1987年カラヤン、1988年アバド、1989年クライバーと、年変わりで指揮者が登場するようになった。そして1990年のニューイヤーコンサートは、ズビン・メータが指揮することになった。そしてここからニューイヤーコンサートは、以前にも増して国際的な演奏会へと発展する。ウィーンに学んだとは言え、オーストリア人でもなければウィーン国立歌劇場の音楽監督経験者でもないアジア人が、初の晴れ舞台に立った。以降、1992年のクライバーの再登場を除き、ムーティ、マゼールと3人のローテーションが20世紀の最後の十年を彩る。
メータの指揮も喜びと生気に溢れ、清々しい。ウィーン・フィルも乗っている。このようなコンサートを指揮するメータは、なかなかいい、と聴衆を含め思った事だろう。でなければ、以後、計5回(2015年まで)にも及ぶ登場はなかったと思われる。
1990年のコンサートの特長を一言で言えば、プログラムがいいことだ。まず、「ジプシー男爵」の入場行進曲で幕を開ける。他の指揮者を含め、次第に遅くなっていくワルツやポルカ・マズルカの演奏が、この頃のメータでは停滞せずにさっさと進むのがいい。第2曲「モダンな女」も健康的で若々しい。そして第3曲目、ギャロップ「インド人」は、どう考えてもメータを意識した作品だが、今となっては人種をことさら強調したプログラムは差別的と捉えかねないところだろう。だがメータは陽気にこの曲を指揮している。
4曲目になっていよいよワルツの登場である。取り上げた作品は「ドナウの乙女」というやや地味な作品。けれどもメータの演奏は、このような作品でも明るく飽きずに聞かせるあたりがなかなかいいのである。つまりはシュトラウス作品のツボを心得ているとでも言うべきか、そもそもそんな深刻な音楽でもなく、どんどん先に進んでいけばいいのである。そして前半は「スポーツ・ポルカ」で締めくくられる。我が国では運動会の徒競走あたりでかかっていそうな曲である。
第2部の最初はスッペで、「ウィーンの朝・昼・晩」序曲だったが、CDでは犠牲になっている。これは残念なので、できればDVDで鑑賞したいところ。以降の演目では、「ウィーン気質」での肩の凝らない演奏や、「破壊ポルカ」「突進ポルカ」「爆発ポルカ」といった、題名だけでも驚くような終盤に向けたポルカの連続に飽きることはない。メータ自身大いに気を良くしたのであろう。アンコールにかけてあまりに聴衆に愛嬌を振り向くものだから、テレビ中継が予定された時間内に収まらず、「ラデツキー行進曲」が尻切れになってしまったのである。
明るく威勢のいい指揮ぶりは、2回目の登場となった1995年の演奏でも健在である。前回同様、行進曲で幕を開けるとポルカが2曲。そして名曲「朝の新聞」へと続く。1990年との違いは、珍しい曲が増えたことだが、あまり知られていないマズルカ風ポルカ(「手に手をとって」)やワルツ(「メフィストの地獄の叫び」)などでも、楽天的な演奏で聞く者を惹きつけるあたり、メータの演奏の特性が最大限に生かされている。私はこの1995年の演奏が、メータによるニューイヤーコンサートの最高峰だと考えている。
このメータ2回目のコンサートをテレビで見たのは、上京して3年目となる独身寮でのことだった。私は当時、お正月も出勤する必要がある勤務だったが、元日の夜は普通に過ごしていた。この年の3月にはニューヨークへの転勤が決まっていたので、来年は米国で見ることになるな、などと思っていた。ライブだとすると、その放送は早朝になるが、果たしてそのような放送局はあるのだろうか、などと考えていた。その半月後に、私の実家のある兵庫県南部を大地震が襲った。
底抜けに陽気なメータの演奏は、1998年にも再現されることになった。行進曲「われらの旗がなびく所」で始まるとわくわくする雰囲気に一気に包まれる。この年に演奏されたワルツは「美しく青きドナウ」を含め5曲もあり、さらにオペレッタの序曲が1つ。ヘルメスベルガーによるわずか1曲を除き、すべてシュトラウス一家の作品で占められている。このコンサートでは、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と「アンネン・ポルカ」でウィーン少年合唱団による歌声を聞くことができる。
面白いのは「ニュー・メロディー・カドリーユ」という作品で、これはイタリアのオペラから有名メロディーをつなぎ合わせたような作品。シュトラウス作品の安直さをさらけ出すようなところもあるけれど、これを聞いていたらいっとき流行した「Hooked On Classic」を思い出した。
90年代の3回に及ぶメータ指揮によるニューイヤーコンサートの特長は、特にゆっくりとしたポルカの打ち解けた明るさだろう。1998年は全部で19曲もあるのだが、ほろ酔い気分のままあっという間に進行する。白痴的なまでの明るさをメータの演奏に感じるのは、久しぶりだと思った。そして、毎年必ず演奏される「美しく青きドナウ」に関しては、メータの演奏が最高だと思っている。どの年も素晴らしい(ただし1998年はやや平凡)。そして2000年代に入ってからも、メータは何度か登場している(2007年と2015年)。これらについては別に記そうと思う。
【収録曲(1990年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「ジプシー男爵」より入場行進曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「モダンな女」作品282
3. ヨハン・シュトラウス1世:ギャロップ「インド人」作品111
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ドナウの乙女」作品427
5. ヨーゼフ・シュトラウス:「スポーツ・ポルカ」作品170
6. スッペ:喜歌劇「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
7. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「思いやり」作品73
8. ヨハン・シュトラウス2世: ワルツ「ウィーン気質」作品354
9. ヨハン・シュトラウス2世: 「取り壊しポルカ」作品269
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「突進」作品348
11. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンの森の物語」作品325
12. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
13. ヨハン・シュトラウス2世:「爆発ポルカ」作品43
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「短いことづて」作品240
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
16. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
※CDでは後半のプログラムから「ウィーンの朝・昼・晩」と「破壊ポルカ」の2曲が省略されている。
【収録曲(1995年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「騎士行進曲」作品428
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「手に手をとって」作品215
3. ヨーゼフ・ランナー:「お気に入りポルカ」作品201
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「朝の新聞」作品279
5. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「訴訟」作品294
6. スッペ:喜歌劇「山賊の仕業」序曲
7. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「メフィストの地獄の叫び」作品101
9. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「タリア」作品195
10. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「電気的」
11. ヨハン・シュトラウス1世:ポルカ「アリス」作品238
12. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシアの行進曲的幻想曲」作品353
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「わが人生は愛と喜び」作品263
14. ヨハン・シュトラウス2世、ヨーゼフ・シュトラウス&エドゥアルド・シュトラウス:射撃のカドリーユ
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」作品133
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
17. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
※CDでは少なくとも後半の冒頭、スッペの喜歌劇「山賊の仕業」序曲が省略されている。また曲順が微妙に入れ替えられている。
【収録曲(1998年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:行進曲「われらの旗がなびく所」作品473
2. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「蛾」作品157
3. ヘルメスベルガー:ギャロップ「小さな公告」
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「浮かぶ聖処女」作品110
5. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「気晴らし」作品216
6. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「北海の絵」作品390
7. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
8. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「メトシュラ王子」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ウィーンのボンボン」作品307
10. ヨハン・シュトラウス1世:「マリアンカ・ポルカ」作品173
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「故郷にて」作品231
12. ヨハン・シュトラウス2世:「アンネン・ポルカ」作品117
13. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「おしゃべりなかわいい口」作品245
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ニュー・メロディー・カドリーユ」作品254
15. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「南国のバラ」作品388
16. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」作品45
17. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「前進せよ!」作品383
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228
※CD2枚組(RCA)に全曲が収められている。
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