2021年2月9日火曜日

ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート(6)クラウディオ・アバド(1988, 1991)

イタリア人として初めて、クラウディオ・アバドがニューイヤーコンサートの舞台に登場したとき、このコンサートも新しい時代に入ったと思った。アバドは取り立てて何をするわけでもないのだが、飾り気がなく実直な人柄と、高圧的でない民主的な指揮ぶりでウィーン・フィルには大いに好かれていたのだろう。その様子は録音された音楽からもうかがえる。

カラヤンとクライバーという奇跡的な演奏の間に挟まれて、アバドのニューイヤーコンサートは影が薄く、発売されているCDも今では手に入らないため、私はいくつかのディスクから、1988年と1991年に演奏された曲目をかき集めることになった。曲順は入れ替えられ、いくつかの目立たない作品は削除されている。実際、テレビで生放送を見た時も、有名曲が並んだカラヤンとは打って変わって、珍しい作品が並んでいた。例えば1988年の冒頭は、何とエミール・フォン・レズニチェクという後期ロマン派のオーストリアの作曲家の歌劇「ドンナ・ディアナ」序曲で開始されている。この年も後半からテレビ中継されたが、その中ではウィーン少年合唱団が「トリッチ・トラッチ・ポルカ」を歌ったのが目立ったくらいで、他に印象に残る部分はなかった。だが今、改めて聞き直してみると、なかなか素敵な演奏である。そのことは、気取らず自然に、そして楽しげにウィーン・フィルが演奏している様子からもはっきりと伺える。

全2回のうちの最初、1988年のプログラムでは、イタリアを意識した作品が登場する。例えば「仮面舞踏会のカドリーユ」はヨハン・シュトラウス2世の作品だが、ヴェルディの同名のオペラを意識した作品であり、ワルツ「レモンの花咲くところ」とはまさに、イタリアのことだろう。そういうわけで、明るく楽しい作品が目立つ。特にポルカのうちとけた様子は、今聞いてもなかなかいい。「休暇旅行で」での楽団員の歓声も瑞々しく、前半最後の「狩り」の鉄砲音が、会場に目一杯鳴り響くのは、あのボスコフスキーの演奏を思い出す。アンコールの第1番目「山賊のギャロップ」でもまた効果音がもの凄い!

このように、1988年のアバドによるコンサートは、実際にはとてもいい雰囲気のコンサートで、今もって新鮮さを失っていない。他にも地味ながら美しいワルツ「もろびと手を取り」やワルツ「人生を楽しめ」など、聞きどころは多い。それに比べると2回目となる1991年のコンサートは、もしかすると失敗である。なぜならそこには、シュトラウス一家意外の作品ばかりが並んでいるからである。この1991年の演奏は、DVDで発売されている。しかし1988年のコンサートに比べ、いっそう目立たず、存在感が薄いのはプログラムのせいだ。私たちはそもそもシュトラウスの作品、少なくともウィンナ・ワルツやポルカの、あの耳に心地よい、デザートのような音楽を年一回は聞きたいのだから。

1991年の冒頭は、何とロッシーニである。アバドのロッシーニは定評があるが、何もニューイヤーコンサートで聞きたいわけではない。しかもその後にはシューベルトの曲が2曲。後半にはモーツァルトの舞曲が3曲も続く。名演奏だった「水彩画」にはバレエが挿入され、結局「皇帝円舞曲」を除けば、何を聞いたのかわからなくなる。そもそもニューイヤーコンサートで演奏されるウィンナ・ワルツ以外の作品の演奏で、感心したものはほとんどない。これはアバドに限ったことではない。いや、アバドも含め、演奏そのものは悪くはないのだが、シュトラウスの作品の中に混じるのには違和感があるというのが正しい言い方かも知れない。

ただ、どうやらこのあたりから、シュトラウスの隠れた作品がよく登場するようになった。シュトラウス一家の中でも、影が薄かったヨハン・シュトラウス1世、エドゥアルド・シュトラウス、そしてヨーゼフ・ランナーの作品まで登場するのである。中にはニューイヤーコンサート初登場の作品もある。アバドは、隠れた作品を取り上げて演奏することがよくあったが、ニューイヤーコンサートでもそれを実践したのである。確かに毎年、同じような曲ばかりだとマンネリ化するのは事実である。そういった工夫は大いに歓迎するが、つまらない作品も多いのも事実で、選曲が難しいところではないかと思われる。

アバドはこの頃からベルリン・フィルの芸術監督として多忙を極め、2000年には癌を患って、二度とニューイヤーコンサートの指揮台に立つことはなかった。病から復帰後のアバドは、好きな仲間と好きな曲だけを指揮する傾向が強まった。その中にウィンナ・ワルツは含まれなかった。それでももう一度くらいは、ニューイヤーコンサートの指揮台に立ってほしかったと思う。それもかなわないまま、アバドは2014年に亡くなった。

 

【収録曲(1988年)】
1. レズニチェク:歌劇「ドンナ・ディアナ」序曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「燃える恋」作品129
3. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「休暇旅行で」作品133
4. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲くところ」作品364
5. ヨハン・シュトラウス2世:「狩りのポルカ」作品373
6. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
7. ヨハン・シュトラウス2世:「新ピチカート・ポルカ」作品449
8. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「人生を楽しめ」作品340
9. ヨハン・シュトラウス2世:「仮面舞踏会のカドリーユ」作品272
10. ヨハン・シュトラウス2世:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」作品214
11. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「浮気心」作品319
12. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「もろびと手をとり」作品443
13. ヨハン・シュトラウス2世:「常動曲」作品257
14. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「大急ぎで」作品230
15. ヨハン・シュトラウス2世:「山賊のギャロップ」作品378
16. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
17. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※「トリッチ・トラッチ・ポルカ」とポルカ「浮気心」ではウィーン少年合唱団が参加している。また、このCDでは、ワルツ「レモンの花咲くところ」とポルカ「狩り」が省略されている。これらは別のCDで聞くことができる。

【収録曲(1991年)】
1. ロッシーニ:歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
2. ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「踊るミューズ」作品266
3. シューベルト:「ギャロップと8つのエコセーズ」D537よりポルカ(マデルナ編)
4. シューベルト:「ギャロップと8つのエコセーズ」D537よりギャロップ(マデルナ編)
5. ヨーゼフ・ランナー:ワルツ「求婚者」作品103
6. ヨハン・シュトラウス1世:「ため息のギャロップ」作品9
7. ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「くるまば草」序曲
8. モーツァルト:コントルダンス「もう飛ぶまいぞ」K609より第1番
9. モーツァルト:コントルダンス「もう飛ぶまいぞ」K609より第3番
10. モーツァルト:ドイツ舞曲K605より第3番「そり滑り」
11. ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「水彩画」作品258
12. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「百発百中」作品326
13. エドュアルド・シュトラウス:「カルメンのカドリーユ」作品134
14. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」作品437
15. ヨハン・シュトラウス1世;ポルカ「ピーフケとプーフケ」
15. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「狂乱のポルカ」作品260
16. ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「恋と踊りに熱中」作品393
17. ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
18. ヨハン・シュトラウス1世:「ラデツキー行進曲」作品228

※CDでは冒頭に演奏されたロッシーニの歌劇「どろぼうかささぎ」序曲、及びヨハン・シュトラウス1世のポルカ「ピーフケとプーフケ」が省略されているのは妥当なところ。実演をそのまま収録したDVDには、これらの曲を含め、オリジナルの曲順で収録されている。

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