2026年2月20日金曜日

R・シュトラウス:歌劇「アラベラ」(The MET Live in HD Series 2025~26)

 かつて NHK-BS 放送がまだ生き生きとしていた頃、クラシック音楽の番組は今よりもはるかに多かった。日本の演奏会の映像だけでなく、海外のオペラ公演を記録したものや映像作品なども放映されていたから、私はそれらを VHS テープに録画してラベルを貼り、大切に保管していた。

その中に、ゲオルク・ショルティがウィーン・フィルを指揮した R. シュトラウスの歌劇「アラベラ」(グンドゥラ・ヤノヴィッツほか)があった。これは Unitel が制作した映像作品で、今でも同曲の代表的なものである。ショルティは 1959 年に「アラベラ」をウィーン・フィルと録音しており(ルチア・ポップほか)、その評価はいまもって色褪せることがない。ショルティ/ウィーン・フィルの《アラベラ》は、録音盤も映像盤も決定盤のひとつといってよい。

NHK が「アラベラ」を放送したのは深夜だったので、私はその冒頭だけを見ただけで眠ってしまった。続きは録画したものを見るつもりだった。大学生の頃である。ところが、手元にあると、いつでも良いなどと考えて、なかなか見ることがない。とうとう私は、その録画してあったショルティの「アラベラ」を一度も見ることがなかった。その後 DVD 化されるなどしたようだが、未だに見ていないのは恥ずかしい限りだが事実である。

あれから 40 年が経過し、ついに Met LIVE で「アラベラ」の上演が取り上げられた。そして何ということか、2025 年秋にニューヨークで上演されたこの公演が、かつてショルティのビデオにもなったものと同じ、伝説的なオットー・シェンクによる演出なのである。METではなんと半世紀もの間、同じ演出が延々と続いていることになる。それはあのフランコ・ゼッフィレッリの「ラ・ボエーム」と並んで、いや、もしかするとそれ以上に長い間上演され続けているプロダクションではないかと思う。

今回、東劇で見た 2025 年上演の「アラベラ」は、今となってはちょっと考えられないくらい古めかしいが、3つの幕に合わせて少しずつ異なる、古風で典雅な時代のウィーンの香りをきちんと再現している。指揮はニコラス・カーターで、まだ 40 代と若いが、その切れ味は鋭く、ショルティを思い起こさせるメリハリのある音楽づくりで全体を引っ張ってゆく。音楽は、他愛のない会話にゴージャスなメロディーをふんだんに盛り込んだ、全編これシュトラウス節である。「ばらの騎士」ほどの華やかさはなく、「影のない女」ほどの衝撃もないが、ホフマンスタールの台本による計6つの共同制作のうち「アラベラ」が最後で、ヒトラー政権が誕生した1933年に初演された。二人の仲たがいなど数々の逸話が残されているが、ホフマンスタールは、息子の自殺に打ちひしがれ、とうとうこの作品の完成を見ることなく没した。

落ちぶれた貴族で貧窮生活を余儀なくされながらもホテル住まいをしているヴァルトナー伯爵(バスのブリンドリー・シュラット)とその夫人(メゾ・ソプラノのカレン・カーギル)は、美貌の長女アラベラ(ソプラノのレイチェル・ウィリス=ソレンセン)を富豪に嫁がせようとし、逆に次女ズテンカ(ソプラノのルイーズ・アルダー)は生活費節約のため男として育てられる。ここで、表題役アラベラを歌うには相当なドイツ語能力が要求されるが、ウィリス=ソレンセンは米国人ながらドイツ語が堪能である。もちろんソプラノ歌手として一級の歌声を有しており、その気品に満ち、かつ十分に芯のある声量は、言い寄る多くの男性の中でも、わざわざ遠くから訪ねてきた真摯な大金持ちマンドリカ(バス・バリトンのトマス・コニエチュニ)を選ぶ。ひそかにアラベラを好いていたマッテオ(テノールのルイーズ・アルダー)は、男友達だと思っていたズテンカが、実は何と女性であり、しかも自分を好いていたことを知って、こちらもめでたく結ばれる。

このようにストーリーは紆余曲折が多く、しかも荒唐無稽。間違えばオペレッタになりかねない台本に、シュトラウスは大真面目な音楽をこれでもかとばかりに注ぎ込む。作曲を楽しんでいるような光景が目に浮かぶのは私だけだろうか。聴きどころはいくつもあり、第1幕の姉妹による二重唱と迫力のある幕切れ、第2幕のマンドリカとアラベラの二重唱、そして何と言っても第3幕の最後のシーンである。そしてもう一人、重要な役がある。舞台でたびたび登場し、見事なコロラトゥーラを披露するフィアッカーミリ(ソプラノのジュリー・ロゼ)である。各幕には時折ワルツが自然に挿入され、音楽に華を添える。特に第2幕は舞踏会のシーンである。

正直に告白すると、私はこの上映のうち第1幕を、睡魔に襲われてほとんど覚えていない。しかしこれは映画館だからこそできる贅沢である。ワイン片手に豊穣で美しい音楽を身を沈めながら、しばしうたた寝気分を味わうのは極上である。そのためだけに映画館に足を運んでもよい。ちゃんと見たくなったらもう一度見ればいいのだし、いや、そうでなくても第2幕、第3幕と、ずっと絢爛な音楽が続くので、十分に作品を味わい尽くすことができる。

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