雲が低く垂れ込み、そのわずかな隙間から青空が映える。進行方向左手の二人席は朝日も当たらず、北向きのクリアーな景色が好きだ。北関東の山々が次第に近づき、その山麓が少し色づいている。そんな景色を眺めながら、今日はラフマニノフの最初の交響曲第1番を聞いている。演奏はカナダ人ヤニック・ネゼ=セガンが指揮するフィラデルフィア管弦楽団、演奏は2019年(ドイツ・グラモフォン)。
ある作品が初演されたものの大きな不評を買い、後になって評価されるようになることはよくあることで、この作品もまたそのような経緯を辿った。後に有名となる才能ある作曲家にはほぼ一般的な経過とも言える。その洗礼をラフマニノフも受けた。ただ彼が受けた酷評は、あまりにもひどいものであったようだ。その後作曲の筆は途絶え、4年以上に亘ってそれは続いた。だがこの作品への思いは大きく、晩年の最後の作品「交響的舞曲」にも引用されている。このCDは、この「交響的舞曲」をカップリングしており、こちらの方も名演である。
今日乗っている列車は「なすの」郡山行きだから、新幹線の各駅に停車する。小山や那須塩原といった駅に停車する列車は1時間に1本しかないから、10両編成の車両は出張のサラリーマンでいっぱいである。埼京線と並走する大宮までの間、私は第1楽章を聞く。大宮で結構な人数の客が乗ってくるまでのこの区間は比較的空いている。
これほどにまで酷評された音楽を一度聞いてみたいと思った。ラフマニノフの交響曲は第2番が断トツに有名だが、今年生誕150年を迎えて、何度かは演奏されているようだ。
第1楽章の冒頭は3連符を含むおどろおどろしい出だしである。このメロディーは、実は続く以降の各楽章の冒頭でも繰り返される。これがこの曲の統一的なモチーフというわけだが、各楽章の性格は実に異なっていて、様々な要素がてんこ盛りである。第1楽章はフーガを伴う推進力のある部分が登場するかと思えば、木管のソロだけの静かな部分もやってくる。互い違いに進みながらも、まあこの楽章は聞けると思った。寂寥感を湛えたロシア風のメロディーは、あのラフマニノフならではのものである。
列車はかつて住んでいた大宮市(現、さいたま市)を抜けていく。住宅街が途切れ、田園風景が広がってくる。演奏は第2楽章に入っている。第2楽章はスケルツォ風で、目だった変化こそ少ないが、3拍子の駆け足の音楽がずっと続く。続く第3楽章は緩徐楽章。ここはしっとりと味わい深いので、何度も聞いてみるとだんだんその良さがわかってくる。
第4楽章が始まって再び主題が現れると、今度はファンファーレを伴った行進曲になる。祝祭的なムードと性急で不安定な和音を織り交ぜながら進む。木管ソロと打楽器が組み合わさるラフマニノフの真骨頂である。これが後年ジャズの要素にも結び付く。45分にも及ぶ曲がようやく終わろうとする頃、派手に銅鑼なども打ち鳴らされていったん静かなムードに戻って溜を打ち、最後はティンパニが鳴って突如終わる。
一般にある曲を「わかる」ようになるためには、そうなるまで聞き続けるしかない。クラシック音楽は最初から誰でも簡単に親しめるわけではないので、そういう努力をしなければならない。なぜそういうことをしてまで音楽を聞き続けるか?それは「わかった」時の嬉しさが大きいからである。ただここで「わかる」というのは、大いに主観的かつ曖昧なことであって、そのレベルには実際限りがない。だから一愛好家としては「わかる」イコール「楽しめる」とでも捉えておくのが良いだろう。そういうわけで、私もラフマニノフの交響曲第1番を何度も聞いてみたところ、これは大変カッコいい曲に思えてきたから不思議である。最初は支離滅裂で、それこそ初演時に評論家がこき下ろしたものを読んで納得したのだから、当の作曲家にしてみればいい加減なものであろう。
だが、よくよく考えてみるとこれは若き天才作曲家の野心作なのである。いくら最初の交響曲とはいえ、初演時の指揮は何とグラズノフである。注目されないはずはない。そもそもまだ駆け出しの若者の作品を、サンクトペテルブルクの音楽界は満を持して迎えたことになる。そこで歴史的な不評を買った。だがこれを額面通りに受け取ってはいけない。私見だが、これは当時の重鎮たちの嫉妬ではないか、と思うようになった。才能ある若者は、それを臆せず見せびらかしたからかもしれない。このことが原因でラフマニノフはうつ病にかかり、しばらく作曲から遠ざかったにもかかわらず、チャイコフスキーに並ぶロシア最大の作曲家のひとりになった。
ラフマニノフ生誕150年の今年、ラフマニノフの曲が数多く演奏された。私もいくつかに出かけようと思っていたのだが、プログラムに上ったのは昨年の終わりから今年前半にかけてが多く、私は迷っているうちに行きそびれてしまった。今シーズンのプログラムの中心は、来年生誕200周年を迎えるブルックナーへとすでに移っている。
ラフマニノフの交響曲第1番はユージン・オーマンディによって西側に紹介された。オーマンディと言えばフィラデルフィア管弦楽団から豪華絢爛な音色を引き出した指揮者として有名である。その後「フィラデルフィア・サウンド」はヤニック・ネゼ=セガンに引き継がれた。
間近に迫った寒い冬を前に、つかの間の落ち着きを楽しんでいるような陽気の中で、宇都宮を出た列車は、那須連山を遠くに仰ぎながら快走している。今年の秋はひときわ暑かった夏のおかげで、さぞ紅葉が見事だろうと思っていたら、気温の高い日が長く続いたせいで色づきが遅れ、しかも急に寒くなったことで葉が散ってしまった。山々はいくぶん赤い感じがするが、その奥の山々は山頂付近がすでに冠雪している。いつのまにか雲は消え、その連山に光があたってまぶしい。
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