2019年2月15日金曜日

NHK交響楽団第1906回定期公演(2019年2月10日、NHKホール)

珍しいリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲の冒頭が3階席の奥まで響いてきたとき、私はぞくぞくとした感覚に見舞われた。ソロのヴァイオリンがこんなにも豊穣な響きを聞かせることは、そう多くはない。カザフスタン生まれの若手女流ヴァイオリニスト、アリョーナ・バーエワはN響との初共演だそうである。彼女は野太い音色を豊穣に響かせながら、体を大きく揺する。

それにしてもリヒャルト・シュトラウスがヴァイオリン協奏曲を作曲していたことを、私は恥ずかしながら知らなかった。シュトラウスの作品はどれも有名で、しかもいずれの曲も名曲だから、演奏されている曲がすべてだと思っていたのである。ヴァイオリン協奏曲と言えば、古今東西の作曲家が手掛けているから、何もシュトラウスのものを聞く必要はないということだろうか。だが今回、バーエワの演奏で聞いたこの曲を初めて聞いて、何かとてもいい作品に触れた気がした。

この30分ほどの曲の半分を占めるのが、第1楽章である。全体に ブラームスやメンデルスゾーンを思わせるドイツ風のロマンチックなメロディーが鳴っている。特に親しみやすいと言うわけでもなく、印象的なフレーズがあるわけでもないのだが、安心して身を委ねることができる作品である。音楽的な見通しの良さというのが感じられ、大作曲家17歳にしての作品は、それだけでバックグラウンド・ミュージックのようでもあり、もっと演奏されても良いのではないかと思われた。

第2楽章のレントも印象的だが、第3楽章になって軽やかな響きになる。ヴァイオリンの特性を良く生かしていると思う。私は第2楽章の途中で少し眠くなりかけたが、どういうわけかやはり第2楽章の途中でハッと目が覚め、そのあとは第3楽章の最後まで、一気に集中して聞けたような気がする。

大きな拍手に何度も応える彼女は、それだけで全力投球だったのか、アンコールはなかった。それにしてもN響の響きといいヴァイオリンといい、今日の演奏会では音が良く聞えてくる。3階席自由席の常連である私でも、その後半分の席に座るのは、もしかするとこれが初めてである。しかし今日のNHKホールは、こんな珍しい作品であるのも関わらず、結構な客の入りである。シュトラウスのヴァイオリン協奏曲は、真冬の寒い午後のひとときを、少し暖かくしてくれた。

プログラムの後半がハンス・ロットの交響曲第1番という作品だから、今日のプログラムはすこぶる玄人好みであると言える。ロットの作品を実演で聞けると言うのは、これまた大変貴重なことだ。わずか26歳でこの世を去ったウィーンの若き作曲家は、丁度ブルックナーとマーラーの間に位置し、その重なる作風が奇妙な魅力でもある。いやマーラーはロットの影響を受けた。コンクールに敗れ、精神異常を来して失意のうちに亡くなったこの音楽家がもう少し長生きしていたら、音楽史はまた変わっていたのではないか、とさえ思えてくる。

今日のコンサートのテーマは、世紀末のウィーンで活躍した作曲家の若い頃の作品ということになる。もっともロットは、この作品以外に知られているものはない。交響曲第1番でさえも、その録音は極めて少ない。ヤルヴィは、その中の数少ない指揮者のひとりで、この作品をすでに何度も演奏している。だからN響との定期でも、というわけである。

これまで何度か録音では聞いているが、改めてその第1楽章の重厚で壮大な作品に、ちょっとした戸惑いをも覚えてしまう。 冒頭で高らかにトランペットがファンファーレを奏でるとき、この作品に対する若き作曲家の意気込みのようなものを感じる。やがて静かに、歌うようにクレッシェンドしていく様や、その後に訪れる休止など、ブルックナーの音楽そのものだと思う。とても親しみやすく、そしてまるでアルプスの夜明けのような音楽である。

第2楽章のアダージョは、演奏によっては静かな曲だが、ヤルヴィの演奏は何か全体的にとても賑やかであった。第3楽章に至っては、これはマーラー節全開である。そうだ、この曲の魅力は、わずか1時間の間に、ブルックナーとマーラーが交錯する時間を体験できることである。全体の半分近くを占める終楽章の、長い長いコーダを聞いているとウォルトンのような作曲家を思い浮かべることもあるし、延々と鳴るトライアングルを目で追っていたりする。ヤルヴィはコントラバスを左奥に配し、中間部を奏でるチェロとヴィオラを浮き立たせる。ヤルヴィでブルックナーを聞いた時に感じる同じような印象を、思わずにはいられない。もう少し強弱と緩急をつけた落ち着いた演奏でも良かったと思っている。

今年の冬は暖冬と言われたが、ここへ来て凍てつくような寒い日が続いている。私もとうとうインフルエンザを罹患してしまった。 コンサートの間中もマフラーとコートを着込み、静かに座って音楽に耳を傾けていた。

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