ドイツでは「魔笛」と並んで上演回数が多いと言われているフンパーディンクのメルヘン・オペラ「ヘンデルとグレーテル」も、パリ・オペラ座の輝かしい歴史では初めての上演だそうである。上演前のプロローグでそのことが紹介され、少し驚いた。
その初めての上演の演出を担ったのは若いフランス人の女性演出家で、マリアム・クレマンという人であrった。彼女は冒頭と幕間のインタビューで、今回の上演にあたってのポイントや作品の簡単な見どころを紹介している。子供が主人公でも実際の歌は大人が歌う。そのことが危険でさえあると彼女は言う。確かに言われてみればそのとおりである。
そこで彼女は舞台を上下左右、それに中央の5つに分解し、それぞれの部屋で二組の「ヘンゼルとグレーテル」を登場させた。子供の演じる兄妹は、歌こそ歌わないが本当の兄妹といった感じで、ベッドにぬいぐるみを抱いて夢をみる。これに対し、別の部屋でも同じような振付で二人の女性が兄妹を歌う。ヘンゼル(ダニエラ・シンドラム)とグレーテル(アンヌ=カトリーヌ・ジレ)である。別の部屋に彼らの両親がいる。
カメラが見るべき部屋とシーンを切り替えて映しだしてくれるし、各部屋に幕が降りる時には全体が大写しになるので、混乱することはない。もとより童話なので大変わかり易いストーリーである。二人が勉強もせずに部屋を散らかすので、帰宅した母親(イルムガルト・ヴィルスマイヤー)は彼らを森へと追いやる。しかし森(舞台では部屋の中)で苺を食べてしまう。帰宅するほうき職人の父(ダニエラ・シンドラム)が森には魔女が潜むと心配する。ここまでが前半である。
フンパーディンクはワーグナーの弟子であり、その作風はワーグナー風である。したがってこの子供向けオペラに、童謡の散りばめられた軽いお伽話を想像してはいけない。古い民謡も取り入れられているというが、実際は「パルジファル」の影響まで受けたドイツ・ロマン派の、割に濃厚な音楽である。指揮はドイツ人のクラウス・ペーター・フロールで、この上演はフランス人とドイツ人の合作である。
森へ出かけることになっているが、舞台は変わらないし、そこに大きなケーキの家が出てくるが、ちょっと小さすぎて興ざめである。我慢のできないヘンデルとグレーテルはケーキの一部を食べてしまう。しかしそのケーキの家には魔女が潜んでいた。魔女は往年のワーグナー歌手で、指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニの妻であるアニヤ・シリヤである。ほうきにまたがる数多くの魔女たちはバレエ団の、何かカンカンを思わせる踊り。子供たちを食べようと企む魔女は、子供たちを脅しにかかるが、子供たちは逆に魔女をオーブンに押しこみ、魔女を焼いてしまう。するとそこに魔女に閉じ込められていた多くの子供たちがやってきて、両親と再開、神を信じれば救われると歌われる。
原作の「グリム童話」のストーリーとは随分異なるオペラだが、当時数多く作曲されたメルヘン・オペラのうち、リヒャルト・シュトラウスによって初演されたこの作品だけが生き残った。オペラとしての、あの妖しい匂いが見事に消されたこの作品は、今風に言えば何かディズニーの映画のような世界である。子供が安心して見られる唯一のオペラだと言える。だが子供が聞いてすぐにわかる音楽かどうかはわからない。
後半の第3幕は子供が夢を見ているという想定なので、大人同士のやりとりとなる。貧しい家も、さほどではなく、森の中に出現するケーキの家も、舞台全面に出てくるだけで寓話的雰囲気に乏しい。もとより切れ目のない音楽と、そこに歌われる女声の二重唱、三重唱が中心で、時に単調な気もする。
私はここ1ヶ月、モーツァルトのオペラばかりを聞いているので、 どうしてもその水準を考えてしまっている。だがそういうことを忘れて言えば、この作品はワーグナーの出来損ないのようでもありながら、決してワーグナーに対抗しようとはしていない。子供向け童話の世界は、リヒャルト・シュトラウスの世界ともまるっきり異なる。いわばニッチなオペラである。そのことが、このオペラの成功の秘密だろう。そういうふうにして聞く全曲盤レコードには、ショルティやコリン・デイヴィスを始めとして名演も多い。もう一度ゆっくりと耳を傾けてみたいとも思う。
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