私は「恋は魔術師」の中で踊られる「火祭りの踊り」を、クラシック音楽を聞き始めた最初の頃(つまり小学生の低学年の頃)に聞いた。モーツァルトやウィンナ・ワルツのような、いわゆる上品な作品とは異なって、何やら不気味な音楽が異質に聞こえ、あまり好きにはなれなかった記憶がある。だが印象には残った。
火を扱った描写音楽として、この「火祭りの踊り」は傑出したものであろう。そして火を祭るという、どこか異教徒めいているのが面白いところで、やはりスペインはイスラムの影響を受けた国だということを思い起こさせる。もっとも我が国には火を祀る伝統もあって、土着的で原始的な雰囲気がそこにはある。
「恋は魔術師」を全編聞いたのは、しなしながら比較的最近になってのことだった。「三角帽子」の後に収録されているディスクが多いから、この2つの作品はセットである。そしてアンセルメの歴史的名盤を取り上げたあとになって、私は「恋は魔術師」をもっとも最近の演奏から選ぼうとした。その結果、スペイン生まれの指揮者、パブロ・エラス=カサドが指揮するマーラー室内管弦楽団の演奏に出会った。聞いた瞬間、これだと思った。
わざわざ最新の演奏から名演奏を選ぼうとしなくても、この演奏はおそらくアンセルメ以来の代表的な演奏になるだろうと思われる。新古典的なラディカルさを持って耳に迫って来るリズムも情熱的で、それを最新の録音技術が良く捉えている。さらには起用された女性歌手が、フラメンコの歌い手だと知った時、この演奏がもたらす独特のムードの秘密がわかった。
マリーナ・エレディアという歌手(カンタオーラというらしい)が地声のような声で歌う箇所は、3か所ある。まず「悩ましい恋の歌」では、激しく刻まれたアンサンブルに乗って、叫びのような声が披露される。こういう歌を聞いていると中世の世俗音楽が、そのまま20世紀に残っているように思う。「恐怖の踊り」と「火祭りの踊り」を挟んで再び飾らない声が響くのは「きつね火の踊り」である。
「きつね火」とは何だろうか?この機会に調べて見ると、これは我が国で伝わる怪火のことで、火の気のないところに漂う不気味な火のことだとわかった。これはつまり、人魂のことではないだろうか。だがスペインに「きつね火」があるのだろうか?そこで原題を調べると「fuego fatuo」とある。これをスペイン語の辞書で調べて見ると、山野にともる不気味な青い炎の画像が沢山検索された。我が国であれスペインであれ、鬼火、人魂、あるいは死体などから発生する不可解な炎に関する伝承はあるようなのである。
「恋は魔術師」を聞いて感心するのは、ピアノがオーケストラの楽器と完全に同化して、実に効果的に使われていることだと思う。通常、オーケストラの中にピアノが混じると、協奏曲とはいかないまでも独奏主体の部分が目立ちがちである。しかしこの曲ではそういうことはなく、しかもオーケストラの中に埋没してもいない。
後半は静かな部分が続くが、これも幻想的である。そして簡素な終曲を迎える。亡霊を扱った作品に、魔術や呪術が登場し、音楽的な情景描写も極まった感がある優れた作品だと思った。2019年のリリース(ハルモニア・ムンディ)。
0 件のコメント:
コメントを投稿