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2024年10月24日木曜日

ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」(2020年二期会公演ライブ映像上映、大植英次指揮)

2020年はコロナ禍により多くの社会生活が犠牲になった年で、クラシック音楽のコンサートも軒並み中止、海外からの演奏家の来日もほとんどがキャンセルされたのは、記憶に新しいところである。この年はくしくもベートーヴェン生誕250周年にあたっていて、ベートーヴェン作品のコンサートが数多く企画されていた。新型コロナウィルス流行の最大の犠牲者のひとりは、ベートーヴェンである。

そのベートーヴェン唯一の歌劇である「フィデリオ」が、コロナ流行の真っ只中だった2020年9月、二期会によって上演されていることを私は知らなかった。もともと随分前から企画されていたのだろうから、ギリギリの判断を迫られたと言って良い。あれから丁度4年が過ぎ、もう過去のことは忘れてしまいそうになるくらい日常を取り戻してきているが、パンデミック開始から半年がたったころの世の中は、まだまだ異常事態の中にあったのは確かである。

そのような状況で開催された「フィデリオ」は、歌手がすべてスケジュール調整のしやすい日本人だったということが幸いしたのかも知れない。新国立劇場で開催された公演のライブ映像がビデオ上映されることを当日になって知り、東京文化会館(小ホール)に出かけたのは、ようやく秋めいてきた10月20日のことである。いつものように上野公園は黒山のような人だかりで、まるで上海の繁華街にいるような感じ。しかし小ホールはひっそりと静まり返っていて、数えるほどしか入場者はおらず、贅沢に座って上演開始を待った。

ベートーヴェンが一生を費やして作曲した歌劇「フィデリオ」が、私は大好きである。何と言ってもあのベートーヴェンの音楽が、2時間以上にわたって楽しめる。序曲はいうに及ばす有名だし、いくつかの歌は独唱であれ重唱であれ、一度聴いたら忘れられないメロディーである。何度も改訂した序曲(今回は「レオノーレ」第3番が用いられたが終わると、いきなり若い頃のベートーヴェンの音楽が聞こえてくる。その生削りで中途半端なロマン性と無骨で単純な音楽は、少なくともドン・ピツァロが登場する頃まで続く。

ところが第2幕に入り、重唱が多くなっていくとストーリーなどを離れて、愛だの正義だのといった教条主義的理想論が、高らかに歌い上げられる。そのエネルギーは終盤にかけて半端なく、その高揚感がストーリーや歌詞の一本調子な退屈さをどこかへ追いやってしまうから不思議だ。総合的に見て音楽としてはベートーヴェンの最高傑作に入るのではないかと思っている。演奏会形式を含めるとこれまで3度の実演に接しているほか、あのレナード・バーンスタインがウィーン国立歌劇場を指揮した伝説的公演のビデオを含め、数多くのCDを所持している。

さて、新国立劇場で開催された二期会公演の「フィデリオ」は、いつものようにダブル・キャストが組まれたが、今回ビデオ上演で見たのは、以下の歌手陣の公演である。まず主役であるレオノーレ(フィデリオとして男装)は土屋優子(ソプラノ)。彼女は北海道生まれとある。その夫で刑務所に捕らわれている政治犯フロレスタンは、福井敬(テノール)。今や主役級を次々こなす我が国のトップ・テノール。刑務所の看守で小市民的だが憎めないロッコ役に妻屋秀和(バス)、先日も「夢遊病の女」での名唱の記憶が醒めやらないが、このような役にピッタリと思う。そしてロッコの娘で、レオノーレに恋するマルツェリーネに冨平安希子(ソプラノ)。容姿端麗でしかも歌声は響き、それは序盤の見どころである。

一方、フロレスタンを殺そうと画策する悪役ドン・ピツァロには大沼徹(バリトン)。官僚的で何を考えているかわからないような陰湿さが良く表現されていて、若干日本の警察ドラマを見ているような感じも否めないが、よくできたキャスト。そして登場場面は少ないが、重要な大臣ドン・フェルナンドには黒田博(バリトン)。貫禄十分で高貴さもある。合唱は二期会を中心に新国立劇場合唱団、藤原歌劇団も加えた混声舞台というのも面白い。オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団、指揮は大植英次である。

指揮が大植英次だったというのが、私がこの公演に注目した理由の一つである。プログラムによれば、ドイツに住む彼はコロナ禍で次々と公演が中止になる中、急遽「フィデリオ」の指揮の依頼を受けたのだという。おそらくは別の外国人指揮者が予定されていたのであろう。8月に帰国し、2週間の隔離を経て公演に挑んだようだ。バーンスタインを敬愛し、そのバーンスタインから直接多くの教えを受けた彼は、ベルリンの壁が崩壊した際に行われた歴史的な「第九」の演奏に立ち会い、「友よ」という歌詞を「自由」に変えて歌った伝説的演奏について詳しく語っている。

パンデミックで閉ざされた世界中の人々が願ったのが、そのような自由だった。その思いは「フィデリオ」の舞台、中世のスペインにおける圧政に苦しんだ正義の人の開放の物語に通じるものがある。いやベートーヴェンの音楽には、「第九」であれ「フィデリオ」であれ、自由への賛歌とも言うべき人類愛に満ち溢れており、それだけであると言ってもいいくらいだ。その人間賛歌を高らかに歌い上げるのは、第二次世界大戦が終わって復興したウィーン国立歌劇場の戦後最初の演目が「フィデリオ」だったことが象徴的であろう。

だから今回の演出を担当した深作健太が、舞台をナチス政権下のドイツ、そして冷戦時代の東ドイツ、さらには冷戦終結後でも戦禍の絶えない世界を俯瞰するような意味づけを行ったことは、それがコロナ以前から構想されていただろうにもかかわらず、一定の説得力を持っているとは言える。象徴的だったのは、最終幕で合唱団が付けていたマスクを敢然と外して歌うシーンだった。マスクこそが不自由の象徴だと言わんばかりである。これはコロナ禍における偽善的なものに対するささやか反抗だと私は解釈した。

しかし全般的に行って、私はオペラの作品にこのような政治的意図を感じさせないまでも、現実の世相を強調して見せることをあまり好まない。これでは純粋な音楽の物語が、余計な想念にかき消され興ざめである。頻繁に表示される文章のテロップも、それが意味するところを直接的に伝えすぎていると思う。とはいえ、もともと舞台が刑務所という暗い舞台である上に、ヘンテコな恋愛の歌も挟まれて、不得意な分野に苦労したベートーヴェンというのを感じるが、第2幕ではそれらが昇華され、まるでオラトリオのようになっていく。このようなビデオで観ていると、重唱の面白さが堪能できる。

大植の指揮は、ストレートかつ一気にベートーヴェンの音楽を聞かせるもので素晴らしい。序曲には「レオノーレ」第3番が用いられ、あのマーラーが考案した第2幕終盤での挿入はなかった。プログラム・ノートの大植のインタビュー記事におけるバーンスタインの証言では、「フィデリオ」はもともと3幕構成だったと推測されるとのことだが、だとするとその間に「レオノーレ」を差しはさむのは悪くない考えだと思う。

ビデオによる上演には字幕も付けられ、アングルも歌手を追っているので飽きることはない。ただ音質は、オーケストラについてはワンポイントマイクで録られたような貧弱さであり、それに歌手のボリュームが相当大きく乗っている。これはMet Live in HDシリーズなどでも同じだが、実際に聞こえる会場での音質とはかなりかけ離れている。そうでもしないとビデオとしてはやや物足りないものになるとの苦渋の判断だとは思われるが、世はAI時代である。このような音響工学にもその技術が取り入れられると、もう少し現実の舞台に近づけられるのではないかと思っている(いやそれ以上に効果的になってしまうのは良くないのだが)。

2018年7月25日水曜日

映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」(2017年、イギリス)

都内にある私のマンションの玄関には一枚の白黒写真が飾ってある。花束を持った一組の歌手が盛大な拍手に応えてアンコールを歌っているシーン。この歌手の名はオマーラ・ポルトゥオンドとイブラヒム・フェレール。当時もう70代の老人である。だが彼らこそ90年代になって、キューバの貧しい下町から「発見」され、鮮烈なデビューを果たしたバンド、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのメンバーだ。

確か2000年頃だった。私は妻とともに渋谷の狭い映画館の最前列で、彼らのツアーを追った映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を見た。直前に飲んだ大量のワインの影響で、私は映画の間中、心地よい睡魔に襲われ、ほとんど夢見心地でソンと呼ばれるキューバの「伝統的」ポピュラー音楽と、その知られざるハバナの風景を楽しんだ。荒波が波しぶきを上げて旧市街の道路を洗い、そのそばを大型の古い自動車が走る。子供たちが戯れ、老人たちが葉巻をくゆらせる。夕焼けが空を赤く染めている。心地よい音楽が、丸でカリブ海から吹き付ける風のように、私の体を覆っていた。

あまり良く覚えていないその映像は、後日発売されたDVDで何度も見た。全体を通して流れる黄金時代のキューバ音楽は、サルサやメレンゲとして知られる軽快な今のカリブ音楽の、いわば原型のようなものである。私は彼らがワールドツアーで来日した時も、有楽町の東京国際フォーラムで行われたライヴに出かけたのは言うまでもない。その時に行われた抽選会で、何と一等を得たのである。その時の景品が、いま私の家にあるサイン入りの白黒写真なのである。

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のメンバーは、みなキューバ革命以前から活躍していた名歌手たちである。その彼らが激動の時代を生き抜き、ギターリスト、ライ・クーダによって知られるところとなる。ドイツ生まれの映画監督ヴィム・ヴェンダースは彼らのアムステルダムでの公演を皮切りに、ニューヨーク・カーネギーホールでのコンサートまでの模様を、キューバの風景を交えながら追いかける。だが彼らに残された時間は少なく、その後の10年間に多くのメンバーが世を去った。もちろん高齢だからである。

その続編とも言える本映画は、ヒット後の彼らの活動を追うとともに、革命前後のキューバにも焦点を当ててドキュメンタリー風に構成していく。 最初の映画ほどの完成度には及ばないが、この映画に魅せられてコンサートまで足を運んだ者としては見逃すわけにはいかない。先週末の日経新聞に紹介され、東京での公開が今週中にも終わると聞いて慌てて出かけた次第である。

この映画を見て思うことのひとつは、革命、すなわち社会主義がこのラテンの国にもたらしたものとは何だったのだろうということだ。 長く資本主義社会から隔絶され、ミュージシャンと言えども生きる意欲を失い、靴磨きや葉巻工場の労働者として辛うじて生計を立てていた、というのはいわば負の側面である。だが革命前のキューバはアメリカ帝国主義により搾取され、それ以前から根強く続く黒人差別と奴隷の歴史から逃れることはできなかった。

ミュージシャンの口から語られる、そういった革命前後のキューバの実情は、見る者の心をより複雑にさせる。だが社会がどう変わろうと、音楽は常にキューバにあり、その精神は絶えず生き続けてきたということは事実だろう。音楽がキューバを救った、などと楽天的なことを言うのではない。オモーラ・ポルトゥオンドによって、失った愛の哀しみが歌われる時、そこには万感の思いが伝わってくる。その歌を彼女は、2003年に亡くなったイブラヒム・フェレールに捧げるのだ(最後のシーン)。

最初の映画から20年近くが経過し、私の住む家も三鷹の賃貸から都心のマンションに変わった。その間、私はずっと白黒写真を見続け、生死を彷徨う闘病の長い日々を過ごした。長い時間がもたらしたもの、その前の時代への憧憬。私の過ごしたこの20年は、人生を変えた20年でもある。その長さを思いながら、この映画を見た。

私はまだキューバに行ったことがない。今後、行けるかどうかはわからいし、行けたとしてももうあの、まるで半世紀以上もタイムスリップしたようなハバナの街に出会えるかどうかはわからない。でも可能なら、1時間でいいからハバナの旧市街を歩いてみたい。そこここから聞こえてくる人々の話し声や車の喧騒に混じって、あの哀愁に満ちたソンのメロディーが、きっと聞こえてくるはずだから。

2016年2月5日金曜日

映画「ロイヤルコンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(2014年、オランダ)

ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団が創立125周年を記念して行った世界各地での演奏旅行を追ったドキュメンタリーという触れ込みで、この映画の上映が始まったのは1月末だった。新聞に広告も掲載され、この手の映画としては評判だと思った。大所帯のオーケストラの世界旅行ともなると興味深い映像も数多く見られるのではないかと思い、丁度会社を休むタイミングがあったので妻と見に行った。渋谷のユーロスペースという映画館である。

映画は日本人向けに撮影されたインタービューから始まるが、英語が拙いうえにありきたりのコメントばかりでしかも長い。早く本編に入ればいいのにと思った。

コンセルトヘボウの舞台で音を合わせる打楽器奏者から始まるこの映画は、私が前もって想像したような映画ではなく、世界各地で虐げられてきた人々と音楽とのかかわりを描いたものだ。その都市とは、南米のブエノスアイレス、南アフリカのジョハネスバーグ(ヨハネスプルク)、それにロシアのサンクト・ペテルブルク(いやソ連のレニングラードと言うべきか)である。それぞれの街で、貧困、差別、圧制に苦しんだ3つのエピソードを軸にドキュメンタリーは展開される。

共通するのは音楽に対する深い思いである。アルゼンチンのタクシー・ドライバーは、クラシック音楽が現実の世界から逃避するためのものだと語る。オーケストラ・メンバーの家族や同僚との会話や移動のシーンなどがふんだんに挿入される。

次に向かったアフリカで、音楽学校を主宰する黒人の老人は、人種隔離政策によって困難を極めたバイオリンの習得について語りだす。私がもっとも心に残ったシーンは、その男性が話すメニューインとの出会い、そしてバイオリン奏者を志したと語るエピソードである。背後に茶色の国土、そこを行きかう女子生徒。彼女は話す。音楽がどれほど生活に潤いを与えているか。そのままオーケストラの公演シーンとなり、「ピーターと狼」やジャニーヌ・ヤンセンを独奏に迎えたチャイコフスキーの作品などが演奏される。

3番目の訪問国ロシアでのエピソードはもっと冷酷だ。コントラバス奏者はショスタコーヴィッチの交響曲について語る。その演奏に重なるように登場した老人は、母親と妻をすでになくしている。話は帝政ロシアが革命によってソ連と名を変える時代にまでさかのぼる。理由もなく秘密警察に父親を連行された彼は、そのまま強制収容所へ送られ、さらにはナチスの侵攻によってドイツでも抑留生活を余儀なくされる。「これが私の人生だった」と涙ぐむシーンは、見ているものをくぎ付けにする。

オーケストラは、ヴェルディのレクイエムやマーラーの交響曲第2番のフィナーレを演奏する。指揮はマリス・ヤンソンス。演奏会場に彼の姿をカメラはとらえる。音楽は人の心に安らぎを与え、救いの手を差し伸べる。そのことがこの映画の主題だ。世界中で音楽によって助けられている人がいる。コンセルトヘボウの世界旅行を追いながら、この映画の主題は音楽の持つ力についてである。それは直接人を助けられないかもしれない。けれども人はまた音楽なしでは生きていけないのだ。

この映画の心地よい裏切りは、オーケストラの楽団員を静かに追いながら、次第にそのような深刻なエピソードを淡々と追うことだろう。世界各地の会場で出会う聴衆の中に、いくつものストーリーが隠れている。そのことを掘り起こそうとしている。だから下手にタイトルをつけないほうがいい。日本語のチラシには、「世界第1位のオーケストラ」などと書かれているが、そのようなことはもはや関係ないし、この映画の言いたいことではない。

カメラの視点は楽団員と聞き手の間を行き来する。その間に関連性を見出すこともできないわけではないか、どちらかといえばつぎはぎの印象を残す。作者の視点が定まらないと思うのは、そのような時だ。挿入される演奏が効果的かと言われれば、そうだともいえるがもっと効果的にすることが可能だったのではとも思う。総じて感じるのは、ちょっと中途半端な構成である。これはテレビのドキュメンタリー・レベルであると思った。日経の金曜夕刊に映画評が掲載されるが、その際の5段階評価に倣って星をつけるとすれば、★3つ程度という感じか。ただこのような映画は珍しい。監督はエディ・ホニグマン。

2014年7月13日日曜日

映画「パガニーニ」(2013年、ドイツ)

好きなクラシック音楽についてこのブログに書いている以上、昨日見た映画「パガニーニ、愛と狂気のヴァイオリニスト」についても少し感想を書いておかねばらない。私は映画評論家でもなければ音楽評論家でもないから、ここに書く内容は一愛好家、つまりは素人のそれである。もしまだこれから見ようと思っている方におかれては、以下の文章を読むかどうかの判断はお任せする。一部ネタがバレてしまうことは確かだが、私の文章力では、だからといって実際にこれから見る人にとって妨げになることもないとも思う。

この映画のテーマは、神によって楽器の才能のみを与えられた男の悲劇である。そのことは終わりの方のシーンで、パガニーニ自らが病床に伏しながら言うセリフに象徴されている。彼はかつてロンドン公演の際に知り合った指揮者ワトソンの娘シャーロットに対し、その恋が遂げられないことをいまだに嘆いている。ヨーロッパ中を席巻した超技巧派も、本物の恋に苦しむ。年老いた彼は自筆譜を送り、自分の音楽を残そうとする。ここにあるのは等身大の、ひとりの哀れな音楽家の姿である。

パガニーニが自分の作品をコピーされることを恐れ、自筆譜を燃やしてしまったというのは有名な逸話である。だが彼は自分の音楽家としての人生を、その終盤になって振り返り、水銀中毒によって蝕まれた体を横たわらせながら手紙を書くのだ。

この映画のタイトルは「The Devil's Violinist」という。悪魔はパガニーニにヴァイオリニストとしての類まれな才能だけを与え、それ以外は与えなかった。悪魔は彼の体を蝕み、破壊する。ギャンブルや酒、それに愛欲に溺れ、あるときは自分の楽器をさえ賭けの担保とした(これも実話である)。そこに現れる一人の男、ウルバーニとの出会いと関係がこの話の中心である。ウルバーニはあるとき突然パガニーニの前に姿を表し、無条件でマネージャになることを契約する。彼こそがパガニーニの才能を見抜くことができるという、悪魔の使いだったというわけである。

ロンドン公演においてウルバーニは、その公演を成功すべくこの狂気のヴァイオリニストを公私にわたってマネージする。新聞記者を利用して記事を書かせ、一方で女性運動家をも誘惑する。音楽産業の隆盛を誇るロンドンは、当時のヨーロッパの「成功すべき都会」であった。彼はコヴェントガーデンでリサイタルを開き、その価格を釣り上げる。席は最初売れ残るが、そこに姿を現したのは英国王であった!彼はその場で即興を披露する。それが「英国国歌による変奏曲」で、この曲もパガニーニの作品であることを初めて知った。

少しできすぎた話であろうし、ここで滞在中に親しくなった指揮者の娘シャーロットが歌う英国的な歌詞のついた歌は、確かにパガニーニのメロディーを使用しているとは言え、この映画のために作られたのではないかと想像する。ついでに言えば、エンディングで流れるシューベルトの「魔王」のパガニーニ風の変奏曲も、彼の作品ではない(ただシューベルトが大金を支払ってまでパガニーニの演奏会に出かけ、その音楽を絶賛したのは有名である)。

全体にパガニーニの作品が流れているのは当たり前と言えばそうだが、やはりあの底抜けに明るく、しかも時にメランコリックな音楽にはいつもうっとりさせられる。リストもラフマニノフも、あのヴァイオリン協奏曲第2番「カンパネッラ」を編曲しているが、ここのメロディーが随所に登場するのは当然であり、極めて印象的である。だが、もっとも心に残ったのは、パガニーニが滞在するアパートを抜けだして酒場へ向かい、そこでギターを交えた即興演奏を披露するシーンである。

パガニーニは素敵なギター曲やギターとヴァイオリンとの二重奏を残しているが、ギターといえばその源はリートであり、リートの本場イギリスの民謡は、南国のパガニーニにうまく融け合って哀愁を帯びる。だから監督バーナード・ローズ(彼は脚本も書いている)は、こういうシーンを入れたかったのだと思った(ついでに彼はベートーヴェンを描いた映画「不滅の恋人」の監督だそうだが、私はプラハへ向かう郵便馬車に合わせて交響曲第8番の第3楽章が使われていたのを大変良く覚えている)。

この映画の最大の見どころは、俳優がヴァイオリニストを演じているのではなく、ヴァイオリニストが俳優を「演じている」という点だろう。ドイツ人のヴァイオリニスト、デヴィット・ギャレットである。彼は超技巧的な作品をもちろん自ら演奏している。パガニーニらしい風貌に化けているのも興味深いが、彼はあるとき理解ある一人の父親として息子の前に現れる。だが弟子を含めこの放蕩音楽家を継ぐものはいなかった。

なぜ彼がこのような天才的ヴァイオリニストになることができたのだろうか。それは映画の最初のシーンで語られるわずか数分の映像に見て取れる。彼は幼少時代に父親から厳しく指導されながら育ったのである。だからウィーンで再会した息子が家庭教師に叩かれたと知って、この家庭教師を即刻追い出す。このようなシーンは、おそらく現代の観客を意識したものだろうと思う。

200年以上も前のヴァイオリニストの、謎につつまれた生活を描いた作品だというのに、会場はほぼ満席という、最近の記憶にはほとんどないような状況であった。

2014年4月13日日曜日

オペラ映画「トスカ」(1976年、イタリア・ドイツ)

プッチーニの歌劇「トスカ」は人気作品だけあって過去に数多くの映像作品が出回っている。その中でも古典的な名作とされているのが、ジャンフランコ・デ・ボジオによる映画仕立ての「トスカ」である。かつてテレビなどで何度か放映されているのではと思うのだが、まだ見たことはなかったし上映会が催されるというので出かけた。実際テレビで見ただけでは、集中して字幕を追うこともできず楽しめないことが多い。やはり映画館で見るのがいい。

それでもなお、実際の上演に比べると興に乗らないことは覚悟しておく必要があるだろう。私の場合、昨年新国立劇場で見た沼尻竜典が指揮をした上演の方が、音響的にも舞台の見事さも、当然良かった。やはりオペラは実際に見るのに限ると思うのだ。

オペラ映画の場合、けれども、実際の上演にはない魅力があるのは否定することができないのは確かである。この「トスカ」の場合、その映像は舞台を飛び出して、実際に存在する建物を使ってロケされているからである。「トスカ」のように、1800年のローマ、それも本当にある建物が舞台となっているわけだから、そういう演出も可能だったのだろう。その舞台は各幕に1箇所づつ存在する。

  第1幕:サン・タンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
  第2幕:ファルネーゼ宮殿
  第3幕:サンタンジェロ城

これらはローマ市内の比較的近い場所に存在するため、Google Mapを使えば簡単に場所を確認できる(こちら)。

登場人物が比較的少ないのも「トスカ」に有利に働いている。すなわち主要な人物は、歌姫トスカ(ライナ・カヴァイヴァンスカ)、画家カヴァラドッシ(プラシド・ドミンゴ)、スカルピア男爵(シェリル・ミルンズ)、それに政治犯アンジェロッティ(ジャンカルロ・ルッカルディ)である。カヴァイヴァンスカは美貌でトスカそのものの容貌だし、若きドミンゴも素晴らしい。ミルンズの悪役もまたイメージそのものである。口パクながらこれだけのキャストが揃うと、映画としての見栄えは大層いいといわなければならない。演奏はブルーノ・バルトレッティ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、合唱はアンブロジアン・シンガーズである。

だが実際の建物を使うと、それ以上の効果がでないのも確かである。例えば第1幕の最後のシーンはテ・デウムを歌う大聖堂のシーンとなるが、それまでにも教会内部が多く写されるので、ここでの圧倒的な感動は少ない(と私には感じられた)。また第2幕のファルネーゼ宮は、何も実際である必要はないかも知れない。ここでは執務室とその奥で繰り広げられる拷問、さらにはトスカによるスカルピアの暗殺というドラマチックなシーンの連続だが、そうであるためにはそうしやすいような道具の配置を行った方が、演出上の効果は高いと推測される。

それに比べると第3幕のサンタンジェロ城のシーンは圧巻である。この第3幕に入る最初のオーケストラのシーンで、テレベ川の周りを羊飼いが歩いている。この少年はドミンゴの当時10歳の息子であると紹介されている。やがて夜明け前の牢獄のシーンで、カヴァラドッシは銃殺刑にされる前のトスカとの会話を交わす。城の中の暗く冷たいシーンが印象的だ。

屋上に出ると、そこではすでに夜が明け、舞台は明るい。朝のローマ市内が良く見渡せるその中で、死刑が執行されえるのだ。この緊迫感はちょっとしたものだ。空砲と信じていたトスカは、倒れこんだカヴァラドッシが本当に打たれたのを見て仰天し、やがて殺人犯を追ってくる警官たちに囲まれてとうとう城から飛び降りる。実際のサンタンジェロ城を使ったロケだからこそ迫力のあるシーンに、しばし釘付けとなる。

このサンタンジェロ城は当時は牢屋として使われていたが、今では博物館になっている。私も今から20年ほど前に、ローマを旅行しここを訪れた。廊下を回りながら屋上へ出ると、正面にヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂が見え、その光景は息を飲むほどに美しかった。


主役がいすれも凄惨な死を遂げるこのオペラでは、死のシーンが4回も登場する。これほど血なまぐさいオペラを、身なりの良い老婦人方が大挙して上映会にお出でになっておられたのもまた、この催しの見どころであった。ただ40年近く前のカラー作品だけあってやや色褪せて見える映像と、どうしても効果に乏しい録音は、これがやはり映画であることを認識してしまう。歌唱とオーケストラが重なるような場面では迫力が不足し、歌唱力が響かないのだ。何度も言うように、これはそういう実演で接するオペラには及ばない欠点と、実際の上演では実現できない利点があることを理解して見るものだろうと思う。

2013年11月17日日曜日

ベルリン・フィル3D “音楽の旅”

2年前の2011年末、新宿の映画館で見た「ベルリン・フィル3D “音楽の旅”」が、いつのまにかブルーレイなどでリリースされている。この作品の感想などを書き残していたので、ここに転記しておく。曲目はマーラーの交響曲第1番「巨人」と、ラフマニノフの交響的舞曲、シンガポール」でのライヴである。

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いつもは目にしない夕刊の映画館のお知らせコーナーを、どういうわけか久しぶりに見ていたら「ベルリン・フィル3D “音楽の旅”」という映画?の上演が新宿であるのがわかった。サイモン・ラトルが指揮をしたマーラーの「巨人」とラフマニノフの「交響的舞曲」となっている。ただのコンサートなのか、それともドキュメンタリー風のビデオ作品なのか、それは定かでないが「3D」とあるので、眼鏡をかけた映像の初体験となるだろう。3500円はちょっと高いが、職場の近くだし少し無理をすればなんとかなる・・・。

 年末の予算編成に忙しいこの時期に私はわざわざ午後の休みを取って、雨の中を新宿3丁目まで歩いた。平日とはいえ結構な人出だが、そもそも新宿3丁目にバルト(Wald)などというドイツ語の映画館なんてあったっけ。何でも13階建て、全部で10以上もの会場がある、そんな大規模な映画館のひとつで上映されている。さすが天下のベルリン・フィルである。

ところが、何と400人以上入る館内に客はたったの15人程度。ロビーへ上がる前に1階の端末にクレジットカードをかざせば、席の予約と決済、それに発券までできるので大変便利。その席を取ろうとしたら、20分前というのに3席しか表示がない。何かの間違いではないかと思ったが、そうではなかった。すぐそばのスターバックスなど空席がないというのに、なんという落差。

さて上映が始まると、港の夜景が映し出された。向こうには高層ビル群。ベルリンにこんなところがあったっけ?と思っていたら、そこは何とシンガポールである。その風景に乗って早くも「巨人」の第1楽章が始まる。普通にスクリーンを見ると、二重に重なっているので慌てて眼鏡をかける。するとタイトルの文字が浮かび上がって幻想的。やがて館内の演奏風景へとスイッチすると、サイモン・ラトルが指揮をしている。ずらりと並んだホルンは、後ろにいくほど遠くに感じられるし、そうかこれは最終楽章のコーダで立って吹くな、などと考えていたら目の前をコンサートマスターの梶本大進の姿が通りすぎていく。

そもそもマーラーを聞くのに3Dという映像効果が必要なのかどうかは不明である。だいたい映像で見るクラシック音楽の演奏風景は、カメラがとらえている楽器をどうしても聞いてしまうので、それだけで少しバイアスのかかった聞き方を余儀なくされるのが普通である(オペラでもそうだ)。今はここに注目しなさいよ、とわざわざ教えてくれるのだ。それを煩わしいと感じる作品は、下手なカメラワークの作品で、NHKのテレビ中継などに多いのだが、さすがはEurodiscの作品だけある(もっともNHKは協賛会社のひとつであるようだ)。

というわけで、3Dの映像に付き合っているだけで疲れてしまい、果たしていい演奏だったかどうかはよくわからない。敢えて言えば、この作品はもっと聴かせどころの多い作品だと思うが、どうもラトルの演奏が中途半端である。合わないような気がする。ベルリン・フィルはさすがだし、音響も見事なのだが、かつてCDで聞いた決定的演奏のハイティンク盤、音楽監督就任時に録画された印象的なアバドの映像などに比べるとあまり進歩がない。

だが、もう一つのプログラムであるラフマニノフで、この組み合わせは本領を発揮した。第1楽章の「真昼」。その迫力ある音楽は、3D効果の挿入画像に不思議にマッチして、何とも楽しい。シンガポールの人々の様々な生活シーンが、遠近感のある大画面に演奏と交互に登場する。 第2楽章「黄昏」は、リラックスした音楽が特に素晴らしく、第3楽章「夜中」にいたっても集中力はものすごい。
ラトルとベルリン・フィルの組み合わせに良く合っているが、このロシアの音楽が熱帯雨林気候の映像と組み合わさるのが不思議に面白い。会場につめかけていたのは、多くが若い人々でブラボー満開の拍手喝采の様子に、シンガポールのようなところにも立派なホールがあるものだと感心させられた。

わざわざ買ってまで見る作品でもないが、ラフマニノフは会心の出来栄えで満足度が高い。3Dである必要もないが、3Dのために作成したビデオ作品として、試行的な位置づけのものとしては話のネタにはなるかも知れない。それにしても大画面をほとんど独り占めのような状態で見ることのできる経験は、私にとってとても貴重であった。コンサートもこのようにして見る時代なのだろうか。

2013年10月21日月曜日

映画「椿姫ができるまで」(2012年、フランス)

南仏の夏の音楽祭の一つ、エクサン・プロヴァンス音楽祭で2011年に上演されたヴェルディの歌劇「椿姫」の制作過程を追ったドキュメンタリー映画。見て思ったことは、このような映画を作るにあたり、どのような観客層を中心にしているのだろうか、ということだった。

あらゆるオペラの中で「椿姫」ほどよく知られており、人気のある作品はない。私もその魅力の虜になったことが、オペラの世界に足を踏み入れるきかっけだったことは先にも書いた。どのフレーズも流れてくれば歌えるほどに知ってしまったが、それでも発見は尽きない。そのような患者は世界中に数多くいることだろう。だとすれば、もう何度も「椿姫」を見てよくわかっている人が、新たな発見をするような様々な見どころを散りばめる必要もあり、決して素人向けの安っぽい解説ものになってはならないということ。この映画はその通りの出来だった。

他方でオペラを見たこともなければあらすじもしらない人にとってはどうか?私はそれについてはよくわからない。基礎知識がまったくない、真っ白な気持ちでこの映画を見てみたいと思った。だがそれはできないことだ。想像するしかないが、オペラを知らない人が見ても、これはそれなりに楽しめるのではないか。そしてできれば一度、生でオペラを見てみたいと思わせたのではないか。だから、どちらの層にも見応えのあるものだったのではないだろうか。

主役を演じたのはフランスのナタリー・デセイで、私にとってはそのことがこの映画を「見てみたい」と思わせた理由である。他の歌手なら、残念ながらそうは思わなかったかも知れない。一線級の歌手が、ヴィオレッタをどう演じようとするか、そのことに興味が湧いた。

当日は台風の近づく大雨の天候で、映画館の場所を詳細に把握しないまま出かけた私は、渋谷の宮益坂をさまようことになった。ようやくのことで見つけたその映画館は、小さなビルの1階にこじんまりと存在した。こんな小さなところでやるのか、と思った。平日の午後の上演に客は十名程度。それでも3分の1といった感じ。

映画は、DVDの特典映像などによくあるような「メイキング映像」とは一線を画している。映画としての演出(監督:フィリップ・ベジア)にもすぐれているが、緊張と迫力で舞台に迫るという感じではなく、むしろしっとりとした感じに見せる。最初の振り付けから、やがてはピアノ付きの稽古、さらにはオーケストラとの音合せ、そして本番と、何通りものセッションを撮影し、それを通常のストーリー通りにたどりながら、つなぎ合わせる。ピアノ伴奏の稽古が、オーケストラ伴奏に変わるかと思えばその逆もあり、稽古の出来具合を進めたり遅らせたり。その様子が無理なくわかるので、見ていても違和感がない。

音楽を追いながら、私はやっぱりヴェルディのこの作品はいい曲だなと思った。音楽それ自体に語らせるだけで、物語が目に浮かぶ。だが、この映画では実は大きな見どころがカットされている。例えば第2幕の最後の重唱のシーン。ここは全体のクライマックスである。そして第3幕の「パリを離れて」。ここを見ずして「椿姫」を語るなというシーンである。これらを外したのは意図的であるとしか思えない。これらがなくても十分楽しいし、本番の楽しみをすべて奪う必要もないということだろうか。

デセイほどの大歌手となれば、演出家も遠慮がちに助言をする。後は歌手の自主性と演出家とのコラボレーションである。デセイはただ品がありすぎてジェルモンを歌った若い歌手よりも貫禄があるのは少し変だ。アルフレードは好感の持てる出来栄え。演奏はルイ・ラングレ指揮のロンドン交響楽団。ジャン=フランソワ・シヴァディエの演出は、過剰な読み替えでもなければ古典的な退屈さもない。場面を象徴する絵の垂れ幕が何枚も舞台に吊り下げられ、道具は必要最小限ながら、情景を強調する効果を持つ。

そういえばこの映画では、意図的に音声が消えるところがある。次はこのメロディー、と分かる人には期待をさせておいて、音が出ない。映像は歌手が歌っていたり、演じていたりする。その無音声部分によって、より映像と音楽への集中力が増す。このようなこだわりのある映像と編集は、やはりこれ自体が作品としての主張を持っていることを意味している。だが、それも素晴らしい音楽と歌手がいればのこと。あくまでそれを邪魔しない、というのが好感の持てるところである。後は実際に作品を見てみて欲しい、ということだろう。

2013年7月7日日曜日

映画「ワーグナー 偉大なる生涯」(第1部)(1983年、イギリス・ハンガリー・オーストリア)

私たちはすでに、大成功をおさめ音楽史に名を残すまでになったワーグナーを知っている。バイエルン王の絶大なる庇護のもと、大作「ニーベルングの指輪」を上演する専用のオペラハウス(バイロイト祝祭劇場)まで作ったドイツの大家は、ベートーヴェンの音楽世界とシャークスピアのドラマの世界を融合させた。だが、そのワーグナーも、若い頃から成功を約束されていたわけでは勿論ない。

それどころか、ワーグナーの波瀾万丈の人生は、(同年代のヴェルディほど貧乏で苦労したわけではないにせよ)自らの芸術的志向をどう表現するかについて、悩み続けた。ドレスデンで革命に参加した劇場の音楽監督は、間一髪のところで逮捕を免れ、亡命先で逃亡生活を余儀なくされる。この映画は、そのようなドレスデン時代から晩年までを描く大作だが、全部で7時間にも達するすべてを上演するわけではなく、チューリヒからヴェネツィアに至り再びスイスに戻るまでの放浪生活を描く第1部のみの(中途半端な)上映会であった。

ライプチヒで生まれたワーグナーにも、その少年時代や音楽学生の時代があったが、ここでのワーグナーはすでに「リエンツィ」の成功でヨーロッパに名前を知られ、歌手のミンナとも結婚をした後の、いわば「大人としての人生」から始まる。そのせいか、全体に漂う冷静さがまずは映画を見るものを少し退屈にさせる。加えてこの映画では、音楽的なシーンが少ない。ローエングリンなどの名作を生み出すことは、映画の中では基礎知識として持ち合わせていることさえ前提となる。

ショルティの指揮する音楽が随所に使われ、その音楽もわざわざ映画用に録音されたというこだわりだが、オペラのシーンは避けるように乏しく、マイアベーアとの出会いも、パリでの極貧生活も描かれていない。ここではそういったことを前提に知っている人が、さらにどのような雰囲気でマチルダとの交際に及んだか、といったシーンを興味深く見ることとなる。だがそのような知識がないと、かなり偏った部分がつなぎあわされ、しかも漠然としたものになるのではないかと思われた。

会場には数多くの客が2階席にまで入り、しかも上演前にはゲストによるプレトークも行なわれた。映画館専用のホールではない上映会で、このような客の入りは結構なものである。ヴェネツィアでの生活に見切りをつけ、スイスに向かうところで突然中断された客は、そうはいうものの少しずつ全体を楽しみつつあったところに水を差された格好で、溜息が漏れた。ヴェーゼンドンク夫妻との諍いあたりから、少しずつ面白くなってきたのに、というわけである。

だが私にとって、この「トリスタンとイゾルデ」が誕生するきっかけとなった出来事が、一流の俳優によって演じられたシーンを見ることによって、この夏に予定している「トリスタン」の映画上映に向けた予習を行うことが出来た。それからミンナという最初の妻は、やはり可哀想だなとも思った。芸術家の人生とは、やはり一般の生活とは違うものである。そうであると思えば思うほど、もう少し狂気じみた風に描かれていくのかと思ったが、この映画でのワーグナーは、少しとらえどころのない紳士である。もしかするとこれが実際に近かったのかも知れない。

ワーグナーを描いた映画は、しかしながらそう多くはない。そしてこの長編大作が、かなりの資金と工程を費やして撮られた数少ない映画である。今回の上映はディレクターズ・カットで、従来の編集済みのものではない、というのが売りである。だが、第1部のみを上映しておいて、あとはDVDを買ってくださいというのは、どうもいただけない。

2013年6月16日日曜日

オペラ映画「ボエーム」(2008年、ドイツ・オーストリア)

オペラ映画について触れたついでに、一昨年に見た映画「ボエーム」についても書いておこうと思う。これはプッチーニの歌劇「ボエーム」の映画版で、アンナ・ネトレプコらが出演する最新のもの(といっても2008年)である。銀座の映画館で見た時の印象を、古いブログからコピーする。

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Met Live Viewingのアンコール上演も終わり、次のシーズンまでの間、どう過ごそうかと考えてしまう。3週間で12作品を立て続けに見たし、その最後は「指環」の「ラインの黄金」と「ワルキューレ」で、今もって私の頭の中にはヴォータンの声が響いている。だから、次に始まったオペラ映画が「ラ・ボエーム」と聞いても、いまさら甘ったるい音楽なんか聞きたくない、と思うところである。

だが、私にとって「ボエーム」こそ人生最初のオペラ体験となった作品なのだ。それは1981年9月のことで、中学生だったころである。ミラノ・スカラ座が来日し、東京と大阪で公演を行った。その時にテレビとFMで放映されたのがプッチーニの「ボエーム」で、指揮はカルロス・クライバーだった(今一つの公演はヴェルディの「オテロ」とアバドによる「シモン・ボッカネグラ」)。

この伝説的な指揮者については私は当時何も知らなかった。ただFMで生中継が行われ、40分もの幕間をつなぐ時間に解説の話がそう長くは続かないことを想定したNHKは、ここに適当な音楽を挿入する予定だったようだ。ところが解説を担当した数名の音楽評論家が興奮してしまい、話が白熱する。結局この音楽は放送されなかったのである。その舞台はやがて教育テレビでオンエアされ、私も最後の幕に見入った記憶があるのだ。

ベッドに横たわるミミに対し、ロドルフォが大声で歌うがなかなか死なない。ずっとやりとりが続くのを見て、オペラとはかくも変わった劇なのかと思ったと同時に、その音楽の魅力に触れた気がしたのだ。演出はフランコ・ゼッフィレッリ、ミミが当たり役のミレルラ・フレーニでロドルフォがペテル・ドヴォルスキーという夢のようなコンビ。クライバーの指揮棒が舞台の下で勢いよく動きまわるのが大変印象的であった。

それから30年が過ぎたが、私が「ボエーム」に触れるのは、音楽のみのディスクを除けば実にこれが初めてである。そういうわけで、今回新たにアンナ・ネトレプコとローランド・ビリャソンの21世紀の黄金の組み合わせで映画が作成されたので(監督はロバート・ドーンヘイム)、私はさっそく出かけたというわけである。

映画館に入って驚いたのは観客の少なさである。平日とは言え夜の上映時間ならサラリーマンが大勢いても不思議でない。ところが銀座にある映画館には10人程度しかいない。500人ほども入る映画館にたった10人である。そこで私は真ん中の席に陣取り、いつものようにどっぷりとスクリーンに見入ることになった。

三角関係のないドラマは、青春小説をオペラにしたようなところがあって、何となく見るのも恥ずかしいくらいなのだが、それがプッチーニの甘く切ない音楽に乗ると、第2幕あたりからは見る方も感情が移入してしまう。もっともその時にはすでにミミとロドルフォが惚れあい、有名なアリア「私の名はミミ」や「冷たい手」などは歌い終わっているのであるが。

パリの屋根裏部屋を舞台にした映像は、舞台の制約を打ち払い、特に第2幕のカフェのシーンは見ごたえがある。少年の歌声や軍隊の行進もあって、華やいだクリスマス・イブの雰囲気はプッチーニの音楽がどのように構成されているかを良くわからせてくれる。第3幕の別れのシーンは、2組の男女が一斉に歌う雪中のシーンだが、1組はののしり合い、もうひと組は愛情を感じつつも別れてしまう切なさを、それぞれ歌っている姿が二重に映され、大変楽しめると同時に印象的だ。

第4幕になって病に伏すミミを、若い芸術家たちが見舞うシーンは泣ける。ここにはオペラにつきものの嫉妬に狂う三角関係も、ヴェルディによくある葛藤もない。みんないい人なのね、と思うとそれはそれでまた、大いに泣けてくるから音楽の力とは不思議なものだ。夢を追いつつも若者特有の焦燥感と虚無的な生活に、突然薄幸なミミが現れて一時の恋に落ちるも、友人たちに見送られながら息を引き取っていく青春ストーリーが、それでも新鮮な後味を残すのは、登場人物がみな若いからだろう。

裕福ではないが友情に厚いこれらの愛すべき登場人物を見ながら、自分にもそういう時期があったなあ、などと思ったりする。若者にしかない特権で、彼らはクリスマスから冬にかけての数か月をともに過ごす。共通の思い出として残るこれらの生活もまた、彼らの掛け値のない財産なのだろう。

プッチーニの音楽は、他のオペラと同等かそれ以上の完成度を見せている。そのことがこのオペラの成功の理由の一つである。指揮のベルトラン・ド・ビリーとバイエルン放送交響楽団とによるオリジナル・サウンドトラック(ということはオペラ全曲録音だが)は、Deutsche Grammophonからリリースされている。なおマルチェッロはジョージ・フォン・ベルゲンでなかなかいい。私は好感を持った。ムゼッタはアメリカ人のニコル・キャベルで、最初は韓国人かと思った。

「口パク」である上に、甘ったるい音楽。少し無理のあるストーリーなのになぜか泣いてしまう。オペラというのは不思議なものだと改めて思った。

2013年6月15日土曜日

オペラ映画「トラヴィアータ」(1985年、イタリア)

ヴェルディの一連のオペラ作品のうち、1980年代に映画化されたものについて語るとき、フランコ・ゼッフィレッリが監督した「トラヴィアータ」を取り上げないわけにはいかない。これは個人的に、オペラの楽しみに触れた、最初で、もっとも衝撃的な作品であったからだ。ヴェルディ中期の音楽的な充実とストーリーの美しさが、当時傷心していた私の心を直撃した。1987年、20歳のときである。

主演のトラヴィアータ(椿姫)が、その細身で病がちな美貌を買われたと思われるテレサ・ストラータス、アルフレードにプラシド・ドミンゴ、父ジェルモンにコーネル・マクニールを配した布陣は、音楽だけを取り上げるとやや不足な要素もないわけではないが、映画としての完成度はこれ以上無いというくらいに素晴らしい。

1995年にニューヨークで、メトロポリタン歌劇場の「椿姫」を見るにあたり、この映画について書いた文章があるのでそれを転記しておきたい。この作品はやがてドイツ・グラモフォンからDVDで発売されたし、今回のイタリア文化会館における「ヴェルディ生誕200周年」に因んだ映画上映会でも取り上げられた。しかし私はこの時の印象があまりに強く、その当時の感動を壊したくないとの思いが先行して、いまだに全編を通して見ることが出来ない。購入したDVDは一度も再生されることなく、私のラックに飾ってある。

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誰もが経験するように当時大学2年生の私は、単調な丁度学生生活にちょっとした失恋が重なって何をしようとしても力が入らず、心の傷がぽっかりとあいたまま時間とプライドと望みのすべてを失ったような気がして、立ち直れないでいた。

茫然自失腑抜けのような、あまりにむなしいその日の午後、私はしとしと降る秋雨の中、授業をさぼって大阪・梅田に出た。何を思ったのか映画を見ようと思い立ち、タイトルも確認もせず堂島の「毎日ホール」地下の映画館に入った。2本立てで確か800円だった。ただ何も考えなくていい時間が欲しかった。私は1本目の「ラ・トラヴィアータ」が、ヴェルディのオペラ「椿姫」であることすら知らなかった。何気なく後ろの席に座り、沈痛な面持ちで始まるのを待っていた。

スクリーンには冬のどんよりと曇ったパリのノートルダム寺院が映るだけで、何分間も全く音すら流れてこない。私の気持ちはますます陰鬱になり、何と言う映画を見に来たのかと後悔しつつあった矢先、静かに前奏曲が流れてきた。

少年が部屋の片付けを手伝っていたところ、額に入った一人の美しい女性の肖像画に気付く。少年の心はなぜかその顔に惹き付けられ、やがってじっと見入る。ここが前奏曲の主題の部分で、画面はやがてその女性の肖像画をズームインしていく。少年の気持ちは何かにとらわれたかのように部屋をさまよい、そしてある殺風景な部屋に入ろうとして立ち止まる。そこはみすぼらしい屋根裏部屋で、ひとり咳き込むか弱そうな肖像画の女性がベッドに横たわり、それを気の毒そうに覗きこむ少年。ここが悲劇を暗示するメロディと重なっていたように思う。

何とインパクトの強い映画だろうか。音符のすべてが画面のシーンにぴたりとあてはまり、美しい画像と音楽の連関に、私はまるでその少年の心のようにスクリーンに惹き付けられていった。

前奏曲が静かに終わると、カーテンの向こうから騒ぎ声が聞こえる。「一体何だろう」女性はベッドから起き上がり、ふと向こうの部屋を見やる。するとどうだろう。第1幕の出だしの音楽が勢いをきって流れ出した。女性はみるみるうちにパーティー会場へ引き込まれ、いきなり見たこともないアルフレードという一人の純情な青年からの愛の告白を受ける。あとは有名な「椿姫」の筋書き通りである。

私は初めて見るオペラ映画なるものが、随分変わったものだと思いつつも字幕を追い、豊かに響く音楽と歌に聞き惚れていった。筋書きは知らなかった。「乾杯の歌」や「花より花へ」といった歌を部分的に覚えてはいたが、その歌の意味するところも全体のストーリーも知らなかった。ただ魅力的で美しい映像と音楽に、わたしは我を忘れて聞き入り、一種の興奮にも似た感覚を感じていた。こんな経験は初めてだった。

今でも鮮明に焼き付いて離れない数々のシーンと音楽のうちで、最高潮はスペインの闘牛士の踊りとそれに続く賭けのシーン、それから第2幕の最後の3重唱である。私は初めて知るストーリー、初めて聞く音楽でありながら、背筋が緊張して動かないくらいに感動し、そして涙を流した。映画の構成は見事というほかなかった。ヴェルディの意図した音楽的動機が、一つ残らず説明されていくような説得力を持つ画像の構成であった。

幕間の休憩もなく、第3幕のパリ祭の日にアルフレッドが駆けつけるシーンと、それに応えるヴィオレッタが形見を渡すシーンは、私を魂の根底から揺さぶった。やがて病に倒れるヴィオレッタ、映画は急転直下悲劇で終わる。

実は第3幕の前奏曲でも、あの最初の少年が登場し、ヴィオレッタの部屋をカーテン越しに眺めている。あとで知ったがこれはヴェルディのオペラには登場しない人物である。なぜ、映画監督ゼッフィレッリは彼を登場させたのだろうか。そしてこのことがこの映画をより一層示唆に富むものにしている。

私は余りに感極まって打ち震える体を静めようと努力しながら、映画館を出た。雨はまだ降り続いていて止む気配はなかった。私は大急ぎで家に帰り、しばらくは他のことを何も考えることができなかった。それ程私は感動していた。

これが私とオペラとの劇的な出会いである。それから私は立て続けに「椿姫」のCDを借りてきては聞き入り、全てテープにとっては訳を見ながら解釈本を読み漁った。次いで「オテロ」「魔笛」「トリスタンとイゾルデ」というように次々と聞いていった。学校から帰るとすぐにオーディオ部屋に籠って、その年の冬は過ぎていった。

このような魂を揺さぶられる経験は、人生でそう何度もあるものではない。私はどういうわけかオペラに縁があったのだ。もし毎日ホールの映画の上映順序が逆で、2本目の映画「恋に落ちて」を見ていたら、私は別のものにのめり込んで行ったに違いない。

2013年6月7日金曜日

オペラ映画「リゴレット」(1982年、ドイツ)

ヴィクトル・ユゴー原作のオペラ「リゴレット」のテーマは「呪い」である。オペラ映画として1982年に作成された「リゴレット」は、そのことをとてもよくわからせてくれる。

主人公リゴレットはせむしで、道化師として生きるしかなかった男である。身体的ハンディキャップを負った彼は、時に卑屈でコンプレックスの強い人間となっていただろう。そのリゴレットにはただ一人美しい娘がいて、彼女(ジルダ)のことを愛してやまない。ジルダはそのような父を見ながら、箱入り娘として育つ。だがリゴレットはそのような自分をどこか情けなく、負い目を感じていたのだろうと思う。

自分の娘がまたもや公爵の手に落ちてしまうのを悲しむ父モンテローネ伯爵に、自分の弱い姿と同様のなものを感じてしまうのを発見し、嘲ってしまうのだ。そのことが、とうとう彼をしてリゴレットを呪わせる。モンテローネ伯爵の呪いは、自分にもある感情と同種のものであるがゆえに、心のなかで常につきまとい、あろうことかその悲劇は、自身の身にも降りかかるのである。

思えばヴェルディの他の作品、例えば「椿姫」では肺病を患った娼婦が、「トロヴァトーレ」では息子を誤って殺したジプシー女が、「オテロ」では肌の黒いムーア人が、いずれも自分の出自ゆえのコンプレックスを抱えていて、そのことが自分に跳ね返る災いの間接的な引き金となって、遂には身を滅ぼしてしまうのである。私はここで何故か松本清張の小説を思い出すのだが、このような今では少しタブーとなった差別的な部分が、このストーリーを理解する上で避けて通れない。

このオペラ映画はいまから30年以上も前の作品である。映像を見ると少し色あせていて、時間の経過を感じる。だが、私にとってこの作品は、同時期に相次いで映画化された「トラヴィアータ」や「オテロ」(いずれも監督はフランコ・ゼッフィレッリ)と並び、学生時代の私をオペラ、とりわけヴェルディの世界に引き込んだ思い出深い作品なのである。この3つの映画が同時に、ヴェルディ生誕200周年の今年、東京・九段のイタリア文化会館で上映されるのを知って私は、会社を休んで出かけた。

このうち「トラヴィアータ」と「オテロ」はいずれも映画館で見ているから、今回は「リゴレット」に的を絞り、朝11時の開演40分前に会場に到着したが、すでにそこには大勢の人が着席していて、そのあともどんどん人はやってきた。開演時には500席以上ある会場がほぼ満員となった。私は最前列に座ったが、平均年齢65歳はあろうかと思われる客は、後ろの方から埋まり始め、はたして字幕を追うことができるのだろうか、などと心配した。

北イタリアの城壁都市を実際に使ってロケをしたという映像は、カメラが劇場の舞台を飛び出して動きまわることができることでより一層、リアルなものとなった。この映画に限らずこのような演出が、オペラ映画の素晴らしいところだ。実際のオペラとはまた違う魅力がある。

圧巻は第3幕の四重唱のシーンだと、初めて全体を通して見た今回も思ったが、それ以外にも多くの発見があった。第1幕でスパラフチーレがリゴレットに初めて言い寄るシーンや、貧乏学生に扮したマントヴァ公が乳母を買収してジルダの元を訪れるシーン、それに廷臣たちがリゴレットを騙してジルダを拉致するシーンなど、実際の舞台を見てもよくわからないままとなってしまうことがある。どこまで台本に忠実かはわからないが、このジャン=ピエール・ポネルの演出は、少し饒舌すぎるにせよストーリーがよくわかるのである。

リゴレットはその弱さ故に殺し屋にすがり、そのことが結果的には愛する娘を死に至らしめる。救いようのないオペラも、ジルダは自ら身代わりとなって死んでゆくところが涙を誘う。マントヴァ公は悪役ではあるが、許せない悪ではない。むしろ愛嬌があり、さらにはいっときジルダを心から愛する者として描かれている。その役を若いルチアーノ・パヴァロッティは、美声を轟かせながら好演している。パヴァロッティの素晴らしさこそ、この映画のまず第一に触れられなければならない点だろう。

まだ若く艶のあるパヴァロッティの次に心に残るのは、もしかするとスパラフチーレ(フェルッチョ・フルラネット)の妹、マッダレーナを歌うヴィクトリア・ヴェルガーラかも知れない。そして一人二役となるイングヴァール・ヴィクセルのモンテローネ伯爵。これらの脇役がしっかりとしている。そしてエディッタ・グルベローヴァのジルダとイングヴァール・ヴィクセルのリゴレットは、及第点の出来栄えである。リッカルド・シャイーの指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏が素晴らしく、この若き天才の出世作であったことを思い起こさせる。それにしても作製されて30年以上が経ったとは、自分自身も歳をとったものである、と感じた。

2012年9月17日月曜日

オペラ映画「魔弾の射手」(2010年、スイス)

ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」は、ドイツ以外ではあまり上演されないようで、私も未だに一度も実演に接していない。これほど「ドイツ的」なオペラもないのは、あの長いダイアローグがすべてドイツ語によってなされることから、ドイツ人の歌手を揃えて満を持して上演しないといけないからだと思う。だがそういうと、モーツァルトの「魔笛」だって台詞は多いし、ワーグナーの「ジークフリート」だって台詞こそないものの、至って長い歌詞をすべてドイツ語で歌わなければならないではないか、と言われるかも知れない。

確かにそうであるのだが、それらがインターナショナルな評価を得た第一級のオペラであるのに対し、少し地味な感じがするし、特別に歌唱力を要求される難しい歌があるわけでもなく、何ともローカルな印象を拭えない。そのような特別な人気があるわけでもないオペラとなると、ドイツ人を揃えて上演するほどの期待値が高まるわけではないということになって、興行上困難なのではないか、などと勘ぐってしまう。

けれどもディスクで聞いてきた身としては、このオペラが数多くの合唱や管弦楽に彩られ、ロマン派前期特有の、構成美を有しながらも叙情にも満ちた素晴らしいバランスを保っていることを考えると、一度は実際に見てみたいと長い間思っていた。ベートーヴェンからいきなりワーグナーに飛び越えるのは、何か違和感があるのも事実で、その間に位置する最重要作品とあらば、なおのことである。その歌劇「魔弾の射手」が映画となっていることを偶然発見し、しかもそれが近くの映画館で上演されるということを新聞で知ったことは、私にとっての今年の大ニュースのひとつであった。

そういうわけで有楽町のヒューマントラストシネマという新しい映画館に駆けつけたのだが、ここは小さな映画館がいくつも列ぶところで、イトシアという新しいビルの4階にあった。座席数は数十で、満席ではないが4割くらいは埋まる、この手のものとしては上出来の観客数で、土曜日の夕方ということもあり、見に来る人もいるものだなあ、などと思ったのである。演奏はダニエル・ハーディング指揮のロンドン交響楽団、2010年スイス映画。監督はイェンス・ノイベルトという人である。

まず思ったことは、このような古典的な舞台(それも森や村、野原などである)の映画がよく撮れるものだなあ、ということ。丁度大河ドラマのロケのようで、当時の風習(1650年頃のボヘミア)が、日本人の私にはよくわからないのだが、上手く描かれているのだろう。我が国に置き換えれば、元禄時代の風習を再現しなければならないのと同じだろうか。

急に何百年もの昔にタイムスリップさせるための、オペラ映画でよく使われる方法をこの作品も使用している。小学生が森に遠足にやってきて、そこで人形劇をするというものである。序曲の間その光景が映し出される。これは現代である。この、原作にはない登場人物は、幕間にも登場するが、それがうまくアクセントになって、全体の劇の奇妙な興奮と錯覚と鎮める効果を示す。歌劇であることとストーリーが滑稽であることを、忘れてしまう効果はこの作品にもあるので、それをうまく中和してくれるのだ。

猪谷の場面は、音楽だけで聞くと何やら騒々しい音楽で、恐ろしい雰囲気も持ってはいるがそれは音楽上の表現にすぎないと思いがちである。この時代の音楽は、まだ全体に古典的雰囲気を残しているので、物語を型にはめて表現する傾向がある。しかしそれでも映像を伴ってこのシーンを見ると、ボヘミアにかくも深い谷があるのか、と思うことに合わせて、その恐ろしさが倍増する。もしかするとこの音楽は、そのような一種オカルト的な映像付きの場面の映画音楽にしても十分に威力を発見する、現代的な雰囲気をすでに持っているのではないか、と思うのである。それはワーグナーが後を継いだロマンチックな世界である。

女性の歌についても触れておかねばならない。エンヒェンとアガーテの二重唱などは、この映像の白眉ではないだろうか。全体に各場面が印象的である。第1幕では村が舞台で、農村の土臭い身なりの人々が群れ集う中、射撃大会の行われるシーンはこのようだったのか、と思う。自分の想像で聞いていたことがいかに情報不足だったということか。第2幕の城か宮殿を利用したシーンは大変美しいが、猪谷の場にいたって急転直下、夢にも出てきそうな怖いシーンが映画ならではだ。

第3幕では宮殿の庭で、射撃大会が行なわれる。ハッピーエンドがしらけないかと心配したが、隠者などもうまく登場して、それなりに劇としての形式を維持していることに驚く。最終的に、これはやはり映画だろうということで、映画でなければできないオペラの新しい表現を、今日この作品でもやってのけた、というところが私にとっては何とも嬉しく、新鮮であった。

(2012年3月24日)

【出演】フランツ・グルントへーバー(Br)、ベンノ・シュルム(Bs-Br)、ユリアーネ・バンゼ(S)、レグラ・ミューレマン(S)、ミヒャエル・フォッレ(Br)、ミヒャエル・ケーニヒ(T)、ルネ・パーペ(Bs)、オラフ・ベーア(Br)他、ベルリン放送合唱団、ロンドン交響楽団/ダニエル・ハーディング、監督:イェンス・ノイベルト

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...