、無理にでも行く羽目になる。ところが上記の理由などにより、演奏が大変よかったり、初めて聞く曲の魅力を発見したりと、その意外性も含めてなかなか魅力的なのである。聞く側の姿勢と音楽に対する造詣が試される、という側面があるのだ。演奏する側も聞く側も、真剣勝負となる。

さて、そのようなわけで今年の東フィルの定期演奏会は、まず1月に名誉音楽監督のチョン・ミュンフンがマーラーの交響曲第3番を振る予定だった。ところがオミクロン株を主体とする新型コロナウィルスの蔓延を受けて(いや、正確に言えばそれに伴う入国制限措置を受けて)、このコンサートが遭えなく中止されてしまった。合唱団を含め、大変な調整が必要だったに違いなく、そのために練習を重ねてきた出演者の苦労を思うと残念でならない。

チケットは払戻しの対象となり、私は仕方なく次の2月の定期を待つこととなった。2月のプログラムは、指揮が井上道義で、彼はここのところ日本中のオーケストラから引っ張りだこである。しかし東フィルの定期への登場は6年ぶりとのことである。2年後に引退を表明している井上のこだわりの選曲は、いずれも20世紀の曲が並ぶというもの。まずエルガーの序曲「南国にて」(1904年)。次に今年生誕100周年のギリシャ生まれの作曲家、クセナキスのピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」の日本初演。そして最後に十八番のショスタコーヴィチから交響曲第1番。私にとってはほとんど初めて聞く曲ばかり。正直に言えば、定期会員になっていなければ、チケットをまず買うことのない演奏会であることを告白しておく。

まずもっとも作曲年代の古いエルガーの序曲「南国にて」がプログラムの最初である。といってもその冒頭が鳴り響いた時、気合十分の演奏に胸が熱くなった。丸でリヒャルト・シュトラウスの豊穣な曲を思わせるような感じ。私は「ドン・ファン」を思い出したが、「ドン・ファン」はこの曲の16年ほど前の作品である。

井上の指揮は饒舌で、派手な身振りで聴衆の目を奪いながら、丸でレーシングカーのようにオーケストラをドライブしてゆく。冒頭から全力投球なのが彼のいいところである。だがあまりに力が入り過ぎているのか、どのような曲かの輪郭がなかなかつかめないのも事実である。

この曲はそのタイトルが表すように、イタリアに題材を取った作品である。イタリアに滞在して新しい感化を受け、作品に残した作曲家は少なくない。エルガーも紛れもなくその一人だったということだが、ここで興味深いのは彼がイギリス人だということだろう。イギリス音楽と言っても、どちらかと言えば大陸風の、つまりはドイツ風の音色を持つエルガーの側面が良く出た作品だと思った。

1857年生まれのエルガーは、1903年に家族を伴って北イタリアの地中海沿いの町アラッシオに滞在した際に受けた霊感をそのまま音楽にした、と解説にはある。私はアラッシオにこそ行ったことはないが、イタリアの地中海岸沿いの街がどれだけ美しいかは、それになりに想像することができると思っている。どこまでも高い南ヨーロッパの太陽と、どこまでも深い地中海の、冷たく青い海が織りなすコントラストだけではなく、そこに住む人々の陽気さと哀しさ、そして食べ物や文化の豊かさ、遠い過去への思い、そのようなものが混然一体となって風景に溶け込んでいる。

「南国にて」はそのようなイタリアの多彩な光景が、熟達したオーケストレーションによって輝かしく描かれている。初めて実演で聞く曲だったが、中間に配置されたヴィオラの独奏による哀愁を帯びたメロディーなど、聞いていて多くの発見があった。東フィルの各楽器の秀逸な表現も特筆すべきだと思うが、あまりに語ることが多くてエネルギーが絶えず押し寄せてくる様に、私は少々戸惑った。

2番目のプログラム、クセナキスのピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」については、私は何を書いてよいのかわからない。1986年に初演されたこの作品の日本初演ということだが、まず驚くのは冒頭からの騒音のような開始である。ここで何が示されているかは、解説がないとよくわからない。標題付きであるとは言え、絶対音楽である。そこでクセナキスのとった方法は、数学的な理論に基づく音楽の構成である。

工学を志したギリシャ生まれのクセナキスは、彼独特の確率論や図形の論理を楽譜に持ち込んだ。そこでピアノがどの程度「楽譜」によって導かれているのか、よくわからない。大雑把に聞いた感想で言えば、この曲はピアノ協奏曲というよりは、「管弦楽のための協奏曲」といった感覚だった。ピアノが隠れてしまい、むしろ独奏楽器が順番に活躍する。ピアノはまるで勝手にオーケストラと交わりながら、独自の音色を奏でているように思う部分も少なくない。

この「音のバラマキ」のような曲のピアノを担当するのが、大井浩明というピアニストで、私と同年代。しかも工学部に学んだという異色の才能の持ち主。やはり工学部に進んだ私と同じ関西の出身だが、実にこれまでそんなピアニストがいたことを知らなかった。京大を中退するまで彼は、大学のオーケストラでチェロを弾いており、その時に井上が指揮をした時のエピソードなどが解説に掲載されていて大変興味深いが、もっと驚くのは彼が独学でピアノを習得し、それがヨーロッパで認められていることだろう。クセナキスの3つのピアノ協奏曲を、彼が初めて世界で演奏したということになるそうだ。

そんな現代音楽を聞きながら、いろいろなことを考えている間もなく、音の洪水にまみれ気が付いたら音楽が終わっていた。やはり井上が好みそうな曲だなと思った。

後半はショスタコーヴィチ。井上の十八番で、全曲演奏も残している交響曲の最初の作品を井上は思いを込めて演奏したに違いない。若干19歳のショスタコーヴィチは、この複雑極まる音楽をロシア革命のさなかに書き始めたということだろうか。丁度、この日はロシア軍がウクライナに侵攻したまさにその日で、井上は終演後に客席に向かってこう言った。「戦闘は舞台の上だけにしてほしい」。

兎に角この日の演奏の素晴らしさは、東フィルの技量によるところが大きいように思った。ショスタコーヴィチに至っても、舞台上に一斉に並んだ大オーケストラが、常に緊張感を保ち続け、全力投球で挑んだ演奏会。井上の指揮は饒舌すぎて、私はいつも戸惑うのだが、さすがはショスタコーヴィチだと思った。今シーズンの最初の定期演奏会が中止となり、出鼻をまたもやくじかれた2022年の幕開きとなった今回のコンサートは、指揮者も独奏もオーケストラも一体となった演奏会だった。

このような20世紀の曲ばかりを並べた演奏会にもかかわらず、客席は結構な人手だった。何度も舞台に呼び出される井上は、定期演奏会としては異例のアンコールでこれに応えた。「南国を題材にしたもう一つの曲」としてヨハン・シュトラウスのワルツ「南国のバラ」からの後半を、彼は踊りながら演奏したのである。絶妙なワルツのリズムを巧みに表現する、この時に見せた井上のおどけたような指揮から、彼の「ニューイヤーコンサート」も一度聞いて見たいと思った。誰よりもナルスティックな指揮者である井上は、彼独特のおどけた表現でこれを指揮するに違いなく、そのような方面の音楽は、彼のもっとも良い側面を表すに違いないと思った。次に井上ミッキーで聞くべきは、ポピュラー・コンサートである。

2022年1月21日金曜日

ブランデンブルク協奏曲(全曲)演奏会(2022年1月19日サントリーホール)

J.S.バッハの最高傑作のひとつ、ブランデンブルク協奏曲については、クラウディオ・アバドの指揮する録音と映像が素晴らしく、私もこのブログで書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2014/09/j-s-bwv1046-1051.html)。しかし恥ずかしいことに、この曲を実演で聞いたことはなかった。全6曲を一気に聞く演奏会というのにも、なかなか出会えるものではない。ところが先日もらったチラシの中に、そういうコンサートの案内が入っていた。

「ニューイヤーコンサート」と題されたその案内には、「日本古楽界を牽引する特別合奏団が奏でるバロック管弦楽作品の最高峰」と書かれていて、コンチェルト・ケルンのコンサート・ミストレスを務める平崎真弓の写真が中央に掲げられていた。その他の独奏陣もみな、国内外で活躍する我が国を代表する古楽奏者たちで、彼らが勢ぞろいするコンサートのように思われた。私も仕事の都合がつけば行こうと思っていたが、なかなか予定が決まらない。ところがその2日後にも出かけようとしていたチョン・ミュンフン指揮の東京フィルの定期演奏会(マーラーの交響曲第3番!)が、新型コロナの影響で何と公演中止と発表されてしまった。こうなるとどこにも行けないのは淋しいから、やはり行くしかない。

と、いろいろ迷っているうちに前売りも終わってしまい、当日の夕方までシステム障害に追われる羽目になった時にはもう諦めざるを得ないかと思っていた。しかし事態は公演開始45分前に好転し、目途が立ってきた。以降の対応は若い人に任せて私はコンサートに行ける!オンライン会議のメリットを生かして打合せ中に着替えを済ませ、公演30分前に家を出た。私の家からサントリーホールまでは、タクシーで15分もかからない。

当日券がなければ諦めようと賭けに出たのだが、実際には多くの席が売れ残っており、1階のA席を確保することができた。そして会場に足を踏み入れようとしたとき、何とポスターの中心人物が平崎真弓から新日フィルのコンサートマスターを務めた豊嶋恭嗣に代わっていることを発見したのだ!配られたプログラムに「お詫びとお知らせ」が挿入されており、他にもリコーダーの伊藤麻子、ヴァイオリンの朝吹園子の計3名が、オミクロン株の水際対策強化(いまさら必要なのか?)により帰国できなくなり、奏者が代わると発表されていたのだ。

ただそれでも、開演にこぎつけた関係者の努力はいかばかりだったろうかと思う。そして何より音楽を聞く喜びを味わうことができるだけでも良かったではないかと思った。今日のコンサートはある企業の主催ということもあって、会場の雰囲気も少し違う。そして何故かネクタイを着用したスーツ姿の人が多い。プログラムによれば、最終的な出演者は以下の通りである。

豊嶋泰嗣(ヴァイオリン/ヴィオラ)※ゲスト
西山まりえ(チェンバロ)
菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
福川伸陽(コルノ・ダ・カッチャ)
藤田麻理絵(コルノ・ダ・カッチャ)
荒井豪、森綾香、小花恭佳(オーボエ)
宇治川朝政、井上玲(リコーダー)
永谷陽子(ファゴット)
廣海史帆、小玉安奈、原田陽、髙岸卓人(ヴァイオリン/ヴィオラ)
丸山韶(ヴァイオリン/ヴィオラ)
懸田貴嗣(チェロ)
エマニュエル・ジラール、島根朋史(チェロ/ヴィオラ・ダ・ガンバ)
角谷朋紀(ヴィオローネ)

そして、ブランデンブルク協奏曲は前半に第1番ヘ長調、第4番ト長調、第3番ト長調が、休憩を挟んだ後半に第5番ニ長調、第6番変ロ長調、そして第2番ヘ長調という順番に演奏される。それぞれ曲毎に演奏者の人数と配置が入れ替わり、都度、係員が出て譜面台などを運び、各曲の開始前にはチューニングが念入りに行われた。

第1番の出演者が最も多く、曲も華やかなのだが、この曲だけ第4楽章まであって長い。そしてその第1音が鳴った時、私はちょっと音の弱さに戸惑った。古楽器ばかりということもあり、どうしても音量が小さい。だがもしかすると、これは会場の問題ではないかとも思った。音楽の規模から言ってサントリーの大ホールは少し大きすぎるのである。最初はちょっと硬さも感じられたが、直ぐに耳は慣れ、次第に音楽が流れてくるようになった。テンポは幾分速めで、そのことによって緊張が程よく続く。さすがだと思った。そして楽器から楽器への受け渡しが次々と行われ、見ていて楽しい。やはりこの曲の演奏は目で見たいものである。

第1番では冒頭に、コルノ・ダ・ガッチャという楽器が2人登場する。この楽器はホルンのようなもので音が横に向かって出るのだが、舞台左手に並んでいたためこの楽器の音色が目立つこととなった。この曲は「狩のカンタータ」からの引用で、牧歌的な音色がするこの楽器を強調する部分が多く、今回もそれが見事に意図されていたように思う。ところが、この2人は曲の後半になると舞台右手に移動し、オーボエの後に並んだ。弦楽器と管楽器の掛け合いを楽しんでいるうちに、第1番は終わってしまった。

続く第4番と第3番はいずれもト長調だが、まず第4番では2人のリコーダーが登場し、有名なメロディーで始まる。規模の小さいこの第4番では、2人のリコーダーと独奏ヴァイオリンのみが活躍する明るく伸びやかな曲(残りは他の弦楽器と通奏低音)。特に第3楽章ではヴァイオリンの活躍が目覚ましい。一方、第3番は弦楽器のみの曲で、管楽器のない世界だがチェンバロの心地良いリズムに酔いながら、気持ちよく聞ける曲である。

後半の冒頭に第5番のメロディーが流れるように始まった。ザ・ブランデンブルク、とも言うべきメロディーが、心地よい速さで進み、チェンバロの軽妙なリズムが時おり見え隠れしながら、菅きよみの弾くフラウト・トラヴェルソの響きが伸びやかに歌う。リコーダーの透明な音もいいが、フルートの原型のようなこの楽器からは、ややくすんだ音色が聞こえる。この曲は楽器の多彩な組み合わせをリズムに乗って楽しむことができるバロックの最高峰の管弦楽作品という、チラシの謳い文句がその通りだと納得する。それにしてもこの第5番におけるチェンバロの活躍は目覚ましく、これを全曲出ずっぱりの西川まりえの安定した響きに酔いしれた。

続く第6番は比較的規模が小さく、そのことによってプログラムの最後に置かれることは少ない作品である。そしてヴァイオリンが舞台から消え、2人のヴィオラ、2人のヴィオラ・ダ・ガンバが並ぶ。2人のヴィオラは、ヴァイオリンから持ち替えた豊嶋泰嗣と、ピンチヒッターで登場した原田陽が最前列に、そして実に心地よく体をゆらすチェロの懸田貴嗣が正面のちょと後に構える。中低音の弦楽器ばかりの第6番を、私はことのほか好む。

最後になった第2番は、第1番の次に規模が大きいのではないかと思うのだが、ここで再びコルノ・ダ・ガッチャが登場する。ブックレットによれば福川伸陽は、世界的な奏者でN響の首席にも在籍していたそうである。そしてこの第6番には、さらにオーボエやリコーダーなどの管楽器も混じる。プログラムの最後を飾る華やかな曲が、ふわっと宙に浮くような感じで終わったときには、2時間半に及ぶこのコンサートが、あっというまに経過してしまったことを淋しく思うのだった。

舞台にはさらに他のメンバーが再登場し、アンコールがあることをうかがわせた。そして同じバッハの管弦楽組曲から、有名な「G線上のアリア」が演奏された。拍手に応え、すべての奏者が舞台に勢ぞろい。地味だが心が温まるコンサートが、無事終了した。軒並み出演者が変更される中で、オミクロン株の新型コロナ感染者数は、ここのところうなぎのぼりに増えている。いつまた、音楽が日常的に聞けなくなる日が来ないとも限らない。そう思うと、今日のコンサートもまた、大変貴重なものだったと実感する。

2022年1月12日水曜日

第65回日本赤十字社献血チャリティ・コンサート(2022年1月8日サントリーホール、Vc:上野通明、広上淳一指揮東京都交響楽団)

昨年の10月に、私は都響の定期でドヴォルジャークのチェロ協奏曲を聞いている(サントリーホール)。この時のソリストは佐藤春真で、彼は2019年にミュンヘン国際コンクールに優勝した新鋭のチェリストとしてドイツ・グラモフォンからブラームスの作品をリリースするなど、その活躍ぶりが目覚ましい(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/11/39320211020.html)。

ところが丁度この頃、もう一人の日本人チェリストが何とジュネーヴ国際音楽コンクールに優勝したニュースを耳にした。上野通明はパラグアイで生まれたチェリストで、数々の世界的コンクールを総なめにしてきているが、ジュネーヴとなると別格でもある。そしてその彼が凱旋公演を行うことになり、最初がソニー音楽財団の主催する日本赤十字社チャリティコンサートだった。

私はこの公演のことを12月に知り、さっそく妻の分と2枚のチケットを購入した。オーケストラも佐藤の時と同じ東京都交響楽団で指揮は広上淳一。広上は昨年11月に、やはりここサントリーホールにて京都市交響楽団の演奏会を聞いているので、立て続けである。しかもこの時はベートーヴェンの第5交響曲を聞いているから、年末の第九、今回の第7番とベートーヴェンのシンフォニーが続く。私は白血病の患者として過去に何度もの輸血で命をつないでいるから、日本赤十字社のチャリティというのも嬉しい。音楽を聞くだけで、募金ができるというわけである。

2人の新進気鋭のチェリストによりドヴォルジャーク、広上の楽天的で目一杯楽しい指揮、ベートーヴェンの奇数交響曲、そして都響のサントリー公演。こうも同じ傾向が続くとどうしても比較をしたくなるところだが、音楽は繰り返し聞くこともできず、聞いている席も違うし、第一聞き手のコンディションも日によって違うので、あまりそういうことに意味はない。ただ2人の演奏は対照的で、どちらも素晴らしく、そして感動的であったことは確かである。

今回はA席ながら1階席前方で、ソリストも指揮者もよく見える。スラリとした体形によれよれのジャケット、もじゃもじゃの頭髪。その第1音を聞いた時、物凄いエネルギーで耳に押し寄せてきた。たった1台の低音楽器からこんなに豊穣な音波が発生するのかと思った。佐藤春真のときは2階席真横だったので比較はできないが、上野通明のチェロの存在感は圧倒的でさえあった。

ドヴォルジャークのチェロ協奏曲の骨格を良く理解し、体に染み込んでいるのだろう。流れ出る音楽は時にゆっくりとフレーズを取り、貫禄も十分である。広上の指揮がこれを好意的にサポート。終楽章はいくぶん勢いが出て、若さゆえか粗削りになる部分もないわけではなかったが、それでも音楽がうねって盛り上がり、チェロとオーケストラが織りなす競演に興奮さえ覚えた。都響は昨年10月の佐藤春馬の時(指揮は小泉和裕)よりも上手いと思った(特に木管)。

佐藤のチェロは繊細で、それも素晴らしかったのだが、上野のチェロはむしろエネルギッシュだと思った。音も根太い。だがこういう印象は、聞いた場所、競演した指揮者によって違う効果と区別がつきにくい。私は実演で、あのドボコンが聞けるというただそれだけで感激するたちだが、今回の上野のチェロは、私をノックアウトした。アンコールで演奏されたバッハの無伴奏から第1番の「クーラント」がまた素晴らしかった。この無伴奏は丸でヨーヨー・マのように速く開放的で、音色も美しかった。

休憩を挟んでのベートーヴェンは、第1音を聞いた時から広上の心地良いアクセントに驚かされた。この第1音はずっしりとドイツ風の重厚さを強調する場合と、明瞭で強い場合(ハンガリー風とでも言おうか)があるが、広上は後者である。これがモダンな雰囲気を醸し出すのだが、陽気で広がりのある音楽は、今回も私の心を捉えて離さなかった。

時に飛び跳ねるかのような指揮は、この音楽がダンスの権化であることからもわかるように、広上にマッチしている。時にソロを弾く木管楽器の巧さも光るし、第2楽章の歌謡風のメロディーも耳に心地よい。第4楽章に至ってはオーケストラも大変な熱演で、1階席前方からは指揮者と弦楽器の第1列しか見えないから、視線は自然と指揮に釘付けとなる。

聞きなれた第7番も、実演で聞く機会が多いかと言えば、私の場合そうでもない。だが今回の演奏は過去の300回あまりのコンサートの中でも上位10%に入る出来栄え、そして感銘度だった。私は昨年のマーラーで広上のファンになってしまったから、春の京都で開催されるマーラーの交響曲第3番も出かけて行こうかと考えている。

興奮のうちに終楽章が終わって、何度も舞台に呼び出される指揮者の後ろから、打楽器奏者が入場。良く見ると弦楽器奏者の譜面台にもう一枚、楽譜が置かれている。新年のコンサートに相応しく、アンコールとしてヨハン&ヨゼフ・シュトラウスの「ピツィカート・ポルカ」が演奏された。外連味たっぷりのリズムに合わせ、弦楽器ばかりが一斉に弦を弾くと、その響きは乱れることなく会場にこだまする。やはりこの実演の空気感は、どんな再生装置でも再現できないだろう。

チャリティ・コンサートと銘打った名曲ばかりのニューイヤーコンサートだったが、独奏、指揮、オーケストラとも大変な熱演、そして名演だったことはとても嬉しい。今年、2022年がどうか良い年でありますように、と会場に居合わせた全員が思ったに違いない。そういう時だからこそ音楽は社会にとって必要不可欠であり、演奏会も決して不要不急なものではないことを、ここ何回かのコンサートで実感している。

2021年12月19日日曜日

東京交響楽団演奏会・第172回名曲全集(2021年12月18日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:秋山和慶)

本当に感動的なコンサートは、あとあとまで余韻が残るものだ。今年最後のコンサートに、年末の「第九」を選んだ。久しぶりだった。今年は妻が「第九」を聞きたいと言ったからだ。ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を聞くのは、2018年末のNHK交響楽団(指揮:マレク・ヤノフスキ)以来3年ぶりである。コロナ禍で多くのコンサートが中止となった昨シーズンから年月が経ち、ようやく日常が取り戻せるようになってきた今年の締めくくりに、「第九」ほど相応しい作品はない。

ところが「第九」は人気作品であって、どの公演も満員御礼となることが多く、今年も例外ではなかった。各オーケストラが短い期間に演奏を競い合う中、やや惰性的で散漫な演奏も少なくない。今年のコンサート情報を眺めながら、私たちが行くことのできる日程(それは週末に限られる)と会場から、売れ残っているチケットを探し始めたのが11月のことであった。

幸なことに、東京交響楽団が名曲全集と銘打ったシリーズの中に、辛うじて席を探し出すことができた。とはいえまだクリスマスも1週間後に控えた12月18日。年末の雰囲気には少し早すぎる。これは各公演の中でも最も早いもので、東京交響楽団でもこのあと30日まで断続的に「第九」公演が続く。しかし早くも冬休みに入った高校生の息子に尋ねると、しぶしぶ「行く」と答えた。何でも「オミクロン株」なる新しい変異型コロナウィルスが世界を席巻しつつある中、いつ何時再度ロックダウンという事態も起こりかねない。行けるなら早い方がいい、というのが私たち家族の結論だった。

14時前に会場へ赴くと、すでに大勢の人でにぎわっており、公演情報を映した掲示板にはチケットはが売切れと表示されていた。ホールはすでに満席の状態で、こういう光景は久しぶりのことである。あらためて「第九」の人気に驚くが、やはり今年はちょっと気分が違っているのかも知れない。昨年にも「第九」の演奏がなされたのかは知らないが、まあそんなことはどうでもよい。指揮はこの楽団の音楽監督である秋山和慶。1941年生まれというから御年80歳。私の父とほぼ同年代である。先日(12月4日)ここ川崎で、彼の指揮する洗足学園のオーケストラによるサン=サーンスを聞いたばかりだが、学生オーケストラとは思えない落ち着いた名演奏で、私は息を飲んだほどである。この他にもかつて、東響でマーラーの「嘆きの歌」の名演に接している(もっと古いところでは1989年に神戸でN響公演を聞いている)。

秋山の指揮は私にとって、とても印象深い名演の記憶ばかりである。非常に端正でオーソドックスながら、洗練された美しい響きで新鮮な印象を残す。外面的な効果を狙うわけではなく、音の重なりの微妙な違いをきっちりと表現し、どのフレーズも次につながる時に停滞したり、急ぎ過ぎたりしない。こういうちゃんとしたところは、素人の私が聞いていても大変よくわかるし、几帳面であるものの堅苦しくはなく、むしろモダンである。思えば小澤征爾と始めたサイトウ・キネン・オーケストラの初回の演奏会には、彼が小澤と交代で指揮をしていた記憶がある。桐朋学園における斉藤秀雄の門下生ということになる。もっとも小澤は1935年生まれだから、6歳ほど年下ではあるが。

プログラムの最初にワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲が演奏されるというのも、今となっては大変古風でさえあり、私などは大いに好ましいと感じる。そもそも「第九」のみでは、何か損をした気分になるのだが、ここにワーグナーを持ってくることで、「第九」から最も啓示を受けた作曲家のひとりにスポットライトを当てる。

だがその演奏は、残念ながらオーケストラの試運転状態といったところ。私の席からは、丸でおもちゃのような音がしていた、と書けばちょっと気の毒だが、アマチュアに毛の生えた程度の演奏に思えたのは私だけではなかったようだ。クライマックスのシンバルが少し早すぎたように感じたし、それは1回だけではなかったので、「第九」の時にどうなるのかちょっと心配になった。

休憩なしで「第九」が始まった時、合唱団とソリストはまだ舞台に上がっておらず2巻編成のオーケストラのみ。向かって左手から第1・第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの順。右手奥にコントラバス。一方、打楽器は左手奥に並び、ちょっと私の席からは見えにくい。この会場は舞台で死角となる部分が、座る席のよって多いのが残念である。また残響が大きく、私の好みとはやや異なる。しかも縦に高く、席は非対称というのも変わっている。この結果、3階席以上となると見下ろす感じとなる上に、間接的な音波のみを聞いているような感じがする。今回はS席2階だったので直接波を聞いている感じがしており、こういう状態で「第九」を聞くのは、もしかすると初めてではないかと思った(正確にはサイモン・ラトルの指揮でウィーン・フィルの「第九」を聞いているのだが、どういうわけかこの時の印象がぼやけている)。

オーケストラから緊張が感じられたのは第1楽章を通しても変わらなかった。決して間違いを犯すわけではないのだが、まだ固く、アンサンブルの溶け合い具合が定まらない。これは実演でよくあることで、仕方がないのだが、この後どうなるかというところがとても大事である。それにしても「第九」というのは長い曲だなと改めて感じる。

第2楽章に入って、オーボエを始めとするソロ、ティンパニの活躍を含む長いスケルツォが進むにつれて、ようやくエンジンの調子が良くなってきたように感じたオーケストラは、第3楽章のアダージョをとても美しく弾き切った。目を閉じると、各パートが管楽器と重なる時の音色の変化がとてもよくわかる。これはやはり実演で聞いてこそ感動的である。録音・調整された音が鮮明に各楽器を捉えているのは当然のことだが(そうでないものもある)、ライブで見ながらこれを実感するのは、驚異的なことだと思う。

まだ録音技術がなかった今から200年前に書かれ、その後多くの作曲家に底知れぬ影響を与えた「第九」は、おそらく実演で聞いた時の感動たるや、想像を絶するものだったに違いない。アダージョ楽章の、管楽器がしばし揺蕩うひとときを経て一気に3拍子で流れを変え、ピチカートでクライマックスを築く時の変化は、この音楽の分岐点としてその後に続く「新しい音楽」への序章でもある。ここを境にして、今日の演奏もまた、大きく飛躍を遂げたと感じたのは私だけではなかったようだ。

間を置かず第4楽章に突入するのが近年の流行りだが(そのため、合唱団とソリストは第2楽章と第3楽章の合間に登場した)、この理由は、やはり第3楽章の「頂点」から一気に下るスピード感に弛緩を許したくないからだろうと思った。第4楽章の最初に各楽章の回想シーン(とその否定)があることから、私は長年、第3楽章のあとに「切れ目」があると思っていた。だがそうではないのだ。

低弦楽器のよっておもむろに「歓喜の歌」の旋律が流れてきたとき、今日の演奏はとてもいいものになると確信した。各楽器が右から左へと重心が移り、その変わる様を「生のステレオ」効果によって実感することができる。そしてついにバリトンが大声で宣言する。「おお友よ、もっと喜びに満ちた歌を歌おう!」

今日の歌手は全員日本人で、バリトンは加耒徹。その声は大音量をもって会場にこだまし、この音楽の際立った目印を示した。「やるな」と思った。決定的な宣言が音波を通し、震えるようなエネルギーとなって体に共鳴を与える。雪崩を打つように合唱団が、ソリストが歓喜を歌う。総勢40人程度しかいない新国立劇場合唱団の、何と見事なことか!ソプラノの安井陽子が、負けじと大声を張り上げる。彼女の歌はもはや誰の耳にも明確に聞こえ、メゾ・ソプラノの清水華澄も円熟の音楽性だ。

長いフェルマータも、秋山は無駄に伸ばしたりはしないあたりが、演奏に程よいストレスを持続させるのだろう。行進曲でテノールの宮里直樹が、これでもかと歌う声はまだ若くて張りがあり、そのことがとてもいい。フーガに突入するオーケストラ、そして大合唱。「第九」の聞きどころは続く。

だが、本日最大の聞きどころは、このあとコーダに入るまでの、天国的な空間に分け入る部分だった。厳かで畏敬の念を感じさせる「第九」の真骨頂を、その通り示したのだ。これは私の「第九」経験史上、初めてのことだった。4人の歌手と合唱が一体となって神を賛美し、人類の歓喜を鼓舞する。ここが「第九」最大の聞きどころだとわかってはいても、そう感じる演奏にはなかなか出会えるものではない。CDやビデオの場合は、ここまで集中力をもっておかないとよくわからなくなってしまう。ライブの場合では、客席を含めもっと数多くの要素が絡む。

消え入るような歌唱に続いてコーダになだれ込む「第九」の最後は、もうどうでもいいような歓喜の中を突っ走る。秋山の指揮は、その状況でも合唱とオーケストラのバランスを鮮明にし、テンポをやや抑え、そこはかとない効果を指示することを忘れない。これは練習通りにやったためでのことかも知れないが、さらに白熱した演奏ぶりは指揮からも十分に感じ取れる。

正攻法の「第九」を久しぶりに聞き、「音楽」を味わったと思った。満場の拍手は途切れることなく続いた。舞台最前列に登場した4人のソリストが、次のカーテンコールでは元の位置(合唱団の最前列)に上がった時、まさかアンコールが演奏されるとは思わなかった。緊張が解けて、最高のアンサンブルに成熟したオーケストラから充実した響きが流れてきた。合唱が重なると、それはあの有名なスコットランド民謡だった。私は感涙し、体の震えが止まらなかった。これほどにまで美しい合唱を聞いたことがない。その震えは暫く続き、涙で舞台が見えにくくなったと思っていたら、照明が少しずつ消えて行き、最後には指揮とコンサートマスターのみを照らし出した。「蛍の光」を歌う合唱団とオーケストラのメンバーがペンライトを持っている。このまま続けて第2番の歌詞も聞いていたいと思ったら、音楽は終わってしまった。だが思いがけない年末のプレゼントに、会場は再び沸いた。

このような企画は、最初から予定されていたのだろう。毎年恒例の行事かも知れない。けれどもそうとは知らない私たちは、この光景に大いに感激し、初めて味わった「第九」の見事な演奏にしみじみととした余韻の時間を過ごした。たった1回限りの音楽は、それが名演であれば、はかないながらも説得力のあるものとなる。「第九」の感動によってワーグナーは、ベルリオーズは、ブルックナーは、そしてマーラーまでもが作曲家になる決意をした。その力は、こういうことだったのか、と思った。また来年も、このコンビによる「第九」を聞きたいと思った。心温まる感動を残しながら私たちは、師走の川崎の街をあとにした。

2021年12月12日日曜日

東京交響楽団第84回川崎定期演奏会(2021年12月5日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:ジョナサン・ノット)

フランス人ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュが病気のために来日できなくなり、今回の東京交響楽団の定期演奏会でブラームスを弾くピアニストに変更が生じた。だがそれは珍しいことではない。コロナ禍に見舞われて以来、中止となった演奏会は数知れず、開催できたとしても無観客。そもそも聴衆を入れないコンサートなんてほとんど意味がないんじゃないの?と思っていたが、それも今年に入って少しずつ緩和され、聴衆を入れたコンサートが日常に戻ってきた。アーティスト、特に来日する外国人音楽家には高いハードルがあり、感染の状況によっては長い隔離期間が必要だったりしてなかなか思うような日程が組めず、結局、代役に交代というケースが続出する。日本人にも素晴らしい世界的演奏家が多いので、最初から日本人を中心とした演奏家によるプログラムが組まれることも多くなっている。だからアンゲリッシュが来日できなくなったと聞いても、さほど驚きはなかった。では誰が代役を務めるか?

アンゲリッシュのキャンセルが発表されたのは11月5日、そして代役の発表が18日にホームページであった。それによれば何と、丁度来日中だったドイツの巨匠、ゲルハルト・オピッツとなっているではないか!プログラムはブラームスのピアノ協奏曲第2番。「ピアノ付き交響曲」とも言われるこの長い(50分)曲を、急な登板で弾き切るピアニストなどそうそういるわけではない。だがオピッツはそれを引き受けたようだ。そうなると余ったチケットを何としても手に入れたいと思うのが人情というものだろう。ところが実際は、当日券が沢山余っていた。定期演奏会は前日のサントリーホールのものと合わせて2回ある。しかし私はすでに音楽大学オーケストラのコンサートが前日にあるので、迷わず川崎定期にやってきたのだった。

オピッツは親日家として知られ、NHKのピアノ講座も担当したドイツ正統派の巨匠である。ケンプを師匠とすることもあり、ベートーヴェンとブラームスに特に定評がある。メジャーレーベルに数多くの録音もある。オピッツは丁度日本ツアーの最中で、リサイタルを中心に11月から来年1月にかけて3か月もの間我が国に滞在し、各地でリサイタルなどを開くようだ。そしてそのスケジュールの合間にすっぽりと収まる形で今回の代役が決まったのだろう。

それでもブラームスの2番コンチェルトは宇宙的に長く、よほどいい演奏で聞かないと音楽の緊張が持続しない散漫な演奏になる。これは録音されたものでも言える。私は何枚かのCDを持っているが、ことこの曲に限っては捉えどころがないと長年思っていた。実演で聞いた過去の演奏会でも、なかなか忍耐の要る曲である。オピッツは曲目を変えることなく、そのままブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾く。会場に現れただけでも総立ちで拍手したいところだったが、そこはコロナ禍でのコンサートである。客席は思い切り熱い拍手をする。

ホルンの調べに乗って冒頭のピアノのメロディーが静かに流れ始めた時、ああやはりこれはブラームスの音だと即座に感じた。そして次々と紡ぎだされゆく音楽に、私は丸でこの曲を初めて聞くような感覚を覚えたのだ。これはどうしてか。もしかするとそれは、これまでに聞いた実演の聞く場所が良くなかったからではないか。とてつもなく広いNHKホールの3階席が、若い頃の私の指定席であったことを思えば、それは納得ができる。そしてCDについては、たった2枚しか持っていない。このCDを真剣に聞きこんだ記憶がないのだ。つまり、私はこの名曲の良さを知らずにここまで来たということだ。長すぎるというのも理由の一つで、CDではどうしても忙しい日常から抜け出せていないし、かといってコンサート会場の安い席では、どうしてもこのような精緻な曲の良さを味わうのは至難の業である。

そういうわけで、私はミューザ川崎シンフォニーホールのオーケストラの真横の席であるにもかかわらず、はじめてピアノが管弦楽と見事に融合してブラームスの音色を出すのを初めて聞いた気がした(興味深いことにこのホールは、オーケストラを正面に見る席は比較的少なく、それは随分高い位置にあるので、その代わりに真横や裏手からオーケストラを見るしかない)。

オピッツが弾くブラームスの1時間は、私にとって至福の時間だった。それが特に感じられたのは、やはり第3楽章のチェロ独奏を伴った静かな楽章だった。ここで私はやはり恥ずかしいことに、楽章の冒頭と最後でチェロの独唱がこんなにもピアノと絡み合うということを発見するのだが、この雰囲気こそまさにブラームスで、それがコンサート会場で再現される様を間近で見ることと、そのような時間を過ごすだけの精神的なゆとりの時間が、とても嬉しくて泣けてきた。兎に角この曲をここまで味わったのは私は初めてのことで、これまで敬遠してきたこの名曲の録音をいろいろ聞いてみようと思った次第である。

さて、休憩を挟んで演奏されたのは、ポーランドの作曲家、ルトスワフスキの管楽器のための協奏曲である。1954年に書かれた30分ばかりの曲ながら、数多くの楽器がはちきれんばかりに鳴り響く。東京交響楽団が全力投球、真っ向勝負するのを指揮するノットは、何と完全暗譜である。そして割れんばかりの拍手に相当満足した様子で、観客の隅々にまで手を振り、何度もカーテンコールに呼ばれては各楽器のセクションの合間を回ってソリストを讃える。その時間が永遠に続いた。オーケストラが去っても指揮者が呼び戻されるのは、定期演奏会では珍しいが、それでも大名演の時にはあり得ないわけではない。ところが、それが2度ともなると私の記憶する限り初めてのことであった。

それほどにまでこの曲に感動した人は多かったようだ。最近ではTwitterで感想を短くつぶやく人がいて、それがリアルタイムでわかるという面白さがあるのだが、昨日と今日の定期を合わせて、このルトスワフスキの演奏に感激している人が非常に多い。しかし私にっとって、この曲は初めてだった。だからどうしても、客観的に評価しにくいのだが、言えることはオーケストラが、この難曲をかなりの自信を持って、しかもすこぶる快速に弾き切ったことである。これは相当な練習量と技量が伴っていないとできないことのように思われる。今日の東響には、それだけの実力があるということの証拠でもある。

東響の定期は、先月のウルバンスキが指揮したシマノフスキに続き、ポーランドの作曲家の作品が並んだ。2日続きの演奏会だったが、やはり昨日の学生オーケストラとは違いプロは上手いと思った。そしてコンサートは、前の方で聞くのがいいとも思った。貧乏な若い時は仕方なく3階席の後で聞いていたが、これでは演奏だけでなく、曲の魅力も伝わりにくい。だから、もう迷うことなく前の席に座ろうと思う。

2021年12月10日金曜日

第12回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2021(国立音楽大学オーケストラ、洗足学園音楽大学管弦楽団、2021年12月4日、ミューザ川崎シンフォニーホール)

生で聞く音楽は本当にいいものだと思う。それは演奏の良し悪しに関係なく、メディア再生によるものでは到底味わえないレベルのものだ。理由は簡単で、音楽の演奏とは、消えてなくなるわずかな時間を共有する演奏家と聞き手との間で醸し出される、たった一度限りのものだからだ。真剣勝負のスポーツの試合にも似ているのかも知れない。本当に音楽を愛する人であれば、どのような演奏であっても、そこに何かを発見するし、そういうプロセスを楽しむことができる。

東京には数多くの音楽大学があって、学生は様々な楽器や歌などを学んでいる。その数はちょっとしたものだと思う。各大学にはオーケストラがあって、定期的に演奏会を開いているようだが、その音楽大学の9校が演奏を競い合う「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」というのがある。いつもコンサートに出かけると、会場の入り口でチラシの束を受け取るが、その中に今年もこのイベントのものが混じっていた。

今年で第12回を数えるそうで、私はこれまで一度も出かけたことはなかったが、コロナ感染も落ち着きを取り戻し、行けるコンサートにはどこにでも行きたいと思っていたところ、家から比較的近いミューザ川崎シンフォニーホールにおいて、このうちの2回が開催されることがわかった。12月4日に開かれるコンサートは、前半が国立音楽大学オーケストラ、後半が洗足学園音楽大学管弦楽団となっている。

どのオーケストラもプロの指揮者による意欲的なプログラムを組んでいる。この2つのオーケストラが演奏する曲目は、国立音楽大学はオール・アメリカン・プログラム(指揮:原田慶太朗)、洗足学園がサン=サーンスのオルガン交響曲(指揮:秋山和慶)となっていて大変魅力的である。私は妻を誘い、わずか1000円のチケットを購入して師走の土曜日の午後に出かけた。川崎駅は常に物凄い人手で窒息しそうになるが、駅から会場までは近く便利である。そしてこの会場に来る音楽の愛好家は、何かとてもコンサートを楽しみにしているような気がする。もっとも学生オーケストラのコンサートとあっては、家族や先生、それに友人たちが押し掛けて会場はハレの大騒ぎ、かと思いきやそんな雰囲気はなく、至って整然としている。プロを目指す彼らは、ある意味で舞台慣れしているのだろうか。

コンサートの前・後半の最初には、横一列に並んだプラス・アンサンブルがお互いの学校のファンファーレを競演する。私の席からは全員が後を向いている。そしてそれが終わると、所せましと並べられた打楽器を始めとするオーケストラの面々が舞台両袖から登場した。暖かく拍手が送られる。女性が多く、第2バイオリンはすべてが女性。前半のプログラムは最初がメキシコの作曲家、レブエルタスのセンセマヤである。7拍子の生々しいリズムに乗って奏でられるのは、生贄の音楽である。鮮烈な打楽器の、会場をつんざくような冒頭から、一気に引き込まれてゆく。原田の指揮は十八番のアメリカものとあって、速めのテンポが冴えている。

曲の合間の奏者の入替えの時間を使って、原田はマイクを握り、曲の解説を行った。次の作品はバーンスタインのミュージカル「ウェストサイドストーリー」より「シンフォニックダンス」である。有名なマンボの場面では、声を発することができないので、拍手をしてほしいと呼びかける。練習に1回これを行うと、さっそく音楽が始まった。ノリのいい音楽は、若者のエネルギーが爆発するかのように生き生きとしている。一糸乱れないアンサンブルは、興奮するくらいに上手いと思う。ミューザ川崎シンフォニーホールの残響が大きいので、オーケストラの音が重なりとても賑やかである。バーンスタインの音楽の特性もあるのだろう。何せこれでもか、これでもかと、やかましいくらいに多彩な音が鳴る。これは天才モーツァルトと似ているといつも思う。私は昔、大阪で作曲家自身が指揮するこの曲を聞いているが、お尻を振りながら指揮をしたその時のことを思い出した。

前半最後の曲は、コープランドのバレエ音楽「ロデオ」より4つのダンス・エピソード。ここでやっと、何か落ち着いた曲が聞こえてきたように思った。それでもアメリカ気質丸出しの底抜けに明るい音楽である。少し弦楽器が弱いと感じたが、これは学生オーケストラだから仕方がないと思った。そしておそらくは相当な練習量だったに違いない。自信に満ちたアンサンブルが大いに心地よく、馬に乗ったような軽快なリズムに会場が沸いた。そして満場の拍手喝采。1時間半近く及んだ前半のプログラムが、これでようやく終わった。

後半の冒頭には、さきほど演奏を繰りひろげた国立音楽大学の管楽器セクションが再び登場し、ファンファーレを披露。その後、洗足学園の学生が静かに入場した。今度は指揮台が置かれ、打楽器は減り、管の編成も小さくなった。代わりに正面のパイプオルガンにも奏者がスタンバイ。やがてゆっくりと登場した秋山は、コンサート・ミストレスと腕をタッチして登壇。前半とは違った落ち着いた雰囲気が会場に漂う。その空気感の違いが、すでに音楽の一部を構成しているようで、何かとても印象的だった。

第1楽章の冒頭の弦楽器の音が聞こえてきたとき、私は本当にこれが学生オケの音かと耳を疑った。音がスーッと入る時の、一切の乱れがない響きの美しさは、プロ顔負けのものである。指揮者がうまいからだろうか。そして楽器と楽器が溶け合う時のバランスの見事さ。特にこの曲はオルガンと響き合うので、これを意識する瞬間は多い。第2楽章の美しいアダージョは何といったらいいのか。後半に入って次第に音量を増してゆくこの曲は、演奏会での人気曲でもある。だからみな固唾を飲んで聞き入っているし、それゆえにこの演奏の素晴らしさにも気付いている。この曲が終わったときほど、会場でブラボーが発せられないもどかしさを覚えた人は多かっただろう。素晴らしい演奏で目だったミスもなく、若さに任せて勢いで乗り越えてゆくわけでもない、実に音楽的な演奏だった。

秋山はこの大学の芸術監督でもあるようだし、それに東京交響楽団の指揮者としてこのホールの特性を知り尽くしているように思った。私は彼の指揮する「第九」を2週間後に聞きに来ることになっている。今から待ち遠しいが、その前に明日、東京交響楽団の定期演奏会がここで催される。このチケットも買っている。

コンサートが終わると5時半になっていた。もうとっくに暗くなった川崎の夜空を見上げながら、隣の駅の蒲田まで電車に乗る。今夜はギリシャ料理を味わうことになっている。1年以上も続いている足腰の痛みが、ここにきてかなり改善されてきた。そのことが何より嬉しい。前半のエネルギーが充満した音楽と、後半の精緻なアンサンブル。どちらの演奏も大いに魅力的で、生で聞く音楽の良さを堪能した2時間半だった。冬の夜風が火照った頬を冷やし、澄み切った地中海の冷えたビールが乾いた喉を鎮めた。

2021年11月14日日曜日

東京交響楽団第695回定期演奏会(2021年11月13日サントリーホール、指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ)

新型コロナウィルス感染者が減少し、それにともなって少しづつ日常を取り戻しつつあるように見える昨今である。コンサートも通常通り実施されるようになってきており、人数制限も緩和された。もうしばらくは演目にのぼることはないだろうと思われた大規模な曲、特に合唱を伴うような曲は、飛沫感染の恐れを考えると、当然の如く避けたいところだ。だが、いくらなんでも小規模なオーケストラだけの曲というのも淋しい。

そう感じていたところ、東京交響楽団の定期演奏会でオルフの「カルミナ・ブラーナ」が演奏されるという。3人の独唱に加え、混声合唱団と少年合唱団。結構大声で歌う派手な曲だから、是非聞いてみたい。しかも指揮は、前から注目していたポーランド人、クシシュトフ・ウルバンスキである。彼は既に来日し、隔離期間を過ごしているという。だから公演は間違いない。ただ人気があるプログラムだけに、チケットの残りがあるか心配だった。公演は2回あり、13日のサントリーホールと14日のミューザ川崎シンフォニーホール。後者の方がマチネで、残り枚数も少なくなっていた。私が探した時には2階以上の高い位置の席しかなく、むしろ前日のサントリーホールでの公演の方が、良い席が余っているように見えた。

だが、私には直ぐにチケットを買えない事情がある。愛するオリックス・バファローズがクライマックス・シリーズに進出しており、その試合結果次第では、13日の18時、すなわち丁度コンサートの時間帯に次の対戦がある可能性が高かった。ところが10日から始まった対戦は、バファローズがアドバンテージの1勝を含め3連勝。12日の対戦で早くも日本シリーズ進出を決めそうになった。試合は逆転に次ぐ逆転となり、とうとう最終回、代打サヨナラヒットが出てバファローズが勝利を掴んだのである!こうなったら13日夜の予定がなくなり、コンサートに躊躇なく行くことができる。1階席のチケットを買ったのは当日のお昼で、合わせて日本シリーズのチケットも予約した。

すっかり日常を取り戻したかに見えるコンサートだが、出演者の一部変更が生じている。これは来日するはずだった音楽家が、来日できなくなったことによるようだ。同様の問題は各オーケストラでも生じており、N響でもたびたび指揮者の変更がアナウンスされている。またチケットの販売枚数も感染数の変化を見て修正されており、聞く方としてもなかなか大変である。それでも会場前で配布されるチラシの数は、コロナ前の分厚さに戻っている。お客さんも高齢者を中心に、出足好調のようであり、制限付きながらサントリーホールのバーカウンターも営業している(ここでは「山崎」と「響」が飲める)。

変更が生じた出演者の中には、プログラム前半でヴァイオリンを弾くソリストも含まれていた。ウルバンスキの出身国であるポーランドの作曲家、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏が、弓新というヴァイオリニストに変更されていた。弓新(ゆみ・あらた)は、1992年東京生まれのヴァイオリニストで、若い頃からヨーロッパに在住しているようだ。丸で弦楽器奏者になるべくしてなったような名前に驚くが、プロフィールによれば佐賀県に多い苗字だそうで、そこに尊敬する著名建築家磯崎新氏の名前を付けたようだ。私などは失礼ながら、中国人ではないかと思った次第。

だが、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲のような難曲を、直前に演奏するように言われたことは想像に難くなく、だとすればこれをこなす相当の実力と努力が必要だったと思われた。3つの部分から成るシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は、2つの戦争の間に活躍した彼の比較的若い頃の作品で、聞いた印象ではスクリャービンのようでもあり、ナイーブで神秘的な作品だと思った。弓はこの難曲を、最初はとても安全に弾いているように感じられたが、途中からは若々しく、少しづつ実力を発揮し始めたように思う。メリハリの効いた指揮によってオーケストラは好演。カデンツァでは指揮者は指揮台を下りて、ここは聞きどころであると合図した。オーケストラは雄弁な打楽器とピアノ、ハープなども混じり、あまり聞くことのない新しい音が次々と楽しめる作品ではあったが、ではいまどこを弾いているか、などとなるとまだまだ印象が薄いというのが正直なところ。

休憩を挟んでの「カルミナ・ブラーナ」では、通常のP席の位置に混声合唱団がディスタンスを取って着席。その人数は40名程度と少ない。一方、少年合唱団は十名程度が舞台左手の2階席に陣取っていたようだが、私の座っていた1階席左手奥からは一切見えなかった。このためいつ少年合唱団が入って来るのかとやきもきしていた。できれば正面に配置して欲しかった。

冒頭のメロディーが大音量で鳴り響いた時、ちょっと合唱が弱く聞えたが(もしかしたら席のせいかもしれない)、これは最初だけで続く音楽ではオーケストラと合唱が上手く溶け合って、この曲の精緻な面を多分に表現した名演だった。ウルバンスキの指揮は、その長身を生かしたパースペクティブの良さが際立っており、全体の音量と音感を微妙に調整しながら、各パートのどんな細かいタイミングもわずかのずれもないようにキューを出す。その見事さは特筆に値するだろう。私は初めて聞くこの指揮者の人気がわかるような気がした。

「カルミナ・ブラーナ」はもともと陽気な作品で、演奏によっては時代劇かチャンバラ映画の音楽のように感じることもある変わった作品だ。しかしここでのウルバンスキの演奏は、より精密に音色の変化を追求した。勢いに任せてはしゃぐのではなく、純音楽的な側面を際立たせる、いわば玄人向けの演奏だった。

新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の実力がこれを最大限に支えたのは言うまでもない。第1部冒頭の静かな部分では中世の響きが会場に満たされ、まるで教会にいるよう。そして2人が代役に交代という運命に見舞われたソリスト陣も好演。バリトンの町英和は、最初ちょっと線が細いと思ったが、後半になると声も大きくなり、おどけたように舞台右手から現れて第2部「居酒屋にて」を歌ったテノールの弥勒忠史は、出番は少ないながらも聴衆を惹きつけ、酔った演技も大いに素晴らしく、見とれているうちに舞台右手に消えて行った。

ソプラノを歌ったのは盛田麻央。彼女もまた今回の出演はピンチヒッターだったが、それを補って余りある熱演で持てる実力を示したと思う。そしてオーケストラ。ウルバンスキの見通しの良い指揮に合わせ、特にオーケストラのみが活躍する部分での千変万化するリズムを巧みに表現し、このコンビの成熟した関係を良く表していた。ウルバンスキが東響の首席客演指揮者だったのは、2013年からわずか3年だったようだが、このように定期的に指揮台に現れては名演を繰り広げているようだ。私も遅まきながら、そのファンに加わった次第。

前半のシマノフスキを含め、聞き惚れ得ていたら過ぎて行った、あっという間の二時間。コンサートは20時に終了した。合唱やオーケストラが引き上げても鳴り止まない拍手に応え、マスクをしたウルバンスキが再度登壇すると、会場からはさらに大きな拍手が送られた。

2021年11月7日日曜日

京都市交響楽団・東京公演2021(2021年11月7日サントリーホール、指揮:広上淳一)

まるで魂が乗り移ったような演奏だった。

長年、常任指揮者などを務めた広上淳一が京都市交響楽団を率いるのは、来年2022年3月までとなった。京響の2年ぶりとなる東京でのコンサートは、このコンビとしては今回が最後となる。常任指揮者としての「ファイナルコンサート in 東京」と題されたチラシを見たのは先月の下旬だった。演目はベートーヴェンとマーラーのいずれも交響曲第5番。前者がハ短調、後者は嬰ハ短調。凡そ100年を隔てて作曲されたこの2曲は、それぞれ新しい境地へと踏み出す交響曲であると同時に、モチーフにおいても大きな関連性がある。広上は大胆にもその2曲をプログラムに配し、真っ向から勝負するというチャレンジングなもの。14年に及ぶ関係の有終の美を飾るものとなるかは、勿論当日の出来次第。音楽は決して事前に作り置きしておくことのできないものだからだ。

ベートーヴェンの冒頭で、聞きなれた主題が鳴り響いた時、私はとても新鮮なものを感じたのは不思議ですらあった。配置は昔からの標準的なもので、左からヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの順。古楽器奏法が主流の現在、むしろ懐かしい響きである。しかもテンポはゆっくり目。主題提示部の繰り返しは省略。たっぷりと旋律を歌わせ、自らも道化師のように踊る広上の姿に、こちらも釘付けとなるのに時間はかからなかった。このような「古典的な」ベートーヴェンは随分久しぶりに聞くな、などと思いつつ、それがここまで新鮮に響くには何か理由があると考えた。それは広上が、すべてのフレーズ、すべての和音に至るまで、ここはこういう音でなければならないという確信に満ちた音作りを目指しているからではないだろうか。

広上の演奏に接するのは初めてである。最近ではNHK交響楽団にもたびたび客演しているし、東京生まれの指揮者なので勿論のことながら、東京での活躍が多い。にもかかわらず、私はこれまで広上の生演奏に接したことがなかった。それなのに、初めて聞く彼の指揮するオーケストラが、京都のオーケストラであるというのも何か不思議な感じである。第1楽章のオーボエのカデンツァ以外では、オーケストラの自発性に任せているというよりは、細部にまでこだわって指揮をしているように思えた。ただそれが威圧的ではなく、開放的で明るいのは、その滑稽とも思える大袈裟な指揮姿からではないだろうか。

第2楽章もたっぷりと歌わせ、聞きなれた音楽が何故かとても嬉しいくらいに新鮮だ。きっちりと、しかし曖昧さもなく進むが、それについて行くオーケストラの技量も確かなものだと感じた。そして第3楽章の低弦の響き。最近の我が国のオーケストラも、かつてのように薄っぺらい低音ではなくなって、むしろヨーロッパのそれに近い。しかし第3楽章までですでに非常に朗らかな感じがしてしまうため、第4楽章の歓喜はむしろ控えめに感じられた。第4楽章でも主題提示部の繰り返しはない。これはプログラム自体が長いためだろうか。

私はこの曲をこれまでにどのくらいコンサートで聞いているか、過去のメモを手繰ってみた。印象には残っていないものの、結構な回数であることが判明した。今回の第5交響曲の演奏は、その過去の記録に照らしても、これほどまでに印象に残った演奏はないと思った。聴衆が期待しているのはこんな演奏ではないか、と広上は考え、その実践をしているように思われた。だから後半のマーラーに、期待が膨らんだ。ただマーラーの交響曲第5番は、ホルンやトランペットを始めとして、結構な技巧が要求される。京都市交響楽団は、その期待に応えられる技量があるのだろうか、と私は少し心配だったのが正直なところだ。だがこれは杞憂に終わった。

私は広上の指揮に限らず、この地方自治体が運営するオーケストラを聞くのも初めてだった。いや実際には、2回目ということもできる。それは小学生の頃、体育館で聞いた出張演奏会の小さなアンサンブルが、京響だったからだ。今から50年近く前のことである。私の通っていた小学校は、大阪府の北部にあった。私の通っていた小学校の音楽の先生は、音楽室に高額なオーディオ装置や楽器などを配備し、児童には楽器を触らせてばかりいる大変ユニークな方で、この先生がその年に招へいするオーケストラを決める時、「京響が一番真面目でいい」と言っていたのを覚えているのだ。まだ何もわからない小学生の授業の中で、そういうことを言った。それ以来、京響は私にとって、いつかは聞くべきオーケストラとなっていた。けれども当時、一番人気は大フィル。大阪から京都に出かけて行くのも不自由なら、京都に音響のいいホールもなかった。

東京に来てからは、関西のオーケストラを聞く機会もほぼなくなった。しかし2008年に京響の常任指揮者に広上が就いてから、京響の技量は飛躍的に上昇し「黄金時代をもたらした」(プログラム・ノートより)とのことだった。私は初めて聞く広上の指揮する演奏会に、京響を選んだ。そしてそのことが大正解だったことを、マーラーの奇跡的な大名演によって確信するに至る。オーケストラの巧さだけでなく、それを引き出した手品師のような広上の指揮が、これほどにまで聴衆を惹きつけるのかと思った。

マーラーの冒頭はトランペットの響きで始まる。モチーフはベートーヴェンのそれと同じ3連符とフェルマータ。しかし100年後のクラシック音楽は、非常に複雑だ。長いマーラーの演奏は、聞いてゆくと今どこにいるのかもわからないような世界に入ってゆく。交響曲第5番の、比較的構造の明確な曲であってもまたしかりである。第1楽章の重苦しく闘争的な音楽。悲劇的な第2楽章。こういった場面をたっぷりと、体を左右にゆすりながら、時に大きくジャンプしては向きを変え、丸でパントマイムのように軽やかに踊る。オーケストラはその表現に寄り添い、最大限の技量をもってついてゆく。この一糸乱れぬ関係は、長年に亘って築かれたものであることを感じさせ、さらにはかなりの量の練習が施されたのではないかと想像するに十分であった。

奇跡的に、まるで魂が乗り移ったようにオーケストラと指揮が一体化してきたと感じたのは、第3楽章からだった。この長いスケルツォを千変万化するリズムやフレーズの中に表現しきった彼らは、続く有名なアダジエット(第4楽章)で、さらに深化したアンサンブルを響かせた。指揮者の正面に配置されたハープと、100%の音量を鳴らす弦楽器の絡み合い。一音ごとに響きに重みを増すフレーズに合わせ、指揮はこれでもか、これでもかとオーケストラを引き立ててゆく。時に唸り声が響く。その楽章が終わったとき、会場が物音ひとつしない静寂に包まれた。消えてゆく音に合わせ、かすかに目を閉じた私は、終楽章でのホルンの響きに身を寄せ、流れては澱み、大胆に鳴らされては消え入るように染み込むマーラー・マジックに翻弄されることとなった。難しい音楽が次から次へと現れ、重なり、大きくなって会場を満たすときでさえ、広上の確信に満ちた指揮は、驚くべきほど雄弁なものだった。こうなればオーケストラも、乱れることなく心がひとつになって、実力以上の力量が示されることとなる。すべての楽器の、すべての奏者が体を揺らし、思いっきり力を込めて弾く。後方にいる弦楽器奏者までもが、まるで魔法にかかたかのように熱演を繰り広げる。その有様は、聴衆にも乗り移ったかのようだ。

全部で2時間20分以上に及んだコンサートが、さらに長い間、拍手の嵐に包まれた。何度も舞台に呼び出された指揮者は、オーケストラが去っても熱心な聞き手に応えた。「アンコールはありません」などと会場に向け挨拶をした広上は、「京響がとても個性的なオーケストラに成長した」というようなことを云った。私はこれまで、そのあまりに大袈裟でひょうきんな指揮姿に、いったいどういうコンサートをする指揮者なのかとこれまで思ってきたが、今日の演奏を見て明確に判った。両手だけでなく、顔の表情、時に両足までも駆使しながら、体のすべてを通して音楽を伝えようとする姿は、それゆえにオーケストラのあらゆる部分に明確な指示を出す。そのユニークな指揮と演奏が一体になった時、驚くような名演奏が誕生する。本日の演奏は、まさにそのことを実体験することとなったのだった。

このような個性的な指揮が、歳をとるとしづらくなってゆかないか心配である。けれども少なくともあと何回かは、京都でこの組合せの演奏会が予定されている。特に注目すべきは、文字通り最後の演奏会となる来年3月の定期である。この時取り上げられるのは、マーラーの交響曲第3番だそうである。私は帰省を兼ねて、京都まで聞きに行こうかとも思っている。

2021年11月3日水曜日

東京都交響楽団第393回プロムナードコンサート(2021年10月30日サントリーホール、指揮:小泉和裕)

1982年に大阪のザ・シンフォニーホールが我が国初のクラシック音楽専用ホールとして開館した時、全国各地のオーケストラが招待され、連日オープニングコンサートが開催された。最初は朝比奈隆の大フィルで、トリがNHK交響楽団だった。このコンサートは後日朝日放送でオンエアされ、コンサートホールの違いが各オーケストラの響きをどう変えるのか、私も大いに注目して見た記憶がある。

その中に記憶が正しいか自信がないのだが、小泉和裕が指揮する京都市交響楽団というのがあった。曲目も忘れてしまったが、アンコールに演奏されたブラームスのハンガリー舞曲第1番だけは鮮明に覚えていて、世界各国のオーケストラと華々しく共演を続ける若干33歳の若手指揮者の才能を見たような気がした。

あれから私は小泉和裕のコンサートをいつか生で聞いてみたいと思いつつ、なんとこれまで一度も接したことがなかったのである。この間40年の歳月が流れている。中学生だった私は55歳になり、俊英の指揮者も70代に達した。小泉はこの間、いくつもの国内のオーケストラを指揮しているから、何度もチャンスはあったのである。だが私は何故か、小泉の演奏会に行くことはなかった。20代前半でカラヤンコンクールに優勝した指揮者は、その後の演奏を国内に限定してしまったにもかかわらず。

予期せぬ感染症が全世界を多い、すでに1年半が経過した。ここへきてようやく日常を取り戻しつつあるが、この世界的パンデミックはクラシック音楽界にも激震をもたらした。海外からの演奏家が来日できない状態が続いたのだった。しかし我が国には世界を股にかける演奏が大勢いる。今年のショパン・コンクールもその例にもれず、日本人の活躍が目立ったのは言うまでもない。

そんな中で目にした都響のプロムナードコンサートと題するわずか一夜だけのポピュラーコンサートに、私は目を惹かれた。ドヴォルジャークのチェロ協奏曲と交響曲第8番という取り合わせ。メールで送られてくる当日券情報にも、まだ席が数多く残っていることが記されていた。

通常、日本人指揮者を迎えて演奏される有名曲ばかりのコンサートに、あまり行く気がしない。オーケストラも小遣い稼ぎ程度としか思っていない可能性がある。エキストラを数多く配して、にわか作りの感が否めないようなものも多かった。しかし、今回は違った。

まずチェロ独奏は、目下最も期待される日本人演奏家である佐藤春真という若者である。ブックレットに記載されたプロフィールによると、2019年ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝したとある。この時若干22歳。ということはまだ24歳ということになる。少し詳しく検索して見ると、名古屋生まれでベルリン在住。ドイツ・グラモフォンよりデビューアルバムも発売されている。私はさっそくSpotifyでアクセス。若々しいブラームスのソナタが聞けた。

実際に舞台左手横真から聞いた独奏チェロは、木管楽器ととても上手く響き合う。正面を向くチェリストを見ながら、オーケストラに指示を与えるのは指揮者である。指揮者を介した木管と独奏のアンサンブルの妙は、CDなんかではなかなか聞けない醍醐味であることを知る。こんな有名曲でも私のコンサート記録には、過去にたった一度しかない。舞台正面の席であれば、もう少しオーケストラの音が一体化されているのだろう。だがこの場合には逆に、管楽器が見えにくい。左横からは音を少し犠牲にしている反面、指揮者と独奏者、それにオーケストラのソリストの呼吸が大変良くわかる。

それにしてもドヴォルジャークのこの曲ほど、琴線に触れる曲はないと思う。おそらくカザルスやフルニエの歴史的名演、それに続く万感のロストロポーヴィチの名演などにCDで接してきた聴衆は、その時に聞いた音を重ね合わせているに違いない。そのしびれるようなカンタービレ。もう一体何度聞いたかわからないほど馴染んだ曲なのだが、それでもああここはこういう風にフルートが、オーボエが、クラリネットが重なっているのか、という発見の連続だった。

佐藤春真のチェロが技術的に巧いのは言うまでもないのだが、それが小泉の指揮にピッタリ寄り添って、オーケストラとの交差が見事である。完全にオーケストラに溶け込みつつも、ソロの巧さを表現している。オーケストラの中に入った独奏という感じ。これは相当練習し、かつ指揮が上手いからに違いない。

佐藤春真のことをTwitterなどで見るていと、その辺りを歩いている普通のいまどきの学生と変わらない表情で、私の会社にもいる感じである。ごく普通の感覚でありながら、聞かせどころにうまく歩調を合わせ、親しみやすいドヴォルジャークの旋律をフレッシュに聞かせてくれた。

後半のプログラムは交響曲第8番だった。舞台に上がったマエストロが指揮棒を自然に振り下ろすと、オーケストラが一斉に鳴り響いた。前半の独奏者に遠慮した硬い感じからは解放され、オーケストラの醍醐味が満喫できた。特に中低音が活躍するドヴォルジャークのメロディーは、チェロとコントラバスの人数が多い今日の編成では特に重要である。そしてチェロ協奏曲を含め、オーケストラが音を外すことなどなく、すべての楽器が素晴らしかった。第1楽章のフルートや、第2楽章でのオーボエとヴァイオリンのソロ、第4楽章冒頭のトランペットに至るまで、それは完璧だった。

第3楽章のスラブ舞曲風メロディーや、第4楽章のハンガリー風ダンスも興に乗った演奏で会場の聴衆は大いに沸き立った、と書きたいところだが、コロナ禍で「ブラボー」は禁止され、この日のコンサートには空席が目立ったことは残念である。ところが、驚くべきことにオーケストラがすべて退散した後にも拍手が鳴りやまないという、珍しいことが起きたのである。来日した老齢のマエストロならわかるのだが、通常の都響のコンサートでこの光景は特筆に値するだろう。熱心な観客は、この演奏の素晴らしさを長い拍手で表現したのである。

思えば小泉はカラヤンの弟子の一人で、アシスタントも務めていたのだろう。その指揮はやはりカラヤンのようにスタイリッシュで、流れるような旋律も颯爽と乱すことはなく、そして多くの楽器で旋律を始める時に、もたつかず自然に、しかもすっと入るあたりの職人的な感覚は、見ていて惚れ載れする。こういうところは目立たないが、なかなかのものである。一緒にコンサートを聞いた妻も、一気に小泉の演奏に引き込まれたようだ。私も毎年何度か開催される彼の名曲コンサートに通ってみたいと思う。

土曜日の昼下がり。ようやく秋めいてきた快晴の赤坂を歩く。今宵は神谷町のイタリアン・レストランで妻の転職・昇進祝いをする予定である。まだ少し時間があるので、新しくなったホテル・オークラのカフェにて1時間余りの時間を過ごす。贅沢な秋の一日は、素敵なトスカーナのワインと、北イタリアの郷土料理に舌鼓を打って帰宅。彼女は明日から北海道の実家に出かけ、妹と母親、それに私の母も参加して沖縄旅行をする予定である。その準備に取りかかりなら、久しぶりに聞いたドヴォルジャークの旋律が心地よい週末の夜だった。

※ご本人のTwitterに当日のコンサートの写真が掲載されていたので、転載させていただきました。

2021年10月17日日曜日

NHK交響楽団第1939回定期公演(2022年10月16日東京芸術劇場、指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット)

10月に入っているというのに気温の高い日々が続いている。例年だとすっかり秋めいて行くこの時期、今年はまだ半袖のシャツが欠かせない。オリンピックで日程が後に倒れた今年のプロ野球ペナントレースも、いまだに両リーグの優勝チームが決まらない。我が愛する阪神タイガースは辛うじて優勝の可能性を残してはいるものの、いくら連勝してもそれを上回るヤクルト・スワローズの快進撃にあっては焼け石に水である。むしろ25年も優勝から遠ざかっているオリックス・バファローズを私は応援している。万年最下位のこの弱小チームは、多くの選手を怪我などで欠きながらも奇跡的に首位を独走しているが、ここへきて2位のロッテ・マリーンズに優勝マジックが点灯してしまった。これもまた今年の異常と言える。

異常と言えば、あれほど感染者があふれた新型コロナウィルスの猛威が9月に入り原因不明の収束を見せつつあることは喜ばしいことだ。そしてその機会をとらえ、自民党・岸田政権は衆議院を一気に解散し、史上最速で総選挙に突入しようとしている。株価が連日乱高下し、台湾海峡では緊張が高まっている。サプライチェーンの乱れに端を発した世界的なインフレや円安にもはや打つ手がないというのに、日本中がつかの間の安堵を感じている。

そんな毎日のある日、私はNHK交響楽団の定期公演に関するメールを受け取った。昨年は中止になった定期公演が今年から復活、9月にはパーヴォ・ヤルヴィが来日し、予定通りのプログラムをこなしたようである。そして10月には何と、94歳にもある世界最高齢の現役指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが3つの公演に登場するというのである!さらに地方公演も含めると1か月近くを日本に滞在することになる。もっともそのようなことは、ファンの間では知れ渡っていて、チケットは早々に売り切れ。改装工事で使えないNHKホールよりも収容人数の少ないホールとあっては、もはや手にする術はないとあきらめていたのだが、緊急事態宣言の終結を受けて追加販売されたようで、何と初日土曜日のコンサートのA席が、横並びで余っていることを当日の朝に発見した。妻に聞くと行くとう。私はさっそくこれをを購入し、夕方6時開演のコンサートに東京芸術劇場まで出かけた。

2年ぶりの池袋は、物凄い人々でごった返している。いつ行っても好きになれない街だが、コンサートとあっては仕方がない。長いエスカレータに乗ると、いつもは目にする老人や杖をついたような人をあまり見かけない。渋谷には行き慣れた人々も、池袋までとなると諦めざるを得ないのだろうか。久しぶりの満員のコンサートは、やっと取り戻された「日常」の光景である。客席がマスクをして開演を待っていると、同じようにマスクをした二人の人間が舞台に登場した。オーケストラは管楽器を除いてまだ舞台には登場していないから、係の人が何かを告げに来たのではないかと思っていたが、会場は大きな拍手に包まれた。何とその2人こそ、ヴァイオリニストのレオニダス・カヴァコスと指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットだったのである。

驚いたことにブロムシュテットは杖もつかず、歩いて指揮台に向かった。そしてその後を追うようにオーケストラの残りのメンバーが舞台に現れた。何とも粋な演出は、9月のヤルヴィの時にもそうだったらしい。やがてチューニング。今日のコンサートはFMで生中継、テレビ録画もされる。プログラムの最初はブラームスのヴァイオリン協奏曲である。ギリシャ生まれの世界的ヴィルトゥオーゾ、カヴァコスは、1967年生まれというから私とほとんど年齢が変わらない。若いと思っていたら、もう50代なのである。ブックレットによれば、すでに過去3回もN響と共演しているようだ。

一言で言えば、ブラームスのヴァイオリン協奏曲をこんなに軽々しく演奏したのを見たのは初めてだ。CDで数多くの演奏に接している名曲だが、どの演奏もずっしりと重く、相当真剣になって弾く曲という印象が強い。録音ならなめらかで美しく聞かせるか、ライブなら必死の形相で難曲を弾き切るか。ところがカヴァコスは、どんなに速いところでも圧倒的なテクニックで難しいフレーズを乗り切って見せる。これは言ってみれば、パガニーニ風のブラームス。そして驚くのは、その速さに指揮がきっちりとついて行っている、というと失礼で、完全に独奏者の求める伴奏をこなしていることだろう。

これまで私たちは、老齢の指揮者がしばしば椅子に腰かけながら演奏する弛緩した音楽を、「枯淡の境地」などと形容しながら受け入れてきた。ブルーノ・ワルターやオットー・クレンペラーの生気を失った音楽は、辛うじて間に合ったステレオ録音によって忘却を免れ、故障続きのヘルベルト・フォン・カラヤンや晩年のレナード・バーンスタインの常軌を逸した演奏も、理解ある聴衆と商売気の塊であるレコード会社、それに献身的オーケストラによって、評論家をも巻き込んだ賛美の嵐が演出されてきた。それでも何十年かが経つと評価は歴史の波にさらされる。結局、80歳を過ぎても矍鑠として、一切の妥協を許さない指揮をしたのは、ギュンター・ヴァント、ピエール・ブーレーズ、それにニクラウス・アーノンクールくらいしか思いつかない。しかしかれらは80代で突然この世を去ってしまった。

94歳のブロムシュテットは、まだ20年は若かろうと思うような生気に満ちた音楽で私たちを瞠目させた。コロナ禍でなかったら、ブラボーの嵐が絶えなかったであろう。ブラームスでのオーケストラは、それでもやや練習不足か、少し硬いところが目立った。第2楽章の導入部分などがそうである。だがカデンツァの深く味わいに富んだ表現や、そこからそっと入って溶け合うフレーズの、なんとも洗練された品格は、まるでそれが当然のことのように示されるとあっというまに通り過ぎてしまう。だがそこは、高い技量があってこそであることは、この曲を知っている人なら納得するだろう。軽々しくヴァイオリンを操るカヴァコスは、終始ブラームスを楽しんでいるようだったし、ブロムシュテットの指揮も若々しく、それこそが奇蹟だった。そう、ブラームスは枯れてはいけないと思った。この音楽、どのフレーズも生々しい野心に満ちている。それを表現できない演奏は、本物のブラームスではないような気がしている。

しかし、本日の圧巻はブラームスよりもむしろ、後半のニールセンにあったことは確かだ。一音を聞いただけでオーケストラの響きが違った。この日のN響は、確かな練習量を想像させた。特にクラリネット独奏の見事さと言ったら!ブロムシュテットの十八番であるニールセンの音楽を、初めて聞く曲でありながらかくも新鮮な感覚で聞かせる演奏に出会えたのは、一生の思い出になるだろう。ブロムシュテットは愛する北欧が醸し出す独特の風景を、圧倒的な自信を持って聴衆に明示した。そのエネルギーは強力にオーケストラに乗り移り、乾いてやや冷たい色彩感と打楽器に象徴される独特の緊張感を、30分以上に亘って維持するというものだった。

記憶する限りニールセンの交響曲を、ブロムシュテットは過去に2回録音している。1回目はEMIへの録音(70年代)でデンマーク放送響によるもの、2回目デッカへのデジタル録音で、オーケストラはサンフランシスコ響である。このことからもわかるように、彼はこの作曲家の第1人者と言える。その確固たる解釈でニールセンを聞いていると、確かにこの作曲家にしかないようなものを感じる。それはシベリウスとも異なるものだ。

作曲された1920年代という時代は、第1次世界大戦が終結し、つかの間の平穏を取り戻しつつあった頃である。時折鳴り響く小太鼓が、いつのまにか世界を巻き込む戦争を想起させるが、そのこととこの度の世界的なパンデミックとを重ね合わせて考えることができる。もう元に戻らないのではないかとさえ思わされた災いが次第に遠ざかり、少しずつ日常を取り戻していくことができるのだろうか。そんなことを考えながら聞いたコンサートだった。何度も舞台に呼び出されては満員の聴衆から総立ちの拍手を受けるマエストロ。その光景を2年ぶりのN響定期で味わうことができた。今回こそもうこれが最後かと思った前回のブロムシュテットの演奏会から、もう2年以上の歳月が流れた。コロナ禍が世界を覆っても、忘れてはならない日常が存在する。日常と異常の交錯。そのことを音楽で示したのは、ニールセンを指揮するマエストロの飽くなき情熱だったような気がする。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...