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2025年2月24日月曜日

NHK交響楽団第2033回定期公演(2025年2月21日NHKホール、下野竜也指揮)

これまで私は、N響の聴衆というのは高齢者が多く、どこか醒めていると感じていた。例えば杖をついていても歩きにくい人をよく見かけたし、そういう人が休憩時間に並ぶトイレはやたら時間がかかって混み合い、時間が足りない(そのせいか、いつの間にか15分の休憩時間が20分に延長された)。補聴器への配慮を促すアナウンスにも最初は驚いたものだった。

それがいつからか変わり、今ではオーケストラが出てくるだけで拍手が起こる。補聴器のアナウンスは聞かなくなった。そして今回出かけた第2033回定期公演では、何と若い人や外国人が非常に多かった。とうとう世代が変わったのだろうか。2月はC定期のみ出演者は全員日本人だし、スッペやオッフェンバックの小品を集めたコンサートは、コスト削減を目的とした安易な企画として、お堅いN響の定期会員には人気なく、席はガラガラだと思っていた。ところがそうではなかったのだ。私の購入した2階席など、ほぼ埋まっているではないか。

いわゆる名曲コンサートの類であれば、これも頷ける。しかし本日は定期公演。5月には欧州公演も控えているようで、しばらく定期公演はお休み。けれども私は、定期公演としての演奏されるなら名曲ばかりのプログラムも好ましく、つまり軽い曲を軽く演奏するのではなく、一球入魂の力で演奏することに密かな期待を抱いていた。同じことを思っている聴衆も多かった。かつてカラヤンのビデオ作品などがそれを彷彿とさせて、私のお気に入りだった。それこそロッシーニの序曲やシュトラウスのワルツを、まるでシンフォニーにようにゴージャスに演奏するのだから。

2日同じプログラムで開催されるN響定期の初日というのは、FM中継に加えてテレビ収録されることになっている。ところがこの日は通常のカメラに加え、マイクロフォンの設定がいつもより多い。これは何を意味するのかわからないが、もしかするとこの演奏は、何か特別な録音でもなされるのかも知れない。まあそんなことを考えながら、開演を待った。

最初の曲がスッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲だったことを忘れていた。あの勇壮なトランペットのファンファーレが聞こえてきたとき、N響の管楽アンサンブルの見事さに圧倒された。いつのまにか、金管楽器のフォルティシモの醜さ(それは我が国のオーケストラの欠点だった)が消えてなくなり、磨かれて美しく聞こえるのだ。これは3番目の曲、同じスッペの喜歌劇「詩人と農夫」でも同様だった。

ただ「詩人と農夫」では、そのあとチェロの独奏が朗々と会場にこだまし、さらにハープが加わってうっとりするようなメロディーに酔いしれる。そうかと思うと濁りのない弦楽器のユニゾン、金管のアンサンブルと聞き所に事欠かない。

前半の2曲目にはヴァイオリニストの三浦文彰を迎えての、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番が演奏された。この曲は有名だが、私は会場で聞くのは初めてである。まるでヴィオラのような低音で始まる冒頭から、こなれた手つきで演奏するソロに見入った。

演奏は後半ほどこなれて上手く、もしかすると明日の2日目はもっと緊張感が取れていい感じになるのではと思われた。最後の曲、オッフェンバックの「パリの喜び」(ロザンダール編)は、言わずと知れた楽しい曲だが、これは40分近く続くという贅沢なもの。N響のようなプロ中のプロが奏でる「カンカン」が、そして夢のように美しい「舟歌」が、まるで交響詩のように響く。オーケストラの楽しさをこれほどにまで体験できる贅沢な時間は、なかなかないものだ。指揮の下野竜也も終始楽しそうで、表情は客席からはわからないが、これはテレビ放映時の楽しみである。

2024年3月24日日曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第758回定期演奏会(2024年3月23日サントリーホール、アレクサンダー・リーブライヒ指揮)

定期会員になると安く席が確保できるのはいいのだけれど、その日にスケジュールが入ってしまうこともあって、日程調整が結構大変であることは経験済みだ。それでも今回、初めて日フィルの春季の会員になったので、夏までの計5回のコンサートのチケットが送られてきた。その最初となる第758回定期演奏会が、サントリーホールで開かれた。

毎年3月の下旬になると、アークヒルズ脇にある桜並木は、「満開」と言わないまでも結構な咲き具合で、「7分咲き」か「満開近し」の趣である。ところが今年は、(早く咲くと言われていたのに)寒の戻りが長く続き、一向に咲く気配がない。「ちらほら」でもなく「つぼみほころぶ」といった塩梅。聴衆もコートを着てマフラーを巻き、曇天の中を会場へと急ぐ。

演奏会は2日にわたって開催された。正式には私は金曜日の会員なので、本来は前日22日の予定だったのだが振替をしてもらった。このシステムは大変有難い。そして振り替えてもらった席も1階の通路側と悪くない(A席)。席に行くと会員向けの冊子が置かれいて、アンケート用紙が入っていた。

5つある定期演奏会のうち3つ以上がお目当ての場合、会員になるのが経済的だ。今季は4つの公演に興味があった。その中に今回の公演は入っていない。しかし、会員にならないと行かないであろうコンサートでの、曲や演奏との思いがけない出会いもまた、定期会員の醍醐味であると言える。プログラムは三善晃の「魁響(かいきょう)の譜」、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番(独奏・辻彩奈)、そしてシューマンの交響曲第3番「ライン」という、どちらかと言えば玄人向けの渋い内容。でもこういう時こそプロの心をくすぐるからか、名演奏になることも多いことは過去に経験済みである。

さて、そういうわけでアレクサンダー・リーブライヒというドイツ人の指揮者も初めて聞くことになったわけだが、日フィルとの相性もなかなか良いと見えて、実力の発揮された印象的な演奏となった。まず三善晃の作品だが、最近コンサートで日本人作曲家の作品が取り上げられることが多い。しかし私はこの曲を初めて聞いた。「魁響」という言葉は(おそらく)造語で、手元の広辞苑にも載っていない。プログラム・ノートによれば「魁」はさきがけ、すなわちものの始まりの前段階を意味し、その響きという意味で名付けたようだ。ただ興味深いのは、この作品が岡山のコンサート・ホールのこけら落のための作曲されているこで、吉備地方の霊感に触発されたことによるということである。

岡山はほとんど旅行したことがないが、吉備津神社には行ったことがある。ここの長い回廊を、雪の降る年末の寒い日に歩いた。寒くて霊感どころではなかったが、その時のことを少し思い出した。曲はしっかりとした、割と長い曲だったが、手中に収め切った指揮と演奏で聞くものを飽きさせない。中盤のリズミカルな部分も含め、現代音楽の語法てんこ盛りのような曲だが、堂々としたものであった。

ヴァイオリンのセクションが一時退席し、独奏者のためのスペースが作られる。やがて登場した辻彩奈は、初めて聞くヴァイオリニストである。ここのところ、若い日本人の弦楽奏者に出会うことが多いが、彼女もまたそうである。シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は実演で聞くのが2021年以来2回目。近年なぜかポーランド人作曲家の作品がプログラムに上ることが多いような気がする。若い演奏家がシマノフスキの作品をこなしてしまう技量の高さにも驚くが、失礼ながら私はこの曲の間中、耐えがたい睡魔に襲われてしまいほとんど記憶が残っていない。それでも最終盤のカデンツァでの堂々とした演奏は、この曲に賭ける彼女の強い気持ちが表れていたように思う。

休憩をはさんで演奏されたシューマンは、さっそうとしたさわやかな演奏だった。ホルンをはじめとして日フィルの巧さが際立った。シューマンの音は弦楽器と管楽器がそのまま混ざったような独特のもので、アレルギー性鼻炎に苛まれる春霞の時期に良く似合う、などいうことを思うのは私だけだろうか。ただ「ライン」という曲はライン川の雄大な景色をそのまま音にしたようなところが魅力的で、私は4つの交響曲の中では最も好きな作品である。それでも実演では、過去に一度しか接していない。

リーブライヒの伸びやかなで、かつ細やかな指揮によってこの曲の魅力が伝わって来る。今ではめずらしく各楽章の間に十分なポーズを置くのが好ましい。音楽を聞く喜びを味わい、その終楽章でコーダが決まると、女性がうなり声をあげ、続いて多くのブラボーが飛び交った。おそらく満足の行く出来だったのだろう、大変うれしそうに何度も舞台に上がった指揮者は、満面の笑みを浮かべていたのが印象的だった。

2022年9月9日金曜日

東京都交響楽団第958回定期演奏会(2022年9月9日サントリーホール、大野和士指揮)

重陽の節句9月9日は私の誕生日でもある。残暑がまだ続く9月の初旬は、台風が来たりすることも多く、蒸し暑くて天候が悪い。夏バテ気味の体調は、寝不足と食欲不振で疲労がたまり、とても良いコンディションとは言えない。少なくとも落ち着いて、クラシック音楽など聞く気持ちには、なれないことが多い。

特に暑かった今年の夏。もういい加減涼しくなってほしい、などと願う気持ちさえ奪われた日々は、私にとって2年も続く腰痛との闘いに終止符を打つべく、思い切って外科手術に挑むことになったことから始まった。7月初旬のことである。いつもより早々と梅雨明けとなった猛暑の日々を、術後のベッドの上で過ごした。コルセットが汗まみれになり、かねてからの口内炎で食べたいものも食べられない。そしてそんな養生の日々を新型コロナが襲ったのは8月上旬だった。最初は妻がり患し、基礎疾患のある私は、ホテルなどでの自己隔離を主治医に薦められた。しかし結果は私も陽性。ホテル滞在は息子に代わり、夫婦二人で闘病の日々が続いた。私は持病の治療スケジュールとの兼ね合いから、どうしても重症化するわけにはいかなかった。幸い、すぐに飲んだ抗ウィルス薬の効き目もあって、症状は軽症で済んだ。

猛暑と腰痛とコロナと基礎疾患。4重苦に苛まれつつ8月をやり過ごし、ようやく外出もできるころになって自分の56回目の誕生日がすぐそこに迫っていることを悟った。長く演奏会から遠ざかっているので、何か節目となる演奏会があれば、思い切って出かけてみたいと思っていたところ、都響から電子メールが届く。大野和士指揮の定期演奏会が、サントリーホールで開かれるのである。演目はドヴォルジャークの交響曲第5番とヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」。オール・チェコ・プログラムである。どちらも実演で聞くのは初めてだ。

2階S席を買い求め、仕事を早々に切り上げてサントリーホールへ向かう。暑さも少しやわらいで、心なしか涼しい風が吹いては来るものの、まだ秋のそれではない。夏が終わったのに秋が来ないという一年でも最も中途半端な日々。私が生まれたのは、こんな季節の変わり目だったのか、と毎年思う。9月最初のシーズン幕開きは、いつも暑くて上着を着るのが億劫である。

それでも2年以上のコロナ禍の中で、聴衆も落ち着いたものだ。客席はおおむね満員。まだカウンターバーの営業はなく、マスク着用も避けられないが、音楽を聴きたい気持ちは共通している。もう毎日のように演奏会が開けれ、会場入口で渡された袋入りのチラシには、海外から来る演奏団体の数も多く、コロナ前の水準に達している。

中欧のくすんだ音色が会場を満たし、木管楽器の浮き上がるようなメロディーが重厚で明るい弦楽器と溶け合う。これはまさにドヴォルジャークの音だと思う。常に見通しのよい大野の指揮が、楽天的で民俗的なリズムによく合っている。さわやかな第1楽章、抒情的な第2楽章。いすれもたっぷりとした曲だが、第3楽章も比較的長く、特徴が地味である。このため第2楽章や終楽章との切れ目がわかりにくい。大野はこの第2楽章と第3楽章を一気に演奏したように思う。一方、第4楽章がそれなりに輝かしい。

ブラームスに見いだされたドヴォルジャークは、ちょうどこのころから出世街道に乗って作風の完成度を高めていく。やがてはアメリカに渡り、「新世界交響曲」に結実する人生は、悲劇の多い作曲家の中で、稀にみるサクセス・ストーリーである。その出発点となったのが交響曲第5番であった。輝かしく伸びやかであるが、全体をスラヴ舞曲のように覆う作品かといえば、意外にそうではない。やはり交響曲として意識した作品である。

20分の休憩をはさんで、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」が演奏された。ヤナーチェクもチェコの作曲家だが、ドヴォルジャークよりも13年だけ若い。けれども作風は、同じように民俗音楽をベースにしながらも、歌謡性に満ちた親しみやすさのドヴォルジャークとはずいぶん異なる。一言でいえば、ドヴォルジャークの故郷ボヘミアが都会的であるのに対し、ヤナーチェクのモラヴィア地方はより土着的、東欧的である。ただ私はチェコを旅したことはなく、このあたりの感覚はよくわからない。

ヤナーチェクの音楽には打楽器が活躍する。「グラゴル・ミサ」も同様で、オーケストラ最上段に並べられたティンパニは3台。それに小太鼓やシンバル、2台のハープ、そしてオルガンも加わる大規模なものだ。ソリストは4人(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、それに混成4部合唱。今回の独唱陣は、順に小林厚子(S)、山下裕賀(A)、福井敬(T)、妻屋秀和(Bs)、さらにオルガンが大野麻里、新国立劇場合唱団は通常P席の位置に、ディスタンスを取って並ぶ精鋭部隊。

このたび演奏された「グラゴル・ミサ」は1927年第1稿ということだが、これは何と1993年になって出版されたもので、それまでの楽譜では最後に置かれていた「イントラーダ」が冒頭にも置かれている。もっとも私はこの曲を聞くのがほとんど初めてだったから、その違いには気づかない。そして冒頭からリズミカルにティンパニが鳴り響くと、そのパースペクティブの良さから、決して全体の調和が乱れない音楽的な表現に心を奪われた。これは大野の得意とするようなところだろうか。

第2部の、これもオーケストラだけの「序奏」のあとに、いよいよ「キリエ」が始まり、ソプラノと合唱が入る。おそらく難しい古代スラヴ語の歌詞が、どれほど歌手の負担となっているかは知る由もない。ただ今回のようなわが国の第1人者によって歌われると、そういう難しさが伝わることはなく、そのことが今回の演奏水準の高さを物語る。それはソプラノだけではない。やがて「クレド」で歌われるテノールもしかりで、合唱とオーケストラに負けていない。

「クレド」の中間部におけるオーケストラの響きは、金管楽器や小太鼓などに続きオルガンも入る大規模なもので迫力満点。見通しのよい演奏で聞くと興奮さえ覚える。この長い「クレド」の真ん中で折り返し地点を過ぎるように曲が構成されていて、対称的な構造となっている(今回の1927年第1稿の場合)。

全体に賑やかで、宗教的というよりはやや世俗的、さぞイギリス人などが好みそうな曲である。大野和士は2019年、ロンドン交響楽団でこの作品を演奏したそうである。

ハープやチェレスタが聞こえてくると「サンクトゥス」。高音主体の歌唱とオーケストラは次第に熱を帯び、いい演奏で聞いていると散漫さがなく集中力を保ちつつ一気に進む。なかなか出番がないと思っていたアルトが「アニュス・デイ」で活躍し、今回の独唱陣は例えようもなく見事であった。それぞれの音域が明確に示されているので、それぞれの声の質がよくわかる。

さて終盤にさしかかったところで、会場の最上部にいたオルガンの独奏となる。なんとも盛沢山の曲に満足する。そのオルガンの、また素晴らしかったこと。私はあまりオルガンの曲を聞かないが、今回サントリーホールで聞いた「グラゴル・ミサ」の第8曲は、約3分間でしかなかったが、とても贅沢な時間に感じられた。

終曲は、冒頭でも演奏された「イントラーダ」が再演された。再びティンパニが活躍する手慣れた響きに再びあっけにとられているうちに曲が終わった。満場の拍手にこたえて、何度も呼びもどされる出演者は、オーケストラが去った後も続き、充実した2時間の定期演奏会が熱狂のうちに終了した。

2022年1月26日水曜日

東京ニューシティ管弦楽団第145回定期演奏会(2022年1月23日東京芸術劇場、指揮:曽我大介)

ルーマニアを代表する作曲家、ジョルジュ・エネスクの最も有名な作品である「ルーマニア狂詩曲」を昨年10月に取り上げたとき、このような曲が実際に演奏されることはほとんどないが、いつか実演で聞いてみたいと書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/10/210.html)。ところが実際には、パーヴォ・ヤルヴィが9月のN響定期で第2番を取り上げたことを、その後のテレビで見て知った。だからたまにはあるのだと思っていたら、何と東京ニューシティ管弦楽団が、エネスクの作品を中心にプログラムを組むことを知った。その中に、当然「2つのルーマニア狂詩曲」が入っていた。

2022年は日本とルーマニアが国交を樹立して100周年にあたるのだそうである。そこでそのことを冠した演奏会となったようだが、このオーケストラと関係が深い同フィルの正指揮者曽我大介が、ルーマニアの音大を卒業しているというから彼にうってつけのコンサートということになるのだろう。東京で生まれ育った音楽家が、まだ社会主義独裁国だったルーマニアに留学したということにも興味が沸くが、彼はその後ウィーンに渡り、ブザンソンの国際指揮者コンクール第1位、そしてキリル・コンドラシン国際指揮者コンクールでも第1位を果たすという偉業を成し遂げている。

いわば指揮者としては折り紙付きということだが、その割には我が国における活動は地味で、私もかつてただ1度だけ、医療関係者のアマチュア・オーケストラで「シェヘラザード」を聞いたくらいである。ただこの時の「シェヘラザード」はなかなか良かった。音楽を専攻していないアマチュアの学生オーケストラから、かくも整った響きが出るのかと思った。そしてそれは指揮者の功績によるものではないか、とも。

だから、東京ニューシティ管弦楽団なるオーケストラは、私も初めて聞くオーケストラだったが結構期待が持てると判断、当日券を求めて池袋の東京芸術劇場へと足を運んだ次第である。しかし驚いたことに客席は4分の1も入っていないほど閑散としている。万延防止等特別措置とやらが発令され、新型コロナのパンデミックも第6波が到来していることが影響しているのだろうが、それにしても寂しい限りである。ただ私を含め、大いに期待を込めてこの演奏会に出かけた人もいるわけだし、第一、指揮者を始めオーケストラのメンバーの意気込みは十分に感じられた。

プログラムの最初は、コンスタンティン・シルヴェストリの「トランシルヴァニア地方のルーマニア民族舞曲」という曲で、もちろん私も初めて聞く曲だったが、シルヴェストリと言えば、フランスのオーケストラを指揮して録音されたドヴォルジャークの「新世界交響曲」などで我が国では有名な指揮者である。わずか56歳で死去したが、いまもってその情熱的な指揮による演奏は繰り返しリリースされ、我が国にファンも多い。そのシルヴェストリはルーマニア人で、このような曲を作曲していたのだと知る。

続いての曲は、ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲だった。この曲のソリストは当初、韓国人のイム・ジヨンと発表されていたが、コロナ・ウィルスに伴う隔離措置の影響を受けて来日がかなわなくなり、奈良生まれのヴァイオリニスト、吉田南が代役となった。ドヴォルジャークと言えば、チェロ協奏曲が飛びぬけて有名だが、ヴァイオリン協奏曲もピアノ協奏曲も作曲している。

プログラムと共に配布された日本音楽財団のパンフレット
ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲は比較的若い頃の作品で、そういう理由からかどこか冴えない曲である。それでも冒頭で、演歌のようにうなるようにヴァイオリンが登場した時、吉田の弾くストラディバリウスの豊穣な響きが会場を満たした。ブルッフのヴァイオリン協奏曲を思わせるメロディーだが、ブルッフほど印象的ではなく洗練されていないように感じる。第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。

急登板にも関わらず気合の入った演奏は、もう少し豊かな音楽性を持たせてもいいのではとも思ったが、そこは現代流にさらっと流れてゆき、その分テクニックが要求されるだろう。だが吉田はどこも弛緩することなく、情熱的に第3楽章を弾き切った。拍手に応えてアンコールが演奏された。

休憩中にラウンジへと向かったが、あまりに閑散としていて誰もコーヒーなど飲んでいない。ここのホールの2階以上はロビーが狭い上に景色も悪く、あまり好きな方ではないが音響はサントリーホールの次に好きな方である。後半の最初で指揮者の曽我が登場し、今日の演奏会の意味を話し、客席に招待された在日ルーマニア大使を紹介した。

後半はエネスクの曲で占められた。まず管弦楽組曲第1番より 第1楽章「ユニゾンの前奏曲」である。ティンパニ1台だけを除いてすべて弦楽器のこの作品は、ユニゾン(同じ音程)のみで演奏されるユニークな曲である。従ってアンサンブルの乱れが許されない集中力の要る8分程度の曲だが、オーケストラの豊かな響きが会場に溶け合い、透明な中にも東欧の陰を感じさせる。重厚なロシアでもなければ、明晰なイタリアでもないこの国の象徴のような音を聞いた気がした。

プログラムの最後には、2つのルーマニア狂詩曲が続けて演奏された。ここでまず、比較的穏やかで牧歌的な第2番が演奏され、「ユニゾンの前奏曲」から続く弦楽器のアンサンブルに酔っていると、底の方から民俗風のメロディーが流れてきて、何か胸が締め付けられるような気持になる。どこか日本の民謡にも通じるような懐かしさがあると言おうか。やはり生で聞く音楽はいいものだと実感する。

合間を入れず第1番のメロディーが流れてくる。ここから最終に至るまでのリズムの変化と高揚は、このような曲をプログラムの最後に持ってきているからこそ成功するものだと思う。そういう意味で、このコンサートは非常に貴重であり、また楽しいものだった。オーケストラもかなり練習して挑んだのだろうと思う。そして演奏に満足した曽我は、コーダの部分を再演するという「おまけ」まで付けて会場を沸かせた。

なお、エネスクの作品を手軽に楽しめるCDとしては、ローレンス・フォスターがモンテカルロ管弦楽団を指揮した演奏があることを忘れていた。この中には、「2つのルーマニア狂詩曲」だけでなく、管弦楽組曲(全曲)を始め、エネスクの管弦楽作品の主要なものが収録されている。

2021年12月12日日曜日

東京交響楽団第84回川崎定期演奏会(2021年12月5日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:ジョナサン・ノット)

フランス人ピアニスト、ニコラ・アンゲリッシュが病気のために来日できなくなり、今回の東京交響楽団の定期演奏会でブラームスを弾くピアニストに変更が生じた。だがそれは珍しいことではない。コロナ禍に見舞われて以来、中止となった演奏会は数知れず、開催できたとしても無観客。そもそも聴衆を入れないコンサートなんてほとんど意味がないんじゃないの?と思っていたが、それも今年に入って少しずつ緩和され、聴衆を入れたコンサートが日常に戻ってきた。アーティスト、特に来日する外国人音楽家には高いハードルがあり、感染の状況によっては長い隔離期間が必要だったりしてなかなか思うような日程が組めず、結局、代役に交代というケースが続出する。日本人にも素晴らしい世界的演奏家が多いので、最初から日本人を中心とした演奏家によるプログラムが組まれることも多くなっている。だからアンゲリッシュが来日できなくなったと聞いても、さほど驚きはなかった。では誰が代役を務めるか?

アンゲリッシュのキャンセルが発表されたのは11月5日、そして代役の発表が18日にホームページであった。それによれば何と、丁度来日中だったドイツの巨匠、ゲルハルト・オピッツとなっているではないか!プログラムはブラームスのピアノ協奏曲第2番。「ピアノ付き交響曲」とも言われるこの長い(50分)曲を、急な登板で弾き切るピアニストなどそうそういるわけではない。だがオピッツはそれを引き受けたようだ。そうなると余ったチケットを何としても手に入れたいと思うのが人情というものだろう。ところが実際は、当日券が沢山余っていた。定期演奏会は前日のサントリーホールのものと合わせて2回ある。しかし私はすでに音楽大学オーケストラのコンサートが前日にあるので、迷わず川崎定期にやってきたのだった。

オピッツは親日家として知られ、NHKのピアノ講座も担当したドイツ正統派の巨匠である。ケンプを師匠とすることもあり、ベートーヴェンとブラームスに特に定評がある。メジャーレーベルに数多くの録音もある。オピッツは丁度日本ツアーの最中で、リサイタルを中心に11月から来年1月にかけて3か月もの間我が国に滞在し、各地でリサイタルなどを開くようだ。そしてそのスケジュールの合間にすっぽりと収まる形で今回の代役が決まったのだろう。

それでもブラームスの2番コンチェルトは宇宙的に長く、よほどいい演奏で聞かないと音楽の緊張が持続しない散漫な演奏になる。これは録音されたものでも言える。私は何枚かのCDを持っているが、ことこの曲に限っては捉えどころがないと長年思っていた。実演で聞いた過去の演奏会でも、なかなか忍耐の要る曲である。オピッツは曲目を変えることなく、そのままブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾く。会場に現れただけでも総立ちで拍手したいところだったが、そこはコロナ禍でのコンサートである。客席は思い切り熱い拍手をする。

ホルンの調べに乗って冒頭のピアノのメロディーが静かに流れ始めた時、ああやはりこれはブラームスの音だと即座に感じた。そして次々と紡ぎだされゆく音楽に、私は丸でこの曲を初めて聞くような感覚を覚えたのだ。これはどうしてか。もしかするとそれは、これまでに聞いた実演の聞く場所が良くなかったからではないか。とてつもなく広いNHKホールの3階席が、若い頃の私の指定席であったことを思えば、それは納得ができる。そしてCDについては、たった2枚しか持っていない。このCDを真剣に聞きこんだ記憶がないのだ。つまり、私はこの名曲の良さを知らずにここまで来たということだ。長すぎるというのも理由の一つで、CDではどうしても忙しい日常から抜け出せていないし、かといってコンサート会場の安い席では、どうしてもこのような精緻な曲の良さを味わうのは至難の業である。

そういうわけで、私はミューザ川崎シンフォニーホールのオーケストラの真横の席であるにもかかわらず、はじめてピアノが管弦楽と見事に融合してブラームスの音色を出すのを初めて聞いた気がした(興味深いことにこのホールは、オーケストラを正面に見る席は比較的少なく、それは随分高い位置にあるので、その代わりに真横や裏手からオーケストラを見るしかない)。

オピッツが弾くブラームスの1時間は、私にとって至福の時間だった。それが特に感じられたのは、やはり第3楽章のチェロ独奏を伴った静かな楽章だった。ここで私はやはり恥ずかしいことに、楽章の冒頭と最後でチェロの独唱がこんなにもピアノと絡み合うということを発見するのだが、この雰囲気こそまさにブラームスで、それがコンサート会場で再現される様を間近で見ることと、そのような時間を過ごすだけの精神的なゆとりの時間が、とても嬉しくて泣けてきた。兎に角この曲をここまで味わったのは私は初めてのことで、これまで敬遠してきたこの名曲の録音をいろいろ聞いてみようと思った次第である。

さて、休憩を挟んで演奏されたのは、ポーランドの作曲家、ルトスワフスキの管楽器のための協奏曲である。1954年に書かれた30分ばかりの曲ながら、数多くの楽器がはちきれんばかりに鳴り響く。東京交響楽団が全力投球、真っ向勝負するのを指揮するノットは、何と完全暗譜である。そして割れんばかりの拍手に相当満足した様子で、観客の隅々にまで手を振り、何度もカーテンコールに呼ばれては各楽器のセクションの合間を回ってソリストを讃える。その時間が永遠に続いた。オーケストラが去っても指揮者が呼び戻されるのは、定期演奏会では珍しいが、それでも大名演の時にはあり得ないわけではない。ところが、それが2度ともなると私の記憶する限り初めてのことであった。

それほどにまでこの曲に感動した人は多かったようだ。最近ではTwitterで感想を短くつぶやく人がいて、それがリアルタイムでわかるという面白さがあるのだが、昨日と今日の定期を合わせて、このルトスワフスキの演奏に感激している人が非常に多い。しかし私にっとって、この曲は初めてだった。だからどうしても、客観的に評価しにくいのだが、言えることはオーケストラが、この難曲をかなりの自信を持って、しかもすこぶる快速に弾き切ったことである。これは相当な練習量と技量が伴っていないとできないことのように思われる。今日の東響には、それだけの実力があるということの証拠でもある。

東響の定期は、先月のウルバンスキが指揮したシマノフスキに続き、ポーランドの作曲家の作品が並んだ。2日続きの演奏会だったが、やはり昨日の学生オーケストラとは違いプロは上手いと思った。そしてコンサートは、前の方で聞くのがいいとも思った。貧乏な若い時は仕方なく3階席の後で聞いていたが、これでは演奏だけでなく、曲の魅力も伝わりにくい。だから、もう迷うことなく前の席に座ろうと思う。

2021年11月14日日曜日

東京交響楽団第695回定期演奏会(2021年11月13日サントリーホール、指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ)

新型コロナウィルス感染者が減少し、それにともなって少しづつ日常を取り戻しつつあるように見える昨今である。コンサートも通常通り実施されるようになってきており、人数制限も緩和された。もうしばらくは演目にのぼることはないだろうと思われた大規模な曲、特に合唱を伴うような曲は、飛沫感染の恐れを考えると、当然の如く避けたいところだ。だが、いくらなんでも小規模なオーケストラだけの曲というのも淋しい。

そう感じていたところ、東京交響楽団の定期演奏会でオルフの「カルミナ・ブラーナ」が演奏されるという。3人の独唱に加え、混声合唱団と少年合唱団。結構大声で歌う派手な曲だから、是非聞いてみたい。しかも指揮は、前から注目していたポーランド人、クシシュトフ・ウルバンスキである。彼は既に来日し、隔離期間を過ごしているという。だから公演は間違いない。ただ人気があるプログラムだけに、チケットの残りがあるか心配だった。公演は2回あり、13日のサントリーホールと14日のミューザ川崎シンフォニーホール。後者の方がマチネで、残り枚数も少なくなっていた。私が探した時には2階以上の高い位置の席しかなく、むしろ前日のサントリーホールでの公演の方が、良い席が余っているように見えた。

だが、私には直ぐにチケットを買えない事情がある。愛するオリックス・バファローズがクライマックス・シリーズに進出しており、その試合結果次第では、13日の18時、すなわち丁度コンサートの時間帯に次の対戦がある可能性が高かった。ところが10日から始まった対戦は、バファローズがアドバンテージの1勝を含め3連勝。12日の対戦で早くも日本シリーズ進出を決めそうになった。試合は逆転に次ぐ逆転となり、とうとう最終回、代打サヨナラヒットが出てバファローズが勝利を掴んだのである!こうなったら13日夜の予定がなくなり、コンサートに躊躇なく行くことができる。1階席のチケットを買ったのは当日のお昼で、合わせて日本シリーズのチケットも予約した。

すっかり日常を取り戻したかに見えるコンサートだが、出演者の一部変更が生じている。これは来日するはずだった音楽家が、来日できなくなったことによるようだ。同様の問題は各オーケストラでも生じており、N響でもたびたび指揮者の変更がアナウンスされている。またチケットの販売枚数も感染数の変化を見て修正されており、聞く方としてもなかなか大変である。それでも会場前で配布されるチラシの数は、コロナ前の分厚さに戻っている。お客さんも高齢者を中心に、出足好調のようであり、制限付きながらサントリーホールのバーカウンターも営業している(ここでは「山崎」と「響」が飲める)。

変更が生じた出演者の中には、プログラム前半でヴァイオリンを弾くソリストも含まれていた。ウルバンスキの出身国であるポーランドの作曲家、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏が、弓新というヴァイオリニストに変更されていた。弓新(ゆみ・あらた)は、1992年東京生まれのヴァイオリニストで、若い頃からヨーロッパに在住しているようだ。丸で弦楽器奏者になるべくしてなったような名前に驚くが、プロフィールによれば佐賀県に多い苗字だそうで、そこに尊敬する著名建築家磯崎新氏の名前を付けたようだ。私などは失礼ながら、中国人ではないかと思った次第。

だが、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲のような難曲を、直前に演奏するように言われたことは想像に難くなく、だとすればこれをこなす相当の実力と努力が必要だったと思われた。3つの部分から成るシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は、2つの戦争の間に活躍した彼の比較的若い頃の作品で、聞いた印象ではスクリャービンのようでもあり、ナイーブで神秘的な作品だと思った。弓はこの難曲を、最初はとても安全に弾いているように感じられたが、途中からは若々しく、少しづつ実力を発揮し始めたように思う。メリハリの効いた指揮によってオーケストラは好演。カデンツァでは指揮者は指揮台を下りて、ここは聞きどころであると合図した。オーケストラは雄弁な打楽器とピアノ、ハープなども混じり、あまり聞くことのない新しい音が次々と楽しめる作品ではあったが、ではいまどこを弾いているか、などとなるとまだまだ印象が薄いというのが正直なところ。

休憩を挟んでの「カルミナ・ブラーナ」では、通常のP席の位置に混声合唱団がディスタンスを取って着席。その人数は40名程度と少ない。一方、少年合唱団は十名程度が舞台左手の2階席に陣取っていたようだが、私の座っていた1階席左手奥からは一切見えなかった。このためいつ少年合唱団が入って来るのかとやきもきしていた。できれば正面に配置して欲しかった。

冒頭のメロディーが大音量で鳴り響いた時、ちょっと合唱が弱く聞えたが(もしかしたら席のせいかもしれない)、これは最初だけで続く音楽ではオーケストラと合唱が上手く溶け合って、この曲の精緻な面を多分に表現した名演だった。ウルバンスキの指揮は、その長身を生かしたパースペクティブの良さが際立っており、全体の音量と音感を微妙に調整しながら、各パートのどんな細かいタイミングもわずかのずれもないようにキューを出す。その見事さは特筆に値するだろう。私は初めて聞くこの指揮者の人気がわかるような気がした。

「カルミナ・ブラーナ」はもともと陽気な作品で、演奏によっては時代劇かチャンバラ映画の音楽のように感じることもある変わった作品だ。しかしここでのウルバンスキの演奏は、より精密に音色の変化を追求した。勢いに任せてはしゃぐのではなく、純音楽的な側面を際立たせる、いわば玄人向けの演奏だった。

新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の実力がこれを最大限に支えたのは言うまでもない。第1部冒頭の静かな部分では中世の響きが会場に満たされ、まるで教会にいるよう。そして2人が代役に交代という運命に見舞われたソリスト陣も好演。バリトンの町英和は、最初ちょっと線が細いと思ったが、後半になると声も大きくなり、おどけたように舞台右手から現れて第2部「居酒屋にて」を歌ったテノールの弥勒忠史は、出番は少ないながらも聴衆を惹きつけ、酔った演技も大いに素晴らしく、見とれているうちに舞台右手に消えて行った。

ソプラノを歌ったのは盛田麻央。彼女もまた今回の出演はピンチヒッターだったが、それを補って余りある熱演で持てる実力を示したと思う。そしてオーケストラ。ウルバンスキの見通しの良い指揮に合わせ、特にオーケストラのみが活躍する部分での千変万化するリズムを巧みに表現し、このコンビの成熟した関係を良く表していた。ウルバンスキが東響の首席客演指揮者だったのは、2013年からわずか3年だったようだが、このように定期的に指揮台に現れては名演を繰り広げているようだ。私も遅まきながら、そのファンに加わった次第。

前半のシマノフスキを含め、聞き惚れ得ていたら過ぎて行った、あっという間の二時間。コンサートは20時に終了した。合唱やオーケストラが引き上げても鳴り止まない拍手に応え、マスクをしたウルバンスキが再度登壇すると、会場からはさらに大きな拍手が送られた。

2021年10月3日日曜日

エネスク:「2つのルーマニア狂詩曲」作品10(アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団)

中学生の頃、ルーマニアに行ってみたいと思っていた。何故かはわからない。もしかすると「ラジオの製作」という今は無くなってしまった雑誌の表紙か何かに、東欧のどこかの国の広場の風景が載っていて、その石畳の広場では民族衣装をまとったグループがダンスを踊っている。そんな風景に憧れたのだろうと思う。なぜラジオに興味を持つ中高生向け技術雑誌の表紙に、そんな写真が掲載されていたのかはよくわからない。だが当時、短波放送を聞くといった趣味が流行していて、私もその影響を受けたのだが、異国の放送を聞くことはその国の文化に触れることにもなるわけで、ここに技術的な追及が諸外国への関心とが結びつく。

ある日の早朝だったか。ルーマニア国営放送の海外向け放送を聞いたのはそんな頃で、当時はチャウシェスクによる独裁国家だったのだが、なかなか受信が困難なその放送を聞いた時の喜びは計り知れないものだった。雑音にまみれた不明な言語で放送されていたその放送が、確かにルーマニアの放送であることを確信したのは、その放送開始の音楽にエネスクの「ルーマニア狂詩曲第1番」のフレーズが使われていたからである。このルーマニアを代表する作曲家の作品の中で、ひときわ有名な曲だったが、今のようにオンライン配信サイトで気軽に聞くことなどできなかった時代、これがどんな音楽かを知るには多くの困難が伴った。けれどもこの音楽は、確かに「ルーマニア狂詩曲」であることを確信した。

もっとも「ルーマニア狂詩曲」の全曲を聞いたのは最近になってからのことである。「ルーマニア狂詩曲」は第1番と第2番の2曲からなる作品だが、第2番は地味であまり演奏されないことに比べ第1番の録音は多い。それは曲の親しみやすさにあると思う。兎に角全曲舞曲風のリズムが弾け、聞いていて楽しいことこの上ないのである。しかし弦楽器のメロディーが印象的な第2番も味わい深い作品であるように思う。この2つの曲は対照的で、エネスクは2つで1つの作品としていることからも、ルーマニアの2つの側面を様々に表現したからだろうか。想像するに民族舞踊に代表される文化的側面と伸びやかで美しい自然、といった感じだろうか。あくまで勝手な想像に過ぎないのだが。

「ドナウ河紀行」(加藤雅彦著、岩波新書)は、ドナウ川が起源を発する南ドイツから黒海に至るまでの東欧各国について、その歴史や文化を美しい文章で綴った名著である。この本を読みながら、ウィーン以外は行ったことのないドナウ川の河流に思いを馳せた。この中に当然、ルーマニアの章もある。それによれば、ルーマニアはローマが支配した間にラテン化されたダキア人の国だったとのことである。だが、ルーマニアを巡る諸民族の興亡は、この国に多彩なものをもたらす。例えば、ドナウ川に面していないトランシルヴァニア地方は、ハプスブルク家の領土だったこともあり、ドイツ風の街並みが見られるとのことだ。そしてその役割を果たしたのがハンガリー帝国だったと聞くに及び、この地域の入り乱れた文化的背景は、隣国のユーゴスラヴィアなどどともにまさに民族のモザイクとも言うべき歴史を持っている。

私が有名な第1番を聞いた時の演奏は、ハンガリー人アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団だった。Mercuryの古いにも関わらずヴィヴィッドな録音は、音符の隅々にまで各楽器がきっちりと音色を響かせるさまと沸き立つようなリズムを明確に捉えており、今聞いても興奮する。けでどもこのディスクは、どういうわけか第1番と第2番が別々に収録され発売されている。第1番の方はリストの「ハンガリー狂詩曲」などと一緒に収録されていた。一方、第2番の方はブラームスの「ハンガリー舞曲」。この「ハンガリー狂詩曲」と「ハンガリー舞曲」の演奏は大変有名で素晴らしく、今もってこの曲の代表的な録音なのだが、エネスクの方は何か付け足し、レコードの余白を埋めるための小ピースという扱いを受けていた。

Spotifyの時代になって、うまく検索すればこの2つの曲を別々に聞くことができる。さらにはストコフスキーやロジェストヴェンスキーといった指揮者による名演奏にも触れることができる。Enescuと検索すれば、もっと珍しい他の作品や、彼自身が指揮した古い録音などもあって興味が尽きない。

長く続いた緊急事態宣言が解除され、大雨をもたらした台風一過の晴天が本格的な秋の訪れを感じさせる朝になった。私はひさしぶりに音楽が聞きたくなり、「ルーマニア狂詩曲」を聞いてみたくなった。第1番の冒頭は、クラリネットとオーボエなどが掛け合ってメロディーの一節を歌う。これらが噛み合ってやがてひとつの流れになると舞踊風の曲が弦楽器で流れてくる。スメタナの「モルダウ」などを思い出させるが、こちらはもっと明るい。そういえばルーマニアはローマの流れを組むラテン人の国だと思いだす。音楽は常に早く、ジプシー風の舞踊曲が次から次へと流れて行くので聞いている方はウキウキする。このような曲を集めたポピュラー・コンサートもかつては結構開かれていたように思うが、最近ではほとんど見かけなくなった。一度実演で聞いてみたいと思う。

第2番は打って変わって、弦楽器のアンサンブルが懐かしいメロディーを奏でる序奏部にまず憑かれる。ただ底流を流れる明るさは第1番と共通した傾向だ。オーボエのソロが終始印象的で、これは夜のシーンで多用されるような感じだが、やがて大きく、明るくなると、どこか大自然を感じるような気分になるのは私だけだろうか。終結部でもまた、妖精が出てくるような静かなシーンが心地よい余韻を残す。

このブログでは最初、有名な第1番のみを取り上げようと思っていた。第2番は聞いたことがなかったからだ。だが検索の仕業により第2番を間違って聞いたことから、この曲との出会いが始まった。そしてこの第2番は第1番とは異なったムードでありながら、やはり明るく高らかにルーマニアの魅力を伝えているように思われた。目立たないが、それなりに演奏されているエネスクの代表作は、また音楽以外の面でもあまり知る事のできないかの国への関心を掻き立ててくれる。丁度中学生の私がラジオ雑誌の表紙でイメージを膨らませたように。

あれから40年以上が経過したが、今ではEUの一員にもなったルーマニアにも、やはり一度は出かけてみたいと思っている。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...