ラベル _OMNIBUS の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル _OMNIBUS の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年8月24日月曜日

Sound of Silence(G: ミロシュ・カラダグリッチ、他)

大学を卒業するまで、私の部屋にはエアコンがなかった。高校三年生の夏は、猛暑の中で受験勉強を強いられた。その頃も大阪の夏は暑く、毎日36度を超える日が続いた。当然のことながら勉強は手に着かない。ひたすらベッド上で大量の汗をかきながら、扇風機を回して昼寝をする。ようやく涼しくなってくる夜間に備えるためだ。8月も終わりになる頃には、いつのまにか鈴虫が鳴いている。

午後10時になってNHKラジオが一日のニュースを放送する。勉強をしながらこれを聞くのが日課だった。11時になるとFMに切り替える。すると、今でも時々再放送される名番組「クロスオーバーイレブン」が始まる。「今日一日のエピローグ」というナレーションとともに、分野のミックスした軽音楽が静かに流れてくると、私の勉強は佳境に入ってゆく。12時になると、民放で始まるのが城達也の「ジェットストリーム」である。さらには「ABCヤングリクエスト」が午前3時まで…。

「クロスオーバー・イレブン」の話をするのは、異なるジャンルの音楽がミックスされた新しい領域が、この頃よくもてはやされたからだ。フュージョンやロックなど、私が普段聞かない音楽も、心地よいナレーションをミックスした構成によって、頭の中にスーッと入って来る。まだラジオが全盛の時代だった。

クラシック音楽も、分野の異なるロックやジャズなどに編曲されたり、逆にポップスのナンバーをクラシック風にアレンジしたりして、いわゆるクロスオーバーというジャンルに分類される録音がたまに出回る。専らアレンジの妙と、器楽のテクニックに酔うことになる。少し大人のセンスで、静かな語り口ということが多い。クロスオーバーはいわゆる「アダルト・コンテンポラリー」や「ソフト・ロック」の延長にあるとも言えるかも知れないが、我が国ではいつのまにか洋楽が底流となり、どこの放送局を聞いても最近のJ-POPばかりという状況である。クラシック専門局はおろか、洋楽専門の放送局も(かつてはあったが)今はない。

モンテネグロ生まれのギターリスト、ミロシュがドイツ・グラモフォンにデビューしたのはもう10年近く前になるのだが、その後手を痛めて休養し、最近活動を再開したようだ。私が今回聞いた最新アルバム「Sound of Silence」は、その名の通りサイモンとガーファンクルの名曲がタイトルとなっている(ただしサイモンの歌は「The Sound of Silence」と定冠詞が付いている。アルバムの方にはない)。ここでは、いわゆる「クラシック」の名曲も取り上げられているが、すべて必要最低限の編成にアレンジされていて、最高のヒーリング・ミュージックとなっている。

どの曲がどうの、ということはなく、最後の武満徹編曲による「虹のかなたに」に至るまで、選曲と編曲のセンスが素晴らしい。 それは静寂がまた音楽の一要素であることを思い出させ、空中に漂う音波のゆらぎに心を奪われるひとときである。強いてどの曲が好きかと問われれば、「Moving Mountains」ということになろうか。パーカッションと弦楽アンサンブルが寄り添い、流れるメロディーが美しい。他には、ギター単独の曲も散りばめられている。どの曲もつぶやくようで、ひとりで静かに聞き入るのがいい。

どんな猛暑になったところで夏が好きだ、という人がいる。こういう人は9月頃になって人が途絶えた海岸に佇み、行く夏を惜しむのだそうだ。北国生まれの私の妻などは想像できないらしいが、関西育ちの私にはよくわかる。8月もお盆を過ぎると、蝉の鳴き声が遠く鳴って聞こえるような気がする。

熱海に向かう快速列車が小田原を過ぎた頃、このアルバムが鳴っていた。どこまでも広い太平洋と快晴の真空を眺めながら、静かなギターに耳を傾けた。もうすぐ秋がやってくるのだと思うと、少しセンチメンタルな気分になった。私にとってはギターは、晩夏に聞くのが好きな楽器である。


【収録曲】
1. サイモン: サウンド・オブ・サイレンス
2. サワー・タイムズ
3. タレガ: 哀歌
4. ムーヴィング・マウンテン
5. ファリャ: ナナ
6. ストリート・スピリット
7. マグネティック・フィールド: ブック・オブ・ラヴ
8. メルリン: エヴォカシオン
9. コーエン: フェイマス・ブルー・レインコート
10. タレガ: 祈り
11. カランドレリ: ソリテュード
12. ブローウェル: キューバの子守歌
13. ムーディー・ブルース: サテンの夜
14. プホール: ミロンガ
15. アームストロング:  ライフ・フォー・レント
16. アーレン: 虹のかなたへ

2019年9月9日月曜日

Fête à la Française(シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団)

何度か書いたように、かつて小遣いを貯め、1ヶ月につき1枚まで、などと決めてカタログにいくつかのの目印をつけ、週末になると朝から都会のショップへ出かける。何時間もそこで過ごしながら随分迷ったあげく、次第に聞きたいCD数点と値段を見比べて、目的のうちの1枚あるいは予算内でもう1枚を選別する。そういった、期待と興奮に満ちたひとりで過ごす美しい行為は、Spotifyのようなストリーミング配信の普及によって、完全に過去のものとなってしまった。今ではCDの再生すら困難な時代になりつつある。CDを売る店はほぼ消滅し、CD再生機もほとんど売られていない。一世を風靡したウォークマンやiPodのような再生機でさえ、そこにダウンロードして持ち歩くスタイルが古いものとなった今、変革を迫られている。
ストリーミング配信がもたらした夢のない生活は、私たちの音楽生活を変えようとしている。かつて一生懸命集めたディスクが、いとも簡単に無制限に再生できるというショッキングな出来事も、そのまま外出先でも聞けるというのは、見方を変えれば便利なことであり、かつて候補に挙げながら購入を見送った数多くの演奏に、簡単に触れることができることで、音楽や演奏に対する視野を何十倍にも広げてくれる。しかもその可能性は、比較的低い定額料金で手に入れることができる。

Spotifyで聞くデュトワの指揮する「Fête à la Française(魔法使いの弟子/デュトワ・フレンチ・コンサート)」はまた私にとって、かつて親しんだディスクの思い出をよみがえらせてくれるものだった。今ではどこかに行ってしまったこのCDを、もう聞くことはないかも知れないと思っていたからだ。無くしたからといって再度数千円を投じる気持ちにはないが、機会があればもう一回くらいは聞いてみたいと思っていたのだ。

そのディスクには、フランス音楽の小品が集められている。フランス音楽と言うと、私自身とっつきにくい印象があったことに加え、ここのディスクに収録されている曲には、ほとんど馴染みがなかった。それにもかかわらず、私はいつかこのディスクを上記のように迷った挙句手に入れた。購入した以上、それを好きになるまで聞かないわかにはいかない。投資が無駄になるのは、何としても避けたいと思うのが、この時代のディスク収集家の宿命である。私はカセットテープにダビングして、自宅の車に持ち込み、カーステレオで聞くのが日課となった。このころはほぼ毎日、1時間程度を運転していたから、この演奏は耳にタコができるほど聞いたことになる。こういうことはSpotify時代にはできないことだろうと思う。

ある日、猛暑の中をドライブしていた。締め切った車内はクーラーが効いていて、多少の渋滞も気にならない。そんなときに、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団によるフランス音楽小品集は気持ちの良い時間を約束してくれた。私はこのCDを聞くと、なぜか第二神明道路の下の国道を走行中の神戸市内を思い出す。車内では少しボリュームを落として聞くと、豪華で洒落たサウンドが涼しい車内を満たし、色彩感に彩られたシャープな響きが心に響いてくる。

シャブリエの「スペイン狂詩曲」は、そのような曲の中で、とりわけ私の記憶に残る曲だった。またサン=サーンスの「バッカナール」(歌劇「サムソンとダリラ」)は、このディスクの中では、デュカスの「魔法使いの弟子」と並んで最も有名な曲であり、オーケストラ音楽の醍醐味を聞く思いがする。細部にまで神経を行きわたらせながらも、さりげない手さばきで聞くものを引き込むデュトワの手法は、目立たないながらも絢爛豪華である。勿論、モントリオール交響楽団の技術的水準とデッカの優秀な録音を伴っていることによって、いつもながら完成度の高いものに仕上がっている。

このCDを買った時、そこに収められている曲は、すべて知らなかった。シャブリエの交響詩「スペイン」だってそうだ。こんな有名な曲を、と今なら思うのだが、実際のところこういった小品を聞く時間が、いったいどのくらいあるだろうか。このCDに集められているのは、そんな少し目立たない作品ばかり。歌劇「レーモン」序曲が今では最もお気に入り。サティの静かな2曲がアクセントとなっているが、それ以外の曲の肩ひじ張らない(ように聞こえる)演奏は、最後のイベールの「喜遊曲」まで飽きることはない。



【収録曲】
1. シャブリエ:楽しい行進曲
2. デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」
3. シャブリエ:スペイン狂詩曲
4. サティ:2つのジムノペディ
5. サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」よりバッカナール
6. ビゼー:小組曲「子供の遊び」
7. トーマ:歌劇「レーモン」序曲
8. イベール:室内オーケストラのためのディヴェルティメント

2018年9月18日火曜日

ベルリン・フィルのジルヴェスター・コンサート1983(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮)

クラシック音楽の鑑賞にまだ映像メディアが珍しかった頃、外国の指揮者の演奏姿はNHK教育テレビで放映される来日オーケストラの公演くらいでしか目にする機会はなかった。しかも来日するオーケストラは、バブルの前までは年に数団体に過ぎず、音響のいいホールもなかった。最初はVHDなどと称するビデオディスクや、あるいはVHSのビデオ・テープでカラヤンの映像があるとわかると、それはさぞや素晴らしい演奏だろうと心をときめかせたものである。

カラヤンは、自らの映像を収録することに特に熱心だった。ユニテルというヨーロッパのクラシック映像を一手に担う会社が、奇抜な配置でベートーヴェンの交響曲全集やブラームス全集を収録したのは1970年代が中心ではなかったかと思われる。これらの作品は、カラヤンのみに焦点が当てられ、オーケストラのメンバーの姿はほとんど見えない。コンサートマスターが少々出るくらいで、あとは楽器のアップ。それにカラヤンの左横からの目を閉じた指揮姿である。一部の曲では「ライブ」の様相を呈しているが、これはカメラアングルにのみ観客(を演じる人々)を配置していたとのことである。ティンパニの殴打に伴って飛び散るホコリを、横から当てた光が強調するのも、演出上の効果を狙ったものだ。

そういう不自然な演奏は時代を感じさせるが、全アングルフルでフィルム収録され、編集されているから、手がかかっており完成度は高い。映像の時代を先取りしたカラヤンの姿勢は、実験的な要素も多分にあったわけで、今ではオーケストラ収録時のカメラワークに歴史的な影響を与えているとも思う。

80年代に入って映像作品が珍しくない時代になると、予算の関係もあって収録はライヴが中心となった。CDと異なり編集が容易ではないから、同じ時にリリースされるCDとビデオでは、演奏が少し異なる。そして晩年のカラヤンは自らビデオ制作会社を設立し、主要なレパートリーを再び収録していった。

そのような中に、ベルリン・フィルが大晦日のマチネで演奏するポピュラー名曲集とも言えるビデオが何点かある。私がこのたび中古のレコード屋で見つけ、わずか500円という価格で入手したSONYのDVDが1983年のコンサートである。いまさらカラヤンの、それも衰えを感じさせる晩年の管弦楽名曲集なんて、と思うとこの素晴らしい演奏を聞き逃す。それほど今となっては貴重で、しかも懐かしいビデオである。ここでは完全にライヴ収録されているが、歩くにも苦労していたカラヤンの指揮台へのアプローチは省略されている。

私は最近NHK交響楽団の演奏でヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「うわごと」を聞いたが、そういえばこの曲はここに収録されていることを思い出した。それがこのたびこのDVDを取り出して聞いた直接の理由である。ここでのカラヤンの演奏は完璧と言うほかはなく、奏者の集中力を伴った力強い音が、カラヤンの一挙手一投足に合わせて変化する様は、見ていて嬉しくなってしまう。

記録によれば、この日のコンサートは「未完成交響曲」ではじまり、「ラデツキー行進曲」で終わったようだ。これらは省略されているが、ベルリン・フィルのゴージャスなサウンドが、ロッシーニやシュトラウスのような作品で如何なく表現されている様は見事である。アバドやラトルの時代の民主的なベルリン・フィルとは異なる。当時は現代的に見えたカラヤンの指揮する一音一音が、時代がかってもいて面白い。音楽は非常に丁寧で、フレーズの一つ一つが映像と調和している。昨今の「自然な」ライブ感とは異なるこの映像は、時折見てみたい。オーケストラを聞く醍醐味がリビングで味わえる。スメタナの「モルダウ」やシベリウスの「悲しきワルツ」の、フレーズをたっぷりとった弦楽器の調べにも舌を巻くが、最後の「ジプシー男爵」序曲もカラヤンの得意としてきた曲である。

メロディーの緩急と強弱の見事さ。そしてそれを表現するベルリン・フィルの底力。このビデオは、いまとなっては過去の遺産、カラヤンとしては最新版としての映像作品である。ビデオディスクで見る楽しみのひとつは、こういった今では体験できない指揮者やオーケストラの雰囲気を懐かしく思い出しながら、新たな発見をすることである。


【収録曲】
1.ロッシーニ:歌劇「ウィリアムテル」序曲
2.スメタナ:交響詩「モルダウ」
3.シベリウス:悲しきワルツ
4.ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」
5.ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲

2018年8月20日月曜日

ウィンナ・ワルツ集(フランツ・バウアー=トイスル指揮ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団)

例年になく暑い夏もいつもまにか季節が変わり、ここ数日は秋の気配が漂っている。100周年記念の夏の高校野球も、連日の熱戦のうちに幕を閉じようとしている。暑い残暑の日々に、どういう音楽がもっとも心地いいだろうか。経験的な回答の一つは、ウィンナ・ワルツである。2003年の夏、1か月以上に及ぶ入院から帰還した時、私ははじめてそう思った。その時に見たアーノンクールの指揮するお正月のニューイヤーコンサート、中でも「皇帝円舞曲」が、美しいシェーンブルン宮殿の映像と共に心に残っている。

シュトラウス一家のワルツはもちろん素敵だが、シュトラウス以外の作曲家が作曲したウィンナ・ワルツの名曲を集めた一枚が手元にあったので、今回はそれを聞くことにした。邦盤のタイトルは「金と銀」となっているが、これはもちろんレハールのワルツ「金と銀」のことで、それ以外にも計7曲を集めた洒落た一枚。ウィーン・フィルではなくウィーン・フォルクスオーパーのオーケストラがここでは登場する。もちろん、あの独特のアクセントを持った3拍子を、気取らずしかもロマンチックに表現、ウィーン情緒満点の演奏である。

久しぶりにレハールの曲を聞きながら、初めて親に買ってもらったLP2枚組のことを思い出した。その中にはワルツを集めた面があって、レハールの「金と銀」、「メリー・ウィドウ・ワルツ」、ワルトトイフェルのワルツ「ドナウ川のさざ波」、それに「スケーターズ・ワルツ」の4曲が収録されていた。私はこのLPを何度も何度もかけては、擦り切れるようになるまで聞いていた。確か小学校3年生の頃だったように思う。演奏はアーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップス管弦楽団。ジャケットの解説で志鳥栄八郎が、家族団らんのひとときを、ビールでも飲みながら耳を傾けると良い、などと書いていたように思う。思えば一家がステレオ装置を囲んで、クラシックの名曲を鑑賞するなどろいう上品な時間は、裕福な家庭でもとっくの昔に失われてしまった。

この2枚組のLPにも、どういうわけかシュトラウスの音楽が入っていない。その他には、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲や、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲、それから「アンダンテ・カンタービレ」や「グリーンスリーヴズの幻想曲」といった作品が、「名曲のアルバム」の如く収録されていた。こういうファミリー向けディスクも、今では過去のものとなってしまった。 だが私は、今でもポピュラー・コンサートの類が大好きである。このようなCDを見かけると、つい買ってしまうのだ。

バウアー=トイスルの指揮するフォルクスオーパー管弦楽団は、いまでは堅苦しいウィーン・フィルのニューイヤーコンサートと違い、肩ひじ張らず、かといっていい加減でもない、丁度いいムードでご当地ものの名曲を、むしろ本家はこちらといわんかのように弾いている。小粋で気さくな雰囲気には好感を持てる。

なお、ローザスの「波濤を越えて」は、かつては有名な曲だったが、今聞くことは非常に少ない。この作曲家は何とメキシコ人である。一方、指揮者のバウアー=トイスルは、あのクレメンス・クラウスに学んだ生粋のオーストリア人である。2010年に死去。フィリップスの録音は1981年となっている。

それからもう一つ。ウィーンのフォルクスオーパーと言えば、「メリー・ウィドウ」の来日公演を思い出す。テレビで見て、実に楽しかったのだ。まあそういうことも含めて、2回旅行したことのあるウィーンの庶民的な光景を、その明るくて澄み切った青空とともに思い出す。ついでなので、1987年に旅行した時の写真を何枚か
探して貼っておきたい。


【収録曲】
1.カルル・ミヒャエル・ツェラー:「謝肉祭の子供」作品382
2.フランツ・レハール:メリー・ウィドウ・ワルツ(舞踏会の美女)
3.フヴェンティーノ・ローザス(エンシュレーゲル編):波濤を越えて
4.フランツ・レハール:「金と銀」作品79
5.ヨゼフ・ランナー:「宮廷舞踏会」作品161
6.カルル・ミヒャエル・ツェラー:「ウィーンの市民」作品419
7.ヨゼフ・ランナー:「ロマンチックな人々」作品167



2018年3月4日日曜日

「TANGO GOES SYMPHONY」(ペーテル・ブレイナー指揮ラズモフスキー交響楽団)

珍しいことに東京にはまだCDを売る店があって、新宿にもタワーレコードが健在である。クラシックの売り場はどんどん縮小されてはいるが、ここへ行けば新譜だけでなく、結構な量のCDの中からいくつかを買うことが出来る。私はもう1年に数枚しかCDを買わなくなって久しいが、その日はたまたま時間ができたので、仕事の帰りに立ち寄ってみた。

もっともお目当ては「ぶらあぼ」という月刊誌(無料)で、月単位で全国のコンサート情報が掲載されている。これをパラパラとめくりながら、これから行くコンサート情報を眺めるのが好きである。タワーレコードにはその「ぶらあぼ」が置かれていて、自由に持って帰ることができる。

目的を達成した後でまだ少し時間があったので、何気なく売り場を徘徊していたところ、どういうわけかこれだけはレーベルごと別なって売られているNAXOSのコーナーの片隅に「TANGO GOES SYMPHONY」と題されたCDが目に留まった。これはタンゴの有名曲の数々をオーケストラ曲風にアレンジした企画もの、編曲ものであることはすぐに判明した。

最近私は公私に亘って一区切りがつき、まだ肌寒いものの陽射しが増してくる初春の季節を、気持ちよく過ごしている。まだ花粉症にもなっていないようなので、毎夜の散歩も楽しみである。そんなお供に少し軽い、気取らない曲も聞きたいと思っていた。「タンゴ」と聞いてピンと心が震えた。そのCDは新品なので1200円以上もする。NAXOSは「CDの文庫本」であると言われた時代は過ぎ去り、今では大手レーベルの再発ものよりも高くなって「お買い得感」はあまりない。それでも毎月いくつかのCDをリリースし、その多くがあまり知られていない作曲家や作品であるという路線は変わらない。

手に取った瞬間「買おう」と衝動的な気持ちになるのを覚えながら、このような感覚は久しぶりだと思った。ネットで気軽に音楽が聴ける時代、何か新しいものに出会った時のはやる気持ち(それは出会ってから実施に体験するまでの、期待と興奮に満ちた、短くも長い時間のことである)が得られることは少ない。ただ問題はその演奏である。ラズモフスキー交響楽団という聞いたことがない団体。CDの帯にはそれでも日本語で「もうお馴染みのペーテル・ブレイナーの編曲・演奏シリーズ」などと書かれている。そうか、知らぬ間にお馴染みになっていたのか!もっともこのCDの録音は2001年だから17年も前。私はこの頃なら、ときおりCDを買っていた記憶があるが、このような演奏家は知らなかった。

タンゴとはもともと南米アルゼンチンの音楽である。アルゼンチンというのは私の子供のことからの憧れの地で、昔見た写真集の中にブエノスアイレスのビル街を撮ったものがあって、その写真は今でも時々夢に出てくるくらい鮮明に覚えているのだが、そのわが麗しの国、アルゼンチンを旅行したのは今からもう30年近く前になる。その時の話はいずれここにも旅行記として書かねばならないのだが、今日聞くのは本家のアルゼンチン・タンゴではなく、そのスタイルがヨーロッパに渡って発展したコンチネンタル・タンゴの方である。

ただコンチネンタル・タンゴにもいくつもの流れがあって、もっとも有名なのはドイツ系のものだと思っているが、今回のCDは何とスロヴァキアのオーケストラが演奏している。そして、新たなブレイナーのよる編曲はまた独自のもので、時にタンゴという枠を離れ、ジャズの雰囲気も醸し出しながら、フルートが活躍するというものだった!

解説書を読むと、ラズモフスキー交響楽団というのは、ブラチスラヴァのいくつかのオーケストラの奏者で構成される団体である(あのベートーヴェンの弦楽四重奏でも有名なラズモフスキー伯爵にちなんでいるのかも知れないが…)。ブレイナーはここで編曲、指揮、それにピアノを担当している。独奏楽器が活躍するのが特徴で、もっとも活躍するフルート(シェフィカ・クトゥルエル)のほかに、当然アコーディオン、トランペット、ドラムスなどが、静かな夜の大人の雰囲気を表現している。お洒落なライト・クラシックである。だがいわゆるイージー・リスニングとは異なり、アレンジの妙を聞いているだけで楽しめるだけでなく、奏者の技巧も確かであることで心も気持ちよくなってくる。夜の散歩に持ち出し、リズムに合わせて歩いていると、次第に暖かくなっていく風が頬を撫で、街の明かりが運河の水面に反射して揺れ動く都会の倉庫街の雰囲気に実に合う。そういえばタンゴ発祥の地とされるカミニートもそんなところだった。

リズムが途中で途切れたり変化するので、これで踊ることはできないだろう。オーセンティックなタンゴの演奏を期待してはいけないし、活躍しすぎるフルートの音が好きか、という問題も残る。もっとも後者は慣れると気にならないばかりか、卓越したフルートの音色が馴染んでくる。そして編曲の妙味だろう、たとえば有名な「ジェラシー」などはどこか東洋的な、つまりは日本的な雰囲気を作り出している。

古典的な名曲からピアソラの作品まで、満遍なく網羅しながら、原曲を思い出す程度にはメロディーが残り、そのアレンジによってある時はジャズ、ある時はバロック!(バッハの「トッカータとフーガ」なども聞こえる)というように姿を変える。だが一定のスタイルの幅を超えることはない。ここがポップス・オーケストラの聞かせどころと心得ている。また独奏楽器を含め奏者の腕前が確かなので、録音でごまかされる感もない。

というわけでこのCDは今では私のお気に入りとなっている。ユニークなタンゴであはあるが、このような企画されたCDを聞くことは困難な時代になってしまった。このCDをトラック単位で楽しむことは、ネットの時代でも可能ではある。けれどもCD全体を聞きながら次第に体が馴染んでいく時間を楽しんだりして、トータルで感じる味わいの素晴らしさをどこかに忘れてしまっていると感じるのは私だけだろうか。


【収録曲】
1.エル・チョクロ(アンヘル・ビジョルド)
2.ラ・クンパルシータ(ヘラルド・ロドリゲス)
3.ミス・メンダシティ(ペーテル・ブレイナー)
4.ノスタルヒコ(フリアン・プラサ)
5.アディオス・ノニーノ(アストル・ピアソラ)
6.ミロンガと私(ティト・リベロ)
7.涙と微笑み(パスクァル・デグリージョ)
8.ソー・イン・ラヴ(コール・ポーター)
9.オブリビオン(アストル・ピアソラ)
10.ジェラシー・タンゴ(ヤコブ・ゲーゼ)
11.来るべきもの(アストル・ピアソラ)
12.オルランド・ゴニに捧ぐ(アルフレド・ゴビ)
13.場末の誇り(フランシスコ・カナロ)
14.メランコリコ(フリアン・プラサ)

2016年10月31日月曜日

「From Yesterday to Penny Lane」(G:イェラン・セルシェル)

マッサージ屋などに行くとヒーリングのための音楽が静かに流れている。バリ島やアマゾンの鳥の鳴き声なども混じった自然の音であることも多い。これらはおおよそ有線放送のチャンネルをそのまま流しているケースがほとんどである。先日行った歯科でも、同じようなものが流れていた。

けれどもこのような「環境音楽」は、どことなく不自然で、しかもあまりムードがいいとは思えない。流している方はそう考えていないのだろうけれど、私の場合、間に合わせの音楽をテキトーに聞かされている感じがして好きになれないのだ。ある鉄道の駅で聞いた小鳥のさえずりも録音だった。どうせなら何も流さなければいいのに、などと思ってしまう。

さてこのような「癒し系」の音楽も、プロがちゃんと演奏すると一変する。もちろん演奏だけではない。そもそもいい曲でなければならないし、それらはきっちりと編曲され、十分に考えられた順序に並べられている必要がある。売られているCDなども、いいものになればちゃんと順序だって考えられている。耳に心地よいような音程とリズムの変化、楽器の選択などがそれに加わる重要な要素である。

前置きが長くなったが、「From Yesterday to Penny Lane」と銘打たれたタイトルのCDは、そのものずばりビートルズの曲が並ぶものである。手に取るとそれはすぐにわかる。ドイツ・グラモフォンの黄色いロゴ・マークに、ビートルズの曲となると、これは編曲ものである。大変珍しいCDではないか、と思いながら演奏者の欄に目をやると、スウェーデン生まれの世界的ギターリスト、イェラン・セルシェルとなっている。ジャケットの白黒の写真には、4つの姿勢でギターを抱えるセルシェルの姿。これはギターで聞くビートルズ、面白い、ということになって買い物かごに入れることとなる。

最初の曲「ノルウェイの森」を聞くだけで、いいCDを買ったと思った。静かに語りかけるような演奏は、これがしっとりと美しく、味わい深いものであることを示している。ゆったりとした時間が流れる。そのようにしてしばし何曲かに耳を傾ける。すべてお馴染みの曲だけど、メロディーがかなり深く変化して、透明な気品が漂う。

第6曲「カム・トゥゲザー」からは、そこにバンドネオンが加わるではないか。そのリズムは前衛的なタンゴである。第7曲「抱きしめたい」に入ると、さらにメロディックな感じがして何とも嬉しくなる。こういう曲にもなるのだな、と思う。

第9曲目から第11曲目までは、さらにヴァイオリンが加わる。マーティンの「Three American Sketches」という曲だそうだ。でも曲が賑やかになるわけではない。オリジナルで聞くビートルズはやかましい曲だが、ここで流れる上品な時間は、聞くものをしばしリラックスさせる。最高のヒーリング・ミュージックである。

もうどの音楽がどう、などということはどうでもいいことのように思えてくるが、第12曲目から始まる「ビートルズ・コンチェルト」というのがまたなかなかいいではないか。聞きなれた曲が弦楽合奏とギターの協奏曲形式となって全7曲も演奏されるのだ。ここに「イエスタデイ」も「ペニー・レーン」も含まれている。

なぜ私がこのような曲を必要としたのか。それはこの秋、指の骨折や目の異常な乾きにさいなまれる日々が続いているからだ。ある日私は、このままではいけないと思い、夜になって散歩に出かけた。ベンチに腰かけて、痛い目を閉じながら、気分を落ち着かせようと必死だった。いつも持ち歩くWalkmanに、たまたまこのCDのコピーが入っていた。私は時々間をあけて、夜の灯が運河の水面に反射する光景を眺めながら、静かにひとりこれらの曲を聞いて行った。何も考えたくない時間を、私はこの曲と演奏で過ごした。いいCDを持っていたものだと、嬉しくなった。遠くで汽笛が鳴った。


【収録曲】
1. Lennon: Norwegian Wood (The Bird Has Flown)
2. Lennon: In My Life
3. Lennon: Can't Buy Me Love
4. Lennon: The Long And Winding Road
5. Lennon: I will
6. Lennon: Come together
7. Lennon: I Want To Hold You Hand
8. Lennon: Help!
9. Martin: Three American Sketches - Westward Look
10. Martin: Three American Sketches - Old Boston
11. Martin: Three American Sketches - New York
12. Brouwer: Beatles Concerto
    1. She's Leaving Home
    2. A Ticket To Ride
    3. Here, There & Everywhere
    4. Yesterday
    5. Got To Get You Into My Life
    6. Eleanor Rigby
    7. Penny Lane


2016年9月30日金曜日

「不滅の日本行進曲傑作集」(𠮷永雅弘指揮陸上自衛隊第1音楽隊)

まだ王や長嶋や江夏や田淵が現役で、横綱といえば北の湖の時代、テレビのスポーツ中継は今とは比べ物にならないほどの国民的関心事だった。そのころ、プロレスのジャイアント馬場は黛敏郎の作曲した「スポーツ行進曲」に乗ってリングに登場するのが慣例で、この行進曲は、日本テレビ系列のスポーツ中継、すなわち後楽園の巨人戦でも使われており、同様に各放送局がスポーツ中継に使用する音楽は、ほぼ1つに決まっていた。今では中継大会毎に、けばけばしい歌手の騒々しい歌が放送されているが、昔はシンプルだったのだ。

クラシック音楽が好きになる前、小学生の頃は行進曲が気に入っていた。気に入っていたと言っても手元にレコードがあるわけでもなく、ただ単に、スポーツ中継で流れるテーマ音楽などが好きだっただけである。その各局の音楽は何という行進曲か、いまならWebでサッと検索できるが、当時は何年たってもわからないまま。そんなある日、当時まだあった民放FM局のクラシック番組「新日鐵アワー・音楽の森」を聞いていたら(午後4時から30分間の放送である。私は早くもラジオ少年だった)、作曲家の山本直純氏が古今東西の行進曲特集を放送しているではないか。

一週間続けての特集で、ここでもやはりスーザ、そしてヨーロッパの行進曲が流れたと思う。そこで面白かったのは、地域による行進曲の違いである。山本直純は様々なレコードをかけながら、曰くアメリカの行進曲は早く勇ましい、それに比べるとヨーロッパは少し遅い、などと解説した。その翌日にはとうとう我が国の行進曲について、何曲かが紹介された。

最初の曲は・・・「宮さん宮さん」(明治元年)という曲であった。日本の近代化は明治維新より始まるとされているが、早くもその最初の年に、我が国最初の軍歌が作曲されたのである。

軍歌と行進曲の区別は難しい。オスマントルコがヨーロッパへ進出し、太鼓やシンバルなどを用いた二拍子のリズムが流行した、モーツァルトやベートーヴェンがトルコ行進曲を作曲しているのはこの影響である。それから100年を経て日本でも西洋音階による行進曲が作曲されていく。

明治の近代化は富国強兵の時代でもあり、そしてそれはまた植民地主義の時代でもあった。戦争によるアジア諸国への侵略は、欧米の列強文明をいかに早く取り入れるか・・・つまり近代化をいかに早く達成するか、という戦いでもあった。音楽の側面においても、戦前の行進曲は軍歌の色合いが濃い。その中で今でも特に有名なのは、私の家にもかつてSPレコードがあった「愛国行進曲」と、パチンコ屋で流れる「軍艦マーチ」であろう。

「愛国行進曲」は次のような歌詞で始まる。「見よ東海の空あけて、旭日高く輝けば、・・・」この歌詞を私はSPレコードを聞きながら覚えたのだから殊勝な小学生である(だが私が右翼の活動家になることはなく、むしろ今ではかなり確信的なリベラルかつ護憲主義者である。念のため。)

この曲が作曲されたのはWikipediaによれば昭和12年のことである。公募によって元海軍軍楽長、瀬戸口藤吉の作品が選ばれた。その経緯は上記に詳しいが、驚くべきことはその応募数の多さである。何とこの時代に6万弱の応募があったというのだ。 そしてその瀬戸口が作曲したのが行進曲「軍艦」である。ただし時代は明治30年に遡り、今でもおそらく小学生にも有名だが、歌詞は古めかしく、文語調である。「守るも攻むるも黒鐵の、浮かべる城ぞ頼みなる・・・」

我が国の代表的な行進曲を、戦前のものまでも含めて一枚に集約したCDが発売されたとき、私は迷わずこれを買った。2004年ことである。演奏は三等陸佐𠮷永雅弘指揮の陸上自衛隊第1音楽隊。ジャケット写真には制服姿のブラスバンド。これで私の行進曲のコレクション全4点は完結したわけだが、ここの後半部分には、あのスポーツ中継のテーマ音楽が多く収録されている。それらは、以下のとおりである。
  • 毎日系・・・「コバルトの空」
  • 朝日系・・・「ウィーンはウィーン」(このCDにはないが、カラヤンのCDで)
  • 関西TV系・・・「ライツ・アウト」(このCDにはないが、フェネルのCDで)
  • よみうりテレビ系・・・「スポーツ行進曲」
  • NHK・・・「スポーツ・ショー行進曲」
ここで関西系のテレビネットで記述したのは、テレビ朝日について別の曲(「朝日に栄光あれ」)であるからだ。またこれらのテーマ曲はNHKを除き、今ではほとんど耳にしなくなった。

オリンピックの開会式でもまだ規則正しく行進することが常識だった時代、東京大会の入場行進は、このCDにも入っている古関祐而の名曲「オリンピック・マーチ」により始まった。我が国初めてのカラー放送は、国立競技場の先頭を行進するギリシャ選手団を捉える。曲に乗せて鈴木文弥アナの名調子「行進の先頭はギリシャであります。群地に白のギリシャ国旗が、レンガ色のトラックに映えます。白く高い南ヨーロッパの太陽、青く深いエーゲ海の海を象徴するかのような国旗を先頭に、ギリシャ選手団の入場であります・・・。」

いまどき整列行進するのは、自衛隊の観艦式を除けば、高校野球の入場行進と北朝鮮のパレードくらいだが、このCDには「若い力」(国体のテーマ曲)、「栄光は君に輝く」(全国高校野球選手権大会のテーマ曲)なども収録されている。ところが、これほどにまで国民的なマーチを集めておきながら、そして古関祐而の曲が3曲も入っていながら、誠に残念なことに「六甲おろし」が入っていない。


【収録曲】
1.須磨洋朔:行進曲「大空」
2.江口源吾:連合艦隊行進曲
3.吉本光蔵:君が代行進曲
4.江口源吾:行進曲「千代田城を仰いで」
5.小原政治:行進曲「偉大なる武人」
6.江口源吾:観艦式行進曲
7.斉藤丑松:行進曲「愛国」
8.陸軍戸山学校軍楽隊:行進曲「威風堂々」
9.水島数雄:行進曲「希望に燃えて」
10.斉藤丑松:行進曲「太平洋」
11.瀬戸口藤吉:行進曲「軍艦」
12.古関裕而:スポーツ・ショー行進曲
13.黛敏郎:スポーツ行進曲
14.レイモンド服部:行進曲「コバルトの空」
15.高田信一:行進曲「若い力」
16.古関裕而:オリンピック・マーチ
17.古関裕而:行進曲「栄冠は君に輝く」
18.堀滝比呂:行進曲「凱旋」
19.𠮷永雅弘:行進曲「勇敢なるらっぱ手」
20.團伊玖磨:祝典行進曲

2016年9月29日木曜日

ドイツ行進曲集(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブル)

バーンスタインが豪華絢爛なアメリカを中心としたマーチ集を録音していたと思ったら、カラヤンもまた行進曲集をリリースしていたことを知った。こちらは天下のベルリン・フィル管楽器セクションを用いたもので、曲もドイツの行進曲に限定されている。それぞれの曲をあくまで純音楽的に響かせようというので、古くから親しまれているものを中心にしたアルバム。

ベートーヴェンの「ヨルク行進曲」で始まるブラスの響きに耳を傾けながら、カラヤンはまた真面目にこのような音楽を演奏しているのだなあ、と思う。知っている曲は少ないが、「双頭の鷲の旗のもとに」とか「旧友」のような定番曲も収録されている。そして「ウィーンはウィーン」に来て、とうとうテレビ局のスポーツテーマ音楽を踏破した。この曲は朝日系の野球中継等で使われてきた曲である。大阪ではABCラジオのナイトゲーム中継でもおなじみの、あの曲である。それをカラヤンが演奏している。

他の放送局はどうしたのか、と思うかも知れない。他の放送曲のテーマ音楽は主に日本の行進曲が使われている。それにつては次回に触れる。

それにしてもこのCD、聞いたことのある曲は少ないし、同じような曲がずっと続くにもかかわらず、聞いているうちに管楽器だけのアンサンブルが次第に耳に馴染んできて、とても幸せな気分になるのは不思議である。個人的な感想なのだが、スーザの行進曲だとこうはいかず、飽きるのに。

ドイツの行進曲は2拍目にアクセントがある。その結果少し重い感じがする。重い靴を履いた行進である。また第1の主題が繰り返されたあとに、比較的メロディアスな中間部が置かれているのも特徴である。このA-B-Aの形式が我が国の明治以降の行進曲にも適用されている。

2拍目のアクセントは、小学校の時に習った「左ー右」の順序で言えば、右足の部分である。マーチが2拍子で作られていることを考えれば、「強ー弱」のうちの弱の方。すなわち「弱音ー2拍目ー右足」ということになる。果たしてそうであろうか?

この疑問に答えてくれたのが、「西洋音楽論」(森本恭正著、光文社新書)である。この瞠目すべき音楽論はヨーロッパで活躍する指揮者によって書かれている。それによれば、欧米では実際には上記と若干異なり、あくまで2拍目が強い、というのである!これをアップビートという。おおよそロックであれクラシックであれ、西洋の音楽はアップビートである、というのだ。すなわち「強音ー2拍目ー右足」。多くの人が利き手である側、すなわち右足で強く蹴りだすのは生理的な現象で、日本人はそれを誤解して西洋音楽を導入した。したがって現在でも、J-POPであれクラシックであれ、 日本人の演奏というのは聞いて直ぐにわかる、と筆者は言う。

なるほど、と思った。音楽をするときのコツ、それはアップビートで演奏することである。このような指摘は、これまで他にはない。どうしてなのはわからない(わが国ではアップビートのことをアフタービートと呼ぶらしい)。

カラヤンの行進曲集を楽しく聞きながら、行進という人間の持つ基本動作に基づく音楽としての、一定の規律と厳正なるものを感じ、そして何かきちっとしてければいかないような気持になった。3拍子が踊りから派生しているのと同様に、大勢の人が合わせて歩くさまは、お祭りのような「ハレ」の状態であり、華やいだフェスティバルで聞かれるファンファーレや行進曲は、そういった共同体生活の中での特別な意識を表している。私が子供の頃にスポーツ中継を通じ行進曲が好きになったのも、そのような生活上のわくわくするような感覚によるものだったと思う。

ついでながら、私の好きな曲は、前述の「ウィーンはウィーン」に加え、「チロルの木こりの誇り」、「旧友」、それにヨハン・シュトラウスの作曲した喜歌劇「ジプシー男爵」から「入場行進曲」などである。最後の曲「ニーベルンゲン行進曲」はワーグナーの楽劇のメロディーがちりばめられている。カラヤンがこんな曲を入れているのは、やはりドイツを感じるというか、何というか。


【収録曲】
1.ヨルク行進曲(ベートーヴェン/シャーデ編)
2.トルガウアー行進曲(フリードリヒ大王)
3.我がオーストリア(スッペ/プライス/ドブリンガー編)
4.はためく軍旗の下に(リンデマン/シュミット編)
5.大公騎兵隊行進曲(モルトケ伯爵)
6.双頭の鷲の旗の下に(J.F.ワーグナー/モスハイマー編)
7.我ら皇帝親衛隊(ミュールベルガー/デボロ/タンツァー編)
8.フローレンス行進曲(フチーク)
9.ケーニヒスグレッツ行進曲(ピーフケ)
10.連隊の子供たち(フチーク/ブラーハ編)
11.ウィーンはウィーン(シュランメル/シュミット=ペテルセン編)
12.十字軍騎士ファンファーレ(ヘンリオン/メネケ編)
13.ペテルブルク行進曲(作曲者不詳)
14.フェールベリン騎兵隊行進曲(ヘンリオン/メネケ編)
15.ホッホ・ウント・ドイッチュマイスター行進曲(エアトル)
16.ヴィンドボナ行進曲(コムツァーク/マーダー編)
17.ホーエンフリートベルク行進曲(フリードリヒ大王)
18.アルブレヒト大公行進曲(コムツァーク/ヴィリンガー編)
19.チロルの木こりの誇り(J.F.ワーグナー/タンツァー編)
20.プロイセンの栄光(ピーフケ)
21.ケルンテンのリーダー行進曲(ザイフェルト)
22.ボスニア人たち(ヴァグネス)
23.フリードリヒ近衛連隊行進曲(ラーデック)
24.旧友(タイケ)
25.ジプシー男爵』から入場行進曲(J.シュトラウス2世)
26.ニーベルンゲン行進曲(ゾンターク)

2016年9月28日水曜日

行進曲集(レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)

小学生の頃、行進曲を集めたレコードが聞きたくて近所のレコード屋に出かけたが、なかなかいいものはなかった、と述べた。暫くしてCBSソニーからレナード・バーンスタインが指揮する行進曲集が発売されていることがわかった。鼓笛隊のイラストがジャケットのこのLPには、スーザを始めとするアメリカの有名な曲を中心に10曲あまり収められていた。私はあのバーンスタインが、しかも天下のニューヨーク・フィルを指揮して録音した何と贅沢なレコードだろうと思った。

だがこのLPは、収録時間が短いにも関わらず店頭にはなかった。仕方なく私はカセット売り場を覗いてみた。するとそこにはフェリクロームタイプの高級テープに録音されたものが売られているではないか!ジャケットに相当するカセットテープのケースにも同じイラストが描かれていたように思う。私はこのカセットが欲しくなった。でも驚くべきことにその値段は異常に高く、3500円だったかと思う。つまり小学生の私には手が出ない。仕方がないので私はあきらめ、以来、この演奏に触れるまでにはさらに十数年の歳月を要することとなった。

CDの時代になって収録時間が長くなり、LPでリリースされていた録音は古いものなら関連性の高い2枚を一枚に収めたCDが安く売りだされることとなった。当初はLPそのままの収録時間を、大したリマスターもせずに売り出されたものだが、それは次第に安値を争う競争にさらされ、そして輸入盤の普及も手伝って、CDの安売りが常態化していった。

バーンスタインのニューヨーク時代の録音も次々とCD化されていったが、その中で私の欲しかった行進曲集は、別に録音されたクラシカルな行進曲集とカップリングされ、いまでは全部で20曲収録されたCDとして発売されている。もっともこんな古い録音は誰も買わないから、価格はさらに安くなり、中古で買えば数百円にまで下落した。かつて3500円した10曲入りのスーザ行進曲集が、いまではほとんどタダで(図書館等に行けば)聞くことが出来る。

バーンスタインはこの一連の行進曲集を、大いに楽しそうに指揮しているように見える。驚くのはそのスピードで、これは歩くには少し早すぎる。そして特徴的なのは、弦楽器も加わるオーケストラ向けに、凝ったアレンジがなされていることだ。つまりこの演奏は、実用的なものではなく鑑賞用ということである。もっともスーザの行進曲をそう何回も、何曲も続けて聞くことはないし、演奏会で取り上げられることもない(アンコールなら私は、ズビン・メータの指揮するニューヨーク・フィルハーモニックで聞いたことがある)。

録音は60年代後半で、いまとなては古くなったが、その生き生きとした演奏はバーンスタインのサービス精神とスポーティな棒さばきは聞くものを無条件に浮き立たせる。後半のクラシカル・マーチの数々は、これが聞きたかったという曲のオン・パレードで、「酋長の行列」などは私は大好きだが、スーザの各曲こそこの組み合わせの真骨頂である。軍隊や愛国心の香りはあまりせず、純粋に音楽的であり、人が持っている活動への感覚を本能的に刺激する。特に「星条旗よ永遠なれ」は文句なく素晴らしい。


【収録曲】
1. スーザ:「ワシントン・ポスト」
2. スーザ:「忠誠」
3. スーザ:「雷神」
4. J.F.ワーグナー:「双頭の鷲の旗の下に」
5. スーザ:「海を越える握手」
6. スーザ:「星条旗よ永遠なれ」
7. J.シュトラウス一世:「ラデツキー行進曲」
8. ステッフ:「リパブリック讃歌」
9. ツィンマーマン:「錨を上げて」
10. アルフォード:「ボギー大佐」
11. ド・リール:「ラ・マルセイエーズ」
12. バーグレイ:「国民の象徴」
13. ビゼー:「カルメン組曲第1番」より「闘牛士の行進」
14. エルガー:「威風堂々」 第1番
15. メンデルスゾーン:劇音楽「アタリー」より「僧侶の戦争行進曲」
16. ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より大行進曲
17. ワーグナー:歌劇「タンホイザー」より大行進曲
18. マイアベーア:歌劇「預言者」より戴冠式行進曲
19. イッポリトフ=イヴァーノフ:組曲「コーカサスの風景」より「酋長の行列」
20. ベルリオーズ」:劇的物語「ファウストの劫罰」より「ラコッツィ行進曲」

2016年9月27日火曜日

行進曲集(フレデリック・フェネル指揮イーストマン管楽アンサンブル)

息子とのキャッチボールで指を怪我し落ち込む毎日に、子供の頃に親しんだ行進曲集のCDをいくつか聞いてみることにした。最初の一枚は古い1960年代の録音から、フレデリック・フェネル指揮イーストマン管楽アンサンブルのもの。マーキュリーのアナログ録音をCDリマスターした一枚だが、実際に録音の古さは隠せない。LP2枚分の曲がずっしりと収められている。

まだクラシックに親しむ前、私は行進曲が好きだった。おそらくテレビの野球中継で流れるマーチが好きだったのだろう。今ではスポーツ中継のテーマ音楽は、様々な歌手の歌が使われているが、かつてはオリンピック中継も含め、スポーツ中継といえば放送局ごとに音楽が決まっており、プロ野球であれプロレスであれ、同じ行進曲が使われていた。それらのテーマ曲が何という曲なのかは、放送局に手紙を書かなくてはわからないし、そんなことをしてもそれが収録されたレコードを探すというのは大変なことだった。

学校でタイケ作曲の「旧友」という行進曲を鑑賞したのはその頃だった。この曲はどこかの放送局のスポーツ・テーマ音楽だと級友の誰かが言った。そして私のクラスではこの曲が流れると、みんな教室の後方で行進の真似をして遊んでいた。思えば無邪気な小学生時代である。私は各放送局のテーマ音楽に使われる行進曲の名前が知りたくなった。だがそれを知るのはもっと後になってからだ。

いろいろな行進曲が聞いてみたいと思っていたので、私は父にそういう音楽の収録されたLPレコードを所望した。だが校外の小さなレコード屋には、申し訳程度にクラシック売り場があるだけで、その続きのセクションにも軍歌や民謡のレコードがあるだけだった。西城秀樹などのアイドル歌手や都はるみのような演歌歌手のLPならいくらでも置いてあるのに。仕方なく父は、アーサー・フィードラー指揮のよるボストン・ポップス管弦楽団の2枚組LPレコードを買ってくれた。これが私のクラシック音楽との出会いとなった。

スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲が収録されていた、というのがこのLPを買ってくれた理由である。この曲も学校の音楽鑑賞に使われていたし、その他のポピュラーな名曲は私を魅了した。けれども行進曲については一向にわからない。そんなある日、NHK-FM午後のクラシック番組で、行進曲特集が放送された。

私はトランジスタラジオにテープレコーダーを接続し、SONYの安いカセットテープに、可能な限りの曲を録音した。その時の曲目は、これらを紹介したアナウンサーの声とともに鮮明に覚えている。その演奏こそが、このフェネル指揮の演奏の数々だった。スーザという作曲家の存在もこの時知った。アメリカの有名な行進曲の多くはスーザにいおるものである。私は毎日カセットを聞きながら、「ワシントン・ポスト」「雷神」「エル・カピタン」「キング・コットン」「海を越える握手」(この曲は「海を越えた握手」という訳もあるが、この時のNHKのアナウンサーは「海を越える握手」と言った)「星条旗よ永遠なれ」などを覚えていった。

この時の放送では、スーザの曲に加え「ボギー大佐」「アメリカン・パトロール」などの吹奏楽の名曲が合わせて紹介された。「ボギー大佐」は「クワイ河マーチ」としても有名であり、また「アメリカン・パトロール」は弟が幼稚園で合奏していたのを覚えている。最後にはVOA(「アメリカの声」放送局)でお馴染みの「ヤンキー・ドゥードゥル」の一部が聞こえてくる。

さてフェネルのこのCDを私は二十代になって購入したのだが、フェネルと言えば管弦楽の父ともいえる存在である。彼の率いるイーストマン管楽アンサンブルは、イーストマン・コダック社のあるニューヨーク州ロチェスターにあるイーストマン音楽院所属のブラスバンドである。アメリカの文化が世界を席巻したベトナム戦争までの時代こそ、アメリカの黄金時代ではないかと思う。このキビキビとした演奏には、その強かったアメリカの勢いを感じる。フェネルはその後我が国でも長く活躍し、ブラス好きには有名な音楽家だが、私はこの古い時代の演奏を一枚だけ持っている。


【収録曲】
1.スーザ:「海を越える握手」    
2.ガンヌ:「勝利の父」    
3.サン・ミゲル:「ゴールデン・イアー」    
4.タイケ:「旧友」    
5.プロコフィエフ:行進曲作品88    
6.ハンセン:「ヴァルドレス・マーチ」    
7.デレ・セーゼ:「イングレジナ」
8.コーツ:「ナイツブリッジ・マーチ」    
9.スーザ:「合衆国野戦砲兵隊」
10.スーザ:「雷神」
11.スーザ:「ワシントン・ポスト」
12.スーザ:「キング・コットン」
13.スーザ:「エル・カピタン」
14.スーザ:「星条旗よ永遠なれ」
15.ミーチャム:「アメリカン・パトロール」
16.ゴールドマン:「オン・ザ・モール」
17.マッコイ:「ライツ・アウト」
18.キング:「バーナムとベイリー」
19.アルフォード:「ボギー大佐」
20.クローア:「ビルボード」

2013年7月22日月曜日

管弦楽曲集Ⅰ・Ⅱ(ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団)

今年逝去したサヴァリッシュの録音が、追悼盤として発売されている。その中にもあり、また私がもっとも愛している隠れた名盤が、この管弦楽曲集である。2枚は別々に発売されたが、いずれもジャケットは指揮者の顔写真のアップである。このCDを企画した担当者の気持ちが現われているような選曲で、しかも素晴らしい演奏である。

第1集はロシア物が中心で、他にロシア人の指揮者によるコッテリした演奏がいくらでもあるのだが、ここはサヴァリッシュの演奏で楽しむべきものである。一方、第2集は喜歌劇を中心に、ポピュラー・コンサートである。だがサヴァリッシュの真面目な指揮はこれらの曲を、打ち解けた洒落っ気などほとんどない、実直な演奏として聞かせる。

ここには今ではほとんど聞くことがなくなったエロールの「ザンパ」序曲なども含まれているが、面白いのはサヴァリッシュがもっとも得意としていたモーツァルトやワーグナー、あるいはR.シュトラウスなどの曲が含まれていないことだ。 ウィンナ・ワルツやウェーバーの曲なども、既に録音があるために見送られたのかも知れない。だがそのことがサヴァリッシュをして振らせてみたい曲のオン・パレードとなった。

私はスッペの喜歌劇「軽騎兵」の演奏が聞きたくてこのCD(第2集)を買った。カラヤンの名盤があるのだが、ここではサヴァリッシュが聞きたかったからである。それはこのCDが発売される少し前、NHK交響楽団の演奏会でサヴァリッシュがこの曲を振ったのをテレビで見たからである。サヴァリッシュ・ファンの私にとってこのコンサートは、とても嬉しいものだった。だが当時、家にはビデオがなかった。テレビも1台しかなく、そのチャンネル権は喧嘩の末、弟に奪われた。落胆していた私は、その時とよく似たプログラムのCDがリリースされるのを聞いて、迷わず買うことにした。

このCDは日本の会社で企画され、録音されたようだ。よって東芝EMIから発売はされたが、レーベル名がEASATWORLDとなっている。1枚3000円のCDだったので2枚で6000円だった。そういう経緯があるにもかかわらず、このCDの解説には簡単な曲目の紹介があるだけで、録音に至った経緯などといったものは書かれていないのが少し残念であった。

私はこのCDをテープにダビングして、カーステレオで何十回と聞いた。当時私は毎日のように家の周りをドライブする必要があったので、その時には常に持ち歩いていた。そうすると、それまで聞いていなかった曲までもがサヴァリッシュ風の演奏に馴染み、耳にタコが出来る頃にはすっかりサヴァリッシュの音楽に染まってしまったのだった。ちょっと鈍重な感じの「ルスランとリュドミラ」序曲も、茶目っ気のない「天国と地獄」序曲も、フランス風のエスプリとは無縁の「スペイン狂詩曲も、これで大好きな演奏になったのである。

今ではほとんど聞き返すこともないが、思い出のCDとしてラックに収めてある。追悼の時が来た今年、久しぶりに聞いてみた。そしてこの文章を書いておこうと思った。私はここに収められている中では、今ではリムスキー=コルサコフの「スペイン奇想曲」がもっとも気に入っている。ストレートな演奏が、熱く燃えていく様がよくわかる。以下に収録曲を書き写しながら、ひとつひとつの曲を思い起こしている。

【収録曲】
第1集
  1.グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
  2.ボロディン:中央アジアの草原にて
  3.ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」
  4.カバレフスキー:組曲「道化師」
  5.プロコフィエフ:組曲「3つのオレンジへの恋」より行進曲、スケルツォ
  6.リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲
第2集
  1.スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲
  2.エロール:歌劇「ザンパ」序曲
  3.スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲
  4.スッペ:喜歌劇「詩人と農夫」序曲
  5.オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」
  6.ウォルフ=フェラーリ:歌劇「マドンナの宝石」より間奏曲
  7.ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」よりハンガリー行進曲
  8.シャブリエ:スペイン狂詩曲
  

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...