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2026年8月16日日曜日

下野竜也プレゼンツ!音楽の魅力発見プロジェクト第13回(2026年8月15日すみだトリフォニーホール)

チケット予約サイトを見ていたら目に留まったのがこのコンサートだった。下野竜也が自ら企画し、司会を務め、新日本フィルを指揮するらしい。すでに13回目というが、私はこのような企画があったことをこれまで知らなかった。よく見ると、今年の出し物はブルックナーの交響曲第4番「ロマンチック」(ハース版第2稿)である。それは何と終戦記念日であるお盆真っただ中の8月15日。真夏にのんびりブルックナーに耳を傾けるのも悪くないな、などと考えた。いわば「レクチャー・コンサート」だからチケットも安い。

まあ素人向けの気さくなコンサートを思っていた。実際、前半に行われた「特別レクチャー」では、ホール前面のパイプオルガンを覆い隠すように大きなスクリーンが設置されている。マイクを持って登場した下野は、まず滝廉太郎の「花」を演奏し、隅田川とブルックナーの関係を説明(!)した。「徹底解剖」というほどのアカデミックな話は一切なく、時折冗談を交えながら、楽しいトークとなった。こういうコンサートなら、オーケストラも気さくにやっているのだろうと思っていた。しかし、後半に行われた全曲の演奏は、素人騙しのレベルなどではなく、ブルックナーの魅力を引き出す大名演だったと思う。うちとけた雰囲気が、かえってオーケストラの気持ちに余裕を持たせ、そのことが演奏を自然な形で立派なものにした。その手腕はもちろん、指揮者にある。

私は今回、前方の真ん中という絶好の位置に座ることができ、真っ白な衣装のオーケストラを壮観に眺めることができた。それは対向に配置され、左右のヴァイオリンがシンメトリックに響く。奥からは低音のコントラバスと管楽器の数々。教会に勤めたブルックナーの音楽には、その対称的な響きが相応しいと考えた。唯一の不満は、前に座った人の背が高く、丁度指揮者だけが見えにくかったことだ。だから音楽に集中した。そしてその音楽は、これまで何度聴いたかわからないこの曲の魅力を、再発見するものだった。

もしかすると下野竜也は、ブルックナーと相性がいいのかも
しれない(すでに「第00番」以外の曲はすべて振っているそうだ)。ただ、この長い曲の魅力を徹底解剖するには、少し時間が足りなかった。ブルックナーの交響曲全体を俯瞰するのであれば、もう少し他の作品や版の違いにも言及してほしかった気もする。いや、これはむしろ、夏休みに地元の方々を招待して行われるポピュラーなコンサートと理解すべきか。まあ彼自身「一切のクレームは受け付けません」とジョークを飛ばしながら、心からコンサートを楽しんでいるように見えた。

新日本フィルは楽団員が若返り、佐渡裕の時代になって技術的に巧くなっているように感じる。最後に来年度の演目を少し演奏したが、それは何とベートーヴェンの「第九」だった。このさわりだけの演奏もなかなか立派だったが、これは行かねばならぬ。思わぬところで見つけた真夏のコンサートに満足した一日だった。

2026年7月26日日曜日

ビゼー:歌劇「カルメン」(チョン・ミュンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団)(2026年7月23日サントリーホール、第1034回サントリー定期シリーズ)

 2時間半に及ぶ演奏時間中、ずっと興奮のしっぱなしだった。歌手といい合唱団といい、それにオーケストラと指揮者がすべて一体となって、スペイン南部を舞台にした迫真の舞台を作り上げた。弛緩することなく颯爽と流れる音楽は、終始ほどよい緊張感を持って進むが、抒情的なフレーズとなると少し速度を落としてカンタービレを奏でる。聞き古した音楽が次から次へと流れてきても、ほとばしるメロディーとリズムは新鮮な発見に満ちていた。

指揮者チョン・ミュンフンは次のシーズンから、ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任する。その中で演奏されるのが、今回聞いたビゼーの歌劇「カルメン」である。その時の歌手を揃え、新国立歌劇場合唱団と東京フィルハーモニー交響楽団が、演奏会形式ながら感動的な舞台を作り上げた。その演奏は全部で3回。私はその最初のコンサートに、オペラ好きの妻と出かけた。

グレーのカーペットがオーケストラの前に敷かれていた。サントリーホールのP席には合唱団が陣取る。指揮者は歌手を前に出して、オーケストラの指揮に集中する。歌手は入れ代わり立ち代わり登場するが、最低限の小道具を持ち、さらに衣装を変える。カルメンなら最初は赤を基調としたジプシー女の気性を表す。後半にはその衣装が黒くなり、運命的な死を暗示する。ミカエラは常に清楚な青で、エスカミーリョはもちろん闘牛士ハットを被っている。

それにしてもチョン・ミュンフンの指揮は見事だ。丁度真横から見下ろす位置だったが、ここは少し音が分離して音が割れる。このため音響的にはやや不利ではあったが、それでもS席である。ここの席しか確保できなかったのだが、視覚的にはオーケストラのソリストも見えて悪くはない。チョン・ミュンフンは、最小限と思われるほど控えめな動きでありながら、オーケストラから豊穣で引き締まった音楽を引き出してゆく。その職人的な鮮やかさは、かつてのカラヤンを思い出させた。ほぼ片手だけで要所要所を抑える動きでも、すでに20年以上この指揮台に立っているからか、オーケストラは十分彼の指揮を心得ている。しかも新国立劇場のピットに入る常連オーケストラにとって、オペラの音楽はお手の物である。

両手をパッと広げ、時に右足が前に飛び出し、まるでサッカーのよう。その面白い仕草をもって、ここが締めどころであると思わせた。このような動きが見えるのは、演奏会形式の面白さである。演奏会形式と言っても、本格的な舞踊まで登場する。南風野香スペイン舞踊団の4人のダンサーが、この舞台に彩りを添えるさまに私は胸を熱くした。それは有名な「ジプシーの踊り」(第2幕冒頭)や終幕へ前奏曲だった。カスタネットを鳴らしながら、オーケストラのタンバリンに合わせて足を踏み鳴らしたとき、この舞台にカーペットが敷かれている理由がわかった。

私はこのオペラを見る時、もっとも感動するのは少年合唱団が歌う時である。2か所ある。まず第1幕の最初のところで、衛兵の行進を真似る歌。まだ歌手もほとんど登場しない。いや幕があがったばかりである。そこに世田谷ジュニア合唱団の小学生たちが横一列になって行進する。このシーン、私はたとえそれがCDやビデオであっても、涙が出そうになるのはなぜだろうか。この陰惨なストーリーにあって、ここの歌があまりに無邪気であるからだろうか。ビゼーの天才的な音楽は、とどまることを知らない。それから最終幕の導入部。前奏曲を再現するここの音楽は、合唱に少年合唱が加わって最高潮に達する。チョン。ミュンフンの手慣れた指揮が、少年合唱の歌いだしを見事に指示するあたりは、見ていて壮観であった。

合唱団の出来がこの舞台を相当に左右するのは明らかである。我が国最高峰と言っていい新国立劇場合唱団は、ある時は村の人々に、ある時は闘牛場の観衆に、その威力を発揮する見事な歌いぶりであった。動きを交え、口笛すら吹いて舞台の情景を蘇らせる。考えてみれば昨今の簡素な舞台が多い世界中の歌劇場である。いっそオーケストラを舞台に上げ、最小限の道具と振り付けさえあれば、低コストで十分見ごたえのある舞台となろう。演奏会形式によるオペラ上演は、ひとつの可能性を示しているように思う。

さて、歌手のことを書かなければならない。4人の主役を歌うの以下の面々である。

  • カルメン:ステファニー・ドゥストラック(Ms)
  • ホセ:マシュー・ポレンザーニ(T)
  • エスカミーリョ:アンドリー・チマキ(Br)
  • ミカエラ:スラーフカ・ザーメチニーコヴァー(S)

この歌手陣の中で、誰がもっとも優れていたとか、物足りなかったなどという評価自体が意味をなさないほどに、今回の舞台は見ごたえがあったと言うべきだろう。フランス人のドゥストラックは勿論のこと、メトロポリタン・オペラでも常連のポレンザーニの透き通る声は、この役の純情な側面を良く表していたし、時にホセを探して訪ねてくるミカエラの純情な声も非の打ちどころがない。

エスカミーリョは最初アナウンスされた歌手から交代したが、その存在感は抜群であった。彼は最初の登場のシーンこそもう少し演出上の工夫があってもよかったと思ったが(舞台の上部から登場するとか)、3回の公演で毎回変わる会場の制約という側面もあるのだろう。だが第3幕ではエスカミーリョは、そのP席後方から見事な声をホール全体に轟かせた。

主役級の外国人に混じって脇役を演じたのはすべて日本人だったが、彼ら、彼女らの歌唱水準の高さを言わないわけにはいかない。日本人だけの舞台なら間違いなく主役級を演じても良さそうな出来栄えの歌手が、東洋人だという理由だけで脇役に甘んじるのを見るのも残念だが、「カルメン」では結構脇役も歌う。私は特フラスキータ役の砂田愛梨は印象に残った。

会場に詰め掛けた聴衆は定期会員を含め、どことなくいつもより興奮した様子。第1幕からブラボーの連続であった。安易に拍手をしすぎると全体の流れを邪魔してしまいそうになる。だが手を叩きたく感情を抑えるのは忍びないのである。この2つの気持ちが、私の心の中で葛藤する。終始ひょうひょうとした表情の指揮者は、舞台が終わってもさほど表情を変えることはなく、そのことさえもが今や世界のオペラ指揮者の風格を感じさせた。

チョン・ミュンフンはしばしばこの作品を世界中で取り上げているようであり、パリを始め数々の劇場のピットに立ってきたにもかかわらず、「カルメン」を収録したCDやビデオはないようだ。そして今や、オペラ全曲を録音するチャンスは激減している。私は夜中になっても旋律が頭から離れず、熱帯夜もあって眠れなかったので過去の録音から、どんな歌手が誰の指揮で歌っているか、Spotifyを検索しながらつまみ食いしてみた。

有名なマリア・カラスによる演奏は、代表的な歴史的録音として有名だが、この作品をステレオ録音してくれたことは嬉しいものの、プレートルの弛緩した指揮と、カラス以外の役者の存在感が乏しいこと、さらにカラスも絶頂期をとっくに過ぎていることから、やや色褪せて感じられる。

2つあるカラヤンの演奏では、そのダイナミックな指揮に圧倒され、いまでも代表的な録音と言える。丸で歌舞伎役者が登場するようなエスカミーリョの歌唱シーンなど、カラヤン節が堪能できるし、新しい方のカレーラスとバルツァを起用した歌唱は大いに聞きごたえがある。だが、この演奏もすでに半世紀がすぎつつあり、古い演奏の感が否めない。

テレサ・ベルガンサを起用して物議を醸したアバドの演奏も、どことなく音楽が硬く、いまや古い。次の世代、アラーニャとゲオルギューらによるパッパーノ盤も、古い録音を凌駕しているとは言い難い(ただし録音の良さはある)。結局、この完璧に有名なオペラにあっても、なかなか満足のいく録音にであうことは難しい。スカラ座に転身するチョン・ミュンフンの録音が出れば、私は間違いなく最高の一枚になると思った。

そうそう、ウィーンでライブ収録されたクライバーの映像を忘れていた。このめくるめき絶頂が連続する一期一会の上演は特別である。だがこの録音(おそらくテレビ収録用)は極めて劣悪である。AIの時代、こういう質の悪い録音を蘇らせてくれる技術は登場しないものだろうか? そんなことも考えた今回の「カルメン」の演奏だった。チョン・ミュンフンが指揮する演奏会形式による定期も、私はこれまで聞いた「フィデリオ」や「ファルスタッフ」を含め、毎回大いに感動的であったことを付け加えておきたい。だから、今年あと2回予定されているオーケストラ演奏会を含め、来シーズンからのプログラムにも大いに期待したい。せっかくなのでヴェルディの初期作品、それからプッチーニも聞いてみたい。

2026年7月12日日曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第415回みなとみらいシリーズ定期演奏会(2026年7月11日 横浜みなとみらいホール、沼尻竜典指揮)

横浜みなとみらいホールで開かれた神奈川フィルの定期演奏会のチケットを衝動買いしてしまったのには、理由がある。昨年聞いた沼尻竜典指揮のブルックナー(交響曲第5番)に大いに感銘を受けたからである。そして今回は第7番。私は今年、N響で第6番も聞いたし夏には第4番のレクチャー・コンサート、さらには秋に第8番をミンコフスキの指揮で聞く予定である(都響)。とすれば、この第7番はちょうどいい。

だが直前まで迷ったのは、そのプログラムの短さである。何とこの日は、1曲だけ。通常、ブルックナーの交響曲第7番は、何か別の作品を前半に置き、後半にこの曲を演奏するのが通例だ。なぜなら演奏時間が1時間強。わずか1曲だけをプログラムに据えるには、ちょっと短すぎると思われるのだ。それだからか知らないが、直前まで数多くの席が売れ残っており、演奏者に気の毒なくらいである。土曜日のマチネーだというのに、しかもこのプログラムはこの1回限りなのに。

神奈川フィルは東京に近いこともあって、その有利な点と不利な点を併せ持っているように思う。すなわち、東京の世田谷あたりに住む比較的裕福な人たちにとって横浜は、さほど遠いわけではない。むしろ、下手に東京の都心(池袋や初台、あるいは上野にしても)に出て来るよりは近い。しかも横浜はいろいろ見どころがあって、東京ほど人も多くないし、夏は比較的涼しい。一方、東京にあまたあるプロのオーケストラの水準は、長い歴史の中で醸成された確固とした地位があって、それらに比べると歴史の浅い神奈川フィルは、どうしても見劣りしてしまう。クラシック音楽ファンは、保守的な人が多いから定評のある団体や指揮者を手放しで称賛する一方で、若手は実力があっても蔑む傾向が根強いのだ。

私も過去に出かけた神奈川フィルの演奏会のすべてに満足したわけではない。しかし、ここ最近、特に沼尻竜典が音楽監督に就任してからは、なかなかの名演奏が続いている。もちろん彼自身が指揮した演奏会において、私はそう感じている(他の指揮者は実はよく知らない)。楽団員がかなり若返ったことも大きいと思った。だから昨年、沼尻の指揮する第5番を聞いたときには、心の底から圧倒されたのだった。

私はここから順にブルックナーの交響曲を演奏していくのだろうと思っていた。次は第6番あたりが終って、今回いよいよ第7番か、と思っていた。ところがどうもそれは違っていて、第8番をすでに演奏しCDも作成したところ、これが案外評判良く、それなら第7番も、となったようである。だからこの日の演奏会も、録音装置が舞台に並んでいた。

さて、沼尻の指揮する神奈川フィルだが、それはアンサンブルの見事さに尽きる。日本のオーケストラの水準の向上は、おしなべて目を見張るものがあるが、神奈川フィルも例外ではなく、しかも沼尻の指揮が実にこのアンサンブルを鍛えている。その結果、時にある楽器が突出していたり、濁っていたりすることもなく、綺麗にスーッとフレーズに溶け込んでいくのだ。この要素はブルックナーに必要不可欠で、しかも大音量時の音の安定性こそ決定的である。目立つ金管楽器は言うに及ばないが、ここで音を踏み外す演奏会が後を絶たない。

だがこれまでの沼尻指揮神奈川フィルの演奏会は、(先々週聞いた「トスカ」を含めて)ことごとく素晴らしい音色であった。かと言って音楽が決して小さくはならず、安全運転のようなつまらなさは感じられない。つまり演奏の水準はなかなかのものである。ブルックナーをやたら遅く指揮するのが好きな聞き手も多いが、これも良し悪しで、ただ遅くすればいいというものではない。沼尻は遅くはなく、かと言って、煽るような角の立つ指揮でもない。ブルックナーに必要な自然な感覚が、しっかりと息づいていて好ましい。

特に今回感じたのは、前半の2楽章があまりに凝っていて長いために拍子抜けする後半がむしろ充実していたと思われることだ。オーケストラが次第に自信をつけ、大胆になっていったのが後半(特に第3楽章の中間部から)だったという点も大きいだろう。けれどももしかすると、今回の演奏はあえて後半に力点を置いたのかもしれない。結果的に、第2楽章の重厚でしみじみとしたフレーズは、やや物足りないものだった。もう少し余裕があれば、大きなフレーズが大波になって押し寄せるような感覚に包まれただろう。いや多くのブルックナー・ファンはそれを期待しているし、第2楽章の後半で打ち鳴らされるシンバルの一打(今回はノヴァーク版)に、この曲の極限値を求めている。ここさえよければ、後は付け足しでよい、とさえ開き直って。

だが、今回の演奏はこの考えに一石を投じた。むしろ第3楽章以降の音楽にも聴きどころが多くあって、まるで尻切れトンボのように終わる最終楽章も、そう感じさせないようなところがあった。ワーグナーの葬送行進曲とさえ形容される第2楽章が、相対的にあまりに存在感が大きいと、後半にクライマックスを築くことが困難になる(そういえばベートーヴェンの「エロイカ」が同じだ)。だから、沼尻はこの曲でバランスを取るべく、後半にも重点を置いたような気がする。

客席の入りは6割程度だっただろうか。しかし熱心なファンが3階席からブラボーと叫んだのは、タクトが下ろされてからで、つまりは終演後に少しの時間、祈りのような空白があった。こうなると第9番も聞いてみたい。来シーズンのプログラムも楽しみな神奈川フィルの演奏会に出かけるのが、ちょっとした喜びに感じられてきた。みなとみらい線の地下駅から帰宅するのがもっとも便利ではあるが、マチネの時ならランドマークタワーの3階にあるフィレンツェのジェラートを食べながら観覧車を眺めるのも悪くない。帰りは桜木町に再び戻って、野毛の安い居酒屋で一杯やるというのも楽しいに違いない。

2026年6月30日火曜日

東京交響楽団 第742回定期演奏会(2026年6月27日 サントリーホール、沖澤のどか指揮)

沖澤のどかは我が国を代表する指揮者のひとりで、いまや各地のオーケストラから引っ張りだこである。東京交響楽団とはこれまでにも何度か共演しているようだが、定期演奏会には今回が初登場だという。小柄でありながらツボを押さえた丁寧な指揮ぶりにはかねてより好感を持っていたが、私はまだ実演を聴いたことがなかった。

このたび東響の定期会員になったことで、このコンサートに出かけることとなった。今回のプログラムは、前半にフランス音楽、後半にドイツ音楽の、それぞれ15分程度の小品が並ぶ。言ってみればポピュラー・コンサートのような趣だが、有名である割には実際のコンサートで取り上げられる機会が意外と少ない曲ばかりだ。こういう機会にきっちりと生演奏で聴かせてくれる機会はなかなかないのが実情であり、CDではよく聴いていた名曲を実演で味わえるのが楽しみだった。

全体のテーマは「ゲーテ」。ゲーテの作品を題材とした楽曲はほかにもたくさんあり、思いつくままに挙げても、ベートーヴェンの「エグモント」、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」、リストの交響詩「ファウスト」、マスネの歌劇「ウェルテル」など、枚挙に暇がない。それほど膨大な作品群のなかから、今回は上記の小品が選ばれたわけだが、後半のブラームスの2曲には合唱(東響コーラス)が加わり、最後の「アルト・ラプソディ」にはさらに独唱が付く。今回、そのアルトのパートを歌ったのは、カウンターテナーの藤木大地であった。

一見するとポピュラーな名曲が並ぶプログラムだが、定期演奏会とあってはオーケストラも全力投球である。今回の私の座席は前から6列目。ここからは最前列の弦楽器奏者がずらりと見渡せ、幾人かの楽器からは直接音がストレートに伝わってくる。後方の楽器(管楽器や打楽器、それにチェロなど)はまったく見えないため、視覚的にベストとは言い難いが、たまにはこのような前方席で聴くのも悪くない。

たとえばグノーの「ワルツ」などは、あの有名なメロディーが何の雑味もなく、クリアに響く。まるで絹のような弦楽器にシャンシャンと打楽器が心地よく鳴り響き、目の前でバレエが踊られているような気分にさせられた。クラシック音楽を生で聴く喜びには、こういう席でしか体験できない要素も確かにある。

また、「アルト・ラプソディ」で見せた独唱、合唱団、そしてオーケストラの一体感と言ったら、何と表現していいのだろうか。演奏の途中で別の席に移動することはできないから、自分の席で聴いた音がホール全体としてどうだったのかを知る術はない。だが、あの位置で聴く音のブレンド感は、録音メディアでは決して再生できないほどの密度で融合しており、まるで天上の音楽のような美しさであった。

このアルトのパートをカウンターテナーが歌ったことについては、様々な意見があるだろう。私自身、カウンターテナーとしての独自の魅力を確かに再発見できたものの、それがこのブラームスの楽曲に合っていたかどうかと言われると、判断が難しい。カウンターテナーの濁りのない純粋さは宗教音楽などで大きな魅力を放つ気がするが、ロマン派の世俗歌曲にまで合うかというと、なかなかそうとも言い切れない。もっともこれは、クラシック好きにありがちな、保守的な偏見なのかもしれないが。

プログラムの中では「魔法使いの弟子」が比較的演奏頻度が高いだろうか。フランス音楽の軽快さとユーモアを兼ね備えた楽しい曲だが、デュカスはこの1曲のみが突出して有名で、私は他の作品を知らない。ここでの沖澤の指揮は常に安全運転で、音楽が少しこじんまりとまとまっていた印象だ。「ファウスト」のバレエ音楽にしても同様で、曲自体があまり凝った構成でないことも手伝ってか、次第に単調に聴こえてきてしまった。

一方で、後半の最初に演奏されたメンデルスゾーンの「静かな海と楽しい航海」では、ドイツ・ロマン派の香りが心地よく漂い、フランス音楽の鮮烈な色彩感から、淡い水彩画のような音色へと変化した。この音の変化の妙味は実に楽しい。

そして後半のブラームスに至っては、ずっしりとしたロマン派後期の重厚感が迫ってくる。それはまるで、スパークリング・ワインから、シャルドネの芳醇な香りを経て、まろやかなメルロー、さらにはしっかりと渋みの効いたカベルネ・ソーヴィニョンへと進んでいくような、贅沢なグラデーションだった。

今となってはコンサートで滅多に聴けなくなったポピュラー名曲の数々も、こうして前方の席できっちりとした演奏を聴くと、オーケストラの細やかな音色の変化を存分に堪能できる。そんな音楽の醍醐味を改めて実感させてくれた、私にとっては今シーズンを締めくくるにふさわしい見事なコンサートだった。

2026年6月24日水曜日

プッチーニ:歌劇「トスカ」(2026年6月20日 横浜みなとみらいホール)

プッチーニの歌劇「トスカ」が、沼尻竜典指揮・神奈川フィルの特別演奏会で取り上げられると知ったとき、「これはぜひ聴いてみたい」と思った。上演は演奏会形式であるとはいえ、彼の指揮する一連のオペラ公演に私が失望したことは一度もなく、また彼が音楽監督を務める神奈川フィルの最近の躍進には目覚ましいものがあると感じているからだ。

オペラの演奏会形式というのは、コスト削減も目的のひとつであると思われるが、考えようによっては他にもメリットがある。大道具やそれにともなう舞台転換といった華やかさには欠けるものの、オーケストラが舞台上で直に演奏することによる音楽的な効果は絶大だ。それに、たとえ演技に制約があるとはいえ、歌手たちはそれなりの衣装をまとって演技をしてくれる。

合唱団を含めた空間の利用はオーケストラ後方の座席にまで及び、さらには照明も工夫されていた。もちろん、字幕がつくのもありがたい。

さて、歌劇「トスカ」は「ボエーム」や「蝶々夫人」などと並ぶプッチーニの代表作だが、その舞台がイタリア、それもローマ市内というのは、彼の作品のなかではむしろ珍しい。最後にトスカが身を投げるサンタンジェロ城は、古代ローマ風の円形をしており、屋上からは目前にバチカンの聖ピエトロ広場が見渡せ、すぐそばをテヴェレ川が流れる。言わば「ローマの中のローマ」ともいうべき場所を、プッチーニは物語の舞台に選んだのだ。

これは、プッチーニが特に好んだ異国趣味を考えると異例のことと言える。「ボエーム」のパリ、「トゥーランドット」の北京、「西部の娘」のアメリカなど、台詞はイタリア語であっても、その舞台は世界中に及ぶからだ。

そのローマの、これもローマ時代の遺跡であるカラカラ浴場跡を舞台にした夏の野外音楽祭で「トスカ」を観たのは、もう40年も前のことである。これが私の最初のオペラ体験だった。ローマと「トスカ」、そして私は、このように不思議な縁で結ばれている。だからこそ「トスカ」は、私の最も好きな演目のひとつなのだ。

その「トスカ」の主な登場人物はわずか3人。3人そろえば舞台が成立するので、コストパフォーマンスが重視される“金食い虫”のオペラ公演にあっては、大人気のプログラムでもある。だが、魅力はそれだけではない。第1幕最後には壮麗な「テ・デウム」のシーンが、第2幕にはトスカのアリア「歌に生き、恋に生き」が、そして第3幕にはカヴァラドッシが歌う「星も光りぬ」といった超有名アリアがちりばめられている。音楽は凝縮され、展開も早く、極めて完成度が高いオペラなのである。

「わずか2時間の上演時間に、拷問、殺人、処刑、自殺という血なまぐさい出来事が詰め込まれ」(プログラム・ノート)、最終的には主人公が全員死亡する。その間にも逃亡、脅迫、セクハラといった切迫した状況が次々と展開するが、レジスタンスや逃亡の幇助といった政治的メッセージは原作から薄められ、むしろ、友情、嫉妬、愛情、祈りといった個人的心情に即したドラマ的要素も盛り込まれているのも、いかにもプッチーニらしいところである。いわばオペラの題材になるものが、ここにはすべて登場する。

さて、梅雨入りした関東の天候はこの日も朝から雨が降り、蒸し暑いなかをみなとみらいホールへ向かった。いつも寄って食べているフィレンツェのジェラートも、今日はいつもより美味しく感じるのは気のせいだろうか。

それにしても、1階席に結構な数の空席が目立っていたのは残念なことだ。私は前から10列目中央という最高の席だったが、にもかかわらず左右の席が空いていたのには驚いた。この公演は、横浜に先立って高崎や名古屋でも開かれており、オーケストラと合唱団は異なるものの、同じ歌手と指揮者による公演で、その前評判も上々だったことを考えると意外である。

しかし、この席で聴くオーケストラの響きと歌手の歌声は、すべてが手に取るように生き生きとしており、音楽と歌声がこれほど一体となるのを体験したことがない。オーケストラ単独で聴いたとしても、それは完璧なものだった。

舞台後方の席には少年合唱団も出入りする。オルガンも加わって壮大な「テ・デウム」が流れ、一瞬にして照明が消されると、客席からは大きなブラボーが乱れ飛んだ。

興奮冷めやらぬ様子で1回目の休憩時間に入る。やはり演奏会は前の方で見るに限る、と改めて感じさせてくれた舞台だった。

続く第2幕はスカルピアの独壇場である。スカルピアを演じたのはバリトンの江上隼人で、彼がこの日もっとも充実した出来栄えだったと私は思う。スカルピアの極悪ぶりが強調されればされるほどこの舞台は効果的なのだが、今回はそういう過度なドラマ性よりも、「聴かせる歌」としての魅力が勝っていた。

舞台上に小道具のようなものがないのはちょっと残念ではあったが、歌手は床に倒れ込んだりしてそこそこの演技を行い、もちろんすべて暗譜で歌いきっていた(プロンプターの指示はあったかもしれないが)。音楽が悪の極致を奏でたあと、舞台に一人残ったトスカが「歌に生き、恋に生き」を歌う。ソプラノは佐藤康子だ。

その歌声は美しく、ドラマチックな声量も見事ながら、やや滑らかさを欠き、ここでは少し息切れ気味に思えたのが残念でならない。一方、第3幕で見せたカヴァラドッシは、本公演唯一の外国人であるテノールのシュテファン・ポップによって歌われたが、さすがにわずか30分間の第3幕にすべてのエネルギーを集中させるような、見事な演技と歌声であった。

見せかけの銃殺刑だと信じていたトスカは、カヴァラドッシの前に駆け寄り、彼が本当に殺されたのだと気づくと、サンタンジェロ城を駆け上って屋上からテヴェレ川に身を投げる。ここが「トスカ」最大のクライマックスだ。みなとみらいホールの舞台から客席へと駆け上がった彼女は、オルガン脇から奥へと身を投げるようにして姿を消し、そこで劇的な幕切れとなった。この鮮やかな幕切れの演出は、もう本公演が繰り返されることはないと思われるので、ここに書いても差し支えないだろう。

終始緊張感を絶やさずタクトを振っていた沼尻も、最後は何度もカーテンコールに応えて舞台に呼ばれたとき、満足げな表情で観衆の拍手に答えていた。

私は彼が上演するオペラに何度も通っている。「ワルキューレ」(ワーグナー)や「魔弾の射手」(ウェーバー)などだ。そして記憶に新しいのは、コロナ禍の最中に無観客で開催された、びわ湖ホールでの「神々の黄昏」である。この模様は無料でライブ配信され、私もオンラインで視聴した。無観客ゆえの静寂な空間に、滔々と流れる音楽に身を浸した。何ともったいない、次はぜひ観客を入れて再演をしてほしいと思ったが、そんなことをしなくても赤字を垂れ流すオペラは、演奏すればするほど赤字が膨らむとのことで、これっきりだったのが悔やまれる。

演奏会形式のオペラ公演は、チケット代も安く、しかもオーケストラの音を十分に楽しめる。演技が少ない分、歌手も歌にエネルギーを集中できるようだ。だから私は大歓迎である。これまでにも「フィデリオ」(ベートーヴェン)、「ファルスタッフ」(ヴェルディ)、それに「サロメ」(R・シュトラウス)などを観てきた。

そして来月は、スカラ座公演と同じキャストによる、チョン・ミョンフン指揮の「カルメン」(ビゼー)を観に行く予定である。今から期待が膨らんでいる。

サンタンジェロ城から見たサン・ピエトロ寺院


2026年6月13日土曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団第671回定期演奏会(2026年6月12日サントリーホール、佐渡裕指揮)

コンサート直前のプレトークで佐渡は、このマーラーの交響曲第3番第1楽章冒頭のメロディー(ホルンの重奏)が、ベートーヴェンの交響曲第9番を下敷きにしたブラームスの交響曲第1番第4楽章のメロディー(直前まで全国ツアーで演奏していたそうだ)と、調性こそ異なるもののほぼ同じであると語った。この曲ほど、マーラーの自然への賛美が貫かれた作品もないだろう。それは紛れもなく、彼が自ら建てた作曲小屋で感じた自然への畏敬や神秘がベースになっている。

プログラム・ノートにもあるように、これはマーラーの「田園交響曲」である。おそらく静かに流しているだけでも心地よく聴いていられる作品だ。その長さは約1時間40分に及び、マーラーの交響曲の中でも最長である。もちろん休憩はないから、演奏する側にも聴く側にも相応の覚悟が求められる。

そんな大作も近年ではしばしば取り上げられるようになり、今回は音楽監督の佐渡裕が自ら指揮を執る。新日本フィルは一連のマーラー作品を順次取り上げており、私は昨年、第9番を聴いた。その公演も完売が続き、この不況下にあってなお盛況である。

その新日本フィルは、もしかすると今がかつてないほどの充実期なのではないかと思わせた。私の座席の条件が良かったのかもしれないが、オーケストラの各パートがほどよく溶け合い、それは独唱(メゾ・ソプラノの藤村美穂子)、合唱(晋友会、東京少年少女合唱隊)にも共通していた。

舞台裏から響く打楽器や金管のソロでさえ、舞台上のオーケストラとの重なりがこれほど完璧に聴こえたことはない。弦楽器のまとまり、木管との溶け合い、さらには打楽器の力強さに至るまで、この作品でここまで完全な融合を感じた記憶はなかった。

私はこれまでの演奏を思い返した。そもそもこの長大な作品が演奏会で取り上げられる機会は、かつてそれほど多くなかった。マーラーの交響曲の中でも第3番は、とりわけ大規模な編成を必要とする。私にとって最初の実演体験は、NHK交響楽団とシャルル・デュトワによる演奏会だった。この時のことは意外なほど鮮明に覚えている。ただ、会場が広すぎて音が遠く、感動したとは言い難かった。

それから長い年月が過ぎ、数年前には日本フィルの演奏会でも聴いている。指揮者が誰だったか思い出せずにいたが、記録を確認するとカーチュン・ウォンだった。もっとも私は、本来であれば広上淳一が音楽監督として最後に指揮する京都市交響楽団の特別演奏会でこの曲を聴くはずだった。その時の独唱も藤村美穂子である。彼女はこの公演のためだけに、わざわざドイツから帰国していた。

ところが、折しもコロナ禍だった。少年合唱団が十分な練習を行えないという事情から、プログラムは「巨人」へ変更された。藤村は「リュッケルトの詩による5つの歌曲」を歌った。それはそれで素晴らしかったが、やはり第3番を聴きたかった私は、日本フィル定期でこの作品を見つけ、サントリーホールへ足を運んだのである。

以上、私は過去に2回、第3番を聴いたものと思っていた。ところが記録を検索してみると、実はもう一度聴いていた。それはファビオ・ルイージとN響がヨーロッパ公演で取り上げる予定の曲を事前に定期演奏会で演奏した時のことだった。しかし、この演奏会については、それを聴いた事実さえ忘れているというありさまである。わずか1年前のことにもかかわらず、記憶にほとんど残っていないコンサートとは、一体何だったのだろうかと思う。

それに対して今回の佐渡裕の演奏は、おそらく一生心に残るだろう。この作品の持つ深みをあらためて味わい、新たな発見へ導かれたことは言うまでもない。それは冒頭からコーダまで続き、一瞬たりとも退屈することがなかった。

佐渡は、もしかすると今や巨匠への道を歩み始めているのではないかと思った。ここで聴かせた演奏は、力みの目立つものではない。余計な力を抜きながらも音と音との均衡を重視し、その響き方に細心の工夫を凝らしているように感じられた。自然で、さりげない。しかしだからこそ、そこに職人的な矜持が見える。

そういえば若い頃の佐渡の音楽には、力が入りすぎて時にバランスを欠き、どこか空回りしているような印象があった。しかし今はそうした面影はない。むしろ音楽そのものが一回りも二回りも成熟している。その根底には、音楽を奏でる喜びが確かに感じられる。

長大な第1楽章で見せる圧倒的な推進力、第2楽章の諧謔味あふれる自然な表情、第3楽章での見事なソロとの融合。そして突如として降臨するメゾ・ソプラノの豊かな歌声によって、会場は一気に神秘的な空気に包まれる。続く合唱が始まると、聴衆は固唾をのんで耳を傾けた。終楽章の冒頭は、まるでバーンスタインを思わせるような愛情深さに満ちている。そこから徐々に高まり、深く波打つように昂揚していく様は、まさに感動的だった。

タクトが下ろされると、誰かがブラボーと叫び、それに呼応するように大きな拍手が沸き起こった。それは10分以上続いただろうか。長い旅から帰ってきた時のような充足感は、言葉では表現できない。各パートと熱く握手を交わし、独唱者も合唱団も一体となって、この日の成功を祝っていた。

月末にはフィリピンでのコンサートを控えているらしい。先日発生した地震災害への寄付を呼びかけるため、自ら募金箱を手に会場出口に立ったマエストロのもとにも、多くの人々が集まっていた。

2026年5月25日月曜日

第2064回NHK交響楽団定期公演(2026年5月24日NHKホール、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮)


広大なNHKホールの3階席にも、十分な音量と最適なバランスでオーケストラの豊穣な響きが届いたのには驚かされた。昔から幾度となくこの席に通ってきたが、いつもそうとは限らない。これは指揮者次第ということになるのだろう。このたび11年ぶりにN響定期に登場したミヒャエル・ザンデルリンクは、このホールの難しい音響空間の特性を即座に把握し、わずか1回の定期公演でその真価を発揮したように思える。彼は、主に東独で活躍したあのクルト・ザンデルリンクの息子であり、私とは1歳違いである。クルトはブラームスを得意とし、シュターツカペレ・ドレスデンを指揮した交響曲全集はいまなお名盤とされている。

そのミヒャエルが、2つのブラームス作品を取り上げた。前半はヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(独奏:クリスティアン・テツラフ、ターニャ・テツラフ)、後半はシェーンベルクがオーケストラ用に編曲したピアノ四重奏曲第1番である。交響曲は含まれず、何とも渋い選曲と言わねばならない。特に後半のピアノ四重奏曲第1番は、私も実演で聴いたことがなく、いつかぜひ一度と思っていた作品だ。最近は演奏される機会も増えているが、なかなか足を運ぶことができなかった。

N響の定期は2日間、同じプログラムで行われる。A定期は土曜日の夕方と日曜日の午後。私は今回、日曜日の午後に渋谷へ向かい、長い時間をカフェで過ごしたあと、屋台でごった返す代々木公園の並木道を抜けて会場入りした。当日券は多く余っており、意外に思ったのだが、安い席を確保できたのは有難かった。そして懐かしい3階へ。前方正面に近い席は悪くないのだが、唯一の難点は奏者がよく見えないことで、こればかりはどうしようもない。

二重協奏曲の冒頭でオーケストラが鳴り響いた途端、十分に良い音が3階席にまで迫ってくることに驚いた。間髪を入れずチェロとヴァイオリンが決然と音を会場に轟かせる。その自信に満ちた表情は、この曲がいまや十分に名曲として定着し、数々の名演奏を重ねてきた歴史を思わせる。1983年3月、イスラエル・フィルが日本公演を行った際、大阪で聴いた同曲が、私にとって4度目の海外オーケストラ体験だった。指揮はズービン・メータである。

私はこの聴き慣れない曲を、オイストラフとロストロポーヴィチによる演奏(ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団)で予習し、当日に臨んだ。この日の演奏会のソリストは、同楽団の首席奏者だった2人である。しかし、ラジオからエアチェックしたその演奏は、テープの質も手伝って冴えないばかりか、籠もった音が遠くで鳴っているような、か細いものだった。私のラジカセでは、到底この曲の真価はわからない。そして大阪フェスティバルホールの2階席最後列という学生割引の席もまた、この曲を味わうには不十分だった。

二重協奏曲という作品は、ブラームス作品の中でも地味な存在であり、しかもソリストを二人必要とすることから、演奏される機会はめったになかった。私が今回実演で聴いたのも、実に43年ぶりということになる。だが、いまでは数多くのソリストがこの曲を取り上げ、次々と新鮮で見通しの良い演奏がリリースされている。

ターニャとクリスティアンという兄妹が奏でるチェロとヴァイオリンは、まさにこの曲にうってつけである。それぞれのテクニックも相当な切れ味を持ち、ソリストとして活躍していることは言うまでもないが、数々の室内楽で証明済みの、息の合った見事なアンサンブルは、この難曲の見通しを明るく照らし、すでに自分たちのレパートリーとして完全に血肉化しているという自信を感じさせるものだった。

このようにして、3階席の奥まで届くオーケストラと二人のソリストの丁々発止のやり取りに耳を傾けた。演奏が終わるとブラボーが沸き起こったのも当然である。N響の奏でるブラームスの懐かしい響きは、しばし私を往年の記憶へと引き戻してくれた。

2人はそのままアンコールとしてコダーイの二重奏を演奏したが、これがまた相当な名演で、しかも長大だった。ブラームス以上に技巧的な要素を要求される曲であり、もしかすると本領はこちらでこそ発揮されたのかもしれない。とにかく盛況のうちに前半は終了した。

後半ではオーケストラがさらに増員された。その多くは打楽器である。ブラームスのピアノ四重奏曲を、アルノルト・シェーンベルクがオーケストラ用に編曲したこの作品は、実に風変わりで面白い。なにせ、あの「十二音技法」を生み出したシェーンベルクが、よりによって古典性へ回帰する作風のブラームスに手を加えるのである。ところが意外なことに、シェーンベルクはブラームスを深く敬愛しており、この作品でも音符をほとんど変えることなく、その様式を尊重したのだった。

その結果、冒頭に現れる音楽はまさにブラームス節そのものである。しかしシェーンベルクの色彩豊かなオーケストレーションによって、数々の楽器が加わり、表現力は大きく増している。時に華麗ですらあり、音楽が進むにつれてその傾向はさらに強まる。最終楽章では、まるで「ハンガリー舞曲」を聴いているかのような感覚にさえなった。

長身のザンデルリンクは、実に見通しの良い演奏でこの曲を完全に手中に収めていた。それを短い練習時間でN響に演奏させる力量は、素人の私から見ても並大抵のものではないだろう。すでにライプツィヒのオーケストラとともにこの曲を録音しているようだが、そうした経験もあってか、まさに面目躍如たる演奏だった。最終楽章ではN響も奮い立ち、このオーケストラの力が遺憾なく発揮されたと言える。やはり個々のソリストの力量において、N響は他のオーケストラより一頭地を抜いている。

コーダもぴたりと決まり、どよめきにも似たブラボーと拍手が会場を覆った。幾度も舞台に呼び戻された指揮者は、各奏者と握手を交わした。このザンデルリンクといい、東響を振ったエラス=カサドやヴィオッティ、さらには我らが山田和樹といい、優れた若手指揮者の登場が相次いでいる。彼らがここ東京にしばしば登場することは嬉しい。実に朗らかな気分にさせてくれたコンサートだった。


2026年5月23日土曜日

東京都交響楽団第1044回定期演奏会(2026年5月21日サントリーホール、ジョン・アダムズ指揮)


米国で最も著名な作曲家のひとりで、ミニマリズムの正統的な後継者のひとりであるジョン・アダムズが、一昨年に引き続いて都響の指揮台に立った。2年前に行われたアダムズの公演は、彼自身が日本のオーケストラを指揮して自作を演奏するという歴史的なものだった。記録によれば私もこの日、「アイ・スティル・ダンス」「アブソリュート・ジェスト」、それに有名な「ハルモニーレーレ」を聴いている。この日は日本の作曲家の姿も多く見かけ、いつもとは違った雰囲気に圧倒されたのを覚えている(https://diaryofjerry.blogspot.com/2024/01/9922024118.html)。

今回の演奏会には、再び彼自身の作品を中心に3つの曲のプログラムが組まれた。このうち最初の演目は、日本初演となる「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」という作品で、日本語に訳せば「内気で感傷的な音楽」などとなるのだろうが、近年の傾向に倣って、原題のままカタカナ表記とするのが流行りのようである。だが、どちらの言語で表現しようと、そのタイトルの意味には解説が必要だろう。

幸いブックレットは、彼自身が自作を解説した部分を中心に、大変読み応えのあるものだった。それによれば、おおよそ表現者たる芸術家は、「ナイーヴな人格を持つ人」と「センティメンタルな人格を持つ人」に分かれるのだという。これはドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの論で、シラーと言えば、あのベートーヴェンの「第九」の歌詞で有名な、あのシラーである。

シラーによれば、自分と周囲の環境、そして自分の内面が一致している芸術家(ナイーヴ)と、それが芸術の発展に伴って失われ、今や理想としてのみ存在するものとして追い求める芸術家(センティメンタル)に分かれるのだという。大雑把に言えば、自然に自己矛盾なく作品が創作できた時代の人と、芸術的なものを意識せざるを得なくなった、自意識過剰の時代を生きざるを得なかった人。

この2つの立場の違いを意識して本作品は作られた、云々のような解説が掲載されているのだが、では実際どんな音楽なのかとなると、多くの現代音楽作品の解説同様、音楽以上に難解である。特に本作品は日本初演。事前に聴くこともできない(実演でなければ、そういうわけでもないのだが)。

45分の曲は3つの楽章から成っている。舞台上に並んだ大規模なオーケストラには、見たこともないような打楽器が所狭しと並べられていたようだが、私の座席の位置(1階席10列目)からはよく見えない。この大規模な演目は、後半に設定されてもよさそうなものだったが、前半になっていた。これは指揮者(作曲家)の意向を反映していると考えるのが妥当だろう。

第1楽章が「ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック」。20分にも及ぶ楽章は、例の小刻みなリズムが絶え間なく続き、その合間に様々な楽器が入り乱れながら、次第に規模を増していく。よく指揮者のタクトを見ると、拍子がくるくると変わっていく。8拍子だったと思ったら3拍子になる、という具合。漂う音楽。

第2楽章は「人間の母」という。「母の死と、男あるいは女が汚れなき幼年期の状態に願うこと」を呼び起こす人間の潜在意識を表現している。これが「ナイーヴ」と「センティメンタル」の葛藤である、というのである。

ここで印象的だったのは、増幅器を用いたギター(エレキ・ギターみたいなもの)が、間隔を置いて舞台左袖奥から聞こえてきたことだ。このギターの音は、とても鮮烈に聞こえるのだが、音楽とうまく調和しているようでもなく、かといってバラバラでもない。その微妙なハーモニーは、そういう音楽だからなのか、それとも演奏がおかしいのか、よくわからない。

第3楽章「リズムへの連鎖」。オーケストラがさらに規模を増し、圧倒的なエネルギーで聴衆を興奮に巻き込む。ストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の終わりを聴いているような感覚、とでも形容するくらいしか思い浮かばない。音楽が終わると同時に沸き起こったブラボーと拍手は、終演時を上回るほどだった。

指揮者としてのアダムズは、きっちりと指揮するので精いっぱい、という感じで、指揮者のプロが振ればもっと刺激に満ちた演奏になったようにも思われた。しかしこの表現には注意が必要だろう。彼自身が書いている。「作曲家であると同時に指揮者でもある者は、公と私、外向性と内面性、内面生活と外面生活の間の過酷な分断という厳しい衝突を日々経験する」(プログラム・ノート)。作曲家として自作を指揮することには、聴く者には簡単にはわからない葛藤があるのだろう、と思った。だからこの曲は、その境遇を理解している、指揮者であり、かつ作曲家でもあるエサ=ペッカ・サロネンに捧げられたそうだ。

休憩時間を挟み演奏されたのは、アイヴズの「答えのない質問」であった。この曲は短い作品だが、演出がとても凝っている(改訂版)。まずP席に4つの譜面台が設置され、そこに登場したのは3人のフルートと1人のクラリネット奏者。そして驚くべきことに、彼らを指揮するために副指揮者が指揮者の前に着席。さらに音楽が始まると、2階席の奥からトランペットが響いてくるという仕掛け。

このトランペットが、まるで勘違いしたかのように唐突に、周囲の調和を無視するような(つまりは下手を装ったような)感じで吹き出すのである。それに対して、しどろもどろな応答をする4人の木管奏者。この対話が舞台空間を利用してやり取りされる間、小編成のオーケストラは静かな音を終始奏でていた。

今回のプログラムで、なぜアイヴズの音楽が挿入されたのかは、解説に様々書かれているが、同じニュー・イングランドをルーツに持つ作曲家の先駆者として、敬意を表したということだろうか。いや、もっと深い意味があるのかもしれない。後年の作品と若い頃の作品の間に挟まれた、わずか6分の小曲は、前衛的な音楽の「答えのない質問」を続けてきた彼自身の創作の経歴を表しているのかもしれない。アイヴズがそうであったように。

さて最後の「ハルモニウム」もまた大きな曲で、これだけ次々と凝った曲が聴けるのは、何とも贅沢極まりないことである。演奏する方は大変なことだろうと思う。だが都響は今回も素晴らしい仕事をこなしたと思う。そして合唱団!

P席に陣取った新国立劇場合唱団は、ミニマル音楽における合唱という新しい地平を行く曲を、見事に表現し尽くしたと思う。その難しさは、これもまたプログラム・ノートによるのだが、実際にはいくつものパートに分かれているそうだ。それがばらばらにならず、一定のリズム感覚を生理的に高めながら、時にグレゴリオ聖歌のような静謐な部分も交えて(実際、歌詞の英語がラテン語のように聞こえるときがあった)、見事にオーケストラと溶け込んでいるのである。

この曲はアダムズがまだ若い頃の作品で、いわば野心作であろうと思う。作品は3つの楽章から成り、それぞれ3つの詩を用いている。第1楽章「否定でしか表せない愛」、第2楽章「私が死のために立ち止まることができなかったから」、第3楽章「大荒れの夜」。会場に字幕の用意はなされなかったが、歌詞がプログラムに掲載されているのは親切なことである。

いつもとは違う音楽体験。おそらく現代音楽の難解さを理解できない多くの聴衆も、それを求めて来ているのだろう。そしてアダムズの音楽は、身を任せて聴いていれば、まるで麻薬のように身体に陶酔感をもたらすようなところがある。

来年80歳になる作曲家は、世界中で多くの記念コンサートを控えているのだそうだ。何度もカーテンコールに応え、会場を立ち去りがたい多くの聴衆からは、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年5月17日日曜日

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)


良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んで聞き所を心得ているし、演奏による違いもすぐに実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。あまりにも有名過ぎて普段なら敬遠するのだが、今回は違った。

東京交響楽団が新しい音楽監督に就任する、まさにその就任披露の演奏会。これまでに音楽監督だったのは、秋山和慶、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノット。ヴィオッティは4代目ということになる。そのヴィオッティ、私はイタリア人だと思っていたのだが、実はローザンヌ出身のスイス国籍であることが判明した。1990年生まれの若干36歳ながら、ウィーン・フィルの定期にも登場する世界的な指揮者である。

そのローザンヌにかつて2か月ほど滞在したことがあるので、あの世界一綺麗な(と思っている)町で育った指揮者に特別な興味を覚えた。私がローザンヌに滞在していたのは、学生だった頃の1990年夏だったので、彼の生まれた年である。急な斜面に建ち並ぶ中世の街並みと古い教会、その合間を縫う石畳の向こうにはレマン湖が見え、さらにはフランス・アルプスの高峰がそびえている。

よくこれほどの指揮者を、東京交響楽団は次の音楽監督に迎えることができたのだと思う。プロフィールを読むと、2014年、東響とは彼の指揮者人生において初めてオーケストラとなる演奏会を指揮をしたそうである。しかも代役。以来、このオーケストラとは何度か共演を続けてきているようだが、私は彼を聞く初めてのコンサートだった。就任披露となっていることもあり、会場は特別な雰囲気に満ちていた。チケットは完売し、あとから妻を誘おうとしたが、それは果たせなかった。

ベートーヴェンの交響曲第1番は1800年に初演され、マーラーの交響曲第1番はその約100年後に初演された。いずれも音楽史の転換点となる節目の年であり、その象徴的作品に他ならない。まさにベートーヴェンの交響曲第1番によって「芸術」としてのクラシック音楽の「始まりの始まり」となり、そしてマーラーの交響曲第1番によって、その「終わりの始まり」が示されたと言える。19世紀の最初と最後の作品を並べたのが、今宵のプログラムというわけである。

さて、拍手に迎えられてオーケストラが席に着くと、やがて指揮者が現れた。ヴィオッティは深々とお辞儀をしたのが印象的だった。タクトを下した瞬間に響いたのは、まぎれもなくベートーヴェーンの和音。序奏に引き続き、勢いよく第1楽章のメロディーが流れた。音は少し硬いという印象。やはり緊張のせいかもしれない。最近には珍しく、右手最前列がチェロである。

私はコロナ禍の始まった2020年、ベートーヴェン生誕250年の年に企画されていた数多くのコンサートに出かける予定だったが、ほぼすべてが中止を余儀なくされてしまった。そのことが残念で、以来、ベートーヴェンの交響曲が演奏されるたびに、各曲1回は聞くことにしてきたが、それも今回の第1番、そして来月の第8番(オスモ・ヴァンスカ指揮東響)でめでたく終わる予定である。

第3楽章から第4楽章にかけては、そのまま続けて演奏されたのは印象的だったが、その演奏が終わるころにはオーケストラも少しずつゆとりが生まれてきたように感じられた。無難に演奏を終えたのだろうが、これはこの曲としては高水準の名演だったと思う。ハ長調の曲は難しい。ヴィオッティは特に古楽器風の音作りではないようにも思えたが、やや残響が少ないようにも思った。集中力が並々ならぬ思いを伝えていた。若い、エネルギッシュな指揮だったが、それだけではなく、聞き所を押さえて十分に音楽的であった。

いつものようにトイレには長い行列ができ、後半のプログラムを待つ。私は今回、2階の後方ブロックの最前列であった。しかしここからはオーケストラの全体が見渡せ、悪くない。NHKホールならS席の距離である。しばらくして4管編成に増強されたオーケストラが登場、最上段にまで弦楽器奏者がいるのは、さすがに壮観である。

第1楽章のかすかな響きで音楽が開始すると、やがてクラリネットが、トランペットが、徐々に音楽は大きくなってやがて太陽がパッと姿を現す。そのクレッシェンドの印象的なシーン。この曲は聞きどころが満載である。ヴィオッティの指揮はここでも少し硬く感じられたが、それも第2楽章の鋭く刻むスケルツォで、彼は自信を深めていったように見える。この第2楽章のリズムは私のこだわる部分だが、これまでに聞いてきたどの演奏よりもエキサイティングだった。そして中間部の繊細さも!

第3楽章は「巨人」の白眉ともいえる楽章だ。まず冒頭のコントラバス。通常はソロであるフレーズを、何と彼は奏者全員で弾かせた。さらに中間部では、ハープの独特な響きに伴われて、マーラーの心の奥底を垣間見るようなシーンとなるが、彼はそのことを十分心得ており、その表情付けには圧倒された。しかもこれまで聞いたことのないような、新しい音楽に聞こえてきたのはちょっと意外だった。

楽章の間だというのに、静まり返った会場は、第4楽章のシンバルの一撃を指示するタクトに全体の視線が注がれていた。咳をしたり、座りなおしたりすることもできないくらいに体が硬直し、その霊感に圧倒されていたのだ。そのようにして始まった長い第4楽章は、まるで魔法にかけられたような圧倒的なものだった。展開部の弦楽器のアンサンブルは、それはもう感涙にむせぶような気持ちにさえなったのだ。

圧巻のコーダに至っては、ホルン奏者が総立ちとなり、会場が震えるような音量の中を突き進んだ。演奏が終わると爆発的な拍手とブラボーが送られたのは当然のことだった。各奏者を順に讃え、指揮者も長々とお辞儀を繰り返す。オーケストラが去っても会場を去る人は少なく、拍手と歓声が続く。そして再び姿を登場した長身のマエストロは、舞台を歩き回って手を振り、この就任披露が大満足の結果となったことを観客とともに祝っていた。

2026年5月16日土曜日

NHK交響楽団第2063回定期公演(2026年5月15日サントリーホール、山田和樹指揮)

いつの間にか山田和樹は、わが国を代表するスター指揮者になってしまった。昨年はついに、日本人としておそらく(近衛秀麿、朝比奈隆、小澤征爾、佐渡裕に次いで)5人目となるベルリン・フィルの指揮台に立った。それ以前にもモンテカルロやバーミンガムのオーケストラを指揮しており、ドイツを拠点とした生活は相当に多忙を極めていると想像される。

それにもかかわらず、日本での活動も実に活発だ。ついこの前までは読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めていたことが記憶に新しいし、東京混声合唱団での活動も続けている。さらに来シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の芸術監督に就任するというから驚くほかない。エラス=カサドやソヒエフらと並び、若手指揮者のトップランナーとして走り続けている。

そんな山田の指揮を、私はかつてN響の定期で触れている。記録によれば2016年1月、ビゼーやストラヴィンスキーの作品をNHKホール3階席で聴いたときの記憶が鮮明に残っている。10年前なので、彼はまだ36歳という若さだ。だが当時すでに、自ら主宰する横浜シンフォニエッタの録音で知られ、私も瑞々しく躍動感に満ちたビゼーの交響曲に感動した覚えがある。N響の定期公演は記憶に残らない回も多いが、この演奏会は今でもよく覚えている。

今回の演奏会でも、山田の指揮は見事というほかなかった。まるで長年ともに演奏してきたオーケストラのように自在に操る手腕は、やはり才能としか言いようがない。日本人同士で気心が知れ、日本語でコミュニケーションできるという利点はあるにせよ、同じ条件で誰もがこうなるわけではない。しかも今回のプログラムは、日本人の作曲家を含む、滅多に演奏されない作品ばかりでだった(N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」)。

  • 山田一雄:交響詩「若者のうたえる歌」
  • カール・アマデウス・ハルトマン:葬送協奏曲(ヴァイオリン独奏:キム・スーヤン)
  • 須賀田磯太郎:交響的序曲 作品6
  • パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」

こうした珍しい作品は、素人目には練習も大変だろうと思うのだが、山田はまるで何十回も取り上げてきたかのように軽やかで、余裕を感じさせる指揮ぶりだった。作品全体をしっかり把握し、指示も的確。オーケストラは安心してついていきアンサンブルに乱れがない。バランスも絶妙で、特定の楽器が強すぎたり弱すぎたりすることもなかった。

山田一雄は元祖「ヤマカズ」で、1985年までN響を指揮していた我が国の音楽家だが、この「若者のうたえる歌」は1937年の戦前の作品である。初めて聴いた印象としては、非常に現代的な感性に彩られているということだ。武満徹の作品のように、日本的な音階が新古典的衣装をまとっている。マーラーは、幼少期に親しんだ民謡を作品に取り入れたように、若き山田一雄もまた、民謡のメロディーをそっと織り込んだのだろうか。そんな想像が頭をよぎった(もちろん素人の感想で、事実は不明だ)。

今回取り上げられた作品は、いずれも1930年代の日本とドイツの作品である。つまり二つの世界大戦の狭間に位置し、マーラーのすぐ後の世代にあたる。マーラーの弟子でナチスに追われたユダヤ人スプリングハイムという人物が日本に逃れたことで、2人の邦人作曲家に大きな影響を与えたらしい(プログラム・ノートによる)。

とはいえ、それぞれの立場は少しずつ異なる。ヒンデミットはユダヤ人ではなかったが、ナチスによって退廃的と批判され、とうとうアメリカへの亡命を決意した。一方ハルトマンは、左翼としての批判を受けながらもナチの時代を生き延び、1963年に亡くなるまで8つの交響曲を含む作品を残した。そのハルトマンの「葬送協奏曲」は4楽章から成るヴァイオリン協奏曲である。韓国系ヴァイオリニスト、キム・スーヤンはオーケストラと見事な共演を見せ、前半のゆったりした曲にやや飽きかけた頃、一転して激しく速い楽章に突入すると、山田の若々しい指揮に伴って、ぐっと聴きごたえのある音楽へと進化していった。これは「ファシズムを打倒するロシアの革命歌」だという。

アンコールでは、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調より第3楽章をたっぷりと演奏した。隣り合う2本の弦を同時に弾く奏法は、まるで二人のヴァイオリニストが演奏しているように聞こえる。その響きが、近代に蘇った新鮮な音として耳に届いた。アンコールにバッハを選んだのには、このようなポリフォニックなものを強調して見せるとう意図があるのではないかと感じた。

休憩を挟んで演奏された須賀田磯太郎の「交響的序曲」は、当時の時代背景にあって明るく、祝祭的な雰囲気を持つ。横浜の資産家として不自由ない生活を送ったことが、その楽天性に影響しているのかとも思ったが、実はこの作品は皇紀2600(1940)年を記念して作曲され、山田耕筰の指揮で初演された、いわば体制賛美の曲である。

プログラム最後はヒンデミットの「画家マティス」。すでに古典的作品の風格すら漂うが、私は今回が初めての実演だった。ヒンデミットには先にオペラ版「画家マティス」があり、それを交響曲に仕立てたのが1934年。その経緯は片山杜秀氏の解説に詳しい。日本初演は1936年、斎藤秀雄の指揮による(世界初演はフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

ヒンデミットは1963年まで生き、多くの作品を残したが、この「画家マティス」が最も有名だ。ただしモデルとなった「マティス」とは、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトのことで、フランスの画家アンリ・マティスとは別人である。私はそのことすら知らなかった。作品はフーガやポリフォニーなど古い形式を多用し(これがヒンデミットの特徴とされる)、コラールも用いられる宗教的色彩も濃い。

しかし、現代音楽でもあるこの曲は大規模で壮麗な響きが続く曲である。ここで少し下世話な話になるのだが、平日夜のコンサートは職場のストレスを引きずりがちで、気持ちの切り替えが難しい。だがこの日の音楽は、開演前にサントリーのワインで少し酔いを回らせていたにもかかわらず硬直していた脳に、心地よい混乱を与えてくれた。雑念を追い払うように、あるいは雑念に寄り添うように、音楽が響いてくる。

無味乾燥な音がひたすら鳴っているような錯覚にとらわれる瞬間もあったが、N響は今日も一糸乱れぬ、気合の入ったアンサンブルで、この若き日本人指揮者に全幅の信頼を寄せているように見えた。終演後、各パートを回って握手を交わす山田の姿からは、暖かい人柄がひしひしと伝わり、熱狂的な拍手は長く続いた。会場では山田の最新アルバム、ドイツ・グラモフォンからリリースされたウォルトンの交響曲集(バーミンガム市交響楽団)が販売されていた。なるほど、今日聴いた作品の性質とどこか通じるものがある、と感じた。

2026年4月29日水曜日

東京交響楽団第739回定期演奏会(2026年4月26日サントリーホール、パブロ・エラス=カサド指揮)

前回出かけたコンサート(N響定期)に関する記事で、最近あまり演奏会で感動することがなく、これは年齢によるものだろうか、などと書いた。しかし、これは間違っていた。このたび聴いた東京交響楽団の演奏会の素晴らしさと言ったら! 前半のシューベルトといい、後半のブルックナーといい、何も言うことができないくらいに完成度が高く、これは本当に東響の演奏会なのだろうか、とさえ思ったほどだ。指揮者が良ければ、オーケストラの良し悪しなどたいした問題ではない。逆に、指揮者がつまらないと、いかにオーケストラが取り繕おうとしても限界があるということだ。

私はこの四半期、6月までの東響の演奏会に「4回券」という仕組みで会員となった。これは好きな4回のコンサートを自由に組み合わせて、割引のチケットを購入することができるというものだ。東響の今年の演奏会は、私が注目するものが前半に集中している。このため、この仕組みは大変ありがたい。そしてその最初のコンサートがサントリーホールで開かれた。久しぶりの東響である。

その指揮は、何とパブロ・エラス=カサド。前回の来日で指揮したN響定期を私は聴き逃しているから、これは思いがけないことだった。その演奏の素晴らしさはラジオでも明らかだった。たしかファリャの「三角帽子」だったと思う。そして、彼は今やウィーンにもベルリンにも登場する売れっ子指揮者となっている。私は昨年末、久しぶりにバイロイト音楽祭のライブ収録をNHK-FMで聴いたが、その中で「パルジファル」を指揮したのがエラス=カサドだった。彼は毎年のようにバイロイトに出演しているらしい。

その彼が、よく東響の指揮台に立ってくれたと思う。そしてプログラムがいい。前半はシューベルトの「未完成交響曲」、後半がブルックナーの交響曲第6番である。いずれも渋い選曲。そして指揮者の力量がストレートに出る曲ではないかと思う。サントリーホールの1階席は久しぶり。A席なので後方の端である。だがそんなことは、まあどうでもいい。新橋で昼食を済ませ、銀座線に乗って溜池へ。会場前の広場には骨董市のような催しが開かれていて、気候もいいからだろう、大勢の人が集まっている。その合間を縫うようにしてエントランスに向かう。

大作曲家が未完に終わった曲を、弟子や後世の作曲家が補筆する例は多い。モーツァルトの「レクイエム」はもっとも有名だが、他にもマーラーの交響曲第10番、ブルックナーの交響曲第9番、あるいはプッチーニの歌劇「トゥーランドット」なども完成版としてよく演奏される。しかしシューベルトの、今では第7番と呼ばれる交響曲は、そのようなことにならない。理由は簡単で、この曲を補筆してしまうと「未完成」ではなくなるからだ。シューベルトの「未完成」は「未完成」であることに意味がある。だが、本当はこの曲をシューベルトの意思を継いで作曲することなど、誰もできないからではないかと思う。

「未完成交響曲」のユニークさは、当時としても画期的だったのだろう。ベートーヴェンが「暗い」と言って敬遠したロ短調(プログラム・ノート)という調性もさることながら、それまでシューベルトが作曲したどの交響曲よりも長く、そして深いのだ。

「未完成交響曲」はベートーヴェンの「運命交響曲」と並んでクラシック音楽の定番のカップリングであり、大変よく演奏されたのだが、私が初めて「未完成交響曲」を聴いたとき、これは何とも静かな曲だと思った。音楽はゆったりとして速くなることがない。最初は少しためらったが、その魅力に惹かれるのに時間はかからなかった。にもかかわらず、実演で「未完成交響曲」を聴くことは少ない。私もこれが確か4回目に過ぎない。けれども「未完成交響曲」は、第1楽章も第2楽章も大変ダイナミックであり、時に深く沈むかと思えば、懐かしいメロディーが心の底をえぐり、大音量の切実な波が押し寄せてくる。変化に富んだ曲は、迫力もあって聴き所満載である。

その「未完成交響曲」の最初の静かな出だしは、どこか落ち着かないムードの曲なのだが、エラス=カサドはそれからわずか数分後には演奏家を完璧に掌握し、聴衆の心を鷲掴みにした。音のバランス、ハーモニーの職人的妙味は、あのN響の常連であるソヒエフでも感じる天才的な音楽感覚ではないかと思う。我が国にも山田和樹がいるが、この3人はヨーロッパでも引く手あまたのスター指揮者へと昇っている。

シューベルトで心の底から感動した私を含む聴衆は、音楽が終わっても拍手をすることが数十秒ほどできなかった。長い静寂に会場が浸った。そして暖かい拍手。前半でエラス=カサドは東響の会員を驚かせたに違いない。となれば、自然に後半のブルックナーへの期待が高まる。いつもと違って顔を紅潮したような人が多かったような気がしたのは気のせいかもしれないが、私はその気持ちを落ち着かせるべくドリンクのカウンターに並んだ。

ブルックナーの交響曲第6番は地味な曲だが、私が最初に感動したブルックナーの交響曲で、思い入れが強い。しかし、この曲は作曲家の存命中にはほとんど演奏される機会がなく、したがってあのブルックナーの交響曲につきものの「版」の問題は存在しないに等しい。皮肉なことにこの曲は「大きな反響を呼ぶことも、厳しい批判を集めることも」なく、「改訂を決意するような機会すらなかった」(プログラム・ノート)のである。しかし、ブルックナーの死後2年がたって、ようやく全曲通しての初演がなされた。その時の指揮は、何とグスタフ・マーラー(ウィーン・フィル)だったようだ。

エラス=カサドがブルックナーを得意としているのかどうかわからないが、第4番をすでに録音している。それを聴いたことはないのだが、今回の演奏も終始力強く自信に満ちており、と同時にブルックナーに必要な独特の間合いは、この曲も完全に掌握しているからこそ達成されたものと言ってよい。よくブルックナーは自然に任せて表現することが重要、などと言われるが、それとは対極の、いわゆる「統制型・攻撃型」のブルックナーとしては、これは最高峰の出来栄えであった。

それを可能ならしめたのは、何といってもこの日の東響のアンサンブルの素晴らしさで、まるで神がかったように一糸乱れぬ姿は、1時間にも及ぶ演奏時間中、途切れることがなかった。この手腕はオーケストラの各プレイヤーによることは明白だが、指揮者がそうさせていたと思う。魔法のように、その指揮はオーケストラを乗せていった。特に第2楽章の美しさといったら!

演奏が終わって、長い静寂のあと大歓声が沸き起こったことは言うまでもない。カーテンコールを繰り返すたびにそのボリュームは大きくなった。コロナ禍以降、オーケストラが退席してもしつこく拍手が続き、再び指揮者が舞台に現れる「一般参賀」の光景は最近では珍しくないが、どことなくわざとらしい感じがしてきている。だがこの日は違った。明らかに再登場を求めるスタンディング・オベーションに加わった聴衆は、全体の半数近くいたのではないだろうか。それほど感激し、満足度が高かったということである。そういうわけで、コンサートに通うのが楽しくなった。次回はいよいよ第4代音楽監督に就任するロレンツォ・ヴィオッティのお披露目演奏会である。

2026年4月16日木曜日

ハイドン:オラトリオ「四季」(2026年4月12日東京文化会館、イアン・ペイジ指揮)

春というよりは、もう初夏の陽気である。まだ桜も散りきっていないからか、上野公園には大勢の人が訪れている。この季節、すっかり恒例となった「東京・春・音楽祭」は、今年も数多くの意欲的なコンサートを企画し、どの公演に出かけようかと東京のクラシック音楽ファンを悩ませている。西洋では復活祭の期間にあたり、来日する団体やソリストの融通がつきやすいのだろう。欧米に比べ、日本はすでに春本番を迎え、暖かく過ごしやすいということもあろう。

そういうわけで今年も「グレの歌」やいくつかのオペラなど、大型公演が目白押しである。その中でも私がもっとも注目し、発売日を待ってチケットを買ったのは、ハイドンのオラトリオ「四季」の演奏会だった。この音楽祭は合唱作品を取り上げるのが好例だが、今回はその「合唱の芸術シリーズ」の第14回目とのことである。とうとう大好きな「四季」が実演で聴ける。私は長年、この曲の実演に出会えることを心待ちにしていた。

そもそもこのブログを書くきっかけとなったのは、あの膨大な数に上るハイドンの交響曲をすべて聴き、その感想などをメモしておきたいという衝動にかられたからだ。書き進むにつれて、他の作品や演奏会の記録も残しておきたくなり、それは主要な作曲家の主要な管弦楽作品とオペラを次第に網羅するだけの量になっていった。10年以上が経過して、書いた記事は1000件を超えるまでになった。ハイドンの管弦楽を含む作品についていえば、2つのオラトリオ、すなわち「天地創造」と「四季」が避けて通れない作品である。この2曲は、実際ハイドンの数あるオラトリオの中でも双璧を成すとされ、片や旧約聖書の創成期を題材とした宗教的色彩の濃い作品、片や農民の労働生活を生き生きと描く世俗的色彩を持つ作品である。どちらがいいというものではなく、この両曲はハイドンのオラトリオの最高峰と言っていいだろう。

共通しているのは神への賛歌である。まるで情景が目に浮かぶような歌詞に合わせて、具体的な動物の鳴き声や気象の様子が音楽によって巧みに描写される。古典派の骨格を維持しながら、まるで標題音楽のようにそれらが出没する様子は、対訳を追いながら聴くとより鮮明に想像力が掻き立てられ、アリアや合唱との融合を繰り返しながら、壮大な絵巻物を見るような錯覚にとらわれてゆく。演奏を超えて、曲の素晴らしさにこそ感銘を受ける。おそらく若きベートーヴェンもこの曲を聴き、あの「田園交響曲」を着想したのではないか。

特に「四季」は、我が国でなじみやすい作品であるといえる。なぜなら中緯度に位置する日本は、春夏秋冬の区別がはっきりしており、季節感に対する感覚は世界のどの国よりも繊細であると思う。ひとこと「雨」といっても何十種類もの表現を使い分ける俳句の季語を持ち出すまでもなく、今でも天気予報はまず季節の話題から始まり、手紙の冒頭には季節表現を用いることになっている。四季に対する鋭敏な感覚を持ち合わせている日本人には、この作品ほどなじみ深く、また共感を覚える作品はない、とさえ思う。

にもかかわらず、「四季」が公演のプログラムに上ることはほとんどなかった。私はここ10年以上、この作品の実演を探してきたが、取り上げる団体は皆無に等しい状況だった。「天地創造」なら数年に1回は上演されていることを思うと、ちょっと理解しにくい。CDなどのメディアには「四季」の録音は数多くある。だから、今回の機会を逃すと、もう一生この音楽を実演で聴くことはできないのではないか、と思った次第である。

指揮者は当初予定されていたアイヴァー・ボルトンから、本邦初登場のイギリス人イアン・ペイジに変更された。そのことが関係していたのか定かではないが、チケットの発売日も延期され、私はその都度、カレンダーの印を変更する必要があった。だが、チケットは最後まで売れ残り、当日券も沢山用意された。会場に来た実感では、4割程度の入場者数だろうか。このような状況は見たことがない。しかも日曜日のマチネである。出演者に気の毒なくらいに、この作品の知名度は低いのだろうか。けれども、3人のソリストに加え、定評ある東京オペラシンガーズの合唱、東京都交響楽団による演奏とくれば、そこそこの演奏が期待できる。

そのソリストでひときわ安定した響きを会場に轟かせたのは、やはりバスのタレク・ナズミだった。冒頭から威厳があって、しかも明るく光彩を放つような低音は、聴いていてほれぼれとするほどだ。だが、テノールのマウロ・ペーターも悪くない。彼は真摯に歌詞に向かい、高音であってもであっても決して軽薄になることはなく、高貴で力強い神への賛歌を歌う。

その2人の男声に挟まれたのが、唯一の女声パートを歌うクリスティーナ・ランツハーマーだった。彼女は次第に調子を取り戻し、最終的には及第点の出来栄えだったと思う。合唱団はやや硬いという印象を持ったが、それも後半には解消し、特にクライマックスを築く「秋」の後半は、オーケストラの迫力と相まって深い感銘を残した。

オーケストラ中央には通奏低音を担うチェンバロとチェロの奏者が陣取り、ここはバロックの風合いを残す。合唱も時にフーガを奏でる。ペイジという指揮者は、ピリオド奏法の音楽団体を主宰し、主にモーツァルトの音楽で定評があるようだが、ここで聴いた演奏は特にビブラートを押さえたという感じはしなかった。むしろオーソドックスなモダン楽器の演奏スタイルだったことが意外だったというべきか。

そのようにオーケストラと合唱の硬さは、いささか精彩を欠いた感は否めない。しかし都響の、特に管楽器からは朗々と歌うメロディーが聞こえてくるし、「秋」における4台のホルンの重奏などは見事に決まった。イギリス人による「四季」の名演奏は、何といってもBBC響を指揮したコリン・デイヴィスだと思っているが、この録音は英語による歌唱である。デイヴィスの骨格ある質実剛健とも言うべき指揮は、この曲の魅力を伝えてやまないが、今回の演奏はそれに比べると、やや輪郭がぼけていた。それも初登場、かつ1度限りの演奏会の宿命だったのかもしれない。

2026年3月7日土曜日

読売日本交響楽団第656回定期演奏会(2026年3月5日サントリーホール、鈴木優人指揮)

 J・S・バッハの大曲「マタイ受難曲」を聴くのは、これで四度目になる。我が国を代表する世界的バロック演奏団体「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いる鈴木雅明氏の長男、鈴木優人氏は、いまやバロックにとどまらず幅広いレパートリーを自在に振る指揮者だ。2020年から読売日響の「クリエイティヴ・パートナー」として活躍してきたが、その任期もそろそろ終わりを迎えるらしく、この3月には三つのプログラムが並んだ。

その最初を飾ったのが「マタイ受難曲」である。ただし、今日よく耳にする古楽器による原典志向の演奏ではなく、1829年にメンデルスゾーンが蘇演した版を用いたものだ。かつては通常のオーケストラがビブラートも控えず、やや厚みのある響きで演奏することも珍しくなかったが、いまではすっかり時代の流れが変わった。それでもメンデルスゾーン版、しかも読響のモダン楽器となれば、古楽とはまた違う風合いが立ち上がる。その違いを確かめたくなり、急遽チケットを手に入れた。過去の「マタイ」にも必ず同行してくれた妻も、平日の夜だというのに職場から駆けつけてくれるという。

サントリーホール2階席右側は、舞台に並ぶ二つのオーケストラのうち左側の音がよく届く場所だ。一方でソリストは正面を向いて歌うため、こちらはその横顔を眺める形になる。丁寧な対訳リーフが挟まれたプログラム・ノートが配られ、会場四か所には字幕も設置されている。定期演奏会とあって客席は満員で、読売日響らしい独特の空気が漂っていた。

「マタイ」は登場人物がとにかく多い。このため主要人物以外は、合唱団(バッハ・コレギウム・ジャパン)の数名が巧みに兼ねていた。これがまた見事で、この曲を十八番としてきた彼らの実力を改めて感じさせる。東京少年少女合唱隊も加わり、第1部後半で清らかな歌声を響かせたのも印象的だった。通奏低音はチェンバロではなく、指揮者正面のチェロとコントラバスが担い、オルガンは舞台右袖に控えている。

福音史家はアメリカ人テノールのザッカリー・ワイルダー、イエスはバスのドミニク・ヴェルナー。イエスが歌う場面では、通奏低音が深みのある伴奏を添え、その存在感を際立たせる。一方、この演奏には唯一の女声として森麻季(ソプラノ)が登場し、いくつかのアリアを歌い分ける。カウンター・テナーのクリント・ファン・デア・リンデも加わった。

四人の独唱のうち、福音史家とイエスはまずまずの出来といったところだが、他の二人──森麻季とカウンター・テナー──は前半こそやや落ち着かず、むしろ合唱団の中からユダやペテロを歌う声の方がよく通った。それでも後半には調子を取り戻し、森麻季が「哀れみたまえ」を満を持して歌い上げたとき、会場にはしみじみとした空気が広がった。

全体として後半は、前半とは比べものにならないほど充実していた。音楽的な聴きどころが多いこともあるが、特にヴァイオリン・ソロやフルート独奏は、奏者が立って演奏したこともあって、聴衆の集中を一気に引き寄せ、クライマックスの輝きを放った。

約2時間の演奏会で、一般的な「マタイ」からは省かれた部分もあった(配布された対訳リーフはバッハ・コレギウム・ジャパンによるものだが、どの箇所が省かれているかまでが詳細に表記されており、保存しておく価値がある)。しかし、2時間という長さはむしろ心地よい。モダン楽器の演奏家が滅多にレパートリーとしない「マタイ」も、こうして聴くとまた新たな魅力を見せる。一度このブログでも真剣にこの曲を取り上げたいと思いながら、いまだ果たせずにいる。バロック時代の最高峰ともいえる「マタイ受難曲」は、これから復活祭に向けて欧米で演奏ラッシュを迎える。3月に来日公演が多いのは、この期間、彼らが本国での活動を優先するためだと、以前どこかで聞いた。今年4月には、サントリーホールでバッハ・コレギウム・ジャパンによる「マタイ」の公演も予定されている。


2026年2月28日土曜日

NHK交響楽団第2059回定期公演(2026年2月20日サントリーホール、ヤクブ・フルシャ指揮)

何と渋いプログラムだろうか。後期ロマン派を代表する大作曲家の、しかし滅多に演奏されない曲が2つ。まず前半にドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(独奏:ヨゼフ・シュパチェク)、後半がブラームスのセレナーデ第1番。私はいずれも実演では初めて聴く。指揮のヤクブ・フルシャは、これまで都響に時々客演していたらしいが、その演奏も私は初めて。初めて尽くしのN響定期公演に、しかしながら私は大いに期待を寄せ、事実、その通りの名演奏になった。

シュパチェクもフルシャもチェコ人で、郷里も近いらしい。シュパチェクはチェコ・フィルのコンサートマスターを務めていたが、フルシャはそのチェコ・フィルの音楽監督に就任することが決まっており、いわば同じ国の心が知れた音楽家同士、おそらく息の合った演奏を繰り広げてくれるであろう、と判で押したように書かれているのは当然のことである。いつものサントリーホールの2階席で、私は二人の登場を待った。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、かつてはほとんど知られていなかったが、最近ではよく聞く作品でもある。冒頭から憂愁を帯びた、あのドヴォルザーク節である。一度も聞いたことがなくても、日本人にとってはどこか懐かしく感じられる。これだから我が国にはドヴォルザークのファンが多いのか、などと考えながら耳を傾ける。

私は毎回、金曜日に行われるN響B定期2日目の会員だから、当然のことながら仕事が終わってサントリーホールへ駆けつけるわけだが、開演が19時だから通常、夕食には間に合わない。欧米では20時開演のところが多く、この場合はゆっくり食事が可能だが、日本では夕食の時間が取れない(かと言って終演後は食事の時間としても遅すぎる)。ところがこの日は仕事が早く片付き、私は18時には会場に到着してしまった。付近のレストランを徘徊していると、安くて美味しそうな店が見つかった。そこで初めて、コンサート前に食事をすることにした。しかも誘惑に負けてビールを一杯。これがいけなかった。

当然の帰結として睡魔が襲ってきたのだ。耳には心地よい音楽。必死にこらえてはいたが、とうとう耐えかねてうとうとする私の苦痛をよそに名演が続く。それにしても、2階席向かって右寄りのS席で聴くN響の響きは悪くない。この席で定期的に聴くことによって、私はオーケストラの音というものが、聴く位置によって随分変わることを今さらながら発見した。もちろん曲によってオーケストラの編成が違うし、指揮者の腕次第でもある。おそらく200年以上も歴史のあるオーケストラの音に正解はないのだろう、とも思う。

しかし私たちはまた、バランスよく録音された媒体で音楽を聴くことに馴染んでおり、レコーディング・エンジニアが作った音というものが理想的な音であると信じていたりする。実際は、それ自体いわば「調整された」サウンドであって、そんな音に聞こえるはずはない、ということも多いのだが、実演ではその音にならない。いや、実演で聴く音波の密度は録音された媒体とは本来一味も二味も違い、より新鮮でヴィヴィッドなのだが。

さてヴァイオリン協奏曲のような場合、ソリストとオーケストラのバランスという要素や、そもそも目で見ている演奏家の息遣いなどといった要素も加わるのだから、これはもうほぼ偶然の産物といえる。もとより聴き手のコンディションが最大の波乱要因であることは間違いない。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、珍しいことに第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。私はその切れ目も感じないまま気持ちよく過ごした。そしてしばしの休止のあと、第3楽章に入った。演奏は次第に熱を帯びて集中度が高まり、とてもいい名演になっていった。息の合ったヴァイオリンとオーケストラが見事に絡み合った様は、今後テレビで放映されたら見てみたい(放映されるのは初日の公演だが)。

アンコールにはドヴォルザークの「ユモレスク」を弦楽三重奏に編曲したものがあった。よく知っている曲が聞こえてくると、会場は静まり返り、そのあと盛大な拍手が沸き起こった。休み時間にロビーに出てみると、早くもアンコール曲のタイトルを知らせる張り紙が掲示されていた。この掲示の写真を撮る人が多いのだが、会場のホームページに後日掲載されるから、何もわざわざ争うように写真に収める必要はないと思っていた。ただこの日は、そういう人も少なかったので、写真に撮ってみた。

後半のブラームスは、眠りも醒めて音楽を心から楽しむことができた。このセレナーデ第1番ニ長調は、ブラームスがまだ20代のころの作品で、あまり演奏機会に恵まれないのだが、実に素敵な曲である。全体が春のような明るさに満ちており、立春を迎えた2月に聴くのには大いに相応しい。

第1楽章の親しみやすいメロディーは一度聴いたら忘れられないが、N響の中音域の素晴らしい音が、弦楽器といい管楽器といい実に素晴らしく、前半のドヴォルザークもそうだが、こういう中欧の音楽がまた真価を発揮するオーケストラのような気がする。とにかく夢見心地(本当に寝てしまった前半とは違うが)で時間が経つのも忘れるような気持ちであった。特に第2楽章から第3楽章にかけては、ディスクで聴くと退屈に思えてくることもしばしばだったが、さすが実演で集中して聴くと、これは紛れもなくブラームスの音楽である。以降、交響曲の緩徐楽章などで耳にする音楽である。言ってみれば、ブラームスの「田園交響曲」と呼ばれる第2番をずっと聴いているような感じ。

終楽章になって舞曲風のリズムになり、明るさを増した音楽は心地よい風を吹かせながら、45分に及ぶ曲が終わる。静かに聴き入った客席は、終始うっとりするような気持ちになっていたのではないだろうか。暖かい拍手に包まれながら、この日のコンサートは終わった。盛大な迫力に満ちた曲で終わるコンサートも良いが、このようなきっちり演奏された玄人好みの選曲も悪くない。ブラームスにはもう1曲、同時期に書かれたセレナーデ第2番というのもあって、これらを1枚に収めたディスクは数多い。今度ゆっくり聴いてみようと思いながら会場を後にした。


2026年2月10日火曜日

NHK交響楽団第2057回定期公演(2026年2月8日/NHKホール、フィリップ・ジョルダン指揮)

今回のN響定期は、少し変わったプログラムだった。前半がシューマンの交響曲第3番「ライン」、後半がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」の3曲(ソプラノ独唱:タマラ・ウィルソン)。同時代のドイツ人作曲家とはいえ、シューマンとワーグナーの音楽は似ても似つかない。「ライン川」という共通点で並べたのだろうが、どこか取ってつけた印象が拭えない。それでも後半のワーグナーが目当てだったので、久しぶりにAプロのS席を購入して出かけた。

前日から降り続いた雪が代々木公園の木々に積もり、まるでクリスマスツリーのように光っている。どんよりした空と刺すような寒さの中、空気だけは澄み切っていて気持ちが良い。人も少なく、こういう日は原宿から歩くのも悪くない。衆議院議員選挙の投票を済ませ、開園20分前にNHKホールへ到着した。

悪天候のせいか客席はやや空いており、当日券も出ていたのには驚いた。何しろ今日の指揮者はフィリップ・ジョルダンである。N響初登場、しかも1回限りのプログラム。ウィーン国立歌劇場の音楽監督を辞任したばかりという話題性もある。辞任の理由は「意見の相違」という毎度のパターンだが、このポストが難しいのは周知の通りだ。

それでも劇場育ちの指揮者として、特にワーグナーの評価は高い。しかも今回は「神々の黄昏」終幕の3曲を続けて演奏するという。これを逃す手はないと、シーズン初めからチラシに丸をつけて待っていた。幸い予定も空き、数日前に行けることが決まった。

前半の「ライン」は、シューマンが入水自殺を図った頃の作品ではあるが、私は精神医学の専門家ではないので、そこに病的な影を感じることはない。むしろ健康的で明るい作品だと思う。予想通り、演奏は悪くなかったが特筆すべきものもなく、どちらかといえば退屈だった。こうなると、前半からワーグナーをやってくれればよかったのに、と勝手なことを考えてしまう。「ニーベルングの指環」は名曲の宝庫だし、ワーグナーの交響曲なども一度実演で聴いてみたい。

しかし、20分の休憩を挟んで始まった後半は、同じオーケストラとは思えないほど音色が変わり、ドラマ性を踏まえた音作りが見事だった。

「ジークフリートのラインへの旅」が始まると、一気にワーグナーの世界へ引き込まれる。これが同じライン川を描いた音楽とは到底思えない。ワーグナーのそれは、悠久の流れの中に滔々と広がる独自の世界だ。6台のハープが並ぶ壮観な舞台で、ひとりの奏者が舞台裏へ移動する。楽器のバランスは完璧で、2階席にも十分に響く。

NHKホールは広すぎるほどだが、だからといって大音量で押し切るとバランスが崩れる。ジョルダンは初登場とは思えないほど音量のセンスが良く、さすがカペルマイスター出身のマエストロだ。「ラインへの旅」が終わると間髪入れずに「葬送行進曲」へ。舞台は一気に重々しく深刻な展開へ移る。

まるで早回しの映像や映画の予告編を見ているようで、このスピード感についていくのは少し大変だ。だが、これはいつものことでもある。四夜にわたる「指環」を通しで観たことのある人なら、あの長大な物語の最後に「葬送行進曲」が始まる瞬間の震えるような感動を知っているだろう。しかし、抜粋として聴くと、あの“麻薬のような陶酔感”にはどうしても届かない。もちろん承知の上で聴いているのだが、そう思うとどうしても、前半には「ラインの黄金」や「ジークフリート」の場面を入れてほしかった、などと考えてしまう。シューマンではなく。

それでも、この日の「葬送行進曲」は圧巻だった。そして続く「ブリュンヒルデの自己犠牲」。舞台には焼け落ちるヴァルハラも、燃えさかる炎も、ラインの水底も見えない。それでも想像力が勝手に補い、舞台の記憶と重なって没頭してしまう。

いつの間にか登場したアメリカ人ソプラノ、タマラ・ウィルソンの熱唱は、オーケストラの盤石なサポートに支えられ、ホール奥まで響き渡った。わずか40分ほどに凝縮されたワーグナーが見事に目の前に蘇り、演奏が終わると万雷のブラボーと拍手。歌手と指揮者は何度もカーテンコールに応え、難しいソロを見事にこなしたオーケストラの奏者たちにも、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2025年12月9日火曜日

NHK交響楽団第2052回定期公演(2025年12月5日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

イタリア・ジェノヴァ生まれの指揮者ファビオ・ルイージが、パーヴォ・ヤルヴィの後任としてN響の首席指揮者に就任してから三年が経過した。ルイージとN響の関係は、観客の好みを超えて一種の発展と成長を遂げ、そうでなければ到達し得なかったであろう音楽的表現のレベル、関係性を獲得しつつあるように思えてくる。9月定期のメンデルスゾーンにも、今回のサン=サーンスにも、同様の傾向が感じられた。

直線的でこれ以上ないスピード。体を大きく揺らしながらそれにくらいついていくN響メンバーからは、かつて見たこともないエネルギーが感じられる。各プレイヤーは身を乗り出し、必死の形相でさえある。何か一線を越えたような表現力、それを生み出す開き直ったような覚悟とエネルギーが、首席以外のプレイヤーからも如実に感じられる。このさまはライブで演奏を見る楽しみでもある。上品な日本のオーケストラで、このような果敢で集中力の高い演奏は、かつてあまり感じられることはなかった。もっともそれを成功させているのは、各プレイヤーの高い技量が前提になっているのだが。

そのようにしてルイージのN響は、今やかつてない高みに達しているように思えてくる。12月定期を聞いて、その思いを新たにした。B定期2日目、クリスマスの飾り付けがこのシーズン独特の華やかなムードを高める中、3つの曲が演奏された。まず我が国を代表する現代の作曲家、藤倉大の新曲で、N響委嘱作品の「管弦楽のためのオーシャン・ブレイカー~ピエール・ブーレーズの思い出に~」。勿論世界初演である。渡された解説によると、この作品はロンドン在住の藤倉が見つけた雲の本にインスピレーションを得て作曲したとのことである。しかし題名に「オーシャン」という名詞が使われており、これは「雲」をヒントに「海」をモチーフとして描いた作品ということになるのだろうか。

いずれにせよ、「雲」あるいは「海」が持つ絶え間ない分子の動きと光、あるいはその変化を音にしている。少なくともそういう風に聞くことになる。オーケストラは大編成で、ヴィブラフォンも登場するが、音楽自体は親しみやすい。テンポがあまり動かないからかも知れない。激しい部分もあって、聞いたことがない楽器の組み合わせによる音の変化を楽しむ。ルイージは丁寧にこの曲を演奏し終え、舞台から作曲家が登場すると大きな拍手に見舞われた。約15分の曲だった。

ピアノが中央に配置され、続くフランクの「交響的変奏曲」が演奏された。ここでピアノ独奏を務めたのは若きイスラエル人の俊英、トム・ボローであった。もっとも私はこの曲を聞いたことがなく、丸でピアノのための小協奏曲のような佇まいを15分余りにわたって楽しむことになった。フランクはベルギーの作曲家だが、フランス音楽に分類され、実際、フランス風のメロディーが聞こえてくる。

ピアノの音からは、自信たっぷりにほとばしる若いエネルギーを感じるので、そのことが何か嬉しいのだが、特にアンコールとして演奏されたJ. S. バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006」から「ガヴォット」(ピアノ版、ラフマニノフ編)の方が、何か彼自身の瑞々しさをストレートに伝えていたように思う。もっといろいろな作品(特にベートーヴェン)を聞きたいと思った。

後半のプログラムはサン=サーンスの「オルガン交響曲」であった。サントリーホールの正面に設えられたパイプ・オルガンの前に登場したソリストは、近藤岳であった。作曲家でもある彼は、ときどきNHKの音楽番組にも登場しているそうである。

この「オルガン交響曲」を何と形容すれば良いのか迷うのだが、冒頭に書いたようにめっぽう速く、一気に演奏されたので、その様子に見とれているうちに終わってしまった、という感じである。とにかく第1楽章が始まると直に、並々ならぬ勢いでグイグイと進むさまは壮観でさえあった。第1楽章の後半、すなわち通常の交響曲では第2楽章に相当する緩やかな部分は、いよいよオルガンが登場して通奏低音のように底を支え、弦楽器から大変にロマンチックなメロディーが聞こえてきてうっとりする曲である。ところが今回の演奏は、そういう部分に酔う間を(少なくとも私には)与えてくれなかった。

迫力に満ちた第2楽章は、打楽器やピアノも交じって大変カラフルな曲だが、ここでもルイージは煽るかのようにオーケストラをドライブし、それに食らいついてゆくオーケストラとのやりとりを見るのは、奮い立つような時間だ。こういう演奏は実演でしか見ることができないとも思えてくるので、これは貴重である。ともすれば我々は、録音されたメディアでの音楽体験に依存しずぎているのが事実で、本来音楽は実演で聞くものである、ということを思い出させてくれる。

ルイージの指揮は、まるでトスカニーニが生きていたらこんな演奏だったのかなあ、などと少し考えてみたりしたが、つまりは空回りしているわけではなく、オーケストラが一皮むけた状態で必死になっている。かつてのN響ではなかった光景が生まれつつある。そのような関係性を構築し、完成度を高めつつあるこのコンビは、そこそこ評価されてよいだろうと思う。だが、音楽そのものに魂が宿っておらず、どこかに置き忘れてきた感がある。その結果、後から考えてどのような音楽だったかを思い出すことができない。つまりは心に残らないような部分がある。そこが今後の課題であり、リスナーとしての注目すべき部分だと思った。

2025年11月19日水曜日

ハーゲン四重奏団演奏会(2025年11月13日トッパンホール)

地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を出て首都高速5号線の高架をくぐり、神田川沿いにしばらく歩くとTOPPANホールがある。ソロ・リサイタルや室内楽向けの小さなホールだが、今年25周年を迎え、毎年数多くのコンサートが開かれているから、そこそこ定評のあるホールと言ってもいい。同じ規模のホールは都内各地にあって、銀座の王子ホールのように単独のホールもあれば、東京文化会館小ホールやサントリー・ホールのローズ・ホールのように、大ホールに併設されたところもある。私は、主に室内楽が専門のTOPPANホールに行くのは、実は初めてである。

少し不便な場所にありながら、世界的な演奏団体がここを使用することは多い。そして世界屈指の四重奏団であるハーゲン四重奏団も、ここの常連である。いやそれどころか、解散を決めた彼らは、TOPPANホールを最後の公演地とすることを決めたそうだ。そのファイナル・プロジェクトの第1弾が催されることとなった。

私は滅多に室内楽の演奏会には行かないが、こうなると話は別である。一応クラシック音楽を趣味とする人間として、ハーゲン四重奏団の演奏会に行くのも悪くない、と思った。そもそも熱心な聞き手からすると、何とも不謹慎な話である。言わばウィーン・フィルの演奏会にだけ出かける俄かクラシック・ファンと同じである。そしてウィーン・フィルのチケットが取りづらいのと同様に、ハーゲン四重奏団のチケットも発売即完売。私が辛うじて手にできたのは、3日ある演奏会の最終日。クラリネットにイェルク・ヴィトマンを迎えたクラリネット五重奏曲のみの演奏会で、その前半には彼自身が作曲した作品が日本初演される。

このような玄人好みの演奏会に、私は仕事を早々に切り上げてしばし睡眠をとり、満を持して出かけた。何せ静寂さが際立つホールで、うとうととしようものなら大変である。そしてまさしくその通りの聴衆で、これほど品のいい客層の演奏会に出くわしたことはない。身なりがよく気品が漂っている。かといって、熱狂的な感覚むき出しの人々とも違う。さらには、このヴィトマンが作曲したクラリネット五重奏曲は、何とレントが40分も続くというではないか!まさにこれはTOPPANホールの聴衆向けの音楽で、沈黙と音楽との境界線を行くような作品だそうである。

プログラム・ノートによると、楽譜上で"TOPPAN Staccato"と敢えて記載されている部分がいくつかあって、ここを最弱音で弾くことが求められているそうである。それを他のホールでどう演奏するのか、よくわからないが、この曲はこのホールの音色に触発されて作曲された。そして私が初めて感じたTOPPANホールの音響は、これまでのどの小ホールにも増して素晴らしいものであったことは確かである。舞台に立つ演奏家も、ホールの持つ響きの良さと、静かな聴衆との間いに生じるインティメントに感応し、このような音楽の作曲、演奏に及んだのだろう。

ハーゲン四重奏団は、ザルツブルクのモーツァルテウムの奏者で結成された四重奏団であり、その構成は4人の兄弟である(現在、第2ヴァイオリンは交代)。1981年には活動を開始しているというから経歴はかなり長いが、ウィーンの伝統を受け継ぐ四重奏団かどうかはわからないが、アマデウス四重奏団、アルバン=ベルク四重奏団のあとを受け継いだオーストリアのグループとして、ドイツ・グラモフォンなどに多くの録音がある。私もベートーヴェンの何曲かを持っている。そのベートーヴェンを本当は聞きたかった(第2夜)が、これは仕方ないだろう。

四重奏団に混じってクラリネットのヴィトマンが登場する。丁度私の位置(前から4列目の左端)からは、そのクラリネットだけが、第1ヴァイオリンの影になって見えない。音楽の始まりは、まさに静寂からの境界ギリギリの音の「生まれ」で、その瞬間から何かが始まりそうな予感が果てしなく続く。レントといっても音の強弱はあり、現代音楽でもあるからそれまでに聞いたことのないような音色に、新鮮なものが詰まっている。弦楽器の様々な奏法は、長い歴史のなかで育まれ、多様にして多彩かつ良く知られているが、クラリネットとなると私などはあまり馴染みがない。それで、この40分余りの間中、私は興味津々であった。

クラリネットという楽器の表現力の広さに感心したのだが、中でもまるで尺八のような音で、幽玄なムードがただよう部分など。どこか能舞台を見ているような錯覚に捕らわれた。かと思うと、やはりそこは西洋音楽の伝統に回帰するような部分もある。クラリネット五重奏曲と言えば、何と言ってもモーツァルトとブラームスが2大巨峰で、この2つの曲に太刀打ちできるものはないと言ってもいいくらいである。当然、作曲者はそのことを意識するわけで、これらの曲のモチーフが使われているようだ。

熱心な聴衆は音楽が終わると、盛んに拍手をしてブラボーさえ飛び交った。作曲家を目指す学生や、現代音楽に興味のある聞き手が揃っていたのだろう。にしても、このような音楽に生で触れることは、もうないだろうと思った。やはり音楽は一期一会の芸術であり、そのことがいい、と年を取ると感じるようになった。

20分の休憩時間は、階上のカフェで過ごす。そして後半のプログラムは、ザ・クラリネット五重奏曲とも言うべきモーツァルトである。何度も聞いて耳にタコができているような曲だが、勿論私にとっては初めてのライブ。有名なメロディーが始まった。その演奏は終始安心して聞いていられる、完璧の、まさに夢のような時間だった。この曲に触発されたブラームスは、それ以上に素晴らしいクラリネット五重奏曲を残している。この2つの曲をカップリングしたディスクは多い。

ハーゲン四重奏団に委託され2009年には作曲されたヴィトマンの作品が、今日の白眉だったかも知れない。その意味では、モーツァルトの有名な曲は、まるでアンコールのように気さくな気分で、奏者がどう考えていたかはわからないが、終演後にアンコールはなかった。モーツァルトの方が、有名曲だけあって聴衆の拍手は大きかったが、前半にあったようなブラボーは聞くことがなかった。

このフィナーレ・シリーズは今後も続くようで、今回はパート1と記されている。私はそんなこと知らなかったので、ちょっと何か拍子抜けである。だがTOPPANホールの音響の素晴らしさと、ハーゲン四重奏団の生の演奏、それに新しいクラリネット五重奏曲の日本初演に、満足な一夜であった。

2025年10月14日火曜日

NHK交響楽団第2045回定期公演(2025年10月10日サントリーホール、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮)

御年98歳の世界最高齢指揮者が、一か月間も東京に滞在して3つのプログラム(計6回)の演奏会に挑む。それを聞いただけで、これは得難い経験になるのではと思うのが人情と言うものだろう。その演奏の良し悪しがどうのこうのという前に、まず長い移動時間を耐えて日本へ飛来し、何回もの練習をこなし、そして舞台に登場する。若ければ当たり前のこのような営みを、ある程度年を取った人なら驚異的だと思うに違いない。とりわけ私のように持病があると、海外旅行など相当な覚悟が必要なのだから

2025年10月10日、サントリーホールで行われたNHK交響楽団の第2045回定期公演(Bプログラム2日目)に、私は定期会員として出かけた。今回のプログラムは、スウェーデン系米国人ブロムシュテットに相応しくすべて北欧系の曲。まずグリーグの組曲「ホルヘアの時代から」に始まり、続いてニルセンのフルート協奏曲。後半はシベリウスの交響曲第5番である。ここでフルート独奏は、スイス生まれのセバスティアン・ジャコー。彼は日本での演奏は数多いようだが、私ははじめて聞く。

前半の2曲は編成が小さく、並べられた舞台上の椅子の数も少ない。対向配置されえた第一バイオリンとチェロの間を、オーケストラのメンバーに混じって、ゆっくりと歩行器につかまりながら巨匠が登場すると、会場からはブラボーの掛け声とともに、より大きな拍手に見舞われた。係員に見守られながら自力で指揮台に登り、慎重に専用の椅子に腰掛ける。第一ヴァイオリンの椅子が再び元に戻され、おもむろにチューニングが始まった。

このようにしてグリーグの組曲「ホルヘアの時代から」が始まった。前奏曲から始まるノルウェーのやや物悲しい風情に満ちている。N響の弦の暖かな音色が自然に響いている。テンポはむしろ速めで、頭脳は明晰であるのか指揮の衰えを感じないのは驚きである。ゆったりと叙情的な中間部も、チェロのソロなど聴きどころの多い曲だが、終曲でコンサートマスターの郷古廉が、印象的なソロを聞かせる。

ところでブロムシュテットのグリーグといえば、私は「ペールギュント」の演奏が、青春の音楽と言っていいぐらいの愛聴盤である。特にシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した古い録音は、当時としては珍しい劇音楽としての全曲もので、私は学生時代、それこそ毎日のように聞いていた。このことについては、またあたらめて書こうと思う。

丁寧な「ホルヘアの時代から」が終わり、マエストロは一旦舞台裏へ。間おおかずして、今度はフルーティスト、ジャコーと共に登場。デンマークの作曲家ニルセンの「フルート協奏曲」が始まる。この曲は初めて聞く。ニルセンはグリーグより20年ほど後の作曲家で、シベリウスと同年代。その晩年の作品である。

ここで私は、この曲が非常にめずらしく、バス・トロンボーンが使われ、しかもフルートとの掛け合いをするのがとても新鮮だった。しかもそこにティンパニが加わるのである。オーケストラの中に3つの頂点を結ぶような舞台上のやりとりを、いつもの2階席右寄りより眺める。2楽章構成の短い曲が終わって、ジャコーはアンコールにドビュッシーの「シリンクス」という曲を披露した。

さて記録によれば私は、これまですべてN響でブロムシュテットを計7回聞いている(今回が8回目)。その中には記憶に鮮明なものもあれば、そうでないものもある。とりわけ印象に残っているのは、モーツァルトのハ短調ミサと、シベリウスの交響曲第7番だった。敬虔なキリスト教徒であり、特にストイックな性格からか、厳しい練習が課されるとN響メンバーがインタビューか何かで言っていたのを聞いたことがある。しかるに真面目な日本のオーケストラとの相性は、良かったのだろう。私が東京で初めてN響の定期を聞いた頃には、ずでに名誉指揮者として毎年のように来日していたが、それが40年を経てもなお続いていることは、両者関係が極めて強い信頼関係で結ばれていることの証であろう。

この時のシベリウスの名演奏は、そのままCDにしてもいいと思った。他の指揮者での経験も合わせると、N響とシベリウスの相性はとても合っている、と私は思っている。だからあの飛び立つ白鳥のモチーフにした、明るく伸びやかな交響曲第5番がプログラムに上った時、これは聞いてみたいものだと思った。そしてその時が来た。

澄み切った透明な早朝の湖。私がイメージするこの曲の第1楽章は、そこに一羽の白鳥がまさに飛び立たんとしている光景である。N響の音がややぎこちなく聞こえたが、それはむしろ白鳥が飛行に備えて、試行を繰り返している時の様子にさえ感じられた。後半になると、大空へ舞っていく。

第2楽章は民族的なムードを感じ、この曲の持つまた別の美しさを感じるのだが、それも第3楽章に再び飛来する白鳥の主題への、ちょっとした間奏曲のようでもある。広大な自然の中に、大きく羽ばたいていった白鳥たちの飛行が、間を置かずしてクライマックスを迎え、簡素ながらも壮大なコーダを築くとき、得も言われぬ幸福な感覚が私を襲うのだった。

指揮者は各パートごとに楽団員を立たせ、抱擁と握手を交わす。高齢者にこれ以上の負担を強いるのは、やや酷ではないかと思われるものの、鳴りやまない拍手に応えて舞台に再度現れたマエストロには、盛大な拍手とブラボーが送られた。盛況のうちに無事第1回目のプログラムが終了した。今月はあと2種類のプログラムを指揮する予定であり、それらは広大なNHKホールを連日満席にしているようだ。そして何と、来シーズン(100周年記念)にも来日することが発表されている!御年99歳になっているであろうマエストロは、ブラームスとブルックナーを指揮することが決まっているそうである!

2025年9月24日水曜日

読売日本交響楽団第144回横浜マチネーシリーズ(2025年9月21日横浜みなとみらいホール、ケント・ナガノ指揮)

私はケント・ナガノという指揮者について、あまりよく知らなかった。実際、彼は日本のオーケストラをほとんど指揮したことはない。今回日本の常設オケに客演するには、1986年に新日フィルを指揮して以来の実に39年ぶりということだった。彼は日系アメリカ人3世であり、しかも奥様も日本人だという割には、日本での演奏機会が少なかったようだ。日本を避けてきたのだろうか、とさえ思っていた。

過去の彼のインタビューを聞くと、意見が非常に醒めていて冷たいという印象があった。カリフォルニア生まれの知識人らしく実にクールでドライ。だから音楽も、などと考えていた。私が所有していたCDはわずか2枚で、一つはリヨンの歌劇場のオーケストラを指揮したドリーブの「コッペリア」、そしてモントリオール交響楽団を指揮したベートーヴェンの「エグモント」と第5交響曲をカップリングした一枚である。これらの2枚のCDはとても素敵なので、愛聴盤でさえあるのだが。

そういうわけでこのたびの来日で読響を指揮すると分かった時も、実際どうしようかと迷った。プログラムは2種類あって、ひとつはマーラーの交響曲第7番。最も演奏機会の少なかったマーラーこの難曲が、最近はプログラムに上ることが多いが、私の場合さほど喜んで聞きたくなる曲ではない。一方、もう一つのプログラムは、シューベルトの「グレイト」交響曲である。「グレイト」は誰が指揮しようと聞きたくなる曲なので、私はこちらの方を選んだ。会場は横浜のみなとみらいホールの1回限りで、日曜日のマチネー。席はまだある。というわけで、秋風がようやく吹き始めた週末に私はひとり出かけることとなった。

桜木町で国電を下り、重慶飯店で期間限定のアヒルの玉子入り月餅餅を買う。そのあと長い歩道を歩いてみなとみらい地区へ。右手には日本丸とその向こうに遊園地が見える。この横浜ならではの光景は、やはり気分が変わっていいものだ。そしてビルの中に入ると、フィレンツェのジェラート屋があった。つまらないカフェでもコーヒー1杯500円するのは当たり前の昨今、ビールでも飲もうものなら軽く1000円近く取られるインフレ日本で、アイスクリームが税込み500円というのは安い。私もあのフィレンツェのアイスクリームは懐かしいから、ここでラズベリー入りのソーダを注文して時間を調整。横浜に来る楽しみがまた増えたことが嬉しい。横浜から直接みなとみらい線に乗ったのでは、ここには来られない。

会場のロビーから見えるコンベンション・センターの風景も、東京の他の会場では見えることがない風景である。そこで今度はビールを飲む。これも600円と良心的。このようにして上演前のひとときをプログラムを見ながら過ごした。このような贅沢な時間もまた、コンサートの一部である。

本日のプログラムは3つ。まず前半は野平一平の「織られた時IV〜横浜モデルニテ」という作品。世界初演だそうである。冊子によれば、近代化の象徴とも言える横浜の光景を音にして、前衛的な雰囲気も含めた作品と本人が解説している。教会の鐘の音に模したファンファーレで始まり、我が国初の鉄道や汽船の音などもモチーフになっているようだ。ナガノは8分余りのこの曲を丁寧に指揮、会場にいた作曲者も登壇して喝采を浴びていた。

続く曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番で、数あるモーツァルトのピアノ協奏曲には珍しい短調の曲である。このような曲を取り上げるのは、実力あるピアニストの意欲だろうか。そのピアニストはイタリア人のベネデット・ルポ、私は初めて聞く。もちろんこの曲も実演はおそらく初めて。ところが演奏が始まって驚いたのは、その音色の粒立ちの格調高い気品である。モーツァルトを弾くに相応しい確かなタッチと、ほとんど飾って見せないストレートな表現。すべての音符が考え抜かれ、理想的な強弱レベルで明晰に聞こえてくる。例えていえば、グルダに似ている、という感じだろうか(もっともグルダは録音でしか聞いたことがないのだが)。

第2楽章でのオーケストラは、そのピアノを側面から寄り添い、確かなリズムを刻む。席が良かったからかも知れないが、読響の音ももはやヨーロッパのレベルである。第3楽章のカデンツァに入る部分など惚れ惚れする響きは最後まで続き、同じように感じ入った聴衆も多かったに違いなく拍手も多い。何度もカーテンコールに応えてルポは、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾いた。これも惚れ惚れとする印象を残した。サービス満点の演奏だった。

休憩を挟んでのシューベルトは、「天国的に長い」とされる曲だが、いい演奏で聞くことになるといつまでも聞いていたいと思う曲に変身する。ところが今回の演奏時間の記載を見ると約48分と書かれていた。これは繰り返しを一切しないことを意味していると思ったが、実際そうであった。そもそもこの曲をすべて繰り返して演奏するには、演奏家によほど覚悟がないと難しいのだろうし、聴衆がそれについて来られるのかが気がかりである。実際、この曲の間中、いや前半でさえも、私の両隣のご婦人は終始居眠りをしておられる始末。いやそれだけではない、後方の席にいた拍手をいち早くする高齢男性も、演奏中は熟睡。いつ果てるともわからない音楽を生で聞きながら眠るのは、さぞ気持ちがいいに違いない。

ところがその演奏は、私はこれまで聞いたシューベルトの曲中、最高の部類に入る名演奏になったことは疑いがない。第1楽章から、そのバランスといい継続的な完成度といい、申し分がないだけでなく、オーケストラがすこぶる上手いと感じた。もしビデオ収録されていたら見てみたいが、どうもそういうこともなさそうで残念である。だがそこに居合わせた聴衆は、この演奏のレベルの高さを確信していた。終演後、間を置かずして圧倒的に盛大なブラボーが沸き起こったことも、そのことを示している。

読響の定期で、これほど大きな拍手を聞いたのは初めてである。そしてこの曲をここまでの完成度で、しかも長い時間維持し続けたことはちょっとしたものだ。特に私が一番注目している第3楽章のトリオの部分を、ナガノは十分な時間を保って演奏した。ここを中途半端に通り抜ける指揮者が多い中で、私は初めて理想的な演奏に巡り合った心境だった。CDでスタジオ録音されたものなら(例えばアバドの演奏)、ゆっくりと時間をかけてこれを理想的な演奏に仕上げることもできよう。しかし実演となると、なかなか難しいと思われる。そもそも長い曲を覚悟しているブルックナーの場合とは、ちょっと事情が異なる。

第4楽章のリズムが淡々と進みつつも気迫のこもった演奏は、次第にオーケストラも聴衆も熱を帯びて聞き入る。もっと長く聞いていたいと思う演奏になってゆく。それにしても読響の木管楽器の巧さが際立つ。まわりを見ると、皆さんまだ船を漕いでいる。熱を帯びた演奏家や一部聴衆と対照的なのが実に面白く愉快である。実は今、名古屋へと向かう新幹線「のぞみ」に乗って、昨日のコンサートを思い出しながらこの文章を書いているが、まるでその車窓風景のように快速に進む音楽が、とうとう終わりを迎えた時、割れんばかりの聴衆が指揮者を何度も舞台へ呼び戻し、それはオーケストラが退散しても続いたことは、言うまでもない。

最高の読響の演奏、最高のシューベルトの余韻を残しながら会場を後にしようとしたとき、何と「サイン会場」と書かれたプラカードを持った係員がいるではないか。聞くと「今日は特別のようです」とのことだった。私もプログラム冊子を持って行列に。インタビューで聞くナガノの醒めたコメントとは違い、こんなにも熱い演奏をする指揮者とは思わなかった。そして一人一人にサインをする指揮者とピアニストに、私は「これまで聞いた中で最高のシューベルトでした」と話しかけると、とても喜んで笑顔で答えてくれた。そういうわけで、これは忘れ得ぬコンサートになった。

帰りはみなとみらい駅で恒例の「シウマイ」を買って、そのまま電車へ。家から1時間とかからない横浜にも、これからは時々出かけたいと思った。このホールは、場所も座席の心地も音響も悪くはない。ただあの最前列席の目の前に張り巡らされた金属線が、舞台の視界をさえぎらなければもっと心地よいのに、と思った。

チャイコフスキー:3大バレエ組曲(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

チャイコフスキーの3大バレエ音楽について、個人的なベスト盤とともに感想を書き終えた。3作品のうち最初に作曲された「白鳥の湖」は、1877年の初演時には必ずしも成功を収めることができず、チャイコフスキーにとっても不本意な結果となった。しかし、1890年に初演された「眠れる森の美女」...