令和8年元旦
2026年1月1日木曜日
謹賀新年
2025年1月1日水曜日
謹賀新年
昨年は能登地震に始まった衝撃のお正月でしたが、今年はいまのところ平穏なお正月を迎えております。今年の作曲家のアニヴァーサリーと言えば、ヨハン・シュトラウス2世の生誕200周年というのが目に留まります。昨年はライブで視聴できなかったウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、リッカルド・ムーティがどのようなプログラムで聞かせてくれるか、今から楽しみであります。
2024年1月3日水曜日
謹賀新年
元日の夕方に大規模な地震に見舞われ、お正月気分も吹き飛んでしまいました。恒例のウィーン・フィルによるニューイヤーコンサートも、今年はテレビ・ラジオとも放送が中止となり、後日改めて放送されるとのことです。津波警報が出ている中では仕方がないことでしょう。このような事態は、この中継放送が始まって以来、初めてのことと思います。
そうでなくても、今年は国内政治や国際情勢、さらには経済にも大きな変化が訪れるでしょう。社会的にも世相が変わりつつあるような気がします。
今年記念の年となる作曲家は、何といっても生誕200年のブルックナーでしょう。すでに数多くの演目がコンサートに登場しています。我が国にはブルックナー・ファンが多く、人気がありますので期待が高まるところです。
私は日フィルの定期会員になって、3月から毎月コンサートに出かけます。その中には、下野竜也によるブルックナーの交響曲第3番や、カーチュン・ウォンによるマーラーの交響曲第9番が含まれています。
その下野竜也は1月に都響とブルックナーの交響曲第1番を指揮します。また3月には大野和士が第3番、9月に第7番を、6月にはインバルが1000回記念となる定期演奏会に第9番(SPCM追補版)を、さらに7月にはフルシャが「ロマンティック」を振るようです。都響はこの他にも作曲家ジョン・アダムズを迎えての自作自演もあり、目が離せません。
読響、新日本フィルにも注目すべきコンサートがあります。またN響はソヒエフ(1月)、エラス=カサド(2月)、エッシェンバッハ(4月)などが登場。マーラーやショスタコーヴィチの大曲も毎月のようにどこかのオーケストラが演奏するなど、どの演奏会に足を運ぼうか悩むほどです。さて、能登半島の輪島市は朝市で有名ですが、地震による火災で壊滅的状況になってしまいました。昨年8月に私は能登半島を周遊し、輪島にも滞在しましたが、もうあの街並みはなくなってしまったのでしょうか。まだ救助活動が夜を徹して続けれられており、一人でも多くの方が救助されることを願ってやみません。写真は昨年夏の早朝の朝市通りと棚田です。
2023年1月3日火曜日
謹賀新年
昨年末のティーレマン指揮シュターツカペレ・ベルリンによるブラームスの演奏会で、私のクラシック音楽の生活も一区切りを迎えた心境です。今のところ、今年の演奏会に出かける予定は何もありません。とはいえ1月は、久しぶりに来日しN響を指揮するソヒエフの演奏会には、大変興味があります(でも音質に改善が見られないNHKホール、そもそもチケットが買えないサントリー定期、それに休憩のない短いCプログラムに全く魅力を感じません)。
昨年定期会員になった東フィルの演奏会には、結局様々な理由で行けないことも多く、今年はサブスクリプションを見合わせました。実際、私はプレトニョフやバッティストーニによる演奏会にもやや食傷気味で、チョン・ミュンフンの振るいくつかのコンサートにしか興味が湧いていません。
都響は時に素晴らしいコンサートに出会えますが、直前までチケットの購入をためらうことの多いのも事実です。また東京文化会館では、しばしば品のない客に遭遇することが多く、避けています。それでも定評のある小泉和裕のコンサートと大野和士によるマーラーの「復活」などは行ってみたいと思っています。
東響も好きなオーケストラですが、川崎のホールが苦手であることと、ノットという指揮者は悪くはないですが、音を鳴らしすぎるのが気になって(東フィルにおけるバッティストーニのように)最近は避けています。
読売のオーケストラに目を転じると、ヴァイグレを始めとするいくつかの指揮者に興味を引かれるものの、ここのオーケストラは私にとって、これまで平均点以上の感動を与えてはくれませんでした。久しぶりに定期演奏会に行こうかとは思っていたりもします(ただし、池袋の会場は忌避しており、サントリー限定です)。
それでは今年もよろしくお願い申し上げます。
2022年1月1日土曜日
謹賀新年
一昨年、昨年と続いた新型コロナウィルスの世界的な流行により、緊張と忍耐の強いられた日々がこれからも続くのでしょうか?先の見えない日々が続けば続くほど、音楽を聞くことのできる普通の日常がいかに重要なことかを思い知らされます。徐々にコンサートが再開されるに従い、そのことを実感した昨年でした。
秋山和慶の指揮する東響の「第九」、広上淳一指揮京響によるマーラーなど、数少ないコンサートはいずれもが、音楽を演奏する、聞く喜びに満ちた感動的なコンサートでした。日頃良く接する日本人演奏家の演奏会に、音楽の素晴らしさを改めて見出だすことができました。地元オーケストラの定期演奏会にこそ、こういう機会に巡り合うことができると思いました。そして今年は、東フィルの定期会員になることにしました。今から楽しみです。
2021年1月2日土曜日
「失われた楽しみ(ラジオ編)」開設のお知らせ
このブログは、今では楽しむ人の少なくなったクラシック音楽、海外旅行、短波放送などの魅力について、個人的な思いをまとめているものです。これらの趣味は、インターネットを中心とするネット社会の到来によって、若者からは見向きもされません。
このブログでは、しかしながら音楽関連の記事が主流となり、ここにラジオ放送の話題を含めることは記事の統一性が損なわれ、管理するにも不便となることが予想されました。そこで、思い切ってブログを独立させることとしました。
短波放送を中心とするラジオに関する話題は、以下のページに掲載することとしましたので、お知らせします。
https://diaryofjerry2.blogspot.com/
よろしくお願いいたします。
2021年1月1日金曜日
謹賀新年
2021年の年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。
昨年は新型コロナウィルスの世界的流行を受け、歴史的にも例を見ない異様な年でした。音楽会も全世界で中止され、アーティストの往来もほぼなくなりました。そのような中、私はSpotfyで聞く音楽の時間が多くなり、様々な新しい録音にも出会いました。例えば、2015年ショパン・コンクールの優勝者、チョ・ソンジンの奏でるモーツァルトは特に印象に残っています。優しくも新鮮なソナタもいいですが、ヤニック・ネゼ=セガンと共演したピアノ協奏曲第20番の演奏は、名演がひしめく同曲の新しい側面を発見する思いでした。
同じくショパン・コンクールの覇者クリスティアン・ツィメルマンの弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は、競演するサイモン・ラトルとロンドン交響楽団の目を見張るような伴奏とともに、やはり同曲の新しい境地を示しています。ツィメルマンは弾き振りをしたウィーン・フィル盤、ラトルはフォークトとのフレッシュな旧盤が有名ですが、ともにそれらを過去のものに変えた演奏と言えます。
年末にはムーティの指揮するシカゴ交響楽団との「第九」で締めくくりました(YouTude)。これは6年も前の映像ですが、巨匠風のゆっくりとしたベートーヴェンは、今では聞くことの少なくなった堂々たる演奏でした。ややもったいぶった感じがなきにしもあらずで、生真面目の遅い演奏に退屈する時もありますが、久しぶりにこの交響曲を通して聞き、生誕250周年を締めくくりました。
ムーティと言えば、今年のウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは無観客で行われ、その様子が全世界に生中継されました。閑散とした学友協会の大ホールに、赤々と照らされるシャンデリアの照明が、むなしく感じられました。例年同様に差し挟まれる各地の風景やバレエが、特に印象的でした。楽団長とムーティはいつになく長い挨拶を英語で行いました。このような異常事態の中でも、文化、とりわけ音楽の存在する意味を語り、そしてそれは勇気と楽天主義を与えるものだと強調したのが印象的でした。
2020年1月1日水曜日
謹賀新年
年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。2020年の今年は、何といってもルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生誕250周年ということで、早くもベートーヴェンのプログラムが数多く組まれているようです。アンドリス・ネルソンズが初めて指揮したウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでも、初めてベートーヴェンの作品から「12のコントルダンス」の数曲が、バレエ付きで演奏されたことが印象的でした。ネルソンズの指揮は、聞かせどころをたっぷりとテンポを落として集中力を保ちつつも、メリハリを利かせるところでは大きな身振りで大胆に指揮棒を振る個性的なもので、シンフォニックな表現により久しぶりにウィンナ・ワルツの醍醐味を味わわせてくれました。
今年はまた、スッペの没後125年ということからか、喜歌劇「軽騎兵」序曲が久しぶりに登場し、さらにはヨーゼフ・シュトラウスの没後150年とうことから、このワルツ一家の夭逝した次男の曲が多かった印象があります。大晦日に中経されたN響の「第九」(指揮はシモーネ・ヤング)の名演奏やその後のクラシック・ハイライト番組などを自宅でゆっくりと視聴し、音楽三昧の年越しでした。
令和2年元旦
2019年1月1日火曜日
謹賀新年
年頭にあたり、新年のご挨拶を申し上げます。2019年の今年は、オッフェンバックとスッペの生誕200年、ベルリオーズの没後150周年に当たります。けれどもクリスティアン・ティーレマン指揮による恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでは、これらの作曲家が取り上げられることはありませんでした。演奏は、ほんの一部をテレビで見ただけで、まだ注意深くは見ていませんが、初登場なのになんとなく既視感のあるコンサートでした。バレエを含む映像部分が多かったような気もします。毎年、変わらないコンサートですが、見る側の新年を迎える気持ちによって、その印象が随分変わるような気がします。
来年2020年は、アンドリス・ネルソンズが初登場するとアナウンスされています。
平成31年元旦
2018年1月2日火曜日
謹賀新年
2017年1月1日日曜日
謹賀新年
今年のウィーン・フィル、ニューイヤーコンサートは
35歳のベネズエラ人指揮者、グスターボ・デュダメルの登場が
注目されました。全体に陽気で楽しい演奏会だったと思います。
曲は珍しい曲が並びましたが、「スケーターズ・ワルツ」を
初めて取り上げたのは画期的だと思います。
この曲はウィンナ・ワルツではなく、従ってそのままの3拍子ですが、
ウィーン訛りの、2拍目にアクセントのある演奏になるかと思いきや
(ややその傾向に流れそうになる瞬間もありましたが)
そうではなく通常の3拍子として演奏されました。
そのあたりが何とも興味深い演奏でした。
2016年1月1日金曜日
謹賀新年
今年もまた新しい年を迎えることができ、うれしく思います。昨年の夏以降はパソコンの調子からブログの更新が滞りましたが、新しいPC(Lenovo TninkPad X1 Carbon)を購入し、とても快適です。
恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートはマリス・ヤンソンスの指揮。いまヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」が終ったところです。今年の特徴は選曲が良く、知られていない曲と有名曲がうまく組み合わされていて、しかも親しみやすい曲が多いことでしょう。ヤンソンスの指揮は、時に非常にテンポを落とし、しっとりと聞かせる部分が多く見受けらます。3回目の登場ともなると、少しは独自性を出そうとしているのかも知れません。どういうわけか音質も何か少し悪い気がします。まあ完成度を求めるならCDとしてリリースされるものを聞くべきかも知れません。
2015年1月1日木曜日
謹賀新年
2014年1月1日水曜日
謹賀新年
平成26年(2014年) 元旦
お正月は恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで始まりました。今年の指揮はダニエル・バレンボイムの第2回目でした。第1回目は5年前ですが、このとき私は暗い病院の一室でひとり見ていたことを思うと感慨深いものがあります。演奏は想像するほど悪いものではありませんでしたし、大好きな「ウィーンの森の物語」は特に素晴らしかったと思います。
今年も好きな音楽を中心に、手当たり次第に書いて行きたいと思います。
2013年1月1日火曜日
謹賀新年
2012年1月4日水曜日
前のブログからの引っ越しについて
新しいブログでは、もう少し更新の頻度を上げ、記事の充実をしたいと考えています。これらの記事はある程度のまとまりが形成された時点でホームページへ移行したいと考えています。詳細は未定です。
以前のブログ http://jerry.asablo.jp/blog/
ホームページ http://www.justmystage.com/home/jerry/ (作成中)
2012年1月3日火曜日
このブログの内容
1.主としてクラシック音楽を中心とする鑑賞の記録(コンサートや録音媒体によるもの)
2.過去やこれからの旅行の記録
3.ラジオ(放送、無線、インターネット放送)に関する記録
4.その他の活動(読書、語学、歴史学習など)の記録
これらが私の性活のたった5%程度の時間の中でひしめき合っています。しかし長年の経験から、私の興味の対象がこれらを超えることはあまりありません。写真や料理は旅行の一部であり、スポーツは趣味のレベルに達していません。さらにオーディオはあくまで音楽を鑑賞するための手段です。
2012年1月2日月曜日
このブログについての方針
ブログにはこれまで、日記というよりも過去の記録を断片的に記載するためのツールとして利用してきましたが、今後はこの基準に加え、より日記としての性格を帯びたものとしていく予定です。
ブログに記載するのは、私の生活のうち、仕事、育児を含む家事、及び雑事を除く部分についてです。これは生活全体の時間のわずか5%程度にしかすぎませんが、私にとってもっとも重要な部分です。 主にこの時間になされる趣味や関心の探求の 時系列的記録媒体は、新しい技術の進歩を取り入れ、従来の紙媒体から置換する必要がありました。
しかしこのもっとも重要な私の活動記録は、これまで断片的にしかなされておらず、ある分野に関しては十分な記録が残されていません。従って、時には過去の記録をたどり、ある場合には集中的にこれを記録する必要があります。それらが一定のまとまりを形成した場合には、その部分を最終的には、ホームページとして構成する必要があります。
趣味以外の生活の多くの部分である仕事については、これを記録する価値は私にとって皆無に等しいものです。あとから思い出して思索の材料とすることなど考えられません。よってこれに関する記述は故意に避けるという従来の方針を継続します。また生活上の雑事や家族との時間は、積極的にブログの材料とする向きも多く、一般的にその価値は大いにあると言えます。しかしながら、私にとってはそこの経験を、何らかのこだわりを持って記述するだけの動機には乏しいと言わざるを得ないのが実情です。このため、従来の私の関心事に関係するものについてはこれを書き留めることはあると思いますが、積極的に「行動メモ」として公開する気はありません。
2012年1月1日日曜日
映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)
「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...
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現時点で所有する機器をまとめて書いておく。これは自分のメモである。私のオーディオ機器は、こんなところで書くほど大したことはない。出来る限り投資を抑えてきたことと、それに何より引っ越しを繰り返したので、環境に合った機器を設置することがなかなかできなかったためである。実際、収入を得て...
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1994年の最初の曲「カルーセル行進曲」を聞くと、強弱のはっきりしたムーティや、陽気で楽しいメータとはまた異なる、精緻でバランス感覚に優れた音作りというのが存在するのだということがわかる。職人的な指揮は、各楽器の混じり合った微妙な色合い、テンポの微妙あ揺れを際立たせる。こうして、...
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ヨーロッパの夏は日本同様かなり蒸し暑い日もあるのだが、それは長くても数日程度であり、夜になると涼しい風が吹いてくる。基本的には湿度が低いので、我が国のちょうど梅雨入り前の乾いた夏の日が良く似ている。 ベルリオーズが31歳の時に作曲した代表的な歌曲集「夏の夜」を取り上げるのはもう...










