2015年3月8日日曜日

オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」(The MET Live in HD 2014-2015)

舞台での実演こそ見てはいないのだが、オッフェンバックの唯一にして未完のオペラ「ホフマン物語」は、私にとって不思議な作品である。見ごたえがあった、という感じではないのだが不思議な印象を残すからである。そういうわけで何か無視するのももったいないという気がして、3年以上前にもMETライヴで見たのと同じバートレット・シャーの演出版を、今回も東銀座の東劇へ見に行った。

だが不思議なことに前回の演出を覚えていない。そしてこの上演はまた初めて見るのではないかと思われるほど印象的であった。その理由は、何をおいても歌手の素晴らしさにあるのではないかと思う。主役のホフマンは、今もっとも注目すべきテノール歌手のヴィットリーオ・グリゴーロで、小柄ながら美しい声を大きな会場にとどろかせる。4回も失恋を重ねる役にしては、ちょっと賢そうに見えてしまうのだが、かつてこの役を演じた往年の歌手もみな、おしなべて二枚目の雰囲気であったから、まあそれは贅沢な欲求ということだろう。いや歌唱の点で言えば、グリゴーロのフランス語はなかなか良かった。

もっともいいと思ったのは、前回(指揮はレヴァインだった)と同じミューズとニクラウスを歌ったケイト・リンジーである。彼女はホフマンの親友として各幕でずっとホフマンに寄り添っている。メゾ・ソプラノの安定した声は、彼女でなくてはならないかのような存在感が際立ち、見ているものをゾクッとさせるほどであった。

3人の女性はそれぞれ別の歌手によって歌われた。まず機械人形のオランピアはソプラノのエリン・モーリー。ものすごい高音を苦も無く歌う彼女の演技もさることながら、これほど余裕に歌われると、コロラトゥーラ・ソプラノを聞く時のあのはらはら感が減ってしまうではないか、という気までしてしまうからオペラと言うのは贅沢なものである。

続いて登場するアントニアは病弱なソプラノ歌手役であるにもかかわらず貫禄が十分で(そう言えば3年前の時もこの役は何とアンナ・ネトレプコだった!)、ソプラノの質の違いを実感する。ヒルラ・ゲルツマーヴァは最後にステラ役としても登場したが、ここでは歌う部分はない。だからステラ役はまあ誰でもいいのだが、3人の女性の中でもっとも「愛すべき」アントニア役によって歌われるのが、まあ相応しいということだろう。

娼婦ジュリエッタになると妖艶な歌声が必要になるわけで、ここはメゾ・ソプラノになる。クリスティン・ライスという歌手だった。ジュリエッタは登場する時間はさほど長くはないが、いくつかの美しいメロディーを歌う(その一つはもちろん「舟歌」である)。が今回はこれら3人が最終幕でも登場し、ホフマンらとともに重唱を歌ったのは驚いた。最終幕の決定稿はないとされているから、結構自由な表現が可能だったのだろうか。そのあたりの詳細はよくわからない。

4人の悪役はアメリカの重鎮トマス・ハンプソンが、しっかりと脇を固めた。ソプラノ歌手のデボラ・ヴォイトはもう十分に楽しくこの企画の案内役をしていて、今回のインタビューもめっぽう楽しい。指揮はイーヴ・アベル。引き締まった音楽が横溢し、フランス音楽であるために時にメリハリを感じないこの作品において、なかなか充実した指揮ぶりであったと思う。私はとてもいい指揮者に思った。

残念なのは、これだけの高水準の音楽でありながら、なぜか散漫な感じがしたことだ。その理由が何なのかよくわからないのだが、もしかするとそれ演出にあるのではないかと思う。これといった特徴がなく、訴えかけるものがない。シャーはミュージカルの出身とのことだが、だとすればもっと斬新にファンタジックな演出をしても良かったのではないかと思う。舞台装置も予算が足りなかったのか、METとしてはやや不足感が否めない。前回もそうだったが、これだけの大歌手を揃え、満を持して製作する舞台としては、何か思いつきで並べたアイデアのような感じで、ちょっと中途半端だったような気がしないでもない。これは前回にも感じたことだったのだけれども。

エピローグでホフマンは「流した涙の数だけ人は偉くなる」と歌う。何かJPOPの歌詞のようだが、そのことに3時間以上もかけて到達したホフマンは、最後にはステラにまでも振られる。だがもはやホフマンは、(相当酒に酔っているとはいえ)前のホフマンではなくなっているだろう。オペレッタを確立した作曲家が夢見たオペラ作品も、案外このようなところが主題なのかも知れない。だとすれば、ぐっと親しみやすい作品に思えてきてならない。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...