梅雨のないヨーロッパの夏は、例えようもなく輝かしい季節である。6月ともなるとバカンスのシーズンが到来したということで、各地の観光地や別荘地は賑わう。今年債務不履行となったギリシャなどは間違いなく快晴の日々が続くから、それこそドイツをはじめヨーロッパ各地からの観光客でごった返す。私も東京で湿度の低い快晴の一日があると、これはヨーロッパの夏のようだ、といつも思う。
そのような夏の中でももっとも日が長い夏至が近付くと、奇妙な事件が起こると言い伝えられている。シャークスピアの戯曲「夏の夜の夢」も妖精たちの登場するファンタジックなお話である(だがそのストーリーはあまりに複雑なので省略)。メンデルスゾーンはこの物語に音楽をつけ、そのことでもしかしたらシェークスピアのこの作品が広く知られることになった、というのは言い過ぎだろうか。
先に作曲された長い序曲(作品21)に続いて、2人のソプラノと合唱団も登場する魅力的な音楽が始まる。ストーリーよりもその音楽が大変に美しいので、この作品は音楽のみを純粋に楽しむことができる(というよりも語りはかえって音楽の流れをそぎ、無駄であるとさえ思う)。特に我が国でも有名な「結婚行進曲」は知らない人などいないほどだ。満員電車の中でイヤホンでこの曲が流れてくると、音が漏れていないかと心配になり気恥ずかしくなる。
この結婚行進曲以外にも魅力的な音楽があって飽きないのが「夏の夜の夢」である。特に「まだら模様のお蛇さん」を含む全曲盤の録音がいい。私のコレクションにはジェフリー・テイトの指揮するロッテルダム・フィルの録音が唯一だった時代が長く続いたが、少し大人しいこの演奏よりもっといいのがあると思っていた。昔のクレンペラー盤がベストだと言う評論家もいるが、マリナーやプレヴィンの演奏も悪くはない。けれど小澤征爾の演奏がリリースされた時は、「買い」だと思った。
聞いてみてその予感は間違っていなかったと確信した。全ての音が生き生きとよみがえり、メンデルスゾーンの曖昧な音色が奇麗に磨かれている。テンポも新鮮でこの曲ほど小澤の指揮にマッチしているものはないとさえ思った。だがこの演奏の欠点は、「売り」であるはずの吉永小百合のナレーションにある。私は吉永小百合が悪いというのではない。この曲に日本語のナレーションが本当に必要だったのか、と思うのだ。
要は音楽の自然な流れが阻害され、折角の曲が楽しめないのである。キャスリン・バトルのソプラノが大変素晴らしいだけにそのことが残念である。もしかするとその朗読に魅力を感じている人もいるだろうし、後半部で声と音楽がうまく絡み合っている部分は悪くもないが、そうであるならいっそ2枚組にでもして、片方は朗読なしのバージョンを収録して欲しかったと思う。もう一人の独唱はメゾ・ソプラノのフレデリカ・フォン・シュターデ、タングルウッド音楽祭合唱団が加わる。
だが何度聞きなおしてもこのCDに収録された音楽は一級品である。録音の素晴らしさも貢献して、この録音は小澤征爾のベスト・アルバムの1つではないかとひそかに思っている。なお、輸入盤を購入すれば吉永小百合の代わりに英語のナレーションが流れるようだ。シェークスピアはイギリスの作家だから、オリジナルを志向する向きは輸入盤を買うといいのかも知れない。
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