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2023年3月22日水曜日

東京都交響楽団第401回プロムナードコンサート(2023年3月21日サントリーホール、大野和士指揮)

立て続けに都響の演奏会へと足を運んだ。この日のプログラムは、前半がバルトークの「舞踊組曲」とピアノ協奏曲第1番(独奏:ジャン=エフラム・バウゼ)、後半がラヴェルの「クープランの墓」、ドビュッシーの交響詩「海」と盛沢山。指揮は音楽監督の大野和士が今回も登場する。休日のマチネは「プロムナードコンサート」と題された1回限りのものだが、名曲ばかりとは言えなかなか魅力的なプログラムも多く、ここのところ外れがない。バウゼのバルトークは、ジャナンドレア・ノセダとの録音があって、これがなかなかいい演奏である。そしてそれを生で聞ける!

そもそも私はバルトークが苦手だった。しかし初めて「舞踊組曲」を聞いた時、これは行ける、と思った。大学生の頃だった。この時の演奏については別に触れるが、ハンガリーだけでなく、東欧、さらにはアラビア風の民俗音楽までも取り込んだ祝祭的な作品で親しみやすい。舞台の真ん中にはピアノが置かれていて、これは次の曲で使用される。「舞踊組曲」にもピアノが使われるが、これは舞台右奥にあるピアノが使用された。全体に無難な演奏。

20分ほどの曲が終わってオーケストラが引き上げると、曲の途中としては大掛かりなレイアウト変更がなされた。まずティンパニーがピアノの正面(舞台向かって右)に移動。他の打楽器群(小太鼓、大太鼓、シンバルなど)が舞台左手、ピアニストの後に陣取る。普段は奥の方にいて、1階客席からはあまりはっきりとは見えない打楽器群が、ピアノを取り囲むように配置されたのだった。これはバルトークの指示に基づくものだそうだが、実際にこのような配置で演奏するとは限らないようだ。けれども曲が始まると、この配置が相当な効果を生むことが実感できた。

曲はピアノと打楽器のための協奏曲といった風で、複雑に動くリズムと不協和音がどう絡み合っているのかを追うのも困難。それを楽譜通りに演奏する難しさは相当なものだと思う。丁度「春の祭典」(ストラヴィンスキー)を初めて聞いた時にも同じことを思ったが、このような現代音楽の入口にいるような曲を聞くには、全体を大きく把握して、しかも細かい部分にも神経を行きわたらせる必要がある。いわばいかに曲全体を体で覚えているか、といったことが試されてしまう。そしてバウゼのピアノは彼自身が楽器のように体を揺らし、時に手を挙げ打楽器のタイミングに合わせたりする。

そういった打楽器との掛け合いを、私は前から13列目という絶好の位置から楽しむことができた。打楽器とピアノだけが目立つのだが、後の方ではトロンボーンやファゴットのような楽器も相当難しいメロディーを弾いている。そして乗ってくるとこの曲の「カッコ良さ」が実感できる。演奏が終わって相当満足した様子のピアニストは、指揮の大野とともにピアノの前に腰掛け、アンコールに「マ・メール・ロア」の終曲(第5曲「妖精の園」)を連弾で弾くというおまけがついた。

休憩を挟んだ後半には、ピアノと打楽器群が占拠していた舞台から消え、指揮台が前に。通常のオーケストラの配置となったが、面白かったのは前半の対向配置とは違っていたこと。コントラバスは左奥から右奥に移動しており、舞台右袖も第2ヴァイオリンではなくヴィオラ。バルトークとラヴェルで音色を変えるという趣向だが、「クープランの墓」はもう少しメリハリの利いた音色で楽しみたかったというのが率直な印象である。一方、プログラム最後のドビュッシーは大いなる名演奏だったと思う。

しかしそれにしても、何故か腑に落ちないのは、このコンビによる演奏があまり感動を私にもたらさない点である。どこか都響の音も冴えない感じがする。もっともそれは私だけのことかも知れず(そうである可能性は大きいのだが)、特に毎年3月は季節の変わり目ということもあり、毎年体調が悪い。ここのところ寝不足も続いている。それでもコンサートに出かけるのは、例えばこの日のバルトークのピアノ協奏曲第1番などは、もう次にいつ聞けるかもわからないからだ。ドビュッシーの「海」だって、私は過去に一度しか聞いていない(シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)。まあ東京に住んでいなければ、そもそもこれほど多くの演奏会があるわけでもないので、クラシック音楽というのは時間もお金もかかる趣味だと実感した次第。今月は懲りずにあと2回は演奏会に出かける。そのことについてはまた、あとでここに書かねばならない。 

2022年12月25日日曜日

ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編)(カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団)

今年はラヴェルの作品を多く取り上げた。このブログの音楽記事は歌劇と管弦楽曲を中心に構成しているが、独特の機能美と構成の巧みさで、父はスイス、母はバスクという辺境の地にゆかりを持ち、ローマ大賞の選考にも漏れるといった数々の事件にも見舞われながら、多くの野心的作品を生み出していったラヴェルは、フランス音楽の大所というべき存在だと思っている。

そのラヴェルの、もう一つの作品ともいうべきものが、組曲「展覧会の絵」である。もともと「展覧会の絵」はロシアの作曲家、ムソルグスキーによるピアノ曲だが、ラヴェルはこの曲を原曲以上に有名な管弦楽曲に仕立て上げた。俗に「管弦楽の魔術師」と言われ、オーケストレーションの巧みさをまざまざと見せつけられる作品は、もしかしたら「展覧会の絵」以上のものはないのかも知れない。

生前には一度も演奏されることのなかったムソルグスキーのピアノ曲「展覧会の絵」は、19世紀の後半に作曲されているが、これをまずリムスキー=コルサコフが管弦楽曲に編曲している。レスピーギの師匠でもあったリムスキー=コルサコフは、「シェヘラザード」といった曲が有名であるだけの目立たない作曲家のように思われがちだが、後世に大きな影響を残したロシア5人組のひとりとして、重要な作曲家である。

ラヴェルがリムスキー=コルサコフ編に接したのかどうかはよくわからないが、独自の編曲で「展覧会の絵」を世に送り出したのは1922年のことである。このころ彼はは「ラ・ヴァルス」を始め、オーケストラによる斬新なバレエ曲をすでに作曲しており、名声を確立していた。そこで「展覧会の絵」に接したラヴェルは、インスピレーションを刺激されたのだろう。トランペットのファンファーレで始まるこのオーケストラ版は、編曲という新たな音楽的分野を輝かしいものに変え、以降、ストコフスキーを始めとしてチャレンジする作曲家も少なくない。それだけでなく、原曲(ピアノ曲)を演奏するピアニストが多いのも、オーケストラ版の存在が輝かしいからだ。それなら一度、原曲でも聞いてみようか、と。

ラヴェルが編曲した組曲「展覧会の絵」については、もう限りがないほどの録音が知られており、特に機能美の最先端を行く東西のオーケストラ、すなわちベルリン・フィルとシカゴ響に名演奏のものが多い。古くはアルトゥーロ・トスカニーニのモノラル録音盤が決定的な演奏として知られており、私も買って聞いた記憶がある。一切の残響を排し、ぐいぐいとコーダに向かっていく様は、まさにトスカニーニの真骨頂だが、このようなオーケストラの技巧を前面に立てた演奏は、機械化が進むアメリカ東海岸で活躍した多くの東欧系の指揮者が担うこととなった。

まずこの曲をラヴェルに依頼し初演したのが、その後ボストン響のシェフとなるロシア系ユダヤ人セルゲイ・クーセヴィツキである。さらにシカゴ響の音楽監督となったフリッツ・ライナーによる演奏は今もって決定的とされ、トスカニーニがモノラルであることもあってライナー盤の評価はゆるぎないものがある。シカゴ響の指揮者は、このあとゲオルク・ショルティに引き継がれ、彼もまた80年代にこの曲を録音している。音楽雑誌「レコード芸術」の裏表紙にショルティの「展覧会の絵」が掲載されたとき、私を含め数多くの音楽ファンが、この演奏を聞きたいと思った。あるときFMで放送されると知った時は、いつもより高級なテープを用意してエア・チェックに挑んだのは中学生の頃だったか。

シカゴ響による「展覧会の絵」は、このほかに若き日の小澤征爾やカルロ・マリア・ジュリーニによる演奏が有名である。本日ここで取り上げるジュリーニ盤は、そのなかでもちょっとユニークな存在ではないかと思う。なぜならこの演奏は、かなり遅い部類に入るからだ。しかし純音楽的な意味でこの作品をゆったりと鑑賞できる点で、この演奏以上のものを知らない。

ついでに言えば、イタリア系の指揮者による「展覧会の絵」は、フィラデルフィア管弦楽曲を率いたハンガリー系のユージン・オーマンディの後を受け継いだリッカルド・ムーティによりフィリップスにデジタル録音されているが、彼の来日時にテレビで見た「展覧会の絵」の名演奏は何度もその後放映され、わが国では有名である。私もCDをもっているが、トスカニーニからの流れが受け継がれている。

当時のアメリカ東海岸にはヨーロッパから流れてきたユダヤ人演奏家が数多く在籍する技巧的オーケストラが点在しており、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団、アンタル・ドラティ指揮デトロイト交響楽団、レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックなど、百家争鳴の状態であった。

ヨーロッパに目を転じると、ここは何種類も存在するヘルベルト・フォン・カラヤンが牛耳るベルリン・フィルとの録音が燦然と輝くが、フランス系の団体も当然のことながら、この曲を得意としていた。その中の最右翼が、エルネスト・アンセルメが指揮するスイス・ロマンド管弦楽団ということになるだろう。デッカによる曇りのない録音が、この曲の代表的演奏とされていた。アンセルメの演奏は、スイス人のシャルル・デュトワに受け継がれ、彼はモントリオール交響楽団で名録音を残している。アンセルメで「キエフの大門」を聞くときは、安普請の家が揺れるなどと言われたものだ。

この後、近年の演奏として記憶に残るのは、ワレリー・ゲルギエフによる2つの録音(うちひとつは珍しいウィーン・フィル)、ベルリン・フィルをカラヤンから受け継いだクラウディオ・アバド、サイモン・ラトルといったあたりが有名である。

組曲「展覧会の絵」は、展覧会場を歩きながら(プロムナード)、ひとつひとつの作品についてその絵から得られたインスピレーションを音楽にしている。冒頭のトランペット・ソロでプロムナードに圧倒的な印象を与えたのはラヴェルだが、その一声だけでこの曲を後世に残る作品に仕立てて見せた功績は、音楽史に残るものだろう。以降、様々な形での「プロムナード」を挟みながら、以下の順に音楽が進む。

プロムナード
1 小人(グノーム)
プロムナード
2 古城
プロムナード
3 テュイルリーの庭 - 遊びの後の子供たちの口げんか
4 ビドロ(牛車)
プロムナード
5 卵の殻をつけた雛の踊り
6 サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
プロムナード
7 リモージュの市場
8 カタコンベ - ローマ時代の墓 - 死せる言葉による死者への呼びかけ
9 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー
10 キエフの大門

聞けば聞くほど味わいのある曲になっていくが、ラヴェルの他の曲と同様、ただ旋律をなぞるだけのような演奏は面白くない。この曲の聞き方としては、このようなちょっとした味わいを感じさせるものがあるかどうかで、ただ技巧にのみ頼っている演奏はつまらない。また私は特に、「ビドロ」で小太鼓が次第に音量を増しながら、弦楽器が重い行進曲を奏でるシーンが好きだが、このような曲は原曲のピアノで聞いても楽しくはない。

ジュリーニによる演奏の特徴は、この金管楽器ばかりが鳴り響くような印象の曲に、きっちりと中低音の弦楽器が寄り添い、決しておろそかにしていないことだろう。重心を低く抑えていることで、しっとりと旋律が歌われ、ゆったりとした演奏でも聞きごたえがある。もちろん管楽器はシカゴ響のエキスパートが万全のテクニックを披露しているから、惚れ惚れとするほど上手く、その点でも申し分はない。例えば「カタコンベ」の出だしなどは、トロンボーンのアンサンブルが美しい。つまり完成度の点において、これ以上望めないような水準に達している。

なお、このCDには定番の「はげ山の一夜」が余白に収録されている。これも名演。

2022年12月4日日曜日

ラヴェル:ボレロ(ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団、エド・デ・ワールト指揮ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団)

かつて民放のクラシック音楽番組「オーケストラがやって来た」を見ていたら、当時の若手指揮者のひとりだった井上道義が登場して、新日本フィルを相手に「ボレロ」を指揮していた。子供とキャッチボールをする映像が差しはさまれ、さながらこの指揮者の紹介番組といった構成だったが、その時のインタービューで「この曲は単純な3拍子でははく、指揮は大変難しい」といった趣旨のことを言ってたのが印象的だった。長身の彼は長い手を大きく広げ、小さい音量で始まるこの曲の繰り返しのテーマを、必死で指揮している。私はそういうものかなどと感心し、以降、この曲を指揮する指揮者の身振り・手振りに注目するようになった。

NHK交響楽団の音楽監督に、フランス音楽の名手シャルル・デュトワが就任して「ボレロ」を演奏したとき、その身振りの少なさに驚いた。彼はほとんど何もせず、割りばしのような短い指揮棒を、正三角形の形に振っている。それは曲が進み、編成が大きくなるにしたがって、次第に大きくはなっていったが、それでも冷静で気取った感じが漂っていた。同じ「ボレロ」でも、こうも指揮が違うのかと思った。ただどちらの指揮も、大いに目立ちたがり屋の性質を醸しだし、見栄も感じさせるものだったことは共通している。指揮者はまず、そのような虚栄心を本質的に持っているものだと理解した。

そのバレエ音楽「ボレロ」はラヴェルの最後の作品である。ここで驚くべきことは、同じメロディーが小太鼓の規則的なリズムに合わせて、様々な楽器によって繰り返されては次第に大きくなり、最後には突如崩れて終わる。20分弱の間中、この太鼓は常に一定のリズムを刻まなくてはならない。間違いは許されず、指揮も最新の注意を払ってはいるが、基本的にはプレイヤーが集中力を維持するしかない。

最初は木管のソロで始まる静かなメロディーも同じで、楽器の組み合わせだけが変わり、やがては金管楽器を加え、さらには弦楽器、打楽器へと編成が大きくなっていく。上述のテレビ番組では、趣向をこらして演奏中の楽器のみにスポットライトを上部から当て、その組み合わせの移り変わりをわかりやすく紹介してくれた。こういった手の込んだ番組は、いまではほとんど見ることができない。

「ボレロ」はそういうわけで、演奏家泣かせの曲である。各楽器も良く知られた同じメロディーを弾くので、間違うと目立つ。ところが勝手なもので、聞き手は単調なリズムとメロディーに飽きてくる。つまり、単に楽譜通り演奏されただけでは、特徴ある演奏とはならないのだ。これにバレエが付いていればそちらにも目を奪われるが、演奏会ではなかなかそういうことはない。いやバレエだって、相当な緊張を強いられる作品ではないか。そういう意味で、この作品は短いながらも、弾き手にも聞き手にも結構な覚悟を強いる作品である。井上ミッキーの言う通りだ。それをさも軽々しくやっているように指揮するデュトワは、一枚上手の見栄張りではないかと思う。

過去から現在まで「ボレロ」を録音した指揮者は枚挙に暇がない。しかし私のお気に入りは、たった2種類である。ひとつは速く、もう一つは遅い。どちらの演奏もちょっとマイナーな、今となっては入手困難な演奏。そしてこの曲の表現としては、このような速度の違いによる2種類の演奏に大別されると思っている。

速い方の演奏のお気に入りは、ジャン・マルティノンのものである。マルティノンはフランス音楽の代表的巨匠だから、驚く話ではない。だがここで私が取り上げるのはフランスのオーケストラを指揮したものではなく、彼がわずかの期間音楽監督を務めていたシカゴ交響楽団とによる演奏である。彼のシカゴ響との演奏は、その前のフリッツ・ライナーと後のゲオルク・ショルティに挟まれて、ほとんど忘れ去れている。したがって、当時の演奏は熱烈なファン向けのボックス・セットのような形でリリースされている(Spotifyではうまく検索すると聞くことができる。またわが国では、Tower Recordがいくつかの作品を特別にリマスターしてリリースした。私が所有しているのもそれである)。

マルティノンは、終始緊張感を維持しつつも、決してフランス音楽の優雅さを失うことなく、この曲の魅力を最大限に引き出すことに成功している。聞き始めから引き込まれ、単調なメロディーの繰り返しが決して単調にならない不思議な感覚である。録音も60年代としては大変良く、ステレオのサウンドがこの技巧的オーケストラの黄金の響きを伝えてくれる。

一方の遅い方の覇者は、オランダ人の職人的指揮者、エド・デ・ワールト指揮ロッテルダム・フィルによるものである。この演奏はフィリップスによって録音されているが、ほとんど目立つこともなく、今ではどうやって聞くことができるのか皆目わからない。ただ我が国ではこの演奏が有名で、その理由は80年代にホンダ・プレリュードのテレビCMに使われたからである。おそらくCMのディレクターは、安定して峠道を悠然と走行する高級自動車の宣伝に、このデ・ワールトの演奏による「ボレロ」が最も相応しいという結論に達したに違いない。この演奏からでしか感じない一種のオーラが、わずか数十秒に圧縮されている。そのCMは大いにヒットしたのも当然であった。丁度このころは、クラシック音楽が多くのCMに使われていたが、おそらくそのきっかけを作ったのではないかとさえ思っている。そしてそういう曲ばかりを集めたCDが発売された。私が所有しているのは、フィリップスが発売した日本市場向けのTV-CM集である。

長い「ボレロ」の一体どこが、プレリュードにCMに使われたのだろうか。今となっては当時のCMは見ることができないから、推定するしかないのだが、おそらくは最初に弦楽器が登場してくる10分頃のメロディーではないかと思う。あるいはその次か。いずれにせよ、どんな演奏で聞いても最大限の聞き所は、この第1バイオリンがスーッと入ってくる部分だと思う。ディレクターはまた、この部分こそがCMに相応しいと判断した。

デ・ワールトの指揮は、この単純な曲から何かを感じさせてくれる。ゆったりと演奏しているが弛緩せず、フランス以外のオーケストラに見られるようなリズムの機械的惰性にも陥っていない。マリナーが指揮したドイツのオーケストラの演奏など聞くに耐えず、アバドの演奏(ロンドン響)もあまりに直線的で、最後には興奮したオーケストラの自然発生的なうなり声まで聞こえてくる戦慄の演奏だが、ユニークではあるもののウィットが感じられない。

そういうわけで「ボレロ」は難しい。だがこの曲はラヴェルの作品の結晶ともいうべきセンスを感じさせる。体を病んで作曲を進められなくなったラヴェルは1932年、62年の生涯を閉じた。

2022年9月24日土曜日

ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲ニ長調(P: レオン・フライシャー、小澤征爾指揮ボストン交響楽団)

第1次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ウィトゲンシュタインのために、ラヴェルは「左手のためのピアノ協奏曲」を作曲した。この作品は、(両手のための)ピアノ協奏曲ト長調と並行して作曲が進められ、「両手」よりも先に完成、初演された。2つの作品はいずれも米国旅行から帰国後に作曲され、ジャズの影響が顕著である。難しすぎると言ったウィトゲンシュタインとラヴェルの関係はこじれたが、右手が不自由になったピアニストにとってこの曲は代表的なレパートリーとなっている。

アメリカ人ピアニスト、レオン・フライシャーもその一人である。彼はベートーヴェンやブラームスの協奏曲で有名なピアニストで、ジョージ・セルとの一連の録音は有名だが、それはかなり前のこと(1960年代)である。病気によって右手の自由を失ったフライシャーは、左手の作品でピアノ演奏を続け、それは2000年代に回復するまで続いた。小澤征爾と左手のための作品のみを取り上げたCDがリリースされたのは、1992年のとだった。

収録されていたのは、もちろんこのラヴェルのほかに、プロコフィエフのピアノ協奏曲第4番、そしてブリテンの「ディヴァージョン」である(https://diaryofjerry.blogspot.com/2012/10/21p.html)。これらの3曲は、いずれもウィトゲンシュタインの依頼による作品である。両手が使えるピアニストも、積極的にこの曲を演奏、録音しているが、左手のための協奏曲のみを取り上げたこのCDは、ユニークな存在である。私も興味深くこのCDを購入して数十年が経つ。

曲はLentoと記された単一楽章から成っているが、実際には3つの部分から構成されている。まず第1部はとても静かに始まり、低音楽器の重奏が陰鬱な感じである。しかしほどなくしてオーケストラの音がクレッシェンド。ここで登場するピアノは、ややメランコリックなカデンツァである。続くオーケストラは全開で、ここにきてやっと明るくなる。

程なくして第2部になると行進曲が開始される。これは軍隊の行進を思い起こさせ、全体のテーマが戦争ということではないかと思えてくる。ただそのリズムの弾け方が、とってもジャジーでお洒落であることが嬉しい。小太鼓などが入り、なんとなく「ボレロ」のさきがけを聞く感じ。

第3部に入ると再び大きく弧を描いてテーマが再現され、曲が終わりに近づいたことを感じる。ピアノはしっとり、キラキラと夜景の如きカデンツァ。そしてコーダの部分はオーケストラによる大団円になったかと思うと、おもむろにリズムが強調され、いつものごとく突如終わる。18分ほどの曲。

小澤征爾はラヴェルを得意としていたが、この曲で見せるリズムの感性は、小澤の真骨頂ともいうべきもので、一糸乱れぬアンサンブルがボストン響の技巧にうまくマッチし、聞きごたえのある演奏に仕上がっている。特にコーダでの、まるで戦車が行進するかのごとき迫力は圧巻である。

2022年9月17日土曜日

ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調(P: アリシア・デ・ラローチャ、レナード・スラットキン指揮セントルイス交響楽団)

ラヴェルのピアノ協奏曲は、音楽史上数多あるピアノ協奏曲の中でもひときわ光り輝いている。この曲が作曲された時点で、こんなに斬新で素敵な曲があったのだろうか思う。もっとも時は1931年。日本ではすでに昭和に入っていた。

ラヴェルのピアノ協奏曲の特徴は、何といってもアメリカ旅行で影響を受けたジャズの要素ではないだろうか。第1楽章のリズミカルなタッチは、聞いているだけで興奮を呼び起こすだけでなく、明るく色彩感に溢れて陽気である。このころラヴェルはすでに病に侵されて、予定していた南米やアジアへの旅行も叶うことができなかったようだが、初演は大成功を収めた。もしラヴェルがもう少し長生きし、こういった国々の影響を持つ曲が生まれていたら、どんな素敵なことだっただろうかと思う。

音色の多彩さは、ピアノ協奏曲にはふだん使われない楽器にも負っている。冒頭、鞭がパチンと鳴り、ピッコロも聞こえてくる。わずか20分余りの短い曲に様々な音楽要素が満載。若手ピアニストがテクニカルに演奏すると、冴えわたった空間にまるで虹のような光線が飛び交う。

だが、この曲の最大の魅力は何といっても第2楽章である。ここを聞くとき、何と美しい曲なのだろうかと思う。夜の川辺を歩いていると、水面に映る灯りが揺れる。夏が終わりを告げ、ちょっと生暖かい風が頬を撫でる。疲れを感じつつも、ようやく迎えた癒しの季節。しばしやすらぎに心を委ね、繊細で浮き上がるようなピアノに聞き入る至福のひととき。単純なのか、複雑なのか。感傷的なのか、冷静なのか。音楽の魔法は私の脳に、麻薬のような陶酔感をもたらす。

不思議な音楽である。これをずっと聞いていたい、と思う。だが、消え入るように第2楽章が終わると、そこに登場するのは「ゴジラ」の音楽だ。全編に亘ってジャズの要素が絶えることはないのだが、一口にジャズといっても実に様々である。映画「ゴジラ」の音楽が、ここの第3楽章から来たのは明らかだが、それは作曲した伊福部昭がラヴェルの作品、とりわけピアノ協奏曲にほれ込んでいたというエピソードからも明白である。

若い情熱的なピアニストが、気鋭の指揮者と組んだ演奏、たとえばアルゲリッチとアバドの最初の録音は、私がこの曲を最初に聞いた時の演奏だが、そういう若手のエキサイティングな演奏も忘れられないものの、その後出会ったこの作品の愛聴盤は、より年配の熟年コンビによる演奏だった。アメリカ人の指揮者レナード・スラットキンが伴奏を務めるアリシア・デ・ラローチャの演奏がそれである。

このCDが発売されたとき、私は何か名状しがたい魅力を感じ、迷わず購入した。「左手」のピアノ協奏曲と、「優雅で感傷的なワルツ」なども併録されているが、やはり「両手」のピアノ協奏曲ト長調に尽きる。スペイン人ピアニストのラローチャは、モーツァルトのピアノ協奏曲で名を馳せ、このころには2度目のサイクルをRCAに録音中だったと思う。その時にやはり2度目となるラヴェルの協奏曲も発売された。

ここでラローチャは、天性の素質を生かして気品に満ちた演奏を繰り広げるが、それをもっとも感じさせるのが第2楽章であることは言うまでもない。スラットキンのゴージャズなサポートと優秀録音のお陰で、比類ない完成度を保ちつつ、余裕すら感じさせる風格をさりげなく醸し出す。特にコールアングレとピアノの二重奏となる部分は、全体の白眉である。

この時すでに70歳にも達していたラローチャのテクニックが、この難曲を演奏するに十分なものかという意見も見たことがあるが、これだけ年期の入った熟練ピアニストでなければできない表現というのも事実であろう。と、ここまで書いて、今日も今から夜の散歩にでかけることにしようと思う。もちろんラローチャのラヴェルを聞きながら。

2022年9月11日日曜日

ラヴェル:ラ・ヴァルス(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮パリ管弦楽団)

ラヴェルのオーケストラ作品「ラ・ヴァルス」は、ヨハン・シュトラウス2世を代表とするウィンナ・ワルツへのオマージュとして作曲された。ただシュトラウスが活躍したのは、主に19世の中頃で、そのあとに生まれたラヴェルが「ラ・ヴァルス」を作曲したのは、1920年ころのことである。この間には、ヨーロッパ史における決定的な事件、すなわち第1次世界大戦があった。

もっともラヴェルがウィーン風舞曲の作曲を思いついたのは、もう少し早くからである。彼は交響詩「ウィーン」という作品の着想を明らかにしている。それが1914年頃のことで、つまりは第1次世界大戦の前ということになる。この時間的な隔たりが、作品にどう影響したかを考察することが、この作品を理解するための重要な手がかりである。第1次世界大戦は、ヨーロッパにおける大変な惨禍をもたらし、ハプスブルク家の終焉をもたらしただけでなく、従軍したラヴェルの心身をも蝕み、この間に母親を亡くすなど、作曲も満足に続けられないほどに憔悴しきっていたことは良く知られている。

第1次世界大戦の前の後で、ラヴェルを取り巻く環境は大きく変貌した。そしてそのあとにバレエ音楽として作曲された「ザ・ワルツ」(ラ・ヴァルス)は、おおよそ典雅なウィーン情緒とは無縁の、複雑な音楽となった。作曲を依頼されたディアギレフは、この曲を舞曲とは認めず、そのことがきっかけで長年続いた両者の仲は決裂することになった。もしこの間に第1次世界大戦がなかったら、もっと違った作品になっていたのだろうか?これはもはや想像の域を出ない設問である。

「渦巻く雲の中から」とラヴェルは語っている。「ワルツを踊る男女がかすかに浮かびあがってくる」。この雲の向こう側にダンス会場がある。雲の向こうに見える古き良き時代は、もはや世界が取り戻すことのできない世界である。テンポが乱れ、ゆらめき、リズムはかろうじて3拍子を維持してはいるが、これで踊れと言われたら誰もが難色を示すかもしれない。ウィンナ・ワルツはもはや正常な形では踊ることもできないものになってしまった、とラヴェルは考えたのだろうか。その証拠はないし、これは単なる想像でしかない。

今でも続くウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに「ラ・ヴァルス」が演奏されたことはない。フランス人の指揮者、あるいはフランス音楽を得意とする指揮者が登場しても、あるいはリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」のワルツが演奏されたことはあっても、ラヴェルのこの作品は取り上げられてはいない。そのうち誰かが取り上げることになるのでは、とも思うのだが、考えようによってはこのような、複雑な気持ちを抱く可能性がある。古き良きウィーン情緒に浸っていたいお正月の気分に、この作品は刺激的すぎるのだろうか?

だが純粋な管弦楽作品としての「ラ・ヴァルス」は、それなりに魅力的である。上記のような背景を知らずに楽しんで聞くこともできる。戦争の前後で変わってしまった世界を意識しなくても、音楽芸術がこの時期、行き場を失って複雑なものになってゆくのは、避けられない事実だっただろう。ウィンナ・ワルツを現代フランス風に表現したらこうなった、という単純な理解で十分かもしれない。

さて、演奏はフランスのオーケストラの醸し出す、ややヴェールのかかった音色に、十分妖艶でかつ色彩感あふれるものを選ぼうと思った。そして、パリ音楽院管弦楽団を受け継いだパリ管弦楽団ほどこれに見合うオーケストラはない。そのパリ管の歴代指揮者のなかで、ひときわ異彩を放つのが、発足直後に急逝したミュンシュの代役として音楽顧問の地位に就いたヘルベルト・フォン・カラヤンである。カラヤンはベルリン・フィルを指揮する傍ら、ウィーンのみならずパリの音楽舞台をも席巻する活躍ぶりだったと言えよう。

ところが「パリのカラヤン」を聞くことはなかなか難しい。Spotifyで検索してもカラヤンのラヴェルはベルリン・フィルを指揮したものが出てくるだけだ。仕方がないから中古のCDをAmazonあたりで探すしかない。そしてEMIがリリースしたかなり古いCDしか、これに該当するものはなさそうだった。私が今日聞いているのもそのCDである。このCDはかなり魅力的で、「ラ・ヴァルス」を筆頭に「スペイン狂詩曲」「道化師の朝の歌」そして「クープランの墓」が収録されている。いずれもカラヤンの精緻で職人的な技術が、フランス音楽にも的確に適合し、その魅力を伝えて止まないことがわかる。これは驚異的なことではないか。

大阪万博の年である1970年に、パリ管弦楽団は来日している。しかしこのとき同行した指揮者はカラヤンではなく、ジョルジュ・プレートルらだった。カラヤンはパリ管との相性があまりよくなかったといわれている。そして両者の関係はわずか2年しか続かず、1972年にはパリを離れている。それゆえに、この期間の録音は貴重だとも言える。

2022年8月23日火曜日

ラヴェル:スペイン狂詩曲(ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団)

ラヴェルの管弦楽曲を順に取り上げてきたが、初期の純粋な管弦楽作品である「スペイン狂詩曲」のことに触れるのを忘れていた。バスク地方で生まれたラヴェルは、スペインに対する愛着を持ち続け、それは数多くの作品に結実しているが、この「スペイン狂詩曲」もその一つである。ファリャをして「スペイン人以上にスペイン的」と言わしめたエピソードは有名である。

4つの部分から成り立っており、スペイン情緒が満点の音楽である…と書きたいところなのだが、これには若干注意がいる。私はこの曲を中学生の時に初めて聞いて、さっぱり感動しなかったからである。理由はいくつかある。まず、この曲の出だしは静かで、第2曲で少し明瞭なリズムが聞こえてきたかと思うと再び音は小さく、終曲になってようやく派手になるかと思うものの、それは他の作品ほど印象的でもない。随分地味な曲だな、と思った。

もう一つの理由は、当時の我が家の再生装置によるもので、LPレコードというのは針やカートリッジなど、様々な機器の性能に大きく左右される。しかもアンプとスピーカーがぼろいと、フランス音楽の色彩感など到底うまく表現できないのだ。加えてクリュイタンスのEMI廉価版レコードは、あまり録音がよろしくない。今でこそリマスターされ、デジタル化されて蘇っているのだが、当時の録音をそこそこ聞ける音に再生するには巨額の投資が必要だった。

そういういわけで、「狂詩曲」という名から派手でマッチョなスペイン音楽を想像していた私は、このあまりに繊細な音楽に戸惑ってしまったのだ。

第1曲; 夜への前奏曲
第2曲: マラゲーニャ
第3曲: ハバネラ
第4曲: 祭り

そのあと80年代にスペインを旅行して、この国がめっぽう暑い国であることを実感した私は、砂漠に囲まれたマドリードの安宿に泊まりながら、昼間の酷暑の朦朧とした意識が夜になっても消えず、絶えず倦怠感にさいなまれることとなった。今では「熱中症」という当たり前のキーワードも当時はなく、うなされながら冷たい飲み物を求め、少しでも涼しいところはないかと、博物館のロビーなどに押しかけては、大勢の若者旅行者と一緒にたむろしていた。

そんなスペインの夏の、けだるく重苦しい夜の雰囲気を、第1部は表現している。まるで蜃気楼のような下降メロディーが、麻痺した意識を表現している。一方第2曲は、スペイン南部の舞曲である。私はセヴィリャに行こうとしてバルセロナから乗った夜行列車が乗換駅に遅着し、乗り損ねた挙句砂漠の中のローカル駅に取り残され、急遽行き先を変更せざるを得なったのだが、もし当時、スペイン国鉄が時刻通りに走っていれば、あのアンダルシア地方を始めとする南部の都市に行くはずだった。

第3部も舞曲ということになっているが、幻想的で静かな曲である。まだ夜の暑さは続いているのだろうか。やがて遠くからオーボエが聞こえてくる。ハープが印象的に慣らされて、ようやくあの情熱のスペインが顔を出す。「祭り」と題された終曲は次第に熱気を帯び、カスタネットが鳴る。しかし中間部には再び大人しくなって、第1部のけだるいメロディーも顔を出す。やっと楽しくなってきたと思ったら、まるで「ボレロ」のように唐突に曲が終わる。

忘れてはならないラヴェルの演奏家として、ピエール・モントゥーがいる。「ダフニスとクロエ」の初演など、一連のバレエ音楽とは切っても切れないものがある。そしてこのロンドン交響楽団と録音した演奏は、1962年のものとは思えないような鮮烈さが今でも光彩を放っている。このコンビもまた大阪国際フェスティバルに登場し(1963年)語り草となっている。私も大阪の生まれだが、もちろん生まれる前のことである。ゆるぎない見通しを持った演奏は、きっちりとリズムを刻み、スペイン情緒とフランスの粋が交じり合った名演奏を、今の私にも生き生きと伝えてくれる。

2022年8月14日日曜日

ラヴェル:組曲「クープランの墓」(ジャン・マルティノン指揮パリ管弦楽団)

もとはピアノ曲である組曲「クープランの墓」もまた、作曲者自身によって管弦楽曲に編曲された。この曲は地味ながら、なかなか親しみやすいと思う。ピアノ版から2つの部分が省かれ、次の4つのパートから成り立っている。

第1曲 プレリュード
第2曲 フォルラーノ
第3曲 メヌエット
第4曲 リゴドン

クープランと言えば、フランス・バロックを代表する作曲家である。だから私は、この曲はクープランを偲んで作曲された、言わばオマージュともいうべき作品であると思っていた。親しみやすいメロディーも、そういう理由からだろうと考えた。ところが、この曲は第1次世界大戦で戦死した知人たちを追悼する作品だということを知った。かなり時が立ってからのことであった。

バスク地方で生まれたラヴェルは、父がスイス国籍、母はバスク人だったらしいが、パリ国立高等音楽院に学び活躍する。彼はことさら愛国心が強く、作曲を続ける傍ら従軍するのだが、体調を壊した上に母親が亡くなり、創作意欲も消え失せていく。「クープランの墓」を作曲したのはそのころである。各パートは、戦死した軍人らにそれぞれ捧げられている。

「プレリュード」が始まるとオーボエの速いメロディーに驚く。どこかチェンバロを思わせるような古風な優雅さも備えている。相当難しいのではと、素人の私などは思ってしまうのだが、これを何気なくさらっとやってしまうのが大変心憎い。2曲目の「フォルラーヌ」は北イタリア地方の舞曲で、揺れ動くリズムが特徴的。

第3部は「メヌエット」。ここでもオーボエが活躍する。どこか懐かしく古風な感じで、いつまでも聞いていたくなる。全体を覆っているのは、やはりフランスの雰囲気である。そして主題を弦楽器がしみじみと奏でるとき、やはりピアノだけの版よりも風情があるなあ、と思ってしまう(ピアノ版もそれはそれで悪くはないが)。終曲「リゴドン」は南フランス、プロヴァンスの舞曲。全体に色彩感に溢れテンポも良いが、中間部には特徴的なメロディーも挟まれて、大変味わい深い。

演奏はフランス風の香りがするものを選ぶことにした。いくつもあるのだろうが、ジャン・マルティノンが手兵パリ管弦楽団を演奏したものが秀逸と思う。ドイツやイギリスのオーケストラには真似のできないような、エレガントなアクセントやフレーズが指揮者とオーケストラの間に自然と漂っており、バランスの良いアナログ録音にうまく収められている。

2022年8月11日木曜日

ラヴェル:バレエ音楽「マ・メール・ロワ」(ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

「マ・メール・ロワ」とは「マザー・グース」のことで、マザー・グースとは英国に伝わる童話や童謡の総称である。ラヴェルはフランス人だったが、このマザー・グースからいくつかの題材を選び音楽にした。

「マ・メール・ロワ」は当初、ピアノ連弾用に作曲された。子供でも演奏しやすいよう配慮されているらしいが、結構凝っていて難しいのではないかと思われる。そしてラヴェルは、このピアノ用の作品をお得意の管弦楽曲に編曲している。ここでピアノの曲はそのまま管弦楽曲になっている。しかし本日私が聞いているのは、さらにいくつかの曲を加え、曲順を入れ替えたバレエ音楽版である。

前奏曲
第1場 紡車の踊りと情景
第2場 眠れる森の美女のパヴァーヌ
第3場 美女と野獣の対話
第4場 親指小僧
第5場 パゴダの女王レドロネット
終曲 妖精の園

前奏曲は朝日の射す森の中に入っていくイメージ。音楽はきわめて遅く、これは深い森である。遠くでホルンがこだましている。やがて盛り上がって第1場へ。どこか別の扉を開いたような世界が、そこには広がっている。フルートが鮮やか。この曲では、各楽器とその交わりによって醸し出されるさまざまな音から、イメージを膨らませながら聞くのが面白いだろう。バレエを見ていれば勿論、もう少し具体的なものが見えるのかも知れない。しかし音楽だけを聴いて、場面を想像する楽しみもまたある。ただ第4場の「親指小僧」を「一寸法師」と訳するのは、ちょっと無理があるかもしれない。

第4場のあとに演奏される間奏曲が、全体の転換点だと思う。ここでチェレスタやハープ、コールアングレなど、ちょっと特徴的な楽器が登場して、それまでのメロディーから変化してゆく。第5場 「パゴダの女王レドロネット」はスピードがあって面白く、フルートの旋律やリズムが東洋的な響きである。ここでのパゴダとは、中国の磁器製の首振り人形のことだそうだ。

終曲「妖精の園」では、再び森の中に回帰して、落ち着いて静かに美しい曲が続く。お伽の国のメルヘン。最後はクライマックスとなって幸福な音楽が壮大に終わる。

本来は愛らしい作品ではあるけれど、一流のオーケストレーションによって随分大人向けの作品に仕上がっているという印象を受ける。ここにはラヴェルにしか書けない浮遊感と、蠱惑的で夢想的な世界が大きく広がっている。しかもそれをブーレーズとベルリン・フィルが演奏しているのだ。これはもう大人の世界。連綿と続く和音の微妙な変化が、ぞっとするほど確信的で落ち着いている。透明な響きがやがてクライマックスを築くとき、魔法というよりは職人の技を見ているよなリアリティがある。ちょっと変わった演奏というべきか。

2022年8月8日月曜日

ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団・合唱団)

まだ東京に出て数年しか経っていなかったころ、関西に帰省するのに少し寄り道をしようと思った。東海道新幹線を豊橋で降り、ローカル鉄道に乗り換えて渥美半島を横断し、バスに乗り換えて伊良湖岬に着いた。真夏のうだるような暑さに汗がほとばしり出た。雲一つない快晴の海岸は太平洋に面しており、「椰子の実」(島崎藤村)の舞台として有名なところである。

三重県の鳥羽に向かうまでの一時間余り、まるでギリシャの海を思わせるような白く高い空と、青く深い海を眺めていると、湾口の間に異様な島が現れた。時刻表にも載っていないその島を左手に見ながら、私はこの島が一体何なのか知ろうとした。島は急峻な斜面に覆われて高い山がそびえている。住んでいる人がいるのだろうか、あるいは交通はあるのだろうか、などと考えた。まだ携帯電話などなく、実家に戻って日本地図などを開いて調べると、その島は「神島」という鳥羽市に所属する島であることがわかった。

「神島」といういかにも神秘的な名前にも興味は深まるが、その島には数百人しか住民はおらず、おおよそ観光などとは無縁で、おそらくは釣り好きの人が訪れるくらいだろうと想像できた。私はフェリーの中から見た独特な光景から、何かスピリチュアルなものを感じたが、その「神島」こそ三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となったことを後で知った。三島もまた、この島の異様な光景から着想を得てこの小説を書いたのだろう。

小説「潮騒」は映画化され、山口百恵と三浦友和が共演したことで話題を呼んだ。以前NHK-BSで放映された映画の裏話を紹介した番組では、この神島で行われたロケの話が印象深い。そしてこの「潮騒」こそ、古代ギリシアのロンゴスの小説「ダフニスとクロエ」のコピーである。私は大学生の頃、この「ダフニスとクロエ」の話を遠藤周作のエッセイで知り、岩波文庫で読んだ。エーゲ海に浮かぶ離島の牧歌的な情景を舞台に、少年と少女に芽生えた純真な恋とその成就が抒情豊かに描かれている。

絶海の孤島を舞台にした古代の純愛物語は、ディアギレフが率いるロシアのバレエ団のために、ラヴェルが管弦楽曲に仕立て上げた。その後2つの組曲にも再編成されたこのバレエ音楽は、ラヴェルの数ある作品のかなでもひときわ大規模であり、合唱を加えた交響曲のような作品である。特に第2組曲は、いまでも盛んに演奏され人気も高い。

物語は3つの部分から成り立っている。

第1場は午後の牧草地。序奏に続いて宗教儀式が始まる。静かで幻想的な中から立ち上ってくる木管楽器が印象的で、何か妖艶な雰囲気を私は感じる。合唱が用いられる場合はさらに効果的だが、こちらはより健康的で明るい感じがする。二人の主人公、ダフニスとクロエは登場している。そこへダフニスの恋敵であるドルコンが現れグロテスクに踊るが、続いてダフニスは優雅に踊り勝者となる。

続いて現れるのは、年増女のリュセイオンである。彼女はダフニスを誘惑するが、海賊なども現れて結構テンポが切迫する。しかしやがて夜想曲が始まり、夜の静寂に風が吹くような中で神秘的な第1部が終わる。音楽だけを聞いていると、静かで長い第1場である。

合唱がアカペラを歌い、間奏曲に入ると第2場である。

海賊たちの野営地では、やがて戦いが始まる。音楽が大きくなり、初めて賑やかな展開に。海賊に捕まったクロエは助けてくれと哀願。すると神の影が現れて大地が割れ、海賊が退散する。このあたりはストーリーを頭に入れて聞かないとよくわからなくなってしまい、ちょっと辛抱がいる。

結局、聞き所は15分あまりの第3場(つまり「第2組曲」)に集中してくる。夜明け前の牧草地。この夜明けの音楽が醸し出す明るい解放感は見事というしかない。合唱も交じってフランス音楽の真骨頂のような雰囲気。ようやく結ばれたダフニスとクロエ。音楽は無言劇を経て「全員の踊り」に入り、熱狂的な大団円を迎える。

モントリオール交響楽団の音楽監督に就任し、フランス以上にフランス的と称されたその一連の演奏は、優秀な録音技術を誇るデッカによって数多リリースされ、完成度の高さに毎回驚かされた。80年代に入ったころから20年以上続く快進撃の最初の録音が、たしかこの「ダフニスとクロエ」(全曲)だった。この記念すべきディスクは今もって、同曲の最高の演奏に数えられている。

私が学生時代に自腹で購入した記念すべき5枚目のCDは、デュトワによるラヴェルの「管弦楽曲集」だったが、そこには第2組曲のみが収録されていた。この演奏は、全曲版からの抜粋だったと思う。しかしデュトワはこだわって全曲を収録し、大成功を収めた。このディスクには合唱が入っていることからも、そのこだわりが見て取れる。

デジタル録音の技術が登場して40年以上が経過したが、今聞き直してもその新鮮な演奏にはまったく遜色がないばかりか、細部にまでクリアな音色と、確固とした演奏のリズム感など、聞きていて嬉しくなる。デュトワの自然で軽やかでありながらエレガントな響きは、どこか厚ぼったかったフランス音楽の演奏を淡くモダンな色彩で塗りなおし、一世を風靡した。


ラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲版

神島(三重県鳥羽市、94年8月)
1.序奏と宗教的な踊り
2.宗教的な踊り
3.全員の踊り
4.ドルコンのグロテスクな踊り
5.ダフニスの優雅で軽やかな踊り
6.リュセイオンの踊り
7.夜想曲
8.間奏曲
9.戦いの踊り
10.クロエの哀願の踊り
11.夜明け
12.無言劇
13.全員の踊り

2022年8月7日日曜日

ラヴェル:組曲「鏡」より「道化師の朝の歌」(アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団)

ある日学校から帰ってFM放送のスイッチを入れたら、聞いたことのない音楽が聞こえてきた。いつも聞いてるNHK-FMの午後のクラシック番組だった。色彩感に溢れ、リズムが千変万化し、それをオーケストラが優雅に奏でる。オーケストラの音は、いつも親しんでいたドイツ系の音色とは異なり、軽妙で洒脱。たった7分余りの音楽に私は身震いをお覚えるような感動を味わった。

アナウンスによれば、これはラヴェルの管弦楽曲「道化師の朝の歌」、演奏はアンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団とのことだった。私はこの組み合わせの演奏をもっと聞いてみたいと思い、小遣いをはたいて買ったLPレコードが、クリュイタンスによるラヴェルの「管弦楽曲集」だった。このLPは、ワルター指揮によるモーツァルトのLPに次ぐ、私の2枚目の所有ディスクとなった。

この1枚のLPレコードには、「ボレロ」や「ラ・ヴァルス」、それに「スペイン狂詩曲」などが収録されていたが、残念ながら「道化師の朝の歌」は含まれていなかった。だが私は、それらの曲に「道化師」と同様の興奮を覚えた。今から思えば、これが私のフランス音楽の原体験だった。

あれから数年がたち、CDの時代になって数多くの録音がリマスター発売されるに際し、毎日のように通った池袋のHMVで2枚組のクリュイタンスによるラベル名曲集に出会った。ここにはもちろん「道化師」も収録されていた。しかしどういうわけか、私はこのCDを買っていない。「道化師の朝の歌」はラヴェルがまだ若いころに作曲した作品で、これ以降のより充実した作品の方が聞きごたえがある、と思っていたからだろうか。すでにラヴェルのCDとしては、当時発売されて最高の評価だったシャルル・デュトワのものを買っていたからかもしれない。

「道化師の朝の歌」はもともとピアノ曲で、30分もある組曲「鏡」の中の4曲目の作品である。この曲と第3曲「海原の小舟」のみがラヴェル自身によって管弦楽曲にアレンジされている。クリュイタンスのCDには、その2曲が収録されている。

アンドレ・クリュイタンスはベルギー人の指揮者であったが、フランス音楽を得意とし、大阪国際フェスティバル協会の招きで60年代に来日している。私がまだ生まれる前のことだが、圧巻の演奏を繰り広げたようだ。この時の演奏は語り草となり、クリュイタンスの演奏は、わが国では大変評価が高い。最初で最後の来日ののち、わずか62歳で没していることもある。ベルリン・フィルとのベートーヴェンの交響曲全集は、カラヤンではなく何とクリュイタンスと行われている。しかし今となっては、忘れ去れたような指揮者となっている。

Spotifyの時代になって、過去の演奏を含め、手軽に音楽が聴ける時代になった。まだ中学生だった私が胸を躍らせて聞き入った時から40年の歳月が経過した。本日、暑い夏の日の朝に聞く「鏡」からの2曲には、スペイン情緒が溢れ、落ち着いた雰囲気に聞こえた。もっとどんちゃん騒ぎの曲に聞こえていたのは、やはり私がまだ若かったからだろうか。

2016年1月15日金曜日

ベルリン・フィルのヨーロッパ・コンサート2003(ピエール・ブーレーズ指揮)

リスボンにある世界遺産・ジェロニモス修道院を新婚旅行で訪れた。1996年12月のことである。ヴァスコ・ダ・ガマとエンリケ航海王子。香辛料貿易によって得た巨大な富は、大航海時代を代表するこの二人を称え、さらなる航海における修道士たちの精神的な支えを得る場所となった。だがポルトガルの繁栄は長くは続かなかった。大航海時代の主役はスペイン、そのあとオランダへと取って代わられ、リスボンの街は天災も重なって大きな苦難を味わうことになったのだ。

ジェロニモス修道院はそんなポルトガルの短いながらも大きな繁栄を象徴する場所である。サンタマリア教会を中心に2つの博物館、それに航海時代を偲ばせる装飾的な彫刻の施された、マヌエル様式といわれる建物で構成される回廊と中庭からなる巨大な建築物である。航海を終えてテージョ川の河口に入ると見えるその姿は一層、航海士たちを励ましたに違いない。

ベルリン・フィルの創立記念日である5月1日に行われるヨーロッパ・コンサートは、ドイツ統一の翌年1991年から始まった。このコンサートはヨーロッパ各地の歴史的建造物で行われ、わが国でも放送されるしDVDなどで発売されている。2003年のこのコンサートはリスボンのジェロニモス修道院で行われた。大病を患い療養中だった私には、大きな残響をともなって響く音楽と映像自体が大変新鮮でおおいに感慨を持ちながら見たのだが、その時の指揮者が何とピエール・ブーレーズであった。それまではアバドやバレンボイムが担当していたコンサートに、何とブーレーズが招聘され、しかもモーツァルトを振るではないか。ピアニストはポルトガル生まれのマリア・ジョアン・ピレシュであることが決定的だった。すなわちこのDVDを手元に置いておきたいと思ったのである。

ビデオで見るジェロニモス修道院は、私が訪れた時とは違って修復され、中庭の植物も芝生に変わってしまったようである。このほうが見栄えは良いのかも知れないが、往時の繁栄を偲ばせる雰囲気が損なわれてしまったような気もする。そんなことを考えながら、このビデオを久しぶりに見た。ブーレーズの訃報に接したことを機会に、追悼の意を込めて取り上げる録音は何がいいかと考えたからである。

私は一度だけブーレーズのコンサートを聞いている。ロンドン交響楽団を指揮したストラヴィンスキーの「春の祭典」などである。この演奏は凄かった。オーケストラが丸で巨大な戦車のように思えたのである。 同時にブーレーズの音楽が、一般的なCDで聞くときの、やや平べったくて大人しい、ややもすればちょっと息苦しいような演奏とは全く異なることを発見したのだ。もしかするとその音作りは、CD制作会社の創作の結果ではないのか。ミキシングにおける「ブーレーズの音」の編集方針があらかじめ決まっているのかも知れない、とさえ思ったのだ。

「古い友人に会ったような気がする」とどこかの批評で読んだのは、90年代ドイツ・グラモフォンと専属契約を結び、何十年ぶりかとなる「春の祭典」の録音が登場した時のことだ。クリーヴランド管弦楽団を指揮した旧盤の「春の祭典」は、特に「生贄の踊り」の部分の正確さがほかの演奏の追随を許さないほどに完璧であると言われていたし、私も中学生時代に聞いて大いに感動していたのだが、そのあとはブーレーズはむしろ作曲に専念し、メジャー・レーベルの録音からは遠ざかっていた。

その後私はバイロイト音楽祭を録画したシェロー演出の「ニーベルングの指環」で初めてワーグナーを知った。一連のマーラーの作品はどれも名演で、何枚かを買って持っている。最近では珍しい「嘆きの歌」をザルツブルク音楽祭で演奏し、その模様はブルーレイ・ディスクで発売されている(私はこれも買った!)。というわけで私はブーレーズの演奏の、さほど熱狂的ではないがファンであると思っている。そうそうあの最速の「パルジファル」も!

思えば90年代以降のオーケストラ録音はすべてが話題であった。晩年のブーレーズはもはや超一流のオーケストラとしか共演することはなく、無表情に見える指揮から紡ぎだされる音楽は構造が正確この上ない。その表現が面白いかはともかく、近代以降の音楽の演奏のにおけるひとつの模範ともいえるものではないかと思ったりしている。

そんなブーレーズのレパートリーはせいぜいロマン派後期あたりから始まるわけで、それ以前の演奏を聞いたことがなかった。ところがこのDVDでは何とモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K466を指揮しているのである。このモーツァルトは何もしていないようなまったく自然な演奏だが、それがピレシュの自発的で素朴な真摯さと組み合わさって、とても充実した見ごたえのある演奏になっている。

ブーレーズとベルリン・フィルの演奏はプログラムの最初にラヴェルの組曲「クープランの墓」と、モーツァルトをはさんだ最後にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」である。このいずれの作品も私はこれまででもっとも共感を得ながら聞くことができた。特に「クープラン」はあまり聞かないが、これほどよくわかる気がしたことはない。一方、短いコメントの後にドビュッシーの「夜想曲」より「祭り」が演奏され、これは誠に素晴らしい演奏である。

ジェロニモス修道院は天井が高い教会コンサートにありがちなように、とても残響が大きいのだろう。マイクは近めに設置されている。そのため各楽器がメリハリを持って弾かれている。前の残響を打ち消す必要があったのだろう。

ブーレーズはフランスを代表する現代音楽の作曲家もあった。だが彼は作曲家としてではなく指揮者として後世に残るだろうと思う。彼自身が現代音楽の限界を知っていたと考えるべきだろうか。音楽の知識に乏しい一ファンが安易なことを書くのはよそう。けれども私にとってのブーレーズは、ストラヴィンスキーとワーグナーそれにマーラの、他に比肩しうることのない名演奏をする指揮者であった。

2013年7月9日火曜日

ドビュッシー:交響詩「海」、牧神の午後への前奏曲、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」組曲第2番、ボレロ(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

カラヤンの一連のドビュッシーの録音には、主要なものだけで4種類(映像は除く)あり、そのうちの最初のフィルハーモニア管弦楽団とのものと、77年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのもの(EMI盤)は、あまり目立たないために熱心なリスナー向けであると思われる。このため、最終的には64年盤と85年盤との比較となる。

私はカラヤンの演奏は、いつも60年代の方がいいと思うことにしている。これは経験からそう思うのだが、録音自体はもちろん80年代の方がいいだろうし、すべての演奏を比較してい言っているわけでもない。だが、録音の技術を追い求めたカラヤンでも、指揮の水準は維持できなかった。結局、いくつかの例外を除けば、私は断然60年代のものをとることにしている。

ここで困ったことが起こる。ドビュッシーの「海」などをおさめた60年代の録音は、何度か再発されているが、カップリングがムソルグスキーの「展覧会の絵」となっているのである。これも名演奏だと思われるが、私は「牧神の午後」も好きだし、それにラヴェルの「ダフニスとクロエ」もそろえておきたい。そしてこういうカップリングのCDは、あるのかないのか、あまりお目にかからず、けれどもどこかで発売されているようでもあったし、それが廃盤になっていたりもした。

待つ、ということにしていたが、何年たってもなかなかいいカップリングが出ない。その間にやはり80年代の録音はいつも注目され、そしてこのドビュッシーに関しては、それはそれで名演奏であることが知られているようだ。やはり諦めようか、などと思っていた。そんなある日に、私はDeutsche Grammophonの紙のジャケットCDで、これらドビュッシーとラベルをうまくカップリングした新リマスター盤が発売されていることを知ったのである!

さて、その演奏であるが、これはやはり今聞いても新鮮な最高の演奏であるといわねばならない。普段はあまり聞かないドビュッシーも、カラヤンのマジックにかかると何と新鮮なことか。独奏のフルートはゴールウェイではないかと思われる。例年以上に早い梅雨明けに戸惑う間もなく猛暑が続き、立ちくらみを覚えるような昼下がり、私は早めにオフィスを出て、冷房のきいた喫茶店でコーヒーを飲みながら、いつものiPodで聞いた。至福のひとときであった。

ボレロでは、10分程度を過ぎたあたりで初めて弦楽器が登場する。ここは一番の聞かせどころで、第1ヴァイオリンがあの旋律をすうーっと弾く時には背筋がぞくぞくするものだ。それまでの菅楽器のみの編成からいよいよ大団円に向かうその最高の見せ場で、何とカラヤンは小太鼓の数を一気に増やし、そして音量を大きくしてみせた!やはりカラヤンは心憎い!そして続くヴァイオリンのレガートが、丸で単一の楽器を弾いているような完璧なアンサンブルを奏でる。何度練習したか知らないが、いくらベルリン・フィルでもそう簡単ではないだろう。統制と抑制の取れた旋律は、もちろんヴァイオリンだけではない!「ダフニスとクロエ」など、見事と言うほかない。

そう言えば、「海」で描かれた富士山の浮世絵は、まるで津波の中を船が行くさまである。北斎は少し誇張して描いただけだろうと思う。だが、この効果は遠いヨーロッパの人々にエキゾチックな発想を持たせるのに大いに貢献した。そして今日、日本人の私が聞いても、西洋風でもなく日本風でもない、独特の雰囲気を楽しむことができる。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...