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2026年2月28日土曜日

NHK交響楽団第2059回定期公演(2026年2月20日サントリーホール、ヤクブ・フルシャ指揮)

何と渋いプログラムだろうか。後期ロマン派を代表する大作曲家の、しかし滅多に演奏されない曲が2つ。まず前半にドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(独奏:ヨゼフ・シュパチェク)、後半がブラームスのセレナーデ第1番。私はいずれも実演では初めて聴く。指揮のヤクブ・フルシャは、これまで都響に時々客演していたらしいが、その演奏も私は初めて。初めて尽くしのN響定期公演に、しかしながら私は大いに期待を寄せ、事実、その通りの名演奏になった。

シュパチェクもフルシャもチェコ人で、郷里も近いらしい。シュパチェクはチェコ・フィルのコンサートマスターを務めていたが、フルシャはそのチェコ・フィルの音楽監督に就任することが決まっており、いわば同じ国の心が知れた音楽家同士、おそらく息の合った演奏を繰り広げてくれるであろう、と判で押したように書かれているのは当然のことである。いつものサントリーホールの2階席で、私は二人の登場を待った。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、かつてはほとんど知られていなかったが、最近ではよく聞く作品でもある。冒頭から憂愁を帯びた、あのドヴォルザーク節である。一度も聞いたことがなくても、日本人にとってはどこか懐かしく感じられる。これだから我が国にはドヴォルザークのファンが多いのか、などと考えながら耳を傾ける。

私は毎回、金曜日に行われるN響B定期2日目の会員だから、当然のことながら仕事が終わってサントリーホールへ駆けつけるわけだが、開演が19時だから通常、夕食には間に合わない。欧米では20時開演のところが多く、この場合はゆっくり食事が可能だが、日本では夕食の時間が取れない(かと言って終演後は食事の時間としても遅すぎる)。ところがこの日は仕事が早く片付き、私は18時には会場に到着してしまった。付近のレストランを徘徊していると、安くて美味しそうな店が見つかった。そこで初めて、コンサート前に食事をすることにした。しかも誘惑に負けてビールを一杯。これがいけなかった。

当然の帰結として睡魔が襲ってきたのだ。耳には心地よい音楽。必死にこらえてはいたが、とうとう耐えかねてうとうとする私の苦痛をよそに名演が続く。それにしても、2階席向かって右寄りのS席で聴くN響の響きは悪くない。この席で定期的に聴くことによって、私はオーケストラの音というものが、聴く位置によって随分変わることを今さらながら発見した。もちろん曲によってオーケストラの編成が違うし、指揮者の腕次第でもある。おそらく200年以上も歴史のあるオーケストラの音に正解はないのだろう、とも思う。

しかし私たちはまた、バランスよく録音された媒体で音楽を聴くことに馴染んでおり、レコーディング・エンジニアが作った音というものが理想的な音であると信じていたりする。実際は、それ自体いわば「調整された」サウンドであって、そんな音に聞こえるはずはない、ということも多いのだが、実演ではその音にならない。いや、実演で聴く音波の密度は録音された媒体とは本来一味も二味も違い、より新鮮でヴィヴィッドなのだが。

さてヴァイオリン協奏曲のような場合、ソリストとオーケストラのバランスという要素や、そもそも目で見ている演奏家の息遣いなどといった要素も加わるのだから、これはもうほぼ偶然の産物といえる。もとより聴き手のコンディションが最大の波乱要因であることは間違いない。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、珍しいことに第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。私はその切れ目も感じないまま気持ちよく過ごした。そしてしばしの休止のあと、第3楽章に入った。演奏は次第に熱を帯びて集中度が高まり、とてもいい名演になっていった。息の合ったヴァイオリンとオーケストラが見事に絡み合った様は、今後テレビで放映されたら見てみたい(放映されるのは初日の公演だが)。

アンコールにはドヴォルザークの「ユモレスク」を弦楽三重奏に編曲したものがあった。よく知っている曲が聞こえてくると、会場は静まり返り、そのあと盛大な拍手が沸き起こった。休み時間にロビーに出てみると、早くもアンコール曲のタイトルを知らせる張り紙が掲示されていた。この掲示の写真を撮る人が多いのだが、会場のホームページに後日掲載されるから、何もわざわざ争うように写真に収める必要はないと思っていた。ただこの日は、そういう人も少なかったので、写真に撮ってみた。

後半のブラームスは、眠りも醒めて音楽を心から楽しむことができた。このセレナーデ第1番ニ長調は、ブラームスがまだ20代のころの作品で、あまり演奏機会に恵まれないのだが、実に素敵な曲である。全体が春のような明るさに満ちており、立春を迎えた2月に聴くのには大いに相応しい。

第1楽章の親しみやすいメロディーは一度聴いたら忘れられないが、N響の中音域の素晴らしい音が、弦楽器といい管楽器といい実に素晴らしく、前半のドヴォルザークもそうだが、こういう中欧の音楽がまた真価を発揮するオーケストラのような気がする。とにかく夢見心地(本当に寝てしまった前半とは違うが)で時間が経つのも忘れるような気持ちであった。特に第2楽章から第3楽章にかけては、ディスクで聴くと退屈に思えてくることもしばしばだったが、さすが実演で集中して聴くと、これは紛れもなくブラームスの音楽である。以降、交響曲の緩徐楽章などで耳にする音楽である。言ってみれば、ブラームスの「田園交響曲」と呼ばれる第2番をずっと聴いているような感じ。

終楽章になって舞曲風のリズムになり、明るさを増した音楽は心地よい風を吹かせながら、45分に及ぶ曲が終わる。静かに聴き入った客席は、終始うっとりするような気持ちになっていたのではないだろうか。暖かい拍手に包まれながら、この日のコンサートは終わった。盛大な迫力に満ちた曲で終わるコンサートも良いが、このようなきっちり演奏された玄人好みの選曲も悪くない。ブラームスにはもう1曲、同時期に書かれたセレナーデ第2番というのもあって、これらを1枚に収めたディスクは数多い。今度ゆっくり聴いてみようと思いながら会場を後にした。


2024年6月14日金曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第761回定期演奏会(2024年6月7日サントリーホール、大植英次指揮)

日フィルの定期会員になった今年のプログラムは、いくつか「目玉の」コンサートがあった。この761回目の定期演奏会もそのひとつで、指揮は秋山和慶となっていた。ところが事前に到着したメールを見てびっくり。指揮が大植英次となってるではないか!私の間違いだったかも知れない、といろいろ検索すると、秋山は骨折して療養を余儀なくさせられ、代わって大植が指揮することになったのだという記載にたどりついた。そのうち一枚のはがきが送られてきて、正式にその経緯がわかった次第。

私は大植の最近の演奏をきいておらず、久しぶりに聞いてみたいと思っていた。5月の神奈川フィルの定期を考えたが、こちらは別の演奏会とかぶってしまい断念。またそのうちに、と思っていたらその日が急に訪れた。これはこれで嬉しい。というわけで、梅雨入りが遅れている暑い東京の人混みをかわしながらサントリーホールへと急ぐ。

プログラムは当初と同じだった。前半にまず、ベルクの「管弦楽のための3つの小品」で、これをリーアという人が室内オーケストラ用に編曲した版。これが日本初演だという。大植はこの曲を、楽譜を見ながら非常に丁寧に演奏したと思う。舞台のプレイヤーの人数は、もともとのこの曲の大編成から大幅に減らされているが、それでもそこそこの規模である。20世紀の音楽によくあるように、数多くの種類の打楽器が並んでいる。

どうも私はベルクが苦手である。新ウィーン学派の中ではシェーンベルクが最もとっつきやすく、次がウェーベルン。ベルクは「ヴオツェック」「ルル」といった歌劇作品もあって、この3人の中では音楽のジャンルに幅もあり、もしかすると取り上げられる機会は最も多いのではないだろうか。だが私はこれまで、楽しんで聞いた記憶がない。その前衛性(といっても1世紀も前の話だが)をいまだに理解できていないのだろう。

この日のコンサートのもっとも注目に値する曲は、次のリヒャルト・シュトラウスによるホルン協奏曲第2番だったと思う。ホルン協奏曲と言えば、モーツァルトによる素敵な4つの作品だけがとりわけ有名だが、それから100年以上が経って誕生したシュトラウスのものこそ、その最高峰と言っていいだろう。だがこの曲が演奏される機会は非常に少ない。それはおそらく、この曲が極めて難しいことから、ソリストとして弾ききるだけの(しかもライブで)実力を兼ね備えた人があまりいないからではないだろうかと思っている。このたびソリストとして登場したのは、日フィルの首席ホルン奏者の信末碩才という方。このお名前、「のぶすえさきとし」と読むらしい。プロフィールによれば栃木県小山市の出身で、まだ若いが今や我が国を代表するホルン奏者とのことである。

さてホルンの響きの素晴らしさは当然のこととして、まず私が聞き惚れたのはバックを務める大植指揮のオーケストラであった。このシュトラウスの音楽が、何ともビロードのような響きであったのだ。各楽器が絶妙に重なり合い、調和的な残響を残しながら、あのシュトラウスの豊穣な音楽に艶のある一体感を与えている。中欧の響き、というのはこういう音楽なんだろうか、などと考えた。大植は大フィルの音楽監督を務めていた頃に、あのバイロイト音楽祭で「トリスタンとイゾルデ」を指揮して、この音楽祭に登場した最初の日本人となったが、もしかするとワーグナーの響きを体現する指揮ということで注目されたのではないかとさえ思った次第。大植のバイロイトへの出演はこの時限りとなったが、この響きはその表情を創出する術があるように思えてならない。

ホルン協奏曲はまた、シュトラウスの磨きのかかったメロディーがアルプスの自然を思わせる美しいもので、演奏上のミスがなかったわけではないが、それでも良くこのような曲を人前で弾くなと感心させるに十分なものであった。オーケストラの曲、たとえばワーグナーの楽劇などでホルンの超重要なソロが出てくるときは、聴衆としても大いに緊張するのだが、それはごく短いものである。しかしこの曲では、そのようなシーンが延々と続く。20分足らずの間に、3つの楽章があり、オーケストラの中にも2台のホルンがいて掛け合う。必死に弾く、というわけにはいかず、あくまで難なく演奏しているように流麗に、かつ自然に演奏しなければならないのは超絶的であるとさえ言えるだろう。曲が終わって大拍手に見舞われ、幾度となく舞台に呼び戻されたソリストにとって、この日は忘れられない節目となったに違いなく、だからこそ日フィルの好意的な定期会員は、みな拍手を惜しまなかった。

休憩の後、後半のプログラムであるドヴォルジャークの交響曲第7番が始まった。大植の指揮は、このような中欧の音楽に相応しく、丸で今回のプログラムは彼のために編まれたのではないか、とさえ思った。昨今、ドヴォルジャークであれブルックナーであれ、音型のはっきりとした、鮮明で明瞭な演奏が主流になっている。これはイタリア人指揮者がドイツの名門オーケストラに着任して、その傾向を変えたとも言える。アバドやシャイーといった指揮者の演奏するこれらドイツ伝統音楽に、新しい息吹を吹きかけ、新鮮な側面を打ち立てた功績は大きい。ここにいわゆる古楽器奏法が登場し、ビブラートを抑えたすっきり系の演奏が持てはやされるようになった。

だが大植の目指す音楽は、その対極にあるような気がする。強いて言えば、どこか懐かしい響きなのである。かといってドイツ的なずっしりしたものでもなく、ちょっと軽めのアンサンブルを感じる。今回の演奏では、その様子がよくわかった。ドイツのオーケストラにフランス人の指揮者登場したときの演奏のように、ちょっと艶があり、残響が重なる。残響などは聞いているホールに依存するパラメータであると思っていたが、必ずしもそうではないのかも知れない。

今では独特の演奏とも思えるような大植の音楽は、これはこれで大いに楽しく、そして聞きごたえがあったと思う。もともとブラームスの影響が強かったドヴォルジャークの交響曲である。秋山だっからもう少しメリハリがあって、若々しい演奏になっていたかも知れない。これはおそらく指向する音楽が違うのではないかと思った。大植の指揮で、私はかつて一度だけ、ブルックナーを聞いているのだが、ブルックナーだけでなくブラームスやマーラーの曲も聞いてみたい。そんなことを考えた。

2022年9月9日金曜日

東京都交響楽団第958回定期演奏会(2022年9月9日サントリーホール、大野和士指揮)

重陽の節句9月9日は私の誕生日でもある。残暑がまだ続く9月の初旬は、台風が来たりすることも多く、蒸し暑くて天候が悪い。夏バテ気味の体調は、寝不足と食欲不振で疲労がたまり、とても良いコンディションとは言えない。少なくとも落ち着いて、クラシック音楽など聞く気持ちには、なれないことが多い。

特に暑かった今年の夏。もういい加減涼しくなってほしい、などと願う気持ちさえ奪われた日々は、私にとって2年も続く腰痛との闘いに終止符を打つべく、思い切って外科手術に挑むことになったことから始まった。7月初旬のことである。いつもより早々と梅雨明けとなった猛暑の日々を、術後のベッドの上で過ごした。コルセットが汗まみれになり、かねてからの口内炎で食べたいものも食べられない。そしてそんな養生の日々を新型コロナが襲ったのは8月上旬だった。最初は妻がり患し、基礎疾患のある私は、ホテルなどでの自己隔離を主治医に薦められた。しかし結果は私も陽性。ホテル滞在は息子に代わり、夫婦二人で闘病の日々が続いた。私は持病の治療スケジュールとの兼ね合いから、どうしても重症化するわけにはいかなかった。幸い、すぐに飲んだ抗ウィルス薬の効き目もあって、症状は軽症で済んだ。

猛暑と腰痛とコロナと基礎疾患。4重苦に苛まれつつ8月をやり過ごし、ようやく外出もできるころになって自分の56回目の誕生日がすぐそこに迫っていることを悟った。長く演奏会から遠ざかっているので、何か節目となる演奏会があれば、思い切って出かけてみたいと思っていたところ、都響から電子メールが届く。大野和士指揮の定期演奏会が、サントリーホールで開かれるのである。演目はドヴォルジャークの交響曲第5番とヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」。オール・チェコ・プログラムである。どちらも実演で聞くのは初めてだ。

2階S席を買い求め、仕事を早々に切り上げてサントリーホールへ向かう。暑さも少しやわらいで、心なしか涼しい風が吹いては来るものの、まだ秋のそれではない。夏が終わったのに秋が来ないという一年でも最も中途半端な日々。私が生まれたのは、こんな季節の変わり目だったのか、と毎年思う。9月最初のシーズン幕開きは、いつも暑くて上着を着るのが億劫である。

それでも2年以上のコロナ禍の中で、聴衆も落ち着いたものだ。客席はおおむね満員。まだカウンターバーの営業はなく、マスク着用も避けられないが、音楽を聴きたい気持ちは共通している。もう毎日のように演奏会が開けれ、会場入口で渡された袋入りのチラシには、海外から来る演奏団体の数も多く、コロナ前の水準に達している。

中欧のくすんだ音色が会場を満たし、木管楽器の浮き上がるようなメロディーが重厚で明るい弦楽器と溶け合う。これはまさにドヴォルジャークの音だと思う。常に見通しのよい大野の指揮が、楽天的で民俗的なリズムによく合っている。さわやかな第1楽章、抒情的な第2楽章。いすれもたっぷりとした曲だが、第3楽章も比較的長く、特徴が地味である。このため第2楽章や終楽章との切れ目がわかりにくい。大野はこの第2楽章と第3楽章を一気に演奏したように思う。一方、第4楽章がそれなりに輝かしい。

ブラームスに見いだされたドヴォルジャークは、ちょうどこのころから出世街道に乗って作風の完成度を高めていく。やがてはアメリカに渡り、「新世界交響曲」に結実する人生は、悲劇の多い作曲家の中で、稀にみるサクセス・ストーリーである。その出発点となったのが交響曲第5番であった。輝かしく伸びやかであるが、全体をスラヴ舞曲のように覆う作品かといえば、意外にそうではない。やはり交響曲として意識した作品である。

20分の休憩をはさんで、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」が演奏された。ヤナーチェクもチェコの作曲家だが、ドヴォルジャークよりも13年だけ若い。けれども作風は、同じように民俗音楽をベースにしながらも、歌謡性に満ちた親しみやすさのドヴォルジャークとはずいぶん異なる。一言でいえば、ドヴォルジャークの故郷ボヘミアが都会的であるのに対し、ヤナーチェクのモラヴィア地方はより土着的、東欧的である。ただ私はチェコを旅したことはなく、このあたりの感覚はよくわからない。

ヤナーチェクの音楽には打楽器が活躍する。「グラゴル・ミサ」も同様で、オーケストラ最上段に並べられたティンパニは3台。それに小太鼓やシンバル、2台のハープ、そしてオルガンも加わる大規模なものだ。ソリストは4人(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、それに混成4部合唱。今回の独唱陣は、順に小林厚子(S)、山下裕賀(A)、福井敬(T)、妻屋秀和(Bs)、さらにオルガンが大野麻里、新国立劇場合唱団は通常P席の位置に、ディスタンスを取って並ぶ精鋭部隊。

このたび演奏された「グラゴル・ミサ」は1927年第1稿ということだが、これは何と1993年になって出版されたもので、それまでの楽譜では最後に置かれていた「イントラーダ」が冒頭にも置かれている。もっとも私はこの曲を聞くのがほとんど初めてだったから、その違いには気づかない。そして冒頭からリズミカルにティンパニが鳴り響くと、そのパースペクティブの良さから、決して全体の調和が乱れない音楽的な表現に心を奪われた。これは大野の得意とするようなところだろうか。

第2部の、これもオーケストラだけの「序奏」のあとに、いよいよ「キリエ」が始まり、ソプラノと合唱が入る。おそらく難しい古代スラヴ語の歌詞が、どれほど歌手の負担となっているかは知る由もない。ただ今回のようなわが国の第1人者によって歌われると、そういう難しさが伝わることはなく、そのことが今回の演奏水準の高さを物語る。それはソプラノだけではない。やがて「クレド」で歌われるテノールもしかりで、合唱とオーケストラに負けていない。

「クレド」の中間部におけるオーケストラの響きは、金管楽器や小太鼓などに続きオルガンも入る大規模なもので迫力満点。見通しのよい演奏で聞くと興奮さえ覚える。この長い「クレド」の真ん中で折り返し地点を過ぎるように曲が構成されていて、対称的な構造となっている(今回の1927年第1稿の場合)。

全体に賑やかで、宗教的というよりはやや世俗的、さぞイギリス人などが好みそうな曲である。大野和士は2019年、ロンドン交響楽団でこの作品を演奏したそうである。

ハープやチェレスタが聞こえてくると「サンクトゥス」。高音主体の歌唱とオーケストラは次第に熱を帯び、いい演奏で聞いていると散漫さがなく集中力を保ちつつ一気に進む。なかなか出番がないと思っていたアルトが「アニュス・デイ」で活躍し、今回の独唱陣は例えようもなく見事であった。それぞれの音域が明確に示されているので、それぞれの声の質がよくわかる。

さて終盤にさしかかったところで、会場の最上部にいたオルガンの独奏となる。なんとも盛沢山の曲に満足する。そのオルガンの、また素晴らしかったこと。私はあまりオルガンの曲を聞かないが、今回サントリーホールで聞いた「グラゴル・ミサ」の第8曲は、約3分間でしかなかったが、とても贅沢な時間に感じられた。

終曲は、冒頭でも演奏された「イントラーダ」が再演された。再びティンパニが活躍する手慣れた響きに再びあっけにとられているうちに曲が終わった。満場の拍手にこたえて、何度も呼びもどされる出演者は、オーケストラが去った後も続き、充実した2時間の定期演奏会が熱狂のうちに終了した。

2022年2月22日火曜日

ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲ロ短調作品104(Vc:ピエール・フルニエ、ジョージ・セル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

多くの人にとってそうであるように、もっとも愛すべき管弦楽作品のひとつであるドヴォルジャークのチェロ協奏曲(通称「ドボコン」)の名録音に、これまで何度触れてきたことだろうか。そのたびに心を洗われ、過去の日々を切なく思い、音楽の持つ霊感に心を震わせてきた。チェロという楽器の持つ表現力をこれまでに高めた曲というのを、この後にも先にも見出すことは難しい。冒頭の一音から最後の一音まで、どのフレーズ、どの音符をとっても聞きどころである。

そんなドヴォルジャークのチェロ協奏曲について書かれた記事は枚挙に暇がないので、作曲の経緯や作品の詳細は割愛しよう。この曲の過去の多くの演奏についても、多くの人が取り上げているし、そのことをかくいう資格はない。どの演奏もそれなりに素晴らしいとすれば、それはもう曲の持つ魅力があまりに大きすぎて、演奏の違いなどどうでも良いことのように思えてくるからではないだろうか。クラシック音楽を聞くことを趣味にしていて良かったと、素直に喜べる作品である。

ドヴォルジャークのチェロ協奏曲には、録音された名演奏が多い。ここでは私がこれまでに親しんだ演奏を思いつくままに記述するが、どの演奏に浮気しても最後に戻って来る演奏が存在する。それが、フランス人のチェリスト、ピエール・フルニエによる1961年の演奏であることに迷いはない。この演奏は、ジョージ・セル指揮ベルリン・フィルの強固なサポートを得て、神がかり的な完成度に達しており、それを捉えた録音も当時のものとしては最高位に位置するものだ。

私がこのフルニエ盤に出会う前、最初にこの曲を知ったのは、ロシアの巨匠、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの演奏によってであった。彼は鮮烈なデビューとなったカラヤンとの競演盤で、すでに世界中から評価が高かったが、私の家にあったのはカルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロンドン・フィルとの演奏だった。ロストロポーヴィチによるこの2つの演奏は対照的で、力がぶつかり合うカラヤンとの演奏とは異なり、ジュリーニとの演奏では平和的な融合を感じることができる。熱がせめぎ合って昇華されてゆく方を取るか、それとも協調的和合を取るかは趣味の問題だが、この曲に関する限り私は後者を好む。

ロストロポーヴィチには後年、小澤征爾と組んだ演奏もあって、我が国では大いに評判を呼んだのだが、恐ろしいくらいにこの演奏の録音は酷い。そしてそのことが大きくこの演奏の存在価値を低めている。ロストロポーヴィチは阪神大震災の直後に来日して、小澤が復帰を果たすNHK交響楽団との特別演奏会でこの曲を披露したが、この時の演奏は魂が乗り移ったように情熱的で素晴らしかったことを思うと残念でならない。

デジタル録音の時代に入って、初めて自分の小遣いでこの曲の新譜を買ってみようと思ったのは、丁度、ヨーヨー・マがロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルとの録音をリリースした頃だった。マは当時、新進気鋭の若手で、古色蒼然としたチェロの魅力を現代的なものに塗り替えて行った。バッハの無伴奏もこの頃のリリースである。以降、若手のチェリストのモデルにもなったのではないかと思わせるような新鮮さで、ドヴォルジャークのチェロ協奏曲に挑んだ演奏に注目が集まっていた。

ところがこの演奏を聞いて驚いたのは、マゼールの指揮する極端な人工的アプローチであった。「オフレコではないのか」などと揶揄する人もいたくらいに、その流れはしばしば多くのポルタメントや異常に遅いフレーズ、音が小さくなったかと思うとまるで器械のように段階的にクレッシェンドするような、極めて作為的な脚色に満ちていた。しかし聞き進むうちに、この演奏はそのようなアプローチが事前に周到に準備され、洗練度を極めたことによって、まるで写実を極めた絵画が写真のようにリアルであるかのように、見事なものだと思うようになった。聞けば聞くほどに新しい感覚をもたらし、気が付けばこの演奏の虜になっていた。

マの演奏によるドヴォルジャークのチェロ協奏曲は、その後、マズア指揮ニューヨーク・フィルによって再録音された。私も聞いては見たが、最初の演奏があまりに衝撃的だったことからか、平凡な感じがした。

1990年代に入って私が注目したのは、ハインリヒ・シフがチェロを弾き、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルが伴奏を務めるフィリップス盤だった。当時、プレヴィンのウィーン・フィルの録音が次から次へとリリースされていたが、どの演奏も素晴らしく、そこへドヴォルジャークのチェロ協奏曲ときて私の食指が動いた。この演奏は過去の名演奏に比べると特長が感じられないばかりか、平凡な演奏に思われて私は長年聞かない状態になっていた。

しかし後年になって改めて聞いてみるとなかなかユニークで、新鮮で瑞々しい感覚の中にもロマンチックな香りもする演奏であることに気付いた。もしかすると、近年のベストではないかなどと思ってみたのだが、実際のところそれも長続きはしなかった。そしてフルニエの演奏が、私にとっては性に合っていると思われて仕方がないのだった。

フルニエ、ロストロポーヴィチ、それに新しいマの演奏以外にも、評判の録音は沢山ある。その中で最右翼は、ジャクリーヌ・デュ・プレによる2種類の演奏(バレンボイム指揮シカゴ響、チェリビダッケ指揮スウェーデン放送響)である。しかし彼女が活躍した時代はあまりに短く、フルニエと同時代なのだが、今となってはどうにも録音が良くない。

一方フルニエの演奏は、質実剛健のキリっと引き締まった演奏である。だが決して冷徹な演奏ではない。むしろ知・情・意のバランスが完璧なほどに取れている。ほのかなロマン性と感傷的になり過ぎない理性。技量と感覚の融合が醸し出す独特の味わい。レトロな風味のチェロが、近代的な香りをまとっている。セルの伴奏が、このフルニエの特長を引き出すことに成功し、時にきびきびと先へ進むので、丸で校長先生とキャッチボールをしているかのような緊張感が続く。ここはこう聞こえて欲しい、と思う部分はまさにそのようにきっちりと聞こえる演奏である。

2022年2月1日火曜日

ドヴォルジャーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調作品53(Vn:ユリア・フィッシャー、デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団)

後期ロマン派(国民学派)に分類されるドヴォルジャークは、どちらかと言うと大器晩成型の作曲家であったようだ。若い頃の作品が、ブラームスなど他の作曲家の影響を受けて埋没している。初期の交響曲などはその例だが、一方で後年のチェロ協奏曲やいくつかの室内楽曲などは、突出した名曲で作風が確立している。国際的名声を得て新大陸へ赴く経験が彼の作風を拡大・定着させた、というのが音楽史の説明である。ここで聞くヴァイオリン協奏曲は、そのようなドヴォルジャークの発展する人生の直前に位置している。

ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲は1879年に作曲された。大ヴァイオリニストだったヨアヒムの勧めで作曲に着手し、かつ彼に献呈されているという経緯は、この曲に大きな華を持たせた。無視するには勿体ない作品となっていったのではないかと思う。ただヨアヒム自身は助言を述べただけで、この曲を演奏しなかったようだ。

第1楽章の冒頭を聞いて思い出すのは、ブルッフのヴァイオリン協奏曲である。ここには演歌風のうねりがあるのだ。これがヴァイオリンの特長を良く生かしている。そして多くのユダヤ系ヴァイオリニストが得意とするヘブライ風メロディーの、このやや低音の音域の狭い音楽によく似ている。東欧風の、やや陰を帯びた民族調のメロディーが、この雰囲気を増幅させる。

他方アリランを基調とする我が国の演歌のメロディーと、東欧における民族風のそれ(にはユダヤ系の属性も含まれる)との間にどういう共通点があるのかを語ることは、音楽の素人にはできないが、ひとりの音楽ファンとしては、ブルッフにしろドヴォルジャークにしろ、ここに日本人も「うねり」で参戦する余地があるように思えてならない。例えば、チョン・キョンファ(ムーティ指揮フィラデルフィア)や五嶋みどり(メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)もかなり若い頃から録音を行っている。特にみどりは、ブルッフやメンデルスゾーン同様に大変な集中力で歌う。その感覚は日本人としてはよくわかるのである。

ただ私自身は、この曲は音のきれいなヴァイオリンで聞くのが好きである。ユダヤ系ヴァイオリニストに多い、ややくすんだヴィオラのような音が交じる風体は、それがかえってスラブ的情緒を増加させているとしても、あまり好きになれない。曲全体にも言えることなどだが、伴奏のオーケストラが地味なのに、ヴァイオリンは結構難しいことを浮遊してやっている印象が強い。時折印象的なドヴォルジャークの哀愁を帯びたメロディーが顔を出すが、どことなく中途半端。つまらない演奏で聞かない方がいい曲の典型のような気がする。個人的には、ここは溜めを打ってちょっと澱んでいて欲しいな、などと思うところをさらっとやられると失望する。その味加減がヴァイオリニストによって異なる。

カデンツァを含む第1楽章から第2楽章へは休止なして繋がっていく。この曲の第2楽章は、いい演奏で聞くとなかなかいい曲だと思う。自然で素朴でありながらしんみりした表情は、紛れもなくドヴォルジャークのものだ。例えば真冬の曇り空に、透明なヴァイオリンがそこはかとなく静かに鳴り響く。気が付いてみると第2楽章が終わっている。ちょっとあか抜けた舞踊風のメロディーで始まる第3楽章は、スラヴ舞曲に独奏楽器を加えたようなロンド形式の音楽が続いて心地よい。

オイストラフやパールマンといった一部の巨匠が名演を残しているが、録音が盛んに行われるようになったのは、1990年代以降のことである。まだ演奏を熟すだけの余地が残っていたと気付いた若手ヴァイオリニストを中心に、この曲の録音がリリースされ始めた。そのような中に、チェコにも流れを持つドイツ人ユリア・フィッシャーがジンマンと組んだ演奏が私のお気に入りである。それは上記で述べたように、丁度いい塩梅でロマン性、民族性、透明性、抒情性、オーケストラを含む技量、溶け合い、伴奏のメリハリの良さなどが上手くブレンドされているからだ。適度にロマン性もあって艶やかだが、決して感傷的ではないところが、録音でき聞く場合の重要な点だ。客観的なデッカの録音も良く、線が綺麗で細身であるのがいい。だからCDで聞くこの曲の演奏としては、今のところイチオシということになっている。

2022年1月26日水曜日

東京ニューシティ管弦楽団第145回定期演奏会(2022年1月23日東京芸術劇場、指揮:曽我大介)

ルーマニアを代表する作曲家、ジョルジュ・エネスクの最も有名な作品である「ルーマニア狂詩曲」を昨年10月に取り上げたとき、このような曲が実際に演奏されることはほとんどないが、いつか実演で聞いてみたいと書いた(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/10/210.html)。ところが実際には、パーヴォ・ヤルヴィが9月のN響定期で第2番を取り上げたことを、その後のテレビで見て知った。だからたまにはあるのだと思っていたら、何と東京ニューシティ管弦楽団が、エネスクの作品を中心にプログラムを組むことを知った。その中に、当然「2つのルーマニア狂詩曲」が入っていた。

2022年は日本とルーマニアが国交を樹立して100周年にあたるのだそうである。そこでそのことを冠した演奏会となったようだが、このオーケストラと関係が深い同フィルの正指揮者曽我大介が、ルーマニアの音大を卒業しているというから彼にうってつけのコンサートということになるのだろう。東京で生まれ育った音楽家が、まだ社会主義独裁国だったルーマニアに留学したということにも興味が沸くが、彼はその後ウィーンに渡り、ブザンソンの国際指揮者コンクール第1位、そしてキリル・コンドラシン国際指揮者コンクールでも第1位を果たすという偉業を成し遂げている。

いわば指揮者としては折り紙付きということだが、その割には我が国における活動は地味で、私もかつてただ1度だけ、医療関係者のアマチュア・オーケストラで「シェヘラザード」を聞いたくらいである。ただこの時の「シェヘラザード」はなかなか良かった。音楽を専攻していないアマチュアの学生オーケストラから、かくも整った響きが出るのかと思った。そしてそれは指揮者の功績によるものではないか、とも。

だから、東京ニューシティ管弦楽団なるオーケストラは、私も初めて聞くオーケストラだったが結構期待が持てると判断、当日券を求めて池袋の東京芸術劇場へと足を運んだ次第である。しかし驚いたことに客席は4分の1も入っていないほど閑散としている。万延防止等特別措置とやらが発令され、新型コロナのパンデミックも第6波が到来していることが影響しているのだろうが、それにしても寂しい限りである。ただ私を含め、大いに期待を込めてこの演奏会に出かけた人もいるわけだし、第一、指揮者を始めオーケストラのメンバーの意気込みは十分に感じられた。

プログラムの最初は、コンスタンティン・シルヴェストリの「トランシルヴァニア地方のルーマニア民族舞曲」という曲で、もちろん私も初めて聞く曲だったが、シルヴェストリと言えば、フランスのオーケストラを指揮して録音されたドヴォルジャークの「新世界交響曲」などで我が国では有名な指揮者である。わずか56歳で死去したが、いまもってその情熱的な指揮による演奏は繰り返しリリースされ、我が国にファンも多い。そのシルヴェストリはルーマニア人で、このような曲を作曲していたのだと知る。

続いての曲は、ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲だった。この曲のソリストは当初、韓国人のイム・ジヨンと発表されていたが、コロナ・ウィルスに伴う隔離措置の影響を受けて来日がかなわなくなり、奈良生まれのヴァイオリニスト、吉田南が代役となった。ドヴォルジャークと言えば、チェロ協奏曲が飛びぬけて有名だが、ヴァイオリン協奏曲もピアノ協奏曲も作曲している。

プログラムと共に配布された日本音楽財団のパンフレット
ドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲は比較的若い頃の作品で、そういう理由からかどこか冴えない曲である。それでも冒頭で、演歌のようにうなるようにヴァイオリンが登場した時、吉田の弾くストラディバリウスの豊穣な響きが会場を満たした。ブルッフのヴァイオリン協奏曲を思わせるメロディーだが、ブルッフほど印象的ではなく洗練されていないように感じる。第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。

急登板にも関わらず気合の入った演奏は、もう少し豊かな音楽性を持たせてもいいのではとも思ったが、そこは現代流にさらっと流れてゆき、その分テクニックが要求されるだろう。だが吉田はどこも弛緩することなく、情熱的に第3楽章を弾き切った。拍手に応えてアンコールが演奏された。

休憩中にラウンジへと向かったが、あまりに閑散としていて誰もコーヒーなど飲んでいない。ここのホールの2階以上はロビーが狭い上に景色も悪く、あまり好きな方ではないが音響はサントリーホールの次に好きな方である。後半の最初で指揮者の曽我が登場し、今日の演奏会の意味を話し、客席に招待された在日ルーマニア大使を紹介した。

後半はエネスクの曲で占められた。まず管弦楽組曲第1番より 第1楽章「ユニゾンの前奏曲」である。ティンパニ1台だけを除いてすべて弦楽器のこの作品は、ユニゾン(同じ音程)のみで演奏されるユニークな曲である。従ってアンサンブルの乱れが許されない集中力の要る8分程度の曲だが、オーケストラの豊かな響きが会場に溶け合い、透明な中にも東欧の陰を感じさせる。重厚なロシアでもなければ、明晰なイタリアでもないこの国の象徴のような音を聞いた気がした。

プログラムの最後には、2つのルーマニア狂詩曲が続けて演奏された。ここでまず、比較的穏やかで牧歌的な第2番が演奏され、「ユニゾンの前奏曲」から続く弦楽器のアンサンブルに酔っていると、底の方から民俗風のメロディーが流れてきて、何か胸が締め付けられるような気持になる。どこか日本の民謡にも通じるような懐かしさがあると言おうか。やはり生で聞く音楽はいいものだと実感する。

合間を入れず第1番のメロディーが流れてくる。ここから最終に至るまでのリズムの変化と高揚は、このような曲をプログラムの最後に持ってきているからこそ成功するものだと思う。そういう意味で、このコンサートは非常に貴重であり、また楽しいものだった。オーケストラもかなり練習して挑んだのだろうと思う。そして演奏に満足した曽我は、コーダの部分を再演するという「おまけ」まで付けて会場を沸かせた。

なお、エネスクの作品を手軽に楽しめるCDとしては、ローレンス・フォスターがモンテカルロ管弦楽団を指揮した演奏があることを忘れていた。この中には、「2つのルーマニア狂詩曲」だけでなく、管弦楽組曲(全曲)を始め、エネスクの管弦楽作品の主要なものが収録されている。

2022年1月12日水曜日

第65回日本赤十字社献血チャリティ・コンサート(2022年1月8日サントリーホール、Vc:上野通明、広上淳一指揮東京都交響楽団)

昨年の10月に、私は都響の定期でドヴォルジャークのチェロ協奏曲を聞いている(サントリーホール)。この時のソリストは佐藤春真で、彼は2019年にミュンヘン国際コンクールに優勝した新鋭のチェリストとしてドイツ・グラモフォンからブラームスの作品をリリースするなど、その活躍ぶりが目覚ましい(https://diaryofjerry.blogspot.com/2021/11/39320211020.html)。

ところが丁度この頃、もう一人の日本人チェリストが何とジュネーヴ国際音楽コンクールに優勝したニュースを耳にした。上野通明はパラグアイで生まれたチェリストで、数々の世界的コンクールを総なめにしてきているが、ジュネーヴとなると別格でもある。そしてその彼が凱旋公演を行うことになり、最初がソニー音楽財団の主催する日本赤十字社チャリティコンサートだった。

私はこの公演のことを12月に知り、さっそく妻の分と2枚のチケットを購入した。オーケストラも佐藤の時と同じ東京都交響楽団で指揮は広上淳一。広上は昨年11月に、やはりここサントリーホールにて京都市交響楽団の演奏会を聞いているので、立て続けである。しかもこの時はベートーヴェンの第5交響曲を聞いているから、年末の第九、今回の第7番とベートーヴェンのシンフォニーが続く。私は白血病の患者として過去に何度もの輸血で命をつないでいるから、日本赤十字社のチャリティというのも嬉しい。音楽を聞くだけで、募金ができるというわけである。

2人の新進気鋭のチェリストによりドヴォルジャーク、広上の楽天的で目一杯楽しい指揮、ベートーヴェンの奇数交響曲、そして都響のサントリー公演。こうも同じ傾向が続くとどうしても比較をしたくなるところだが、音楽は繰り返し聞くこともできず、聞いている席も違うし、第一聞き手のコンディションも日によって違うので、あまりそういうことに意味はない。ただ2人の演奏は対照的で、どちらも素晴らしく、そして感動的であったことは確かである。

今回はA席ながら1階席前方で、ソリストも指揮者もよく見える。スラリとした体形によれよれのジャケット、もじゃもじゃの頭髪。その第1音を聞いた時、物凄いエネルギーで耳に押し寄せてきた。たった1台の低音楽器からこんなに豊穣な音波が発生するのかと思った。佐藤春真のときは2階席真横だったので比較はできないが、上野通明のチェロの存在感は圧倒的でさえあった。

ドヴォルジャークのチェロ協奏曲の骨格を良く理解し、体に染み込んでいるのだろう。流れ出る音楽は時にゆっくりとフレーズを取り、貫禄も十分である。広上の指揮がこれを好意的にサポート。終楽章はいくぶん勢いが出て、若さゆえか粗削りになる部分もないわけではなかったが、それでも音楽がうねって盛り上がり、チェロとオーケストラが織りなす競演に興奮さえ覚えた。都響は昨年10月の佐藤春馬の時(指揮は小泉和裕)よりも上手いと思った(特に木管)。

佐藤のチェロは繊細で、それも素晴らしかったのだが、上野のチェロはむしろエネルギッシュだと思った。音も根太い。だがこういう印象は、聞いた場所、競演した指揮者によって違う効果と区別がつきにくい。私は実演で、あのドボコンが聞けるというただそれだけで感激するたちだが、今回の上野のチェロは、私をノックアウトした。アンコールで演奏されたバッハの無伴奏から第1番の「クーラント」がまた素晴らしかった。この無伴奏は丸でヨーヨー・マのように速く開放的で、音色も美しかった。

休憩を挟んでのベートーヴェンは、第1音を聞いた時から広上の心地良いアクセントに驚かされた。この第1音はずっしりとドイツ風の重厚さを強調する場合と、明瞭で強い場合(ハンガリー風とでも言おうか)があるが、広上は後者である。これがモダンな雰囲気を醸し出すのだが、陽気で広がりのある音楽は、今回も私の心を捉えて離さなかった。

時に飛び跳ねるかのような指揮は、この音楽がダンスの権化であることからもわかるように、広上にマッチしている。時にソロを弾く木管楽器の巧さも光るし、第2楽章の歌謡風のメロディーも耳に心地よい。第4楽章に至ってはオーケストラも大変な熱演で、1階席前方からは指揮者と弦楽器の第1列しか見えないから、視線は自然と指揮に釘付けとなる。

聞きなれた第7番も、実演で聞く機会が多いかと言えば、私の場合そうでもない。だが今回の演奏は過去の300回あまりのコンサートの中でも上位10%に入る出来栄え、そして感銘度だった。私は昨年のマーラーで広上のファンになってしまったから、春の京都で開催されるマーラーの交響曲第3番も出かけて行こうかと考えている。

興奮のうちに終楽章が終わって、何度も舞台に呼び出される指揮者の後ろから、打楽器奏者が入場。良く見ると弦楽器奏者の譜面台にもう一枚、楽譜が置かれている。新年のコンサートに相応しく、アンコールとしてヨハン&ヨゼフ・シュトラウスの「ピツィカート・ポルカ」が演奏された。外連味たっぷりのリズムに合わせ、弦楽器ばかりが一斉に弦を弾くと、その響きは乱れることなく会場にこだまする。やはりこの実演の空気感は、どんな再生装置でも再現できないだろう。

チャリティ・コンサートと銘打った名曲ばかりのニューイヤーコンサートだったが、独奏、指揮、オーケストラとも大変な熱演、そして名演だったことはとても嬉しい。今年、2022年がどうか良い年でありますように、と会場に居合わせた全員が思ったに違いない。そういう時だからこそ音楽は社会にとって必要不可欠であり、演奏会も決して不要不急なものではないことを、ここ何回かのコンサートで実感している。

2021年11月3日水曜日

東京都交響楽団第393回プロムナードコンサート(2021年10月30日サントリーホール、指揮:小泉和裕)

1982年に大阪のザ・シンフォニーホールが我が国初のクラシック音楽専用ホールとして開館した時、全国各地のオーケストラが招待され、連日オープニングコンサートが開催された。最初は朝比奈隆の大フィルで、トリがNHK交響楽団だった。このコンサートは後日朝日放送でオンエアされ、コンサートホールの違いが各オーケストラの響きをどう変えるのか、私も大いに注目して見た記憶がある。

その中に記憶が正しいか自信がないのだが、小泉和裕が指揮する京都市交響楽団というのがあった。曲目も忘れてしまったが、アンコールに演奏されたブラームスのハンガリー舞曲第1番だけは鮮明に覚えていて、世界各国のオーケストラと華々しく共演を続ける若干33歳の若手指揮者の才能を見たような気がした。

あれから私は小泉和裕のコンサートをいつか生で聞いてみたいと思いつつ、なんとこれまで一度も接したことがなかったのである。この間40年の歳月が流れている。中学生だった私は55歳になり、俊英の指揮者も70代に達した。小泉はこの間、いくつもの国内のオーケストラを指揮しているから、何度もチャンスはあったのである。だが私は何故か、小泉の演奏会に行くことはなかった。20代前半でカラヤンコンクールに優勝した指揮者は、その後の演奏を国内に限定してしまったにもかかわらず。

予期せぬ感染症が全世界を多い、すでに1年半が経過した。ここへきてようやく日常を取り戻しつつあるが、この世界的パンデミックはクラシック音楽界にも激震をもたらした。海外からの演奏家が来日できない状態が続いたのだった。しかし我が国には世界を股にかける演奏が大勢いる。今年のショパン・コンクールもその例にもれず、日本人の活躍が目立ったのは言うまでもない。

そんな中で目にした都響のプロムナードコンサートと題するわずか一夜だけのポピュラーコンサートに、私は目を惹かれた。ドヴォルジャークのチェロ協奏曲と交響曲第8番という取り合わせ。メールで送られてくる当日券情報にも、まだ席が数多く残っていることが記されていた。

通常、日本人指揮者を迎えて演奏される有名曲ばかりのコンサートに、あまり行く気がしない。オーケストラも小遣い稼ぎ程度としか思っていない可能性がある。エキストラを数多く配して、にわか作りの感が否めないようなものも多かった。しかし、今回は違った。

まずチェロ独奏は、目下最も期待される日本人演奏家である佐藤春真という若者である。ブックレットに記載されたプロフィールによると、2019年ミュンヘン国際音楽コンクールに優勝したとある。この時若干22歳。ということはまだ24歳ということになる。少し詳しく検索して見ると、名古屋生まれでベルリン在住。ドイツ・グラモフォンよりデビューアルバムも発売されている。私はさっそくSpotifyでアクセス。若々しいブラームスのソナタが聞けた。

実際に舞台左手横真から聞いた独奏チェロは、木管楽器ととても上手く響き合う。正面を向くチェリストを見ながら、オーケストラに指示を与えるのは指揮者である。指揮者を介した木管と独奏のアンサンブルの妙は、CDなんかではなかなか聞けない醍醐味であることを知る。こんな有名曲でも私のコンサート記録には、過去にたった一度しかない。舞台正面の席であれば、もう少しオーケストラの音が一体化されているのだろう。だがこの場合には逆に、管楽器が見えにくい。左横からは音を少し犠牲にしている反面、指揮者と独奏者、それにオーケストラのソリストの呼吸が大変良くわかる。

それにしてもドヴォルジャークのこの曲ほど、琴線に触れる曲はないと思う。おそらくカザルスやフルニエの歴史的名演、それに続く万感のロストロポーヴィチの名演などにCDで接してきた聴衆は、その時に聞いた音を重ね合わせているに違いない。そのしびれるようなカンタービレ。もう一体何度聞いたかわからないほど馴染んだ曲なのだが、それでもああここはこういう風にフルートが、オーボエが、クラリネットが重なっているのか、という発見の連続だった。

佐藤春真のチェロが技術的に巧いのは言うまでもないのだが、それが小泉の指揮にピッタリ寄り添って、オーケストラとの交差が見事である。完全にオーケストラに溶け込みつつも、ソロの巧さを表現している。オーケストラの中に入った独奏という感じ。これは相当練習し、かつ指揮が上手いからに違いない。

佐藤春真のことをTwitterなどで見るていと、その辺りを歩いている普通のいまどきの学生と変わらない表情で、私の会社にもいる感じである。ごく普通の感覚でありながら、聞かせどころにうまく歩調を合わせ、親しみやすいドヴォルジャークの旋律をフレッシュに聞かせてくれた。

後半のプログラムは交響曲第8番だった。舞台に上がったマエストロが指揮棒を自然に振り下ろすと、オーケストラが一斉に鳴り響いた。前半の独奏者に遠慮した硬い感じからは解放され、オーケストラの醍醐味が満喫できた。特に中低音が活躍するドヴォルジャークのメロディーは、チェロとコントラバスの人数が多い今日の編成では特に重要である。そしてチェロ協奏曲を含め、オーケストラが音を外すことなどなく、すべての楽器が素晴らしかった。第1楽章のフルートや、第2楽章でのオーボエとヴァイオリンのソロ、第4楽章冒頭のトランペットに至るまで、それは完璧だった。

第3楽章のスラブ舞曲風メロディーや、第4楽章のハンガリー風ダンスも興に乗った演奏で会場の聴衆は大いに沸き立った、と書きたいところだが、コロナ禍で「ブラボー」は禁止され、この日のコンサートには空席が目立ったことは残念である。ところが、驚くべきことにオーケストラがすべて退散した後にも拍手が鳴りやまないという、珍しいことが起きたのである。来日した老齢のマエストロならわかるのだが、通常の都響のコンサートでこの光景は特筆に値するだろう。熱心な観客は、この演奏の素晴らしさを長い拍手で表現したのである。

思えば小泉はカラヤンの弟子の一人で、アシスタントも務めていたのだろう。その指揮はやはりカラヤンのようにスタイリッシュで、流れるような旋律も颯爽と乱すことはなく、そして多くの楽器で旋律を始める時に、もたつかず自然に、しかもすっと入るあたりの職人的な感覚は、見ていて惚れ載れする。こういうところは目立たないが、なかなかのものである。一緒にコンサートを聞いた妻も、一気に小泉の演奏に引き込まれたようだ。私も毎年何度か開催される彼の名曲コンサートに通ってみたいと思う。

土曜日の昼下がり。ようやく秋めいてきた快晴の赤坂を歩く。今宵は神谷町のイタリアン・レストランで妻の転職・昇進祝いをする予定である。まだ少し時間があるので、新しくなったホテル・オークラのカフェにて1時間余りの時間を過ごす。贅沢な秋の一日は、素敵なトスカーナのワインと、北イタリアの郷土料理に舌鼓を打って帰宅。彼女は明日から北海道の実家に出かけ、妹と母親、それに私の母も参加して沖縄旅行をする予定である。その準備に取りかかりなら、久しぶりに聞いたドヴォルジャークの旋律が心地よい週末の夜だった。

※ご本人のTwitterに当日のコンサートの写真が掲載されていたので、転載させていただきました。

2020年12月15日火曜日

ドヴォルジャーク:ピアノ協奏曲ト短調作品33(P:ルステム・ハイルディノフ、ジャナンドレア・ノセダ指揮BBCフィルハーモニック)

師走に入って木枯らしの吹くこの季節、雲一つない晴天が続く日もあるが、どんよりと曇った寒い日も多い。今年は特に12月に入ってから、関東地方では天候に恵まれない日々が続いている。ドヴォルジャークの音楽が似合うのは、このような晩秋から初冬にかけての季節である。

中部ヨーロッパの、さらに真ん中ほどに位置するチェコの秋が、どのような風情なのか、行ったことがないのでわからないのだが、おそらくは日本の秋と同様に紅葉が見事であり、空気は乾燥し、そして曇った日と晴れた日が交互に訪れる北半球中緯度の天候と思えばいいのではないだろうか。

ドヴォルジャークがその民族風の音楽を取り入れ、国民楽派としての名声を獲得していく前の、若き日の作品。その中にあってピアノ協奏曲はほとんど顧みられない曲である。作品番号が33と言えば、交響曲で言えば第5番の頃。作曲家として駆け出しの頃である。35歳。後年アメリカへ渡り、名声を獲得していくずっと前である。

だがその作風には、もうどうしようもなくドヴォルジャークの血が流れている。40分にも及ぶ長い曲の第1楽章は、同時代の作曲家、例えばチャイコフスキーやグリークのように、いきなりピアノが弾きだしたりはせず、長い序奏が付けられている。古典的な雰囲気も漂わせながら、やがてピアノがテーマを弾きだすと、そのテーマがいろいろに使われ、オーケストラと掛け合いながら、結構長い時間をかけて第1楽章が終わる。ただこの楽章を聞くだけでは、何となく単純な曲に聞こえる。

この曲を聞くきっかけとなったのは、20世紀最大のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルが伝説の指揮者カルロス・クライバーと競演した珍しい録音があるからだ。共に聴衆の前に姿を現すこと自体が稀な二人の巨匠が、よりによってこんな珍しい曲を正規録音している、というだけで話題性は十分なはずだが、残念ながらこの演奏を聞いても、曲の良さがあまりわからない。私もいつしかラジオで放送された演奏をエアチェックして聞いてみたのだが、地味な曲は地味なままである。この他の演奏はあまり知られていない。もちろん、実演に接することはほとんどない。

それゆえに、なかなかちゃんと聞いたことのない曲だったが、Spotifyの時代が到来し、珍しい録音を含めて数多くの演奏に触れることができるようになった。こうなったら自分の気に入る演奏に出会うまで、聞き続けることができる。そしてとうとう出会たのが、ここで紹介するルステム・ハイルディノフによる演奏だった。伴奏はジャナンドレア・ノセダ指揮BBCフィルハーモニック。2004年の録音、レーベルは英シャンドス。目立たない演奏だが、なかなかこれは大変充実した名演奏であると直感した。

ハイルディノフはロシア生まれのピアニストだが、若い頃にイギリスに留学し、その後王立音楽院の教授になったピアノの教師とのことである。ラフマニノフのCDが出ているようだし、NHK交響楽団とも共演しているらしい。けれどもほとんど知られていないピアニストが、これまたあまり知られていないドヴォルジャークのピアノ協奏曲を演奏している。

第1楽章の明るくて陽気な音楽は、ドヴォルジャークらしい民族的で抒情的なメロディーとしてすでにこの作曲家の特徴が現れてはいるが、チェロ協奏曲のような滋味はさほど感じられず、むしろ若々しいエネルギーが勝っている。若い頃の作品は、どの作曲家でも同様の傾向があり、それは自然なことなのだが、私たちがいつも期待するドヴォルジャークの作風には、まだ一歩近づかないのが本当のところである。それを演奏が補っている。
 
第2楽章は冒頭、ホルンのメロディーに惹きつけられる。どことなく「新世界より」風のメロディーで始まるが、静かな曲である。途中からリズミカルな響きに変わるあたりは、ピアノの特徴をよく捉えており大変魅力的ではある。全体に散文詩的である。

第3楽章のフィナーレは、快活で民族的な曲調の音楽である。ドヴォルジャークはこの曲しかピアノ協奏曲を残していないが、もしかするとピアノで活かせるフレーズが、ドヴォルジャークに合っていなかったのではないかと思わせる。メロディーが平凡で、しかも技巧的でもない。

この演奏を聞いていると、二流の音楽が一流の演奏によって見事に蘇っている様を目の当たりにする。

2020年12月12日土曜日

ドヴォルジャーク:管楽セレナーデニ長調作品44(チョン・ミュンフン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団員)

元NHK交響楽団オーボエ主席奏者の茂木大輔氏によれば、弦楽器はオーケストラの「ごはん(主食)」であるとのことである。落語に造詣の深い氏ならではの、ユーモラスな表現だが、だとすれば管楽器のみで演奏される「管楽セレナーデ」は、逆に「おかず」のみの食事のようなものだろうか。そんな卑近なことを考えながら、ドヴォルジャークの「管楽セレナーデ」を聞いている。この曲は「弦楽セレナーデ」とカップリングされることが多いが、今聞いているチョン・ミュンフンが指揮するウィーン・フィルの演奏も同じである。

しかしCDのジャケットには、「弦楽セレナーデ」の方はWiener Philharmonikerと書かれているが、「管楽セレナーデ」の方には楽団員の名前がずらりと書き記されている。ウィーン・フィルのホームページなどを手掛かりに、これらのメンバーの楽器を調べて行くと、若干二人の弦楽器奏者が混じっていることがわかった。チェロとコントラバスである。だからこれは「管楽器主体のセレナーデ」ということになる。

指揮者、チョン・ミュンフンはこのような小さい編成でも指揮していることになってはいるが、実際にウィーン・フィルの奏者ともなると指揮者などいなくても、素晴らしいアンサンブルを聞かせることは明々白々である。しかもウィーン・フィルが用いる管楽器は、少し古いものが多く、独特の色合いを醸し出す。私はカール・ベームの指揮するウィーン・フィルの、モーツァルトの協奏交響曲などを聞いた時、何とこれらの音楽が微妙な色合いを見せ、雲の合間に見え隠れする11月の空のように、明るくなったり陰ったりするのを目の当たりにして、その音色の虜になった。ここでのウィーン・フィルの演奏は、まさにその管楽器の独断場である。

【演奏者】
オーボエ:Martin Gabriel, Alexander Öhlberger
クラリネット:Peter Schmidl, Andreas Wieser
ファゴット: Štěpán Turnovský, Wolfgang Koblitz, Fritz Faltl
ホルン:Ronald Janezic, Thomas Jöbstl, Wolfgang Vladar
チェロ:Wolfgang Herzer
コントラバス:Herbert Mayr

4楽章から成る20分余りの曲には、無駄が感じられない。おそらくこれだけの小編成で奏でられる音楽としては、ほとんど完璧なものだと思う。第1楽章の葬送行進曲は、「弦楽セレナーデ」と同様に終楽章で回帰するが、このやや暗い音楽は一度聞いたら忘れられない不思議なものである。

第2楽章はメヌエットで、民族的な曲調である。そのスラブ的雰囲気は第3楽章にも引き継がれる。この全体の白眉とも言うべき楽章は、各楽器の絶妙なテクニックとバランス、その重なり合いが堪能できる。自由な時間はたっぷりあるのに、いつも心は哀しく不安だった青春時代を思い出すようなメロディーであり、しみじみと心に響いてくる。コントラバスのピチカートが見え隠れ、チェロが静かに裏で管楽器を支えている。やはりドヴォルジャークは秋が似合う。

終楽章になると快活なリズムが曲を華やかに盛り上げるが、中間部で見せる哀愁に満ちたメロディーがアクセントとなって冒頭の主題が回想される。全体にまろやかな演奏も、最後のフィナーレでは快速に飛ばしてフレッシュな演奏が終わる。それもどこか青春の一面を覗くようである。

2020年11月23日月曜日

ドヴォルジャーク:弦楽セレナーデホ長調作品22(クリストファー・ウォーレン=グリーン指揮フィルハーモニア管弦楽団)

弦楽器ばかりの編成で演奏される「弦楽セレナーデ」の最も有名な曲は、チャイコフスキーとドヴォルジャークによって作曲された。この2曲は、まだクラシック音楽のLPが高価だった時代に、よくカップリングされて発売された。特に「ベスト100」の類の、いわゆる廉価版・再発物は、有名曲を並べるのが通例であったから、まさにこの組み合わせはその代表的なものだった。

私が、最初にこの2曲を収録したディスクを聞いたのは高校生の頃で、ネヴィル・マリナーが指揮するものだった。マリナーの演奏する弦楽セレナーデは、主宰するアカデミーのオーケストラの特長を生かしたもので、確固とした演奏は非の打ちどころがなく、いつものように大変素晴しかった。特にチャイコフスキーの方は、もともとドヴォルジャークに比べてより洗練された音楽で、私もそれ以前から聞いており、「アンダンテ・カンタービレ」をはじめとして魅力的な部分に事欠かない。だが意外なことに私を捉えたのは、どちらかといえばB面に入っていたドヴォルジャークの方だった。

ドヴォルジャークの弦楽セレナーデ(1870年)は、チャイコフスキーの方(1875年)に先立って作曲された。ドヴォルザークがチャイコフスキーの作品を聞いてから作曲したとは考えられないが、その逆はあり得る。そして冒頭の主題が最後に回帰するあたりや曲の長さなど、両者はよく似ている点もある。しかしやや都会的な感じがするチャイコフスキーに比べ、ドヴォルジャークの弦楽セレナーデは、終始民族的なメロディーが一貫し、素朴で抒情的な魅力を凝縮したような作品である。

マリナーによるドヴォルジャークの弦セレは、少し派手な感じがしていた。こういう曲はもっとしっとりと演奏してくれと主張しているような気がしてならない。曲の方が演奏を指定しているのである。そういうわけで、心に響くような、懐かしさがこみ上げてくるような演奏に出会わないものだろうか。私にとっての弦セレを求める旅は、このようにして始まった。

コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送管弦楽団の演奏(1987年録音)に出会った時、おそらくこれが理想的なものだと感じた。遅いテンポと、そこに寄り添う控えめでありながら芯のある演奏は、この指揮者の長所が現れたものだ。そしてまた、あるときふと耳にしたアレクサンダー・シュナイダー指揮ヨーロッパ室内管弦楽団による演奏(1984年録音)もまた、ゆったりと流れる遅めの演奏と静かな抒情性を湛えていて大変魅力的であった。このように、特にドヴォルジャークの弦セレの名演には、イギリス人によるものが大変多い。

だがこれまでに触れた演奏は、いずれもどことなくインターナショナルな響きである。発売されるたびに大きなる期待を持って聞くのだが、最終的にこれだとほれ込むには今一歩何かが足りないと感じていた。第1楽章の冒頭は、もっとゆっくりでもいい。そっと頬を撫でるような繊細な演奏は、どこかにないものだろうか、と勝手にこの曲の理想のイメージを描き、それを追い求めている自分を納得させる演奏に、なかなか出会うことができないと嘆いていた。

そんな私を、聞いた瞬間、これだと思わせる演奏に出会ったのは、やはり1980年代後半のことだった。Chandosという、我が国ではまだあまり知られていなかったレーベルから発売されたクリストファー・ウォーレン=グリーン指揮フィルハーモニア管弦楽団による演奏(1986年録音)に出会ったのである。

クリストファー・ウォーレン=グリーンなどという指揮者は無名で、そんな指揮者がいるのかと思ったが、オーケストラはメジャーなフィルハーモニア管弦楽団である。良く読んでみると彼は、このオーケストラのコンサート・マスターをしている人であった。そのウォーレン=グリーンが指揮する弦セレのCDは、何と第1楽章が5分半もかかるゆったりとしたもので、私はこの曲に求めていた究極的な繊細さを実現してくれていたのである。

このウォーレン=グリーンの指揮する弦セレを聞くと、私はなぜか北海道のローカル線を思い出す。誰も乗り降りしないような無人駅を、わずか1両の列車が停まって、一人の若者を残し去ってゆく。晩秋の北海道は紅葉も終わり、初雪が舞いそうな陽気である。何もない山間の中を、ひとり旅する若者は一体どのような人なのだろう。丸で松山千春のレコードのジャケットに登場しそうな光景であるが、人間のイメージと言うのはどこかで目にした風景や光景が、何かと結びついて固定化されてしまうようところがある。特に若い頃のそれは、いつまでたっても枯れるどころか、やがていい塩梅に美化されてゆく。丸で枯れ木にこびりつき、一冬を超すと雪のような結晶と化すザルツブルクの岩塩のように。

というわけで何十年かぶりに聞くウォーレン=グリーンによる弦セレは、私を再び北海道の大自然へと誘ってくれた。それがボヘミアやスコットランドに似ているのかどうかは、訪ねたことがないのでわからない。ウォーレン=グリーンの演奏は、第2楽章になってやや勢いを取り戻すが、基本的には終始同じ感じである。残響が多い録音なので、やや厚ぼったく、丸でイージー・リスニングか映画音楽のように聞こえる時がある。けれども決して女々しい演奏ではないようにも思う。

第1楽章の控えめ目な冒頭の主旋律が、やがて転調されて再現されるところの処理が、高音の弦を活かして見事である。そして第2楽章のワルツや、第3楽章のスケルツォを経て第4楽章のラルゲットに至る時、再び静かで内省的な部分がアクセントとなって胸に迫って来る。ここは、この曲の真骨頂と思う。緩急の音楽がうまく配合され、聞いていて飽きなてこないのは、弦楽器のみの作品としては稀有なことのように思う。これを聞いてチャイコフスキーは、自らの弦セレの作曲を思い立ったのであろうか。

モダン楽器による演奏が影を潜め、より小さい編成でスッキリと引き締まった演奏が主流となった90年代以降に置いて、ほとんどこの曲の新しいリリースを聞かなくなった。そんな中で、かのウィーン・フィルが遂にこの曲を演奏したのは、ちょっとした驚きだった。指揮者はドヴォルジャークには定評のあるチョン・ミュンフンで、手の込んだ音楽づくりはまさにこの曲の新たな魅力を引き出していると言える。丸で絵の具を重ね行くように、弦楽器が交わって聞こえるのは、どの瞬間をとっても味わい深い。私はこの演奏もまた、大変優れたものだと思う。だが、あの北海道の大自然を行く鄙びた風情は、ここからは感じられない。

2020年11月。私は下川町に住む友人を訪ねて、初めて名寄に行った。かつて名寄本線や深名線が交差し、北の分岐点だった町は人口も減ってしまった。冬の平均気温が氷点下10度にもなるという極寒の地の秋は短い。塩狩峠を越えて旭川に向かう帰り道、私は初雪の残る宗谷本線の駅を、一台の列車が通り過ぎるのに出くわした。慌てて写真を撮った。まだ2時だというのに空はどんよりと曇り、その合間から優しい青空が見えた。



2019年12月4日水曜日

ドヴォルジャーク:交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」(フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

まだクラシック音楽を聞き始めた頃の私は、一般的な聞き手がそうであったように、ドヴォルジャークの交響曲は「新世界より」しか知らなかった。第2楽章ラルゴのメロディーは特に有名で、この部分は歌詞を付け「家路(Going Home)」などと呼ばれていた。ボーイスカウトに入団していた私は、キャンプファイヤーの時などによく歌わされたものだった。「遠き山に日は落ちて…」と。

どういうわけか夕暮れ時の、とても静かで懐かしい旋律として小学校の下校時の音楽に使われるのも、この曲を有名なものにしている。ほとんどの日本人が、この部分と、それに第4楽章の冒頭のメロディーを知っているのではないかと思う。これは最も日本人に馴染んだクラシック音楽と言えるのかも知れない。

中学校の音楽の教科書に載っていた「家路」を、私も習った。そしてその日の音楽の授業では、この歌の原曲を聞いてみましょう、ということになって先生は資料室から一枚のLPレコードを音楽室に持ってきた。「今からレコードを聞きます」と言って先生は、そのLPに針を落とした。すると大きなスピーカーから、有名なメロディーが流れて来た。「ここで使われる楽器は、チャルメラのような音がします。イングリッシュ・ホルンと言ってオーボエに似た楽器です」先生は音楽を聞かせながら、このような解説をした。

私はクラスで、クラシック音楽が好きだと称するごく少数の仲間と、やれ「ジュピター」だの「英雄」だのとやっていたから、当然このような基礎知識は持っていた。私が先生に気に入られ、目立つための手段は、こう質問することだった。「このレコードの演奏は誰によるものですか?」すると、その女性教師は、なかなか通の質問をする生徒もいるものだ、などと感心しながらジャケットに書いてある文字を黒板に写し始めた。

「ドボルザーク作曲、交響曲第5番ホ短調作品95『新世界より』…」

私はこの曲がかつては第5交響曲として知られていたことを知っていた。それでこのことにはあまり驚かなかったが、それでももう70年代にもなって、未だに第5番と呼ばれているLPが存在することに関心した。

「ラファエル・クーベリック指揮…」と書き始めたところで先生は躊躇し呟いた。「何フィルハーモニーか書いてないやないの?」(私は大阪の普通の公立中学校の生徒だった)

クーベリックが指揮したオーケストラは、ロンドンにある「ザ・フィルハーモニア管弦楽団」のことである、と直感した。かつてEMIの録音用オーケストラとして創設され、若きカラヤンやクレンペラーが往年の名演を残した楽団である。もちろん今でも存在する。

この演奏とは別に、クーベリックは後年ベルリン・フィルとの間で故国ドヴォルジャークの交響曲全集を残している。ウィーン・フィルとの演奏もある。だがあれから40年以上たった今、いくら検索してもクーベリックの指揮するフィルハーモニア管弦楽団との「新世界交響曲」は検索できない。本当にそんなレコードが出ていたのだろうか、それとも先生の言うように、どこのフィルハーモニー管弦楽団かが記載されていなかったのだろうか、今でも謎である。

さて、新世界交響曲はドヴォルジャークがアメリカに出張中に作曲された。「新世界」とは米国を含むアメリカ大陸のことで、通天閣界隈のことではない。この作品には従って、ネイティブ・アメリカンの民謡の旋律が用いられている。先生もそのような説明をした。けれども中学生の私には、それがどの部分かわからず、アメリカの音楽と言う印象は全くなかった。むしろチェコのメロディーが、日本人に親しみやすいものであることに関心していた。

「新世界交響曲」は4つの楽章から成り、その部分も極めて親しみやすく、スーパーな名曲であることに疑いの余地はない。世界中のオーケストラと指揮者がこの曲を演奏している。第1楽章の沸き立つような主題は、マンハッタンを空撮するヘリコプターから見た摩天楼にマッチし、第2楽章では故郷を懐かしむドヴォルジャークの心情が胸を打つ。第3楽章ではリズムの変化に酔いしれ、第4楽章に至っては迫力も満点。この曲の聞きどころは数えきれない。思いつくままにこれまで印象に残った演奏を記すと、カラヤン指揮べリリン・フィルのビデオ、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの若々しいエネルギーに溢れた歴史的名盤、爽快で迫力満点のシルヴェストリ指揮フランス国立放送局管弦楽団、我が国では特に名高いケルテス指揮ウィーン・フィルなど枚挙に暇がない。

そんな中で、一等光彩を放ち、今でも色あせない名盤は、フェレンツ・フリッチャイによるステレオ最初期のベルリン・フィル盤であろう。今もってこの演奏に勝る印象を私に残すものはない。多芸に秀でた職人的演奏は、今では聞かれない類のものだろうか。余白に収められた「モルダウ」同様、来ていて唖然とする歌いまわしに、最初聞いた時はノックアウトされた。録音もこの時期にしてはいい。特に第3楽章のトリオの部分などはぐっと速度を落とし歌うので、何か落語の名人気に接しているような気がしてくる。

それ以外の演奏では、小澤征爾がボストン響とプラハを訪れ、有名なスメタナ・ホールでのガラ・コンサートをライブ収録したビデオに大いに感心した覚えがある。第2楽章のみの演奏だが、隅々にまで神経が行きわたり、こんなに美しいこの曲を聞いたことがない、とさえ思った。また第4楽章はドゥダメルがローマ教皇の御前演奏をしたものを収録したビデオが秀逸である。気合の入った第4楽章は圧巻で、カラヤンのあの70年代のビデオ演奏を彷彿とさせる。なお、私がこの曲を最初に聞いたのは、カルロ・マリア・ジュリーニがシカゴ響を指揮したグラモフォン盤だった。誠にしっかりとした正攻法の立派な演奏だが、多少面白みに欠ける。

2019年12月2日月曜日

ドヴォルジャーク:交響曲第8番ト長調作品88(マリス・ヤンソンス指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団)

ドヴォルジャークの次に取り上げる交響曲第8番で、その思い出の一枚にマリス・ヤンソンスによる演奏を取り上げようと準備をしていた。そうしたら昨日になって、何とヤンソンスの訃報が飛び込んで来た。何ということだろうか。享年76歳。まだ元気な指揮者だと思っていたからショックだった。

私は3回実演に接している。最初は1996年のニューヨーク・フィルハーモニックの定期演奏会で、バルトーク「弦チェレ」とブラームスの交響曲第2番を、2回目は2005年に横浜でバイエルン放送響とのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とショスタコーヴィチの交響曲第5番を、そして3回目にはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の東京公演で、ドヴォルジャークの「新世界交響曲」とストラヴィンスキーの「春の祭典」だった。どの演奏もプロフェッショナルな名演奏。聞き惚れている間に終わってしまうほどで、完成度が高すぎて印象にも残りにくい。CDで聞く演奏でも、それは同じだった。

そのヤンソンスはドヴォルジャークを得意にしていた。特に第8番の演奏は、私がこの指揮者に触れた最初の演奏でもあり、またこの曲の、もっとも素晴らしく演奏された何枚かの一枚であることは疑いようがない。その演奏は、あのジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団との演奏(特に最晩年のEMI盤)を彷彿とさせるものであり、同じレーベルから出た同じ曲の名演として、もしかするとその焼き直しを意識して製作されたのではないか、とさえ思わせるほどだった。

特に第2楽章の微妙なリズムと、そこにかぶさる木管の歌うメロディーが、しっかりと息づきながらも落ち着きを失わず、晩秋の野道を行くようなしっとりとした味わいは筆舌に尽くしがたい。これは厳格の中にほのかに宿るロマンチシズムを感じさせるセルの演奏に通じるものであり、理性と情熱を程よく併せ持つ大人の音楽である。第3楽章の哀愁を帯びた旋律も、決して情に溺れることはなく、かといって醒めてもいない。

そういえば我が家にもあったセルによる最晩年の演奏は、我が国では特に評価の高いものとして有名だった。なぜならそれは、1970年の大阪万博の年に初来日したこの組み合わせによるプログラムと同じ曲で、実演に接した評論家は、従来CBSからリリースされてきたどこか硬くて厳しさの前面に出た演奏とはやや異なる、情緒的なセルの一面を垣間見た、などと口を揃えて語っていたからだ。セルはこの来日演奏の直後に急死し、その追悼盤として発売されたのが、我が家にもあった来日演目と同じドヴォルジャークの交響曲第8番とシューベルトの「グレイト」交響曲の2枚だった。この2枚は、EMIによって録音されたこともあって、ややエコーのかかったようなアナログ録音が特徴でもあった。

そのLPレコードは、丸で宝物のように取り扱う必要があった。私はこのレコードを聞くたびに、あともう何回か聞くとすり減ってしまうのではないだろうか、などと恐れたくらいだ。けれども程なくしてCDの時代が訪れた。CDは永久的に音が劣化しないというふれこみだった。LPは安物の針を落とすたびにノイズを加えてしまったので、無残な音がしていた。CDとして真っ先にセルの「ドボ8」を買いなおしたのは当然だった。だがそのCDは2800円もしたにもかかわらず、見事にひどい録音だったことを思い出す。LPで聞いたいぶし銀の演奏、摩耶山から見る冬の神戸の夜景のような演奏が、CD化によって化粧を剥がされ、無残な姿として現れたのだった。

今ならリマスターされ、もう少しましな録音に蘇っているものと推測するし、あのCBSへの録音でさえも、もっと生き生きとしたものとして幾度となく再販されている。セルの人気は、今でも根強く続いている。モーツァルトもブラームスも、セルによって蘇り、セルによって真価を表す。だがそうなるまでの少しの期間を、一体どの演奏がドヴォルジャークの第8交響曲を思い通りに再現してくれるのか、私はいろいろ試す旅に出なければならなかった。定評あるクーベリックも、 枯れ葉のような晩年のジュリーニも、都会的なカラヤンも、朝の散歩のようなアーノンクールも、私を満足させてはくれなかった。ただ一枚だけ、ヤンソンスによる演奏のみが、かつてのセルを思い起こさせてくれる演奏だと思った。このヤンソンスによる演奏によって、私は第8交響曲の魅力を再体験することになった。

交響曲第8番はかつて「イギリス」というタイトルが付けられていた。けれどもこの曲がイギリスで出版されたということ以外に、英国とは何の関係もないのが事実である。ところがジャケットに落ち葉と並木が映っているだけで、私はそこが秋のハイドパークだと想像し、音楽までもがイングランドの片田舎の風情を表しているのだと勘違いした。ブルーノ・ワルターが演奏した第3楽章は、私を「イギリス」に誘った。

第4楽章の中間部に設けられたハンガリー風のリズムによって、この曲の東欧風の響きが強調され、ようやく中低音の楽器が多用されたチェコの音階を持つ交響曲としての全体像をつかむことができるようになった。今では私にとって、チェロ協奏曲と並んで最も愛すべきドヴォルジャークの管弦楽曲であり、その魅力は「新世界より」を凌駕している。実演ではN響を指揮したサヴァリッシュの演奏が忘れ難いが、これは少しざわざわとした、丸で小雨模様の都会の夕方のような演奏である。演奏によって様々に表情を変える。この曲の魅力は、そういうところにあるのかも知れない。

なおセルによるドヴォルジャークの交響曲第8番のディスクには、余白に「スラブ舞曲」の第3番と第10番が収録されていた。この2曲は合わせても10分程度で、アンコールのように付録されたものだが、交響曲と同様、輝かしい魅力に溢れた2曲であった。スラブ舞曲にも数多くの名演奏が存在するが、このような小品にもやはりセルの風格と感性を感じるものとして永く記憶に残っていることを付け加えておきたい。

2019年11月27日水曜日

ドヴォルジャーク:交響曲第5番ヘ長調作品76(イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)

ドヴォルジャークの第5交響曲の冒頭は、序奏がなくいきなりクラリネットの主題で始まる。牧歌的でヘ長調と言えばベートーヴェンの「田園」を思い出すが、この曲の第1楽章はもっと起伏に富み壮大である。どことなくワーグナーを思い出すようなメロディーも登場するが、これ以前の交響曲で見られる明らかなワーグナーの影響からは、むしろ脱却している方だという。

第2楽章もアンダンテとなっているが、それなりに壮大で、続く第3楽章も似たような感じである。つまりこの曲は、ずっと同じように適度に起伏を持ち、自然と民謡が溶け合うドヴォルジャークの特徴と相まって、ボヘミア地方のなだらかな風景を見続けているような気持になる。重々しい旋律もその底流は明るく、骨格もしっかりしているので、初めて聞く曲でも飽きることはなく楽しい。ただ後期の交響曲と比べると、どうしても見劣りがしてしまう。第5番から第7番まで聞いてきて、やはりこの順に音楽的な完成度は向上し、ドヴォルジャークの作風が自信とともに確固たるものになってゆくのを目の当たりにする。すなわち、第8番が第7番に続き、そして第9番「新世界より」で出世街道の大団円を迎えるというわけである。

チェコ人の指揮者であるイルジー・ビエロフラーヴェクは、首席指揮者だったチェコ・フィルを指揮して、ドヴォルジャークの交響曲全集を録音している(2014年、デッカ)。思えばドヴォルジャークの交響曲全集は、かつてデッカにハンガリー人だったイシュトヴァン・ケルテスが残したものが有名で、おそらく9曲全部というのは最初ではなかっただろうか。その後、ラファエル・クーベリックがベルリン・フィルと残しているのも記念碑のような名盤だ。けれども、チェコ人によるチェコのオーケストラとの全曲演奏は、思いつくところヴァーツラフ・ノイマン以来ではないだろうか。

ここで聞ける最近のチェコ・フィルは、ボヘミア的というよりはよりインターナショナルな響きである。けれども録音の良さと言い、演奏の完成度といい申し分なく、現在望みうる最高のドヴォルジャーク交響曲全集である。そのビエロフラーヴェクは、次に来日したら聞きに行ってもいいななどと思っていたのだが、知らない間に亡くなっていた。2017年のことだという。享年71歳。指揮者としてはまだまだ若い方である。

実は1994年のN響の第九で、私は一度だけこの指揮者に接している。今となってはこれといった記憶がないのだが、記録によればこの演奏会のソプラノは、やはり今年61歳の若さで亡くなった佐藤しのぶだった。そういえば、今年も残すところあと1か月となった。まことに年月の経つのが早い、と実感するこの頃である。

2019年11月22日金曜日

ドヴォルジャーク:交響曲第7番ニ短調作品70(ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ドヴォルジャークの交響曲第7番は、独特の趣きを持った作品である。楽天的で明るい第6番とは対照的に、ほの暗く、内に秘めた情熱を感じる。これはブラームスの交響曲第3番に影響を受けたからだ、と言われている。確かによく似た感じがする。もっともブラームスの交響曲第3番はヘ長調であるのに対し、このドヴォルジャークの交響曲第7番は二短調である。

第1楽章アレグロ・マエストーソは八分の六拍子。暗いメロディーにもっともブラームスを感じるところかも知れない。ただ、暗いだけでなく、どことなく憂愁を帯びた情緒が垣間見られ、しかも次第に熱を帯びてゆく。交響曲としての風格は、しっかりとしたものがある。第6番が朝の明るい音楽さとすれば、第7番は午後の曇った陽気である。

第2楽章を聞いた時は、この曲が「新世界より」のあの有名な第2楽章の前触れのような作品だと思ったことがある。「新世界」ではイングリッシュ・ホルンが、確信的に哀愁を帯びた「家路」のメロディーを奏でて聞くものをしんみりと懐かしさに浸るのだが、ここではクラリネットやオーボエが控えめに旋律を奏でる。物淋しげだが、展開されてゆくと独特のドヴォルザーク節である。フルートやホルンの印象的なソロと弦楽器が重なり合ってゆく。第2楽章はいい演奏で聞くと本当に味わい深い。

第3楽章のスケルツォはスラヴ舞曲である。ただここでのリズムは、特徴のあるアクセントで進み、しばしば穏やかである。賑やかな祝祭的音楽とは一線を画す。この曲を初めて聞いて以来、忘れることはない。ぐっと内省的な感じがしてくる渋さは、第8番や題9番「新世界より」にはない、また別の魅力である。第4楽章のフィナーレは力強い曲で、壮大に終わる。その重なり、煮詰まっていく感じは、やはりブラームスを思い出してしまう。

この曲の今一つの特徴は、複雑なリズムにあると思う。独特のアクセントを伴っているのは、第3楽章だけではない。そういう音楽をきっちりと、職人的な感覚で指揮ができる指揮者がいい。そこで私は長年、コリン・デイヴィスによる演奏を聞いて来たが、今ではマゼールがウィーン・フィルを指揮した演奏が気に入っている。80年代初期のデジタル録音。この頃のマゼールはウィーン国立歌劇場の音楽監督であり、しばしばベルリン・フィルにも客演するという活躍ぶりだった。

マゼールによるこの曲の冒頭の演奏を聞いていると、何かシベリウスを聞いているような気がしてくる。そういえばここ数日は、急に寒くなってきたような気がする。秋の短かった今年は、いつのまにか11月も終わりかけている。例年なら紅葉を楽しみにしている時期なにだが、どういうわけか北国からは雪の便りも聞こえてくる。どうもよくわからないムードの中で、年末を迎えるのだろうか。


2019年11月16日土曜日

ドヴォルジャーク:交響曲第6番ニ長調作品60(トーマス・ダウスゴー指揮スウェーデン室内管弦楽団)

チェコの作曲家、アントニン・ドヴォルジャーク(我が国ではドヴォルザークと書くことが多いが、ここでは原音に忠実にドヴォルジャークと記す)は、その音楽史における功績以上にファンの多い作曲家とみなされている。憂愁を帯びた親しみやすいメロディーは、遠い田舎の記憶をよみがえらせるようで忘れ難い。けれども9曲ある交響曲の、前半のものなるとほとんど聞くことのない作品となる。第1番から第5番までは、実際私も聞いたことがない。

ドヴォルジャークの交響曲は第9番「新世界より」が最も有名で、番号か下るにつれて次第に演奏されなくなる。だがそれもせいぜい第6番まであろうか。実際、この交響曲第6番ニ長調作品60は、かつては交響曲第1番と呼ばれていた。

交響曲第6番は、しばしばブラームスの交響曲第2番の影響がみられると言われる作品である。調性が同じニ長調ということもある。そしてブラームスの交響曲第2番はまた、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」に例えられる。大作曲家が残した牧歌的で伸びやかな交響曲作品のつながりが、ここに見て取れる。それではドヴォルジャークの交響曲第6番を聞いていこう。

第1楽章はソナタ形式。ここで最初に思いついたことは、何かスメタナの「わが祖国」に登場する交響詩「ボヘミアの森と草原から」を思わせるようなメロディーだということだ。第2楽章アダージョも牧歌的な魅力を伝えてやまない。しっとりと詩的な情緒を湛えている。

第3楽章はスラヴ舞曲。フリアントと名付けられている。フリアントとは変則的なリズムと急速なテンポが特徴のチェコの民族舞曲のことである。最後の第4楽章フィナーレは、アレグロ・コン・スピリート。幸せな気分で大団円を迎え、45分に及ぶ交響曲が幕を閉じる。

国民楽派と名付けられる後期ロマン派の一時期にあって、ドヴォルジャークは生まれ故郷ボヘミアを愛し、その民族的曲調をあらゆる作品に付け加えた。どの作品も哀愁と幸福感に満ちているあたりが、交響曲作品に深い精神性を求める聞き手には物足りないのかも知れない。けれども私のようなお目出度い聞き手は、このような親しみやすい音楽を好む。

全体的にしっとりとした抒情性と、スラブ風の快活なメロディーに溢れる作品だが、従来のシンフォニックな演奏よりも室内楽的な集中力で、この作品の新たな側面を切り取った演奏がお気に入りである。デンマークの指揮者トーマス・ダウスゴー指揮によるスウェーデン室内管弦楽団による演奏は、Opening Doorsと名付けられたBISレーベルのシリーズで、数々の作品に新たなスポットライトを浴びせている。このドヴォルジャークの第6交響曲においてもまた、SACDのクリアーな響きが耳に新鮮だ。 まさにドアを開けて、さわやかな朝の風を受け、広がる明るい風景を眺めたくなるような気持になる。小規模なオーケストラながらも迫力を持ち、この曲の魅力を十全に引き出している。

ドヴォルジャークの交響曲第6番は、最初に出版された作品であることは先に触れたが、作曲順ではこの前に、交響曲第3番として発表された第5番がある。一般にドヴォルジャークがボヘミアのメロディーを作品に取り入れだすのは、交響曲第5番からだと言われている。であれば、第5番を聞いてみたくなる。 ただ、その前に交響曲第2番として発表された交響曲第7番に、先に触れておきたいと思う。

2017年5月7日日曜日

ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲集(ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団)

毎日心地よい陽気の続く今年の大型連休は、大きな外出もなくのんびりしている。朝晩に近くを散歩することが多い私は、携帯音楽プレーヤーにいくつかの演奏をコピーしてある。今日はどういうわけか久しぶりに、ドヴォルジャークの「スラヴ舞曲」を聞きたくなった。この曲は、全16曲がすべて親しみやすい名曲で、当然のことながら人気も高い。演奏会では、アンコールなどでチェコ系の指揮者がよく取り上げている。通して聞くことは滅多にないが、CDで買えば、基本的に全曲が1枚のディスクに納まる形で聞くことができる。

私が最初にこの曲に触れたのは、ジョージ・セルが指揮するクリーヴランド管弦楽団のLPレコードに、そのアンコールのように入れられていた第10番と第3番からである。このLPレコードは大阪万博の年、大阪国際フェスティヴァルのために来日したこのコンビの1970年の公演と同じ、ドヴォルジャークの第8交響曲と一緒に収録されてもので、EMIからリリースされたこともあって、いつになく奥行きと残響のある、しっとりとした演奏であった。

セルはこの来日の直後に急逝し、そのことがこのレコードの評価を一段と確固たるものにした。公演を聞いた評論家が、セルという指揮者を再評価し始めたのもこの頃である。私はこの年、大阪万博の会場近くに住んでいたが、まだ小さな子供であった。だからこのLPに出会うのは、さらに10年後のことである。ここで初めて第8交響曲というのを聞いたし、スラヴ舞曲の忘れ得ぬ名演を何度も繰り返し聞いたものだ。この他にもセルのスラヴ舞曲集は売られていたが、上記の理由から特にこの2曲については、すべての演奏中、最も素晴らしいものの一つであると、今でも思う。

スラヴ舞曲をすべて聞いたみたいと思っていた頃、丁度NHK交響楽団の演奏会がFMで中継され、私はそれをエアチェックした。カセットに収録した演奏は、チェコの指揮者、ヴァーツラフ・ノイマンが客演した際のもので、後年CDでも発売された名演である。私は録音の悪いテープを何度も聞きながら、ほとんどの曲のメロディーを覚えてしまった。中学生の頃である。

CDとして全曲盤を買うことにしたのは、それからさらに10年以上が経過した頃である。ドイツ・グラモフォンのガレリア・シリーズで、クーベリックの指揮する名盤が安く手に入ることがわかった。クーベリックのスラヴ舞曲を収録したCDは数多いが、その中でも決定的とされるバイエルン放送交響楽団を指揮したものである。録音は1974年。

さて、スラヴとは主に東ヨーロッパからロシアにかけて住む民族の総称で、その音楽は国民学派の時代、西洋音楽に取り込まれた。丁度、ブラームスのハンガリー舞曲が流行した頃、ドヴォルジャークは同様な舞曲集を作曲する。最初はピアノ連弾曲であることも、全8曲から成る2つの作品というのも同じだ。ハンガリーはマジャール人の国で、いわばアジア系である。それに対し、チェコの民族音楽をふんだんに取り入れたスラヴ舞曲は、少し異なる味わいを持つ。いずれもオーケストラ曲に編曲され、今ではその演奏の方が主流となっている。

速い部分と遅い部分が交互に組み合わせられているのも共通だが、速い部分ではテンポの揺れがハンガリー舞曲ほど急ではないく、祝祭的である。一方遅い部分では独特の憂愁を帯びたメロディーが、時に聞き手の心に懐かしく響く。私はスラヴ舞曲の方を聞くことの方が多い。躍動感と牧歌の組合せは、管弦楽の聞かせどころ満載で、オーケストラを聞く喜びを味わうことができる。

曲が素敵なので、基本的にどの演奏で聞いても楽しめる。従って時間が許せば、可能な限りの演奏を聞いてみたいと思う。クーベリック盤は、ドヴォルジャーク第1人者としての風格が感じられる演奏で、オーケストラのバランスといい、テンポの素晴らしさと言い、何も言うことはない。この演奏を聞いていると、どこか東欧の村でお祭りに出くわしたかのような気持ちがしてくる。

一方、クーベリックの演奏を聞いてからさらに10年後、私は素晴らしい録音のドホナーニによるデッカ盤を購入した。この演奏はセルが指揮していたクリーヴランド管弦楽団を振ったもので、クーベリック盤にない魅力がある。ドライブに持っていくならドホナーニ盤にするだろう。このCDはさほど人気がないが、民族性が出過ぎない丁寧なスラヴ舞曲の中では、私のお気に入りである。

すべての曲が魅力的なので、どこがどうという記述はしたくないし、そうしたところで同じような文章になってしまう。特に言えば、作品46が派手な曲が多いのに比べ、作品72の方が音楽的にはより抒情的である。


【収録曲】
1.スラヴ舞曲集作品46
    ①第1番ハ長調
    ②第2番ホ短調
    ③第3番変イ長調
    ④第4番ヘ長調
    ⑤第5番イ長調
    ⑥第6番ニ長調
    ⑦第7番ハ短調
    ⑧第8番ト短調
2.スラヴ舞曲集作品72
    ⑨第1(9)番ロ長調
    ⑩第2(10)番ホ短調
    ⑪第3(11)番ヘ長調
    ⑫第4(12)番変ニ長調
    ⑬第5(13)番変ロ短調
    ⑭第6(14)番変ロ長調
    ⑮第7(15)番ハ長調
    ⑯第8(16)番変イ長調

2014年3月2日日曜日

ドヴォルジャーク:歌劇「ルサルカ」(The MET Live in HD Series 2013-2014)

もう3月だというのに冷たい小雨の降る日曜日の夜の銀座を、久しぶりに東劇を目指して歩いた。MET Liveなどという企画がなければ、私は一生この作品には触れなかったかも知れない。今シーズン第5作品目となったのは、国民楽派の作曲家ドヴォルジャーク(ドヴォルザーク)の歌劇「ルサルカ」である。ドヴォルジャークのオペラはおろか、チェコ語で歌われるオペラを見るのはこれが初めてであった。

珍しい作品だというのに客席は結構な入りである。時間をわずかに過ぎて入ったにもかかわらず、懐中電灯を持って席を案内され、見るともうヤニック・ネゼ=セガンが叙情的な前奏曲を演奏しはじめている。いつもなら協賛会社のCMが流れている時間だと思っていたのに、客席はもう物音ひとつしない静かさで、いつもながら東劇の客席の静かなのには驚かされる。

まず舞台に姿を表したのは3人の女性である。そしてその妖精たちの父親であるヴォドニク(バス・バリトンのジョン・レリエ)は、3人の若き乙女に囲まれて、恐ろしい容貌との対比が印象的である。このような出だしは、どこかで見たことがある。モーツァルトの「魔笛」における3人の侍女とパパゲーノ、ワーグナーの「ラインの黄金」における3人のラインの乙女とアルベリヒ。ドヴォルジャークはこれらの作品を意識していたと想像する。

彼女たちの姉妹で主人公のルサルカ(ソプラノのルネ・フレミング)は、少し遅れて木の上(水の妖精だというのに!)に現れ、有名なアリア「月に寄せる歌」を歌い喝采を浴びる。彼女はこの曲でMETのオーディションに受かり、以来METでの当たり役としてこの役を歌い続けているという。だが音楽が切れるのはこの時だけで、幕間を除けば音楽は続いている。つまりワーグナーの後の作品ということである。作曲は1900年だから、そういえばフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」(1890年頃)に近い。同じメルヘン・オペラという共通点もある。

けれどもチェコ語というのは、(インタビューでも紹介されているが)むしろイタリア語に近いらしい(歌手たちが答えている)。「母音が前に出る感じ」であり、しかも子音が連続している。それは王子を歌ったポーランド人のピョートル・ペチャワによれば、「前歯のない子供が話すポーランド語」だそうである。音楽もワーグナーの影響も感じられるが、むしろヴェルディのようなドラマチックな部分が多いと、私は思った。もちろん民謡風の舞踊音楽が散りばめられ、素朴で美しい旋律は、ドヴォルジャークならではである。

人間の王子に恋した水の妖精ルサルカは、魔女のイェジババ(メゾ・ソプラノのドローラ・ザジック)に頼んで人間に変えてもらう。だがそれと引き換えに彼女は、声を失うのだ。王子も一目惚れをして、ルサルカと結ばれるのだが、彼女はもはや声が出ない。ここが第2幕の面白いところで、主役のルサルカが歌わないのである。王子はいよいよ愛想をつかし、それにつけこんだ外国の王女(ソプラノのエミリー・マギー)が王子と愛の二重唱を歌うのだが、そこにいるルサルカは何もすることができないのだ。

彼女は父親である水の精に助けを求める。ここにまたもやオペラの隠れた主題、父と娘が姿を現す。ジョン・レリエは幕間のインタビューで、スーザン・グラハムにこう告げている。水の精が、どこかで人間そのものを信じていないように思えるのは、全ての父親が娘に抱く感情に似ている、と。ここのインタビューはとても面白い。

第3幕で父親に連れて来られた森の中で、再びイェジババに会う。魔女は彼女の訴えに、王子を殺せば自分も生きられる、だが接吻をすれば王子は死ぬと告げられるのだ。再び現れる3人の水の妖精の美しい3重唱は、悲劇の前のきれいな曲である。全体に残酷な話だが、メルヘン調であることが深刻さを緩和している。やがてルサルカを探して現れた王子は、もはや外国の王女を愛してはおらず、ルサルカに近づく。彼は彼で若く、そして真剣なのである。そして接吻すれば命を失うというルサルカの忠告にもかかわらず、彼女に接吻し息絶える。

ルサルカは愛の犠牲となった王子の存在に触れ、人間の尊さを理解する。ここの最後のフレーズこのオペラの最大の力点が置かれている。神に感謝するルサルカは、はじめて人間の美しさを賞賛し神を讃えるのである。自ら望まなければ知ることのなかった人間社会の醜さと美しさを、妖精の目に託して伝えるスラヴ神話に、「愛か権力か」といったワーグナーの思想、さらにはヴェルディに通じるような運命的葛藤をも内在する心理描写を持たせ、そこにドヴォルジャークは一貫して幻想的で劇的な音楽を付けている。

不思議な作品だと思った。魔女に扮したザジックが出て不気味な歌を歌うと「トロヴァトーレ」を思い出すし、自ら招く愛する人の死という運命は「オテロ」や「カルメン」を、さらには愛のための犠牲に気付くという部分には「トゥーランドット」の主題にも重なった。だがそれを民族的雰囲気の持つ音楽で彩った作品は、他にない雰囲気を持っている。脇役を含め、完璧なキャストで挑むMETの舞台は、このように作品の持つ様々な側面を示し深い味わいを残す。台本に忠実なオットー・シェンクによる演出は安心して見ていられるし、それに何を言ってもネゼ=セガンの集中力を絶やさない指揮に、退屈だと思うことはなかった。

映画:「シラート」(2025年、スペイン・フランス)

「大統領のケーキ」を見た翌日、またもや救いようのない映画を見てしまった。作品のタイトルは「シラート」。アラビア語で「審判の日に天国と地獄の上に架けられる細い橋」を意味するらしい。つまり、死んだ人が集う場所から、それぞれが天国に行くか地獄に行くか、いったいどうやって決まるのか。それ...