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2025年1月27日月曜日

NHK交響楽団第2029回定期公演(2025年1月24日NHKホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

妻の誕生日が近いので洋菓子を買いに渋谷の「ヒカリエ」なるデパートに赴いた。1月末から2月にかけて、我が国ではチョコレートのシーズンでもある。何軒か覗いてみると、色や味がすこしずつ異なる様々なチョコレートが並んでいる。1粒数百円もする高級チョコレートを買うと、固い箱に入れられ、カラフルな包装紙に包まれていた。わずかな色や味の違いを見せるチョコレート本体の芸術的な美しさと、それを包むパッチワークのような包装。その数十分後、私は公園通りを上ってNHKホールに入り、今宵の演奏会の開始を待った。

もらったプログラムを見ながら、チョコレートのことを考えていた。妙なことに、それは今日のプログラムに似ていたからだ。つまりブラームスの交響曲第1番は、まるで並べられたダーク・チョコレートのように、凝縮された原料が時に芳醇な香りを主張しつつ、一見しただけではわからないような色の変化を楽しむさまであるのに対し、ストラヴィンスキーの組曲「プルチネルラ」は、その包装紙のようにくっきり明瞭な赤や黄、緑といった色が、まるでピート・モンドリアンの絵画のように幾何学的に配置されているような曲に思えたからだ。

素人の変な思いつきにも、少し根拠はある。すなわちこれらの2曲はいずれも、その時代に反してより古典的な様式を取り入れている点である。ブラームスは長い年月をかけて、バッハからベートーヴェンを経てロマン派に至るあらゆる音楽を研究し、古典的様式にのっとって最初の交響曲を作曲したことはいう間でもなく、ストラヴィンスキーはペルゴレージの音楽を模倣して「プルチネルラ」を作曲し(もっそもそのペルゴレージの作品も偽物だった)、いわゆる「新古典主義」の魁となった。いわば2曲とも、ロマン派後期において過去の様式を模倣して作曲された作品という共通点がある。だがその2曲は、上記で述べたように対照的である。これらを同じ日の演目に並べるのが面白いところである。

さて、ロシアの指揮者トゥガン・ソヒエフは毎年1月、NHK交響楽団に客演するのが恒例なっている。かつては優秀な若手指揮者として、十八番のロシア音楽やフランス音楽中心のプログラムが多かったが、最近はベルリン・フィルやウィーン・フィルにも毎年のように登場し、その多忙さは想像に難くない。にもかかわらず我が国に1か月近くも滞在し、今回も3種類のプログラムを振ってくれる。私はショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」(A定期)を聞きたかったのだが、あの広いNHKホールが2日とも満席になるという異常な人気で諦めざるを得なくなり、サントリーホールで開かれるB定期も発売数が非常に少ないため断念。残った選択肢としてC定期を買い求めることとなった。なぜかこの日は多くのチケットが残っていた。

ソヒエフは今や、ドイツものもレパートリーに加えつつあるようだが、彼とブラームスの相性は悪くないと思われた。その理由は、私がソヒエフの音楽に感じるフレーズごとの、しっかりとした音色と音量の変化(それは天才的と言ってもいい)が、まるでチョコレートの風味や色合いのような微妙な違いを完璧に表現する様子が想像できたからである。けだしそれは正しかった。交響曲第1番の冒頭のティンパニ連打に始まる弦楽のうねりは、その一音一音が異なって聞こえた。2階席の奥という、サントリーホールならもっとも遠いような席にも、それは明確に伝わって来るのだった。

各ソロパートが大活躍するのが、この曲の聞き所である。そのクライマックスは第2楽章中盤のヴァイオリン・ソロである。3月をもって退団するマロさんこと篠崎史紀氏がコンサート・マスターを務める定期公演は、これが最後とのことである。おのずと注目が集まるその部分で、実に高らかかつ伸びやかに、確信を持って鳴り響いた時は会場の空気が変わった。例えようもなく美しかった。第3楽章でのクラリネット、第4楽章でのホルンやフルートもさることながら、この瞬間が本公演の白眉だったと言える。演奏が終わって真っ先に立たせ、あるいはオーケストラが退場してもなお拍手に応えるべく再登場した指揮者は、彼を連れてきた。

第4楽章で、あの有名な「第九」風のメロディーが聞こえてくるときも、そこだけを強調する指揮ではなかった。ごく自然に音楽は流れ、クライマックスを築いた。惜しむらくはNHKホールというところ、結局正面の前方で聞いていないと、臨場感が味わえないと思う。結局このホールは、オーケストラにとって広すぎるのである。それでも大きなブラボーは3階席から轟いた。檀ふみ氏が語っているように、もしかしたら3階席の最前列が「隠れた最高の位置」なのだろうか。だがここの席は真っ先に売り切れるので、私は一度も座ったことがない。

「プルチネルラ」の方もソヒエフ流の職人技が光った演奏だった。だが本公演ではやはりブラームスに多くの時間を割いて、音楽を作り上げていたように思う。この曲、私は2回目である。良く考えてみると、私はストラヴィンスキーの作品をまだ取り上げていない。ブラームスの交響曲と合わせて、今年中には書き終えたいと誓った今年最初のコンサートだった。

2017年4月22日土曜日

紀尾井ホール室内管弦楽団第106回定期演奏会(2017年4月21日、紀尾井ホール)

4月になると生活が新しくなり、何かとストレスの多い毎日である。不安定な天候がそれに追い打ちをかける。遅かった東京の春もようやくたけなわとなり、赤坂見附から四谷に向かう街路沿いの八重桜は満開である。ホテル・ニューオータニーの正面にある紀尾井ホールで、珍しいハイドンの作品「十字架上のイエス・キリストの最後の七つの言葉」(Hob.XX/1A)が演奏されるというので、一生に一度は生で聞いておきたいと思っていたこともあり、思い立って仕事の帰りに途中下車した。

紀尾井ホールは新日鐵住金文化財団によって設立されたホールで、すでに20年以上が経過しているが、私は一度しか訪れたことがなかった。今回初めて聞く紀尾井ホール室内管弦楽団(旧紀尾井シンフォニエッタ東京)はウィーン・フィルのコンサート・マスターを務めるライナー・ホーネックを首席指揮者に迎えての、最初の定期演奏会だそうである。プログラム前半はストラヴィンスキーの「ニ長の協奏曲」とJ.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調(BWV1043)」である。おそらく私は、実演で初めて聞く。

会社の帰りに出かけるコンサートは眠くなることが多い。背広にネクタイという装いも、音楽会には相応しいがリラックスできるものではない。案の定私は、ストラヴィンスキーが始まると睡魔に襲われ、それはバッハの前半まで続いた。ただこのオーケストラは、どことなく精彩に欠け、二人のソリスト(のうちの一人は指揮者のホーネック氏で、もう一人はパリ管弦楽団の副コンサートマスター、千々岩英一である)も、音が前に出てこないように感じた。ホールの残響が大きいせいもあると思うが、これだけ小さなホールではもう少し音が映えていても良いと感じた。もしかすると三鷹市の「風のホール」同様、私の好みではないホールなのかも知れない。

普段なかなか聞くことがなくても、実演で真剣に聞くと楽しめる曲は数多い。「マタイ受難曲」、「メサイア」、「四季」(ハイドン)、ヴェルディの「レクイエム」、「ファウストの劫罰」など枚挙に暇はないが、一方で、どこがいいのかさっぱりわからず、ただ苦痛なだけの曲もある。私の場合、「ドン・キホーテ」(R.シュトラウス)、「火の鳥」(ストラヴィンスキー)が苦手であり、「戦争レクイエム」(ブリテン)、「トゥーランガリア交響曲」(メシアン)を聞いた時も、なかなか辛かった。これはもしかしたら演奏が悪かったのかも知れないが。

さてハイドンの「十字架上のイエス・キリストの最後の七つの言葉」である。リッカルド・ムーティによる録音を聞こうと思って何度も挫折してきた私は、いっそ実演ならその良さがわかるかも知れないと考えた。ハイドン自身「初めて音楽を聴く人にも深い感動を与えずにはおかない」と語っており、その音楽はオラトリオへ、また弦楽四重奏曲へと編曲されている。

全7楽章、すべてが緩徐楽章である。これは忍耐の要ることだが、それは聞き手だけでなく演奏家にとっても同様だろうと思う。そして今回の演奏、おそらくは何度も慎重に練習を重ねたであろう、まったく乱れたりたるんだりすることはなく、最後まで、小1時間に亘って終始、丁寧な音楽が演奏された。このことは特筆してよい。けれども聞き手にとって、それはやはり辛かった。ハイドンの交響曲はずべて聞いたことがある私でも、これは正直に告白しておこうと思う。終曲「地震」を除けば、序奏と7つのソナタはすべて、アダージョやラルゴである。時に印象的だったのは、ピチカート主体の第1主題だった第5ソナタくらいだろうか。

最後の「地震」だけは速い迫力のある曲で、「決まった」と思った。紀尾井ホールの客層は、これまで聞いてきたどのコンサートホールの聴衆よりも品が良く、マナーが良かった。暖かい拍手に迎えられて幾度となく姿を現した指揮者には大きな拍手が送られていた。なお、前半のバッハの後には、アンコールとして同じ曲のカデンツァ(作曲はヘルメスベルガーで、ウィーン・フィルのコンサートマスターだった人である)が演奏された。

「最後の七つの言葉」は聖金曜日に演奏されるために作曲された。今年のそれは4月15日であった。今回の演奏は丁度その一週間後だったということになる。なかなか楽しめないコンサートだったが、本当にこの曲はそれでいいのだろうか。手元にムーティ指揮ベルリン・フィルによる演奏の録音がある。もう一度きっちりと聞いてみたいと思う。少なくともそのようなきっかけを作ってくれたとは言えるのだから。

紀尾井ホールは格調高い雰囲気のホールだが、トイレが二階と地階にしかないという構造的な欠陥がある。そういうこともあって、どことなく好きになれない雰囲気に終始した。だがそれもこれも、週末の仕事帰りといいうことを差し引く必要はあるだろう。

2016年1月10日日曜日

NHK交響楽団第1826回定期公演(2016年1月9日、NHKホール)

1500円の自由席の当日券を公演前に買い求め、NHKホールの3階席、しかもその後方に座るのは何年振りだろうか。上京して間もない頃の90年代、私はいきなり定期会員となり、仕事が終わると渋谷の雑踏をかき分け、この3階席によく来たものだ。その後も3階席は私の定位置であり、シーズン中はほぼ毎週のように通った。通常は満席にならないので、後半のプログラムはもう少し前方に移動して、遠くから響く音楽に耳を傾けた。

N響の音が今一歩良くならないのは、ホールのせいだと言われた。NHKホールは紅白歌合戦には適していてもクラシックのコンサートには広すぎる、というのである。 横にも縦にも大きく、いい音に聞こえるのは1階席の中央だけだと、ある評論家は書いている。N響もそれを何とかしようとして、定期公演の一部をサントリー・ホールに移し(おかげでこの公演はほとんど当日券がない)、舞台を前方に張り出したり(デュトワ時代)、特別な反響版を設置したり(ノリントン)などといった試行錯誤が続いた。

この間に私はN響のコンサートからも遠ざかり、行くのは年に数回となった。それならいっそいい席で聞こうと、今では2階のB席や1階袖のチケットを買うこともある。だが今日の公演は久しぶりに3階席で聞こうと思った。ひとりででかけた、ということもあるが本当は、早朝から出かけっぱなしだったので、もしや睡魔に襲われるのではないかと危惧したからだ(それは2曲目のドビュッシーで現実のものとなった)。

山田和樹という若い日本人指揮者を聞くのはこれが初めてである。以前から聞こうと思って果たせないでいた。一度CD屋で視聴したビゼーの交響曲の演奏が忘れられず、もしかしたらこの曲のもっとも素敵な演奏ではないかと思った。2011年に発売されたこのCDは3000円もする非常に高価なものだった。カップリングの「ジュピター」をあきらめてダウンロードで買おうと思ったが、それもできないとわかると私は諦めざるを得なかった。

一瞬にして才能がある、のかどうかはわからないが、素人耳にもちょっと違うと思い込ませるような何かがこの指揮者にはあるようだ。横浜シンフォニエッタによる演奏も素晴らしいが、その後、スイス・ロマンド管弦楽団、日本フィルなど内外のオーケストラの常任ポストの地位を次々とものにしていったのだから。その山田和樹がとうとうN響の定期公演を指揮するということで、私も勇んで出かけたのである。

山田の演奏会はプログラムにも凝っている。今回の演奏会は「おもちゃ」をテーマにした管弦楽曲をロマン派から順に並べ、色彩感を増してゆく音を楽しもうというものだ。まずビゼーの小組曲「子供の遊び」で、このような曲がコンサートに上るのも珍しい。CDでしか聞いたことのないこの曲の冒頭が鳴った瞬間、NHKホールのせいだと思っていたN響のくすんだ音色が、きらめきの如く光彩を帯び、適度な残響をも伴って綺麗に響いた。まるで違うオーケストラのように、それは3階席後方にまで到達した。もしかしたらヤルヴィの時代を迎えてN響は「本当に」音が変わっていたのかも知れない。

続くドビュッシーのバレエ音楽「おもちゃ箱」(カプレ編)も大変珍しい曲である。おもちゃ箱から飛び出す登場人物たち、すなわち人形の女の子、木彫りの兵士、道化師プルチネルラにはそれぞれテーマ音楽がつけられ、その紹介から始まる。ピアノが活躍し、いろいろな楽器が様々なリズムで登場する。全体に大音量の音楽ではないが、奏者の数は多いのだ。私も初めて聞く曲なので、一生懸命聞こうとはしたのだが、ここで睡りの世界からやってきた魔法師が私を音楽から遠ざけた。私が目を覚ますころ、35分に及ぶ曲は終わろうとしていた。なおこの曲には語り(女優の松嶋菜々子)がついていた。彼女は長い台詞を間違うことなく朗読し、音楽との呼吸も見事だった。

プログラム最後はストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」であった。この演奏者いじめとも思われるような難しい曲を、手際よく処理していく指揮者にまず心を打たれる。冒頭のフルートの難しいメロディーも今のN響はとても上手に弾いていく。ホルン、ファゴット、クラリネット、トロンボーン、独奏バイオリン、それにピアノと打楽器。20年以上前、いやテレビで見ていた少年時代からすると今のN響のレベルは、本当に高いと思う。あのストラヴィンスキーが、日本人の指揮者、そして日本人のオーケストラによってこれほどにまでこなれて聞こえることがあっただろうか。山田和樹の指揮はとても処理がうまく、かえって難しさを感じさせない。もっと時間をかければ、さらに上等の演奏になるものと思われる。おそらく忙しい指揮者なので、次々とこなしていくことでレパートリーと経験を積んでいくのだろうと思う。

それにしても欧米のオーケストラで聞く「ペトルーシュカ」でしか耳を洗われるような経験をしたことがなかったものだ。だがそれと同じ程度のレベルの演奏を、私たちはもう身近に聞くことができる。総じて世界のオーケストラの技術水準は高くなったと思う。おそらく今がクラシックを聴くもっとも楽しい時期ではないかとさえ思う。けれどもそれは、ささえる聴衆があってのことだ。もしチケットが売れず、CDなどが売れないとなると、この水準を維持することができなくなるだろう。そう思うと何かとても不安でもある。帰り道、私は1年ぶりに渋谷のタワーレコードに立ち寄り、最近の新譜CDなどを探してみた。けれどもそこにはもはや、かつて私を心ときめかせたものが驚くほどに減少しているように感じられた。いやクラシックでけではない。かつて洋楽の宝庫としてポップスの街だった渋谷は、いまではどこにでもある普通のショッピング街になってしまったのだから。

2013年5月25日土曜日

読売日本交響楽団特別演奏会(2013年5月24日、東京芸術劇場)

ユーリ・テミルカーノフを指揮者に迎えて、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」とストラヴィンスキーの「春の祭典」というプログラムを、池袋の東京芸術劇場へ聞きに行った。B席の当日券4000円は妥当な額である。それが手に入った。この日はThe MET Live in HDシリーズの今シーズン最終日でヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」を見る予定だったが、東劇の開始時刻が18時と早く、仕事が終わったあとでは間に合わない。これに対し、池袋へは私の職場のある新宿から電車で15分程度の距離である。

ユーリ・テミルカーノフというロシア生まれの指揮者は、私にとって長年、思い出に残っていた指揮者であった。かつて一度だけ聞いた演奏会がとても良かったからだ。それは20年近く前の1996年、ニューヨークでのことだった。サンクト・ペテルブルグ・フィルを率いたコンサートがカーネギー・ホールで催され、私はマーラーの交響曲「巨人」を聞いたのだった。その時の演奏はかなり記憶が薄くなったが、とても感動したのを覚えている。このコンサートにはたまたま日本から出張できていた伯父が聞いていて、翌日突然電話をもらった私は、ホテルで会うと何とこのコンサートに出かけていたと聞かされたのだった。

偶然というのは恐ろしいもので、まさかニューヨークでのコンサートに親戚が来ていたということには驚いた。だがその時伯父(は私にクラシック音楽を間接的に教えてくれた人である)は、このコンサートをさほど高く評価しなかった。その理由はわからない。私もただ、あの旧レニングラード・フィルが聞けたことに感動していただけかも知れなかった。

この時からテミルカーノフという指揮者は、私に強烈な印象を残し、いつか機会があればもう一度聞いてみたいと思っていた。テミルカーノフは、かつてムラヴィンスキーが指揮していた旧レニングラード・フィルの指揮者としてそれなりに有名だった割りには、レコード録音は少なく、その活躍も日本にまでは及ぶことは少なかったようだ。だが2000年代に入り時々読売日本交響楽団を指揮している。その関係は、パンフレットによれば極めて良好で、厚い信頼関係にあるという。読売のオーケストラは私もかつてよく聞いていたので、久しぶりに出かけてみることにしたのである。

しかしチャイコフスキーは、私の思い出に残る過去のイメージを再現してはくれなかった。私はテミルカーノフの指揮する音楽を、勝手にもっと歯切れのよい、現代感覚に満ちたものだと思っていた。しかしこの日の演奏は、少なくとも古くからある演奏の域を出ることはなく、従って新鮮味に欠けた。オーケストラは上手く、客席も静かにこのロマンチックな弦の調べに耳を傾けていた。だが、演奏から何か音楽の心のようなものが伝わっては来なかった。演奏にムラがないために、それは一層強調されていたように思う。

続く「春の祭典」は、冒頭からフレーズをたっぷり取った、近年には珍しい遅い演奏だった。それはオーケストラの力量がこの速度でしか発揮できないからなのかはよくわからない。けれども読売日本交響楽団は、ストラヴィンスキーの難曲をほとんど自分達の手中に収めていたと言って良い。オーケストラに関する限り、すべてのセクションの統制された集中力と、管楽器を含めて極めてよく練習された各パートの重なりによって、もう作曲されて100年の年月が経過したかつての「現代音楽」は古典作品になっていた。

テンポを落とした指揮は、私の記憶と経験から敢えて言えば、ドラティの演奏に近い。そしてドラティの演奏を含め、私には音楽的な共感が感じられない。あるいは誤解を恐れずに言えば、ショスタコーヴィチ風とでも言おうか。それでも第1部と第2部を続けて演奏したことにより、第2部の前半の神秘的な雰囲気は十分に伝えられていたし、特に第2の後半においては、手に汗を握るような展開であった。

この演奏会は私にとって不思議なものだった。オーケストラも巧かったし、まったくミスもない。音楽専攻の学生も多い聴衆は、行儀が良くて好意的、音楽も迫力があって呼吸している。改装した東京芸術劇場の音響は、おそらく都内最高であろう。だが何かが足りない。それがよくわからない。指揮者に音楽に対する共感が欠如しているのだろうか。 それとも読売日本交響楽団はいつもこのような演奏だっただろうか。

が、しかし、この演奏会には珍しくアンコールがあった。本演奏会を最後に退団するコンサート・マスターのデヴィッド・ノーラン氏のために花束も届けられ、チャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」から有名な「ワルツ」が演奏されたのだった。この演奏は、実に素晴らしかった。オーケストラががよりリラックスしたなかで、最高の気分でダイナミックな演奏を繰り広げたからだ。日本のオーケストラがこのような音色に輝いた経験は私には初めてだった。そこにはまさにロシアの音があった。

そうか、テミルカーノフという指揮者はとことんロシア風な指揮者だったということか。私がよく聞く中欧やイギリス、あるいは米国の演奏とは少し違う傾向を感じ取るべきだった。最近の古楽器すっきり系、あるいは高速パワフル系の演奏ではない、こってりレトロ系の演奏は、また違うヨーロッパ音楽の側面を見せてくれた。

だとすると、かつてニューヨークで聞いたマーラーは、もしかすると今回のような演奏ではなかったのかも知れない。この時に聞いたサンクト・ペテルブルグ・フィルは、ソ連崩壊直後の低迷期で、随分米国から帰国した人が入団していたようだった。思ったような音色ではなく、むしろアメリカ的な音色のオーケストラであったことを思い出した。指揮者も歳をとったこともあっただろう。今回の読響の演奏は、その時よりも「ロシア的」だったと思うことにした。そのことが私に少し混乱を生じさせたのではないかという結論に、一日が経って達した。

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...