2020年12月15日火曜日

ドヴォルジャーク:ピアノ協奏曲ト短調作品33(P:ルステム・ハイルディノフ、ジャナンドレア・ノセダ指揮BBCフィルハーモニック)

師走に入って木枯らしの吹くこの季節、雲一つない晴天が続く日もあるが、どんよりと曇った寒い日も多い。今年は特に12月に入ってから、関東地方では天候に恵まれない日々が続いている。ドヴォルジャークの音楽が似合うのは、このような晩秋から初冬にかけての季節である。

中部ヨーロッパの、さらに真ん中ほどに位置するチェコの秋が、どのような風情なのか、行ったことがないのでわからないのだが、おそらくは日本の秋と同様に紅葉が見事であり、空気は乾燥し、そして曇った日と晴れた日が交互に訪れる北半球中緯度の天候と思えばいいのではないだろうか。

ドヴォルジャークがその民族風の音楽を取り入れ、国民楽派としての名声を獲得していく前の、若き日の作品。その中にあってピアノ協奏曲はほとんど顧みられない曲である。作品番号が33と言えば、交響曲で言えば第5番の頃。作曲家として駆け出しの頃である。35歳。後年アメリカへ渡り、名声を獲得していくずっと前である。

だがその作風には、もうどうしようもなくドヴォルジャークの血が流れている。40分にも及ぶ長い曲の第1楽章は、同時代の作曲家、例えばチャイコフスキーやグリークのように、いきなりピアノが弾きだしたりはせず、長い序奏が付けられている。古典的な雰囲気も漂わせながら、やがてピアノがテーマを弾きだすと、そのテーマがいろいろに使われ、オーケストラと掛け合いながら、結構長い時間をかけて第1楽章が終わる。ただこの楽章を聞くだけでは、何となく単純な曲に聞こえる。

この曲を聞くきっかけとなったのは、20世紀最大のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルが伝説の指揮者カルロス・クライバーと競演した珍しい録音があるからだ。共に聴衆の前に姿を現すこと自体が稀な二人の巨匠が、よりによってこんな珍しい曲を正規録音している、というだけで話題性は十分なはずだが、残念ながらこの演奏を聞いても、曲の良さがあまりわからない。私もいつしかラジオで放送された演奏をエアチェックして聞いてみたのだが、地味な曲は地味なままである。この他の演奏はあまり知られていない。もちろん、実演に接することはほとんどない。

それゆえに、なかなかちゃんと聞いたことのない曲だったが、Spotifyの時代が到来し、珍しい録音を含めて数多くの演奏に触れることができるようになった。こうなったら自分の気に入る演奏に出会うまで、聞き続けることができる。そしてとうとう出会たのが、ここで紹介するルステム・ハイルディノフによる演奏だった。伴奏はジャナンドレア・ノセダ指揮BBCフィルハーモニック。2004年の録音、レーベルは英シャンドス。目立たない演奏だが、なかなかこれは大変充実した名演奏であると直感した。

ハイルディノフはロシア生まれのピアニストだが、若い頃にイギリスに留学し、その後王立音楽院の教授になったピアノの教師とのことである。ラフマニノフのCDが出ているようだし、NHK交響楽団とも共演しているらしい。けれどもほとんど知られていないピアニストが、これまたあまり知られていないドヴォルジャークのピアノ協奏曲を演奏している。

第1楽章の明るくて陽気な音楽は、ドヴォルジャークらしい民族的で抒情的なメロディーとしてすでにこの作曲家の特徴が現れてはいるが、チェロ協奏曲のような滋味はさほど感じられず、むしろ若々しいエネルギーが勝っている。若い頃の作品は、どの作曲家でも同様の傾向があり、それは自然なことなのだが、私たちがいつも期待するドヴォルジャークの作風には、まだ一歩近づかないのが本当のところである。それを演奏が補っている。
 
第2楽章は冒頭、ホルンのメロディーに惹きつけられる。どことなく「新世界より」風のメロディーで始まるが、静かな曲である。途中からリズミカルな響きに変わるあたりは、ピアノの特徴をよく捉えており大変魅力的ではある。全体に散文詩的である。

第3楽章のフィナーレは、快活で民族的な曲調の音楽である。ドヴォルジャークはこの曲しかピアノ協奏曲を残していないが、もしかするとピアノで活かせるフレーズが、ドヴォルジャークに合っていなかったのではないかと思わせる。メロディーが平凡で、しかも技巧的でもない。

この演奏を聞いていると、二流の音楽が一流の演奏によって見事に蘇っている様を目の当たりにする。

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