中部山岳地帯の雄大な光景を目にしてリストの「前奏曲」が聞きたくなった。Spotifyで検索したら、ジュゼッペ・シノーポリがウィーン・フィルを振った演奏のアルバムが先頭に表示された。満員の列車は早くも上越市内を快走している。リストは、ピアノの名手として超絶技巧を駆使した作品を数多く作曲し、その多くは自ら演奏することによってテクニックを披露することを目指した。ちょうどバイオリンにおけるパガニーニのように。しかし、リストはまた管弦楽曲において交響詩の分野を確立した作曲家でもある。その代表的な作品として「前奏曲」をあげることができる。
さらにリストは、ピアノ連弾用に作曲した19曲からなるハンガリー狂詩曲の一部を管弦楽曲に編曲している。最も有名なのは第2番で、千変万化するリズムが特徴の民族音楽をベースにしているから、数々の個性的演奏が目白押しである。カラヤンのねっとりとした演奏に舌を巻いていたが、晩年のショルティがいともすっきりと鮮やかにオーケストラをドライブして見せてくれたことは記憶に新しい。曲は交響詩「オルフェウス」に移っているが、その間に列車は日本海岸に出て西進している。早くも糸魚川を通過した。紺碧の海を眺めていると、ここはスペイン北部とフランスにまたがるバスク地方のように見えて来た。
地形的に日本を東西に分ける中央地溝帯がこの辺りを通っている。もっとも険しい日本列島の難所を、何事もなかったように新幹線は走る。関西の奥座敷である北日本地方は、このようにして今や東京文化圏に入りつつある。交響詩「オルフェウス」が静かに曲を閉じたとき、列車は富山平野へと入った。続く曲は交響詩「マゼッパ」。いきなり不気味な和音がさく裂する。富山湾の向こうに能登半島が見える。新幹線はあまりに早いので、音楽が終わるまでに終点に着いてしまいそうである。
シノーポリの演奏は、古くから定評あるカラヤンやショルティの演奏を更新して、リストの管弦楽曲に新しい風を引き込んでいる。イタリア風の流れるメロディーを加味し、しかもメリハリのある迫力を失っていないどころか、最新録音に支えられて低弦の響きも十分に厚く、オーケストラ音楽の魅力を最大限に引き出している。ウィーン・フィルのふくよかな響きも堪能でき、満足の行く一枚。高くそびえる北アルプスの山々を眺めていると、この曲がナチスによって利用されたことも納得できる。
収められた最後の「ハンガリー狂詩曲第2番」は、私が初めて聞いたクラシック音楽の一つで大変懐かしいのだが、何度聞いても飽きない曲である。久しぶりではあるが、しみじみと音楽に浸っているうちに、列車は倶利伽羅峠を超え、金沢市内をゆっくり走っている。金沢が東京からわずか2時間半で行けることに驚きを隠せないが、その新幹線も来年には敦賀まで延伸される。これでとうとう福井県までもが首都圏からの日帰り圏内となるのは時間の問題である。ただし能登半島となると今でも奥地である。私は富山で友人と別れた後、ひとり輪島まで足を延ばす予定である。金沢からさらに2時間以上の道のりである。
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