このディスクを、私はまだCDが出始めた頃に買っている。このCDを買った当時のコレクションは、まだ10枚目にも達していない頃だった。自分のお金で買ったCDとしては随分な出費だった。それだけ思いが強かったと言える。だが今回この曲を取り上げるに際して、このいかにも古い(それは私が生まれるよりも前の録音である)アナログ録音をわざわざ取り上げるべきかと迷った。だがその思いは、冒頭の演奏を改めて聞いた瞬間に吹き飛んでしまった。
バレエ音楽「三角帽子」はファリャの代表作で、アンダルシア地方を舞台にした物語である。ここで踊られる音楽は、冒頭のティンパニとトランペット、そこに間髪を入れず加わるカスタネットによる強烈なリズムで始まる序奏に象徴されているように、終始スペイン色満載である。沸き立つようなリズムと情熱的なメロディー、それに2か所で歌われる粉屋の女房の歌声。スペインの踊りを含むバレエ作品は数多いが、この曲は全編がスペインの踊り。それを聞くだけでもワクワクするのだが、どういうわけかコンサートのプログラムにのぼることは滅多にない。私も実演で聞いたことはない。
「三角帽子」は役人の象徴で、粉屋の女房に横恋慕した悪代官は、村人たちによって徹底的に茶化される。いわばこれは風刺の効いた反権威的物語というわけである。そしてどどういう関係があるのかわからないが、この曲にはベートーヴェンの交響曲のパロディーが使われている。
民族性豊かな曲もさることながら、アンセルメの職人的な棒さばきこそ聞きものである。アンセルメはデッカによる鮮明で奥行きのあるアナログ録音にも支えられて、生き生きとした演奏に仕上げている。暖かくも時には鮮烈で、目を見張るようだ。ためを打ってリズムを変えるあたりは、今では聞くことのできなくなった名人芸で、驚異的なことにオーケストラは、まるで魔法が乗り移ったように即座に反応している。この演奏を聞くと、その弟子であるシャルル・デュトワの演奏など、生真面目で大人しくつまらない演奏に聞こえる。
その演奏の確からしさは、アンセルメこそがこの音楽の初演をしていることからも納得できる。序奏に続き、第1部での「ファンダンゴ」(粉屋の女房の踊り)、「ぶどう」、第2部の「セギディリア」(近所の人たちの踊り)、「ファルーカ」(粉屋の踊り)、「代官の踊り」と続き、「終幕の踊り」で大団円を迎える。「終幕の踊り」でのアンセルメの指揮ぶりは、いっそう色彩感に溢れ、千変万化するリズム処理は見事ということに尽きる。これだけの興奮と緻密さをもってこの曲が演奏されることはない。
このようなアナログ初期のデッカ・サウンドは、RCAにおけるLIVING STEREOの一連の録音などと同様、芸術的な域に達しているとさえ言えるだろう。それは現在の、より多くのビットと広い帯域をもったデジタル・サウンドとも異なるものだ。もしかするとコンサートホールでさえ聞くことのできない音がそこにある。これはステレオ録音技術が最初に目指した音楽表現のひとつの到達点である。
今発売されているこの演奏のディスクには他に、歌劇「はかなき人生」から間奏曲、それに今一つのバレエ音楽「恋は魔術師」が併録されている。だが私が昔買ったCDには、「恋は魔術師」はついていなかった。だからというわけではないが、「恋は魔術師」は別の演奏から選ぼうと思う。
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