今年の9月から首席指揮者に就任するパーヴォ・ヤルヴィによるマーラーは、おそらくNHK交響楽団の演奏史上でもまれにみる名演であり、私の同楽団のコンサート経験でも群を抜く感動をもたらしたことを、大いなる興奮を持って記述しなければならない。このコンビは今回の演奏会ですでに深い信頼関係にあり、音楽的共感に満ちた演奏を繰り広げられることが十分可能であることを示すものだった。
NHK交響楽団への10年ぶり3度目の登場となるエストニアの星パーヴォ・ヤルヴィの躍進ぶりについてはもはや語る必要もないくらいだし、私もこれまでドイツ・カンマーフィルハーモニーを指揮したベートーヴェンやシューマンの名演奏を何度も経験してきた。だが今回の演奏は、それらよりも群を抜いて素晴らしかったと思う。しかもN響がいつになく見事な演奏で、丸でヨーロッパのオーケストラを聞いているような錯覚にさえとらわれたのだった。
私は今回の定期を、いつもの3階席(自由席)ではなく1回の前方の席で聞いた。それは最初のプログラムで独奏を務めるチェリストのアリサ・ワイラースタインをできれば間近に見たかったからだ。彼女の弾くエルガーのチェロ協奏曲は、丸でジャクリーヌ・デュ・プレを再来を予感させるとの触れ込みで、CDでもバレンボイムとの共演の記憶が新しい。
だが私の期待は早くも裏切られた。今回の席は前から2列目という位置にありながら、横に広いNHKホールの右端で、指揮者が指揮台に立つとその陰に隠れてしまったからである。ときおりヤルヴィが向きを変えると彼女の赤いドレスが見えた。そういうことを知っていたのか、私の周りには空席もあったようだ。
エルガーは初めて聞くと単調な曲で、特に盛り上がる部分も終楽章に少しある程度である。デュ・プレの演奏にあまりに慣れ親しんできたためか、どうかはよくわからないが、この時の印象もさほどではない。けれども多くの拍手に応え彼女はバッハの無伴奏チェロ組曲からの一節をアンコールした。
休憩をはさんだ後半はマーラーの交響曲第1番「巨人」で、このコンビの船出に相応しい演目である。 私はこれまで3回のこの曲の実演に接しているが、いつも大変感動させられる曲だ。絶望の淵にあったマーラー(はずっとそうだったのだ)が、満を持してシンフォニストとしてデビューする曲である。鳥のさえずりや太鼓のリズム、つんざくような爆発的メロディーに行進曲・・・若者が狂気に満ちて驀進するエネルギーを感じる。
私が最初に自分のお金で買ったCDが「巨人」であった。静かな序奏が始まる中に徐々に朝日が昇っていくようなメロディーが出るととても新鮮な思いになったものだ。が今日のヤルヴィとN響はどこか緊張感が抜け切れず、なんとなく雑な演奏で始まった。第1楽章はこのように、どちらかと言えば失望となった。だが、それは第1楽章だけであった。第2楽章の冒頭から、極めて緊張感の高い濃密なアンサンブルが聞こえてくると期待は一気に膨らみ、それはあっという間に第3楽章のコントラバスの民謡風メロディーへと移って行った。ここから最後までは、聞く者をこわばらせるほどに見事で、今思い出してもぞくぞくする経験だ。N響定期でこのような演奏に出くわすことは極めて少ない。
特に「その瞬間」が訪れたのは、第3楽章の第2部で「さすらう若人の歌」からのフレーズが流れた時だった。全身に電流が走り、体が硬直した。会場は丸で水を打ったかのように静まり返り、ヤルヴィの指揮によって全体が、丸で魔法がかかったかのようなアンサンブルと化したのである。私はほとんど放心状態となり、見えるものが静止しているかのようであった。あまりに美しく、目には涙さえ出てくる有様だった。ここの部分でこのような経験をしたのは、初めてであった。この曲を何十回、何百回聞いたか知れないが、この日の第3楽章は驚くべき魔法の演奏であった。
こうなると第4楽章が悪かろうはずがない。一気に雪崩を打って進んでいく若者の行進は、パワー全開の見事なハーモニーとなってNHKホールにこだました。寄せては返す波のように、音は大きくなったかと思えば静まり返り、第1楽章のメロディーを回想するシーンなどは絶品である。ヤルヴィはこのこのような、むしろ中間部の重厚で繊細なアンサンブルがうまいと思う。そして最後のコーダに至っては、立ち上がったホルン奏者を筆頭に一糸乱れぬオーケストラの響きが会場を満たした。会場が一斉にどよめき、割れんばかりの拍手が続いた。各パートを数人ずつ立たせる指揮者に、惜しみないブラボーが送られた。
好意的だが醒めた拍手の多いN響定期で、これは極めてまれなことだった。会場には身なりのいいお年寄りも(いつものように)多いが、それに交じって楽器を抱えた若者が大勢いた。彼らは今回の熱狂的な演奏に、大いに沸いたのだろうか。今後テレビで放送されたら是非見てみたいと思う。
このコンビで始まる来シーズン以降が早くも楽しみである。もしこれからマーラーの全曲を演奏するとしたら、私はそのすべてを聞いてみたいとさえ思った。
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