オーケストラ・パートのピツィカートが印象的なヴァイオリン協奏曲第3番は、1828年に作曲されたらしい。パガニーニは自らの演奏技巧を披露するためにこのような曲を書いたので、作品の芸術的価値は乏しく、内容に深みがないとされてきた。しかし音楽が芸術のためにだけあるわけはなく、その境界が曖昧だった時代に、このような作品が作曲されていることを無価値だと決めつけるのは味気ない話だとも思う。ポピュラー音楽だと思えばそれでいいし、それにそういう音楽を楽しむことは、聞き手の自由である。ヨハン・シュトラウスの円舞曲と同様に、私はパガニーニの作品が好きだ。
もっともパガニーニのヴァイオリン協奏曲については、知られている情報があまりに乏しい。最も有名な第1番ニ長調作品6だけが突出していて、次によく演奏されるのが最近では第4番ニ短調だろうか。標題が付き、後にリストが編曲した第2番は、メロディーこそ有名なものの演奏される機会が少ない。それでもこの3曲は、比較的録音されている。それにくらべるとこの第3番ホ長調は、めったに演奏されることもなければ、録音を探すのも難しい。
私が所有する第3番の協奏曲は、そういうわけで全集として録音され、この曲の草分け的な存在でもるサルヴァトーレ・アッカルドによるものだけである。もっともこの曲を蘇演したのはシェリングで、何と1953年のことである。作曲から百年以上が経過している。私もシェリングのCDを探した。かつて出ていたことはあるようだが、中古屋を含めこれまでに発見できてはいない(単独で収録されているものがあるが、コストパフォーマンスが悪い)。
さてその曲は、他の協奏曲と同様、ヴァイオリンの輝かしい音色が横溢する素敵な協奏曲だった。長い序奏のあと、まるでソプラノ歌手がアリアを歌うようにオペラ風の曲が聞こえてくる。時にヴァイオリンをなびかせて、うなるように低音を振り上げるさまは、演歌のようでもある。そうかと思うと小鳥がじゃれあって舞うように上昇・下降を繰り返した後、パチンと弦が弾ける。第1楽章終盤に挟まれているカデンツァは、この様子をさらに極限化して伴奏なしで聞かせる。もう食傷気味だと言うのに。
それでも続く第2楽章の、まるでヴィヴァルディの明るさを思わせる、うららかな小春日和の風情はまた格別である。冬に咲く南国の花と青い地中海を思わせる、イタリアそのものの風景を私はここで想像する。第3楽章もピツィカートで始まり、親しみに満ちた歌が聞こえる。このメロディーは一度聞いたら忘れられないくらいに魅力的だ。もちろん後半に挿入される長い第2部も、他の作品同様圧倒的である。
私が入手したこの作品のCDは、ドイツ・グラモフォンが西ドイツ時代にリリースし、台湾で発売されたものだった。CDの帯には中国語で曲名が書かれている。パガニーニは「●格尼尼」と書くようだが、この●に相当する文字が、巾というへんに、白という字のようである。だがこの字を私のPCで入力することはできなかった。ちなみにアッカルドは「阿卡多」、デュトワは「杜特華」のようである。本CDで聞くことのできる杜特華はまだ、モントリオールの指揮者となる前、1970年代前半の若い頃。教科書的なきびきびした指揮は、隅々まで明確で安定的。テンポも絶妙なら、独奏を際立たせるところでは音量をぐっと抑え、脇役に徹する。協奏曲の伴奏をしたらこれほどうまい指揮者はいないのではないか。倫敦愛楽交響楽団も健康的で透明な音色で、明るいイタリアの光が程よく差し込んでいる。
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