カーチュン・ウォンが日フィルの首席指揮者に就任してから、彼のコンサートが目白押しである。私も初めて演奏を聞き(マーラーの交響曲第3番)、にわかにファンになってしまった。どんな名曲であっても常に新鮮な発見をさせてくれそうな予感がする。極めて微細な部分までを体全体を駆使して表現する様は、見ているだけでも楽しい。そして12月の東京定期公演なる演奏会も、若きマエストロの独断場であった。私は数日前に日フィルからメールが来て、まだ多くの席が残っていることをたまたま知り、8日(金)のコンサートのチケットを買った。今回はその表情豊かな指揮姿を真正面から見てみたいという思いに駆られ、普段はまず買わない舞台裏のP席を取った。だが客席は4割にも満たない状況。ちょっとショッキングだったが、それは見事な演奏会だった。
プログラムはウォンが精力的に取り上げていきたいと語ったアジアの作曲家、特に今回は我が国の代表的な作曲家である外山雄三と伊福部昭の作品が前半に並んだ。まず外山の交響詩「まつら」。この曲を聞くのは初めてだが、ウォンは15分足らずのこの作品を、丁寧に演奏した。1982年に日フィルによって初演されたこの作品は、佐賀県松浦地方に伝わる音楽をベースにしているという。夜明けの静かで厳かな情景に始まり、祭囃子も聞こえてくる日本的情緒を前面に表現した作品で、あの有名な「管弦楽のためのラプソディー」を思わせるようなところがある。P席から見ると打楽器がすぐ下に陣取って、残念ことに一部が見えない。
実のところ外山雄三は私が初めて聞いた指揮者で、それは親に連れられて行った大阪フィルの「第九」であった。小学生だった。古い大阪フェスティバルホールの3階席後方で、ティンパニの音が視覚とずれて聞こえたのを覚えている。その外山も今年逝ける音楽家となった。指揮者はカーテンコールに応えながら、楽譜を高らかに持ち上げ、作曲家の死を悼んだ。
舞台は長い時間、準備のための小休止となった。ピアノの次に大きな楽器が、アップダウンするサントリーホールの左奥から舞台中央に移動されたのだった。マリンバは小学生の頃、音楽室に置かれていた楽器だった。私の通っていた小学校は普通の地元の公立学校だったが、音楽の先生が大変ユニークな方で、通常の授業は一切行わずただ学生に楽器を触らせた。その中に大きなマリンバ(といってもプロが使う大きなものではなかったが、それでも当時80万円はすると言っていたような気がする)、ザイロフォン、パーカッション、ベースなどまで揃っていた。小学生は毎日、昼休みになるとこれらの楽器の争奪戦が行われ、勝者が順にこれらを演奏するのだった。
そのマリンバである。マリンバがオーケストラと共演する曲は珍しい。プロは畳以上の大きさのある広い鍵盤を右に左に移動しながら、4本のバチを持って演奏する。そのバチも曲の途中で様々な長さのものに交換する。指揮者がやや横にずれ、舞台正面に陣取ったマリンバを演奏するのは、「日本を代表する打楽器奏者」池上英樹である。指揮者とともに舞台に現れると、伊福部昭の名曲「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」が始まった。P席から見る奏者は、向こうを向いてはいるがそのバチさばきが良く見えてなかなか面白い。
この30分程度の曲は、よくあるように急=緩=急の3つの部分から成っている。北海道生まれの作曲家は、外山のような伝統的な日本風情緒を押し出すようなことはしない。むしろ北方の大地を思わせる広がりと、そこから湧き出すような土俗的リズムが顕著である。その中から「ゴジラ」の音楽が生まれた。それが音楽的にどういう意味を持つか、詳しく説明するだけの知識はないが聞いていて面白いことは確かである。カーチュン・ウォンはこの曲に前半の重心を置いていたのは明らかで、時に野蛮とも思われるようなリズムを軽快に刻む。私はマリンバの演奏の良し悪しを評価する知見を持たないが、よくもあんなに複雑なバチを暗唱した上で間違わずに弾けるものだと思った。この大きな楽器を演奏するには、楽譜を見ている余裕はないのである。
コーダの部分は長く続くリズムに合わせて聴衆が体中が揺さぶられた。その興奮の様子は録画され、早くもテレビマンユニオンのサイトで観ることができる(https://members.tvuch.com/member/)。ただ視聴には一つの公演につき1000円もかかる(しかも90日しか見ることはできない)。私は実演を見たわけだし、ビデオで観る音楽は所詮その時の感動を超えることはない。音楽はライブにこそ意味があるのだ。だからビデオ視聴はもう少し安くてもいいのではないかと思う。なお、マリンバ独奏のアンコールは、マリンバ用にたいそう味付けされた「星に願いを」だった。
休憩を挟んで演奏されたのは、本来この公演を指揮するはずだったアレクサンドル・ラザレフの十八番、ショスタコーヴィチの交響曲第5番であった。ショスタコーヴィチの全15曲に及ぶ交響曲の中で最も有名であり、かつ明快な音楽である。かつてショスタコーヴィチの音楽などまだ珍しかった頃でも、この第5番だけは良く演奏された。私の実家にもレナード・バーンスタインが雪解け時代のモスクワに凱旋した際に録音された公演のライブ盤があったし、コンサートでもマリス・ヤンソンスの演奏を聞いている。親しみやすい音楽なのだが、その意味するところは複雑だ。結局何が真実かよくわからないまま、批判の矢面に立たされていたショスタコーヴィチの名誉が、ソビエト社会で回復する。
ただカーチュン・ウォンの解釈はプログラム・ノートに書かれているように、共産主義体制によって人間性が圧迫され、政治との軋轢と絶望の中で聞こえる悲痛な叫びや恐怖、絶望、その果ての孤独といったものに覆われている音楽だという。舞台上のマリンバに代わりピアノ、チェレスタ、鉄筋など打楽器が所せましと並び、2台のハープも加えた様は壮観である。私は普段見えないピアノの鍵盤を見下ろす位置に座っている。このオーケストラの中の鍵盤楽器奏者は、チェレスタも演奏する。ここから見る一番奥に、コントラバス奏者が10人以上いる。
演奏はほぼ完璧と言ってもいいものだった。オーケストラの技術的な観点だけではない。加えて音楽的な完成度という意味で、これ以上望めないレベルだった。カーチュン・ウォンの表現が恐ろしく明確で、それに応えるオーケストラ。日フィルに望みうる最高レベルの演奏だった。そして先日のマーラーいい、今回のショスタコーヴィチといい、このコンビで聞く音楽の充実度は、聞いていて歓喜の声を上げたくなるほどだ。第1楽章の冒頭だけで何十回と練習を繰り返したとか、弦楽器のボウイングを分けて演奏したとかといった技術的な噂も聞こえてくるが、そういったことを感じさせないほどにこなれている。余裕さえ感じられたと思う。それでいて白熱の名演、なかなかできるものではない。
このゆとりある完璧な演奏スタイルが、上記のようなショスタコーヴィチ音楽の暗く非人間的な負の側面をどれほど十全に表現しえたかはわからない。むしろ明快で単純な勝利への音楽と感じることもできるような気もする。このあたりは聞く側の主観にも依存するのでいい加減なことは言えないのだが、音楽の持つ多様な側面を感じるのも技術的完成度ゆえのことだろうとも思う。
第1楽章の何かが始まるような戦慄、第2楽章の無機的な舞踏を経て第3楽章の孤独の極限がこれほどまでに明確に聞こえてことはなかった。終楽章の沸き立つ行進は、精緻な中間部を経て大きく再現され、コーダでの打楽器を含むトゥッティへと導かれる。一気に自然な形で進むので、あっけにとられているうちに終わってしまった。アーカイブのビデオで再度見てみたいと思う。客席こそ空席が目立ったが、熱心なファンが止まってしまった拍手をパラパラと再開し、それが何分も続くうちに次第に増えていった。オーケストラが退場しても指揮者だけが呼びもどされた時、やはりこの演奏は多くの人の心を打ったのだと合点した。
カーチュン・ウォンの演奏会はこれからも多く組まれている。その中にはマーラーの交響曲第9番も含まれる。有名曲であっても何か新しい発見のある演奏に、来年も触れ続けていきたいと思った演奏会、ついに私は来春から始まるシーズン前半の定期会員チケットを購入してしまった。
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