2021年3月31日水曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(13)常連指揮者の再登場-ムーティ(2004)、マゼール(2005)、メータ(2007)

2001年から2003年にかけて、アーノンクールと小澤によるコンサートは、少々窮屈だったと感じた人は多かったのかも知れない。そのような反省が実際にあったのかどうかは想像の域を出ないのだが、2004年からしばらくは90年代に入れ替わりで登場した指揮者がカムバックする。すなわち、2004年のムーティ、2005年のマゼール、そして2007年のメータである。

2004年のムーティによるニューイヤーコンサートは、ウィーン・フィルがこれほどにまで伸びやかで楽し気に演奏しているのは珍しいくらいに感じられる。それはちょっと演奏を聞けばわかるほどだ。この2004年のコンサートは、ムーティの中でもベストではないかとさえ思えるのだが、ムーティが指向してきた無名の埋もれた曲にスポットライトを当てる傾向が、一層顕著になっている。第1部の冒頭から、良く知られた曲が何も登場しないのだ。このことが、この年のニューイヤーコンサートを目立たなくさせてしまったようだ。

第2部に入ってしばらくすると、ようやく「加速度円舞曲」が登場する。ただ「加速度円舞曲」にしてもさほど有名な方ではない。そうか、こんな曲だったなあ、などと思っていると再び知られざる曲が始まり、ようやく「天体の音楽」で有名曲が来たと思ったらもう終わりなのである。結局、これほどにまで無名曲を並べたのは他にないくらいのプログラムに少々うんざりする。ただ、ムーティはこれらの曲を、丸で有名曲のように指揮している。どういうことかと言えば、良くこなれていてぎこちない箇所がない。どの曲の演奏も、実に堂に入っている。これはウィーン・フィルがいつになく乗っているから、そう感じるのかも知れない。

この2004年のコンサートでは、前半に生誕200周年を迎える父ヨハン・シュトラウス1世と、その同時代に活躍し、言わばライバル関係にあったヨーゼフ・ランナーの曲ばかりが取り上げられている。この二人は、、息子のヨハン2世が活躍する前の時代にあって、いわばウィンナ・ワルツを確立した作曲家である。従ってまだ華やかさに満ちた曲とは言い難い側面があるのだが、そういった面を含め、この時代のワルツの変遷を楽しむことができる。

後半では「ジプシー男爵」と「こうもり」の2つのオペレッタの「カドリーユ」が取り上げられている。オペラ指揮者として名声を確立しているムーティのお得意作品とも言うべきもので、特に前者は珍しい作品ながら飽きない名曲のように感じられる。また後半冒頭の喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲は珍しい曲だが、しばらくするとどこかで聞いた曲が出てくる。これはワルツ「南国のバラ」の主題で、このワルツはもともと、このオペレッタの中の曲だったようだ。

後半に進むにつれて次第に有名な曲が目立ち始め、「天体の音楽」で頂点となるが、この作品は弟ヨーゼフの作品であり、どこか物憂げで孤独さを漂わせている。全般に玄人受けするようなプログラムによって、ムーティはニューイヤーコンサートの表面積を広げようとした。この意欲的な取り組みは選曲の妙と演奏の確かさに支えられて、高評価を得たと言うことができる。

続く2005年の指揮台に立ったのは、何とマゼールだった。マゼールは1999年以来の登場で、6年ぶりということになる。私はとても意外なことに思えた。そもそもマゼールは80年代に毎年このコンサートを指揮していたばかりか、1994年、1996年と久しぶりに登場し、特に1996年のコンサートはこれ以上ない成功だったと思った。にもかかわらず彼は1999年、またもやこのコンサートを指揮した。この演奏も悪くはないが、何となく既視感のあるのも事実で、いよいよもうこれが最後かと思ったものである。

ところが何と、彼は2005年にも登場するのである。そしてこのコンサートは、さらにマゼールの演奏に円熟味が加わったと言うべきだろう。年季の入った指揮ぶりはさすがで、このコンサートを落ち着いた雰囲気でありながらも新鮮味のあるものにした。特に秀逸なのはプログラムで、珍しい曲と有名曲がうまく配置され、その合間に緩急のポルカや喜歌劇の序曲がアクセントとなっている。無名の曲でも十全の準備で指揮するあたりはムーティに及ぶレベルであり、有名曲をまた一味違った妙味で聞かせるのは、メータなどに及ばない。そういうわけで、この2005年のコンサートもまた、大成功の部類に入るレベルとなった。

特に後半のプログラムの充実ぶりは、ちょっとしたものだ。速いポルカが多いが、それらはほとんど完璧なテンポで聞く者を楽しませている。理想的な「観光列車」はこの上なく楽しく、ワルツ「北海の絵」と「ロシアの行進曲的幻想曲」は他のどんな演奏より印象的である。これには録音の良さも手伝って、そのように感じるのだろうか。

しかし残念なことが2つある。ひとつは「ウィーンの森の物語」が、みたびマゼール自身の弾き振りで演奏されたことだ。もう十分であると思ったのが1999年だったことを思うと、演出過剰気味である。むしろ「春の声」や「南国のばら」、あるいはヨーゼフの「うわごと」など、まだ演奏していない曲を聞きたかったと思う。今一つの難点は、アンコールの最後に演奏される「ラデツキー行進曲」が省略されたことだ。これは直前に発生した未曽有の大地震、スマトラ沖地震に対する哀悼の意を表したためなのだが。

「ラデツキー行進曲」が省略されたにもかかわらず、このコンサートは全部で21曲、2時間足らずの長さとなっている。いつのまにかニューイヤーコンサートは、長いコンサートになった。そしてビデオとCDがそれぞれリリースされるようになったのもこの頃からだ。テレビと同様のビデオ映像で楽しむか、あるいは音源のみの演奏に耳を傾けるかは難しい問題で、それぞれにそれぞれの良さがあると思う。ただCDでは意外なことに、映像では発見できなかった部分を発見することが多い。映像では情報量が多すぎて、どうしても印象が散漫になるか、あるいは特定的なものとなるようである。より客観的で、音楽そのものの魅力を発見するのは、私の場合、むしろCDの方である。特に緩やかなポルカのように、靄の中に立ち込めるかの如き色合いは、華麗な花に飾られた豪華な舞台の映像付きで見ると、ちょっと感じにくい。

マゼールは2014年に没するが、ニューイヤーコンサートとしてはこの2005年が最後の登場となった。8歳より指揮台に立ち、ベルリンやウィーンを始めとするクラシック界の名声をほしいままにしてきた天才指揮者の最後の晴れ舞台だった。

2007年に再登場したメータのコンサートは、少し意外だった。なぜかというとこのコンサートは、その5年前の小澤が指揮したのと同じ曲で始まったからだ。ヨハン・シュトラウス2世の行進曲「乾杯!」がそれである。ニューイヤーコンサートの冒頭の行進曲などは、誰も気にしない曲なのかも知れないし、どう演奏してもよさそうな曲なのだが、この二人の表現は見事に異なっている。小澤は終始軽やかで、まるで重心が空中にあるかのような浮遊感さえ漂うのに対し、メータは旧来の、どっしりとした重心と揺れ動くリズムを重視いている。

このことからメータの2007年のコンサートは、好意的に考えれば、昔から続く伝統的なウィンナ・ワルツのスタイルを懐古的に求めたと言える。確かにヨーゼフの名曲「うわごと」などはちょっとした乱れや性急なところもあって、細部がややおろそかになっているが、それもかつては散見されたことだ。ボスコフスキーの時代はそれで良かった。だが時代は30年以上が経過し、この間に他の指揮者が進化させたワルツのスタイルは、もっと精緻で凝ったものになっている。

メータの2007年のコンサートに高い評価を与える向きもあるが、私の感想では、この年のメータは冴えないと思う。手抜きだとか練習不足とは考えたくないが、いくつかの演奏は私を失望させた。ポルカ「水車」や「町と田舎」でさえ、あの微妙な音色のずれが感じられず単調だし、喜歌劇「くるまば草」序曲にしろワルツ「レモンの花咲くところ」にしろ、マゼールやムーティの演奏に劣ると思う。これは完成度の問題なのだろうか。

映像で見るメータの指揮は、楽し気で明るく、時に気取って芸達者なところを見せてはいるが、せいぜい右手だけを振り上げて低弦の方を振り向く動作のみがやたらと目に付き、よくこれであの音楽が出てくるもんだと感心する。もしかすると、何もしない方がウィーン・フィルはワルツを上手く演奏できるのかも知れない。

プログラムは意識的にヨハン2世の作品が少ないものの、すべてはシュトラウス一家とヘルメスベルガーの作品で占められている。どことなく賑やかな曲が多く、初めて聞く曲は結構楽しい。一方、後半の終盤では楽しいやりとりもあるが(「エルンストの思い出」)、これはCDで聞いても観客から笑い声が聞こえるだけで、何もわからない。

2007年のコンサートは私にとって異色の、ちょっと風変わりなものに思えた。選曲が不思議なくらいに珍しく、かといて有名曲はさほど成功していない。そしてそれは2002年の小澤に通じるものがある。この2つのニューイヤーコンサートは、他の年と比較して、あまり成功しているとは思えないものだ。CDで音だけ聞くよりも、DVDで映像付きで見る方が、いいコンサートのように感じるのも共通している。何とメータの登場は1997年以来10年ぶりだった。そして何と、この8年後の2015年にも登場する。長い間隔をあけて登場するのは、この他にいまや重鎮となったムーティがいる。これらのコンサートについては、また機会を改めてレビューしてみたい。

 

【収録曲(2004年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「とても美しかった」作品467
2. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペアル・ポルカ」作品133
3. ヨハン・シュトラウス1世:「小夜鳴き鳥のワルツ」作品82
4. ヨハン・シュトラウス1世:「フレデリーカ・ポルカ」作品239
5. ヨハン・シュトラウス1世:「カチューシャ・ギャロップ」作品97
6. ランナー:「宮廷舞踏会の踊り」作品161
7. ランナー:「タランテラ・ギャロップ」作品125
8. ヨハン・シュトラウス1世:喜歌劇「女王陛下のハンカチーフ」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「ジプシー・カドリーユ」作品24
10. ヨハン・シュトラウス1世:「加速度円舞曲」作品234
11. ヨハン・シュトラウス2世:「サタネッラ・ポルカ」作品124
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「スケートのポルカ」作品261
13. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」のチャルダーシュ
14. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「喜んで」作品228
15. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「三色すみれ」作品183
16. ヨハン・シュトラウス2世:「シャンパン・ポルカ」作品211
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」作品235
18. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「突進」作品348
19. ヨハン・シュトラウス2世:「インド人のギャロップ」作品111
20. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
21. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228 

 

【収録曲(2005年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「インディゴ行進曲」作品349
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「上流社会」作品155
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「楽しみを追う人たち」作品91
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「冬の愉しみ」作品121
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「モダンな女」作品282
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「千夜一夜物語」作品346
7. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
8. スッペ:喜歌劇「美しきガラテア」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
10. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
11. ヨハン・シュトラウス2世:「農夫のポルカ」作品276
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「蜃気楼」作品330
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「観光列車」作品281
14. ヘルメスベルガー:ポルカ・フランセーズ「ウィーン式に」
15. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシアの行進曲的幻想曲」作品353
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「心と魂」作品323
17. ヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
19. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「電気的」
20. ヨハン・シュトラウス2世:「狩りのポルカ」作品373
21. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314

 

【収録曲(2007年)】
1. J.シュトラウス2世:行進曲「乾杯!」作品456
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「調子のいい男」作品62
3, ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「水車」作品57
4. ヘルメスベルガー:「妖精の踊り」
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」作品212
6. J.シュトラウス1世:「入場のギャロップ」作品35
7. J.シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. ヨーゼフ・シュトラウス:「イレーネのポルカ」作品113
9. J.シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲く所」作品364
10. エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「ブレーキもかけずに」作品238
11. J.シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「町と田舎」作品322
12. ヨーゼフ・シュトラウス:「水夫のポルカ」作品52
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173 
14. J.シュトラウス1世:「エルンストの思い出」作品126
15. J.シュトラウス1世:「リストのモティーフによる熱狂的なギャロップ」作品114
16. ヘルメスベルガー:ポルカ・シュネル「足取り軽く」
17. J.シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. J.シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...