我が国のクラシック音楽の分類は、どういうわけかまず交響曲があって、その次に管弦楽曲、協奏曲などと続く。交響曲や協奏曲も管弦楽曲ではないかか、などと思うし、そもそもこの分類に相応しくない曲も多い。さらには宗教曲とか声楽曲となると分類はもういい加減になってゆく。そしてさらに次の段階の分類には、何と作曲家のアルファベット順というのが一般的だ。ロシア語圏の作曲家でも英語表記に変える。いっそアイウエオ順にすればいいのに、と思っている。
この結果、クラシック音楽の名盤を紹介した書物などを買うと、まず交響曲の章があって、その中から作曲家のABC順に作品が並ぶ。バッハは「交響曲」を作曲していないから、最初の作曲家は通常ベートーヴェンからということになることが多い。すぐにブラームスやブルックナーなどが続くというわけである。
ところがかつて私の手元にあった「名曲名盤」の類の雑誌は、そのベートーヴェンの前に「アリアーガ」という作曲家の交響曲が掲載されていた。アリアーガ?誰?と思った。もちろん簡潔な紹介文があって「スペインのモーツァルト」などと紹介されている。でもそのような作曲家や作品なんて聞いたこともない。ディスクもほとんどない。そういうわけで謎の作曲家、アリアーガの作品に触れるにはそれから20年以上の歳月が流れた。2000年代になって私は30代になり、そしてまだ売り上げの盛んだった新譜のCDがNAXOSから発売された時、私はついにこの「スペインのモーツァルト」を聞くときが来たと思った。
そのCDは「スペインとポルトガルの管弦楽作品集」と題されており、ポルトガルの新しいオーケストラによって演奏されている。アルガルベ管弦楽団というのも聞いたことはないし、カッスートという指揮者も無名だった。もとより、アリアーガ以外の作曲家については全く知られていない。そしてこんなCDを買う人もいないだろうと思われたが、無名の作品というのも何となく魅力を感じるものである。私はそれを渋谷のタワーレコードで購入した。
ホアン・クリストモ・アリアーガは1806年に生まれたバスク人の作曲家である。この時もうすでにモーツァルトはいない。そしてわずか20年の人生を終える。夭逝した神童作曲家がモーツァルトに似ているというただそれだけに理由のような気がする。なぜならその作風は、やはり初期のロマン派だからである。例えばこのCDの最初の作品、序曲「幸福な奴隷たち」はロッシーニの若い頃の作品を思い起こさせる。そうと知らずに聞いたらわからないだろう。そして交響曲ニ長調もまたシューベルトの初期の作品のようである。
長い間私にとってヴェールに包まれていたアリアーガの交響曲は、決して悪い作品ではないが、取り立てて目立つ存在でもない。印象が薄いと思う。それでもこの作品は、スペインにも古典派様式を学び、そこから独自の作風を求めた若き作曲家がいたことを示してくれる。長いアダージョの序奏に続き、ほのかに暗い主題がほとばしり出る第1楽章はソナタ形式である。第2楽章はアンダンテ、第3楽章はメヌエット、そして終楽章は再びアレグロとなる。
さて、私はポルトガルという国に深い思いを持っている。初めてのヨーロッパ旅行では、北欧からポルトガルまでを旅行した。暑かったが物価は安く、食べ物は美味しかった。そしてあの抜けるような青空のリスボンで、ひとり坂道を歩いたときの爽快感は忘れられない。それから10年近く経って再びここを新婚旅行で訪れた。この時はクリスマス前の冬だったが、あの暖かいぬくもりと素朴さの国はそのままだった。私はコインブラへもドライブし、大西洋のマデイラ島にまで足を延ばした。
そのポルトガルは、どういうわけかクラシック音楽の世界では忘れられた存在である。有名な作曲家は思い当たらず、世界的なオーケストラや指揮者も思い浮かばない。ピアニストのピレシュくらいだろうか、パッと思い浮かぶのは。そういう国だから、私も長年、ポルトガルの作曲家というのを知らなかった。ファドなら何曲も聞いていたのだが。
このCD「スペインとポルトガルの管弦楽作品集」に収められているアリアーガ以外の作品は、いずれもポルトガルの作曲家によるものだ。だがこれらの作品に、あの情熱の国スペインをさらにローカルにしたような、素朴で激情的なメロディーを期待することはできない。なぜならここに登場する作品は、いずれもバロック後期から古典派の時期に作曲されたものばかりだからである。
最初のセイシャスによる「シンフォニア」は通奏低音も入る作品で、まるでヴィヴァルディ。18世紀前半の作品である。一方、カルヴァーリョは、続くモレイラとポルトガルの2人の師匠でもあったようだ。この3人の作品に共通しているのは、イタリア風の明るさを持っている点である。だから平凡ではあっても幸福なメロディーを聞くことはできる。ただそこにイベリア半島の風情を期待するには時代が早すぎる。ポルトガルの作品になってようやくほのかな暗さを感じるのは、ドイツにおけるウェーバーがそうであるように、これはロマン派の入り口に入ったからであろう。
というわけで、「スペインのモーツァルト」に始まる当CDについては、珍しい作品を並べたという意味で興味深くはあるのだが、それを今後何度も聞くだけの気持ちは沸かないだろうと思う。ただそう思えば、少し淋しい気持ちではある。そういえば、ポルトガルを新婚旅行で訪れたときは、まだあと何回も来るチャンスがあるだろうと思っていた。アズレージョと呼ばれるタイルや刺繍のテーブルクロスを買い、ポルトガル料理とワインの本を買って帰ったのは1996年のことだった。ポウサーダと呼ばれる国営のホテルが全国各地にあって、行きにくいところにあるだが、それは大変に素晴らしい。もちろん私は南部のアルガルベ地方にも、次回はゆっくりと旅行するつもりだった。だが、その機会はいまだに来ていない。
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