2024年9月8日日曜日

過去のコンサートの記録から:オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団(1982年2月8日、大阪フェスティバルホール)

コンサート・プログラム
記憶が正しければ、1981年末に朝比奈隆指揮大阪フィルの「第九」を聞いたその翌年、すなわち1982年は高校入試の年だった。大阪府の高校入試は私立・公立とも3月に行われていたから、2月とも言えばもう直前の追い込みの時期である。ところがどういうわけか私は、この頃に生まれて初めてとなる来日オーケストラの公演に出かけている。それも同じクラスの友人を誘って。

北欧からヘルシンキ・フィルが来日し、我が国でシベリウスの作品を取り上げる全国ツアーが開催されたのだった。これは第10回TDKオリジナル・コンサートという、実に1971年から続く来日オーケストラ公演シリーズの10周年で、当時は民放FM局に同名の番組があって、NHKとは一線を画したクラシック番組としてなかなか楽しい番組だった。この番組は、来日した演奏家や当時の日本人演奏家によるコンサートの収録が主な内容で、調べたところによると1987年に終了しているようだが、コンサートはその後も「TDKオーケストラコンサート」として続けられている。

来日公演のライブ録音盤
1882年にロベルト・カヤススにより設立された北欧で最も古いオーケストラは、この年創立100周年、そして数々の初演を行ったシベリウスの没後25周年という節目だったようだ。この時の来日では当時の首席指揮者オッコ・カムと、我が国のシベリウスの第一人者渡辺暁雄が担当した。プログラムによれば公演は東京厚生年金会館、大阪フェスティバルホール、それに福岡サンパレスの3か所で、3日間で交響曲全曲演奏となる(これはTDKの主催公演の話で、これ以外にも全国各地で公演を行っているようだ)。これらはすべてPCM収録され、番組で放送された。私がでかけた公演は、このうちの大阪のもの(2月4日)で、交響詩「フィンランディア」、交響曲第5番、それに交響曲第2番という、もっとも有名な曲の組み合わせだった。とはいえクラシック音楽を聞き始めた中学生にとってシベリウスの音楽は未知なもので、特に第5番などは一度も聞いたことがなかった。それよりも初めて聞く外国のオーケストラがどのような音を出すのか、興味津々だった記憶がある。

カム指揮BPOのCD
オッコ・カムは当時まだ30代の気鋭の指揮者で、しばしば日本も訪れていたようだが、何と言っても第1回カラヤン・コンクールの覇者として知られていた。このシベリウス・チクルスはいまでも語り草となり、この時の録音はCDにして発売されている。しかしまだコンサート2回目の私には、実演でオーケストラを聞くこと自体に興奮し、演奏自体はほとんど記憶が残っていない。私は受験を控えていたというのに、このコンサートで演奏される曲を何度か聞き通した。我が家にあったカラヤン指揮フィルハーモニア管による疑似ステレオ盤が、交響曲第2番を収録していた。この演奏は再生装置が貧弱だったせいか、ひらべったくてまったくつまらない印象でしかなかった。カムがベルリン・フィルを指揮したレコードも発売されていた。私はそれを聞くことはできなかったが、おそらく彼がベルリン・フィルにの残した録音はこれ1曲だけである。それは今では簡単に聞くことができる。若々しい演奏である。

TDK音楽テープの広告
当時のプログラムが今でも手元にある。曲目や指揮者の解説だけでなく、北欧の音楽、しかもフィンランドのそれについて小さい字で詳しく書かれ読みごたえがある。ピアニストの館野泉が文章を寄せ、10年間のこの番組の全放送記録も掲載されている(小澤征爾が日フィルを指揮していたり、若い内田光子がソリストとして登場していたりと興味は尽きない)。そして広告にはTDKの音楽用カセットテープのラインナップが出ているのは大変懐かしく、そういった広告も含めて過去のプログラムというのは味わい深いものだと思う(買う時は高く閉口するのだが)。

実際のコンサートでは、初めて聞く外国のオーケストラに興奮したが、その技術的な水準はそれほど高いとは思わなかった。ただご当地の音楽というだけあって、その表現は堂々としたものがあり、私を一定の感動に導いたのは確かであった。私は、このコンサートが放送された際に、もちろんエアチェックしてカセットテープに保存した。そして初めて聞いたシベリウスの音楽に親しみを持つことになったのだから、このコンサートの企画は成功したと言える。極東の若き学生に、初めて実演で母国シベリウスの音楽を届け、彼をその音楽好きにさせたのだから。

私にとっての第2回目のコンサートは、このようなものだった。ただ私はそれから40年以上が経過した今でも、フィンランドという国を知らない。シベリウス以外の音楽もほとんど知らない。カムという指揮者は、今でも存命で時に演奏会に登場しているようだが、私はあれ以来、一度も彼の指揮する音楽に接してはいない。フィンランドという国は、私にとっていまだに遠い存在である続けているということかも知れない。

0 件のコメント:

コメントを投稿

過去のコンサートの記録から:オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団(1982年2月8日、大阪フェスティバルホール)

記憶が正しければ、1981年末に朝比奈隆指揮大阪フィルの「第九」を聞いたその翌年、すなわち1982年は高校入試の年だった。大阪府の高校入試は私立・公立とも3月に行われていたから、2月とも言えばもう直前の追い込みの時期である。ところがどういうわけか私は、この頃に生まれて初めてとなる...