2021年2月27日土曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(10)ロリン・マゼール(1994, 1996, 1999)

1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、1986年以来13年ぶりとなるマゼールの復帰公演が始まった。

ウィーン国立歌劇場の音楽監督だったマゼールは、ボスコフスキーが勇退した1979年の翌年からニューイヤーコンサートの指揮をつとめ、1986年までの7年に及んだことは前に書いた。当時はまだニューイヤーコンサートといっても、誰かが指揮しているな、といった感じで、今のように指揮者が毎年交代するわけではない地味なものだった。そのマゼールは既にもう7回も指揮しているのだから、何も再びお正月の指揮台に上がることはないだろう、と思った人も多かったに違いない。オーストリア人でもなければ、ワルツの専門家でもない。他に指揮姿を見てみたい指揮者は何人も存在する。よりによって、過去の指揮者を再登場させる必要などないではないか、というわけである。

ところがマゼールは、この1994年を皮切りに2年後の1996年、1999年と立て続けに登場し、さらには2005年にも彼の人生の最後になるニューイヤーコンサートの指揮をすることになる。過去の分を合わせると計11回に及ぶ。ここのとは、90年代に入ってからの演奏会がまた、それなりに高い評価を得ていたことを示しているのではないだろうか。実際、私が90年代でもっとも良く聞いたのは、1994年のコンサートだった。これはVHSテープに録画して繰り返し見ている。80年代のカラヤンとクライバーを除けば、このようなことは他の年にはなかった。

ワルツの名手としての自分を忘れてくれるな、とでも言わんばかりに登場するマゼールの指揮は、その何とも人を見下したようなところが嫌いな人には嫌いなのかも知れない。けれども私にとってマゼールは、実演での裏切りに会ったことがない。フィルハーモニア管弦楽団、フランス国立管弦楽団、ピッツバーグ交響楽団、それにNHK交響楽団。私が聞いたマゼールの指揮する演奏会は、様々な国のオーケストラ、様々な作品に及ぶが、そのいずれもが高い水準を示した。若い頃から世界中の名声をほしいままにし、この他にも多数のオーケストラに客演しているのだから、その音楽づくりと指揮の確かさは、名前だけの売れっ子指揮者とは違うのだと、言いたいのではないかと思う。

マゼールはどの曲も「技あり」の一工夫を施し、いつもの演奏とは一味違うという側面を見せる。そこが面白さでもあるのだが、時に鼻につくところがあるのも事実で、あまり続くともういいよ、という気分になって来る。「こうもり」のチャルダーシュなどはそのようなものを私は感じるのだが、「鍛冶屋のポルカ」などはとても懐かしく、楽しい演奏だと思った。

そのマゼールの1984年のコンサートでの最大の見せどころは、自らがヴァイオリンを持ち、シュトラウスがかつてそうしたようにワルツを指揮したことだろう。これはコンサート・マスターだったボスコフスキーもやっていたことだ。これはマゼールにとってヴァイオリン演奏を披露する絶好の機会となった。「ウィーンの森の物語」は、私の最も愛するワルツだが、ここで通常はツィターによって引かれる前奏と後奏の一部分を自らのヴァイオリンで演奏して見せたのである。この演目は後半の真ん中に配置され、以降はポルカ・シュネルが続き、アンコールへとなだれ込む前の最高の見せ場となった。しかもポルカ「憂いもなく」では、今度は鉄琴を自ら弾いて聴衆の注目を引いた。そしてこの年の「新年の挨拶」では、マゼール自ら演説し、各国語で「おめでとう」と言うなど(日本語もある)、そのサービス精神旺盛な健在ぶりをアピールした。

さて、このようなパフォーマンスはニューイヤーコンサートの恒例だが、後半の最後の演目かアンコールあたりで聴衆を驚かせるような工夫がなされることが多い。1996年のコンサートもまた凝ったものだった。第2部最後のプログラムであるポルカ「騎手」で、マゼールの指揮棒が打楽器奏者にパスされ、指揮をしたのは何とこの奏者だった。ではマゼールは何をしたのかと言うと、彼に変わって鞭を打ち、鉄琴を鳴らした。このような演出に観客は沸きあがり、なかなか拍手は鳴り止まず、そのあとのアンコール1曲目「狂乱のポルカ」になだれ込んでいく。いわばマゼールの真骨頂が発揮されているのだが、このような光景はビデオで見るしかなく、CDでは雰囲気を感じるのみである。

パフォーマンスだけではない。1996年のコンサートでは珍しい曲が並んでいるのも特徴だが、マゼールは聞かせどころを捉えた理知的なアプローチで、これらの曲を上手く料理してみせる。第1部の2曲目は、カール・ミヒャエル・ツィーラーという作曲家のワルツ「ウィーンの市民」という作品だが、もう何度も指揮しているかのようにこなれている。またその後に続くポルカ・マズルカ「ナスヴァルトの娘」(ヨーゼフ・シュトラウス)は、マゼール自らが持つヴァイオリンとの二重奏となって溶け合う。何と曲が始まると会場が暗くなり、マゼールにスポットライトが当たるという目立ちぶり!

喜歌劇の序曲が後半に2曲も置かれているのは興味深いが、それ自体がワルツを含む変幻自在な名曲「くるまば草」序曲など、マゼールのためにあるような曲に思えてくるくらい、この演奏は名演だと思う。そしてもう一つ、「理性の女神」序曲では再びマゼールのヴァイオリンが披露される!一昨年の「ウィーンの森の物語」で味をしめたのか、恒例の新年の挨拶に至るまで、この指揮者の自己顕示欲は最高潮に達する(ただし、念のために指摘しておくと、マゼールのヴァイオリンはオーケストラのヴァイオリン奏者に比べると大したほどではない。だから、マゼールがヴァイオリンを弾いた曲の演奏は、完成度という点では他の作品に劣る)。

この演奏を私は当時住んでいたニューヨークで見た。テレビ中継は時差を考慮して、夕方辺りに公共放送で流れたように思う。ただテレビの音質は悪く、しかも第2部のみの中継だったこともあり、あまり記憶に残っていない。そもそも元日と言ってもただの祝日くらいでしかないニューヨークで、ウィーンのクラシック・コンサートなどをゆったりと楽しむ感じではなかった。帰国して後から聞きなおしてみると、この年のニューイヤーコンサートは大変充実したもので、マゼール指揮によるものの中では、この1996年が最高だと私は思っている。

ところが、である。マゼールはさらに3年後の1999年にも指揮台に立つ。しかもヴァイオリンを持って!この年、マゼールが弾き振りをしたのは、前半に「冗談ポルカ」、後半に「パガニーニ風ワルツ」の2曲である。かつて弾き振りをした「ウィーンの森の物語」は、マルティ=エーラーという人の奏でるツィターに変わっている。この曲は、やはりツィターで聞くのが好きである。

1999年は1900年代最後の年だったが、シュトラウス一家にとっても記念すべき年で、ヨハン・シュトラウス1世没後150年、ヨハン・シュトラウス2世没後100年の年にあたり、演目もこの父子の曲のみが取り上げられた。

マゼールは生涯最後のニューイヤーコンサートだと思われた1999年の再登場後にももう一度登場する(2005年)。このあたりになるとよくわからなくなってくるが、これらは整理して別の機会に述べようと思う。 

 

【収録曲(1994年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「カルーセル行進曲」作品133
2. ヨハン・シュトラウス2世:「加速度円舞曲」作品234
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「遠方から」作品270
4. ヨーゼフ・シュトラウス:「鍛冶屋のポルカ」作品269
5. ヨハン・シュトラウス2世:「愛唱歌のカドリール」作品275
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「粋に」作品221
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲
8. ヨーゼフ・ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」作品200
9. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「無邪気ないたずら」作品202
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
11. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」より「チャルダッシュ」
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
14. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「暁の明星」作品266
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CDでは後半冒頭の喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲が省略されている。前半に他にも省略されている曲があるかどうかは不明。

 

 【収録曲(1996年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「祝祭行進曲」作品452
2. ツィーラー:ワルツ「ウィーンの市民」作品419
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「ナスヴァルトの娘」作品267
4. ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「花祭り」作品111
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「入江のワルツ」作品411
6. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「喜んで」作品228
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「フェニックスの羽ばたき」作品125
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「踊るミューズ」作品266
10. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「理性の女神」序曲
11. ヨハン・シュトラウス2世:「短2度のポルカ」作品258
12. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「騎手」作品278
14. ヨハン・シュトラウス2世:「狂乱のポルカ」作品260
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「デツキー行進曲」作品288

※この頃からCDは全曲を収録し2枚組で発売されるようになった。
 

【収録曲(1999年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「格言詩」作品1
2. ヨハン・シュトラウス2世:「冗談ポルカ」作品72
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
4. ヨハン・シュトラウス1世:「フランツ・リストの主題による熱狂的なギャロップ」作品114
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
6. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
7. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲」作品126
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ドナウ川の乙女」作品427
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ホプサー・ポルカ」作品26
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「気まぐれ」作品197
11. ヨハン・シュトラウス1世:「パガニーニ風ワルツ」作品11
12: ヨハン・シュトラウス2世:「こうもり」のカドリーユ
13. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「芸術家の生活」作品316
14: ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
15: ヨハン・シュトラウス2世:フランス風ポルカ「お気に召すまま」作品372
16: ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」作品324
17: ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
18: ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19: ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

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