ラベル 演奏会22-23 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 演奏会22-23 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年8月2日水曜日

PMFオーケストラ東京公演(2023年8月1日サントリーホール、トマス・ダウスゴー指揮)

半月も続いた猛暑が、突然の落雷と驟雨によって中断された。午前中に34℃にも達した気温は、22℃まで急降下。けれども秋の気配というには早すぎる。まだ8月になったばかりだというのだから。

パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル(PMF)がレナード・バーンスタインの提唱で始まってから、もう33年目だそうである。夏の暑い時期に、北の大地札幌で開催されるアカデミーでは、その期間だけ編成される若者のオーケストラが連日コンサートを開く。私は札幌での公演こそ聞いたことはないのだが、その最終公演を東京で行うようになってから、一度だけ聞いた。それは2019年のことで、ワレリー・ゲルギエフが指揮するショスタコーヴィチの交響曲第4番などであった。この公演には上皇夫妻もお見えになり、大変感動的な演奏会だった。

そういうことがあったので、このたびコロナ禍を経て催される公演に、私はいそいそとでかけた。プログラムは前半がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で、後半がブルックナーの交響曲第9番である。メンデルスゾーンの独奏を務める金川真弓も初めてだが、デンマーク人指揮者のトマス・ダウスゴーの演奏を一度聞いてみたいと思っていたことが大きい。

プロフィールを読んでわかったことには、ダウスゴーはバーンスタインの弟子の一人であり、そして小澤征爾のアシスタントとしてボストン交響楽団を指揮していたそうである。またこれまでには単身、都響や新日フィルにも客演しているようだから、我が国に馴染みがないわけではない。しかし私はこれまで彼の演奏に接したことはなく、輸入盤のベートーヴェンやシューマンのCDを良く聞いていた。かつて「レコード芸術」という音楽雑誌があった(と、過去形で書かなければならないのは、とうとうこの雑誌が休刊に追い込まれたからだ)が、その数少ない魅力的なコーナーに、輸入盤の紹介欄があった。ダウスゴーはメジャーなレーベルの録音こそないが、ここで紹介されるBISレーベルからのリリースは、けっこう評判が良かった。

そのダウスゴーが今回初めてPMFに参加し、ブルックナーの交響曲第9番を指揮するということがわかった。ブルックナーの交響曲第9番は遺作で、完成された第3楽章(アダージョ)で終わることが多い。しかし今回演奏されるのは、第4楽章を補筆した完成版だという。補筆に参加したのは4名の作曲家で、サマーレ、フィリップス、コールス、そしてマッツーカという人だそうだ。その頭文字をとって「SPCM補筆完成版」と呼ばれるらしいが、それは1986年のことである。有名なサイモン・ラトルの演奏は、この補筆完成版の最初の録音である。

それから30年以上が経過し、この校訂版第4楽章は何度か改訂されている。今回の演奏は2012年改訂版と紹介されているが、ならば我が国で初演のようなものではないだろうか?また第1楽章から第3楽章までは、コールス校訂版ということになっている(2000年)。そういうわけで、今回注目したもう一つの理由は、この第4楽章付きの最新の「ブル9」というわけである。

さて、8割程度客席の埋まったサントリーホールの2階席奥に座った私は、随分若い人が多いという印象を受けた。静かに始まったメンデルスゾーンは、とても丁寧に、時にテンポを抑えてじっくり聞かせる今流行りの演奏で、かつてのようにさらさらと流れていくだけの音楽にはなっていない。メンデルスゾーン特有の中音域の甘いメロディーが、独奏ヴァイオリンと溶け合う様子は、私を久しぶりに音楽を聞く喜びへと誘った。

メンデルスゾーンは私の好きな作曲家の一人ではあるにもかかわらず、そう言うことが何故か恥ずかしかった。けれどもある時、池辺晋一郎氏がテレビでメンデルスゾーンが好きだと言ったのを見て以降、私も堂々とそういうことにした。すこし涼しくなった今日の東京で、このメンコンの音とリズムは、とても私の耳に馴染んだ。同様に感じた客も多かったに違いない。何度もカーテンコールに呼び出された金川は、アンコールにガーシュインの「サマータイム」(ハイフェッツ編)を演奏した。

短期間のうちに、オーケストラ経験の乏しい若手の編成から、そこそこの音色を出すものに仕立て上げるのは並大抵のことではないだろう、と思った。メンデルスゾーンといいブルックナーといい、中音域を重心とする中欧独特の重厚感に加え、特にブルックナーでは金管楽器のアンサンブルが決定的に重要である。それを若いオーケストラが挑戦するというのだから、こういうことはすでに当たり前になって久しいとはいえ、驚きである。

さてそのブルックナーだが、私はこの第9番の交響曲の魅力を、まだよくわかっていないと思っている。実演で聞くのはこれで3回目。同じ作曲家のの交響曲と比べても、少し変わった曲のような気がしている。演奏も難しいのではないかと思うのだが、この曲の名演奏は数多い。オーケストラは前半よりもメンバーが大きく増え、特にティンパニのそばにはなぜか3名のプレイヤーが座っている。どういうことかと思っていたら、曲の途中で交代した。

演奏は終始速めで、しかも熱い。ブルックナーの演奏には大きく分けて2つの傾向があると思っている。1つは統制を効かせて豪快に鳴らすタイプで、もう1つは流れに任せるかのように自然体を装うタイプ。コアなブルックナー・ファンには、後者を好むように思うが、この日の演奏(そしてかつて私が聞いたすべての第9番の演奏)は、前者である。PMFを創設したバーンスタインもこの曲を録音しているが、やはり前者。問題はにわか編成のオーケストラが、その豪快な金管アンサンブルと、重厚な弦楽をミックスさせ、かつ安定した響きを維持する音楽を実現できるか、ということであったが、第1楽章の冒頭を聞いた時からこれは杞憂に終わった。

崇高なブルックナー休止を含むどの楽章も、念入りに仕上げているだけでなく、聞き所満点だった。特に第2楽章のスケルツォは、息もつかせないような集中力で、唖然とするほどだった。一方、第3楽章のアダージョは、私がいまだに本気で感動した演奏に巡り合っていない曲で、今回も大変な熱演だったとは思うが、どうにも酔わないものに終始した。

本来ならここで終わるのが慣例である。それでも1時間かかるこの曲に、さらに続きを付け足したのが今回の演奏だった。しかしこの説明は誤解を招くだろう。なぜならブルックナーは死の当日まで、最終楽章の推敲を重ね、すでに多くの部分を作曲し終えていたからだ。そういうことがあるので、最近は補筆版の演奏が増えているようだ。今回の演奏もそういうわけで、続きがあって、全曲は80分にも及ぶものとなった。

初めて聞く「第4楽章」は、しかしながらちょっとブルックナーの音楽とも異なっているようにも聞こえた。いやもともとこの曲には、第8番までのブルックナーの作品とは若干異なったムードがあると思っているので、それはそれでいいのだろう。私は学者でも音楽家でもないから、こういう機会は大いに嬉しい。第4楽章が聞けるなんて、何か得をした気分であった。

20分にも及ぶ長大な終楽章のコーダが終わっても、タクトは長く振り下ろされなかったのだが、その長い「休止」の間、満場の観客の誰一人として拍手をしなかったことが印象的だった。やがて耐えきれなくなって、だれかがブラボーを叫ぶと、堰を切ったかのように嵐の拍手が沸き起こった。2階席の後方からは、各セクションが起立するたびに歓声が沸き起こり、ロック・コンサートのようでさえあった。何度も舞台に登場するダウスゴーは、とうとうオーケストラが引き上げてからも舞台に現れ、総立ちの客席から大きな歓声を浴びた。気が付いてみると、時計は9時半を回っていた。

コロナ禍による変則的な公演は姿を消し、コンサート会場はすっかりもとの光景を取り戻したように見える。私にとっての今シーズン(2022-2023)のコンサート通いも、これで終わりを告げた。会場入り口でもらった大量のチラシを自宅に持ち帰り、来シーズンのプログラムを眺めている。健康状態が持ちこたえる限り、月1回は会場へ足を運びたいと、今から心待ちにしている。

2023年7月9日日曜日

東京交響楽団第189回名曲全集(2023年7月8日ミューザ川崎シンフォニーホール、下野竜也指揮)

様々なブログを検索していると、東京中で開催される数多のクラシック音楽コンサートを、実に頻繁に出かけては感想を記しているものに出会う。夏休みに読書感想文を書くような思いで、聞いた音楽を逐一文章化するという努力を、自分も時々やっていて思うのだが、相当な労力がいる。そういうことを趣味にして居る人が他にもいるというのも驚きだが、それ以上に驚くのは、それだけ多くのコンサートに出かけるだけの経済的、時間的なゆとりと、そして関心の継続である。

普通にサラリーマンをやっていると、これらを維持するのは非常に難しい。だから行けるコンサートは週末のものに絞るとか、来日オーケストラやオペラのような高価なものは、行きたいと思っていても断念する決断が必要だ。そのようにしてやりくりした演奏会を、月に1度か2度のペースで行こうと思ってきたし、実際行っている。だがここへきて、音楽への興味・関心が、かつてほど高次元で維持できなくなってきているのは、歳のせいかも知れない。特に数年前に腰を痛め、しばらくは座席に座っていることさえも困難だった。また同じ時期に白内障にかかり、目がかすんで見えなくなった。プログラム・ノートも読めず、字幕を追うのも困難になった。

だが、クラシック音楽の会場には今日も多くの人が詰めかけ、中には杖がないと歩行が困難な老人が大勢いる。彼らは音楽を生で聞くことの喜びのためには、不自由な体に鞭打ってでも出かけたい意欲をお持ちなのだろうと思う。自分には音楽に対する情熱が不足しているのではないか、とさえ思う。特に休憩のない長い曲(マーラーやブルックナー)、あるいはオペラの公演において、そう感じることが多い。こんなにも沢山の人が、お金や時間を惜しまないだけでなく、体調までも必死に維持しながら来場している!

クラシック音楽のコンサートにも、珍しい曲や難解な曲にチャレンジする定期演奏会のようなコンサート(は、質の高い真剣勝負となることが多い)とは別に、いわゆる名曲プログラムもあって、親しみやすいポピュラーな曲をプログラムに乗せるものもある。各オーケストラもそのような構成になっていて、東京交響楽団も「名曲全集」というシリーズがある。私は滅多に行かないのだが、今回のプログラムはちょっと変わっていた。夏休みということもあるのだろう。我が国を代表するアニメ・特撮の類である「ウルトラマン」と「宇宙戦艦ヤマト」の音楽を、それぞれ交響曲に仕立てた作品を並べたのだ。これらの曲は、滅多に演奏されているわけではないのだから、「名曲」と言って良いのかどうかわからないが、それでもたまにはこんなコンサートも面白いかな、と思って席を予約した。会場はミューザ川崎シンフォニーホール。

プログラムの前半は、特撮テレビ番組「ウルトラマン」の作品で音楽を担当した冬木透が、シリーズの音楽を用いて4楽章構成の交響曲にした2009年の作品である。この作品を初演したのも東京交響楽団なので、今回が2回目ということになる。初演は作曲者自身の指揮だったとのことだが、今日の指揮は下野竜也である。

さて、私はその年齢から「ウルトラマン世代」ということができる。特に小学校に上がるか上がらないかの頃、毎日家に帰ってきてはテレビにくぎ付けになっていたのは「帰って来たウルトラマン」だった。この時のことは以前にも書いたが、この「帰って来たウルトラマン」の主題歌は、すぎやまこういちの作曲である。一方、「ウルトラセブン」のような他の多くの作品は、その劇中で用いられる音楽を含め、冬木のものがほとんどである。それらの音楽が次から次へと登場し、フル・オーケストラによって演奏されるのか、と思っていたらそれは第1楽章のみで、緩徐楽章になるとトランペットのソロが美しいメロディーを吹くムード音楽のようなものになったのは驚いた。この音楽はハープやオルガンの伴奏にも乗ってうっとりするほど綺麗なメロディーで、第2楽章が終わった時点で拍手が沸き起こりそうになったほどである。

第3楽章のスケルツォ風の音楽と、第4楽章でのコーダ(フルートで「帰ってきた」のメロディーが聞こえた)の音楽は、できればもう一度聞いてみたいと思っているが、そのような機会はないし手段もない。全体に、ちゃんとしたシンフォニー・オーケストラによって演奏される耳に心地よい音楽の美しさもさることななら、この作品は単に有名なメロディーをつなぎ合わせただけの陳腐なものではないということである。確かに冬木透という作曲家は、蒔田尚晃という名で数々の純音楽作品を作曲しているそうだ。

休憩をはさんで演奏されたのは、交響曲「宇宙戦艦ヤマト」である。松本零士のよるこのアニメ作品のテーマ音楽は、大阪生まれの作曲家、宮川奏が作曲したことで知られている。テレビで放映され、日本中のファンをくぎ付けにした世代は、私よりは少し後になるのだが、丁度3つ歳下の弟がテレビで見ていた影響で、音楽も含め私も良く覚えている。この音楽を交響組曲にしたものをラジオで聞いたことがあって、それは有名なメロディーが次々と出てくるものだったが、30分もなかったように思った。今回演奏されたのは、それとは異なるものだった。

作曲したのは羽田健太郎で、1984年にN響によって初演されているというから、もう40年近く前の作品ということになる。第1楽章「誕生」、第2楽章「闘い(スケルツォ)」、第3楽章「祈り(アダージョ)」、第4楽章「明日への希望(二重協奏曲)」という構成。交響曲という体裁を取りながら、何やらてんこ盛りのような作品で、最終楽章にはソロ・ヴァイオリン、ピアノ、それにヴォーカルまでもが登場する。

今回の演奏に参加するこのソリスト人は、なかなか豪華である。まずヴァイオリニストには三浦文彰、ピアノは高木竜馬という若い2人。オルガン横の客席最上段にはソプラノの隠岐彩夏があの有名なヴォカリースを突如歌いだす。このシーンを初演時にテレビで見ていたという指揮者の下野は、震えるほど感動したと述べているが、やはり幼少の頃の経験は例えようもなく新鮮なのだろう。

下野の指揮は大変充実したもので迫力があり、オーケストラもそれに応えてなかなかの力演だった。特に終楽章のコンチェルトになってからは、ショパンまでも弾きこなした羽田健太郎ならではの難しい旋律も数多く、まるでラフマニノフでも聞いているかのような部分もあったが、そこにヴァイオリンも絡んで聞きごたえ十分であった。だが音楽は区切られており、やはり交響組曲とでもした方がしっくりいくような気がした。また第2楽章と第3楽章は、まるでミュージカルのような音楽だった。

ミューザ川崎シンフォニーホールでは暑い夏になると、サマー・フェスティヴァルが開催される。今年も東京中のオーケストラが登場し、魅力的なプログラムが組まれている。そのいくつかには来てみたいと思いつつ、何となく気が滅入るのも事実である。それはあの川崎駅の雑踏を避けることができないことと、螺旋状になった会場が好きになれないことだ。縦に長い分、サントリーホールなどよりは音が拡散する。従って近くで聞くのと、少し離れるのとでは随分印象が異なると感じた。

2023年5月1日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第749回定期演奏会(2023年4月29日サントリーホール、ピエタリ・インキネン指揮)

シベリウス初期の大作「クレルヴォ交響曲」を日フィルが定期で取り上げることがわかった。ちょうどゴールデンウィークで、スケジュールは空いている。ここのところシベリウスの作品を聞いてきているので、ちょうどいい機会である。しかも、常任指揮者であるフィンランド人ピエタリ・インキネンは、2008年以前続けてきたそのポストを、この定期演奏会を最後に勇退するとアナウンスされている。十数年に亘る密接で良好な(と言っていいだろう)関係の集大成として、自国の作曲家シベリウスの大規模な作品を取り上げるということだろう。

この演奏会のために招聘した2人のソリストは、ともにこの曲を長年歌ってきたフィンランド人、ヨハンナ・ルネサン(ソプラノ)とヴィッレ・ルネサン(バリトン)。すべてフィンランド語で歌われる男声合唱には、東京音楽大学とともにヘルシンキ大学の男声合唱団が加わる。満を持しての演奏会は2日間に及び、長年シベリウスの名演奏繰り広げてきたこともあって、前評判も上々のようである。私は2日前にチケットを買い求め、連休初日の暖かい陽気の中、今週2度目のサントリーホールに向かった。

70分余り休憩なしで演奏される「クレルヴォ交響曲」は、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」から「クレルヴォ神話」を題材にしている。このストーリーはとても残酷で悲しいが、ここでは触れない。5つの楽章からなる音楽の第3曲と第5曲に男声コーラスが入る。前半、特に第1曲などは、まるでNHKの大河ドラマの主題曲のような曲で聞きやすい。ここで早くもシベリウスの作風が充満している。

今、昨日の名演奏のコンサートを思い出しながら京都へと向かう新幹線の中でこの文章を書いている。耳元ではコリン・デイヴィスによる演奏が流れている。私は、インキネンという指揮者を過去にたった一度しか聴いていない。だが、それは極めて印象に残る演奏会だった。私はそこで、ワーグナーのいくつかの管弦楽曲と「ニーベルングの指環」をマゼールが編曲した「言葉のない指環」を聞いたのだが、このオーケストラがあの滔々と流れるワーグナーの、一面は明るく一面は渋い見事なアンサンブルを引き出していたことに驚嘆したものである。今回のプログラム冊子によれば、そのインキネンは今やワーグナー指揮者としての地位を確立し、なんと今年(2023年)のバイロイト音楽祭で「指環」全曲を指揮するそうである。

私はそんなことなど知らず、数多くいるフィンランド人指揮者の一人、くらいにしか考えてなかったが、なるほどと合点がいった。そして今日のコンサートでも私は、このオーケストラがかくも自信に満ちた表情で、完成度がすこぶる高く、とても豊穣で緻密なアンサンブルを奏でることに驚きを禁じ得なかった。それまでに聞いた日フィルの中でトップクラスの巧さは、惚れ惚れするほどだった。これは指揮者の技量によるのだろう。もちろんそれに加えて、長年の信頼関係が決定的に貢献してることは言うまでもない。前半の2曲で充分にシベリウスの管弦楽曲に馴染んだ所で、いきなり低い男声合唱が聞こえてきた時には、会場全体が一気に引き締まった。私は今回、2階席の奥の端というところながら、ゾクゾクと体が凍りついたのである。

2人の独唱(クレルヴォとその妹)はストーリーテラーに徹する。全部で100名ほどの男声のみの合唱が、オーケストラの音に加わる様は興奮ものである。ここで全ての音が実にバランスよく聞こえてくる。息を切ってストーリーは進み、心拍数が上がる。緊迫感が続くのが第3曲である。できればもう一度聞いてみたい。この第3曲は全体のクライマックスで、25分弱と全体の40%を占める。

続く第4曲は再び管弦楽のみの曲で、なんとなく間奏曲風。前半が長く後半は舞曲風。そして終楽章は再び男声合唱が入る。大河ドラマの音楽も、終結部では大団円を迎える曲調が続く。長大なコーダが終わって、指揮者がまだタクトを振り上げているさなかに、フライングの拍手が起こったことは大いに残念だった。だが、この拍手はすぐに大歓声へと変わった。ブラボーはの声がこれほど、大きくかけられたことはない。久しぶりの熱狂的な拍手と歓声は、この演奏の満足度を示していた。

インキネン氏にとって定期演奏会としての最後の公演となったことを記念して、日フィルから花束が贈られとき、それはいっそう大きいものになった。合唱団と大編成のオーケストラをが立ち去っても続く拍手に応え、指揮者が再び登場。指揮台に上がって歓声に応える指揮者に対し、さらに熱い拍手がもたらされた。ただ、このコンビの演奏会は今後も続くようである。私は再びワーグナーを聞いてみたいと思いながら会場を後にした。

2023年4月27日木曜日

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団特別演奏会(2023年4月24日サントリーホール、飯守泰次郎指揮)

飯守泰次郎の指揮するブルックナーの演奏会に、一度出かけてみたいと思っていた。随分前から、一部のファンには熱烈に支持されていたが、私にはこれまで縁がなかったからだ。飯守泰次郎を知ったのは、新国立劇場の芸術監督に就任した2014年頃だった。私は彼がバイロイト時代の人脈を駆使して招聘するワーグナー歌手らとともに、「パルジファル」「神々の黄昏」「ローエングリン」「さまよえるオランダ人」を聞き、さらにはカタリーナ・ワーグナーの演出するベートーヴェンの「フィデリオ」の名演奏を聞いた。これらは私のワーグナー視聴史を飾る貴重な思い出である。

そのワーグナーを崇拝したブルックナーもまた飯守の得意とする演目で、彼自身が「挨拶」でそのことに触れている。ブルックナーとワーグナーには共通点が多く、「バイロイトでワーグナーの仕事をした経験が、ブルックナーのサウンドを構築する土台になっている」と語っている。飯守の指揮によるブルックナーは、先日4月7日にも交響曲第8番の演奏会が行われている。私はこの演奏会にしようかと迷ったが、直前に上岡指揮新日フィルによる同曲を聞いたばかりなので、24日に開催される第4番の方を選んだ。交響曲第4番「ロマンチック」はブルックナーの交響曲の中では最も有名で、明るいメロディーが全体を覆う私の好きな曲である。

シティフィルというオーケストラを聞くのは初めてであった。プロフィールを見ると創立が1975年だから、もう半世紀近くの歴史があるということになる。N響を筆頭に数多ある在京オーケストラの中で、どちらかというと目立たず次点といった感じのオーケストラという印象があったが、飯守の指揮する演奏会は評判がいい。彼自身解説のなかで、音楽は生きているものだと書いている。「楽譜に書ききれない自由さがある」以上、「常に聴きあいながら有機的に音楽を創っていく」営みが重要だと語っている。今回の演奏会も、演奏が進むにつれてどのように音楽が進(深)化するか、それが大いに注目するところだった。

第1音の弦楽器によるトレモロが響いた瞬間、私はこのオーケストラが発する得も言われぬ響きに驚かされた。音に艶があって生きている!その音はまさに中欧のそれであって、しかも明るいのだ。紛れもなくブルックナーの音を、飯守は作り出している。オーケストラが時に音を外しそうになったところで、この音色は揺るがない。2階席真横という席ながら、そのことを実感して嬉しくなった。

第1楽章の明るくて優雅な主題は、私が初めて聞いたブルックナー音楽の原点である。その時聞いたレコードの指揮はブルーノ・ワルターで、そこはやはりメロディーの歌わせ方の上手い演奏だった。最初のゾクゾクがこのメロディー、とこの曲を聞く時の相場は決まっている。その第1楽章はソナタ形式で書かれているが、そういう音楽の構造が何かとてもよくわかる。飯守はすっかり体が弱って、支えがないと指揮台まで歩けない状態だったが、音楽が始まってしばらくは用意されていた椅子に座ることもなく、むしろ早めのテンポで駆け抜けた。

第2楽章の美しさ、特に中間部の短いメロディーがこの曲最大の聞き所だと思っている。このメロディーを聞くために、実演の会場へと足を運んでいると言ってもいいくらいである。私にとってのこの曲の、2回目のゾクゾクは、実に自然な成り行きでやってきた。だが、私はここを境に、今日の演奏が化学変化を始めたように思う。ここからの音楽は、いっそう洗練されて聞こえてきたからだ。特に第2楽章ではヴィオラが活躍する。オーケストラを真横から見ていると、正面からではあまりよくわからない管楽器に注目が行くが、これが弦楽器とどう絡み合っているかが手に取るようにわかる。

第3楽章は狩の音楽だが、ここではホルンを始めとする金管楽器が活躍する。飯守は椅子に座りながらも、淡々と音楽を進める。ブルックナーの音楽には人間性が感じられない。だから、音楽は無為無策のように、むしろぶっきらぼうで素っ気なく指揮するのが良いようなところがある。しかし、そういう音楽がただひたすら繰り返されてゆくと、研がれた石が光沢を放ち始めるようになる。大改訂を繰り返した第3楽章の中間部は、素人が聞いても音楽的ではないが、繰り返されるスケルツォを聞いていると、ひたすら漂白される砂糖の結晶のように思われてくる。

長い休止の間、飯守は幾度となく楽譜のページをめくり、何かを確認しているようだった。今日のプログラムはこの曲ただ1曲のみ。その全力投入の演奏も、終楽章へと入る。そして3回目のゾクゾクは、第4楽章早々のクライマックスと決まっている。飯守の今回の演奏は、第2稿ノヴァーク版ということになっている。良く知られているように、この曲で通常演奏される第2稿の2つの版に、いずれもシンバルは登場しない。ところが舞台には第1楽章から、ずっとシンバル担当の打楽器奏者がいて、この人が第4楽章早々のクライマックスで、満を持してシンバルを叩いたのである。

この効果は抜群だった。そしてシンバルはこの1音だけ。そもそもシンバルが入る稿というのを良く知らないのだが、これはおそらく折衷版ということだろう。ややこしいことはともかく、ここから20分余りをかけてコーダに至るまでの演奏は、ブルックナー音楽のもっとも感動的なシーンの連続だった。

これだけの名演奏なのに、客席が3割程度しか埋まっていないことが残念でならない。月曜日ということもあるし、定期演奏会ではないという不利な点もある。しかしコロナの期間を含め、私が経験した中では最も少ない聴衆の数だった。だがその数少ないファンは、大いに熱狂的でもあった。歩くのがままならないマエストロは、係員に支えられながら舞台の袖で諸手を挙げ、順次各パートを立たせた後も再三にわたりブラボーの声援に応えた。もちろんオーケストラが去っても拍手は鳴りやまず、指揮者が再び会場に立った時には、再度割れんばかりの拍手に包まれた。

ブルックナーの名演奏は実演でしか得られないものがある。単純だか壊れやすいその音楽は、オーケストラの技術が良くなければならない上に、音楽の最中に一種の動的な変化がなされる必要がある。滅多におきないその変化が生じた際の、圧倒的な感動はこの作曲家の音楽の虜にさせるに十分である。そして今回の演奏もその水準に達した。オーケストラのアンサンブルが指揮者とのコラボレーションによって次第に高次元でまとまり、技量を超え神がかったような一体化が醸成されていった。まさに飯守が期待した成果だった。できれば他の作品も聞いてみたいと思っていたら、配布されたチラシの中に、来シーズンの定期でシューベルトの「グレイト」が掲載されているではないか!これは今から楽しみである。

2023年4月23日日曜日

紀尾井ホール室内管弦楽団第134回定期演奏会(2023年4月21日紀尾井ホール、トレヴァー・ピノック指揮)

プログラムに上ると可能ならすべて聞きに行きたいと思う曲がある。シューベルトの長大な交響曲第8番ハ長調、いわゆる「グレイト・シンフォニー」は私にとってそういう曲である。名曲だけに毎年何回かはどこかの団体によって演奏されているし、レコードの枚数も限りがない。実際、実演で聞くこの曲はその長さが気にならない。それどころかいい演奏で聞くと、いつまでも聞いていたいとさえ思う。

私がかつて実演でこの曲を聞いたのは4回ある。そのうち2回は鮮明に覚えているが、あと2回は記憶にない。鮮明な方は、サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団とミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊によるものである。サヴァリッシュのシューベルトは、それだけで間違いがないとも言えるが、ここで私は第3楽章トリオ部分の美しさに開眼した。ミンコフスキの方は、何といってもリズムの楽しさで、特に第4楽章の乗りに乗った演奏に舌を巻いた。そう考えると、記憶にない方の2つの演奏、すなわちノリントン指揮とパーヴォ・ヤルヴィ指揮のいずれもNHK交響楽団による演奏は、なぜ印象がないのかわからない。もしかすると聞いた座席の位置が良くなかったのかも知れない。

そのシューベルトの「グレイト・シンフォニー」を英国のピリオド奏法で名を馳せた指揮者、トレヴァー・ピノックが指揮する。この指揮者を聞くのは初めてである。プログラムの前半には定番のモーツァルトも用意されているから、これは「買い」だと思った。かつてドイツ・グラモフォンから発売されていたバロックからモーツァルトに至る一連の演奏は、一世を風靡したかのような感さえあった。ブリュッヘン、アーノンクールなどと並んで、80年代の古楽器ブームの最盛期に登場したピノックのCDを、私も何枚か持っている。

そのピノックも77歳だそうで、昨年(2022年)からは紀尾井ホール室内管弦楽団の第3代目の首席指揮者に就任したそうである。私は紀尾井ホール室内管弦楽団を聞くのは2回目である。もう5年前の丁度同じ日になるのだが、ハイドンの「十字架上のキリストの7つの言葉」を聞いており、紀尾井シンフォニエッタ東京から名称を変更した団体の技量の高さはすでに体験済みだから、きっといい演奏会になるに違いないと確信した。

ピノックはシューベルトの「グレイト」を指揮するの当たり、特にメッセージを寄せていて「シューベルトの交響曲第8番は、私にとって宝物のような作品であり、人生のあらゆる要素が詰まった体験と省察のための音楽です」と語っている。彼にとってこの曲を振ることは、特別なことなのだろう。だからこの日の演奏会は、とどのつまりは「グレイト」に集中し、そこにほとんどすべてエネルギーを傾けたと言っても過言ではないだろう。最初の曲「イタリア風序曲」の丁寧で明るいサウンドは、いわば「グレイト」のためのウォーミングアップといったところだが、一音一音の色付けにこだわりが感じられて大変好ましい演奏に仕上がっていた。

一方のモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」は、ピノックの定番中の曲である。ところが何と、私はこの曲の実演を聞くのが初めてであった。ピノックは無難にこの曲を指揮したと思う。ただ私はどことなく、練習不足の感が否めなかった。オーケストラの音色、特に弦楽器のそれに、何となく洗練されたものが感じられなかったからである。音がやや艶を欠いていて、どこかアマチュアの団体が演奏しているような感じである。そう思ったのは、後半のプログラムではまったく違った素晴らしい音に変貌していたからである。

ただピノックはチェンバロの奏者でもある。チェンバロという楽器は、音が上部に「キン」と突き抜けるようなところがあって、もしかするとそういう音作りなのかも知れないと思った。シューベルトではむしろロマン派のアンサンブルになっていたがモーツァルトでは、敢えてもっと賑やかな古典派の音にしていたのかも知れない。

紀尾井ホールという会場を私は好ましく思っていない。その理由は最寄りの駅から遠いことに加えて、トイレが不思議なことに地階と2階にしかないというおかしな構造をしていることによる。このため大多数の1階席の聴衆は、階段を上り下りしないと用を足せないのだ。我が国におけるクラシック音楽のリスナーは近年、特に高齢化が著しく、この階段の上り下りには拒絶感を抱く人も多いのではないか。だからかどうかはわからないが、これだけ素敵なコンサートなのに、客席は6割程度しか埋まっていない。もったいない話である。

シューベルトの交響曲第8番について、音楽評論家の森朋平氏が大変素敵な文章を解説に記している。それによれば、若い頃はモーツァルトをモデルにしていたシューベルトも、病に侵されるようになるとベートーヴェンが目標となった。「治ったと思っても回帰してくる関節と頭の痛み」によって死を意識する若き作曲家は、それまでのような「”歌”や”抒情”に耽溺しない、古代の叙事詩を読み上げるごとき偉業」を成し遂げる。それは「4か月におよぶザルツブルク方面」への旅行を皮切りにゆっくりと形をなしていった。

病気と死の恐怖にさいなまれながら、彼は長大な作品を残す。その冗長なまでの(私はそうは思わないが)長さに「演奏不可能」とレッテルを張られたこの作品は、後年シューマンによって見いだされ、メンデルスゾーンによって初演されるまで日の目を見ることはなかった。私が衝撃を受けたのは、その頃のシューベルトがローマの友人に充てて書いた手紙の一節である。「もう二度と目覚めなければいいのに」と、彼は書いているのだ。私の患う病魔もこの状況に似ている。驚くべきことにシューベルトはそんな苦境の中でこの曲を作曲したのだ。そこにはシューベルトの並々ならぬ決意が感じられる。「未完成」とは対照的に、この曲はシューベルトのポジティブな側面が横溢している。しかしその中に時に垣間見せる内省的な瞬間が、この作品の奥深い魅力である。

さてピノックの「グレイト」だが、結論から言えば、大変感動的であった。オーケストラのアンサンブルの見事さは、前半とは異なって群を抜いていた。特に終楽章でのリズム感のよい集中力は、できればもう一度聞いてみたい。ただ、第2楽章ではもう少し表情付けがあっても良かったと思う。中間部で一気に静かになるところ。ここで吹く心の隙間風こそが、私がシューベルトを愛する理由なのだ。

同じことは第3楽章のトリオにも言える。あまりに健康的で明るい演奏なのだ。だがこの抒情的な部分の美しさは例えようがない。できればここはゆっくりとした演奏で聞いたみたいものだ。その前後は威勢が良くていい。このコントラストの妙をつける演奏に、私はまだ出会っていない。ただでさえ長いこの曲で、弛緩させることなく集中力を維持することに気を取られるあまり、この第3楽章のしっとりとしたメロディーが、いつも不完全なものに終わるように私は感じてしまう。

いくつかの不満はあるとはいえ、高い水準でこの曲を聞くことができた喜びは、何をおいても特筆すべきだろうと思う。そしてシューベルトの魅力を、またいつか実演で聞いてみたいと思う。生ある限り、私はシューベルトを愛し、そしてシューベルトの曲を聞き続けたい。あのピアノ・ソナタの全集を、私はそのために買い求め飾ってある。

長大な曲の最後の一音が鳴り終わったとき、フォルティッシモで終わる曲にしては珍しいことに長い静けさが保たれた。多くの聴衆の中に、音楽の一部とも言える静寂をぶち壊す人がいなかった。そのことで今日の演奏会の品の高さがうかがえようか。ブラボーこそわずかではあったが、これには指揮者も満足した様子だった。木管楽器を始めとする奏者の技量の高さにも驚かされた演奏会が終わると、何と小雨が降り始めていた。4月とは思えない暑さの中を、赤坂見附の交差点まで歩くと、紅潮した頬も次第に緩み、新橋の雑踏に塗れるころには深遠なシューベルトの心の闇も、どこかへと消えて行ってしまうようだった。

2023年3月29日水曜日

東京都交響楽団演奏会(都響スペシャル)(2023年3月28日サントリーホール、大野和士指揮)

ハンガリー系ユダヤ人作曲家リゲティは1923年生まれで、今年生誕100周年。そのことを記念して都響は今シーズンの最後の定期演奏会に「リゲティの秘密」と称する意欲的なプログラムを組んだ。私はそのことをわが家に届いたダイレクトメール(葉書)で知ったが、今月はすでに5回ものコンサートに出かけており、特に都響は2回に及ぶ。だからこれはパス、と決めていたのだが気になって仕方がない。どうやら前評判も上々のようで、同じプログラムが2回。いずれもサントリーホールで開催されるというのも珍しく、オーケストラはかなり自信があるのだと思われる。そこで2日目にあたる3月28日、仕事を早々に片づけてまたもや赤坂アークヒルズへと急ぐ。スペイン坂の桜が満開を迎え、ライトアップされて見事に咲き誇っている。

プログラムは4つの曲から構成されている。まず前半は「虹」という作品の本邦初演。「ピアノのための練習曲集(第1巻)」からの1曲だそうで、アブラハムセンという人がオーケストラ用に編曲した。「虹」はわずか4分ほどの短い曲で、原曲は1985年の作品。現代音楽を聞く時の関心事のひとつは、舞台上の楽器配置である。そして驚くのは弦楽器の少なさ。これに比べ、管楽器や打楽器が舞台の後方にずらりと並ぶ。解説書によれば、この作品では「ポリリズム」と呼ばれる複数の拍子のリズムが同時に(ピアノなら右手と左手)弾かれるという複雑なもので、それが編曲により各楽器に割り振られ、ばらばらの拍の音楽が絡み合うというものだそうだ。「虹」というタイトルが後からつけられただけで、「虹」を音楽で表現したものではないとのことだが、ポリリズムを各楽器に分解したために、音楽が極めてカラフルなものとなった。それを「虹」と表現したのだろう。

このたびの私の座席は、舞台を向かって左手間横から見下ろるLDと呼ばれるA席の最上列で、後に席がないため身を乗り出して見ることができる。この位置からのオーケストラの音は、思った以上に良かった。サントリーホールでは1階席よりも2階席の方がいい音に聞こえるような気がする。会場には比較的若い人が目立ったのも今回の演奏会の特徴だ。学生が半額になるというのも魅力的だが、新しい音楽にこそ人気があるというのも嬉しい。もしかすると音楽を学んでいる学生なのかも知れない。私の隣の席もカラフルな衣装の学生だったし、前の男性はオペラグラス片手に舞台に見入っている。

舞台上には様々な楽器が並んでいた。次の曲「ヴァイオリン協奏曲」は1990年の作品で、独奏はソビエト(モルダヴィア)生まれのパトリシア・コパチンスカヤ。こういった曲は彼女の独断場だが私はもしろん初めて聞く。面白いのは弦楽器の少なさで、ヴァイオリンは第2を合わせても4人、他は各2人、コントラバスはたった一人。それに対し木管はほぼ2人ずつに加え、リコーダーやオカリナと呼ばれる子供用の笛までもが登場する。また鍵盤楽器が舞台右に陣取り、マリンバ、シロフォン、鉄琴、ビブラフォンといった学校の音楽室にあった楽器がずらり。打楽器の種類に至ってはここに書ききれないほどである。

コパチンスカヤが舞台に登場し、チューニングを始めたと思ったらそれが音楽の始まりだった。音楽とも雑音とも区別のつかないようなギリギリの旋律を、弦楽器と独奏ヴァイオリンが一見無茶苦茶に演奏しているのではないか、と目を疑ったが、これは「変則調弦(スコルダトゥーラ)」と呼ばれる手法を用いて本来の音とは異なる音が出るように操作されているとのことである。Wikipediaで「スコルダトゥーラ」と検索すると、その手法が用いられている主な曲が紹介されていて興味深い。

リゲティの刺激的なヴァイオリン協奏曲は全部で5つの楽章から成り、各楽章には特徴があって面白い。第2楽章には「ホケトゥス」などと書かれているが、これは中世の作曲家マショーの作品に登場する「しゃっくり」のような音楽である。一方、目まいや動悸にも似た生理現象を過激に強調したような部分も少なくない。この結果、ヴァイオリンが有り得ない速度のトレモロで急上昇や急降下を繰り広げるシーンや、それが木琴や太鼓と重なったりする。百家争鳴の音の饗宴とでも言おうか。

楽章が進むにつれて、コパチンスカヤの動きは次第に活発になってゆく。弦楽器のセクションをぐるっと回って、指揮者が二人いるような状況を作り出し、会場に向かって何やら叫んだり。さらには終楽章で長大なカデンツァに挑んだ。これはもう彼女の独断場だった。音楽が終わると割れんばかりの拍手となったが、アンコールにはコンサート・ミストレスとして長年活躍した四方氏とのデュオで、やはりリゲティの「バラードとダンス(2つのヴァイオリン編)」という曲が演奏された(とHPに掲載されている)。

ここで私は解説書から以下の点を記載しておかなくてはならないことに気付く。四方氏は都響に加わる前、西ドイツのケルン放送交響楽団(現WDR響)に所属していたそうだが、このリゲティのヴァイオリン協奏曲を初演したのが1990年のケルン放送響(ベルティーに指揮)で、これは丁度彼女のキャリアと一致する(1987年入団とある)。特に紹介されてはいなかったが、もしかすると彼女は初演時にこの曲を弾いているのではないかと思われる。

休憩時間が過ぎてオーケストラが倍増。通常配置ながらコントラバスだけで10人はいるか。バルトークの名曲「中国の不思議な役人」の全曲版である。この曲は通常、より短い組曲版で演奏されることがほとんどだが、今回はオルガンと栗友会合唱団が入る。このため通常のP席は空けられていた。組曲版は最後の3分の1がカットされているだけである。今月聞く都響の公演中、もっとも巧いと思ったのがこの「中国の不思議な役人」で、どうしてそう思ったのか、客観的にそうなのか、よくわからないのだが、とにかくも私は初めて実演で聞くこの曲の演奏に聞き入った。リゲティの刺激によって、オーケストラもリスナーも耳の垢がそぎ落とされたのだろうか?

音の洪水のような曲ばかり聞いてきたが、最後に演奏されたリゲティの「マカーブルの秘密」についてもまた多くを書かなければならない。この曲はもともとオペラ作品として作曲されたようだ。しかし本番直前に主役ソプラノ歌手が歌えなくなり、そこをトランペットで演奏したことによりこの曲が生まれる。わずか10分足らずの作品だが、今回の演奏(演技)は極めて印象的だ。楽団が登場したときに各奏者には新聞紙が配られ、それをクシャクシャにして放り投げるところから演技が始まった。コパチンスカヤは体中にポリ袋と新聞紙を巻き付け、異様な姿で舞台に登場。靴を脱ぎはだしになって何やら話す。マイクを通してその声は会場に伝わるが、何を言っているのかよくわからない。以降、この歌でもなければ話でもない「声」には、丁寧に対訳がブックレットに記載されているが、解説を読んでも意味不明である。

この「意味不明」の意味することは何か?おそらくゲシュタポ(秘密警察)の大いなる皮肉ではないか、などと想像がつくが、これを舞台上で徹底的に茶化しながらやっているコパチンスカヤ、のみならずオーケストラ、さらには遅れて登場する指揮者までもが演技を行う。「もうやってられないよ」などと大野が客席に向かって叫び、コパチンスカヤは仰向けになって演奏する、という具合。結局どこまでが楽譜に書かれ、どこまでがアドリブなのかもわからない不条理世界。だから笑ってしまうしかないのだが、それもこの時代と政治背景が生んだもの。バルトークからリゲティへとつながる戦前・戦後・冷戦時代の東欧がこの音楽の背景にある。

会場からは割れんばかりの拍手喝采が続き、本日を限りに引退する四方氏への花束贈呈も加わって舞台は大いに賑やかとなった。プログラム冊子にはその四方さんのインタビュー記事が載っていて、音楽の話かと思いきや漫才や野球の話が続き、同じ関西人として共感すること多し。サントリーホールを後にしたのは21時をとっくに過ぎていたが、何か不思議なものを見た今日のコンサートだった。

2023年3月26日日曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団創立50周年特別演奏会(2023年3月25日すみだトリフォニーホール、上岡敏之指揮)

誤解を恐れず言えば史上最も美しい音楽を作曲したのは、ブルックナーではないかと思う。だからブルックナー以降の作曲家は、美しい音楽を書く勝負ができなくなった。そのブルックナーの作品の中で最も美しいものはと聞かれたら、私は第8交響曲の第3楽章と答えるだろう。この「深い思索性を湛えた長大な緩徐楽章で、特に動きが少なく息の長い旋律がゆったりと歌われる第1主題」での、ハープの加わる瞬間!ここのメロディーを実演で聞くとき、果たして涙を禁じえようか。もちろんどんな演奏でもいいというわけではない。だが、ブルックナーの音楽はそれほど難解なものではない、むしろそれとは真逆の、極めて分かりやすい音楽のように思う。いや、今回初めて第8交響曲の、私のブルックナー鑑賞史上最高の演奏に接して、そう思ったのだ。

まだ公演の感動が冷め切らない時間に、これから書く文章がどれほど的を得ているか、いささか自信はない。だが、冷静に考えることができたとして、今回の演奏は現在望むことができる最上の演奏のひとつだった。いやそれは世界的に見ても、である。まず、新日本フィルがこれほど上手いと思ったのは初めてだ。こんないい音がしていたことは、少なくとも私の知る限り、ない(と言っても今回がわずかに10回目の経験に過ぎないいのだが)。上岡敏之という指揮者は、2度目である。前回は今から4年前の2019年で、この時はワーグナーを聞いている。その演奏も非常に印象的だったとブログには興奮に満ちて書き残している。久しぶりに読み返してみると、次はブルックナーが聞きたいと書いている。

そのブルックナーは、コロナ禍によって延期を余儀なくされた。上岡自身もこの間に新日フィルの音楽監督を辞任し、いつのまにか佐渡裕に変わってしまった。コロナの非日常は上岡のブルックナーを聞く機会を、ついに奪ってしまったかのように思われた。が、何と今回、新日本フィルは創立50周年記念の特別演奏会に彼のブルックナーを企画し、コロナ禍で中止を余儀なくされた交響曲第8番をプログラムに組んだのだった。

そのことを直前に知った私は、ダメもとでチケットを検索したところ3階席が新たに売り出されていることが判明。もう売り切れと覚悟していた私は、何と直前にチケットにありつけたという次第。場所は錦糸町のすみだトリフォニーホール。朝から冷たい雨の降る土曜日の午後に合わせ、私は体調を整え、万全を期して会場へと足を運んだ。

会場の入り口では熱心なファンがポスターなどの記念撮影をしており、今回の演奏会がいつもとは違う雰囲気に包まれていることがわかった。特別演奏会なので、特に聞きたい人だけがチケットを買い求め、その演目がブルックナーの第8番となれば、よほど経験豊富な音楽好きだろうと思う。スター指揮者の来日公演とも違って、ミーハーな金持ちもいない。東京でのブルックナーの人気もワーグナーを凌ぐのではないかと思うほどで、かつてはヴァントやチェリビダッケのような指揮者が名演奏を繰り広げて語り草となっている。私はと言えば、残念ながら購入したチェリビダッケの演奏会がキャンセルになり、ヴァントの来日公演はプレイガイドの電話がつながらず断念。第8番はかつてニューヨークで聞いたバレンボイム指揮シカゴ響の落ち着かない演奏と、スクロヴァチェフスキー指揮NHK交響楽団によるものだけで、こちらの演奏もNHKホール3階席で聞いたこともあり、印象がほとんど残っていない。

公演の始まる午後2時になって席に着き、やがてオーケストラが入場してチューニングが始まると、一気に会場は静まり返った。季節の変わり目のこの時期、花粉症や風邪で咳をする人が後を絶たないことも多い中で、今日のコンサートにおける客席の静かさは特筆すべきものだった。おそらく90分近い演奏時間中、楽章間の継ぎ目を含め、一切の咳が聞こえてこなかったのである。そうして長い時間、ずっと緊張感が維持されることとなったのだ。このことが演奏に与えた影響は少なくなかったと思う。今日のコンサートの成功の一つの理由は、この聴衆の水を打ったような静けさと、演奏に対する熱い期待であった。

ブルックナーはピアニッシモからフォルティッシモに至るまで、とことん綺麗な音で響かないといけない。これはオーケストラに技量だけでなく、かなりの重圧を強いることとなるように思う。しかもそれがただ美しいだけではなく、音の重なりが最適でひとつの弧を描くようなつながりで表現される必要がある。長いフレーズの間中、音楽が途切れたりしてはならない。ブルックナーに特徴的な長い休止(いわゆるブルックナー休止)も、その意味で音楽の一部である。その休止を挟んで、音楽は「途切れなく」続く。だからこの休止において、客席からノイズが聞こえてはならないのだ。

私がニューヨークで聞いたバレンボイムの演奏は、(ニューヨークではいつもそうなのだが)聴衆が騒々しい。そういうことがあると、音楽もそのように雑然としはじめる。するとマーラーと違ってブルックナーの音楽は簡単に壊れてしまい、散漫な音の洪水が起こるだけになってしまう。いや、そういう壊れやすい音楽の機微を知っている聴衆が演奏家とともに作り上げることができれば、そこに少々の演奏上のほころびがあっても大丈夫だ。だから音楽の良し悪しを決めるのは、音楽に向き合う聴衆と演奏家の真摯な共同作業ということにつきるだろう。そして今回の演奏会は、その必要条件を冒頭からクリアしていた。

第1楽章の第1音が鳴った瞬間から並々ならぬものが感じられ、それは上岡の得意とする微弱音の時も丁寧に維持された。細部にまで念入りに神経が行き届き、音色はフレーズごとに表情を変える。微妙な変化を静寂の中で聞き取る。するとそこにはヨーロッパの最も美しい風景が目の前に広がってくる。山に光が当たり、その明るさは時間とともに少しずつ変化する。調和を保ちながら、壮大な調べが世界にこだまする。第1楽章が消え入るよに終わった時にはもう、会場にいたすべての聴衆が、深いため息をついたに違いない。

第2楽章はスケルツォ。私はすみだトリフォニーホールに足を運ぶことは極めて少ないが、それはこのホールで聞いた演奏にこれでいいものがなかったたらである。多くが新日フィルであることは言うまでもないが、もしかするとホールのせいだろうかとも思った。でもそれは間違いだったようだ。今回聞いたブルックナーでの残響は、休止の間に消えてゆく音の減衰速度まで綺麗に聞こえたのだ。上岡のブルックナーは遅いことで有名だそうだが、この第2楽章はその違いが良く表れると思う。手持ちのショルティの演奏などここはめっぽう早いが、私は遅いのが好みだから上岡の演奏には大いに好感が持てるのである。

そして全体の白眉であり、頂点でもある第3楽章については、もはや何を語ってよいのかわからない。舞台袖に構えた2台のハープからは、それは心を洗われるような音色が弦楽器に溶け込んだ。上岡の音楽は遅いだけではなく、ちゃんと各楽器が明瞭に聞こえてくる。それも雑味のない音である。音楽が最高潮に達したシンバルの音も、ちゃんとオーケストラの中に溶け込み、「音楽」として鳴った。満を持しての大音量だった。これほど綺麗なフォルティッシモを私は聞いたことがない。ただひたすら美しい音楽は白痴的ですらある。しかしその美しさが際立つと、どういうわけかこの上なく幸せな気分が心に充満し、胸が熱くなって涙腺が緩んでいくのである!このような体験は、ブルックナーで稀に起こる現象だと言える。過去を振りかえり、苦しさや寂しさを思って泣ける音楽もあるが、ここでの涙は少し違う。

90分近くに及ぶこの曲の演奏では、もちろん休憩はない。しかし幾分長めの休止時間を取ったあと第4楽章に入った音楽は、最後の最後まで完璧な演奏を繰り広げた。それまで聞いたことがなかったニュアンスも私には堪能できた。この終楽章は第3楽章に負けず長いので、この両楽章だけで1時間近くに達する。力強く、勝利の音楽は迫力満点だが、それを弛緩させずに聞かせるだけでも想像を絶する技量だと、素人の私はただただ関心するのみ。なぜならそれだけの緊張感を維持できない演奏が多いからだ。力づくでは何ともならないブルックナー独特の特徴が、演奏の良し悪しを分かつのである。しかしこの日の新日フィルは、相当な練習量と気合が入っていたことに加え、上岡のこの曲に対する明晰でゆるぎない理解がオーケストラのすべてのプレイヤーに浸透していた。結果生じた音楽は、最後まで聴衆を頷かせるに十分なものだった。

演奏が終わり、ブラボーが叫ばれる。何度目かのカーテンコールでは、オーケストラの合間を分け入って、木管や金管楽器の奏者とも熱く抱擁を繰り返す指揮者に、会場からは惜しみない拍手が送られた。楽団員が全員退席しても、総立ちの客席の拍手が鳴りやまないのは当然のことだった。コンサートマスターに肩を押されて再度舞台に上がった指揮者は、何度も何度も頭を下げた。この日の演奏は現在聞くことができる日本人によるブルックナー演奏の最高点に達していたと思う。できれば録音して発売してほしいと思ったが、録音マイクはセットされていなかったようだ。残念ではあるが、音楽とはしょせん消え去るもの。どれほど技術が進歩しても、この空気感までをも再現することはできないだろう。まさに一期一会の演奏だった。

2023年3月24日金曜日

オーケストラ・アンサンブル金沢第39回東京定期公演(2023年3月22日サントリーホール、広上淳一指揮)

さわやかな春の風が吹き抜けていくコンサートだった。かねてより一度は聞いてみたいと思っていたオーケストラ・アンサンブル金沢は、定期的に東京でも演奏会を開いているので、聞こうと思えばチャンスはいくらでもある。特に2018年に芸術監督となったミンコフスキとの演奏には、私も大いに興味を抱いていたのだが、コロナ禍で演奏会がどうなったかもわからず、気が付いてみると広上淳一が「アーティスティック・ディレクター」とやらに就任していた。

広上と言えば、このコロナ禍に私が何度か出かけ、名演奏に酔った日本人指揮者のひとりである。京響とのマーラーや都響とのベートーヴェンが記憶に新しい。ハーモニカを片手にリハーサルを行い、全身をくねらせて踊りながら指揮をするユニークな姿も印象的だが、そのようにして表現される音楽が極めて正統的でしかも生気に溢れ、耳だけでなく目が離せない。明るく陽気な音楽であることも素敵だが、生理的な説得力がある。音楽はまず楽しくなければならない、という感じである。

その広上の指揮するシューベルトの交響曲第5番、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番(独奏:米元響子)、それにベートーヴェンの交響曲第2番がプログラムである。例年よりずいぶん早く桜が満開となった東京で、何と素敵なプログラムだろうと思った。直前にコンサートがあることを知るのはいつものことだが、もちろん今回も当日券があることがわかり、その座席を調べるとP席を含め安い席がまだ売り出されている。サントリーホールはどこで聞いてもいい音がするから、今回はむしろ指揮者が良く見える席にしようと、2階左手の真横に陣取ることにした。

ここのところ2日に1回のペースでコンサートに来ているが、オーケストラの第1音が鳴ったとたんに、広上の音は素敵だと思った。音に艶があって、光っている。オーケストラの技量もいいからか、開放的で弾けている。そうだ、やはりこのようでなくては。どうしても比較してしまうが、大野和士の都響やバッティストーニの東フィルからは聞こえなかった清涼感とリズム感が耳を打つ。これは指揮者の腕だと思う。

そういうわけで、シューベルトがわずか19歳の時に作曲した第5交響曲に私は聞きほれた。まるで小川に水が流れていくように、さらさらと進む音楽は、それ自体非常に瑞々しいのだが、その一音一音の音の表情付けが、また聞いていて嬉しくなるほどに面白いのだ。第2楽章になると、そのことがいっそうよくわかる。

ヴァイオリニストの米元響子は、プロフィールによれば史上最年少でパガニーニ・コンクールに入賞したとのことである。1997年のことだから、もう20年以上も前のことになるのだが、私はこれまで聞いたことがなかった。日本人も今や多くのプレイヤーが国際的に活躍しており、そのすべての人の演奏を聞くことは不可能に近い。白いドレスで登場した彼女は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を丁寧に演奏した。面白かったのは、ヴァイオリニストが体を揺らしながら演奏するそばで、指揮者も同じように踊っている姿である。だが笑うというのではない。なぜなら聞こえてくる古典派の音楽は、決して歪でもなければ、変に局所を強調するわけでもない。にもかかわらず、細部にまで表情が豊かであることは、その指揮姿と実は表裏一体であろう。

第4番のコンチェルトは、その前後の2曲に比べると地味で目立たないが、この作品も作曲家が19歳の時の作品である。新しい発見だったのは、この曲の各楽章に印象的な独奏部分(カデンツァ)が挟まれていることだ。米元も含め、肩ひじ張らずに自然体の演奏を繰り広げる。何の小細工もない。が、とても新鮮。演奏が終わって拍手が続くと、彼女は何とパガニーニの奇想曲から第24番をアンコールに演奏した。

休憩を挟んでいよいよベートーヴェンとなる。私がここ数年聞き続けてきたベートーヴェンの交響曲も、いよいよ第2番の番となった。この曲、私は大のお気に入りで、とりわけ第2楽章のラルゲットのメロディーを愛するのだが、この曲がまた春の音楽である。第1楽章冒頭の一音から広上節がさく裂し、序奏が終わると一気にほとばしり出る主題は、手を向ける方向を少し変えると音の表情も見事に変化。このシーンはそのまま録画して何度も見てみたいと思うほどだ。ティンパニの強打が心地よく、木管楽器の味わいも絶妙である。

それにしても広上の音楽は、速かったり遅かったりすることがなく、その印象的な指揮姿とは対照的に極めてオーソドックスである。にもかかわらずこれほどの興奮を覚えるのは一種のマジックと言ってよい。ライブではないと味わえないものがあるとも言える。オーケストラも乗ってくる。会場は8割程度の入りで、いつもとは違う客層だった。ネクタイをした人が多く、何となく聞きなれていない感じ。もしかするとスポンサー企業の招待客や地元金沢の人が大勢来ていたのかも知れない。にもかかわらず静まり返った聴衆からは、終演後の大きな拍手が贈られ、一部にはブラボーも飛んだのはコロナが終息してきている証拠である。

マイクを持って挨拶をした指揮者は、このオーケストラが岩城宏之によって創立されたことなどを紹介し、アンコールにレスピーギの曲を演奏した。18時半といういつもより早く始まったコンサートも21時になり、私も幸せな気分でアークヒルズを後にした。

オーケストラ・アンサンブル金沢は、石川県を拠点に活躍する有数の室内オーケストラだが、その設立が1988年とかなり古い。そのことを私は最近知ったのだが、これほど有名になったのは、演奏を記録したCDなどがリリースされ始めた頃だったと思う。それから20年以上が経過し、私も初めて耳にしたその演奏は、世界に引けを取らないほど艶のある魅力的な音色にあると思った。私はこのコンビで、是非ビゼーの交響曲やプロコフィエフ、それにハイドンの作品を聞いてみたい。金沢に住んでいれば、定期会員になりたいとも思った。

2023年3月22日水曜日

東京都交響楽団第401回プロムナードコンサート(2023年3月21日サントリーホール、大野和士指揮)

立て続けに都響の演奏会へと足を運んだ。この日のプログラムは、前半がバルトークの「舞踊組曲」とピアノ協奏曲第1番(独奏:ジャン=エフラム・バウゼ)、後半がラヴェルの「クープランの墓」、ドビュッシーの交響詩「海」と盛沢山。指揮は音楽監督の大野和士が今回も登場する。休日のマチネは「プロムナードコンサート」と題された1回限りのものだが、名曲ばかりとは言えなかなか魅力的なプログラムも多く、ここのところ外れがない。バウゼのバルトークは、ジャナンドレア・ノセダとの録音があって、これがなかなかいい演奏である。そしてそれを生で聞ける!

そもそも私はバルトークが苦手だった。しかし初めて「舞踊組曲」を聞いた時、これは行ける、と思った。大学生の頃だった。この時の演奏については別に触れるが、ハンガリーだけでなく、東欧、さらにはアラビア風の民俗音楽までも取り込んだ祝祭的な作品で親しみやすい。舞台の真ん中にはピアノが置かれていて、これは次の曲で使用される。「舞踊組曲」にもピアノが使われるが、これは舞台右奥にあるピアノが使用された。全体に無難な演奏。

20分ほどの曲が終わってオーケストラが引き上げると、曲の途中としては大掛かりなレイアウト変更がなされた。まずティンパニーがピアノの正面(舞台向かって右)に移動。他の打楽器群(小太鼓、大太鼓、シンバルなど)が舞台左手、ピアニストの後に陣取る。普段は奥の方にいて、1階客席からはあまりはっきりとは見えない打楽器群が、ピアノを取り囲むように配置されたのだった。これはバルトークの指示に基づくものだそうだが、実際にこのような配置で演奏するとは限らないようだ。けれども曲が始まると、この配置が相当な効果を生むことが実感できた。

曲はピアノと打楽器のための協奏曲といった風で、複雑に動くリズムと不協和音がどう絡み合っているのかを追うのも困難。それを楽譜通りに演奏する難しさは相当なものだと思う。丁度「春の祭典」(ストラヴィンスキー)を初めて聞いた時にも同じことを思ったが、このような現代音楽の入口にいるような曲を聞くには、全体を大きく把握して、しかも細かい部分にも神経を行きわたらせる必要がある。いわばいかに曲全体を体で覚えているか、といったことが試されてしまう。そしてバウゼのピアノは彼自身が楽器のように体を揺らし、時に手を挙げ打楽器のタイミングに合わせたりする。

そういった打楽器との掛け合いを、私は前から13列目という絶好の位置から楽しむことができた。打楽器とピアノだけが目立つのだが、後の方ではトロンボーンやファゴットのような楽器も相当難しいメロディーを弾いている。そして乗ってくるとこの曲の「カッコ良さ」が実感できる。演奏が終わって相当満足した様子のピアニストは、指揮の大野とともにピアノの前に腰掛け、アンコールに「マ・メール・ロア」の終曲(第5曲「妖精の園」)を連弾で弾くというおまけがついた。

休憩を挟んだ後半には、ピアノと打楽器群が占拠していた舞台から消え、指揮台が前に。通常のオーケストラの配置となったが、面白かったのは前半の対向配置とは違っていたこと。コントラバスは左奥から右奥に移動しており、舞台右袖も第2ヴァイオリンではなくヴィオラ。バルトークとラヴェルで音色を変えるという趣向だが、「クープランの墓」はもう少しメリハリの利いた音色で楽しみたかったというのが率直な印象である。一方、プログラム最後のドビュッシーは大いなる名演奏だったと思う。

しかしそれにしても、何故か腑に落ちないのは、このコンビによる演奏があまり感動を私にもたらさない点である。どこか都響の音も冴えない感じがする。もっともそれは私だけのことかも知れず(そうである可能性は大きいのだが)、特に毎年3月は季節の変わり目ということもあり、毎年体調が悪い。ここのところ寝不足も続いている。それでもコンサートに出かけるのは、例えばこの日のバルトークのピアノ協奏曲第1番などは、もう次にいつ聞けるかもわからないからだ。ドビュッシーの「海」だって、私は過去に一度しか聞いていない(シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)。まあ東京に住んでいなければ、そもそもこれほど多くの演奏会があるわけでもないので、クラシック音楽というのは時間もお金もかかる趣味だと実感した次第。今月は懲りずにあと2回は演奏会に出かける。そのことについてはまた、あとでここに書かねばならない。 

2023年3月19日日曜日

ベルリオーズ:死者のための大ミサ曲(レクイエム)(T: 宮里直樹、アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団ほか、2023年3月18日新宿文化センター)

2年前のブログで私は、ベルリオーズの「レクイエム」を取り上げた。2020年と言えばコロナ禍の真っただ中で、ほぼすべてのコンサートは中止になった頃だ。その中で、このような大規模な合唱を伴うような大曲を実演で聞くことは、もう一生ないだろうと書いた。あれから2年余りが経ち、パンデミックも大分落ち着いてきた感がある。そしてベルリオーズの「レクイエム」を実演で聞くチャンスは、案外早く訪れた。東京フィルによるコンサートでこの曲が取り上げられのである。

久しぶりに私は、コンサートに出かける前からそわそわし、あのベルリオーズの大曲が聞けることが嬉しくてたまらなかった。この年になってこういう経験はそうあるものえはない。朝から冷たい雨の降る初春の一日は、このようなコンサートにうってつけである、とも思った。そして前日から睡眠をしっかりとって、満を持して新宿文化センターに出かけた。

このホールは初めてである。そして東フィルはたまにここで合唱の入る大規模な曲のコンサートを開催しているが、これは東フィルの主催によるものではなく、このホールを運営する財団によるものである。新宿文化センターはアマチュアの合唱団を構成し、年に何回かのペースで演奏会を開いてるらしい。ベルリオーズの「レクイエム」は空前規模のオーケストラを必要とするから、アマチュアの合唱団との共演というのは、コストを考えると現実的なものである。それでもオーケストラは東フィル、指揮は首席指揮者のアンドレア・バッティストーニであるから不足はない。

だが最初に言えば、私はこの演奏会を楽しむことができなかった。最近出かけたコンサートで、このような経験は珍しい。その理由は、私が今月に入ってからなぜか極度に疲労感が強く、体調が万全とは言えない状況であることを差し引いても、納得のいくものではない。その理由を簡単に書いておきたいと思う。

まず合唱団がアマチュアであることにより、この曲の命とも言うべき歌声の清涼感や躍動感が少し期待外れに終わったことは紛れもない事実である。だがそれは、あえて言えば織り込み済みである。むしろ私が終始奇妙に思えたのは、合唱団の全員がマスクを付けていたことである。このことによって歌声の輪郭がぼやけ、ただでさえ厚ぼったい声に、さらに霞がかかった。

バッティストーニの指揮は果たしてベルリオーズに相応しいのだろうか。この曲は規模が桁違いに大きいにもかかわらず、実際のところは極めて精緻で、静かな部分も多い。ベルリオーズの作品は多くがそうなのだが、音の微妙な重なりとその平衡が維持されることによって醸し出される美しい響きが、旋律を際立たせる。そういう職人的テクニックを要するように思う。ところどころで聞かせ所はあったものの、終始全体像を捉え切れていないように思われた。これは合唱も同じ。

一方、特筆すべき素晴らしさだったのはテノールの宮里直樹で、出番は少ないのだが、舞台向かって右手のオルガンの位置に立って発せられた「サンクトゥス」の歌声は、会場の空気を一変させるに十分だった。

舞台には8名、計16台のティンパニと、大太鼓2つを含む打楽器群、舞台左右の袖と合唱団のさらに上にずらりと並んだ金管楽器が壮観。混声合唱は200名を上回り、オーケストラと合わせると出演者は400名近くに上った。演奏に休憩はなく、約100分の演奏が終わると長らく拍手が続いたが、私は早々に会場を後にした。そういうのも滅多にないことだった。期待をして出かけただけに、少し残念な結果に終わった。

2023年3月17日金曜日

東京都交響楽団演奏会(都響スペシャル)(2023年3月16日サントリーホール、大野和士指揮)

大きな物体を全体に写そうとすると、被写体を縮小して表示させる必要がある。ディスプレイの大きさは限られるからだ。あるいは地図で、より大きな範囲を一定の表示領域に印刷しようとすると、縮尺は小さくせざるをえない。マーラーの「復活」は、当時拡大傾向にあった「巨大ホールという楽器を目一杯鳴り響かせるべく、マーラーが20世紀に送り出した、新時代のための交響曲だった」(プログラム「月刊都響」3月号より)。だから、全体像を把握しようとすると、音楽はどうにもちいさくなりがちではないか、などと思った。少なくとも第1楽章の、あの長い交響詩「葬礼」の音楽は、ちょっとぎこちないように感じた。そしてここをあまりに気宇壮大に鳴らすと音楽が徐々に弛緩し、あるいは極度に集中力を高めると、エネルギーが後半に続かない。私が過去に接した演奏も、この曲が内在する問題点を浮き彫りにしていたように思う。ただそれも、1時間余りを経て到達する終楽章の圧倒的なスケールを前にすると、まあそれも仕方ないし、どうでもよい、という風になるのだが。

大野和士の指揮する音楽の特徴は、私の感想でいうと、その見通しの良さにあると思っている。彼はオペラのような長い作品であれ、まずは全体の大きさを把握し、その次に構成を考えている。その結果、非常にバランスよくまとまって破綻がない。全体像を見えやすくすると、しかしながら各箇所を取り出してみたときに、ちょっと物足りない。これは対象物(音楽)に起因するものであって仕方がないと思う。先発完投型の投手が、時にヒットを打たれたりすることと似ている。要所を抑えれば勝てるので、破綻しなければいいのだ。

だがこの日の「復活」は、第1楽章こそ「立ち上がりのぎこちなさ」を感じたものの、特に第3楽章以降はしり上がりに調子を上げ、終楽章にいたってはテンポを速めたり遅くしたりして大いに聞きごたえのある演奏になっていった。とりわけ私が驚いたのは、合唱の見事さである。この曲の合唱と二人の独唱に、これほど聞き入り、そして感動を覚えた演奏はなかった。これは大野の指揮が、やはり合唱を含めた全体像を的確に把握し、その要点を抑えているからに他ならないのだろう。例えば、ソプラノが合唱の中からすうーっと浮き上がる。隣でメゾソプラノも歌いだす、といった細部が、大きな全体の中でハイライトされ聞き手に届いた。こういう体験はこれまでになかった。聞き手である私に「復活」の全体を見通すゆとりが醸成されたから、というよりも、やはりこれは指揮と歌手の力量によるものだろうと思う。以上が、この演奏に関する私の「客観的な」感想である。

コロナ禍により幾度かにわたって中止を余儀なくされたマーラーの交響曲第2番「復活」の演奏会が、第970回定期演奏会として開催されることになり、同じプログラムがサントリーホールでも演奏される(都響スペシャル)とわかって以来、この演奏会を楽しみにしていた。前評判がいいのかチケットは早々に売り切れたものの、私のところに届いた電子メールには、追加発売があると書かれていた。これは何かの縁だろうと思った。この日は野球の試合などもあるが、「復活」には代えられない。そういうわけで手にしたS席は、1階後方の最前列。2人のソリストに中村恵里(ソプラノ)、藤村美穂子(メゾ・ソプラノ)という世界的に活躍する歌手を配し、合唱は新国立劇場。申し分がない。

毎週木曜日は、朝から新宿のオフィスへ出社することになっていて、この日は会社の帰りにあたる。久しぶりのサントリーホールには大勢の人出で、仲には「チケット求む」のプラカードを持った人までいる光景は、長らくお目にかかっていない。嬉しいことにマスクの着用もうるさく言われなくなって(そもそも音楽鑑賞中は言葉を発しないのに!)、ようやく日常を取り戻した感のある光景にしばし気持ちがやわらぐ。ここ数日の東京は初夏を思わせる陽気が続き、しかも天候が良い。日差しも明るくなって、私もコートを着ていない。そういう期待の高まる演奏会は、大変な名演だったようで演奏者が退場しても拍手が鳴りやまず、「復活」でこれほど感動したことはない、などといった感想を言う人が非常に多い。だが、音楽とは難しいものである。私個人の感想としては、そうではないことを言わねばならない。ただ、それがすべて演奏に起因するわけでもなさそうなのだ。

これは個人の日記であって、しかるべき公平性を求められているわけではない。そういうことは音楽評論家、もしくは音楽ジャーナリストに任せておけばいい。ただ、人の目に触れる文章であることは事実であり、私もすべてをここに赤裸々に綴るわけにもいかない。以下、非常に個人的な内容になることをお断りした上で、筆を進ませていただく。

-------------------------

私は今月の初めに、幼馴染の友人を亡くした。これは急なことで、正月に知らせを受けたときには、もう幾日も余命がないとのことだった。私は慌てて手紙を書き、写真集などを送って励ました。しかしそれどころではない様子で返事は来ず、この間ずっと気になっていた。今月初めになって急に奥さんからメッセージが届き、家族に看取られて旅立ったとのことだった。私は関西まで通夜に出かけ、その足で実家にも帰省した。家族思いの彼は無類の歴史好きで、高校生の私を歴史散歩のようなことに誘って歴史好きにさせたことは、ついこの前のことのようである。私は20年以上前に大病を患い、何度か生死の間を彷徨ったのだが、いまでも辛うじて生きながらえている。その私より先に、まだ元気だった彼が逝くというのは意外であった。私は病後の体調維持と気分転換に歴史散歩を再開し、それは日本各地に及んでいる。全国に散らばる旧い友人を訪ねつつ、老後は旅行に励もうと考えている。その時、近畿地方南部の拠点として彼を訪ね、一緒に楽しく過ごそうと考えていた。その思いが果たせなくなった。

通夜の翌日、私は生まれて初めて堺市にある大仙古墳群などを精力的に回り、堺市旧市街にも足を延ばした。気温が20度を超える初夏の陽気で、貸自転車をこぐ私も汗まみれとなったが、告別式の時間中、そういうことをして時間を過ごした。私はずっと彼のことを考え、そして自分や彼の家族に与えた彼の存在の意味を問うた。つい1週間前の出来事を、私は「復活」の第1楽章を聞きながら思い出していた。これは死の音楽である。

通夜の間中、彼が好きだったビートルズの音楽が流れていた。私は自分の葬儀に、どんな曲を流してほしいか考え、そしておおよそその曲を決めている。このブログにも書いたが、それはモーツァルトのピアノ協奏曲K595で、演奏はエミール・ギレリスのピアノによるもの(カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)。この思いは今も変わらないが、ここに「復活」の第2楽章も加えたいと思った。この楽章はレントラーと呼ばれる南ドイツの舞踊音楽で、「きわめてのどかに」と書かれている。死者が復活するまでの時間遷移において、春の野を行くような音楽が奏でられる。K595の第2楽章に私はその雰囲気を感じるのだが、これは単なる陽気な踊りではない。したがってそのことを意識してか、これまでの名だたる名演奏の録音も、ただ明るい音楽にはなっていない。唯一(私が知る限り)小澤征爾の演奏が、陽気なセレナーデだと思う。でもそれでもいいのではないか?私のこだわりは、むしろそのときの静謐さにある。だからマーラーは第1楽章から間をおいて(最低でも5分!)この曲に入るように指示した。実際の演奏会で、どうしてこれを遵守しないのか、不思議である。

今回の演奏を聞きながら、私はそういうことをとりとめもなく考えていた。大変美しい演奏ではあったが、集中力がなく、どことなく落ち着かない感じでもあったように感じられたのは、私の方に原因があるのだろうか。ただ都響の音の響きが、ちょっと艶に欠ける。そのことが惜しいとも思った。

合唱とソリストが登場したのは、第3楽章に入る前だった。以降、3つの楽章はポーズを置かずに演奏された。第3楽章の「流れるような」音楽は秀逸だった。このあたりから、音楽にメリハリが出てきたように思う。友人の葬儀が終わって実家に帰省した私は、この間に叔父が亡くなっていたことを知る。私の病気に時にはいろいろ気遣って東京にまでお見舞いに来てくれた叔父だから、そういうことがあれば駆けつけたいと思っていたが、知らせがなかった。私はそれが少しショックだった。第3楽章の「子供の不思議な角笛」のメロディーに耳を傾けながら、私の心はちょっと乱れていた。

翌朝早々に実家を出て、私は20代の頃まで過ごした大阪北部の街を歩いていた。まだ行ったことのなかった道や公園に足を向けた。汗ばむ陽気はこの日も続いていた。私は小学生以来大学生になるまで一緒だった友人に30年ぶりに会った。コロナ禍の前、彼に何度か会おうとしたが、実家で母親を介護する彼にその時間は取れなかった。その後コロナ禍となり、私も連絡を控えていたが、その母親は亡くなり彼にも時間ができたようだ。一人っ子の彼は、母親の我儘を無視できず、献身的に介護したのだろう。だがそれは尋常なレベルではなかった(と彼は言った)。そのことが原因かはわからないが、会社を辞める直前までいったらしく、離婚もしたようだ。ここで私は、親子の関係、あるいは最後の看取り方について考えた。昔と変わらず穏やかに話す彼の表情からは、そのような身内の介護の実態は伝わってこない。けれども辛い日々だったのではないかと想像する。母親への鎮魂歌とはいったいどのようなものだろう。心の闇がそのまま墓場まで持って行かれる。もしかすると当事者でさえ、その闇を自覚することなしに。

にわかに低いメゾ・ソプラノの声が会場にこだまするとき、私はいつもはっと驚く。長い「復活」でこんなに印象的な瞬間はない。我が国を代表するワーグナー歌手である藤村美穂子の歌唱が、これにうってつけであることは間違いがない。このあたりから音楽が引き締まってくる。「復活」の第4楽章。「原光」と題されたその歌に、闇の中に差し込む光を見る。死者復活までのトランジション。ここでの「復活」とはイエス・キリストの神としての復活だから神々しい。そして音楽はそのまま長大な第5楽章へと流れ込む。だが、終楽章に入っても合唱が加わるまでには、まだしばらく時間がかかる。オーケストラのみの音楽が、時に舞台裏からも聞こえ、会場にこだまし、盛り上がっては静かになる、といった起伏を繰り返す。それはあのマーラー独特の(というよりは現代人としては日常の)神経症的かつやや分裂気味の音楽である。私の心情は、このような音楽に非常にマッチしていた。私はこのたび多くのことが私の心に押し寄せ、気持ちにゆとりを欠いている。さらには何年も続く体調不良と死に対する不安、そしてこの時期にあっては花粉症や長く続く口内炎、腰痛、白内障といったものすべてが、私の音楽鑑賞をより困難にしているという事実に直面している。

マーラーの音楽はこのように、私の心を投影しているかのようだ。ただ少なくとも第1番「巨人」から第5番あたりまでは、まだ錯綜した感覚が少ない。第6番あるいは第7番あたりが、ちょっと錯乱気味の心理に合っている。大野和士は来シーズンの幕開けを第7交響曲で飾るようである。その演奏会にも出かけてみようかと思いながら、その前に予定されている2つのハンガリー系音楽の演奏会(バルトークとリゲティ)にも注目している。そのような音楽の方が、大野和士の音楽に似合っているような気もしているからだ。

2023年2月28日火曜日

プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」(2023年2月26日東京文化会館、二期会公演、ディエゴ・マテウス指揮)

会場に足を踏み入れると、靄がかかったように薄白い気体のようなものが会場に充満していることに驚いた。私は実際、翌日に目のの手術を控えており、これは病状がかくも進展しているのかと一瞬疑ったが、正常な方の左目だけで見ても同様だった。匂いはない。それから待つこと40分。幕が開いて一面に光線が乱舞する舞台が始まると、この灰白色の気体の原因が、もしかするとこの光線を映し出すのに効果的な演出の一部ではないかと思いついた。

二期会が「都民芸術フェスティバル」の一環として上演するプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の公演に出かけることを決めたのは、前日のことだった。Twitterなどで前評判が良かったとはいえ、私はこの公演をそれまで知らなかった。そしてこの上演が「チームラボ」なる団体との共演であることも、ジュネーヴ歌劇場との共同制作であることも。ただ私は、入院を前日に控え大人しくしていようと決めたものの、することがない。こういう時は、何かいいコンサートでもないものかと検索をし始めたところ、上野公園の東京文化会館でこの催しがあることに気付いた次第である。しかも嬉しいことに当日券があり、前方の席が残っている。これは何かの縁ではないか、そう思った私は結構な額のチケットを購入していたのである!

「トゥーランドット」を実演で観るのは2回目である。前回は1996年2月のことで、当時住んでいたニューヨークのメトロポリタン歌劇場に、今の妻となる女性と出かけた。この時の主演はアンジェラ・ゲオルギューで、指揮はネッロ・サンティ。ビデオにもなった評判の演目は、絢爛豪華なフランコ・ゼッフィレッリの演出によって、目もくらむような舞台が展開された。当時私はそもそもプッチーニのオペラ自体さほど詳しくなかったが、この時の興奮は今でも記憶に新しい。

そのゼッフィレッリの「トゥーランドット」は、何とあれから30年近くたった今でも続いている。もはや古典的な演出と言ってもいいのだが、よく考えてみるとその舞台は、どこか「おかまバー」のような雰囲気を醸し出している。最初は感激していたが、何度か接するうちに辟易してきた。低俗とか下品とかという気はないが、そもそもが謎めいた東洋の神秘的ムードに、100年以上前のイタリア人が抱いていたものを重ね合わせると、(「蝶々夫人」でもそうなのだが)アジア人としてはやや複雑な境地ではある。だから再び「トゥーランドット」を見る以上、新しい演出で接してみたい、と思っていたのである。

それが実現した。そしてこの度の上演を担当したイングリッシュ・ナショナル・オペラ支配人のダニエル・クレーマー氏は、わが国の代表的な若手アーティスト集団である「チームラボ」にロンドンで接したようである。彼はその演出を「トゥーランドット」に採用することを思いつき、昨年(2022年)のジュネーヴにおいてこの舞台を制作したようだ。舞台は評判を呼び、「チームラボ」が手掛ける初のオペラ作品となった。一面に光線が縦横に交差し、それが幾何学的な法則に沿って動く。あるいは舞台上に設えられた構造物にカラフルな模様を描く。この「チームラボ」との共演というのが、今回の舞台の見どころの一つ。

もう一つの見どころ(聞きどころ)は、最終部における音楽が従来のアルファーノ追補版ではなく、ベリオが2001年に作曲したものを採用している点である。プッチーニが本作を「リューの死」まで作曲した時点でこの世を去ってしまい、最終部分の作曲をアルファーノが担当したことや、初演を担当したトスカニーニが、この追補を気に入らなかったことは良く知られている。悲劇的な「リューの死」が感動的なのに対し、そのあとあまりもの唐突なトゥーランドットの心の氷解、ハッピーエンドとなる舞台に違和感がないわけがない。その最大の理由は、ここの音楽を急ぎすぎているからだと思われるが、ベリオはその心理的遷移を少し時間をかけて音楽にしている。考えてみれば「蝶々夫人」で見せるあの美しい間奏曲のような時間経過が、ここにはないのである。

このように、演出と音楽に大きな着目点があることにより、歌手たちへの注目が少し減少してしまった感は否めない。二期会の通常の公演同様に、今回もダブルキャストで計4回の公演が行われ、最終日だった2月26日は、以下の配役であった。

トゥーランドット姫:土屋優子(ソプラノ)
皇帝アルトゥム:川上洋司(テノール)
ティムール:河野鉄平(バス)
王子カラフ:城宏憲(テノール)
リュー:谷原めぐみ(ソプラノ)
ピン:大川博(バリトン)
パン:大川信之(テノール)
ポン:市川浩平(テノール)
役人:井上雅人(バリトン)
合唱:二期会合唱団、NHK東京児童合唱団

管弦楽はベネズエラの「エル・システマ」出身のディエゴ・マテウス指揮による新日本フィルである。新日本フィルがピットに入るのは珍しいが、マテウスは昨年から小澤征爾音楽塾の首席指揮者に就任しており、今後日本での活躍も多くなると期待される。

私は実際、「チームラボ」なる団体のことを全く知らなかったのだが、東京にある若手のアーティスト集団とのことである。何でも世界的に様々な舞台を作り上げているらしい。そのユニークさにおいて、わが国のグループが世界的に活躍するのは珍しく、大いに評価すべきことだ。だがオペラの演出となると、これが単に「美しかった」「綺麗だった」では済まされないところがある。そもそもなぜ、そのようでなければならなかったか?その必然性はあるのか、などと問われる。そして実際、その答えがよくわからない。ただ、この光の演出は過剰なものではなく、むしろ控えめでオペラの持つ本来の歌と演技を決して邪魔するものではなかったことは重要な点である。つまりは「チームラボ」の効果は、あくまで舞台の演出の一部としてうまく同化しており、その点において、このオペラがそもそも持つ要素を引き立てはするものの、魅力を覆い隠すようなことはなかった。その意味で大変好感が持てる。

新しい要素についてこの舞台を考える時、もうひとつ、舞台に登場する圧巻のダンサーたちの演技を無視することはできない。彼らの肉体的な魅力は、ちょっとエロチックでさえある。というのも、トゥーランドットが拒絶し次から次へと求婚する相手を殺害する象徴的な物として、男性器が強調されていたからだ。このあたりのスケベさは、演出家が英国人であることを思い出させるが、かといって卑猥というわけではなく、これはトゥーランドットの極端な行動によって強調される、古代から続く男性優位社会へのアイロニーと、その重要な隠された理由(これをクレーマーは「男性の劣等感」と言っている)が、このオペラを理解する上での鍵であるという解釈に基づいている。

このあたりのインタビュー記事(有料のブックレットに掲載されている)は秀逸である。この演出を通じて主張すべきだと彼が考えるのは、トゥーランドットが求めていたのは、有史以来の(コンプレックスの反動として、女性を隷属的なものに押し込んむ文明社会を牛耳った)男性ではなく、新しい男性像であった、と。このことを考える上で重要だったのが、もう一つの音楽的試み、すなわちベリオ版の採用であった。このベリオ版が始まると(伝統的価値観の象徴でもある「リューの死」のあと)、音楽がいきなり現代的なものとなる。その変化も面白いが、ここでの「新しい」世界の出現が、音楽的に明確に示されることが重要だ。これによって、今回の「トゥーランドット」の上演のキーとなる要素が完結する。

「チームラボ」のまばゆい光の効果と、幾度も回転する舞台、それによく動く肉体的ダンサーや合唱陣。舞台から降りてくる2台の透明な箱と、その中で起こる真っ赤な惨劇。このような演出は、このオペラをむしろミュージカルのような世界に位置付けたように見える。だがそのことを含め、総合的かつ一貫してこれは新しい世界感への挑戦である。

我が国を代表する歌手たちの好演を忘れるわけにはいかない。個人的にはリューの谷原めぐみの歌が印象に残っているが、他の歌手の歌も決して不足感はない。新国立劇場を始め、多くの公演において脇役に甘んじるわが国の歌手たちが、立派に主役を演じるのが、二期会公演の魅力でもある。もう少しチケットが安いといいのだが。

最前の2列は客を入れなかったため、私の座った前方から4列目は、実質的には2列目だった。この位置では歌手の声はダイレクトに響く。目の前に広がる光のページェント。すぐ近くてオーケストラが鳴っている。やはりオペラは前の方で見るのがいい。客席には若い女性が多かった。終演後外に出ても陽はまだ明るく、時折強い風が吹いていた。着実に春はもうそこまで来ていることを実感した。


(追記)
実の舞台を前方で見ても、なかなか全体がわからないオペラの舞台も、プロの文章にかかるとかくも見事に解説されるという文章を見つけたので、リンクを貼ります。

2023年1月17日火曜日

NHK交響楽団第1974回定期公演(2023年1月15日NHKホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

また素敵なピアニストに出会ってしまった。上海生まれのハオチェン・チャン(Hao-chen ZHANG、张昊辰である。彼が紡ぎだす音楽は、気を衒わない程度に揺れ動き、ささいな感情の変化を表現する。その細やかで、かつ自信に満ちた音楽性は、聞き手にちょっとした驚きをもたらす。そうだ、まだこのような表現があったのだ。それは過去の他の演奏を打ち消すような攻撃性はなく、むしろその中に溶け込んで、自然に独自の世界を切り開いているように見える。なるほど、だから2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールでは辻井伸之と一位を分け合った。

この音楽性が、3年ぶりにN響の指揮台に立つトゥガン・ソヒエフと唯一無二のコラボレーションを繰り広げる。結果生まれる音楽は、完璧である。さらにその音楽が、ブラームスのピアノ協奏曲第2番である。イタリアに触発された北ドイツの作曲家の、ほのかに明るく気楽でありながら、ストイックで静かな音楽を奏でると、知的な愉悦感と安らぎが高度な次元で融合する。イタリアの片田舎を旅するようなのどかなその情景は、夏の朝の中に立ち上る静かな川縁であったり、秋の夕暮れの平和的な田園だったりする。

ソヒエフの伴奏は見事というほかなかった。もともと私はソヒエフを初めて聞いた時から、N響の音がいつもと違うと感じたものだ。それはテレビで見たときに直感した。その後実演で聞いた組曲「シェヘラザード」の圧倒的な名演と、その前に演奏されたブリテンやフォーレの作品で、私は生涯忘れられないコンサートを経験したが、当時音楽監督だったトゥールーズ・キャピトル管弦楽団によるチャイコフスキーの「白鳥の湖」でも、同じことを感じた。彼は不思議なように、オーケストラの音色を操る。音と音の組み合わせが、一音一音と異なっていくそのさまを、全く最適な音量で轟かせる天才的な才能を持っている。

これがフランス音楽のエッセンスとでも言うべきもので、精緻で繊細な音の変化がもたらす雰囲気は、まるでほんの少しの醤油を混ぜただけで味が変化する日本料理のように奥深い。そして今回のドイツ音楽でも、そのことは立証されたのだ。ブラームスの内省的で複雑な心理が、こんなに見事に表現されたことがあっただろうか。そしてピアノの明るいタッチが、ブラームスとイタリアという、どこか相容れないようなものの融合を見事に表現した。あのポリーニがアバドと録音した演奏がそうであったように。

第1楽章のホルンの出だしとそれに続く長いソロ。スケルツォ楽章の独特な変化はリズムにも表現され、第3楽章でのチェロ独奏部分を頂点に、最終楽章での、まるで踊るような嬉しさの中で迎えるコーダに至るまで、酔いに酔った50分間は至福の時間だった。まさかこんな演奏を味わえるとは思ってもいなかった。ハオチェン・チャンは、プロフィールによれば1990年生まれ、若干32歳ということになる。日本での公演も多いというから、一度リサイタルを聞いてみたい。評判によればシューマンが良さそうである。

私が思い立ってN響の定期公演に出かけたのは、朝から冷たい雨が降ると予想され、趣味のウォーキングを諦めざるを得なかったからだ。NHKホールでのN響のコンサートに行くのは、コロナ禍直前の2020年1月以来だから、丁度3年ぶり。これは前回のソヒエフの来日とほぼ同時期である。だがこの間に世界は変わってしまった。プログラム・ノート「フィルハーモニー」によれば、北オセチア生まれのロシア人である彼はウクライナ戦争が始まった時、トゥールーズのオケとボリショイ劇場の音楽監督を自ら辞任したそうである。芸術家か政治を通したメガネで見られるのを嫌ったからだろうか。この間にNHKホールは改装のため、一時的に拠点を池袋に移したが、この東京芸術劇場で聞くN響は、どこか違和感があって好きになれなかった。このたび会場がどんな風に変わっているのだろうかと興味があったが、椅子の狭さや音響など、何一つ変わっていないように思えた。

ソヒエフの音楽は、健在だった。いやより深みに達したのではないか。それが如実に証明されたのが、プログラム後半のベートーヴェンだった。私はコロナ禍で、生誕250周年となった2020年のベートーヴェンの演奏会を全てあきらめざるを得なかったが、それを埋め合わせるように、交響曲が演目に上ればチケットを買って聞いてきた。第5番、第9番「合唱」、第3番「英雄」、第7番、第6番「田園」と聞いてきて、今回は第4番である。この「北欧の乙女」のシンフォニーを、記録によれば過去に10回程度は聞いているようだが、記憶に残っているのはあのカルロス・クライバーの来日演奏だけである。しかし今回の演奏は、その演奏にも勝るような完成度だったと思う。

今回の私の席は、少しケチってB席だったこともあり(何と当日券は座席指定ができないと言われた。かつてはできたのに!)、1階席ではあるもののほとんど壁際というところ。この位置で聞いた演奏もいくつかあるが、あまりいい印象はない。ところが、である。指揮者がソヒエフに変わって、何とこの位置でも素晴らしくいい音に聞こえるではないか!それは奇跡といってもいいくらいに、音と音が程よく溶け合う。さらにはピアノまでも!何度も書くが、ソヒエフの音の組み合わせのバランスと強弱の妙が、こんな位置でも確認でる!そしてN響の木管楽器が、とても見える位置ではないにもかかわらず、手に取るようにヴィヴィッドだ。何ということだろう、それに向こう側に座っているヴィオラのパートの熱演ぶりが、指揮者を超えた位置からもよくわかるのだ。

驚いたことにソヒエフは、ふだん両手のみで指揮するが、ベートーヴェンの演奏では指揮棒を持って現れた。音の強弱にさらにメリハリがつけられ、手品のように各パートを指示していく。丁度真横から見る彼の指揮ぶりは、クライバーとはまた異なった興奮に満ちたものだ。オーソドックスな演奏でありながら、これほどにまで確信に満ちた見事な演奏には、そう出会えるものではない。オーケストラも乗っている。どこかどうというわけではなく、すべてがいい。良く知った音楽が見事に終わって、マスクをしていなければ飛び交ったであろうブラボーを心の中で大きく叫びながら、許可された写真を何枚も撮った。舞台袖から花束が送られ、それが本日限りでコンサート・マスターを引退する「マロさん」こと篠崎史紀氏に渡されたとき、とりわけ大きなものとなった拍手は、珍しいことにオーケストラが立ち去っても鳴りやまなかった。そういえばそれまで冷めた客が多かったN響のコンサートだが、いつのまにか登場の際にも拍手が起こるようになっていた。3年ぶりのコンサートで、変わったものと変わらなかったもの。その両方がいろいろ発見だった、私にとっての今年最初のコンサート。

今シーズンからN響のシェフは、イタリア人のファビオ・ルイージに変わった。ソヒエフもそうだったが、世界中を飛び回る多忙極まりない指揮者には、もう少し落ち着いてコンサートを指揮してもらう必要があると感じていた。だがコロナ禍を経て、少なくともソヒエフに関しては今月はたっぷり3つのプログラムを振る。最近発表された来シーズンでも、再び1月に来日することが決まっている。ハオチェン・チャンとソヒエフは、今私が目を離すことにできない音楽家である。

2022年12月15日木曜日

シュターツカペレ・ベルリン演奏会(2022年12月6日サントリーホール、クリスティアン・ティーレマン指揮)

最近は新聞を読むことが少なくなった。ニュースに興味がないわけではない。老眼がひどくなり、そこに白内障が追い打ちをかけ、活字を追うのが困難な状況だからである。昨今の新聞記事が面白くないということも、重要な理由である。

それでも大きな活字の見出しと、新刊本や雑誌の広告、さらには特定のコラム、文化欄などには目を通している。今月(2022年12月)の日経朝刊「私の履歴書」は、リッカルド・ムーティである。こういう記事は毎日楽しみにしている。

先月足を運んだ北ドイツ放送フィルのコンサートについては、新聞の広告欄で知った。ネットが情報伝達の主流となった今でも、講演会場前で配られる大量のチラシやダイレクトメール、それに新聞広告は、クラシック通にとっては重要なメディアである。特に売れ残った公演が間近に迫っている場合などは、この広告によって最後の販売促進を狙うのだろう、諦めていたコンサートに目が留まることがたまにある。このようにしてたまたま知った北ドイツ放送フィルの演奏会に関するブログ記事を書き終えて、さて今日は土曜日だから、また何か売れ残っている公演の広告でもでているのではなどと思ってみてみたら、シュターツカペレ・ベルリンのものが出ているではないか!

鉄のカーテンの向こう側、かつて東ドイツの歌劇場専属オーケストラとして、伝統あるいぶし銀の響きを維持してきたこの楽団も、もう30年もの間シェフの地位に君臨するダニエル・バレンボイムによって、さらに磨きのかかったオーケストラへと成長を遂げている、ということになっている。私はかつて10年以上前の来日公演で、ベートーヴェンの交響曲のいくつかを聞いたが、重厚感あるくすんだ音色に、とても懐かしい感じを覚えた(ただ演奏の方は新鮮味に欠けるものだったが)。

この時と大きく異なっていたのは、チケット代が倍ほどにまで高騰していることだった。昨今の円安とインフレにより、クラシック音楽の招聘費用にも影響が出始めているのだろう。このまま行けば聴衆の高齢化も手伝って観客数が激減し、来日公演自体が消滅してしまうのではないか、とさえ恐れてしまう。少しの希望は、ここに来て日本を旅したい外国人の数ははうなぎ上りであり、しかも東京の聴衆の造詣はかなり深いため、あまり心配しなくてもいいという気もする。それでも高騰するチケットが買える一部高齢日本人とアジア諸国の金持ちたちで埋め尽くされることになるような気もする。

バレンボイムはブラームスの交響曲チクルスをプログラムに組んでいた。私も第4交響曲のCD(シカゴ交響楽団)を持っており、なかなか難しいこの曲にあっては、かなりの名演奏。あのカルロス・クライバー盤の右に出るような存在だと思っている。ただ、バレンボイムのコンサートは、結構わが国でも開催されているから、ベルリンのオーケストラと演奏するブラームスのチケットが売れ残っていたとしても、さほど不思議なことではない。かつてのベートーヴェン・チクルスの時だって、確か当日券を買って駆け付けた記憶がある。

ところが広告によると、バレンボイムは健康上の理由により来日できなくなり、急遽、クリスティアン・ティーレマンに交代となったようなのである!この告示には私も驚くと同時に、偶然目にしたのは何かの縁ではないかとさえ思った。S席は35000円という信じられない値段が付けられている。それでも「ぴあ」などにアクセスすると、私が行ける唯一の公演、12月7日のプログラム(交響曲第2番、第1番)はもっとも売れ行きが良いらしく、わずか数席しか残っていない。これは大変なことになってしまった。今後ティーレマンの演奏を生で聞ける機会が、どれほどあるだろうか?思えば40年以上前に初めて自腹で演奏会の切符を買って以来、時間と金銭的余裕のある限り、多くのオーケストラ、指揮者の演奏を聞いてきた。そういう私にとって現代最高の巨匠ともいうべきティーレマンは、「いつかは聞いておかなくてはならない」指揮者となっていた。それも最後の!

そう思った私は、おもむろに「ぴあ」の空席を検索し、1階最後列というS席にしてはちょっと疑問の残る席をクリックしてしまった。舞台正面の席ではある。そして、熊本や大阪での公演、さらには前日の初台でのブルックナーなどは結構な盛況であると見えた。チケットを手に入れてから、私の頭はブラームスの旋律で溢れた。第2番第1楽章の主題。これほど心が安らぐ音楽があるだろうか。あるいは第1交響曲冒頭のティンパニの連打。思えばこの2曲はベルリン・フィルをはじめ、様々な組み合わせで接してきた。私のブラームスの演奏会史にティーレマンの演奏が加わることへの期待が、まるで修学旅行を前にした高校生のように高まっていった。こういう経験は、久しぶりである。

会場はいつもとは若干異なる、ネクタイを締めた身なりのいい人たちで溢れている。彼らは引退した高齢者(ももちろん大勢いたが)ではなく、現役の、それもそこそこ身分の高い給与所得者、ないしは経営者なのだろう。女性の装いが、高級ブランドの服や装飾品で埋め尽くされている。プログラムも有料で2000円もする。それでもこれは、若い頃からの私のコレクションになっているから、今回も清水の舞台から飛び降りる覚悟で買い求め、大切に鞄にしまった。最近では会場でプログラムが読めないのだ。チケットにはまだバレンボイムの名が記されていたが、プログラムは表紙が少々安っぽいものの、ティーレマンと楽団の写真がふんだんに掲載されていて嬉しい。早々にトイレを済ませ、期待に胸を膨らませながら待っていると、オーケストラに引き続き長身のティーレマンが登場した。

プログラムによればティーレマンは1959年西ベルリン生まれ。私より7歳年上である。私はまだベルリンが東西に分かれていた頃、ここを旅行している(1987年)から、町全体が落書きだらけの壁に囲まれた当時の雰囲気を思い出すことができる。シュターツカペレ・ベルリンは当時東側のオーケストラで、わが国にも有名な名指揮者、オトマール・スイトナーがたびたび指揮者を務めており、来日も多かったしベートーヴェン交響曲全集などの録音も有名だった。

そのシュターツカペレ・ベルリンを、何とティーレマンは今年になって初めて指揮したそうだ。東西ドイツが統合してからも、西側の雄ベルリン・フィルにはしばしば登場しているし、もう一つの東側の歴史あるオーケストラであるシュターツカペレ・ドレスデンでは何年もの間、首席指揮者を務めているから、意外と言えば意外であった。

交響曲第2番の明るく伸びやかなホルンのメロディーが聞こえてきたとき、もうこのコンビがすでに長年の関係を続けているようなものに思えた。ティーレマンという指揮者は、長年私にとってなかなかとらえにくい指揮者だったのだが、実は非常に繊細で、しかもフレーズが静かに入ってゆくところなどを、まるで幼児を撫でるような感覚でものすごく丁寧に指揮することがわかった。それがあまりに丁寧なので、音楽の流れが独特の間を持つこととなる。ここが彼の音楽の特徴で、ちょっと違和感を覚えるときがあったものだ。しかし実演に接していると、その有様は、音楽に自然の集中力を与えはするものの、決して壊すことはない。音量はむしろ小さいくらいだし、テンポはゆっくりしている。必要な時には意味深く遅く、かと思えば次第に速くなるなど、あのウィルヘルム・フルトヴェングラーを思い起こさせる。

風貌の点では、フルトヴェングラーというよりもあの大柄な長身、ハンス・クナッパツブッシュに似ている気もするが、いずれにせよこれらの巨匠の演奏は、アーカイブにしか存在しない一時代前のスタイルである。かといってティーレマンの演奏が、これらと同じかと言えばそうではない。陳腐な言い方をすれば、古くて新しいのだ。ティーレマンがなぜこんなに人気があるのかが、わかったような気がした。

だが、ティーレマンが古楽奏法全盛の時代に、まるで遺跡から生き返ったツタンカーメンのように登場してからすでに20年以上が経つ。私はティーレマンがバイロイトで録音した「指輪」のCDをすべて図書館で借りて聞いたのが、この指揮者との出会いだった。この時の上演は、奇抜な演出で物議を醸したものがDVDで先行発売されていたが、DVD会社は音だけのCDのリリースを敢行した。音楽だけを切り取って聞くと、そこは紛れもなく古色蒼然とした、しかし新鮮味のあるワーグナーだった!

今回のブラームスにも同様なことが言える。第2楽章、第3楽章ともどちらかというと静かで精緻な音がバランスよく聞こえてきて、それはあのベルリン・フィルで聞くような大音量でもなければ、ウィーン・フィルの艶のあるものでもないのだが、まるで北ドイツの空を眺めているような、薄日と冷気を帯びた夏の空気が感じられた。ここで聞くブラームスは、ハンブルクのブラームスであった。

第4楽章になるとそれでも音楽は高揚した。次第にテンポを上げていく。アッチェレランドという指定が楽譜にあるのかどうかは知らないが、彼の演奏は懐かしいその響きだった。感情が解き放たれ、輝かしい陽気のうちに演奏が終了したとき、大きな拍手が沸き起こった。こういう演奏が聞きたかったのだ、と皆が納得しているようだった。後半の第1番に期待が大いに膨らんだ。

交響曲第1番は第2番と違い、けた違いの長さと苦悩の上に生み出されたブラームスの野心作だ。ベートーヴェンの影を追い、その記念碑である9曲の交響曲を発展させる作品を書くことが彼のライフワークとなっていた。作曲開始から21年の歳月をかけて第1番は演奏された。その曲は、推敲に推敲を重ねただけのものが感じられ、大成功だっただけでなく、まさにベートーヴェンの延長線上にある曲とみなされることとなった経緯は、随所に詳しい。

一般には、第4楽章にかけて次第に白熱を帯び、最後は圧倒的な興奮が地底から湧き上がるような演奏への期待が高いのだが、よく聞くと非常に抒情的で美しい部分も多く、まるで室内楽を聞いているようなところがある。この点、威勢のいいアレグロとロマンチックな緩徐楽章にはっきり色分けされる古典派のベートーヴェンとは異なる。ブラームスは、ピアノ協奏曲第2番と同様、静かに心を落ち着かせて聞き入ると、その魅力が開いた扉の向こうから静かに溢れてくることに気付く。例えば第2楽章。ここのヴァイオリンのソロと溶け合う瞬間の、息を飲むような美しさなどは、ベートーヴェンの頃にはなかった後期ロマン派のものだ。

ソロが活躍する場面は、冒頭のティンパニに始まり、第3楽章のホルン、それを受け継ぐフルートなど書ききれないほどだが、感動的なのはそれらが一つの大きな宇宙を形成していることだ。絶対音楽としての完全性が、ここに感じられる。数々のソロを含め全体で表現したかったものが、第4楽章になって爆発する。といってもブラームスの爆発は、火山に例えれば溶岩が流れ出すようなものではなく、マグマが地底に溜まって次第に地面を隆起させるようなものだ。

ティーレマンの演奏に話を戻そう。ティーレマンは第2番同様に、ここでも音楽を爆発的な音量にしない。むしろ室内オーケストラのような精緻さで、細かいフレーズのひとつひとつにまで気を配る。楽器が溶け合うこと、複数の楽器がまるで一つの楽器に聞こえるように演奏すること、そして無駄な音が聞こえないようにすること、これらをとりわけ心掛けているように思えた。CDや映像で見るとやや不自然さも醸し出すこのような演奏も、実際に聞いてみると大変新鮮で、もしかすると昔の巨匠指揮者の演奏もこんな感じだったのではないかと思わせるようなところがあった。

私がかつて聞いた同曲の演奏と比較しても、その個性は明らかであった。レナード・バーンスタインがイスラエル・フィルと来日して聞かせたときは、全身全霊を傾けて一心不乱に指揮をしていた姿に目を奪われたが、実際音楽もそのように重厚で大胆であり、興奮を湧き起こすのもだった。一方、クラウディオ・アバドがベルリン・フィルと共演したときには、この理性的なイタリア人による実に整った演奏で、角の取れたスリムなブラームスだった。それに対しティーレマンは、伝統との調和、個々の奏者との絶妙な融合、その延長にある総合的エネルギーが、豊饒な音楽となって導かれる有様である。ベームとカラヤンの音楽を足したような表現というと、おそらく反論も多いかもしれないが、私としてはそんな印象を持った。

もっとも印象に残った部分を記しておこう。それは第4楽章、あの第九を思わせるメロディーが満を持して出てくるところ。その手前でティーレマンが相当長い休止を取ったことだ。この休止の間中、客席はもちろん物音などひとつも立てず、固唾を飲んで聞き入っている。永遠に続くかと思われたその休止が終わると、静かに、そして確実な足取りで、あのアンダンテのモチーフが滔々と流れてきた。古色蒼然とした中に冴えわたる響き。そこからコーダにかけての時間は、まさに至福の時間だった。

オーケストラが退散しても幾度となく舞台に呼び戻されることとなったのは、当然の展開であった。私はこのコンビが、すでに何年もかけて音楽を作ってきたような完成度に達していると思った。彼は、もしかしたら遅かれ早かれ次期音楽監督にでも就任するのではないだろうか。私はそれを期待する。そしてブラームス、ブルックナー、ワーグナーだけでいい。これらの作曲家の音楽を、繰り返し聞いていたい。

このコンサートを聞き終えて家路を急ぎながら、私はこれほどの大金を支払ってまで聞くクラシック音楽のコンサートは、おそらくもう二度とないだろうと思った。まだ聞いていない指揮者、オーケストラはあるにはあるが、「巨匠」という雰囲気の指揮者は今やどこにもいない。オーケストラはベルリン・フィルを別格として世界中に存在するが、どこも似たような水準で似たような音を出す団体になってしまった。であれば、それほど無理をして聞くこともないわけで、地元のオーケストラや滅多に来日しないようなローカルなオーケストラの方が、発見も楽しみも多いような気がする。ただ残念なのは、これらのオーケストラに足を運ぶ熱心なファンが少なく、プログラムが陳腐なものになりがちなこと。重量級の超一流演奏会は、ニューヨーク、ロンドン、バリ、ベルリン、そしてウィーンなどの世界の数都市(東京は今のところそのひとつだが)における数回の演奏会に限られるが、それを追いかけて行くのは(これまでもしては来なかったが)やめておこうと思う。

過去40年あまりの間に出かけた演奏会は延べ300回程度。全く自慢できる数字ではないが、この中には数々の有名指揮者、そして感動的な演奏会があった。一度それらを順に思い出しながら記録していきたいと考えてきたが、どうやらその時が到来したようである。



2022年11月27日日曜日

NDR北ドイツ放送フィルハーモニー交響楽団演奏会(2022年11月23日みなとみらいホール、アンドリュー・マンゼ指揮)

午前6時4分。空が白み始めた東京駅をやまびこ51号盛岡行は静かに出発した。2022年11月25日。私はまたもや東北新幹線の旅人となって北へと向かう。行き先は釜石。東日本大震災の被災地を巡る旅もこれが4回目となる。約1年ぶりとなる今回は、釜石から宮古までを行く。もう11年もたっているのだから、これは被災地旅行というよりも、まだ見ぬ三陸方面への観光旅行である。

第1回目は災害の復興が始まったばかりの2014年頃で、気仙沼の漁港にはプレハブの屋台村が開設され、そこから程遠くないところには大津波を受けて倒れかけたビルや家屋が、まだそのまま残されていた。しかし、今年の1月にはその廃墟も屋台村もすっかり近代的なターミナルやショッピングセンターへと変貌を遂げ、新しくておしゃれなレストランや土産物屋が立ち並んでいた。

上野駅を出るとようやく外が明るくなった。荒川を渡ると遠くに富士山が見えた。満員の始発列車は宇都宮を過ぎても多くのビジネスマンを乗せている。コロナの影響で長く閑散としていた新幹線も、もはや過去のものとなりつつあることを実感する。新花巻駅でローカル線に乗り換え、釜石に着いたのはまだ11時前のことだった。かつて一昼夜かかった東北も、いまでは数時間で行ける。新幹線が開通して以来のことで、これはもう40年が経過したことになる。

釜石へと向かう間中、私の耳はベートーヴェンの交響曲第7番が鳴り響いていた。2日前、新装を終えた横浜みなとみらいホールで聞いた、北ドイツ放送フィルハーモニー交響楽団の演奏があまりに素晴らしかったからである。指揮はイギリス人のアンドリュー・マンゼ。古楽器演奏の指揮者として有名で、ヴァイオリニストでもある。彼が、フォルクスワーゲンの本社がある工業都市ハノーファーのオーケストラである北ドイツ放送フィルの首席指揮者であることを私は知らなかったのだが、ここは大フィルの大植英次が振っていたオーケストラである。

プログラムはまず、ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」序曲で幕を開けた。第1音の和音が鳴り響いたとき、ああこれは紛れもなくドイツのベートーヴェンの音だと思った。何とも言えない木製のぬくもりを感じさせる音。古楽器的にビブラートを抑えているから、つやがあって、力強くもあるがしなやか。まずは音色の洗礼を受けた後、推進力をもって進む音楽は、これから始まるコンサートへの期待を最大限に膨らませるものだった。客の入りが少々少ないのが残念なほどだが、おそらくはコロナでプロモーションが遅れたこととも関係があるかも知れない。私もこの演奏会を新聞広告で知った。しかも発売日は、その広告のあった6月から2か月後の8月末だった。

2曲目のプログラムは、ドイツの重鎮、ゲルハルト・オピッツをソリストに迎えてのピアノ協奏曲「皇帝」である。親日家でもあるオピッツは、どこか日本に滞在しているのだろうか、私は昨年にも代役として演奏されたブラームスのピアノ協奏曲第2番も聞いている。コリン・デイヴィスやギュンター・ヴァントといった今は亡き巨匠とのレコーディングもあるピアニストは、しかしながらここで推進力を維持すべく、どちらかというとモダンであっさりと仕上げていく。もたつかない演奏は、ドイツの伝統的な重みのあるものを期待していると裏切られる。だが、オーケストラとの相性を考慮すると、これは当然のこであると思われた。第2楽章の流れるようなメロディーは、どこかメンデルスゾーンを聞いているような感じでさえあった。

休憩を挟んでいよいよ交響曲第7番である。来日メンバーはそう多くなく、典型的な二管編成であり、従って音量はさほど大きくはない。これがビブラートを抑えて演奏されるのだから室内オーケストラを少々大きくした感じではあるが、各楽器の奏者も大変上手く、引き締まったリズムが大柄な指揮者の細かい指示にも機敏に対応していく。決して堅苦しい演奏ではない。たとえば、第1楽章のカデンツァを含めて大活躍する木管楽器は、これぞ本場ドイツのプレイヤーと思えるような、自由闊達に歌い、そして流れに溶け込む。その即興的とも言えるような妙味は、おそらく同じ演奏は2回とないだろう。こういう職人的演奏が生で聞けるから嬉しい。録音だともっとあらたまった演奏になると思う。嬉しいことに主題は繰り返され、2回目ともなるとプレイヤーにも自信が感じられて、その推進力と新鮮さがさらに増大する。

第2楽章の素晴らしさは例えようもなく、指揮者の細かい音量の指示に、実に細かく対応している。この第2楽章はあまりに見事だったので、思い出すだけでもうれしさがこみ上げてくるが、できればもう一度聞いてみたい(アンコールしてほしかったとさえ思う)。第3楽章のスケルツォも申し分なく、きっちりと楽章間で休憩を挟むと、満を持したように流れ出るアレグロ。圧巻のフィナーレは、もう何も言うことはないだろう。客席は高齢者が目立つものの、拍手はしっかり熱狂的で、コロナ流行下でなかったら熱烈なブラボーが出たことだろうと思われる。

一連の最終公演となったこの横浜でも、アンコールに演奏されたのは何とスウェーデンの作曲家アルヴェーンのバレエ音楽「山の王」から「羊飼いの娘の踊り」という曲。オール・ベートーヴェン・プログラムの最後に北欧の音楽を演奏するというのも粋な話だが、確かにオーケストラのより明るく透明な響きが前面に出て、ちょっと固めのドイツ音楽とのさりげない対比を示して見せた、ということだろうか。

26回目の結婚記念日だったこの日の演奏会は、あいにく冷たい雨の降る一日となった。賑やかなみなとみらい地区のカフェで時間をつぶしたあとは、関内にあるフレンチ・レストランに移動して妻と二人だけで祝杯を挙げた。今年も残すところ1か月余りとなった。今年最後のコンサートは、東北3県を巡る今回の旅を終えた12月7日、サントリーホールで開かれるシュターツカペレ・ベルリンのコンサートである。8年ぶりとなる釜石は今回も快晴の陽気で、どこまでも青く深い静かな太平洋を望むことができた。今夜は宮古まで行って龍泉洞近くに泊まる。三陸海岸は、津波のことを忘れるくらいにとても風光明媚なところである、と今回も思った。

2022年11月21日月曜日

R・シュトラウス:楽劇「サロメ」(2022年11月20日サントリーホール、ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団)

クラシック音楽のコンサートにおける日本の聴衆は、礼儀正しく大人しい。特にコロナ禍に見舞われてからは、正しくマスクを装着し、ブラボーを叫ぶ人はいない。しかし、今回のコンサートは違った。我慢しきれず、自粛が呼びかけられたブラボーを発する人が少なくなかっただけでなく、終演と同時に立ち上がる人が多数。会場が興奮に満ち溢れ、会心の出来と思われた指揮者、オーケストラ、それに歌手たちが満面の笑みを湛える。東京交響楽団が音楽監督ジョナサン・ノットとともに上演したリヒャルト・シュトラウスの歌劇「サロメ」(演奏会形式)の類稀な大成功は、伝説的な名演として長く語り継がれるであろう。

その様子をここに書き記すことは、大変な労力である。全編に亘って交感神経が張り詰め、近代のドイツ文化が到達したある種の頂点は、丁度サッカーのドイツチームが超攻撃的な攻めを見せるように、私たちを圧倒する。だがそれだけではない。シュトラウスの音楽は精緻で、セリフのすべての物にそのモチーフが付けられている。丁寧にそのひとつひとつを押さえながらも、全体としては一つの流れを終始維持し、緊張が途切れることはない。全一幕の約100分は、そうだとわかっていてもあっというまに経過し、舞台に出入りする歌手の一挙手一頭側に目を凝らしながら、時折字幕を追う。

表題役はリトアニア人のソプラノ、アスミク・グリゴリアンである。彼女は細身の美貌でありながら、強靭な声を終始絶やさず、まさにサロメの当たり役と言える。登場したときは、確かに上手いと思う程度だったが、その声量と歌唱は次第に完成度を増し、さらにはそれを超えてどこまでも圧倒的に聴衆を引き付けた。「7つヴェールの踊り」に至るまでのヘロデとの丁々発止のやり取りは、聞いていても興奮する。踊りのシーンはオーケストラのみの演奏だったが、そこから終演までの歌唱は、鳥肌が立つほどだった。真っ赤な布をヨカナーンの頭部に見立て、その布をスカーフのように身にまとう演出は、猟奇的な生々しさを緩和する一方で、真の愛情に飢えた少女の心情を際立たせるに十分だった。

グリゴリアンの圧倒的な歌唱を支えたのは、他の3人の主役級歌手が、それに劣らず素晴らしかったからだ。すなわち、ヨカナーンを歌ったバスバリトンのトマス・トマソン、サロメの母ヘロディアスを歌ったメゾソプラノのターニャ・アリアーネ・パウムガルトナー、そして巨漢ヘロデ王を歌ったテノールのミカエル・ヴェイニウスである。ヨカナーンは井戸の中から歌うシーンでは、P席上段のオルガンの横にいて神々しく歌い、舞台に上がった時には人間味のある演技である。彼は頑なにサロメの欲求を退ける。

一方、ヘロデとヘロディアスの会話は、この二人の歌手が素晴らしいだけに圧倒的で、激しい夫婦喧嘩もシュトラウスの音楽で聴くと迫力満点。サロメの意地っ張りな態度は、母親譲りということだろうか。真の愛情を知らない親子は、ナラボートを自殺に追いやり、預言者ヨカナーンを処刑し、自らも死刑になる。近親相関と異常性欲が凄まじいエネルギーの中で交錯するオスカー・ワイルドの台本も、その前衛性が物議を醸し、長らく出版が禁じられた。だがシュトラウスは、さらに「エレクトラ」で前衛的手法を押し進めていく。

今回はコンサート形式による演奏だったが、このような演奏は予算の低減につながるため、昨今の流行りではある。オーケストラが舞台上にいるため、音楽の構造がよくわかり、よく聞こえる。半面、歌手の歌声がかき消されることも多いが、今回の上演ではその心配は吹き飛んだ。1階席前方で聞いていたこともあるのだろう。すべての声は直接耳に届く。歌手はむしろ演技を最小限に抑えることで、歌により集中することもできるという効果も生まれる。最近は舞台演出でもごく最低限のものしか置かないような、バジェット的演出が多いため、結局は想像力がいる。そう考えると、コンサート形式でのオペラも悪くはない。とにかく安いのがいい。ただ、「サロメ」は視覚的要素の強い作品だから、一度は舞台で見たいとも思った。

ブックレットによれば今回の上演には演出監修がいて、それは何とトーマス・アレン。彼はモーツァルトのドン・ジョヴァンニを歌っていたバリトン歌手で、私もよくビデオで見たが、何と彼は来日をしており、カーテンコールに登場した。カーテンコールの最中、指揮者ノットは終始興奮した笑顔で、今回のコンサートに大いに満足した様子である。何度も呼びもどされ、それはオーケストラが舞台から去ってもなお続いた。客席が総立ちのまま、何枚もの写真をスマートフォンに収めるのに忙しい。長いオベイジョンが終わって会場を出ると、雨が降っていた。気が付くともう11月も後半である。今年も残すところ、あと1ヶ月余り。コロナウィルスの非日常生活も、3年になろうとしている。

2022年10月26日水曜日

ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」(東京フィルハーモニー交響楽団第976回サントリー定期シリーズ、2022年10月20日サントリーホール、チョン・ミュンフン指揮)

ヴェルディ最晩年にして最後のオペラ作品である歌劇「ファルスタッフ」は、これまで少し苦手で、CD などで聞いていてもどこか捉えどころがなく、歌が(重唱が多い)長々と続くだけの作品だと思ってきた(ワーグナーに似ている)。しかし、こういう場合、往々にして作品に真正面から向き合っていないことが多い。特に「ファルスタッフ」のような玄人好みの作品になると、その良さを体感できるような一定の技術的水準の名演奏に接することができない限り、その良さが伝わりにくい。

昨年、2022年の定期演奏会のラインナップを知った時、チョン・ミュンフン指揮による「ファルスタッフ」が目に留まった。この演奏会が最大の魅力に感じられた。なぜなら私は、数年前にベートーヴェンの「フィデリオ」を、やはり彼の指揮する同じ東フィルのコンサート(演奏会形式)を経験しており、その演奏は「フィデリオ」の素晴らしさを余すことなく伝え、今もって記憶に残る大名演だったからである。

会社での仕事を早々に切り上げ、満員の地下鉄に飛び乗りコンサート会場へと急ぐ日常が、久しぶりに戻ってきた。昼から忙殺される資料作りや会議などにストレスは高く、これをわずか1時間のうちにクラシック音楽向けの脳に切り替えるのは、なかなか難しい。

会場はほぼ満席。通常 P 席と称されるオーケストラ背面、すなわち舞台向正面の席は、おそらく合唱団が使うのだろう、黒い布で覆われていた。そしてオーケストラは、いつもより舞台後方にぎゅっと詰められており、さながらオーケストラピットのようである。その前に大きくスペースが設けられ、総勢10名もの歌手が出たり入ったりと忙しい。英国ウィンザー城を舞台としたコメディは、何やら小道具がいっぱい使われるが、それらはこの舞台にも用意されているようだ。

19時の開演とともに、オーケストラに引き続いて舞台に登場したのは二人の従者、バルドルフォ(大槻孝志、テノール)とピストーラ(加藤宏隆、バス・バリトン)、それに医師のカイウス(清水徹太郎、テノール)、さらには太鼓腹の巨漢ファルスタッフ(セバスティアン・カターナ、バリトン)である。

チューニングも終わって指揮者を待っていたら、舞台右袖から一人の掃除婦がホウキを掃きながら登場した。彼は居酒屋「ガーター亭」の主人であり、ファルスタッフに酒を注いだりしている。背が低く、いささか貧相な風貌、などと書くと大変失礼な言い方だが、その主人こそマエストロであった。前掛けを指揮台の下にしまい、前奏曲もなくいきなり第一幕の音楽が勢いよく流れてきた時、その明るくて力強いオーケストラの響きにあのジュリーニの名演を思い出した。チョン・ミュンフンは、そういえばジュリーニのアシスタントを務めていた指揮者なのだ。だが、チョンにとって「ファルスタッフ」は、初めて指揮する作品らしい。

ファルスタッフ役のカターナは、その風貌もぴったりのルーマニア人とのことだが、彼の経歴を見ると面白く、何とカーネギー・メロン大学で化学工学を専攻している。しかし歌声は、これほどファルスタッフにぴったりな歌手はいないと思えるような素晴らしさで、その声量は一頭上を行っている。

今回の歌手は、表題役のファルスタッフを除き、すべて日本人。その数は総勢9名である。この日本人歌手たちをどう選んで配役につけたのか、そういった裏方の仕事は、私のような素人には想像もできないが、彼らは全員甲乙がつけがたいもので、今回の演奏の水準が大変なレベルであることを示している。最初、女声陣の声が少し弱いなどと感じたが、それは時間を経ると次第に良くなった。

第1幕第2場では、それまでの男性4名に代わって、女性4名の登場である。ファルスタッフが同じ文面の恋文を授けるメグ(向野由美子、メゾ・ソプラノ)、フォード婦人のアリーチェ(砂川涼子、ソプラノ)、それにアリーチェの娘ナンネッタ(三宅理恵、ソプラノ)、さらにはおせっかいおばさんのクイックリー夫人(中島郁子、メゾ・ソプラノ)。この中では、クイックリー夫人が、その低い声と意地悪おばさんの風貌を生かして、とりわけ印象に残った。

今回の演奏では、丁度真ん中の第2幕第1場を終わった時点で、休憩となる。指揮台のそばに置かれていた丸テーブルや、そこに置かれている酒瓶など、小道具だけではあるがこのようなコメディのストーリーには十分である。チョン自らが演出した、とブックレットには記載されているが、なかなかの面白さで笑いを誘う。もちろん字幕もついている。

第1幕のうちに、残りの人物、すなわち富豪のフォード氏(須藤慎吾、バリトン)、ナンネッタの恋人フェントン(小堀勇介、テノール)も登場するが、もう誰が誰だかわかりにくい。舞台で見ていてもそうなのだから、音楽だけを聴いていると誰が誰と歌っているのか皆目見当がつかなくなる。舞台を見ても字幕を追わないといけないし、字幕に集中しすぎると肝心のストーリーがわからなくなっていく。

ストーリーは事前に大まかな予習を済ませ、会場では字幕を最小限に追いながら、目は歌手の動きに、耳は音楽に集中させるのがいいと思う。ここで演奏会形式の場合、オーケストラが舞台上に上がっていると、ピットに入っている場合と違って音量が大きくなる。劇場の上階で聞いていると、オーケストラの音が直接聞こえてくるのに似てはいるが、この場合は響きがデッドである。サントリーホールのような残響で聞けるオペラ音楽は、なかなか聴きごたえがあると思う。

休憩を挟んだ後半の見どころは、何といってもファルスタッフが洗濯籠に入れられてテムズ川へ投げ込まれるシーンである。そしてなんと、大きな籠が舞台に登場。ファルスタッフはそこへ入って歌う。これほどにまで演技が入るのは、演奏会形式とはいえなかなか例がないのではないかと思う。重唱は舞台空間を広く使って大変見事だが、それを支えるオーケストラが、やはりここでは前面に出ている。そのオーケストラは、舞台下の小空間から解き放たれて生き生きしている。

英国が舞台とはいえ、まるでイタリア人の日常会話をそのまま音楽にしたような作品である。だがそれもひと段落して、第3幕の妖精のシーンともなると、新国立劇場合唱団も加わって大いに見応えがある。レクイエムを彷彿とさせるヴェルディの真骨頂ともいうべき音楽は、まず合唱の男声陣が、次いで女声陣、さらにはフィナーレで全員が登場。もちろん舞台には10名の歌手がずらりと並ぶ。「世の中はすべて冗談」と歌われるフーガは、次々と歌手に歌い継がれ、客席にまで訓告されるという手の込んだもの。このあたり、ヴェルディはオペラという劇場空間を飛び出して、丸で人生哲学を語るかのように、しかしあくまで軽やかに描いて見せる。その鮮やかさ、そして音楽の重厚さ。人生は喜劇、というヴェルディの最晩年の境地が、興に乗った会話と洒落た音楽からほとばしり出る圧巻の大団円は、指揮者が手を挙げ、オーケストラが総立ちになって終了した。 

わが国では珍しいスタンディングオベーション。コロナ下で禁止されているブラヴォーを叫びたくなる気持ちをこらえて、満場の拍手が会場を包む。そして何とコーダの11重唱をアンコール!オーケストラが引き上げても収まらない拍手に応え、マエストロとファルスタッフが登場すると、総立ちとなっている客席からはさらに盛大な拍手が沸き起こった。

長時間でも飽きることはなく、昼間のストレスもどこへやら。非常に満足度の高い演奏会の終演は21時30分を過ぎていた。空腹の状態で帰宅しても何かお腹のなかがいっぱいになったようなコンサートだった。

(2年越しの腰痛の間、中断を余儀なくされた街道歩きを再開するにあたり、栃木県那須町芦野へ向かう朝一番の「やまびこ」の車内にて)

2022年9月27日火曜日

東京都交響楽団第398回プロムナードコンサート(2022年9月23日サントリーホール、小泉和裕指揮)

コロナ禍に見舞われた2020年は、ベートーヴェンの作品が数多く演奏されるはずだった。しかしそれが叶わなくなり、私も大変残念だった。だから、その後徐々に再開されたクラシックのコンサートでベートーヴェンの作品がプログラムにのぼると、私はできるだけ聞きに行こうと思ってきた。奇数番号の交響曲で、この願いはまず達成された。そして今回、「田園」のプログラムが目に留まった。指揮は都響の終身名誉指揮者、小泉和裕。毎年何回か開かれる「プロムナードコンサート」と題された、わずか一夜のみの名曲プログラムは、実のところなかなか充実した名演奏となることが多い。

それにしても「田園交響曲」を聞くのは何年ぶりだろうか。手元のリストを検索してみると、何と2004年にロジャー・ノリントンで聞いて以来であることが判明した。この時の演奏は究極のノン・ビブラート奏法で、舞台最上段にずらりとならんだコントラバスから響く嵐のすさまじさに圧倒されたものだった。もはやベートーヴェンの交響曲は、従来のモダン風演奏には出会うことができなくなったとさえ思った。まあ、古楽器奏法の魅力に取りつかれていた私は、それでも良いか、などと納得していた。

それから20年近くがたって、今では様々な演奏が切り広げられているが、ここで聞く小泉の演奏は、まっとくもって一昔前風の、つまりはモダン楽器による演奏スタイル。とはいえ、カラヤン譲りの颯爽とした演奏はスタイリッシュで新鮮である。いわゆる巨匠風の悠然たる演奏ではないが、昨今の過激なまでに集中力のある演奏とは一線を画す、安心して聞いていられる演奏である。こういう演奏が結局は人気が高いようだ。サントリーホールは、コロナ禍で私が出かけた演奏会の中ではもっとも客入りが良かったように思う。私も久しぶりに「田園」を聞きながら、長かった2年半の「非日常」の日々と、特に今年の夏に起こった公私にわたる様々な困難に、思いを馳せた。

いっときはどうなるかと思った夏の日々を回想しながら、まだ続く不順な天候に自律神経がかき乱されている最近の状況も、わずかずつではあるが時が経つにつれて改善されているように思える。何も手につかない日々が続いたが、それも癒されていくのだろう。そう「田園」には、ベートーヴェンのモチーフである「困難を克服して喜びに至る」テーマが反映されている。

今回の演奏では第3楽章の繰り返しが省略されていた。「農民たちの楽しい踊り」もあっという間に嵐が来て、乱されていく。しかしすぐに始まる「神々への感謝」とともにフィナーレに向かった。それにしてもわが国のオーケストラも聞いていて上手くなったものだと改めて思った。そつなくこれくらいの演奏はできるのである。

休憩をはさんで演奏されたのは、レスピーギの「ローマの噴水」と「ローマの松」であった。この2曲は、やはり実演で聞くに限る。オーケストレーションの巧みさを肌で感じることができるからだ。録音だとつい聞き逃してしまうわずかなフレーズやアンサンブルに、耳をそばだて集中して聞き入ることができる。そして小泉の演奏が実に職人的で、これらの曲を見通し完全に手中に収め、純音楽的にオーケストラを操る余裕の演奏。

特に「ローマの松」のような大規模な曲になると、いわゆる熱狂的・扇動的な演奏になっても大変聞きごたえがあり、バランスを欠いているにもかかわらず大いに盛り上がる。それも音楽の表現ではある。けれども小泉の演奏は、その対極にあると言ってよかった。冒頭の賑やかな部分も、オーケストラをゆとりをもってドライブし、冷静でさえあった。そのため各楽器がよく聞こえt。「アッピア街道の松」が最終部に差し掛かった時でさえ、そのことは保たれた。おそらくすべての管弦楽作品中最大と言っていいような、左右の金管バンダを含め、あれだけの音量が鳴っていながら、冷静さを感じるその指揮と演奏が、私がこれまでに聞いた「ローマの松」では経験できなかった新しい側面を浮き彫りにした。

一言でいえば大変「整った」演奏だった。コンサートが終わって舞台に何度も呼びもどされた小泉も、いつもの表情で拍手に応え、台風の近づく秋分の日のコンサートがが終わった。会場を出ると、とうとう雨が降り出していた。もう9月も終わるというのに、蒸し暑い日が続く。今年の夏は異例づくめの夏だったが、それでも少しずつ、少しずつ、秋の足音が近づいている。

2022年9月22日木曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第975回オーチャード定期演奏会(2022年9月19日Bunkamuraオーチャードホール、バッティストーニ指揮)

今年初めて東フィルの定期会員になって、毎月のように演奏会に出かけることになったが、これまでのところコロナで中止されたのが1回、予定が入って行けなかったのが2回、そして今回も仕事が重なった。1年前からスケジュールが固定されるため、それを避けて予定を入れることにしていたが、それでも急な変更や中止が結構あるもので、なかなかやりくりが難しいと感じている。

もっとも今回は、予定していた9月16日のサントリー定期に行けないことがわかったのが1か月以上前のことだった。この場合、定期会員には振替という便利な制度がある。チケットを別の日の同じプログラムのチケットと交換してくれるのである。私はこれを初めて利用することになった。

ところが会員向けホームページを見ても、その制度があるということだけで、どうすればいいのか書かれていない。前回7月の定期では、残念ながら「振替可能期間」に間に合わなかったのだが、今回も間に合うかどうかわからない。そこで、書かれていた電話番号に電話をしたところ、まだ期限内であることが判明した。その締め切り日は、チケットとともに送られてきた案内に記載されているのだという。調べてみると、確かにあった。

そこで振替を申し出たところ、古いチケットを指定の住所へ郵送するようにとのことであった。私はこの古風なやり方に感動し、さっそく便せんに内容をしたためて切手を貼り、郵便ポストへ投函した。あとで新しいチケットが送付されてくるのかと思いきや、それはなく、当日会場の指定場所で受け取れるのだという。私は東フィルの会員証を忘れずに財布に入れ(これはIDがあれば不要だった)、会場へ足を運んだ。席は指定できない。けれども1階中央のなかなかいい席だった。これはこれで、どこで聞けるか当日までわからないという楽しみもあるな、と思った。

前置きが長くなったが、今回のコンサートはイタリア人で首席指揮者のアンドレア・バッティストーニである。1987年生まれの彼は若干35歳ということになるが、その活躍と人気ぶりは東京では確かなものがある。私も川崎で聞いたレズピーギ以来の2回目。2016年以降わが国と関係が深く、これまで何度か演奏していると思ったマーラーだったが、何とこれが初めてとのことであった。交響曲第5番は、オーケストラだけで演奏可能なマーラー作品の中で比較的短く(それでも70分はある)、プログラムに上ることが多い。

だがこの日は、マーラーに先立ち、リストが作曲したピアノ曲「巡礼の年」第2年「イタリア」より「ダンテを読んで」を管弦楽曲に編曲した作品が演奏された。編曲をしたのは指揮者バッティストーニ氏であり、これは世界初演という触れ込みだった。18分ほどの曲で、オーケストラは結構な規模だった。自ら作曲も手掛けるバッティストーニは、しばしば自作を演奏会の演目にしているようだが、私はこれが初めてであった。

ところが私は残念なことに、その作品のすばらしさ、演奏の良しあしについて書くことができない。なぜなら「経験したことのない」台風の襲来と猛暑で睡眠不足の私は、音楽が始まるや否や睡魔に襲われたからだ。右隣の老人も同様だった。結構大きな音が鳴っていたのだが、音量と睡眠への欲望は、この際関係がないように思われた。コンサートではしばしばこういうことがある。そうでなくても残暑が続き、天候不良の多い今年は、例年になく疲労が溜まり、9月のコンサートはちょっとつらいのだ。

後半のプログラム、すなわちマーラーの交響曲第5番は大のつく名演だった。悠々とした出だしから、興奮に満ちた第5楽章の終結部まで、一糸乱れぬアンサンブルは常に緊張感に満ち、しかも音楽的だった。第4楽章のアダージエットも情感豊かで言うことはなく、指揮者の構成力は自身に満ち、金管楽器、特にホルンを筆頭に技術的な水準も最高位に達していたと思う。

だが私はこれから、どういうわけかこの演奏が、特に前半部分において心に響かなかったことを告白せねばならない。それは大変残念なことだが、事実である。後半、特に第5楽章に至っては、熱演のエネルギーが私の体をゆすり、見ごたえのある結果となった。それでもなお、これは見ごたえであって、聞きごたえではない。何故か?

これから書くことは、ひとりのリスナーの正直な意見、あるいは告白である。それはBunkamuraオーチャードホールという会場が、私の愛するオーケストラの音を再現してくれないということに尽きる。

思い起こせば、私がこのホールに前回出かけたのは、1998年のことである。以来20年以上、私はこの会場から遠ざかっていた。それは意識的にである。ここのホールで聞く音楽が、どうにも好きになれないのである。人工的な音、それがこじんまりとして何か箱の中で鳴っているような感じ。それは1階の中央であれ、3階の上部であれ同じだった。

私は音響工学の専門家ではないから、よくわからない。言ってみればこれは、好きか嫌いかの問題なのかもしれない。多くのクラシック専用ホールは、今ではオーケストラの周りを客席が取り囲んでいる。このことによってオーケストラの音が横方向にも開放されている。このことに慣れてしまったのかも知れない。NHKホールのような巨大なホールでは、舞台の左右にも広く、従って同様のことがいえる。しかし多くの市民会館のような多目的ホールでは、舞台のオーケストラの響きは、その中に閉じ込められ、前方にのみ音が届く。

私はBunkamuraオーチャードホールで聞く音響は、近くで聞いているにもかかわらず、何故かやたら反射音のみを聞いているような感じである。中音域を特に強調する管の長いスピーカーを通してラジオを聞いているような感覚が、人工的で嫌味なものとして私の耳に残る。これは私だけの問題なのかも知れないが、このようなことは他の会場ではあまり感じないのも事実で、東フィルについてもサントリーホールで聞く場合には、もう少し開放的でナチュラルである。

今回私がBunkamuraオーチャードホールに出かけたのは、冒頭で書いたようにサントリーホールでの演奏会を振り替えたからである。今回の東フィルの定期は、東京で会場を変えて3回行われており、合わせて新潟県長岡市での演奏を加えると、4回の演奏会が同じプログラムで行われた。会場ごとに異なる響きにオーケストラの音がどのように変化しているか、興味はあるのだがこれらを聞き比べることもできない。ただ私がこれまでBunkamuraオーチャードホールで聞いた演奏会に、あまり感動的だったものがない。そういうわけで、大変残念なことに、今後もこのホールに出かけることはほぼないであろう。ついでに言えば、オペラシティにあるコンサートホールも、私とは相性が良くない。ここも長方形の形状をしており、段差の少ない客席から舞台が見えにくい。もっともここは我が家からも遠いので、わざわざここのホールに出向くこともほとんどない(オペラパレスは別だが)。

サントリーホールが開館するまで東京には、クラシック専用ホールというのが存在しなかった。その後、全国各地にホールができたが、私はサントリーホールで聞くのが最も好きだ。そして次に好きなのは、東京文化会館である。しかし東京文化開館は古くて客席が狭く(何と傘を置くところがない!)、席によっては正面を向かない(高い階の席は苦痛である。カーネギーホールを思い出す)。案外音響がいいと思ったのは東京芸術劇場だが、ここは池袋という辺境の地にあって周りの風紀は悪く、人の流れが一定しない駅のコンコースを分け入って進むうちに、音楽の余韻が吹き飛んでしまう。これは渋谷にも当てはまる。ミューザ川崎シンフォニーホールも駅の雑踏は最悪だが、さらには会場が縦に高い風変わりな形をしており、ベストな位置というのがよくわからない。ついでに言えば、錦糸町のすみだトリフォニーホールは、そもそもコンサートが少ないのであまり経験はないのだが、やはり感動したコンサートは少ない。

2022年9月9日金曜日

東京都交響楽団第958回定期演奏会(2022年9月9日サントリーホール、大野和士指揮)

重陽の節句9月9日は私の誕生日でもある。残暑がまだ続く9月の初旬は、台風が来たりすることも多く、蒸し暑くて天候が悪い。夏バテ気味の体調は、寝不足と食欲不振で疲労がたまり、とても良いコンディションとは言えない。少なくとも落ち着いて、クラシック音楽など聞く気持ちには、なれないことが多い。

特に暑かった今年の夏。もういい加減涼しくなってほしい、などと願う気持ちさえ奪われた日々は、私にとって2年も続く腰痛との闘いに終止符を打つべく、思い切って外科手術に挑むことになったことから始まった。7月初旬のことである。いつもより早々と梅雨明けとなった猛暑の日々を、術後のベッドの上で過ごした。コルセットが汗まみれになり、かねてからの口内炎で食べたいものも食べられない。そしてそんな養生の日々を新型コロナが襲ったのは8月上旬だった。最初は妻がり患し、基礎疾患のある私は、ホテルなどでの自己隔離を主治医に薦められた。しかし結果は私も陽性。ホテル滞在は息子に代わり、夫婦二人で闘病の日々が続いた。私は持病の治療スケジュールとの兼ね合いから、どうしても重症化するわけにはいかなかった。幸い、すぐに飲んだ抗ウィルス薬の効き目もあって、症状は軽症で済んだ。

猛暑と腰痛とコロナと基礎疾患。4重苦に苛まれつつ8月をやり過ごし、ようやく外出もできるころになって自分の56回目の誕生日がすぐそこに迫っていることを悟った。長く演奏会から遠ざかっているので、何か節目となる演奏会があれば、思い切って出かけてみたいと思っていたところ、都響から電子メールが届く。大野和士指揮の定期演奏会が、サントリーホールで開かれるのである。演目はドヴォルジャークの交響曲第5番とヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」。オール・チェコ・プログラムである。どちらも実演で聞くのは初めてだ。

2階S席を買い求め、仕事を早々に切り上げてサントリーホールへ向かう。暑さも少しやわらいで、心なしか涼しい風が吹いては来るものの、まだ秋のそれではない。夏が終わったのに秋が来ないという一年でも最も中途半端な日々。私が生まれたのは、こんな季節の変わり目だったのか、と毎年思う。9月最初のシーズン幕開きは、いつも暑くて上着を着るのが億劫である。

それでも2年以上のコロナ禍の中で、聴衆も落ち着いたものだ。客席はおおむね満員。まだカウンターバーの営業はなく、マスク着用も避けられないが、音楽を聴きたい気持ちは共通している。もう毎日のように演奏会が開けれ、会場入口で渡された袋入りのチラシには、海外から来る演奏団体の数も多く、コロナ前の水準に達している。

中欧のくすんだ音色が会場を満たし、木管楽器の浮き上がるようなメロディーが重厚で明るい弦楽器と溶け合う。これはまさにドヴォルジャークの音だと思う。常に見通しのよい大野の指揮が、楽天的で民俗的なリズムによく合っている。さわやかな第1楽章、抒情的な第2楽章。いすれもたっぷりとした曲だが、第3楽章も比較的長く、特徴が地味である。このため第2楽章や終楽章との切れ目がわかりにくい。大野はこの第2楽章と第3楽章を一気に演奏したように思う。一方、第4楽章がそれなりに輝かしい。

ブラームスに見いだされたドヴォルジャークは、ちょうどこのころから出世街道に乗って作風の完成度を高めていく。やがてはアメリカに渡り、「新世界交響曲」に結実する人生は、悲劇の多い作曲家の中で、稀にみるサクセス・ストーリーである。その出発点となったのが交響曲第5番であった。輝かしく伸びやかであるが、全体をスラヴ舞曲のように覆う作品かといえば、意外にそうではない。やはり交響曲として意識した作品である。

20分の休憩をはさんで、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」が演奏された。ヤナーチェクもチェコの作曲家だが、ドヴォルジャークよりも13年だけ若い。けれども作風は、同じように民俗音楽をベースにしながらも、歌謡性に満ちた親しみやすさのドヴォルジャークとはずいぶん異なる。一言でいえば、ドヴォルジャークの故郷ボヘミアが都会的であるのに対し、ヤナーチェクのモラヴィア地方はより土着的、東欧的である。ただ私はチェコを旅したことはなく、このあたりの感覚はよくわからない。

ヤナーチェクの音楽には打楽器が活躍する。「グラゴル・ミサ」も同様で、オーケストラ最上段に並べられたティンパニは3台。それに小太鼓やシンバル、2台のハープ、そしてオルガンも加わる大規模なものだ。ソリストは4人(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、それに混成4部合唱。今回の独唱陣は、順に小林厚子(S)、山下裕賀(A)、福井敬(T)、妻屋秀和(Bs)、さらにオルガンが大野麻里、新国立劇場合唱団は通常P席の位置に、ディスタンスを取って並ぶ精鋭部隊。

このたび演奏された「グラゴル・ミサ」は1927年第1稿ということだが、これは何と1993年になって出版されたもので、それまでの楽譜では最後に置かれていた「イントラーダ」が冒頭にも置かれている。もっとも私はこの曲を聞くのがほとんど初めてだったから、その違いには気づかない。そして冒頭からリズミカルにティンパニが鳴り響くと、そのパースペクティブの良さから、決して全体の調和が乱れない音楽的な表現に心を奪われた。これは大野の得意とするようなところだろうか。

第2部の、これもオーケストラだけの「序奏」のあとに、いよいよ「キリエ」が始まり、ソプラノと合唱が入る。おそらく難しい古代スラヴ語の歌詞が、どれほど歌手の負担となっているかは知る由もない。ただ今回のようなわが国の第1人者によって歌われると、そういう難しさが伝わることはなく、そのことが今回の演奏水準の高さを物語る。それはソプラノだけではない。やがて「クレド」で歌われるテノールもしかりで、合唱とオーケストラに負けていない。

「クレド」の中間部におけるオーケストラの響きは、金管楽器や小太鼓などに続きオルガンも入る大規模なもので迫力満点。見通しのよい演奏で聞くと興奮さえ覚える。この長い「クレド」の真ん中で折り返し地点を過ぎるように曲が構成されていて、対称的な構造となっている(今回の1927年第1稿の場合)。

全体に賑やかで、宗教的というよりはやや世俗的、さぞイギリス人などが好みそうな曲である。大野和士は2019年、ロンドン交響楽団でこの作品を演奏したそうである。

ハープやチェレスタが聞こえてくると「サンクトゥス」。高音主体の歌唱とオーケストラは次第に熱を帯び、いい演奏で聞いていると散漫さがなく集中力を保ちつつ一気に進む。なかなか出番がないと思っていたアルトが「アニュス・デイ」で活躍し、今回の独唱陣は例えようもなく見事であった。それぞれの音域が明確に示されているので、それぞれの声の質がよくわかる。

さて終盤にさしかかったところで、会場の最上部にいたオルガンの独奏となる。なんとも盛沢山の曲に満足する。そのオルガンの、また素晴らしかったこと。私はあまりオルガンの曲を聞かないが、今回サントリーホールで聞いた「グラゴル・ミサ」の第8曲は、約3分間でしかなかったが、とても贅沢な時間に感じられた。

終曲は、冒頭でも演奏された「イントラーダ」が再演された。再びティンパニが活躍する手慣れた響きに再びあっけにとられているうちに曲が終わった。満場の拍手にこたえて、何度も呼びもどされる出演者は、オーケストラが去った後も続き、充実した2時間の定期演奏会が熱狂のうちに終了した。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...