2021年2月21日日曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(9)リッカルド・ムーティ(1993, 1997, 2000)

コロナ禍の緊急事態宣言が続く毎日の、それは鬱陶しい在宅勤務を終えて、わずかな気晴らしに近所を散歩する時に聞くウィンナ・ワルツの心地良さは、ちょっとしたものだ。寒い運河を照らす電球の薄明かりも、耳元で円舞曲が鳴ると、踊るかの如く揺れている。だが、1994年のニューイヤーコンサートは、少々戸惑いの残るものだった。知っている曲がほとんどないのである。

ワルツ「ジャーナリスト」に始まり、ポルカ「外交官」、「すみれ」、「何か小さなもの」(CDでは省略)と続いた後、ヨーゼフ・ランナーによる「シュタイヤー風舞曲」、ヨハン・シュトラウス1世による「シュペアル・ギャロップ」で終わる!このような曲を並べて見て、旋律を歌える人は果たしているのだろうか。ムーティはわざとこのような知られざる曲を並べ、他の指揮者との違いを見せつけようとしたのだろうか。

後半のプログラムも、隠れた名曲、喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲で始まるものの、しばらくは地味だ。ヨーゼフ・ランナーの「ハンス・イェルゲル・ポルカ」、「クリップ・クラップ・ギャロップ」と続く(CDでは「レモンの花咲くところ」は省略されている)。もっとも後半のプログラムも、後になればなるほど有名曲も顔を覗かせ、聴衆も沸き返る。その頂点は「エジプト行進曲」だろう。テンポをぐっと落としてたっぷりと聞かせる中東風のメロディーが、ウィーンの異国趣味を感じさせ、ちょっとした感銘を呼ぶ。

このプログラムの渋さは、前年のクライバーと比較してあまりにも隔たりがある。一昨年前のアバドは、ウィンナ・ワルツ以外の曲が多く、風変わりとも思えたが、そういったプログラム・ビルディングを含め、この時期は新しい趣向を試す模索の時期だったのかも知れない。ただこの頃からワルツの演奏が遅くなったような気がする。ムーティの指揮が及ぼした、やや格好をつけて溜を打つ演奏が、2000年代になって主流となってゆくのである。

そのムーティの演奏も、最初の頃は溌剌としおり、結構評判が良かったのだろう。沸き返る拍手が良く聞える。同世代のアバドやメータにやや遅れてニューイヤーコンサートの舞台に登場したムーティは、以後、6回も登場することになる(2021年現在)。これはメータを抜き、80年代に毎年登場していたマゼールを除けば、1980年以降で最も多い。その最初となる1994年の演奏は、いつものように強弱をはっきりとつけ、陽光と影がくっきりと表れるイタリア風。

この「珍しい曲ばかりを並べる」傾向は、それが自分の方針であると言わんばかりに再現される。1997年の前半のプログラムは、「モーター・ワルツ 」、ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」、「キャリアのポルカ」、ポルカ「女心」、ワルツ「宮廷舞踏会」、ポルカ「閃光」、ポルカ「インドの舞姫」。しっとりとした曲が溶け合うように並べられているので、バックグラウンドに流しっぱなしにして聞くのに合っている。ムーティの音楽は、有名曲ではなくてもすみずみにまで考え抜かれ、細部でもおろそかにしない。そういう真摯な姿勢がオーケストラにも聴衆にも評価されたのだろう。

第1部冒頭はあえかな序奏で始まるワルツ、後半は威勢のいい序曲で始まるのも特長だ。そのあと再び珍しいポルカの合間には、比較的よく知られた(と言っても「超」有名曲でもない)ワルツが演奏されていく。1993年は「レモンの花咲くところ」と「トランスアクツィオン」、1997年は「人生を楽しめ」と「ディナミーデン」、2000年は(いずれも第1部で)「入り江のワルツ」と「愛の歌」といったところ。

興味深いのは、ムーティ指揮による演奏が、時間が経つにつれて次第に耳に馴染み、なかなかいい演奏会になることである。これは3回に共通する。そして回数を経るごとに、これまた次第にこなれたいい演奏会になっていった。2000年のコンサートは、ムーティの中ではベストの一つだろうと思う。プログラムも優れており、「入江のワルツ」に始まる演目に耳を傾けている間中、丁度いいお正月のほろ酔い気分が持続する。後半になってスッペの「ウィーンの朝・昼・晩」で威勢よく幕が開き、それはまるでヴェルディの初期の作品のようでもあると感心していたら、ワルツ「酒、女、歌」の、通常は省略される長い序奏が続いた後に、お馴染みのメロディーが聞こえてくるあたり、とてもいい感じなのである。

珍しい曲にスポットがあてる方針は、以降の、特に初登場の若い指揮者に顕著なものとなった。下手に有名曲を指揮すると、往年の巨匠の演奏と比較されるのを避ける狙いがあるのではないか、といった穿った見方もできなくはない。ただムーティに始まる(と思う)この確信的なプログラム構成により、より多くのウィンナ・ワルツやポルカを聞けるようになった。特にムーティは、綿密に曲を選んでいると思うようなところがある。曲そのものの性格を良く捉えており、曲順も実に麗しい。ただ、過去のニューイヤーコンサートを、そう何度も繰り返し聞くこともないので、よほど印象の強い曲でないと頭に残ることはないのも確かなのだが。

 

【収録曲(1993年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「ジャーナリスト」作品321
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「外交官」作品448
3. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「すみれ」作品132
4. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「何か小さなもの」作品190
5. ランナー:「シュタイヤー風舞曲」作品165
6. ヨハン・シュトラウス1世:「シュペアル・ギャロップ」作品42
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「インディゴと40人の盗賊」序曲
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲くところ(美しきイタリア)」作品364
9. ランナー:「ハンス・イェルゲル・ポルカ」作品141
10. ヨハン・シュトラウス2世:「クリップ・クラップ・ギャロップ」作品466
11. ヨハン・シュトラウス2世:「エジプト行進曲」作品335
12. ヨハン・シュトラウス2世、ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「トランスアクツィオン(民事訴訟)」作品184
12. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狩り」作品373
14. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
15. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228 

※CDでは 「何か小さなもの」、「レモンの花咲くところ」が省略されてる。

【収録曲(1997年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「モーター・ワルツ」作品265
2. ヨハン・シュトラウス2世: ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」作品291
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「カリエール」作品200
4. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「女心」作品166
5. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「宮廷舞踏会」作品298
6. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「閃光」作品271
7. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「インドの舞姫」作品351
8. スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
10. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「パトロネス」作品286
11. ヘルメスベルガー:ポルカ「軽い足どり」
12. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
13. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・マズルカ「蜃気楼」作品330
14. ヨハン・シュトラウス2世:「ロシア風行進幻想曲」作品426
15. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「ディナミーデン」作品173
16. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「前へ!」作品127
17. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「短いことづて(新聞コラム)」作品240
18. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
19.ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

【収録曲(2000年)】
1. ヨハン・シュトラウス2世:「入江のワルツ」作品411
2. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「ヘレネン・ポルカ」作品203
3. ヨハン・シュトラウス2世:「アルビオン・ポルカ」作品102
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「愛の歌」作品114
5. ヨハン・シュトラウス2世:歌劇「騎士パスマン」より「チャルダーシュ」
6. エドゥアルド・シュトラウス:ポルカ・シュネル「駅伝馬車で」作品259
7. スッペ:喜歌劇「ウィーンの朝・昼・晩」序曲
8. エドゥアルド・シュトラウス:フランス風ポルカ「プラハに挨拶」作品144
9. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「酒、女、歌」作品333
10. ヨハン・シュトラウス2世:「ペルシャ行進曲」作品289
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」作品204
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「訴訟」作品294
13. ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「芸術家の挨拶」作品274
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「マリエン・クレンゲ」作品214
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「ハンガリー万歳」作品332
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「ドナウ川の岸から」作品356
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 作品228


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