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2018年9月17日月曜日

「3大テノール 夢のコンサート」

1990年のFIFAワールドカップ・イタリア大会は、地元のイタリアが初戦でカメルーンに敗れるという波乱の幕開けだった。私はこの直後の夏、スイスに2か月滞在したが、それが終わって9月にバルセロナへ行くと、そこには1992年バルセロナ五輪の特設会場が設けられ、たしかSONYだったかの大規模なスクリーンに、3大テノールの映像が流れていたのを鮮明に覚えている。

そもそもオペラ歌手と言うのは大変ライヴァル意識の高い職業で、音域の同じ歌手が共通の舞台に立つことはまずない。プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、それにルチアーノ・パヴァロッティという、当時最高水準にあったテノール歌手が、一同に会するというのは、それだけで大事件であった。だが、カレーラスの病気復帰と慈善活動への寄付、さらにはサッカーと言う共通の趣味が、この3人を結び付け、決勝前夜のローマ、カラカラ浴場跡で開かれたコンサートに結実する。

もっともこの時のタイトルは「3大テノール」ではなくて、指揮者のズビン・メータも加え「カレーラス・ドミンゴ・パヴァロッティ・メータ」となっていたように思う。メータが入っているのは、こういう場面におけるエンターテイメント役としてはうってつけの指揮者で、その大ぶりの指揮が歌手3人に引けを取らない程見ごたえがあったからだ。私はカラカラ浴場で「トスカ」を見た経験もあり、このビデオ(LDだった)が発売されると真っ先に買い求め、楽しんだことを思い出す。

このコンサートの大成功によって彼らは、ワールドカップの大会ごとに舞台に登場し、1994年ロサンジェルス、1998年パリ、それに2002年東京とコンサートを行った。さらあにはワールドツアーも行われ、ロンドン、ミュンヘン、ウィーン、ラスヴェガス、ニューヨーク、それに南アフリカのプレトリアでもコンサートが行われた。しかしこの興行路線に走る彼らのコンサートは、巨大なスポーツスタジアムに多数の観客を動員し、大盛況のうちに終わるものの、あのローマでの、ややぎこちないながらも即興的にコンタクトを取り交わし、緊張感をはらみつつお互いを気遣う、一期一会だと皆が思ったはずの演奏会ほどの感興を与えてはくれない。

指揮者はいつのまにか、マルコ・アルミリアートやジェイムズ・レヴァインに交代され、レパートリーも陳腐化していく。本日東京写真美術館で上映された「3大テノール 夢のコンサート」と題された映像作品は、そのような世界ツアーで歌われたコンサートから29曲を並べたもので、個々の歌はそれなりに感服するものの、新しい新鮮味には乏しい。過去にリリースされたロサンジェルスでの公演ほど悪趣味ではなく、わずかにインタビューなども挟まれているが、パリの公演のビデオほど楽しませてはくれない。

私はこの作品を、ローマでの成功を収めたドキュメンタリー作品だと勘違いしていた。だからこの映像からは、新たな感動は得られない。コンサートは東京大会の頃にはすでに盛り上がることもなく、テノール歌手としての声の衰えを感じるばかりであった。会場は華やかな衣装を身にまとったお金持ちで溢れたが、オペラについてどれほど知っている人がいたかも疑わしい。高価なチケットを買いあさり、巨大スピーカーからしか聞こえてこない音声を有り難く聞くのは悪趣味である。

ドミンゴはその後、バリトンにレパートリーを変え、時に指揮もこなす活躍をしているし、カレーラスもまだ歌っているが、最高齢だったパヴァロッティは2007年に死亡してしまった。もとはパバロッティが世界各地で大規模リサイタルを開いていたので、これらのコンサートもそれが下地になっているようなところがある。だがこの映像作品からは、上演にこぎつけるまでのエピソードや、パヴァロッティ亡きあとの彼らの活躍にも触れていない。

もはや20年以上も経過した過去のテノール歌手の、その衰えが顕著になりはじめる頃の映像を、2800円も支払って見に行く価値はないだろう。それでも「3大テノール」を味わいたいという人は、同時に上映されているローマでのコンサートを写した作品「3大テノール 世紀の競演」を見ると良い。ここには人間味あふれる映像が、メータの若々しい?姿とともに映し出される。誰しもが、もうこの1回だけにしけおけば良かったのに、と思うだろう。

2018年8月22日水曜日

「ホセ・カレーラス ーヴェローナの偉大な夜(Grande Notte a Verona 1988)」

ホセ・カレーラスが病に倒れ、その復帰第一声となったのが、1988年8月8日ヴェローナ野外劇場で行われたガラ・コンサートだった。このDVDにはその時の熱狂的な模様が収められている。ローマ時代の広大な円形劇場は、毎年夏になると、オペラ劇場となって世界中の観光客を引き寄せる。「ロメオとジュリエット」で知られる北イタリアの小さな都市が、ホテルの予約も取れなくなるほどの賑わいを見せ、連日深夜まで賑わう。

そのヴェローナ野外劇場へ、私は1990年の夏に出かけ、8月18日の夜に歌劇「アイーダ」を鑑賞したことは以前にも書いた。この頃、学生の職業体験プログラムで滞在していたスイスのローザンヌから、1泊2日で出かけた小旅行の時である。2か月に及ぶ滞在を終え、私はジュネーヴからバルセロナへ向かうスペインの特急列車「タルゴ」に乗り、夜遅く着いた。バルセロナは2年後にオリンピックを控え、広場にプロモーション用の特設スクリーンが設けられ、そのSONYの大型スクリーンで放映されていたのが、あの「三大テノール」の映像だった。

「こんなビデオがあったのか」と驚いたローマ・カラカラ浴場跡でのコンサートは、それから数か月が経って日本でもセンセーショナルに発売され、私もビデオで購入した。この時にプラシド・ドミンゴ、ルチアーノ・パヴァロッティの両者に対し、この公演を持ち掛けたのがホセ・カレーラスだった。白血病を克服した彼が設立した財団(Fundacion Internacional Jesep Carreras)への寄付というのがその名目だった。このコンサートはFIFAワールドカップ・イタリア大会決勝戦の前夜に開催された。世界的なテノール歌手が同じ舞台で歌うと言う、そのこと自体がセンセーショナルな出来事であることは、オペラ・ファンならよくわかる。1990年の私のイタリア旅行は、このワールドカップ退会の直後だったわけである。

それから遡ること丁度2年。カレーラスの復帰に駆けつけた歌手は錚々たる顔ぶれあった。もう30年も前となったそのコンサートで、当時の大歌手たちが熱唱を繰り広げる様子が収録されている。今は引退してしまった伝説の歌手(モンセラット・カバリエやルッジェーロ・ライモンディほか)もいれば、今でも活躍するいぶし銀のスター(レオ・ヌッチ、フェルッチョ・フルラネットほか)、亡くなった歌手(ゲーナ・ディミトローヴァやルッジェーロ・ライモンディ)らも若々しい歌声を響かせている。またルネ・コロはただ一人ワーグナーを歌い、ヘルデン・テノールとしての美声を大空に轟かせる。エヴァ・マルトンにイレアナ・コトルバス、マーラ・ザンピエリにエレナ・オブラスツォワ…にあまりに次々と大歌手たちが登場し、今の歌手とは一味違う存在感と、情感を込めて歌うその歌のひとつひとつに、驚嘆のため息をついていると、あっというまに時間が過ぎてしまう。

CD等で聞いていた大歌手たちの映像が、次々と映し出される。その歌はどれも有名な曲ばかりであるのも珍しい。一般にガラ・コンサートでは有名歌手は登場しても有名な歌は歌わないことが多いし、オーケストラの間奏曲などを差しはさむことも多いからだ。しかしこのコンサートはまさに「偉大な夜」すなわち特別だった。最後に満を持して登場するホセ・カレーラスが「グラナダ」を歌うまで、目が釘付けのままで飽きることはない。マドリード交響楽団(指揮:ホセ・コラード、カルロ・フランチ)という、お世辞にも上手とは言えないオーケストラも丁寧な演奏だが、ただでさえ音響効果の悪い熱帯夜の野外劇場で、うちわ片手に舞台に見入る1万人は下らない聴衆も熱い声援を送る。テレビの画質は悪く、時おり音声が大きくなったり小さくなったり。歌手が登場する場面はカットされている。また私が持っているこのDVDには、スケジュールが合わずビデオ出演したプラシド・ドミンゴの映像は含まれていない。

以下に、その見事な顔ぶれと曲名を列挙しておく。このリストを見ただけで鳥肌が立つというものだが、実際にはDVDで通してこの映像を見ることは非常に少ない。映像と言うメディアは、それ自体が貴重な記録でもあるのだが、今ではYouTubeなどで手軽に手に入る映像を、わざわざ手元に保管しておく必要はないのかも知れない。

だが、このビデオは私にとって特別な存在である。それは後年、ホセ・カレーラスと同じ病に侵された私が闘病の真っただ中の2002年の秋、妻が思い余ってカレーラス氏に手紙を書き、励ましの返事を受け取っているからだ。バルセロナから三鷹(当時の私の住所)に届いた一通の手紙には、まさに移植のその日付と共に、直筆のメッセージも書き添えられていた。私は今でも大切に保管している。カレーラスは、今でも時折来日し、その輝かしい歌声を聞かせている。


【収録曲】
1.ロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」より「私は町のなんでも屋」
   レオ・ヌッチ(Br)
2.ポンキエルリ:歌劇「ジョコンダ」より「自殺!」
   ゲーナ・ディミトローヴァ(S)
3.プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より「なんと素晴らしい美人」
   ペテル・ドヴォルスキー(T) 
4.プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より「私の名はミミ」
   ゾーナ・ガザリアン(S)
5.チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より「心身ともにくたくたで」
   ジャコーモ・アラガル(T)
6.ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」より「彼女は私を愛したことがない」
   ルッジェーロ・ライモンディ(Bs)
7.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知るとおり」
   エレナ・オブラスツォワ(A)
8.ロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」より「かげ口はそよ風のように」
   フェルッチョ・フルラネット(Bs)
9.ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より「勝ちて帰れ」
   ナタリア・トロイツカヤ(S)
10.チレア:歌劇「アルルの女」より「ありふれた話(フェデリコの嘆き)」
   ルカ・カノーニチ(T)
11.マスネ:歌劇「ル・シッド」より「泣け、泣け、わが目」
   モンセラート・カバリエ(S)
12.ヴェルディ:歌劇「アッティラ」より「ローマの前で私の魂が」
   サミュエル・レイミー(Br)
13.ヴェルディ:歌劇「運命の力」より「神よ、平和を与えたまえ」
   アプリーレ・ミッロ(S)
14.ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」より「人知れぬ涙」
   ヴィンチェンツォ・ラ・スコーラ(T)
15.ベッリーニ:歌劇「ノルマ」より「清らかな女神」
   マーラ・ザンピエリ(S)
16.ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より「はるかなる遠い国に」
   ルネ・コロ(T)
17.ヴェルディ:歌劇「オテロ」より「無慈悲な神の命ずるままに」
   シルヴァーノ・カローリ(Br)
18.プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より「ひとり寂しく捨てられ」
   エヴァ・マルトン(S)
19.ヴェルディ:歌劇「椿姫」より「プロヴァンスの海と陸」
   ホアン・ポンス(Br)
20.ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」より「心に炎が燃え上がる」
   アントニオ・オルドネス(T)
21.ドビュッシー:歌劇「放蕩息子」より「アザエル、アザエル、どうしてお前は私から離れていったの?」
   イレアナ・コトルバス(S)
22.ララ:グラナダ
   ホセ・カレーラス(T)

2018年3月31日土曜日

スプリング・ガラ・コンサート(2018年3月28日、東京文化会館)

ロッシーニ没後150周年を記念して、今年の「東京・春・音楽祭」では、ロッシーニのアリアを始めとしたガラ・コンサートが開かれた。だが実際の公演の後半半分は、ヴェルディやプッチーニのアリアが中心で、しかもここの部分こそ聴きどころが満載、どの歌手も乗りに乗った素晴らしい歌声に、会場に詰め掛けた聴衆は心行くまで魅了され、久しぶりに歌を聞く楽しさを満喫した2時間余りだった。

ソプラノを歌ったアイリーン・ペレスはメキシコ系のアメリカ人で、まだあまり知られていないが、美しくも力のある実力派。まず最初のアリア、「セヴィリャの理髪師」からロジーナのアリア「今の歌声は」を歌う。安全運転の歌いだしで、指揮もどこかぎこちないのだが、最初にしては不足はない。まあこんなところかと思った。だが、休憩を挟んだ後半のヴェルディ「椿姫」より第3幕のヴィオレッタのアリア「さようなら、過ぎ去った日よ」で見せた圧巻の歌声は、私を一気に舞台に釘付けにした。続くアルフレードとの二重唱「パリを離れて、いとしい人よ」では、もう何といったらいいのだろうか、ヴェルディの持つドラマチックな音楽の素晴らしさが堪能できる。オーケストラも前半の最後で「ギユーム・テル」序曲を演奏したあたりから安定し、後半を通じて最後のアンコールまで、それはなかなかの見事なもの。歌声と楽器が見事に調和する様は、オーケストラが舞台にいることもあってなかなか聞きごたえがある。

今回、歌手は4人登場したが、おそらくテノールを歌ったサイミール・ビルグこそ、今日もっとも素晴らしかったと思う。それは前半の「ギヨーム・テル」でのアルノルドのアリア「わが父の庵よ」を歌い始めたときから明白だった。艶があって軽やかな歌声はロッシーニにピッタリだが、後半のドラマチックな各アリアで見せる芯のある歌声は、整ったリリカルな美しさもあって聞きごたえ十分である。後半では歌劇「仮面舞踏会」でのリッカルドのアリア「永久に君を失わば」ですでに圧巻だったが、最後のチレアの名曲「アルルの女」での「ありふれた話(フェデリーコの嘆き)」で頂点に達した。会場がどよめき、一斉にブラボーが響く。

バリトンのジュリオ・マストロターロは、最初の「セヴィリャの理髪師」からフィガロの有名なアリア「おいらは町の何でも屋」を歌った時には、オーケストラのボリュームにかき消されるところが多く、先行きが気になった。しかしオーケストラも含め、まだ時には、十分に声が出ていなかったのだろう。後半になると持ち直し「ファルスタッフ」でのフォードのアリア「これは夢か?まことか?」では本領が発揮された。「ファルスタッフ」はヴェルディ最後の喜劇作品だが、音楽はより深く緻密となり、実力が試される。オーケストラと歌がピタリと決まると、会場から間髪を入れずブラボーが飛び交う。

バスのマシュー・クランはアメリカ人。長身で貫禄のある存在感は、出番こそ少なかったものの、低い声もまたオペラの魅力であることを十分に伝えていたように思う。前半の「セヴィリャの理髪」におけるバジーリオのアリア「陰口はそよ風のように」はやや硬かったが、「マクベス」でのバンクォーのアリア「何という暗闇が」を歌う時には、ドラマチックな歌声で会場を魅了した。

オーケストラはこの音楽祭のために編成されたもので、「東京春祭特別オーケストラ」という名前。各楽団からの奏者が集まっているという触れ込みだが、全体に女性が多く、ヴァイオリンなどは最前列を除いてほぼ女性である。そしてやや迫力が不足しているのではと思われたが、後半は次第に音楽的な表現が実を結び、アンサンブルの良さでこの欠点をうまくカヴァーしていたように思う。「ギヨーム・テル」序曲でのチェロは1階席中央で聞いていると、初夏のそよ風のように暖かく、フルートのソロは桜の花が散るようであった。指揮はイタリア人のレナート・バルサドンナ。後半特に音楽がピタリと歌に寄り添い、音の弱すぎない強さと、歌とソロ楽器の音程を抜群に保ちながら一体感を作り出す手腕はなかなかだと思った。

全般に欠点はなく、総じていい出来栄えだったところが嬉しい。チケットも直前まで売れ残り、どういうコンサートか気にしていたが、会場には若い女性が多く、9割は埋まっていたと思う。次第に完成度を増してゆく歌声に会場は沸き、特に後半ではイタリアの風が通り抜けて行った。私はプッチーニやチレアの音楽や歌が、これほどに精緻で、美しいものだったかと再発見したことは特に書いておきたい。

歌劇「ジャンニ・スキッキ」の超有名アリア「私のお父さん」は短いが、ペレスの歌声は澄み渡り、会場の隅々までこだました。その美しい歌声は、しばし時間を忘れさせ、会場にいることさえわからなくなるほどである。マスカーニの歌劇「友人フリッツ」からは「さくらんぼの二重唱」。彼女は満面の笑みを浮かべ、テノールのピルグも会場を小走りに出たり入ったり、会心の出来栄えだったのだろう、実に楽しそうである。

酔いしれるうちにプログラムは終盤になった。歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」第1幕でのアドリアーナのアリア「私は創造の神の卑しい僕」は最高によかった。私は美しいトスカーナの田園やヴェニスの海を思い浮かべた。そしてまたイタリアをゆっくり旅したいと思った。時間をかけて、北から南へと、西から東へと。もしかしたらそれは最後の夢かも知れない。

鳴り止まない拍手に応え、アンコールが続く。まず1曲目はプッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」から第4幕「馬車にだって」。冒頭でロドルフォ(テノール)とマルチェッロ(バリトン)の二人が歌う。この組み合わせは本日初めて。そして2番目はモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」第1幕から「奥様お手をどうぞ」。ここではドン・ジョヴァンニとツェルリーナが歌う。この組み合わせも初めてで面白い。

そして最後のアンコールは何と4人で歌う「椿姫」の「乾杯の歌」であった。割れんばかりの拍手に何度も応えるカーテンコールは10分以上続き、歌手と指揮者が何度も手をつないで前に出たり後に下がったり。満足の一夜は盛況のうちに幕を閉じ、花見客で深夜までごった返す上野公園を、私はゆっくりと歩いて行った。春の風がライトアップされた桜の木の間を吹く抜けてゆく時、私は紅潮した頬を鎮めながら、青く深い南ヨーロッパの海を思い浮かべていた。


【曲目】
1.ロッシーニ:歌劇「泥棒かささぎ」序曲
2.ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」第1幕より「おいらは町の何でも屋」
3.ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」第1幕より「今の歌声は」
4.ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」第1幕より「陰口はそよ風のように」
5.ロッシーニ:歌劇「ギヨーム・テル」第4幕より「我が父の庵よ」
6.ロッシーニ:歌劇「ギヨーム・テル」序曲
7.ヴェルディ:歌劇「椿姫」第3幕への前奏曲
8.ヴェルディ:歌劇「椿姫」第3幕より「さようなら、過ぎ去った日よ」
9.ヴェルディ:歌劇「椿姫」第3幕より「パリを離れて、いとしい人よ」
10.ヴェルディ:歌劇「マクベス」第2幕より「何という暗い闇が」
11.ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」第3幕より「永久に君を失えば」
12.ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」第2幕より「これは夢か? まことか?」
13.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲
14.プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のいとしいお父さん」
15.マスカーニ:歌劇「友人フリッツ」第2幕より「さくらんぼの二重唱」
16.チレア:歌劇「アルルの女」第2幕より「ありふれた話(フェデリーコの嘆き)」
17.チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」第1幕より「私は創造の神の卑しい僕」

<アンコール>
18.プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」第4幕より「馬車にだって」
19.モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」第1幕より「奥様お手をどうぞ」
20.ヴェルディ:歌劇「椿姫」第1幕より「乾杯の歌」

2016年9月4日日曜日

「わが故郷の歌~ギリシャを歌う(Songs My Country Taught Me)」(Ms:アグネス・バルツァ、スタヴロス・ザルハコス指揮アテネ・エクスペリメンタル・オーケストラ)

真っ白に塗りこめられた小路の前で、近所のおばさんたちが井戸端会議に興じている。重いリュックを担いだ私がそばを通りがかると、「今日はどこに泊まるんだい?」「うちに寄っていかないか」と話しかけられた。ミコノス島にフェリーが着くと、街はにわかに活気づく。民宿を営むおばさんたちが、こぞって船着場に集結するのだ。

私が紹介されたその部屋は、中心部から少し離れたオルノスという街のはずれの小高い丘に建っていた。見渡す限り紺碧の空と海以外、何もない。さらに丘を越えて歩いて行くと、その向こうに広がるエーゲ海の、眩いばかりの光の中に、かつて栄華を誇ったデロス同盟の中心地、デロス島が浮かんでいた。吹き付ける風は激しくも暖かい。でも風の音以外に聞こえるものは何もない。青く深い海と真っ白な太陽。それはギリシャ国旗の色である。ここの島々こそ私がかつて訪れた中で最も美しく、そして天国に近いところだと思った。

夕暮れ時になるとミコノスの街は生き返ったように賑やかになる。宝石や土産物を売るお店、入り江のヨットが波で揺れるのをいつまでも眺めながらタヴェルナやレストランで食事をする観光客。放たれた犬や鳥までもが狭い路地を徘徊し、バーから漏れてくるロックの歌声が夜遅くまで途切れることはない。

夏のギリシャの夜はこうして更けてゆく。ある日アテネの狭い通りを歩いていると、どこからかマンドリンの響きに似た曲が聞こえてきた。音楽は次第にスピードを上げたかと思うと、情熱を鎮めるかのようにまたもとに戻る。民謡とも歌謡曲とも判別のつかない歌に、私はしばし心を打たれて足を止め、そしてそのような曲を集めたカセット・テープを買ってみた。帰国後聞いてみると、そこに収められていたのは哀愁的で情熱的なギリシャの流行歌の数々。かつての栄光を惜しむような淋しさを、あの光の中に溶け合わせる歌声は、古代遺跡が青空に映えるギリシャの光景そのものではないか。

私が初めてギリシャを旅したのは1988年、21歳の時だった。ちょうどこの頃、ギリシャ出身のメゾ・ソプラノ歌手アグネス・バルツァは、カラヤンの指揮する歌劇「カルメン」や「ドン・ジョヴァンニ」に登場し、その妖艶で情熱的な歌唱を轟かせていた。そしてなんとその合間に、生まれ故郷のギリシャを訪れ、十代の頃に親しんだフォークソングの代表的な作品を、指揮者で作曲家のスタヴロス・ザルハコスとともに録音したのだ。その演奏はCDとしてドイツ・グラモフォンから発売され、我が国でも評論家の黒田恭一氏の激賞もあって大変評判となった。

難解なギリシャ語を解することは難しく、このCDのブックレットにも歌詞の大意しか掲載されていない。それでもこの歌曲集が心を打つのは、その音楽そのものが持つセンチメンタルな雰囲気によるものだろうと思う。だが私の場合、あのアテネの街角で聞いた歌そのものが、ここに収録されていたのだ(その歌は「オットーが国王だったとき」である)。

歌手は男性から女性に変わっているし、そもそも通俗的な歌をオペラ歌手が歌うことにも賛否がある。けれどもバルツァは、これらの歌を心の底から愛しており、歌うことを楽しんでいる…と想像することができる。祖国への思いは彼女のやや低い歌声によって重くこころを打ち付ける。それはギリシャが背負ってきた過酷な歴史を思い起こさせる。小アジア、特にトルコの影響が音楽の側面でも感じられる。そこで何百年もの間、隷属的な生活を強いられてきたギリシャ人にとって、そう簡単に忘れることのできないもの、いや生活にも文化にも染みついてしまった宿命ともいうべきもの、人生観が縮図となって歌詞にも反映されている。タイトルを追うだけで、その歌がどんな内容か想像できる。

「彼がたった17歳のとき、私の愛する郵便屋さんは亡くなってしまった。一体誰が私の手紙を運んでくれるの?」

「私の息子よ、お前は5月のある日に家を出て行ってしまった。あんなにも好きだった春に…私の灯も消えてしまったよ」

「カテリーニ行きの汽車は8時に発つのよ。11月はあなたの思い出にいつまでも残るでしょう。でももうあなたは、夜こっそりと来ることもないのね。・・・」

マンドリンのような楽器、ブーズキーについても触れておかなくてはならない。これらのギリシャ民謡の魅力の多くは、この哀愁的なリュート楽器の旋律によるものである。このCDではコスタス・パパドルーロスという奏者によって演奏されている。私は2度目のギリシャ旅行で、この楽器が安ければ買って帰ろうか、などと考えたこともあった。ギリシャのフォークを聞くことなど、当時は困難であった。ある時ソウルの街角で売られていたテレビドラマを集めたCDに、ギリシャのフォークを使った主題歌が収録されていた。それもこのような曲だった。そういう曲も今ではiTunesさえあれば、いとも簡単に聞くことが出来る。

だがバルツァがこの他にギリシャの流行歌を収録した話は聞かないし、他の歌手がこれらの歌を歌って国際的なリリースをした話も聞かない。音楽というものは、世界中どこにでもあって、どこで聞くことが出来たとしても、個々の経験は個人的であり、そしてローカルなものだ。でも、このCDが好きだと言う人が多くいて、2004年、アテネ・オリンピックの際には東京でもコンサートが開かれたようだ。

私はあの夏のギリシャが忘れられず、2000年、2001年と連続してギリシャを旅行した。この時には新しい国際空港が誕生したアテネの街も垢抜け、物価は高騰し、あのミコノスの街外れにまで高級リゾートが誕生していた。まだ経済危機がやってくる前のことである。私は毎日ビーチにでかけ、一日中そこで過ごした。ただ海を眺め、何もしていないのにこれほど満足感を味わったことはないくらいに幸せな日々だった。何もしない日が1週間続き、もう最後という日になるととても淋しくつらい気持ちになった。それ以降私にギリシャを思い出させてくれるのは、たまたまアテネで出会った曲を収録したこのCDだけである。真っ青なエーゲ海から絶え間なく風が吹き付ける。青い、というのがこういう色のことだったのか、と思う。その青は海の青、そして空の青。世界がどう変わっても、ここの風景だけはいつまでもそのままであると思う。ただそれを見ている人の心が変わるのだ。

「僕の塩辛い涙で時を薄めよう。僕たちにだっていい日が来るさ」

「風よ、帆を干しておくれ。僕の涙を拭っておくれ。僕に勇気を出させておくれ」


【収録曲】
1. 君の耳のうしろのカーネーション
2. 都会の子供たちの夢
3. 若い郵便屋さん
4. 五月のある日
5. 汽車は8時に発つ
6. わたしは飲めるバラ水をあげたのに
7. オットーが国王だったとき
8. ぼくたちにだって、いい日がくるさ
9. バルカローラ(舟歌)
10. 夜汽車は恋人を乗せて
11. わが心の女王


2013年8月19日月曜日

Mamma, Passione(T:ルチアーノ・パヴァロッティ)

上本町六丁目から近鉄特急ビスタ・カーに乗り、松阪を目指す。八尾を過ぎて古代史に登場する古墳時代の舞台を通り過ぎ、二上山を越えて奈良に入った。何かを聞こうとiPodのスイッチを入れると、パヴァロッティの歌うナポリ民謡をまだ聞いていなかったことを思い出した。空には入道雲がところどころで夏の顔をのぞかせてこちらを伺っている。吉野山の向こうから時折強い日差しが入ってくるが、空調の効いた車内は快適である。

邦題のタイトルは「パヴァロッティ/マンシーニ イタリアン・ラヴ・ソング」となっている。ヘンリー・マンシーニの伴奏が評判になったCDである。最初の曲「マンマ」はパヴァロッティがよく歌っていた曲だ。6番目のVivere(思うがままに生きよ)は、軽快な音楽でマンシーニの伴奏が良く似合う。テレビ・ドラマ「刑事コロンボ」や、ソフィア・ローレン主演の映画「ひまわり」など、自らもイタリア系のマンシーニの音楽は、イタリアとの関わりが多い。8番目の「スカラ座の宵」では、「ピンク・パンサー」の音楽が付け加えられている。

タンゴ風のメロディーに誘われて11番目「ローマのギター」、それにフルートの序奏が印象的な「つばめは古巣へ」のあたりで、列車は青山高原を越えた。田んぼが一面に広がり、川は下りとなる。雲が少し多くなった頃、第14番の「風に託そう私の歌」が流れてくる。この曲もパヴァロッティが良く歌っていた曲だ。伊勢の町並みは黒い瓦屋根の家が特徴的である。再び晴れて、向こうに超えてきた山が見える。最後の曲「サン・ジェストの鐘」はその名の通り、鐘の音が印象的だ。

パヴァロッティのイタリアン・ソング集は、この他に勿論「オ・ソーレ・ミーオ」、「帰れソレントへ」、「サンタ・ルチア」、あるいは「フニクリ・フニクラ」など有名曲を入れた一枚も存在するが、私が持っているのは「Passione」と名付けられたナポリ民謡集である。このナポリ民謡集には、あの「カタリ・カタリ」が含まれている。そのことが私のこのCDを買った直接の動機であった。母がFMで聞いて感動し、私と折半で買うことにしたのである。1985年の当時は、CDが一枚3500円はした。これが私の購入したCDの記念スべき第1号となった。

ナポリ民謡を満を持して録音したようで、選曲のセンスといい、伴奏や編曲の妙と言い、その後の安直な企画ものとは一線を画している。有名な「カタリ・カタ リ」しか知らなかったが、聞くうちに好きな曲がどんどん増えて、「はるかなるサンタルチア」という曲は、今では一番のお気に入りとなっている。 キアラメッロの指揮するボローニャ歌劇場管弦楽団の演奏は、真面目で録音も非常に優れている。

青く高い空、白く眩しい太陽。南イタリアの風景が目に飛び込むような明るさとは裏腹に、このCDを聴いているととてつもなく寂しくなってくるから不思議な ものだ。どの町でもいい、イアリアを訪れてこの寂しさを実感しなかったことはない。火山と世界一美しい港を見下ろすナポリの風景を思い浮かべつつ、過ぎ 去っていく夏を思い返すような寂しさで胸が熱くなる。パヴァロッティの歌声が、これほど真摯に聞こえることはない。


【収録曲(Mamma)】

1. マンマ
2. 忘れな草
3. ロリータ
4. 禁じられた音楽
5. 夢見るフィレンツェ
6. 思うがままに生きよ
7. マリウ、愛の言葉を
8. スカラ座の宵
9. 栄光の夢よさらば
10. こんな生き方
11. ローマのギター
12. つばめは古巣へ
13. ギルランディナの鐘楼
14. 風に託そう私の歌
15. 海に来たれ
16. サン・ジュストの鐘

【収録曲(Passione)】

1. ヴァレンテ/タリアフェルリ:「情熱」
2. コスタ:「五月の事だった」
3. 不詳:「光さす窓辺」
4. ナルデッラ:「雨」
5. ファルボ:「彼女に告げて」
6. 不詳:「小鳩」
7. クルティス:「夜の声」
8. カプア:「口づけを許して」
9. マリオ:「はるかなるサンタルチア」
10. ラーマ:「無言の歌い手」
11. 不詳:「あなたが大好き」
12. カルデッロ:「カタリ・カタリ」

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...