「ツィゴイネルワイゼン」は、確か中学校の音楽の教科書で取り上げられていたから、私は音楽の授業時間に聞いた。ここでの演奏は、オリジナルの管弦楽を伴奏にしたものだった。私はキーキーとなるヴァイオリンの音が当時は苦手で、特に中間部などはそのゆるゆるした部分が長く続くので、あまり楽しめないと思っていた。ところが母が、この曲のレコードを聞きたいと言い出した。我が家には当時、「ツィゴイネルワイゼン」のレコードがなかったのである。
私は大阪のニュータウンに住んでいたが、近所の駅にあるレコード屋に出かけた。もっとも畳2畳ほどの狭い店である。そこにクラシックのレコードなど数える程しか置かれていない。けれども一枚一枚探してみると、ドーナツ盤の中に「ツィゴイネルワイゼン」のレコードを発見した。これは当然45回転である。そしてその演奏は、誰のものだったかは忘れたが、ピアノを伴奏にしたものだった。そして中間部の退屈さは、管弦楽版以上だった。大阪では吉本新喜劇にも「ツィゴイネルワイゼン」は使われているから、それなりに有名だったのだろう?
この時の記憶があるからだろうか、私は「ツィゴイネルワイゼン」を聞くと、昭和の初期の喫茶店などで蓄音機から流れてくる、ノイズ混じりの演奏を想起してしまう。特に長い中間部のゆったりとした旋律は、セピア色の背景に揺れ動き、時にノイズに埋もれるような噛みしめるような静かな演奏。その演奏はピアノをバックにしたものがいい。というわけで、私もこの曲は、ピアノ伴奏版の中から選ぶことにした。もちろん管弦楽版では、あのムターの立派な演奏や、パールマンの素晴らしい名演奏などが目白押しである。
そのような中で、ユリア・フィッシャーが2014年にリリースした一枚が目に留まった。このCDは、珍しい曲を含めサラサーテの曲ばかりが収められている。そのような中で私は「バスク奇想曲」や「アンダルシアのセレナード」といった曲を聞いてみたいと思ったからだ。特にバスク地方を題材にした作品は、あまり記憶にないことから大変興味深い。サラサーテ自身、バスク人だということからだろうか。
このCDには「スペイン舞曲集」という全8曲から成る代表作が収録されている。様々な地方の様々な音楽を用いた作品で興味深い。いすれもヴァイオリンの技術を駆使した作品である。このCDの収録順は変わっていて、このスペイン舞曲の第7番、第8番が先頭である。そして「アラゴンのホタ」、「アンダルシアのセレナード」と続くのだが、この曲順がなかなかいいと思う。第8番のスペイン舞曲「ハバネラ」は、どこかで聞いたことがあるような気がした。「アンダルシアのセレナード」は、静かな曲かと思いきや、リズムの変化の激しい曲である。全体に何か懐かしいムードがあって、ヴァイオリンによるスペイン紀行といった感じである。
一方「ナイチンゲールの歌」はロマンチックな少し変わった作品で、この曲が丁度真ん中に収められている。後半はスペイン舞曲に戻るが、ここからは一気に最後までさわやかな演奏が続く。中でも第5番「プラジェーラ(哀しみ)」で物思いに沈んだあと、第6番「サパテアード」で一気に駆け抜ける爽快な気分は、聞けば聞くほど味わい深い。だがダウンロードやストリーミング配信が中心となった現在、かつてのような曲の収録順は、さして意味を持たないものになってしまったのは、ちょっと残念ではある。
フィッシャーの演奏は、サラサーテについて私がいつも想像する、古色蒼然とするセピア色の演奏からはかけ離れた、完全に現代のフレッシュな演奏である。彼女の驚くべき技巧が、そのように感じさせてくれる。「ツィゴイネルワイゼン」などはそれゆえに、若干思い外れのような部分がないわけではない。洗練され過ぎているとでも言おうか。だがそれも、彼女の類稀な技巧ゆえのことなのだろうと思う。
管弦楽版の演奏は、アンネ・ゾフィー・ムターの演奏とパールマンによるものが優れていると思う。特に後者は、この曲の持つムードをよく表現している。サラサーテの名曲「カルメン幻想曲」は、ビゼーの作品を元にした曲だが、アンコール・ピースとして有名である。やはりムターの演奏が、ウィーン・フィルというゴージャスなバックを得て非の打ち所がない。
【収録曲】(曲順は入れ替え)
1. スペイン舞曲集
第8曲: ハバネラ
3. 「アンダルシアのセレナード」作品28
4. 「ナイチンゲールの歌」作品29
5. 「バスク奇想曲」作品24
6. 「ツィゴイネルワイゼン」作品20
0 件のコメント:
コメントを投稿