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2026年5月16日土曜日

NHK交響楽団第2063回定期公演(2026年5月15日サントリーホール、山田和樹指揮)

いつの間にか山田和樹は、わが国を代表するスター指揮者になってしまった。昨年はついに、日本人としておそらく(近衛秀麿、朝比奈隆、小澤征爾、佐渡裕に次いで)5人目となるベルリン・フィルの指揮台に立った。それ以前にもモンテカルロやバーミンガムのオーケストラを指揮しており、ドイツを拠点とした生活は相当に多忙を極めていると想像される。

それにもかかわらず、日本での活動も実に活発だ。ついこの前までは読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めていたことが記憶に新しいし、東京混声合唱団での活動も続けている。さらに来シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の芸術監督に就任するというから驚くほかない。エラス=カサドやソヒエフらと並び、若手指揮者のトップランナーとして走り続けている。

そんな山田の指揮を、私はかつてN響の定期で触れている。記録によれば2016年1月、ビゼーやストラヴィンスキーの作品をNHKホール3階席で聴いたときの記憶が鮮明に残っている。10年前なので、彼はまだ36歳という若さだ。だが当時すでに、自ら主宰する横浜シンフォニエッタの録音で知られ、私も瑞々しく躍動感に満ちたビゼーの交響曲に感動した覚えがある。N響の定期公演は記憶に残らない回も多いが、この演奏会は今でもよく覚えている。

今回の演奏会でも、山田の指揮は見事というほかなかった。まるで長年ともに演奏してきたオーケストラのように自在に操る手腕は、やはり才能としか言いようがない。日本人同士で気心が知れ、日本語でコミュニケーションできるという利点はあるにせよ、同じ条件で誰もがこうなるわけではない。しかも今回のプログラムは、日本人の作曲家を含む、滅多に演奏されない作品ばかりでだった(N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」)。

  • 山田一雄:交響詩「若者のうたえる歌」
  • カール・アマデウス・ハルトマン:葬送協奏曲(ヴァイオリン独奏:キム・スーヤン)
  • 須賀田磯太郎:交響的序曲 作品6
  • パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」

こうした珍しい作品は、素人目には練習も大変だろうと思うのだが、山田はまるで何十回も取り上げてきたかのように軽やかで、余裕を感じさせる指揮ぶりだった。作品全体をしっかり把握し、指示も的確。オーケストラは安心してついていきアンサンブルに乱れがない。バランスも絶妙で、特定の楽器が強すぎたり弱すぎたりすることもなかった。

山田一雄は元祖「ヤマカズ」で、1985年までN響を指揮していた我が国の音楽家だが、この「若者のうたえる歌」は1937年の戦前の作品である。初めて聴いた印象としては、非常に現代的な感性に彩られているということだ。武満徹の作品のように、日本的な音階が新古典的衣装をまとっている。マーラーは、幼少期に親しんだ民謡を作品に取り入れたように、若き山田一雄もまた、民謡のメロディーをそっと織り込んだのだろうか。そんな想像が頭をよぎった(もちろん素人の感想で、事実は不明だ)。

今回取り上げられた作品は、いずれも1930年代の日本とドイツの作品である。つまり二つの世界大戦の狭間に位置し、マーラーのすぐ後の世代にあたる。マーラーの弟子でナチスに追われたユダヤ人スプリングハイムという人物が日本に逃れたことで、2人の邦人作曲家に大きな影響を与えたらしい(プログラム・ノートによる)。

とはいえ、それぞれの立場は少しずつ異なる。ヒンデミットはユダヤ人ではなかったが、ナチスによって退廃的と批判され、とうとうアメリカへの亡命を決意した。一方ハルトマンは、左翼としての批判を受けながらもナチの時代を生き延び、1963年に亡くなるまで8つの交響曲を含む作品を残した。そのハルトマンの「葬送協奏曲」は4楽章から成るヴァイオリン協奏曲である。韓国系ヴァイオリニスト、キム・スーヤンはオーケストラと見事な共演を見せ、前半のゆったりした曲にやや飽きかけた頃、一転して激しく速い楽章に突入すると、山田の若々しい指揮に伴って、ぐっと聴きごたえのある音楽へと進化していった。これは「ファシズムを打倒するロシアの革命歌」だという。

アンコールでは、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調より第3楽章をたっぷりと演奏した。隣り合う2本の弦を同時に弾く奏法は、まるで二人のヴァイオリニストが演奏しているように聞こえる。その響きが、近代に蘇った新鮮な音として耳に届いた。アンコールにバッハを選んだのには、このようなポリフォニックなものを強調して見せるとう意図があるのではないかと感じた。

休憩を挟んで演奏された須賀田磯太郎の「交響的序曲」は、当時の時代背景にあって明るく、祝祭的な雰囲気を持つ。横浜の資産家として不自由ない生活を送ったことが、その楽天性に影響しているのかとも思ったが、実はこの作品は皇紀2600(1940)年を記念して作曲され、山田耕筰の指揮で初演された、いわば体制賛美の曲である。

プログラム最後はヒンデミットの「画家マティス」。すでに古典的作品の風格すら漂うが、私は今回が初めての実演だった。ヒンデミットには先にオペラ版「画家マティス」があり、それを交響曲に仕立てたのが1934年。その経緯は片山杜秀氏の解説に詳しい。日本初演は1936年、斎藤秀雄の指揮による(世界初演はフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

ヒンデミットは1963年まで生き、多くの作品を残したが、この「画家マティス」が最も有名だ。ただしモデルとなった「マティス」とは、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトのことで、フランスの画家アンリ・マティスとは別人である。私はそのことすら知らなかった。作品はフーガやポリフォニーなど古い形式を多用し(これがヒンデミットの特徴とされる)、コラールも用いられる宗教的色彩も濃い。

しかし、現代音楽でもあるこの曲は大規模で壮麗な響きが続く曲である。ここで少し下世話な話になるのだが、平日夜のコンサートは職場のストレスを引きずりがちで、気持ちの切り替えが難しい。だがこの日の音楽は、開演前にサントリーのワインで少し酔いを回らせていたにもかかわらず硬直していた脳に、心地よい混乱を与えてくれた。雑念を追い払うように、あるいは雑念に寄り添うように、音楽が響いてくる。

無味乾燥な音がひたすら鳴っているような錯覚にとらわれる瞬間もあったが、N響は今日も一糸乱れぬ、気合の入ったアンサンブルで、この若き日本人指揮者に全幅の信頼を寄せているように見えた。終演後、各パートを回って握手を交わす山田の姿からは、暖かい人柄がひしひしと伝わり、熱狂的な拍手は長く続いた。会場では山田の最新アルバム、ドイツ・グラモフォンからリリースされたウォルトンの交響曲集(バーミンガム市交響楽団)が販売されていた。なるほど、今日聴いた作品の性質とどこか通じるものがある、と感じた。

2025年6月25日水曜日

ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団演奏会(2025年6月23日ミューザ川崎シンフォニーホール、ラハフ・シャニ指揮)

唖然とするほど見事な演奏だった。ブルース・リウの長い掌が左右に上下に躍動し、しばしばそれを追うのができないほどだった。テレビで見ているのと同じように、鍵盤上を動き回る両手の高速運動が、目の処理速度を上回るのではないか、という状態だった。ピアニストはもとより、指揮者も楽譜を見ていない(最初から用意されていない)。そしてピアニストは指揮者をも見ていない。そこには練習時の申し合わせと阿吽の呼吸だけが存在していた。彼はそれでもこの難曲(プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番)を、一気呵成に弾ききった。

私は終始どこをみていればいいのかわからなかった。テルアビブ生まれの指揮者ラハフ・シャニは、まだ30代中盤の、一般的な指揮者人生でいえばかなり若手の方だが、すでにどのフレーズをどう演奏すれば効果的かを心得ている。そこから自信を持って、絶妙なバランスで、テンポを変え、音色を調整し、精緻でメリハリのある表現が出てくる。まるでスポーツのように若い息遣いが、最初の曲、ワーヘナールの珍しい序曲「シラノ・ド・ベルジュラック」の冒頭から示され、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団のモダンで洗練された響きに耳を洗われた。

オランダという国は、コンセルトヘボウ管弦楽団のような世界一流のオーケストラが存在する音楽の盛んな国でありながら、有名な作曲家というのが思いつかない国である。私もワーヘナールという人の作品を聞くのは、これが初めて。解説によればこの曲は、1905年に作曲されているからロマン派の後期。たしかにワーグナーの初期作品のようでもあり、シュトラウスの影響もあるのでは思わせる豊穣な音楽である。ロスタンの小説が丁度発表された頃であるから、その管弦楽曲を思いついたのだろう。結構長い作品だった。

中央にピアノが配置され、オーケストラが再び登場する。2番目の曲であるプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番が、今日の目当てである。独奏のブルース・リウは中国系カナダ人。パリで生まれモントリオールで育ったらしい。何と言っても前回、2021年のショパン国際ピアノ・コンクールの覇者として知られる。我が国では2位に入賞した反田恭平に人気が集まっているが、コンクールで見せた「息を飲むような美しさ」(解説書)は記憶に新しい。今年もこのコンクールが行われるが、私はここへ来て、先日のアヴデーエワに続くショパン・コンクール優勝者の演奏に接することが続いている(本命はチョ・ソンジンなのだが、彼は人気があり過ぎてチケットを取るのが難しい)。

さてそのショパン弾きのリウがプロコフィエフをやる。舞台に設置されたのは、YAMAHAやスタインウェイのピアノではなく、FAZIORIであった。このメーカーは比較的新しいイタリアのピアノで、彼はこのピアノでショパンを制しているから、今回そのピアノを持ち込んだのだろうか?その音色が冒頭から聞こえてきたとき、いつもとは少し異なるように思えた。柔らかく、少し音が小さいと思った。そしてこれはショパンには相応しいのだろう、とも。しかし今日はプロコフィエフである。始まってすぐに激しいリズムが次々と顔を出し、見ていて飽きない。

それにしても物凄い集中力で、一気に聞かせるのはピアノだけではない。シャニと言う指揮者は、彼自身もピアニストであり、そして指揮者としてもオーケストラから常に前向きな表情を引き出すことに長けているように見える。あっとする間に終わってしまった第1楽章に続き、長い第2楽章の、次々と展開する変奏の面白さは見事なもので、ちょっとピアノの音がオーケストラに消されているかと思うこともなくはなかったが、これはこれで興奮の中に会場が包まれてゆく。

第3楽章に入ってコーダへ向かって一気に突進するあたりは、もうどこを見てよいのかわからないほどだった。私の席は2階席最前列少し左手というベストな場所で、丸でテレビカメラが設置されるような角度で、手の動きがわかる。このミューザ川崎シンフォニーホールというところは1階席が小さく、2階席が舞台とても近いので、そのアドバンテージを私は最大限楽しむことになったと言える。

月曜日のコンサートというのも、最近は珍しい。私はここのところ、来日するオーケストラというのをほとんど聞かなくなっている。我が国の演奏団体の水準が、海外に引けを取らない水準に達しているので、わざわざ高いチケット代を払う必要はないとさえ感じているからである。しかし、ごくたまに(数年に1回くらい)は、まだ聞いたことのないオーケストラが魅力的な指揮者とともに来日し、その演目が魅力的に思えた時にだけ、私はチケットを買うことにしている。今回のロッテルダム・フィルがまさにそうであった。私のスケジュールも空いており、そしてソリスト、指揮者とも申し分ない。そして何と、1週間前にもかかわらずそのチケットは大量に売れ残っており、直前だということで割引までされているではないか!

これは私にとって偶然の贈り物だった。前半のアンコールではピアノに譜面台が設置され、その前に椅子が2席設けられるという事態が発生した。ブルース・リウと指揮者のシャニが並んで座り、何とブラームスのハンガー舞曲第5番を連弾したのである。これは余興というにはあまりに贅沢なもので、ピタリと合った息遣いから共感の妙を発する至高の時間だった。前半のプログラムの興奮を冷ましたく、久しぶりにワインなどを飲んだが、これは水のようにあっさりとドライだった。

最後のプログラム、ブラームスの交響曲第4番は、私が期待していた通り大いに好感の持てるものだった。まず音色が重くない。ブラームスというと重厚なドイツの響きを期待する向きが多いが、私はむしろこのようなスッキリ系が好みである。これはおそらく古楽器的奏法が影響しているのではないかと思う。聞いた席が素晴らしかったからかも知れないが、オーケストラの各楽器とそのバランスの妙が手に取るように感じられる。イスラエルの若い指揮者となると、どことなく強権的な自信家を想像するが、シャニはそういうところがなく、むしろオーケストラの自主性を尊重しその実力を引き出すことに成功しているように見えた。少し不安定だったのは第1楽章だけで、尻上がりに調和が進み、第2楽章がこれほど共感を持って聞こえたことはなく(私の少ない実演での経験上に過ぎないのだが)、第3楽章でそれは頂点に達した。

第4楽章に入ると、中間部の個性的な木管のソロも言うまでもなく圧巻のコーダまでの間は、フレッシュなブラームスを堪能する10分間だった。この曲を実演で聞くのは、これまでそれほど多くはなかったが、間違いなく私の経験上ベストであったと言えるだろう。このような熱演のとに、2曲ものアンコールが演奏されたのは、来日オーケストラならではの特典だった。いずれもメンデルスゾーンの珠玉のピアノ曲集「無言歌集」を指揮者自らが管弦楽曲にアレンジしたものと思われる。「ヴェネツィアの舟歌」そして「紡ぎ歌」。オーケストラは拍手に応えて何度も会場に振り向き、鳴りやまない拍手に応えて指揮者は何度も舞台に現れた。

川崎には安くて美味しい居酒屋が多い。まだ月曜日だというのに多くに店が遅くまで開いている。私もそのうちの1件に入り、ビールと焼鳥ををつまんだ。こういうことが手軽にできるのが、日本のコンサートのいいところである。梅雨空が続く鬱陶しい東京で、長い夏が始まろうとしている。

2023年1月9日月曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(22)オペレッタの序曲など

後半のプログラムの冒頭では、ヨハンやスッペによるオペレッタの序曲が演奏されることが多い。またウィーン・フィルを設立したオットー・ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲も、特別な存在として過去に2回取り上げられている。

ヨハンの作曲した数多くのオペレッタ作品は、その中で用いられるワルツや行進曲が、しばしば別の作品として成立していることも多いし、メロディーだけをつなぎ合わせてチャルダーシュとして演奏されることも多い。

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ヨハン・シュトラウス2世の作品

  • 喜歌劇「インディコと四十人の盗賊(千夜一夜物語)」序曲
    • ムーティ(93)、プレートル(08)
  • 喜歌劇「こうもり」序曲
    • マゼール(80)、☆カラヤン(87)、アバド(88)、★クライバー(89)、小澤(02)、プレートル(10)、バレンボイム(22)
  • 喜歌劇「メトゥザレム王子」序曲
    • メータ(98)
  • 喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲
    • ムーティ(04)
  • 喜歌劇「ヴェニスの一夜」序曲
    • マゼール(94)、★アーノンクール(01)(ベルリン版)、バレンボイム(09)、ヤンソンス(16)
  • 喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
    • カラヤン(87)、クライバー(92)、バレンボイム(09)、★ティーレマン(19)
  • 喜歌劇「くるまば草」序曲
    • アバド(91)、★マゼール(96)、☆メータ(07)、バレンボイム(14)
  • 喜歌劇「理性の女神」序曲
    • マゼール(96)

スッペの作品

  • 喜歌劇「詩人と農夫」序曲
    • ★ムーティ(21)
  • 喜歌劇「スペードの女王」序曲
    • ドゥダメル(17)
  • 喜歌劇「美しいガラテア」序曲
    • ボスコフスキー(79)、★マゼール(05)
  • 喜歌劇「軽騎兵」序曲
    • ムーティ(97)、★ウェルザー=メスト(13)、☆ネルソンズ(20)
  • 喜歌劇「山賊の仕業」序曲
    • メータ(95)
  • 喜歌劇「イザベラ」序曲
    • ウェルザー=メスト(23)
  • 喜歌劇「ボッカチオ」序曲
    • ムーティ(18)
  • 「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
    • メータ(90)、☆ムーティ(00)、★メータ(15)

ニコライの作品

  • 歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲
    • ★クライバー(92)、☆プレートル(10)

2021年12月4日土曜日

オルフ:カルミナ・ブラーナ(S: バーバラ・ボニー他、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ドイツ南部、バイエルン州の州都であるミュンヘンは、20世紀の作曲家カール・オルフの生まれた都市でもある。北部のどんよりとした風景とは異なり、明るく、賑やかな都市であるという印象が強い。そのミュンヘンにあるボイエルン修道院で発見された写本との出会いが、世界的にCMなどで有名な「カルミナ・ブラーナ」を生むきっかけとなった。

この写本は中世(11世紀から13世紀)に書かれたもので、全部で250編に及び、ラテン語を中心に古いドイツ語やフランス語も混じる世俗的な歌で、オルフはその中から24編を選び、「春に」「酒場にて」「愛の誘い」の3部からなる世俗カンタータとして世に送り出した。特に最初と最後に配置された「おお、運命の女神よ」は有名である。合唱団とソリスト、それに打楽器をふんだんに織り込んだ鮮烈なリズムとメロディーは聞いていて楽しいが、その合間に挟まれた静かな独唱(第21曲)や、男声ア・カペラとなる精緻な曲(第19番)など、聞きどころ満載の曲である。

私は大晦日に生中継された1989年の小澤征爾指揮ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサートでこの曲を知った。何でもこの演奏には、わざわざ日本からアマチュアの合唱団を連れて行き、ベルリンのコンサートにアジア人が大勢加わるという何とも不思議な光景だったが、そこで繰り広げられた渾身の演奏は、小澤の集中力のあるリズム感によって、この作品の生き生きとした側面を再構築した名演となった。この演奏とは別のセッション録音(1988年)のCD盤では、先日亡くなったエディッタ・グルベローヴァがソプラノを歌っている(上記ライブはキャスリーン・バトル)。

賑やかな合唱は、繰り返しも多く、比較的単純なメロディーで覚えやすいため、一度聞くと忘れられない。歌詞がラテン語をメインとしているので、日本語とも相性が良いということもあるだろう。そして発音だけを真似ると何とも単純なフレーズに置き換わる。NHK-FMのクラシック番組にも「空耳クラシック」なる知る人ぞ知るマニアックなコーナーがあるが、その常連の曲と言える。しかも打楽器や笛の音がこだますると、私などは時代劇かチャンバラ映画の効果音のように聞こえてしまう。

そういうわけで、この20世紀の音楽にはとても多くのファンがいる。特に合唱を聞くのにこれほどワクワクする曲はない。その凄まじいエネルギーが、中世の抑圧された世相の中にも生き生きとした庶民の心情を表している様を感じるだけでなく、さらに20世紀の音楽とミックスして不思議な感覚をもたらす。その新しさは、ピアノの伴奏と多様な打楽器に加え、拍子がふんだんに変化することではないかと思う。

この曲を解説してくれている数多くのWebサイトのおかげで、私はそれを省略することができる。ただ簡単に言えば、「春に」では明るく陽気な様が溢れる女性的な曲、「居酒屋にて」はテノールとバリトンの歌声に合唱が混じる男性的な曲、そして「愛の誘い」ではその両者がミックス。男声のア・カペラとソプラノの美しいアリアが色を添え、混声合唱と児童合唱が加わってクライマックスを築く。

1時間余りの曲は、コンサートでも録音でも非常に収まりがいいので、演奏される機会も多いし、数多くの指揮者が録音している。古いところでは、陽気でどんちゃん騒ぎのヨッフム盤が有名だが、やや粗削りであることもある。一方、上記で述べた小澤盤は、早めのテンポで新鮮だがやや単調に聞こえる。その他の演奏をほとんど聞いてはいないのだが、個人的にはアンドレ・プレヴィンがウィーン・フィルを指揮したディスクが気に入っている。この演奏は、1994年の発売当時、私がこの曲の魅力を初めて感じた演奏だった。

私がこのディスクを取り上げようと思ったのは、先日東京交響楽団の定期演奏会で、ウルバンスキ指揮による名演奏に接したからだが、この演奏は純粋に音楽の魅力を表現した美しい演奏で、このプレヴィンの演奏に近いと思った。それにしてもプレヴィンという指揮者は、丸で魔法のようにオーケストラの音色を変えると思う。ニューヨークのセント・ルークス管を見たときも、N響を指揮した時もそう感じた。そしてウィーン・フィルとの相性の良さも、多くの録音で知る通りである。

例えば「春に」の冒頭で3回繰り返されるピッコロと打楽器のモチーフは、拍子木が鳴って場面が変わり、真夜中の討入り前といった感じ。この音をいかに印象的に響かせるかは、私の聞きどころのひとつ。他にも沢山あるが、プレヴィン盤の印象を深くしているところは、"Veni, veni, venias"のところ(第20曲)から「楽しい季節」(第22曲)にかけて。ここは合唱とソリストが全員参加して最終盤のクライマックスを築く。

ソプラノはバーバラ・ボニー、テノールがフランク・ロバート、バリトンにアントニー・マイケルズ=ムーア、アルノルト・シェーンベルク合唱団、ウィーン少年合唱団。非常に録音が良く、ウィーン・フィルのふくよかな響きと学友協会の残響が上手く捉えられている。そして驚くべきことにこの録音は、何とライブであることだ。ボニーの美しい歌唱が特に素晴らしいが、他のソリスト、それに合唱も素晴らしい。

この演奏はやや弛緩しているとか、エネルギーが少ないといった意見が聞かれることがある。しかし長い目で見れば、何度聞いても飽きない演奏だと言える。もし不満が残るならば、それは実演でこそ体験すべき領域での話である。録音技術を駆使して、効果を狙った演奏も多いが、それは作られた感じがする(まあ、どんな曲でも同じ話だが)。より自然にこの曲の魅力を伝えているのがプレヴィンの演奏だと思う。

プレヴィンにはロンドン響を指揮した旧盤も有名で、こだわりのある人はこの録音の古い演奏の方が良いと言うのだが、私はまだ聞いたことがないので何とも言えない。一方、シャイーやブロムシュテットにも録音があり興味は尽きない。


【曲目】
§ 運命の女神、全世界の支配者なる
1. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna
2. 運命の女神の痛手を(合唱) Fortune plango vulnera

§ 第1部: 初春に
3. 春の愉しい面ざしが(小合唱) Veris leta facies
4. 万物を太陽は整えおさめる(バリトン独唱) Omnia sol temperat
5. 見よ、今は楽しい(合唱) Ecce gratum

§ 芝生の上にて
6. 踊り(オーケストラ)
7. 森は花咲き繁る(合唱と小合唱) Flore silva
8. 小間物屋さん、色紅を下さい(2人のソプラノと合唱) Chramer, gip die varwe mir
9. 円舞曲: ここで輪を描いて回るもの(合唱) - おいで、おいで、私の友だち(小合唱)Swaz Hie gat umbe - Chume, chum, geselle min
10. たとえこの世界がみな(合唱) Were diu werlt alle min

§ 第2部: 酒場で
11. 胸のうちは、抑えようもない(バリトン独唱) Estuans Interius
12. 昔は湖に住まっていた(テノール独唱と男声合唱) Olim lacus colueram
13. わしは僧院長さまだぞ(バリトン独唱と男声合唱) Ego sum abbas
14. 酒場に私がいるときにゃ(男声合唱) In taberna quando sumus

§ 第3部: 愛の誘い
15. 愛神はどこもかしこも飛び回る(ソプラノ独唱と少年合唱) Amor volat undique
16. 昼間も夜も、何もかもが(バリトン独唱) Dies, nox et omnia
17. 少女が立っていた(ソプラノ独唱) Stetit puella
18. 私の胸をめぐっては(バリトン独唱と合唱) Circa mea pectora 
19. もし若者が乙女と一緒に(3人のテノール、バリトン、2人のバス) Si puer cum puellula
20. おいで、おいで、さあきておくれ(二重合唱) Veni, veni, venias
21. 天秤棒に心をかけて(ソプラノ独唱) In trutina
22. 今こそ愉悦の季節(ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱と少年合唱) Tempus est iocundum 
23. とても、いとしいお方(ソプラノ独唱) Dulcissime

§ ブランツィフロール(白い花)とヘレナ
24. アヴェ、この上なく姿美しい女(合唱) Ave formosissima

§ 運命の女神、全世界の支配者なる
25. おお、運命の女神よ(合唱) O Fortuna

2021年11月14日日曜日

東京交響楽団第695回定期演奏会(2021年11月13日サントリーホール、指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ)

新型コロナウィルス感染者が減少し、それにともなって少しづつ日常を取り戻しつつあるように見える昨今である。コンサートも通常通り実施されるようになってきており、人数制限も緩和された。もうしばらくは演目にのぼることはないだろうと思われた大規模な曲、特に合唱を伴うような曲は、飛沫感染の恐れを考えると、当然の如く避けたいところだ。だが、いくらなんでも小規模なオーケストラだけの曲というのも淋しい。

そう感じていたところ、東京交響楽団の定期演奏会でオルフの「カルミナ・ブラーナ」が演奏されるという。3人の独唱に加え、混声合唱団と少年合唱団。結構大声で歌う派手な曲だから、是非聞いてみたい。しかも指揮は、前から注目していたポーランド人、クシシュトフ・ウルバンスキである。彼は既に来日し、隔離期間を過ごしているという。だから公演は間違いない。ただ人気があるプログラムだけに、チケットの残りがあるか心配だった。公演は2回あり、13日のサントリーホールと14日のミューザ川崎シンフォニーホール。後者の方がマチネで、残り枚数も少なくなっていた。私が探した時には2階以上の高い位置の席しかなく、むしろ前日のサントリーホールでの公演の方が、良い席が余っているように見えた。

だが、私には直ぐにチケットを買えない事情がある。愛するオリックス・バファローズがクライマックス・シリーズに進出しており、その試合結果次第では、13日の18時、すなわち丁度コンサートの時間帯に次の対戦がある可能性が高かった。ところが10日から始まった対戦は、バファローズがアドバンテージの1勝を含め3連勝。12日の対戦で早くも日本シリーズ進出を決めそうになった。試合は逆転に次ぐ逆転となり、とうとう最終回、代打サヨナラヒットが出てバファローズが勝利を掴んだのである!こうなったら13日夜の予定がなくなり、コンサートに躊躇なく行くことができる。1階席のチケットを買ったのは当日のお昼で、合わせて日本シリーズのチケットも予約した。

すっかり日常を取り戻したかに見えるコンサートだが、出演者の一部変更が生じている。これは来日するはずだった音楽家が、来日できなくなったことによるようだ。同様の問題は各オーケストラでも生じており、N響でもたびたび指揮者の変更がアナウンスされている。またチケットの販売枚数も感染数の変化を見て修正されており、聞く方としてもなかなか大変である。それでも会場前で配布されるチラシの数は、コロナ前の分厚さに戻っている。お客さんも高齢者を中心に、出足好調のようであり、制限付きながらサントリーホールのバーカウンターも営業している(ここでは「山崎」と「響」が飲める)。

変更が生じた出演者の中には、プログラム前半でヴァイオリンを弾くソリストも含まれていた。ウルバンスキの出身国であるポーランドの作曲家、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏が、弓新というヴァイオリニストに変更されていた。弓新(ゆみ・あらた)は、1992年東京生まれのヴァイオリニストで、若い頃からヨーロッパに在住しているようだ。丸で弦楽器奏者になるべくしてなったような名前に驚くが、プロフィールによれば佐賀県に多い苗字だそうで、そこに尊敬する著名建築家磯崎新氏の名前を付けたようだ。私などは失礼ながら、中国人ではないかと思った次第。

だが、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲のような難曲を、直前に演奏するように言われたことは想像に難くなく、だとすればこれをこなす相当の実力と努力が必要だったと思われた。3つの部分から成るシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番は、2つの戦争の間に活躍した彼の比較的若い頃の作品で、聞いた印象ではスクリャービンのようでもあり、ナイーブで神秘的な作品だと思った。弓はこの難曲を、最初はとても安全に弾いているように感じられたが、途中からは若々しく、少しづつ実力を発揮し始めたように思う。メリハリの効いた指揮によってオーケストラは好演。カデンツァでは指揮者は指揮台を下りて、ここは聞きどころであると合図した。オーケストラは雄弁な打楽器とピアノ、ハープなども混じり、あまり聞くことのない新しい音が次々と楽しめる作品ではあったが、ではいまどこを弾いているか、などとなるとまだまだ印象が薄いというのが正直なところ。

休憩を挟んでの「カルミナ・ブラーナ」では、通常のP席の位置に混声合唱団がディスタンスを取って着席。その人数は40名程度と少ない。一方、少年合唱団は十名程度が舞台左手の2階席に陣取っていたようだが、私の座っていた1階席左手奥からは一切見えなかった。このためいつ少年合唱団が入って来るのかとやきもきしていた。できれば正面に配置して欲しかった。

冒頭のメロディーが大音量で鳴り響いた時、ちょっと合唱が弱く聞えたが(もしかしたら席のせいかもしれない)、これは最初だけで続く音楽ではオーケストラと合唱が上手く溶け合って、この曲の精緻な面を多分に表現した名演だった。ウルバンスキの指揮は、その長身を生かしたパースペクティブの良さが際立っており、全体の音量と音感を微妙に調整しながら、各パートのどんな細かいタイミングもわずかのずれもないようにキューを出す。その見事さは特筆に値するだろう。私は初めて聞くこの指揮者の人気がわかるような気がした。

「カルミナ・ブラーナ」はもともと陽気な作品で、演奏によっては時代劇かチャンバラ映画の音楽のように感じることもある変わった作品だ。しかしここでのウルバンスキの演奏は、より精密に音色の変化を追求した。勢いに任せてはしゃぐのではなく、純音楽的な側面を際立たせる、いわば玄人向けの演奏だった。

新国立劇場合唱団と東京少年少女合唱隊の実力がこれを最大限に支えたのは言うまでもない。第1部冒頭の静かな部分では中世の響きが会場に満たされ、まるで教会にいるよう。そして2人が代役に交代という運命に見舞われたソリスト陣も好演。バリトンの町英和は、最初ちょっと線が細いと思ったが、後半になると声も大きくなり、おどけたように舞台右手から現れて第2部「居酒屋にて」を歌ったテノールの弥勒忠史は、出番は少ないながらも聴衆を惹きつけ、酔った演技も大いに素晴らしく、見とれているうちに舞台右手に消えて行った。

ソプラノを歌ったのは盛田麻央。彼女もまた今回の出演はピンチヒッターだったが、それを補って余りある熱演で持てる実力を示したと思う。そしてオーケストラ。ウルバンスキの見通しの良い指揮に合わせ、特にオーケストラのみが活躍する部分での千変万化するリズムを巧みに表現し、このコンビの成熟した関係を良く表していた。ウルバンスキが東響の首席客演指揮者だったのは、2013年からわずか3年だったようだが、このように定期的に指揮台に現れては名演を繰り広げているようだ。私も遅まきながら、そのファンに加わった次第。

前半のシマノフスキを含め、聞き惚れ得ていたら過ぎて行った、あっという間の二時間。コンサートは20時に終了した。合唱やオーケストラが引き上げても鳴り止まない拍手に応え、マスクをしたウルバンスキが再度登壇すると、会場からはさらに大きな拍手が送られた。

2021年8月9日月曜日

日本フィルハーモニー交響楽団演奏会(2021年8月7日ミューザ川崎シンフォニーホール、指揮:下野竜也)

コロナ禍に見舞われた昨年、NHKは日曜夜のクラシック音楽の放送枠に、全国の地方オーケストラの公演を取り上げた。その中でとりわけ私を注目させたのは、下野竜也が指揮する広島交響楽団のベートーヴェン「エグモント」(全曲)の演奏会だった。序曲だけが有名なこの作品の全曲を、ナレーション(エグモント)とソプラノ(クレールヒェン)付きで演奏する意欲的な取り組みは、ベートーヴェン生誕250周年だったこともあり、事前に組まれていたものだろう。だが私の目を見張ったのは、その演奏の素晴らしさだった。

私は未だにこの鹿児島生まれの指揮者の姿を見たことがない。読売日本交響楽団などをしばしば指揮しているから、接しようと思えば簡単なことだと思いながらも、なかなかその機会が持てないでいた。だがテレビで見たその指揮は、なかなかスマートなもので、特にフレーズが次のフレーズに移ってゆく時、自然に流れを持続させるのが非常にうまいと思った。広島交響楽団というのが、どの程度の演奏団体なのかは実演で接したことがなく未知なものだったが、少なくとも映像で見る限り、これは第1級の演奏だと思った。他のオーケストラと比べても、それは歴然としていたと思う。

そしてエグモントとしてナレーションを担当するのが、バリトン歌手の宮本益光。この単なるナレーションに歌手をわざわざ起用しているのは、この演奏会の成功の要因だと思った。日本語なので自然に頭に入って行くことに加え、音楽との微妙な交わりがとても良い。ミューザ川崎シンフォニーホールで聞いた実演に関していえば、マイクを使う必要もなかったのではないだろうか?かえって残響が耳に残った。

クレールヒェンを歌ったのは、これも広響との公演と同じソプラノの石橋栄美で、彼女を私は新国の「フィデリオ」(2018年)で聞いている(マルツェリーネ)。その経歴から、私の生まれた大阪出身で、しかも私の育った豊中にある大阪音楽大学の出身とある。豊中でもとりわけ庶民的な地域にあるこの大学の前を、私はこの4月に歩いたばかりであるだけでなく、私の通った高校の音楽の先生などもこの大学を出ていたりしたから非常に親近感が沸く。もしかして同じ高校?などと勘繰り、さらに経歴を調べてみたら彼女は東大阪の出身で高校は天王寺にある夕陽丘高校だと判明した。

その石橋のソプラノの素晴らしさも特筆すべきもので、舞台向かって右後方より聞こえてきた自信に満ちた歌唱は、私が聞いた1階席では完全に音楽に溶け込み、素晴らしいバランスで3つのアリアを完璧に歌いこなした。 

ゲーテの戯曲にベートーヴェンは音楽を付けた。そのことだけでも興味が沸くこの作品の全曲が演奏されることは非常に少ない。私はかつてジョージ・セルがウィーン・フィルを指揮して録音した演奏でこの曲を知り、その後、クルト・マズアがニューヨーク・フィルと録音したCDで親しんで来た。だが実演に接する機会が来るとは思わなかった。この度、偶然川崎の音楽祭のパンフレットなどを眺めていたら、昨年テレビで見た広島での公演と同じものを日フィルとやることがわかった次第。迷わずチケットを買い、勇んで会場に入ったがその客席は2割にも満たない状況に、いくらコロナ下とは言えちょっと残念に思った。前日のバッティストーニは、5割は入っていたと思うからなおのことである。

プログラムの前半は、何とシェークスピアを題材にした曲が3つ。ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲で始まり、ヴォーン=ウィンドウズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲を経てニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」と続く不思議な選曲。これらの3曲は非常にポピュラーで聞いていて楽しい作品だが、この日の演奏会は兎にも角にも後半の「エグモント」に注力した感じ。練習していないとは思わないが、軽く流した感じもしてちょっと不満ではある。だが「グリーンスリーヴス」の美しい音色は、心に染み入ってしばし音楽に触れることを喜んだ。

昨日の東フィル、今日の日フィル、いつもの東響、だけでなくここ川崎で聞くオーケストラの音は、いつもちょっと濁っている。これはホールに原因があるのかも知れない。だがこのホールに来ていつも思うのは、その客層の良さである。何かとても音楽を聞くことを楽しみにしている人が多いと思う。醒めたN響の定期会員や、何か特別な感覚のある読響、それに余り音楽に縁のない人がなぜか多い都響、と在京オーケストラにも様々な個性がある。そんな中で、この川崎に集う聴衆は、オーケストラが登場するだけで拍手を送る。だがそのような愛すべき聴衆も、今や高齢化が避けられないようだ。そのことがちょっと淋しいと思った。

なお、毎年夏の「フェスタミューザ」の広告に使われるイラストは凝っていて面白い。今年はベートーヴェンがテニスのラケットを持ち、マーラーがコーラ片手に山登りに出かけるというもの。とても面白いからここにも張り付けておきたいと思う。


2019年9月19日木曜日

スッペ:序曲・行進曲集(ネーメ・ヤルヴィ 指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団)

私が生まれて初めて親しんだ曲は、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲だった。小学校2年生の頃、初めて親に買ってもらった2枚組LPの先頭に、この曲が収録されていたからだ(アーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップス管弦楽団)。喜歌劇「軽騎兵」序曲は、小学校の音楽の時間に鑑賞する曲でもあった。教科書にその曲の内容が説明されていた。「騎兵隊が馬に乗って威勢よくやってくる。やがて戦死した兵士の墓に参り、しばしお祈りを捧げた後、再び勇壮に走ってゆく」。

中学生の頃になって、カラヤンがベルリン・フィルを指揮した演奏会(大晦日のコンサートだと思われる)のビデオがNHK教育テレビで放映された。ここでカラヤンは圧倒的な集中力で右腕をゆっくりと振り上げ、手首をくるりと回して拳を突き立てる。するとそこで演奏がピタリと止んだ。序奏の休止の直前。申し分のない演奏に、カリスマ的な映像。カラヤン美学の頂点が、ここに示されていた。ポピュラーな小曲でも真剣勝負で演奏する帝王は、ちょっと距離を置いてみると辛気臭いのだが、見とれてしまうのもまた事実である。カラヤンを主役とするこのようなビデオは、まだ映像作品が少なかった時代にも数多く作成され、今では少し古めかしくはなったが、YouTubeなどで簡単に見ることができる。あらゆる角度からフィルム撮影し編集をするという贅沢な作成過程によって、その迫力と演奏は、いまもって圧巻である。

スッペの序曲集はカラヤンも残しており、この他には「詩人と農夫」「ウィーンの朝・昼・晩」のような有名な曲も楽しい。思えば昔は、ウェーバーの「舞踏への勧誘」だとか、リストの「ハンガリー狂詩曲」だとか、シベリウスの「カレリア組曲」といった軽い小品集を、家族でステレオを囲みながら聞く団らんのひととき、といった時代があった。まだテレビはさほど普及しておらず、ゆっくりとした時間が流れていた。客人が訪ねて来て、レコードを聞くこともあった。テレビが普及した後でも、ドラマやスポーツ中継の合間に放送される演奏会を収録した番組が、週末の夜の楽しみだった。いやクラシックに縁のない家庭でも、洋画やクイズといった、家族共有の娯楽があったものだ。そんな時代が、バブルの時代を境に失われていった。

スッペの序曲集を聞きながら、そんなことを考えた。だが、この演奏は実はSpotifyで聞いている。指揮はネーメ・ヤルヴィ。彼はその録音したレパートリーの多さにおいて、カラヤンを上回るという。私はこの演奏を偶然見つけたわけではない。かつてレコード雑誌などで評価を聞き、購入リストに加えていたものだ。買ったつもりでいたのだが、実際に入手したのはサン=サーンスの管弦楽曲集であると、あとから気付いた。そんなディスクも、簡単に検索、聞くことができるのは画期的なことである。でもその演奏は、もはや誰かと一緒に楽しむこともない。たとえステレオ装置で鳴らしたとしても、音楽を生活の中心にして家族が同じ時間を過ごすことなどあり得なくなった。

代わって音楽の時間を共有するのは、実際のコンサートである。J-POPのような音楽でも、コンサートが占める売り上げが、のびている(このあたりは「ヒットの崩壊」(柴邪典・著、講談社現代新書)」に詳しい)。考えてみれば、これはそもそも音楽を楽しむ手段として、真っ当なことのように思える。音楽とは基本的に、ライヴだからだ。媒体によって楽しむ音楽は、本物の音楽ではない。それを疑似的に楽しんでいた時代は、ここにきてライブという本来の音楽のスタイルをもう一つの中心に据えることによって、本来の音楽の魅力を取り戻しつつあるようだ。無人島へ行くなら仕方がないが、そうでなければ、音楽はライブに限る。

とはいえ、スッペの音楽を生で聞く機会は、大変に少ない。ネーメ・ヤルヴィは時々来日して演奏を聞かせているが、スッペの序曲ばかりを演奏してくれることはまずない。だからSpotifyで聞く意味があるとも思える。スッペの序曲なんて、誰が演奏しても同じではないか、という人もいるかも知れないが、この演奏はちょっとした名演奏だと思う。知らない曲が、次々と出てきて嬉しくなってくる。その合間に、有名曲ももちろん混じっている。「軽騎兵」「美しきガラテア」などだ。

この他に、例えば「ボッカチオ」の行進曲などは、今はなきスポーツ中継の開始音楽のように楽しいし、「軽快な変奏曲」は学生歌「Was kommt dort von der Höhe?(あそこの山から来るのは誰?)」による変奏曲だが、この歌はまたブラームスの「大学祝典序曲」にも使われている。ブラームスはこの曲を「スッペ風のポプリ」と呼んでいたそうだが、ここに意外な接続点があるのがわかって面白い。

愉快な発見はまだ続く。喜歌劇「ファティニッツァ」の主題による行進曲には、シューベルトの「軍隊行進曲」のメロディーが使われている。このように良く聞いてゆけば他にも多くの作品からの転用があるのかも知れない。何せ作品集を見ていると、「フランツ・シューベルト」とか「ヨーゼフ・ハイドン」といった名前のオペレッタまであるのだから。「美しきガラテア」はオッフェンバックの「美しきエレーヌ」に対抗して作曲された経緯もある。ここで同年生まれの二人の作曲家の接点があるというわけである。

ストリーミング配信時代に心配なことは、こういった音楽がCD販売を前提に録音されてきたことだ。その昔、それはまとまった曲の単位を、それなりに時間をかけて練習し、収録したものだろう。だからこそスッペの序曲集も、そのまとまりでリリースされた。だが、何千万曲もあるライブラリの中から、どうしてわざわざスッペの序曲ばかりを聞く人がどれだけいるというのだろうか。しかもそれがヤルヴィの演奏である必要があって、なおかつ、その時間を割くことのできる人が、今後新たに生じる可能性はあるのだろうか。

インターネットの時代になって言われた「ロングテールの法則」というものは、目立たない商品にも触れる機会が平等に与えられることによって、むしろこれらにも一定の売り上げが増えることであり、これまで見向きもされなかった音楽や演奏にも一定のマニアがアクセスできるようになることで、新たなマーケットが誕生するというものだった。だが、この考え方は間違っていたのだろうか。ネットの時代、ますます人は同じものを経験したがり、消費したがる。結局、かつてラジオで一生懸命リクエスト曲を書き送っていた時代よりもはるかに、ごく少数の対象に消費が集中する時代となった。これは文化の衰退に他ならないのではないか。多様性こそ、文化を発展させる基礎だと思う私には、ますますつまらない時代になりつつあるという感が否めない。まあ、私が生きている間だけは、古いものを楽しんでいくしかない、というわけだ。


【収録曲】
1. 喜歌劇「軽騎兵」序曲
2. 喜歌劇「ボッカッチオ」序曲
3. ボッカッチオ行進曲
4. 喜歌劇「スペードの女王」序曲
5. 愉快な変奏曲(学生歌「Was kommt dort von der Höhe?(あそこの山から来るのは誰?)」による)
6. 喜歌劇「詩人と農夫」序曲
7. 喜歌劇「ファティニッツァ」の主題による行進曲
8. 喜歌劇「モデル」序曲
9. 演奏会用行進曲「丘を上り谷を下って(いたるところに)」
10. 喜歌劇「イサベラ」序曲
11. 喜歌劇「美しきガラテア」序曲
12. 行進曲「ファニータ」
13. 喜歌劇「ウィーンの朝・昼・晩」序曲

2019年2月15日金曜日

NHK交響楽団第1906回定期公演(2019年2月10日、NHKホール)

珍しいリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲の冒頭が3階席の奥まで響いてきたとき、私はぞくぞくとした感覚に見舞われた。ソロのヴァイオリンがこんなにも豊穣な響きを聞かせることは、そう多くはない。カザフスタン生まれの若手女流ヴァイオリニスト、アリョーナ・バーエワはN響との初共演だそうである。彼女は野太い音色を豊穣に響かせながら、体を大きく揺する。

それにしてもリヒャルト・シュトラウスがヴァイオリン協奏曲を作曲していたことを、私は恥ずかしながら知らなかった。シュトラウスの作品はどれも有名で、しかもいずれの曲も名曲だから、演奏されている曲がすべてだと思っていたのである。ヴァイオリン協奏曲と言えば、古今東西の作曲家が手掛けているから、何もシュトラウスのものを聞く必要はないということだろうか。だが今回、バーエワの演奏で聞いたこの曲を初めて聞いて、何かとてもいい作品に触れた気がした。

この30分ほどの曲の半分を占めるのが、第1楽章である。全体に ブラームスやメンデルスゾーンを思わせるドイツ風のロマンチックなメロディーが鳴っている。特に親しみやすいと言うわけでもなく、印象的なフレーズがあるわけでもないのだが、安心して身を委ねることができる作品である。音楽的な見通しの良さというのが感じられ、大作曲家17歳にしての作品は、それだけでバックグラウンド・ミュージックのようでもあり、もっと演奏されても良いのではないかと思われた。

第2楽章のレントも印象的だが、第3楽章になって軽やかな響きになる。ヴァイオリンの特性を良く生かしていると思う。私は第2楽章の途中で少し眠くなりかけたが、どういうわけかやはり第2楽章の途中でハッと目が覚め、そのあとは第3楽章の最後まで、一気に集中して聞けたような気がする。

大きな拍手に何度も応える彼女は、それだけで全力投球だったのか、アンコールはなかった。それにしてもN響の響きといいヴァイオリンといい、今日の演奏会では音が良く聞えてくる。3階席自由席の常連である私でも、その後半分の席に座るのは、もしかするとこれが初めてである。しかし今日のNHKホールは、こんな珍しい作品であるのも関わらず、結構な客の入りである。シュトラウスのヴァイオリン協奏曲は、真冬の寒い午後のひとときを、少し暖かくしてくれた。

プログラムの後半がハンス・ロットの交響曲第1番という作品だから、今日のプログラムはすこぶる玄人好みであると言える。ロットの作品を実演で聞けると言うのは、これまた大変貴重なことだ。わずか26歳でこの世を去ったウィーンの若き作曲家は、丁度ブルックナーとマーラーの間に位置し、その重なる作風が奇妙な魅力でもある。いやマーラーはロットの影響を受けた。コンクールに敗れ、精神異常を来して失意のうちに亡くなったこの音楽家がもう少し長生きしていたら、音楽史はまた変わっていたのではないか、とさえ思えてくる。

今日のコンサートのテーマは、世紀末のウィーンで活躍した作曲家の若い頃の作品ということになる。もっともロットは、この作品以外に知られているものはない。交響曲第1番でさえも、その録音は極めて少ない。ヤルヴィは、その中の数少ない指揮者のひとりで、この作品をすでに何度も演奏している。だからN響との定期でも、というわけである。

これまで何度か録音では聞いているが、改めてその第1楽章の重厚で壮大な作品に、ちょっとした戸惑いをも覚えてしまう。 冒頭で高らかにトランペットがファンファーレを奏でるとき、この作品に対する若き作曲家の意気込みのようなものを感じる。やがて静かに、歌うようにクレッシェンドしていく様や、その後に訪れる休止など、ブルックナーの音楽そのものだと思う。とても親しみやすく、そしてまるでアルプスの夜明けのような音楽である。

第2楽章のアダージョは、演奏によっては静かな曲だが、ヤルヴィの演奏は何か全体的にとても賑やかであった。第3楽章に至っては、これはマーラー節全開である。そうだ、この曲の魅力は、わずか1時間の間に、ブルックナーとマーラーが交錯する時間を体験できることである。全体の半分近くを占める終楽章の、長い長いコーダを聞いているとウォルトンのような作曲家を思い浮かべることもあるし、延々と鳴るトライアングルを目で追っていたりする。ヤルヴィはコントラバスを左奥に配し、中間部を奏でるチェロとヴィオラを浮き立たせる。ヤルヴィでブルックナーを聞いた時に感じる同じような印象を、思わずにはいられない。もう少し強弱と緩急をつけた落ち着いた演奏でも良かったと思っている。

今年の冬は暖冬と言われたが、ここへ来て凍てつくような寒い日が続いている。私もとうとうインフルエンザを罹患してしまった。 コンサートの間中もマフラーとコートを着込み、静かに座って音楽に耳を傾けていた。

2018年8月28日火曜日

ブルッフ:スコットランド幻想曲(Vn: チョン・キョンファ、ルドルフ・ケンペ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団)

明治時代になってメロディーに日本語の歌詞がつけられた世界民謡の中に、スコットランド民謡が多いのは良く知られている通りである。「故郷の空」や「蛍の光」などは、もう日本オリジナルの旋律ではないか、と思わせる程身近なもので、音階が日本人の感性に合っているのかどうか、その辺りは専門家ではないのでよくわからないが、同じ島国の「ちょっと中央からは離れた」感のある素朴な情緒と、どことなく寂しくて懐かしいムードが奇妙にマッチしている。

そのようなスコットランド民謡は、同じように世界の人々を魅了させるようで、ドイツの作曲家マックス・ブルッフもまたスコットランド民謡を題材に素敵な幻想曲を書いている。このヴァイオリン独奏を伴うオーケストラ曲は、あの有名なヴァイオリン協奏曲第1番の次に有名な曲で、この組み合わせを一枚のLPやCDに収録したディスクも数多い。韓国人のヴァイオリニスト、チョン・キョンファもその一人であり、何と1972年に録音したLPは今でも輝きを失っていない。1972年と言えばまだ大阪万博の2年後であり、従ってこの録音はもちろんデジタルではない。指揮はルドルフ・ケンペ指揮ロイヤル・フィルという渋いのも魅力。私はLPを愛聴していたが、CDになって買い直した時にはメンデルスゾーンも収録されていた。

どの楽章も基調となるスコットランド民謡をベースに書かれているため、全4楽章に亘って抒情的なメロディーと、親しみやすく民族的なリズムが次から次に出てくるが、ブルッフ自身はスコットランドを訪れたことがないらしい。一度聞いたら忘れらないかのように思える旋律も、繰り返し聞いていくうちに表面的に思えてくるのも事実だが、それでも演奏の良さが加われば、味わいのある名曲となる。ヴァイオリンの親しみやすさと、両端楽章で活躍するハープの音色が印象的である。

第2楽章及び第4楽章の舞曲風のメロディーと、第1楽章、第2楽章の甘美でロマンチックな雰囲気が交互に現れる。第2楽章の後半は、一旦終わったかと思うといつの間にか次の楽章へとつながってゆく。ヴァイオリンは親しみやすく、切ないメロディーを奏でているが、特に第4楽章などはテクニカルでもある。個人的には第2楽章が好きだ。第1楽章は、何か「朝の連続テレビ小説」のテーマ音楽のようだ。

私はチョン・キョンファの演奏しか知らないが、今ではYouTubeなどで簡単に様々な演奏に接することができる。けれども、大阪に住んでいると京都や奈良に滅多に行かないのと同様、数多の演奏はいつでも聞けるとなるとかえって聞こうとはしないものだ。とはいえ、Wikipediaからもリンクされているマリア・エリザベス=ロット(ヴァイオリン)による演奏(クリストフ・ヴァイネケン指揮バーデン=ヴュルテンベルク州ユーゲント管弦楽団)は、ドイツ風の骨格の太い、なかなかいい演奏である(南西ドイツ放送のビデオ)。

2018年8月14日火曜日

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26(Vn:五嶋みどり、マリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チョン・キョンファの演奏でこの曲を初めて聞いたとき、アリラン、または演歌のようだと感じた。こぶしのきいたアクセント、粘り気のあるアーティキュレーション、歌謡性に満ちたメロディー、そのようなものが東アジアの流行歌を思わせる。だがブルッフは19世紀に活躍したドイツの作曲家である。

ヴァイオリンの特性を生かした親しみやすいメロディーは、しばしばメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調とセットにされ、発売された。同じロマン派の中頃に作曲されたのだから、当然といえば当然なのだが、私が不思議だったのは、ブルッフという作曲家の他の曲を聞く機会が、ほぼまったくないことだった(「スコットランド幻想曲」くらいだろうか)。このヴァイオリン協奏曲も第1番となっているが、では第2番や第3番は一体どんな曲なのか、私はいまだに知らない。

よく考えてみると、ヴァイオリン協奏曲だけが有名なこの時期の作曲がいる。パガニーニは別格として、ヴュータンやシュポーア、あるいはヴィエニャフスキなどである。彼らは技巧的で親しみやすく、それゆえに単純というか飽きられやすいという性格を帯びるため、現代でもさほど有名ではない。ブルッフの曲もまた、同じように少し低く見られている。いや、メンデルスゾーンだってかつてはそうだった。

ブルッフは民族音楽に題材を取った作品を多く残し、そのうちのひとつが「コル・ニドライ」というユダヤ民謡に題材を取ったものである。そういうこともあって私は長年、ブルッフもユダヤ人だと思っていたが、そうではないらしい。でも音楽は非常にユダヤ的な感じがするのは私だけだろうか。ほの暗く哀愁に満ちた旋律は、聞くものの琴線に触れる。夏の記憶が蘇るような懐かしさがこみ上げる。

まず第1楽章。冒頭の深く静かな中から次第にヴァイオリンが立ち上がってくる。まずここが聞きどころ。オーケストラに乗ってヴァイオリンが歌いだす。ここが最初の演歌。軽く叩くティンパニの響きが印象的。日本人としては適度な粘り気がいいが、ヴァイオリニストによっては過度にロマン的だったり、あっさりしすぎていたり、好みの分かれるところだろうか。

第2楽章に移行していくムードはメンデルスゾーンを思い出させるが、ブルッフはもっと簡単である。だが第2楽章は最大の聴き所で、時に物思いに沈み、時に消え入るかのような緊張を持続させながら、情緒たっぷりに歌うのがいい。

第3楽章では再び演歌となり、今度はこぶしを満開に利かせて走る。ブラームスのヴァイオリン協奏曲と似ていなくもないが、ブラームスにアジア的な情緒は感じない。どういうわけかこの曲は、私にとって歌詞をつければそのまま歌えそうな曲に思えてくるのだ。

今の私のお気に入りは五嶋みどりによる演奏で、伴奏はマリス・ヤンソンス指揮ベルリン・フィルというゴージャスなもの。ここでの五嶋は、彼女の真面目で素直な面と丁寧さを持ちながらも、明るく情熱的である。その適度な感覚がいい。まあこれも好みの問題かもしれないが。

特に第2楽章は、速度を落としてぐっとため込んだかと思うと、途切れることのない音色を最大限に引き伸ばし、ため息の出るような美しさに聞きほれていく。緩急と強弱の丁度いい塩梅。その表現力に心が揺さぶられる。第3楽章ではそれが再び演歌となってほとばしり、最後まで突き進む。曲が終わるや沸き起こる歓声に、これが実はライヴ録音だったことに初めて気づく。

2018年4月28日土曜日

レ・ヴァン・フランセ演奏会「協奏交響曲の夕べ」(2018年4月24日、オペラシティ・コンサートホール))

思い立って、レ・ヴァン・フランセ(フランスの風)という名のグループのコンサートに出かけた。というのもグループのメンバーを見て驚いたからだ。フランスを中心とする世界的な管楽器奏者から成るその人たちには、クラリネットのポール・メイエ、フルートのエマニュエル・パユ、オーボエのフランソワ・ルルー、ホルンのラドヴァン・ヴラトコヴィッチ、それにバソンのジルベール・オダンがいる。特にヴラトコヴィッチは、モーツァルトのホルン協奏曲のCDを持っていて私の愛聴盤である。

レコードで耳にしたことのあるような奏者たちの生演奏を、一度に聞くことが出来る。そしてプログラムがまた大変魅力的である。18世紀に活躍した古典派の作曲家が残した協奏交響曲ばかり4曲も演奏される。いずれも演奏されるだけで珍しい作品ばかりだが、あのモーツァルトのK297bも含まれており、この作品が実際に聞けるなんてワクワクする。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。最低の人数に絞った小編成で、指揮者はいない。雇われたオーケストラといった感じ。

会場に集まった今宵のリスナーは、とても若い人が多く、女性が目に付く。いつも老人ばかりが主体の私のコンサート活動にあって、これは異例である。よく見ると制服姿の高校生や、背中にフルートだのクラリネットだのを背負った姿を見かける。これはすなわち、本日登場する管楽器の、若きプレイヤーということになる。世界最高の演奏が聞けるとあって、集まって来るのは当然のことである。

協奏交響曲というのは複数の楽器が登場する協奏曲風の交響曲で、シンフォニア・コンチェルタンテと言うが、この分野の作品は古典派時代に数多く作曲されるものの、ベートーヴェン以降になるとさっぱり流行らなくなった形式である。おそらく音楽の規模が大きくなるにつれて、地味な存在に追いやられていったのだと思われるが、資本主義的な興行にとって、多数の独奏者に出演料を支払うことが困難になっていった側面もあるのではないかと思う。

さてコンサートの最初はプレイエルの「フルート、オーボエ、ホルン、バソンのための協奏交響曲第5番ヘ長調B115」という作品である。プレイエルはハイドンの弟子だが、私はいくつかの交響曲を聞いたことがあるだけの作曲家である。プログラム解説書によれば、全部で6曲もの協奏交響曲がのこされているそうだが、今回演奏された第5番は、1800年前後の作品のようだ。

オーケストラの人数が少なく、ややなぞっているだけのような感覚で、そのことが本来は溌剌としているであろう古典派の形式美を伝えそこなってしまったのではないか、などと心配したが、舞台に向かって右からフルート、バスーン、ホルン、オーボエの順に並んだ独奏のやりとりに見とれているうちに曲が終わってしまった。ホールの残響が私の好みに合わないせいか、どうも中途半端の音がする。

2番目はダンツィの「フルートとクラリネットのための協奏交響曲変ロ長調作品41」。マンハイム学派の作曲家の作品である。クラリネットのメイエは、やはり素晴らしく、陰影に富んだ音色を使い分け、聞きごたえのある演奏に仕上げて行く。もちろんパユのフルートが悪いわけがない。彼はトゥールーズのオーケストラと競演した時にもそうだったように、一人だけiPadを譜面台に置いている。足でページを繰る操作を行うようだが、私などは途中でシステムがフリーズすたらどうなるのだろうか、あるいはページを一度にめくり過ぎたりして、演奏すべき箇所がわからなくなったらどうするのだろうか、などと余計な心配をしてしまう。だがそんなことはお構いなしに、自然体でありながら実に伸びやかで、完璧。

さて、オペラシティのコンサートホールは、ウィーン学友協会に似せているのか、長方形をしている。しかも1階席にほとんど傾斜がない。このことが今回も私に非常なストレスを与えることとなった。プレイエルでは前の席が空いており、舞台が良く見えたのだが、第2曲の前に遅れて来た大柄な学生が座ると、途端に視界が遮られたのだ。クラリネットを吹いているらしいこの学生は、しかも椅子に前かがみで腰掛けるから、私は終始、体を右か左に寄せなければ舞台がおとんど見えない。しかも右隣の女性は、大きな袋を両ひざの上に置いて不安定な格好をしつつ、曲の合間にチラシを繰るのである。

最悪のコンディションは後半も続いた。第3曲のドヴィエンヌの「フルート、オーボエ、ホルン、バソンのための協奏交響曲第2番ヘ長調」は、ほとんど印象に残っていない。唯一フランス人の作品だが、ホルンのヴラトコヴィッチなど、どうしてこんなに柔らかいきれいな音がするのだろうと、聞き惚れていた、とでも書いておこう。

当日券を買う時に空席だった右隣に座っていた女性は、休憩時間になっても膝上の大袋を床に置こうともせず、そのまま不安定な姿勢である。一方前の学生は、その右隣が3つも空いているというのに、前かがみの姿勢のまま動こうとしない。ところが、最後のモーツァルトの演奏の前になって、突如右隣の女性が席を立ったのだ!

当日券を買った女性が、今日もっとも有名で目玉の作品を聞かないまま退出したことで、私は堂々とその席に移動した。このことによって視界が一気に開けた。再び登場した4人の独奏によって奏でられた モーツァルトの「オーボエ、クラリネット、ホルン、バソンのための協奏交響曲変ホ長調K297b」は、すこぶる楽しめた名演となった。ほれぼれするようなメロディーが続くこと20分。私はやはりモーツァルトが一頭群を抜く作品を残していることに納得するとともに、比較的早いテンポで演奏されるザルツブルクの天才による作品に体を揺らした。

この作品を聞きながら、協奏交響曲の面白さを初めて体験したと言ってもいい。その理由のひとつは、独奏楽器と同じ楽器が、オーケストラの中にもあって、彼らのメロディーの受け持つ部分の違いを見ることが面白いということである。協奏曲というのが、これらの楽器間でのやり取りをも含むものなのだ。最初は流すようだったオーケストラも、さすがにモーツァルトともなれば練習を繰り返したのだろうと思う。このモーツァルトの演奏は、おそらく一生もう耳にすることがないであろうこの作品の、最初にして最後の超名演だった。なおNHKが本公演を収録していたので、後日放送されるものと思われる。

アンコールに現れた5人は、最後にイベールの「木管五重奏のための3つの小品」の一部を演奏した。急に現代の音楽となった会場の拍手は、この作品で最高潮となった。もしかすると古典派の作品は、彼らの技巧を持て余すことになっていたのではないかとさえ思わせた。丁々発止のやりとりはあっという間に過ぎ去った。だがそれにしてもこのコンサート・ホールの設計には納得がいかない。2階席などは舞台が遠くて見えにくいし、2階サイドの席はパーシャル・ビューである上に、常に横を向く必要があり首が疲れるのだ。現代の東京において、なぜこのような形のホールを作る必要があったのか、私には全くわからない。

2017年8月8日火曜日

N響「夏」2017東京公演(2017年7月14日、NHKホール)

N響「夏」というコンサートは昔からあったが、私は今回が初めてである。若い指揮者がポピュラーな曲を演奏することで知られているが、今年は南米の若手ラファエル・パヤーレ。その風貌はアフロな髪形ながらも細身で、どちらかと言えばジャズか何かのミュージシャン風である。プログラムはブラームスの「悲劇的序曲」、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(独奏:ワディム・レーピン)、それにチャイコフスキーの交響曲第4番である。ホームページによれば、このコンビでこのあと大阪、松山、米子とツアーを組むようである。

だがここでも私は繰り返そう。私の7月の心理状態は、とても音楽を楽しめる状態ではなかったのだ。心理状態が音楽の体験と重なって思い出になるには、一定の時間の経過が必要だと思う。私はまだその時間が過ぎていない。少しづつ心が落ち着きを取り戻すようになって、やっとこの文章を書いている。音楽の記憶が薄れないように、この日に聞いた演奏のことを書こうと思う。だがどうしてもうまく思い出せないのは、やはり音楽に身が入らなかったからだろうと思う。

むしろ思い出すのは、NHKホールに向かって原宿より歩きながら、夏風にあおられてきらめく代々木公園の木々のきらめきに安らぎを覚え、脇のベンチに座って同行する予定の妻を待ちながら、じっとたたずんで思いにふけっていたことなどである。

今回の公演のチケットは、2階席の後方であった。NHKホールの難しい音響では、ここでの音の響きも共鳴の音が混じり、さらには狭い座席の中で聞くブラームスの悲劇的序曲などという渋いプログラムを、無理にやらなくてもいいのに、などと余計なことを考えながら、前半のプログラムは上の空であった。レーピンが大きな体をゆすりながらも余裕綽綽の体でブルッフを弾くと、それはそれで豊かな気持ちであった。時に聴衆はこの技巧派ヴァイオリニストに、アンコールが期待できることを知っていた。何度かの登場のあと、パガニーニの「ヴェニスの謝肉祭」をオーケストラ付きで演奏したのは驚きだった。

チャイコフスキーの交響曲第4番は、わたしにとっても思い出の曲である。それはどちらかというと苦しい思い出で、失意のうちに聞いた記憶と重なる。この重苦しい、ちょっと分裂気味の曲は、チャイコフスキーを誤解させる曲でもある。私は19歳の頃、受験が終わったその帰り道に、この曲のCDを聞きながら、完全に失敗したと思ったのだ。実際はだがそうではなかった。けれどその日のチャイコフスキーは私を重く落ち込ませた。まさにそれにうってつけの曲、そしてこともあろうに同じ曲を、同じような心境で聞いている!

パヤーレという若手のベネズエラ人指揮者は、あのデュダメルを生んだ「エル・システマ」の出身である。この第3世界(という表現はもはや死語になったが)の社会主義国で誕生した実験的音楽家育成プログラムは、お金も地位もない子供にも豊かな音楽教育を行うことで有名である。そこには一貫した思想があり、その模様は広くドキュメンタリー映画などでも知られるところとなった。今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのテレビ中継に、このシステムの生みの親であるホセ・アントニオ・アブレウ博士の姿もあった。

だからパヤーレという指揮者がどういう生い立ちかは知らないが、もはや堂々とした素振りで生き生きと演奏する姿にもはや違和感がない。若い指揮者はいいなと思う。チャイコフスキーは特に何も細工をしていないような、ストレートな表現で、先日のフェドセーエフなどとはまた違う演奏である。 ところどころ木管のフレーズの、とても憂いに満ちた印象的なメロディーもオーケストラは楽しんで演奏している。そしてこの演奏のあとにも、アンコールが用意されていた。歌劇「エフゲニー・オネーギン」からのポロネーズである。

ベネズエラ人の指揮するロシア音楽を日本で聞くことが、何も不思議ではなくなった。そういえば私は、ユジャ・ワンのラフマニノフをデュダメルの指揮する演奏が好きだ。そしてその熱狂的な拍手は、この演奏会場がカラカスのホールであることを思い出させるのだが、それとは対照的にN響「夏」の観客は、定期公演ほどではないにせよ大人しい。私はしばし音楽を聴くことで、心が安らいだ気がした。肩の凝らないポピュラー・コンサートであることを、私はむしろ嬉しく思った。


2016年3月14日月曜日

プレイエル:交響曲集(マティアス・バーメルト指揮ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ)

イグナツ・ヨゼフ・プレイエル(1757-1831)という人はオーストリアの作曲家である。ヴァンハルにピアノを習い、ハイドンに師事した。その後パリに住みピアノ製造会社を設立したことで、ショパンが愛用したピアノのプレイエルとしてのほうが、今では有名である。

プレイエルは41曲もの交響曲を作曲している。それだけではない。14の協奏曲、16の弦楽五重奏曲、70以上の弦楽四重奏曲、60以上のピアノを伴う室内楽曲なども作曲している多作家である。しかし今となっては作曲家としてのプレイエルの名を知る人は少ないし、その作品となると全く知られていないと言ってよい。Wikipediaを検索しても、有名な作品は一切紹介されていないし、売られているディスクに彼の名を見つけることはたやすいことではない。だが彼はロンドンにおける一連の演奏会で、ハイドンと競い合った作曲家であるという。もっともこれはゴシップ好きのロンドンの新聞記事が書きそうなことで、人気の点では師匠のハイドンに及ばなかったらしいし、ハイドンとプレイエルの友人関係は良好であったという。そして老齢のハイドンに代わり、1800年頃のヨーロッパ各地で最もよく演奏されていたのはプレイエルだったらしい。

その珍しいプレイエルの作品を集めたCDを私は持っている。Chandosレーベルから発売された「モーツァルトと同時代の作曲家シリーズ」の中にプレイエルの交響曲が3曲収録されているのだ。丁度ハイドンのロンドン交響曲シリーズを聞いてきたことだし、そういうきっかけでもないとなかなか聞くことはない彼の作品を取り上げる。このCDにどういう理由でこの3曲が選ばれたかはよくわからない。

演歌やJPOPに同じ曲が多いように、古典派の作品も似通っている。私たちはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンくらいしか聞かないが(それもごく一部の作品に限られるが)、同じような作曲技法によって似通った作品が多数作られ、そして忘れ去られた。一部の作曲家による一部の作品のみが、この時代を代表する作品として現在取り上げられているのは、その作品がずば抜けて音楽性に富むからだと、素人の私は純粋に信じている。もっともフンメルのトランペット協奏曲など例外的に有名な作品はあるし、ガルッピのピアノ曲はモーツァルトと間違うほどだという人がいる。

収録されているのは順に、①交響曲ハ長調作品66(Ben.154)、②交響曲ト長調作品68(Ben.156)、③交響曲ニ短調(Ben.147)である。ただ作曲順は③が最も古く1791年、ハイドンが初めてロンドンを訪問した年であり、①は1803年である。この1803年はベートーヴェンが「英雄」を書いた年だが、まだハイドンは存命である。

ではそのプレイエルの交響曲はどんな作品だろうか。最初の交響曲ハ長調を聞くと、その第1楽章のなんと親しみやすいことか。まるで子供向けテレビ番組の主題歌のようである。そのまま歌詞をつければ歌えそうな曲。時代がもうロマン派に向けて走り出し始めた時期に、彼は古典派を行くような作品を作り続けた。流れるように楽天的に。

ト長調の交響曲もモーツァルト的というよりはハイドン的である。特に第3楽章の中間部と伴った堂々たるメヌエットや、最終楽章の明るく推進力のある様は、ハイドン譲りとでもいうべきか。エステルハーザで5年間も住み込みで働いた関係が、そのことを裏付けている。

ニ短調の交響曲は冒頭がモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」そっくりの恐ろしい響きであるにも関わらず、主題が登場すると抑えきれないように陽気な姿が顔を出す。そしてこの曲もハイドンを思わせる部分がところどころに現れる。つまりプレイエルという作曲家に、親しみやすいメロディーを数多く見つけることはできても、ハイドンの機知、モーツァルトの孤独、あるいはベートーヴェンの苦悩を見出すことはできなかった。

それでもプレイエルの交響曲をもっと聞きたい場合、ウーヴェ・グロット指揮カペラ・イストロポリターナによる交響曲ハ長調(Ben.128)、交響曲へ短調(Ben.138)、交響曲ハ短調(Ben.121)の3曲を収録したCDも発売されており、Naxos Music Libraryからダウンロードできる(http://ml.naxos.jp/)。

2015年9月14日月曜日

レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」(The MET Live in HD 2014-2015)

どうしてこんなに軽快で甘美なメロディーが次から次へと流れてくるのかと思った。30年以上も前ウィーン・フォルクスオーパーが来日してこの作品を演じたのをテレビで見た時だった。興に乗った観客は手拍子を送り、それに応えて何度もアンコールをすると興奮は頂点に達した。ストーリーの滑稽さもさることながら、舞台で繰り広げられるドタバタ劇と踊り、それにわかりやすい音楽がストレートに心に響いた。案内役の女性が「オペレッタってこんなに楽しいものだったんですね」と感心した様子で話したのを覚えている。

世界でもっとも愛されているオペレッタはこの時から私のお気に入りとなり、しばらくしてシュワルツコップをハンナに迎えたマタチッチ盤LPを買いに行った。これは完成度が高いスタジオ録音なので、あの即興に満ち、観客と渾然一体となった雰囲気はない。セリフも省略されていたりする。けれども純音楽的に楽しむにはまさにうってつけの優秀録音で、この作品における決定的なものとして名高い(ついでに言えば、アッカーマンのモノラル録音でもシュワルツコップはハンナを歌っている。そして天下のベルリン・フィルを指揮したカラヤン盤を忘れるわけにはいかない)。

フランツ・ウェルザー=メストがロンドンでこの作品を振り、実況録音したCDが出た時、私は久しぶりにこの曲に再会した。さらにはガーディナーがウィーン・フィルを指揮したCDまで登場して、このオペレッタはこんな作品だったかな、などと複雑な思いになったものだ。もっとくだけた、何でもありの面白さこそオペレッタではないか、などと思っていた。

その「メリー・ウィドウ」が遂にMETライブに登場した。そしてハンナをMETの看板娘ルネ・フレミング(ソプラノ)が務め、ダニロ役のネイサン・ガン(バリトン)と踊りながら歌う。もうひと組のカップルは、まさにMETでしか実現されないような異色の組合せである。すなわち、ヴァランシエンヌにブロードウェイのスター、ケリー・オハラを迎えたからだ(ロシヨン役はアレック・シュレイダー)。彼女はアカデミー賞にも輝いたオクラホマ出身の俳優だが、もともとはオペラを志していたとインタビューで応えている(案内役はカンザス出身のジョイス・ディドナート)。

そしてMETのこだわりは、この作品をミュージカルの先駆けであるという部分にスポットライトをあてて見せるというものだ。この演出を見て思ったことは、オペレッタがミュージカルにつながっていったという事実である。もしかしたら歌と踊りの融合は、このようにして始まったのではないかとさえ思う。そして甘美なメロディーもワルツやマズルカに変身し、ちょっとメランコリックでしかもハッピー・エンド。荒唐無稽なストーリーも現代的(当時としての)である。

わずか7日間で巨万の富を得た未亡人ハンナに言い寄る大勢のフランス男たち。だが彼女が選んだのはかつての恋人で、遺産目当ての結婚になど興味のない架空のポンデヴェドロ国在パリ大使館の書記官ダニロ。彼に白羽の矢を立て、へんてこな命令でハンナの再婚を画策するツェータ男爵は、バリトンの重鎮トーマス・アレンの素晴らしい演技が盛り立てる。ところが愛国心に満ちたツエータ男爵の妻ヴァランシエンヌは、実はパリの色男ロシヨンとあやしいうえに、「マキシム」で踊るカンカンが得意。

イギリスとアメリカの歌手や俳優が勢ぞろいしたわけで、そこで交わされるダイアローグが英語であることに違和感はない。だが歌までもが英語となると、ドイツ語で親しんできた私には少し戸惑いもあった。演出はこれもまたブロードウェイの騎手でトニー賞にも輝くスーザン・ストローマンという女性。彼女はカーテンコールにも出演し喝采を浴びていた。つまりこの上演は、まさにオペラとミュージカルの融合であった。そのことを意識した配役、演出ということだろう。指揮者はイギリス人、アンドリュー・デイヴィス。最初いきなり第1幕には入らず、序曲めいたものが演奏された。

まさにニューヨークのMETならではの趣向ということになる。そう言えば「ブロードウェイ」というだけでミュージカルの中心地を意味するが、実際に劇場が多数あるのは42丁目あたりである。ブロードウェイ自体はマンハッタンを南北に貫いていて、METのあるリンカーンセンターーもブロードウェイ上にある。そういうわけで本上演は、ハンガリー生まれの作曲家が書き、パリを舞台にしたウィーン風のオペレッタであるにもかかわらず、ニューヨークで演じられた英語による音楽劇という、風変わりなものであった。

舞台は第2幕「ハンナ邸」から第3幕の「マキシム」 に変わってゆくシーンの見事だったこと!そしてなんといってもフレミングのハンナ役は、その歌の存在感で一頭際立っていた。登場人物が舞台のあちこちから登場するカーテンコールまで、舞台に釘付けられ時間のたつものすっかり忘れるくらいに楽しい3時間があっというまに終わってしまった。

2013年8月3日土曜日

フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」(パリ・オペラ座ライヴ・ビューイング2012-2013)

ドイツでは「魔笛」と並んで上演回数が多いと言われているフンパーディンクのメルヘン・オペラ「ヘンデルとグレーテル」も、パリ・オペラ座の輝かしい歴史では初めての上演だそうである。上演前のプロローグでそのことが紹介され、少し驚いた。

その初めての上演の演出を担ったのは若いフランス人の女性演出家で、マリアム・クレマンという人であrった。彼女は冒頭と幕間のインタビューで、今回の上演にあたってのポイントや作品の簡単な見どころを紹介している。子供が主人公でも実際の歌は大人が歌う。そのことが危険でさえあると彼女は言う。確かに言われてみればそのとおりである。

そこで彼女は舞台を上下左右、それに中央の5つに分解し、それぞれの部屋で二組の「ヘンゼルとグレーテル」を登場させた。子供の演じる兄妹は、歌こそ歌わないが本当の兄妹といった感じで、ベッドにぬいぐるみを抱いて夢をみる。これに対し、別の部屋でも同じような振付で二人の女性が兄妹を歌う。ヘンゼル(ダニエラ・シンドラム)とグレーテル(アンヌ=カトリーヌ・ジレ)である。別の部屋に彼らの両親がいる。

カメラが見るべき部屋とシーンを切り替えて映しだしてくれるし、各部屋に幕が降りる時には全体が大写しになるので、混乱することはない。もとより童話なので大変わかり易いストーリーである。二人が勉強もせずに部屋を散らかすので、帰宅した母親(イルムガルト・ヴィルスマイヤー)は彼らを森へと追いやる。しかし森(舞台では部屋の中)で苺を食べてしまう。帰宅するほうき職人の父(ダニエラ・シンドラム)が森には魔女が潜むと心配する。ここまでが前半である。

フンパーディンクはワーグナーの弟子であり、その作風はワーグナー風である。したがってこの子供向けオペラに、童謡の散りばめられた軽いお伽話を想像してはいけない。古い民謡も取り入れられているというが、実際は「パルジファル」の影響まで受けたドイツ・ロマン派の、割に濃厚な音楽である。指揮はドイツ人のクラウス・ペーター・フロールで、この上演はフランス人とドイツ人の合作である。

森へ出かけることになっているが、舞台は変わらないし、そこに大きなケーキの家が出てくるが、ちょっと小さすぎて興ざめである。我慢のできないヘンデルとグレーテルはケーキの一部を食べてしまう。しかしそのケーキの家には魔女が潜んでいた。魔女は往年のワーグナー歌手で、指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニの妻であるアニヤ・シリヤである。ほうきにまたがる数多くの魔女たちはバレエ団の、何かカンカンを思わせる踊り。子供たちを食べようと企む魔女は、子供たちを脅しにかかるが、子供たちは逆に魔女をオーブンに押しこみ、魔女を焼いてしまう。するとそこに魔女に閉じ込められていた多くの子供たちがやってきて、両親と再開、神を信じれば救われると歌われる。

原作の「グリム童話」のストーリーとは随分異なるオペラだが、当時数多く作曲されたメルヘン・オペラのうち、リヒャルト・シュトラウスによって初演されたこの作品だけが生き残った。オペラとしての、あの妖しい匂いが見事に消されたこの作品は、今風に言えば何かディズニーの映画のような世界である。子供が安心して見られる唯一のオペラだと言える。だが子供が聞いてすぐにわかる音楽かどうかはわからない。

後半の第3幕は子供が夢を見ているという想定なので、大人同士のやりとりとなる。貧しい家も、さほどではなく、森の中に出現するケーキの家も、舞台全面に出てくるだけで寓話的雰囲気に乏しい。もとより切れ目のない音楽と、そこに歌われる女声の二重唱、三重唱が中心で、時に単調な気もする。

私はここ1ヶ月、モーツァルトのオペラばかりを聞いているので、 どうしてもその水準を考えてしまっている。だがそういうことを忘れて言えば、この作品はワーグナーの出来損ないのようでもありながら、決してワーグナーに対抗しようとはしていない。子供向け童話の世界は、リヒャルト・シュトラウスの世界ともまるっきり異なる。いわばニッチなオペラである。そのことが、このオペラの成功の秘密だろう。そういうふうにして聞く全曲盤レコードには、ショルティやコリン・デイヴィスを始めとして名演も多い。もう一度ゆっくりと耳を傾けてみたいとも思う。

2013年2月11日月曜日

ロット:交響曲ホ長調(レイフ・セーゲルスタム指揮ノールショッピング交響楽団)

そう遠くない昔でさえ、ブルックナーとマーラーは単に長い交響曲ばかりを書いた作曲家として一緒に考えられてることがあった。我が国で、いや世界的にも人気が出始めたのは、60年代以降のことで、特にCDの普及が長時間再生を可能としたことが大きかったようにも思う。だがこの二人は、その作風が全く異なる。

詳しいことは音楽の専門家が書いているが、ブルックナーはマーラーよりも年上で、その世界はドイツ・ロマン派の流れの中に位置付けられる。一方のマーラーは、そこから逸脱し、非ヨーロッパ的世界にも通じる作風を打ち立てた。交響曲や既存の音楽の枠組みを進めて、それを壊すきっかけになったという点で、ブルックナーとはまったく異なる世界と考えるべきである。だがこの二人は関係しあっている。マーラーはウィーン音楽院でブルックナー先生の授業に触れた可能性もある。

ブルックナーが活躍していた頃のウィーンを語るには、さらに二人の大作曲家に触れないわけには行かない。ブラームスとワーグナーである。生まれた年代順に考えると、ワーグナー(1813年)、ブルックナー(1824年)、ブラームス(1833年)ということになる。そしてマーラー(1860年)がボヘミアの田舎から出てきた音楽学生だったころ、ウィーンにはこういった大作曲家が活躍し、後の音楽家に影響を与えた。彼らはマーラーよりは一世代上ということになるだろうか。

マーラーの世代は、ワーグナー、ブルックナー、ブラームスらの発展させたドイツ音楽の最先端に触れ、その次の世界をどう構築するかについて悩み抜いただろう。マーラーが最初に交響詩というジャンルとして「巨人」を作曲し、ブダペストで初演をする時には、すでにマーラーらしい作風になっていて、初めて聞くものを驚かせるのだが、そのマーラーとてひとっ飛びに自分の世界を確立したわけではない。若きマーラーに影響を与えた先輩格の作曲家のひとりが、今日聞いたハンス・ロットであり、その代表作が交響曲ロ長調であるらしい。ロットはマーラーより2歳年上で、マーラーがその音楽を大いに評価し、楽譜を借りてまで勉強したようだ。

ロットは20歳の時に交響曲ロ長調を作曲したが、その音楽は尊敬するブラームスに認められず、そればかりか作曲を断念するような忠告をもらったという。これに落胆したロットは、列車の中で発狂し、精神病を患ったあげく自殺未遂をおかす。わずか26歳で夭折した天才作曲家の音楽は、しかしながらマーラーに受け継がれた。その音楽を聞くには、現在出ている数枚のCDに頼ることになる。1989年に世界ではじめて録音されたというから、これは古くて新しい曲だ。最近の録音では、パーヴォ・ヤルヴィがフランクフルト放送交響楽団を指揮した録音が評判だ。

私が聞いたのは1992年の録音になるフィンランドの指揮者セーゲルスタムによるBISへの録音。第1楽章は師匠であったブルックナー風の音楽で、ロマン派のメロディーもゆったりと流れ、少し若々しいが美しい曲である。第2楽章もブルックナー風だが、曲が進むにつてて円熟味が増していくように感じられる。そしてとうとう第3楽章になって、マーラー風の音楽が姿をあらわす。

マーラーがこの楽章から影響を受けたのは、特に明らかである。そのメロディーがマーラーの交響曲第2番「復活」の第3楽章(スケルツォ)の後半部分と明らかに似ている。また同じ楽章の最終部分は、やはり「復活」の最終楽章、舞台裏から聞こえる金管のコラールに酷似している。この他にも、どこの部分がどこに似ているかという発見は、スコアが読めれば限りなくあるのだろうと思われる。それにしてもこの第3楽章は15分足らずの曲ながら、その管弦楽の素晴らしさに圧倒的に興奮させられる。

しずかに始まる第4楽章は、再びブルックナー風と言えるかも知れないが、その最終部分に至っては、ワーグナーの影響が見て取れるようだ。全体で60分を超える大作だが、何かと聞きどころが多いという点でつとに飽きることがないほどに面白く、また不遇の作曲を思うとまたいろいろと考えさせられる曲でもある。特に後半の2つの楽章は、それだけで恐ろしく充実しているというべきだろう。

ワーグナー、ブルックナー、それにブラームスの世界をマーラーに引き継いだ作曲家だったロットは、精神病のためにほとんどの自らの作品を破り捨てたらしい。わずかに残った交響曲が、彼を知る手がかりとなったが、この曲が我が国で初演されたのは、その死から120年が経った2004年のことであった。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...