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2026年5月23日土曜日

東京都交響楽団第1044回定期演奏会(2026年5月21日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)


米国で最も著名な作曲家のひとりで、ミニマリズムの正統的な後継者のひとりであるジョン・アダムズが、一昨年に引き続いて都響の指揮台に立った。2年前に行われたアダムズの公演は、彼自身が日本のオーケストラを指揮して自作を演奏するという歴史的なものだった。記録によれば私もこの日、「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」、それに有名な「ハルモニーレーレ」を聴いている。この日は日本の作曲家の姿も多く見かけ、いつもとは違った雰囲気に圧倒されたのを覚えている(https://diaryofjerry.blogspot.com/2024/01/9922024118.html)。

今回の演奏会には、再び彼自身の作品を中心に3つの曲のプログラムが組まれた。このうち最初の演目は、日本初演となる「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」という作品で、日本語に訳せば「内気で感傷的な音楽」などとなるのだろうが、近年の傾向に倣って、原題のままカタカナ表記とするのが流行りのようである。だが、どちらの言語で表現しようと、そのタイトルの意味には解説が必要だろう。

幸いブックレットは、彼自身が自作を解説した部分を中心に、大変読み応えのあるものだった。それによれば、おおよそ表現者たる芸術家は、「ナイーヴな人格を持つ人」と「センティメンタルな人格を持つ人」に分かれるのだという。これはドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの論で、シラーと言えば、あのベートーヴェンの「第九」の歌詞で有名な、あのシラーである。

シラーによれば、自分と周囲の環境、そして自分の内面が一致している芸術家(ナイーヴ)と、それが芸術の発展に伴って失われ、今や理想としてのみ存在するものとして追い求める芸術家(センティメンタル)に分かれるのだという。大雑把に言えば、自然に自己矛盾なく作品が創作できた時代の人と、芸術的なものを意識せざるを得なくなった、自意識過剰の時代を生きざるを得なかった人。

この2つの立場の違いを意識して本作品は作られた、云々のような解説が掲載されているのだが、では実際どんな音楽なのかとなると、多くの現代音楽作品の解説同様、音楽以上に難解である。特に本作品は日本初演。事前に聴くこともできない(実演でなければ、そういうわけでもないのだが)。

45分の曲は3つの楽章から成っている。舞台上に並んだ大規模なオーケストラには、見たこともないような打楽器が所狭しと並べられていたようだが、私の座席の位置(1階席10列目)からはよく見えない。この大規模な演目は、後半に設定されてもよさそうなものだったが、前半になっていた。これは指揮者(作曲家)の意向を反映していると考えるのが妥当だろう。

第1楽章が「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」。20分にも及ぶ楽章は、例の小刻みなリズムが絶え間なく続き、その合間に様々な楽器が入り乱れながら、次第に規模を増していく。よく指揮者のタクトを見ると、拍子がくるくると変わっていく。8拍子だったと思ったら3拍子になる、という具合。漂う音楽。

第2楽章は「人間の母」という。「母の死と、男あるいは女が汚れなき幼年期の状態に願うこと」を呼び起こす人間の潜在意識を表現している。これが「ナイーヴ」と「センティメンタル」の葛藤である、というのである。

ここで印象的だったのは、増幅器を用いたギター(エレキ・ギターみたいなもの)が、間隔を置いて舞台左袖奥から聞こえてきたことだ。このギターの音は、とても鮮烈に聞こえるのだが、音楽とうまく調和しているようでもなく、かといってバラバラでもない。その微妙なハーモニーは、そういう音楽だからなのか、それとも演奏がおかしいのか、よくわからない。

第3楽章「リズムへの連鎖」。オーケストラがさらに規模を増し、圧倒的なエネルギーで聴衆を興奮に巻き込む。ストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の終わりを聴いているような感覚、とでも形容するくらいしか思い浮かばない。音楽が終わると同時に沸き起こったブラボーと拍手は、終演時を上回るほどだった。

指揮者としてのアダムズは、きっちりと指揮するので精いっぱい、という感じで、指揮者のプロが振ればもっと刺激に満ちた演奏になったようにも思われた。しかしこの表現には注意が必要だろう。彼自身が書いている。「作曲家であると同時に指揮者でもある者は、公と私、外向性と内面性、内面生活と外面生活の間の過酷な分断という厳しい衝突を日々経験する」(プログラム・ノート)。作曲家として自作を指揮することには、聴く者には簡単にはわからない葛藤があるのだろう、と思った。だからこの曲は、その境遇を理解している、指揮者であり、かつ作曲家でもあるエサ=ペッカ・サロネンに捧げられたそうだ。

休憩時間を挟み演奏されたのは、アイヴズの「答えのない質問」であった。この曲は短い作品だが、演出がとても凝っている(改訂版)。まずP席に4つの譜面台が設置され、そこに登場したのは3人のフルートと1人のクラリネット奏者。そして驚くべきことに、彼らを指揮するために副指揮者が指揮者の前に着席。さらに音楽が始まると、2階席の奥からトランペットが響いてくるという仕掛け。

このトランペットが、まるで勘違いしたかのように唐突に、周囲の調和を無視するような(つまりは下手を装ったような)感じで吹き出すのである。それに対して、しどろもどろな応答をする4人の木管奏者。この対話が舞台空間を利用してやり取りされる間、小編成のオーケストラは静かな音を終始奏でていた。

今回のプログラムで、なぜアイヴズの音楽が挿入されたのかは、解説に様々書かれているが、同じニュー・イングランドをルーツに持つ作曲家の先駆者として、敬意を表したということだろうか。いや、もっと深い意味があるのかもしれない。後年の作品と若い頃の作品の間に挟まれた、わずか6分の小曲は、前衛的な音楽の「答えのない質問」を続けてきた彼自身の創作の経歴を表しているのかもしれない。アイヴズがそうであったように。

さて最後の「ハルモニウム」もまた大きな曲で、これだけ次々と凝った曲が聴けるのは、何とも贅沢極まりないことである。演奏する方は大変なことだろうと思う。だが都響は今回も素晴らしい仕事をこなしたと思う。そして合唱団!

P席に陣取った新国立劇場合唱団は、ミニマル音楽における合唱という新しい地平を行く曲を、見事に表現し尽くしたと思う。その難しさは、これもまたプログラム・ノートによるのだが、実際にはいくつものパートに分かれているそうだ。それがばらばらにならず、一定のリズム感覚を生理的に高めながら、時にグレゴリオ聖歌のような静謐な部分も交えて(実際、歌詞の英語がラテン語のように聞こえるときがあった)、見事にオーケストラと溶け込んでいるのである。

この曲はアダムズがまだ若い頃の作品で、いわば野心作であろうと思う。作品は3つの楽章から成り、それぞれ3つの詩を用いている。第1楽章「否定でしか表せない愛」、第2楽章「私が死のために立ち止まることができなかったから」、第3楽章「大荒れの夜」。会場に字幕の用意はなされなかったが、歌詞がプログラムに掲載されているのは親切なことである。

いつもとは違う音楽体験。おそらく現代音楽の難解さを理解できない多くの聴衆も、それを求めて来ているのだろう。そしてアダムズの音楽は、身を任せて聴いていれば、まるで麻薬のように身体に陶酔感をもたらすようなところがある。

来年80歳になる作曲家は、世界中で多くの記念コンサートを控えているのだそうだ。何度もカーテンコールに応え、会場を立ち去りがたい多くの聴衆からは、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2025年12月9日火曜日

NHK交響楽団第2052回定期公演(2025年12月5日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

イタリア・ジェノヴァ生まれの指揮者ファビオ・ルイージが、パーヴォ・ヤルヴィの後任としてN響の首席指揮者に就任してから三年が経過した。ルイージとN響の関係は、観客の好みを超えて一種の発展と成長を遂げ、そうでなければ到達し得なかったであろう音楽的表現のレベル、関係性を獲得しつつあるように思えてくる。9月定期のメンデルスゾーンにも、今回のサン=サーンスにも、同様の傾向が感じられた。

直線的でこれ以上ないスピード。体を大きく揺らしながらそれにくらいついていくN響メンバーからは、かつて見たこともないエネルギーが感じられる。各プレイヤーは身を乗り出し、必死の形相でさえある。何か一線を越えたような表現力、それを生み出す開き直ったような覚悟とエネルギーが、首席以外のプレイヤーからも如実に感じられる。このさまはライブで演奏を見る楽しみでもある。上品な日本のオーケストラで、このような果敢で集中力の高い演奏は、かつてあまり感じられることはなかった。もっともそれを成功させているのは、各プレイヤーの高い技量が前提になっているのだが。

そのようにしてルイージのN響は、今やかつてない高みに達しているように思えてくる。12月定期を聞いて、その思いを新たにした。B定期2日目、クリスマスの飾り付けがこのシーズン独特の華やかなムードを高める中、3つの曲が演奏された。まず我が国を代表する現代の作曲家、藤倉大の新曲で、N響委嘱作品の「管弦楽のためのオーシャン・ブレイカー~ピエール・ブーレーズの思い出に~」。勿論世界初演である。渡された解説によると、この作品はロンドン在住の藤倉が見つけた雲の本にインスピレーションを得て作曲したとのことである。しかし題名に「オーシャン」という名詞が使われており、これは「雲」をヒントに「海」をモチーフとして描いた作品ということになるのだろうか。

いずれにせよ、「雲」あるいは「海」が持つ絶え間ない分子の動きと光、あるいはその変化を音にしている。少なくともそういう風に聞くことになる。オーケストラは大編成で、ヴィブラフォンも登場するが、音楽自体は親しみやすい。テンポがあまり動かないからかも知れない。激しい部分もあって、聞いたことがない楽器の組み合わせによる音の変化を楽しむ。ルイージは丁寧にこの曲を演奏し終え、舞台から作曲家が登場すると大きな拍手に見舞われた。約15分の曲だった。

ピアノが中央に配置され、続くフランクの「交響的変奏曲」が演奏された。ここでピアノ独奏を務めたのは若きイスラエル人の俊英、トム・ボローであった。もっとも私はこの曲を聞いたことがなく、丸でピアノのための小協奏曲のような佇まいを15分余りにわたって楽しむことになった。フランクはベルギーの作曲家だが、フランス音楽に分類され、実際、フランス風のメロディーが聞こえてくる。

ピアノの音からは、自信たっぷりにほとばしる若いエネルギーを感じるので、そのことが何か嬉しいのだが、特にアンコールとして演奏されたJ. S. バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006」から「ガヴォット」(ピアノ版、ラフマニノフ編)の方が、何か彼自身の瑞々しさをストレートに伝えていたように思う。もっといろいろな作品(特にベートーヴェン)を聞きたいと思った。

後半のプログラムはサン=サーンスの「オルガン交響曲」であった。サントリーホールの正面に設えられたパイプ・オルガンの前に登場したソリストは、近藤岳であった。作曲家でもある彼は、ときどきNHKの音楽番組にも登場しているそうである。

この「オルガン交響曲」を何と形容すれば良いのか迷うのだが、冒頭に書いたようにめっぽう速く、一気に演奏されたので、その様子に見とれているうちに終わってしまった、という感じである。とにかく第1楽章が始まると直に、並々ならぬ勢いでグイグイと進むさまは壮観でさえあった。第1楽章の後半、すなわち通常の交響曲では第2楽章に相当する緩やかな部分は、いよいよオルガンが登場して通奏低音のように底を支え、弦楽器から大変にロマンチックなメロディーが聞こえてきてうっとりする曲である。ところが今回の演奏は、そういう部分に酔う間を(少なくとも私には)与えてくれなかった。

迫力に満ちた第2楽章は、打楽器やピアノも交じって大変カラフルな曲だが、ここでもルイージは煽るかのようにオーケストラをドライブし、それに食らいついてゆくオーケストラとのやりとりを見るのは、奮い立つような時間だ。こういう演奏は実演でしか見ることができないとも思えてくるので、これは貴重である。ともすれば我々は、録音されたメディアでの音楽体験に依存しずぎているのが事実で、本来音楽は実演で聞くものである、ということを思い出させてくれる。

ルイージの指揮は、まるでトスカニーニが生きていたらこんな演奏だったのかなあ、などと少し考えてみたりしたが、つまりは空回りしているわけではなく、オーケストラが一皮むけた状態で必死になっている。かつてのN響ではなかった光景が生まれつつある。そのような関係性を構築し、完成度を高めつつあるこのコンビは、そこそこ評価されてよいだろうと思う。だが、音楽そのものに魂が宿っておらず、どこかに置き忘れてきた感がある。その結果、後から考えてどのような音楽だったかを思い出すことができない。つまりは心に残らないような部分がある。そこが今後の課題であり、リスナーとしての注目すべき部分だと思った。

2025年11月19日水曜日

ハーゲン四重奏団演奏会(2025年11月13日トッパンホール)

地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を出て首都高速5号線の高架をくぐり、神田川沿いにしばらく歩くとTOPPANホールがある。ソロ・リサイタルや室内楽向けの小さなホールだが、今年25周年を迎え、毎年数多くのコンサートが開かれているから、そこそこ定評のあるホールと言ってもいい。同じ規模のホールは都内各地にあって、銀座の王子ホールのように単独のホールもあれば、東京文化会館小ホールやサントリー・ホールのローズ・ホールのように、大ホールに併設されたところもある。私は、主に室内楽が専門のTOPPANホールに行くのは、実は初めてである。

少し不便な場所にありながら、世界的な演奏団体がここを使用することは多い。そして世界屈指の四重奏団であるハーゲン四重奏団も、ここの常連である。いやそれどころか、解散を決めた彼らは、TOPPANホールを最後の公演地とすることを決めたそうだ。そのファイナル・プロジェクトの第1弾が催されることとなった。

私は滅多に室内楽の演奏会には行かないが、こうなると話は別である。一応クラシック音楽を趣味とする人間として、ハーゲン四重奏団の演奏会に行くのも悪くない、と思った。そもそも熱心な聞き手からすると、何とも不謹慎な話である。言わばウィーン・フィルの演奏会にだけ出かける俄かクラシック・ファンと同じである。そしてウィーン・フィルのチケットが取りづらいのと同様に、ハーゲン四重奏団のチケットも発売即完売。私が辛うじて手にできたのは、3日ある演奏会の最終日。クラリネットにイェルク・ヴィトマンを迎えたクラリネット五重奏曲のみの演奏会で、その前半には彼自身が作曲した作品が日本初演される。

このような玄人好みの演奏会に、私は仕事を早々に切り上げてしばし睡眠をとり、満を持して出かけた。何せ静寂さが際立つホールで、うとうととしようものなら大変である。そしてまさしくその通りの聴衆で、これほど品のいい客層の演奏会に出くわしたことはない。身なりがよく気品が漂っている。かといって、熱狂的な感覚むき出しの人々とも違う。さらには、このヴィトマンが作曲したクラリネット五重奏曲は、何とレントが40分も続くというではないか!まさにこれはTOPPANホールの聴衆向けの音楽で、沈黙と音楽との境界線を行くような作品だそうである。

プログラム・ノートによると、楽譜上で"TOPPAN Staccato"と敢えて記載されている部分がいくつかあって、ここを最弱音で弾くことが求められているそうである。それを他のホールでどう演奏するのか、よくわからないが、この曲はこのホールの音色に触発されて作曲された。そして私が初めて感じたTOPPANホールの音響は、これまでのどの小ホールにも増して素晴らしいものであったことは確かである。舞台に立つ演奏家も、ホールの持つ響きの良さと、静かな聴衆との間いに生じるインティメントに感応し、このような音楽の作曲、演奏に及んだのだろう。

ハーゲン四重奏団は、ザルツブルクのモーツァルテウムの奏者で結成された四重奏団であり、その構成は4人の兄弟である(現在、第2ヴァイオリンは交代)。1981年には活動を開始しているというから経歴はかなり長いが、ウィーンの伝統を受け継ぐ四重奏団かどうかはわからないが、アマデウス四重奏団、アルバン=ベルク四重奏団のあとを受け継いだオーストリアのグループとして、ドイツ・グラモフォンなどに多くの録音がある。私もベートーヴェンの何曲かを持っている。そのベートーヴェンを本当は聞きたかった(第2夜)が、これは仕方ないだろう。

四重奏団に混じってクラリネットのヴィトマンが登場する。丁度私の位置(前から4列目の左端)からは、そのクラリネットだけが、第1ヴァイオリンの影になって見えない。音楽の始まりは、まさに静寂からの境界ギリギリの音の「生まれ」で、その瞬間から何かが始まりそうな予感が果てしなく続く。レントといっても音の強弱はあり、現代音楽でもあるからそれまでに聞いたことのないような音色に、新鮮なものが詰まっている。弦楽器の様々な奏法は、長い歴史のなかで育まれ、多様にして多彩かつ良く知られているが、クラリネットとなると私などはあまり馴染みがない。それで、この40分余りの間中、私は興味津々であった。

クラリネットという楽器の表現力の広さに感心したのだが、中でもまるで尺八のような音で、幽玄なムードがただよう部分など。どこか能舞台を見ているような錯覚に捕らわれた。かと思うと、やはりそこは西洋音楽の伝統に回帰するような部分もある。クラリネット五重奏曲と言えば、何と言ってもモーツァルトとブラームスが2大巨峰で、この2つの曲に太刀打ちできるものはないと言ってもいいくらいである。当然、作曲者はそのことを意識するわけで、これらの曲のモチーフが使われているようだ。

熱心な聴衆は音楽が終わると、盛んに拍手をしてブラボーさえ飛び交った。作曲家を目指す学生や、現代音楽に興味のある聞き手が揃っていたのだろう。にしても、このような音楽に生で触れることは、もうないだろうと思った。やはり音楽は一期一会の芸術であり、そのことがいい、と年を取ると感じるようになった。

20分の休憩時間は、階上のカフェで過ごす。そして後半のプログラムは、ザ・クラリネット五重奏曲とも言うべきモーツァルトである。何度も聞いて耳にタコができているような曲だが、勿論私にとっては初めてのライブ。有名なメロディーが始まった。その演奏は終始安心して聞いていられる、完璧の、まさに夢のような時間だった。この曲に触発されたブラームスは、それ以上に素晴らしいクラリネット五重奏曲を残している。この2つの曲をカップリングしたディスクは多い。

ハーゲン四重奏団に委託され2009年には作曲されたヴィトマンの作品が、今日の白眉だったかも知れない。その意味では、モーツァルトの有名な曲は、まるでアンコールのように気さくな気分で、奏者がどう考えていたかはわからないが、終演後にアンコールはなかった。モーツァルトの方が、有名曲だけあって聴衆の拍手は大きかったが、前半にあったようなブラボーは聞くことがなかった。

このフィナーレ・シリーズは今後も続くようで、今回はパート1と記されている。私はそんなこと知らなかったので、ちょっと何か拍子抜けである。だがTOPPANホールの音響の素晴らしさと、ハーゲン四重奏団の生の演奏、それに新しいクラリネット五重奏曲の日本初演に、満足な一夜であった。

2024年7月16日火曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第762回定期演奏会(2024年7月12日サントリーホール、広上淳一指揮)

日フィルの定期会員になって最後のコンサートに出かけた。7月12日のプログラムは、前半にリゲティのヴァイオリン協奏曲、後半にシューベルトの「グレート・シンフォニー」、ヴァイオリン独奏に米元響子、指揮が広上淳一である。

リゲティのヴァイオリン協奏曲は見るからに難曲だが、この曲を実演で聞くのは昨年の3月に続いて2回目である。この時の独奏はモルドバの奇才パトリツィア・コパチンスカヤで、その演奏は聞くものをどこか違う世界に導くような演奏(というか演技)だった(https://diaryofjerry.blogspot.com/2023/03/)。昨年はそのリゲティの生誕100周年だったこともあってこの曲がしばしば上演されることとなったようだ。今回の米元響子による演奏もまた、以前から計画されていたとのことである。しかしコロナ感染症の影響で中止されてしまった、と開演前のプレトークで広上は語った。

米元響子は数々のコンクールに入賞した桐朋学園出身のヴァイオリニストで、現在はヨーロッパで生活しているようだ。その彼女が今回の演奏を希望したのは、すでにこの曲を熱心に練習し、初演したヴァイオリニスト、サシュコ・ガヴリロフにまで教えを乞うため、わざわざ出向いて行ったということのようである。そういう事情を知った広上は、この曲の演奏がすこぶる難しい曲であるにもかかわらず、再度プログラムに載せることにしたと話した。そしてあの自由奔放な第5楽章のカデンツァは、この初演時のガヴリロフのものを弾くとの触れ込みだった。

舞台に多数の打楽器と、まるで室内楽のような必要最低限の弦楽器の椅子が配置されていた。そこへ係員がとても分厚く、しかも譜面台を大きくはみ出すほど大きな楽譜を持って現れ指揮台に置いた。やがて木管楽器奏者が出てくると、彼女はわざわざ3つの楽器(2種類のクラリネットとリコーダー)を見えるように最前列を回って着席。特徴的な楽器として、このほかに3つのオカリナやホイッスルまで登場する。

米元のヴァイオリンが、まるでチューニングのように始まった時に、その音色の豊かさに驚いた。さらには広上の指揮が、この曲を知り尽くしているかのように自然にこなれているのを見て、昨年聞いた時の印象と随分違うことに気が付いた。まるで別の曲を聞いているようだった。いやむしろ昨年のコパチンスカヤは、その派手な衣装や振舞いに目を奪われて、音楽そのものへの集中力を欠いていたのかも知れない。音楽の表現は、このように多彩であり正解がない。

ミニマル音楽のような第1楽章、暗い第2楽章、奇妙な感覚にとらわれる第3楽章と進む間、私はしばしば襲われる睡魔に出会うことはなかった。それどころか、この1990年に作曲された現代作品が、すでに聞き古された音楽のように思えてきたのだった。ユダヤ人として家族の多くを収容所で失ったリゲティの音楽は、決して楽しいものではない。かといって陰鬱、あるいは厭世的といった常套的形容詞で語られるような単純なものではなく、どこか無機的に響きながらも時に鮮烈である(第4楽章のエンディング)。このような不思議な感覚は、変則的な調弦や分散和音といった音楽技法を駆使した結果で、独特の浮遊感や無常観を表現することに成功している。

30分ほどの曲の最大の見せ所は第5楽章のカデンツァだが、ここでの米元は実に鮮やかだった。いや彼女の独奏は全体に亘ってとても落ち着いたもので、広上のサポートに支えられて見事な完成度だったと思う。まるで弾きこなした曲のように軽々と演奏し、聞きならされたように聞こえ、古典作品のようでさえあった。会場は5割ほどしか埋まっていなかったように思われたが、盛大な拍手に応えて彼女は、クライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ」を演奏した。聞いた席が良かったからかも知れないが、音楽がとても豊穣に聞こえた。米元のヴァイオリンは、とても聞きごたえがあると思った。

休憩時間を挟んで演奏されたのは、シューベルトの大ハ長調、いわゆる「グレイト」と呼ばれる交響曲である。この作品は「天国的に長い」と言われる。どういう意味だろうか。私はまだ天国というところに行ったことがないのでわからないが、まるで天国にいるように幸せな時間が長々と続くという意味だと考えている。今一つの解釈は、天国というところが退屈なところだとするものだが、私はこの曲を退屈だと思ったことがない。いや演奏によるというのが正しいが、いい演奏で聞くと「いつまでも聞いていたい」という錯覚に捕らわれる。どちらにも成り得る要素を秘めた曲だから「天国的」と言ったのだろう。さすがシューマンである。

さて私は、これまでサヴァリッシュ指揮N響の名演でこの曲に開眼し、ミンコフスキのリズミカルな演奏で「グレイト・シンフォニー」の大ファンになった。以来、機会があるたびに演奏会に足を運んでいるが、ベートーヴェンの「田園」のように、誰がどう演奏しても素晴らしい曲として、この「グレイト」を挙げることができる。そしてこのたびの広上淳一による演奏は、このかつての名演奏に勝るとも劣らない感動を私にもたらした。第1楽章の冒頭から丁寧で確信に満ち、決して細部をおろそかにしない真面目な指揮は、一見ひょうきんな姿に見えることも多いが、今日の演奏からはそう感じることは少なく、むしろどの一音をとってもこうでなければならないという音へのこだわりが、逐次追及され、実現されてゆくまさにその有様が目の前に展開されていくのだった。

第1楽章のコーダでテンポをぐっと落とし、大見得を切ったかのような作戦に出たことが良かった。オーボエとクラリネットを代表とする管楽器の安定感も絶賛したい。ホルンのふくよかさや弦楽器の豊かな響きは言うに及ばない。それが第2楽章の中間部で鳴り響き、突如訪れる休止。私がブルックナーのさきげけを感じるのはこの瞬間である。

もっとも嬉しかったのは第3楽章のトリオ。ここを丁寧に、できれば少し速度を落としてロマンチックに演奏して欲しいと私はかねがね思っている。クラウディオ・アバドの演奏が、意外にも丁度いい感じで気に入っている。いや本当はもっとゆったりと演奏してもと思うのだが、あまりにやりすぎると大時代的過ぎてしまうのだろう。そういうわけで、感情過多になる一歩手前であることが望ましいのだが、今回の演奏はまさにそのような感じで、この曲がいつまでも鳴っていて欲しい、とまさにそう思ったのである。

おそらく繰り返しを省略していたが、それでも1時間にも及ぶ演奏が終わった時、もうくたくただよ、言わんばかりに少しふらつきながら退場する指揮者に、惜しみない拍手と歓声が送られた。たっぷり2時間のコンサートが終わった。これで今シーズンの演奏会がすべて終わった。梅雨末期の大雨が降るアークヒルズを抜けて家路を急ぐ。公私にわたって忙しかった週末のひととき、ひさしぶりのコンサートが私の心を癒してくれた。

2024年1月19日金曜日

東京都交響楽団第992回定期演奏会(2024年1月18日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)

コンサートの会場で配られる大量のチラシの中に「これは事件だ!」と書かれたものが目に留まった。現代で最も有名な作曲家の一人ジョン・アダムズが都響の定期を振るというのである。アダムズは1947年生まれだから、76歳ということになる。私は現代音楽に疎く、グラスなどとともにミニマル音楽の担い手という程度の、ありきたりの評判しか知らないのだが、自作を世界各地のオーケストラで指揮することも多く、欧米では引っ張りだこのようである。

そのアダムズが来日し、我が国のオーケストラを初めて指揮する。都響は在京のオーケストラの中でも近年特に意欲的なプログラムを組んでいるが、今シーズンの目玉のひとつがこのコンサートであることは疑いようがない。プログラムは当然すべてがアダムズの作品で、前半には本邦初演となる「アイ・スティル・ダンス」(2019年)、それに弦楽四重奏団との協奏曲「アブソリュート・ジェスト」(2011年)、後半には代表作「ハルモニーレーレ」(1985年)となっている。弦楽四重奏団には若きドイツのエスメ四重奏団が登場する。私にとってのアダムズは、2019年にN響定期で聞いた「ハルモニーレーレ」以来だが、この時に指揮をしたのは当曲を初演したエド・デ・ワールトだった。

コンサートは2日同じプログラムで行われる。最初がサントリーホール、翌日が東京文化会館である。アダムズの人気がどれほどあるのかわからないが、相当玄人好みであることは確かだろう。2日間、会場を埋めるだけの聴衆がいるのだろうかと思ったが、そこはさすが東京である。多くの音楽関係者、学生なども含め結構な人で会場が埋まっており、その雰囲気もいつもと違い興奮に満ちていた。あとで知ったが、我が国の有名な作曲家や評論家が詰めかけ、それに現代音楽のもう一人の第一人者で、コロナ禍を機に日本への移住を決めたテリー・ライリーもいたそうである。あちこちで挨拶を交わす人が多数。

多くの打楽器を含むオーケストラが舞台いっぱいに並び、やがて指揮者が登場すると熱い拍手。間もなく日本初演の「アイ・スティル・ダンス」が始まった。わずか8分の曲ながら、初演したマイケル・ティルソン=トーマスは「スーパー超絶技巧曲」と評したそうである。2階席奥からはよくわからなかったが、和太鼓やエレクトリック・ベースも登場する。だからというわけではないが、まあ素人の私には「祭り」の音楽に聞こえる。

続く「アブソリュート・ジェスト」については詳しい解説が必要である。配布されたブックレットには作曲者本人による長い文章が掲載されている。ここにそのまま掲示したい思いに駆られるが、著作権上それが可能かよくわからない。よってここに一部を抜粋したいと思う。まずこの曲の特徴は弦楽四重奏と競演するということである。その形態が音楽上どう成立するのか、とても興味深かったのだが、アダムズは「単純に配置の問題」がある他にも、両者の「アンサンブルを同時に成り立たせるのは」極めて困難だと語っている。舞台上で指揮者の周りに登場したエスメ四重奏団は、チェロ奏者以外起立したままだった。長身で若い彼らのみがカラフルな衣装をまとい、存在感が示された。そして驚異的に、弦楽四重奏がオーケストラに溶け込みつつも独自性を発揮し、決して埋もれない。それはやはり技巧性によるものが大きいと思う。

音楽はストラヴィンスキーの「プルチネルラ」を聞いて触発されたそうだが、全編に亘って様々な曲の主題などが登場する。その多くがベートーヴェンであり、弦楽四重奏曲やピアノ・ソナタの曲も含まれるが、聞いていてわかりやすいのは交響曲のいくつかである。このようなものをパロディーと呼ぶのは、たとえAbsolute Jestが「徹底的な悪ふざけ」という意味であっても的を得ていないのかも知れない。なぜなら解説書には、「最も純粋に『創造的な』作業」であり、多くの大作曲家と同様に「他の作曲家の音楽を内面化し、『自分のものとする』手法」であると述べている。

25分にも及ぶこの複雑な曲を聞きながら、飽きることはなかったが、この曲の初心者としては全体に何を聞いてるのかよくわからない混乱が生じたのは事実である。それが意図されたものかどうかはよくわからない。演奏かは相当大変だったようにも思う。あっけにとられるまま終わったが、満場の拍手は鳴りやまず、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番より第2楽章がアンコールに演奏された。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏は現代音楽にも通じるような融通無碍さを持っていることは多くの人が語っているが、こうして最新の現代音楽の直後に聴いて違和感がないどころか、その連続性のようなものも感じることができる。逆説的にベートーヴェンの先進性が強調されたような気がした。

後半の「ハルモニーレーレ」については、もはや古典的とも言えるくらいにこなれた作品として録音も多く、私も実演2回目である。検索をしてみると、初演したエド・デ・ワールトを筆頭に、サイモン・ラトルやパーヴォ・ヤルヴィ、それにベルリン・フィルをアダムズ自らが指揮した演奏などがヒットする。冒頭から延々と続く和音の連続は、妻に言わせれば「レコードの針が飛んだような」曲である。全般にアダムズの作品は、まるでモーツァルトのようにずっと音楽がワンワンと鳴っている感じだ。編成も大きく、エネルギッシュでリズムの変化が面白い。そして「ハルモニーレーレ」はその中に緩徐楽章とも言える部分が何回か現れ、それは後期ロマン派に通じるムードが漂う。

様々な要素の延長上にある現代音楽をちゃんと聞こうとすれば、中世の音楽から古典派、ストラヴィンスキーやシェーンベルクに至るまで、音楽史を俯瞰して理解している必要がある。だがアダムズは、そうでなくても楽しめる音楽である。特に「ハルモニーレーレ」のような作品は、作曲されてからすでに40年近くが経過していることを思わずにはいられない。私が音楽を聞き始めた1970年代に「春の祭典」がそうであったように、本作品は各地のオーケストラのレパートリーとして定着していきそうな気がする。それにしてもアダムズの音楽は、ずっと聴いていると一種の陶酔感をも感じる麻薬のような音楽だと思った。

ひとりのアマチュア・リスナーとしては、よくわからないなりに多くの発見のあった演奏会だった。おそらく芸術作品というのは、そういうものだろうと思う。音の重なりが表現する多様な感覚に、まだ新しいものがあるのだということに改めて驚くとともに、ベートーヴェンの音楽がかくも多様で先進的なものとして再現され得る可能性を秘めていることに感動した。猛烈なブラボーの嵐は楽団員の退場後も続き、指揮者とクヮルテットが再度舞台に登場。残った大勢の聴衆の拍手を受けていた。

2023年3月29日水曜日

東京都交響楽団演奏会(都響スペシャル)(2023年3月28日サントリーホール、大野和士指揮)

ハンガリー系ユダヤ人作曲家リゲティは1923年生まれで、今年生誕100周年。そのことを記念して都響は今シーズンの最後の定期演奏会に「リゲティの秘密」と称する意欲的なプログラムを組んだ。私はそのことをわが家に届いたダイレクトメール(葉書)で知ったが、今月はすでに5回ものコンサートに出かけており、特に都響は2回に及ぶ。だからこれはパス、と決めていたのだが気になって仕方がない。どうやら前評判も上々のようで、同じプログラムが2回。いずれもサントリーホールで開催されるというのも珍しく、オーケストラはかなり自信があるのだと思われる。そこで2日目にあたる3月28日、仕事を早々に片づけてまたもや赤坂アークヒルズへと急ぐ。スペイン坂の桜が満開を迎え、ライトアップされて見事に咲き誇っている。

プログラムは4つの曲から構成されている。まず前半は「虹」という作品の本邦初演。「ピアノのための練習曲集(第1巻)」からの1曲だそうで、アブラハムセンという人がオーケストラ用に編曲した。「虹」はわずか4分ほどの短い曲で、原曲は1985年の作品。現代音楽を聞く時の関心事のひとつは、舞台上の楽器配置である。そして驚くのは弦楽器の少なさ。これに比べ、管楽器や打楽器が舞台の後方にずらりと並ぶ。解説書によれば、この作品では「ポリリズム」と呼ばれる複数の拍子のリズムが同時に(ピアノなら右手と左手)弾かれるという複雑なもので、それが編曲により各楽器に割り振られ、ばらばらの拍の音楽が絡み合うというものだそうだ。「虹」というタイトルが後からつけられただけで、「虹」を音楽で表現したものではないとのことだが、ポリリズムを各楽器に分解したために、音楽が極めてカラフルなものとなった。それを「虹」と表現したのだろう。

このたびの私の座席は、舞台を向かって左手間横から見下ろるLDと呼ばれるA席の最上列で、後に席がないため身を乗り出して見ることができる。この位置からのオーケストラの音は、思った以上に良かった。サントリーホールでは1階席よりも2階席の方がいい音に聞こえるような気がする。会場には比較的若い人が目立ったのも今回の演奏会の特徴だ。学生が半額になるというのも魅力的だが、新しい音楽にこそ人気があるというのも嬉しい。もしかすると音楽を学んでいる学生なのかも知れない。私の隣の席もカラフルな衣装の学生だったし、前の男性はオペラグラス片手に舞台に見入っている。

舞台上には様々な楽器が並んでいた。次の曲「ヴァイオリン協奏曲」は1990年の作品で、独奏はソビエト(モルダヴィア)生まれのパトリシア・コパチンスカヤ。こういった曲は彼女の独断場だが私はもしろん初めて聞く。面白いのは弦楽器の少なさで、ヴァイオリンは第2を合わせても4人、他は各2人、コントラバスはたった一人。それに対し木管はほぼ2人ずつに加え、リコーダーやオカリナと呼ばれる子供用の笛までもが登場する。また鍵盤楽器が舞台右に陣取り、マリンバ、シロフォン、鉄琴、ビブラフォンといった学校の音楽室にあった楽器がずらり。打楽器の種類に至ってはここに書ききれないほどである。

コパチンスカヤが舞台に登場し、チューニングを始めたと思ったらそれが音楽の始まりだった。音楽とも雑音とも区別のつかないようなギリギリの旋律を、弦楽器と独奏ヴァイオリンが一見無茶苦茶に演奏しているのではないか、と目を疑ったが、これは「変則調弦(スコルダトゥーラ)」と呼ばれる手法を用いて本来の音とは異なる音が出るように操作されているとのことである。Wikipediaで「スコルダトゥーラ」と検索すると、その手法が用いられている主な曲が紹介されていて興味深い。

リゲティの刺激的なヴァイオリン協奏曲は全部で5つの楽章から成り、各楽章には特徴があって面白い。第2楽章には「ホケトゥス」などと書かれているが、これは中世の作曲家マショーの作品に登場する「しゃっくり」のような音楽である。一方、目まいや動悸にも似た生理現象を過激に強調したような部分も少なくない。この結果、ヴァイオリンが有り得ない速度のトレモロで急上昇や急降下を繰り広げるシーンや、それが木琴や太鼓と重なったりする。百家争鳴の音の饗宴とでも言おうか。

楽章が進むにつれて、コパチンスカヤの動きは次第に活発になってゆく。弦楽器のセクションをぐるっと回って、指揮者が二人いるような状況を作り出し、会場に向かって何やら叫んだり。さらには終楽章で長大なカデンツァに挑んだ。これはもう彼女の独断場だった。音楽が終わると割れんばかりの拍手となったが、アンコールにはコンサート・ミストレスとして長年活躍した四方氏とのデュオで、やはりリゲティの「バラードとダンス(2つのヴァイオリン編)」という曲が演奏された(とHPに掲載されている)。

ここで私は解説書から以下の点を記載しておかなくてはならないことに気付く。四方氏は都響に加わる前、西ドイツのケルン放送交響楽団(現WDR響)に所属していたそうだが、このリゲティのヴァイオリン協奏曲を初演したのが1990年のケルン放送響(ベルティーに指揮)で、これは丁度彼女のキャリアと一致する(1987年入団とある)。特に紹介されてはいなかったが、もしかすると彼女は初演時にこの曲を弾いているのではないかと思われる。

休憩時間が過ぎてオーケストラが倍増。通常配置ながらコントラバスだけで10人はいるか。バルトークの名曲「中国の不思議な役人」の全曲版である。この曲は通常、より短い組曲版で演奏されることがほとんどだが、今回はオルガンと栗友会合唱団が入る。このため通常のP席は空けられていた。組曲版は最後の3分の1がカットされているだけである。今月聞く都響の公演中、もっとも巧いと思ったのがこの「中国の不思議な役人」で、どうしてそう思ったのか、客観的にそうなのか、よくわからないのだが、とにかくも私は初めて実演で聞くこの曲の演奏に聞き入った。リゲティの刺激によって、オーケストラもリスナーも耳の垢がそぎ落とされたのだろうか?

音の洪水のような曲ばかり聞いてきたが、最後に演奏されたリゲティの「マカーブルの秘密」についてもまた多くを書かなければならない。この曲はもともとオペラ作品として作曲されたようだ。しかし本番直前に主役ソプラノ歌手が歌えなくなり、そこをトランペットで演奏したことによりこの曲が生まれる。わずか10分足らずの作品だが、今回の演奏(演技)は極めて印象的だ。楽団が登場したときに各奏者には新聞紙が配られ、それをクシャクシャにして放り投げるところから演技が始まった。コパチンスカヤは体中にポリ袋と新聞紙を巻き付け、異様な姿で舞台に登場。靴を脱ぎはだしになって何やら話す。マイクを通してその声は会場に伝わるが、何を言っているのかよくわからない。以降、この歌でもなければ話でもない「声」には、丁寧に対訳がブックレットに記載されているが、解説を読んでも意味不明である。

この「意味不明」の意味することは何か?おそらくゲシュタポ(秘密警察)の大いなる皮肉ではないか、などと想像がつくが、これを舞台上で徹底的に茶化しながらやっているコパチンスカヤ、のみならずオーケストラ、さらには遅れて登場する指揮者までもが演技を行う。「もうやってられないよ」などと大野が客席に向かって叫び、コパチンスカヤは仰向けになって演奏する、という具合。結局どこまでが楽譜に書かれ、どこまでがアドリブなのかもわからない不条理世界。だから笑ってしまうしかないのだが、それもこの時代と政治背景が生んだもの。バルトークからリゲティへとつながる戦前・戦後・冷戦時代の東欧がこの音楽の背景にある。

会場からは割れんばかりの拍手喝采が続き、本日を限りに引退する四方氏への花束贈呈も加わって舞台は大いに賑やかとなった。プログラム冊子にはその四方さんのインタビュー記事が載っていて、音楽の話かと思いきや漫才や野球の話が続き、同じ関西人として共感すること多し。サントリーホールを後にしたのは21時をとっくに過ぎていたが、何か不思議なものを見た今日のコンサートだった。

2022年3月6日日曜日

東京フィルハーモニー交響楽団第964回サントリー定期シリーズ(2022年2月25日サントリーホール、井上道義指揮)

今年は初めて東フィルの定期会員になった。東フィルのシーズンは1月から始まるから、10月までの計8回の定期演奏会をサントリーホールで聞く。今シーズンのプログラムはなかなか魅力的で、私好みの指揮者、そして曲が多い。仕事で行けなくなる日は、空いていれば同じ定期の別の会場に振り替えてくれる。そういうわけで、90年代にN響や読響の定期会員だった時以来、実に30年ぶりに特定のオーケストラの演奏を定期的に聞くことにした次第である。

定期会員になることのメリットは、何といっても1回あたりの料金が安いことだが、定期演奏会ほどオーケストラが真剣に取り組む演奏会はないのではないか、と思うほどに充実したものが多いということも魅力である。プログラムはオーケストラが特にこだわって選んだ選曲で、玄人好みのものが多いのも特徴だ。これとは別に開催される名曲プログラムが手抜きであるとは思わないし、有名曲をどのように聞かせるかを体験する楽しみもないわけではないが、過去の定期会員の経験から、初めて聞く曲、あるいは指揮者がこだわって演奏する曲こそが、プロの奏者の本領発揮、腕の見せ所となることが多いように思う。

定期会員になることで、1回だけの演奏会なら敬遠するプログラムでも否応なしにチケットが送られてくるので、無理にでも行く羽目になる。ところが上記の理由などにより、演奏が大変よかったり、初めて聞く曲の魅力を発見したりと、その意外性も含めてなかなか魅力的なのである。聞く側の姿勢と音楽に対する造詣が試される、という側面があるのだ。演奏する側も聞く側も、真剣勝負となる。

さて、そのようなわけで今年の東フィルの定期演奏会は、まず1月に名誉音楽監督のチョン・ミュンフンがマーラーの交響曲第3番を振る予定だった。ところがオミクロン株を主体とする新型コロナウィルスの蔓延を受けて(いや、正確に言えばそれに伴う入国制限措置を受けて)、このコンサートが遭えなく中止されてしまった。合唱団を含め、大変な調整が必要だったに違いなく、そのために練習を重ねてきた出演者の苦労を思うと残念でならない。

チケットは払戻しの対象となり、私は仕方なく次の2月の定期を待つこととなった。2月のプログラムは、指揮が井上道義で、彼はここのところ日本中のオーケストラから引っ張りだこである。しかし東フィルの定期への登場は6年ぶりとのことである。2年後に引退を表明している井上のこだわりの選曲は、いずれも20世紀の曲が並ぶというもの。まずエルガーの序曲「南国にて」(1904年)。次に今年生誕100周年のギリシャ生まれの作曲家、クセナキスのピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」の日本初演。そして最後に十八番のショスタコーヴィチから交響曲第1番。私にとってはほとんど初めて聞く曲ばかり。正直に言えば、定期会員になっていなければ、チケットをまず買うことのない演奏会であることを告白しておく。

まずもっとも作曲年代の古いエルガーの序曲「南国にて」がプログラムの最初である。といってもその冒頭が鳴り響いた時、気合十分の演奏に胸が熱くなった。丸でリヒャルト・シュトラウスの豊穣な曲を思わせるような感じ。私は「ドン・ファン」を思い出したが、「ドン・ファン」はこの曲の16年ほど前の作品である。

井上の指揮は饒舌で、派手な身振りで聴衆の目を奪いながら、丸でレーシングカーのようにオーケストラをドライブしてゆく。冒頭から全力投球なのが彼のいいところである。だがあまりに力が入り過ぎているのか、どのような曲かの輪郭がなかなかつかめないのも事実である。

この曲はそのタイトルが表すように、イタリアに題材を取った作品である。イタリアに滞在して新しい感化を受け、作品に残した作曲家は少なくない。エルガーも紛れもなくその一人だったということだが、ここで興味深いのは彼がイギリス人だということだろう。イギリス音楽と言っても、どちらかと言えば大陸風の、つまりはドイツ風の音色を持つエルガーの側面が良く出た作品だと思った。

1857年生まれのエルガーは、1903年に家族を伴って北イタリアの地中海沿いの町アラッシオに滞在した際に受けた霊感をそのまま音楽にした、と解説にはある。私はアラッシオにこそ行ったことはないが、イタリアの地中海岸沿いの街がどれだけ美しいかは、それになりに想像することができると思っている。どこまでも高い南ヨーロッパの太陽と、どこまでも深い地中海の、冷たく青い海が織りなすコントラストだけではなく、そこに住む人々の陽気さと哀しさ、そして食べ物や文化の豊かさ、遠い過去への思い、そのようなものが混然一体となって風景に溶け込んでいる。

「南国にて」はそのようなイタリアの多彩な光景が、熟達したオーケストレーションによって輝かしく描かれている。初めて実演で聞く曲だったが、中間に配置されたヴィオラの独奏による哀愁を帯びたメロディーなど、聞いていて多くの発見があった。東フィルの各楽器の秀逸な表現も特筆すべきだと思うが、あまりに語ることが多くてエネルギーが絶えず押し寄せてくる様に、私は少々戸惑った。

2番目のプログラム、クセナキスのピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」については、私は何を書いてよいのかわからない。1986年に初演されたこの作品の日本初演ということだが、まず驚くのは冒頭からの騒音のような開始である。ここで何が示されているかは、解説がないとよくわからない。標題付きであるとは言え、絶対音楽である。そこでクセナキスのとった方法は、数学的な理論に基づく音楽の構成である。

工学を志したギリシャ生まれのクセナキスは、彼独特の確率論や図形の論理を楽譜に持ち込んだ。そこでピアノがどの程度「楽譜」によって導かれているのか、よくわからない。大雑把に聞いた感想で言えば、この曲はピアノ協奏曲というよりは、「管弦楽のための協奏曲」といった感覚だった。ピアノが隠れてしまい、むしろ独奏楽器が順番に活躍する。ピアノはまるで勝手にオーケストラと交わりながら、独自の音色を奏でているように思う部分も少なくない。

この「音のバラマキ」のような曲のピアノを担当するのが、大井浩明というピアニストで、私と同年代。しかも工学部に学んだという異色の才能の持ち主。やはり工学部に進んだ私と同じ関西の出身だが、実にこれまでそんなピアニストがいたことを知らなかった。京大を中退するまで彼は、大学のオーケストラでチェロを弾いており、その時に井上が指揮をした時のエピソードなどが解説に掲載されていて大変興味深いが、もっと驚くのは彼が独学でピアノを習得し、それがヨーロッパで認められていることだろう。クセナキスの3つのピアノ協奏曲を、彼が初めて世界で演奏したということになるそうだ。

そんな現代音楽を聞きながら、いろいろなことを考えている間もなく、音の洪水にまみれ気が付いたら音楽が終わっていた。やはり井上が好みそうな曲だなと思った。

後半はショスタコーヴィチ。井上の十八番で、全曲演奏も残している交響曲の最初の作品を井上は思いを込めて演奏したに違いない。若干19歳のショスタコーヴィチは、この複雑極まる音楽をロシア革命のさなかに書き始めたということだろうか。丁度、この日はロシア軍がウクライナに侵攻したまさにその日で、井上は終演後に客席に向かってこう言った。「戦闘は舞台の上だけにしてほしい」。

兎に角この日の演奏の素晴らしさは、東フィルの技量によるところが大きいように思った。ショスタコーヴィチに至っても、舞台上に一斉に並んだ大オーケストラが、常に緊張感を保ち続け、全力投球で挑んだ演奏会。井上の指揮は饒舌すぎて、私はいつも戸惑うのだが、さすがはショスタコーヴィチだと思った。今シーズンの最初の定期演奏会が中止となり、出鼻をまたもやくじかれた2022年の幕開きとなった今回のコンサートは、指揮者も独奏もオーケストラも一体となった演奏会だった。

このような20世紀の曲ばかりを並べた演奏会にもかかわらず、客席は結構な人手だった。何度も舞台に呼び出される井上は、定期演奏会としては異例のアンコールでこれに応えた。「南国を題材にしたもう一つの曲」としてヨハン・シュトラウスのワルツ「南国のバラ」からの後半を、彼は踊りながら演奏したのである。絶妙なワルツのリズムを巧みに表現する、この時に見せた井上のおどけたような指揮から、彼の「ニューイヤーコンサート」も一度聞いて見たいと思った。誰よりもナルスティックな指揮者である井上は、彼独特のおどけた表現でこれを指揮するに違いなく、そのような方面の音楽は、彼のもっとも良い側面を表すに違いないと思った。次に井上ミッキーで聞くべきは、ポピュラー・コンサートである。

2019年6月16日日曜日

ニコラス・ナモラーゼ(p)・リサイタル(2019年6月9日、東京文化会館小ホール)

思いがけず妻がニコラス・ナモラーゼなるピアニストのリサイタルに行きたいと言うので、小雨模様の中、東京文化会館へ出かけた。会場に着いてみると数多くの人がロビーにいる。その理由は、大ホールで二期会公演「サロメ」(リヒャルト・シュトラウス)が開かれていたからだ。「サロメ」は私も注目していたけれど、ここのところ体調がすぐれない中、たとえ1幕物とは言え、物凄い集中力を必要とするオペラを見るだけの気持ちになれないでいた。だがピアノのリサイタルであれば、もう少し気軽に足を運ぶことができる。

ナモラーゼという若いピアニストの名前など聞いたことがない。それもそのはずで本公演が日本でのデビューとなる。もっとも世界的に見ても、まだデビューして間もない新星である。プロフィールによれば1992年ジョージア生まれとある。若干27歳ということか。CUNY(ニューヨーク市立大)に在籍しており、昨年カナダのホーネンス国際コンクールに優勝、今年2月にカーネギーホールでリサイタルを開いたらしい。「桁外れの芸術家」などと各種の批評が掲載されているが、日本でのコンサートは名古屋と東京のみだ。

東京文化会館の小ホールは、正方形を45度傾けたような形をしていて、その建築は若干古めかしいもののモダンで、なかなかいい音質だと私は思った。ロビーは広く、広い窓から見える上野駅前の雑踏からはかけ離れた空間である。やがて舞台を照らす照明の中に現れた青年は、まずスクリャービンのソナタ 第9番作品68「黒ミサ」という曲を弾き始めた。タッチの確かさと、揺らぎのない音感は、とても好感が持てる。あっという間の曲だった。

続くバッハのシンフォニア第9番へ短調BWV795を、続けて弾き始めたとき、私ははっと息を飲んで、椅子に座りなおした。少し眠くなっていたからかも知れない。ところが前半の最後の曲、バッハのパルティータ 第6番ホ短調BWV830を聞いている間中、それはそれは心地よい睡魔に襲われ続けた。演奏がつまらないからではない。何とも心地よい睡眠を誘うのは、その音楽か醸し出す音の波が、絶え間なく私の脳に一種の陶酔の状態をもたらしたからだ。安定した集中力と、その中に調和する繊細で確固たる音波のゆるぎない繰り返しは、バッハの構造的で夢幻的な面を十分に表現していた。

休憩時間にコーヒーを飲むと、頭がさえ渡り、後半のプログラムへ。まずシューマンの「アラベスケ」が聞こえてくる。私はここで、ロマン派はいいな、などと思っていたのだが、この曲が私の今日のお気に入りだったと思う。続く「晩の歌」もシューマンである。バッハとシューマン、それにスクリャービンに混じって、後半のプログラムは彼自身が作曲した「アラベスク」と練習曲第1番、第2番、第3番と立て続けに演奏した。自身の作品は、どこで切れ目があるのか(ないのか)もわからないので、拍手を挟む余地もなく一気に弾き終えた。

まだ始まって1時間半しか経過していない。そこでここからはアンコールということになる。何度か出てきてはお辞儀をすると、やおらピアノの前に座り、まずは「荒城の月」をアレンジした静かな曲でスタート。その後はオール・スクリャービンであった。それらは以下の通り。練習曲嬰ハ短調(作品42-5)、同嬰ニ短調(作品8-12)、同変ホ長調(作品48-8)、同嬰ハ短調(作品2-1)、同嬰へ長調(作品42-4)。アンコールは計6曲もあった。終わって会場を出ると、サイン会に並ぶご婦人方に混じって掲示されたアンコール曲を控えた。どこか間の抜けたロビーに向かうと、大ホールの「サロメ」はすでに終了していたことに気が付いた。

ナモラーゼというこのピアニストは、音の歯切れの良さが私の相性に合っているように思った。日曜午後のひと時を過ごすには、たまにはリサイタルもいい、と思った。

2019年5月12日日曜日

NHK交響楽団第1912回定期公演(2019年5月12日、NHKホール)

ゴールデンウィーク明けの週末には、毎年タイ・フェスティバルが代々木公園で開催される。足の踏み場もないような人込みの中を、NHKホールに向かうのは、それだけで大変な労力と時間を要する。そのような週末に、何も定期公演をすることもないだろうに、と毎年思うのだが、決まってこの週末は演奏会が開かれる。NHKも気を使って、いつもは通れない通用口を開放し、便宜を図っている。そうでもしなければ、容易にたどりつくことができないのだ。

そこまでして出かけるには、どういうわけか毎年、この5月の定期に見逃せない演目が組まれるからだ。今年のAプログラムは指揮者にエド・デ・ワールトを迎え、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と、アダムズの「ハルモニーレーレ」という異色の組合せ。ピアノ独奏は、デ・ワールトを同じオランダ人のロナルド・ブラウティハム。後者は1985年の作品で、初演時の指揮をしたのがデ・ワールトだったというから、聞き逃す手はない。このミニマル音楽の作品は、とても恰好が良くてエキサイティングな曲で、現代音楽にもかかわらず数多くのディスクがリリースされている。

私は先月、自分自身のクラシック音楽鑑賞の一区切りとして、シェーンベルクの「グレの歌」を聞き、ベートーヴェンから続く芸術音楽(それはロマン派の音楽と言ってもいい)を俯瞰する有名作品の最後を鑑賞したつもりだった。もうしばらくコンサートにもいかないかも知れないと、その時は思ったものだった。ところが早くも、一昨日にはワーグナー・アーベントと称される新日フィルの定期に出かけ、「パルジファル」の音楽などを聞いたところだった。すると今回聞いた「ハルモニーレーレ」は、その第2部が「アンフォルタスの傷」と名付けられている。つまり「パルジファル」と同じ聖杯伝説を題材としており、その音楽ではマーラーの交響曲第10番にも用いられた和音が鳴るという。

そもそもこの作品はロマン派の音楽を強く意識した作品である。解説によれば、題名「ハルモニーレーレ」自体、シェーンベルクの同名の著作から取ったものだという。「和声楽」を意味するこの単語は、調性に対する大きな関心から派生している。つまりいみじくも、4月に聞いたシェーンベルク、一昨日聞いた「パルジファル」に通じる作品として、今日の「ハルモニーレーレ」が存在しているということになる。偶然とはいえこの連続性に私は何か運命的な関連を感じている。

7割程度しか客席が埋まっていないというのに、私はいつもの自由席ではなく、A席を購入した。1階右寄りの最後部である。隣の席はすでに埋まっていると思っていたが、実際に座ってみると両隣2席ずつ、そして前の列にもほとんど人はいない。だからリラックスして聞くことができる。ここではオーケストラの音が、おそらくすべて直接波で届く距離で、しかも指揮者のタクトが良く見える。ベートーヴェンの「皇帝」を引くブラウティハムは、古楽の奏者として知られており、従って今回使用されるであろうフォルテピアノは、そもそも音量がさほど出ないから、近くで聞くべきだと考えた。アダムズの大迫力は、やはり近くで堪能したい。そんな理由が私をA席に誘った。

オーケストラが登場すると、その前に設置されていたのは通常の(モダン楽器の)ピアノだった。そして指揮者がタクトを振り下ろした時の冒頭の和音を聞いて、私はやはりN響の音はいいな、と心から思ったのだった。

ずっしりと重い音がフォルテで鳴っても、決して濁っていない。それが身近で鳴った時の身震いを覚えるような感覚は、前方席の効果である。さらにはピアノ音の綺麗なこと!ブラウティハムは大きな体をピアノの前で揺すりながら、まさに「皇帝」に相応しいような華麗さで、一気に最後まで走り抜けた。伴奏も中庸を得た安定感のあるもので、まるでCDをそのまま聞いているようなきれいな音のブレンドが展開された。私にはブラウティハムのピアノは、どこか小節をわずかに早く始めるような、つまり少し流して弾いているようなところが目に付くのだったが、熱烈な拍手に応えて演奏された「エリーゼのために」はうっとりするような演奏だったと付け加えておきたい。

今年から20分に延長された休憩時間によって、老人たちもゆっくりとトイレを済ますことができるようになったことは喜ばしいことだ。そしてロビーから帰ってみると、舞台上のオーケストラが2倍程度に増強されている。最後列にずらりと並ぶ数多くの打楽器が、この位置からではちょっとわかりにくいが、解説によれば以下のものだ。

ティンパニ、マリンバ、ビブラフォン、シロフォン、テューブラ・ベル、クロタル、グロッケンシュピール、サスペンディッド・シンバル、シズル・シンバル、シンバル、ゴング、ベル・ツリー、タムタム、トライアングル、大太鼓、ハープ(2台)、ピアノ、チェレスタ。

指揮者がタクトを下すと最初に鳴った冒頭の音に、またもやのけぞるような驚きを禁じ得なかった。大音量になって鳴り響く連続音の嵐!この迫力は、やはり再生機では再現できないものだ。音楽はやはり生で聞くものなのだ、などと思う暇もなく叩きつける和音が、次第に早くなっていく。「寸分の狂いも許されないほどに精緻に構成された」第1部は、サンフランシスコ湾に浮かぶタンカーが空に飛び立つようなイメージだというが、そんなこともどうでも良い。

私は良く見える指揮者のタクトを追ってみた。デ・ワールトはさりげなく、手慣れた手つきで拍子をとっているのだが、一体どこでどう入ればいいのか、よく奏者はわかるなあ、などと感心してしまう。その拍子は3拍子、4拍子あるいは6拍子を繰り返しながら、様々な音が重なってゆく。ミニマル音楽独特の刻むリズムが、一定の時間を経過後に微妙に変化し、その変化を暫時的に繰り返しながら、複雑な音色を重ねて行く。メロディーを期待しない方がいい。何かロックを聞くような感じで体を揺するが、そこはクラシック音楽である。時折拍子が変わったり、珍しい楽器が飛び出したりと、飽きることなどない。

第2部に入ると、それでもミニマル音楽の特性は影を潜め、末期ロマン派の不協和音が取り入れられている。が、メロディーというものが感じられない。つまり、第1部では調整があってリズム中心の和音の反復、第2部が調性のある不協和音の音楽(もしかしたらクラシック音楽の愛好家はここの部分がもっとも馴染み易いかも)、そして第3部では再びミニマル音楽に回帰する。

第3部でも反復される音楽が、打楽器をより多く加えて快速に走る。その陶酔をも感じさせるような心地は、音楽を生理現象として捉える必要すらあるのかも知れない。リズムは3拍子が中心のように思えたが、デ・ワールトは丁寧に拍子を刻んでいる。楽団員がよくついてくるな、さすがはプロだな、などととりとめのないことを考えながら、こんな指揮でもひとつ間違ったら大変ことになると思うと緊張感が伝わって来る。そのスポーティーな気分は、聴衆を浮き立たせていったに違いない。終わるとまたたくまに多くのブラボーが飛ぶ。身を乗り出して拍手する人たちが、1階席にも大勢いた。もはや巨匠の域に達するデ・ワールトの、これは職人的な棒さばきだった、と思う。迫力と興奮に満ち、N響の力量と指揮者の熟達の安定感に感服した圧巻のコンサートだった。

シェーンベルクによって壊された調性が、ここで再び意味をもたげているのが面白い。もしかしたら、これは「その先」を開いた音楽なのかも知れない。つまり調整は無視できないということだ。今日のコンサートはベートーヴェンの「皇帝」で始まったが、この作品は変ホ長調で始まる。そして「ハルモニーレーレ」もまたフラット3つの変ホ長調で終わる。

2019年2月21日木曜日

西村朗:歌劇「紫苑物語」(2019年2月20日、新国立劇場)

世界初演の新国立劇場「紫苑物語」2回目の公演が終わったのは、午後九時半を過ぎていた。それでも、希望者には作曲家西村朗氏と指揮者大野和士氏によるサイン会が開かれた。私の番が回ってきて、何か一言言おうと思い、とっさに「私も大阪の出身です。それで興味がありました」と言ってしまった。すると作曲家は苦笑しながら「音楽は大阪、でしょう?」と言われた。そう、音楽は大阪。私もそう思う。いや大阪と言うところは、非常に即物的な考えをする一方で、多分に概念的、哲学的なところがある。このあたりは、ちょっと暮らしたくらいではわからないだろう。個人としての興味対象は、地域や国家をいきなり飛び越えて、世界に羽ばたく。そういう風土は、小さい時から知らず知らずのうちに個々人に染みついていく。大阪出身の芸術家や作家、あるいはスポーツ選手に至るまで、次は世界が舞台だと言う意識がある。あくまでも個人の才覚と実力を発揮する場としての「世界」。それを楽しむような自己の客体化。それも受けてなんぼ。「おもろいやないか」の精神。

私は昭和41年生まれだたら、西村朗とは一回り年齢が下である。現代音楽の作曲家であることは以前から知っていたが、どういう作風なのかについては、クラシック音楽を趣味とする私でもほとんど知っていることはなかった。正直に書こう。専門家でもなければ「西洋音楽」としての我が国の音楽に、そもそも興味を持つことが難しい。オペラともなるとなおのことで、團伊玖磨の「夕鶴」くらいしか見たことはなかったし、それ以外の作曲家となると、外山雄三の「ラプソディー」くらいしか聞いたことのない私が、なぜここに来て、新国立劇場が委譲した作品「紫苑物語」などという難解なオペラの世界初演に接しようとするか、まずそのことから書き始めなければならないだろう。

大野和士という、これも私の年齢の少し上の指揮者の、私はファンである。一昨年に聞いたハイドンの「天地創造」(都響)では、その身震いのするような柔らかの響きが会場を満たす様子に大いに感動したし、ベルギーやリヨンのオペラハウスでの活躍には、直接接した経験はなかったものの、興味を持っていた。その大野が、飯森泰次郎の後任として新国立劇場の芸術監督に就任した時には、私は心から喜び、その期待に大きく胸を膨らませた。彼がモネ劇場から買い取ったと言う、あのファンタジックな「魔笛」の舞台を私も1階S席で堪能した。その時には自らピアノを弾いて見どころを紹介するトークイベントにも出かけた。そして就任から半年、彼が満を持して取り上げ、自ら指揮をして初演をする「紫苑物語」こそ、今シーズンの新国立劇場での、もっとも意欲的なイヴェントであることには違いがなかった。

だがそれだけでは、1万円もの大金をはたいて、仕事を早々に切り上げ、病み上がりの体調を押してまで出かける理由にはならなかった。あえて言えば、私をこの作品に向かわせたのは、西村朗という作曲家への興味ということになると思う。それは私と同じ風土で育ち、同じ空気を吸ってきた人物が、よりによって西洋音楽の前衛を突き進むと言うことに対する、素朴な興味である。大阪と言う下町しかないような風土で、どういう風にそんな興味を仕事にまで昇華させたのか、ひとりの音楽愛好家でしかない私にも興味があった。

日曜日の夜と言うゴールデンアワーに、見たくなるテレビ番組がない。そのような私を辛うじて慰めてくれるのが「N響アワー」であった。他に見たいものがない一家団らんの時間に、「N響アワー」であればまあいいか、という消去法でテレビに向かわせて久しかった2010年代の真ん中に、何とこの番組は終了してしまった。これでいよいよ見る番組は消失し、NHKに受信料を支払う理由も消えてしまったのだが、その何十年も続いた消極的な長寿番組(なぜならこの番組では未だに「台本」があった)の最後の数年を担当したのが西村だった。もっとも彼は(今でも)FM放送で「現代の音楽」などという、よほど熱心なファンしか聞かないような番組のナヴィゲーターを務めている(それは放送時間を見れば明らかだろう。かつては日曜日の深夜や土曜日の早朝だったのだから)。

「N響アワー」で西村は、自らの高校生時代について語ったことがあり、そのことを私はよく覚えている。大阪市内の下町で育った若者は、ひたすら作曲に勤しみ、コンクールに作品を応募しては落選を繰り返していた、というのである。このたった1回、たまたま見ただけの彼の言葉から私は、同じ大阪に生まれ平凡な府立高校生だった自分を重ね合わせ、(私は音楽家にこそならなかったが、クラシック音楽しか聞かない変わった若者だった)、音楽にあまり縁のなかったような人間が、どういう風にして西洋音楽の作曲を志し、そして我が国を代表する音楽家になっていったのか、興味を覚えたのである。

コンサートに出かけるたびにもらう大量のチラシの中に、赤紫色の華麗な一枚を見ては、チケットをいつ買おうかと迷っていた。原作は石川淳の短編小説で、勿論読んだことはないし、それを台本化した、これも大阪で活躍する作家の佐々木幹郎についてもよく知らない。世界で活躍する笈田ヨシが演出する、と聞いても私にはピンと来ない。でもそれらの方々は、いずれも我が国を代表する芸術家たちで、その4人が議論に議論を重ねて構想を練り、ようやく実演にこぎつけたものと思われる(その様子は、会場で購入できる冊子に詳しく書かれており、大変興味深い)。勿論演奏は大野和士が音楽監督を務める東京都交響楽団。都響がオーケストラ・ピットに入るのは珍しい。日本語で歌われるが、文語調の台詞には重唱も多く、従って聞いただけではわからない。そのため、日本語と英語による字幕が付いていた。

以下、私は他のどのブログにもない独自の視点で、見たまま感じたままを書いていきたい。プログラム・ガイド以外の予備知識は一切ない。ひとりの未熟なリスナーの駄文であることをご承知いただきたい。

まず舞台に季節感はない。ただ第1幕は赤が基調、第2幕は青。これはそれぞれ暴力(血)と希望を表すのだと言う(演出家ノート)。けれども赤と言えば晩秋の頃か、青と言えば風雪の頃か、などとイメージしてしまう。前奏曲から第1幕へと長く続く音楽は、まず弦楽器によってのみ提示されるが、それだけでこの音楽への圧倒的な表現力に驚かされる。風が舞って落ち葉や雪が舞い上がり、それは流れて再び地面に吹き付け、あるいは揺蕩いながら、とどまらず、時に荒く、時に重い。そんなつむじ風の吹く殺風景な光景が、見事に音楽で表現されている。この感覚は日本人の心を刺激する。いつもヴェルディやワーグナーなどの古い音楽を聞いていると、音楽上の表現がこんなにも発展しているのかと驚く。私はそれでも、メシアンやベルクの作品を聞いたことは何度もあるし、一連のプログラムの最初に演奏されることの多い現代音楽のいくつかにも何度も接してきた。だが、これほどにまで惹きつけられたことはなかった。3階席の脇で聞いていたが、ピットから聞こえてくる音楽の、確信に満ちたエネルギーは、重心が不規則に移動しながら、不安定な風向き(それは主人公の若者の、荒れ狂う心象風景でもあろう)が変化する様子が、手に取るようにわかる。ゆらぎの中に帯びる翳り。ステレオ効果も抜群で、私を一気に舞台に引き寄せてゆく。その見事さ!

やがて舞台に勢ぞろいした合唱団からは、何とも意味のつかない呪文のような合唱が聞こえてくる。平安時代の衣装をまとっているのだろうか、そのあたりはよくわからない。時代設定自体はさほど重要ではない。日本人による日本語の歌であるにもかかわらず、視覚的には日本的ではない(それも意図されている)。新国立劇場のすばらしい照明装置を駆使した、都会的とさえ言える洗練された色彩感覚は、もしかするとこの作品が世界的な評価を受けるだろうことを予感させる。

やがて合唱団の中からうつろ姫(メゾ・ソプラノの清水華澄)が姿を現す。その存在感は圧倒的で、エレクトラを彷彿とさせるように舞台で声を張り上げている。主役の宗頼(バリトンの高田智宏)との婚礼のシーンが続く。圧倒的な新国立劇場合唱団と絡み合いながら、リズムも増していく。パーカッションも多用されたリズムは、ジャズのようなムードを醸しながら速度を速めるのは河内音頭のよう。西村の音楽は、私が初めて聞いた第1印象を記すなら、非常に明晰でクリアーだということだ。ピット右半分を埋め尽くす多くの打楽器や、妖艶なバスーンや尺八を思わせるフルートを始めとする木管楽器、トロンボーンやホルンの卑猥な金管楽器。オーケストラの表現力はこんなにも多彩だったのか、と私は改めて驚き、それを一切の曇りもなく表現する都響&大野の、今公演での技術的な素晴らしさに感嘆した。

舞台は宗頼と父(テノールの小山陽二郎)の重唱シーンとなっている。父がテノールで息子がバリトン。一般にテノールの方が世間に従順であり、バリトンにこそ心理的な葛藤が現れるのは、ヴェルディ以来のオペラの伝統か。ここでは二人の音域の違いによって、噛み合わない思いの違いを明確にする。勅撰歌の家系に生まれた宗頼は、歌の世界に嫌気がさし、父と決裂。勘当された宗頼は、弓術師で伯父の弓麻呂(バリトンの河野克典)のもとに出向く。このあたりから第1幕終盤までの展開も、常に舞台に釘付け。巨大な鏡が舞台の中央に左右から現れ、それが並ぶと指揮者とオーケストラ、客席が反射して見える。主観と客観の入れ替わり。3階席からも指揮者の姿が見えて、視覚的にも面白いが、字幕を追い、役者も観なければならず、油断している隙はない。

舞台に何度も現れる男女のまぐわいや、第2幕での「愛の二重唱」とでも言うべき性愛のシーンは、この物語のもう一つの側面を際立たせる。原作でもそうなのだろうけれど、うつろ姫(原作では醜女だそうだ)のあからさまな情欲や、それをものにする藤内(テノールの村上敏明。宗頼の部下であり、やがては宗頼の立場を乗っ取る)とのセクシャルな台詞と表現は、芸術家たる若者の彷徨とエネルギーの持つ暴力性が、弓で人や獣を射るという行為と表裏一体の関係にあることを想起させる。不協和音やトロンボーンなどの音楽が、このシーンに合うように演奏され、その感覚はエロチックでもある。コミカルで隠喩的な意味不明の佐々木の台詞が、自由であからさまな音楽的表現を可能にしたと、西村は座談会で語っている。

卑猥でありながら雅な歌詞。音楽も舞台も表現はストレートで、しかも確信的である。さらには第1幕でケチャ(インドネシアの伝統音楽)、第2幕でホーミー(モンゴルの歌唱法)などが駆使されている音楽は、西村がアジア的なるものの音楽を取り混ぜていく真骨頂である。私がここに大阪的なるものを見出してしまうのは、筋違いだろうか。そういえばモンゴル語を専攻し、世界的な広がりを持ちつつ、独自のユニークな日本論を展開した司馬遼太郎も、東大阪の出身だった。

アジアの東の端に位置する我が国で、多くの大陸文化が流れ込んだが、その行き着いた先が近畿地方であった。長らく都として栄えた京都や奈良に近い大阪は、また、近世においても諸外国の文化を消化し、その盛隆は安土・桃山時代を頂点としているように思う。西洋と東洋が入り混じり、さらに奈良時代からの伝統文化も混ざる混沌としたごちゃ混ぜは、近代化以降に西洋化する日本文化の先駆けとも言える。私が大阪に感じる無国籍性と多様性、その中にある独自の個性は、大阪のユニヴァーサルな文化の原点がそこにあるからだと思う。そして西村の音楽もまた、西洋の流れを組みながら独自のアジア的発展を見せる。私が同郷の作曲家に抱いた興味の本質は、どうやらこのあたりにあると思う(作曲家の音楽の変遷についても、プログラムガイドに詳しい)。

第2幕で登場する宗頼の愛人、千草(ソプラノの臼木あい。長大なコロラトゥーラのアリアがある)と、宗頼の分身ともいうべき存在の仏師、平太(この日はバリトンの松平敬、宗頼と声が酷似しているという見事なキャスティング)も加わった4重唱とその前後の音楽は、鳥肌が立つほどだった。我が国のオペラで、4人がそれぞれ別々の歌詞を歌う重唱(ヴェルディのオペラではよく見かけるが)は、初めてだそうである(NHKの番組で大野和士が「革命が起こる」と言っていた)。2階になった、丸でモーテルのような建物の左右に分かれて、4人の歌手が心情を吐露する本作品のクライマックスは、後日テレビ放映されたらもう一度見てみたいと思う。全般に歌唱と歌唱が重なり合う部分が多く、歌手は大変だったと思うが、この日の出演者に欠点や難点は見ることができない。声は良く出て張りがあり、それがオーケストラと混じっても存在感を失わない。

弓で人や獣を射て殺戮を繰り返す宗頼は、やがて仏彫りの彫った仏像にまで弓を引く。世界が壊れ、最後にはお経を唱える合唱が響く中、「鬼の歌」が静かに、消え入るように舞台に響き渡った。だが「パルジファル」のようにファンタジックでもなければ形而上的でもない。むしろ即物的で、多義性をはらんだ台本と音楽。それにしてもなぜ「紫苑物語」なのだろうか。それはプログラム冊子で評論家の長木誠司氏が明確に語っている。新しい委譲作品を、日本語と音楽の関係、物語と音楽の関係を発展させつつ、西洋のオペラ史の中にも位置付けられる作品として実現させたかったから、ということだ。素人の音楽好きには、そのような部分にまで深く理解することはできない。けれども本作品を楽しんだ私は、これが世界でも通用するようなものとなっているような直感がある。もちろん、これだけの大歌手と指揮者、それにおそらくは物凄い時間の練習を繰り返したであろう合唱団とオーケストラの熱演が揃ってのことだろうが。

いずれにせよ、大きな芸術的野心を持った作品、そして公演だったと思う。にもかかわらず、視覚的、聴覚的に楽しめる作品でもあった。日本人ならその言葉の微妙な感覚を理解し楽しめるし、日本人でなくても、その魅惑的な世界と音楽・舞台の両面での表現の多彩さで十分である。原作の持つ一見難解な主題も、若者の持つ破壊性が芸術と結びつくことの暴力とその結末、という普遍的な意味を暗示している、と考えればむしろわかりやすい。戦争への危機が叫ばれている今の世界にあって、石川淳がアナーキーとでも言えるほどの凝縮されたエネルギーを注いだ作品。それをまた莫大なエネルギーで表現した音楽と舞台。数多くの作曲家が二十世紀以降に表現してきた芸術音楽のその先に、まだ表現することの可能性が残っているのだということを示したように思う。それに触れることのできた都合4回の本公演の聴衆もまた、その舞台と対峙して何かを感じる機会を得たと言う意味において、大変幸せだと思う。まさにそのことが芸術作品を味わう意味に他ならない。私もその一人として、個人的な興味、関心も含めて、そのように思う。

2018年3月18日日曜日

ピアソラ:バンドネオン協奏曲、「ブエノスアイレスの四季」他(Bandoneon:ローター・ヘンゼル、ヨハネス・ゴリツキ指揮ノイス・ドイツ・チェンバー・アカデミー他)

ピアソラはバンドネオンの奏者でもあった。バンドネオンはタンゴに欠かせないアコーディオンで、鍵盤ではなくボタンで音階を表現するが、蛇腹をクネクネと伸ばしたり縮めたりしながら、その時に出入りする空気によって音を鳴らす点では同じである。

バンドネオン協奏曲は「アコンガグア」というニックネームが付けられているそうだが、アコンガグアというのはアンデス山脈にそびえる南米最高峰である。そして私はまた、四半世紀前の1993年、アルゼンチンを旅した時の、ふもとの都市メンドーサからチリへと国境を超えるバスから見たアンデスの風景を思い出さずにはいられない。

メンドーサはブエノスアイレスから夜行列車で1日かかる距離にあり、平野が尽きて山地になる手前の、温和で美しい町であった。そこはぶどうの産地、すなわちワインで知られた都市で、3月というと南半球では秋になるが、私はまだ半袖、半ズボンのいでたちで、ワイナリー巡りを楽しんだり、あの豪快なステーキに舌鼓を打ったりして過ごしたのを覚えている。その時にたまたま通りがかったパスカル・デ・トーソというワイナリーに飛び込んで、日本から来たので見せて欲しい、などと片言のスペイン語で話したら、有難いことにとても親切に見学させてもらい、最後にお土産までもらったのだが、何とそのワインを輸入して飲ませてくれる店に最近出会い、フルボディの少し古風なワインを飲みながら、アルゼンチンの思い出に浸ったところである。

ピアソラはアルゼンチンに生まれたがニューヨークで育ち、パリで音楽教育を受けた。その国際性を活かしつつタンゴのリズムを発展させ、稀有な音楽を生み出した。現在クラシックで聞くピアソラの曲は、地域を越えて魅力的である。このバンドネオン協奏曲も、出だしから最後まで飽きることはない。

第1楽章のリズムや打楽器の慟哭にも圧倒されながら、実は主題が変わると静かな音楽に変わる。それはまだ第1楽章である。第2楽章が実に素晴らしく、私はこの音楽がタンゴの持つロマンチックな世界をうまく表しているように思う。最初は何か壊れたマイクを修理しているような間抜けな雰囲気だが、それからうらぶれた都会風のメロディーが出てきて、そうこれはタンゴだったのかと思う。第3楽章は再び速いが、ここでも中間部があって、リズムに体を合わせて酔いながら一気に最後まで聞かせる。

ピアノを含む小編成の管弦楽曲「ブエノスアイレスの四季」は、英語やドイツ語では単に「四季」と記載されていたが、オリジナルのタイトルに「ポルテーニョ(ニャ)」と形容詞が付けられており、実はこれは「港の」、すなわちブエノスアイレスを意味するそうだ。だからこれはまさにブエノスアイレスの春、夏、秋、冬ということになる。作曲は「夏」からだったようだが、私の持っているアラン・モーイア指揮トゥールーズ国立室内管弦楽団の演奏では「春」から始まる(南半球だから9月頃だろうか)。

4つの楽章いずれもピアソラならではの歯切れのいいリズムと、メランコリックなメロディーに新鮮な感動を覚えるが、面白いのは最終楽章のコーダの部分が、とても落ち着いた、気持ちが安らぐ情景を醸し出している点だ。「春」から演奏された場合、これが最終の曲である。私はブエノスアイレスの「冬」を知らないが、南米でもっともヨーロッパ風の街は、小雨に似れた石畳の上を時代遅れのコートを着た紳士が歩き、夜ともなれば巨大なステーキを出すレストランやバーからは、時折大きな声の話し声が聞こえてくる。

最後に「オブリヴィオン」について。オーボエをソロとする3分余りのこの曲は、実に美しい曲で、このCDの中では一番のお気に入りである。数多くリリースされ、ファンの多いピアソラのディスクの中で、なぜ私がこのディスクを所有しているのかは謎である。ピアソラ自身が1992年まで生きていた作曲家だから、彼自身の演奏というのも数多くリリースされているし、クレーメルやクロノス・クァルテットのような演奏家のものも有名で、一度は聞いておきたいとも思っている。

なお、私がはじめてピアソラの曲に触れたのは、1986年にリリースされた名アルバム「Tango Zero Hour」によってであった。このCDを初めて聞いた時は衝撃的で、今でもその時の記憶を鮮烈に覚えている。このような体験は、私にとってストラヴィンスキーの「春の祭典」以来であった。


【収録曲】
1. バンドネオン協奏曲
2. オブリヴィオン
3. 弦楽合奏のための「2つのタンゴ」
4. ブエノスアイレスの四季

2018年3月11日日曜日

ピアソラ:「ロス・タンゲーロス(Los tangueros)」(P:エマニュエル・アックス、パブロ・ジーグレル)

タンゴに話が及んだついでにピアソラの作品を収録した手持ちのCDを聞いてみた。私のコレクションには、わずかに2枚ピアソラのCDがあるが、現代作曲家のCDとしては多い方である。そのうちのひとつが、クラシックの名手エマニュエル・アックスと、ピアソラ五重奏団のメンバーでもあったパブロ・シーグレルが組んだピアノ・デュオの一枚である。意外な組み合わせが話題を呼んだ一枚でもある。

今となってはなぜこのCDを持っているのか、思い出せない。リリースは1996年だから、丁度ニューヨークに住んでいた頃に、行きつけのアッパー・イーストのタワーレコードでたまたま見つけ、その都会的で何ともニューヨークにぴったりの音楽に、直ちに購入を決めたのではないか(ということにしておく)。このジュリアード音楽院近くのレコード店は、クラシック音楽の売り場が大変充実していたが、タワーレコード自体がアメリカより姿を消して久しい。

ピアソラの作品は、私がそう感じたように、都会的で現代的。そしてニューヨークを感じるのは偶然ではない。なぜなら彼は幼少時代と無名の音楽家時代をニューヨークで暮らしているからだ。ジャズの要素も取り入れられているのは、当然と言えば当然で、彼はアルゼンチン・タンゴを発展させたというよりはタンゴの亜流として出発した。アルゼンチンのような保守的な国で、ピアソラが認められるようになったのは、ずっと後になってからのことである。

タンゴはもともと踊るための音楽で、タンゴのステップはラテン・ダンスの主要な一角を占める(このCDのジャケットには踊る男女の姿が映ってはいる)。コンチネンタル・タンゴのように耳に心地よいイージー・リスニングでもない。だからこれは真剣に聞くための音楽、そして時にリスナーを選ぶという点で、やはり現代音楽に属するクラシック音楽なのだろう。ピアソラ自身、そういう作品を作り続けた。ここに収録されているのは、それらのうちから有名な曲を、シーグレル自身がこの録音用に編曲したものだ。

とは言え、強いリズムとセンチメンタルなメロディーは、まさにタンゴの世界である。場末のバーに集うどうしようもなくうらぶれた人々が、ある時は祖国を思いながら、ある時は情熱にかられて歌い、踊る。第2次世界大戦中はヨーロッパを凌ぐ豊かな国でもあったアルゼンチンが、戦後は貧困と圧制に苦しみ、まるで数十年前に置き去りにされてきたような国、それがアルゼンチンのイメージであり、その音楽もまた古臭く、発展が止まっていた。だが、ピアソラのユニークな国際性が、この古い因習を打破し、アルゼンチンタンゴの歴史を進めることに成功した。

ブエノスアイレスの空港に降り立ち、市内へと向かうバスが、人っけのない廃墟のような街に入り込み、ガラスが割れたままとなっているビルの前に停まった。人々は古いファッションに身を包み、深く刻まれたしわの奥から、あてもなくこちらを見ている。ラジオから発せられる早口のスペイン語やラテン音楽が、どこからともなく聞こえて来た。1990年になっても、ブエノスアイレスの街は60年代頃の、いやもしかすると第2次世界大戦前のそれであった。私は日本から3日がかりで乗り継いだフライトの疲れを引きずりながら、古い時代にタイムスリップしたような感覚を覚えた。そして窓もない安ホテルのベッドで泥のように眠りにつき、それは48時間以上も続いたと思う。学生生活最後の旅行は南米と決めていた。その憧れの地での行程は、このようにして始まったのだった。

ブエノスアイレスには1週間くらい滞在したと思う。その間にラ・プラタ川を渡りウルグアイにも出かけた。黄土色の広大な河口に架けられた国境の長い橋を渡る。そしてその流域こそがタンゴの発祥地であった。どこまでも続く平原と、その牧草地に立っている動かない牛たち。その時の光景を瞼に思い浮かべながら、これらの曲を聞いていた。2018年の春。私はほとんど初めてのように、このCDを聞いた。

春の陽射しをうけつつもまだ寒いある日の昼下がり。私は埼玉県の北部を歩きながら、静かに演奏に耳を傾けた。アックスとシーグレルのピアノは技巧的で申し分がないくらいに上手いが、それが徐々に熱を帯びてゆくようだった。規則的とも不規則ともつかないリズムが、消えては現れ、現れては消える。乗り心地の悪いアルゼンチンのバスにも次第に体が慣れてくるように、リズムが体に合わさってきたたと思って暫くたったとき、ある時はパタンと、あるときは消え入るように音楽が終わる。しばしの静寂。

曲は聞けば聞くほどに味わい深く、うち何曲かは聞いたことのあるメロディーである。中でも、亡き父に捧げられた 「アディオス・ノニーノ」は心を打つ曲である。続く「リベルタンゴ」もお気に入りだ。ヨーヨー・マや葉加瀬太郎も演奏しているこの曲もまた、様々なアレンジがあるのだが、一度聞けば忘れられない曲である。聞いていくうちに、何か高級なサロンにいるような気がしてくる。


【収録曲】
1.Revirado
2.Fuga y misterio
3.Milonga del Angel
4.Decarissimo
5.Soledad
6.La muerte del angel
7.Adios Nonino
8.Libertango
9.Verano Porteqo
10.Michelangelo '70
11.Buenos Aires Hora cero
12.Tangata


2017年4月16日日曜日

NHK交響楽団第1858回定期公演(2017年4月15日、NHKホール)

20世紀オーストリアの作曲家ゴットフリート・フォン・アイネムが「カプリッチョ」を作曲したのは、丁度マーラーの「巨人」が生まれた約半世紀後のことである。二人の間に音楽的な関係があるのかはわからないが、この二つの作品に共通するのは、30歳前後の作品ということくらいだろうか。一方メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調は、彼が30歳の時に作曲にとりかかり、6年の歳月をかけて完成された作品である。これは「巨人」からさかのぼること約半世紀前の、1844年のことであると解説書には記載されている。

これら3つの作品を演奏するNHK交響楽団の定期公演に出かけた。N響の定期を聞くのは1年ぶり。指揮者はイタリア人のファビオ・ルイージ、ヴァイオリン独奏はニコライ・ズナイダー。人気のある有名曲を並べただけあってか、NHKホールの3階席隅まで埋まる盛況ぶりは、久しぶりのような気がする。もっともヤルヴィが指揮するマーラーなどは、すこぶる売れ行がよさそうである。そのヤルヴィの「巨人」を1年以上前に聞き、(このときは前から2列目という席だったが)まるでヨーロッパのオーケストラの音がしたのに驚いた。もちろん演奏は超名演だったと記憶している。

アイネムの「カプリッチョ」は10分あまりの擬古典的な作品であり、あまり現代的な雰囲気は感じられない。一貫してリズム感が印象を残す親しみやすそうな作品で好感を持ったが、私のアイネム体験は実のところこれが最初であり、これ以上のことはよくわからない。ルイージは音楽を起用に、そしてスタイリッシュに指揮するが、聞きどころがぼやける傾向があり陰影に乏しい。

「メンコン」は学校の音楽鑑賞の教材にも使われる超有名曲だが、にもかかわらず実演で聞くのは私の人生でこれがたった2回目である。録音でこれまでのどれほど聞いたか知れない曲も、こうやって実演で聞くと、それまで何を聞いていたんだろうと思う印象的な部分が少なからずあって少々恥ずかしく、そして残念に思う。いや曲が持つ奥深さに触れたというべきか。

第1楽章冒頭から終楽章のコーダまで、切れ目なしで弾き続けるのは大変なことだと思うが、ズナイダーの音色は極めて美しく安定しており、やや小ぶりな作品も耳を澄ませて聞けば、3階席でもその精緻さは感じ取ることができる。ルイージの丁寧な指揮に乗ってなめらかに音が流れてゆく。軽やかだが、軽くはない。この絶妙さがメンデルスゾーンの音楽には重要なのかも知れない。

いつもCDなどで聞き流してしまう第1楽章も、特にカデンツァの後などはっとするような部分があったが、第2楽章に至ってはツボを心得たフレーズなどが次々と現れて、しばし切ない気分にさえなったことを付け加えておきたい。この楽章のフレーズはどこか懐かしく、そしてフレッシュな甘酸っぱさが漂う。音楽は演奏の仕方でこうも印象が違うのか、と思うのもこの第2楽章ではないだろうか。特に、後半の深い抒情性は筆舌に尽くし難い。そして、いつもよりとても長く感じた幸福な時間だった。熱心な拍手に応えてズナイダーは、バッハの「サラバンド」をアンコールした。その音楽に静かに耳を傾けながら、一度ベートーヴェンを聞いてみたいと思った。

3月が別れの月だとすれば、4月は出会い、そして出発の月である。春聞くのに相応しい交響曲第1番は、作曲者自身の指揮によりブダペストで初演された。この作品も、CDなどで何度聞いてきたかわからないのだが、実演で聞くとまったく違った曲に聞こえてくる。おそらくは録音や録画で接するには、私の持つ再生装置が貧弱である上に、再生環境がコンサートホールで聞くときとは比べ物にならないくらいに低質なのだろうと思う。それに、いつ中断されるかわからない家族との共同生活、窓を開けるとたちまち混じる高速道路の騒音などにも原因がある。とりわけマーラーとブルックナーは、実演に限ると思っている。どんな細かいフレーズにも気を配りながら、丁寧に指揮者がタクトを振ると、管楽器が、弦楽アンサンブルが、大きくうねったりはじけたり、その様は緊張感と興奮の連続である。これが長い時間経過を伴いながら物語のように進行し、宇宙的な広がりを見せる終楽章にいたっては、観客と演奏者が一体となった、一期一会の神秘的とも言えるような瞬間を体験することも少なくない。

さて今回のルイージによる「巨人」もまた、聞いていたその時にはまさに、そのような連続であったと思えるのは確かだ。私は、過去にルイージという指揮者を聞くときいつも、重要なフレーズがいともあっさりと、時には練習不足のような印象を伴って流れてしまう残念さを感じることがしばしばで、実のところあまり好きになれなかった。ところが今回の「巨人」は、そのような感じたのは一部であって、むしろすべての楽章で、特に各楽章の中間部において、表情を伴った細部の見事さを感じる取ることができたからだ。

第1楽章においてすでに完成度は高く、時にまだ、まとまりきらない演奏会が多いことも思えば、ヤルヴィで聞いた時のN響よりも良かったかも知れないと思われた。これで乗れると思ったのだろう。第2楽章の主題は大変力のこもった演奏で、特に低弦アンサンブルの凄みは手に汗を握るものだった。このような迫力満点の第2楽章を、1階席の真ん中で聞くとどんなに素晴らしかったかと思う。その第2楽章のレントラー風中間部、第3楽章の、懐かしい過去を回想するような瞬間・・・ここは全体の白眉である。ここをいい演奏で聞くと、私は涙が出そうになるが、それはCDでは起こらない。

壮大な終楽章の、長い時間を伴う大空間は、すでに交響曲第1番でマーラーの作風が確立されていたことを如実に表している。うねるような弦楽器や爆発的なフォルティッシモに混じって、壊れてしまいそうなくらいに繊細なメロディー。終楽章のマーラーはいつ聞いても感動的である。今回のルイージの演奏で私は、いくつかの再発見をしたことは先に述べた。第4楽章のひとつひとつの部分が、丁寧に、そして印象深く演奏された。ここの楽章を演奏する十分に練習されたオーケストラは、意気込みも集中力も十分で、満場の拍手とブラボーはひときは大きく会場を揺さぶった。

ようやく訪れた東京の春は、いきなり初夏を思わせる陽気に、渋谷へと向かう足取りもいつになく軽やかである。おそらく会場を後にした多くの人々が、同じように感じた演奏会だったと思う。この模様はテレビ収録されていたので、数か月後にはオンエアされるだろう。その時を楽しみにしていたいと思う。そして次回からは、できればもう少しいい席で聞いてみたい。おそらくヤルヴィの時以上の名演だったにもかかわらず、音が拡散してしまい、遠くで音楽が鳴っているように感じるNHKホールの悪い点が目立ったからだ。もっともその違いはテレビではわからない。テレビは実演には遠く及ばないと思うからである。

2017年4月8日土曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団第328回定期演奏会(みなとみらいホール、2017年4月8日)

月刊誌「ぶらあぼ」などでコンサート情報を調べると、この4月だけでいくつものオーケストラが、マーラーの「巨人」を取り上げている。4月8日土曜日の午後には、シルヴァン・カンブルラン指揮の読売日響と川﨑賢太郎指揮の神奈川フィルが激突。さらに翌週末にはファビオ・ルイージが指揮するN響が参戦する。まるで申し合わせたように同じ時期に同じ作品を定期演奏会で取り上げるのは、偶然であろうか。昨年の秋には「ファウストの劫罰」を2つのオーケストラが相次いで取り上げ、話題になったことも記憶に新しい。

この3つのコンサートを聴き比べることができれば楽しいが、それだけの経済的、時間的ゆとりのある人は珍しい。そこでどれかひとつ、ということになるのだが、たまたま8日の午後は予定がなく、私は思い立って神奈川フィルの定期演奏会に足を運んだ。神奈川フィルを聞くのは初めてであり、常任指揮者として4年目となる若手指揮者川崎賢太郎を聞くのも初めてである。若干33歳のこの指揮者をテレビで見て以来、一度は実演を聞いてみたいと思っていたからだ。読売日響の「巨人」はオールソップの指揮で数年前に聞いているし、N響のマーラーなら昨年のヤルヴィの超名演が鮮烈過ぎて、この演奏を越える演奏が行われることも期待しない。

神奈川フィルの定期演奏会は、横浜のみなとみらいホールでマチネの時間帯に行われた。土曜日にもかかわらず当日券が多数あることもわかり、私の家からは京浜東北線などを乗り継いで小一時間の道のりである。満開の桜を散らす小雨が降る中を、横浜目指して急いだのは、このコンサートを聞くと決めた1時間後であった。

チケットを買ってホールに入ると、指揮者自らがプレトークを行うと掲示されていた。3階席に座っていたら二人の若者が登場して、指揮台を挟んで話し始めた。川崎はこの時、次のようなことを話した。「マーラーの交響曲を演奏したいと思った。「巨人」を指揮することになって、その前半のプログラムにフィンランド人の作曲家エサ=ペッカ・サロネンの作品を選んだのは、マーラーとサロネンがともに大指揮者であると同時に大作曲家であるという共通点に加え、10年ほど前に出かけたロサンジェルスでサロネンの自作自演に接し、その『かっこいい』作品に触れたからである・・・云々」。

なかなか興味深いプログラムである。なぜならマーラーの「巨人」とサロネンの「フォーリン・ボディーズ」の間には、100年程度の開きがあるからだ。つまり通常はより古い作品との組み合わせで行われることの多い「巨人」を、その1世紀も後の現代の作品の後に演奏するのである。もしかしたらマーラーの「古さ」を感じる演奏になるかも知れない。少なくともマーラーの作品を少し落ち着いて聞くことになるかも知れない。これはなかなか面白い体験である。

現代の作品と古典的な作品を並べるのは、欧米ではよく行われることで、我が国でも意欲的な演奏会ではしばしばそのようなことがある。お客さんの意向はともかく、玄人受けと演奏家の意欲向上の両方を狙うことにより、結構な名演であっても満席にはならないという「お得感」が得られる。私はこのような演奏会が好きである。

サロネンの「フォーリン・ボディーズ」は3楽章からなる20分程度の曲ながら、編成は打楽器が所せましと並べられ、リズムも早く、なかなか興奮させられる作品である。ほとんどの人が初めて接するような作品を好んで取り上げ、そのレベルも決して低くはないというところが素晴らしい。定期演奏会なんかに通う観客はマナーが大変良く、演奏が始まる前に静まり返る。

「巨人」の冒頭もまた同様で、 弦の独特の響きに乗って木管楽器が鳥の鳴き声を奏でるあたりは実に精緻である。客も静かだと、演奏家も落ち着いて演奏できるような気がする。もちろん大変練習を重ねているのだろうことは想像がつく。神奈川フィルのマーラーと言えば、金聖響によるチクルスが一躍有名になったが、おそらくはそれ以来の演奏だったのではないだろうか。

第1楽章のクライマックスが決まると、間髪を入れず始まった第2楽章の自信を持った響きは、聞くものを興奮させた。川崎の指揮は、とてもメリハリがあって深く呼吸している様が遠くからでも感じられる。オーケストラを乗せてゆくテクニックもあるのだろう。そしてそのためには細かいところをおろそかにしない。つまりは音楽が大きくもあり、また細やかでもある。

第3楽章のコントラバスで始まるメロディーも決まり、中間部の聞きどころなどでは、静かでしかも緊張感を絶やさない。大編成のオーケストラをうまくドライブする若い指揮者からは、エネルギーが心地よく燃焼する様と、健康的で知的なオーラが感じられた。おそらくは第4楽章を、これほど冷静でありながら、かつ情熱的に演奏されるというのはなかなかないことだ。クライマックスを何度も迎えながら、オーケストラが破たんするわけでも、弛緩するわけでもなく、かといってこじんまりともしていない。

コーダでは指示通りホルンを立たせたが、そのようなことをしなくても適度な統率は維持された。空席が目立つ客席からは盛大な拍手が沸き起こり、それは各演奏者を丁寧に個別に立たせてゆく間中、途切れることはなかった。オーケストラには若い人が多く、そういう意味でも何かフレッシュな名演に接したように思い、しみじみと嬉しかった。ホールを出ると雨は上がり、春の暖かい風が馬車道を吹く抜けてゆく。

各オーケストラが同じ「巨人」を競演するなら、それぞれ少し変化があってもいいと思った。特に今日のコンサート、時間もあったので「花の章」が聞きたかった。曲の中に埋めるには抵抗があるのだろうか。第3稿に「花の章」を加えるという変則的なことは、音楽的に見てもちぐはぐなのだろうか。でもこの「花の章」は桜の時期に聞くにはうってつけだと思う。桜木町に向かう路上に植えられたソメイヨシノはまさに満開で、そんなことも考えながら家路についた。

2012年11月1日木曜日

グラス:ヴァイオリン協奏曲(Vn:ギドン・クレーメル、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

1937年生まれのアメリカの作曲家フィリップ・グラスは、その作風が非常に印象的だ。一般にミニマル・ミュージックと呼ばれる分野の草分けで(ただし本人はこれを好んでいない、とありきたりの注釈を入れなければならない)、短い旋律を何度も繰り返しながら、それが少しずつ変化していく。何か透明な感じ、そして東洋的な神秘的な感じである。歌劇「サティアグラハ」は、ガンジーの南アフリカでの人生を描いた作品で、昨シーズンのMet Live in HDシリーズでも上演されたが、そのさわりの音楽もまた、このように透明、そして東洋的であった。

詳しいことは音楽の専門家に任せることにして、このグラスの作品を初めて本格的に聞いた。それが1987年に作曲されたヴァイオリン協奏曲である。全部で3楽章から成る構成は、急-緩-急の形式で馴染み深い。いわゆる現代音楽に属するが、その音楽は非常に聴きやすい。映画の音楽やテレビドラマの主題音楽などに使ってもよさそうな感じ、といえば陳腐に聞こえるが、ここで聞く音楽は「クラシック」としては新鮮でありながら、現代人にとってはむしろ親和的ではないかと思う。

短いメロディーが連続的に、リズミックに繰り返されて、徐々に高まり、徐々に収まる。この曲には急に音楽が強くなったり(バロック音楽やベートーヴェンの得意としたやつだ)することはなく、かと言ってだらだらと静かなフレーズが続いたり、ロマンチックでありすぎたり、不協和音が不快すぎることはない。20世紀に入って様々な音楽的方向性が試行されたが、このような音楽は、なかなかいける。インドの音楽の影響を受けているとされるが、民族的ではなく、ロックやジャズとも違う。純音楽的に、これはひとつの作風であると思う。

第1楽章の冒頭から聞き手を情熱的に惹きつけると、第2楽章の静かな部分でも緊張感を失わない。そして第3楽章ではパーカッションの刻むリズムが耳に心地よい。オーケストラの小刻みな伴奏に乗って、クレーメルのヴァイオリンはいつものように夜の静寂の如く繊細だ。最低限の力で持続するように緊張の糸を細くしたり、伸ばしたり、あるいは太くしたり、といったあたりが作風と良く似合っている。だからこの曲の決定的な演奏として録音になったのだろうと想像しながら、何度も聞いてしまった。

伴奏は何とウィーン・フィルで、そのことがまた面白い。クレーメルとウィーン・フィルは、バーンスタインとのブラームスやムーティとのパガニーニなど、時おり気まぐれに素敵な演奏が存在するが、これもその一つだろう。だが、恥ずかしながらこのような演奏が存在していたことは最近まで知らなかった。

カップリングはシュニトケの合奏協奏曲第5番だが、これについてはまた別の機会に記そうと思う。

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...