2015年9月14日月曜日

レハール:喜歌劇「メリー・ウィドウ」(The MET Live in HD 2014-2015)

どうしてこんなに軽快で甘美なメロディーが次から次へと流れてくるのかと思った。30年以上も前ウィーン・フォルクスオーパーが来日してこの作品を演じたのをテレビで見た時だった。興に乗った観客は手拍子を送り、それに応えて何度もアンコールをすると興奮は頂点に達した。ストーリーの滑稽さもさることながら、舞台で繰り広げられるドタバタ劇と踊り、それにわかりやすい音楽がストレートに心に響いた。案内役の女性が「オペレッタってこんなに楽しいものだったんですね」と感心した様子で話したのを覚えている。

世界でもっとも愛されているオペレッタはこの時から私のお気に入りとなり、しばらくしてシュワルツコップをハンナに迎えたマタチッチ盤LPを買いに行った。これは完成度が高いスタジオ録音なので、あの即興に満ち、観客と渾然一体となった雰囲気はない。セリフも省略されていたりする。けれども純音楽的に楽しむにはまさにうってつけの優秀録音で、この作品における決定的なものとして名高い(ついでに言えば、アッカーマンのモノラル録音でもシュワルツコップはハンナを歌っている。そして天下のベルリン・フィルを指揮したカラヤン盤を忘れるわけにはいかない)。

フランツ・ウェルザー=メストがロンドンでこの作品を振り、実況録音したCDが出た時、私は久しぶりにこの曲に再会した。さらにはガーディナーがウィーン・フィルを指揮したCDまで登場して、このオペレッタはこんな作品だったかな、などと複雑な思いになったものだ。もっとくだけた、何でもありの面白さこそオペレッタではないか、などと思っていた。

その「メリー・ウィドウ」が遂にMETライブに登場した。そしてハンナをMETの看板娘ルネ・フレミング(ソプラノ)が務め、ダニロ役のネイサン・ガン(バリトン)と踊りながら歌う。もうひと組のカップルは、まさにMETでしか実現されないような異色の組合せである。すなわち、ヴァランシエンヌにブロードウェイのスター、ケリー・オハラを迎えたからだ(ロシヨン役はアレック・シュレイダー)。彼女はアカデミー賞にも輝いたオクラホマ出身の俳優だが、もともとはオペラを志していたとインタビューで応えている(案内役はカンザス出身のジョイス・ディドナート)。

そしてMETのこだわりは、この作品をミュージカルの先駆けであるという部分にスポットライトをあてて見せるというものだ。この演出を見て思ったことは、オペレッタがミュージカルにつながっていったという事実である。もしかしたら歌と踊りの融合は、このようにして始まったのではないかとさえ思う。そして甘美なメロディーもワルツやマズルカに変身し、ちょっとメランコリックでしかもハッピー・エンド。荒唐無稽なストーリーも現代的(当時としての)である。

わずか7日間で巨万の富を得た未亡人ハンナに言い寄る大勢のフランス男たち。だが彼女が選んだのはかつての恋人で、遺産目当ての結婚になど興味のない架空のポンデヴェドロ国在パリ大使館の書記官ダニロ。彼に白羽の矢を立て、へんてこな命令でハンナの再婚を画策するツェータ男爵は、バリトンの重鎮トーマス・アレンの素晴らしい演技が盛り立てる。ところが愛国心に満ちたツエータ男爵の妻ヴァランシエンヌは、実はパリの色男ロシヨンとあやしいうえに、「マキシム」で踊るカンカンが得意。

イギリスとアメリカの歌手や俳優が勢ぞろいしたわけで、そこで交わされるダイアローグが英語であることに違和感はない。だが歌までもが英語となると、ドイツ語で親しんできた私には少し戸惑いもあった。演出はこれもまたブロードウェイの騎手でトニー賞にも輝くスーザン・ストローマンという女性。彼女はカーテンコールにも出演し喝采を浴びていた。つまりこの上演は、まさにオペラとミュージカルの融合であった。そのことを意識した配役、演出ということだろう。指揮者はイギリス人、アンドリュー・デイヴィス。最初いきなり第1幕には入らず、序曲めいたものが演奏された。

まさにニューヨークのMETならではの趣向ということになる。そう言えば「ブロードウェイ」というだけでミュージカルの中心地を意味するが、実際に劇場が多数あるのは42丁目あたりである。ブロードウェイ自体はマンハッタンを南北に貫いていて、METのあるリンカーンセンターーもブロードウェイ上にある。そういうわけで本上演は、ハンガリー生まれの作曲家が書き、パリを舞台にしたウィーン風のオペレッタであるにもかかわらず、ニューヨークで演じられた英語による音楽劇という、風変わりなものであった。

舞台は第2幕「ハンナ邸」から第3幕の「マキシム」 に変わってゆくシーンの見事だったこと!そしてなんといってもフレミングのハンナ役は、その歌の存在感で一頭際立っていた。登場人物が舞台のあちこちから登場するカーテンコールまで、舞台に釘付けられ時間のたつものすっかり忘れるくらいに楽しい3時間があっというまに終わってしまった。

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