2026年5月17日日曜日

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)


良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んだ曲は聞き所を心得ているし、演奏による違いも実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。有名曲過ぎて普段なら敬遠するのだが、今回は違った。

東京交響楽団が新しい音楽監督に就任する、まさにその就任披露の演奏会。これまでに音楽監督だったのは、秋山和慶、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノット。ヴィオッティは4代目ということになる。そのヴィオッティ、私はイタリア人だと思っていたのだが、実はローザンヌ出身のスイス国籍であることが判明した。1990年生まれの若干36歳ながら、ウィーン・フィルの定期にも登場する世界的な指揮者である。

そのローザンヌにかつて2か月ほど滞在したことがあるので、あの世界一綺麗な(と思っている)町で育った指揮者に特に興味を覚えた。私がローザンヌに滞在していたのは、学生だった頃の1990年夏だったので、ドンピシャである。急な斜面に立ち並ぶ古い街並みと教会、その合間を縫う石畳の向こうにはレマン湖が広がり、さらにはフランス・アルプスの高峰が見えた。

よくこれほどの指揮者を、東京交響楽団の音楽監督に迎えることができたのだと思う。プロフィールを読むと、2014年、彼の指揮者人生において初めてオーケストラの演奏会を指揮したそうである。以来、このオーケストラとは何度か共演を続けてきているようだが、私は初めてのコンサートだった。就任披露となっていることもあり、特別な雰囲気に満ちていた。チケットは完売し、あとから妻を誘おうとしたが、それは果たせなかった。

ベートーヴェンの交響曲第1番は1800年に作曲され、マーラーの交響曲第1番はその約100年後に作曲された。いずれも音楽史の転換点となる節目の年であり、その象徴的作品に他ならない。まさにベートーヴェンの交響曲第1番によって「芸術」としてのクラシック音楽が始まり、そしてマーラーの交響曲第1番によって、その「終わりの始まり」が示されたと言える。19世紀の最初と最後の作品を並べたのが、今宵のプログラムというわけである。

さて、拍手に迎えられてオーケストラが席に着くと、やがて指揮者が現れた。ヴィオッティは深々とお辞儀をしたのが印象的だった。タクトを下した瞬間に響いたのは、まぎれもなくベートーヴェーンの和音。序奏に引き続き、勢いよく第1楽章のメロディーが流れた。音は少し硬いという印象。やはり緊張のせいかもしれない。最近には珍しく、右手前方がチェロである。

私はコロナ禍の始まった2020年、ベートーヴェン生誕250年の年に企画されていた数多くのコンサートに出かける予定だったが、ほぼすべてが中止を余儀なくされてしまったことが残念で、以来、ベートーヴェンの交響曲が演奏されるたびに、各曲1回は聞くことにしてきたが、それも今回の第1番、そして来月の第8番(オスモ・ヴァンスカ指揮・東響)でめでたく終わる予定である。

第3楽章から第4楽章にかけては、そのまま続けて演奏されたのは印象的だったが、その演奏が終わるころにはオーケストラも少しずつゆとりが生まれてきたように感じられた。無難に演奏を終えたのだろうが、これはこの曲としては高水準の名演だったと思う。ハ長調の曲は難しい。ヴィオッティは特に古楽器風の音作りではないようにも思えたが、やや残響が少ないようにも思った。

いつものようにトイレには長い行列ができ、後半のプログラムを待つ。私は今回、A席なので2階の後方ブロックの最前列であった。しかしここからはオーケストラの全体が見渡せ、悪くない。NHKホールならS席の距離である。そして4管編成に増強されたオーケストラが登場、さすがに壮観である。最上段にまで弦楽器奏者がいる。

第1楽章のかすかな響きで音楽が開始すると、やがてクラリネットが、トランペットが、徐々に音楽は大きくなってやがて太陽がパッと姿を現すように日の出を迎える。そのクレッシェンドの印象的なシーン。この曲は聞きどころが満載である。ヴィオッティの指揮は少し硬く感じられたが、それも第2楽章の鋭く刻むスケルツォで、彼は満開の自信を深めていったように見える。この第2楽章のリズムは私のこだわる部分だが、これまでに聞いてきたどの演奏よりもエキサイティングだった。そして中間部の繊細さも。

第3楽章は「巨人」の白眉ともいえる楽章だ。まず冒頭のコントラバス。通常はソロであるフレーズをここで何と、彼は奏者全員で弾かせた。さらに中間部の繊細な部分は、マーラーの心の奥底を垣間見るようなシーンで、彼はそのことを十分心得ており、その表情付けには圧倒された。しかもこれまで聞いたことのないような、新しい音楽に聞こえてきたのはちょっと意外だった。

楽章の間だというのに、静まり返った会場は、第4楽章のシンバルの一撃を指示するタクトに全体の視線が注がれていた。咳をしたり、座りなおしたりすることもできないくらいに体が硬直し、その霊感に圧倒されていたのだ。そのようにして始まった長い第4楽章は、まるで魔法にかけられたような圧倒的なものだった。展開部の弦楽器のアンサンブルは、それはもう感涙にむせぶような気持ちにさえなったのだ。

圧巻のコーダに至っては、ホルン奏者が総立ちとなり、会場が震えるような音量の中を突き進んだ。演奏が終わると爆発的な拍手とブラボーが送られたのは当然のことだった。各奏者を順に讃え、指揮者も長々とお辞儀を繰り返す。オーケストラが去っても会場を去る人は少なく、拍手と歓声が続く。そして再び舞台に登場したマエストロは、舞台を歩き回って手を振り、この就任披露が大満足の結果となったことを観客とともに祝っていた。

2026年5月16日土曜日

NHK交響楽団第2063回定期公演(2026年5月15日サントリーホール、山田和樹指揮)

いつの間にか山田和樹は、わが国を代表するスター指揮者になってしまった。昨年はついに、日本人としておそらく(近衛秀麿、朝比奈隆、小澤征爾、佐渡裕に次いで)5人目となるベルリン・フィルの指揮台に立った。それ以前にもモンテカルロやバーミンガムのオーケストラを指揮しており、ドイツを拠点とした生活は相当に多忙を極めていると想像される。

それにもかかわらず、日本での活動も実に活発だ。ついこの前までは読売日本交響楽団の首席客演指揮者を務めていたことが記憶に新しいし、東京混声合唱団での活動も続けている。さらに来シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の芸術監督に就任するというから驚くほかない。エラス=カサドやソヒエフらと並び、若手指揮者のトップランナーとして走り続けている。

そんな山田の指揮を、私はかつてN響の定期で触れている。記録によれば2016年1月、ビゼーやストラヴィンスキーの作品をNHKホール3階席で聴いたときの記憶が鮮明に残っている。10年前なので、彼はまだ36歳という若さだ。だが当時すでに、自ら主宰する横浜シンフォニエッタの録音で知られ、私も瑞々しく躍動感に満ちたビゼーの交響曲に感動した覚えがある。N響の定期公演は記憶に残らない回も多いが、この演奏会は今でもよく覚えている。

今回の演奏会でも、山田の指揮は見事というほかなかった。まるで長年ともに演奏してきたオーケストラのように自在に操る手腕は、やはり才能としか言いようがない。日本人同士で気心が知れ、日本語でコミュニケーションできるという利点はあるにせよ、同じ条件で誰もがこうなるわけではない。しかも今回のプログラムは、日本人の作曲家を含む、滅多に演奏されない作品ばかりでだった(N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」)。

  • 山田一雄:交響詩「若者のうたえる歌」
  • カール・アマデウス・ハルトマン:葬送協奏曲(ヴァイオリン独奏:キム・スーヤン)
  • 須賀田磯太郎:交響的序曲 作品6
  • パウル・ヒンデミット:交響曲「画家マティス」

こうした珍しい作品は、素人目には練習も大変だろうと思うのだが、山田はまるで何十回も取り上げてきたかのように軽やかで、余裕を感じさせる指揮ぶりだった。作品全体をしっかり把握し、指示も的確。オーケストラは安心してついていきアンサンブルに乱れがない。バランスも絶妙で、特定の楽器が強すぎたり弱すぎたりすることもなかった。

山田一雄は元祖「ヤマカズ」で、1985年までN響を指揮していた我が国の音楽家だが、この「若者のうたえる歌」は1937年の戦前の作品である。初めて聴いた印象としては、非常に現代的な感性に彩られているということだ。武満徹の作品のように、日本的な音階が新古典的衣装をまとっている。マーラーは、幼少期に親しんだ民謡を作品に取り入れたように、若き山田一雄もまた、民謡のメロディーをそっと織り込んだのだろうか。そんな想像が頭をよぎった(もちろん素人の感想で、事実は不明だ)。

今回取り上げられた作品は、いずれも1930年代の日本とドイツの作品である。つまり二つの世界大戦の狭間に位置し、マーラーのすぐ後の世代にあたる。マーラーの弟子でナチスに追われたユダヤ人スプリングハイムという人物が日本に逃れたことで、2人の邦人作曲家に大きな影響を与えたらしい(プログラム・ノートによる)。

とはいえ、それぞれの立場は少しずつ異なる。ヒンデミットはユダヤ人ではなかったが、ナチスによって退廃的と批判され、とうとうアメリカへの亡命を決意した。一方ハルトマンは、左翼としての批判を受けながらもナチの時代を生き延び、1963年に亡くなるまで8つの交響曲を含む作品を残した。そのハルトマンの「葬送協奏曲」は4楽章から成るヴァイオリン協奏曲である。韓国系ヴァイオリニスト、キム・スーヤンはオーケストラと見事な共演を見せ、前半のゆったりした曲にやや飽きかけた頃、一転して激しく速い楽章に突入すると、山田の若々しい指揮に伴って、ぐっと聴きごたえのある音楽へと進化していった。これは「ファシズムを打倒するロシアの革命歌」だという。

アンコールでは、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調より第3楽章をたっぷりと演奏した。隣り合う2本の弦を同時に弾く奏法は、まるで二人のヴァイオリニストが演奏しているように聞こえる。その響きが、近代に蘇った新鮮な音として耳に届いた。アンコールにバッハを選んだのには、このようなポリフォニックなものを強調して見せるとう意図があるのではないかと感じた。

休憩を挟んで演奏された須賀田磯太郎の「交響的序曲」は、当時の時代背景にあって明るく、祝祭的な雰囲気を持つ。横浜の資産家として不自由ない生活を送ったことが、その楽天性に影響しているのかとも思ったが、実はこの作品は皇紀2600(1940)年を記念して作曲され、山田耕筰の指揮で初演された、いわば体制賛美の曲である。

プログラム最後はヒンデミットの「画家マティス」。すでに古典的作品の風格すら漂うが、私は今回が初めての実演だった。ヒンデミットには先にオペラ版「画家マティス」があり、それを交響曲に仕立てたのが1934年。その経緯は片山杜秀氏の解説に詳しい。日本初演は1936年、斎藤秀雄の指揮による(世界初演はフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

ヒンデミットは1963年まで生き、多くの作品を残したが、この「画家マティス」が最も有名だ。ただしモデルとなった「マティス」とは、16世紀ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトのことで、フランスの画家アンリ・マティスとは別人である。私はそのことすら知らなかった。作品はフーガやポリフォニーなど古い形式を多用し(これがヒンデミットの特徴とされる)、コラールも用いられる宗教的色彩も濃い。

しかし、現代音楽でもあるこの曲は大規模で壮麗な響きが続く曲である。ここで少し下世話な話になるのだが、平日夜のコンサートは職場のストレスを引きずりがちで、気持ちの切り替えが難しい。だがこの日の音楽は、開演前にサントリーのワインで少し酔いを回らせていたにもかかわらず硬直していた脳に、心地よい混乱を与えてくれた。雑念を追い払うように、あるいは雑念に寄り添うように、音楽が響いてくる。

無味乾燥な音がひたすら鳴っているような錯覚にとらわれる瞬間もあったが、N響は今日も一糸乱れぬ、気合の入ったアンサンブルで、この若き日本人指揮者に全幅の信頼を寄せているように見えた。終演後、各パートを回って握手を交わす山田の姿からは、暖かい人柄がひしひしと伝わり、熱狂的な拍手は長く続いた。会場では山田の最新アルバム、ドイツ・グラモフォンからリリースされたウォルトンの交響曲集(バーミンガム市交響楽団)が販売されていた。なるほど、今日聴いた作品の性質とどこか通じるものがある、と感じた。

2026年4月29日水曜日

東京交響楽団第739回定期演奏会(2026年4月26日サントリーホール、パブロ・エラス=カサド指揮)

前回出かけたコンサート(N響定期)に関する記事で、最近あまり演奏会で感動することがなく、これは年齢によるものだろうか、などと書いた。しかし、これは間違っていた。このたび聴いた東京交響楽団の演奏会の素晴らしさと言ったら! 前半のシューベルトといい、後半のブルックナーといい、何も言うことができないくらいに完成度が高く、これは本当に東響の演奏会なのだろうか、とさえ思ったほどだ。指揮者が良ければ、オーケストラの良し悪しなどたいした問題ではない。逆に、指揮者がつまらないと、いかにオーケストラが取り繕おうとしても限界があるということだ。

私はこの四半期、6月までの東響の演奏会に「4回券」という仕組みで会員となった。これは好きな4回のコンサートを自由に組み合わせて、割引のチケットを購入することができるというものだ。東響の今年の演奏会は、私が注目するものが前半に集中している。このため、この仕組みは大変ありがたい。そしてその最初のコンサートがサントリーホールで開かれた。久しぶりの東響である。

その指揮は、何とパブロ・エラス=カサド。前回の来日で指揮したN響定期を私は聴き逃しているから、これは思いがけないことだった。その演奏の素晴らしさはラジオでも明らかだった。たしかファリャの「三角帽子」だったと思う。そして、彼は今やウィーンにもベルリンにも登場する売れっ子指揮者となっている。私は昨年末、久しぶりにバイロイト音楽祭のライブ収録をNHK-FMで聴いたが、その中で「パルジファル」を指揮したのがエラス=カサドだった。彼は毎年のようにバイロイトに出演しているらしい。

その彼が、よく東響の指揮台に立ってくれたと思う。そしてプログラムがいい。前半はシューベルトの「未完成交響曲」、後半がブルックナーの交響曲第6番である。いずれも渋い選曲。そして指揮者の力量がストレートに出る曲ではないかと思う。サントリーホールの1階席は久しぶり。A席なので後方の端である。だがそんなことは、まあどうでもいい。新橋で昼食を済ませ、銀座線に乗って溜池へ。会場前の広場には骨董市のような催しが開かれていて、気候もいいからだろう、大勢の人が集まっている。その合間を縫うようにしてエントランスに向かう。

大作曲家が未完に終わった曲を、弟子や後世の作曲家が補筆する例は多い。モーツァルトの「レクイエム」はもっとも有名だが、他にもマーラーの交響曲第10番、ブルックナーの交響曲第9番、あるいはプッチーニの歌劇「トゥーランドット」なども完成版としてよく演奏される。しかしシューベルトの、今では第7番と呼ばれる交響曲は、そのようなことにならない。理由は簡単で、この曲を補筆してしまうと「未完成」ではなくなるからだ。シューベルトの「未完成」は「未完成」であることに意味がある。だが、本当はこの曲をシューベルトの意思を継いで作曲することなど、誰もできないからではないかと思う。

「未完成交響曲」のユニークさは、当時としても画期的だったのだろう。ベートーヴェンが「暗い」と言って敬遠したロ短調(プログラム・ノート)という調性もさることながら、それまでシューベルトが作曲したどの交響曲よりも長く、そして深いのだ。

「未完成交響曲」はベートーヴェンの「運命交響曲」と並んでクラシック音楽の定番のカップリングであり、大変よく演奏されたのだが、私が初めて「未完成交響曲」を聴いたとき、これは何とも静かな曲だと思った。音楽はゆったりとして速くなることがない。最初は少しためらったが、その魅力に惹かれるのに時間はかからなかった。にもかかわらず、実演で「未完成交響曲」を聴くことは少ない。私もこれが確か4回目に過ぎない。けれども「未完成交響曲」は、第1楽章も第2楽章も大変ダイナミックであり、時に深く沈むかと思えば、懐かしいメロディーが心の底をえぐり、大音量の切実な波が押し寄せてくる。変化に富んだ曲は、迫力もあって聴き所満載である。

その「未完成交響曲」の最初の静かな出だしは、どこか落ち着かないムードの曲なのだが、エラス=カサドはそれからわずか数分後には演奏家を完璧に掌握し、聴衆の心を鷲掴みにした。音のバランス、ハーモニーの職人的妙味は、あのN響の常連であるソヒエフでも感じる天才的な音楽感覚ではないかと思う。我が国にも山田和樹がいるが、この3人はヨーロッパでも引く手あまたのスター指揮者へと昇っている。

シューベルトで心の底から感動した私を含む聴衆は、音楽が終わっても拍手をすることが数十秒ほどできなかった。長い静寂に会場が浸った。そして暖かい拍手。前半でエラス=カサドは東響の会員を驚かせたに違いない。となれば、自然に後半のブルックナーへの期待が高まる。いつもと違って顔を紅潮したような人が多かったような気がしたのは気のせいかもしれないが、私はその気持ちを落ち着かせるべくドリンクのカウンターに並んだ。

ブルックナーの交響曲第6番は地味な曲だが、私が最初に感動したブルックナーの交響曲で、思い入れが強い。しかし、この曲は作曲家の存命中にはほとんど演奏される機会がなく、したがってあのブルックナーの交響曲につきものの「版」の問題は存在しないに等しい。皮肉なことにこの曲は「大きな反響を呼ぶことも、厳しい批判を集めることも」なく、「改訂を決意するような機会すらなかった」(プログラム・ノート)のである。しかし、ブルックナーの死後2年がたって、ようやく全曲通しての初演がなされた。その時の指揮は、何とグスタフ・マーラー(ウィーン・フィル)だったようだ。

エラス=カサドがブルックナーを得意としているのかどうかわからないが、第4番をすでに録音している。それを聴いたことはないのだが、今回の演奏も終始力強く自信に満ちており、と同時にブルックナーに必要な独特の間合いは、この曲も完全に掌握しているからこそ達成されたものと言ってよい。よくブルックナーは自然に任せて表現することが重要、などと言われるが、それとは対極の、いわゆる「統制型・攻撃型」のブルックナーとしては、これは最高峰の出来栄えであった。

それを可能ならしめたのは、何といってもこの日の東響のアンサンブルの素晴らしさで、まるで神がかったように一糸乱れぬ姿は、1時間にも及ぶ演奏時間中、途切れることがなかった。この手腕はオーケストラの各プレイヤーによることは明白だが、指揮者がそうさせていたと思う。魔法のように、その指揮はオーケストラを乗せていった。特に第2楽章の美しさといったら!

演奏が終わって、長い静寂のあと大歓声が沸き起こったことは言うまでもない。カーテンコールを繰り返すたびにそのボリュームは大きくなった。コロナ禍以降、オーケストラが退席してもしつこく拍手が続き、再び指揮者が舞台に現れる「一般参賀」の光景は最近では珍しくないが、どことなくわざとらしい感じがしてきている。だがこの日は違った。明らかに再登場を求めるスタンディング・オベーションに加わった聴衆は、全体の半数近くいたのではないだろうか。それほど感激し、満足度が高かったということである。そういうわけで、コンサートに通うのが楽しくなった。次回はいよいよ第4代音楽監督に就任するロレンツォ・ヴィオッティのお披露目演奏会である。

2026年4月25日土曜日

NHK交響楽団第2061回定期公演(2026年4月16日サントリーホール、ファビオ・ルイージ指揮)

最近、音楽を聴いても、以前のように心が震える瞬間が少なくなったように感じている。年齢を重ね、感性が鈍ってしまったのかと思うこともある。若い頃は時間もお金も限られていたからこそ、わずかな機会を逃すまいと満を持して会場に向かい、胸を高鳴らせながら音楽を待ち受けたものだ。あの頃の自分は、演奏が進むにつれて「もう終わってしまうのか」と切なく思った。欧米から来日する音楽家ともなれば、次に聴ける機会はないかもしれない。その思いが、音楽への渇望をいっそう強くしていた。

どんなに悪い席でも構わなかった。多少演奏が荒くても、目の前で音が鳴っているという事実だけで胸がいっぱいになった。しかし今は違う。耳が肥えたと言えば聞こえはいいが、むしろ感受性が摩耗してしまったのかもしれない。

今回、サントリーホールで聴いたファビオ・ルイージ指揮によるマーラーの交響曲第5番は、なぜ自分が感動しなかったのか、正直よく分からない。オーケストラは過去にも増して集中し、アンサンブルは見事で、日本でも屈指の水準にあると感じた。音色は磨かれ、細部まで神経が行き届き、欠点を探す方が難しいほどだ。それでも、どこか物足りなさが残る。

演奏側に原因があるのか、聴き手の問題なのか。第4楽章のアダージェットはロマンチックで、呼吸も十分に感じられたのに、心が動かない。理知的に偏っているわけでもなく、叙情美が欠けているわけでもない。ただ、音楽に「ゆとり」がないように思える。型にはまり、そこから自由に身をひるがえす余白がない。客観性はあるのに、音楽の揺らぎや遊びが抑え込まれているようで、優等生的な印象が拭えない。

人工的な完成度で魅了するマゼールのような個性があるわけでもなく、素朴な情熱で感性を揺さぶるタイプでもない。すべての教科で80点を取る秀才のような音楽で、そつがないが、どこか決定的な一撃に欠ける。こうしたタイプの指揮者は少なくないが、音楽は本来もっと多様で、多面的であるべきだと思う。その結果が、マーラー特有の曖昧な方向感や、遠い世界へ誘われるような感覚を薄めてしまっている。音楽が漂わず、その場にとどまってしまう。聴衆は常に目の前の音に向き合わされ、次第に疲れてしまう。まるで新入社員が上司に囲まれた酒席で酔えないような息苦しさがあり、どんな料理も味わえないのと似ている。

一方、前半のモーツァルトのクラリネット協奏曲は実に素晴らしかった。ルイージの音作りは、モーツァルトに不可欠な浮遊感と音の美しさを見事に引き出していた。N響のアンサンブルも精緻で、クラリネット独奏(N響主席の松本健司)は安心して身を委ねられる出来だった。30分ほどの間中、懐かしい気持ちが胸に広がった。かつて、秋の夕暮れにこの曲の第2楽章を繰り返し聴きながら、最晩年のモーツァルトの心に思いを馳せた日々があった。少年時代の音楽の記憶がよみがえり、懐かしさと嬉しさが入り混じった。

2026年4月20日月曜日

ブラームス:セレナード第2番イ長調作品16(ベルナルト・ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団)

雨の日豊本線を、特急「きりしま」が走る。4月だというのに、沿線の木々はすでに新緑の季節を迎え、瑞々しい青さが目にしみる。宮崎から鹿児島へ向かう2時間の旅は、車内を歩くこともままならないほど揺れが強く、この文章を書く手も震えるほど。日本でも屈指の人口の少ない地域を走る列車の、月曜朝の車内は比較的すいている。だが台湾からの旅行客が多く乗っている。みな観光客だからか、静かながらもどこか華やいだ空気が漂っている。

耳には、Spotifyで流れるブラームスのセレナード第2番。ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏だ。牧歌的な第1楽章を聴きながら都城に近づくと、雲の切れ間から青空がのぞき始めた。3日間降り続いた菜種梅雨も、ようやく終わりを迎えつつある。南九州は本当に雨が多い土地だと、改めて思う。

舞曲風の第2楽章はスケルツォ。ブラームスは秋に聴きたくなる作曲家だと思い込んでいたが、それは晩年の作品に限った話で、若い頃の作品には春や夏の空気がよく似合う。このセレナードも、彼が20歳の時の作品だ。ただ、こうした「若さ」についての感想を文章にするのは、どこか陳腐で恥ずかしくもある。

都城を過ぎると、車窓は次第にシラス台地らしい風景へと変わっていく。平屋の立派な家が多いのも、この地域ならではだ。列車は森の中を快走し、いくつかの峠を越えて大隅の国へ向かう。霧島周辺は九州でも屈指の風光明媚な土地である。今や鉄道旅は決して安くはないが、車窓をのんびり眺める楽しさは、他の交通手段には代えがたい。私はやはり鉄道の旅が好きなのだ。

このあたりには10代の頃に何度か訪れたことがあるが、それ以来の再訪だ。驚くほど、40年前と風景が変わっていない。

音楽は第3楽章、第4楽章へと進む。実際にコンサートで聴けば少し退屈に感じるかもしれないが、旅のBGMとしてはこれ以上ないほど心地よい。第5楽章はやや速めで陽気な曲。ハイティンクのブラームス全集は細部まで丁寧に描かれ、フィリップスの録音も秀逸でとてもバランスが良い。流行りのイタリア風流麗さではなく、適度なアクセントと明晰さを備えた演奏で、ブラームスの中庸の魅力がよく出ている。

第1番に比べて地味な印象のある「セレナード第2番」を聴く機会はほとんどない。いや、皆無と言っていい。だが今回はSpotifyのおかげで、旅の良き相棒となってくれた。曲が終わり、AIが自動で選んだ「ハンガリー舞曲」が流れ始めたころ、列車はちょうど霧島神宮駅に到着した。

2026年4月16日木曜日

ハイドン:オラトリオ「四季」(2026年4月12日東京文化会館、イアン・ペイジ指揮)

春というよりは、もう初夏の陽気である。まだ桜も散りきっていないからか、上野公園には大勢の人が訪れている。この季節、すっかり恒例となった「東京・春・音楽祭」は、今年も数多くの意欲的なコンサートを企画し、どの公演に出かけようかと東京のクラシック音楽ファンを悩ませている。西洋では復活祭の期間にあたり、来日する団体やソリストの融通がつきやすいのだろう。欧米に比べ、日本はすでに春本番を迎え、暖かく過ごしやすいということもあろう。

そういうわけで今年も「グレの歌」やいくつかのオペラなど、大型公演が目白押しである。その中でも私がもっとも注目し、発売日を待ってチケットを買ったのは、ハイドンのオラトリオ「四季」の演奏会だった。この音楽祭は合唱作品を取り上げるのが好例だが、今回はその「合唱の芸術シリーズ」の第14回目とのことである。とうとう大好きな「四季」が実演で聴ける。私は長年、この曲の実演に出会えることを心待ちにしていた。

そもそもこのブログを書くきっかけとなったのは、あの膨大な数に上るハイドンの交響曲をすべて聴き、その感想などをメモしておきたいという衝動にかられたからだ。書き進むにつれて、他の作品や演奏会の記録も残しておきたくなり、それは主要な作曲家の主要な管弦楽作品とオペラを次第に網羅するだけの量になっていった。10年以上が経過して、書いた記事は1000件を超えるまでになった。ハイドンの管弦楽を含む作品についていえば、2つのオラトリオ、すなわち「天地創造」と「四季」が避けて通れない作品である。この2曲は、実際ハイドンの数あるオラトリオの中でも双璧を成すとされ、片や旧約聖書の創成期を題材とした宗教的色彩の濃い作品、片や農民の労働生活を生き生きと描く世俗的色彩を持つ作品である。どちらがいいというものではなく、この両曲はハイドンのオラトリオの最高峰と言っていいだろう。

共通しているのは神への賛歌である。まるで情景が目に浮かぶような歌詞に合わせて、具体的な動物の鳴き声や気象の様子が音楽によって巧みに描写される。古典派の骨格を維持しながら、まるで標題音楽のようにそれらが出没する様子は、対訳を追いながら聴くとより鮮明に想像力が掻き立てられ、アリアや合唱との融合を繰り返しながら、壮大な絵巻物を見るような錯覚にとらわれてゆく。演奏を超えて、曲の素晴らしさにこそ感銘を受ける。おそらく若きベートーヴェンもこの曲を聴き、あの「田園交響曲」を着想したのではないか。

特に「四季」は、我が国でなじみやすい作品であるといえる。なぜなら中緯度に位置する日本は、春夏秋冬の区別がはっきりしており、季節感に対する感覚は世界のどの国よりも繊細であると思う。ひとこと「雨」といっても何十種類もの表現を使い分ける俳句の季語を持ち出すまでもなく、今でも天気予報はまず季節の話題から始まり、手紙の冒頭には季節表現を用いることになっている。四季に対する鋭敏な感覚を持ち合わせている日本人には、この作品ほどなじみ深く、また共感を覚える作品はない、とさえ思う。

にもかかわらず、「四季」が公演のプログラムに上ることはほとんどなかった。私はここ10年以上、この作品の実演を探してきたが、取り上げる団体は皆無に等しい状況だった。「天地創造」なら数年に1回は上演されていることを思うと、ちょっと理解しにくい。CDなどのメディアには「四季」の録音は数多くある。だから、今回の機会を逃すと、もう一生この音楽を実演で聴くことはできないのではないか、と思った次第である。

指揮者は当初予定されていたアイヴァー・ボルトンから、本邦初登場のイギリス人イアン・ペイジに変更された。そのことが関係していたのか定かではないが、チケットの発売日も延期され、私はその都度、カレンダーの印を変更する必要があった。だが、チケットは最後まで売れ残り、当日券も沢山用意された。会場に来た実感では、4割程度の入場者数だろうか。このような状況は見たことがない。しかも日曜日のマチネである。出演者に気の毒なくらいに、この作品の知名度は低いのだろうか。けれども、3人のソリストに加え、定評ある東京オペラシンガーズの合唱、東京都交響楽団による演奏とくれば、そこそこの演奏が期待できる。

そのソリストでひときわ安定した響きを会場に轟かせたのは、やはりバスのタレク・ナズミだった。冒頭から威厳があって、しかも明るく光彩を放つような低音は、聴いていてほれぼれとするほどだ。だが、テノールのマウロ・ペーターも悪くない。彼は真摯に歌詞に向かい、高音であってもであっても決して軽薄になることはなく、高貴で力強い神への賛歌を歌う。

その2人の男声に挟まれたのが、唯一の女声パートを歌うクリスティーナ・ランツハーマーだった。彼女は次第に調子を取り戻し、最終的には及第点の出来栄えだったと思う。合唱団はやや硬いという印象を持ったが、それも後半には解消し、特にクライマックスを築く「秋」の後半は、オーケストラの迫力と相まって深い感銘を残した。

オーケストラ中央には通奏低音を担うチェンバロとチェロの奏者が陣取り、ここはバロックの風合いを残す。合唱も時にフーガを奏でる。ペイジという指揮者は、ピリオド奏法の音楽団体を主宰し、主にモーツァルトの音楽で定評があるようだが、ここで聴いた演奏は特にビブラートを押さえたという感じはしなかった。むしろオーソドックスなモダン楽器の演奏スタイルだったことが意外だったというべきか。

そのようにオーケストラと合唱の硬さは、いささか精彩を欠いた感は否めない。しかし都響の、特に管楽器からは朗々と歌うメロディーが聞こえてくるし、「秋」における4台のホルンの重奏などは見事に決まった。イギリス人による「四季」の名演奏は、何といってもBBC響を指揮したコリン・デイヴィスだと思っているが、この録音は英語による歌唱である。デイヴィスの骨格ある質実剛健とも言うべき指揮は、この曲の魅力を伝えてやまないが、今回の演奏はそれに比べると、やや輪郭がぼけていた。それも初登場、かつ1度限りの演奏会の宿命だったのかもしれない。

2026年4月11日土曜日

ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98(カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ブラームス最後の交響曲である第4番ホ短調は、彼の最高傑作であることに、おそらく疑う余地はないだろう。音楽的な知識をさほど持ち合わせていなくても、あるいはブラームスの本質を知らない人が聴いても、そう感じさせるだけの力を持っている。無駄のない骨格、ロマンティックで豊穣な響き、緻密にして多彩に変化するリズムやハーモニー。どの側面から見ても完成度は申し分なく、演奏を変えて聴いても常に味わい深い。後半の楽章に至っては、興奮を禁じ得ないほどである。

そのような曲だけに人気も高く、古今東西の名演奏・名録音は枚挙に暇がない。私がクラシック音楽を聴き始めた頃、我が家には何枚かのレコードがあった。思い出すままに記すと、フルトヴェングラー、トスカニーニ、セル、クレンペラーなどなど。そこに当時の新盤、バーンスタインのウィーン・フィル盤も加わった。知人の家に行けば、さらにS=イッセルシュテット、カラヤン、ワルター、あるいはケルテスの名盤もあり、私はそれらを広い居間で聴かせてもらったのを覚えている。

同じ曲を、演奏を変えて何度でも聞く。クラシック音楽の楽しみのひとつは、この「聴き比べ」にあると言える。それには一定数のディスクが必要であり、過去の名演奏を一通り網羅していることが望ましい。でないと、より詳しい人からは軽く見られるのが落ちである。「もっといい演奏があるのに、この人は知らないのだな」という、軽蔑をもにおわせる無言の視線が注がれる。クラシック音楽とは、このように恐ろしい趣味でもある。

さて、そのような我が家の「ブラ四」(通はこう呼ぶ)コレクションに、また一枚のLPが加わった夜のことを、私は忘れることができない。ちょうどデジタル録音が始まった頃、ドイツ・グラモフォンの黄色いジャケットに、どこかニヒルな表情の顔写真。誰だ?この人は。私の父は、まだ中学生だった私がすでに床に就いているにもかかわらず、自宅のステレオ装置を鳴らした。

一家7人が暮らす昭和の木造住宅である。ふすま一枚を隔てただけの隣室にも、その音はダイレクトに届いた。しかも大音量で。そこで聴こえてきたのは、ブラームスの交響曲第4番。だが、私はこの曲をまだあまり知らなかった。多くの人がそうであるように、私は第1楽章冒頭の、前奏なしで始まる主題だけを知っていた。よく聞いていたのはワルター晩年の演奏で、それはとてもゆったりとしていて、ロマンに満ちた、まるで映画音楽のような演奏(と私には思えていた)だった。

だが、父が再生した演奏は、そのようなものではなかった。音楽が始まるや否や、ぐいぐいと引き込まれていく。テンポはかなり速く感じられた(実際にはそれほどでもないのだが)。第1楽章の途中で私は興奮状態に置かれ、目は冴え、それどころか布団の中で汗ばむほどに高揚していった。

第2楽章の静かなメロディーでさえ、集中力を失わない緊張感と生き生きとしたバランスに圧倒されたが、第3楽章の冒頭が鳴り響いた瞬間、まるで最終コーナーを回った競走馬のような疾走ぶりに、私は完全に放心状態となってしまった。

この演奏こそが、当時の最新盤であったカルロス・クライバーのものだった。カルロス・クライバーはまだ若手の部類に入っていたが、すでに「伝説の指揮者」と呼ばれていた。何しろレパートリーは極めて少なく、実演も録音も滅多にお目にかかれない。しかし、ごくたまに現れては歴史的名演を残す。それまでにリリースされていたのは、ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」(デビュー録音)と、ベートーヴェンの交響曲第5番、第7番くらいであった。

しなやかでありながら圧倒的な集中力。類まれな興奮と、まるで鍛え抜かれたアスリートが放つような生物的な美しさ。それは独特の指揮姿にも表れていたが、当時のファンにはそれを知る術がなかった。知られていたのは、あの巨匠エーリッヒ・クライバーの息子であるということくらいである。後に知ったことだが、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」、ヴェルディの歌劇「椿姫」、あるいはシューベルトの「未完成交響曲」といった、完成度の高い名曲ばかりを取り上げていた。そのクライバーが選んだブラームス作品が、この第4交響曲だったのである。

ウィーン・フィルが顔を紅潮させ、身を乗り出すようにして熱演を繰り広げている様子が、スタジオ録音からも手に取るように伝わってくる。そのようなことは滅多にない。彼は100%の完成度でなければ音楽を世に出さないのである。その職人気質にウィーン・フィルのメンバーは心底惚れ込み、以後、さまざまな問題があってもなお、この指揮者に熱い思いを寄せ続けた。それが後のR・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」やニューイヤー・コンサートの名演につながっていく。

第1楽章はソナタ形式で書かれている。この曲は19世紀の終わり頃に作曲されたにもかかわらず、どこか古風な印象を残す。その最大の理由は、この冒頭のメロディーにあるのではないだろうか。ヴァイオリンが休符を挟んで上下の音を行き来する。専門的には3度の下降、6度の上昇。このモティーフは楽器を変えながら幾度となく現れる。分離と融合が自然に流れる心地よさ。ロマンティックでありながら、どこか理性を失わない確固たる構造を持つ。そこにブラームスの精神性が感じられる。

第2楽章では「フリギア旋法」という用語が登場する。私の知識では十分に理解できているとは言えないが、ピチカートが印象的である。ホ長調に転じて明るさを感じさせつつ、ゆったりとしたアンダンテが続く。単純でありながら複雑な世界である。

さて第3楽章は、トライアングルが鳴る非常に印象的な楽章である。ブラームスの交響曲における第3楽章は、いずれも個性的である。第1番の切れ目のない構成からすでにそうであり、第3番には単独で取り出したくなるような美しい旋律がある一方、この第4番では絢爛で豪快な性格を持つ。興奮に満ちていくこの楽章を、クライバーは一気呵成に畳みかける。

そして終楽章である。構造は極めて複雑とされるが、理屈を考えながら聴く必要はないだろう。シャコンヌ(パッサカリア)という、バロック時代に由来する技法が用いられているというが、決して古風なだけの音楽ではない。むしろ斬新で劇的である。古典的な骨格を保ちながら、その内実は極めてロマン的であり、しかも革新的である――それこそが最終到達点としてのブラームスの魅力である。

最後に一言。この曲を「人生の秋」を感じさせる、憂愁を帯びた作品とする見方がある。しかし本当にそうだろうか。ブラームスがまだ53歳の頃の作品であり、自ら「最高傑作」と認めていたものが、達観に基づく音楽であるとは私には思えない。この作品において彼は一つの頂点に到達し、その先へ進む必要がなくなったのではないか。これは最も完成度の高い、そして野心に満ちたブラームスの作品であると私は考える。カルロス・クライバーによる演奏は、その若々しさと情熱が、年を重ねてもなお漲っていることを示す、極めて斬新なものである。

2026年4月1日水曜日

ブラームス:セレナード第1番ニ長調作品11(リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団)

今年は例年より早く桜の開花が宣言され、春の気配が静かに、しかし確かな足取りで近づいている。10年前に歩き始めた東海道五十三次の旅も、まもなく草津に到達する。京都までは、あと少し。日本橋を出てからの歳月を思えば、コロナや腰痛といった幾つもの困難を越え、よくここまで辿り着いたものだと、早朝の東海道新幹線の車内でひとり感慨にふける。

今、ブラームスの「セレナード第1番」を聴き始めた。

若々しさと穏やかさが同居するこの音楽は、今日のような少し肌寒い曇り空に、しっとりと寄り添う。いわばブラームスの「田園シンフォニー」とでも呼びたくなる風情で、交響曲第2番に付されることのある副題を思い起こすが、こちらの方が若々しい分、むしろ伸びやかで自由に息づいている。交響曲という形式の枠から解き放たれているからだとも思う。

三島を過ぎ、静岡県に入ってもなお空は重く曇り、富士の姿も望めそうにない。それでも、よくここまで歩いてきたものだと、ふと胸の奥で思い返す。

第2楽章に入る。引き続き牧歌的で、3拍子の穏やかな舞曲が、春の朝の空気にぴたりと溶け込む。ホルンが柔らかく響き、中間部へと移る。聴き入っているうちに、いつの間にか第3楽章へ。さらにゆったりとした牧歌的な旋律が流れ、私を乗せた「のぞみ」は静岡市内に入り、雲間から淡い陽光が差し込んできた。

それにしても、なんと平和的な音楽だろう。世界では戦禍が絶えず、暗い報せが日々流れ続けている。エネルギーの逼迫が生活を揺るがす未来も、もはや遠い話ではない。先行きの見えない不安に心が沈みがちな中で、こうした平穏と幸福に満ちた音楽に触れると、忘れていた大切な何かがふと胸に戻り、思わず息を呑む。

第3楽章も静かに幕を閉じる。弦と木管を主体とした音楽は、ほのかなロマンを湛えながら、ひたすらに平和的である。こうした曲を聴いていると、ブラームスはシューベルトやシューマンよりも、ずっと健康的で、まっすぐな精神の持ち主だったのではないかと思えてくる。だからこそ、彼はベートーヴェンを深く敬愛したのだろう。15分に及ぶこの楽章は、実に見事だ。

新横浜を出た頃に聴き始めた「セレナード第1番」は、長大な前半の3楽章を終え、木管が軽やかに導く第4楽章へと進む。第4楽章と続く第5楽章は短いながら、全体に小気味よいアクセントを添える存在だ。音楽は決して急いだり沈んだりせず、自然な呼吸のまま流れていく。

列車は早くも浜松付近を走っている。金管で始まるわずか2分あまりの第5楽章はスケルツォであり、最終楽章への前奏のように聴こえ、気分をそっと切り替えてくれる。ホルンとオーボエの掛け合いが愛らしく、3拍子の音楽は行進曲風に変わり、気持ち浮き立つ桜のシーズンを迎えた日本の空気とどこか響き合う。

第1楽章の冒頭と、この第6楽章の旋律はとりわけ印象深い。幸福感を増しながら、音楽は確かな足取りで終結へ向かう。豊橋を過ぎる頃、「セレナード第1番」は力強く幕を閉じた。空はわずかに明るさを増したようだが、まだ曇りがちだ。雨の心配はなさそうである。こういう日は歩くのにちょうどよい。京都まで、あと30分余り。

シャッフルされたSpotifyのAIは、ブラームス「大学祝典序曲」を選んだ。なるほど、今日は新入学の季節にふさわしい、陽気で快活な響きだ。「セレナード」のあとに聴くには、なんとも相応しい小品である。

若きブラームスの瑞々しい感性があふれる2つの「セレナード」の録音はいくつかあるが、わが国では長らく、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルのレコード一択だった。1980年頃の録音である。

それから40年以上が過ぎ、今日私が耳を傾けているのは、リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏である。テンポはやや速めで、ビブラートを抑え、イタリア風の軽やかさと旋律の輪郭を際立たせた名演。耳を洗うような清新な録音でもある。

2026年3月17日火曜日

ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲第1番、第2番(リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)

ショスタコーヴィチの音楽を聴き始めたころ、こんな曲があったのかと思った。それはちょうど、リッカルド・シャイーがコンセルトヘボウ管弦楽団とジャズに関する曲を集めたCDを新発売し、それが目に留まったのである。「なぜソビエトの作曲家がジャズを?」と思ったものだ。

一般にジャズとは、米国南部を源流に持つアフリカ系アメリカ人(黒人)の音楽として発展した。その軽妙さと即興性、独特のリズムを持つ音楽をソビエトに紹介した人物がいたのだろう。しかし、そのままの形でソビエトに持ち込まれたわけではなくロシア流にアレンジされ、原型から大きく変化したものだと言ってよい。

シャイーの指揮で聴くショスタコーヴィチのジャズ作品集は、とてもリラックスして軽妙だが、どこか洗練されておりモダンである。もっとも作曲されたのはいまから100年ほど前でもあるので、古きレトロな香りが充満している。いってみれば、サロン音楽、あるいはダンス音楽といったムードである。

ここで話は少し脱線するが、米国で活躍し、時にジャズの要素を取り入れた作曲家にロシア系アメリカ人が多いことは興味深い。ジョージ・ガーシュイン、アーロン・コープランド、それにレナード・バーンスタインといった誰もが知るアメリカ人作曲家は、みなロシア系、しかもユダヤ人の血を引いている。そのユダヤの音楽をショスタコーヴィチもしばしば引用し、交響曲をはじめとする作品に取り入れているのは、さらに興味深いと言える。

さて、ソビエトにおけるジャズは、本家アメリカのものとは異なり、体制的なバックアップもあって流行した側面がある。ショスタコーヴィチは数々の映画やアニメーションの音楽を作曲しているが、これらの作品もいわば彼の本業を少し離れたユーモラスで打ち解けた作品である。その面白さは一度聴くとよくわかる。シャイーの軽やかで明るいリズムが、その傾向に拍車をかけている。

ジャズ組曲第1番(1934)は8分程度の曲ながら印象的である。ワルツ、ポルカ、フォックスロットの3つの部分からなる。一方、第2番(1938)は、1999年に発見され2000年になるまで初演されなかった作品とは異なり、ここでは「舞台管弦楽のための組曲第1番」が収録されている。約25分の曲で、これがかねてより「ジャズ組曲第2番」とされていた。シャイーの演奏は1991年のものだから、「ジャズ組曲第2番」と表記されている。

8つの部分から成り、さまざまな他の作品からの転用も多くなされているようだ。まあそんなことはともかく、ムード音楽のような気軽さでソビエトのジャズに耳を傾けてみたい。1922年に誕生したソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)は、ゴルバチョフによる改革に失敗し、1990年代初頭に崩壊してしまった。ショスタコーヴィチの人生(1906–1975)は、そのほとんどをソ連時代に過ごさざるを得なかった稀有な芸術家である。彼が残した数多くの交響曲については、また別の機会にゆっくり聴いてみたい。とかく難解なショスタコーヴィチの音楽にも、こんな気さくに聴けるものだってあるのだということが、私などはとても人間的で嬉しいことのように思えてくる。

なお、本CDにはピアノ協奏曲第1番、および「タヒチ・トロット」としても知られる「二人でお茶を」が添えられていて、サービス満点である。

2026年3月16日月曜日

ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェニエ」(The MET Live in HD Series 2025-26)

ジョルダーノの歌劇「アンドレア・シェニエ」は、ヴェリズモ・オペラの中でも屈指の名作でありながら、これまで Met Live で取り上げられることがなかった。理由はおそらく明快で、主役を担える理想のテノールがなかなか見つからなかったのだろう。私自身、この作品を実際に観るのは今回が初めてである。とはいえ、オペラ好きとしては、いつまでも避けて通れない作品でもあった。

ディスコグラフィを眺めれば、往年の名テノールたちがこの作品に挑んできた歴史が見える。ディ・ステーファノ、ゴッビ、デル・モナコといった大御所たち。さらにドミンゴ、パヴァロッティ、カレーラスと続く黄金時代。しかし、その後は途切れてしまう。そんな中、今回の MET が選んだのは、近年ほとんど専属歌手のように活躍しているポーランドのピョートル・ベチャワ(アンドレア・シェニエ)。相手役にはブルガリアのソニア・ヨンチェヴァ(マッダレーナ)、そしてもう一人の主役とも言えるジェラール役にはロシアのイゴール・ゴロヴァテンコが名を連ねた。

東欧の三人がニューヨークに集い、フランス革命時の実話をもとにしたイタリア・オペラを歌い上げる。指揮者は MET Live には初登場ながら、すでにここの首席客演指揮者を務める若き俊英ダニエーレ・ルスティオーニ。しかも今年から都響の首席客演指揮者にも就任するというから、日本の音楽ファンとしては期待が膨らむばかりだ。

舞台はニコラ・ジョエルの演出で、第1幕冒頭には巨大なソファが運び込まれるという大胆な幕開け。音楽はイタリアらしい情熱を湛えつつも、プッチーニほど甘美に傾かず、どこか古い伝統の香りを残している。その古風さが批評家には物足りなく映ることもあるようだが、聴き手にとってはむしろ魅力の一つだ。何しろ、このオペラには聴きどころが実に多い。

第1幕のハイライトは、詩人シェニエのアリア「ある日青空を眺めて」。最高音 B♭ が2度も現れる難所で、幕間のインタビューでベチャワ自身がそのプレッシャーを語っていた。さらに第4幕冒頭には「5月のある美しい日のように」というアリアが控え、気品と信念を兼ね備えた歌唱が求められる。まさにテノールが主役のオペラであり、ソプラノでさえ脇に回るほどだ。

そのソプラノの見せ場は第3幕、マッダレーナがジェラールに懇願する名アリア「母は死んで」。一方、ジェラールにはその前に「祖国の敵」という力強いアリアが用意されている。どちらもガラ・コンサートで頻繁に取り上げられる名曲で、単独でも十分に舞台を支える力を持つ。

そして終幕には、断頭台へ向かう二人が歌う壮絶な二重唱「君のそばにいると、僕の乱れた心も」が待っている。かつて MET の資料室長だった P・クラーク氏は、この場面について「ここで身震いしない人は脈拍を確かめた方がいい」と語っている。けだし誇張ではない。

表題役のシェニエは、若い詩人である。しかし幕が開いてまず登場するのは、革命前の貴族生活を楽しむコアニー家の下僕ジェラールで、彼は冒頭からアリアを歌う。一方、同じサロンに令嬢のマッダレーナが登場。詩人シェニエの歌う即興詩にジェラールともども魅せられる(第1幕)。

5年後。ここからがややこしい。恐怖政治が吹き荒れる中で今や革命政府の要人となったジェラールと落ちぶれたマッダレーナが再会。ジェラールはマッダレーナに告白し、シェニエも登場して決闘を交えるが、ジェラールは2人を逃がす(第2幕)。

今回のMET Liveでは、第1幕と第2幕、第2幕と第3幕の間にそれぞれ休憩があり、そのあと第3幕と第4幕は続けて上演された。この後半は集中力が欠かせない見どころの連続である。反革命分子として捕らえられたシェニエを、マッダレーナは体と引き換えに助けてほしいとジェラールに懇願。その姿勢に心を打たれたジェラールは、2人を許す決意をするのだが、時すでに遅し(第3幕)。2人は高潔な死を歌い断頭台へと向かう(第4幕)。

アリアを含め、記憶に残るキャッチーなメロディーがないあたりが、プッチーニには及ばないところ。名舞台の映像を見慣れた人には物足りなさもあるかもしれないが、私のように初めて全編を観る者にとっては、新鮮な驚きの連続だった。指揮者ルスティオーニの自然でダイナミックな音楽づくりも心地よく、アリアが終わるたびに客席からブラボーが飛び交う。イタリア・オペラならではの熱気を、休日の朝にたっぷり味わうことができた。

2026年3月7日土曜日

読売日本交響楽団第656回定期演奏会(2026年3月5日サントリーホール、鈴木優人指揮)

 J・S・バッハの大曲「マタイ受難曲」を聴くのは、これで四度目になる。我が国を代表する世界的バロック演奏団体「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いる鈴木雅明氏の長男、鈴木優人氏は、いまやバロックにとどまらず幅広いレパートリーを自在に振る指揮者だ。2020年から読売日響の「クリエイティヴ・パートナー」として活躍してきたが、その任期もそろそろ終わりを迎えるらしく、この3月には三つのプログラムが並んだ。

その最初を飾ったのが「マタイ受難曲」である。ただし、今日よく耳にする古楽器による原典志向の演奏ではなく、1829年にメンデルスゾーンが蘇演した版を用いたものだ。かつては通常のオーケストラがビブラートも控えず、やや厚みのある響きで演奏することも珍しくなかったが、いまではすっかり時代の流れが変わった。それでもメンデルスゾーン版、しかも読響のモダン楽器となれば、古楽とはまた違う風合いが立ち上がる。その違いを確かめたくなり、急遽チケットを手に入れた。過去の「マタイ」にも必ず同行してくれた妻も、平日の夜だというのに職場から駆けつけてくれるという。

サントリーホール2階席右側は、舞台に並ぶ二つのオーケストラのうち左側の音がよく届く場所だ。一方でソリストは正面を向いて歌うため、こちらはその横顔を眺める形になる。丁寧な対訳リーフが挟まれたプログラム・ノートが配られ、会場四か所には字幕も設置されている。定期演奏会とあって客席は満員で、読売日響らしい独特の空気が漂っていた。

「マタイ」は登場人物がとにかく多い。このため主要人物以外は、合唱団(バッハ・コレギウム・ジャパン)の数名が巧みに兼ねていた。これがまた見事で、この曲を十八番としてきた彼らの実力を改めて感じさせる。東京少年少女合唱隊も加わり、第1部後半で清らかな歌声を響かせたのも印象的だった。通奏低音はチェンバロではなく、指揮者正面のチェロとコントラバスが担い、オルガンは舞台右袖に控えている。

福音史家はアメリカ人テノールのザッカリー・ワイルダー、イエスはバスのドミニク・ヴェルナー。イエスが歌う場面では、通奏低音が深みのある伴奏を添え、その存在感を際立たせる。一方、この演奏には唯一の女声として森麻季(ソプラノ)が登場し、いくつかのアリアを歌い分ける。カウンター・テナーのクリント・ファン・デア・リンデも加わった。

四人の独唱のうち、福音史家とイエスはまずまずの出来といったところだが、他の二人──森麻季とカウンター・テナー──は前半こそやや落ち着かず、むしろ合唱団の中からユダやペテロを歌う声の方がよく通った。それでも後半には調子を取り戻し、森麻季が「哀れみたまえ」を満を持して歌い上げたとき、会場にはしみじみとした空気が広がった。

全体として後半は、前半とは比べものにならないほど充実していた。音楽的な聴きどころが多いこともあるが、特にヴァイオリン・ソロやフルート独奏は、奏者が立って演奏したこともあって、聴衆の集中を一気に引き寄せ、クライマックスの輝きを放った。

約2時間の演奏会で、一般的な「マタイ」からは省かれた部分もあった(配布された対訳リーフはバッハ・コレギウム・ジャパンによるものだが、どの箇所が省かれているかまでが詳細に表記されており、保存しておく価値がある)。しかし、2時間という長さはむしろ心地よい。モダン楽器の演奏家が滅多にレパートリーとしない「マタイ」も、こうして聴くとまた新たな魅力を見せる。一度このブログでも真剣にこの曲を取り上げたいと思いながら、いまだ果たせずにいる。バロック時代の最高峰ともいえる「マタイ受難曲」は、これから復活祭に向けて欧米で演奏ラッシュを迎える。3月に来日公演が多いのは、この期間、彼らが本国での活動を優先するためだと、以前どこかで聞いた。今年4月には、サントリーホールでバッハ・コレギウム・ジャパンによる「マタイ」の公演も予定されている。


2026年3月6日金曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番ヘ長調作品102(P: レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック)

若きバーンスタインがニューヨーク・フィルと共演したショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番を、私はアンドレ・プレヴィンがピアノ独奏を担当していると思っていた。だが、プレヴィンが弾いたのは第1番の方で、第2番はバーンスタインの弾き振りである。録音は1958年というから、ステレオ初期のかなり前の演奏。そしてこの年は、作曲の翌年ということになる。そしてそれはまた、バーンスタインとニューヨーク・フィルが雪解けのモスクワで凱旋公演を果たした頃でもある。

バーンスタインのピアノがどれほどの巧さなのかはよくわからないが、アルゲリッチやユジャ・ワンのように、このような曲を技巧的に弾き倒すのも面白いが、このような簡単に見える曲はゆっくりと噛みしめるような演奏も素敵である。この曲は息子のマクシムのために作曲された。当時マクシムは、レニングラード音楽院の学生だった。その後指揮者として父の曲の初演を行うなど活躍したが、よく知られているように、彼は父親が亡くなったあとアメリカに亡命した。

子犬の競走のような明るい第1楽章を経て、驚くのは第2楽章の、丸でショパンのようなロマンあふれる第2楽章である。一転して静かな曲調になると、しばらくしてピアノがゆっくりと甘美なメロディーを奏で始めるのである。私は初めてこの曲を聞いたとき、これは本当にショスタコーヴィチの曲なのかと思ったほどである。

開発を入れず始まる第3楽章は、再び軽快な曲である。どこかジャズ風でもあるこの曲を、バーンスタインは明暗の表情をつけつつリズミカルに演奏している。大作曲家が若いころに書きそうに思えるような曲ながら、これはそこそこ技巧が要るのかもしれない

2026年3月3日火曜日

ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35(P:マルタ・アルゲリッチ、アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団)

「冬来たりなば春遠からじ」というが、今年の冬はあっという間に過ぎ去り、早くも桜の開花の季節が始まろうとしている。にもかかわらず、今日は朝から冷たい雨。おまけにイランで戦争が始まるというニュースが流れ、世の中はどこか暗いムードに包まれている。

ショスタコーヴィチについて調べていて、彼が第1回ショパン・コンクール(1927年)に出場し、優勝こそ逃したものの名誉賞を受けていたことを初めて知った。つまり彼は、作曲家としてだけでなくピアニストとしても相当な腕前だったということになる。ショスタコーヴィチの残した作品は、オペラから交響曲、室内楽まで膨大な数に上るが、ピアノ協奏曲は2曲しかない。その2曲は、第1番が1933年、第2番が1957年の作曲。この間にはヒトラーと戦った第2次世界大戦があり、さらに戦後には恐ろしいスターリン独裁期が続いたことを思わずにはいられない。

先日、N響定期で第2番の方を聴き、その美しい第2楽章に深く心を打たれた。では第1番はどのような曲だったか、改めてきちんと聴いてみようと思った。かつてどこかで耳にしたような気もするが、私の所有する『クラシック音楽作品名辞典』(三省堂)には赤鉛筆で聞いたことを示すチェックが入っているものの、ほとんど記憶にない。調べてみると録音はそこそこあり、人気作品であることがわかる。

その中で私の心をとらえたのが、マルタ・アルゲリッチによるルガーノ音楽祭2006のライブ録音だった。指揮はアレクサンドル・ヴェデルニコフ、オーケストラはスイス・イタリア語放送管弦楽団。ヴェデルニコフはロシアの指揮者だが、新型コロナウイルスにより亡くなったという。なお、この作品は単なるピアノ協奏曲ではなく、トランペットが大きな役割を果たす。正式なタイトルは「ピアノ、トランペット、弦楽合奏のための協奏曲」である。この演奏でソロ・トランペットを務めているのは、日本でもおなじみのセルゲイ・ナカリャコフだ。

第1楽章の冒頭から、何とも印象的である。短いフレーズがアイロニカルで、どこかヘンテコリンな味わいを持つ。そして突然、高速のピアノが駆け込んでくる。さらにトランペットが追い打ちをかける。さまざまな要素が交錯して面白いが、音楽が破綻しているわけではない。どこかパロディー的な趣がある。

第2楽章は一転して真面目な緩徐楽章で、意外にロマンチックだ。しかしそこはソビエトの音楽。どこか醒めていて、心の奥に冷徹な心情が表現されているように感じる。最近よくドラマを見るのだが、その挿入音楽のようにシーンの裏側に潜む心理を照らし出す。特に後半には不安なムードが漂い、どこか寂しく孤独な感情を呼び起こす。

この曲は4楽章構成だが、第3楽章は非常に短く、一気に演奏されるため気がつくと終わっている。続く第4楽章へのパッセージのような位置づけで、次第にエネルギーが蓄積していく。そして第4楽章。疾走する超絶技巧が一気に駆け抜けるさまは圧巻である。もちろんトランペットも存在感を示す。途中、ゆっくりとしたトランペットのソロが登場し、可笑しみのあるアクセントとなるが、すぐに行進曲風のショスタコーヴィチ節が炸裂し、興奮が高まる。どこか掛け合い漫才を見ているような面白さがある。このような音楽がアルゲリッチに合わないはずがない。ライブ収録された演奏は、瞬く間に拍手喝采となる。

このCDにはピアノ協奏曲第1番のほか、「2台のピアノのためのコンチェルティーノ」、さらにピアノ五重奏曲ト短調が収められている。夢うつつの中でピアノ五重奏曲を聴いていると、どこか「古くてモダン」な世界に連れていかれたような気がした。「懐かしい」とか「ロマンチック」というのでもなく、「悲しい」とか「気が滅入る」というのでもない。ただそこに音楽が存在し、心が静かに整っていくような感覚。もしかするとショスタコーヴィチの不思議な魔法は、こうしたところにあるのではないかと思った。¥

この曲の初演は大成功を収め、ショスタコーヴィチの出世作となった。作曲者自身の録音も残されているが、モノラルで音は古い。一方、最新のユジャ・ワンによる演奏(アンドリス・ネルソンズ指揮ボストン交響楽団)は録音も良く、非常に素晴らしい。

2026年2月28日土曜日

NHK交響楽団第2059回定期公演(2026年2月20日サントリーホール、ヤクブ・フルシャ指揮)

何と渋いプログラムだろうか。後期ロマン派を代表する大作曲家の、しかし滅多に演奏されない曲が2つ。まず前半にドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(独奏:ヨゼフ・シュパチェク)、後半がブラームスのセレナーデ第1番。私はいずれも実演では初めて聴く。指揮のヤクブ・フルシャは、これまで都響に時々客演していたらしいが、その演奏も私は初めて。初めて尽くしのN響定期公演に、しかしながら私は大いに期待を寄せ、事実、その通りの名演奏になった。

シュパチェクもフルシャもチェコ人で、郷里も近いらしい。シュパチェクはチェコ・フィルのコンサートマスターを務めていたが、フルシャはそのチェコ・フィルの音楽監督に就任することが決まっており、いわば同じ国の心が知れた音楽家同士、おそらく息の合った演奏を繰り広げてくれるであろう、と判で押したように書かれているのは当然のことである。いつものサントリーホールの2階席で、私は二人の登場を待った。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、かつてはほとんど知られていなかったが、最近ではよく聞く作品でもある。冒頭から憂愁を帯びた、あのドヴォルザーク節である。一度も聞いたことがなくても、日本人にとってはどこか懐かしく感じられる。これだから我が国にはドヴォルザークのファンが多いのか、などと考えながら耳を傾ける。

私は毎回、金曜日に行われるN響B定期2日目の会員だから、当然のことながら仕事が終わってサントリーホールへ駆けつけるわけだが、開演が19時だから通常、夕食には間に合わない。欧米では20時開演のところが多く、この場合はゆっくり食事が可能だが、日本では夕食の時間が取れない(かと言って終演後は食事の時間としても遅すぎる)。ところがこの日は仕事が早く片付き、私は18時には会場に到着してしまった。付近のレストランを徘徊していると、安くて美味しそうな店が見つかった。そこで初めて、コンサート前に食事をすることにした。しかも誘惑に負けてビールを一杯。これがいけなかった。

当然の帰結として睡魔が襲ってきたのだ。耳には心地よい音楽。必死にこらえてはいたが、とうとう耐えかねてうとうとする私の苦痛をよそに名演が続く。それにしても、2階席向かって右寄りのS席で聴くN響の響きは悪くない。この席で定期的に聴くことによって、私はオーケストラの音というものが、聴く位置によって随分変わることを今さらながら発見した。もちろん曲によってオーケストラの編成が違うし、指揮者の腕次第でもある。おそらく200年以上も歴史のあるオーケストラの音に正解はないのだろう、とも思う。

しかし私たちはまた、バランスよく録音された媒体で音楽を聴くことに馴染んでおり、レコーディング・エンジニアが作った音というものが理想的な音であると信じていたりする。実際は、それ自体いわば「調整された」サウンドであって、そんな音に聞こえるはずはない、ということも多いのだが、実演ではその音にならない。いや、実演で聴く音波の密度は録音された媒体とは本来一味も二味も違い、より新鮮でヴィヴィッドなのだが。

さてヴァイオリン協奏曲のような場合、ソリストとオーケストラのバランスという要素や、そもそも目で見ている演奏家の息遣いなどといった要素も加わるのだから、これはもうほぼ偶然の産物といえる。もとより聴き手のコンディションが最大の波乱要因であることは間違いない。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は、珍しいことに第1楽章と第2楽章が続けて演奏される。私はその切れ目も感じないまま気持ちよく過ごした。そしてしばしの休止のあと、第3楽章に入った。演奏は次第に熱を帯びて集中度が高まり、とてもいい名演になっていった。息の合ったヴァイオリンとオーケストラが見事に絡み合った様は、今後テレビで放映されたら見てみたい(放映されるのは初日の公演だが)。

アンコールにはドヴォルザークの「ユモレスク」を弦楽三重奏に編曲したものがあった。よく知っている曲が聞こえてくると、会場は静まり返り、そのあと盛大な拍手が沸き起こった。休み時間にロビーに出てみると、早くもアンコール曲のタイトルを知らせる張り紙が掲示されていた。この掲示の写真を撮る人が多いのだが、会場のホームページに後日掲載されるから、何もわざわざ争うように写真に収める必要はないと思っていた。ただこの日は、そういう人も少なかったので、写真に撮ってみた。

後半のブラームスは、眠りも醒めて音楽を心から楽しむことができた。このセレナーデ第1番ニ長調は、ブラームスがまだ20代のころの作品で、あまり演奏機会に恵まれないのだが、実に素敵な曲である。全体が春のような明るさに満ちており、立春を迎えた2月に聴くのには大いに相応しい。

第1楽章の親しみやすいメロディーは一度聴いたら忘れられないが、N響の中音域の素晴らしい音が、弦楽器といい管楽器といい実に素晴らしく、前半のドヴォルザークもそうだが、こういう中欧の音楽がまた真価を発揮するオーケストラのような気がする。とにかく夢見心地(本当に寝てしまった前半とは違うが)で時間が経つのも忘れるような気持ちであった。特に第2楽章から第3楽章にかけては、ディスクで聴くと退屈に思えてくることもしばしばだったが、さすが実演で集中して聴くと、これは紛れもなくブラームスの音楽である。以降、交響曲の緩徐楽章などで耳にする音楽である。言ってみれば、ブラームスの「田園交響曲」と呼ばれる第2番をずっと聴いているような感じ。

終楽章になって舞曲風のリズムになり、明るさを増した音楽は心地よい風を吹かせながら、45分に及ぶ曲が終わる。静かに聴き入った客席は、終始うっとりするような気持ちになっていたのではないだろうか。暖かい拍手に包まれながら、この日のコンサートは終わった。盛大な迫力に満ちた曲で終わるコンサートも良いが、このようなきっちり演奏された玄人好みの選曲も悪くない。ブラームスにはもう1曲、同時期に書かれたセレナーデ第2番というのもあって、これらを1枚に収めたディスクは数多い。今度ゆっくり聴いてみようと思いながら会場を後にした。


2026年2月20日金曜日

R・シュトラウス:歌劇「アラベラ」(The MET Live in HD Series 2025~26)

 かつて NHK-BS 放送がまだ生き生きとしていた頃、クラシック音楽の番組は今よりもはるかに多かった。日本の演奏会の映像だけでなく、海外のオペラ公演を記録したものや映像作品なども放映されていたから、私はそれらを VHS テープに録画してラベルを貼り、大切に保管していた。

その中に、ゲオルク・ショルティがウィーン・フィルを指揮した R. シュトラウスの歌劇「アラベラ」(グンドゥラ・ヤノヴィッツほか)があった。これは Unitel が制作した映像作品で、今でも同曲の代表的なものである。ショルティは 1959 年に「アラベラ」をウィーン・フィルと録音しており(ルチア・ポップほか)、その評価はいまもって色褪せることがない。ショルティ/ウィーン・フィルの《アラベラ》は、録音盤も映像盤も決定盤のひとつといってよい。

NHK が「アラベラ」を放送したのは深夜だったので、私はその冒頭だけを見ただけで眠ってしまった。続きは録画したものを見るつもりだった。大学生の頃である。ところが、手元にあると、いつでも良いなどと考えて、なかなか見ることがない。とうとう私は、その録画してあったショルティの「アラベラ」を一度も見ることがなかった。その後 DVD 化されるなどしたようだが、未だに見ていないのは恥ずかしい限りだが事実である。

あれから 40 年が経過し、ついに Met LIVE で「アラベラ」の上演が取り上げられた。そして何ということか、2025 年秋にニューヨークで上演されたこの公演が、かつてショルティのビデオにもなったものと同じ、伝説的なオットー・シェンクによる演出なのである。METではなんと半世紀もの間、同じ演出が延々と続いていることになる。それはあのフランコ・ゼッフィレッリの「ラ・ボエーム」と並んで、いや、もしかするとそれ以上に長い間上演され続けているプロダクションではないかと思う。

今回、東劇で見た 2025 年上演の「アラベラ」は、今となってはちょっと考えられないくらい古めかしいが、3つの幕に合わせて少しずつ異なる、古風で典雅な時代のウィーンの香りをきちんと再現している。指揮はニコラス・カーターで、まだ 40 代と若いが、その切れ味は鋭く、ショルティを思い起こさせるメリハリのある音楽づくりで全体を引っ張ってゆく。音楽は、他愛のない会話にゴージャスなメロディーをふんだんに盛り込んだ、全編これシュトラウス節である。「ばらの騎士」ほどの華やかさはなく、「影のない女」ほどの衝撃もないが、ホフマンスタールの台本による計6つの共同制作のうち「アラベラ」が最後で、ヒトラー政権が誕生した1933年に初演された。二人の仲たがいなど数々の逸話が残されているが、ホフマンスタールは、息子の自殺に打ちひしがれ、とうとうこの作品の完成を見ることなく没した。

落ちぶれた貴族で貧窮生活を余儀なくされながらもホテル住まいをしているヴァルトナー伯爵(バスのブリンドリー・シュラット)とその夫人(メゾ・ソプラノのカレン・カーギル)は、美貌の長女アラベラ(ソプラノのレイチェル・ウィリス=ソレンセン)を富豪に嫁がせようとし、逆に次女ズテンカ(ソプラノのルイーズ・アルダー)は生活費節約のため男として育てられる。ここで、表題役アラベラを歌うには相当なドイツ語能力が要求されるが、ウィリス=ソレンセンは米国人ながらドイツ語が堪能である。もちろんソプラノ歌手として一級の歌声を有しており、その気品に満ち、かつ十分に芯のある声量は、言い寄る多くの男性の中でも、わざわざ遠くから訪ねてきた真摯な大金持ちマンドリカ(バス・バリトンのトマス・コニエチュニ)を選ぶ。ひそかにアラベラを好いていたマッテオ(テノールのルイーズ・アルダー)は、男友達だと思っていたズテンカが、実は何と女性であり、しかも自分を好いていたことを知って、こちらもめでたく結ばれる。

このようにストーリーは紆余曲折が多く、しかも荒唐無稽。間違えばオペレッタになりかねない台本に、シュトラウスは大真面目な音楽をこれでもかとばかりに注ぎ込む。作曲を楽しんでいるような光景が目に浮かぶのは私だけだろうか。聴きどころはいくつもあり、第1幕の姉妹による二重唱と迫力のある幕切れ、第2幕のマンドリカとアラベラの二重唱、そして何と言っても第3幕の最後のシーンである。そしてもう一人、重要な役がある。舞台でたびたび登場し、見事なコロラトゥーラを披露するフィアッカーミリ(ソプラノのジュリー・ロゼ)である。各幕には時折ワルツが自然に挿入され、音楽に華を添える。特に第2幕は舞踏会のシーンである。

正直に告白すると、私はこの上映のうち第1幕を、睡魔に襲われてほとんど覚えていない。しかしこれは映画館だからこそできる贅沢である。ワイン片手に豊穣で美しい音楽を身を沈めながら、しばしうたた寝気分を味わうのは極上である。そのためだけに映画館に足を運んでもよい。ちゃんと見たくなったらもう一度見ればいいのだし、いや、そうでなくても第2幕、第3幕と、ずっと絢爛な音楽が続くので、十分に作品を味わい尽くすことができる。

2026年2月10日火曜日

NHK交響楽団第2057回定期公演(2026年2月8日/NHKホール、フィリップ・ジョルダン指揮)

今回のN響定期は、少し変わったプログラムだった。前半がシューマンの交響曲第3番「ライン」、後半がワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」「ブリュンヒルデの自己犠牲」の3曲(ソプラノ独唱:タマラ・ウィルソン)。同時代のドイツ人作曲家とはいえ、シューマンとワーグナーの音楽は似ても似つかない。「ライン川」という共通点で並べたのだろうが、どこか取ってつけた印象が拭えない。それでも後半のワーグナーが目当てだったので、久しぶりにAプロのS席を購入して出かけた。

前日から降り続いた雪が代々木公園の木々に積もり、まるでクリスマスツリーのように光っている。どんよりした空と刺すような寒さの中、空気だけは澄み切っていて気持ちが良い。人も少なく、こういう日は原宿から歩くのも悪くない。衆議院議員選挙の投票を済ませ、開園20分前にNHKホールへ到着した。

悪天候のせいか客席はやや空いており、当日券も出ていたのには驚いた。何しろ今日の指揮者はフィリップ・ジョルダンである。N響初登場、しかも1回限りのプログラム。ウィーン国立歌劇場の音楽監督を辞任したばかりという話題性もある。辞任の理由は「意見の相違」という毎度のパターンだが、このポストが難しいのは周知の通りだ。

それでも劇場育ちの指揮者として、特にワーグナーの評価は高い。しかも今回は「神々の黄昏」終幕の3曲を続けて演奏するという。これを逃す手はないと、シーズン初めからチラシに丸をつけて待っていた。幸い予定も空き、数日前に行けることが決まった。

前半の「ライン」は、シューマンが入水自殺を図った頃の作品ではあるが、私は精神医学の専門家ではないので、そこに病的な影を感じることはない。むしろ健康的で明るい作品だと思う。予想通り、演奏は悪くなかったが特筆すべきものもなく、どちらかといえば退屈だった。こうなると、前半からワーグナーをやってくれればよかったのに、と勝手なことを考えてしまう。「ニーベルングの指環」は名曲の宝庫だし、ワーグナーの交響曲なども一度実演で聴いてみたい。

しかし、20分の休憩を挟んで始まった後半は、同じオーケストラとは思えないほど音色が変わり、ドラマ性を踏まえた音作りが見事だった。

「ジークフリートのラインへの旅」が始まると、一気にワーグナーの世界へ引き込まれる。これが同じライン川を描いた音楽とは到底思えない。ワーグナーのそれは、悠久の流れの中に滔々と広がる独自の世界だ。6台のハープが並ぶ壮観な舞台で、ひとりの奏者が舞台裏へ移動する。楽器のバランスは完璧で、2階席にも十分に響く。

NHKホールは広すぎるほどだが、だからといって大音量で押し切るとバランスが崩れる。ジョルダンは初登場とは思えないほど音量のセンスが良く、さすがカペルマイスター出身のマエストロだ。「ラインへの旅」が終わると間髪入れずに「葬送行進曲」へ。舞台は一気に重々しく深刻な展開へ移る。

まるで早回しの映像や映画の予告編を見ているようで、このスピード感についていくのは少し大変だ。だが、これはいつものことでもある。四夜にわたる「指環」を通しで観たことのある人なら、あの長大な物語の最後に「葬送行進曲」が始まる瞬間の震えるような感動を知っているだろう。しかし、抜粋として聴くと、あの“麻薬のような陶酔感”にはどうしても届かない。もちろん承知の上で聴いているのだが、そう思うとどうしても、前半には「ラインの黄金」や「ジークフリート」の場面を入れてほしかった、などと考えてしまう。シューマンではなく。

それでも、この日の「葬送行進曲」は圧巻だった。そして続く「ブリュンヒルデの自己犠牲」。舞台には焼け落ちるヴァルハラも、燃えさかる炎も、ラインの水底も見えない。それでも想像力が勝手に補い、舞台の記憶と重なって没頭してしまう。

いつの間にか登場したアメリカ人ソプラノ、タマラ・ウィルソンの熱唱は、オーケストラの盤石なサポートに支えられ、ホール奥まで響き渡った。わずか40分ほどに凝縮されたワーグナーが見事に目の前に蘇り、演奏が終わると万雷のブラボーと拍手。歌手と指揮者は何度もカーテンコールに応え、難しいソロを見事にこなしたオーケストラの奏者たちにも、いつまでも熱い拍手が送られていた。

2026年2月5日木曜日

プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品100(トゥガン・ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団)

 1月のN響定期で、トゥガン・ソヒエフが振るプロコフィエフの交響曲第5番を聴き、すっかり魅了されてしまった。あの熱気と構築感が忘れられず、帰宅後にいろいろ調べてみたところ、ソヒエフはすでにこの曲を録音しており、CDも出ていることがわかった。オーケストラは当時の首席指揮者を務めていたベルリン・ドイツ交響楽団。レーベルはSONY、発売はもう10年も前になる。

プロコフィエフの5番は人気曲だけあって、録音は実に多い。私が最初に聴いたのは、ロシア人指揮者による古いメロディア盤のLPだったと思う。自分で初めて買ったのは、デュトワ指揮モントリオール交響楽団の新譜。カラヤン盤もあって、どちらにするか迷った記憶がある。これらは今でもセル盤などと並んで代表的な名演として語られている。

プロコフィエフの交響曲といえば、まず「古典交響曲」と呼ばれる第1番が思い浮かぶが、それに次いで広く知られてきたのがこの第5番だ。「古典交響曲」は、彼がサンクトペテルブルク音楽院を卒業したばかりの頃の作品で、すでに才能が鮮やかに開花している。

一方、第5番が書かれたのは第二次世界大戦中のソビエト。そこに至るまでには、プロコフィエフの長い放浪生活があった。これは当初の予定を大きく超え、実に17年にも及ぶ。「古典交響曲」完成後、彼はシベリアを横断して日本へ渡り、サンフランシスコ行きの船を待つ数か月を東京で過ごした。その後アメリカに渡り、ニューヨークで作曲生活を続けながら、ラフマニノフら同郷の音楽家とも交流を深めている。

アメリカで数年を過ごした後、1920年にはパリへ移住。ディアギレフやストラヴィンスキーなど、多くのロシア出身芸術家が集まる環境で、プロコフィエフもその一員として活動した。ストラヴィンスキーとは複雑な関係にあったものの、互いに刺激を与え合ったことは間違いない。

しかし欧米での活動は順風満帆とはいかず、1930年代に入ると演奏機会も収入も伸び悩む。一方でソ連政府からは作品委嘱や生活の保証を含む厚遇が提示され、こうした事情が重なって1936年に祖国への帰還を決断する。政治的というより、創作環境を求めた選択だったのだろう。

こうして祖国に戻ったプロコフィエフだが、その頃ソ連はナチス・ドイツとの戦争の真っただ中だった。想像を絶する時代の中で作曲が進められ、1945年に彼自身の指揮で初演される。祖国への思いが込められたこの初演は大成功だったという。同じ年には、ボストンでクーセヴィツキ指揮によるアメリカ初演も行われている。戦勝国同士という背景に加え、プロコフィエフがアメリカ滞在時に多くの音楽家と交流していたことも影響しているのだろう。

第1楽章は、霧の中からゆっくりと姿を現すように始まる。その曖昧さがしばらく続き、やがてプロコフィエフらしい明晰で複雑な旋律が絡み合い、象徴的な主題と結びついていく。続く第2楽章はスケルツォ風で、スピード感がたまらない。クラリネットからヴァイオリンへ、さらに打楽器、金管へと音が次々と飛び火し、オーケストラの技巧が存分に楽しめる。

第3楽章は静けさを取り戻すが、初めて聴いたときは少しとりとめがなく感じた。しかし途中から重々しい響きが加わり、ロシア的な陰影が立ち上がる。そしていよいよ第4楽章。冒頭では第1楽章の主題が回帰し、そこから一気に加速していく。

クラリネットの超絶技巧的なフレーズを弦が追い、打楽器が絡み、どこか諧謔味すら漂う。ソヒエフはこの部分を、オーケストラがついてこられるぎりぎりの速度で突き進み、まるでサーキットレースを見ているようなスリルがある。主題が何度も姿を現し、演奏者も聴衆もどんどん熱を帯びていく。気がつけばコーダに突入し、あっという間に終わる。まさにソヒエフの真骨頂といえる名演だ。

2026年1月31日土曜日

NHK交響楽団第2056回定期公演(2026年1月30日サントリーホール、トゥガン・ソヒエフ指揮)

ロシアのウクライナ侵攻でフランスのオーケストラの音楽監督を辞任した、北オセチア生まれのトゥガン・ソヒエフは、モスクワのボリショイ劇場の音楽監督の座も投げうってフリーランスとなった。しかし彼の実力は、世界が認めざるを得なかったようだ。その後もベルリン・フィルやウィーン・フィルの公演に呼ばれ、ついに来年(2027年)のニューイヤーコンサートの指揮台に立つことが発表されている。

多忙を極めるソヒエフが毎年のように来日し、毎回1か月もの期間東京に滞在して、3シリーズ計6回の定期公演に登場してくれることは、東京の音楽ファンにとって嬉しいことこの上ない。私も2016年以来、機会あるごとに出かけてきたが、毎回名演である。そして今年もまた、私にとって10回目となるソヒエフの演奏会に出かけることになった。サントリー定期の会員として、今回はオール・ロシア・プログラムが組まれている。

最初の曲はムソルグスキーの歌劇「ホヴァンシチナ」から前奏曲「モスクワ川の夜明け」であった。この作品はリムスキー=コルサコフの編曲版がよく知られているが、今回はショスタコーヴィチの編曲によるものだった。もっとも私はほとんど聴いておらず、その違いはよくわからないが、作曲年代から考えてショスタコーヴィチ版の方が規模が大きく、チェレスタなどの楽器が使われるようだ。ソヒエフはこの5分ほどの曲を丁寧に演奏した。早朝のモスクワに居合わせるかのようなムードが漂い、その魔法のような音楽作りに見とれるばかり。

プログラム2曲目は、ピアニストの松田華音(かのん)を迎えての、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番である。私は恥ずかしながら、この曲を聴くのは初めて。しかも松田のピアノも初めてであった。プロフィールによると、松田は高松生まれ。6歳でモスクワに渡り、モスクワ音楽院を首席で卒業したとある(2019年)。今となってはロシアに留学するのは大変なことだろうが、彼女の場合、少し早かったのが良かった。とはいえ、あの寒いロシアに若干6歳から留学するなど、想像の域を超えている。

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲は2曲あり、こちらは後の方(1957年)。2つの作品の間に第2次世界大戦があり、ソビエトの社会状況は大きく変わっていることは周知の事実である。1957年頃といえば、中学生の歴史の教科書でも触れられているように、デタント(雪解け)が進んだ頃である。それだからか、このピアノ協奏曲第2番もどこか明るく快活である。

この第2楽章を聴いて、私は少し驚いた。ショスタコーヴィチの音楽といえば無機的な響きを想像するのだが、ここは何とロマンチックな音楽で、ショスタコーヴィチでもこういう曲を書いたのかと思わせるようなものだった。ショパンかドイツ音楽を思わせる。松田は何度も舞台に呼ばれ、当然のことのようにアンコールを弾いた。会場の出口であとで確認したところ、これはシチェドリンの「ユモレスク」という曲だったようだ。

20分の休憩を挟んでの演目は、プロコフィエフの交響曲第5番であった。舞台上に多くの楽器が並び壮観である。プロコフィエフを得意とし、録音も行っているソヒエフの十八番である。いつものように指揮棒を持たず、時折すくい上げるようなジェスチャーで各楽器へ細かい指示を出す。もう少し前の方で見ていたら(それはサントリーホールの場合、P席でもいいかもしれない)、その面白さを堪能できただろう。

ソヒエフの音楽を聴きながら、いつもながら雑味のない、極めてバランスの取れたその音楽をどう表現すればいいのかと考えた。すると卑近な例が思い浮かんだ。先日、近江の有名な酒蔵を訪れた時に買った純米大吟醸の日本酒が思い出されたのだ。ソヒエフの音楽は決して大音量を出すわけではない。私はカラヤンの音楽を聴いたことはないのだが、もしかすると、その絶妙なバランスは天性のものかもしれない。しかし各楽器は抑制された息苦しいものではなく、むしろ陽気に解き放たれ、奏者は自信を持って弾いているように感じる。

第1楽章の冒頭から終楽章のコーダに至るまで、ソヒエフの解釈は揺るぎなく、完璧であった。N響はいつも思うのだが、プロコフィエフが大変似合う。そしてソヒエフの魔法にかかると、いっそう輝きを増す。弦楽器奏者が椅子から立ち上がらんばかりに体を揺らし、管楽器が掛け合う。その合間に響く打楽器、ピアノ、ハープ。実演ではやはり終楽章のアレグロが手に汗握る様相を呈した。いつもの醒めたものとは違い、間髪を入れず沸き起こる拍手とブラボー。そうか、N響のサントリー定期でもこれほどの熱狂があるのかと思った。

ソヒエフのN響との次回の共演は、早くも今年11月に開催されるようだ。しかも3つのプログラムはいずれも魅力的で、私はすべてのコンサートに足を運ぶことも検討している。Aプログラムのプロコフィエフ(ヴァイオリン:神尾真由子)とショスタコーヴィチ(交響曲第8番)、Bプログラムのラフマニノフ(ピアノ:カントロフ)とチャイコフスキー(「くるみ割り人形」)、そしてCプログラムのベートーヴェン・チクルスの一部(交響曲第2番と「田園」)である。

2026年1月17日土曜日

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲(ウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)

 お正月といえば、とかく午前中である。元旦とは元日の朝のことを言うし、初日の出を見ると一年の始まりにふさわしい気持ちになるものだ。お正月の朝は、新鮮な気分にさせてくれる。だが、お正月の夕方も良い。特に、日の暮れる直前の、冬の雲がところどころ色を変え、やや紫がかった空に漂っているかと思うと、夕日が当たって色がさまざまに変化するのを眺めているうちに、時間のたつのも忘れて見入ってしまう。日の短い1月のことだ。午後4時頃ともなると、そういう時間になる。外はひっそりとし、静まりかえっている。

恒例のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートまで、まだしばらく時間もある。そこで、晴天続きの今年の元日は、ほろ酔い気分で散歩に出かけた。耳にはチャイコフスキー。今日はマンフレッド交響曲を聞いている。チャイコフスキーには、番号の付いた6曲の交響曲のほかに、「マンフレッド交響曲」という作品があって、これはストーリーを元に作られた標題交響曲である。ベートーヴェンの「田園」がその起源だと習ったが、その後ベルリオーズの「幻想交響曲」で大きく飛躍した。リストはあの大きな「ファウスト交響曲」を、シベリウスは「クレルヴォ交響曲」を、リヒャルト・シュトラウスは「アルプス交響曲」を書いている。

チャイコフスキーにバイロンの劇詩「マンフレッド」を元にした交響曲作曲の依頼が舞い込んだのは、依頼主のバラキレフがベルリオーズに高齢を理由に作曲を断られたからである。私はここで、ベルリオーズがチャイコフスキーと重なる年代を生きていたことに、改めて思いを馳せるのだが、チャイコフスキーはこの仕事を受諾し、時間はかかったが見事な一時間余りの曲を作った。ちょうど交響曲第4番と第5番の間のことである。

私は長年この作品に接することがなかった。しかし、今ではチャイコフスキーが作曲した7曲の交響曲の中で、最も気に入っている。かつては少なかった演奏の頻度も、最近は増えているように思える。作品の魅力に気づく人が多くなってきたのだろうか。今、私が聞いているウラディーミル・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルによる演奏は、2006年にリリースされたライブ録音(2004年)である。思うにチャイコフスキーには、このような物語付きの曲が親しみやすく、よく似合うと思う。語弊があるかも知れないが、通俗的な名曲にこそ、チャイコフスキーらしい抒情性がストレートに、遺憾なく発揮されているように思う。

その素晴らしい抒情性は第1楽章から全開である。陰影に富んだ出だしは、どこか歌劇の前奏曲のようである。「アルプスの山中を彷徨うマンフレッド」。そもそもバイロンの「マンフレッド」なる物語の内容を知らないままこの曲を聞いてきたのだが、ここがアルプスを彷徨うシーンだとは知らなかった。恋人を死に至らしめたことを苦しんでいるということだが、私にはやはりロシアの大地の香りがしている。そして勝手に、その荒涼とした大地を想像している。後半ではハープの音も交じって少し色がつくと、いっそう悲しさも倍増されるような気がする。そして緊迫感に満ちたコーダになだれ込む。この第1楽章は、チャイコフスキー渾身の力が込められている楽章である。

第2楽章は「アルプスの妖精」。小刻みなフルートが、妖精の飛び交う様子を音楽にしている。やがてとてもロマンチックな主題が流れてきて、明るく楽しげな様子に、聞いている方も嬉しくなる。まるでバレエ音楽のように気さくに聞けるところがいい、かわいらしい曲である。

さて、第3楽章冒頭もまた、苦しいほどのなつかしさを感じさせる曲である。「山人の生活」と題されたこの部分は、穏やかな中に明るさも感じさせ、そうかと思うと軽やかな3拍子に乗って牧歌的な歌声も聞こえてくる。民謡風と言ってもいいのではないかと思うほど親しみやすいこの楽章まで聞いてくると、これは原作が抽象的で難しいことで損をしているだけではないか、と思えてくる。それにしても晴れた冬の空に、これほど似合う曲はないのである。

ユロフスキの演奏は非常な名演だが、ライブ録音である。楽章間には観客の音が収録されている。そして満を持して最も長い第4楽章「アリマーナの地下宮殿」が始まる。速くやや支離滅裂なこの楽章の出だしだけを聞くと、とても退屈でただうるさいだけの曲に聞こえてくるかも知れない。だから最初から、できるだけ見通しのよい演奏で聞かなければならない。突進する最初の部分も終わって、苦悩と激情に見舞われた部分でさえ、いっとき舞曲風になりどこか明るく、「悲愴」のような救い難い気持ちにはならない。どこかオペラの終幕風でもある。

この終楽章を特徴づけるのは、何とオルガンも登場する長大なコーダである。初めて聞いた時、いきなりオルガンの音が聞こえてきて、私は一体何事が起こったのかと思った。荘厳にしてレクイエム風の音楽は、マンフレッドの苦悩を解放し、静かに幕を閉じる。長い沈黙のあと拍手が沸き起こる。このユロフスキ盤マンフレッド交響曲は、この作品の演奏の中でもひときわ注目すべき演奏である。

2026年1月1日木曜日

謹賀新年

 
2026年の年頭に当たり、新年のご挨拶を申し上げます。

ますます混迷する世界情勢において、いまだ戦争がなくならず、生活格差が拡大するなど、憂慮すべき事態が絶えません。暮らしにくくなる日常で、少しでも平和で落ち着いた方向に向かうことを祈念しながら、今年も音楽に耳を傾けたいと思っています。

令和8年元旦

東京交響楽団第740回定期演奏会(2026年5月16日サントリーホール、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮)

良く知っている曲ばかりのプログラムは、気持ちが楽である。フレーズを歌えるほどに馴染んだ曲は聞き所を心得ているし、演奏による違いも実感できる。今回のコンサートは、前半にベートーヴェンの交響曲第1番、後半にマーラーの交響曲第1番「巨人」という、ふたつの「第1交響曲」を並べたもの。有名...