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2026年4月16日木曜日

ハイドン:オラトリオ「四季」(2026年4月12日東京文化会館、イアン・ペイジ指揮)

春というよりは、もう初夏の陽気である。まだ桜も散りきっていないからか、上野公園には大勢の人が訪れている。この季節、すっかり恒例となった「東京・春・音楽祭」は、今年も数多くの意欲的なコンサートを企画し、どの公演に出かけようかと東京のクラシック音楽ファンを悩ませている。西洋では復活祭の期間にあたり、来日する団体やソリストの融通がつきやすいのだろう。欧米に比べ、日本はすでに春本番を迎え、暖かく過ごしやすいということもあろう。

そういうわけで今年も「グレの歌」やいくつかのオペラなど、大型公演が目白押しである。その中でも私がもっとも注目し、発売日を待ってチケットを買ったのは、ハイドンのオラトリオ「四季」の演奏会だった。この音楽祭は合唱作品を取り上げるのが好例だが、今回はその「合唱の芸術シリーズ」の第14回目とのことである。とうとう大好きな「四季」が実演で聴ける。私は長年、この曲の実演に出会えることを心待ちにしていた。

そもそもこのブログを書くきっかけとなったのは、あの膨大な数に上るハイドンの交響曲をすべて聴き、その感想などをメモしておきたいという衝動にかられたからだ。書き進むにつれて、他の作品や演奏会の記録も残しておきたくなり、それは主要な作曲家の主要な管弦楽作品とオペラを次第に網羅するだけの量になっていった。10年以上が経過して、書いた記事は1000件を超えるまでになった。ハイドンの管弦楽を含む作品についていえば、2つのオラトリオ、すなわち「天地創造」と「四季」が避けて通れない作品である。この2曲は、実際ハイドンの数あるオラトリオの中でも双璧を成すとされ、片や旧約聖書の創成期を題材とした宗教的色彩の濃い作品、片や農民の労働生活を生き生きと描く世俗的色彩を持つ作品である。どちらがいいというものではなく、この両曲はハイドンのオラトリオの最高峰と言っていいだろう。

共通しているのは神への賛歌である。まるで情景が目に浮かぶような歌詞に合わせて、具体的な動物の鳴き声や気象の様子が音楽によって巧みに描写される。古典派の骨格を維持しながら、まるで標題音楽のようにそれらが出没する様子は、対訳を追いながら聴くとより鮮明に想像力が掻き立てられ、アリアや合唱との融合を繰り返しながら、壮大な絵巻物を見るような錯覚にとらわれてゆく。演奏を超えて、曲の素晴らしさにこそ感銘を受ける。おそらく若きベートーヴェンもこの曲を聴き、あの「田園交響曲」を着想したのではないか。

特に「四季」は、我が国でなじみやすい作品であるといえる。なぜなら中緯度に位置する日本は、春夏秋冬の区別がはっきりしており、季節感に対する感覚は世界のどの国よりも繊細であると思う。ひとこと「雨」といっても何十種類もの表現を使い分ける俳句の季語を持ち出すまでもなく、今でも天気予報はまず季節の話題から始まり、手紙の冒頭には季節表現を用いることになっている。四季に対する鋭敏な感覚を持ち合わせている日本人には、この作品ほどなじみ深く、また共感を覚える作品はない、とさえ思う。

にもかかわらず、「四季」が公演のプログラムに上ることはほとんどなかった。私はここ10年以上、この作品の実演を探してきたが、取り上げる団体は皆無に等しい状況だった。「天地創造」なら数年に1回は上演されていることを思うと、ちょっと理解しにくい。CDなどのメディアには「四季」の録音は数多くある。だから、今回の機会を逃すと、もう一生この音楽を実演で聴くことはできないのではないか、と思った次第である。

指揮者は当初予定されていたアイヴァー・ボルトンから、本邦初登場のイギリス人イアン・ペイジに変更された。そのことが関係していたのか定かではないが、チケットの発売日も延期され、私はその都度、カレンダーの印を変更する必要があった。だが、チケットは最後まで売れ残り、当日券も沢山用意された。会場に来た実感では、4割程度の入場者数だろうか。このような状況は見たことがない。しかも日曜日のマチネである。出演者に気の毒なくらいに、この作品の知名度は低いのだろうか。けれども、3人のソリストに加え、定評ある東京オペラシンガーズの合唱、東京都交響楽団による演奏とくれば、そこそこの演奏が期待できる。

そのソリストでひときわ安定した響きを会場に轟かせたのは、やはりバスのタレク・ナズミだった。冒頭から威厳があって、しかも明るく光彩を放つような低音は、聴いていてほれぼれとするほどだ。だが、テノールのマウロ・ペーターも悪くない。彼は真摯に歌詞に向かい、高音であってもであっても決して軽薄になることはなく、高貴で力強い神への賛歌を歌う。

その2人の男声に挟まれたのが、唯一の女声パートを歌うクリスティーナ・ランツハーマーだった。彼女は次第に調子を取り戻し、最終的には及第点の出来栄えだったと思う。合唱団はやや硬いという印象を持ったが、それも後半には解消し、特にクライマックスを築く「秋」の後半は、オーケストラの迫力と相まって深い感銘を残した。

オーケストラ中央には通奏低音を担うチェンバロとチェロの奏者が陣取り、ここはバロックの風合いを残す。合唱も時にフーガを奏でる。ペイジという指揮者は、ピリオド奏法の音楽団体を主宰し、主にモーツァルトの音楽で定評があるようだが、ここで聴いた演奏は特にビブラートを押さえたという感じはしなかった。むしろオーソドックスなモダン楽器の演奏スタイルだったことが意外だったというべきか。

そのようにオーケストラと合唱の硬さは、いささか精彩を欠いた感は否めない。しかし都響の、特に管楽器からは朗々と歌うメロディーが聞こえてくるし、「秋」における4台のホルンの重奏などは見事に決まった。イギリス人による「四季」の名演奏は、何といってもBBC響を指揮したコリン・デイヴィスだと思っているが、この録音は英語による歌唱である。デイヴィスの骨格ある質実剛健とも言うべき指揮は、この曲の魅力を伝えてやまないが、今回の演奏はそれに比べると、やや輪郭がぼけていた。それも初登場、かつ1度限りの演奏会の宿命だったのかもしれない。

2023年11月7日火曜日

辻本玲チェロ・リサイタル(2023年11月4日、Hakujuホール)

NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務める辻本玲のチェロ・リサイタルを代々木にあるHakujuホールで聞いた。オーケストラ作品やオペラが専らの私が室内楽のコンサートに出かけるのは珍しいので、そのことから書き始めなければならない。

今から5年余り前の2018年4月、私はピエタリ・インキネン指揮日本フィルの演奏会に出かけた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2018/05/6992018427.html)。その時私はワーグナーの「指環」をオーケストラのみによるダイジェストに編曲した「言葉のない指環」(ロリン・マゼール編)を聞いたのだが、その中に大変印象的にチェロ弾く人を見つけた。普段はそのうようなことをしないのだが、私はそれが誰であるかをプログラム冊子で確かめたほどだった。ほどなくして私の高校の同窓会が東京で開かれ、何とそのチェリストが卒業生のゲストとして招待されていることを発見した。それが辻本玲だったのだ。

急に身近に思えてきた彼の演奏を、同じように素晴らしいと感じた人も多いのではないかと思う。そして2020年には何と、日フィルからNHK交響楽団に移り、今ではテレビ中継もされる定期公演などで良く見かける。高校の同窓会誌に彼を応援する会のことが掲載されていたのを発見したのは今年。私の親の世代が中心の会だが、私もさっそく会員になった。その会報(メルマガ)には、彼の出演する演奏会がリストアップされている。そして一度、リサイタルでもと思っていたところ今回のコンサートを発見、急いで席を確保した次第である。

毎年何度か、リサイタルを開いているようだが、今回の会場はHakujuホールというところで、私も初めて出かけた。原宿や渋谷から歩くこともできるが、最寄りは代々木公園駅である。休日ともなると人通りが多いこの界隈には、お洒落な飲食店が立ち並び、外国人の姿も多い。11月とはいえ、季節外れの暑さが続く今年は、晴天が続いている。私は原宿のカフェで時間を調整し、遅れないように会場に入った。以下、その時の感想文で会報に投稿したものを転記することとしたい。

私は辻本さんのリサイタルも、Hakujuホールに行くのが初めてでしたので、行き先を間違えることもなく、出口で迷うこともないように万全の準備をして出かけました。ところが会場へ着くとその入口に張り紙が掲示されており、何とピアニストが沼沢淑音さんから大伏啓太さんに交代、それにともなってプログラムの一部が変更になるとのことでした。

もともとのプログラムは、ハイドン(古典派)からシューベルト(ロマン派前期)を経てラフマニノフ(ロマン派後期)に至る素敵なプログラムを期待していたのですが、お怪我をされてとのことで、繊細な楽器を操る芸術家にはこういうこともあろうかと思った次第です。

シューベルトのアルペジオーネ・ソナタの代わりに演奏されるのが、しかしグリーグのチェロ・ソナタイ短調と書かれており、同じ国民学派の音楽を堪能することもできるということで、それはそれで期待が高まりました。 
ハイドンのディヴェルティメントニ長調という曲を聞くのは初めてでしたが、私は全交響曲を聞きとおしたこともある大好きな作曲家で、骨格のあるかっちりとした中にも、それとなく技巧的な部分もある作風に惹かれています。短い作品でしたが、たっぷりとした辻本さんのチェロに聞きほれました。マイクを持って大阪弁の辻本さんが、ピアニスト交代に至った経緯などを説明し下さりました。直前のことだったので、短い期間にプログラムをやりくりしたのは大変なことだったと推察します。しかし次のグリーグはまるでブラームスのように濃い作品で、北欧のリリシズムを期待していると裏切られる結果となりました。 
Hakujuホールは私にとって、ちょっと残響が多く、特にピアノの音がダブって聞こえるようなところがああるような気がしますが、次の「ヴォカリース」とチェロ・ソナタト短調に関しては、私は作品と演奏に没頭し、そこで展開されるロシアの響きにうっとりとする時間でした。 
晩秋(といっても今年は暑いですが)ほどラフマニノフが似合う作曲家はないように思います。それは私がかつて岩手県をドライブしていた時、紫波町にあるレコード収集家の「野村あらゑびす記念館」に向かっていた時でした。11月の寒い日ににわか雨が降り、そのあと見事な虹が現れたとき、ラジオからラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れてきたのでした。濡れて鮮やかに蘇った紅葉に青空と途切れる雲、晴れたと思ったら小雨が交じるその向こうに、広大な平野と山々が見えました。岩手はラフマニノフ、というのが私の思い出です。演奏会の2日前の日経コラムに、その岩手出身の宮沢賢治とクラシックに関する記事が載っていたのを思い出しました。
辻本さんも出かけたことがないところを想像しながら音楽を演奏する、というようなことを話されましたが、私はチェロと岩手とラフマニノフが結びついており、なんかそんな変なことを考えながら、演奏を聞きました。
アンコールには、今回演奏されなかったシューベルトから「アヴェマリア」を、さらには定番のピアソラ作曲「オブリヴィオン」を演奏されました。いずれも思いに満ち深々としたた演奏で、秋の快晴の昼下がりを堪能した一日でした。そのあと妻と伴に渋谷まで歩き、日本シリーズ観戦のお供に夜の総菜を買って帰ることができました。 
2023年11月2日 日本経済新聞夕刊

2021年9月4日土曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品20(第31番変ホ長調、第32番ハ長調、第33番ト短調、第34番ニ長調、第35番へ短調、第36番イ長調)(モザイク四重奏団)

子育ても一段落した中年以降の妻子ある男性とって、家庭内の居場所が徐々に失われて行くことは世界共通の極めて深刻な悩みである。家の大きさや経済状況もその傾向に影響を及ぼす要素ではあるが、本質的な部分は変わらない。無観客となった東京オリンピックのメイン会場に、放送局が特設スタジオを設置しているが、その画面から見える会場周辺をうろつくうろつく人々にも、そのような中年男性の姿が映っている。たいていは一人で写真などを撮っていたりしている。

盛夏となった今年の東京も、青空に雲が沸き、なかなかいい陽気である。五輪選手の中には東京の暑さを訴える人がいるようだが、大阪生まれの私にとっては今年の東京の夏は、理想的な夏である。晴れて風が吹き、日陰に入るとさわやか。これが凪を伴う瀬戸内地方へ行くと、こうはいかない。だから日曜の朝、、家族はまだクーラーなどを書けて朝寝坊をしているが、ひとり家を飛び出して近くのベンチで音楽などを聴いている。もちろんあちこちに同類の友がいる。

自分も腰を痛めて満足に歩けないため、家に籠っていたが、それも限界である。かといってコロナ禍では家族に外出を勧めるわけにもいかない。実家などへ長期に帰省することも憚れる。学校や休みとなる夏だが、観光に出向くこともできず、お酒も飲めない飲食店でゆっくりと過ごすわけにもいかない。コンサートも中止、スポーツ観戦も無観客、展覧会は過密状態が気になり、乗り物への乗車も怖い。もうこういう状態が1年以上続いている。同じ境遇なのか妻は機嫌が終始悪く、子供は引きこもってしまった。私も引きこもってしまいたいが、その場所がない。そして昨年来の腰痛で、外出もできない。いや、そもそも不要不急の外出は、腰の状態にかかわらずすべきでないのだ。持病のある私にとって、感染は命取りになるからだ。ワクチン接種は無事終えたが、重症化を防いでくれるだけで、デルタ株などあまり感染抑止に効果がないらしい。

そんな蒸し暑い休日の朝、人気の少ない家の近くの公園で、ひとり静かに音楽を聞くことができるのは、せめてもの慰めである。そして私の愛するハイドンの弦楽四重奏曲を、今日も聞いている。ボートの講習会に集まった小学生たちが、親と一緒に運河に船を運んでいる。今日聞いているのは、ハイドンがいわゆる「疾風怒涛(シュトゥルム・ウント・ドランク)」と呼ばれた時期に作曲した「太陽弦楽四重奏曲(作品20の6曲)である。「太陽」というあだ名がついたのは、出版された楽譜の表紙に太陽が印刷されていたからだそうだが、なるほどこの夏の暑い日の朝に聞くのに相応しい名前だということだろうか。

作品20の6曲の特長はいくつかあるが、短調で書かれた作品があること(第3番ト短調、第5番へ短調)、そして終楽章にフーガが多用されていることである(第2番ハ長調、第5番へ短調、第6番イ長調)。この作品は、ハイドンが交響曲とともに探求してきた弦楽四重奏曲の、いわば転換点となる作品とされている。ここで様式が確立されたのだそうだ。だから外せない、と私はいつか、モザイク四重奏団の演奏する2枚組のCDを購入していた。購入したのはいいのだが、少し聞いただけで棚に戻してしまい、以後、まとめて聞いた記憶がないのである。ハイドンの弦楽四重奏曲の最後の方の作品を聞いた後で、どうしてまたこのような古い作品を、と思わないでもないのだが、こういった理由で取り上げることにした。もちろん私の朝の散歩の慰めに聞いたことも理由ではあるのだが。

さてCDではまず第1番(第31番)変ホ長調から始まる。疾風怒濤の時期の作品ながら、上品で落ち着いた開始の音楽でほっとするのだが、この第1楽章が滅法長い。10分近くあるのだが、後期の作品を聞いて来たので冗長であるような気がしてならない。第2楽章は少し短いが、ここはメヌエット。そして第3楽章はどうも冴えない曲がだらだらと続く。どうも自分の心理状態を反映しているようで、あまり気分が良くない。

続く収録作品は第5番(第32番)へ短調である。短調であることも珍しいが、へ短調というのも聞いたことがあまりない。そしてそのほの暗い陰鬱なメロディーは、私を再び悲しい気分にさせるのに時間はかからなかった。むしろ今の気分に合っているような気がする。だからなのか、10分も続くが聞いていられるのが不思議である。第2楽章メヌエットを経て始まる第3楽章アダージョは、親しみやすい慰めの音楽にほっとさせられる。そして終楽章の短いフーガは、再び気持ちが現実のものとなってしずかに押し寄せる。それでも重くなり過ぎないこの曲は、なかなか特徴的でいい曲だと思った。

2枚組の1枚目最後は、第6番(第36番)イ長調である。この曲はその調性からか、とても明るく快活である。そして第2楽章アダージョ、カンタービレは、何とも心に淡々と染み込んでいく素敵な曲である。メヌエットを経てフーガ静かに始まる。全体的にまとまりがいい曲である。

2枚目のCDは第2番(第32番)ハ長調で始まる。ここでは第1楽章冒頭のチェロが印象的である。夏の風に揺れる青々した木々を眺めている。静かで落ち着く時間である。そして淡々と続いて行くフーガは落ち着いた風情を見せ、明るさの中身も一定の重みが感じられる。ところが第2楽章は悲痛なモチーフで始まる。続く劇的な音域の激しい上下は、心を突き刺すような激しさで聞く者を驚かせる。ところが中間部に入ると、まるで楽章が変わったように一点、落ち着いた優しいメロディーが聞こえてくる。痛みにもがいていた重症患者が、心地よい眠りに入った時のようなこの落差は、まるでロマン派の音楽のようだ。気が付くと第3楽章の三拍子となっており、第4楽章では再び劇的な音楽が展開されて終わる。この曲は若きハイドンの野心的な試みの曲だと思った。

第4番(第34番)ニ長調もまたハイドンの表現の幅を追求した作品のように思える。第2楽章のどこか懐古的なメロディーは、モザイク四重奏団のモダンで明るい音色によって中和されているとはいえ、懐かしさを覚える。第3楽章は楽し気で、第4楽章は速くて明るく陽気である。第3番(第33番)ト短調は、短調の曲に相応しく、聞いていたあまり楽しくない。第2楽章に陰鬱なメヌエットが置かれており、長い第3楽章の静かなメロディーは、時々途切れるのが新鮮だ。これは第4楽章でも同様である。

ハイドンの音楽の魅力は、古典派の様式を映し出す理性の枠組みは維持しつつも、それを意図的に逸脱して崩す仕組みを随所に散りばめながら、決してその一線を越えない情緒が垣間見えるところであろうか。この交響曲でもさんざんつき合わされた試みが、四重奏曲の分野でも同様に行われている。ひとつひとつの曲は、交響曲のほうが聞いていて楽しいが、かといって浅番の作品をわざわざ取り上げて聞くこともないのが実情である。それにくらべると弦楽四重奏曲の方が、BGM代わりにずっと聞いていられる。仕事の邪魔をしないし、旅行に持って行って車窓風景を眺めながら聞くのにも有用である。この際の欠点は、今どの曲のどこを聞いているのかもよくわからない状態になってしまうことなのだが、まあこれは仕方のないことだろう。

2021年7月28日水曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品77(第81番ト長調、第82番ヘ長調)、作品103(第83番ニ短調)(アマデウス四重奏団)

一連のハイドンによる弦楽四重奏曲の最後を飾る「ロブコヴィッツ四重奏曲」(作品77)は、1799年に作曲された。この頃のウィーンにはすでにベートーヴェンがいて、ピアノの名手として名を馳せていた頃である。ベートーヴェンが記念すべき交響曲第1番を初演するのは1800年である。そのベートーヴェンはまた弦楽四重奏曲を数多く作曲しているが、その最初の作品18は、ハイドンの作品と同様にロブコヴィッツ侯爵へ献呈されている。このことは興味深いことである。ハイドンの最晩年の弦楽四重奏曲とベートーヴェンの最初の弦楽四重奏曲は、いずれも同じロブコヴィッツ侯爵の依頼によって作曲された。ハイドンは70代にさしかかろうとしていたのに対し、ベートーヴェンはまだ20代の若者だった。

ハイドンの生涯はモーツァルトを包含し、ベートーヴェンに重なっている。交響曲と弦楽四重奏曲という分野において、この事実は3人の作品が互いに影響を与え合うことになった。弦楽四重奏曲のスタイルを確立したのは紛れもなくハイドンであるが、ハイドンはまたモーツァルトによりプレゼントされた「ハイドン・セット」から影響を受けた。交響曲の分野ではハイドンがモーツァルトやベートーヴェンに与えた影響は計り知れない。モーツァルトによる輝かしい弦楽四重奏曲については、また別の機会に触れなければならいし、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、ハイドンの古典的スタイルから次第に脱皮し、交響曲同様、新しい極致を開拓している。これについても数多くのことが書かれているし、私も取り上げないわけにはいかないだろう。

だがここで私が聞いているのは、ハイドンが最晩年に作曲した2つの弦楽四重奏曲で、ハイドンによる弦楽四重奏曲はこれ以降は、未完に終わった作品103だけである。ハイドンがロブコヴィッツ侯爵に献呈した最晩年の2つの作品を聞いて感じることは、これらの作品が実に落ち着いているにもかかわらず、軽やかであることである。自然に音楽が体に入って来る感覚。一般に晩年の作品ほど自然体に近い感覚にとらわれる作品を残す作曲家は多いが、常に襟を正しているような格式のあるハイドンの作品で、このような感覚を持つのは異例である。交響曲の最後の作品を聞いてもそのようには感じないし、この「ロブコヴィッツ四重奏曲」と同時期に作曲されたオラトリオ「天地創造」などは渾身の力のこもった作品である。またその後に作曲されたオラトリオ「四季」はハイドン最高峰の作品だと思っているが、ところどころに音楽が自然に身に沁みとおる感覚はあるにせよ、何せ規模が大きく、そして凝っている。

それに対し、弦楽四重奏曲作品77の2曲はどこをどう聞いても、ここにはもう他にどのような曲になるかも考えられないような必然的な音楽が、恐るべきことに何の余分な力も入らない形で、しかもハイドンらしい節度をわきまえた感覚で私の前に存在している。もうこれ以上どこに向かうこともできないような、それでいて行き詰まり感などのない世界。信じられないことに、音楽の完成度という点においてこれ以上のものはないのではないだろうか?そしてそれはモーツァルトのような天才性というのとも少し違う。同様に無欠の完全性を持つ作品であったとしても、ハイドンのそれは、長い試行錯誤の末に築き上げられた努力の結晶ともいうべきものだからである。だから私はハイドンの作品に、モーツァルトにも増して親近感を覚える。そしてまたベートーヴェンがこの先を発展させざるを得なくなる苦悩に対しても。

弦楽四重奏曲第81番ト長調(作品77-1)は、スタッカートのような跳ねるようなリズムで始まるのが印象的である。丸で鞠で遊ぶようなおどけたようなメロディーは、第1楽章を通して聞かれる。一聞、イージーに書かれたような印象を与えるが、決してそうではないと思わせるようなものを持っている。

第2楽章が秀逸で、無駄なく、しかもしっかりと音楽がそこに存在している。そして重要なことは、ハイドンの音楽が決してスピリチュアルではない点である。むしろそれとは対極的に音楽としての存在を主張する。第3楽章の速いメヌエットの中間部では、スケルツォのような激情も登場するが、それもしかしベートーヴェンのように破綻するものではなく、きっちりと中庸の器の中に間隙なく収まっている。第4楽章に至っても無理なく自由である。

一方弦楽四重奏曲第82番は、結果的に完成されたハイドンの弦楽四重奏曲の中で、最後になった作品である。その感想を一言で言えば、第81番同様に無理のない中にも高度な完成度を感じることに加え、さらに深みを覚える作品である。また第2楽章は前作のアダージョとは異なり、メヌエットが置かれている。そのリズムの処理は諧謔的。第3楽章の長いアンダンテが尻切れトンボのように終わると、終楽章のソナタが始まる。

ハイドンはロブコヴィッツ四重奏曲を当初6曲から成る作品として作曲を開始した。しかし完成を見たのは2曲のみである。ハイドンの意欲は、むしろこの時期にはオラトリオ「四季」に費やされた。その作品から3年が経過し、ハイドンは作品103(第83番)として知られる次の弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。しかしわずか2つの楽章のみを作曲しただけで未完成のままとなった。現在聞くことのできるのは、第2楽章と第3楽章のみということになっている。私もこの機会にこの作品に接して見たのだが、先入観のせいかそれ以外の作品のような優雅さにいささか欠けるような気がする。ハイドン自身、この作品には満足できるものではなかったようだ。だが、それは歳のせいであるとわかっていたハイドンは、そのことを素直に告白して、この作品を未完成のまま出版した。そういうところがハイドンらしいと思う。彼は自分の作品が一定の完成度を持たないといけないと考えた。音楽は常に明るく、楽しいものなくてはならない。そして彼は、出版された楽譜に、そのことをわざわざ告白している。

すでに老いたしまったハイドンは、これ以上の作品を生み出すだけの力を発揮することはなかった。これに代わって6曲から成る弦楽四重奏曲をロブコヴィッツ侯爵に献呈したのは、ベートーヴェンだった。息子よりも若い世代の活躍にハイドンはどう感じていたのだろうか。しかしモーツァルトであれベートーヴェンであれ、彼らの才能をいち早く認めていたのは、ほかならぬハイドンだった。古く懐かしいが、いまなお評価の高いアマデウス四重奏団のセットを聞きながら、コロナ禍が続く2021年の暑い夏を静かに過ごしている。

2021年6月29日火曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品76(第75番ト長調、第76番ニ短調「五度」、第77番ハ長調「皇帝」、第78番変ロ長調「日の出」、第79番ニ長調、第80番変ホ長調)(タカーチ四重奏団)

室内楽曲と交響曲という2つの形式は、ハイドン自身によって確立されたと言っていい。このうち交響曲は、エステルハージ公を始めとする貴族に仕える職業として専有の楽団を指揮して演奏される比較的大きな規模の作品へと発展し、それはハイドンのまさに正職であった。様々な試みのもと、次第に様式を変遷させ、最終的には古典派の交響曲というジャンルを確立したハイドンは、ロンドンへの演奏旅行で不動の名声を確立する。その過程は華々しく、大器晩成型の作曲家の典型である。

一方、当初はディヴェルティメントと呼ばれていた小規模な楽曲は、せいぜい数人の奏者を必要とするだけであり、その用途も非常に限られた個人的なものだったと思われる。このような曲は、正式な依頼によって要請され、大規模な演奏会で披露されて出版されるものではなかった。ハイドン自身もこのような分野の曲を、個人的な依頼によって作曲した。当初はピアノを加えた三重奏曲が中心だったが、次第に弦楽四重奏曲が、これに変わった。そして面白いことに、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、それにチェロからなる弦楽四重奏は、とりもなおさず交響曲のミニチュアのような様相を呈し、いわば交響曲のエッセンスを形作っていると言ってもいい。

ここで私は学者でも音楽家でもないから、弦楽四重奏曲の何たるかについて、縷々語る資格を持たない。従って今回聞くハイドンの有名作品も、まあこれらの曲は一度は触れておかなくてはならない、という程度の義務感と、それに何といっても「ドイツ国歌」として使われるほどに有名な「皇帝」他の曲も聞いてみたい、などといった程度の動機であることを始めに記しておこうと思う。

ホーボーケン番号において77番とされる弦楽四重奏曲作品76の3番は「皇帝」のニックネームで知られるハイドンの、最も有名な弦楽四重奏曲である。なぜならこの曲の第2楽章こそが「ドイツ国歌」だからである。この曲を含め、有名な標題付きの作品「五度」「日の出」はいずれも作品76番として出版された6つの作品(エルデーディ四重奏曲)の一部である。

私はドイツ国歌がオーストリア人によるものだったことに最初は驚いていた。「皇帝」はもともとオーストリアの皇帝、フランツ・ヨーゼフ2世の誕生を祝うために作曲されたものである。そこに歌詞を付け、ドイツ賛歌としての性格を与え、次第にドイツ国歌として成立していく経緯は、ドイツ大使館のホームページなどに詳しく書かれているが、それによれば、ヒトラーの時代と東西に分断された冷戦時代を乗り越え、統一ドイツの国歌として承認されたのはようやく1991年になってからということになっている。

「ハイドンの弦楽四重奏曲は第2楽章が印象に残る」という私の個人的な発見の例にもれず、「皇帝」の第2楽章、すなわち「ドイツ国歌」はとても荘重で格調高い印象を残すカンタービレだが、この曲は第1楽章も印象深い。飾ることなく堂々と正面から対峙している印象は、ハ長調という性格によるものだからだろうか。

しかしハイドンはこの曲を、オーストリアの国歌として作曲した。イギリス滞在中に英国人が自国の国歌を歌うのを耳にしたことから、祖国にも国歌が必要だと感じたからのようだ。そしてめでたくこの曲はオーストリア帝国の国歌となる。しかし現在はこのメロディーがドイツ連邦に引き継がれ(ドイツ人の歌)、オーストリア共和国の国歌はモーツァルトの作品に歌詞を付けたもの(山岳の国、大河の国)となっている。 

第76番「五度」は、第1楽章冒頭の動機が5度の下降を見せ、この主題が曲全体に展開されているからだ。音楽に素人の私は、中学生程度の音楽的知識しか持ち合わせていないため、「5度」を数えることくらいはできるが、それがどういう意味を曲に与えるかについて何かを語ることができない。むしろこの曲の冒頭を聞いて印象的なのは、この曲がめずらしく短調で書かれていることだ。そしてこのメロディーは悲劇的である。ハイドン版「走る悲しみ」といった感さえ漂う。

第2楽章のピチカートを伴うシンコペーションのリズムも何か憂鬱な響きだが、丁度今の梅雨の時期に聞いているからだろうか。第3楽章のメヌエットを聞いているとモーツァルトのト短調交響曲を思い出す(ただし作曲はモーツァルトの方が先である)。そして終楽章も激しくリズムがほとばしり出る。5度という下降モチーフが全体に展開されることによって激情的でシビアな印象を残す。短調だが印象的でまとまりあよく、何度も聞きたくなる曲だと感じた。

第63番「日の出」は一転して伸びやかで明るく、優美な曲である。このようなフレッシュなイメージから「日の出」というあだ名が付けられているが、確かにメロディアスで長音が多い印象を残す。これは細かく音符を刻む「五度」とは対照的である。太陽が東の空に昇ってゆく日の出がそうであるように、これは次第にメロディーが隣の音へと移ってゆく。つまり1度か2度の変化。ハイドンは同じ作品番号の中に、性格の正反対な曲を敢えて揃えた。

梅雨空の続く毎日に美しい日の出は期待できない。今日も台風が近づいているせいか、朝から雨が降り出しそうな陽気である。それでも朝5時半に起きて、バルコニーで熱い紅茶をすすりながらハイドンを聞いている。心が落ち着く時間である。

だがハイドンの多くの作品がそうであるように、安易に付けられたニックネームに騙されてはいけない。第2楽章アダージョの深く沈むような音楽は、まるで深夜の散歩道のような静けさである。またこれに続く第3楽章は、一転して明るいメヌエットだが聞いていてさほど面白くはない。第4楽章では新しい音楽への営みが感じられるのが新鮮ではある。そしてコーダは滅法速い。

作品76番の他の3曲は、いずれもニックネームを持たない曲であるがゆえにか、あまり聞く機会がないのが実情である(ただし第79番は「ラルゴ」と呼ばれる時がある)。タカーチ四重奏団によって録音された目を見張るような名演奏のCD2枚組には、この他の3曲も録音されている。そして標題の付いていない曲こそ、リスナーが余計な先入観を排して自由に聞くことのできる作品でもある。

第1番目の作品である第75番ト長調は、名曲ぞろいの全6曲の最初にあって。これから楽しい弦楽四重奏曲の旅に出るのに相応しい明るい雰囲気を持っている。もっそもソナタ形式の第1楽章が終わると、長いアダージョの第2楽章が始まる。ハイドンは緩徐楽章を(交響曲でもそうであったように)しばしば第3楽章に配置したが、(やはり交響曲でそうだったように)様式を確立してきた後期には第2楽章に固定し、第3楽章のメヌエットが次第にスケルツォの様相を帯びてくる。

この第75番もその例にもれず、第3楽章はスタッカートを多用したスケルツォである。ただし優雅なトリオが中間部に配置され、ピチカートが印象的。一方、静かに始まる第4楽章は悲劇的なト短調の性格を表しているのが印象的である。この1曲だけで当時の弦楽四重奏曲の最先端を見る思いがする。そしてこれは続く「五度」(ニ短調)の前奏曲のようでもある。

表題の付いた名曲を3つ経ての第79番ニ長調は、前作「日の出」同様に伸びやかな曲で始まるが、途中から速い部分もいきなり出現するあたり、交響曲にはない自由さが感じられるのが面白い。ソナタ形式によらず主題を様々に変奏していく様が面白い。その第2楽章は長大なラルゴである。伸びやかでありながら荘重な雰囲気は、卒業式に似合うのではないか、とメモしたことがあった。そしてメヌエットとはいえもはやスケルツォというのが相応しい前衛的な第3楽章を経て演奏される滅法速い終楽章の楽しさと言ったら!

ハイドンの弦楽四重奏曲の集大成とも言うべき「エルデーディ四重奏」の最後の作品である第80番は、非常に自由な作品である。第2楽章は、前作と同様のゆったりとしたメロディーで始まるが、「ファンタジア」と記されている。そして第4楽章ともなると、非常に高速ながら自由に羽ばたくような曲想は、弦楽四重奏曲の当時の可能性を試しているようなところがあり、この分野ではもうやりつくしたというハイドンの気持ちが伝わって来るようだ。実際、このあとに作曲されたのは「ロブコヴィッツ四重奏曲」と言われる作品77番の2曲(及び未完とされる第103番)のみであり、もう頃にはモーツァルトは世におらず、ベートーヴェンがハイドンの弟子としてウィーンの音楽界を席巻していた時期となる。

タカーチ四重奏団はハンガリーのリスト音楽院の学生によって結成されたアメリカの四重奏団である。デッカの録音の効果もあって、透明で新鮮な音楽はベートーヴェンのクァルテットに新境地を示した感がある。ハイドンについても同じことが言えると思い、このCD2枚組をかなり昔に購入していたのだが、取り出して聞くのを忘れていた。今回、コダーイ四重奏団の演奏(これも悪くない)の演奏を聞いていたのだが、すっかり忘れていたタカーチの演奏を思い出し、急遽この録音を聞いてみたところ、これがやはり決定的な演奏であるように思えてくるのだった。

録音は1980年代の後半で、いまとなってはかなり古い部類に入るが、古楽器奏法が台頭し始めていた頃にあたり、その影響が室内楽曲にも当然及ぶ。そこでキラ星の如く登場したのがこの四重奏団だった。私などは室内楽の面白さを初めて認識したようなところがある。だが当時としてはあまりに前衛的だったということだろうか、タカーチ四重奏団によるハイドンは、この2枚組しか見当たらない。

その演奏は若々しく生命力に溢れ、あらゆる部分にまで注意と表現が行き届き、四重奏の分野でもハイドンの魅力がまだ蘇生可能であることを証明している。思わず襟を正したくなるような演奏は、日曜日の朝に聞くのに相応しい。

2021年5月30日日曜日

ハイドン:弦楽四重奏曲作品64より第66番ト長調、第63番ニ長調「ひばり」、第64番変ホ長調(コダーイ四重奏団)

うっとうしい雨の日々が続いている。西日本の一部では記録的に早い梅雨入りとなったようだが、東日本各地でもここ数日は大雨が降り、東京でも曇りか雨の日が1週間以上続いている。いわゆる「梅雨の走り」と呼ばれるこの時期は、それでも晴れると乾いた晴天となるため凌ぎやすく、私は一年でもっとも好きな時期ではある。

そんな毎日の、久しぶりに晴れた休日の朝に、久しぶりに何か音楽が聞きたくなって取り出したのが、コダーイ四重奏団の演奏するハイドンのクァルテットだった。最近はCDを聞くことがほとんどなくなったのだが、今日はどういうわけかCDの気分。1000枚以上はある棚から、作曲家の年代順に並べているのでハイドンは2段目のところに置かれている。このCDはナクソスの録音で、ジャケットがシンプルであり見つけやすい。そしてトレイにCDを載せ、再生ボタンを押す。LPからCDに変わって久しいが、やはりディスクを再生機にかけて聞く音楽には味わいがある。

ハイドンは交響曲を108曲も作曲して「交響曲の父」と呼ばれている。私はこの交響曲をすべて聞きとおそうと思い、第1番から順に聞いて来たことがこのブログを書くきっかけとなった。ブログでは初期の作品の一部を割愛したが、それでも8割以上の作品を聞いて何らかのコメントを書いたと思う。古典派様式を確立し、それを交響曲の形で実現していった模索と発展の道のりは、音楽を専門としない一リスナーとしても聞いていたとても楽しいものだった。

ハイドンは弦楽四重奏の分野においても、これと同様の試みを行っている。作曲された弦楽四重奏曲は現在のところ68曲と推定されている。この中には現在のドイツ国歌となっている第77番「皇帝」も含まれる。しかし俗に「弦楽四重奏の父」とも呼ばれているハイドンのこれらの作品を、最初から聞きとおそうとは思わない。だがそうは言ってもある程度体系的、網羅的に書こうと思い、なかなか手を付けられずにいたのだが、最近はもうそんなことに捕らわれず、好きな作品を思い付きで書く方がいいと思うようになった。室内楽や器楽曲は、もともと近親者やサロンといった、いわば少人数の集いの中で作曲された作品が多いことを考えると、これもまた当然の成り行きかも知れない。

そういうわけで、今日は「ひばり」を聞く。このハイドンを代表する作品の何と気品に満ちたメロディーだろうか。ここにはハイドンにしか書けないような伸びやかさを感じる。ベートーヴェンやモーツァルトのような、人生の苦悩やミューズの化身ともいうような天才性を感じるわけではなく、もっと自然で大人の音楽。それでもそこには確固たる信念と独自性が感じられる。ハイドンの職人的でかつ普遍的な創造性は、以降の作曲家に求められない(あるいは求めることが難しくなった)要素とさえ思われる(私が他に、このような成熟し完成された音楽性を感じるのはヴェルディである。あるいはメンデルスゾーンを加えてもいいかも知れないが、彼は若くして亡くなった)。

ハイドンの弦楽四重奏曲は、3曲あるいは6曲まとめて出版された。出版の順に付けられた作品番号だと、今回聞いた作品は「作品64の第3番、第4番、第5番」ということになるのだが、ハイドンの研究家ホーボーケンによって付与された作品番号(いわゆりホーボーケン番号)によれば、これらは第66番、第63番、第64番ということになる。ホーボーケンの作品番号は、しなしながら後年の研究によって偽作とされた作品をも含んでいることが判明し、これらを除外して並びなおされた番号も存在するからややこしい。いずれにせよこの3つの作品を含む作品64の6曲は、1790年に作曲され、「第2トスト四重奏曲」と呼ばれている。

1790年と言えば長年仕えたエステルハージ公が死去し、新たな境地を目指してロンドンに旅立つ直前のことである。この時ハイドンはもう58歳になっていたというから驚きである。今朝の新聞によれば、私が生まれた頃の日本人の平均寿命(男性)が60歳だったというから、58歳と言えば今では80歳くらいの感覚だろうか(もっとも抗生物質のない時代、若くして亡くなる人が多かっただけで、長生きする人は一定数いた)。

作品64の6つの作品のうち、後半の3曲を収録したCDでは、第4番ト長調(Hob.III-66)から始まる。有名な「ひばり」(Hob.III-63)はその次である。そこで初めてこの曲を聞いてみた。第1楽章の行進曲のようなリズムは、何かわくわくするような気持ちになる。続く第2楽章では、梅雨入り前の肌寒い雨の日に実に良く合う。ハイドンの弦楽四重奏曲の魅力は、まず緩徐楽章にあるのではないだろうか。ただそのことがわかるようになるまでには、交響曲を数多く聞くなどそれなりの努力をしてきた結果だと自負している。

第3楽章の3拍子もまた、弦楽四重奏曲の特長をよく表している。陽気な舞曲風のメロディー。第4楽章は再び早い曲に戻って楽しく終わる。そしてこの形式こそ、交響曲そのものである。交響曲の骨格部分だけを取り出して眺めているような気分が、弦楽四重奏曲を聞くときには起こるものだ。

続く第5番「ひばり」の第1楽章の伸びやかなメロディーの印象は決定的である。一度聞いたら忘れられないようなものがある。しかし第2楽章は、楽天的な第1楽章とは打って変わってちょっとメランコリックな感じがする。「ひばり」の明るく楽天的な印象だけでなく、このような陰影の変化があるからこそ名曲なのかも知れないのだが、私の印象はやや退屈。第3、4楽章も平凡。

しかし最後の第6番変ホ長調(Hob.III-64)は一層複雑で聞きごたえがある。特に印象的なのは第2楽章で、ここではシューベルトに通じるようなロマン的とも言える趣きがある。第3楽章のメヌエットには高音のバイオリンが限界まで鳴らすような印象的な中間部が置かれている。一方、第4楽章では複雑なフーガも聞こえてきて、この作品の深みはちょっとした発見であった。

コダーイ四重奏団はハンガリーで結成されたグループだが、NAXOSに録音した一連のハイドンの演奏は、オーソドックスながら極めて充実した響きを持っていて、おそらく代表的な録音の仲間入りをしている。録音が明瞭でハンガリー系の特長をよく表している。

作品64の後半3つの作品では、親しみやすい第4番、気品のあるメロディーが忘れられない第1楽章の第5番、重層的で音楽的に充実した第6番と、多彩である。ハイドンの魅力に久しぶりに触れた一日。この作品を皮切りに、今後もハイドンの弦楽四重奏曲を時折聞いてみたい。

2018年12月6日木曜日

ハイドン:チェロ協奏曲第2番ニ長調(Vc:ジャン=ギャン・ケラス、ペトラ・ミュレヤンス指揮フライブルク・バロック・オーケストラ)

お気に入りのイヤホンを妻に貸したら、返ってこなくなった。仕方がないから古いSONYのイヤホンを久しぶりに使ってみた。こちらの方がはるかに高級で、当然音は良い。自然で細かい部分まで聞こえてくる。音漏れがすることに加えてコードがよく絡まるなど、少し使い勝手が悪いので、長年お蔵入りしていた代物である。ところが我がWalkmanへ接続してみると、なかなか相性がいい。同じSONYだからなのだろうか。静かに落ち着いて聞くイヤホンとしてうってつけである。

それで今日は、東北地方への一人旅に持って出かけた。新幹線「やまびこ」が大宮を発車した頃から、ハイドンのチェロ協奏曲を聞き始める。第2番ニ長調は気品に満ちた大人の音楽である。こういう曲は、晴れた静かな朝に聞きたいものだと思う。

早朝から降り始めた冷たい雨は、北へ向かうにつれてみぞれや雪に変わるのだろうか。悪天候のために行先を郡山から福島に変更した。これから1時間余り、音楽を聞きながら過ごそうと思う。第1楽章が終わる頃にはもう、列車は利根川を渡り、茨城県をかすめて栃木県に入った。進行方向右手に座ったので、北関東山地は見えない。代わりに筑波山が眺められるはずであるが、今日は見えない。それでも家が次第に疎らになってゆく。

ケラスは古楽器を使って、贅肉をそぎ落としたスッキリとしたソロを聞かせる。時に鋭角的な演奏は、フライブルク・バロック・オーケストラと良く合っている。ハイドンのチェロ協奏曲は、このような奏法によって新たな魅力を引き出された作品の筆頭格ではないかと思う。そしてこの演奏は意外にも、より技巧的に感じる第1番より、第2番のほうが成功しているように思う。

宇都宮で「はやぶさ」号の通過待ちをする間に乗客の半数近くが降り、音楽は第3楽章に入った。いくつかのカデンツァを挟みながらも、この曲は終始しっとりした感触を残しつつ進行する。ロンド形式の短い第3楽章があっさりと終わるや否や、隣の線路を緑色の車体が駆け抜けて行った。

まだソビエトの音楽家だったロストロポーヴィッチが、イギリス室内管弦楽団を引き振りしたレコードが、私のこの曲との出会いだった。ちょっと古びた風合いのジャケットを見ながら、父はこのLPを初めて自分の小遣いで買ったと話してくれた。「本当は他の曲を買いにいったんだ。けれども、どういうわけかこの演奏を選んだ」と言ったその話を、なぜかよく覚えている。ハイドンのチェロ協奏曲は、目立たない存在ながら、静かな気品を放っている。

車内販売で買ったコーヒーがなくなった。久しぶりに聞いたハイドンの曲。やがて、しばらくして宇都宮を発車する頃には、Walmanに入れられた次の曲、ウェーバーのピアノ協奏曲が流れ始めていた。


2018年12月5日水曜日

ハイドン:チェロ協奏曲第1番ハ長調(Vc: イヴァン・モニゲッティ、ベルリン古楽アカデミー)

音楽史におけるバロック時代というのは、いつ始まりいつ終わったのかということについて、明確な定義があるようだ。それは劇音楽が誕生した1600年から、J.S.バッハら死去した1750年までの150年間のことで、音楽史は150年を周期として大きな変化を遂げて来た。もっとも、そのような区分を考えるのは、後世の学者たちだから、当の作曲家は特にそのことを意識して作曲していたわけではない。

ハイドンのチェロ協奏曲第1番は、バロックの趣きを残していると言われている。作曲されたのはハイドンがまだ、エステルハージ家に仕えていた1760年のことで、この時33歳。ハイドンは共に仕えていたチェリスト、ヨーゼフ・フランツ・ヴァイグルのために書いたとされている。

バロックの趣きである理由は、リトルネッロ形式と言われる、主題に何度も回帰しながら進行する音楽様式による。その形式基づく第1楽章の4拍子によるモデラートについて、N響の今シーズンについて書かれた分厚い冊子には、11月の項に2ページを割いて、「ハイドンの時間」と題された記事に詳しく記載されている。丁度エステルハージ家に仕え始めて数年が経過した頃からのハイドンの、音楽形式上の発展の経過を、(ほんの少しだけだが)知る事ができる。様々な試みを繰り返しながら、澱んだり中断したりしていたものが、次第に形式として方眼紙の如く整理され、恐竜がクーガーのような機敏で小回りの利くものへと機能分化したというのである。

このことがバロックから古典派への「進化」を意味するのだろうか。そのあたりはよくわからない。私はハイドンの音楽が、どう考えてもバロック音楽とは異なる新しさを、最初から持っていたと思っている。もちろん一部にバロックを思わせる形式を見出すことはできる。私は交響曲を第1番から第104番まですべて聞いたが、それはもう第1番からバロックではなかった。明治維新で日本社会が一気に近代へと突入したように、1750年頃という時代には、断絶とも思えるような音楽上の急変が起こっていたように思う。

チェロ協奏曲第1番は、滅法新しい音楽であると思う。今聞いても新鮮で、清々しい軽やかな風が吹いている。だから、というわけではないが、お気に入りはモダン楽器によるものではなく、古楽器風の演奏である。もちろん、古楽器風の演奏が、モダン楽器よりも新鮮で新しい、という逆説的な事実に基いている。ロストロポーヴィチの弟子であるモニゲッティは、ベルリン古楽アカデミーと気品を失わず、フレッシュな演奏を繰り広げている。もっと過激な演奏もあるが、
第2楽章で緊張が持続せず、飽きてしまう演奏もある。だがモニゲッティの演奏はそうはならない。 師匠のロストロポーヴィチにも有名な録音があるが、モダン楽器全盛時代の歴史的名演も、やや時代遅れの印象にさせてしまう演奏である。

2018年11月30日金曜日

NHK交響楽団第1898回定期公演(2018年11月15日、サントリーホール)

N響定期をサントリーホールで聞くのは、実のところ初めてである。というのはこれまで、チケットが取れないと思っていたからだ。N響が定期公演をサントリーホールで開催することになったとき、ここのチケットは、年間の定期会員にならなければ手に入らない状態だった。現在でもB席以下はそのような感じで、たまに1回券が発売になっても、すぐに売り切れとなることが多い。直前までスケジュールがわからない私にとって、N響のサントリー定期は縁がないと諦めていた。

ところがもう1週間前だというのに、N響のチケットサイト(からでしか、オンラインでは買えないようだ)には若干の空きがあった。10月のブロムシュテットの場合には、直ちに売り切れたようだからわからないものである。しかも11月の指揮者はジャナンドレア・ノセダで、どう考えても90代のブロムシュテットよりは躍動感のある演奏が期待できる。しかもプログラムが実にいい。まずレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第1組曲、それからハイドンのチェロ協奏曲ハ長調(第1番)。これらは編成こそ小さいものの、古典的な造形の美しさを堪能できる。チェロ協奏曲は有名な第2番の方ではないのがいい。第3楽章などはなかなかの難曲であると思う。テンポが速く、集中力の高いノセダの伴奏と、技巧的なっ若手チェリストがどういう掛け合いを繰り広げるか、胸が躍る。こういう曲はサントリーホールで聞く方が、だだっ広いNHKホールよりも細かいニュアンスまでわかるだろう。

後半はラフマニノフ最後の作品である「交響的舞曲」。一度サイモン・ラトルの演奏をビデオで見ているが、その時はあまり印象に残らなかった。けれども今回、事前にマゼールの演奏を聞いていると、そのリズムの処理の面白さと様々な楽器によるソロ部分の抒情的な旋律が、うまく溶け合っていながらも様々に変化する、とても充実した作品だということがわかってきた。ロマンチックな管楽器が重厚な弦楽器と溶け合うあたり、ロシア音楽の特徴をしっかり持つが、曲を手中に収め、聴衆に難解さを感じさせない第1級の技術が必要な作品だと思う。晩年のラフマニノフがアメリカで思うがままに作曲した傑作である。

考えてみれば、この3曲はリズムの複雑さとソロの巧みさが交錯するという共通点があるように思える。いずれの作品も、どちらかというと目立たない存在だが、曲としての完成度は高い。このようなプログラムをそれとなくやってのけるN響は、おそらく技術的にも非常に高いレベルだと言わざるを得ない。

私は最近、オーケストラの聞く音が会場の席によってどう違うかについて、興味が深まっている。前の方は一体となって聞こえ、上階の席だと時間差が生まれる。横手で聞くと管と弦が左右に分離し、裏で聞くとちょっとひどい音になる、くらいの知識しかなかったのだが、最近は安い席が余っていても高い席を買うようになって、そのあたりが随分気になってきた。今回のN響定期は、最前方の左右端(S席)と、2階後方の両脇(A席)しか残っていなかった。私は最前方の両脇に位置する席を購入した。視野としては管楽器奏者が見えず、打楽器またはコントラバスが遮ることなく見える。それでもNHKホールとは違い、オーケストラを完全に後ろから見るという程ではない。

この席で聞くオーケストラの音は、しかしながらさほど良くない。だから余っていたのかも知れないが、高い割には視覚的にも聴覚的にも不十分で、満足できるのは指揮者と独奏者が間近に見えることくらいだ。けれども2階席になると、今度はあまり良く見えないし、真横は視覚的には面白いが(テレビの角度だ)、音響的にはちょっと難ありと言える。余程前もってS席の2階斜め両脇の、おそらくサントリーホールで最高の席が確保できない限り、何らかの不満が残るような気がした。それに比べると、本拠地であるNHKホールでは、1階前方中央しか満足な席がない(とどこかの音楽評論家が言っていたが)のだが、ホールが広いために席数が多く、しかもS席の値段はサントリーホールと変わらない。結局、S席であればNHKホールでも遜色がなく、またN響の硬い音に馴染んでいると思う。NHKホールのC席以下はひどいが、ここは滅法安く、気軽に聞くには貴重な存在だと言える。

音響の差があまりないサントリーホールでは、結局のところ、オペラグラス持参で2階席後方でもいいのだが、もともと席数が少ないのでN響定期となると入手が極めて困難である。私が暫定的に下した結論は、NHKホールのSまたはA席であれば、無理にサントリーホールで聞く必要もないのではないか、というものだ。しかるに最近は、サントリー定期でも公演によってはチケットが取れる、ということではないか…。

レスピーギでノセダは、意外にも大人しくしっとりと溶け合った演奏を披露した。このような席で聞いていたからかも知れないが、イヤホンで聞くときのような分離もなく、通奏低音のチェンバロが随分控えめに思えた。3拍子の処理が特徴的な第2楽章の「ガイヤルド舞曲」に続く、第3楽章の夢見心地のような「ヴィラネル」は、丸でローマ時代の遺跡にひとり佇むような、静止したような時間が流れた。オーボエとチェロの独奏がほれぼれするように美しい。そして終楽章「バッサメッゾ舞曲と仮面舞踏会」では、弱音気を装着したトランペットの技巧が楽しく、あっという間の15分間だった。

チェリストのアレク・アフナリャジャンは、その名前から想像できるように、アルメニア出身の、気鋭に満ちた若手である。N響には2回目の登場だそうだが、私は初めてだった。私はソリストというよりは、ハイドンのチェロ協奏曲が聞けるということのほうが、期待が大きかった。ハ長調のチェロ協奏曲は、1961年に発見された作品である。良く知られたもう一方のチェロ協奏曲ニ長調も、高貴な香りのする素敵な作品だが、私はハ長調の方が躍動的で好きである。特に第3楽章「アレグロ・モルト」は、極めて高度なテクニックが必要とされる(らしい。それは聞いているとわかる)。ノセダはレスピーギと同様、むしろ地味で落ち着いた指揮が続く。だが第3楽章になると、微妙な変化が次々と続く、見ごたえと聞きごたえのある演奏へと発展した。前の方で聞いている良さは、この作品で際立った。拍手に応えたアンコールは、カタロニア民謡「鳥の歌」だった。

休憩を挟んで編成が大きくなったオーケストラからは、ずっしりとした行進曲風のメロディーが押し寄せて来た。ラフマニノフの「交響的舞曲」は、3つの楽章から成るシンフォニック・ダンスである。単に聞いた印象のみを勝手に記せば、第1楽章が刻まれた重いリズムが印象に残るロシア的な音楽であり、続く第2楽章はなんとなくフランス風の洒落たワルツ。そして第3楽章は賑やかなアメリカ風の都会風な音楽で、なんとなくバーンスタインのミュージカルを思い起こさせる。

ノセダの演奏は、決して煽るようなものではなく、しっかりと音楽的なアプローチに思えたが、特筆すべきはそれに答えたN響だろうと私は思う。音響的には、私は少々不満でもあった。それは聞いた場所によるのか、どうななのか、実際はよくわからない。もっとダイナミックな広がりがあっても良かったと思うからだ。もしかしたらこの世界中で引っ張りだこの指揮者との、十分な練習時間が確保できなかったのかも知れない。それでもオーケストラは演奏に満足した様子だった。何度もカーテンコールに応える指揮者を、最大限に尊敬して迎える、マロさんをコンサートマスターとするオーケストラに好感を持った。

演奏を終えて、今日のプログラムを再度、聞きなおしてみたいと思う。いずれ放送されるだろうし、私がそれぞれの曲で所有しているわずか1種類ずつのディスクを、携帯プレイヤーに持ち出して聞き始めたところである。

2018年10月20日土曜日

読売日本交響楽団演奏会・第616回名曲シリーズ(2018年10月16日、サントリーホール)

ロジャー・ノリントンがロンドン・クラシカル・プレイヤーズというモダン楽器のオーケストラで、オリジナル楽器風のベートーヴェンを録音したのは80年代の後半だった。特に交響曲第2番と第8番を収録したディスクは有名で、私も2000年代に入ってからはじめてこの演奏に接した際の感動は、忘れることが出来ない。ノリントンがシュトゥットガルトのオーケストラと来日さした際には、喜び勇んで出かけ「田園」のすこぶる写実的な演奏に触れることができた。

一般にもっとも目立たないと思われてきた第2番の交響曲を、こんなに新鮮な曲として演奏されたことがあっただろうか、と思った。その輸入盤CDには速度記号が記されていて、この演奏が楽譜に忠実な、すなわちメトロノームの指示に従った演奏であることがわかった。特に第2楽章の颯爽とした新鮮さは、私が一般に思い描いていた緩徐楽章のイメージを刷新するものだった。以後、アバドもシャイーも、このように演奏している。「ラルゲット」と記された楽章を、流れるように優美に演奏する。この楽章のこの演奏で、私は古楽器奏法というものに初めてまともに接したのである。

アーノンクールやガーディナー、あるいはブリュッヘンといったオリジナル楽器の演奏家が一世を風靡し評判になったのは80年代頃だから、私はもうかなり遅くなってからの開眼だったと言える。その世界を知ると、古くからの演奏がつまらなく思えてくるから不思議である。聞き古したバロックや古典派の音楽が、まるで新作品のように再び息を吹き返し、輝きを持って目の前に現れたのだった。

ところが我が国では、そのノリントンがNHK交響楽団を指揮して積極的に古楽器奏法を披露するのは2000年代後半になってからだった。西洋音楽の伝統が短い日本では、クラシック音楽の演奏スタイルの流行が周回以上遅れてやってくるようだ。いつまでたっても古めかしい、贅肉だらけの演奏が続いていた。だが変化は少しずつ我が国にも及んできた。

アーノンクールもブリュッヘンも亡くなった最近になって、とうとう読売日本交響楽団もこの流れに追いついた。古楽器奏法の中でも急先鋒とも言える程過激なベートーヴェンを録音したイタリア人ジョヴァンニ・アントニーニを迎えて、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と第2交響曲の演奏会が開かれたのである。もっともアントニーニがベートーヴェンの録音を始めたのは2005年ことで、もう13年も前である(だが全集の完結は今月の第9まで時間を要した)。この間にベルリン・フィルにも登場し、第2交響曲の模様はYouYubeでも見ることが出来る。

いろいろな情報を総合すると、この演奏会はゲストコンサート・ミストレスを務めたベルリン在住のヴァイオリニスト、日下紗矢子(はかつて読響のコンサート・ミストレスだった)との縁だとか、ヴァイオリン協奏曲のソリストを務めたヴィクトリア・ムローヴァが望んだ、とかいろいろな説がある。いずれにせよ初めて客演するアントニーニが、いかに才気あふれる音楽家だとしても、短時間の練習の間に、果たしてあの「イル・ジャルディーノ・アルモニコ」や「バーゼル室内管弦楽団」のような演奏スタイルに仕立て上げることが可能なのだろうか。そのような少なからぬ不安もあったし、まあ実際にはそういうことが無理でも、両者のスタイロがぶつかり合って、どういう形の演奏になるのか、非常に興味があった。私は売り切れても大丈夫なように、相当前にこのコンサートのチケットを買った。

ところがそういう不安は、最初の曲、ハイドンの歌劇「無人島」序曲の、ト短調の冒頭の序奏が聞こえて来た途端に吹っ飛んだ。前方右側の2階席から斜め正面に見える指揮者が、指揮棒も持たずに大きな身振りで手を振り始めると、その音楽は丸で何年もこのコンビが演奏してきたかのようにこなれた、流れるようなメロディーとなって会場にこだましたのだ。

ヴィクトリア・ムローヴァを聞くのは2回目である。最初は1990年のスイス・モントルーでのことで、この時はキタエンコ指揮モスクワ・フィルの演奏会。ブラームスを聞いている。だが印象はほとんどなく、綺麗な音のヴァイオリニストだったと思っただけだった。持っていたシベリウスの協奏曲なども、同じ印象だった。だが彼女の演奏は2000年代に入って進化し、今ではもっともエキサイティングはヴァイオリニストの一人でもある。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聞くのも実は初めてである。これは意外なことだが、事実である。そしてそれをムローヴァの演奏で聞けると言うのも贅沢な話で、彼女は高い身を揺らしながら、時に刺激的な音色も出す。第1楽章のカンタービレのところなど、オーケストラ・パートの一部も弾きながら、流れに乗ることを意識してオーケストラと調和しようとしている。オーケストラと独奏の一体となった演奏から、彼女が時に繰り出すカデンツァは、ガイドによればダントーネという人のものだそうだ。

第2楽章の静かなメロディーは、情感の中に精緻さもたたえた名演で、丸で水の雫が垂れるような静謐な部分があったとは、一体いままで何度この曲を聞いてきたと言うのだろうか。オーケストラのややくすんだ音はビブラートなしの演奏が徹底しているからだろう。対向配置された第2ヴァイオリンは真下に見下ろすため、楽器が向こう向きになる。第3楽章がロンド形式で作曲されていることをこれほど意識したのは初めてだった。次々と表情を変えるヴァイオリンに合わせ、伴奏の読響も見事だった。

今回の私の席からは、開いたドアの中に楽屋の様子が見える。ムローヴァが大きなうちわでスタッフに扇がれている様子までよく見える。拍手に応え何度か再登場した彼女は、とうとうバッハの無伴奏からの一曲をアンコールして休憩となった。

後半はベートーヴェンの第2交響曲のみ。演奏時間はヴァイオリン協奏曲よりも短い。オーケストラの編成も小さまま。だが少数精鋭の読響の技術的レヴェルは、今回のベートーヴェンの演奏から大いに満足できるものだ。アントニーニは序奏の細かい表情の隅々に至るまで、実に正確に指示。まるで耳の不自由なベートーヴェンがそうしていたように、大変大きな身振りで、小さくかがんだかと思うと、一気に背を伸ばして手の広げる。長い左手を前に出し、掌をちょっと返しただけで微妙に表情を変えるオーケストラ。その集中力は物凄いが、見ている方も興奮する。

私の大好きな第2楽章も、聞き惚れているうちに通り過ぎ、あっという間に最終楽章となった。見とれているうちに30分余りの演奏が終了し、盛大な拍手に包まれる。予想していたとはいえ、見事な演奏に尽きる今回の演奏会は、私としては大満足のうちに終わった。私はこの気持ちを大事にしたいと思い、もう第2交響曲の演奏会には出かけまいと思っている。実演で接することのできるベストだったと思うからだ。今週は、ずっと頭の中で第2楽章「ラルゲット」のメロディーが鳴り響いている。

2017年10月21日土曜日

ハイドン:オラトリオ「四季」(カール・ベーム指揮ウィーン交響楽団ほか)

ハイドンがその晩年にオラトリオ「四季」を作曲するのは、前作「天地創造」から数年後の1800年頃のことである。1800年と言えば、モーツァルトはすでに他界しており、ベートーヴェンが交響曲第1番を初演する年である。この頃音楽は急速に大規模化し、次第に自由な形式へと進化してゆく。「四季」は「天地創造」よりも30分も長く、「天地創造」が旧約聖書をモチーフにしたのとは対照的に、中欧の自然の移り変わりを明るくのびのびと表現した、牧歌的で親しみやすい作品である。

ところが残念なことに「四季」の実演に接する機会は少ない。録音も「天地創造」に比べれば少ない。私もこれまで、わずかに1回、それもアマチュアの団体が演奏した実演に接したのみである。とはいえ「四季」は、ハイドンの作品の中でも群を抜いて精彩を放つ作品と言える。私もこの作品を愛してやまない。初めて聞いたカラヤンの演奏以来、何十回となく聞きこんできたが、そろそろここにまとめて書いておこうと思う。

「四季」に登場する独唱は3人で、小作人シモンにバスが、娘ハンネにソプラノが、そして若い農夫ルーカスにテノールが、それぞれ割り当てられている。けれども特に物語があるわけではなく、ハイドンが長年住んだオーストリアの農村部の四季の情景が、混成四部合唱ともに歌われる。歌詞はドイツ語で、「天地創造」と同様、ヴァン・スヴィーデン伯爵による台本を元にしたものだ。伯爵はハイドンの良き理解者であり友人でもあったようだが、この「四季」の作曲にはいろいろ確執も伝えられている。

スヴィーデン伯爵が「天地創造」の成功に気を良くして、何かとハイドンの音楽づくりに口を出し、それは人気取りの側面があったようだ。それを快く思わないハイドンはそれに逆らい、純音楽的な美しさを重視したようだ。だがそんなことは気にならなくらいに、全編を通して高い完成度を保っている。どの部分から聞き始めようと、ハイドンにしか書けないような美しいメロディーに触れることが出来る。

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【第1部「春」】

第1番:序奏。「天地創造」の静かで混沌とした情景の始まりとは異なり、ティンパニを伴った激しい音楽である。と思ったらやはりト短調。これはおそらく冬の名残り。春の最初に吹く嵐の情景。我が国の言葉で言えば春一番といったところだろうか。 骨格の強固な自信に満ちた音楽が、ハイドンを聞く喜びを感じさせてくれる。春の訪れを3人の独唱が告げるところから、この曲は始まる。

第2番は農民の合唱。美しいメロディーがほのぼのとした情景を描写する。寒い冬の日々から解き放たれ、春になった時のしみじみとした喜びは、日本人にはよく理解できる。そして少し憂いに満ちた感覚も。春のト長調。

第3番のレチタティーヴォに続き第4番は、 シモンが田園風景を歌う。ここを初めて聞いた時、これは「驚愕」交響曲の第2楽章であることに「驚いた」。こういう転用は何とも憎い。素朴なハ長調。

第5番もレチタティーヴォである。以降、レチタティーヴォにアリアや合唱、またはその両方が活躍する曲という構成が続く。第6番は、そのままルーカスによる歌と合唱となる。「田園交響曲」のヘ長調で、色に例えると緑だろうか。

第7番はソプラノのレチタティーヴォ。続く第8番は2つの部分からなる長い曲である。まずソプラノとテノールの独唱は若者たちの歌であり、これに合唱が加わる。希望と喜びに満ちたイ長調。ここで戯画的な模倣のシーンが登場して、「四季」を聞く楽しさが倍増する。春たけなわといったところ。

第8番の後半は「春」の終曲である。力強くもしもじみとした神への賛歌はミサ曲を思わせ、後半のフーガも含め全体的に宗教的な荘重さを持っている。祈りの変ロ長調。


【第2部「夏」】

「夏」のイメージはけだるさだが、そのような音楽で始まる。だがこれは個人的な主観に基づくもので、実際は第9番はハ短調の夜明け前。

さて第10番である。ホルンのきれいなメロディーで夜が明ける。独唱を挟みながらオーケストラがイメージするのは、鶏の鳴き声。「目覚めた羊飼いは 、喜ぶ羊たちを呼び集め」、「朝焼けに空が赤く染まっていく」。ああ何と夏の夜明けの神々しいことか。 「薄い雲は煙のように消え 、空は群青色に澄み渡り・・・」はやり「四季」を聞くときは歌詞を追いたい。

太陽への賛歌はこれからが本番。第11番はラルゴの二重唱に合唱が加わる。 命の源である太陽は、洋の東西を問わず、崇められる存在である。太陽、そして創造主への感謝は力強く、そしてしみじみとした情感に満ちている。高尚で華美、雄大で宗教的なニ長調。

「夏」の後半は第12番から第18番まで続く。第13番はカヴァティーナ。いよいよ夏のだるさが歌われる。「花は萎れ、草は枯れ、 泉は干上がり、全てのものが灼熱に苦しんでいる」。 生物は生気を失い、農民も一休み。首を垂れる麦畑が黄色に染まったホ長調。

第14番の長いレチタティーヴォに続き第15番はハンネのアリア。オーボエの音色が美しい。涼しい木陰に、さらさら流れる小川。虫は這い、羊飼いは草笛を鳴らす。静かでゆったりした変ロ長調。

第16番は再びレチタティーヴォ。遠くから雷が轟き、やがて雨がポツポツと降り始める。そして第17番はとうとう夕立がやって来る。稲妻が光り、驟雨となる。合唱が歌う。激しい雨は地面をたたきつけ、「大地は揺さぶられ 、海の底まで震え上がる」。ここはやはり激烈なハ短調。

音楽はこのまま終曲である第18番に入る。嵐が去った後の夕暮れ。西日を浴びた畑は黄色に輝き、雫が光る。こおろぎやカエルが鳴く。やがて夕べの鐘が鳴り響き、空には星が輝き始める頃、農民たちは一日の仕事を終え家路につく。平和で牧歌的なヘ長調。安らぎのうちに「夏」が終わる。


【第3部「秋」】

秋になった。乾燥した涼しい風がさわやかに吹き、空は青く高い。温帯性気候の中で育った私は、この「日本晴れ」という、いつのまにか最近耳にしなくなった天候が大好きである。「秋」の冒頭は、そのような日本人にも実感を持って聞くことのできる音楽だと思う。

第19番は序奏(豊作への喜び)。短いレチタティーヴォに続く第20番は、木管楽器が美しいアリアに合唱が絡む。幸福な音楽にほれぼれする。素朴で飾り気のないハ長調。

第21番の短いレチタティーヴォに続く第22番は、 テノールの「Kommt Hier(こちらにおいで)」という歌詞が印象的。ソプラノとの二重唱になり、クラリネットが柔らかく陰影に富んだ魅力的な曲(変ホ長調)である。

第23番のレチタティーヴォに続き第24番は、冒頭バロック風のメロディーになって驚くが、そこでバリトンのアリアが歌われる。ファゴットの活躍するイ短調。だがびっくりするのは、田畑を荒らす鳥たちを打ち落とすシーンでの射撃の描写である。急速な音楽が耳を奪う。

第25番も劇的なレチタティーヴォで、言わばこのあたりからがこの曲のクライマックスであると思われる。第26番ではホルンが大活躍する(ニ長調)。これにフーガを伴った合唱が絡んでいく様は圧巻である。狩りのシーンを描写したものである。ここだけはカラヤンの演奏で聞くベルリン・フィルの演奏に軍配が上がる。壮大な「英雄」の変ホ長調。

これで第3部が終わるのかと思いきや、さらに第27番でのレチタティーヴォに続く第28番でのアレグロの賛歌が威勢よく始まり、その後の3拍子の合唱へとなだれ込んでいく。豊作を祝う農民の祭りである。ハ長調。ここでトライアングルとシンバルが加わり、収穫の舞曲は頂点に達する。


【第4部「冬」】

寒い冬がやってきた。音楽はいきなり寒々とするから不思議なものだ。第29番の序奏は霧が立ち込める情景から。続く第30番でもハンネも冬を告げる。「光は陰り、生命は衰え」、「暗くて長い夜が訪れる」。

第31番レチタティーヴォ。ルーカスまでもが不毛な冬の自然を語る時、オーケストラは凍った湖、降り積もり雪を描写する。 疲れと寒さで人の心からも活力は失われ、迷い、うろたえるのだが、後半は明るい。第32番は悲しいホ短調。ハイドンの音楽はいつも自然で、そして明るさを失わない。ベートーヴェンもシューベルトも、この音楽にどれほど影響を受けたことか、と思う。

第33番のレチタティーヴォに続き第34番は合唱付きの速い曲。暖炉のそばで集う農民。糸を紡ぎ、織って仕立てる。仕事に精を出す歌声は「唸れ、回れ、糸車!」と、オーボエの音色が印象的なニ短調。

やがて仕事も終わり、談笑にしばし和む農民たち(第35番)。ハンネは話し出す(第36番、ト長調)。貴族が村の娘に惚れるが、娘はそんな申し出を一笑に伏す。「ハ、ハ、ハ、ハ」と合唱。

第37番はレチタティーヴォ。続く第38番はラルゴのアリアである。 「重苦しい不安は どこへ行ったのだ、至福の日々は!」と。「希望や幸福は失われ、徳のみが嘆きの時も喜びの時も至高の目的に人々を導く」と。陰気で陰鬱なバスによる変ホ長調。

だがトランペットが鳴り響くと第39番の三重唱と合唱が始まる。調性はハ長調に転じ、神の導きを乞うフーガとなり、次第に壮大さを帯びてくる。曲も終わりに近いことを実感する。「天の門が開き聖なる山が現れる」。感動的なフィナーレは5分余りに亘って続く。苦しみの冬は過ぎゆき、永遠の春が訪れるのだ。アーメン、と締めくくられるコーダは「天地創造」と共通する。

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何度も録音で聞いていたのに、初めて実演に接した時の感動は忘れられない。歌詞を追いながら聞いてゆくと、こんなにも細やかで表情が豊かであり、それと同時に崇高で美しい。演奏は、完成度が高くこの上ない美しさを誇るカラヤン盤と、モダン楽器による細部にまで表情を凝らしたアーノンクール盤に未練を感じつつも、カール・ベームによる古い録音が最も気に入っている。ここでベームは持ち前の強直な指揮をしつつも、音楽に対する愛情を最大限に表現している。その古風で質実剛健な表情が、この録音にしかない魅力となっている。ただ評価の高いヤーコプス盤と、今では廃盤となって入手不可能なコリン・デイヴィス盤(英語)は残念ながら未聴である。

ベーム盤の管弦楽はウィーン交響楽団である(1967年)。そのことがウィーン・フィルとはちがった緊張感をもたらしている。おそらくスタジオ録音だと思われるが、 まるでライヴ録音のように白熱を帯びている。独唱人はグンドゥラ・ヤノヴィッツ、ペーター・シュライアー、マルッティ・タルヴェラという豪華な顔ぶれ。スタジオに数多配置されたマイクの前で、熱い演奏を繰り広げる往年のベームの指揮姿が目に浮かぶようである。

2017年9月12日火曜日

東京都交響楽団第840回定期演奏会(2017年9月11日、サントリー・ホール)

半年に及ぶサントリー・ホールの改修が終わり、その直後にあたる9月11日、都響の定期演奏会に出かけた。ハイドンのオラトリオ「天地創造」を聞くためである。月曜日だというのに、しかも前日には別の会場で同じプログラムを演奏していると言うのに、客席は満席に近く、この演奏会の前評判の良さがうかがえる。音楽監督大野和士が満を持して挑むハイドンの最高傑作に、何とスウェーデン放送合唱団が登場するではないか。しかも字幕付きである。

こんなコンサートに出かけないわけには行かない。ただでさえ「天地創造」を生で聞く機会などそうあるわけではない。7月には早々と1階のS席を確保し、体調を万全に整えた。仕事の疲れも残ってはいたが、今年の9月は早くも涼しい風が吹き、新シーズンの幕開けに相応しい華やいだ雰囲気を感じるのは期待値のせいか。

大野和士を聞くのは初めてである。そしてもちろんスウェーデン放送合唱団も。アバドのCDなどによく登場するこの北欧の洗練されたプロ合唱団は、今ではペーター・ダイクストラによって率いられている。彼はバイエルン放送の合唱団で名を馳せた実力派である。ハイドン一美しい、いや世界の音楽の中でもっとも美しいこの曲を、最高峰の合唱で聞けるというのがこのコンサートに注目する最も大きな理由である。

ところが演奏が始まると、どの一音たりともおろそかにせず、集中力と気合の入った演奏に一気に釘付けとなった。まだ「混沌の描写」である。その何かを感じさせるような重々しい雰囲気は、やがてラファエルの「はじめに神は天と地をつくられた」と歌う荘重さに引き継がれ、会場が固唾を飲んで聞き入るような緊張感に包まれる。ようやく合唱が静かに歌い始めると、丸で会場全体がひとつのバランスの取れた気球に乗っているように感じられた。まったくもって必要十分と言える絶妙のバランスは、少人数の合唱団だけに限ったことではない。3人の独唱とオーケストラまでもが、こんなにも上手くブレンドされた演奏は初めてである。完璧にミキシングされたCDでしか、こういう音は聞けないと思っていた。だがいままさに、ここで、このような瞬間の連続に接している、そう考えると体が硬直し、涙が出るような感動に何度も見舞われるのだった。

「光あれ!」と叫ぶ冒頭の頂点に達する以前に、私はこの演奏が類まれな名演であることを確信した。十分に練習が重ねられ、何度もの調整を経て、この演奏が可能となったのだろう。それは慎重に節度を保っていることに加え、音色はビブラートが抑えられ気味であることによって、新鮮でピュアであった。木管楽器の奏者は、自分のパートを完璧にこなし、独唱や合唱と重なっても大きすぎず小さくもない。指揮者の正面でチェンバロがレチタティーボの伴奏に始めるたびに、私は深く息を吸い込んで我を取り戻すことを繰り返した。

これまで何十回となく聞いてきたどの演奏よりも素晴らしいと思ったのは、それが実演であるからだけではないことは明らかだった。これは現在経験し得るもっとも完成された演奏のひとつであると言ってよいだろう。次々と進められてゆくハイドンの音楽に深いため息をつきながら、あっという間に前半が終わった。ただ前半が終了したのは第2部の中間地点で、その時点でまだ神は人間を創ってはいない。第3部から後半とすると前半が長くなりすぎるのを避けたのだろうと思う。けれども私は前半に第2部を最後まで一気に演奏してほしかった。

後半はその人間創造のシーンから始まり、第3部のアダムとエヴァによる人間賛歌へと移っていった。ハイドンの音楽はますます磨きがかかり、私がいつもクライマックスだと思うアダムとエヴァによる二重唱を始めとする約10分間は、至福のひとときであった。「アーメン」と深くコーダの余韻を残しながら音楽が消え行く時、会場にはしばし静寂が訪れ、そして静かに、だが確信に満ちた拍手が始まった。以降、何度もソリストや指揮者が舞台に読み戻されるに連れ、それは次第に大きくなり、やがて最高潮に達した。見ると1階席の真ん中を足早に通り過ぎる長身の外国人がいた。カーテンコールに呼ばれた彼は、合唱団を率いるダイクストラ氏であった。

3人の独唱は、ソプラノが林正子(ガブリエルとエヴァ)、テノール(ウリエル)が吉田浩之、そしてバリトン(ウリエルとアダム)がディートリヒ・ヘンシェルであった。ヘンシェルは安定した見事な歌でまったくもって素晴らしかったが、吉田の声も特筆に値する。彼は透明で良く通るキレイな声を、大変上手く表情をつけながら、最後まで歌い切った。ドイツ語の歌としても及第点だと思う。それに比べると林の歌は、声量こそ確かなものの、表情にやや雑な部分があり、ドイツ語の発音にも違和感があった。フランス・オペラの歌手ならこういう歌い方だろうか。だが彼女も声の通り方に不満はなく、後半では気にならない程であった。

大野和士という指揮者を初めて聞いたが、指揮はわかりやすくて安定しており、演奏のコンセプトが合唱やソリストにもよくいきわたっていたと思う。完成度の高さにおいて、今回触れた「天地創造」の実演はなかなかのものだったと思う。合唱の美しさ、それが管弦楽やソリストと合わさって和音を形成する時、左右から広がりのある歌声と楽器が次から次へと重なっては絡み合い、時には静かさの中に余韻を残した。

もし可能なら次は「四季」を聞いてみたい。私はよりハイドンらしい茶目っ気の感じられる「四季」の方が好きである。だがこちらもほとんど実演で聞いたことがない。規模も大きく華やかなのに、実演に接する機会はずっと少ないだろう。ハイドンの合唱作品など、予算がかかるうえ宣伝効果に乏しいのだろうか。だが今回の「天地創造」で見せた実力をもってすれば、それも可能ではと思わせる。それから字幕が用意されていたこと、詳しい解説書が配布されたことなどは、当たり前のように思っている人もいるが、大いに評価しておくべきだ。でないとあの音楽による擬態表現がまるでわからないからだ。

指揮者とソリストは、とうとうオーケストラが引き上げても続く拍手に、再度呼び戻された。いつまでも続くブラボーと拍手は、会場に詰め掛けた聴衆の多くが今回の演奏の高さを評価していたことの証明に他ならない。Twitterで「明日ももう一度聞いてみたい」と書いていた人がいたが、この方は前日の東京芸術劇場の公演を聞いているようだ。今日、私も同じように思う。けれども同時に、こんな嬉しい演奏には、もう少し余韻に浸っていたいとも思う。もう十分に音楽を楽しんだという充実感が、私を覆っていた。気が付くともう9時半で、そうかこの拍手は30分近くも続いたのか、などと思いながら、溜池山王への足取りを速めた。

2017年8月20日日曜日

ハイドン:オラトリオ「天地創造」(ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団他【81】)

ハイドンの最高傑作である「天地創造」は、旧約聖書の「創世記」及びミルトンの「失楽園」を台本化したものを、ヴァン・スヴィーデン男爵がドイツ語に翻訳し、それを元に作曲された。ハイドンが英国滞在中に触れたヘンデルの大規模なオラトリオに触発され、ほとんど知られていない「トビアの帰還」に次ぐ、自身第2番目のものである。ちなみに第3作目のオラトリオは「四季」であり、この二つの作品を頂点だとするハイドン研究家は多い。私もそう思う。

「天使創造」は全3部から成り、第1部と第2部は「創世記」の第1章そのものに音楽を加えた、非常に描写的な音楽で親しみやすい。これはまるで標題音楽のようでもあるが、旧約聖書という、いわば西洋社会の精神的支柱でもある書物の冒頭に音楽を付けるということは、極めて野心に満ちたものであったに違いない。後年の作曲家にこの「天地創造」を音楽化するという試みを、私は知らない。

【第1部】
第1日:導入部・混沌の描写…「天と地」「光あれ!」
  • ①初めにオーケストラが静かにカオスの世界を描写する。日本書紀における「天地開闢」と似たような世界でもあるのは興味深い。「神はまず天と地を創られた」とラファエル(Bs)が始めるその語りは荘厳である。合唱が「光あれ!」と叫ぶ時、音楽がフォルテとなって、この長い物語が始まるとき、私は身震いのような感激に見舞われる。
以下、神の成した偉業を説くセリフは、かわるがわる天使たちによって歌われる。登場する天使たちは、ガブリエル(ソプラノ)、ウリエル(テノール)、ラファエル(バス)である。ソプラノは第3部で人間が登場するとエヴァの役を兼ねることもあり、またバスはアダムを兼ねることがあるため、最低3人の独唱と合唱団が、演奏に加わる。音楽はレチタティーボとアリアまたは合唱などを繰り返しながら進む。番号が付与されており、とてもわかりやすいが、実演では字幕がないと楽しめないだろう。聞きどころを中心にまとめておきたい。

第1日の後半はウリエル(T)のアリアで、そこに合唱が加わる。ハイドンの作曲した音楽は、以降、とても美しいメロディーが気高く続くが、常に節度を保っており劇的な要素は抑えられている。後に「四季」で示したようなあからさまな情景描写は、ここではまだ遠慮気味である、と思う。

第2日:空、海、大地
  • ②前半のラファエル(Bs)によるレチタティーボにオーケストラが入り、嵐、雷、川、雨、それに雪といったものが示される。そのままガブリエル(S)の歌唱となるところで初めて女声が加わって、音楽に膨らみと温かみを与える。合唱がそれに掛け合い、いよいよ「天地創造」の物語が始まる、というわけである。
  • ③後半はラファエル(Bs)のレチタティーボとアリア「海は激しく荒れ狂い」、やがて大地は広がる。音楽は前半が激しく、後半はのびやかである。
第3日:草木
  • ④ガブリエル(S)によるレチタティーボとアリア「今や新たなる緑、野に萌え」。
  • ⑤ウリエル(T)の短いレチタティーボに続き合唱が力強くフーガを歌う。「弦を合わせよ、竪琴を取れ」
第4日:昼と夜、季節、太陽や星
  • ⑥ウリエル(T)によるレチタティーボの間に挿入されるオーケストラ曲は、太陽の輝きを表している。「今や輝きに満ちて」。そして合唱と全ソリストが高らかに神を讃え、第1部が終わる。
【第2部】
第5日:様々な生き物(鳥、魚、動物たち)
  • ⑦第2部はガブリエル(S)によるレチタティーボとアリア「力強い翼を広げて」で始まる。ここの歌は素晴らしい。古典的な様式に乗っ取りながら、鷹、雲雀、鳩、ナイチンゲールなどの鳥たちが現れる。美しく明るいメロディーは純粋で屈託がない。鳥たちはまだこの頃、悲しさも嘆きも知らないのである。
  • ⑧ラファエル(Bs)による重々しいレチタティーボ(鯨の描写である)に続き、またもや比類なき美しい調べが続く。まずガブリエル(S)が「若々しき緑に飾られて」と歌う。これは丸でシューベルトのような音楽だ。続いてウリエル(T)、さらにはラファエル(Bs)までもが同じメロディーに乗って様々な生命の誕生を歌う。天使たちの三重唱に合唱が加わる。音楽は徐々に速度を速めて行く。
  • ⑨ラファエル(Bs)によるレチタティーボでライオン、虎、鹿、馬、羊、虫、毛虫までもが登場する。ハイドン音楽の真骨頂である。そしてアリア「今や天は光にあふれて輝き」と歌うが、その内容はやや物足りなげである。まだ創造されるべきものが欠けているからである。人間である。
第6日:人間(男と女)
  • ⑩ウリエル(T)のレチタティーボとアリア。またもやシューベルを思わせるメロディーにうっとりさせられる。時折挟まれるフルートの音色が印象的である。愛と幸福を祝う音楽の、何という美しさだろうか。
  • ⑪「大いなる御業は成りぬ」と文語調に訳すか「偉大なる仕事が完了し」と現代語に訳すか、その合唱に続いて天使たちの三重唱が続き、再び高らかに神を讃えながら(ハレルヤのフーガ)、第2部が終わる。
第6日目にして世界を創造した神は、第7日目に安息を取る。日曜日が現代において休みとなっているのは、神のおかげである。コンサートでもここでインターミッション(休憩時間)となる。

【第3部】
後半の約30分間は3つの部分から成り立っている。アダムとエヴァによる神への賛歌、愛の語らい、そしてエピローグである。
  • ⑫ラルゴの前奏に続いてウリエル(T)のレチタティーボ「バラ色の雲を破り」で始まる後半は、いよいよ最初の人間、アダム(Bs)とエヴァ(S)の登場である。その冒頭の二重唱「おお主なる神よ」は私が最も好む部分であり、この曲全体の最大の聴きどころでもあると思う。音楽はリズムを刻みながら合唱を加えて、しみじみと感動的である。ここの約10分のうちの後半は、再び合唱と絡みながら、最後にはフーガとなる。風が吹いて泉が沸き、草木は香る。鳥や魚が動き回る。奇跡のような美しさは例えようもない。
  • ⑬アダム(Bs)とエヴァ(S)のレチタティーボは語りに近い。だが二重唱に入るとその音楽は次第に速くなる。ホルンの音色が印象的。「優しい妻よ!」「大切な夫よ!」と対になった歌詞は、あらゆる二つのカップルの象徴である。
  • ⑭最終合唱「すべての声よ、主に向かって歌え!」と神に感謝を捧げながら、高らかに曲を閉じる。「アーメン、アーメン」。
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この文章を書きながら、「天地創造」は人類が聞くことの出来るもっとも素晴らしい音楽ではないかとさえ思った。耳元に流れていた演奏は、ショルティがシカゴ響と録音した1981年の旧盤である。ここで独唱はガブリエル:ノーマ・バロウズ(S)、ウリエル:リュディガー/・ヴォラーズ(T)、ラファエル:ジェイムズ・モリス(Bs)、エヴァ:シルヴィア・グリーンバーグ(S)、アダム:ジークムント・ニムスゲルン(Bs)である。見事なシカゴ交響合唱団の歌が、また素晴らしい。

だが私はこの演奏だけを聞き続けたわけではない。手元にあった6種類の演奏を最低3回ずつは聞いたと思う。何回かは箱根の山道を歩きながら、繰り返し繰り返し、聞き続けた。そして最終的にはショルティの骨格のしっかりとした演奏がひときわ気に入った。録音も素晴らしいが、何といってもこの演奏の素晴らしさは、オラトリオとしての壮大さを持ちながら、派手になっていない点である。ショルティとしては大人しいと感じる人がいるだろう。でもカラヤンだって、そのほかの演奏だって、実は控えめであると思う。この偉大な作品の前には、演奏の違いなど、さほど意味がないのだ。

2017年8月7日月曜日

東京都交響楽団第836回定期演奏会(2017年7月10日、東京文化会館)

思い立ってマルク・ミンコフスキの指揮する都響定期に出かけた。月曜日上野でのコンサート。しかも1回限りである。梅雨明けを思わせるような猛暑が続く東京で、果たしてそんなに客が入るものかと心配したが、意に反して満席に近く、結構玄人受けするプログラムでも評判はいいのだなあ、と思った。前半はハイドンの交響曲第102番変ロ長調で、後半はブルックナーの交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」(ノヴァークによる1873年初稿版)。なおミンコフスキを聞くのは2回目である。最初の経験は同じ東京文化会館で聞いたルーブル宮音楽隊による「グレイト」シンフォニー。それは愉悦に満ちた時間であった。

今回はさらに大名演となったこの日のコンサートに関し、私はなかなか感想を書くことができなかったのは、まったく個人的な事情による。それはすなわち、音楽を楽しむだけの心の余裕、ゆとりを持ち合わせることができなかったからである。でも前もって買ってしまったチケットを無駄にするのは惜しい。結局会社を早々に切り上げて上野に向かったのだが、まだコンサートが始まるまでの小一時間を、私はきつい西日の差す公園をあてもなく歩き、春は花見でごった返す広い歩道の片隅に腰掛け、缶ジュースを飲みながらしばし物思いにふけった。

寛永寺の境内でもあった広大な公園の光景は、私が上京してからも、いや初めてそこを訪れた小学生の時(それはあのパンダを見るためだった)、高校生のサークル活動で来た時と、幾度となく親しんだものだが、その時の光景もまた何年も記憶に残るだろう。東京文化会館の昭和の香りが漂う、いまとなっては少し狭い座席は、私の心をさらに重くさせた。3階席正面とは言え、私はそこで見るハイドンの音楽に、何かとても苦しいものを感じ、そして周りの聴衆が重苦しい拍手としたときも、いっそ逃げ出してしまいたい衝動にかられさえもした。

それは演奏が良くなかったからではない。この文章は客観的な評価をするルポではないから、私は自分の心に生じていた個人的な事情の故に、そこの音楽を楽しむことができなかったことを正直に記録しなければならない。あの名演で名高いミンコフスキのハイドンであっても。

都響の定期にでかけるのは何年振りかのことで、最近はN響ばかりに出かけていたから、オーケストラの上手さではN響にかなわないな、などということも考えた。しかし休憩をはさんでのブルックナーは驚きの連続であった。そして私にとって第3番は、これまで実演に接したことのある第6番(フムラー指揮N響)、第8番(バレンボイム指揮シカゴ響)、第4番(ブロムシュテット指揮N響)、第7番(スクロヴァチェフスキ指揮読響)、第9番(大植英次指揮大フィル)、第5番(ヤルヴィ指揮N響)に続く初めての実演であった。一度は実演で聞いておきたいと考えていたこの曲が、珍しい初稿版であったこともあり、何か初めて聞くような感じがした。

第2楽章では完全にヨーロッパの音がしていた。そしてミンコフスキは(ハイドンでもそうなのだが)、楽天的な響きがする。かといって空虚ではない。表情が明るくリズムがいい。そういうわけで第3楽章になると都響が最高の音楽を奏で始めるのだ。固唾を飲んで聞き入った聴衆は、長い第4楽章の、音が大きくなったり静かになったり、千変万化を繰り返す間も酔いしれ、音が鳴り止んだ時に訪れるしばしの静寂の後、大歓声に包まれた。拍手は何度指揮者が登場しても鳴り止まず、それはオーケストラが引き上げても続いた。

だが何度も繰り返すように、この日の私の個人的心理状態は最悪であった。その内容をここに書くことはできない。 後悔と焦燥感にさいなまれたこの状況は、その2日前のできことに始めり、そして以降1か月近く続くことになる。ここで聞いた3回のコンサートは、まるで私が別人であるかのような錯覚の中で体験したコンサートだった。できればこの素晴らしかったブルックナーをもう一度聞いてみたい。だが音楽は二度と同じ音を奏でてはくれない。私の心の風景も、もう二度と同じようにはならないだろう。だから、これはふたつの要素が「その時」を記録したものとして心に残るだけである。人生において同じ時間を再び過ごすことができない、という当たり前のことを、コンサートという非日常の空間が強調した。それは旅の記憶とよく似ている。そして今この文章を書くことができるようになって、やっとその時の心理を少し分析してみたりもする。少し感傷的だけれど。



2017年6月27日火曜日

ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉(オラトリオ版)(ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団他)

これまでにオリジナルの管弦楽版、そして弦楽四重奏版と聞いてきたハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」は、最終的に作曲者自身にょって編曲されたオラトリオ版になって、いよいよ名作の仲間入りを果たす作品に仕上がったように思った。何よりオーケストラだけの曲だった旋律に歌詞が入ることの面白さが手に取るようにわかる。それは丸で、白黒写真に色を塗るようである。しかもこの作品の場合、最初から歌詞入りを想定していたわけではない。ところが、丸でその歌詞のために作られた音楽であるかのようだ。

序章は歌詞が入らないため、管弦楽版と同じである。しかしユロフスキの指揮で聞く今回の録音では、まずこの演奏が古楽器奏法の影響を受けた最近の演奏であることによって、実にすっきりとしたものになっている。まずそこで最初の感動。

第1のソナタ。だがまず耳に響いてくるのは、何と合唱のみではないか。「父よ!彼らの罪を許しさまえ」と短く入ると、あの最初のメロディーが歌入りで聞こえてくる。身震いすら覚えるような、ハッつする瞬間。心が洗われるような気がした。合唱曲というのはこういう風になっているのか、と思う間もなくソリストが絡む。

ユロフスキの演奏では、リサ・ミルン(ソプラノ)、ルクサンドラ・ドノーゼ(メゾ・ソプラノ)、アンドリュー・ケネディ(テノール)、クリストファー・マルトマン(バリトン)の4名で独唱である。ライブ録音だが、そうと気付くのは演奏が終わって、徐々に盛り上がる拍手が聞こえて来た時である。演奏の完成度は高く、とても感動的。

第2のソナタでも同じようなコラールの響きを最初に置いている。「おまえは今日、私と共に楽園にいる」。でもこの曲では、まず長い管弦楽だけの部分がある。管弦楽版や弦楽四重奏版を聞いてきた者にも、たっぷりとをの旋律を聞かせるのは憎い演出だ。しかもここは独唱から入る。ユロフスキの演奏はビブラートを抑えて速めに進む。そのことによって、かえって心に染み入るように止めどもなく悲しい旋律が続く。

第3のソナタは「女性よ、これがあなたの息子です」  。まるで教会でミサを聞いているような清楚な残響を伴って、最初は管弦楽のみで入るところは第2のソナタと同じ。遅い曲ばかり聞き続けてきたのにも関わらず、交響曲なら第2楽章に入る感じだ。続く第4のソナタは「わが神よ!何故私を見捨てたのですか?」は少し雰囲気が変わって、どこか遠くへでも行く感じ。諦観とも言えるようなメロディーだと感じるのは私だけだろうか。

さて、このあとに管弦楽版ではなかった「序曲」が挿入されている。この作品が大曲としての性格を帯びるとともに、物語性を持つことにも寄与している。ハイドンがオラトリオ版を思い付いたのは、自身の作品が編曲され、カンタータとして演奏されているのに遭遇したからだ、というところが面白い。それはロンドンからウィーンへと帰る途上でのことであり、帰国前のロンドンではヘンデルによる大規模オラトリオに接している。後に「四季」や「天地創造」へと発展する、これは先駆けとも言える作品である。

後半は第5のソナタの特徴的なピチカートから始まる。ここでは合唱による前置きはない。それどころかこのあたりは管弦楽の見せ場が続く。忘れた頃に入って来る歌は、その切々たるメロディーが繰り返される時で、テノールの独唱からである。「渇く!」 と題された音楽は、痛々しくも抒情的でもある。第3楽章と言った感じか。

第6のソナタ「果たされた!」の導入部は再びコラールだが、ここは非常に短い。いよいよ音楽は最終段階に入る。どちらかというと明るい感じがする。それは演奏が荘厳であるにもかかわらず、無駄な部分を削り落としたような性格によるものだからだろうか。そして第7のソナタ「父よ!あなたの手に私の霊を委ねます」 に至って再び教会で聞くような美しい合唱に耳を奪われた。ホルンのメロディーに耳を澄ましているうちに、どことなく心が軽くなり、気分が昇華していく。そしてそれを打ち砕くような大地震!ユロフスキの演奏はきびきびとリズムを刻みながら、一気にコーダを迎える。緩徐楽章のみで1時間にも及ぶ曲が終わると、私は少し淋しい気分になった。

2017年6月4日日曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第574回定期演奏会(2017年6月2日、すみだトリフォニーホール)

ハイドンの最高峰「天地創造」を実演で聞くことができただけで、神に感謝しなければならないだろう。我が国で最も有名な古楽奏者である鈴木秀美が、新日本フィルの定期に出演し、しっとりとしかもたっぷりとハイドンの音を響かせた。すみだトリフォニーホールは空席も目立ったが、熱心なファイは静かに聞き入り、惜しみない拍手が送られた。

旧約聖書の冒頭部分、神が7日間でこの世界を作り出したという「創世記」は、以下のように始まる。

「はじめに、神は天と地をつくられた。地は形もなく、空虚だった。そして闇が深淵の上を覆っていた、そして神の霊が、水の上で漂っていた。神は言われた、『光あれ!』と。」

最初の和音のあとは、しばらく静かな、まさに混沌とした、それでいて音楽的な響きが続くと、やがて深く息を吸い込むようにオーケストラが、そして独唱と合唱が上記のことばを歌う。まったくもって感動的な瞬間である。

ラファエルはバス・バリトンによって上記の前半部分が歌われ、合唱がそれに続く。今回の公演では、ラファエルを多田羅迪夫が歌った。声量もあり、その経歴から不足はないのだが、やや音程がずれることがあったのは残念である。一方、合唱はこの公演のために結成されたコーロ・リベロ・クラシコ・アウメンタート。鈴木が主宰するオーケストラ・リベラ・クラシカと同様、古楽の専門集団である。総勢60名程度の合唱は、プロとアマの混合だそうだが、迫力は十分であった。

「天地創造」は、世界の始まり7日間の出来事を3つのパートに分けて順に進む。

<第1部>
第1日・・・天と地
第2日・・・空と水
第3日・・・海と陸、草木
第4日・・・昼と夜、季節、太陽と星

<第2部>
第5日・・・生き物
第6日・・・人間

今回の公演はここで20分の休憩が入った。つまり第7日にあたる安息日ということだろうか。ここまででも十分に聞きごたえのある音楽が次から次へと現れ、耳と体がすっかりハイドンの音に浸ってゆく。よくこんなにも綺麗な音楽を、多く作曲したものだとつくずく思う。

「天地創造」は「世界と自然の誕生をめぐる壮大な物語を音楽によって描写する野心的な試みである。ここでのハイドンの音楽はそれ自体が力を内包し、混沌の中にあって自ら生成していく自然の力と同一視されているかのようだ。」(公演のブックレットより)

この音楽を最初に聞いたのは、武蔵野音楽大学のオーケストラだった。確かハイドン・イヤーの頃だったと思う。ここで私は、音楽の持つ不思議な力に感動し、ただ独唱と合唱が繰り返すだけのスタイルに、壮大な物語が語られているにもかかわらず、そしてハイドンの「古典派」としての音楽的形式を遵守しながらも、決して物足りないものにはなっていないことに、単純に驚いた。大オーケストラにコンピュータを用いた壮大なSF映画音楽が、内容のない陳腐なメロディーを延々とかき鳴らす現代文明に染まった身からすれば、それは奇跡のような瞬間だった。

ハイドンのオラトリオ「四季」は、「天地創造」と双璧をなす金字塔のひとつだが、共通するのは音楽による自然描写のユーモラスな側面を持つことである。歌詞を追っていけば、その内容が露わになる。だがしかし・・・今回の公演では字幕がないばかりか、会場が暗く対訳が読めない。これは音楽に集中することができる反面、やや物足りないと感じた。

私の大好きなウリエルのアリア「気品と尊厳を身に付け」は第2部の終盤、第6日目のシーンで歌われる。ここの音楽を聞くと、シューベルトの音楽はハイドンの模倣ではないかとさえ思えてくる。今回、ウリエルはテノール櫻田亮が歌った。やや小柄ながらその歌声は3階席の後方にまでこだまし、オーケストラと合唱が混じっても決して消えるようなことがないくらいに澄んでいた。

後半の第3部はアダムとエヴァの神への賛歌である。アダムを歌ったのは多田羅迪夫、エヴァを歌ったのはソプラノの中江早希である。私が最も好むシーン、アダムをエヴァの二重唱に合唱が加わる「おお主よ、神よ」は、この音楽最高の音楽だと思う。第3部が始まってすぐにここのメロディーが流れてくると、何か鳥肌が立つような感動に見舞われる。今回の演奏では・・・残念ながらそこまではいかなかったが・・・その理由はもしかしたら、昼間の仕事でのストレスが尾を引いて、私を演奏への集中から遠ざける要因になったからではないか、と思うことにした。

全体に音楽が大変美しく、オーケストラもほとんど全くミスをすることもなく、独奏の部分では特に、程よく調和された歌と楽器が、最後まで丁寧に、そして時に熱く鳴り響いた。3階席の私のそばで、重い総譜をめくりながら聞いていた人がいた。もしかするとこの人は、どこかの団体で指揮をするのだろうと思う。

9月には都響の定期で再び「天地創造」を聞く機会が訪れる。パンフレットによるとこの公演は、合唱にスウェーデン放送合唱団を迎える本格的なもので、しかも嬉しいことに日本語の字幕が付くようだ。だから私は今から、次の公演に心を寄せている。

演奏が終わり、いそいそと錦糸町駅の改札へと流れて行く人並からそれ、居酒屋などが立ち並ぶ下町の界隈を散歩した。乾いた初夏の風が頬を撫で、見上げると東京スカイツリーが正面にそびえていた。仕事で疲れた週末の夜は、美しい音楽と演奏のおかげでさわやかな気分を残しながら過ぎて行った。

2017年5月4日木曜日

ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉(Vn: ギドン・クレーメル他)

10分程度のアダージョを7曲(序奏を合わせると8曲)も連続して聞かせる「字架上のキリストの最後の7つの言葉」という作品は、作曲者自身、相当苦労して作り出したようで、ハイドンは後年「決して容易なことではなかった」と述べている。これは司祭が説教をする合間に、オーケストラが音楽を演奏するというクライアント側の明確な仕様を満たすためであった。だが出来上がってみるとこの作品は、瞬く間にヨーロッパ中で演奏されるようになった。ハイドンは愛着を持って、この作品を弦楽四重奏曲に、そしてオラトリオにと編曲した。

この作品を私は当初、長ったらしくて辛気臭く、とても聞くに耐えない曲だと考えていた。ところがムーティの演奏を聞き続けているうちに、この曲の深い味わいに浸ることになっていった。もう何回も聞いている。通常私はこのブログを書き終えると、しばらくそこで取り上げた曲からは遠ざかることにしている。他に書きたい曲が、まだ山のようにあるからだ。だがこの曲だけは違っていた。悲しみに打ちひしがれたような曲が、延々と1時間も続くと言うのに。

そして、とうとう弦楽四重奏版を聞いてみたいと思った。私はあまり室内楽を聞かないが、この曲がどういう風に編曲されているぼか、ハイドン好きとしては聞いてみたくなったのである。が、アマゾンで検索しても、あまり録音は多くないようだった。有名なカルテットでもこの曲を録音しているのはほとんどない。あるいはすでに廃盤となっているか。仕方がないので中古屋をあたると、そこに何とクレーメルがヴァイオリンを弾き、他に3人のソリストを加えた四重奏団による録音に出会った。フィリップスから発売されているので、列記としたメジャー録音である。もう一人のヴァイオリンは、カトリン・ラブス、ヴィオラにジェラール・コセ、チェロは岩崎洸。日本語のライナー・ノーツには「クレーメル四重奏団」と書かれているが、当時まだクレーメルはソビエトの演奏家で、出身もバラバラなこの4人は時折集まって演奏をしていたようだ。

弦楽四重奏曲は、二人の弦楽器だけで演奏される。これはオーケストラからすべての管楽器、打楽器、それにコントラバスを除き、しかも各パート一人による編成となる。すべての管弦楽曲は、あらゆる贅肉をそぎ落とし、いわば骨と皮だけの、まるでウィスキーの原液を飲むようなエッセンスのみの音楽である。弦楽四重奏曲が大規模な曲に編曲されることも多いし、逆に、管弦楽曲を弦楽四重奏曲に編曲されることも多いが、「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」は後者である。

弦楽四重奏曲となることでフルートやホルンのパートはなくなり、地味で退屈な旋律を延々と聞くことになるのだろうか、という事前の予想を裏切って、ここでもまたハイドンの、シンプルだが深い印象を残す旋律に引き込まれていった。正直な感想としては、音楽は意外に軽やかである。編成が最小限であることにより、音楽の持つ本来の美しさが際立つ。ここでいう美しさとは、装飾的なものではない。何の衒いもなく、しかも気品を保ちながら流れ出る旋律は、言ってみれば「ハイドン・マジック」とでもいうべき奇跡的なことで、それがここでも十二分に感じ取れる。

序奏は5分程度。すでに痛々しい悲しみが表現される。これに続き第1のソナタから始まる「7つの言葉」は、しばらく親しみやすいメロディーが続く。第1のソナタは3拍子である。これに対し第2のソナタは「グラーヴェ(非常にゆっくりと)」で、切々と重々しい。悲しみがこれでもか、これでもかと襲ってくる。「カンタービレ」でもあるので、歌うようなメロディー。そして第3のソナタも「グラーヴェ」。このあたりに来て、もうちょっとどうにかしてくれ、という感じになる。

第4のソナタはラルゴ。音楽の速度記号は、
  • ラルゴ < アダージョ/グラーヴェ <  レント < アダジエット
という感じだから、まあこのあたりに来たら覚悟を決めて、聞き続けるしかない。どうあがいても速い曲はやってこないのだから。演奏会でなければ、このあたりで一服。残りは別の機会に、という聞き方も可能である。でも、どういうわけか聞き続けてしまうことが多い。

ここでハイドンは音楽に緩やかな変化をつけることをやめなかった。第5のソナタでは、ピチカートが印象を残す。ここで聞き手は気を取り直し、これはこれでいい曲だなあ、と思う。そう思ったところで結構な大きさのメロディーが切り裂くように響く。速度は遅くてもドラマティックである。

第6、第7のソナタはいずれもラルゴだが、ここはやや現代的というか複雑というか、つまりは音楽が深みを増す。第6のソナタは口ずさめるが、第7のソナタになると長調に転じ、少し明るい感じもするが、ここは終わりが近いと思って、このまま終曲になだれ込むしかない。余韻を残すかのようにピチカートで終わるあたりが憎い。

第7のソナタが終わるや否や、「地震」となる。ここで音楽は一気にプレスト(急速に)となる。キリストの死とともに大地は裂け、揺らぐ。数分の短い曲だが、何か一気に解放された感じがする。

音楽というのは怖いもので、時に人の心をゆさぶる。複雑に入り組んだストレスの多い現代人にとって、最後にたどり着くのはマーラーの晩年の曲かと思っていたが、意外にもハイドンのこのような曲が、実は「癒し」を与えてくれるような気がする。何を聞いてよいかわからないような時に、気持ちを慰めてくれるという意味である。

こうなったら次はオラトリオ版である。先の中古CD屋でオラトリオ盤も衝動買いしてしまったし。今年のゴールデン・ウィークはどこへも出かけず、音楽を聞く時間に費やしたいと考えている。

2017年4月23日日曜日

ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉(リッカルド・ムーティ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

紀尾井ホール室内管弦楽団の演奏会がきっかけとなって、ハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」を録音で聞いてみたいと思った。長年そばにありながら、一度も通して聞くことのなかったリッカルド・ムーティ指揮によるCDは、2種類あるうちの新しいほう、ベルリン・フィルとのものである。終結部を除いてすべてが緩徐楽章という曲は、いくらハイドンの傑作とはいえ、長年私を遠ざけた。食わず嫌いといっても良い。だがハイドン自身が愛着を寄せ、ムーティはこの曲をいたく気に入っているという。そのことが気になっていた。

紀元前、エルサレムにおいてユダヤ教の体制を批判したイエス・キリストは、当時支配をしていたローマ帝国の権限において処刑させられた(キリストの磔刑)。 十字架に張り付けられ、長い間さらし者にされると言う極刑は残酷である。だがイエスはすべての人々の罪を自らが被ることにより、人々を救済した。この時語ったとされる7つの言葉は、数々の福音書によって後世に伝えられた。ハイドンが作曲したのは、この福音書に基づく七つの言葉を管弦楽で表現したもので、スペイン南部の町、カディスにある教会の依頼で作曲された。1786年、ハイドン54歳の時であり、当時仕えていたエステルハージ家以外からの作曲依頼も舞い込むようになっていた頃である。交響曲で言えば「パリ交響曲」の頃。

曲は以下の部分から構成されている。

 序章 Maestoso ed adagio
 第1ソナタ 「父よ 彼らの罪を赦したまえ」 Largo
 第2ソナタ 「おまえは今日 私と共に楽園にいるだろう」 Grave e cantabile
 第3ソナタ 「女よ これがあなたの息子です」 Grave
 第4ソナタ 「わが神よ 何故私を見捨て給うか」 Largo
 第5ソナタ 「私は渇く」 Adagio
 第6ソナタ 「すべてが果たされた」 Lento
 第7ソナタ 「父よ 私霊をその御手に委ねます」 Largo
 地震 Presto e con tutta la forza

各パートはその名の通り、ソナタ形式である。すなわち主題が提示され、展開された後、再現される。ハイドンがこの形式を確立した直後のことであり、そのために忠実にその法則に従っており非常にわかりやすい。すべてがアダージョやラルゴで、交響曲の第2楽章を延々と聞き続ける忍耐力が必要だが、ここには「時計」の洒落っ気も「驚愕」のユーモアも存在しない。ところがいい演奏で聞くと、音楽は静かに聞くものの体中に入り込んでいく。蒸留水が岩に染み込むように。静謐でありながら厳粛な緊張感を失わない格調の高さは、音楽に奉仕するかのような慎ましさと真面目さが必要である。

そう感じるのはムーティの指揮するベルリン・フィルの弦楽器が、真摯にメロディーを奏しているからであり、その様子は序章の冒頭からわかるのだ。 「飾らない」という表現がピッタリの演奏は、ベルリン・フィルの最高のテクニックをベースにしてなお、謙虚である。ムーティの演奏するハイドンが、実はこんな表現だったのかと思った。そしてこれは実にこの曲の意味を引き出していると思った。

こういう音楽を聞くと、クラシック音楽の多くが芸術のために書かれたのではなく(私はこういう表現が嫌いだが)、宗教的行事のために書かれたものであることがわかる。同じハイドンでも、「ザロモン・セット」のように聴衆の人気を意識した音楽では、緩徐楽章だけを並べるようなものは書かなかった。この曲は、聖金曜日の教会での修養のために書かれたのであり、そういう音楽を他の音楽と同列に扱うことはできないだろう。現代のコンサートは、入場料収入を必要とする興行であり、極論すれば、このような曲をコンサートで上演するのは、誤解を招きかねない勇気のいる行動である。

けれどもわが国では教会で音楽を聞く機会など、そうあるものではない。ハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」を実演で聞く機会は、コンサートで取り上げられなければ、おそらく耳にすることはない。あるいはまた数千円の対価を支払うことで、録音されたこの曲の媒体を自分のものにすることができるのは幸福なことだ。そしてその価値は十分にある。ここで聞くことのできるハイドンのメロディーは、この大作曲家が残したアダージョの中でも屈指の名曲の数々である。だから私は、携帯音楽プレーヤーにこの演奏を転送して、朝の散歩の時にも聞くことができるようにしている

2017年4月22日土曜日

紀尾井ホール室内管弦楽団第106回定期演奏会(2017年4月21日、紀尾井ホール)

4月になると生活が新しくなり、何かとストレスの多い毎日である。不安定な天候がそれに追い打ちをかける。遅かった東京の春もようやくたけなわとなり、赤坂見附から四谷に向かう街路沿いの八重桜は満開である。ホテル・ニューオータニーの正面にある紀尾井ホールで、珍しいハイドンの作品「十字架上のイエス・キリストの最後の七つの言葉」(Hob.XX/1A)が演奏されるというので、一生に一度は生で聞いておきたいと思っていたこともあり、思い立って仕事の帰りに途中下車した。

紀尾井ホールは新日鐵住金文化財団によって設立されたホールで、すでに20年以上が経過しているが、私は一度しか訪れたことがなかった。今回初めて聞く紀尾井ホール室内管弦楽団(旧紀尾井シンフォニエッタ東京)はウィーン・フィルのコンサート・マスターを務めるライナー・ホーネックを首席指揮者に迎えての、最初の定期演奏会だそうである。プログラム前半はストラヴィンスキーの「ニ長の協奏曲」とJ.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調(BWV1043)」である。おそらく私は、実演で初めて聞く。

会社の帰りに出かけるコンサートは眠くなることが多い。背広にネクタイという装いも、音楽会には相応しいがリラックスできるものではない。案の定私は、ストラヴィンスキーが始まると睡魔に襲われ、それはバッハの前半まで続いた。ただこのオーケストラは、どことなく精彩に欠け、二人のソリスト(のうちの一人は指揮者のホーネック氏で、もう一人はパリ管弦楽団の副コンサートマスター、千々岩英一である)も、音が前に出てこないように感じた。ホールの残響が大きいせいもあると思うが、これだけ小さなホールではもう少し音が映えていても良いと感じた。もしかすると三鷹市の「風のホール」同様、私の好みではないホールなのかも知れない。

普段なかなか聞くことがなくても、実演で真剣に聞くと楽しめる曲は数多い。「マタイ受難曲」、「メサイア」、「四季」(ハイドン)、ヴェルディの「レクイエム」、「ファウストの劫罰」など枚挙に暇はないが、一方で、どこがいいのかさっぱりわからず、ただ苦痛なだけの曲もある。私の場合、「ドン・キホーテ」(R.シュトラウス)、「火の鳥」(ストラヴィンスキー)が苦手であり、「戦争レクイエム」(ブリテン)、「トゥーランガリア交響曲」(メシアン)を聞いた時も、なかなか辛かった。これはもしかしたら演奏が悪かったのかも知れないが。

さてハイドンの「十字架上のイエス・キリストの最後の七つの言葉」である。リッカルド・ムーティによる録音を聞こうと思って何度も挫折してきた私は、いっそ実演ならその良さがわかるかも知れないと考えた。ハイドン自身「初めて音楽を聴く人にも深い感動を与えずにはおかない」と語っており、その音楽はオラトリオへ、また弦楽四重奏曲へと編曲されている。

全7楽章、すべてが緩徐楽章である。これは忍耐の要ることだが、それは聞き手だけでなく演奏家にとっても同様だろうと思う。そして今回の演奏、おそらくは何度も慎重に練習を重ねたであろう、まったく乱れたりたるんだりすることはなく、最後まで、小1時間に亘って終始、丁寧な音楽が演奏された。このことは特筆してよい。けれども聞き手にとって、それはやはり辛かった。ハイドンの交響曲はずべて聞いたことがある私でも、これは正直に告白しておこうと思う。終曲「地震」を除けば、序奏と7つのソナタはすべて、アダージョやラルゴである。時に印象的だったのは、ピチカート主体の第1主題だった第5ソナタくらいだろうか。

最後の「地震」だけは速い迫力のある曲で、「決まった」と思った。紀尾井ホールの客層は、これまで聞いてきたどのコンサートホールの聴衆よりも品が良く、マナーが良かった。暖かい拍手に迎えられて幾度となく姿を現した指揮者には大きな拍手が送られていた。なお、前半のバッハの後には、アンコールとして同じ曲のカデンツァ(作曲はヘルメスベルガーで、ウィーン・フィルのコンサートマスターだった人である)が演奏された。

「最後の七つの言葉」は聖金曜日に演奏されるために作曲された。今年のそれは4月15日であった。今回の演奏は丁度その一週間後だったということになる。なかなか楽しめないコンサートだったが、本当にこの曲はそれでいいのだろうか。手元にムーティ指揮ベルリン・フィルによる演奏の録音がある。もう一度きっちりと聞いてみたいと思う。少なくともそのようなきっかけを作ってくれたとは言えるのだから。

紀尾井ホールは格調高い雰囲気のホールだが、トイレが二階と地階にしかないという構造的な欠陥がある。そういうこともあって、どことなく好きになれない雰囲気に終始した。だがそれもこれも、週末の仕事帰りといいうことを差し引く必要はあるだろう。

2016年7月30日土曜日

ハイドン:オラトリオ「四季」(2016年7月16日、川口リリアホール)

8年前に大病を患って入院する際、もしものことがあったら後悔するだろうな、と思ったことがハイドンのオラトリオ「四季」をちゃんと聞いたことがない、というものだった。死ぬ前に聞いておきたい曲、それが「四季」だったというわけだ。106曲の交響曲をすべて聞いてきて、さらにその先にある金字塔。ハイドンが晩年の精力を注入した大曲「天地創造」と「四季」は、この古典派の膨大な作品の中でも最高峰の作品であるとの評価が高い。だが私はまだ聞いたことがなかったのである。

もちろんCDがあれば、現代では簡単に作品に触れることが出来る。なので入院前のわずかな時間を割いて、私は当時売られていたカラヤンの「四季」(1972年録音、クンドラ・ヤノヴィッツ他、ベルリン・フィル)を購入しiPodにコピーした。入院中の初期に私はこの曲を何度か聞くことができたし、何かとても心のこもった演奏に思えた。この演奏はカラヤンの美学がハイドンに融合し、不思議な魅力のある演奏として今も名高い。

けれども病状が悪化するにつてれ増してゆく不安にさいなまれると、私は自然と音楽から遠ざかっていった。 健康な体を鞭打って、数多くの作曲家や演奏家は音楽を続けた・・・と伝記などではよく紹介されるけど、マーラーだってベートーヴェンだって、本当に体調が悪い時には作曲をしていない。これは考えてみれば当然のことで、中にはモーツァルトのような例外もいるが、それは生活費を稼ぐためであって、芸術がそういう状況で生まれると思っていたわけではない。

私がイヤホンで聞いた「四季」には対訳が表示されるわけもなく、ドイツ語の歌は皆目理解不能、かつその聴取は看護師の検診や同室患者の話し声などによってしばしば中断されるという最悪のコンディションの中でのことであった。私はいくつかの印象的なメロディーを除き、到底楽しめるという状況ではない中での「四季」のリスニングを、残念に、そして仕方なく思った。

退院した2009年は、丁度ハイドン没後200年の記念イヤーで、私はとうとう秋に「天地創造」をライブで聞くことができ、その感激はひとしおだったのだが、その後「四季」についてはなかなか実演に巡り合うことができないでいた。注意深くチェックしていれば、年に1回くらいは東京のどこかで演奏されているのかも知れないが、スケジュールが合わなかったりして巡り合うことが出来ないまま何年もの歳月が過ぎて行った。

今年の7月16日、たまたま家族が留守という土曜日の午後の数時間だけ、自分の時間が生まれた。久しぶりに中古CD屋巡りでもしようかと思っていた矢先、音楽情報サイト「ぶらあぼ」で検索してみたところ、14時から「四季」の演奏があることがわかった。場所は川口。私の家からなら京浜東北線で直行できる。今から行けばぎりぎり間に合うではないか。演奏はバッハ協会とかいうところのもので、そんな団体は今までは知らなかったし有名でもない。でも当日券はありそうだし、それに「四季」の実演に触れることなど一生にそう何度もあるわけではない。そう思った私は、とにかく行ってみることにしたのだ。

ホールはJR川口駅から徒歩わずか、ということだったが入り口がわからない。開演前だというのに人影も少なく、みんなどこにいるのだろうかと案内で聞くと、入り口が4階だと言われた。エレベータで上がると当日券を売っているおばちゃんが机でチケットを裁いており、そこで6000円也を払って開演前にホールへ駆け込んだ。こんなところにパイプオルガンまで備えた立派なホールがあることにまずは驚いたが、そこの登場したバッハ・アカデミーなる合唱団は、結構高齢の方も多く、それにどういうわけか女性が圧倒的に多い(だが3名しかいない男声合唱パートの素晴らしさも書き添えておきたい)。

オーケストラは最低人数。チェロやコントラバスはわずかにひとり。歌唱はドイツ語だが、丁寧に字幕までつけられる。アマチュア的なコンサートかもしれないけれど、一生懸命練習に励んでこられたのだろうということは想像できるし、知り合いばかりの聴衆も6割程度の入りとちょっとさびしいが、ヨーロッパではこんな演奏会は、それこそ小さな町や村の教会では頻繁に行われている。だからたまにはこんなコンサートもいいのでは、と思い直し席についた。

前置きが長くなったが、この演奏会ではある種の奇跡のようなものを感じた。ハイドンの没後200年以上がたって、こんな埼玉の端っこで、「四季」の原語上演がなされるという事実! しかもそこにはヨーロッパ顔負けのホールまであるのだ。大曲とはいえハイドンのオラトリオを、梅雨空の昼下がりに聞きに行くのも奇特だが、それをたまたま知った私が、何の予備知識もなくそこに居合わせるというのもまた、とても不思議な巡りあわせだ。こんなところに、真面目にハイドンを歌おうとする人々がいて、そしてそれをたまたま知って駆け付けるちょっと風変わりなハイドン・ファン、すなわち私のようなリスナーがいることも知ってほしい。

最初の曲が鳴り響いて、少しよろめきながらも、これは紛れもなくハイドンの音楽だと知ったときには、私はとても幸せな気分であった。音楽は上手い、下手といった直線的な概念で測ることはできず、演奏する側と聞く側の相互作用、それも一期一会の瞬間の連続としてのそれ以上でも以下でもない。だから面白いのだが、事実、この力不足に思えた演奏も調子を上げると力のこもったものとなり、最後の「冬」の終盤に至ってはなかなか感動的でさえあった。ソリスト、オーケストラ、それに合唱団が一体となって、四季の美しさ、それぞれの季節を迎える喜びを讃えたのだ。クライマックスのひとつでもある「秋」の終盤では、ここだけに登場するタンバリンとトライアングルを独唱者が鳴らしたのには驚いた。一体どこから聞こえるのかと思ったら、バリトンとソプラノ歌手が鳴らしているのだ。

この演奏会で大変うれしかったのは、指揮者である山田康弘氏自らの翻訳による字幕が舞台上部に付けられたことだ。そのことによって、各場面でどういうことが歌われているのかを手に取るように知ることが出来た。それはこの作品が、単に自然への賛歌、つまりは神の賛美といった型どおりの歌詞にとどまらないことを知ることが出来る格好の機会であったと言える。たとえばそれぞれのパート(春、夏、秋、冬)の中間部で、ソリストが歌う独唱の合間、合間に、歌詞と呼応するような具体的なモチーフが現れるからだ。ハイドンの音楽は古典派そのものなので、鳥の声だといっても基本的な和音の枠組みをはみ出すことはない。あくまで音楽の型を維持しながらも、そこには鳥が鳴き、虫が飛び跳ね、あるいは嵐が来ては過ぎ去るといったような、まるで標題音楽を思わせるような部分が数多く登場する。それは歌詞を追いながら聞いて行かないと、気付くことはできても楽しむことはできない。CDで「四季」を聞くときの限界は、このようなところにある。だからこの演奏会は、こだわってでも字幕をつけたのだろう。そのことが嬉しい。

私はとうとう「四季」とはどういう作品かを知ることができ、そしてこの作品、他にわが国で演奏される機会があったら、ぜひまた出かけてみたいと思った。そしてやはり音楽はライブに限るとも思った。それぞれの季節に30分近くを要する大曲を、途中休憩をはさんで2時間余り。私はあきるどころかとても幸せな気分に浸りながら過ごすことが出来た。演奏が終わって、独唱者がまだ1度しか呼ばれていないのに早々と解散するオーケストラに、もう少し拍手をして余韻に浸っていたかったのは私だけではないだろう。

これでまたハイドン体験が一歩進んだような気がしている。1年にそう何度もでかけることができない演奏会で、私はまたうまくスケジュールが合えば、再度「四季」を、そして「天地創造」を聞いてみたい。だがそれもそう簡単にはかなうことがないので、しばらくはCDを聞きなおしながら過ごそうと思う。幸いなことにこの2作品には録音がひしめいており、名演奏の類も数多い。私もいつのまにか「天地創造」を2組、それに「四季」は3組のCDを所有している。曲に関する詳細は、それらを聞いた後で書こうと思う。いつのことになるのかわからないのだが・・・。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...