2013年8月18日日曜日

パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品6(Vn:イツァーク・パールマン、ローレンス・フォスター指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団)

真夏の太陽が容赦なく照りつける。久しぶりに過ごす関西での、夏の短い休暇を終え、移動するバスの中で聞こうと思い立った最初の曲は、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番だった。この曲は私のお気に入りの曲のひとつで、持っているCDも比較的多い。今回はこの曲のイチオシで、隠れた名演とも言うべきものを携帯音楽プレイヤーに入れて持ってきた。当時はまだ十代だった韓国系の若手、サラ・チャンによる演奏である。

おおよそヴァイオリンの技巧のみを聞くためにあるような曲を、パガニーニはわかっているだけで5曲作曲している。自らの技術を披露するために作曲した彼は、演奏が終わると楽譜を捨ててしまった。このため残された曲は少ないようだが、この第1番はそのようななかで最も人気のある曲である。かつては難曲とされ、よほど腕のいいヴァイオリニストでないと演奏は難しかったが、最近では若手の技巧派ヴァイオリニストのデビュー曲だったりするから凄いものだ。

丸でロッシーニの序曲を思わせるような序奏と、底抜けに明るい旋律は、この曲を初めて聞いた人をも惹きつける。たっぷりと歌う弦の響きと、弾けるようなリズムに乗って、時折超技巧的な部分が現れては消え、また現れては消える。たっぷりと急-緩-急の3楽章形式で40分程度、飽きることはない。浮き立つようなメロディー、イタリアの中世の城塞都市にできる塔楼の影のように陰影を明確にしたような音色。そこまで強調されると何故か悲しい夏の午後のひとときを、私は阪神高速を行くリムジン・バスの中で聞いている。涼しい車内の外は、猛暑である。

長く華やかな第1楽章もいいが、少し短いゆるやかな間をおいて始める第3楽章の、リズミカルな響きがまたいい。ロンド形式のこの楽章は、いろいろなヴァイオリニストで聞いてみたい。快活なピチカートに乗って、独奏の花が満開となる。

きっちりとよどみなく演奏され、瑞々しいチャンの演奏を聞いていると、初めてこの曲を聞いた時の新鮮な感動が蘇ってくる。パガニーニなどという作曲家をそれまで私は知らなかった。そしてこんな明るい曲なのだと感動した。ベートーヴェンやブラームスなど、音楽といえばドイツの絶対音楽だと信じていた中学生の私は、まるで心地よく殴られたような気がした。ヴィヴァルディしか知らなかったイタリアにも、初期ロマン派の作曲家がこのような曲を作曲していたのだ。

フィラデルフィアで生まれたチャンのデビューは、わずか8歳にしてこの難曲を弾き切るという瞠目すべきものだったと言われている。このCDが録音されたのもわずかに13歳の時で、その驚異的なテクニックは、この曲の歴史にまたひとつのページ追加したと思う。伝説的な演奏はもはや録音されることによって伝説ではなく、事実として我々の元に存在するのだが、だからといってこの演奏の意外性が減じることはなく、むしろその光景を目の当たりにして言葉を失うほどだ。

その由緒あるフィラデルフィアのオーケストラは、ドイツの巨匠サヴァリッシュに受け継がれていた。このCDを録音したのも、サヴァリッシュ指揮によるフィラデルフィア管弦楽団とのものなのだが、このことが、私のお気に入りの理由のひとつでもある。

当時のフィラデルフィア管弦楽団は、リッカルド・ムーティによる黄金時代?を経てやや低迷の時代に入ろうとしていた。そこで目を付けられたのが、若くしてヨーロッパの音楽界に華々しくデビューしながら、メジャー・オーケストラの指揮からは少し遠ざかっていたサヴァリッシュだった。N響への共演で我が国にはなじみ深い指揮者だったが、そのレパートリーは完全にドイツ系で占められ、ベートーヴェン、モーツァルトからワーグナー、シュトラウスに至るまで、ほぼすべてがドイツ物。それ以外の曲を聞くことはほとんどなかった。

しかしフィラデルフィア管弦楽団を指揮し始めたサヴァリッシュは、ドイツ物に限らずレパートリーを広げて行った。私が名演と信じるチャイコフスキーの「白鳥の湖」などはその好例だったが、ここにパガニーニの伴奏を務めるサヴァリッシュの、あの生真面目にも溌剌とした表情が見て取れる。

オペラではこの時代、ベルカント花盛りである。ロッシーニやベッリーニといった作曲家が活躍していた。ヴァイオリンはまるで歌を歌うように、あらゆる技巧を駆使して音楽を彩る。渋滞の高速道を抜ける間中、大阪の街を眺めていた。関西の夏は東京より暑いと思っていたが、今年は東京の夏も暑い。むしろ自然に風が吹くと、大阪の夏も悪くないなと思った。東京より人が少ないからだろうと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲イ短調作品102(Vn: ルノー・カピュソン、Vc: ゴーティエ・カピュソン、チョン・ミュンフン指揮マーラー・ユーゲント管弦楽団)

ブラームスには2つのピアノ協奏曲、1つのヴァイオリン協奏曲のほかに、もう一つ協奏曲がある。それが「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」という曲である。ところがこの曲は作品番号が102であることからもわかるように、これはブラームス晩年の作品であり(54歳)、すでに歴史に残る4つの交...