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2026年4月29日水曜日

東京交響楽団第739回定期演奏会(2026年4月26日サントリーホール、パブロ・エラス=カサド指揮)

前回出かけたコンサート(N響定期)に関する記事で、最近あまり演奏会で感動することがなく、これは年齢によるものだろうか、などと書いた。しかし、これは間違っていた。このたび聴いた東京交響楽団の演奏会の素晴らしさと言ったら! 前半のシューベルトといい、後半のブルックナーといい、何も言うことができないくらいに完成度が高く、これは本当に東響の演奏会なのだろうか、とさえ思ったほどだ。指揮者が良ければ、オーケストラの良し悪しなどたいした問題ではない。逆に、指揮者がつまらないと、いかにオーケストラが取り繕おうとしても限界があるということだ。

私はこの四半期、6月までの東響の演奏会に「4回券」という仕組みで会員となった。これは好きな4回のコンサートを自由に組み合わせて、割引のチケットを購入することができるというものだ。東響の今年の演奏会は、私が注目するものが前半に集中している。このため、この仕組みは大変ありがたい。そしてその最初のコンサートがサントリーホールで開かれた。久しぶりの東響である。

その指揮は、何とパブロ・エラス=カサド。前回の来日で指揮したN響定期を私は聴き逃しているから、これは思いがけないことだった。その演奏の素晴らしさはラジオでも明らかだった。たしかファリャの「三角帽子」だったと思う。そして、彼は今やウィーンにもベルリンにも登場する売れっ子指揮者となっている。私は昨年末、久しぶりにバイロイト音楽祭のライブ収録をNHK-FMで聴いたが、その中で「パルジファル」を指揮したのがエラス=カサドだった。彼は毎年のようにバイロイトに出演しているらしい。

その彼が、よく東響の指揮台に立ってくれたと思う。そしてプログラムがいい。前半はシューベルトの「未完成交響曲」、後半がブルックナーの交響曲第6番である。いずれも渋い選曲。そして指揮者の力量がストレートに出る曲ではないかと思う。サントリーホールの1階席は久しぶり。A席なので後方の端である。だがそんなことは、まあどうでもいい。新橋で昼食を済ませ、銀座線に乗って溜池へ。会場前の広場には骨董市のような催しが開かれていて、気候もいいからだろう、大勢の人が集まっている。その合間を縫うようにしてエントランスに向かう。

大作曲家が未完に終わった曲を、弟子や後世の作曲家が補筆する例は多い。モーツァルトの「レクイエム」はもっとも有名だが、他にもマーラーの交響曲第10番、ブルックナーの交響曲第9番、あるいはプッチーニの歌劇「トゥーランドット」なども完成版としてよく演奏される。しかしシューベルトの、今では第7番と呼ばれる交響曲は、そのようなことにならない。理由は簡単で、この曲を補筆してしまうと「未完成」ではなくなるからだ。シューベルトの「未完成」は「未完成」であることに意味がある。だが、本当はこの曲をシューベルトの意思を継いで作曲することなど、誰もできないからではないかと思う。

「未完成交響曲」のユニークさは、当時としても画期的だったのだろう。ベートーヴェンが「暗い」と言って敬遠したロ短調(プログラム・ノート)という調性もさることながら、それまでシューベルトが作曲したどの交響曲よりも長く、そして深いのだ。

「未完成交響曲」はベートーヴェンの「運命交響曲」と並んでクラシック音楽の定番のカップリングであり、大変よく演奏されたのだが、私が初めて「未完成交響曲」を聴いたとき、これは何とも静かな曲だと思った。音楽はゆったりとして速くなることがない。最初は少しためらったが、その魅力に惹かれるのに時間はかからなかった。にもかかわらず、実演で「未完成交響曲」を聴くことは少ない。私もこれが確か4回目に過ぎない。けれども「未完成交響曲」は、第1楽章も第2楽章も大変ダイナミックであり、時に深く沈むかと思えば、懐かしいメロディーが心の底をえぐり、大音量の切実な波が押し寄せてくる。変化に富んだ曲は、迫力もあって聴き所満載である。

その「未完成交響曲」の最初の静かな出だしは、どこか落ち着かないムードの曲なのだが、エラス=カサドはそれからわずか数分後には演奏家を完璧に掌握し、聴衆の心を鷲掴みにした。音のバランス、ハーモニーの職人的妙味は、あのN響の常連であるソヒエフでも感じる天才的な音楽感覚ではないかと思う。我が国にも山田和樹がいるが、この3人はヨーロッパでも引く手あまたのスター指揮者へと昇っている。

シューベルトで心の底から感動した私を含む聴衆は、音楽が終わっても拍手をすることが数十秒ほどできなかった。長い静寂に会場が浸った。そして暖かい拍手。前半でエラス=カサドは東響の会員を驚かせたに違いない。となれば、自然に後半のブルックナーへの期待が高まる。いつもと違って顔を紅潮したような人が多かったような気がしたのは気のせいかもしれないが、私はその気持ちを落ち着かせるべくドリンクのカウンターに並んだ。

ブルックナーの交響曲第6番は地味な曲だが、私が最初に感動したブルックナーの交響曲で、思い入れが強い。しかし、この曲は作曲家の存命中にはほとんど演奏される機会がなく、したがってあのブルックナーの交響曲につきものの「版」の問題は存在しないに等しい。皮肉なことにこの曲は「大きな反響を呼ぶことも、厳しい批判を集めることも」なく、「改訂を決意するような機会すらなかった」(プログラム・ノート)のである。しかし、ブルックナーの死後2年がたって、ようやく全曲通しての初演がなされた。その時の指揮は、何とグスタフ・マーラー(ウィーン・フィル)だったようだ。

エラス=カサドがブルックナーを得意としているのかどうかわからないが、第4番をすでに録音している。それを聴いたことはないのだが、今回の演奏も終始力強く自信に満ちており、と同時にブルックナーに必要な独特の間合いは、この曲も完全に掌握しているからこそ達成されたものと言ってよい。よくブルックナーは自然に任せて表現することが重要、などと言われるが、それとは対極の、いわゆる「統制型・攻撃型」のブルックナーとしては、これは最高峰の出来栄えであった。

それを可能ならしめたのは、何といってもこの日の東響のアンサンブルの素晴らしさで、まるで神がかったように一糸乱れぬ姿は、1時間にも及ぶ演奏時間中、途切れることがなかった。この手腕はオーケストラの各プレイヤーによることは明白だが、指揮者がそうさせていたと思う。魔法のように、その指揮はオーケストラを乗せていった。特に第2楽章の美しさといったら!

演奏が終わって、長い静寂のあと大歓声が沸き起こったことは言うまでもない。カーテンコールを繰り返すたびにそのボリュームは大きくなった。コロナ禍以降、オーケストラが退席してもしつこく拍手が続き、再び指揮者が舞台に現れる「一般参賀」の光景は最近では珍しくないが、どことなくわざとらしい感じがしてきている。だがこの日は違った。明らかに再登場を求めるスタンディング・オベーションに加わった聴衆は、全体の半数近くいたのではないだろうか。それほど感激し、満足度が高かったということである。そういうわけで、コンサートに通うのが楽しくなった。次回はいよいよ第4代音楽監督に就任するロレンツォ・ヴィオッティのお披露目演奏会である。

2025年9月24日水曜日

読売日本交響楽団第144回横浜マチネーシリーズ(2025年9月21日横浜みなとみらいホール、ケント・ナガノ指揮)

私はケント・ナガノという指揮者について、あまりよく知らなかった。実際、彼は日本のオーケストラをほとんど指揮したことはない。今回日本の常設オケに客演するには、1986年に新日フィルを指揮して以来の実に39年ぶりということだった。彼は日系アメリカ人3世であり、しかも奥様も日本人だという割には、日本での演奏機会が少なかったようだ。日本を避けてきたのだろうか、とさえ思っていた。

過去の彼のインタビューを聞くと、意見が非常に醒めていて冷たいという印象があった。カリフォルニア生まれの知識人らしく実にクールでドライ。だから音楽も、などと考えていた。私が所有していたCDはわずか2枚で、一つはリヨンの歌劇場のオーケストラを指揮したドリーブの「コッペリア」、そしてモントリオール交響楽団を指揮したベートーヴェンの「エグモント」と第5交響曲をカップリングした一枚である。これらの2枚のCDはとても素敵なので、愛聴盤でさえあるのだが。

そういうわけでこのたびの来日で読響を指揮すると分かった時も、実際どうしようかと迷った。プログラムは2種類あって、ひとつはマーラーの交響曲第7番。最も演奏機会の少なかったマーラーこの難曲が、最近はプログラムに上ることが多いが、私の場合さほど喜んで聞きたくなる曲ではない。一方、もう一つのプログラムは、シューベルトの「グレイト」交響曲である。「グレイト」は誰が指揮しようと聞きたくなる曲なので、私はこちらの方を選んだ。会場は横浜のみなとみらいホールの1回限りで、日曜日のマチネー。席はまだある。というわけで、秋風がようやく吹き始めた週末に私はひとり出かけることとなった。

桜木町で国電を下り、重慶飯店で期間限定のアヒルの玉子入り月餅餅を買う。そのあと長い歩道を歩いてみなとみらい地区へ。右手には日本丸とその向こうに遊園地が見える。この横浜ならではの光景は、やはり気分が変わっていいものだ。そしてビルの中に入ると、フィレンツェのジェラート屋があった。つまらないカフェでもコーヒー1杯500円するのは当たり前の昨今、ビールでも飲もうものなら軽く1000円近く取られるインフレ日本で、アイスクリームが税込み500円というのは安い。私もあのフィレンツェのアイスクリームは懐かしいから、ここでラズベリー入りのソーダを注文して時間を調整。横浜に来る楽しみがまた増えたことが嬉しい。横浜から直接みなとみらい線に乗ったのでは、ここには来られない。

会場のロビーから見えるコンベンション・センターの風景も、東京の他の会場では見えることがない風景である。そこで今度はビールを飲む。これも600円と良心的。このようにして上演前のひとときをプログラムを見ながら過ごした。このような贅沢な時間もまた、コンサートの一部である。

本日のプログラムは3つ。まず前半は野平一平の「織られた時IV〜横浜モデルニテ」という作品。世界初演だそうである。冊子によれば、近代化の象徴とも言える横浜の光景を音にして、前衛的な雰囲気も含めた作品と本人が解説している。教会の鐘の音に模したファンファーレで始まり、我が国初の鉄道や汽船の音などもモチーフになっているようだ。ナガノは8分余りのこの曲を丁寧に指揮、会場にいた作曲者も登壇して喝采を浴びていた。

続く曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番で、数あるモーツァルトのピアノ協奏曲には珍しい短調の曲である。このような曲を取り上げるのは、実力あるピアニストの意欲だろうか。そのピアニストはイタリア人のベネデット・ルポ、私は初めて聞く。もちろんこの曲も実演はおそらく初めて。ところが演奏が始まって驚いたのは、その音色の粒立ちの格調高い気品である。モーツァルトを弾くに相応しい確かなタッチと、ほとんど飾って見せないストレートな表現。すべての音符が考え抜かれ、理想的な強弱レベルで明晰に聞こえてくる。例えていえば、グルダに似ている、という感じだろうか(もっともグルダは録音でしか聞いたことがないのだが)。

第2楽章でのオーケストラは、そのピアノを側面から寄り添い、確かなリズムを刻む。席が良かったからかも知れないが、読響の音ももはやヨーロッパのレベルである。第3楽章のカデンツァに入る部分など惚れ惚れする響きは最後まで続き、同じように感じ入った聴衆も多かったに違いなく拍手も多い。何度もカーテンコールに応えてルポは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾いた。これも惚れ惚れとする印象を残した。サービス満点の演奏だった。

休憩を挟んでのシューベルトは、「天国的に長い」とされる曲だが、いい演奏で聞くことになるといつまでも聞いていたいと思う曲に変身する。ところが今回の演奏時間の記載を見ると約48分と書かれていた。これは繰り返しを一切しないことを意味していると思ったが、実際そうであった。そもそもこの曲をすべて繰り返して演奏するには、演奏家によほど覚悟がないと難しいのだろうし、聴衆がそれについて来られるのかが気がかりである。実際、この曲の間中、いや前半でさえも、私の両隣のご婦人は終始居眠りをしておられる始末。いやそれだけではない、後方の席にいた拍手をいち早くする高齢男性も、演奏中は熟睡。いつ果てるともわからない音楽を生で聞きながら眠るのは、さぞ気持ちがいいに違いない。

ところがその演奏は、私はこれまで聞いたシューベルトの曲中、最高の部類に入る名演奏になったことは疑いがない。第1楽章から、そのバランスといい継続的な完成度といい、申し分がないだけでなく、オーケストラがすこぶる上手いと感じた。もしビデオ収録されていたら見てみたいが、どうもそういうこともなさそうで残念である。だがそこに居合わせた聴衆は、この演奏のレベルの高さを確信していた。終演後、間を置かずして圧倒的に盛大なブラボーが沸き起こったことも、そのことを示している。

読響の定期で、これほど大きな拍手を聞いたのは初めてである。そしてこの曲をここまでの完成度で、しかも長い時間維持し続けたことはちょっとしたものだ。特に私が一番注目している第3楽章のトリオの部分を、ナガノは十分な時間を保って演奏した。ここを中途半端に通り抜ける指揮者が多い中で、私は初めて理想的な演奏に巡り合った心境だった。CDでスタジオ録音されたものなら(例えばアバドの演奏)、ゆっくりと時間をかけてこれを理想的な演奏に仕上げることもできよう。しかし実演となると、なかなか難しいと思われる。そもそも長い曲を覚悟しているブルックナーの場合とは、ちょっと事情が異なる。

第4楽章のリズムが淡々と進みつつも気迫のこもった演奏は、次第にオーケストラも聴衆も熱を帯びて聞き入る。もっと長く聞いていたいと思う演奏になってゆく。それにしても読響の木管楽器の巧さが際立つ。まわりを見ると、皆さんまだ船を漕いでいる。熱を帯びた演奏家や一部聴衆と対照的なのが実に面白く愉快である。実は今、名古屋へと向かう新幹線「のぞみ」に乗って、昨日のコンサートを思い出しながらこの文章を書いているが、まるでその車窓風景のように快速に進む音楽が、とうとう終わりを迎えた時、割れんばかりの聴衆が指揮者を何度も舞台へ呼び戻し、それはオーケストラが退散しても続いたことは、言うまでもない。

最高の読響の演奏、最高のシューベルトの余韻を残しながら会場を後にしようとしたとき、何と「サイン会場」と書かれたプラカードを持った係員がいるではないか。聞くと「今日は特別のようです」とのことだった。私もプログラム冊子を持って行列に。インタビューで聞くナガノの醒めたコメントとは違い、こんなにも熱い演奏をする指揮者とは思わなかった。そして一人一人にサインをする指揮者とピアニストに、私は「これまで聞いた中で最高のシューベルトでした」と話しかけると、とても喜んで笑顔で答えてくれた。そういうわけで、これは忘れ得ぬコンサートになった。

帰りはみなとみらい駅で恒例の「シウマイ」を買って、そのまま電車へ。家から1時間とかからない横浜にも、これからは時々出かけたいと思った。このホールは、場所も座席の心地も音響も悪くはない。ただあの最前列席の目の前に張り巡らされた金属線が、舞台の視界をさえぎらなければもっと心地よいのに、と思った。

2024年7月16日火曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第762回定期演奏会(2024年7月12日サントリーホール、広上淳一指揮)

日フィルの定期会員になって最後のコンサートに出かけた。7月12日のプログラムは、前半にリゲティのヴァイオリン協奏曲、後半にシューベルトの「グレート・シンフォニー」、ヴァイオリン独奏に米元響子、指揮が広上淳一である。

リゲティのヴァイオリン協奏曲は見るからに難曲だが、この曲を実演で聞くのは昨年の3月に続いて2回目である。この時の独奏はモルドバの奇才パトリツィア・コパチンスカヤで、その演奏は聞くものをどこか違う世界に導くような演奏(というか演技)だった(https://diaryofjerry.blogspot.com/2023/03/)。昨年はそのリゲティの生誕100周年だったこともあってこの曲がしばしば上演されることとなったようだ。今回の米元響子による演奏もまた、以前から計画されていたとのことである。しかしコロナ感染症の影響で中止されてしまった、と開演前のプレトークで広上は語った。

米元響子は数々のコンクールに入賞した桐朋学園出身のヴァイオリニストで、現在はヨーロッパで生活しているようだ。その彼女が今回の演奏を希望したのは、すでにこの曲を熱心に練習し、初演したヴァイオリニスト、サシュコ・ガヴリロフにまで教えを乞うため、わざわざ出向いて行ったということのようである。そういう事情を知った広上は、この曲の演奏がすこぶる難しい曲であるにもかかわらず、再度プログラムに載せることにしたと話した。そしてあの自由奔放な第5楽章のカデンツァは、この初演時のガヴリロフのものを弾くとの触れ込みだった。

舞台に多数の打楽器と、まるで室内楽のような必要最低限の弦楽器の椅子が配置されていた。そこへ係員がとても分厚く、しかも譜面台を大きくはみ出すほど大きな楽譜を持って現れ指揮台に置いた。やがて木管楽器奏者が出てくると、彼女はわざわざ3つの楽器(2種類のクラリネットとリコーダー)を見えるように最前列を回って着席。特徴的な楽器として、このほかに3つのオカリナやホイッスルまで登場する。

米元のヴァイオリンが、まるでチューニングのように始まった時に、その音色の豊かさに驚いた。さらには広上の指揮が、この曲を知り尽くしているかのように自然にこなれているのを見て、昨年聞いた時の印象と随分違うことに気が付いた。まるで別の曲を聞いているようだった。いやむしろ昨年のコパチンスカヤは、その派手な衣装や振舞いに目を奪われて、音楽そのものへの集中力を欠いていたのかも知れない。音楽の表現は、このように多彩であり正解がない。

ミニマル音楽のような第1楽章、暗い第2楽章、奇妙な感覚にとらわれる第3楽章と進む間、私はしばしば襲われる睡魔に出会うことはなかった。それどころか、この1990年に作曲された現代作品が、すでに聞き古された音楽のように思えてきたのだった。ユダヤ人として家族の多くを収容所で失ったリゲティの音楽は、決して楽しいものではない。かといって陰鬱、あるいは厭世的といった常套的形容詞で語られるような単純なものではなく、どこか無機的に響きながらも時に鮮烈である(第4楽章のエンディング)。このような不思議な感覚は、変則的な調弦や分散和音といった音楽技法を駆使した結果で、独特の浮遊感や無常観を表現することに成功している。

30分ほどの曲の最大の見せ所は第5楽章のカデンツァだが、ここでの米元は実に鮮やかだった。いや彼女の独奏は全体に亘ってとても落ち着いたもので、広上のサポートに支えられて見事な完成度だったと思う。まるで弾きこなした曲のように軽々と演奏し、聞きならされたように聞こえ、古典作品のようでさえあった。会場は5割ほどしか埋まっていなかったように思われたが、盛大な拍手に応えて彼女は、クライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ」を演奏した。聞いた席が良かったからかも知れないが、音楽がとても豊穣に聞こえた。米元のヴァイオリンは、とても聞きごたえがあると思った。

休憩時間を挟んで演奏されたのは、シューベルトの大ハ長調、いわゆる「グレイト」と呼ばれる交響曲である。この作品は「天国的に長い」と言われる。どういう意味だろうか。私はまだ天国というところに行ったことがないのでわからないが、まるで天国にいるように幸せな時間が長々と続くという意味だと考えている。今一つの解釈は、天国というところが退屈なところだとするものだが、私はこの曲を退屈だと思ったことがない。いや演奏によるというのが正しいが、いい演奏で聞くと「いつまでも聞いていたい」という錯覚に捕らわれる。どちらにも成り得る要素を秘めた曲だから「天国的」と言ったのだろう。さすがシューマンである。

さて私は、これまでサヴァリッシュ指揮N響の名演でこの曲に開眼し、ミンコフスキのリズミカルな演奏で「グレイト・シンフォニー」の大ファンになった。以来、機会があるたびに演奏会に足を運んでいるが、ベートーヴェンの「田園」のように、誰がどう演奏しても素晴らしい曲として、この「グレイト」を挙げることができる。そしてこのたびの広上淳一による演奏は、このかつての名演奏に勝るとも劣らない感動を私にもたらした。第1楽章の冒頭から丁寧で確信に満ち、決して細部をおろそかにしない真面目な指揮は、一見ひょうきんな姿に見えることも多いが、今日の演奏からはそう感じることは少なく、むしろどの一音をとってもこうでなければならないという音へのこだわりが、逐次追及され、実現されてゆくまさにその有様が目の前に展開されていくのだった。

第1楽章のコーダでテンポをぐっと落とし、大見得を切ったかのような作戦に出たことが良かった。オーボエとクラリネットを代表とする管楽器の安定感も絶賛したい。ホルンのふくよかさや弦楽器の豊かな響きは言うに及ばない。それが第2楽章の中間部で鳴り響き、突如訪れる休止。私がブルックナーのさきげけを感じるのはこの瞬間である。

もっとも嬉しかったのは第3楽章のトリオ。ここを丁寧に、できれば少し速度を落としてロマンチックに演奏して欲しいと私はかねがね思っている。クラウディオ・アバドの演奏が、意外にも丁度いい感じで気に入っている。いや本当はもっとゆったりと演奏してもと思うのだが、あまりにやりすぎると大時代的過ぎてしまうのだろう。そういうわけで、感情過多になる一歩手前であることが望ましいのだが、今回の演奏はまさにそのような感じで、この曲がいつまでも鳴っていて欲しい、とまさにそう思ったのである。

おそらく繰り返しを省略していたが、それでも1時間にも及ぶ演奏が終わった時、もうくたくただよ、言わんばかりに少しふらつきながら退場する指揮者に、惜しみない拍手と歓声が送られた。たっぷり2時間のコンサートが終わった。これで今シーズンの演奏会がすべて終わった。梅雨末期の大雨が降るアークヒルズを抜けて家路を急ぐ。公私にわたって忙しかった週末のひととき、ひさしぶりのコンサートが私の心を癒してくれた。

2024年4月15日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第759回東京定期演奏会(2024年4月13日サントリーホール、下野竜也指揮)

この春から日フィルの定期会員になって2回目の演奏会に出かけた。指揮はまたしても下野竜也で、私は彼の演奏を今年に入ってすでに3回も聞いている。定期会員でなければパスしたかも知れない。だがプログラムが良かった。シューベルトとブルックナーのそれぞれの交響曲第3番。ロマン派の前期と後期、時代は異なるがともにウィーンで活躍した作曲家だ。今年はブルックナー・イヤーということで、数多くのコンサートでブルックナー作品が取り上げられているが、このコンサートもそのひとつである。

まずシューベルト。この交響曲第3番は目立たないが、愛らしい作品である。静かだが明るい序奏は一気に音楽を聞く喜びに浸してくれる。クラリネットによる主題が、平凡だがとても印象的である。第2楽章でもその木管楽器が大活躍する。春に聞くのに相応しい幸福感に満たされる。今年の4月は春というよりは初夏の陽気で、この日も最高気温は25度に達している。新緑の季節を先取りするかのような曲と演奏が、よくマッチしている。下野と日フィルはこの30分足らずの曲を、とても軽やかに演奏した。自然に音楽が良く鳴っているが、これがなかなかプロフェッショナルだと感じるものだった。

飽きの来ない若き日のシューベルトの演奏に幸福感が満たされ、後半のブルックナーへの期待が高まる。ここで、これまでに聞いた同曲の演奏を振り返ってみようと思う。まず最初に第3番の実演を聞いたのは、それほど古くはなく2016年、マルク・ミンコフスキ指揮東京都交響楽団による演奏だった(第836回定期演奏会)。東京文化会館の3階席脇という場所で聞いたにもかかわらず、これが非常な名演で私の脳裏に焼き付いている。この時の演奏は「ノヴァーク版、1873年初稿」というもので、ワーグナーに献呈されたもっとも最初のものである。

私は、ブルックナーについてまわる「版の違い」の細部にまで立ち入った聞き方をするまでには、ブルックナーを聞きこんでいない。しかしこの第3番に関しては、解説書によると実演に漕ぎつけるまで大変な苦労があったようで、改訂を加えに加えた結果、ようやくいま最も演奏される版になった、とのことである。その最もよく演奏される版というのは「ノヴァーク版、1889年第3稿」というものである。

2度目に2019年にこの曲を聞いた時、その演奏はこの「1889年第3稿」だった(パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団、第1916回定期公演)。この演奏も私の感動を大いに誘い、もはやこの曲はこれで決まり、とさえ思った。今後、この演奏を超えるものに出会えることはないと思ったのである。

ところが今回、下野が取り上げた演奏は、上記のいずれとも異なる「ノヴァーク版、1877年第2稿」というものだった。それぞれの演奏を再度聞いて比較することができないが、偶然にもそれぞれ異なる版で聞いたことになる。そしてこのたびの下野による演奏もまた、過去の演奏と甲乙つけがたいほどの感動を私にもたらした。それは、ほとんど完璧とも言えるほどのオーケストラの力量と、それをドライブする、自然で自信に満ちた指揮にあると言える。決して派手ではなく、気を衒った演奏ではないのだが、この演奏にはブルックナーを弾くのに必要な要素が詰まっていたと思う。

「ベートーヴェン第9の冒頭を思わせ」(プログラム・ノートより)るような冒頭から、それは感じられた。何かを生じさせるような、異様なものでは決してない。ただそれが鳴り響いているというだけで感じるブルックナー音楽が、次第に膨れ上がっていく、まさに自然空間のさま、それが会場を満たしたのである。以降最後まで、この外連味のない、作為を感じさせないリズムとメロディーが、まさにブルックナーの音楽らしいと思わないことはなかった。

「劇的な終結部が加わる」第3楽章のコーダでもそれは同様で、いわば職人的、玄人好みの演奏と言えようか。オーケストラは対向配置で、左手に第2バイオリン、右の奥にコントラバスを配している。弦楽器の艶のある重厚感もさることながら、管楽器のアンサンブルがこれほどにまでうまいと思ったことはない。このコンサートの模様は(前日の4月12日のものかもしれないが)ビデオ収録され、アーカイブ配信されるようである。私はこの企画に大いに賛同したいのだが、2つの点で不満である。まず、配信期間がわずか1か月と短いこと、そして料金が1公演1000円と高いことである。

今後、アーカイブ配信特典をチケットに含めることはできないものだろうか(特に定期会員)。また有料であるなら、配信期間はそれこそ永久でもいいのではないかと思う。例えばどこかの音楽ストリーミング配信プラットフォームと提携して、その会員であれば見放題といったことにならないか、と思う。それこそ全世界に無数に散らばる音楽コンテンツの中で、一定時間その演奏に耳を傾けることは、よほどのマニアでない限り、しなくなってきている。であればこそ、つねに気軽に体験できる状態を長く続けることが(そのコストは非常に小さい)、音楽家にとってもリスナーにとっても有益であるのは確かなことだ。

そういうわけで、この演奏を1階席後方で聞いた私は、このアーカイブにより再度演奏を楽しみたいと思っているのには理由がある。当日は少々体調が悪く、こちらの集中力が維持できなかったからだ。演奏は名演なのに、それにライブで接している自分がもどかしかった。音楽は一度きりの芸術である。どんなに足の悪い老人でも、難聴や盲目の方でも、コンサート会場へつめかける(実際、そういう人を良く目にする)のは、得難い経験を共有するためである。私もまた、体に鞭を打って会場に出かけた結果、とても素晴らしい演奏に出会うこととなった。現代の技術により、これを再生する機会を持つことができるのは、嬉しいことである。

鳴りやみかけた拍手がいつのまにか再燃し、指揮者はソロ・カーテンコールとなったようだった。私はすでに会場をあとにしていたが、最近はこういうコンサートによく出会う。それもみな演奏が素晴らしいからだろう。実感として、特にコロナ禍以降には名演奏に出会う確率が大きく増しているように感じている。だから、今後のコンサートにも目が離せない。今日聞いた3つの版によるブルックナーの交響曲第3番を、もう一度ディスクで聞いてみようと思っている。

2024年3月17日日曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第21回「すみだクラシックの扉」シリーズ演奏会(2024年3月15日すみだトリフォニーホール、上岡敏之指揮)

長男が通う高等学校の卒業式があった日は、終日会社を休むことにしたのだが、妻と長男は同級生たちとともに懇親会に出かけてしまうので、ひとり午後からはすることがない。それはわかっていたので、そもそも卒業式には出席しないはずだった。でもまあ今では18歳が成人の年でもあり、子育ての区切りとして出席してもいいかと思った。私はそれこそ0歳から、本格的に家事、育児に携わったこともあり、それが18年続いた。息子のためというよりも、これは自分のための儀式であると思った。

その日の午後、丁度いい時間に上岡敏之の指揮で新日フィルのコンサートが開かれることを知ったのは、丁度2週間前のことだった。何と金曜日の昼間のコンサートである。しかもこれはシリーズ化されていて「すみだクラシックへの扉」を銘打たれた、いわば名曲シリーズである。そしてその会員はそれなりにいて、当日券こそ発売されるものの、がら空きというわけでもない。おそらくは定年を過ぎた老人たちのいい趣味の時間になっていることと想像される。第21回目の今回は、翌土曜日との2日間、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番とシューベルトの「グレイト」交響曲が演奏されることとなっている。

名曲プログラムとはいえ、これはなかなかいい選曲ではないか。しかも春に聞くに相応しい。そして驚くべきことにピアノ独奏はフランス人のアンヌ・ケフェレックである。彼女はもういい歳ではないかと思う。私が生まれた頃にはもう、有名ピアニストだったようだ。私もサティの名曲集を持っている。そのケフェレックを初めて聞く。

今回の座席はピアノも良く見える1階席前方の右手。隣に座った女性が、プログラムの要旨を声に出して読んでいて、シューベルトの生きた時代とベートーヴェンの生きた時代はほぼ重なる、などといったことや舞台に団員が登場して拍手が起こり、やがてコンサートマスターの崔氏が登場した、などといちいち話している。よく見るとその隣に高齢の母親が座っていて、どうやら目が見えないらしい。同じような障害を持つ観客も少なからず目につく。体の不自由な方でも気軽に通えるコンサートとして、この催しは行われているのだろう。

ケフェレックが登場し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲が始まった。上岡の指揮は軽快に、丁度花の咲き始めるこの頃の初々しさを保ちつつ、朗らかである。やはり実演はいいな、と改めて思う。一通り第1主題の提示が終わり、ピアノが入る。この掛け合いの妙味が、私の席からは手に取るようにわかる。目が見えなくても、それは空気から感じ取ることができるかもしれない。ケフェレックのピアノもまた、若々しく気品に溢れ、若きベートーヴェンの音楽家としての明るい将来を見据えているかのようだ。

聞きなれたカデンツァではなく、短めのカデンツァだった。そして第2楽章に入ると、丸でモーツァルトのようにさりげなく優雅な表情を見せながら、円熟の演奏が続く。上岡の指揮は終始楽しそうである。第3楽章のロンドに至っては、ちょっとしたアクセントの強調が心地よく、木管楽器やビオラなど、私の席からも良く見える楽器は、指揮者の細かい動作にも機敏に反応する姿が手に取るように見えた。

指揮者はピアニストにも出だしの指示を怠らないような注意を維持しつつも、むしろ安心してオーケストラの指揮に重点を置いた様子。演奏がピタリと決まると会場からは多くのブラボーが飛び交った。プログラムの最初からこれほどのブラボーというのも珍しいくらいだった。

アンコールはヘンデルのメヌエット。静かな会場に透き通ったピアノの音色が響く。落ち着いた飾り気のない、しかし品のあるしみじみとした演奏だった。ピアノがこれほど美しいと思ったことはないくらいだった。

後半のシューベルトについては、推進力のある演奏で一気に聞かせるものとなった。この長い曲は、そうでもしないと聴衆の集中力が維持されないのかも知れない。私は第2楽章など、もう少しゆったりと聞きたくなったが、このテンポも許容できる。けれども第3楽章のトリオ部分などは、もう少し思いを込めてほしかった。

オーケストラが全体に若く、女性の数が非常に多い。そのことによるのかどうかわからないのだが、弦楽器の厚みが少し足りず、ややバランスが悪い。かつて日本のオーケストラはどこもこんな感じがしたが、そのような塩梅である。結果的に音楽に主張が感じられないような気がする。「グレイト」交響曲はただ長いだけの曲ではなく、その長さの中に隠しきれない悲しい表情が見え隠れする。そういうフレーズにも注意を払い、ただ音符を辿るだけに演奏にしてほしくはないと思うのだが、この曲の演奏会はなかなか思うような曲に感じられないことが多い。

私がかつて実演で聞いたサヴァリッシュの演奏(N響)とミンコフスキの演奏(ルーヴル宮音楽隊委)は今も思い出に残る演奏だった。あれ以来、プログラムを見つけては通っている。なかなか名演奏に出会えない曲である。しかしこの曲は第2楽章で「ブルックナー休止」のモデルになったのではないかとさえ思える部分があったりして、聞き所は多く、名演奏に出会えた時の嬉しさはちょっとしたものだ。「明るさ」と「円熟」という「相容れない要素が奇跡的に交わった」ような曲(プログラム)というのは、言い得て妙だと思う。

上岡の演奏はめっぽう遅いことがある一方で、今回のように程よく高速な演奏もあるのだと思った。演奏が終わると多くのブラボーが飛ぶ。3月に入っても冬の寒さが続いていたが、ようやく気温が20度近くまで上昇し、春の陽気がやってきた。その最初の日の午後、私はコンサート会場をあとにして両国方面にぶらぶら歩き、帰宅してビールを飲んだ。やがて家族も帰ってきて、長かった高校生活の日々(それはコロナと受験の日々でもあった)から解放された嬉しさに、改めて酔いしれた。私にとって、まさにそういう日に相応しいプログラムのコンサートだった。

2023年11月7日火曜日

辻本玲チェロ・リサイタル(2023年11月4日、Hakujuホール)

NHK交響楽団の首席チェロ奏者を務める辻本玲のチェロ・リサイタルを代々木にあるHakujuホールで聞いた。オーケストラ作品やオペラが専らの私が室内楽のコンサートに出かけるのは珍しいので、そのことから書き始めなければならない。

今から5年余り前の2018年4月、私はピエタリ・インキネン指揮日本フィルの演奏会に出かけた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2018/05/6992018427.html)。その時私はワーグナーの「指環」をオーケストラのみによるダイジェストに編曲した「言葉のない指環」(ロリン・マゼール編)を聞いたのだが、その中に大変印象的にチェロ弾く人を見つけた。普段はそのうようなことをしないのだが、私はそれが誰であるかをプログラム冊子で確かめたほどだった。ほどなくして私の高校の同窓会が東京で開かれ、何とそのチェリストが卒業生のゲストとして招待されていることを発見した。それが辻本玲だったのだ。

急に身近に思えてきた彼の演奏を、同じように素晴らしいと感じた人も多いのではないかと思う。そして2020年には何と、日フィルからNHK交響楽団に移り、今ではテレビ中継もされる定期公演などで良く見かける。高校の同窓会誌に彼を応援する会のことが掲載されていたのを発見したのは今年。私の親の世代が中心の会だが、私もさっそく会員になった。その会報(メルマガ)には、彼の出演する演奏会がリストアップされている。そして一度、リサイタルでもと思っていたところ今回のコンサートを発見、急いで席を確保した次第である。

毎年何度か、リサイタルを開いているようだが、今回の会場はHakujuホールというところで、私も初めて出かけた。原宿や渋谷から歩くこともできるが、最寄りは代々木公園駅である。休日ともなると人通りが多いこの界隈には、お洒落な飲食店が立ち並び、外国人の姿も多い。11月とはいえ、季節外れの暑さが続く今年は、晴天が続いている。私は原宿のカフェで時間を調整し、遅れないように会場に入った。以下、その時の感想文で会報に投稿したものを転記することとしたい。

私は辻本さんのリサイタルも、Hakujuホールに行くのが初めてでしたので、行き先を間違えることもなく、出口で迷うこともないように万全の準備をして出かけました。ところが会場へ着くとその入口に張り紙が掲示されており、何とピアニストが沼沢淑音さんから大伏啓太さんに交代、それにともなってプログラムの一部が変更になるとのことでした。

もともとのプログラムは、ハイドン(古典派)からシューベルト(ロマン派前期)を経てラフマニノフ(ロマン派後期)に至る素敵なプログラムを期待していたのですが、お怪我をされてとのことで、繊細な楽器を操る芸術家にはこういうこともあろうかと思った次第です。

シューベルトのアルペジオーネ・ソナタの代わりに演奏されるのが、しかしグリーグのチェロ・ソナタイ短調と書かれており、同じ国民学派の音楽を堪能することもできるということで、それはそれで期待が高まりました。 
ハイドンのディヴェルティメントニ長調という曲を聞くのは初めてでしたが、私は全交響曲を聞きとおしたこともある大好きな作曲家で、骨格のあるかっちりとした中にも、それとなく技巧的な部分もある作風に惹かれています。短い作品でしたが、たっぷりとした辻本さんのチェロに聞きほれました。マイクを持って大阪弁の辻本さんが、ピアニスト交代に至った経緯などを説明し下さりました。直前のことだったので、短い期間にプログラムをやりくりしたのは大変なことだったと推察します。しかし次のグリーグはまるでブラームスのように濃い作品で、北欧のリリシズムを期待していると裏切られる結果となりました。 
Hakujuホールは私にとって、ちょっと残響が多く、特にピアノの音がダブって聞こえるようなところがああるような気がしますが、次の「ヴォカリース」とチェロ・ソナタト短調に関しては、私は作品と演奏に没頭し、そこで展開されるロシアの響きにうっとりとする時間でした。 
晩秋(といっても今年は暑いですが)ほどラフマニノフが似合う作曲家はないように思います。それは私がかつて岩手県をドライブしていた時、紫波町にあるレコード収集家の「野村あらゑびす記念館」に向かっていた時でした。11月の寒い日ににわか雨が降り、そのあと見事な虹が現れたとき、ラジオからラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れてきたのでした。濡れて鮮やかに蘇った紅葉に青空と途切れる雲、晴れたと思ったら小雨が交じるその向こうに、広大な平野と山々が見えました。岩手はラフマニノフ、というのが私の思い出です。演奏会の2日前の日経コラムに、その岩手出身の宮沢賢治とクラシックに関する記事が載っていたのを思い出しました。
辻本さんも出かけたことがないところを想像しながら音楽を演奏する、というようなことを話されましたが、私はチェロと岩手とラフマニノフが結びついており、なんかそんな変なことを考えながら、演奏を聞きました。
アンコールには、今回演奏されなかったシューベルトから「アヴェマリア」を、さらには定番のピアソラ作曲「オブリヴィオン」を演奏されました。いずれも思いに満ち深々としたた演奏で、秋の快晴の昼下がりを堪能した一日でした。そのあと妻と伴に渋谷まで歩き、日本シリーズ観戦のお供に夜の総菜を買って帰ることができました。 
2023年11月2日 日本経済新聞夕刊

2023年4月23日日曜日

紀尾井ホール室内管弦楽団第134回定期演奏会(2023年4月21日紀尾井ホール、トレヴァー・ピノック指揮)

プログラムに上ると可能ならすべて聞きに行きたいと思う曲がある。シューベルトの長大な交響曲第8番ハ長調、いわゆる「グレイト・シンフォニー」は私にとってそういう曲である。名曲だけに毎年何回かはどこかの団体によって演奏されているし、レコードの枚数も限りがない。実際、実演で聞くこの曲はその長さが気にならない。それどころかいい演奏で聞くと、いつまでも聞いていたいとさえ思う。

私がかつて実演でこの曲を聞いたのは4回ある。そのうち2回は鮮明に覚えているが、あと2回は記憶にない。鮮明な方は、サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団とミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊によるものである。サヴァリッシュのシューベルトは、それだけで間違いがないとも言えるが、ここで私は第3楽章トリオ部分の美しさに開眼した。ミンコフスキの方は、何といってもリズムの楽しさで、特に第4楽章の乗りに乗った演奏に舌を巻いた。そう考えると、記憶にない方の2つの演奏、すなわちノリントン指揮とパーヴォ・ヤルヴィ指揮のいずれもNHK交響楽団による演奏は、なぜ印象がないのかわからない。もしかすると聞いた座席の位置が良くなかったのかも知れない。

そのシューベルトの「グレイト・シンフォニー」を英国のピリオド奏法で名を馳せた指揮者、トレヴァー・ピノックが指揮する。この指揮者を聞くのは初めてである。プログラムの前半には定番のモーツァルトも用意されているから、これは「買い」だと思った。かつてドイツ・グラモフォンから発売されていたバロックからモーツァルトに至る一連の演奏は、一世を風靡したかのような感さえあった。ブリュッヘン、アーノンクールなどと並んで、80年代の古楽器ブームの最盛期に登場したピノックのCDを、私も何枚か持っている。

そのピノックも77歳だそうで、昨年(2022年)からは紀尾井ホール室内管弦楽団の第3代目の首席指揮者に就任したそうである。私は紀尾井ホール室内管弦楽団を聞くのは2回目である。もう5年前の丁度同じ日になるのだが、ハイドンの「十字架上のキリストの7つの言葉」を聞いており、紀尾井シンフォニエッタ東京から名称を変更した団体の技量の高さはすでに体験済みだから、きっといい演奏会になるに違いないと確信した。

ピノックはシューベルトの「グレイト」を指揮するの当たり、特にメッセージを寄せていて「シューベルトの交響曲第8番は、私にとって宝物のような作品であり、人生のあらゆる要素が詰まった体験と省察のための音楽です」と語っている。彼にとってこの曲を振ることは、特別なことなのだろう。だからこの日の演奏会は、とどのつまりは「グレイト」に集中し、そこにほとんどすべてエネルギーを傾けたと言っても過言ではないだろう。最初の曲「イタリア風序曲」の丁寧で明るいサウンドは、いわば「グレイト」のためのウォーミングアップといったところだが、一音一音の色付けにこだわりが感じられて大変好ましい演奏に仕上がっていた。

一方のモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」は、ピノックの定番中の曲である。ところが何と、私はこの曲の実演を聞くのが初めてであった。ピノックは無難にこの曲を指揮したと思う。ただ私はどことなく、練習不足の感が否めなかった。オーケストラの音色、特に弦楽器のそれに、何となく洗練されたものが感じられなかったからである。音がやや艶を欠いていて、どこかアマチュアの団体が演奏しているような感じである。そう思ったのは、後半のプログラムではまったく違った素晴らしい音に変貌していたからである。

ただピノックはチェンバロの奏者でもある。チェンバロという楽器は、音が上部に「キン」と突き抜けるようなところがあって、もしかするとそういう音作りなのかも知れないと思った。シューベルトではむしろロマン派のアンサンブルになっていたがモーツァルトでは、敢えてもっと賑やかな古典派の音にしていたのかも知れない。

紀尾井ホールという会場を私は好ましく思っていない。その理由は最寄りの駅から遠いことに加えて、トイレが不思議なことに地階と2階にしかないというおかしな構造をしていることによる。このため大多数の1階席の聴衆は、階段を上り下りしないと用を足せないのだ。我が国におけるクラシック音楽のリスナーは近年、特に高齢化が著しく、この階段の上り下りには拒絶感を抱く人も多いのではないか。だからかどうかはわからないが、これだけ素敵なコンサートなのに、客席は6割程度しか埋まっていない。もったいない話である。

シューベルトの交響曲第8番について、音楽評論家の森朋平氏が大変素敵な文章を解説に記している。それによれば、若い頃はモーツァルトをモデルにしていたシューベルトも、病に侵されるようになるとベートーヴェンが目標となった。「治ったと思っても回帰してくる関節と頭の痛み」によって死を意識する若き作曲家は、それまでのような「”歌”や”抒情”に耽溺しない、古代の叙事詩を読み上げるごとき偉業」を成し遂げる。それは「4か月におよぶザルツブルク方面」への旅行を皮切りにゆっくりと形をなしていった。

病気と死の恐怖にさいなまれながら、彼は長大な作品を残す。その冗長なまでの(私はそうは思わないが)長さに「演奏不可能」とレッテルを張られたこの作品は、後年シューマンによって見いだされ、メンデルスゾーンによって初演されるまで日の目を見ることはなかった。私が衝撃を受けたのは、その頃のシューベルトがローマの友人に充てて書いた手紙の一節である。「もう二度と目覚めなければいいのに」と、彼は書いているのだ。私の患う病魔もこの状況に似ている。驚くべきことにシューベルトはそんな苦境の中でこの曲を作曲したのだ。そこにはシューベルトの並々ならぬ決意が感じられる。「未完成」とは対照的に、この曲はシューベルトのポジティブな側面が横溢している。しかしその中に時に垣間見せる内省的な瞬間が、この作品の奥深い魅力である。

さてピノックの「グレイト」だが、結論から言えば、大変感動的であった。オーケストラのアンサンブルの見事さは、前半とは異なって群を抜いていた。特に終楽章でのリズム感のよい集中力は、できればもう一度聞いてみたい。ただ、第2楽章ではもう少し表情付けがあっても良かったと思う。中間部で一気に静かになるところ。ここで吹く心の隙間風こそが、私がシューベルトを愛する理由なのだ。

同じことは第3楽章のトリオにも言える。あまりに健康的で明るい演奏なのだ。だがこの抒情的な部分の美しさは例えようがない。できればここはゆっくりとした演奏で聞いたみたいものだ。その前後は威勢が良くていい。このコントラストの妙をつける演奏に、私はまだ出会っていない。ただでさえ長いこの曲で、弛緩させることなく集中力を維持することに気を取られるあまり、この第3楽章のしっとりとしたメロディーが、いつも不完全なものに終わるように私は感じてしまう。

いくつかの不満はあるとはいえ、高い水準でこの曲を聞くことができた喜びは、何をおいても特筆すべきだろうと思う。そしてシューベルトの魅力を、またいつか実演で聞いてみたいと思う。生ある限り、私はシューベルトを愛し、そしてシューベルトの曲を聞き続けたい。あのピアノ・ソナタの全集を、私はそのために買い求め飾ってある。

長大な曲の最後の一音が鳴り終わったとき、フォルティッシモで終わる曲にしては珍しいことに長い静けさが保たれた。多くの聴衆の中に、音楽の一部とも言える静寂をぶち壊す人がいなかった。そのことで今日の演奏会の品の高さがうかがえようか。ブラボーこそわずかではあったが、これには指揮者も満足した様子だった。木管楽器を始めとする奏者の技量の高さにも驚かされた演奏会が終わると、何と小雨が降り始めていた。4月とは思えない暑さの中を、赤坂見附の交差点まで歩くと、紅潮した頬も次第に緩み、新橋の雑踏に塗れるころには深遠なシューベルトの心の闇も、どこかへと消えて行ってしまうようだった。

2023年3月24日金曜日

オーケストラ・アンサンブル金沢第39回東京定期公演(2023年3月22日サントリーホール、広上淳一指揮)

さわやかな春の風が吹き抜けていくコンサートだった。かねてより一度は聞いてみたいと思っていたオーケストラ・アンサンブル金沢は、定期的に東京でも演奏会を開いているので、聞こうと思えばチャンスはいくらでもある。特に2018年に芸術監督となったミンコフスキとの演奏には、私も大いに興味を抱いていたのだが、コロナ禍で演奏会がどうなったかもわからず、気が付いてみると広上淳一が「アーティスティック・ディレクター」とやらに就任していた。

広上と言えば、このコロナ禍に私が何度か出かけ、名演奏に酔った日本人指揮者のひとりである。京響とのマーラーや都響とのベートーヴェンが記憶に新しい。ハーモニカを片手にリハーサルを行い、全身をくねらせて踊りながら指揮をするユニークな姿も印象的だが、そのようにして表現される音楽が極めて正統的でしかも生気に溢れ、耳だけでなく目が離せない。明るく陽気な音楽であることも素敵だが、生理的な説得力がある。音楽はまず楽しくなければならない、という感じである。

その広上の指揮するシューベルトの交響曲第5番、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番(独奏:米元響子)、それにベートーヴェンの交響曲第2番がプログラムである。例年よりずいぶん早く桜が満開となった東京で、何と素敵なプログラムだろうと思った。直前にコンサートがあることを知るのはいつものことだが、もちろん今回も当日券があることがわかり、その座席を調べるとP席を含め安い席がまだ売り出されている。サントリーホールはどこで聞いてもいい音がするから、今回はむしろ指揮者が良く見える席にしようと、2階左手の真横に陣取ることにした。

ここのところ2日に1回のペースでコンサートに来ているが、オーケストラの第1音が鳴ったとたんに、広上の音は素敵だと思った。音に艶があって、光っている。オーケストラの技量もいいからか、開放的で弾けている。そうだ、やはりこのようでなくては。どうしても比較してしまうが、大野和士の都響やバッティストーニの東フィルからは聞こえなかった清涼感とリズム感が耳を打つ。これは指揮者の腕だと思う。

そういうわけで、シューベルトがわずか19歳の時に作曲した第5交響曲に私は聞きほれた。まるで小川に水が流れていくように、さらさらと進む音楽は、それ自体非常に瑞々しいのだが、その一音一音の音の表情付けが、また聞いていて嬉しくなるほどに面白いのだ。第2楽章になると、そのことがいっそうよくわかる。

ヴァイオリニストの米元響子は、プロフィールによれば史上最年少でパガニーニ・コンクールに入賞したとのことである。1997年のことだから、もう20年以上も前のことになるのだが、私はこれまで聞いたことがなかった。日本人も今や多くのプレイヤーが国際的に活躍しており、そのすべての人の演奏を聞くことは不可能に近い。白いドレスで登場した彼女は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲を丁寧に演奏した。面白かったのは、ヴァイオリニストが体を揺らしながら演奏するそばで、指揮者も同じように踊っている姿である。だが笑うというのではない。なぜなら聞こえてくる古典派の音楽は、決して歪でもなければ、変に局所を強調するわけでもない。にもかかわらず、細部にまで表情が豊かであることは、その指揮姿と実は表裏一体であろう。

第4番のコンチェルトは、その前後の2曲に比べると地味で目立たないが、この作品も作曲家が19歳の時の作品である。新しい発見だったのは、この曲の各楽章に印象的な独奏部分(カデンツァ)が挟まれていることだ。米元も含め、肩ひじ張らずに自然体の演奏を繰り広げる。何の小細工もない。が、とても新鮮。演奏が終わって拍手が続くと、彼女は何とパガニーニの奇想曲から第24番をアンコールに演奏した。

休憩を挟んでいよいよベートーヴェンとなる。私がここ数年聞き続けてきたベートーヴェンの交響曲も、いよいよ第2番の番となった。この曲、私は大のお気に入りで、とりわけ第2楽章のラルゲットのメロディーを愛するのだが、この曲がまた春の音楽である。第1楽章冒頭の一音から広上節がさく裂し、序奏が終わると一気にほとばしり出る主題は、手を向ける方向を少し変えると音の表情も見事に変化。このシーンはそのまま録画して何度も見てみたいと思うほどだ。ティンパニの強打が心地よく、木管楽器の味わいも絶妙である。

それにしても広上の音楽は、速かったり遅かったりすることがなく、その印象的な指揮姿とは対照的に極めてオーソドックスである。にもかかわらずこれほどの興奮を覚えるのは一種のマジックと言ってよい。ライブではないと味わえないものがあるとも言える。オーケストラも乗ってくる。会場は8割程度の入りで、いつもとは違う客層だった。ネクタイをした人が多く、何となく聞きなれていない感じ。もしかするとスポンサー企業の招待客や地元金沢の人が大勢来ていたのかも知れない。にもかかわらず静まり返った聴衆からは、終演後の大きな拍手が贈られ、一部にはブラボーも飛んだのはコロナが終息してきている証拠である。

マイクを持って挨拶をした指揮者は、このオーケストラが岩城宏之によって創立されたことなどを紹介し、アンコールにレスピーギの曲を演奏した。18時半といういつもより早く始まったコンサートも21時になり、私も幸せな気分でアークヒルズを後にした。

オーケストラ・アンサンブル金沢は、石川県を拠点に活躍する有数の室内オーケストラだが、その設立が1988年とかなり古い。そのことを私は最近知ったのだが、これほど有名になったのは、演奏を記録したCDなどがリリースされ始めた頃だったと思う。それから20年以上が経過し、私も初めて耳にしたその演奏は、世界に引けを取らないほど艶のある魅力的な音色にあると思った。私はこのコンビで、是非ビゼーの交響曲やプロコフィエフ、それにハイドンの作品を聞いてみたい。金沢に住んでいれば、定期会員になりたいとも思った。

2018年7月16日月曜日

東京都交響楽団演奏会(2018年7月15日、サントリーホール)

マーラーの「巨人」は、一言で言えば都会風の演奏だった。それもそうで、指揮者のアラン・ギルバートはニューヨーク生まれの日系アメリカ人。ニューヨークフィルハーモニックの音楽監督を8年間勤め、今年から都響の首席客演指揮者に就任する他、来年からはNDRエルプフィル(北ドイツ放送響)の首席指揮者となることが決定しているそうだ。今日は都響との就任披露公演で、演目はシューベルトの交響曲第2番とマーラーの交響曲第1番「巨人」である。

私がこのコンサートに出かけることにした理由は、3つある。一つは、過去に何度も来日しながら一度も耳に触れたことのないギルバートの演奏を聞いてみたかったこと、第2には、これも一度も実演で接したことのないシューベルの交響曲第2番を聞きたかったこと、そして3番目には、マーラーの「巨人」が「花の章」付きで演奏されることである。

マーラーが「巨人」を作曲した時、彼はブダペスト王立歌劇場の音楽監督の座にあって、当初「交響詩」として位置づけ、後に削除されてしまう第2楽章「花の章」を含む全2部、5楽章構成であったことは良く知られている。ブックレットによれば、第1楽章での狩の音型は、決定稿ではクラリネットだが、今回は舞台裏のホルンが務めるようだ。そして削除された「花の章」が復活する。初期の稿とも最終稿とも違う折衷型の楽譜を、どうして取り上げるのか、興味があった。

それはおそらく、ギルバートがハンブルクのNDR響の首席指揮者となることを意識してのことではないかと思う。「クービク新校訂全集版」という今回の稿は、この作品を交響曲として初演したハンブルクで、2014年に初演されている。ハンブルクは「巨人」に関する限り、本家本流の「我が作品」というわけである。

だが演奏は、どうも出だしからパッとしないものだった。特に金管が良く音を外す。もしかしたら連日の猛暑となった真昼の東京には、炙り出された亡霊がいたのかもしれない。極めつけは「花の章」でのトランペットだが、これは2度目には決まった。けれどもホルンの「外れ」は第3楽章あたりまで続いたと思う。第1楽章が雑然とした雰囲気となるのはよくあることだが(CDでも)、朝の静かな靄の中に立ちのぼる若者の目覚めを、私はもっと大切にしてほしいと思う。何か気持ちだけが焦るような演奏が多いのは、緊張した実演であることを考えると仕方がないのかもしれないが。

「花の章」はムード音楽のような緩徐楽章だが、これが聞けるのが実際楽しみであった。けれどもソロのトランペットが残念なことに音を外すと、動揺が広がったのだろうか。第3楽章(通常の第2楽章)は、第1主題の繰り返しを省略し、あっというまに終わってしまったのもつまらない。このスケルツォの、ダイナミックな弦合奏が良く決まっていただけに、もう少し聞きたかった。

コントラバスの独奏で始まる次の楽章も、どことなく落ち着かない。深遠な静かさの中で厳かに始まる「さすらう若人の歌」は、何かとりとめのない繋がりの音楽でしかないようだ。ニューヨークで聞く演奏にも似たようなものが多い。あのトリオ部分の、おそらくこの曲最大の見せ場に至って指揮者は、弦楽器を良く歌わせたと思う。ところが今度は客席がもたない。咳払いが多いのだ。本当のマーラー好きは、今日はいないのかしら。

結局第4楽章に至るまで、真価は発揮されないままであったと思う。この先どうなるのだろうかと、正直心配であった。だが、マーラーの曲の長さは、ある意味で演奏家に挽回のチャンスを与える。特に終楽章は、どの交響曲の場合も最大の力点が置かれ、しかも長い。第1番でも同様で、ここで広がるマーラーの宇宙の広がりは、やはり感動的である。弦楽器の起伏に富んだ中間部では、もっと弦楽器が重厚に響けばと思ったものの、これはもしかしたら真横から聞いているからかも知れないと思いあきらめ、音楽に集中した。

コーダにかけてのたたみかけるようなクライマックスは、この指揮者が常に音楽のエンターテイメント性を重視していることを表していたように思う。あるいはバーンスタインの演奏などがこのようだったのか、覚えていないが、とにかく圧巻の終結部であった。割れんばかりのブラボーが2階席奥から聞こえたとき、この会場にもコアなマーラー・ファンが詰めかけていたことを知った。

満足気に何度も舞台に登場し、オーケストラを四方八方に振り向かせるパフォーマンスを演じながら、この組み合わせで聞くこれからの演奏会も悪くはないと思った。首席奏者の少なさが目立ったが、明日の2日目はミスが減ることが期待できるだろうし、それに来シーズンから始まるプログラムも魅力的である。名曲を力強く指揮すると面白いだろうし、それに良く歌う部分が印象的なのは、オペラの演奏にも威力を発揮するだろう。真横から見る指揮姿はなかなか面白く、指揮のわずかな素振りで音のニュアンスが変化する様は、もうこの関係が良好のものになっていると思わせるに十分であった。

このことを感じたのは、最初のプログラム、シューベルトの交響曲第2番変ロ長調で、私はこちらの演奏の方が全体的な完成度の点でははるかに良かったと思う。どのような細かい表情の変化も表現され、木管楽器が活躍するすべての楽章において躍動的で、しかもミスがない。満足の出来栄えを近くで見ることができた。

若干17歳だったシューベルトのコンヴィクト時代に書かれた輝かしい作品には、もう後年の大規模で、豊かなメロディーが横溢する作風が確立している。「未完成」のような晩年(といっても30歳前後だが)の作品のような、底のない影がないのが、逆説的な意味で魅力でもある。シューベルトも若い頃は、希望に満ちた作品を書いていたのだということがわかるし、そのことが対照的に後年の、孤独にさいなまれる悲しい日々を強調するような気がする。そういう意味で、私なこの作品を聞いただけでも涙が浮かんでくる。

私はシューベルトが好きである。交響曲でいえば、あの宇宙的に長い「グレイト」も、できればずっと聞いていたいとさえ思う。ピアノ・ソナタを優秀な演奏家で聞くと、これらとは打って変わって、深遠でありながらどこか浮世離れしたような内面を覗くような思いがする。同行した妻は「シューベルトの良さがどうもよくわからない」などと言っていたが、私も初めて「ロザムンデ」を聞いた時に同じように思ったものだ。ところが今では、シューベルトの曲がプログラムに上ると、すべて行ってみたいという気持ちに駆られるようになっている。

2017年7月1日土曜日

NHK交響楽団第1863回定期公演(2017年6月30日、NHKホール)

パーヴォ・ヤルヴィは今シーズンしめくくりの定期公演で、圧倒的なシューベルトの演奏を聞かせ、それは前人未到の領域にあったと思う。デッドヒートを繰り広げるマラソンを見ているような、長い興奮の時間。この間、聴衆は一時も目を離すことなく、舞台に釘付けであった。第1楽章の冒頭から、オーケストラをドライブするその身振りの、どんな細やかな部分にさえ敏感に反応するオーケストラは、一糸乱れることもなく、この長大なシンフォニーを一気果敢に演奏した。

スポーティーでアグレッシブなシューベルト。それはこの有名な曲を聞いてシューベルトの音楽を久しぶりに思い出そうとする安易な聞き手を頭から裏切る大胆なものだ。だからこそこの境地は、他の指揮者がまだ成し遂げていない領域にも達する野心的なものだ。そうとわかる聴衆は熱狂的に拍手を送り、そうでない聴衆を翻弄、混乱させた。だが驚くべきはこのような世界トップクラスの次元での勝負を可能とさせるN響の技術的水準の高さである。もちろんそれは、長年の数々の指揮者を経て到達したものであろう。そして、さらにそれを推し進めたのは、首席指揮者ヤルヴィの功績と言っていいと思う。もう四半世紀にわたってN響の公演を聞き続けてきたが、それだけは自信を持って言えるのである。

圧巻のシューベルトの演奏に入る前に、後になっては遠く霞んでしまった前半のプログラム、シューマンの歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲と、同じくシューマンのチェロ協奏曲イ短調(独奏はターニャ・テツラフ)についても触れておく必要がある。

歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲は私も初めて聞く曲だったが、メリハリの効いた演奏であった。続くチェロ協奏曲は、この目立たない曲を綺麗に、そして颯爽と弾きこなしたのが印象的であった。音色の美しさは比類がなく、3階席で聞いていても、無駄がないにもかかわらず決して細くはないチェロの音色が、自信を持って弾きこなされてゆく様子は、手に取るようにわかった。おそらくこれまでに聞いてきた独奏のチェリストの中で、私の印象はもっとも大きいものだった。できれば他の曲も聞いてみたい、そしてCDなどを買ってみたいとさえ思わせた。

アンコールにはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」の冒頭が選ばれた。この誰もが知っている曲によってテツラフの演奏のスタイルを再確認した聞き手も多かったと思う。それは速く、そして流れるようでありながら、抑揚を適度に伴い、聞き手の心を瞬時にわしづかみにしてしまう現代的で、しかも美しいスタイルである。それは丁度、ヤルヴィの演奏に極めて似ている。音楽を一度紐解き、彼女なりに組み立てた結果、それまでにない大胆で新鮮な音楽が誕生する。

シューベルトへの期待は、前半のシューマンのややくすんだ、どちらかというと少し気分が乗らない雰囲気を見事に打ち消すところから始まった。時計の針は数十年バックする。シューマンをして「天国的に長い」と言わしめたのをあざ笑うかのように、「グレイト」と名付けられた交響曲をこんなにも挑戦的に演奏した音楽家がいただろうか。3階席で聞いていてもオーケストラの表情のどんなに些細な変化であっても、あるいは音の組合せが千変万化するすべてのタイミングにおける音色の変化・・・それは連続的であるというよりは離散的であり、写実的とも言っていい輪郭を伴う現代的でデジタル的変化・・・が手に取るように感じられた。

それでも冷静さを維持しながら確認したところでは、おそらくは第4楽章の第1主題を除いて、ほとんどの部分は反復された。第1楽章の第1主題は、これが反復されると一気にオーケストラはヤルヴィの楽器となった。第2楽章の木管楽器の溶け合いや組合せの変化は、まるで高速列車の車窓風景を追うように見事だったし、終楽章に至ってはまるでアクション映画のクライマックスを見るかのような興奮を覚えた。

第2楽章の後半で、音の重なりが頂点に達し、その途端しばし休止を迎えたあとに出てくる低弦の響きは、舞台の左手に配置された「ヤルヴィ・シフト」によって強調され、その時間は会場がこの音に聞き惚れて物音ひとつでない。第3楽章のトリオの場面は、この音楽がこんなに長かったのかと思わせる至福の時間。全体的に速い演奏ながら、それでもなおたっぷりとこの曲を堪能させてくれた。かつて聞いたどんな演奏とも違う。N響でもこれが3度目だが、最初のサヴァリッシュとの名演などと比較しても、そのスタイルは随分と異なる。演奏によって音楽がまだ新境地を示しうることの証明である。

オーケストラが指揮者と一体となり、ほとんど完璧なまでの熱演を繰り広げるヤルヴィとN響のシーンも、いまでは当たり前のような光景になっているのだろう。それにしてもその中では、極めて成功した部類に入るのではないか。3月のヨーロッパ公演では絶賛の嵐だったようで、その記事は今月の「フィルハーモニー」にも記載されている。そしてそんな演奏をここ東京で何度も見られるのは幸福である。生きていてよかったとさえ思った。次回は是非とも前の方で、できれば9月に再オープンするサントリー・ホールで、この組み合わせを聞いてみたい。そしてそれは、お金と時間さえ許せば可能なのである。梅雨の合間の暖かい風で興奮した頬を醒ましつつ、夜の公園通りを下って行った。

2014年10月28日火曜日

NHK交響楽団第1791回定期公演(2014年10月24日、NHKホール)

デング熱騒ぎで閉鎖されたままの代々木公園をかすめるように歩きながら、NHKホールへと急いだ。10月ともなると6時には陽もどっぷりと暮れ、薄い上着だと寒く感じる。今年の秋は、温暖化で季節感の乏しい近年には珍しく、平年並みの気温である。

4年がかりで行われたロジャー・ノリントンによるベートーヴェン・サイクルが、先週のAプログラムで完結したようだ。私は「エロイカ」の演奏が忘れられないし、シュトゥットガルト響と聞いた「田園」も衝撃的だった。レコードでは一世を風靡した80年代の第2番(ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ)と、シュトゥットガルトで入れた全集の中の第7番などが、私の記憶から離れることはない。N響がピュア・トーンに様変わりする姿は、今や当たり前の出来事だが、最初は本当に驚いたものだ。

そしてベートーヴェンの後にはシューベルトが演奏されるではないか。しかも「未完成」と「グレイト」という黄金の組合せ。私は何と言ってもシューベルト好きだから、シューベルトの交響曲がプログラムに乗ると、いつも行ってみたくなる(だがシューベルトのコンサートは割に少ない)。しかもノリントンで、となると即決である。

だがコンサートというのは案外難しいものだ。期待せずに出かけると、意外にいい演奏だったり、逆に大きな期待を持ってでかけると、これが期待外れだったり。そして今回のBプログラムは、もしかしたら後者だったような気がする。期待が大きすぎたのだろうか。でもそれは出かけてみないと判らないことで、出かけなかったらいつまでも後悔するし、それにN響の場合、テレビで放映されたりするので、演奏が良かったら悔しい思いをすることになる。

後半の「グレイト」は、私にとっては思い出に残る演奏がある。それはウォルフガング・サヴァリッシュがN響を指揮した演奏だ。この演奏によって私はこの曲に目覚めたと言ってよい。特に第3楽章のトリオの部分になって、私はどういうわけか体が硬直するような感動に見舞われたのだ。それは偶然と言ってよい。ただ長い曲だと思っていたこの曲が、実に美しいメロディーに彩られた、多彩な曲だっと知ったのである。

以来、「グレイト」の演奏はCDで数多く聞いた。もっとも好きなショルティによる演奏を筆頭に、コリン・デイヴィス、ジュリーニといった名前が浮かぶが、実演では何といっても数年前に聞いたミンコフスキである。このミンコフスキの演奏では、繰り返しが多く行われたにも関わらず、演奏にリズム感が溢れ、それは終楽章において頂点に達した。プレイヤーがみな乗りに乗っている様は、最前列の席から手に取るようにわかった。

けれどもCDで手当たり次第に聞いてみると、意外なことに全ての演奏が素晴らしくはない。指揮者の音楽に対する観念が、曲にピタッと馴染んでいるか、そしてその域に達しているか、ということがこの作品では求められる。それは丁度ブルックナーの曲と良く似ている。そしてCDで聞いてもさっぱり感動しない演奏というのが存在するのである。

さて今回のノリントンの演奏は、私にとっては完全に期待外れだったと思う。もしかしたら緊張しすぎたN響の、ちょっとした余裕のなさがそうさせたのかも知れない。いや実はノリントンは、シューベルトの演奏に向いていなかったということだろうか。私はすべての繰り返しを省いた今回の演奏から、その可能性が高いと思う。だがこの演奏では繰り返しが多くても、単に長いだけという結果に終わったかも知れない。

極論すれば「グレイト」の魅力はその長さにある。いい演奏で聞くと、どこを演奏といているかもどうでもよくなって、もっと長いことこの曲を聞いていたいと思うのだ。第2楽章の後半など、その典型である。もしかしたら私はこの曲に、主にドイツ系の演奏家で聞く典型的な演奏に慣れ親しみすぎているのだろうか。辛うじて第4楽章では、N響の力演とはなったが、それでもあの軽快な、弾むようなリズムを期待した聞き手にとっては、退屈でさえあった。

「未完成」でも同様に、私の心は若干白けた。シューベルトの曲をピュア・トーンで聞くというのは、本当に必要なのだろうか。ノリントンの演奏の限界を知った気もするが、古楽器奏法で聞く演奏も、モダン楽器の演奏があって、その反面教師のような存在だったとすれば、今や古楽器奏法が主流になってしまうと、ロマンチックな演奏が懐かしい。懐かしさを期待するシューベルトの聞き手は、従来の演奏がいいのだろうか。だが私にはミンコフスキの名演の記憶が残り、そしてサヴァリッシュはと言えば、少し雑然とし過ぎてていたようにも思うので、そう単純なことではないだろう。N響は今や大変力量のあるオーケストラだから、やはりこれはノリントンのシューベルトが、私に合わなかったというしかない、というのが結論である。

2014年1月18日土曜日

シューベルト:劇音楽「ロザムンデ」D797(カール・ミュンヒンガー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ほか)

「ロザムンデ」という名の曲は弦楽四重奏曲(第13番イ短調D840の第2楽章)にもあるが、オリジナルはこの劇付随音楽「キプロスの王女ロザムンデ」の間奏曲第3番である(とされている)。憂愁を帯びたメロディーはシューベルト自身のお気に入りだったようだ。さらに他の曲でも使われている。

私が最初にこのメロディーを聞いたのは、「4つの即興曲」変ロ長調D953の第3曲である。一度聞いたら忘れられないメロディーは、シューベルトらしさが十全に出たもので、一見簡単なのだが不思議なパワーを持っている。何故かわからないのだが、懐かしさが込み上げてくる。丁度中学生の頃、毎日歩いていた街並みなどを思い出す。

シューベルトはこの劇付随音楽をかなり大急ぎで作曲したようだ。よく知られているように、序曲は他の作品からの転用である。だが今ではこの序曲を「ロザムンデ」序曲として演奏される。初めてサヴァリッシュの指揮で聞いた時は、何か出来損ないの散漫な曲だと思ったものだ。だが何度か聞くうちに(いつもシューベルトではそうなのだが)、だんだん曲が耳に馴染んできて、いつのまにか虜になってしまう。序曲の序奏からして、こんなにきれいな音楽だったのか、とさえ思う。こうなったら、全曲を聞いてみたい。

序曲といくつかの曲を抜粋で録音したディスクは多いが、全曲を録音したCDは少ない。その中で私は、カール・ミュンヒンガーの指揮したウィーン・フィルによる名演奏の録音を中古屋で発見し、即座に買い求めた。1974年のデッカによる録音はリマスターによって色褪せてはいない。アルト独唱はロハンギス・ヤシュメ、合唱はウィーン国立歌劇場合唱団である。

第1幕への前奏曲と続くバレエ音楽は、ともに同じメロディーで始まるが、バレエの方が木管楽器が活躍し美しい。ただシューベルトはいつもそうなのだが、続けて聞いても冗長に感じない。そして第2幕への前奏曲を経ると、いよいよ「ロマンツェ」となり深々とした歌が始まる。そしてさらに合唱が登場する「亡霊の合唱」。

あの「ロザムンデ」のメロディーはそのあとの「間奏曲」である。ここのメロディーの美しさを何と例えたらいいのだろうか。何か特にあるものの印象を残すわけではないのが不思議で、いわば極めつけの心象風景である。単純なメロディーなのに、無性に悲しい。7分以上もあるこの曲を、丁寧に心を込めてウィーン・フィルが演奏している。

音楽は「羊飼いのメロディー」、「羊飼いの合唱」、さらに「狩人の合唱」、「バレエ」へと続く。何かウェーバーあたりの歌劇を聞いているようだ。シューベルトが特に嫌いでもない限り、全曲盤を聞く価値はあると思う。お正月明けの寒い冬の朝、この曲を聞きながら出勤するのがここのところの日課である。このブログを書いてしまったら、別の曲に切り替える予定だが、なかなかそれが残念な気持ちにさえなっている。

全曲を収録したディスクにはこの他に、クラウディオ・アバドによるもの(ヨーロッパ室内管弦楽団)や、ウィリー・ボスコフスキーによるもの(シュターツカペレ・ドレスデン)などがある。このミュンヒンガー盤では、ウェーバーの劇音楽「プレチョーザ」序曲、シューマンの歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲がカップリングされている。

2013年12月10日火曜日

シューベルト:交響曲第8番ハ長調D944「グレート」(ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

シューベルトの音楽を楽しめるかどうかの、わかりやすい試金石は、この長大な交響曲ではないかと思う。とにかく長い(「天国的に」とかのシューマンは言った)音楽は、単調で極めて退屈、どこがいいのかさっぱりわからない、という次元を通過して、いつからかこんなにいい音楽はない、と思えてくる。私の場合、今から20年位前にその時が訪れて以来、今では丁度いい長さだと思っている。もちろん繰り返しは大歓迎である。

このきっかけとなったのは、サヴァリッシュがNHK交響楽団を指揮したものをライヴで見た時だったと記憶しているが、特に第3楽章で「その時」はやってきた。中間部のトリオでのことである。以来、ここを聞く時はいつもこの時の体験が蘇る。もっといい演奏に出会いたい、という一心から新譜は常にチェック。だが、その録音数とは裏腹に実演で聞くことは意外に少ない。

本年の春にその時はやってきて、ミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊の忘れがたき演奏が、私を感動させたことは、先のブログにも書いたとおりである。だが、この曲はいつも名演奏になるとは限らない。いやもしかすると本当にただ長いだけの、つまらない演奏に終始する可能性も大きい。その境目はどこにあるのだろうか。なかなか気づくことのできない部分で、その分かれ目は存在する。丁度ブルックナーの音楽が、この傾向に類似している。

第1楽章の冒頭から、いい演奏で聞くとゾクゾクする。これからこの長い曲を楽しむのだと思うと、嬉しくなる。なにせまだ曲は始まったばかりなのいだから。最近の演奏では嬉しいことに主題提示部を繰り返してくれる。たっぷりと歌わせる演奏なら、弦楽器も木管楽器も、乗ってくるのがわかる。ベートーヴェンの「エロイカ」でも同じ感じになる。よく似ているが、シューベルトの方はもっと繊細である。

第2楽章の行進曲風のメロディーがまたいい。ここでも歌う木管楽器に酔いしれよう。散歩しながら聞いていると、この曲に合わせて足を踏み出す。だがそれも後半に差し掛かると、丸でブルックナーを思わせるような音の重なりがクライマックスを迎え、そして休止!が訪れる。この深々とした憂いに持ちた味わいは何と形容したらいいのだろうか。この部分に感動しない人は、何か勿体無い人生を送っているような気がする、というのは言いすぎだろうか。

第3楽章も繰り返すと長い。早い音楽だがいつまでも続く。けれどもその中間部にさしかかると、しびれるような音楽が突如として現れるのだ!この至福の時間は、この音楽がずっと鳴り響いてほしいと願うばかりだ。けれどももう音楽は折り返し地点を過ぎている!ああ、何ということか。

力強い金管の響きと、早いリズムで始まる第4楽章は、リズムに乗っていつまでもいつまでも、体を揺らしたくなる。そして反復!オーケストラが乗ってくると、ここの演奏は愉悦に満ち、心から幸せな気分となる。その爽快さ。ここの音楽にはあの「未完成」とは対照的な、だが紛れも無くシューベルトの音楽だ。天才はこの音楽に全ての力を注いだのではないかと思える。

お気に入りの演奏は、ゲオルク・ショルティの指揮するウィーン・フィルによる名演奏。他に何十種類の演奏を聞いたかわからないが、今でもベストである。何かが足りないように見えて、実は他の演奏にはない何かがある。ウィーン・フィルのふくよかな音色が、ウィーンの音楽に溶け合うのは当然としても、それをショルティはうまくドライブしている。強引さではなく、かと言って放任主義でもない。このような演奏は、演奏家の音楽に対する深い愛情がないと実現できるものではない。

何か特別な力が働いて類稀な名演が誕生した。録音も素晴らしい。聞き終わると、もう一度始めから聞きたくなる。この他ではジュリーニとコリン・デイヴィスの演奏が思い出に残っている。

2013年11月29日金曜日

シューベルト:交響曲第7番ロ短調D759「未完成」(アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

他にも多くの未完成作品があるというのに、なぜシューベルトの交響曲第7番(旧第8番)だけが「未完成」として有名になっているのだろう、と誰もが考えたであろう。私もその一人であるが、今ではこの曲が、若きシューベルトの心の風景を反映しているかのような作品だからだろうと思う。わずか31歳で夭逝したシューベルトの中でも、この曲を聞くときほどその心の気持ちが淋しくなる時はない。

特に第2楽章に入ると、フルートが、オーボエが、あるいはクラリネットが、次々と物憂げなメロディーを奏で、それに聴き込まれていくうちに、何かとても長い時間が経過したかのように感じる。どこか違う風景の中を旅しているような、しばし身近な事を忘れてしまう時間が来るのである。かつては、そういう演奏ばかりだった。

だが最初にこの曲を聞いた時は、ステレオ装置が壊れているのではないかと思ったものだ。なかなか音楽が始まらず、始まってもボリュームが大きくならない。A面の「運命」はいきなり「ジャジャジャジャーン」だし、おおよそ交響曲の出だしというものは、そういうアレグロだと信じていた私は、何故この曲がこんなに静かな曲なのにそれほど有名な作品であるのか、理解できなかった。序奏が終わっても静か、そしてとうとう第2楽章に至っても、緩やかな三拍子の物憂いメロディーが続く。

「未完成」であるために、この曲の演奏は通常、第2楽章で終わる。何か煮え切らない気持ちがしたものだった。だが私はトスカニーニによる演奏を聞いて、少し考えが変わった。それなりに緊張感をはらみ、アクセントを強調すれば、フォルテもクレッシェンドもある曲だったのである。そして演奏によっては、何か例えようもない位に心を揺さぶる。音楽を聞いてこのような経験は初めてだった。確かその時は、ジョゼッペ・シノーポリの演奏(最初のフィルハーモニア管弦楽団とのもの)だったと思う。

いまこの演奏を聞いても、少し風変わりな演奏だと思う。そしてこのブログを書くにあたって数々の演奏を聞いていくうち、やはりこの演奏に行き着く、というのが、アンドレ・クリュイタンスが指揮したベルリン・フィルの演奏だ。録音は59年頃で私も生まれる前、当然ながら少しノイズがある。だがこの演奏は隠れた名演だと思う。ベートーヴェン全集の付け足しのように録音されたようだが。

ベルギー生まれのクリュイタンスは、ベルリン・フィルから明るい音色を引き出している。しかしそれがシューベルトの暗さと奇妙にマッチして、そこはかとない寂寥感を湛えている。今では珍しくなったルバートをかけるが、それがもたれることもなく、むしろ整っている。溺れそうになるような演奏ながら、理性が優っている。何か、大河ドラマのシーンに流れるような感じで、たっぷりと歌っている。

誰にも認めてもらえないような孤独感。若者の諦観。そういったものがこの曲には溢れている、と私は感じている。秋の深まる季節、木々の葉が木枯らしに揺らされて舞い落ちる。夕方、学校から帰ってくると、私はそのまま机に向かい、試験勉強に明け暮れたものだった。だが、その間中、私は音楽を聞いていた。その音楽は、日が暮れていくと共に深く心の底に入ってきて、私の胸を締め付けた。

シューベルトの孤独。それはこのロマン派の音楽を語る上で欠かせない。父親に見放され、今で言うニート生活をしながら、彼は音楽史に残る名曲の数々を作曲していった。シューベルトにも音楽的な野心がなかったとは言い切れない側面がある。だが、多くの素晴らしい作品は、彼のもっともパーソナルな側面に対して装飾的な想像力を掻き立てる。どういう聞き方があってもいい。だから「未完成」は多くの個人にとって青春の音楽になっている。その苦しさは、全く個人的な胸の底にしまわれた、自分にしか理解できないものであればあるほど、そっとしておいて欲しい。その気持をちを、いつもは忘れているが、この曲を聞く時は思い出す。だから、大人になると「未完成」を聞く機会は減るし、その時には覚悟がいる。

2013年5月29日水曜日

シューベルト:交響曲第6番ハ長調D589(ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ))

冒頭はベートーヴェンを思わせるようなティンパニ付きの和音も、すぐに柔らかいシューベルトの歌が聞こえる。第1楽章は堂々とした音楽で、第2楽章はいつものように優しく美しい。だがその第2楽章にも若々しいティンパニの連打を伴うメロディーがある。

このティンパニの荒々しい響きは、第3楽章でも顕著である。スケルツォとしての性格が明確な部分は、やはりベートーヴェンを思い起こさせるが、もとをただせばハイドンに起源があるようにも思う。しかしモーツァルトにはなく、後世の作曲家としてはシューマンやブルックナーへの流れも感じ取れる。

この曲は第8番「グレート」に対して「小ハ長調」と呼ばれる時がある。シューベルトの初期の交響曲は、第1番からこの第6番までを指す。ドイチュ番号で言えば、D82からD589ということになる。1000曲近いシューベルトの作品のうち、前半部分である。わずか32年足らずのシューベルトの生涯に当てはめれば、16歳から21歳ということになる。

一方、我々が普段良く聞くシューベルトの有名曲は、いくつかの小さな歌曲を別にすればD600以降がほとんどで、その中で初期に位置する弦楽5重奏曲「ます」がD667、「未完成」でもD729、「美しき水車屋の娘」になると、もうD795である。

このように第6番までの交響曲は、若きシューベルトの作品に過ぎないが、聞かずにおくには勿体無いくらい素晴らしい。その中でこの第6番はとりわけ異彩を放っている。第4楽章の、まるで嬉遊曲とでも言いたくなるような軽快な曲は行進曲風の軽やかなリズムとメロディーで、一度聞いたら忘れられない。 なんという事だろう、主題メロディーの転調や再現などが繰り返されると、徐々に深みを感じるようになる。陳腐な例えだが、晴れた空の下を走る列車が、雲の陰に隠れてもなお快走するような感じである。

何度も繰り返し聞いていくうちに、こっちの体が馴染んできて、それに合わせて楽しんでいる自分を発見する。田園地帯を行く列車の如き愉悦感のお陰で、長く感じられないのが不思議である。それはあたかもあのグレート交響曲にも言えることで、「小ハ長調」と呼ぶに相応しい。

インマゼールの指揮する古楽器団体アニマ・エテルナの演奏は、繰り返しを省略しないで新鮮なシューベルト像を明らかにした秀演である。どの曲も素晴らしいと思うが、私はこの第6番の演奏を持っているので、今回繰り返し聞いてみた次第である。

2013年5月10日金曜日

シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D485(カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

そっと窓を開けたら温かい初夏の風が入ってきた、というような出だしである。何ともさり気なく、自然でぬくもりのある音楽は、シューベルトにしか書けないような感じだ。

ベートーヴェンの交響曲第5番(ハ短調)と第6番「田園」(ヘ長調)が対になっているように、シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」(ハ短調)とこの第5番(変ロ長調)は対になっているように思える。どちらも趣きの異なる2つの作品が、ごく短期間のうちに作曲されたという点である。すなわち第5番は前作の第4番と異なってとてもおだやかで美しい曲である。頬を撫でるように優しい第1楽章に続く第2楽章は、物思いにふけるような、そして癒されるような曲で、牧歌的でもある。

カール・ベームがウィーン・フィルと録音した一連の作品のうち、ベートーヴェンの「田園」とこのシューベルトの第5番がひとつのCDにカップリングされて発売されていた。DG Originalsシリーズの新リマスタリングにより、このCDはひときわ魅力的である。

ベームはウィーン・フィルの魅力を引き出すにあたって、ほとんどオーケストラの自主性にまかせているようだ。少し遅めのテンポと、ルバートを多用することにより、今ではとても懐かしく感じられる。そう思えばある時期まではこのような音楽が「音楽」だと言われていた。だが最近ではビブラートを極力抑えるので、現代楽器を使用していてもあっさりと音楽は流れてしまう。そこがとてもつまらなく思えていたのだが、こちらの演奏スタイルに慣れてしまうと、古い演奏はクドくてもたれるように思えてくる。

ブルーノ・ワルターはそのような演奏の最右翼ではないかと思っている。特に晩年のステレオ録音はその極みのようなところがある。だがこの時期の録音はコロンビア・レコードの人工的な音作りのせいもあって、私は必ずしも好きになれない。ベートーヴェンの「田園」がその代表例である。だがカール・ベームは、そこまではいかず、むしろゴツゴツとした印象がある。それがウィーンの音に中和され、郊外風の演奏に仕上がっている。

3拍子の第3楽章を聞きながら、今日は東北本線を北上する鈍行列車に乗っていた。すでに一部では田植えも終わって、水を張った水田に夏の陽射しが反射している。

第4楽章に入ると、転調して少し激しい部分もあらわれるが、どこかハイドンを思わせるような曲だと思った。少しずつ変化しながら、繰り返されてどこまでも続いていくリズミカルな曲は、シューベルトのまたひとつの魅力である。ベームの演奏が何を置いても素晴らしいというわけではないが、このような演奏もたまにはいいものだと思う。列車はいつのまにか、埼玉県を通り過ぎ、小山に着いた。今日は日中の気温が摂氏25度を越え、夏の陽気になるという。新緑まぶしい五月晴れの朝である。

2013年4月26日金曜日

シューベルト:交響曲第4番ハ短調「悲劇的」D417(コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン)

長く重々しい和音が響き、すぐに静かで沈痛な序奏となる。この部分だけでその音楽の充実ぶりは凄い。「悲劇的」な主題はシューベルト版「走る悲しみ」といったところだが、暗い中にもどことなく明るさを漂わせているのがいい。ハ短調の交響曲と言えば、何と言ってもベートーヴェンの第5交響曲を思い出すが、シューベルトはこの曲を意識して作曲したのだろうか。

その第2楽章の美しさはたとえようもない。何となくどこかで聞いたことのあるようなシューベルトのメロディーだが、それは途中からもっと深刻なものとなる。ここの曲ほどシューベルト的な曲はないと思う。そういう意味でこの曲は、彼の8曲ある交響曲のなかでも秀逸なものだと思う。ここにはもはや「走る悲しみ」はなく、行き場のないような哀しみである。そこにシューベルトの世界が広がっているように感じる。

第3楽章はリズム処理が面白く、いわばスケルツォ風である。重々しいが中間部になるとほっとするような安堵感が漂う。第4楽章になると、再びシューベルトの独壇場とでも言うか、テンポを刻みながら静かに走っている。やがて体が運動に慣れてきて、丁度いい感じになる。これと同じような感覚は、「グレイト交響曲」の終楽章でも味わえる。私はこの音楽が好きである。短調独特の暗さが漂っているが、充実した音楽に乗っていける。しかも主題が何度か繰り返されるので、長いがその分、適度な「運動感」も得られる。オーケストラが次第に熱を帯びてくる様子がわかる。

先月のサヴァリッシュに引き続いて、コリン・デイヴィスの訃報までが飛び込んできた。私にとってコリン・デイヴィスはサヴァリッシュほど身近ではなかったが、結構気に入っていた指揮者だった。2度ほど実演を聞いている。1回目はニューヨーク・フィルとのマーラーを、2回目は内田光子をソリストに迎えたロンドン交響楽団とのモーツァルトだった。さらにはレコードで聞く演奏には60年代のベートーヴェンを先頭にあらゆる年代、国、ジャンルの作曲家に及び、それはつい最近まで続いた。

そのデイヴィスは90年代にはシュターツカペレ・ドレスデンとの素晴らしい演奏の数々をデジタル録音している。丁度古楽器奏法が主流となって、CD販売の不振が続き、次々と指揮者が録音の予定から降板した頃だったので、これらの演奏には大変素晴らしいものが多いにも関わらずあまり評判にはなっていない。ドレスデンとのシューベルト交響曲全集もそのひとつではないだろうか。

だがここではいつものかっちりとした堅固な演奏が聞ける。そしてドレスデンの響きによくマッチして、ファンには嬉しい限りの演奏だが、聞く人によっては「力任せ」だの「無骨」だのと批判が多い。私はファンなので、今日は第4番を私の追悼演奏として聞いている。高い完成度で第2楽章など胸に迫る。

春が終わってまもなく初夏というよく晴れた日の朝。ふく風はまだ少し寒いが、日差しは眩いばかり。そのような一日なのに、なぜか寂しい気分である。新緑の木々が雲ひとつない空に映えて揺れている。そんな今日も、午後には急な寒気のせいで突風が吹く嵐になるらしい。

2013年3月16日土曜日

シューベルト:歌曲集(T:イアン・ボストリッジ)

室内楽曲や短い歌曲は、もともと気さくな音楽だ。ベートーヴェン以降の時代では特に、教養ある市民階級のための音楽が多く作られ、それまでの貴族のためのバックグランドミュージックに取って代わった。シューベルトの有名な歌曲「魔王」は、そのような市民たちに愛好されたのだろうと思う。何せこの楽譜は、発売されるや飛ぶように売れたという。

シューベルト自身もこのような私的な音楽会で、自作を楽しんでいるようだ。1823年、26歳のシューベルトはSteyrという土地(リンツの近く)にある弁護士一家を訪ねた際、ある手紙に家庭的団欒の様子が語られているという。それによれば、シューベルトが「魔王」を、歌手のフォーグルが「父」、そしてそこの家庭のある娘が「少年」を分担して歌ったという(「シューベルト」(前田昭雄著、新潮文庫)。

そもそもシューベルトはどのくらいの歌曲を作ったかについては、明確なことはわからない。ドイチュ番号の付いているものだけでも600曲以上はあり、改作や行方不明のものも合わせると1000曲に達するという研究者もいる。その大半がドイツ語による短い歌曲(リート)で、シューベルトはこの分野を切り開き、「歌曲王」と呼ばれていることは中学校の音楽の授業で習った。

そのうち有名な歌曲のいくつかは、文豪ゲーテの作品に対して作曲されている。「魔王」はそのうちでも最も有名な「作品1」である。つまり出版された最初の作品、続くいくつかの作品も「一を紡ぐグレートヒェン」「漁師」などがあり、すべてを聞いたわけでは勿論ないが、「水の上で歌う」や「月に寄せて」など好きな作品、それに「野ばら」や「ます」「子守唄」のような誰もが知っている作品もあって興味はつきない(言うまでもなくこれらの他に三大歌曲がある)。

数多くの有名な歌曲の作品集には数多くの録音がある。イギリスの若きテノール、イアン・ボストリッジは、ピアニストのジュリアス・ドレークとともに多くの録音を残している。 その中でももしかしたら最初の録音が1996年のこのCDである。私は中古屋で見つけてたまたま買ってみたという程度だが、これが聞くほどになかなかいい(CD本体にはボストリッジのサインまであった!)。知らない曲を聞いたというのに、何か時間が止まったような懐かしい瞬間に出くわすことがある。かつて旅した古い街や自然の風景の断片を、どういうわけか思い出す。シューベルトの音楽は記憶の深いところに働きかけ、その一こまを他では思い出さない時に、脳の中から呼び覚ますのではないだろうか。

だがこれ以上、シューベルトの歌曲の新鮮で、時に深い魅力について書くことは、ほかでさんざん語り尽くされているのでやめておこう。これをきっかけにして、他の歌手の録音や、他の作品にも触れてみようと思った。だがゆったりと音楽に浸れる時間があまりないのも事実である。そういう状態で聞きたくはない。できればシューベルトがそうしたように、どこかの地方へ旅行して、溢れる自然の中で楽しんでみたい。初夏の眩しい日差しを浴びながら。


【収録曲】
1. ます
2. ガニュメート
3. 春に
4. 月に寄せて
5. 野ばら
6. 旅人の夜の歌2
7. 最初の喪失
8. 漁師
9. 漁師のくらし
10. 夜と夢
11. こびと
12. 音楽に寄せて
13. 君はわがやすらい
14. 水の上で歌う
15. シルヴィアに
16. 連祷
17. 春のおもい
18. 林の中で
19. ミューズの子
20. 旅人の夜の歌1
21. 幸福
22. 魔王

2013年3月3日日曜日

シューベルト:交響曲第3番ニ長調D200(ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団)

シューベルトの交響曲第3番は、「未完成」と「グレイト」以外で最初に聞き、感動した交響曲である。その時の演奏がギュンター・ヴァントの指揮する北ドイツ放送交響楽団のこのCDだった。私は確かFM放送で聞いてもう一度聞きたくなり、池袋のHMVへ急いだ。カップリングにはシューマンの交響曲第3番「ライン」が入っていたが、むしろシューベルトの方に惹かれた。この曲の魅力は、この演奏によってインプットされたのである。

だが客観的に見て他にも多くの名演奏があり、いまとなってはなぜこの演奏がその引き金を引いたのかはよくわからない。ひとつ言えることはヴァントという指揮者は、なぜか聞き古された曲の魅力を再発見する経験をすることが多かったという事実。他ではベートーヴェンの「田園」、それにモーツァルトのト短調交響曲などもそうだった。

古典派の音楽とロマン派の音楽の違いについては、私のような素人にしか言えない表現で言ってしまえば、こういうことになる。古典派の音楽は一定の形式、枠に押し込めようとしているのに対し、ベートーヴェンではそれがどうしても収まり切らなくなった。そしてとうとう枠を超えてしまったところ、シューベルトはむしろ自由に、そしてより自然に、自分の感情を音楽に寄せて表現する。「歌」といえばポピュラー音楽では「音楽」と同じくらいに欠くことのできない要素である。だがシューベルト以前はそうでもなかった。

シューベルトは音楽に歌を持ち込んだ。ただし芸術至上主義的にそのことを実践したのではない。よし私的に、目立たないところで、だが確実に自身の表現をその方向に向けた。野心的ではなかったかもしれないが、結果的には誰もが成し得なかった表現の幅が獲得された。その先駆けとなったシューベルト18歳の時の交響曲のもう一つがこの第3番というわけである。

第1楽章の序奏はまるでモーツァルトの短調のようで、重々しいがとても深い味わいがある。だが主題はクラリネットが明るいメロディーを吹くと、それはいささか脳天気な感じでさえあり、落差に違和感を覚える。その後はきっちりとシューベルト節である。ヴァントは悠然と構えながら歩みを進める。何かクレンペラーのような感じだが、きっちりとアクセントは押さえているのがいい(統制が効いている)。

第2楽章は前の2つの交響曲のように明るいが、インパクトに乏しいのではないか、と思いきや、中間部で民謡風のメロディーが流れてきて、何か心からとても嬉しくなる。この交響曲を通して活躍するのはクラリネットだが、その旋律はたった一回だけでもとの主題に戻る。これはお祭りのような音楽なのかも知れない。

第3楽章のメヌエットはスケルツォ風の諧謔性を持っている。ヴァントはここでは早めのテンポで一気に駆け抜ける。 トリオはまたも楽しい民謡舞曲風。第4楽章になると、第3楽章で貯めこまれてしまったエネルギーが、素直な方向に広がっていきながら流れていく。その有様は大河を下るような感じだが、ヴァントはテンポを少し遅めにとりながらもリズムをしっかり刻んで行く。シューベルトの流れはここで、一気に春の花を開かせたかのようだ。

2013年3月2日土曜日

シューベルト:交響曲第2番変ロ長調D125(リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

この作品をはじめて聞いた時、何とも中途半端な出来損ないの曲に感じたものだ。それもそのはずで、交響曲第2番はシューベルト18歳の時の作品である。当時シューベルトはウィーンで教師の見習いとして働いていた。1815年のことである。

ところが第1番や後年の第8番など、注意深く聞いてきた続きに、何度も繰り返し聞いていると、不思議なものでこの曲が大変素敵な曲に思われて来た。シューベルトにかぎらずベートーヴェンの若い日の作品、メンデルスゾーン、ウェーバーなどの曲を親しんでいくと、ロマン派初期の作品がどういう傾向を持っているのかがよくわかる。そしてその過程がなければ、あの後期ロマン派も、その後の二十世紀音楽もなかったのだという事実が重く感じられる。

若い、ということはいいなあ、などと思いながら聞くシューベルトの初期の作品もいいし、初夏のきらめく光の中で、恍惚感に浸りながら聞くのもいいが、単に若書きの曲だと片付けてしまうことができない程、充実したものを持っているような気がする。そのせいかわからないが、シューベルトの交響曲の演奏は、他の作曲家の初期交響曲、たとえばメンデルスゾーン、ドヴォルジャーク、チャイコフスキー、などに比べると種類が多い。多くの巨匠指揮者が、生涯に一度は演奏し、録音を残している。

この交響曲第2番の場合、例えば序奏の堂々とした響き(モーツァルトの第39番の序奏に似ているが、言われてみるまでは気づかなかった)、第1楽章のほとばしり出るようなリズムと旋律(ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲に似ているが、やはり言われてみるまでは気づかなかった)は、第1番にはなかったような勢いで、もはやこの曲が大変充実したものであることがわかる。長い主題は繰り返されてさらに長くなるが、それでも演奏がいいと長くは感じない。

第2楽章アンダンテも、最初は単純で退屈な曲だと感じたが、聞き進んでいくとメロディーを口ずさみたくなってしまう。ハイドンによくあるような5つの部分からなる変奏曲である。続く第3楽章はメヌエットとなっているが、牧歌的というかウィーン的というか、よくわからないが良い曲。

第4楽章プレスト・ヴィヴァーチェ。途中で馬が駆けるようなリズムのあとで何かトルコ風のメロディーが一瞬姿を現す。純真で軽快なメロディーもからみ合って展開していくと、深みを増す気分となる。

この曲は当時ウィーンで流行だったイタリア風の演奏で聞いてみたい。木管楽器と弦楽器が程よく融け合うオーケストラがいい。そしてリッカルド・ムーティが指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏がそれにうってつけであることは言うまでもない。この全集はアバドの演奏と並んで80年代の名演だと思うが、なぜかあまり評判にならなかったようだ。だが、私はこの曲の魅力をこの演奏で味わった。

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...