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2026年6月24日水曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(2026年6月20日 横浜みなとみらいホール)

プッチーニの歌劇「トスカ」が、沼尻竜典指揮・神奈川フィルの特別演奏会で取り上げられると知ったとき、「これはぜひ聴いてみたい」と思った。上演は演奏会形式であるとはいえ、彼の指揮する一連のオペラ公演に私が失望したことは一度もなく、また彼が音楽監督を務める神奈川フィルの最近の躍進には目覚ましいものがあると感じているからだ。

オペラの演奏会形式というのは、コスト削減も目的のひとつであると思われるが、考えようによっては他にもメリットがある。大道具やそれにともなう舞台転換といった華やかさには欠けるものの、オーケストラが舞台上で直に演奏することによる音楽的な効果は絶大だ。それに、たとえ演技に制約があるとはいえ、歌手たちはそれなりの衣装をまとって演技をしてくれる。

合唱団を含めた空間の利用はオーケストラ後方の座席にまで及び、さらには照明も工夫されていた。もちろん、字幕がつくのもありがたい。

さて、歌劇「トスカ」は「ボエーム」や「蝶々夫人」などと並ぶプッチーニの代表作だが、その舞台がイタリア、それもローマ市内というのは、彼の作品のなかではむしろ珍しい。最後にトスカが身を投げるサンタンジェロ城は、古代ローマ風の円形をしており、屋上からは目前にバチカンの聖ピエトロ広場が見渡せ、すぐそばをテヴェレ川が流れる。言わば「ローマの中のローマ」ともいうべき場所を、プッチーニは物語の舞台に選んだのだ。

これは、プッチーニが特に好んだ異国趣味を考えると異例のことと言える。「ボエーム」のパリ、「トゥーランドット」の北京、「西部の娘」のアメリカなど、台詞はイタリア語であっても、その舞台は世界中に及ぶからだ。

そのローマの、これもローマ時代の遺跡であるカラカラ浴場跡を舞台にした夏の野外音楽祭で「トスカ」を観たのは、もう40年も前のことである。これが私の最初のオペラ体験だった。ローマと「トスカ」、そして私は、このように不思議な縁で結ばれている。だからこそ「トスカ」は、私の最も好きな演目のひとつなのだ。

その「トスカ」の主な登場人物はわずか3人。3人そろえば舞台が成立するので、コストパフォーマンスが重視される“金食い虫”のオペラ公演にあっては、大人気のプログラムでもある。だが、魅力はそれだけではない。第1幕最後には壮麗な「テ・デウム」のシーンが、第2幕にはトスカのアリア「歌に生き、恋に生き」が、そして第3幕にはカヴァラドッシが歌う「星も光りぬ」といった超有名アリアがちりばめられている。音楽は凝縮され、展開も早く、極めて完成度が高いオペラなのである。

「わずか2時間の上演時間に、拷問、殺人、処刑、自殺という血なまぐさい出来事が詰め込まれ」(プログラム・ノート)、最終的には主人公が全員死亡する。その間にも逃亡、脅迫、セクハラといった切迫した状況が次々と展開するが、レジスタンスや逃亡の幇助といった政治的メッセージは原作から薄められ、むしろ、友情、嫉妬、愛情、祈りといった個人的心情に即したドラマ的要素も盛り込まれているのも、いかにもプッチーニらしいところである。いわばオペラの題材になるものが、ここにはすべて登場する。

さて、梅雨入りした関東の天候はこの日も朝から雨が降り、蒸し暑いなかをみなとみらいホールへ向かった。いつも寄って食べているフィレンツェのジェラートも、今日はいつもより美味しく感じるのは気のせいだろうか。

それにしても、1階席に結構な数の空席が目立っていたのは残念なことだ。私は前から10列目中央という最高の席だったが、にもかかわらず左右の席が空いていたのには驚いた。この公演は、横浜に先立って高崎や名古屋でも開かれており、オーケストラと合唱団は異なるものの、同じ歌手と指揮者による公演で、その前評判も上々だったことを考えると意外である。

しかし、この席で聴くオーケストラの響きと歌手の歌声は、すべてが手に取るように生き生きとしており、音楽と歌声がこれほど一体となるのを体験したことがない。オーケストラ単独で聴いたとしても、それは完璧なものだった。

舞台後方の席には少年合唱団も出入りする。オルガンも加わって壮大な「テ・デウム」が流れ、一瞬にして照明が消されると、客席からは大きなブラボーが乱れ飛んだ。

興奮冷めやらぬ様子で1回目の休憩時間に入る。やはり演奏会は前の方で見るに限る、と改めて感じさせてくれた舞台だった。

続く第2幕はスカルピアの独壇場である。スカルピアを演じたのはバリトンの江上隼人で、彼がこの日もっとも充実した出来栄えだったと私は思う。スカルピアの極悪ぶりが強調されればされるほどこの舞台は効果的なのだが、今回はそういう過度なドラマ性よりも、「聴かせる歌」としての魅力が勝っていた。

舞台上に小道具のようなものがないのはちょっと残念ではあったが、歌手は床に倒れ込んだりしてそこそこの演技を行い、もちろんすべて暗譜で歌いきっていた(プロンプターの指示はあったかもしれないが)。音楽が悪の極致を奏でたあと、舞台に一人残ったトスカが「歌に生き、恋に生き」を歌う。ソプラノは佐藤康子だ。

その歌声は美しく、ドラマチックな声量も見事ながら、やや滑らかさを欠き、ここでは少し息切れ気味に思えたのが残念でならない。一方、第3幕で見せたカヴァラドッシは、本公演唯一の外国人であるテノールのシュテファン・ポップによって歌われたが、さすがにわずか30分間の第3幕にすべてのエネルギーを集中させるような、見事な演技と歌声であった。

見せかけの銃殺刑だと信じていたトスカは、カヴァラドッシの前に駆け寄り、彼が本当に殺されたのだと気づくと、サンタンジェロ城を駆け上って屋上からテヴェレ川に身を投げる。ここが「トスカ」最大のクライマックスだ。みなとみらいホールの舞台から客席へと駆け上がった彼女は、オルガン脇から奥へと身を投げるようにして姿を消し、そこで劇的な幕切れとなった。この鮮やかな幕切れの演出は、もう本公演が繰り返されることはないと思われるので、ここに書いても差し支えないだろう。

終始緊張感を絶やさずタクトを振っていた沼尻も、最後は何度もカーテンコールに応えて舞台に呼ばれたとき、満足げな表情で観衆の拍手に答えていた。

私は彼が上演するオペラに何度も通っている。「ワルキューレ」(ワーグナー)や「魔弾の射手」(ウェーバー)などだ。そして記憶に新しいのは、コロナ禍の最中に無観客で開催された、びわ湖ホールでの「神々の黄昏」である。この模様は無料でライブ配信され、私もオンラインで視聴した。無観客ゆえの静寂な空間に、滔々と流れる音楽に身を浸した。何ともったいない、次はぜひ観客を入れて再演をしてほしいと思ったが、そんなことをしなくても赤字を垂れ流すオペラは、演奏すればするほど赤字が膨らむとのことで、これっきりだったのが悔やまれる。

演奏会形式のオペラ公演は、チケット代も安く、しかもオーケストラの音を十分に楽しめる。演技が少ない分、歌手も歌にエネルギーを集中できるようだ。だから私は大歓迎である。これまでにも「フィデリオ」(ベートーヴェン)、「ファルスタッフ」(ヴェルディ)、それに「サロメ」(R・シュトラウス)などを観てきた。

そして来月は、スカラ座公演と同じキャストによる、チョン・ミョンフン指揮の「カルメン」(ビゼー)を観に行く予定である。今から期待が膨らんでいる。

サンタンジェロ城から見たサン・ピエトロ寺院


2025年4月15日火曜日

東京春祭オーケストラ演奏会(2025年4月12日東京文化会館、リッカルド・ムーティ指揮)

2005年「東京のオペラの森」として始まった音楽祭は、今年でもう21周年を迎えたことになる。2010年からは「東京・春・音楽祭」として、丁度桜の咲く3月から4月にかけての上野公園一帯で繰り広げられる音楽祭として規模も拡大し、今ではすっかり春の風物詩となった。

私は2014年から4年かけて行われた「ニーベルングの指環」の演奏会を鑑賞したのをはじめ、今年までほぼ毎年、何らかのコンサートに出かけてきた。最初は小澤征爾を中心に、新作オペラを上演するというのが恒例だったが、2006年(たった2年目)からはリッカルド・ムーティも登場し、その後毎年のように何らかのコンサートを指揮するようになった。今彼が指揮するオーケストラは、専ら若手を中心に特別編成された東京春祭オーケストラで、海外の劇場とのコラボレーションや教育的なプログラムなど、様々な企画が始まり、その他にも多彩な顔ぶれと普段は聞けない珍しい室内楽曲など、意欲的で興味深い日々が続く。

今年の管弦楽のコンサートのトリを飾るのが、リッカルド・ムーティが指揮するイタリア・オペラの序曲・間奏曲などを集めたプログラムであることを知った時、私は即座にチケット購入を決意、妻と二人で出かけることにした。何と言っても御年84歳にもなるムーティが、(それでも彼は毎年何回か来日しているようだが)なお現役の指揮者として意欲的な演奏を繰り広げているのを観たいと思ったし、いまや巨匠とも言えるような指揮者は、ティーレマンを除けば彼が最後ではないか、などと考えたからに他ならない。

ムーティを聞くのはこれが3回目(正確には4回目)である。最初は1990年、旅行先のニューヨークでのことだった。この頃ムーティは、オーマンディの後を継いでフィラデルフィア管弦楽団のシェフを務めており、ニューヨークへもたびたび訪れて定期的な演奏会をしていた。この時聞いたのはベルリオーズの「夏の夜」(独唱:バーバラ・ヘンドリックス)とスクリャービンの交響曲第3番「法悦の詩」だった。1階のオーケストラ席真正面で聞いた演奏は大変見ごたえがあったが、当時の私にとっては馴染みの曲ではなく、あまり印象は残っていない。

その後ムーティの指揮する極めつけの2つのオペラ(「ナブッコ」と「シモン・ボッカネグラ」、いずれもローマ歌劇場の来日公演)を大枚を払って立て続けに見て、もうこれ以上のものはない、と思って遠ざかっていた。その間にアバドや小澤征爾が亡くなり、メータやバレンボイムも活躍を聞かなくなった。私がクラシック音楽を聞き始めた頃、まだ若手だった指揮者が次々と姿を消してゆく中で、ただ一人まだ精力的に活躍を続けているのがムーティである。今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、ムーティの指揮だったことは記憶に新しい。

けれどもこのムーティのニューイヤーコンサートは、私を少々がっかりさせた。ウィーン・フィルの響きがいつもとは違って精彩を欠いていたからだ。録音の方はそう思えず、これはテレビのライブ中継を見た時の感想である。もしかしたらムーティも、高齢による衰えを隠し切れなくなったのだろうか。だとしたら私は今回の来日コンサートで、もはや精彩を欠いた彼の指揮姿を見ることになるのだろうか?まあそれはそれで、記念になると思いつつ当日を楽しみにしていた。

だが指揮台に現れたムーティは、足取りも軽やかで指揮姿も勇みよく、確かにかつての若々しさはないものの、なかなか切れのある音楽を作るではないか。この若手中心のにわか作りのオーケストラを、短期間のうちに手中に収め、歯切れのよいリズムと旋律がくっきりと浮かび上がるカンタービレに特徴付けられた往年の音作りは、まさにムーティの真骨頂であり、誤解を恐れずに言えば、正真正銘のイタリア流であった。

ムーティはまず「ナブッコ」序曲(ヴェルディ)で期待を膨らませたあと、「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(マスカーニ)のうっとりするようなメロディーを、実際幕間に聞こえる間奏曲らしく演奏した。前半のプログラムで私が最も感動したのは、「道化師」間奏曲(レオンカヴァッロ)だ。「カヴァレリア・ルスティカーナ」と合わせて上演される2つのヴェリズモ・オペラのうち、「カヴァレリア」の方が親しみやすく音楽もきれいだが、「道化師」の方がやや複雑な心情を表現しており、音楽的充実度が高い。イタリア・オペラの神髄ともいうべき人生の宿命と儚さを、簡潔かつ雄弁に表現している。

ムーティはこのあと、「フェドーラ」間奏曲(ジョルダーノ)、「マノン・レスコー」間奏曲(プッチーニ)と続けて演奏し、これらはいずれも実際の劇中で演奏されると極めて印象深いが、このように間奏曲のみ立て続けに演奏されるとやや単調になる。けれどもこれは贅沢な悩みでしかない。思えばムーティのプッチーニなどどいうのも珍しい。

前半最後を飾るのは「運命の力」序曲(ヴェルディ)で、これは十八番中の十八番。確かフィラデルフィア管弦楽団との来日の際にもアンコールで演奏された記憶がある。トスカニーニ張りの緊張感を保ち、音の強弱を際立たせながら、流れるようなメロディーとたたみかけるようなリズムは健在だ。そういうわけで満員の客席からは前半からブラボーも飛び交うこととなった。

今回の客席には高齢者が目立ち、足どりも重い人が多い。にもかかわらず東京文化会館というところは、トイレに行くにも階段を上り下りしなくてはならず、しかも狭い。傘立てもなく客席は狭いが、音響は悪くない。

後半のプログラムは2つ。まず、カタラーニの「コンテンプラツィオーネ」というめずらしい曲。この曲を聞くのは勿論初めてだったが、わずか10分余りの長さながら、やはりそこにはレガートで音と音がなめらかにつながれてゆくさまを味わうことができる。なお、コンサートマスターはN響の郷古廉である。

もう後半最後になった。「ローマの松」(レズピーギ)である。オーケストラが最大に拡張され、3つの鍵盤楽器のほか両脇に金管楽器の別動部隊も配置された。クラシック音楽で最大の音量を誇るこの曲は、その圧倒的なコーダで有名だが、きらびやかな冒頭と夜の静けさを表現した中間部、それに朝もやにこだまする小鳥のさえずりなど、聞き所には事欠かない。ムーティはゆったりとしたテンポで味わい深く音を刻み、その印象は、これまで同曲を聞いた中では最高のものだった。

オーケストラは指揮に極めて忠実に対応した。コーダに向かって大団円を築く時、フォルティッシモになっても乱れない響きの綺麗さには圧倒された。イタリア音楽を演奏するとき、音というのがどのように重なり、繋がり、あるいは引き延ばされるべきか、何度も細かく練習したのだと思う。これはムーティにしかできないような職人技に思えた。拍手の大喝采、ブラボーの嵐が満員の会場にこだました。退場時に抱き合って喜ぶオーケストラのメンバーに惜しみない拍手が送られた。そしてムーティも、退場しかけたオーケストラの中に再び登場、花束を持って会場に手を振っていたのは印象的だった。

2023年2月28日火曜日

プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」(2023年2月26日東京文化会館、二期会公演、ディエゴ・マテウス指揮)

会場に足を踏み入れると、靄がかかったように薄白い気体のようなものが会場に充満していることに驚いた。私は実際、翌日に目のの手術を控えており、これは病状がかくも進展しているのかと一瞬疑ったが、正常な方の左目だけで見ても同様だった。匂いはない。それから待つこと40分。幕が開いて一面に光線が乱舞する舞台が始まると、この灰白色の気体の原因が、もしかするとこの光線を映し出すのに効果的な演出の一部ではないかと思いついた。

二期会が「都民芸術フェスティバル」の一環として上演するプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の公演に出かけることを決めたのは、前日のことだった。Twitterなどで前評判が良かったとはいえ、私はこの公演をそれまで知らなかった。そしてこの上演が「チームラボ」なる団体との共演であることも、ジュネーヴ歌劇場との共同制作であることも。ただ私は、入院を前日に控え大人しくしていようと決めたものの、することがない。こういう時は、何かいいコンサートでもないものかと検索をし始めたところ、上野公園の東京文化会館でこの催しがあることに気付いた次第である。しかも嬉しいことに当日券があり、前方の席が残っている。これは何かの縁ではないか、そう思った私は結構な額のチケットを購入していたのである!

「トゥーランドット」を実演で観るのは2回目である。前回は1996年2月のことで、当時住んでいたニューヨークのメトロポリタン歌劇場に、今の妻となる女性と出かけた。この時の主演はアンジェラ・ゲオルギューで、指揮はネッロ・サンティ。ビデオにもなった評判の演目は、絢爛豪華なフランコ・ゼッフィレッリの演出によって、目もくらむような舞台が展開された。当時私はそもそもプッチーニのオペラ自体さほど詳しくなかったが、この時の興奮は今でも記憶に新しい。

そのゼッフィレッリの「トゥーランドット」は、何とあれから30年近くたった今でも続いている。もはや古典的な演出と言ってもいいのだが、よく考えてみるとその舞台は、どこか「おかまバー」のような雰囲気を醸し出している。最初は感激していたが、何度か接するうちに辟易してきた。低俗とか下品とかという気はないが、そもそもが謎めいた東洋の神秘的ムードに、100年以上前のイタリア人が抱いていたものを重ね合わせると、(「蝶々夫人」でもそうなのだが)アジア人としてはやや複雑な境地ではある。だから再び「トゥーランドット」を見る以上、新しい演出で接してみたい、と思っていたのである。

それが実現した。そしてこの度の上演を担当したイングリッシュ・ナショナル・オペラ支配人のダニエル・クレーマー氏は、わが国の代表的な若手アーティスト集団である「チームラボ」にロンドンで接したようである。彼はその演出を「トゥーランドット」に採用することを思いつき、昨年(2022年)のジュネーヴにおいてこの舞台を制作したようだ。舞台は評判を呼び、「チームラボ」が手掛ける初のオペラ作品となった。一面に光線が縦横に交差し、それが幾何学的な法則に沿って動く。あるいは舞台上に設えられた構造物にカラフルな模様を描く。この「チームラボ」との共演というのが、今回の舞台の見どころの一つ。

もう一つの見どころ(聞きどころ)は、最終部における音楽が従来のアルファーノ追補版ではなく、ベリオが2001年に作曲したものを採用している点である。プッチーニが本作を「リューの死」まで作曲した時点でこの世を去ってしまい、最終部分の作曲をアルファーノが担当したことや、初演を担当したトスカニーニが、この追補を気に入らなかったことは良く知られている。悲劇的な「リューの死」が感動的なのに対し、そのあとあまりもの唐突なトゥーランドットの心の氷解、ハッピーエンドとなる舞台に違和感がないわけがない。その最大の理由は、ここの音楽を急ぎすぎているからだと思われるが、ベリオはその心理的遷移を少し時間をかけて音楽にしている。考えてみれば「蝶々夫人」で見せるあの美しい間奏曲のような時間経過が、ここにはないのである。

このように、演出と音楽に大きな着目点があることにより、歌手たちへの注目が少し減少してしまった感は否めない。二期会の通常の公演同様に、今回もダブルキャストで計4回の公演が行われ、最終日だった2月26日は、以下の配役であった。

トゥーランドット姫:土屋優子(ソプラノ)
皇帝アルトゥム:川上洋司(テノール)
ティムール:河野鉄平(バス)
王子カラフ:城宏憲(テノール)
リュー:谷原めぐみ(ソプラノ)
ピン:大川博(バリトン)
パン:大川信之(テノール)
ポン:市川浩平(テノール)
役人:井上雅人(バリトン)
合唱:二期会合唱団、NHK東京児童合唱団

管弦楽はベネズエラの「エル・システマ」出身のディエゴ・マテウス指揮による新日本フィルである。新日本フィルがピットに入るのは珍しいが、マテウスは昨年から小澤征爾音楽塾の首席指揮者に就任しており、今後日本での活躍も多くなると期待される。

私は実際、「チームラボ」なる団体のことを全く知らなかったのだが、東京にある若手のアーティスト集団とのことである。何でも世界的に様々な舞台を作り上げているらしい。そのユニークさにおいて、わが国のグループが世界的に活躍するのは珍しく、大いに評価すべきことだ。だがオペラの演出となると、これが単に「美しかった」「綺麗だった」では済まされないところがある。そもそもなぜ、そのようでなければならなかったか?その必然性はあるのか、などと問われる。そして実際、その答えがよくわからない。ただ、この光の演出は過剰なものではなく、むしろ控えめでオペラの持つ本来の歌と演技を決して邪魔するものではなかったことは重要な点である。つまりは「チームラボ」の効果は、あくまで舞台の演出の一部としてうまく同化しており、その点において、このオペラがそもそも持つ要素を引き立てはするものの、魅力を覆い隠すようなことはなかった。その意味で大変好感が持てる。

新しい要素についてこの舞台を考える時、もうひとつ、舞台に登場する圧巻のダンサーたちの演技を無視することはできない。彼らの肉体的な魅力は、ちょっとエロチックでさえある。というのも、トゥーランドットが拒絶し次から次へと求婚する相手を殺害する象徴的な物として、男性器が強調されていたからだ。このあたりのスケベさは、演出家が英国人であることを思い出させるが、かといって卑猥というわけではなく、これはトゥーランドットの極端な行動によって強調される、古代から続く男性優位社会へのアイロニーと、その重要な隠された理由(これをクレーマーは「男性の劣等感」と言っている)が、このオペラを理解する上での鍵であるという解釈に基づいている。

このあたりのインタビュー記事(有料のブックレットに掲載されている)は秀逸である。この演出を通じて主張すべきだと彼が考えるのは、トゥーランドットが求めていたのは、有史以来の(コンプレックスの反動として、女性を隷属的なものに押し込んむ文明社会を牛耳った)男性ではなく、新しい男性像であった、と。このことを考える上で重要だったのが、もう一つの音楽的試み、すなわちベリオ版の採用であった。このベリオ版が始まると(伝統的価値観の象徴でもある「リューの死」のあと)、音楽がいきなり現代的なものとなる。その変化も面白いが、ここでの「新しい」世界の出現が、音楽的に明確に示されることが重要だ。これによって、今回の「トゥーランドット」の上演のキーとなる要素が完結する。

「チームラボ」のまばゆい光の効果と、幾度も回転する舞台、それによく動く肉体的ダンサーや合唱陣。舞台から降りてくる2台の透明な箱と、その中で起こる真っ赤な惨劇。このような演出は、このオペラをむしろミュージカルのような世界に位置付けたように見える。だがそのことを含め、総合的かつ一貫してこれは新しい世界感への挑戦である。

我が国を代表する歌手たちの好演を忘れるわけにはいかない。個人的にはリューの谷原めぐみの歌が印象に残っているが、他の歌手の歌も決して不足感はない。新国立劇場を始め、多くの公演において脇役に甘んじるわが国の歌手たちが、立派に主役を演じるのが、二期会公演の魅力でもある。もう少しチケットが安いといいのだが。

最前の2列は客を入れなかったため、私の座った前方から4列目は、実質的には2列目だった。この位置では歌手の声はダイレクトに響く。目の前に広がる光のページェント。すぐ近くてオーケストラが鳴っている。やはりオペラは前の方で見るのがいい。客席には若い女性が多かった。終演後外に出ても陽はまだ明るく、時折強い風が吹いていた。着実に春はもうそこまで来ていることを実感した。


(追記)
実の舞台を前方で見ても、なかなか全体がわからないオペラの舞台も、プロの文章にかかるとかくも見事に解説されるという文章を見つけたので、リンクを貼ります。

2018年9月10日月曜日

プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」(2018年9月8日、新国立劇場・二期会公演)

フィレンツェを舞台にした歌劇「ジャンニ・スキッキ」で歌われる唯一有名なアリア「私のお父さん」は、コマーシャルでも使われたほどで大変人気がある。しみじみと抒情的なメロディーがあどけない歌声で歌われると、丸でフィレンツェの情景が目に浮かぶように、結婚に反対している父親に切々と訴えかける。ラウレッタが「もしリヌッチョと結婚できないなら、私、ポンテ・ヴェッキオからアルノ川に身投げしてしまうわ」と、娘としての覚悟を訴えるのである。

ここだけを聞いていたため、このオペラは父親と娘の愛情を描いた作品だと(私も長い間)勘違いしていた。でも本当は、恋人リヌッチョとの結婚もさることながら、リヌッチョの叔父ブオーゾの膨大な遺産を、自分の家のものにすべく遺言状を偽造してくれと頼むシーンなのである。

公文書の偽造は、最近の日本では罪にも問われないらしいが、イタリアでは手首を切り落とされたらしい。だからあの美しい青空を見えげて「フィレンツェよ、さらば」と手を振ることはできなくなるという。実際この作品の元になったダンテの「神曲」の「地獄篇」では、実在したジャンニ・スキッキは地獄に落とされたことになっている。

だが娘に請われ、ブオーゾの親類縁者から要請を受けたジャンニ・スキッキはものの見事に死んだはずにブオーゾになりすまし、医者も公証人もだましてしまう。すべては自分の都合のいいように、新しい遺言状を完成させて、無事リヌッチョとラウレッタは結婚が許される。1時間足らずのドタバタ喜劇は、前作の2つのあとに上演されるお口直しでもある。観客はどこかほっとして、この軽妙な話を楽しんでいる。プッチーニの作品がオペレッタと融合してミュージカルに流れて行く道ができていく。

1918年と言うと第1次世界大戦の頃の凄惨なヨーロッパの時代だが、プッチーニはコミカルで洒脱な作品をニューヨークに持ち込んだ。ドラマは音楽に乗せて歌われるというより、台詞として語られることのほうが多く、音階もいっそう20世紀的である。現代的な響きの多いオペラの中に、突如として始まるアリア「私のお父さん」は、「歌に生き、愛に生き」を突然歌いだすトスカを思い起こさせる。

「外套」「修道女アンジェリカ」で使用された、放射状に配置されたのコンテナは、そのままカラフルなドナーティ家の邸宅となっている。居間にはテレビも置かれ、大人の話(遺産相続)になると、子供はヘッドフォンを付けさせられて「トムとジェリー」なんかを見させられる。ベッドには亡くなったドナーティが横たわり、そこに医者が訪ねてくるあたりが笑いの最高潮だった。

邸宅の部屋は最終場面で壁が崩れ、本来のコンテナの風景(すなわち「外套」のシーン)が蘇る。スキッキは外套を着て口上を述べるあたり、なかなか凝った演出で飽きることがない。ジャンニ・スキッキを演じた上江隼人は、「外套」での主役ミケーレと二役をこなす。方や悲劇、方や喜劇。一方小柄な娘ラウレッタは新垣有希子。間髪を入れず歌いだす「私のお父さん」は、とても綺麗で会場いっぱいにこだまし、大きな拍手が沸き起こった。またラウレッタの恋人で、ドナーティの甥リヌッチョ役は、テノールの新海康仁(テノール)。

ド・ビリーの指揮する東フィルの演奏は、ここでも誠に申し分ない。そして、ミキエレットが述べているように、この3つのオペラは、優れた一人の台本作家によって創作されたことを忘れるべきではない。ジョヴァッキーノ・フォルツァーノである。今年新国立劇場の音楽監督に就任した大野和士も、台本作家の重要性を強調している。音楽と原作に挟まれ、あまり気にしてこなかったのだが、プッチーニの音楽がいまあるのは、優れた台本作家を探し求めた結果なのだという。特にこの「ジャンニ・スキッキ」では、名前以外に具体的なことはほとんど書かれていない人物と、その注釈というわずかの情報に想像を加え、こんなにも楽しい劇が創作された。

最後に、フィレンツェについて。「ジャンニ・スキッキ」の舞台であるこの美しい中世都市は、私も2回旅行している。その観光の中心とも言うべきポンテ・ヴェッキオとアルノ川を写した画像が見つかったので、ここに掲載しておきたい(1987年夏)。またフィレンツェと言えば必ず紹介されるドゥオモを、少し高いところ(ミケランジェロ広場)から眺めた写真を、私もご多分に漏れず撮影している(1994年冬)。どちらの時も天気が大変良く、レンガ色の屋根が「青い空」に映える素晴らしい一日だった。それが「ジャンニ・スキッキ」の台詞に何度か登場するので、やはり昔から、この町は「青い空」が相応しいのだろうと思った。

2018年9月9日日曜日

プッチーニ:歌劇「修道女アンジェリカ」(東京二期会公演・新国立劇場、2018年9月8日)

歌劇「外套」が終わると休憩時間があるとばかり思っていたら、何と拍手が消えても舞台が明るくならない。そればかりか、先ほどまでジョルジェッタを演じていた北原瑠美が、そのままの衣装で貨物に腰掛けている。「外套」で荒らされた舞台に散乱するゴミや、ばらまかれた水もそのままで、コンテナも配置は変わらない。ところがそのコンテナは、側面が開いて、内部が洗濯場と修道女の部屋になっている。


修道院といえば聞こえはいいが、この雰囲気はどうみても刑務所である。それも女性のみが収監されている女子刑務所である。ここで過去に罪を犯したアンジェリカは7年もの間、贖罪の日々を送ってはいるが、実際には結構世俗的でもあって、みな様々な欲望を口にしたりしている。

ある日のこと、アンジェリカの伯母と称する公爵夫人がやってきて、アンジェリカと面会する。夫人は妹の結婚に際し、彼女の遺産をすべて放棄して妹に渡すよう告げる。アンジェリカは過去に、親の望まない子を産み、そういったことがどうやら修道女に入っている理由らしかった。引き離された我が子に7年間も会うことができなかった彼女は、伯母に消息を訪ねる。だが伯母は「2年前に病気で亡くなった」とつれなく告げ去ってゆく。彼女はすべてを失って絶望する。アリア「母もなく」は唯一といっていいほどのこのオペラの聞きどころだが、確かに胸にぐっとくるものがある。最後の望みまで絶たれたアンジェリカは、とうとう最後の罪を犯す決意を固める。自殺を図ろうとするのだ。

ところが、生死の間を彷徨う時、奇跡が起こる。天使に召された彼女は、天国の門の前で息子と再会し、心安らかに息を引き取るのだ。そして何と面白いことに今回の演出では、死んだはずだった7歳の息子が、生きていたという設定になっていて、舞台に現れたのだ!死んだ、というのは公爵夫人の嘘だった、というのである。驚く聴衆は、みな救われたような嬉しい気持ちになったに違いない。ブックレットでミキエレットが述べているように、聴衆はみな「罪人の味方」なのである。

このオペラは女性のみが登場するという変わったオペラである。「外套」で描かれたヴェリズモとは違い、修道院とそこに起こる奇跡という、いわば古典的なオペラのような題材を用いながら、音楽は近代的な印象がある。未完に終わった「トゥーランドット」を除けば、これは最後の完成されたプッチーニの作品だが、「トゥーランドット」よりも現代的な音楽だと思う。それは次の作品「ジャンニ・スキッキ」で顕著である。

なお、標題役の北原瑠美の他に、公爵夫人は中島郁子(メゾ・ソプラノ)が歌った。(この舞台では)子供が死んだなどと嘘をつくような冷徹な役だが、そういう憎らしさには少し乏しいと思った。続けて上演された2つのオペラが終わり、30分の休憩となった。だがここでもカーテンコールはほとんどなく、この公演では3つの作品を一体のものとして上演することにこだわっているのだと思った。

2018年9月8日土曜日

プッチーニ:歌劇「外套」(2018年9月8日、新国立劇場・二期会公演)

今年2018年は、プッチーニの「三部作」がニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で初演されてから丁度100周年だそそうである。東京においても二期会によって、新国立劇場、日本オペラ振興会との共催で上演された。「三部作」とは言うまでもなく、歌劇「外套」、歌劇「修道女アンジェリカ」、そして歌劇「ジャンニ・スキッキ」という3つの1幕物の総称で、プッチーニはこの順で上演されることを望んだと言う。今では揃って上演されないことも多いが、今回のダミアーノ・ミキエレットの演出は、その三作品を統一した舞台の上で上演する新鮮味に溢れたものだった。

以下3作品の鑑賞記録を、それぞれ独立して書き記すことにするが、初めに断っておくと、私がこれらの作品に触れたのは今回が初めてであり、そして人生に残された時間を考えると、今後ももう二度と実演で触れる機会はないだろうということである。プッチーニの作品は、完成されたものとしてはこれが最後となったようだが、鑑賞する側としても、一生にそう何回も同じ作品に触れることはない。つまり毎回が貴重な機会である。だから、批評と言うよりはどちらかというと感激した記録となる傾向が強い。

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歌劇「外套」はパリ・セーヌ川が舞台である。序奏もなく幕が開くと、舞台の上には、貨物列車に載せるような金属製のコンテナが、等角投影法で表現する時のような形で並べられている。このコンテナに作業員が登ったり下りたりするが、新国立劇場の素晴らしい照明に映えて、様々な色に照らされる倉庫街が、無機的ながらも綺麗である。

ここで作業員のボス、船長のミケーレは、妻ジョルジェッタとかつては幸せな日々を送っていたようだ(このくだりは後になってわかるのだが)。しかし生まれてすぐに子供が急死し、そのあたりから夫婦関係が一変してしまった。ジョルジェッタがミケーレのもとで働く若者ルイージと密かに恋仲となっているのである。

ルイージはあるとき船を下りたいと言い出すが、それはこの生活を清算したいというよりはジョルジェッタと駆け落ちすることを意図したからなのだろうか。そのあたりはよくわからない。ただ二人は再度あいびきの合図として、マッチの火をつけることを約束している。

舞台ではジョルジェッタとミケーレの夫婦の会話となるのだが、私にはここがたいそう痛ましい部分に聞こえてしまう。ジョルジェッタはまだミケーレとの生活を諦めていないのかも知れない。だがよりを戻そうとすれば、それはまた喧嘩になるという有様。ミケーレが点けた火をあいびきの合図と勘違いしてルイージが現れ、ミケーレに見つかってしまう。ミケーレは思い余ってルイージを絞め殺し、外套で覆う。そこにジョルジェッタが現れ、ルイージの死体を発見するところで幕。

このオペラはヴェリズモ・オペラの性格を帯びている。まず罪を犯したのはルイージとジョルジェッタだが、ルイージを殺したのはミケーレである。そういう意味で、3人には3通りの罪が存在する。

この罪を巡って、三部先は関連した話として展開するのが今回の演出の見どころであった。とはいえ一つの作品が終わったのだから、ここでは拍手とともに、カーテンコールがあるものだと思っていた。しかし幕が再び開くと、そこにはジョルジェッタが立方体の箱に腰掛けている。「外套」で散らかったゴミや水で濡れた床もそのままである。コンテナがさきほどと同じ形態で置かれている。もちろん休憩はない。つまり舞台はそのままに、次の作品「修道女アンジェリカ」になったのである。

二期会はダブルキャストで「三部作」の公演を4回行った。私が行った9月8日は、ミケーレが上江隼人(バリトン)、ルイージが樋口達哉(テノール)、それにジョルジェッタが北原瑠美(ソプラノ)であった。3人とも良かったが、特に樋口のテノールは一層輝かしい声で会場を魅了したと思う。いまや売れっ子のテノールだから、私も生で聞けて大変うれしい。けれどももっとも拍手の多かったのは、主役の上江だった。そして上江と北原は、それぞれこの後の作品の主役として、一人二役の出演をするのである。

最前列とは言え3回席で聞くプッチーニの音楽は、やはり声が直接聞こえてこないような気がする。これは1階の前方で聞くことと比べるとよくわかるからだ。一方、オーケストラはすべての楽器が良く見える。ベルトラン・ド・ビリーは東京フィルハーモニー交響楽団から手堅くもドラマチックな情景を引き出し、私が聞いた東フィルの演奏としては最高の部類に入るのではないかと思われた。

2018年9月3日月曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(The MET Live in HD 2017-2018)

「トスカ」は過激な歌劇である。嫉妬深い歌姫と純情な画家の青年、「歌に生き、恋に生き」や「星も光りぬ」のような有名アリアというところだけ見ると、とても美しい物語のように思えてくる。しかし音楽は冒頭からドラマチックであり、凝縮された人間ドラマがわずか2時間足らずのうちに劇的に進行し、音楽は結構賑やかである。私が初めて見た歌劇こそ、ローマ・カラカラ浴場跡での「トスカ」だった。ローマで見た「トスカ」は私の一生の思い出でもある。

最終シーンでトスカが飛び降りるのは、サンタンジェロ城である。ここはテレべ川のそばに立っていて、屋上からはバチカンにそびえるサン・ピエトロ寺院が目の前にある。ローマ市内を一望すれば、ここが中心であることもわかる。城はかつて監獄としても使われたが、今では観光名所となっている。もちろん屋上に出て写真を撮ることもできる。ここの屋上で、カヴァラドッシは銃殺される。芝居だと思っていたにもかかわらず実弾が込められていたのだ。舞台は急展開を見せる。悪党スカルピアを暗殺し、通行証まで手に入れていたトスカは、悲哀に暮れる間もなく駆けつける兵隊たちに取り囲まれ、とっさに城の屋上から投身自殺を図るのだ。

この他にも見せ場は多い。第2幕では拷問のシーンとスカルピア暗殺のシーンが、迫真の演技を持って展開される。音楽は起伏に満ち、一挙手一投足にも興奮する。第1幕では何といっても大聖堂のテ・デウムのシーン。幕切れで歌われる聖歌と、それに混じる脱獄者を追う警視総監の悪態、トスカの嫉妬とカヴァラドッシの友情、そういった様々なものが混然一体となって舞台を盛り上げる。

「トスカ」の魅力を語りだすときりがないが、これほどにまで完成度が高く、見事なオペラは「サロメ」くらいしか思いつかない。プッチーニの歌謡的なメロディーと、セクハラ・パワハラが満開の下劣なストーリーも、どういうわけかその中に入り込んで見入ってしまう自分がいる。第1幕にだけ登場するアンジェロッティを含め、主要な登場人物は全員壮絶な死を遂げる。

METライブの「トスカ」は、約10年ぶりの新演出だった。演出はデイヴィッド・マクヴィカー。指揮はフランス人、エマニュエル・ヴィヨーム。「トスカ」の演出なんて、どうせ陳腐な安物かと思うと期待を外す。丸で映画のシーンを見ているように美しい各幕の情景は、この歌劇のそもそものイメージ通りである。思えば音楽自体はあれほど原典回帰が盛んなのに、どうして演出だけが凝った、時には考えすぎのもので溢れているのだろう。今回のMETの「トスカ」は、そんな最近の演出重視の風潮に、程よい冷や水を浴びせた。

歌手が素晴らしい。警視総監のスカルピアを歌ったバリトンのジェリコ・ルチッチは、本役のいわば定番で、安定した悪徳ぶりは見事なものだが、主役の二人は、何とこの舞台がデビューだそうだ。カヴァラドッシを歌うイタリア人ヴィットーリオ・グリゴーロと、トスカ役のソプラノ、ソニア・ヨンチェヴァである。二人ともこの役になりきり、心から役を演じることを楽しんでいることがわかる。
 
特にグリゴーロは、何十年もカヴァラドッシを歌いたいと思っていたらしく、今回の出演への意気込みは相当なものだったようだ。幕間のインタビューからもそれは手に取るようにわかるが、第3幕の冒頭で歌う「星も光りぬ」が、これほどまで見事だったことは私の経験でもない。どんなに眠く、集中力を欠いていても、ここのアリアが聞こえてくるとき、グリゴーロの歌声は満点の星空にこだまし、それはまるでローマ市内に轟くかのようだ。

聞きなれた音楽、見飽きる程何度も触れたストーリー、「またもトスカか」などと半分冷ややかに見始めた舞台は、細部にまでこだわった舞台と迫真の演技、それに胸に迫りくる歌に触れて行くうちに見入ってしまい、あっというまの2時間だった。


※写真は1994年に訪れたサンタンジェロ城と、その内部から見たローマ市内。同じ風景が今回の舞台でも再現されていた。

2016年5月14日土曜日

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」(The MET Live in HD 2015-2016)

我が国を舞台にしたストーリーではあるものの、西洋人のステレオタイプな偏見に満ちているという点で、日本人として違和感を感じるために、このオペラが好きでないという人があるが、私はまったくその逆である。むしろ親近感を覚えるし、美しくも悲しい物語に心を打たれる。もしかしたらこれはプッチーニの最高傑作ではないかと思うほどだ。音楽の白眉は第2幕の間奏曲のシーンである。ただ待つだけのシーンは動きもなく歌もない。なのにどうしてこんなに美しいのだろう。音楽に耳を傾けているだけで、ゆっくりと時間が経過してゆくその様に涙さえ浮かぶほどだ。見ると蝶々さんを歌っているクリスティーヌ・オポライスも泣いている。こみ上げる感動に、幕が下りているというのに感極まるばかり。インタビューが始まると彼女は告白する。「早く泣き始めないように我慢していた」と。

蝶々夫人の舞台には、当然のことながら日本の家屋が登場する。長崎の港を見下ろす幕末の家には、障子、畳、あるいは日本式のお庭がセットさせるのが普通だ。だがこのオペラは心理の移り変わりを描いたオペラだ。下手な大道具が登場すると興ざめである。むしろ舞台はシンプルな方がいい。そしてカレル・マーク・シションの演出は、障子が左右にスライドする以外は至ってシンプルである。代わりに文楽(人形浄瑠璃)や歌舞伎の要素がちりばめられている。黒子がまるで本当の子供であるかように3人がかりで人形を操るかと思えば、空を舞う鳥の群れが舞いながら飛び去る。その美しいこと!

この上演の素晴らしさは、定評あるロベルト・アラーニャやプッチーニ歌いとしての名声を確立したオポライスにあることは第一に評されるべきだろうが、まあそれは当然と言えば当然である。意外性に満ちたこのオペラの新鮮な発見は、やはりその演出にあると言えるだろう。和音階を随所に取り入れたプッチーニの音楽を十全に表現したアンソニー・ミンゲラの指揮の素晴らしさを讃えることを忘れるくらいに、演出の素晴らしさが際立つのだ。

最近METライヴもマンネリ化し、どうも感動する作品が少ないと感じ始めていた。正直なところこの上演を見る気力が失せていたのだ。歌手はいいし一定の水準であろうことは想像できる。ビデオ上映する以上、まるで失敗ということもないと思う。いつも案内役が言うように「実演で見るのに勝るものはありません。是非METか、もしくはお近くの歌劇場でお越しください」というのは事実である。もしかしたら大きな損失を被ることを覚悟してもなおチケットを買い求め、ハラハラしながらも歌を聞くときの期待と緊張感、そしてそれが良かった場合の感動は何物にも代えがたい。

でも今回のシション演出の「蝶々夫人」は、そんなあまりに当たり前のことを忘れさせてしまうほどに感動的であり、感情の移入に自分でも驚くほどである。精緻な演出は一挙種一挙動にまで及んでおり、洗練されているだけでなく細部に磨きがかかっている。もしかしたらビデオで見ることで、細かい動きにまで気付くのかも知れない。浄瑠璃で表現される3歳の男の子の仕草などは、その代表だろう。

第2幕で3年間を待ちわびた蝶々さんは今日も長崎の港を見下ろしながら暮らしている。そこでアメリカの戦艦が現れると、彼女はそこに夫であるピンカートンがいると信じ込むのだ。彼女はなんと結婚衣装に着替え、期待に胸を膨らませながら時間が過ぎるのを待つ。ここで彼女はあくまで待つのだ。女中のスズキ(マリア・ジフチャク、彼女は本当にいそうな旅館の女将のようないでたちである)と少年と3人で居間に正座する。暮れ行く長崎の空は赤みを増してゆくその中に、滔々と流れるきれいなメロディー。ただ待つというシーンを、こんなにも美しいオペラにしたプッチーニは天才的だと思った。

テレビも電話もない時代。港に現れた戦艦に夫がいるかどうかすら確かめようがない。彼女はじっと待ち、そして時間だけがゆっくりと過ぎ去る。まるで昔の松竹映画を見ているように、動きが少ない中にも落ち着いた時間である。彼女はそわそわと感情的になることはしない。そういったところにプッチーニは日本人の慎ましさを表現したのだろうか。だとするとそういう部分は何とも誇らしく、嬉しい。おそらく蝶々さんは、少し前に領事のシャープレス(ドゥウェイン・クロフト)が言いかけたように、夫に捨てられることを悟っていたのかも知れない。だがたった一人残された子供までを引き渡すよう言われることまでも想像していなかったと思う。

まだ十代で異国の妻となった元芸者の蝶々さんは、もはや元の生活に戻ることなど考えられない。すべてを失い、希望も消え失せた彼女に残されたのは、短剣で自らの命を絶つことだけだった。そのシーンを見られまいと子供に目隠しをし、遊ぶようにと促すそのシーンに至って、感興は一気に頂点に達する。流れた血の色が彼女の来ていた着物の帯の色であることを思い出すのはこの時である。劇的な音楽は一気に幕切れに向かう。音楽が鳴り止むのを待ち切れず盛大な拍手が沸き起こってもなお、私は物語の中に身を置いていた。この上演はもう一度見てみたいと思った。10年にも及ぶMETライヴの中で、感動的なものは数えきれないくらいあったが、もう一度見たいと思った作品は少ない。だが間違いなくこの上演は、私のオペラ経験の中でも特異なほどにランクインするものとなったのだった。

2016年4月3日日曜日

プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」(The MET Live in HD 2015-2016)

力強い前奏曲に次いで大勢の人物が舞台に登場し、「マノン・レスコー」の幕が開いた。ここの音楽はどこかフランス風?と言いたくなるようなものを感じたが、それもそのはずでここはフランスの街アミアンの広場。けれどもその音楽は、やはりどこか違う。プッチーニの出世作と知ったのは、このオペラを初めて聞いた時である。「ボエーム」の第2幕、カフェのシーンを思わせるような群衆のシーンと、そこに流れる複雑な楽器の重なり。やはり次作「ボエーム」へと受け継がれていくプッチーニの作風が、ここで確立されたとみるべきなのだろうか。

妖女マノンと言えば、まずはマスネの「マノン」である。この作品はフランス・オペラの代表的なもので、私も一度見ているが、ここで描かれるマノンは、貧乏生活を送る田舎の純朴な女性が、その美貌ゆえにか金持ちのパトロンを得てパリの社交界に登りつめるも、これまた純情な青年デ・グリューを修道院にまで追いかけて駆け落ちし、流刑となってしまうという悲劇のヒロインである。マノンの魔性とそれに翻弄され転落してゆく男の人生。だがマノンにはさほど悪気もなく、それはそれで痛ましい。ここでのマノンは、奔放で魅惑的な女性として描かれている。

プッチーニはこの作品を、自分流に仕上げることに苦心した。同じ原作のオペラを作るというのだから比較の対象になるのは最初から分かっていただろうし、その相手がマスネの作品となると、これはもうプッチーニの野心というしかない。まだ30代前半の若き作曲家は、しなしながらこの作品で成功を掴み、ヴェルディの後を継ぐイタリア・オペラ界の音楽史に残る後継者となった。しかもこの作品にはすでに、ミュージカルへの橋渡しともいうべき要素をすでに備えていると、歌手はインタビューに答えている。

プッチーニの描くマノン像は、より内面的でシリアスである。そのことで女性の一生の物語として、現代人にもわかりやすい要素を備えている。ストーリーは非凡でもテーマは現実的であるということだ。これはヴェルディの「椿姫」にも通じる要素がある。しかもパリの社交界と純朴な青年の転落、ヒロインの死といった共通点も多い。第4幕で流刑地ルイジアナへと向かう船に乗り込む囚人たちの中に、ヴィオレッタという娼婦がいるのは面白い。

第3幕の前奏曲を頂点にプッチーニ書いた音楽は斬新で迫力に満ち、そしてあのルバートを多用した綺麗なメロディーと抒情的な歌が全編を覆う。迫真の演技と見事な歌によってメトの広い空間を圧倒したのは、美人のソプラノ歌手で、丸でマリリン・モンローのような衣装をまとったクリスティーヌ・オポライス(マノン)、ヨナス・カウフマンの代役を急きょ引き受けた世界一のテノール、ロベルト・アラーニャ(デ・グリュー)である。この二人の歌うプッチーニは、おそらく最高の素晴らしさだたと思う。特にアラーニャはさすがと言うべきか、第2幕の途中でマノンの住むジェロントの館に忍び込んで現れるシーンで、舞台の様子が一変する。その存在感!それまでの平凡な舞台(はマドリガルだの踊りだのと、少しフランス・オペラを意識したかのようなシーン)は、台本の平凡さが飽き飽きしたマノンの生活という筋書きにマッチしていたが、ここを境にしてマノンの心理とともに大転換を起こす。

第3幕での聞かせどころはデ・グリューが、マノンとの同行を泣いて船長に懇願するシーンだが、このようなものはマスネのマノンにはない(代わりに修道院に忍び込むマノンのシーンなどがある)。また第4幕の荒れ果てた野原は、この演出では廃墟の中となる。熱病に侵され自らの死を悟ったマノンは、かつての面影もなく人生を振り返って「死にたくない」と嘆く(「一人寂しく捨てられて」)。舞台を二人だけで30分近くも演じるプレッシャーは相当なものだと思うが、この少し受け狙いの要素も濃いシーンで、プッチーニの音楽がこれでもかと続く。

本公演を成功に導いた立役者はもう一人、指揮者のファビオ・ルイージである。引き締まった音楽と流され過ぎないリズムは集中力を絶やさない。彼はルバートの仕組みについて、より感情に対して自由な表現だと答えている。だが単に流されるのではだめで、そこに出演者間の相互作用と呼吸が必要だと言うのはとても興味深い。

一方、リチャード・エアの演出はどうだったか。舞台はナチス占領下のフランスに移されている。その狙いを聞かれ彼は、もっともらしい理由をインタビューで述べているがあまりよくわからない。もともとの台本が持っているシーンの繋がりの悪さのせいなのか、それとも演出のせいなのかはわからないが、どことなく中途半端な感を否めない。大胆な音楽を十分に表現する指揮と歌がこの公演を素晴らしい「マノン・レスコー」にしているのは確かである。その他の配役は、バスのブンドリー・シェラット(銀行家ジェロント)、バリトンのマッシモ・カヴァレッティ(マノンの兄で警察官のレコー)。

2016年2月28日日曜日

プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」(The MET Live in HD 2015-2016)

旅行好きの私は長年、社会主義国に行くことを避けていた。例外は列車で横断した東ドイツだが、この時は通過ビザ。そして本当に足を踏み入れたのは香港から橋を渡って出かけた日帰りの深圳。でも当時、深圳は経済特区であった。結局私の初めての社会主義国への旅行は、1994年1月の北京ということになった。といってももうすでに中国は、経済成長のはしりの時期であった。初めて中国に出かけたのは、中国の歴史の一端に触れることなく世界を歩きました、などと言うことがどうしてもつまらなく思えたからだった。一度は中国を見てみたい、そう思った。

天安門広場に立った私は、その向こうに広がる紫禁城に目を奪われた。何重にも何重にも城壁が重なり、いつになっても中心に到達しない。そのうち案内してくれた中国青年旅行者の若者が、当時建てられた家の高さが低いのは、この帝の位置を上回ってはならなかったからなのです、と告げた。なるほどそういえば、ホテルへ帰る途中に眺めた周囲の街並みの屋根はみな低い。今のように高層ビルなど少なく、古い家も多かったからその様子はすぐにわかった。

前置きが長くなったが、歌劇「トゥーランドット」の舞台は神話の時代の北京ということになっている。冷酷なトゥーランドット姫に数多くの若者が求婚するが、彼女の出題する3つの謎を解くことが出来たものは一人もおらず、その男たち(26人!)を片っ端から処刑しているというのだ。こういう話は神話でなくてもあり得るような気がしてならない。なぜなら中国の歴史は、不合理な圧制の歴史でもあるからだ。民を従わせることに関する様々なモデルが存在する。文明というものは本来、そういうものであるのかも知れない。

第1幕はその恐ろしい処刑のシーンである。今日もペルシャの王子が謎解きに失敗し、処刑されたのだ。そこに放浪の身である韃靼国の王子カラフ、その父(国王)で盲目のティムール、その召使で奴隷の身であるリューが再会する。リューに会えて喜ぶカラフだったが、処刑の場に現れたトゥーランドットを見て一目ぼれ、自分も求婚すると誓うのだ。

今回のMETの舞台は、過去と同じ演出である。それはつまり、もう30年も続くフランコ・ゼッフィレッリによる絢爛豪華な舞台なのだ。METライヴとしても確か2回目で、私も1996年、アンジェラ・ゲオルギューの演じるトゥーランドットを現地で見ている(指揮はネッロ・サンティ)。それはそれは目を見張るような贅沢な舞台で、音楽もストーリーもほとんど初めての身でありながら、感慨ひとしおだった。私はその時の思い出を、一緒に見た今の妻とたまに語り合うが、それでも過去の記憶は薄れていくもので、どのようだったかは次第に思い出せなくなってきた。何せ4階あたりの席からは十分に舞台が見渡せたかも定かでない。だから一度、ライブを追ったカメラの映像でじっくり見てみたいと思ったのだった。

その豪華な舞台の見せ場は第2幕である。まず前半は 宮殿の中。3人の道化師(ピン、パン、ポン)が登場する。彼らの滑稽なやりとりがまたこのオペラの見どころである。続いて出される3つの謎。丸い小さな踊り舞台が中央にしつらえた池の上を、縦横に橋で囲ったその向こうに、中国の宮殿の屋根がそびえている。池の淵を3人の高官や人々が行ったり来たり。でも古いセットだからか、今こうやってみると何か東南アジアのリゾートホテルの玄関のようでもある。

3つの謎にあろうことかすべて正解してしまったカラフにも、トゥーランドットは頑なに結婚しようとはしない。おそらく彼女は男性を拒絶しているのだろう。その恐怖心が防衛反応を起こさせ、まわりの男性をすべて見下す態度に出るのだ。だがカラフは動じない。まわりの忠告をよそに、トゥーランドットに逆質問をするのだ。自分の名を当てたら死んでもいいというのだ。トゥーランドットは北京の街中に彼の名を探させる。「誰も寝てはならぬ」とはそういう意味だ。

第3幕の最初でカラフは、このオペラ随一のアリアを歌う。その歌声の素晴らしいこと!歌手の名はテノールのマルコ・ベルティという人で、私は初めて見たがその声の艶と迫力は、トゥーランドットの技巧的な超ソプラノ音を上回る品の良さが目立つ。アリアは単独で歌われる時と違い、そのまま音楽が流れるので拍手は来ないが、ここは息をのむ歌であった。

カラフの名を知っているティムール(バス・バリトンのアレクサンダー・ツィムバリュック)と召使いで女奴隷のリュー(ソプラノのアニータ・ハーティッグ)が連れてこられ、拷問にかけられる。トゥーランドットはあくまでも結婚を嫌がるのだ。だが隙を見て自害するリューは、カラフへの愛ゆえに平気であると言うのだ。犠牲者となることを厭わぬリューに、トゥーランドットの冷たい心が解け、最後は結局カラフと結ばれる。見ているものにこれほど都合のいい結末はない。池の周りを踊る人々は、扇を頭の上でくるくる回す。大音量の音楽が流れ、大団円となる。見事な舞台だったが、それを見た私と私の妻は何故か共通の感想を述べた。つまりこのシーンがまるでオカマ・バーの踊りのように滑稽だというのである。でもこの振り付けは台湾の演出家C・チャンという女性が手掛けたもののようだ(彼女はインタービューに登場する)。だからいい加減なことを言うのはよそうと思う。

トゥーランドットはスウェーデン人ニーナ・ステンメ。高い声を広いMETの舞台中に張り上げるのは、さぞ大変である。トゥーランドットを歌えるソプラノは非常に少ない。ブリュンヒルデも歌う重量級のワーグナー歌手の出番でもある。彼女は本作品に「トリスタンとイゾルデ」との共通点を見出す、と答えている。指揮はイタリア人、パオロ・カリニャーニ。私は一昨年の「ナブッコ」で新国立劇場で指揮をとる彼を見ている。METライブは今シーズン、このあと「マノン・レスコー」、「蝶々夫人」とプッチーニが3作品も続く。


歌劇「トゥーランドット」はプッチーニ最後の作品である。彼はこのオペラを完成することなく世を去った。現在上演されているのは、フランコ・アルファーノが補完したものである。とはいえそれは第3幕の最後のシーンだけで、ほとんどこのオペラはプッチーニの作品である。プッチーニが書いたのはリューの死までというから、今回私はその部分を注意して見た。初演したトスカニーニが指揮棒を置いたとされるその部分を見ながら、この作品はオペラがオペラらしく製作された音楽史上最後の作品ではないか、と思った。

2014年4月13日日曜日

オペラ映画「トスカ」(1976年、イタリア・ドイツ)

プッチーニの歌劇「トスカ」は人気作品だけあって過去に数多くの映像作品が出回っている。その中でも古典的な名作とされているのが、ジャンフランコ・デ・ボジオによる映画仕立ての「トスカ」である。かつてテレビなどで何度か放映されているのではと思うのだが、まだ見たことはなかったし上映会が催されるというので出かけた。実際テレビで見ただけでは、集中して字幕を追うこともできず楽しめないことが多い。やはり映画館で見るのがいい。

それでもなお、実際の上演に比べると興に乗らないことは覚悟しておく必要があるだろう。私の場合、昨年新国立劇場で見た沼尻竜典が指揮をした上演の方が、音響的にも舞台の見事さも、当然良かった。やはりオペラは実際に見るのに限ると思うのだ。

オペラ映画の場合、けれども、実際の上演にはない魅力があるのは否定することができないのは確かである。この「トスカ」の場合、その映像は舞台を飛び出して、実際に存在する建物を使ってロケされているからである。「トスカ」のように、1800年のローマ、それも本当にある建物が舞台となっているわけだから、そういう演出も可能だったのだろう。その舞台は各幕に1箇所づつ存在する。

  第1幕:サン・タンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
  第2幕:ファルネーゼ宮殿
  第3幕:サンタンジェロ城

これらはローマ市内の比較的近い場所に存在するため、Google Mapを使えば簡単に場所を確認できる(こちら)。

登場人物が比較的少ないのも「トスカ」に有利に働いている。すなわち主要な人物は、歌姫トスカ(ライナ・カヴァイヴァンスカ)、画家カヴァラドッシ(プラシド・ドミンゴ)、スカルピア男爵(シェリル・ミルンズ)、それに政治犯アンジェロッティ(ジャンカルロ・ルッカルディ)である。カヴァイヴァンスカは美貌でトスカそのものの容貌だし、若きドミンゴも素晴らしい。ミルンズの悪役もまたイメージそのものである。口パクながらこれだけのキャストが揃うと、映画としての見栄えは大層いいといわなければならない。演奏はブルーノ・バルトレッティ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、合唱はアンブロジアン・シンガーズである。

だが実際の建物を使うと、それ以上の効果がでないのも確かである。例えば第1幕の最後のシーンはテ・デウムを歌う大聖堂のシーンとなるが、それまでにも教会内部が多く写されるので、ここでの圧倒的な感動は少ない(と私には感じられた)。また第2幕のファルネーゼ宮は、何も実際である必要はないかも知れない。ここでは執務室とその奥で繰り広げられる拷問、さらにはトスカによるスカルピアの暗殺というドラマチックなシーンの連続だが、そうであるためにはそうしやすいような道具の配置を行った方が、演出上の効果は高いと推測される。

それに比べると第3幕のサンタンジェロ城のシーンは圧巻である。この第3幕に入る最初のオーケストラのシーンで、テレベ川の周りを羊飼いが歩いている。この少年はドミンゴの当時10歳の息子であると紹介されている。やがて夜明け前の牢獄のシーンで、カヴァラドッシは銃殺刑にされる前のトスカとの会話を交わす。城の中の暗く冷たいシーンが印象的だ。

屋上に出ると、そこではすでに夜が明け、舞台は明るい。朝のローマ市内が良く見渡せるその中で、死刑が執行されえるのだ。この緊迫感はちょっとしたものだ。空砲と信じていたトスカは、倒れこんだカヴァラドッシが本当に打たれたのを見て仰天し、やがて殺人犯を追ってくる警官たちに囲まれてとうとう城から飛び降りる。実際のサンタンジェロ城を使ったロケだからこそ迫力のあるシーンに、しばし釘付けとなる。

このサンタンジェロ城は当時は牢屋として使われていたが、今では博物館になっている。私も今から20年ほど前に、ローマを旅行しここを訪れた。廊下を回りながら屋上へ出ると、正面にヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂が見え、その光景は息を飲むほどに美しかった。


主役がいすれも凄惨な死を遂げるこのオペラでは、死のシーンが4回も登場する。これほど血なまぐさいオペラを、身なりの良い老婦人方が大挙して上映会にお出でになっておられたのもまた、この催しの見どころであった。ただ40年近く前のカラー作品だけあってやや色褪せて見える映像と、どうしても効果に乏しい録音は、これがやはり映画であることを認識してしまう。歌唱とオーケストラが重なるような場面では迫力が不足し、歌唱力が響かないのだ。何度も言うように、これはそういう実演で接するオペラには及ばない欠点と、実際の上演では実現できない利点があることを理解して見るものだろうと思う。

2014年2月2日日曜日

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」(2014年1月29日、新国立劇場)

今日もまたたまたま時間が取れたのでコンサートに出かけようと思ったところ、新国立劇場のオペラ公演だけが辛うじて私の興味を惹いた。だが出し物はプッチーニのオペラ「蝶々夫人」で、特に新演出というわけでもなく、それほど前評判が高いわけでもない。それ故かほとんど全部の種類の席が売れ残っている。ちょっと誰かのブログに出てないか、チェックしてみたものの誰も取り上げている様子はない。これはどういうことかと思ったら、本公演は今シーズン4公演のうちの初日ではないか。歌手も指揮者も以前の公演からは変わるので、過去の評判はあまりあてにならない。

プッチーニの代表作のひとつである「蝶々夫人」は、我が日本を舞台にしたオペラの中で、最も有名な作品であるにもかかわらず、私にとっては何とも乗り気のしないオペラでありつづけていた。やや滑稽なストーリーと、ちょっと違和感のある描き方によるものかも知れず、それは私がかつてニューヨークで見たメトの舞台のあとでも変わらなかった。CDは持っていないし、知っているアリアといえば「ある晴れた日に」くらい。ところどころで現れる日本のメロディーも、それほど心を捉えない。

それでも3階のA席を買い求め、会場へ入った途端に驚いた。何と主役の蝶々さんが交代するではないか。貼られていたのは一枚の張り紙で、その存在はあまり目立たなかった。だがそこである人は声を出して嘆き、ある人はチケット代を返金してほしいものだ、とつぶやいたのだった。

キャンセルをしたのはギリシャ人のソプラノ、アレクシア・ヴルガリドゥという歌手だったが、その後任に抜擢されたのは、日本人の石上朋美である。パンフレットを買ってみると、まだ歌手名がキャンセル前のままとなっているから、かなり急な変更だったのだろう(とはいえ表紙の写真では石上は蝶々さんとして写っているが・・・!)。そしてその案内は、どういうわけか当日のウェブ・サイトにも、ボックス・オフィスにも掲示されていなかったのである。私は、特段歌手にこだわりがなかったので、これがヴィオレッタなら憤ったかもしれないが、蝶々さんなら日本人でいいのではないか、などと気楽に考えて席についた。

第1幕が開くと、曲線状に下った階段の下に、簡素な日本式の部屋がしつらえてあり、障子が貼られた戸の奥と内に歌手達が出たり入ったりする仕掛けになっている。階段上の奥には星条旗がはためき、ここに蝶々さんが印象的に姿を現す。階段の下の家は、本来なら長崎の港を見下ろすところにあるのだろうが、この栗山民也の演出では、行き場を失った蝶々さんの居所を象徴的に現しているという。簡素ながらも、なかなかセンスのいい舞台、それに新国立劇場の大変素晴らしい照明効果によって、視覚的には大変充実したものである。

が、しかし。肝心の音楽が第1幕に何とも乗ってこないのである。指揮者はカナダ人女性のケリー=リン・ウィルソンで、細身で長身の彼女は東京交響楽団を指揮。もちろん新国立劇場には初登場である。一方、蝶々さんと長い愛の二重唱を歌うアメリカ人海軍士官ピンカートン役は、やや小柄なロシア人のミハイル・アガフォノフ(テノール)、彼の友人で良心的アメリカ領事シャープレスには、ウィーンで活躍した日本人バリトン甲斐栄次郎(彼はお正月のニューイヤー・コンサートの中継に出演していた)、蝶々さんの忠実な女中スズキにメゾ・ソプラノの大林智子という布陣であった。

第1幕では両隣の客が眠ってしまい、ちょっと緊張感が強すぎるのか、全体に表情が固すぎると思わざるを得なかった。それでプッチーニの音楽が、意識過剰に響くのである。ストーリーの展開がやや効果を狙いすぎて不自然でもある。そういうわけで拍手もまばらで、今回も残念なことにちょっと外れたかと思われた。休憩時間になっても客の紅潮した顔は見当たらず、心なしかいつもの華やいだ雰囲気が欠如している。バー・カウンターに並ぶ客も少なく見える。

さて。本来ならこれでこの公演は失敗であったと指摘する所である。だが、第2幕の「蝶々夫人」は一転、息もつかせないほどの充実した歌と音楽、それに演技で、このオペラの再発見をしたばかりか、私にとって今シーズンのもっとも素晴らしい公演となったのである。そのことについて、わたしはこれから大いなる興奮を持って書き記さねばならない。けれども音楽はその時に消えてしまう代物である。私がその感動をどれほど伝えられるのかは、その音楽自体の意外性にもまして不確かなものなのだ。

「蝶々夫人」は2つの物語を原作としている。前半はロティの小説「お菊さん」であり、後半はロングの小説、及びベラスコの同名の台本である。前半と後半で日本に対する描き方が異なっている。プッチーニの思慮深い配慮がこの不自然さを取り除こうと努力はしているが、実際には後半の方が音楽的充実は明らかである。前半は少し間の抜けた、受け狙いの要素が強いように感じる。そして2つの幕で舞台がほとんど変化しない。このことが私をして初めてこのオペラに接した際に、大いなる失望を持たざるを得なかったことなのだが、それもこれも当時の日本に関する情報の少なさゆえなのかと長年思っていた。

だが実はどうも、そうではないのである。その必要がないのだ。このオペラの第2幕は、徹底して心の内面のドラマなのである。蝶々さんはいわば、自ら家族を捨て、信仰を捨て、祖国を捨てたにもかかわらず、アメリカ人になれず、しかもピンカートンからは裏切られる。ピンカートンの薄情で浅はかな振る舞いは救いようもないが、たとえそうであっても芸者娘蝶々さんの一方的な愛情は、それがたとえいみじくも幼い少女の恋心であったとしても、少々無理がある。だがそのことを感じさせないような「何か」がこのオペラの醍醐味である。

蝶々さんは3年間も長崎の自宅で待ち続け、女中のスズキとともに暮らしている。ある日金持ちのヤマドリが寄り添っても、取り合おうともしない。そのとき大砲が鳴り軍艦が近づくのが見えると、彼女は夜を徹してピンカートンの帰りを待つ。今から100年以上も前の時代、アメリカが列強に倣って世界進出してきた頃ののとである。当然国際電話もない時代、たった一通の手紙を信じ、夜通し起きて彼の帰りを待つ・・・その時間の経過の何とうるわしいことか。このような時間変化を私たちはもはや、このような古典でしか味わえない。プッチーニは第2幕の場面の展開で、素晴らしい管弦楽のみの間奏曲を作り、そこでみるみる調子を上げるオーケストラに聞き入った。

幕の中にうっすらと舞台があらわれて朝が来たことを知らせる。やがて現れるピンカートンとシャープレス。だがそこに一人の女性が混じっていた。ピンカートンの妻ケイトである。彼女は蝶々さんに息子を渡すようにと告げる。ストーリーからは2歳か3歳であろう蝶々さんの一人息子は、舞台では5歳くらいの子が演じる。歌こそないものの、結構重要な役を演じる男の子を見るていと、私も目頭が熱くなった。最初若干15歳だった蝶々さんも、今では18歳の女性である。そう言えば「ある晴れた日に」以降であった。今公演が見事に蘇ったのは。

第2幕は全体を通して、体が舞台に釘付けになり、目頭は常に熱く、そして聴衆はむせび泣かんとしていた。若き女性指揮者ウィルソンは、この緊張感を維持し、東京交響楽団から素晴らしい音を引き出すことに成功した。石上朋美の演技は、第2幕で円熟の女性となり、ふっきれたように素晴らしかった。彼女は重要な役を突然こなす重圧もはねのけることに成功したのだ。子供の前で母親が自害するというショッキングなシーンは、照明効果がもっとも印象的に使われた場面だったが、子どもは星条旗を振り向くことはなかった。大拍手が客席を覆うかと思われた矢先、大きなブーイングが飛び、全客席が大いに面食らったが、それでも気を乗り直し、ブラボーが盛んに飛び交う結果となった。

おそらく「蝶々夫人」は日本を舞台にした、やや異国趣味の側面が強調されたドラマであるものの、それを越えて表現される心理劇である。そのところまで理解が進むと、俄然このオペラは見どころを発見できるようになる。そのような、普遍化された一段階上の演出こそ、我が日本において確立すべきもののように思う。そして今回の公演は、日本人のきめ細かい演出によって、主役のピンチヒッター演技にもかかわらず、なかなか良い線を行っていたように思う。

2013年7月20日土曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(1987年8月11日、ローマ・カラカラ浴場跡)

朝フィレンツェを発ち、昼過ぎにローマに着いたので昼食をテルミニ駅のカフェテリアでとっていた。外は30度を超す暑さである。今日の宿はあまり歩かなくてもいいように、駅の近くにしようなどと同行の友人と話していると、向こうのほうで手を振っているイギリス人の老人がいた。

彼は私たち日本人の学生に英語で話しかけ、昨夜見たオペラ「アイーダ」がいかに素晴らしかったかを話した。英語で話ができる人が欲しかったのだろうと思った。彼は私たちにも是非カラカラ浴場跡で開催される夏の野外オペラを見ると良い、と言った。「チケットはそこのオフィスで買えるから」とも付け加えた。

私たちと、そこに居合わせた他の日本人2人の計4人は、その忠告にしたがって当夜の出し物である「トスカ」のチケットを買った。記録によればチケット代は一人15000リラで、後方ではあるが中央寄りの席であることを考えるとこれは大変に安い。バスに1回乗って1200リラ、Tシャツが5000リラであったのだから。

「何でも見てやろう」の精神で、私たちは夜8時の開幕に、路線バスで駆けつけようとした。ローマ時代の遺跡を利用した野外オペラは、その後90年代に入って、遺跡の痛みが激しく中止されてしまった。だが2000年代に入って復活したようだ。この舞台では、あの「三大テノール」の最初の公演がされたことも知られているが、それはその3年後のことである。

ローマ市内を走るバスはわかりにくいので、私たちは路線図を片手に来たバスに乗り込むや、「カラカラ?」などと運転手に聞いてみた。ところがこれが通じない。運転手は乗客に向って、この日本人のいうことがわかるか?などと聞いている。この間バスは、満員の乗客を乗せたまま停車中である。やがてそばにいた夫人と紳士が「カラカーラ?」を聞いてきた。そうか、「カラカーラ」か。すると運転手はわかったようで、OKのサインをした。乗客たちに笑いが広がり、その夫人と紳士は私たちに発音指導をすることになった。「カラカーラ」「カラカーラ」「言ってみよ!」わかった、何やら恥ずかしかったが、言うしかない。私は大声で「カラカーラ!」と叫び、運転手は紳士と顔を見合わせ、「それでよし」という風にうなずいた。そしてゆっくりとバスは発車した。勿論その紳士は、降りる際、私たちに再度「カラカーラ」と言って念を押した。

イタリアの旅行がなぜ楽しいかは、この体験で実証された。思えばまだ旅行ブームが沸き起こる少し前であった。歌劇場へ着くと、私たちはうだるような暑さの中、うちわをもらい、一目散に席を目掛けてダッシュした。なぜならみながそうしていたからだ。もしかすると自由席だったのかも知れない。だが、そこには十分な席があり、着席するとやがて第1幕が始まった。

さて、ここで私は誰がトスカを歌い、誰がスカルピアを演じたか、指揮者は誰であったかを記録していない。日時は正確なので、いずれはわかるかと思うが、大変残念なことに初めてのオペラ体験はこのような記憶しかない。「トスカ」は甘いメロディーもあるが、「ボエーム」とは違ってもっと劇的で、しかも残酷なオペラである。プッチーニのほとんど唯一イタリアを舞台とした作品であって、その本場ローマで「トスカ」を見ることができるとは、何とも嬉しい限りであった。

字幕もないので、音楽を知らなかった私は、テ・デウムのシーンなどが素敵だったということと、有名なアリア「歌に生き、恋に生き」、「星も光りぬ」というシーンでは、他の観客と一緒に体を揺らして聞き入ったことくらいしか覚えていない。それから、開幕後第2幕までは、木々に蝉が多くいて、ライトに照らされてワンワンと泣いていたのが、第3幕となるとそのライトが消えて会場がとても静かになったことを印象深く覚えている。

夜半をすぎる頃にようやく終わり、臨時に運行されるバスを見分けて乗り込んだ。テルミニ駅近くの宿に戻ったのはもう、1時ころを過ぎていただろう。だが宿の若者は私たちを迎え入れ、陽気に歌いながら部屋の鍵を渡してくれた。賑やかなイタリアの夏は、アルプス以北とは全く異なった雰囲気であった。イタリアを訪れた多くの作曲家も、このようなイタリア滞在を楽しんだのだろうか、などと思いながら、心地よい眠りについた。

2013年6月16日日曜日

オペラ映画「ボエーム」(2008年、ドイツ・オーストリア)

オペラ映画について触れたついでに、一昨年に見た映画「ボエーム」についても書いておこうと思う。これはプッチーニの歌劇「ボエーム」の映画版で、アンナ・ネトレプコらが出演する最新のもの(といっても2008年)である。銀座の映画館で見た時の印象を、古いブログからコピーする。

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Met Live Viewingのアンコール上演も終わり、次のシーズンまでの間、どう過ごそうかと考えてしまう。3週間で12作品を立て続けに見たし、その最後は「指環」の「ラインの黄金」と「ワルキューレ」で、今もって私の頭の中にはヴォータンの声が響いている。だから、次に始まったオペラ映画が「ラ・ボエーム」と聞いても、いまさら甘ったるい音楽なんか聞きたくない、と思うところである。

だが、私にとって「ボエーム」こそ人生最初のオペラ体験となった作品なのだ。それは1981年9月のことで、中学生だったころである。ミラノ・スカラ座が来日し、東京と大阪で公演を行った。その時にテレビとFMで放映されたのがプッチーニの「ボエーム」で、指揮はカルロス・クライバーだった(今一つの公演はヴェルディの「オテロ」とアバドによる「シモン・ボッカネグラ」)。

この伝説的な指揮者については私は当時何も知らなかった。ただFMで生中継が行われ、40分もの幕間をつなぐ時間に解説の話がそう長くは続かないことを想定したNHKは、ここに適当な音楽を挿入する予定だったようだ。ところが解説を担当した数名の音楽評論家が興奮してしまい、話が白熱する。結局この音楽は放送されなかったのである。その舞台はやがて教育テレビでオンエアされ、私も最後の幕に見入った記憶があるのだ。

ベッドに横たわるミミに対し、ロドルフォが大声で歌うがなかなか死なない。ずっとやりとりが続くのを見て、オペラとはかくも変わった劇なのかと思ったと同時に、その音楽の魅力に触れた気がしたのだ。演出はフランコ・ゼッフィレッリ、ミミが当たり役のミレルラ・フレーニでロドルフォがペテル・ドヴォルスキーという夢のようなコンビ。クライバーの指揮棒が舞台の下で勢いよく動きまわるのが大変印象的であった。

それから30年が過ぎたが、私が「ボエーム」に触れるのは、音楽のみのディスクを除けば実にこれが初めてである。そういうわけで、今回新たにアンナ・ネトレプコとローランド・ビリャソンの21世紀の黄金の組み合わせで映画が作成されたので(監督はロバート・ドーンヘイム)、私はさっそく出かけたというわけである。

映画館に入って驚いたのは観客の少なさである。平日とは言え夜の上映時間ならサラリーマンが大勢いても不思議でない。ところが銀座にある映画館には10人程度しかいない。500人ほども入る映画館にたった10人である。そこで私は真ん中の席に陣取り、いつものようにどっぷりとスクリーンに見入ることになった。

三角関係のないドラマは、青春小説をオペラにしたようなところがあって、何となく見るのも恥ずかしいくらいなのだが、それがプッチーニの甘く切ない音楽に乗ると、第2幕あたりからは見る方も感情が移入してしまう。もっともその時にはすでにミミとロドルフォが惚れあい、有名なアリア「私の名はミミ」や「冷たい手」などは歌い終わっているのであるが。

パリの屋根裏部屋を舞台にした映像は、舞台の制約を打ち払い、特に第2幕のカフェのシーンは見ごたえがある。少年の歌声や軍隊の行進もあって、華やいだクリスマス・イブの雰囲気はプッチーニの音楽がどのように構成されているかを良くわからせてくれる。第3幕の別れのシーンは、2組の男女が一斉に歌う雪中のシーンだが、1組はののしり合い、もうひと組は愛情を感じつつも別れてしまう切なさを、それぞれ歌っている姿が二重に映され、大変楽しめると同時に印象的だ。

第4幕になって病に伏すミミを、若い芸術家たちが見舞うシーンは泣ける。ここにはオペラにつきものの嫉妬に狂う三角関係も、ヴェルディによくある葛藤もない。みんないい人なのね、と思うとそれはそれでまた、大いに泣けてくるから音楽の力とは不思議なものだ。夢を追いつつも若者特有の焦燥感と虚無的な生活に、突然薄幸なミミが現れて一時の恋に落ちるも、友人たちに見送られながら息を引き取っていく青春ストーリーが、それでも新鮮な後味を残すのは、登場人物がみな若いからだろう。

裕福ではないが友情に厚いこれらの愛すべき登場人物を見ながら、自分にもそういう時期があったなあ、などと思ったりする。若者にしかない特権で、彼らはクリスマスから冬にかけての数か月をともに過ごす。共通の思い出として残るこれらの生活もまた、彼らの掛け値のない財産なのだろう。

プッチーニの音楽は、他のオペラと同等かそれ以上の完成度を見せている。そのことがこのオペラの成功の理由の一つである。指揮のベルトラン・ド・ビリーとバイエルン放送交響楽団とによるオリジナル・サウンドトラック(ということはオペラ全曲録音だが)は、Deutsche Grammophonからリリースされている。なおマルチェッロはジョージ・フォン・ベルゲンでなかなかいい。私は好感を持った。ムゼッタはアメリカ人のニコル・キャベルで、最初は韓国人かと思った。

「口パク」である上に、甘ったるい音楽。少し無理のあるストーリーなのになぜか泣いてしまう。オペラというのは不思議なものだと改めて思った。

2012年11月24日土曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(2012年11月23日、新国立劇場)

ワーグナーを含む数多くのオペラ作品に接するにつれて、私はプッチーニの音楽にも親しみを抱くようになっていた。丁度その時、新国立劇場で歌劇「トスカ」の上演があることを知った。パンフレットには第1幕の聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会と思われる舞台が掲載されていて、目を見張った。この装置が舞台一面に広がったらどれほど素晴らしいかと思った。それで私は17回目となる結婚記念日に妻をさそってチケットを買い求めた。その席の値段は、他の演目よりも高く、さらに私のこれまでのコンサートでも1,2位を争うほどに高額だった。

歌劇「トスカ」などは、年中いつもどこかで上演されているようだし、いまさら何をという気持ちがしないでもない。私が最初に実演で見たオペラも「トスカ」だったし、そのことは前にも述べた。それでも私はこのオペラのすべてを味わい尽くしているかといえば、それには程遠い。所有する唯一のCDであるモンセラット・カバリエの歌うコリン・デイヴィスの録音だって、何回か聞いた程度にすぎない。

でもやはりオペラは実演に接するに越したことはない、と今回改めて思うのに数分とかからなかった。指揮者の沼尻竜典が棒を振り下ろすと、ピットの東京フィルハーモニー交響楽団は、ほぼ完璧といえるような音楽を奏ではじめた。脇の2階席の最前列で見ていると、オーケストラも良く見えるし、舞台にも近い。幕があいた瞬間、その豪華な教会の内部に見とれたが、光の加減によって様々な場面を形成する。新国立劇場の照明はいつも大変印象的だ。

ライト・モティーフというような音楽用語も、「トスカ」を参考にするとわかりやすい。スカルピアのテーマで幕が開き、トスカのテーマが流れると、これから始まる物語の予感がして感極まる。「歌に生き、恋に生き」のさわりのメロディーが、カヴァラドッシとの愛情のシーンに重なって、うっとりさせる。トスカはここで青い衣装で登場し、一頭映えていた。

少年たちが出てきてテ・デウムの練習をし始めた時に、いよいよスカルピアの登場である。その印象的な部分で照明が一気に明るくなる。そしてしばらくすると舞台が動き、何と教会の内部が広がって大変豪華なシーンとなった。そのすばらしさを見るだけで、この上演を見る価値があるだろう。わずか数分の最終シーンは、音楽がクライマックスになることもあって、前半最大の見所であった。オーケストラも大変上手い。

興奮気味に第1幕がおわり、25分の休憩の後、第2幕となった。この第2幕はスカルピアのオフィスが舞台で、舞台としてはさほどでもないが、奥と左右に扉があって、拷問のシーンは向って左、人が出入りするのは奥、そして窓をあけて外の音楽が聞こえてくるのは右手となっている。一挙手一投足に音楽が付けられての丁々発止のやりとりは、このオペラ最大の見所だろう。CDで聞いていただけではわからないドラマとしての音楽が、ここで十全に示される。ドラマにあわせるように舞台奥からトスカの歌声が重なって聞こえてくるあたりは、プッチーニの音楽の最高のものではないだろうか。

スカルピアは窓から舞台外へ消えて、舞台にトスカだけが残るのは、アリアを歌うための演出である。ノルマ・ファンティーニの素晴らしい歌声は、ここで最高潮に達し、その力強くも宿命的な哀れさを持った声は、マリア・カラスを思い出させる。満場の拍手は一度収まりかけて再び盛り返し、天井桟敷からは多くのブラーバの声が鳴り響いた(前回の上演でのこのシーンの模様が、YouTubeにアップされている)。

トスカが引き立つのはスカルピアが素晴らしいからでもある。韓国のバリトン歌手センヒョン・コーは、小柄ながらも憎い警視総監の役をこなし、同行した妻によれば「これほど憎いものはない」という演技であった。もしかすると小ささゆえのコンプレックスが、スカルピアを悪者にしたのではと思わせるようなところがあった。

再び25分の休憩をはさみ、最終幕は夜空に城壁内部と銅像がそびえ、そうかここがあのサンタンジェロ城の内部かと思いを新たにすると、何と舞台が動いて牢屋が全面に出現し、カヴァラドッシ役のサイモン・オニールは「星も光りぬ」を心をこめて歌った。そのメロディーへと流れていく第3幕の冒頭の音楽は、何と美しいのだろうと思った。そしてそこへトスカがやってくるシーンは、ワーグナー顔負けのドラマチックな抱擁シーンである。プッチーニはおそらく意識して真似たのではないか。

夜が明けようとしている城壁で、射殺刑のシーンになると再び舞台が動いて牢屋が消え、城壁の内部(屋上)へと戻った。トスカは迫り来る兵士の前で後方に飛び降り、舞台は幕となった。

全体にほぼ完璧なオーケストラと指揮、3拍子揃った歌手と豪華で見応えのある舞台装置、照明と衣装の演出(イタリア人のアントネッロ・マダウ=ディアツ)も大変素晴らしく、満席の客からは惜しみない拍手が送られた。カーテンコールは4度、5度と繰り返され、鳴り止まぬ拍手をあとに紅潮した聴衆が雨上がりの寒い街へと消えていった。新国立劇場の「トスカ」は単なる客寄せの芝居ではなく、大変充実した世界的レベルの上演であったと言うべきだろう。だから何度も繰り返され、そして高額のチケットも売れるのだろう。

5回の公演の最終回を見た。マチネが終わるともうすでに真っ暗で、私たちはタクシーで渋谷へと出向いた。新婚旅行で出掛けたポルトガルの料理で舌鼓を打ち、 ワインで程よく酔いかけた頭に、あの甘美なメロディーがしばらく鳴り響いていた。

2012年9月27日木曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(The MET Live in HD 2009-2010)

プッチーニのオペラはみな甘美なメロディーと大声で歌うアリアの連続で、見る前はいつも何だか気乗りがしない。ところがいざ見始めてみると、一挙手一投足にまで付けられた音楽が意味を持ち、それが誇張され、勢いを持って聞き手に迫り来る。ストーリーの滑稽さも、迫真の演技と抑揚の大きな歌唱を伴うと、感動が襲うから不思議なものだ。

歌劇「トスカ」はそのようなプッチーニのオペラの中でも、とびきり有名である。3人の歌手を揃えるだけで舞台が成り立ち、チケットもよく売れるから世界中の歌劇場の主要なレパートリーである。そしてMETでも25年にわたってフランコ・ゼッフィレッリによる豪華な演出が続けられてきたようだ。だが変化の時が来て、とうとうその演出がスイス人のリュック・ボンディに代わった。新演出の舞台は音楽監督のジェームズ・レヴァインが指揮する予定だったが、これは代役のジョセフ・コラネリになった。

さてその舞台は、反体制派の画家カヴァラドッシがマリアの絵を描く聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会内。アルゼンチン出身のテノール、アルバレスが「妙なる調和」を歌い、トスカも登場して絵に描かれた女性が自分でないことに嫉妬する。この間に脱獄犯アンジェロッティをかくまい、彼を逃すと、悪徳な警視総監スカルピアや「テ・デウム」を歌う子供たちも登場して非常に賑やかである(ここは教会なのに)。

ワーグナーの楽劇なら眠くなって小一時間をうとうとしても、舞台はさほど変わらない。ところが展開の速いイタリア物はわずか10分でも貴重なシーンを見落とす。私は数日来の寝不足がたたり、事前にトール・サイズのコーヒーを飲んだにもかかわらず、第1幕の最後を見逃してしまった!

だが今回のThe MET Live in HDシリーズは休憩時間が2回もあった。インターミッションの間に今後はコーラで気持ちを整え第2幕へ。ストーリーは簡単で、何度も見ているオペラにこちらも余裕で接していたが、それでも「歌に生き、恋に生き」が突如!始まると、見も心もトスカに同情してしまうからオペラとは不思議なものだ。その歌は涙をも誘い、神のむごい仕打ちを恨む。歌い終わって嵐のようなブラボーが沸き起こると、すぐに我に帰るのだが、それもまたしばらくするとスカルピアの殺人シーンとなり絶句。硬直した体が震え始めると、幕間のインタビューが始まって気持ちが戻る。

第3幕はわずか30分ながら、見所が凝縮されている。クラシックを聞いたことがある人なら誰でも知っているアリア「星も光りぬ」を聞くと、私はあのローマで見た「トスカ」を思い出さないわけにはいかない。テルミニ駅のカフェで昼食をとっていると、ある年老いたイギリス人が話しかけてきた。彼は古代遺跡でオペラを上演しており、自分が見た「アイーダ」がいかに素晴らしかったかを語り、そして私たちにも鑑賞を勧めたのだった。

早速私たちはそうすることにしてチケット売り場に行ったところ、その日の演目は「トスカ」だった。「アイーダ」でないことに少しがっかりしたが、ここはローマである。ローマを舞台にした「トスカ」を生で見ることができることを私は嬉しく思い、そしてその夜、生まれて始めてのオペラ体験となったのだった。

真夏のローマは夜になっても気温が下がらず、観客はみなミネラル・ウォーターと扇子!を持ち込んでの観劇となった。木々に宿った大量のセミが、スポットライトの明かりに反応して大合唱を奏でていたが、それも第3幕になると消され、静かなシーンとなった。カラカラ帝の浴場の岩壁は、そのままサンタンジェロ城のシーンに活用された。「星も光りぬ」はまさにローマの夜空にこだまし、私は感極まっていた。実弾が入っていたことがわかったトスカは、芝居で倒れたものと勘違いしてカヴァラドッシに駆け寄る。殺人容疑の追手が迫る中、気が動転したトスカはとっさに城に駆け上がり、その上から投身したのだった!

ボンディの演出の最大の見所はこのラストの場面だったが、トスカが飛び降りると明かりが一瞬にして消えた。現実とフィクション空間を行ったり来たりしているうちに、あっという間の3幕が終了した。グルジア出身のバリトン、ギャグニッザは代役だが素晴らしい出来栄え。フィンランド人のマッティラは当たり役と言える声質でまあ及第点。これに対してアルバレスは雰囲気もなかなか良い。指揮のコラネリもツボを抑えて悪くない。大歌手を3人揃えて聞けるMETならではの豪華なトスカを見るのも悪くない。でも登場する4人がいずれも壮絶な死を遂げる「トスカ」よりは、私は「ボエーム」の方が好きかも知れない。

2012年2月6日月曜日

プッチーニ:歌劇「西部の娘」(The MET Live in HD 2010-2011)


 私はかねてよりプッチーニの音楽が苦手だった。いつまでも甘ったるい音楽が続くというイメージだ。もちろん生まれて初めて見た本物のオペラは「トスカ」だったし、テレビで見た初めてのオペラも「ボエーム」だったし、その時以来いくつかのアリアは良く知っている。それでも会話をそのまま音楽に乗せたような部分(レチタティーヴォ)が延々と続くとなると、なんとなく緩慢で捉えどころがなく、まあ早い話が退屈だった。

 ヴェルディの後期の作品、あるいはワーグナーにもその傾向がある。これらの時代には音楽の様式が打ち壊され、もはや表現の行きつくところに行ったという感じがある。次の段階を求めて行きつく先は、聴衆の好みとはやや乖離した玄人のみが楽しめる「芸術」の世界、とでも言おうか、そのような音楽が私をやや遠ざけてきた。

ところがプッチーニの音楽は、芸術的な作品と言うよりは、むしろ聴衆の好みを意識した作品である。であるにもかかわらず、私はむしろワーグナーやリヒャルト・シュトラウスの音楽の方がまだ馴染みやすいと感じてきた。舞台で「蝶々夫人」を見ても「トゥーランドット」を見てもその思いは変わらなかった。

だから「西部の娘」と聞いた時、これはあまり行きたくもないし、どうせ感動しないだろうなどと勝手に決め付けていた。けれども1週間に3つのオペラを立て続けに見たので、私はオペラを見ない日が何か物足りないようにも感じていた。「有名なアリアはひとつもなく」「登場人物はミニー以外は男ばかり」といった紹介文を読み、多くの初心者向けオペラ本からは見向きもされない作品だったので、どうせなら騙されたと思って行こうと思った。

プッチーニの作品に一度正面から向き合ってみたいとも思っていたが、それが果たせるかどうかさえわからず、場面設定もゴールドラシュに沸くカリフォルニアが舞台だという程度にしか知らなかった。かつて出ていた映像は、ドミンゴが抗夫に扮して酒場で歌うシーンがあったのを思い出す。だが実際にはこの作品は、メトロポリタン歌劇場にとって極めて重要な作品と位置付けられているのだ。

その理由は、世界初演がまぎれもなくメトで行われたからである。指揮者はトスカニーニだった。作曲家も居合わせた初演時のエピソードは、幕間のインタビューでも触れられる。「アメリカのオペラ」と紹介された本作品は、日本人が蝶々さんに抱くおかしなイメージと似たものもあるが、そういったことはまあ良いとして、初演100周年記念として上演する以上、他の追随を許してはならないという意気込みが感じられたのである。

主演のデボラ・ヴォイトはその期待に、歌声でも容姿でも、また演技の点でも満点で答えたと言ってよい。ジョンソンを歌ったシチリア出身のテノール歌手ジョルダーニも若いながら好演だ。さらにバリトンのガッロもこの保安官役を深く理解している。彼は「男は嫉妬したら終わりだ」と言いかけて終幕の舞台に出る。スカルピア(トスカ)とは違って、ランスは悪人ではないというのだ。このインタビューは、とかく主役二人に思いを強めて見ていた聴衆に深い洞察に富む軌道修正を迫る結果となっただろう。

いずれにせよ、会話のみが延々と続くオペラで、特に第2幕の接吻のシーン辺りからの迫力は、これぞオペラの醍醐味かと思わせるような出来栄えであった。高音と低音が難しく入り混じった会話を歌いこなすのは大変なことであり、同時にカードやライフル銃なでどの使いこなしと馬の登場、さらには決闘のシーンなど、丸でドラマを見るような舞台はなかなか良くできていて楽しい。そう映画を見ているような感じなのである。

 加えて指揮のルイゾッティに触れなければならない。この若い指揮者は目立たないが、あくまで歌こそが主役であるという認識の音楽作りであった。それでいて必要な緊張感は維持している。「カルメン」の時のような音楽と歌の不自然な分離が気になることはなく、完成度の高い演奏となった。

私にとって思わぬ収穫だった「西部の娘」だったが、これは実際の舞台で見るよりも楽しめたのではないかとも思われた。映像上の完成度も高いからだ。暗い映画館で3時間半を集中して見ることは、実際の舞台でもなかなかできないことだ。メトで見ても日本語の字幕が付いていないので、そういう点でもMet Live Viewingはいい。


街中の憧れの的だったミニーは、結局サクラメントの盗賊だったディック・ジョンソンが横取りしていく。死刑に処せられそうになった彼を、最後は全員がかばい、残された保安官がひとり茫然と立ちすくすところで幕となる。アメリカ人好みのハッピー・エンドだが、住みなれた町を離れて二人が旅立っていくエンディングは、やはり西部劇を地で行く作品だ。イタリア語で歌われることがなければ、もはやミュージカルのような作品に近づいている。だが、たとえ印象的な歌がなくても、その必要とされる歌唱力は、あらゆるオペラ作品の中でも最高水準だ。こういう作品をこのような完成度で見せるメトの舞台は、やはりすごいと感じた夜だった。

(2011/09 東劇)

2012年1月26日木曜日

プッチーニ:歌劇「ボエーム」(The MET Live in HD 2007-2008)

先日ネトレプコとアラーニャによる最新のオペラ映画「ラ・ボエーム」を見て以来、私も大好きなこのオペラのCDをいくつか聴いてきている。すると丁度今日WOWOWという放送局で、2008年に行われたThe  MET Live in HDシリーズの収録映像が流れることが判明した。Met Liveはこの9月にアンコール上映された12の作品を映画館で見たばかりだが、これは含まれていなかった。こんな好機は逃すまいと、私はテレビの前にスタンバイ。

ミミはルーマニア人のアンジェラ・ゲオルギュー、ロドルフォはメキシコ人のラモン・ヴァルガス、ムゼッタはアインホア・アルテタ、マルチェッロに リュドヴィク・テジエである。指揮はニコラ・ルイゾッティで、先日みたプッチーニの「西部の娘」の公演でも記憶に新しい。

この公演の見どころは、一にも二にもフランコ・ゼッフィレッリの演出である。私が1981年のスカラ座来日公演で初めて見たオペラが、クライバーの「ボエーム」だったことは前に述べたが、私はこの時を最後にゼッフィレッリの伝説的演出には接していない。カラヤンの映画でも、レヴァインのビデオでも登場する演出だが、どういうわけか私は見ていない。これは遺憾なことで、第2幕の豪華な2階建てカフェのシーンなど、見た人はみな「すごい」などと言うのだから、見ていないとこのようなブログを書く際にも何か抜け落ちている感じがして仕方ないのである。

さてその舞台だが、確かに豪華で見ごたえがある。だがテレビで見ていると、いくら大画面とはいえ実演や映画館で見る様子とはかなり異なることが、今回よくわかった。オペラ自体をテレビで見られるようになった時は、それは感動的で、放送されるたびに片っ端からテープに録画したものだし、LDやDVDで登場した際も、その画質に惚れ込んで、いくつかの作品は発売日を狙って購入したものである。でも、いずれの方法をとってもオペラの魅力の何割かしか伝えられていないということだ。

まあそれでも実演に接することは、日本にいると結構難しいので、テレビ放送は有難い。無料放送というわけだから文句を言うのが筋違いではある。テノールのヴァルガスはなかなか好演しているし、ゲオルギューもいい。しかし、今回の公演で良かったのはムゼッタかも知れない。第2幕のワルツのシーンは、大変わかりやすい。非常に多くの人が2階建てのカフェに集い、動物や軍隊行進、さらには少年合唱も印象的。逆に他の演出をよく知らないし、これだけ豪華な歌手を揃えているのだから、通ぶった批評はしたくない。私はまたもやボエームに見とれ、聞き惚れて泣き、多くの新たな発見もした。

第4幕は第1幕と同じ舞台で、一軒家風の一室だが屋根裏部屋のみをホームドラマ風に切り取って強調している。ベッドで横たわるミミを見ているときに、昔見たシーンを思い出した。メトの広い舞台でも、その中にに作られた家の中という、わざわざ狭い場所で演じられる舞台は、第2幕や第3幕の広くて豪華なシーンと対照的である。映画の一シーンであるかのような強調によって、客席も集中力を維持し易いように感じた。古典的なカーテンコールによって登場した主役の歌手たちには、惜しみないブラボーと拍手が送られて、やはり歌劇はいいね、と思うのであった。

(2011/10 WOWOW)

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...