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2026年6月11日木曜日

NHK交響楽団第2066回定期公演(2026年6月4日サントリーホール、ステファヌ・ドゥネーヴ指揮)

オール・フレンチ・プログラム。指揮者も独唱もコンサートマスターもフランス人。テーマは夏、そして海。NHK交響楽団の今シーズンBプログラム最後のコンサートを聴くため、仕事を終えてサントリーホールに駆け付けた。翌日から出雲への旅行を控えていたため、本来金曜日の2日目を1日目に振り替えることに成功したものの、早朝の出発を控え、どことなく落ち着かない。

こういう時は、バーカウンターで少しアルコールを飲むに限る。ザ・プレミアム・モルツの小瓶を飲み干し、振り替えられた席へ。だがそこは、いつもより少しだけ前方の、より良い席だった。ほどなくしてオーケストラが登場し、最初の曲、オネゲルの交響詩「夏の牧歌」が演奏された。

私は初めて聴いた曲だが、初夏のすがすがしさを感じる作品である。指揮はステファヌ・ドゥネーヴで、私は過去に一度聴いている。その時の印象はさほど残っていない。ただ、NHKホールいっぱいに鳴らした「ローマの松」のエンディングで、パイプオルガンも加わった迫力に圧倒された記憶はある。

「夏の牧歌」はスイスの田舎の風景を音楽にしたものだ。冒頭のホルンの響きが、アルプスを望む朝の静かな情景を表現していることは明白で、私もかの国で夏の2か月を過ごした者として、忘れ難い思い出である。もう40年も前のことになるが、その時撮影した写真から、この曲の光景に合うものを選んで貼っておきたい。

続くベルリオーズの歌曲「夏の夜」は、恋人を失った孤独と寂寥感を表した狂おしい曲。私は面白いことに、実演をこれまでに何と3度も聴いている。ムーティ指揮フィラデルフィア管の演奏(独唱:バーバラ・ヘンドリックス)も見事だった(彼女はコリン・デイヴィスとこの曲を録音し、私も購入して愛聴していた)が、最も感動したのは小澤征爾指揮ボストン響の来日公演で、独唱はスーザン・グラハムだった。日本人によるものとしては、若杉弘指揮都響(独唱:緑川まり)を覚えている。

さて、今回はフランス人のガエル・アルケーズというメゾ・ソプラノであった。彼女の歌声はどちらかというとリリカルなもので、この曲の行き場のない苦悩の表現が十分だったかは評価の分かれるところだろう。また、曲としてのまとまりや集中力はやや乏しく、今はやりの美しい声が前面に出た印象である。

後半はイベールの「寄港地」で始まった。この曲は地中海の寄港地をめぐる旅の音楽で、ローマから始まり北アフリカを経てスペインのアンダルシア地方に戻る。いわば音の旅行記のような作品で人気も高い。情緒にあふれ、色彩感豊かな曲なのだが、どういうわけか今回の演奏からそのような旅情が伝わってこない。フランス音楽に必要なちょっとしたアクセント、あるいはその隙間に漂う間合いが感じられない。これは指揮者の意図がオーケストラに伝わるまでの十分な時間が確保されなかったからではないか、と思うことにした。

最後の曲、ドビュッシーの交響詩「海」でも、その傾向は変わらなかった。大編成のオーケストラに打楽器群も活躍する規模の大きな曲が表現するのは、「海」のさまざまな情景である。この想像力豊かな曲を聴くとき、私はやはり葛飾北斎の「富嶽三十六景」を思い浮かべてしまうのだが、それは出版された楽譜の表紙に印刷されていたからで、当時日本画はちょっとしたブームだったのだろう。けれども決して駿河湾をモチーフに描いたわけではなく、アジア的な作品でもない。いや、ドビュッシー自身、この曲を書いたのは内陸部においてだった。

暗譜で指揮するドゥネーヴは日本びいきの指揮者で、とても愛想がいい。演奏が終わって各奏者と握手を交わし、長いカーテンコールに応えていた姿は好感の持てるものだった。どことなくフランス人にありがちな自意識過剰気味のムードに彩られてはいたが、もう少し緻密な演奏になるまでこなれた落ち着いた音楽になれば、もっと感銘を受けたであろう。

音楽の感じ方は人それぞれである。聴く位置によっても、聴く側の体調によっても、演奏の印象は随分異なる。N響のサントリー定期は今シーズンはこれで終わり。来シーズンは改装のため3回しか開かれない会員権を更新する気はなく、早々にキャンセルしてしまった。創立100周年を迎えるN響の次期プログラムは、ベートーヴェンの交響曲・ピアノ協奏曲の全曲演奏会を目玉に、有名指揮者が次々と登場する。だが、それらから何を聴くかはまだ迷っている。

2024年6月10日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第255回芸劇シリーズ(2023年6月2日東京芸術劇場、カーチュン・ウォン指揮)

今シーズンの定期会員向けにメールが来て、アンケートの回答者から抽選で、コンサートにご招待するという内容だった。対象の公演は6月2日(日)のマチネで、場所は東京芸術劇場(池袋)である。昨年死亡した坂本龍一の作品を中心に並べた企画ということである。単独で料金を支払ってまで行こうとは思っていなかったが、抽選で当たれば行ってみるのも悪くはない。そこでアンケート・フォームから応募をしたら、後日メールが来て当選してしまった。2名分あったので、久しく会っていなかった関東在住の甥に声をかけた。

プログラムは、作曲家としての坂本龍一をクラシックの系譜の中に位置づけてみようというもので、監修は早稲田大学教授の小沢純一氏となっている。彼は開演前に舞台に登場し、プレトークを行った。内容はほぼプログラム・ノートに書かれている通りだったのだが、それぞれの曲を選んだ経緯や理由を説明し、生前の交流やソリストを含め、坂本の作品と、関連の深い作曲家の作品を紹介することとしたとのことである。

プログラムは坂本がよく口にし、その影響を強く受けたと思われるドビュッシーの「夜想曲」で開始された。この25分程度の長さの曲は、女声合唱を伴うこともあってなかなか演奏される機会が少ない曲である(いわゆる「コスパ」が悪い)。ところが検索をしてみると、私は過去に一度だけ聞いている(シャルル・デュトワ指揮フランス国立管弦楽曲、1990年)。小沢氏のプレトークによれば坂本は、この「夜想曲」の中で表現される「雲」についてよく語っていたということである。曲の第1曲がその部分。ゆったりとした時間の流れの中で絶えず変化していく様を表現する音楽は、どことなく東洋的な生命観に通じるものがある。

続く作品は本日最大の聞き所となる曲で、坂本龍一の「箏とオーケストラのための協奏曲」である。ここで私は白状しておかなくてはならないのだが、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)などで有名な彼を少しは知っていただ、ほとんど作品に触れることもなかった。東京生まれの坂本は、東京芸術大学を卒業している。作曲家としてデビューし、数々の作品を発表するが、いわゆる流行音楽のみの作曲家ではなかった。本日のプレトークやプログラム・ノートには語られていないが、坂本としてはそのキャリアの最初に目指したのは、むしろ純音楽であろう。私はそのような初期の作品にも目が向けられるのかと思っていた。

事実、数年前に放送されていたNHK教育テレビの音楽番組で、彼は西洋音楽の解説をしながら若い人たちへの講義を行っているのをたまたま目にしたとき、その内容に少し興味を持った。団塊の世代らしく学生時代から、一般的な音楽教育、すなわち西洋音楽の基礎的な教養や系譜に反感を持って接していた彼も、綿々と続く西洋音楽の歴史があること、それを踏まえたものとして今日の音楽があり、芸術としてが発展していることの重要性を語っていたのを覚えている。

このたび初めて聞いた「箏とオーケストラのための協奏曲」は2010年に作曲・初演されているから、いわば晩年の作品である。この時期にも彼はクラシック音楽を作曲していたことに驚いたが、さらに不思議なことにこの作品は、初演時にたった2回演奏されただけで、その後14年間一度も演奏されていなかったということである。自在に箏を操り、オーケストラと競演する奏者を見つけるのは大変かも知れないが、箏は我が国の伝統楽器であり、その奏者は多くいるはずであるにもかかわらず。

私は詳しいことはよくわからないが、箏にも何種類かあって初演時には何と「十七弦箏」を前方に4面並べ、楽章ごとに楽器を変えて演奏したということである。これによって箏の表現力が隅々にまで示された。しかし今回の舞台では、「二十五弦箏」が使われ、これ一面で足りるというのである。その箏だが、私が普段目にする横長の木の色をしておらず、長方形で幅は広く、黒いものだった。今回のソリスト遠藤千晶は、和服姿で登場したが、その広い箏の全面を、身を乗り出しながら縦横無尽に弦を抑えては弾く。その表現はこの和楽器のすべての要素をあまねく示し、新鮮な響きが次々と脳裏を刺激して飽きさせることはなかった。

全体で4つの楽章があり、特に第3楽章などはこれでフィナーレかと思いきや、そのあとに静かで抒情的な音楽が流れてくる塩梅で、その美しさに聞き入った。あとでプログラムを読むと、この4つの楽章は四季を表し、「冬」「春」「夏」「秋」という順序だそうである。秋を最後にしているのも興味深いが、終わってしまった曲をもう一度聞くことができない。いずれにせよ、和楽器と西洋楽器が見事に融合した素晴らしい曲だと思った。指揮のカーチュン・ウォンは通常暗譜で指揮するが、今日は1曲ごとに楽譜を手に取って掲げ、作曲者への敬意を表すことを忘れなかった。

休憩の後はポピュラーなプログラムで、映画音楽などから以下の作品が演奏された。まず坂本が音楽を担当した代表的な映画「ラスト・エンペラー」(1987年、ベルナルト・ベルトリッチ監督)より「The Last Emperor」。約6分の短い曲だが、「戦場のメリークリスマス」(1983年、大島渚監督)とならぶ坂本の映画音楽作品の代表作で、米国アカデミー賞作曲賞を獲得している。

続く作品は武満徹の「波の盆」から「フィナーレ」である。この曲は武満の残した映画音楽の中でもとりわけ美しい抒情に満ちており。私もこの1月に尾高忠明の指揮で接している。この曲をプログラムに入れたのは、指揮者カーチュン・ウォンの提案だったとのことである。映画と音楽を深く結びつけた我が国の作曲家との共通性を意識することになる。たった4分ながら、ここで私は尾高の演奏のようなスコットランド民謡風の演奏ではなく、より立体的なマーラーのような表情を持つ曲に変貌したことに驚いた。

プログラム最後の作品は、1992年バルセロナ・オリンピック開会式の音楽「地中海のテーマ」。東京音楽大学(今度は混声)が再登場。舞台中央にピアノが運ばれ、ハープ、チェレスタ、それに数々の打楽器を含めオーケストラの規模が最大限に膨れ上がった。さらに両翼にはスピーカー、ピアノの音を強調するための小さいスピーカーまでもが舞台に並べられた。

就職して上京した頃、バルセロナ・オリンピックは開催された。私は通信会社にいて国際テレビ映像なども担当していたから、同僚の何人かがスペインへ出張していた。そういうこともあって、この開会式は興味深く見た覚えがある。事前の話題をあまり知らなかった私は、何と坂本龍一が指揮をしていた姿に驚いた。なんとも賑やかでてんこ盛りのような曲。今回改めて聞くと、その様子がよくわかる。ミニマル風かと思えば、ジョリヴェのようなピアノも登場し、何が何やらわからないのだが、解説によればカタルーニャ地方の様々な伝承音楽にも題材を取っているとのことである。愛と情熱の国らしく、壮大で華やかな曲は、このコンサートの終わりに相応しいものだった。

カーテンコールが続いていたら、係員が開け放たれたピアノの蓋を閉じた。これでアンコールを確信した。曲は「Aqua」という短い曲だった。日曜日の会場には、ほぼ満員ではないかと思われるほどの盛況ぶりだった。私はそれまでに聞いたことのない音に触れ、それなりに満足だった。長いエスカレーターを下って外に出たときには、小雨が降り始めていた。甥を誘ってイタリアン・バルに出かけ、ビールを飲みながら軽く食事。梅雨入り前の時間を楽しく過ごすことができた。

2023年3月22日水曜日

東京都交響楽団第401回プロムナードコンサート(2023年3月21日サントリーホール、大野和士指揮)

立て続けに都響の演奏会へと足を運んだ。この日のプログラムは、前半がバルトークの「舞踊組曲」とピアノ協奏曲第1番(独奏:ジャン=エフラム・バウゼ)、後半がラヴェルの「クープランの墓」、ドビュッシーの交響詩「海」と盛沢山。指揮は音楽監督の大野和士が今回も登場する。休日のマチネは「プロムナードコンサート」と題された1回限りのものだが、名曲ばかりとは言えなかなか魅力的なプログラムも多く、ここのところ外れがない。バウゼのバルトークは、ジャナンドレア・ノセダとの録音があって、これがなかなかいい演奏である。そしてそれを生で聞ける!

そもそも私はバルトークが苦手だった。しかし初めて「舞踊組曲」を聞いた時、これは行ける、と思った。大学生の頃だった。この時の演奏については別に触れるが、ハンガリーだけでなく、東欧、さらにはアラビア風の民俗音楽までも取り込んだ祝祭的な作品で親しみやすい。舞台の真ん中にはピアノが置かれていて、これは次の曲で使用される。「舞踊組曲」にもピアノが使われるが、これは舞台右奥にあるピアノが使用された。全体に無難な演奏。

20分ほどの曲が終わってオーケストラが引き上げると、曲の途中としては大掛かりなレイアウト変更がなされた。まずティンパニーがピアノの正面(舞台向かって右)に移動。他の打楽器群(小太鼓、大太鼓、シンバルなど)が舞台左手、ピアニストの後に陣取る。普段は奥の方にいて、1階客席からはあまりはっきりとは見えない打楽器群が、ピアノを取り囲むように配置されたのだった。これはバルトークの指示に基づくものだそうだが、実際にこのような配置で演奏するとは限らないようだ。けれども曲が始まると、この配置が相当な効果を生むことが実感できた。

曲はピアノと打楽器のための協奏曲といった風で、複雑に動くリズムと不協和音がどう絡み合っているのかを追うのも困難。それを楽譜通りに演奏する難しさは相当なものだと思う。丁度「春の祭典」(ストラヴィンスキー)を初めて聞いた時にも同じことを思ったが、このような現代音楽の入口にいるような曲を聞くには、全体を大きく把握して、しかも細かい部分にも神経を行きわたらせる必要がある。いわばいかに曲全体を体で覚えているか、といったことが試されてしまう。そしてバウゼのピアノは彼自身が楽器のように体を揺らし、時に手を挙げ打楽器のタイミングに合わせたりする。

そういった打楽器との掛け合いを、私は前から13列目という絶好の位置から楽しむことができた。打楽器とピアノだけが目立つのだが、後の方ではトロンボーンやファゴットのような楽器も相当難しいメロディーを弾いている。そして乗ってくるとこの曲の「カッコ良さ」が実感できる。演奏が終わって相当満足した様子のピアニストは、指揮の大野とともにピアノの前に腰掛け、アンコールに「マ・メール・ロア」の終曲(第5曲「妖精の園」)を連弾で弾くというおまけがついた。

休憩を挟んだ後半には、ピアノと打楽器群が占拠していた舞台から消え、指揮台が前に。通常のオーケストラの配置となったが、面白かったのは前半の対向配置とは違っていたこと。コントラバスは左奥から右奥に移動しており、舞台右袖も第2ヴァイオリンではなくヴィオラ。バルトークとラヴェルで音色を変えるという趣向だが、「クープランの墓」はもう少しメリハリの利いた音色で楽しみたかったというのが率直な印象である。一方、プログラム最後のドビュッシーは大いなる名演奏だったと思う。

しかしそれにしても、何故か腑に落ちないのは、このコンビによる演奏があまり感動を私にもたらさない点である。どこか都響の音も冴えない感じがする。もっともそれは私だけのことかも知れず(そうである可能性は大きいのだが)、特に毎年3月は季節の変わり目ということもあり、毎年体調が悪い。ここのところ寝不足も続いている。それでもコンサートに出かけるのは、例えばこの日のバルトークのピアノ協奏曲第1番などは、もう次にいつ聞けるかもわからないからだ。ドビュッシーの「海」だって、私は過去に一度しか聞いていない(シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)。まあ東京に住んでいなければ、そもそもこれほど多くの演奏会があるわけでもないので、クラシック音楽というのは時間もお金もかかる趣味だと実感した次第。今月は懲りずにあと2回は演奏会に出かける。そのことについてはまた、あとでここに書かねばならない。 

2019年10月26日土曜日

NHK交響楽団第1923回定期公演(2019年10月25日サントリーホール、指揮:トゥガン・ソヒエフ)

ビゼーが若干16歳にして交響曲ハ長調を作曲したことを、神に感謝しなければならない。なぜならこんなに瑞々しい音楽を、今私たちは聞くことができるのだから。たとえ若書きの習作とは言え、この交響曲には他の作品にない魅力に溢れている。全編にみなぎる若々しい感性とエネルギー、そしてまるで春の南仏を思わせるような憂いに満ちたメロディー。その作品をビゼーは生前聞くことなく世を去った。

特に第2楽章のオーボエが歌謡性に満ちたソロを吹き、それをバイオリンが繰り返すときの、時がまるで止まったかのような世界は、何と例えるべきだろう?そんな音楽を、一度生の演奏で聞いてみたいと随分前から思っていた。そうしたら、いま私がもっとも贔屓にしているロシア・北オセチア出身の指揮者、トゥガン・ソヒエフがN響定期で演奏することがわかり、私は迷わずチケットを買った。嬉しいことに、ベルリオーズの作品(「ファウストの劫罰」から「鬼火のメヌエット」「ラコッツィ行進曲」、それに交響曲「ロメオとジュリエット」からの抜粋)、さらにはドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」までもが演奏されるというお得で豪華なオール・フレンチ・プログラム。場所はサントリーホール。

ソヒエフは先週ロシア・プログラムを聞いたばかりだが、いずれも細部にまで神経を行き届かせ、曲の持つ魅力を最大限に引き出しながら組み立てる構成力の天才的な才能に唖然とするばかりである。タクトを使わない、一見わかりにくそうに見える指揮姿からは、想像できないような音楽が聞こえてくる。あたかも初めて聞くかのような錯覚を随所で経験することになる夢のような時間は、どんな曲についても当てはまる。その様子から「魔術師」といった声まで聞かれるが、今回の4つの作品の演奏もまたそのようなものだった。

「ファウストの劫罰」からいつもとは違う輝きを放つN響の音色に満ちていたが、私にとっての最大の白眉はビゼーの交響曲で、この曲の魅力がいかに引き出されてゆくのか、別に引き出されなくても十分魅力的なのだが、さてその演奏はいかに?期待が高まった時に流れ始めた音楽は、丁寧でしかも新鮮さを十分に保ち、ほれぼれするような半時間だった。

ビゼーの交響曲の演奏には、簡単に言って速い演奏と遅い(標準的な)演奏があるように思う。アバドやオルフェウス管弦楽団、古くはマルティノンによる颯爽とした(速い方の)演奏が、従来の私の好みだった。泉から湧き上がるような第1楽章こそ理想的だと考えていた。ところが最近は歳をとったせいからか、もう少しゆったりした演奏がむしろ好ましいとも思い始めていた。そしてソヒエフはまだ若い指揮者だが、むやみに速くしたりはしない演奏だった。実際これまでに聞いた他の曲でも、テンポに関する限り常に中庸であり、どこかのフレーズを強調したりといった外連味を示すこともほとんどなく、むしろ極めて標準的とも言える。

にもかかわらずソヒエフの指揮する音楽は、すべてが新鮮で音楽的である。演奏家もどう操られていくのか、まるで魂が乗り移ったようにいい塩梅となる。そのアンサンブルの素晴らしさがサントリーホールだと2階席でも非常によくわかる。音に濁りがなく、綺麗なことも特徴だ。特にフランス音楽の明晰な音色には威力を発揮する。そしてビゼーの交響曲の第2楽章の美しさといったら!私はうっとりとオーボエのソロに聞き入り、白内障でそもそもよく見えない舞台も、さらにかすんで夢のように見える。もしかしたら涙さえ出て来たのかも知れなかった。体を揺らすソリストに合わせて、こちらも体がくねる。

このようにして第3楽章のトリオを含む印象的な部分も夢心地のまま進み、第4楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェに至ってはもう魔法のような時間だった。どの音も他の音と違っているのは見事と言うほかはない。弦楽器が主題を再現する時、音色は明らかに変わっていた。その微妙な違いは調性によるものだろうか。私にはよくわからないが、いずれにせよ非常に細かい部分にまで神経を行き届かせ、短時間で自分の音楽にオーケストラを染め上げてゆくのは、並大抵のことではないはずだ。N響との長いつきあい、相性にもよるのだろう。それに比べると過去の名演奏とされるものでも、よく聞けばフレーズが曖昧なままにされているものは多い。

このような演奏だから、休憩を挟んで演奏されたドビュッシーの短い曲「牧神の午後への前奏曲」が、精緻に満ちた素晴らしい演奏であったことは言うまでもない。様々なソロの中でもとりわけ活躍するのは、この曲ではフルートである。様々な音色の楽器が組み合わせを変えて千変万化するフランス音楽を、これだけの集中力と余裕を持って聞かせるのは並大抵のことではないとも思う。前半ではやや不安の残ったホルンなども、ドビュッシーでは見事であり、鉄琴やハープも入って静かで美しい時間が過ぎて行った。

プログラムの最後は35分間にわたって、ベルリオーズの交響曲「ロメオとジュリエット」からの抜粋が演奏された。この曲はそもそも歌入りの長い作品だが、ここでは管弦楽のみの部分が演奏されたようだ。私は原曲を一度しか聞いたことがないので、どの部分がどうだったかを記すのは難しい。ただここでのN響の音は、この曲の間中ずっと、大変に見事であった。どの音のどの瞬間も、これ以上ないくらいに磨かれ、そしてブレンドされていた。前半に打楽器も活躍する派手な部分があり、後半にもあるのかと思っていたが、何か曲が尻切れて終わったかのような印象を残した。これは抜粋プログラムの宿命だとは思われるが、ちょっと残念でもあった。

非常に大きな拍手に何度も呼び戻されるソヒエフとオーケストラは大変満足そうな表情で、もっとずっとこの音に浸っていたいと思わせる演奏会も、気が付けば9時を過ぎており、足早に会場を後にした。ここのところの東京はずっと気候が悪く、今日も冷たい雨が降っていた。ソヒエフには指揮してほしい曲がいくつもある。思い浮かぶだけでも「展覧会の絵」「ペトルーシュカ」「ハンガリー狂詩曲」「スラブ舞曲」あるいはレスピーギ…。できればN響の音楽監督、あるいは次期首席指揮者に、という思いを持つリスナーは多いだろう。だが今や彼はあまりに有名で、スケジュールを拘束するのは大変な指揮者になりつつある。大指揮者になったときに、かつて若い頃よくN響で聞いたなあ、などと話すのが楽しみである。もっともその頃まで、私が生きていればの話なのだが。

2019年8月3日土曜日

PMFオーケストラ東京公演(2019年8月2日サントリーホール、ワレリー・ゲルギエフ指揮)

ゲルギエフもPMFオーケストラも初めてだった。周知の通り、ゲルギエフは今や世界で最も多忙な指揮者のひとりだが、マリインスキー劇場との来日公演などは法外にチケットが高く手が出ない。一方、PMFオーケストラは札幌で毎年開催される「パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌」に参加する世界各国の若者で構成されるオーケストラで、一流オーケストラの首席級奏者によるレッスンが終了すると、毎年東京でコンサートを開いている。

レナード・バーンスタインによって始められ、今年で丁度30周年にもなるというPMFの音楽監督は、現在、ワレリー・ゲルギエフである。ゲルギエフ指揮PMFオーケストラのコンサートは、聞こうと思えばこれまでにも聞くことはできた。けれども何故か私には縁がなかった。暑い夏の日に、クラシックのコンサートに出かける気持ちが起こらないのもその理由だった。だが今年は違った。

その理由は、おそらくプログラムだったのだろう。ショスタコーヴィチの交響曲第4番がメインだったからだ。全15曲の交響曲の中でも最大の規模を誇り、その演奏の難しさでは他の作品を抜いているのではないかと思われる曲を、私はかつて一度だけ聞いている(シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団)。この時は広いNHKホールの舞台いっぱいに並んだオーケストラから轟く圧倒的な音のパワーに、ただただ驚くばかりの1時間だった。よくもこんな曲を、演奏ができるものだと素人ながら感心した。演奏が終わるや否や、舞台から安堵のため息が3階席にまで聞こえた。

そんな交響曲第4番は、1936年頃に作曲されながら当局の締め付けを恐れて初演を中止し、結局、1961年になって初演されるという数奇な運命をたどる。日本初演はもっとあとになって1989年である。今ではショスタコーヴィチ作品の演奏も一般的だが、かつては一部の曲しか知られることはなかった。現在のように人気を博するようになったのは、1990年代以降ではなかっただろうか。この曲は私もヤンソンスが指揮するバイエルン放送響のCDを1枚だけ持っている。

もう一度、ショスタコーヴィチの交響曲第4番が演奏されたら聞いてみたいと思っていた。もちろん今では毎年のように演奏されているようだが、できれば一流のオーケストラで間近で見ながら聞いてみたいと思っていた。そうしたらなんと、ゲルギエフが指揮するではないか!これを逃す手はない。PMFオーケストラの実力は未知数だが、若手とは言え実力派揃いのプレイヤーは、一生懸命な演奏をするはずで悪かろうはずがない。嬉しいのはチケットの価格で、S席でも9000円と1万円を切っている。しかもチケットは沢山売れ残っている。

だが私は、このところの体調を心配して前日までチケットの購入を躊躇していた。翌日にも会社の友人と出かける予定もあるし、それに梅雨が明けてからというもの、東京では連日35度を超える猛暑が続いている。熱波の中で聞くショスタコーヴィチも悪くはないが、こちらの体力が心配だった。一か八かで息子に興味はないかと誘ってみても、つれない返事。彼はそれよりも野球観戦に興味があり、この日も千葉でロッテ対オリックスの試合を見に行くのだと言っている。もそもとクラシック音楽などに興味がないのだ。妻も弟も用事で行けないという。だから、今年も諦めようか、そう思い始めていた。

ところが前日夜に帰宅してみると、驚いたことに息子の方から、コンサートに行くよ、との返事が返ってきた。これには私も驚き、そして嬉しくなった。こうなったら行くしかない。さっそく「ぴあ」をはじめとするチケット予約サイトにアクセス。ところがどうだろう。どのサイトを見ても「予定枚数終了」との表示が出ているではないか!結局、ゲルギエフのショスタコーヴィチともなると、直前に人気が上昇し、一気に売り切れてしまったのだと思った。翌日の川崎の演奏会はまだ売られていたが、こちらには行く事ができない。最近はTwitterなどが流行し、SNSなどで前日の札幌の演奏会の様子などが直ちに「拡散」したため、おそらく評判が知れ渡ってしまい、迷っていた人が一気に購入に踏み切ってしまったのだと思った。

仕方がないから、無謀でも翌日にサントリーホールに電話して、万が一チケットが手に入ったら行こう、と話し合って会社へ出かけた。ところが10時に電話をしてみると、余裕の枚数が当日券として発売されるとのこと。しかも25歳以下なら3000円になる割引チケットもまだあるらしい。私は大急ぎで息子に電話し、学生証を持って18時に会場へ来るように告げた。

当日券が売る出されると、なんとB席の並びの席が確保できた。舞台に向かって右側の2階席で、真横からオーケストラを見下ろす位置は悪くない。指揮者もよく見えるし、ずらりと並ぶ打楽器も真下に見える。そして驚くことに会場は8割にも満たない入り。ちょっと信じられないが、それにしても嬉しい。開演までの時間をサンドイッチなどを食べながら過ごす。まるで香港にいるようなまとわりつく暑さと湿気。にもかかわらず背広姿の人が目立つ。

プログラムの前半はドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と、今年のチャイコフスキー・コンクールの覇者、マドウェイ・デョーミン(フルート)を迎えてのイベールのフルート協奏曲であった。ドビュッシーの静謐な音楽は、ほれぼれするような美しさで私を音楽に釘付けにした。聞いている場所が正面なら、もっと良かったと思う。音と音の重なり、溶け合い。ドビュッシーの音楽の聴き方が、初めてわかったような気がした。このオーケストラはなかなか聞ける。

続くイベールは、もう何というか、目まぐるしく変化するフルートを聞いていたらあっという間に終わってしまった目の覚めるような演奏。かつてパユで聞いたハチャトリアンを思い出した。世界最高の部類に入るフルートだと思う。

私の席の左手にあるS席部分には空席が目立ち、こんないい席なのに誰もいないのはもったいないなどと思っていたら、何とそこにSPが立ち始めた。休憩時間にトイレの前の通路が封鎖され、私の席に前にカメラマンが大挙して入って来た。PMFの広報かと思いきや、それにしても人数が多い。やがてアナウンスがあって、何とそこには上皇、上皇后ご夫妻がお見えになるという。会場から拍手が起き、ゆっくりと歩みながら手を振られる。すでにオーケストラは舞台上でスタンバイ。ショスタコーヴィチの交響曲第4番などという作品を、皇室の方もお聞きになるのかと思った。今年天皇を退位されて初めてご覧になるコンサートではないだろうか。

いつになく空気が引き締まって緊張感に包まれた舞台にゲルギエフが登場。やがて舞台からほとばしり出る轟音にも似た行進曲風のリズム。舞台の人数は前半の倍以上に膨れ上がり、その音は耳をつんざくような大きさ。心臓に悪いような地鳴りが響く。スターリンの恐怖政治の下で作曲された若い作曲家の音楽は、メロディーというものをほとんど持たない。そして弦楽器を中心とした恐ろしいまでの技巧的なアンサンブル。それをゲルギエフは指揮台にも乗らず、手慣れた様子で指揮をする。

ただ驚いたのは、ゲルギエフも楽譜を見ていたこと。そして爪楊枝のような短い指揮棒を持っていたことである。ゲルギエフは終始手だけで指揮するのだと思っていたし、この曲は十八番中の十八番なので、普通はスコアを見ないと言われていた。とても慎重に、満を持して演奏する必要があったのだろう。そしてそれに応えるオーケストラの見事さ!そのメンバーには、客演としてシカゴ交響楽団他から数名が混じっていた(ティンパニ、ハープ、パーカッション)。

1時間にも及ぶ怒涛のような曲を、一瞬たりとも集中力を絶やさず演奏する迫力は、何と例えたらいいのかわからない。思いつくままに、そのソリスト部分の圧倒的なテクニックを思い出す。まず、イングリッシュ・ホルンを担当した女性の幾度にも及ぶ長いソロ。それからトロンボーン。この楽器がかくも美しく弾かれたのを知らない。第3楽章でのまるで協奏曲のようなシーン。それからホルンの第1奏者。彼は安定したテクニックで、いつも日本のオーケストラで聞くときのような不安定さが皆無である。そしてピッコロ!ピッコロのような楽器が、フルートの延長のように優美に、割れずに、美しく、そして器用に響き、ショスタコーヴィチに不可欠な、あのメロディーを弾き切る。さらにファゴット。難しい音階の連続を、ほぼ満点の出来栄えで聞くものをノックアウト。さらにはオーボエ、クラリネット、ティンパニ…。

弦楽器セクションの難しさは圧倒的である。CDなどで聞くとよくわからないが、これは見ながら聞くと手に取るようにわかる。兎に角、60分間私は文字通り舞台に釘付けられ、体は硬直し、しばしば音楽に身をゆすった。第1楽章はソナタ形式であることもわかったし、第2楽章の諧謔効果は、マーラーの影響だと言われている。そして長い第3楽章の変奏曲は、しばしば楽器を変えた「オーケストラのための協奏曲」といった感じで聞くものを興奮に包む。

静かなコーダが終わるときの、奇跡のような時間について最後に書いておこうと思う。ゲルギエフは演奏が終わっても手を降ろそうとしないばかりか、それから随分しばらくたって、まず右手を極めてゆっくりと下ろし、続いて左手を慎重に下ろした。この間、1分ほどあったのではないか。これほど長い時間、誰も物音を立てず、会場が静まり返ったのを体験したのは、私は生まれて初めてだった。静寂もまた生の音楽の重要な構成要素なのだと思い知らされた。

やがて割れんばかりの拍手が起き、奏者を一人一人立たせてゆくと、地響きのような拍手が津波のように押し寄せた。オーケストラが抱き合って成功を喜び、その大半が立ち去っても拍手は鳴り止むことはなかった。そして拍手は、両陛下の退場にまで続く。何度も振り返っては手を振る陛下。私はもうショスタコーヴィチの作品をこれ以上の感動を持って聞くことはないかも知れない、と思った。と同時に、それで満足だ、とも思った。令和元年の真夏の一日に、私は一生忘れることのできない音楽体験を、またひとつ増やすことができた。

2016年1月10日日曜日

NHK交響楽団第1826回定期公演(2016年1月9日、NHKホール)

1500円の自由席の当日券を公演前に買い求め、NHKホールの3階席、しかもその後方に座るのは何年振りだろうか。上京して間もない頃の90年代、私はいきなり定期会員となり、仕事が終わると渋谷の雑踏をかき分け、この3階席によく来たものだ。その後も3階席は私の定位置であり、シーズン中はほぼ毎週のように通った。通常は満席にならないので、後半のプログラムはもう少し前方に移動して、遠くから響く音楽に耳を傾けた。

N響の音が今一歩良くならないのは、ホールのせいだと言われた。NHKホールは紅白歌合戦には適していてもクラシックのコンサートには広すぎる、というのである。 横にも縦にも大きく、いい音に聞こえるのは1階席の中央だけだと、ある評論家は書いている。N響もそれを何とかしようとして、定期公演の一部をサントリー・ホールに移し(おかげでこの公演はほとんど当日券がない)、舞台を前方に張り出したり(デュトワ時代)、特別な反響版を設置したり(ノリントン)などといった試行錯誤が続いた。

この間に私はN響のコンサートからも遠ざかり、行くのは年に数回となった。それならいっそいい席で聞こうと、今では2階のB席や1階袖のチケットを買うこともある。だが今日の公演は久しぶりに3階席で聞こうと思った。ひとりででかけた、ということもあるが本当は、早朝から出かけっぱなしだったので、もしや睡魔に襲われるのではないかと危惧したからだ(それは2曲目のドビュッシーで現実のものとなった)。

山田和樹という若い日本人指揮者を聞くのはこれが初めてである。以前から聞こうと思って果たせないでいた。一度CD屋で視聴したビゼーの交響曲の演奏が忘れられず、もしかしたらこの曲のもっとも素敵な演奏ではないかと思った。2011年に発売されたこのCDは3000円もする非常に高価なものだった。カップリングの「ジュピター」をあきらめてダウンロードで買おうと思ったが、それもできないとわかると私は諦めざるを得なかった。

一瞬にして才能がある、のかどうかはわからないが、素人耳にもちょっと違うと思い込ませるような何かがこの指揮者にはあるようだ。横浜シンフォニエッタによる演奏も素晴らしいが、その後、スイス・ロマンド管弦楽団、日本フィルなど内外のオーケストラの常任ポストの地位を次々とものにしていったのだから。その山田和樹がとうとうN響の定期公演を指揮するということで、私も勇んで出かけたのである。

山田の演奏会はプログラムにも凝っている。今回の演奏会は「おもちゃ」をテーマにした管弦楽曲をロマン派から順に並べ、色彩感を増してゆく音を楽しもうというものだ。まずビゼーの小組曲「子供の遊び」で、このような曲がコンサートに上るのも珍しい。CDでしか聞いたことのないこの曲の冒頭が鳴った瞬間、NHKホールのせいだと思っていたN響のくすんだ音色が、きらめきの如く光彩を帯び、適度な残響をも伴って綺麗に響いた。まるで違うオーケストラのように、それは3階席後方にまで到達した。もしかしたらヤルヴィの時代を迎えてN響は「本当に」音が変わっていたのかも知れない。

続くドビュッシーのバレエ音楽「おもちゃ箱」(カプレ編)も大変珍しい曲である。おもちゃ箱から飛び出す登場人物たち、すなわち人形の女の子、木彫りの兵士、道化師プルチネルラにはそれぞれテーマ音楽がつけられ、その紹介から始まる。ピアノが活躍し、いろいろな楽器が様々なリズムで登場する。全体に大音量の音楽ではないが、奏者の数は多いのだ。私も初めて聞く曲なので、一生懸命聞こうとはしたのだが、ここで睡りの世界からやってきた魔法師が私を音楽から遠ざけた。私が目を覚ますころ、35分に及ぶ曲は終わろうとしていた。なおこの曲には語り(女優の松嶋菜々子)がついていた。彼女は長い台詞を間違うことなく朗読し、音楽との呼吸も見事だった。

プログラム最後はストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」であった。この演奏者いじめとも思われるような難しい曲を、手際よく処理していく指揮者にまず心を打たれる。冒頭のフルートの難しいメロディーも今のN響はとても上手に弾いていく。ホルン、ファゴット、クラリネット、トロンボーン、独奏バイオリン、それにピアノと打楽器。20年以上前、いやテレビで見ていた少年時代からすると今のN響のレベルは、本当に高いと思う。あのストラヴィンスキーが、日本人の指揮者、そして日本人のオーケストラによってこれほどにまでこなれて聞こえることがあっただろうか。山田和樹の指揮はとても処理がうまく、かえって難しさを感じさせない。もっと時間をかければ、さらに上等の演奏になるものと思われる。おそらく忙しい指揮者なので、次々とこなしていくことでレパートリーと経験を積んでいくのだろうと思う。

それにしても欧米のオーケストラで聞く「ペトルーシュカ」でしか耳を洗われるような経験をしたことがなかったものだ。だがそれと同じ程度のレベルの演奏を、私たちはもう身近に聞くことができる。総じて世界のオーケストラの技術水準は高くなったと思う。おそらく今がクラシックを聴くもっとも楽しい時期ではないかとさえ思う。けれどもそれは、ささえる聴衆があってのことだ。もしチケットが売れず、CDなどが売れないとなると、この水準を維持することができなくなるだろう。そう思うと何かとても不安でもある。帰り道、私は1年ぶりに渋谷のタワーレコードに立ち寄り、最近の新譜CDなどを探してみた。けれどもそこにはもはや、かつて私を心ときめかせたものが驚くほどに減少しているように感じられた。いやクラシックでけではない。かつて洋楽の宝庫としてポップスの街だった渋谷は、いまではどこにでもある普通のショッピング街になってしまったのだから。

2013年7月9日火曜日

ドビュッシー:交響詩「海」、牧神の午後への前奏曲、ラヴェル:「ダフニスとクロエ」組曲第2番、ボレロ(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

カラヤンの一連のドビュッシーの録音には、主要なものだけで4種類(映像は除く)あり、そのうちの最初のフィルハーモニア管弦楽団とのものと、77年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのもの(EMI盤)は、あまり目立たないために熱心なリスナー向けであると思われる。このため、最終的には64年盤と85年盤との比較となる。

私はカラヤンの演奏は、いつも60年代の方がいいと思うことにしている。これは経験からそう思うのだが、録音自体はもちろん80年代の方がいいだろうし、すべての演奏を比較してい言っているわけでもない。だが、録音の技術を追い求めたカラヤンでも、指揮の水準は維持できなかった。結局、いくつかの例外を除けば、私は断然60年代のものをとることにしている。

ここで困ったことが起こる。ドビュッシーの「海」などをおさめた60年代の録音は、何度か再発されているが、カップリングがムソルグスキーの「展覧会の絵」となっているのである。これも名演奏だと思われるが、私は「牧神の午後」も好きだし、それにラヴェルの「ダフニスとクロエ」もそろえておきたい。そしてこういうカップリングのCDは、あるのかないのか、あまりお目にかからず、けれどもどこかで発売されているようでもあったし、それが廃盤になっていたりもした。

待つ、ということにしていたが、何年たってもなかなかいいカップリングが出ない。その間にやはり80年代の録音はいつも注目され、そしてこのドビュッシーに関しては、それはそれで名演奏であることが知られているようだ。やはり諦めようか、などと思っていた。そんなある日に、私はDeutsche Grammophonの紙のジャケットCDで、これらドビュッシーとラベルをうまくカップリングした新リマスター盤が発売されていることを知ったのである!

さて、その演奏であるが、これはやはり今聞いても新鮮な最高の演奏であるといわねばならない。普段はあまり聞かないドビュッシーも、カラヤンのマジックにかかると何と新鮮なことか。独奏のフルートはゴールウェイではないかと思われる。例年以上に早い梅雨明けに戸惑う間もなく猛暑が続き、立ちくらみを覚えるような昼下がり、私は早めにオフィスを出て、冷房のきいた喫茶店でコーヒーを飲みながら、いつものiPodで聞いた。至福のひとときであった。

ボレロでは、10分程度を過ぎたあたりで初めて弦楽器が登場する。ここは一番の聞かせどころで、第1ヴァイオリンがあの旋律をすうーっと弾く時には背筋がぞくぞくするものだ。それまでの菅楽器のみの編成からいよいよ大団円に向かうその最高の見せ場で、何とカラヤンは小太鼓の数を一気に増やし、そして音量を大きくしてみせた!やはりカラヤンは心憎い!そして続くヴァイオリンのレガートが、丸で単一の楽器を弾いているような完璧なアンサンブルを奏でる。何度練習したか知らないが、いくらベルリン・フィルでもそう簡単ではないだろう。統制と抑制の取れた旋律は、もちろんヴァイオリンだけではない!「ダフニスとクロエ」など、見事と言うほかない。

そう言えば、「海」で描かれた富士山の浮世絵は、まるで津波の中を船が行くさまである。北斎は少し誇張して描いただけだろうと思う。だが、この効果は遠いヨーロッパの人々にエキゾチックな発想を持たせるのに大いに貢献した。そして今日、日本人の私が聞いても、西洋風でもなく日本風でもない、独特の雰囲気を楽しむことができる。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...