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2026年6月30日火曜日

東京交響楽団 第742回定期演奏会(2026年6月27日 サントリーホール、沖澤のどか指揮)

沖澤のどかは我が国を代表する指揮者のひとりで、いまや各地のオーケストラから引っ張りだこである。東京交響楽団とはこれまでにも何度か共演しているようだが、定期演奏会には今回が初登場だという。小柄でありながらツボを押さえた丁寧な指揮ぶりにはかねてより好感を持っていたが、私はまだ実演を聴いたことがなかった。

このたび東響の定期会員になったことで、このコンサートに出かけることとなった。今回のプログラムは、前半にフランス音楽、後半にドイツ音楽の、それぞれ15分程度の小品が並ぶ。言ってみればポピュラー・コンサートのような趣だが、有名である割には実際のコンサートで取り上げられる機会が意外と少ない曲ばかりだ。こういう機会にきっちりと生演奏で聴かせてくれる機会はなかなかないのが実情であり、CDではよく聴いていた名曲を実演で味わえるのが楽しみだった。

全体のテーマは「ゲーテ」。ゲーテの作品を題材とした楽曲はほかにもたくさんあり、思いつくままに挙げても、ベートーヴェンの「エグモント」、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」、リストの交響詩「ファウスト」、マスネの歌劇「ウェルテル」など、枚挙に暇がない。それほど膨大な作品群のなかから、今回は上記の小品が選ばれたわけだが、後半のブラームスの2曲には合唱(東響コーラス)が加わり、最後の「アルト・ラプソディ」にはさらに独唱が付く。今回、そのアルトのパートを歌ったのは、カウンターテナーの藤木大地であった。

一見するとポピュラーな名曲が並ぶプログラムだが、定期演奏会とあってはオーケストラも全力投球である。今回の私の座席は前から6列目。ここからは最前列の弦楽器奏者がずらりと見渡せ、幾人かの楽器からは直接音がストレートに伝わってくる。後方の楽器(管楽器や打楽器、それにチェロなど)はまったく見えないため、視覚的にベストとは言い難いが、たまにはこのような前方席で聴くのも悪くない。

たとえばグノーの「ワルツ」などは、あの有名なメロディーが何の雑味もなく、クリアに響く。まるで絹のような弦楽器にシャンシャンと打楽器が心地よく鳴り響き、目の前でバレエが踊られているような気分にさせられた。クラシック音楽を生で聴く喜びには、こういう席でしか体験できない要素も確かにある。

また、「アルト・ラプソディ」で見せた独唱、合唱団、そしてオーケストラの一体感と言ったら、何と表現していいのだろうか。演奏の途中で別の席に移動することはできないから、自分の席で聴いた音がホール全体としてどうだったのかを知る術はない。だが、あの位置で聴く音のブレンド感は、録音メディアでは決して再生できないほどの密度で融合しており、まるで天上の音楽のような美しさであった。

このアルトのパートをカウンターテナーが歌ったことについては、様々な意見があるだろう。私自身、カウンターテナーとしての独自の魅力を確かに再発見できたものの、それがこのブラームスの楽曲に合っていたかどうかと言われると、判断が難しい。カウンターテナーの濁りのない純粋さは宗教音楽などで大きな魅力を放つ気がするが、ロマン派の世俗歌曲にまで合うかというと、なかなかそうとも言い切れない。もっともこれは、クラシック好きにありがちな、保守的な偏見なのかもしれないが。

プログラムの中では「魔法使いの弟子」が比較的演奏頻度が高いだろうか。フランス音楽の軽快さとユーモアを兼ね備えた楽しい曲だが、デュカスはこの1曲のみが突出して有名で、私は他の作品を知らない。ここでの沖澤の指揮は常に安全運転で、音楽が少しこじんまりとまとまっていた印象だ。「ファウスト」のバレエ音楽にしても同様で、曲自体があまり凝った構成でないことも手伝ってか、次第に単調に聴こえてきてしまった。

一方で、後半の最初に演奏されたメンデルスゾーンの「静かな海と楽しい航海」では、ドイツ・ロマン派の香りが心地よく漂い、フランス音楽の鮮烈な色彩感から、淡い水彩画のような音色へと変化した。この音の変化の妙味は実に楽しい。

そして後半のブラームスに至っては、ずっしりとしたロマン派後期の重厚感が迫ってくる。それはまるで、スパークリング・ワインから、シャルドネの芳醇な香りを経て、まろやかなメルロー、さらにはしっかりと渋みの効いたカベルネ・ソーヴィニョンへと進んでいくような、贅沢なグラデーションだった。

今となってはコンサートで滅多に聴けなくなったポピュラー名曲の数々も、こうして前方の席できっちりとした演奏を聴くと、オーケストラの細やかな音色の変化を存分に堪能できる。そんな音楽の醍醐味を改めて実感させてくれた、私にとっては今シーズンを締めくくるにふさわしい見事なコンサートだった。

2025年9月20日土曜日

NHK交響楽団第2043回定期公演(2025年9月19日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

今シーズンからN響の定期会員になった。定期会員になるのは1992年以来、34年ぶりのことである。丁度就職して東京に住み始めた頃で、思いっきり演奏会に出かけることができることが大いに嬉しかった。この年、9月から始まる新シーズンのNHKホールのチケットは、最安値がたしか1000円で、これは3階席後方(E席自由席)だった(この席は今では3000円になっているが、学生割引というのもある)。

私はまだ初任給をもらったばかりの新入社員だったが、同じ3階席の前方の席を確保した(D席3000円)。広いNHKホールに毎週のように通い、あまり聞くことのない曲も楽しんだ。満員になることはまずないから、席を移動してゆったりとすわり、時に睡魔に襲われるのもまた良いものだ、などと考えていた。当時、サントリーホールでの公演はなかった。

N響の定期会員だったのはこの1年だけだったが、その後もN響の公演にはしばしばでかけてきた。平均すると毎年数回は聞いている。そのほとんどがNHKホールでのもので、それも2階席かそれより後。1階席は中央に座らないとオーケストラを後方から眺める感じになるのが面白くないからだが、中央の席はすでに埋まっていることが多く、しかも高い。NHKホールの座席は狭く、両隣に人がいると窮屈な上、前の人の頭が視界を遮る。1階席からはオーケストラを見上げる位置になって、後方の演奏家が見えない。2階席なら全体が見渡せるが、そこはすでにかなり後方になってしまい、臨場感に乏しい。

とにかくNHKホールで聞くN響の演奏会は制約が大きく(しかも渋谷の繁華街を通らなければならないことが決定的につらい)、音響も悪いので最近はよほどいいプログラムでなければ敬遠しているのが実情なのだ。しかし、サントリーホールであれば、家からも行きやすい上に音響も良く申し分がない。本当はサントリーホールでN響を聞いてみたい。ところがこのサントリーホールでの定期公演は、毎回ほぼ売り切れ。すなわち定期会員だけですでに満員になってしまっている。その定期会員は、NHKホールの場合と違って1年更新だから、更新時期に合わせて1年分のチケットを買う必要がある。安い席やいい席は継続の会員に優先的に売り出されるから、さらにハードルは高い。

そういうわけでサントリーホールでのN響定期は、なかなか聞くことができないのである。しかもサントリーホールでの公演プログラムは、玄人好みの凝ったものが多いという特徴があって、招聘される指揮者の意欲的なプログラムとなっているのはいいのだが、いわゆる定番、あるいは名曲の類は巧妙に避けられており、それらはNHKホールでのプログラムに回されている、という次第である。

前置きが長くなったが、とにかく今シーズン(25~26シーズン)、私は意を決してサントリー定期の会員になった。これで来年6月までに開催される全9回の定期公演にS席が確保された。あとは毎回、何らかの事情で行けなくなる事態を回避しつつ(これが意外に多いのが、これまで定期会員を躊躇ってきた理由でもある)、月1回は金曜日(2回ある公演の2日目)に赤坂まで出向くことになった。今年、N響は99周年。なかなか意欲的なプログラムが並んでいる。先日はヨーロッパ・ツアーに出かけたばかりで、その模様はようやくテレビで放送された。

今回の公演は、そのヨーロッパ・ツアーにも同行した首席指揮者のファビオ・ルイージで、プログラムはまず武満徹の「3つの映画音楽」(これもヨーロッパ公演の演目)、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(独奏:マリア・ドゥエニャス)、それにメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」である。猛暑の今年は、いったいいつになったら秋が訪れるのだろうかと、もう諦めの境地で過ごしていた矢先、ようやく気温が下がった19日、サントリーホール前の広場には多くの屋台も出て、金曜日のオフィス街が賑わっていた。その合間を抜けて会場へと入る。いつものサントリーホールではあるが、どことなく行儀のいいN響の聴衆ですでに満席である。

最初の曲「3つの映画音楽」は弦楽合奏のみの曲である。武満が生涯にわたって作曲した映画音楽から「ホゼー・トレス」「黒い雨」「他人の顔」に使われた曲を編曲し、1つの管弦楽曲として構成したもの。私もCDを持ってはいるが、実演は初めてであった。私の座席はRCセクションの7列目で、オーケストラを斜めに見下ろす位置にあり、とてもいい。そこから聞くN響の音は、いつもNHKホールで聞くものとは全く違っていた。

特にそれを実感したのが、次のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲である。白いドレス姿で登場したドゥエニャスは初登場。まだ若い彼女は、しかしながらなかなかしなやかで音色も美しい。聞きなれた曲が、まるで初めての曲のように感じられるのは、N響を含めた音のバランスの良さ故だろうか。これまで聞いていたこの曲がいったい何だったのだろうかとさえ思った。私は公演前に飲んだワイン(サントリーの赤)のせいもあって心地よい睡魔に襲われ、しばしば夢見心地で長い第1楽章に酔いしれた。

注目すべきはそのカデンツァで、何と彼女は自前のそれを披露するではないか!この曲のカデンツァと言えば、だいたいヨアヒムのものと決まっており、私もしれしか聞いたことがない。ところが彼女は、そう、あとの第3楽章のものも含め、自前の、それも大変聴きごたえのあるカデンツァを聞かせたのである。何と言おうか、さほど技巧的でもなく、しかし斬新さがあって長い。それが自然に入り、静寂な聴衆の前で圧倒的な量感を持って奏でられ、そしてすっとオーケストラに溶け合ってもとに戻る時の得も言われぬ美しさは、今日のコンサートの白眉であった。

第2楽章の精緻な表現も見事で、特に後半の美しさは特筆すべきものだった。第3楽章で見せた迫力のあるロンドは、この曲の魅力を100%以上に引き出し、聴く者を興奮させていった。それにしてもN響の音は、さらにボリュームを増したかのようで、普段は大人しい聴衆も熱い拍手を送っていたが、今日の演奏会はマイク一本垂れておらず、テレビ収録されたのは前日のコンサートだったのだろうと思う。これは放送された時に再度見てみたい。

休憩を挟み、後半は「イタリア」交響曲のみ。30分1本勝負のアレグロを、ルイージはこれ以上にないくらいのスピードで演奏した。その迫力たるや、まるで上に向けた水道の蛇口から、天に向かって水がほとばしり出るようで、一糸乱れぬアンサンブルの極致と化したN響の演奏は、いまやヨーロッパの一流オーケストラにも比肩しうるものだと確信した。特にチェロとコントラバスによる低弦の響きは、かつて非力だった日本のオーケストラとは見違えるほどの充実ぶりで、第4楽章まであっという間の演奏。ただ速いだけのうわついたものではなく、木管が宙を舞い、ホルンが咆える。実演で聞くオーケストラの醍醐味である。

これまで幾度となく聞いてきたN響の演奏会なのに、このサントリーホールで聞く異常なほどの素晴らしさは、一体どういうことなのだろうか、と思った。いや白状すれば、サントリーホールでN響を聞くのはこれが初めてではない。とすればこれは指揮者による効果としか考えられない。ルイージという指揮者は、表現的にはやや無機的で、深い感銘を残すことがあまりない指揮者だが、音作りについては超1級品なのだろうと思った次第である。その良さがNHKホールでは拡散してしまうが、サントリーホールでは凝縮されて迫って来る。ルイージのコンサートはまだあと2回(11月、4月)あるし、他の指揮者とも聴き比べることができるのが楽しみである。

次回は早くも10月10日、ヘルベルト・ブロムシュテットが予定されている。御年98歳の指揮者を聞くことができれば、それだけで生涯の記憶に残るものとなるだろう。

2023年8月2日水曜日

PMFオーケストラ東京公演(2023年8月1日サントリーホール、トマス・ダウスゴー指揮)

半月も続いた猛暑が、突然の落雷と驟雨によって中断された。午前中に34℃にも達した気温は、22℃まで急降下。けれども秋の気配というには早すぎる。まだ8月になったばかりだというのだから。

パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル(PMF)がレナード・バーンスタインの提唱で始まってから、もう33年目だそうである。夏の暑い時期に、北の大地札幌で開催されるアカデミーでは、その期間だけ編成される若者のオーケストラが連日コンサートを開く。私は札幌での公演こそ聞いたことはないのだが、その最終公演を東京で行うようになってから、一度だけ聞いた。それは2019年のことで、ワレリー・ゲルギエフが指揮するショスタコーヴィチの交響曲第4番などであった。この公演には上皇夫妻もお見えになり、大変感動的な演奏会だった。

そういうことがあったので、このたびコロナ禍を経て催される公演に、私はいそいそとでかけた。プログラムは前半がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で、後半がブルックナーの交響曲第9番である。メンデルスゾーンの独奏を務める金川真弓も初めてだが、デンマーク人指揮者のトマス・ダウスゴーの演奏を一度聞いてみたいと思っていたことが大きい。

プロフィールを読んでわかったことには、ダウスゴーはバーンスタインの弟子の一人であり、そして小澤征爾のアシスタントとしてボストン交響楽団を指揮していたそうである。またこれまでには単身、都響や新日フィルにも客演しているようだから、我が国に馴染みがないわけではない。しかし私はこれまで彼の演奏に接したことはなく、輸入盤のベートーヴェンやシューマンのCDを良く聞いていた。かつて「レコード芸術」という音楽雑誌があった(と、過去形で書かなければならないのは、とうとうこの雑誌が休刊に追い込まれたからだ)が、その数少ない魅力的なコーナーに、輸入盤の紹介欄があった。ダウスゴーはメジャーなレーベルの録音こそないが、ここで紹介されるBISレーベルからのリリースは、けっこう評判が良かった。

そのダウスゴーが今回初めてPMFに参加し、ブルックナーの交響曲第9番を指揮するということがわかった。ブルックナーの交響曲第9番は遺作で、完成された第3楽章(アダージョ)で終わることが多い。しかし今回演奏されるのは、第4楽章を補筆した完成版だという。補筆に参加したのは4名の作曲家で、サマーレ、フィリップス、コールス、そしてマッツーカという人だそうだ。その頭文字をとって「SPCM補筆完成版」と呼ばれるらしいが、それは1986年のことである。有名なサイモン・ラトルの演奏は、この補筆完成版の最初の録音である。

それから30年以上が経過し、この校訂版第4楽章は何度か改訂されている。今回の演奏は2012年改訂版と紹介されているが、ならば我が国で初演のようなものではないだろうか?また第1楽章から第3楽章までは、コールス校訂版ということになっている(2000年)。そういうわけで、今回注目したもう一つの理由は、この第4楽章付きの最新の「ブル9」というわけである。

さて、8割程度客席の埋まったサントリーホールの2階席奥に座った私は、随分若い人が多いという印象を受けた。静かに始まったメンデルスゾーンは、とても丁寧に、時にテンポを抑えてじっくり聞かせる今流行りの演奏で、かつてのようにさらさらと流れていくだけの音楽にはなっていない。メンデルスゾーン特有の中音域の甘いメロディーが、独奏ヴァイオリンと溶け合う様子は、私を久しぶりに音楽を聞く喜びへと誘った。

メンデルスゾーンは私の好きな作曲家の一人ではあるにもかかわらず、そう言うことが何故か恥ずかしかった。けれどもある時、池辺晋一郎氏がテレビでメンデルスゾーンが好きだと言ったのを見て以降、私も堂々とそういうことにした。すこし涼しくなった今日の東京で、このメンコンの音とリズムは、とても私の耳に馴染んだ。同様に感じた客も多かったに違いない。何度もカーテンコールに呼び出された金川は、アンコールにガーシュインの「サマータイム」(ハイフェッツ編)を演奏した。

短期間のうちに、オーケストラ経験の乏しい若手の編成から、そこそこの音色を出すものに仕立て上げるのは並大抵のことではないだろう、と思った。メンデルスゾーンといいブルックナーといい、中音域を重心とする中欧独特の重厚感に加え、特にブルックナーでは金管楽器のアンサンブルが決定的に重要である。それを若いオーケストラが挑戦するというのだから、こういうことはすでに当たり前になって久しいとはいえ、驚きである。

さてそのブルックナーだが、私はこの第9番の交響曲の魅力を、まだよくわかっていないと思っている。実演で聞くのはこれで3回目。同じ作曲家のの交響曲と比べても、少し変わった曲のような気がしている。演奏も難しいのではないかと思うのだが、この曲の名演奏は数多い。オーケストラは前半よりもメンバーが大きく増え、特にティンパニのそばにはなぜか3名のプレイヤーが座っている。どういうことかと思っていたら、曲の途中で交代した。

演奏は終始速めで、しかも熱い。ブルックナーの演奏には大きく分けて2つの傾向があると思っている。1つは統制を効かせて豪快に鳴らすタイプで、もう1つは流れに任せるかのように自然体を装うタイプ。コアなブルックナー・ファンには、後者を好むように思うが、この日の演奏(そしてかつて私が聞いたすべての第9番の演奏)は、前者である。PMFを創設したバーンスタインもこの曲を録音しているが、やはり前者。問題はにわか編成のオーケストラが、その豪快な金管アンサンブルと、重厚な弦楽をミックスさせ、かつ安定した響きを維持する音楽を実現できるか、ということであったが、第1楽章の冒頭を聞いた時からこれは杞憂に終わった。

崇高なブルックナー休止を含むどの楽章も、念入りに仕上げているだけでなく、聞き所満点だった。特に第2楽章のスケルツォは、息もつかせないような集中力で、唖然とするほどだった。一方、第3楽章のアダージョは、私がいまだに本気で感動した演奏に巡り合っていない曲で、今回も大変な熱演だったとは思うが、どうにも酔わないものに終始した。

本来ならここで終わるのが慣例である。それでも1時間かかるこの曲に、さらに続きを付け足したのが今回の演奏だった。しかしこの説明は誤解を招くだろう。なぜならブルックナーは死の当日まで、最終楽章の推敲を重ね、すでに多くの部分を作曲し終えていたからだ。そういうことがあるので、最近は補筆版の演奏が増えているようだ。今回の演奏もそういうわけで、続きがあって、全曲は80分にも及ぶものとなった。

初めて聞く「第4楽章」は、しかしながらちょっとブルックナーの音楽とも異なっているようにも聞こえた。いやもともとこの曲には、第8番までのブルックナーの作品とは若干異なったムードがあると思っているので、それはそれでいいのだろう。私は学者でも音楽家でもないから、こういう機会は大いに嬉しい。第4楽章が聞けるなんて、何か得をした気分であった。

20分にも及ぶ長大な終楽章のコーダが終わっても、タクトは長く振り下ろされなかったのだが、その長い「休止」の間、満場の観客の誰一人として拍手をしなかったことが印象的だった。やがて耐えきれなくなって、だれかがブラボーを叫ぶと、堰を切ったかのように嵐の拍手が沸き起こった。2階席の後方からは、各セクションが起立するたびに歓声が沸き起こり、ロック・コンサートのようでさえあった。何度も舞台に登場するダウスゴーは、とうとうオーケストラが引き上げてからも舞台に現れ、総立ちの客席から大きな歓声を浴びた。気が付いてみると、時計は9時半を回っていた。

コロナ禍による変則的な公演は姿を消し、コンサート会場はすっかりもとの光景を取り戻したように見える。私にとっての今シーズン(2022-2023)のコンサート通いも、これで終わりを告げた。会場入り口でもらった大量のチラシを自宅に持ち帰り、来シーズンのプログラムを眺めている。健康状態が持ちこたえる限り、月1回は会場へ足を運びたいと、今から心待ちにしている。

2022年6月17日金曜日

東京都交響楽団第953回定期演奏会(2022年6月13日東京文化会館、小泉和裕指揮)

かつてオンラインで都響のチケットを購入したことがある私の元へ、一枚の葉書が届いた。6月13日の定期公演の内容を知らせるものだった。今月の指揮は終身名誉指揮者・小泉和裕で、メンデルスゾーンの「宗教改革」とベートーヴェンの「エロイカ」。なかなかいい組み合わせだと思ったが、この日は月曜日。翌日以降も仕事が控えるサラリーマンとしては、あまり気乗りのしない曜日である。

ところが都響からは、当日券の発売を知らせる電子メールも届く。見てみたらS席からC席まで多くの席が残っているようだった。このプログラムの公演は1回のみ。全力投球のコンサートとなるか、名曲ばかり故の惰性的なコンサートなのか。どうにも判別がつかない。それでもC席なら高くはないし、それに翌日は午後から会社に行けばいいということになって、私は4年ぶりとなる東京文化会館へ出かけた。当日券は電子チケットのみの扱いで、電源を入れたスマホをかざして入場する。とうとうクラシック音楽の世界にも、電子化の波が押し寄せた。思えば90年代に入った頃から、あの懐かしいチケットの半券を取っておくことはなくなった。プレイガイドがオンライン化され、共通の用紙に印字しただけの、無味乾燥なものになったからだ。そのため、確かベルリン・フィルを聞いた時には、わざわざ「記念チケット」なるものが入り口で配られた。席の表示はない単なる紙であった。

新型コロナの蔓延に最も深刻な影響を受けたのは、悲運の作曲家ベートーヴェンだったかも知れない。またとない生誕250年記念を、世界中の音楽家が祝おうとしていた矢先のことだったからだ。ほぼすべてのコンサートがキャンセルされた。そういうことを埋め合わせるべく、私は最近ベートーヴェンの交響曲をプログラムに見つけては、そのコンサートに出かけることになった。特に昨年の秋以降、奇数番の作品に触れてきた。順に第5番、第7番、第9番「合唱」という順だった。となれば次は第3番「英雄」。これまで何度触れてきたかわからないベートーヴェンの交響曲も、特に第3番などは20年近く遠ざかっている。あんなに何度も聞いた作品なのに、名演奏の記憶が薄れてしまった。専ら安い席で聞いていたからだろうか。特にNHKホールの3階席で聞いた演奏会には、ほとんど思い出がないのは、偶然なのか。

コロナ・パンデミックは、私に日本人演奏家を見直すきっかけを与えてくれた。これまで機会がありながら、聞く機会のなかった指揮者やソリストに巡り合うこととなった。広上淳一のパントマイムのような楽しい指揮や、秋山和慶の職人的な名演奏の数々に混じって、小泉和裕のスタイリッシュで集中力のある演奏が心に残っていた。考えてみれば、日本中のオーケストラを指揮してきた小泉の、もっとも関係の深いオーケストラが都響であり、そしてその定期演奏会にレギュラーで登場する彼のプログラムには、その真価が発揮されるような曲が並んでいる。今回もそうで、メンデルスゾーンの「宗教改革」というのも、滅多に演奏される曲ではないが大いに魅力的である。トスカニーニからカラヤンを経て続くメンデルスゾーンの演奏スタイルが、カラヤン・コンクールの覇者となった小泉に引き継がれているのは、どう考えても明らかである。そしてあのフィルハーモニア時代から名演奏を繰り広げたカラヤンの流線形「エロイカ」も、また小泉によって継承されているのだろうか。そんなことを考えながら、会場へと急いだ。

久しぶりの上野駅は、改札口が変わってあか抜けた感じになっていたが、上野動物園へと続く大通りの雰囲気は、昔パンダが初めてやってきた70年頃の記憶と変わらない。そして文化会館の少し狭い通路や、部分的に死角となる両サイドの上階席も、今やレトロな香りが立ち込める。都の所有する施設だから、ここと池袋の芸術劇場が都響の主な活動拠点である。その音響効果を熟知している組合せの公演に、何かとても嬉しい気分となり、期待が高まっていった。そして、「宗教改革」の最初の音がなりひびいたとき、そのことが現実のものとなったのだ。

この曲の冒頭はコラールを配した厳かな雰囲気で始まる。ゆったりと流れる中音域の弦楽器に乗って、管楽器がこれらのメロディーを奏でる時、東京のオーケストラにして中欧の響きが自信を持ってなっていることに心を打たれた。やがて始まる主題からは、メンデルスゾーン節になる。思い切りよく飛ばしてゆく小泉の指揮にオーケストラが付いてゆく。ほとばしるような熱い演奏になるのに時間はかからなかった。やはり今日のコンサートは「当たり」だと感じた。

第2楽章の明るいスケルツォは、民謡風のメロディーの中間部が特徴。歌うような素朴なメロディーと、重厚で壮麗な教会音楽が同居しているのが本作品の面白い(中途半端な)ところ。「宗教改革」は番号で言えば第5番だが、これは彼の若干21歳の頃の作品である。プロテスタントに改宗したメンデルスゾーンは、自らの意志で本作品の作曲にとりかかる。様々な紆余曲折に翻弄され、結局この作品が世に出たのは、メンデルスゾーン死後のことだった経緯は、ブックレットに詳しく記載されている。

弦楽器の旋律が美しい第3楽章は短いが、このような曲に私はもっともメンデルスゾーンらしさを感じたりする。そして第4楽章は続けて演奏された。ここで音楽は再び教会風に戻り、高らかな賛歌となっていく。教会風な崇高さがあるかと思えば、やや通俗的なメロディーが織り込まれるとてもユニークな作品に思えてくるのだが、演奏の魅力を感じるにはわかりやすく、演奏していても楽しいのではないかと推測したりする。メロディーが親しみやすく、いつも音楽が推進するロマン派前期の音楽は、とりわけ小泉の指揮に合っていると感じた。ロマン派前期の作品で言えば、私は彼の指揮で、シューベルトの「グレート・シンフォニー」を聞いてみたい。

さて、20分の休憩を挟んで次はベートーヴェンの「エロイカ」である。この曲の最初の和音は、音楽史を変えた和音だ。小泉はそこを一気に響かせた。その集中力と音のややデッドな響きは、何といったらいいのだろう、もう天才的な音のバランスと強さであって、この一音が続く50分近い演奏を決定づけるほどのインパクト。私はこの「英雄」の第1楽章を聞くたびに、ソナタ形式の主題はどれか、などと考えて行くのだが、かつて一度も成功したことはなく、第1主題の繰り返しがあったかどうかくらいで(今回はなし)、聞いているうちにそんなことはどうでもよくなっていく。音楽の流れは大河が勢いよく流れて行くようで、いつまでも聞いていたい。ゆっくりとした演奏も悪くはないが、小泉のように颯爽と駆け抜けてゆく演奏がモダンで一時期の流行スタイルであった。

第2楽章、葬送行進曲。思うに東京文化会館の響きはかなりデッドである。だからオーケストラの響きが直接的に会場にこだまして、その強さが弛緩すると音楽は崩れるようなところがあるが、小泉・都響の集中力はこれが絶えることはなく、大フーガを始めとするこの曲の聞かせどころをどんどんこなしてゆく様は見事である。それにしても「エロイカ」は、何という作品なんだろ。

後半が腑抜けになるような演奏が多い中で、第3楽章のホルンのトリオを含め、一気呵成に続ける。ここで気を抜くわけには行かない。だからできるだけ早く、前へ。そして第4楽章の冒頭へ流れ込む。もちろん休止はほとんど置かず。流れ出る第4楽章の変奏曲に身を委ねながら、私はベートーヴェンが交響曲に持ち込んだ壮大なドラマを見ることになる。私が愛してやまない第4楽章は、ベートーヴェンのもっとも明るい側面が出た素晴らしい曲で、第2番に次ぐ造形美が感じられる。

都響が燃えた演奏が終わり、大歓声に包まれる。小泉自身会心の出来だったのではないだろうか?何度登場したか知れない都響の定期でありながら、その挨拶の身振りなどから、それは如実に感じられた。いつまでも聞いていたい音楽が終わったことに、久しぶりに淋しさを感じた。1回限りの月曜日の定期演奏家は、決して気を抜くことなく、むしろ本当に聞きたい人が聞きに来る熱いコンサートのように感じた。私はまたこのコンビを気に入ってしまった。次回は9月23日(祝日)、「田園」ほかが演奏される。プロムナード・コンサートと題されるマチネシリーズは、サントリーホールである。

2022年3月9日水曜日

ジャパン・ナショナル・オーケストラ(特別編成)演奏会(2022年3月6サントリーホール、ギター:村治佳織、ピアノ:反田恭平、デスピノーザ指揮)

不祥事が絶えない東芝が、今でもクラシック音楽の普及に務め「東芝グランドコンサート」を年1回開催してくれていることは、誠に喜ばしいことである。今年でもう41回目となるこの冠コンサートに、私は久しぶりにに行くことになった。久しぶりと言っても1985年の第4回以来なので、40年近くの間隔が空いている。この時は若干30歳のサイモン・ラトルがフィルハーモニア管弦楽団を率いて来日公演を行った。

会場で売られていたプログラム(内容の割に1000円と高い。だが価格は昔と変わらない。これは何とかしてもらいたい)には、これまでのすべての招聘アーティストが記載されていた。私は第2回のコーロディ指揮ブダペスト・フィルと、第3回の小林研一郎指揮アムステルダム・フィルの演奏会にも出かけている。当時まだ高校生だった私にもチケットが買える海外からのオーケストラ・コンサートとして、大変貴重な存在だった。

そのコンサートが未だに続いていて、先日も社長が辞任したばかりの東芝が、このコンサートをいつまで続けてくれるのかわからないが、今年のプログラムは大変魅力的に思われた。まずオーケストラがスペイン国立管弦楽団(指揮はダービッド・アフカム)、と来ればプログラムはスペイン物が中心となり、その中に「アランフェス協奏曲」が含まれるのは当然のことである。このギター・ソリストが村治佳織である。一方、もう片方のプログラムには、昨年ショパン・コンクールで見事に第2位に輝いた反田恭平が凱旋公演を行うというもの。私は日程の都合から、日曜日にサントリーホールで行われる村治佳織の方を選んで、妻の分と2枚のチケットを買った。実は私にとって村治は、是非とも一度は聞いてみたい音楽家だったからだ。

東京・台東区生まれの彼女はまだ10代の頃から世界的に活躍し、東京でも数多くのリサイタルを行っているから、これまでに聞く機会がなかったのが不思議である。彼女がナヴィゲータを務めるFM番組は私も良く聞いていたし、CDでも数多く触れてきた。しかし2010年代に入って、彼女は大きな病気を患っていることを告白し、長い闘病生活に入った。これは私のとってもショックだった。丁度私も同じような闘病をしてきたから、他人ごとではないと思ったからだ。

その彼女が見事に復活し、再びCDや演奏会で演奏を披露することができるようになった時、私は大変嬉しく思ったのである。ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」というのも実演で聞いたことはないし、何せギターという楽器のコンサート自体、私にはこれまで縁がなかった。そういうわけで私が選んだプログラムに大いに心待ちにしていたのは、当然のことだった。

ところがアクシデントが発生した。折からのコロナ禍でスペイン国立管弦楽団の来日が中止になったのである。私の家にも郵便が送られてきたのは1月頃だった。他にも数多くのコンサートが中止を余儀なくされるような中にあって、もはやショックというよりは諦めに近い感覚が私を襲った。だが、よく読んでみると主催者がとった行動は大変喜ばしいものだった。何と2つのプログラムが融合し、2人のソリストによるそれぞれの協奏曲が、同じ舞台で聞けるというものだったのだ。もちろん希望すれば払戻しにも応じると書いてある。そして案内のよれば、冒頭にロドリーゴの「アランフェス協奏曲」(独奏:村治佳織)、後半にショパンのピアノ協奏曲第1番(独奏:反田恭平)、さらにはその間にメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」が演奏される、とある。意外にもずべての曲が、私にとっては初めて実演に接する曲である。

オーケストラは反田が主宰する「ジャパン・ナショナル・オーケストラ」なる団体を特別編成したものとなっている。指揮はイタリア人のガエタノ・デスピノーザ。これだけ盛沢山のプログラムとあっては、チケットをそのまま保持し、会場に駆け付けた人は大変多く、私にとってはコロナ禍にあって初めての満員の演奏会になった。会場に女性の姿が多い。東京マラソンが2年ぶりに開催された快晴の東京で、待ち遠しい春を感じるコンサートに、私はウキウキしながら足を運んだ。

村治佳織は赤いドレスに身をまとい、指揮台左手に備えられた椅子に腰かける。その前にはマイクがセットされており、指揮台の前にはスピーカーが。ギターという楽器の性質上、どうしても音量にバランスを欠く本作品において、独奏楽器の音量を補正することは半ば当然の措置であるようには思われた。

ギター独奏で静かに始まる序奏とオーケストラによる主題は、いつもながらこれから遠足に出かけるときのようなウキウキした気持ちにさせられる。村治は慣れた手つきで弾く。木管楽器を始めとしてオーケストラもなかなかうまく、若い演奏家が中心のこの団体の実力を感じさせる。第2楽章のコーダ部分が、染み入るように消えて行くと、おもむろに開始された第3楽章は再び心地よいリズムのロンドとなる。拍手に応えて彼女は、モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」という曲をアンコール演奏して客席に応えた。

メンデルスゾーンの「イタリア交響曲」は演奏の難しい作品ではないだろうか?本来はドイツ音楽ながら、イタリア風の流れるようなメロディーが主流を占める。この両者のバランスがどちらに偏ることなく両立する演奏を、私はアバドのもの以外に知らない。デスピノーザの演奏も悪くは決してないのだが、どことなく全体に力が入っていて、饒舌すぎるのか何なのかわからないまま曲が終わってしまった。先日聞いた井上道義を思い出す。どことなく似ているような気がする。

休憩に入った時点で1時間以上が経過し、後半はショパンのピアノ協奏曲のために舞台上にピアノが運ばれてきた。反田恭平が登場すると客席からひときわ大きな拍手が起こった。私も本来聞けないはずだった彼の登場に喜び、初めて聞くショパンの協奏曲に耳を傾けた。何度聞いてもこの曲は、胸が締め付けられるような青春の音楽で、紅茶とケーキの香りがする「ザ・クラシック音楽」と私はいつも感じている。

かつてよく指摘されたオーケストレーションの平凡さも、最近ではそれをカムフラージュする演奏が多く、感情を込めて弾くこの曲のオーケストラ部分もなかなか素敵な演奏が多い。そして今回の演奏は、そのようなオーケストラの真摯な共感に支えられて、ピアノが全く完璧に鳴り響く圧倒的な演奏だった。

私はこれまで、オーケストラの演奏と共演する数多くのピアニストの演奏を聞いて来たが、前評判に比してさほどでもないと感じた演奏は多い。これは運が悪かったのだと思っているが、今回聞いた反田の演奏は、過去のどの演奏よりも素晴らしく、そのダイナミックな表現がまるでベートーヴェンのように聞こえた。ピアノという楽器の力を十分に発揮しているのである。「ブラボー」が禁止されている会場で、オーケストラの終わるのを待たずして拍手が始まった聴衆の熱狂的な拍手に応えて、「英雄ポロネーズ」をアンコール演奏した。その表現がまたユニークで説得力があり、満場の拍手を再びさらうと、今度はマイクをもって話し始めたのである。

会場に再び村治佳織が登場し、今回偶然にも共演することになった同じコンサートのために、2人でアンコールをやるという知らせに、もう終わるのだと思っていた会場が再び沸いた。しかもそこにマエストロまでが登場、ピアソラの「アヴェ・マリア」を3重奏で演奏するというオマケが付いた。

コンサートが終わったのは5時前で、すでに3時間が経とうとしていた。スペインのオーケストラは聞けななかったが、それを補って余りある充実したコンサートに聴衆は満足した。休憩時間には曇っていた空が、再び明るく青くなった。いつのまにか5時を過ぎても太陽が残っている。春はもうそこまで来ている。ビルの合間に吹く乾いた心地よい風を頬に受けながら、家路についた。

2020年11月16日月曜日

メンデルスゾーン:交響曲第2番変ロ長調作品52「賛歌」(S: バーバラ・ボニー、エディス・ウィーンズ、T: ペーター・シュライアー他、クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)

メンデルスゾーンの交響曲第2番「賛歌」の冒頭の主題を聞いて、どこかで聞いたことのあるメロディーだと感じた。校歌か軍歌の類、あるいは昔の放送番組の主題歌か何かではないかと思いめぐらしたが、出てこない。いろいろ検索していくうち、滝廉太郎の「箱根八里」であることが判明した。これは偶然であろうか?

ところがもう一曲、やはり滝廉太郎の有名な「荒城の月」が、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」の第1楽章冒頭によく似ているというのである。あらためて聞いてみると、確かにそうだ。これはもう何らかの関係があるの見て良いのではないか?滝廉太郎と言えば、「春のうららの隅田川」で始まる「花」など、我が国の童謡や歌曲を数多く作曲した人だが、若干23歳で若すぎる死を迎えた。そのメロディーの美しさは「日本のシューベルト」などと例えられる明治時代の作曲家である。

メンデルスゾーンが滝廉太郎の音楽に影響を与えたのは事実だろうか?そう考えながら、滝廉太郎の生涯を読んでいたら、何と彼は明治34年(1901年)、22歳の頃にヨーロッパに渡り、ベルリンを経て何とライプツィヒ音楽院に入学しているのである。ライプツィヒ音楽院はメンデルスゾーンが設立した音楽院である。その前に滝はクリスチャンとして洗礼を受けている。

ところが「荒城の月」や「箱根八里」が作曲されたのは、渡欧する直前の1900年のことである。従って滝は、日本にいる頃にメンデルスゾーンの楽譜に出会い、その音楽を模してこれらの歌曲を作曲したと想像することができる。そしてメンデルスゾーンを滝は慕い、わざわざライプツィヒに向かったのだろうか。しかし彼の肺を蝕む結核にかかるのは、入学後わずか5か月のことだった。

メンデルスゾーンはユダヤ人の家系に生まれたが、キリスト曲に改宗し、数多くの宗教的作品を残している。バッハの大曲「マタイ受難曲」を蘇演したことはメンデルスゾーン最大の功績とされている。そのメンデルスゾーンの交響曲第2番は、まるでカンタータのような作品である。第1楽章から第3楽章までの管弦楽のみの部分を第1部とし、後半の9つのパートから成る第2部には、合唱と独唱、それにオルガンも加わる「賛歌」となる。この作品はベートーヴェンの「第九」のように、交響曲に合唱を取り入れた作品となった。メンデルスゾーンの他の交響曲作品とは、やや趣を異にしている。

その冒頭の主題は、第2部の冒頭でも繰り返される。だが「この歌ではない」とあえて否定したベートーヴェンの、いわばキリストを越えたところにある神とは違って、メンデルスゾーンの神は、まさしくキリストの神である。カンタータ風の音楽は、神を賛美し主を讃える。メンデルスゾーン独特の楽天的な推進力と、ちょっと間の抜けた主題がこの音楽の特徴だと思う。

メンデルゾーンには「エリア」のような大作があるので、この曲については何かを語るのが難しい。主題の動機をいろいろな変奏に仕立て上げ、重ね、分解し、そのようにして音楽を構成してゆく様は、この曲でも明らかだが、その主題がちょっとイージーな印象を残すのは私だけの感想だろうか。だがそのことを省けば、全編に流れる幸福な音楽は、紛れもなくメンデルゾーンである。

メンデルゾーンと言えばマズア、マズアと言えばメンデルゾーンというくらいにメンデルスゾーンを愛し、その音楽を一生の間演奏し続けたクルト・マズアは、長年に亘ってメンデルスゾーンゆかりのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者を務めた。日本人の妻を持つこともあってか頻繁に我が国を訪れ、日本のオーケストラも指揮している。私はゲヴァントハウス管弦楽団とともに大阪で開いた80年代のベートーヴェン・チクルスを始め、何度も実演を聞いている。特にニューヨーク滞在中は、冷戦後に音楽監督を務めたニューヨーク・フィルハーモニックの定期演奏会に、何度も足を運んだ。

自然体でありながら推進力があり、豊穣なメロディーを、まるで暖かい色の絨毯のような弦楽アンサンブルが奏でる響きが魅力的である。この傾向は、まさにメンデルスゾーンの特長そのものである。数あるメンデルスゾーンの演奏の中で、この交響曲第2番の演奏もまた、手慣れた様子で突き進む魅力的な演奏である。他の演奏で聞くとぎこちない部分が、マズアの手にかかると全く見えないばかりか、必然的なものに聞こえてくるのが不思議である。ドイツ的というのではなく、むしろモダン。マズアは目立たない指揮者だったが、実演で聞くとほぼ外れることがない指揮者でもあった。

長年ドイツで活躍しながら、ドイツ的な重厚さには乏しく、自然過ぎてあまり感動的でもない演奏をすると思われていたマズアが、何とメータの後任になってニューヨークへ赴いた時は少々驚いた。当時、ボストンには小澤征爾、フィラデルフィアにはサヴァリッシュがいた。三人に共通するのは、実に精力的に演奏会をこなし、速いテンポでオーケストラをドライブする技巧的な手さばきである。そしてこの3人に共通するのが、メンデルスゾーンを得意とし、名演奏を残していることである。

そのマズアのメンデルスゾーンとして交響曲第2番「賛歌」に登場してもらった。マズアのよるメンデルスゾーンの演奏は、一貫してイン・テンポにより集中力を絶やすことがない。この結果、第1部冒頭の間延びした主題やその変奏も、それなりに音楽的。続く第2楽章は、丸で舞曲のような明るさで、この曲が宗教曲であることを忘れてしまいそうになる。第3楽章も緩徐楽章とはなっているが、伸びやかなセレナーデである。

この曲のマズアによる演奏では、楽章間に切れ目がない。再び第1曲の「箱根八里」が聞こえてくると、そこからが第2部(後半)である。後半は合唱と独唱を伴うが、まずこのメロディーを合唱が歌う。「箱根八里」は箱根登山鉄道の発車メロディーに使われているらしいが、どことなくこれから遠足に行くような気分にさせられる。

マズアの演奏は、ライプツィヒ放送合唱団と三人の独唱(ソプラノがバーバラ・ボニー、エディス・ウィーンズ、テノールがペーター・シュライアー)がいずれも素晴らしく、オルガンを含めた録音もバランスよく秀逸である。全部で9曲ある後半は、ルターが完成させた旧約聖書からの文言が歌詞として用いられているという。合唱が独唱と絡んで高らかに神を讃える部分や、丸でオペラを思わせるような部分、それにフーガなど様々な音楽的要素があるし、メロディーは親しみやすいのだが、どこかインパクトが少ないのも事実で、その辺りがこの曲の限界といったところ。終曲に至って再び、この曲を通したモチーフが現れて終わる。

2018年9月1日土曜日

デア・リング東京オーケストラ・デビューコンサート(2018年8月31日、三鷹市芸術文化センター)

音楽を聞くというよりは、音響を楽しむというコンサートだった。

デア・リング東京オーケストラという聞きなれない団体によるメンデルスゾーンとベートーヴェンである。それもそのはずで、このオーケストラは録音のみを専門とする特別編成のもので、主宰人でもあり指揮者を務める西脇義訓という人物は、レコーディング・エンジニアとして日本のレコード会社に勤めていたという経歴が紹介されていた。本公演はそのデビュー・コンサートだということだ。

私はもう長い間、我が国のレコード雑誌である「レコード芸術」(音楽之友社)を読まなくなっているが、もしこの雑誌を購読していたら、あるいはこのオーケストラの存在を知っていたかも知れない。2013年に設立され、すでに6枚ものCDをリリースしているこの団体が、なぜ今頃になってステージ・デビューすることになったか、その理由を指揮者は自らマイクを手にして説明した。

それはこのオーケストラ独特の、音響に対するこだわりによる。この音の良さは、実演で接しないとわからない、と忠告されたからであるとのことである。ではその音とはどのようなものか。それを知るには、この団体のホームページを見るといい。驚くのは、その楽器配置である。特に決まっているわけではないようだが、曲に合わせて実に様々な形態に配置を変える。たとえば今回のプログラム最初の曲、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲では、オーケストラのメンバーが全員前を向いて、まるで小学校の教室にいる児童のように整列している。現れた指揮者は、何と観客席を向いてタクトを振り始めた・・。

各自に譜面台が配置され、必ずしも指揮者を凝視しないプレイヤーは、自らの音感でアンサンブルを構成してゆく。指揮は最低限の出だし、あるいはテンポを指示するのみである。おそらく練習の時には、ああでもない、こうでもないと細かい試行錯誤を重ねてはいるのだろう。だがその先にあるのは、各人が自ら把握した音楽をそのまま再現する。まさにそれは録音を専らとするから可能なものなのだろう。

メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の場合には、オーケストラのメンバーが散在している。たとえば3人いるコントラバスは、最右、最左、中央奥に散らばっている。二人のホルンも両端に分かれている。第1バイオリンも第2バイオリンも、勝手にバラバラではなく、意図された配置についているが、その配置は従来のオーケストラのように、各パートが固まっているわけではないのだ。

しかもこの曲では、全員が起立して演奏する。その結果成り響いた音色は、(私が勝手に例えるなら)あのクレンペラーの演奏を生で聞くような音がしているのだ。オーケストラが全体に持ち上がり、相当な空間的広がりを持っている。このような経験は初めてである。

休憩時間にはその演奏が早くもロビーに設置されたオーディオ装置で再生され、多くの人が聞き入っている。これはオーディオ・マニアが自ら自分の音を追い求める究極の娯楽である。ただ面白いのは、オーケストラの音をいかに忠実に再生するのか、ということではなく、かつてアナログ・レコードで聞いた音をいかに舞台で再現するか、という真逆のアプローチであることだ。これはいわばアマチュアにのみ許される暴挙ではないか。だが誰も思いつかなかったことでもあろう。

ベートーヴェンのロマンスは指揮者なしで、すなわち独奏を担当した森岡聡によってアンサンブルが奏でられ、そのあとは第7番の交響曲となった。この演奏で、私はカラヤンによる最後のベートーヴェン全集の演奏を思い出した。なぜカラヤンやクレンペラーを思い出すのか。それを解くと、かつてEMIやDeccaに存在した伝説的なプロデューサーにたどり着く。ウォルター・レッグやジョン・カルショーといった名レコーディング・エンジニアは、デジタル録音とともにその存在価値を消失していった。ここで西脇が目指したのは、こういった昔の、レコード上でのみ存在したオーケストラ音の再現ではないか。

カラヤンやベームといった指揮者の演奏を聞いてクラシック音楽に開眼した世代は、舞台上で繰り広げらっる実際のオーケストラの音とも異なるこういった録音の技術による音楽に、むしろその原点がある。そういう意味では、私もその一人なのかも知れない。ただ西脇が述べているのは、バイロイトでの響きのことである。ここで舞台の真下に隠れているオーケストラの音が、いくつかの壁に反射して鳴り響く音を理想としている。それはあたかも霧のように天井から降り注ぐかのような音がするというのである。

私はバイロイトに行ったことがないし、ワーグナーともなれば広い舞台に多くのプレイヤーを集めて演奏しなければならないから、今の編成では不可能だろう。だが、「ニーベルングの指環」から取られたオーケストラの名称を考えると、やがてはワーグナーを聞いてみたいとは思う。いやこの編成なら、「ジークフリート牧歌」くらいは可能だろう。あと聞いてみたいのは、ビゼーの交響曲だ。

この演奏会は、私にとって懐かしい三鷹市文化芸術センターで行われた。残響が多いこのホールでは、ちょっと音楽がやかましい気がしないでもない。同時に一人一人に手渡された第6弾のCD(モーツァルトのパリ交響曲とハイドンのロンドン交響曲などが収録されている)も聞いてみようと思う。若いメンバーが多いオーケストラの響きは、大変よく練習したこともうかがえ、だからこそこういう大胆な演奏が可能であることを思わせた。

本公演をわずか2日前に教えてくれた弟と、雷雨の去った三鷹駅への道を歩きながら、かつてこの近くに住んでいた時と変わらない街並みを楽しんだ。音楽が常に会場を満たし、どのような小さな音色のときでも音の美しさを表現されると、なぜか非常に疲れた気がした。だがこのような面白い演奏も、一愛好家の私にとっては歓迎である。なお、アンコールにはバッハの「マタイ受難曲」からコラールの一節が演奏されたことも付け加えておく。

2018年8月2日木曜日

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64(Vn:ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ、ジェラード・シュウォーツ指揮ニューヨーク室内交響楽団)

ベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーンの3つのヴァイオリン協奏曲を「三大ヴァイオリン協奏曲」と呼ぶ習わしがある。ベートーヴェンとブラームスはわかるが、どうしてもう一つがチャイコフスキーではなくてメンデルスゾーンなのだろう、と思っていた。もしかしたらこれは、ドイツ人の仕業ではないかと思うが、それもあながち間違いではないだろう。けれどもメンデルスゾーンが評価されてきたのは戦後のことで、それまでのドイツでの評価は低いままだった。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリンでないと表現できないような甘美なメロディーに溢れ、冒頭など一度聞いたら忘れられないようなインパクトがある。最近出版された百田直樹の「クラシック 天才たちの到達点」(PHP研究所)にもこの曲が取り上げられており、「まるで魅惑に満ちた女性のように、時に優しく、時に情熱的に、また時にはエロチックとも言えるほど情緒たっぷりに語りかける」(第1楽章)と書いている。

だが、それぞれ曲の演奏について語る段落で、この作品に関しては「名盤は山のようにある」とだけ語り、何人もの古今東西の著名なヴァイオリニストを列挙するにとどめられているのは物足りない。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調(と言って区別するのは、もう一曲ヴァイオリン協奏曲があるからだ)の演奏の差異について語ることは、実は結構難しいのかも知れない。あるいはまた、誰の演奏がどのように自分にとっていい演奏なのかを見つけ出すのは、この曲に関する限り、多くの人が困難だと考えているきらいがある。実は私も長年そうだった。

その理由は、メンデルスゾーンに対する評価が低い期間が長く続いたことで、演奏上の魅力発見が十分になされてこなかったからではないか、と私は考えている。まだ60年代の頃は、ヴァイオリニストと言えば男性の技巧派の巨匠が中心で、この曲をみな軽々と演奏して終わり。まあこんなものですよ、という雰囲気がする。決して悪いわけではないのだが、ハイフェッツにしても、オイストラフにしても、フランチェスカティにしても、スターンにしても、同様の傾向がある。

70年代以降は逆に、若手ヴァイオリニストのデビュー曲としてもてはやされ、女性であれ男性であれ、新鮮で爽快な明るさはあるが、どことなく真面目で表面的であっさりとしている。チョン・キョンファ、ムター(旧盤)、ケネディなど。しかしこの曲がそんな薄い曲なのだろうか。何せ「三大ヴァイオリン協奏曲」である。作曲に6年もの歳月を要した本作品は、モーツァルトのようにさらさらと書かれた作品ではない。急げと言うのはわかるけど、そう簡単なものではないのですよ、とメンデルスゾーンは作曲を約束したゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター、フェルディナント・ダーヴィットに宛てた手紙に書いている。

私は中学生の頃、教科書に載っていたこの曲を、音楽鑑賞の授業の中で聞かされた。協奏曲の説明をするのに、なぜピアノ協奏曲ではないのか、なぜモーツァルトではいけないのか、やはり不思議だったが、そういうこともあってメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調を真剣に聞いた(試験に出るからだ)。

ある時、カセットテープでこの曲を聞いているうちにうとうと眠くなってしまい、気が付くと何か深々としたメロディーが流れている。その表現にこれがロマン派かと思った。そして終わったと思っていた第1楽章がまだ終わっていない。カデンツァ(もまたメンデルスゾーンが細かく作曲したものだ)が終わってもさらに第1主題が弾かれる時、ここのヴァイオリンがオーケストラと絡み合ってゆく様は、ゾクゾクさせる。やがて途切れることなく続いていく第2楽章の抒情的なこと!しかし、終結部のように音楽が一瞬終わるかに見える途切れの後に、ひと呼吸を置いて第3楽章の明るい曲につながっていく。ここの推移部の見事さは、ベートーヴェンを意識したものだろうか。

そういうわけで、もっと深々としたロマンチックな演奏ができないものかと常々考えていた。しかし上記のように、この曲の演奏はみな表情の変化に乏しく、まるで古典派の曲のようである。実際にはもっと多様な表現が可能な魅力を秘めているはずなのに。

そう思っていたところ、昨年NHK交響楽団の定期公演で聞いたニコライ・ズナイダーの演奏に大きな感銘を受けた。私が聞きたかったのは、こういう演奏だったと思った。けれども広いホールの3階席では、この演奏の魅力が伝わりにくい。ズナイダーはメータやシャイーとこの曲を録音(録画)しているようだが、残念ながら私はまだ聞いていない。とてもきれいな音色のヴァイオリニストである。表現の多彩さを極めたような演奏はないものかと、80年代以降に録音された演奏をあれこれ聞くうち出会ったのが、ナージャ・サレルノ=ソネンバーグによる1987年のデビューCDであった。

サレルノ=ソネンバーグは、実は過去に2回実演を聞いている。いずれも1995年のニューヨーク滞在中でのことで、一度目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番(アンドリュー・デイヴィス指揮BBC交響楽団)、2度目はそのわずか2か月後に、ショーソンやラヴェルの短い曲(ジョルジュ・プレートル指揮フィラデルフィア管弦楽団)の演奏である。その時の印象はあまり強いものではなかったし、また若い女性のヴァイオリニストが登場したな、といった程度だったのだが、彼女ほど奔放な演奏家もないのでは、と思うほどにこの演奏はユニークである。いやむしろ、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をこれほど情緒たっぷりに演奏した演奏は他にないのではと思う。

いろいろ調べて行くと、彼女はその後指の怪我を負い、演奏家としての危機を迎える。私が聞いた95年頃は、まさにその復活途上にあった頃のようであった。その後彼女は見事に復帰し、我が国にも登場しているようだが、私は詳しいことは知らない。この曲を始めとして、数々の演奏はどれも個性的なようで、私も聞いてみたい気がするが、まずはこのCD、「余白」に収録されたサン=サーンスの「ハバネラ」と「序奏とロンド・カプリチオーソ」、それにマスネの「タイースの瞑想曲」を含め、極めて魅力的である。色彩感あふれる演奏は、伴奏のジェラード・シュウォーツ指揮ニューヨーク室内交響楽団(こんな団体は知らなかった)の協力的な伴奏と見事にマッチしている。知に情が勝るような演奏のふりをした、デフォルメされた部分は、9分半に及ぶ第2楽章を中心に全体に及んでいるが、決してもたれることのないメリハリのある面を持っており、フレッシュで現代的である。もしかしたらその後の演奏にも影響を与えているようにさえ思えてくる名演奏である。

2017年6月1日木曜日

メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲集(P:ジャン=イヴ・ティボーデ、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管弦楽団)

5月に入って毎日晴天が続いている。新緑の若葉が、青空と陽光に映えて眩いばかりだ。例年になく心地よい初夏の日に、メンデルスゾーンが聞きたくなった。毎年この季節、梅雨入り前のひと時、さわやかな風が開け放たれた窓から吹き込むと、私の耳に聞こえるのはロマン派、それも初期の作曲家の作品が多い。

メンデルスゾーンは私の好きな作曲家のひとりで、物憂い青春の日々に心を苦しめた記憶と重なると、しばし当時の自分に戻り、何かとても淋しい気分になる。無言歌集など私はもう、通常な心では聞けないほどになってしまい、何年か前に購入したバレンボイムのCDなどは、そのまま開封されていない。

快晴の湘南を歩いたのは、そんなある晴れた日のことである。私は東海道の旧道を歩くことに決めた。それもひょんんことから、所属する患者会のホームページに手記を書かないか、と言われたのがきっかけである。最初は体力の維持と暇つぶし、それに若干の好奇心を満たすつもりで、仕事と家庭生活の空いた時間に、日本橋から品川まで歩いただけである。別に目標を決めてもいない。だが何か月かに一度、思い立ったように電車に乗り、前回歩いたところからまた続きを、疲れたらそこで中断、という具合にやっていたところ、とうとう小田原まで来てしまった。こうなったら京都まで、などとは欲張らず、とりあえず箱根の関までは行ってみようと思っている。

ウォーキングには履きなれた靴と、そして音楽が欠かせない。今日はメンデルスゾーン、それもピアノ協奏曲を持ってきた。メンデルスゾーンの協奏曲と言えば、ヴァイオリン協奏曲ホ短調くらいしか有名ではない。けれども2つあるピアノ協奏曲はいずれも瑞々しい感性に溢れた素敵な曲である。第1番ト短調は技巧的でもあり、伴奏のオーケストラが少し安易に聞こえる部分もないわけではない。でもそういう部分を含め、楽しく聞いている。演奏はフランス人のティボーデである。

珍しいこの曲を私は実演で聞いている。ニューヨーク・フィルハーモニックが来日した際、当時住んでいた埼玉県の大宮で演奏会が開かれた。指揮はメンデルスゾーンの第1人者、クルト・マズアであった。独奏は日本生まれの中国人、ヘレン・ホアンであった。1998年6月のことであるから16歳だったことになる。当時に日記には、以下のように書いている。

 「出だしから、これはいかにもニューヨーク!各人が、パワーと実力を全開にしてぐいぐいと演奏するさまは、アンサンブルがどうの、ハーモニーがどうの、などというみみっちい議論を寄せ付けない。演奏家個々人の技術が合わさったからといって、必ずしも名演にならないことも多いニューヨーク・フィルを大いに乗せることができるのは,マズアだからだろうか?」

このCDの曲順は少し変わっていて第1番と第2番の間に独奏曲が挟まれている。それは2曲あって、最初が「厳格な変奏曲」、次が「ロンド・カプリチオーゾ」。聞き進めていくうちにメンデルスゾーンの多才さに心を打たれる。例えば「厳格な変奏曲」はその名の通り、最初は何かバッハの曲を聞くようであり、それが徐々にロマン派に代わってゆく。「ロンド・カプリチオーゾ」はもっと若い頃の作品だが、無言歌集を思わせる自由な曲想が清々しく、しばし静止した空間の一点を眺めている自分に気づく。

ピアノ協奏曲第2番ニ短調の第2楽章の、成熟した深い味わいは何と言えばいいのだろうか。ブロムシュテットのストイックな指揮も、ここでは熱く、そしてティボーデの安定した美しいピアノに風格を与えてさえいる。

これらの2曲を聞いていると、つくづくこの作曲家は活動的で、音が常に鳴り響いていることがわかる。楽章の間に切れ目がないことも多い。ヴァイオリン協奏曲ホ短調でも、あるいは「イタリア」交響曲を思い出してみてもそうなのだが、モーツァルトのように溢れるメロディーの、まぶしいまでの充実ぶりである。もしかするとそのエネルギーが、私をこの季節に例えたくなるよう仕向けるのかも知れない。だがメンデルスゾーンは、あまりの忙しさに若い寿命を終える。ピアノ協奏曲はそんな花火のように激しく燃焼した天才作曲家の、20代の若々しさに溢れた曲である。


【収録曲】
1.ピアノ協奏曲第1番ト短調作品25
2.「厳格な変奏曲」二短調作品54
3.「ロンド・カプリチオーゾ」ホ長調作品14
4.ピアノ協奏曲第2番ニ短調作品40

2017年4月16日日曜日

NHK交響楽団第1858回定期公演(2017年4月15日、NHKホール)

20世紀オーストリアの作曲家ゴットフリート・フォン・アイネムが「カプリッチョ」を作曲したのは、丁度マーラーの「巨人」が生まれた約半世紀後のことである。二人の間に音楽的な関係があるのかはわからないが、この二つの作品に共通するのは、30歳前後の作品ということくらいだろうか。一方メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調は、彼が30歳の時に作曲にとりかかり、6年の歳月をかけて完成された作品である。これは「巨人」からさかのぼること約半世紀前の、1844年のことであると解説書には記載されている。

これら3つの作品を演奏するNHK交響楽団の定期公演に出かけた。N響の定期を聞くのは1年ぶり。指揮者はイタリア人のファビオ・ルイージ、ヴァイオリン独奏はニコライ・ズナイダー。人気のある有名曲を並べただけあってか、NHKホールの3階席隅まで埋まる盛況ぶりは、久しぶりのような気がする。もっともヤルヴィが指揮するマーラーなどは、すこぶる売れ行がよさそうである。そのヤルヴィの「巨人」を1年以上前に聞き、(このときは前から2列目という席だったが)まるでヨーロッパのオーケストラの音がしたのに驚いた。もちろん演奏は超名演だったと記憶している。

アイネムの「カプリッチョ」は10分あまりの擬古典的な作品であり、あまり現代的な雰囲気は感じられない。一貫してリズム感が印象を残す親しみやすそうな作品で好感を持ったが、私のアイネム体験は実のところこれが最初であり、これ以上のことはよくわからない。ルイージは音楽を起用に、そしてスタイリッシュに指揮するが、聞きどころがぼやける傾向があり陰影に乏しい。

「メンコン」は学校の音楽鑑賞の教材にも使われる超有名曲だが、にもかかわらず実演で聞くのは私の人生でこれがたった2回目である。録音でこれまでのどれほど聞いたか知れない曲も、こうやって実演で聞くと、それまで何を聞いていたんだろうと思う印象的な部分が少なからずあって少々恥ずかしく、そして残念に思う。いや曲が持つ奥深さに触れたというべきか。

第1楽章冒頭から終楽章のコーダまで、切れ目なしで弾き続けるのは大変なことだと思うが、ズナイダーの音色は極めて美しく安定しており、やや小ぶりな作品も耳を澄ませて聞けば、3階席でもその精緻さは感じ取ることができる。ルイージの丁寧な指揮に乗ってなめらかに音が流れてゆく。軽やかだが、軽くはない。この絶妙さがメンデルスゾーンの音楽には重要なのかも知れない。

いつもCDなどで聞き流してしまう第1楽章も、特にカデンツァの後などはっとするような部分があったが、第2楽章に至ってはツボを心得たフレーズなどが次々と現れて、しばし切ない気分にさえなったことを付け加えておきたい。この楽章のフレーズはどこか懐かしく、そしてフレッシュな甘酸っぱさが漂う。音楽は演奏の仕方でこうも印象が違うのか、と思うのもこの第2楽章ではないだろうか。特に、後半の深い抒情性は筆舌に尽くし難い。そして、いつもよりとても長く感じた幸福な時間だった。熱心な拍手に応えてズナイダーは、バッハの「サラバンド」をアンコールした。その音楽に静かに耳を傾けながら、一度ベートーヴェンを聞いてみたいと思った。

3月が別れの月だとすれば、4月は出会い、そして出発の月である。春聞くのに相応しい交響曲第1番は、作曲者自身の指揮によりブダペストで初演された。この作品も、CDなどで何度聞いてきたかわからないのだが、実演で聞くとまったく違った曲に聞こえてくる。おそらくは録音や録画で接するには、私の持つ再生装置が貧弱である上に、再生環境がコンサートホールで聞くときとは比べ物にならないくらいに低質なのだろうと思う。それに、いつ中断されるかわからない家族との共同生活、窓を開けるとたちまち混じる高速道路の騒音などにも原因がある。とりわけマーラーとブルックナーは、実演に限ると思っている。どんな細かいフレーズにも気を配りながら、丁寧に指揮者がタクトを振ると、管楽器が、弦楽アンサンブルが、大きくうねったりはじけたり、その様は緊張感と興奮の連続である。これが長い時間経過を伴いながら物語のように進行し、宇宙的な広がりを見せる終楽章にいたっては、観客と演奏者が一体となった、一期一会の神秘的とも言えるような瞬間を体験することも少なくない。

さて今回のルイージによる「巨人」もまた、聞いていたその時にはまさに、そのような連続であったと思えるのは確かだ。私は、過去にルイージという指揮者を聞くときいつも、重要なフレーズがいともあっさりと、時には練習不足のような印象を伴って流れてしまう残念さを感じることがしばしばで、実のところあまり好きになれなかった。ところが今回の「巨人」は、そのような感じたのは一部であって、むしろすべての楽章で、特に各楽章の中間部において、表情を伴った細部の見事さを感じる取ることができたからだ。

第1楽章においてすでに完成度は高く、時にまだ、まとまりきらない演奏会が多いことも思えば、ヤルヴィで聞いた時のN響よりも良かったかも知れないと思われた。これで乗れると思ったのだろう。第2楽章の主題は大変力のこもった演奏で、特に低弦アンサンブルの凄みは手に汗を握るものだった。このような迫力満点の第2楽章を、1階席の真ん中で聞くとどんなに素晴らしかったかと思う。その第2楽章のレントラー風中間部、第3楽章の、懐かしい過去を回想するような瞬間・・・ここは全体の白眉である。ここをいい演奏で聞くと、私は涙が出そうになるが、それはCDでは起こらない。

壮大な終楽章の、長い時間を伴う大空間は、すでに交響曲第1番でマーラーの作風が確立されていたことを如実に表している。うねるような弦楽器や爆発的なフォルティッシモに混じって、壊れてしまいそうなくらいに繊細なメロディー。終楽章のマーラーはいつ聞いても感動的である。今回のルイージの演奏で私は、いくつかの再発見をしたことは先に述べた。第4楽章のひとつひとつの部分が、丁寧に、そして印象深く演奏された。ここの楽章を演奏する十分に練習されたオーケストラは、意気込みも集中力も十分で、満場の拍手とブラボーはひときは大きく会場を揺さぶった。

ようやく訪れた東京の春は、いきなり初夏を思わせる陽気に、渋谷へと向かう足取りもいつになく軽やかである。おそらく会場を後にした多くの人々が、同じように感じた演奏会だったと思う。この模様はテレビ収録されていたので、数か月後にはオンエアされるだろう。その時を楽しみにしていたいと思う。そして次回からは、できればもう少しいい席で聞いてみたい。おそらくヤルヴィの時以上の名演だったにもかかわらず、音が拡散してしまい、遠くで音楽が鳴っているように感じるNHKホールの悪い点が目立ったからだ。もっともその違いはテレビではわからない。テレビは実演には遠く及ばないと思うからである。

2015年12月17日木曜日

メンデルスゾーン:ピアノ四重奏曲第2番ヘ短調作品2、第3番ロ短調作品3(フォーレ四重奏団)

愛用のウォークマンでマーラーを聞いた後、そのままにしていたら、どういうわけかメンデルスゾーンのピアノ四重奏曲が再生された。重い曲を聞いた後なので、室内楽のそれもピアノ入りは心地よい。それにしても半年以上プレイリストを更新していなかったから、前に入れた曲でまだ聞いていなかった曲があったことを忘れていたのだ。しかもこの曲、私は実に初めて聞く曲でどういう理由でコピーしたかもわすれてしまった定かでない。ABC順でMahlerの次にMendelssohnが来たということである。

早熟の作曲だったメンデルスゾーン。私は実を言うとメンデルゾーンが大好きで、これまで八重奏曲などを聞いて、若干16歳にしてよくこんな曲を書いたのだなあ、などと思っていたが、このピアノ四重奏曲に至ってはなんと13歳の時の作品ということになっている。第1番から第3番まであって、作曲は1822年から1825年。第3番はゲーテに献呈されている。当時メンデルスゾーンはベルリンに住んでいた。ゲーテはしばしばメンデルスゾーンに会い、モーツァルトにも比肩される神童ぶりを記している。メンデスゾーンもゲーテを尊敬し、いくつかの曲を献呈しているようだ。

「12歳のフェリックスを、ワイマールのゲーテに引き合わせたのもツェルターでした。この少年の人柄とピアノ演奏は、72歳の詩人の心をたちまちつかみまし た。成人後、メンデルスゾーンは当時を回想して『もしワイマールの街とゲーテに出会わなければ、私の人生は違ったものになっていただろう』と述べています。」(フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルルディ基金のホームページより)

いずれの曲も4楽章構成だが、特に第4楽章のヴィヴァーチェが印象的である。というのも聞き続けていくうち、もう次の曲に移ったかと思うと、これが最終楽章というのである。第1楽章から瑞々しい感性に溢れているのは言うまでもなく、第2楽章のような楽曲は暖冬の今年、春のような陽気に誘われて聞き続けるのが素直に楽しい。そしてこのような曲は「ながら勉強」などをするには大変好ましい。私もよく「無言歌集」を聞きながら高校時代は過ごしたことを思い出す。

バッハの「マタイ受難曲」を復活演奏したり、ライプチヒのゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者を務めたりと、ドイツ音楽界にあって非常に影響力の大きかったメンデルズーンは、ユダヤ人であることから戦後のドイツではほとんど低い評価しか与えられていなかった。我が国でもメンデルスゾーンを研究する学者などほとんどいないのだろう。その理由からか日本語で書かれたメンデルズーンの書物というのがほとんどない(児童書に一冊、それに2014年に邦訳が出版された「メンデルスゾーン―知られざる生涯と作品の秘密」 、レミ・ジャコブ著くらいだろうか)。

なおこの演奏はドイツの奏者を中心に組織されたフォーレ四重奏団による。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの組み合わせによる曲は数が少ないが、この四重奏団は常設の団体だとうである。 演奏がとてもしっかりしているうえにメリハリが効いているので、ロマンティシズムを濃厚にたたえている。だから余計にこの曲が早熟な少年によって書かれたことを際立たせているようにも思える。

2015年7月22日水曜日

メンデルスゾーン:交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」(ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団)

音楽の中心がウィーンに移るまでの間はイタリアこそが音楽の中心で、ヘンデルもモーツァルトもイタリアに学んだ。音楽家にとってイタリアは、一度は訪れたい地であった。このイタリアへの憧憬はロマン派になっても続き、ワーグナーもチャイコフスキーもイタリアを旅行先に選んでいる。そしてドイツ生まれのメンデルスゾーンもまた、そのような一人であった。

メンデルスゾーンは1830年頃ローマを訪れ、交響曲「イタリア」の着想を得たとされている。後に作曲される第3番「スコットランド」と並んで、旅行先を副題に持つ交響曲のカップリングはLPの時代からの定番であった。私が最初に親しんでメンデルスゾーンの交響曲もまた「イタリア」であった。最初に聞いた演奏は確か、ジュゼッペ・シノーポリが指揮した演奏で、クラウディオ・アバドの有名な録音と並びイタリア人によるイタリア風の演奏という触れ込みだった。

もっとも最高の演奏は今もってアルトゥーロ・トスカニーニによるモノラル録音であることに疑いはない。また伝統的にメンデルゾーンはその活躍した国でもあるイギリス人による演奏、たとえばコリン・デイヴィスも得意としているし、ペーター・マーグやオットー・クレンペラーに代表されるドイツ風の演奏もまた、作曲家がドイツ生まれであることを考えると当然悪くはないだろうと思う。

第1楽章の沸き立つようなリズムは聞く者をこれほどうきうきさせるものはない。そうか、これがイタリアか、などと中学生だった私は思ったものだ。 以来私のイタリア好きはいまだに一度も終わっていない。かの地を3度旅行したことがあるがそのうち2回は猛暑の8月で、1回は1月だったが毎日快晴の日々の連続で、私はイタリアと言えば、澄みきった空と明るい太陽、静かで陰影に富む旧市街の街並み、赤い屋根となだらかな丘、陽気だが機智に富むイタリア人、音楽と絵画と料理、しゃべりだしたくなるイタリア語のリズム。そういったものがミラノの広場、ヴェローナの音楽祭、ヴェニスの運河、フィレンツェの裏通り、シエナの教会、ローマの遺跡、ナポリの喧騒などとともに脳裏に焼き付いている。

メンデルスゾーンもまたイタリアに憧れ、その魅力に取りつかれた。この交響曲は「Italienisch」となっているから「イタリア風」とでも訳すべきだろう。明朗で浮き立つような第1楽章だけでなく、どことなく懐かしい第2楽章、穏やかな第3楽章、それに「サルタレロ」と題された舞曲風のメロディーが横溢する終楽章まで魅力が尽きることがない。

私はこの曲が好きだが、どういうわけか最高の演奏に出会うことは少ないような気がする。トスカニーニの演奏が強烈過ぎるからだろうか。そのような中で私は90年代にヘルベルト・ブロムシュテットがサンフランシスコ交響楽団を指揮した演奏のCDを、わがラックに持っていたことをすっかり忘れていたのは意外だった。久しぶりに聞きなおしてみるとその演奏は、明確な安定性と推進力を程よく持ち合わせ、録音も秀逸でなかなかの演奏なのである。サンフランシスコ交響楽団の木管のパートがこれほど魅力的だとは思わなかった。そしてカップリングされた「スコットランド」と合わせると、この組合わせのベストであると思うに至った。

梅雨が明けて今年も暑い夏がやってきた。雲ひとつない東京の空に強風が吹き抜け、猛暑とはいえそこそこ過ごしやすい夏の午後。木漏れ日がきらめく神宮外苑の並木道を自転車で走りながら、私はまたこの季節が来て良かったと心躍らせている。もちろんメンデルゾーンを聞きながら。

2015年7月8日水曜日

メンデルスゾーン:劇音楽「夏の夜の夢」作品61(S:キャスリン・バトル他、小澤征爾指揮ボストン交響楽団)

梅雨のないヨーロッパの夏は、例えようもなく輝かしい季節である。6月ともなるとバカンスのシーズンが到来したということで、各地の観光地や別荘地は賑わう。今年債務不履行となったギリシャなどは間違いなく快晴の日々が続くから、それこそドイツをはじめヨーロッパ各地からの観光客でごった返す。私も東京で湿度の低い快晴の一日があると、これはヨーロッパの夏のようだ、といつも思う。

そのような夏の中でももっとも日が長い夏至が近付くと、奇妙な事件が起こると言い伝えられている。シャークスピアの戯曲「夏の夜の夢」も妖精たちの登場するファンタジックなお話である(だがそのストーリーはあまりに複雑なので省略)。メンデルスゾーンはこの物語に音楽をつけ、そのことでもしかしたらシェークスピアのこの作品が広く知られることになった、というのは言い過ぎだろうか。

先に作曲された長い序曲(作品21)に続いて、2人のソプラノと合唱団も登場する魅力的な音楽が始まる。ストーリーよりもその音楽が大変に美しいので、この作品は音楽のみを純粋に楽しむことができる(というよりも語りはかえって音楽の流れをそぎ、無駄であるとさえ思う)。特に我が国でも有名な「結婚行進曲」は知らない人などいないほどだ。満員電車の中でイヤホンでこの曲が流れてくると、音が漏れていないかと心配になり気恥ずかしくなる。

この結婚行進曲以外にも魅力的な音楽があって飽きないのが「夏の夜の夢」である。特に「まだら模様のお蛇さん」を含む全曲盤の録音がいい。私のコレクションにはジェフリー・テイトの指揮するロッテルダム・フィルの録音が唯一だった時代が長く続いたが、少し大人しいこの演奏よりもっといいのがあると思っていた。昔のクレンペラー盤がベストだと言う評論家もいるが、マリナーやプレヴィンの演奏も悪くはない。けれど小澤征爾の演奏がリリースされた時は、「買い」だと思った。

聞いてみてその予感は間違っていなかったと確信した。全ての音が生き生きとよみがえり、メンデルスゾーンの曖昧な音色が奇麗に磨かれている。テンポも新鮮でこの曲ほど小澤の指揮にマッチしているものはないとさえ思った。だがこの演奏の欠点は、「売り」であるはずの吉永小百合のナレーションにある。私は吉永小百合が悪いというのではない。この曲に日本語のナレーションが本当に必要だったのか、と思うのだ。

要は音楽の自然な流れが阻害され、折角の曲が楽しめないのである。キャスリン・バトルのソプラノが大変素晴らしいだけにそのことが残念である。もしかするとその朗読に魅力を感じている人もいるだろうし、後半部で声と音楽がうまく絡み合っている部分は悪くもないが、そうであるならいっそ2枚組にでもして、片方は朗読なしのバージョンを収録して欲しかったと思う。もう一人の独唱はメゾ・ソプラノのフレデリカ・フォン・シュターデ、タングルウッド音楽祭合唱団が加わる。

だが何度聞きなおしてもこのCDに収録された音楽は一級品である。録音の素晴らしさも貢献して、この録音は小澤征爾のベスト・アルバムの1つではないかとひそかに思っている。なお、輸入盤を購入すれば吉永小百合の代わりに英語のナレーションが流れるようだ。シェークスピアはイギリスの作家だから、オリジナルを志向する向きは輸入盤を買うといいのかも知れない。

2014年8月30日土曜日

メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調作品56「スコットランド」(オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団)

思いついた時にしかいい文章が書けないのと同じように、有名な作曲家も、いつもいいメロディーがひらめくわけではないようだ。そのタイミングは予測不可能で、いいアイデアは往々にして散歩中やベッドの中でひらめくものだ。メンデルスゾーンもスコットランドのお城を訪れた際に、この音楽がひらめいたようである。

そのメロディーがスコットランド風であることを意識したかどうかはわからないが、この曲を聞く後世の人はみな、このメロディーからやや曇りがちで時に肌寒いスコットランドの古城の風景をイ
メージすることになる。確かに第1楽章のメロディーは憂愁に満ちて忘れ難い印象を残す。さらに第2楽章では木管楽器が奏でるメロディーは、どこか民謡風で音のスケッチブックを開いているような感じだ。そして第3楽章のほの暗いメロディーも、ロマン派の香りが出て素晴らし。マーチ風の第4楽章もメンデルスゾーンらしさが伝わってくる。

秋が来て、このような曲をひとりじっくり耳を傾ける時を持てるのは、いたっい何年ぶりだろうかと自問してみる。昼下がりの公園のベンチにたたずみながら、高い空を眺めている。そういう時に相応しい演奏というのは、少し迷ったが、やはり有名なクレンペラー盤ということになろうか。この演奏は今となっては古風であり、そして独特である。

何か大海原を大型船で行くようなゆったりとした感じは、現代の都会風でせっかちな演奏からは逆立ちしても感じられない雰囲気を持っている。別に今の演奏が良くないと言っているのではないが、こういうレトロな演奏はもはやあまり聞かれなくなってしまった。

第1楽章の第2主題が入るところは、この演奏の全体の白眉だし、第2楽章の明るくてしかもしっとりとした味わいも捨てがたい。典型的な演奏ではないかもしれないが、クレンペラーの演奏にしかない深い味わいがここにはある。そえは私の好みでもあるし、他の指揮者に求めることもできない。

私はメンデルスゾーンが、この曲を完成させるまでに12年もの歳月を要したことを知り、このタイミングで取り上げるか迷った。彼がベルリンでバッハの「マタイ受難曲」を蘇らせた直後のイギリス旅行は、しかしながら彼の音楽人生にとってかけがえのないものであったし、その間に書かれたこの交響曲こそ、メンデルスゾーンの5曲の交響曲の中でももっとも素敵なものだと信じることができる・・・クレンペラーのような良い演奏で聞けば・・・。


注)クレンペラーの「スコットランド」には、フィルハーモニア管弦楽団を指揮した当盤の他に、バイエルン放送交響楽団による録音もある。ここでは独自のコーダが用いられ、明るいエンディングではなく短調のまま終わるそうである。

2014年8月20日水曜日

メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲(初期の作品)(ヘンシェル弦楽四重奏団)

クラシック音楽をもう30年以上も聞いてきたが、それでもこういう経験をするものだと思った。何度かきいているうちに、それまでは大したことないと思っていた曲が急に何か素敵に思える瞬間があるのである。最近ではメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲がそうだった。

「今さら何言っているの?」という向きも多いだろう。だが私にとっては実は、ごく最近まで特に見向きもしなかった作品である。それが急に素敵に思えてきた。メンデルスゾーンの作品を順に聞いてきて、そろそろクァルテットでも思っていたところ、なかなか良いCDが手に入らない。もともとそれほど有名な曲ではないし、CDは全部で3枚もの長さになるのだから結構な出費である。それではと最も安かった最近のCDを手に入れた。それがヘンシェル四重奏団によるArteNova盤だった。

この演奏を最初に聞いた時はちっとも良いとは思わなかった。もっとラディカルな演奏の方が良かったかな、などと考えていた。だがそれでもあきらめずに聞いていたところ、3回目か4回目にしてやっと流れに乗るような聞き方ができるようになった。ヘナヘナとした演奏だと思っていたが、それなりにきりっとして、歌うところは歌うなかなかいい演奏だと思えてきた。ではどのような曲か、これから作曲順に見ていく。今回は14歳から20歳頃に作曲された初期の3作品について。

  ①弦楽四重奏曲変ホ長調(1823年)
  ②弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13(1827年)
  ③弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12(1829年)

これらの3曲はいずれも20代の作品で、晩年の作品と比べやはり違うと言わざるを得ない。これらの3作品には、いずれも共通した特徴がある。

まず全体に非常にのびやかである。若い、ということもあるだろう。全体にみずみずしく屈託がない。これらの作品が、その年齢を思わせない完成度を誇っているのは他の作品でも言えることで、この天才作曲家のまばゆいばかりの感性にはいつも驚く、と同時に好感が持てる。作曲年代では3つのうち最後となる第1番がもっとも印象に残った。民謡風(ユダヤ風?)の第2楽章を始め、音楽は親しみやすい(この楽章は「カンツォネッタ」と呼ばれ単独でしばしば演奏される)。

番号のない変ホ長調もなかなかの曲である。モーツァルトのような愛らしさは、第3楽章のメヌエットを頂点に全体にいきわたる。第2番はこの中では一番特徴的だが、それは単調であるからかもしれない。とりわけ第3楽章は印象的で、A-B-A-Bの緩急の差が見事である。

私はこれらの作品をiPodで聞きながら、カフェの涼しい席でしばし読書をするのが楽しくなっている。集に1回くらいの割合で、私は1時間余りをそこで過ごす。少し大きめのボリュームで聞く弦楽四重奏曲とホットコーヒーの組み合わせは、残暑の厳しい夏の日に相応しく、なかなか心地よい。

2014年6月26日木曜日

メンデルスゾーン:序曲「真夏の夜の夢」作品21(コリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団)

Midsummerを辞書で索くと「盛夏」などと並んで「夏至」という意味が記載されており、「日本と違って快適な時期」などとおせっかいなことまで書かれている(「ジーニアス英和大辞典」)。だからシェークスピアが書いた本作のタイトルは「夏至の夜の夢」がより正しいだろう。そのためかかつて「真夏の夜の夢」と訳された題名が、最近では「夏の夜の夢」と変わりつつある。一方我が国で「夏」というと五月の初夏からお盆の頃までを指し、その長さは随分と長い。日本で「真夏」というとその期間は、梅雨明けからお盆までの数週間である。花火大会などが開かれるイメージだ。

ところが「夏至」は昼の長さが最も長い日のことで6月下旬のわずか1日を指し、そういう意味で「夏の夜の夢」と言ってしまうと時期をかえってあいまいにしてしまっているような気がする。

クラシック音楽の世界では、「そはかの人か」(歌劇「椿姫」の有名なアリア)などと言うように、一度定着した古めかしい言い方を続ける傾向があり、それはそれで独特の味わいもあるため、誤解の生じない範囲で古い言い方を好む人も多い(つまり保守的だというわけだ)。というわけで、これは私のコレクションでは「真夏の夜の夢」のままと考えている。

その劇音楽の作品番号は、序曲が作品21で、それ以外の部分(には有名な「結婚行進曲」などが含まれる)は作品61となっている。これは作曲年代の違いによる。ベルリンに住んでいたメンデルスゾーンは、まだそれほど有名ではなかったこのシェークスピアの劇に出会い、まず序曲の作曲を手掛けた。ここではその序曲のみを取り上げた。

先に触れた弦楽八重奏曲が、天才メンデルスゾーンの作風が確立したもっとも初期の作品だとすれば、これは管弦楽作品としてのそれであると思う。そのくらいこの作品の完成度は高く、一度聴いたらなかなか耳を離れないくらいの印象を残す。おそらく誰もがそう思ったのであろう。だからこの序曲を聞いて、本篇の作曲依頼が舞い込んだのだろう。

メンデルスゾーンは劇付随音楽として全曲を完成させるに際し、若干17歳のときに作曲したこの序曲をそのまま採用している。従ってもはや改訂の必要がないと判断したことになる。確かに全体を聞いても序曲だけが未熟で浮いている、などということは全くない。

ヴァイオリンのトレモロで始まる冒頭部分は、指揮者の違いを聞きわけるひとつのポイントであろう。私も手元にあったいくつかの演奏を聞き比べてみた。アバドや小澤征爾などに加え、最新のシャイーによるものまで様々だったが、私が気に行っているのは若きコリン・デイヴィスによる演奏だ。オーケストラはここではボストン交響楽団、交響曲「イタリア」とのカップリングである。

デイヴィスはそれぞれの楽器をくっきりと浮かび上がらせ、ともすればメロディーラインの綺麗さで誤魔化される縦の線の統一にこだわっている。それでいて、終結部に見せるヴァイオリンの静かなカンタービレに集中力を欠かさない。何ともツボを抑えた名演であると思う。なお、劇付随音楽全体は別途取り上げたいと思う。

2014年6月24日火曜日

メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲変ホ長調作品20(ラルキブデッリ&スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ)

弦楽のための交響曲が、メンデルスゾーンの音楽的ないわば成熟の過程を記録した作品となったのに対して、この良く知られた弦楽八重奏曲は、彼の音楽的才能が早くも完成の域に達し、自らの音楽に対する確固たる自信を裏付けるような作品であると言える。我々が普通に聞くメンデルスゾーンの音楽の、最初の本格的な作品はこの曲ではないかと思われる。

二つの弦楽四重奏団の共同作業として、しばいばこの曲は演奏され、録音もされてきた。私が高校生だった頃、家には確かパノハとスメタナの両弦楽四重奏団が一緒に演奏したレコードがあったように記憶している。そしてその作品の燃えるような躍動感に満ちた第1楽章を聞いて、まさか同い年の16歳の少年による作品であるとは信じられず、非常に驚いたものだ。

私がコレクションに加た一枚は、それから10年以上が経過した1992年にニューヨークで録音されたもので、オリジナル楽器の名手アンナー・ビルスマを中心に、ラルキブデッリとスミソニアン・チェンバー・プレイヤーズの演奏。ワシントン・スミソニアン博物館に所蔵されているストラスヴァリウスを用いて演奏されたという触れ込みのソニーのCDである。録音は1992年。

ここで聞くメンデルスゾーンはやはり刺激的である。録音もいいからだろうが、昔聞いたLPの演奏よりも何倍も新鮮に聞こえるのが不思議だ。LPレコードはよほどいい再生装置で聞かないと、いい音に聞こえなかったのかも知れない。

第1楽章「程よく快活に、だが火のように」、第2楽章「ぼちぼちと」、第3楽章「スケルツォ、快速に最も軽やかに」、第4楽章「早く」といった指定がされている。このうち第3楽章のスケルツォは特に有名で、単独にオーケストラで演奏されることもある。例えば、トスカニーニのCDにこの楽章のみのトラックがあったように思う。あるいはHooked on Classicsの中のHooked on Mendelssohmにも登場する。

日増しに暑くなっていく梅雨の中休み。真昼間だというのに窓を開け放ち、垣間見える東京湾から吹く生温かい風に打たれながら、この曲を大音量で聞いた。メンデルスゾーンほど夏に良く合う作曲家はいない、などとのぼせながら思ってみたりする。

2014年5月22日木曜日

メンデルスゾーン:交響曲第5番「宗教改革」(アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団)

Reformation(宗教改革)は中世ヨーロッパ社会を二分する一大事件だったが、それから300年を経た記念祭に演奏する目的で、メンデルスゾーンは交響曲の作曲を決意する。彼自身、熱心なルター派のプロテスタントであり、その彼が特に誰に言われるともなくこの曲を手掛けるあたりが聞き手の想像力を掻き立てる。自身のキリスト教信仰が、ユダヤ人であった彼の前で、アイデンティティを試す踏み絵として立ちはだかったのではないか・・・。

バッハの「マタイ受難曲」を蘇らせたメンデルスゾーンだったが、キリスト教への深い信仰と共に、ユダヤ人である自身の生い立ちとの共存を迫られることになった。これは20歳になろうかという青年時代に、いくら順風満帆な芸術家人生を送ってきたとはいえ、避けて通れない大きな問題として彼を苦しめたのではないだろうか。その苦しみは、この交響曲がなかなか初演を迎えることができないという様々な政治的理由により、より明白なものへとなってゆく・・・。

そのあたりの初演の経緯は種々の資料に詳しいが、では彼の内面はどのようであったかは、なかなか知る術がない。5曲の交響曲のうちでも、飛び抜けて有名な「スコットランド」と「イタリア」を除けば、他の3曲が実際に演奏されることもあまりない。だが素人的には、後年に「エリア」や「聖パウロ」といた宗教的オラトリオ作品(の中にはより後年に作曲された第2交響曲も含まれる)へと発展する最初のステップだったのではないか、と私には思われる。

この曲は構成が複雑で分かりにくいが、いい演奏で聞くと味わいがある。誤解を招くことを承知でかなりいい加減なことを書くと、この曲は春夏秋冬が同時に来たような曲である。第1楽章の荘厳な序奏に続く主題は、丸で嵐の中を船で行くような音楽である。大河ドラマを思わせる雰囲気は「冬」。

これに対して親しみやすいメロディーの第2楽章は、うきうきした「春」を思わせる。メンデルスゾーンのメロディーだ。続く第3楽章は「秋」。ここには後期のロマン派の香りがするが、やはりこの曲も親しみやすい。やがてフルート独奏によって静かに奏でられる祈りのメロディーにより、そのまま第4楽章へ入ってゆく。明快なフィナーレで、大変な気持ちの入れようを感じるフーガ仕立ての第4楽章は「夏」の音楽である。

もともと少ない録音数なのでいい演奏に出会うことも少ないようだが、私は昔からトスカニーニのモノラル盤を時々聞いていて、それに不足がない。というよりもこれに勝る名演奏はないのではないか、といつも思ったりする。そういうことだから、なかなか他の演奏に手が出せないのが実情である。アバドなどで聞いても、この曲の良さがちっとも伝わってこない。

このトスカニーニ盤のライナー・ノーツには示唆に富む内容が記載されている。初期ロマン派と後期ロマン派の作風を比べた上で、前者の代表格であるメンデルスゾーンは、やはり前者の音楽的志向にマッチしたスタイルを持ち味としたトスカニーニこそ、その演奏の最右翼として位置づけられるということだ。そうだからこそ、トスカニーニはこの曲を何度も演奏した(ちなみにその演奏回数は「イタリア」よりも多かったらしい)。

カップリグされている「イタリア」を含め、モノラルながら歴史的名演である。1953年の録音で、トスカニーニが倒れる前年の87歳の録音だ。トスカニーニの流れを受け継ぐ演奏家としてはカラヤン、そしてムーティを挙げるべきだろう。これらの指揮者による「宗教改革」の演奏には一度耳を傾けてみたいと思っている。

2014年5月20日火曜日

メンデルスゾーン:カンタータ「最初のヴァルプルギスの夜」(ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団)

メンデルスゾーンの作品を語るにあたって、彼の涙ぐましいまでの宗教的大作の数々に触れないわけにはいかない。特に晩年は「聖パウロ」、「エリア」、「キリスト」などといったオラトリオなどの合唱曲を精力的に作曲したが、その日常は異様なまでに忙しく、38歳だった彼は病床で次の最後の言葉を残したことは有名だ。「忙しい。あまりに忙しい」と。

私はメンデルスゾーンが天賦の才能を持ちながらも、最愛の姉ファニーを亡くすなどの精神的ショックも重なって、今で言う過労死を遂げたのではないかと思っている。なお、「聖パウロ」「エリア」それに未完に終わった「キリスト」などは別の機会に書こうと思う。

これらの宗教的大作の中にあって、その最初の本格的作品ではないかと思っているのがカンタータ「最初のヴァルプリギスの夜」である。台本は文豪ゲーテ。彼はこの戯曲をメンデルスゾーンの音楽の先生であったツェルターに捧げ作曲を薦めたようだ。だがそれは果たされず、弟子のフェリックス・メンデルゾーンが音楽に仕上げた。1832年の作品だが、改訂を重ね1843年に完成した。

私はこの作品をユージン・オーマンディが指揮する往年のフィラデルフィア管弦楽団のディスクで知った。タワーレコードと共同で世界初CD化された名盤の復活は、しかしながら誰の見向きもされていない(ように見える)。それどころか最初に発売された時でさえ「極めて充実した演奏によって、これまで発売された盤のいずれもを凌駕するほどの出来栄え」であったにも関わらず、「まったくと言っていほど話題にならなかった」(ライナー・ノート)と書かれている。

だが、この演奏を待ち望んでいた人はいたのだ。1978年の演奏にもかかわらず、その響きは驚くほど新鮮でしかも充実している。この時点でマエストロは79歳、にもかかわらず飛び抜けた迫力と集中力があり、合唱を含めてそのスケールの大きさたるや、特筆に値する。勢いのあるメンデルスゾーンの若い頃の作品の魅力を堪能することができる。

最近はテレビドラマも映画でも、最初に主題歌が歌われることは少なくなったが、今でも大河ドラマや水戸黄門、それに子供向けアニメなどでは最初にまず主題歌が歌われる。言ってみれば、あれが序曲である。この曲は35分程度の曲ながら10分足らずもの間、序曲が鳴り響くあたり、何か非常に力が入っている。

冬が終わり、春が来るというところから音楽は始まる。次から次へと合唱のメロディーが出てきて、休む暇もない。メンデルスゾーンは、いわばハイパーな人だったのではないか、などと考える。全部で9曲から成るが、音楽は続けて一気に演奏される。ドイツの古い言い伝えでは、キリスト教が強制される中で異教徒が山脈に集い、彼らの古い信仰の儀式をとり行う。

なかなか見当たらない邦訳がCDにきっちり添付されているのもありがたい。キリスト教徒が逃げ出すまでの音楽は、独唱と混声合唱によって大々的に歌われていく。今でもこのお祭りは、4月30日の夜からドイツや北欧各地で繰り広げられるそうだ。

作曲はイタリア旅行中に完成したようだが、このメンデルスゾーンのヨーロッパ各地への旅行については、他の作品で触れることにしたいと思う。なぜならこの旅行によって、数々の有名な曲、中でも「スコットランド」と「イタリア」が生まれたからだ。 なおCDの余白には序曲「フィンガルの洞窟」他が収められている。これらもなかなかの名演である。それにしてもオーマンディという指揮者はいい指揮者だった。と同時に、この時期までのフィラデルフィア・サウンドはまさに黄金時代であった。

2014年5月18日日曜日

メンデルスゾーン:序曲集(ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)

メンデルスゾーンの珍しい序曲ばかりを集めたこのCDは、ネヴィル・マリナーが指揮し、手兵のアカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズが演奏しているなので悪かろうはずがない。そして聞いてみて最初に思うのは、その録音の良さである。94年の録音だからそれほど新しいわけではないし、SACDでもない。だがそれに匹敵するような出来栄えで、聞く者を嬉しさで包むことは請け合いである。収録曲は順に、

   トランペット序曲ハ長調作品101
   オラトリオ「パウロ」作品36より序曲
   序曲「ルイ・ブラス」作品95
   歌劇「異国よりの帰郷」作品89より序曲
   歌劇「カマチョの結婚」作品10より序曲
   吹奏楽のための序曲ハ長調作品24
   序曲「美しいメルジーネの物語」作品32
   序曲「海の静けさと幸ある航海」作品27

となっている。この中では有名な「美しいメルジーネの物語」がとてもいいと思ったが、演奏の出来不出来に差はない。一方で録音され過ぎた「真夏の夜の夢」や「フィンガルの洞窟」などが収められていないのも、重複を避けたいコレクターとしては嬉しい。

ロマン派の作曲家が残した序曲としては、シューベルトやウェーバーなどどれも素敵な作品が多いが、メンデルスゾーンも例外ではない。そして序曲集はメンデルスゾーンの特徴がよく表れているとも思う。明るく陽気で、そして力強い。ロマン派でありながらも古典的な形式美を残しているところに加え、マリナーの指揮がきびきびと引き締まっているので、音楽に推進力がある。珍しい曲が同じように続くCDであるにもかかわらず、なぜか時々聞きたくなるようなCDである。何度か聞いていくうちに、音楽に親しみが沸いてきて、耳に馴染んでくるのが不思議な感覚だった。

ところでこの素晴らしいCD、Capriccioというレーベルから発売されていたのだが、その後倒産し、今では廃盤である。どのようにしたら入手できるのか、よくわからない。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...