ウィーンに「音楽の都」が移るまで、ヴェネツィアこそが音楽の都であった。ルネサンスからバロックに至る流れの中で、ヴェネツィア楽派と呼ばれる作曲家たちがいた。ガブリエリやモンテヴェルディがそうである。協奏曲の形式はこの時代に発展した。そしてその集大成ともいうべき作曲家が、アントニオ・ヴィヴァルディである。ヴィヴァルディは、500曲を超える協奏曲や多数のオペラを作曲した。特に自身がヴァイオリニストであったことから、ヴァイオリンの活躍する協奏曲が多い。
「四季」という、ほとんどこの作曲家の代表とも言うべき作品は、4つのヴァイオリン協奏曲を並べたちょっと異色の作品である。けれどもこの他にも多数の名作があるはずで、それらを少しずつ紹介してくれるのが、ファビオ・ビオンディによる一連の録音であった。ヴァージン・クラシックスからリリースされるたびに、私もレコード屋の店頭で試聴し、そのうちの何枚かを買った。この「多楽器のための協奏曲集」もそのひとつである。中でも先頭と最後に収録されたマンドリンの協奏曲に惹かれた。
ヴェネツィアはおそらく世界一美しい街だと思う。私がこのCDを含むヴィヴァルディの作品を聞くとき思い浮かべるのは、これまで2度、日数にしてわずか3日ほど旅行したこの美しい「水の都」の、快晴の風景である(1989年夏、1994年冬)。サンマルコ広場に至るまでの順路のすべてが絵になるように印象的であるばかりか、その街角を少し離れて裏通りに入っると、静かさの中に生活の香りも感じられる。もちろん迷路のように水路が入り組んでいるので、その上の橋を渡ったり、客を乗せて進んでいくゴンドラを眺めながらあてもなく歩いて行くと、モーツァルトがかつて泊まったアパートが忽然と姿を現し、その向こうの教会では今日もコンサート・・・もちろんここで聞くのはヴィヴァルディの合唱曲であったりするのは当然のことで、観光客の喧騒を少し離れるだけで静かに音楽が漂ってきそうな感じがする。中世から続く街並みの中に身を浸していると、昔にタイムスリップしたように感じられ、時間が止まったような錯覚にとらわれるのだった。
快速のアレグロ楽章も楽しいが、第二楽章の静かなヴァイオリンの響きは、けだるい夏の午後にぴったりである。それは私の場合、真夏の死ぬように暑い午後の時間にイメージが重なるからである。そして古楽奏法によって蘇った弦楽器のビブラートを抑えた奏法によって聞こえてくるのは、ポリフォニーの響きである。
そういうわけで毎年夏になると聞いているのがこの協奏曲集である。どういう楽器が使われるのかは曲によってそれぞれ異なるし、そのうちのいくつかはその後の時代の協奏曲では使われなくなる 音の小さな楽器、すなわちリコーダーやマンドリンなどである。これらの楽器が、あるときは快活に重なって駆け巡り、あるときは止まりそうになりながらピアニッシモの寂しい表情に変化する。真夏の最高のBGMのひとつは、ヴィヴァルディの協奏曲である。そして厚ぼったい演奏よりは、古楽器の爽快な風が耳に心地よい。
それにしてもヴァネツィアの美しさといったら例えようがない。89年に初めてヴェネツィアを旅行した時の写真があったので、それを張り付けておこうと思う。「ヴェニスに死す」は私には合わない。ここは綺麗で美しく、そして明るい日差しがさんさんと降り注ぐ街である。あまりに日差しがきつくて、その影とのコントラストがどこか寂しげであるのものもまた、私の北イタリアの印象でもある。ちょうどヴィヴァルディの音楽がそうであるように。
【収録曲】
1.2つのマンドリンのための協奏曲ト長調RV532
2.協奏曲ハ長調RV558
3.協奏曲ト短調「ザクセン公のために」RV576
4.協奏曲ニ長調RV564(2つのヴァイオリン、2つのチェロのための)
5.ヴァイオリン協奏曲「ピゼンデル氏のために」RV319(ドレスデン版)
6.マンドリン協奏曲ハ長調RV425
7.協奏曲ハ長調RV555
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