2026年2月10日火曜日

NHK交響楽団第2057回定期公演(2026年2月8日/NHKホール、フィリップ・ジョルダン指揮)

今回のN響定期は、少し変わったプログラムだった。前半がシューマンの交響曲第3番「ライン」、後半がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」の3曲(ソプラノ独唱:タマラ・ウィルソン)。同時代のドイツ人作曲家とはいえ、シューマンとワーグナーの音楽は似ても似つかない。「ライン川」という共通点で並べたのだろうが、どこか取ってつけた印象が拭えない。それでも後半のワーグナーが目当てだったので、久しぶりにAプロのS席を購入して出かけた。

前日から降り続いた雪が代々木公園の木々に積もり、まるでクリスマスツリーのように光っている。どんよりした空と刺すような寒さの中、空気だけは澄み切っていて気持ちが良い。人も少なく、こういう日は原宿から歩くのも悪くない。衆議院議員選挙の投票を済ませ、開園20分前にNHKホールへ到着した。

悪天候のせいか客席はやや空いており、当日券も出ていたのには驚いた。何しろ今日の指揮者はフィリップ・ジョルダンである。N響初登場、しかも1回限りのプログラム。ウィーン国立歌劇場の音楽監督を辞任したばかりという話題性もある。辞任の理由は「意見の相違」という毎度のパターンだが、このポストが難しいのは周知の通りだ。

それでも劇場育ちの指揮者として、特にワーグナーの評価は高い。しかも今回は「神々の黄昏」終幕の3曲を続けて演奏するという。これを逃す手はないと、シーズン初めからチラシに丸をつけて待っていた。幸い予定も空き、数日前に行けることが決まった。

前半の「ライン」は、シューマンが入水自殺を図った頃の作品ではあるが、私は精神医学の専門家ではないので、そこに病的な影を感じることはない。むしろ健康的で明るい作品だと思う。予想通り、演奏は悪くなかったが特筆すべきものもなく、どちらかといえば退屈だった。こうなると、前半からワーグナーをやってくれればよかったのに、と勝手なことを考えてしまう。「ニーベルングの指環」は名曲の宝庫だし、ワーグナーの交響曲なども一度実演で聴いてみたい。

しかし、20分の休憩を挟んで始まった後半は、同じオーケストラとは思えないほど音色が変わり、ドラマ性を踏まえた音作りが見事だった。

「ジークフリートのラインへの旅」が始まると、一気にワーグナーの世界へ引き込まれる。これが同じライン川を描いた音楽とは到底思えない。ワーグナーのそれは、悠久の流れの中に滔々と広がる独自の世界だ。6台のハープが並ぶ壮観な舞台で、ひとりの奏者が舞台裏へ移動する。楽器のバランスは完璧で、2階席にも十分に響く。

NHKホールは広すぎるほどだが、だからといって大音量で押し切るとバランスが崩れる。ジョルダンは初登場とは思えないほど音量のセンスが良く、さすがカペルマイスター出身のマエストロだ。「ラインへの旅」が終わると間髪入れずに「葬送行進曲」へ。舞台は一気に重々しく深刻な展開へ移る。

まるで早回しの映像や映画の予告編を見ているようで、このスピード感についていくのは少し大変だ。だが、これはいつものことでもある。四夜にわたる「指環」を通しで観たことのある人なら、あの長大な物語の最後に「葬送行進曲」が始まる瞬間の震えるような感動を知っているだろう。しかし、抜粋として聴くと、あの“麻薬のような陶酔感”にはどうしても届かない。もちろん承知の上で聴いているのだが、そう思うとどうしても、前半には「ラインの黄金」や「ジークフリート」の場面を入れてほしかった、などと考えてしまう。シューマンではなく。

それでも、この日の「葬送行進曲」は圧巻だった。そして続く「ブリュンヒルデの自己犠牲」。舞台には焼け落ちるヴァルハラも、燃えさかる炎も、ラインの水底も見えない。それでも想像力が勝手に補い、舞台の記憶と重なって没頭してしまう。

いつの間にか登場したアメリカ人ソプラノ、タマラ・ウィルソンの熱唱は、オーケストラの盤石なサポートに支えられ、ホール奥まで響き渡った。わずか40分ほどに凝縮されたワーグナーが見事に目の前に蘇り、演奏が終わると万雷のブラボーと拍手。歌手と指揮者は何度もカーテンコールに応え、難しいソロを見事にこなしたオーケストラの奏者たちにも、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年2月5日木曜日

プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品100(トゥガン・ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団)

 1月のN響定期で、トゥガン・ソヒエフが振るプロコフィエフの交響曲第5番を聴き、すっかり魅了されてしまった。あの熱気と構築感が忘れられず、帰宅後にいろいろ調べてみたところ、ソヒエフはすでにこの曲を録音しており、CDも出ていることがわかった。オーケストラは当時の首席指揮者を務めていたベルリン・ドイツ交響楽団。レーベルはSONY、発売はもう10年も前になる。

プロコフィエフの5番は人気曲だけあって、録音は実に多い。私が最初に聴いたのは、ロシア人指揮者による古いメロディア盤のLPだったと思う。自分で初めて買ったのは、デュトワ指揮モントリオール交響楽団の新譜。カラヤン盤もあって、どちらにするか迷った記憶がある。これらは今でもセル盤などと並んで代表的な名演として語られている。

プロコフィエフの交響曲といえば、まず「古典交響曲」と呼ばれる第1番が思い浮かぶが、それに次いで広く知られてきたのがこの第5番だ。「古典交響曲」は、彼がサンクトペテルブルク音楽院を卒業したばかりの頃の作品で、すでに才能が鮮やかに開花している。

一方、第5番が書かれたのは第二次世界大戦中のソビエト。そこに至るまでには、プロコフィエフの長い放浪生活があった。これは当初の予定を大きく超え、実に17年にも及ぶ。「古典交響曲」完成後、彼はシベリアを横断して日本へ渡り、サンフランシスコ行きの船を待つ数か月を東京で過ごした。その後アメリカに渡り、ニューヨークで作曲生活を続けながら、ラフマニノフら同郷の音楽家とも交流を深めている。

アメリカで数年を過ごした後、1920年にはパリへ移住。ディアギレフやストラヴィンスキーなど、多くのロシア出身芸術家が集まる環境で、プロコフィエフもその一員として活動した。ストラヴィンスキーとは複雑な関係にあったものの、互いに刺激を与え合ったことは間違いない。

しかし欧米での活動は順風満帆とはいかず、1930年代に入ると演奏機会も収入も伸び悩む。一方でソ連政府からは作品委嘱や生活の保証を含む厚遇が提示され、こうした事情が重なって1936年に祖国への帰還を決断する。政治的というより、創作環境を求めた選択だったのだろう。

こうして祖国に戻ったプロコフィエフだが、その頃ソ連はナチス・ドイツとの戦争の真っただ中だった。想像を絶する時代の中で作曲が進められ、1945年に彼自身の指揮で初演される。祖国への思いが込められたこの初演は大成功だったという。同じ年には、ボストンでクーセヴィツキ指揮によるアメリカ初演も行われている。戦勝国同士という背景に加え、プロコフィエフがアメリカ滞在時に多くの音楽家と交流していたことも影響しているのだろう。

第1楽章は、霧の中からゆっくりと姿を現すように始まる。その曖昧さがしばらく続き、やがてプロコフィエフらしい明晰で複雑な旋律が絡み合い、象徴的な主題と結びついていく。続く第2楽章はスケルツォ風で、スピード感がたまらない。クラリネットからヴァイオリンへ、さらに打楽器、金管へと音が次々と飛び火し、オーケストラの技巧が存分に楽しめる。

第3楽章は静けさを取り戻すが、初めて聴いたときは少しとりとめがなく感じた。しかし途中から重々しい響きが加わり、ロシア的な陰影が立ち上がる。そしていよいよ第4楽章。冒頭では第1楽章の主題が回帰し、そこから一気に加速していく。

クラリネットの超絶技巧的なフレーズを弦が追い、打楽器が絡み、どこか諧謔味すら漂う。ソヒエフはこの部分を、オーケストラがついてこられるぎりぎりの速度で突き進み、まるでサーキットレースを見ているようなスリルがある。主題が何度も姿を現し、演奏者も聴衆もどんどん熱を帯びていく。気がつけばコーダに突入し、あっという間に終わる。まさにソヒエフの真骨頂といえる名演だ。

NHK交響楽団第2057回定期公演(2026年2月8日/NHKホール、フィリップ・ジョルダン指揮)

今回のN響定期は、少し変わったプログラムだった。前半がシューマンの交響曲第3番「ライン」、後半がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」の3曲(ソプラノ独唱:タマラ・ウィルソン)。同時代のドイツ人...